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イタリア語部門講評

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イタリア語部門講評
第 21 回 いたばし国際絵本翻訳大賞 イタリア語部門 講評
”Il domatore di foglie”、いかがでしたか? 秋から冬へと移りゆく季節に思いをはせながら訳す
ことができたでしょうか。「葉っぱがみんないっせいに落ちてしまったら、世界は落ち葉で埋もれてしまう
ぞ!」と、ユーモラスな発想で子どもたちをひきつけておいて、それとなく気候変動について考えさせる
今回のテキスト、なかなか心憎いものでした。ですが、冒頭から domatore の訳語に悩まされたうえ
に、i volteggi, le pirouette, gli svolazzi…と、実に 12 通りもの葉っぱの「技」が披露されてい
て、翻訳は苦労の連続だったかと思います。
タイトルであり、本文でも何度も繰り返し出てくる、domatore di foglie の訳語ですが、多かった
のが、「はっぱのちょうきょうし」「はっぱのせんせい/先生」といったものでした。これには正解というもの
はなく、大いに悩んでいただくしかないのですが、訳語を選ぶときには、「原語を読んでいない」、しかも
絵本の場合には「子どもたち」という、想定される読者の立場にならなければなりません。たとえば「か
れはつかい」と平仮名で訳した場合、訳した人の頭には「枯れ葉遣い」という漢字が浮かんでいます
から問題ないわけですが、読者にしてみれば、「彼は、お使い」に行くのかな? と考えてしまうと思い
ます。意味だけでなく、そういった文字の並び具合にも十分配慮してください。最優秀賞の方のタイト
こ
は
ルは、「木 の葉 づかいは どこへいった?」というものでした。
i volteggi, le pirouette, gli svolazzi のところは、イタリア語は名詞の羅列ですが、とくに名詞
でそろえなければいけないわけではなく、リズミカルに読めることが大切です。「くるくる ひゅるり うえへ
したへ ぐるぐる おどって くるくる しゅるり ひらりとむきかえ それからおちる」というオノマトペをうまく
使った個性的な訳もありました(12 種類ないのが残念!)。
とくに長い文章は、訳文が流れていないと一気に読むことができません。必ずしも短文に置き換え
る必要はありませんが、読者が一読しただけでは意味がわからず、もどって読むようでは、絵本の翻
訳 と し て は 適 切 と は い え な い で し ょ う 。 た と え ば 、 18 ペ ー ジ の 1 行 目 、 foglia に 、 piccola 、
coraggiosa、rossa come un tramonto d’estate というたくさんの修飾句がついています。こうい
う場合は、いくとおりもの訳し方があると思うのですが、自分なりにいろいろ試してみて、日本語として
いちばん座り心地のよい並び順にしてあげるといいと思います。「ゆうかんで、夏のゆうやけみたいに赤
い 小さな葉っぱ」という訳や、思い切って 2 つの文章に分けて、「いちまいの ちいさくてゆうかんなはっ
ぱが えだからはなれました。なつのゆうやけのように あかいはっぱです」とした訳もありました。
ジェルンディオ(~ando)が出てくると、そのたびに「~ながら」と訳してしまう人がいますが、ジェルンデ
ィオにはいろいろな用法があり、必ずしも「同時進行」とは限りません。たとえば、17 ページの4行目、
cominciò a precipitare a tutta velocità sfiorando l’erba の部分ですが、「草に触りながら
落ち始めた」のでは、まるで草が高いところにあるように読めてしまいます。この場合のジェルンディオ
は、precipitare の様子を表現しています。つまり、「全速力で落ちていき、(その結果)草をかすめ
た」といった意味合いです。それぞれの用法に合わせて、訳文のつなぎ方を工夫するようにしてくださ
い。
それと、このお話の結末ですが、mezze stagioni と複数形になっていることに気をつけてください。
単にこの年の「秋」が来ないという話をしているのではなく、(気候変動を背景として)暑さと寒さが両
極端になり、「あいだの季節」、つまり春や秋が短くなっている現象を憂いている人々の話を耳にし
た、ということがいいたいのです。あまりシンプルに訳してしまうと、そのあたりのところを想像する余地が
なくなってしまい、おそらく作者がこの本を書いたきっかけだろうと思われるものが伝わらなくなってしまい
ますので要注意です。
以下に、間違いの目立った箇所をいくつかあげておきます。
・9ページ
rimbalzavano:(声が)ひろがっていきました。rimbalzare には、辞書にも書かれている
とおり、「弾む」という意味合いもあるので、「声が弾んでいきました」と、いかにも楽しげな訳になってい
るものが目立ちましたが、葉っぱたちが不安に駆られていて、その不安が「口コミ」でひろがっていく様
子が描かれています。訳語が、ポジティブな意味合いを持つものか、ネガティブな意味合いを持つもの
なかのかというのは、場面展開において非常に重要な要素になってきますから、原語の印象からずれ
てしまわないように気をつけてください。
・9ページ dai giardini ai viali alberati, dai boschi ai vasi sulle terrazze:「庭から街路
樹まで、森からベランダの植木鉢まで」。長くて複雑な構造のように見えますが、前置詞に注目すると
非常にシンプルな構造で、da… a ~=「…から~まで」という構文が2回繰り返されたものです。
・9ページ Questo autunno non si cade! Tutte attaccate ai rami ! : 「今年の秋は、落
ちるのをやめよう! みんな枝にしがみついてるんだぞ!」。non si cade の si は非人称で、主語 noi
の代用です。「ぼくたちは、落ちないぞ!」という葉っぱたちの決意をあらわしています。
・10ページ salice piangente:これは成句で、「しだれ柳」という意味です。それでなくてもしだれて
いる柳が、葉の重みでさらに曲がってしまった、という意味です。
・10ページ ancora dolorante per le punture dei suoi ricci : ricci は、栗などの実のイガ
のことです。セイヨウトチノキは、いかにも痛そうなイガのついた実がなります。この実が秋になっても落ち
ないために、ancora(ここでは「まだ」「あいかわらず」という意味)、ちくちくと刺さって痛むのです。
・17ページ la foglia dal cuore verde:「みどり色のハート模様のある葉っぱ」。da は、ものごと
の特徴や性質を述べるときにも用いられる前置詞です。たとえば、una bambina dagli occhi neri
といったら、「黒い目の女の子」という意味ですね。「心から」といった誤訳が目立ちました。
・22ページ sotto una coperta : 「毛布の下で」。coperta は、una という不定冠詞がついてい
ますから、名詞です。雪を「毛布」に喩えているのですね。ここを「毛布」と訳さないと、tessuta per
loro dall’amico Inverno = 「友だちの冬くんが織ってくれた」という修飾の表現が生きてきません。
絵本といえども、物語の世界は深いものです。翻訳というのは作者のメッセージを読者に伝える作業
ですから、そのためにいちばんふさわしい訳文は何かを考えながら、じっくりと練りあげるようにしましょう。
イタリア語部門審査員
2
関口英子
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