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喘息重篤発作に脳浮腫とびまん性多発脳出血を合併
日呼吸会誌 47(8) ,2009. 723 ●症 例 喘息重篤発作に脳浮腫とびまん性多発脳出血を合併した 1 例 大倉 徳幸 藤村 政樹 酒井 麻夫 藤田健太郎 片山 伸幸 要旨:症例は 36 歳,女性.喘息重篤発作にて入院した.人工呼吸管理下のステロイド薬,気管支拡張薬, 吸入麻酔薬投与によって喘息は軽快した.しかし吸入麻酔中止後も意識障害が遷延した.入院 5 病日の頭 部 CT では,脳浮腫および前頭葉,後頭葉に多発する小出血を認めた.脳浮腫に対してグリセオールを投与, 多発小出血に対して保存的に経過観察した.入院 11 病日の頭部 MRI 検査では,皮質下を中心に脳内には広 範に微小出血巣が多発していたが,脳浮腫は改善していた.以降,意識障害は改善し,入院 13 病日に抜管 した.以後,症候性てんかんを発症したが,ほかに後遺症を残さず,入院 69 病日に独歩で退院した.喘息 発作に伴う脳浮腫,脳出血の症例報告は少なく,報告した. キーワード:気管支喘息,脳浮腫,脳出血,微小出血,吸入麻酔 Bronchial asthma,Cerebral edema,Cerebral hemorrhage,Micro-bleeds, Inhalation anesthesia 緒 言 飼育歴:2007 年 10 月から猫を飼育している. 現病歴:2008 年 3 月 17 日頃から湿性咳嗽,喘鳴を自 喘息発作に伴う脳出血の症例報告は少ない1)2).一方, 覚し始めた.3 月 20 日に市販感冒薬を服用したが軽快 気管支喘息重篤発作に対する吸入麻酔療法の有用性につ せず,3 月 21 日朝より呼吸困難を自覚し始め,同日近 3) ∼6) .しかし吸入麻酔中は患者の 医を受診した.喘息発作と診断され,同院に緊急入院と 意識は抑制されるため,意識障害や脳神経系の異常が分 なった.入院後,酸素吸入,ステロイド薬の点滴加療を かりにくい状態でもある.著者らは,喘息重篤発作に対 受けた.しかし同日 15 時頃に呼吸困難の悪化を認めた し,追加吸入麻酔療法中に脳浮腫とびまん性多発脳出血 ため,エピネフリンの筋肉内注射を受けた.その後も症 を合併した稀な 1 例を経験した.喘息重篤発作で脳圧亢 状の軽快なく,アミノフィリン,ステロイド薬の追加投 進,脳出血によると考えられる意識障害が生じうること 与にて経過観察された.3 月 22 日午前 1 時頃から意識 が他にも報告されており,重篤発作の治療・管理上注意 障害を認め始めたため,3 月 22 日 2 時 53 分,当院救急 すべき病態と考えられた.また喘息発作に対する吸入麻 外来へ救急搬送となった. いて多くの報告がある 酔療法に対して示唆に富む 1 例と考えられたため,文献 的考察を加えて報告する. 症 入院時現症:身長 157cm,体重 52kg,体温 36.9℃, SpO2 例 99%(酸素マスク 8L! 分) ,血圧 130! 90mmHg, 脈拍 140! min・整,呼吸数 40! min,起坐呼吸,意識 Japan Coma Scale 10,眼瞼結膜に貧血なし.眼球結膜に黄疸 症例:36 歳,女性. なし.甲状腺腫大なし.頸静脈怒張を認めた.呼気延長, 主訴:安静時呼吸困難,意識障害. 両側肺野全体に呼気全相に喘鳴を聴取した.I 音,II 音 既往歴:5 歳時に喘息で 1 年間の加療歴あり.35 歳時 の減弱亢進なし,心雑音聴取せず.腹部は平坦,軟で異 に喘息発作で加療歴あり.(喘息発作軽快後は定期加療 常所見なし.四肢に浮腫なし.ばち状指なし.チアノー 歴なし. )流産なし. ゼなし.発汗著明.深部腱反射は減弱していたが左右差 家族歴:特記事項なし. 喫煙歴:20 歳から 5 本! 日×16 年(current smoker). 職歴:事務職.粉塵曝露歴なし. なし.病的反射認めず. 入院時検査成績(Table 1) :白血 球 数 11,500! µl,好 中球分画 94.5%,CRP 値 3.8mg! dl,フィブリノーゲン 値 414mg! dl,ヘマトクリット値 46.2%,IgE 505IU! ml, 〒920―8641 石川県金沢市宝町 13―1 金沢大学附属病院呼吸器内科 (受付日平成 20 年 12 月 12 日) RAST は,ハウスダスト,スコア 5,ネコ上皮,スコア 5 の上昇を認めた.PT,APTT 値の異常は認めず,ルー プスアンチコアグラント(LA)も陰性だった.動脈血 724 日呼吸会誌 47(8) ,2009. Tabl e 1 La bo r a t o r yda t ao na dmi s s i o n WBC 1 1 , 5 0 0/ μl Ne u 9 4 . 5% Lym 4 . 9% Eo s 0 . 1% Ba s o 0% Mo no 0 . 5% 4 RBC 5 3 7 ×1 0 / μl Hb 1 5 . 6g/ dl Ht 4 6 . 2% 4 PLT 2 0 . 8 ×1 0 / μl GOT 1 8I U/ l GPT 1 7I U/ l LDH 1 7 8I U/ l γ GTP 2 5I U/ l ALP 9 7I U/ l Tbi l 0 . 9mg/ dl BUN 8mg/ dl Cr e 0 . 5 3mg/ dl Na 1 3 3mEq/ l K 4 . 1mEq/ l Cl 1 0 1mEq/ l TP 7 . 4g/ dl Al b 4 . 6g/ dl CK 1 3 0I U/ l Tc h 1 4 5mg/ dl BS 1 9 5mg/ dl Fbg PT APTT CRP ANA RF PR3 ANCA MPOANCA LA I gE RAST Ho us eDus t Ca t 4 1 4mg/ dl 1 2 . 3s 2 9 . 9s 3 . 8mg/ dl <2 0 <1 0 <1 0EU <1 0EU (- ) 5 0 5I U/ ml ABG pH Pa O2 Pa CO2 HCO3 BE Sa O2 ( 8L/ mi n) 7 . 3 4 2 3 1mmHg 4 0 . 9mmHg 2 1 . 6mEq/ l -3 . 4 9 9% ( 5+ ) ( 5+ ) *Fi g.2 T2 we i ght e dMR i ma geo n1 1 t hho s pi t a lda y. Thewhi t ea r r o wss ho w mul t i pl el o wi nt e ns i t yl e s i o ns ( mi c r o bl e e ds ) . ド薬の点滴にて治療を開始した.しかし間もなく呼吸状 態悪化に伴い,錯乱状態となったため,気管内挿管,人 工換気を開始した.デキサメタゾン 16mg! day,アミノ フィリン 500mg! day の持続点滴,β2 刺激薬吸入に加え, イソフルランによる吸入麻酔を追加した.イソフルラン は,1% 濃度で開始し,同濃度で維持された.なお,テ オフィリン血中濃度は, 7.4µg! ml と治療域濃度であり, 以後も定期的にモニタリングした.気道内圧は徐々に低 下し,喘息発作は改善傾向と判断して第 5 病日に吸入麻 酔を一旦中止したが,意識障害が遷延していたため,入 院 5 病日に頭部 CT 検査(Fig. 1)を施行したところ, 脳浮腫および前頭葉,後頭葉に多発する小出血を認めた. 入院 5 病日より脳浮腫に対してグリセオール 600ml! 日 を追加し,多発小出血に対して保存的に経過観察した. 入院 10 病日には,喘鳴は聴取しなくなった.入院 11 病 日の頭部 MRI 検査(Fig. 2)では,脳浮腫は改善するも, 皮質下を中心に脳内には広範に微小出血巣が多発してお り,うっ血や低酸素脳症による広範な脳実質障害が考え られた.MRA では脳動静脈奇形をはじめとした異常所 Fi g.1 Br a i nCT o nt he5 t hho s pi t a lda y, s ho wi ngc e r e br a le de maa ndhi ghde ns i t ya r e a si nf r o nt a la ndo c c i pi t a ll o be s( bl a c ka r r o ws ) . 見は認めなかった.入院 10 病日に痙攣発作を認め,症 候性てんかんと診断し,バルプロ酸ナトリウムの投与を 開始した.入院 13 病日には,意識障害は改善し,人工 換気から離脱,抜管となった.入院 14 病日に一般病棟 に転棟となった.全身ステロイド薬は漸減,中止とし, ガス分析では,酸塩基平衡障害は認めなかったが,頻呼 高用量吸入ステロイド療法を中心とした長期管理薬のみ 吸にもかかわらず,PaCO2 は 40.9mmHg と正常値だっ とした.運動麻痺や感覚異常は認めなかったが,長期臥 た. 床による四肢筋力低下を認めていたため,リハビリを開 入院後経過:意識障害を伴う喘息重篤発作と診断し, 始した.また,アスピリン喘息の精査目的にスルピリン 集中治療病棟へ緊急入院した.気管支拡張薬とステロイ 吸入負荷検査を行なったが陰性であった.入院 69 病日 喘息発作治療中の脳出血の 1 例 725 Fi g.3 Cl i ni c a lc o ur s e . Pa w: Pe a ka i r wa ypr e s s ur e (2008 年 5 月 29 日)に,独歩にて退院した.(Fig. 3) 考 察 腫・微小出血に影響を及ぼした可能性が考えられる. 本症例では,喘息重篤発作に対して気管支平滑筋弛緩 作用を期待した吸入麻酔薬イソフルランが使用された. 喘息発作に伴う脳出血の症例報告は少ない1)2).前田ら1) 気管支喘息重篤発作に対する吸入麻酔療法の有用性につ の報告では,脳出血の発生機序として,喘息発作に伴う いては多くの報告があり3)∼6),喘息予防・管理ガイドラ 胸腔内圧上昇による静脈還流不全が静脈性出血,脳浮腫 イン 20067)にも,喘息重篤発作に対する追加治療として, をきたした一因としている.本症例においても頭部 CT, 「全身麻酔(イソフルラン,セボフルラン,エンフルラ MRI 画像上,脳浮腫およびびまん性多発微小出血を呈 ンなど)を考慮する」と記載されている.しかし現時点 しており,同様の機序で矛盾ないものと考えた.臨床経 では,喘息重篤発作に対する吸入麻酔療法の有効性を示 過上,喘息の軽快とともに,脳圧の管理のみで比較的早 したのは症例報告のみであり,ランダム化比較試験の報 期に後遺症を残さず意識障害は改善し,また局所症状を 告はない.少なくとも喘息管理の国際指針である Global 認めなかった点も類似している.頭部 MRI 検査所見か Initiative for Asthma(GINA)20068)には,全身麻酔に らは,うっ血による静脈出血のほかに,低酸素脳症によ ついての記載はない.逆にイソフルランにより喘息症状 る広範な脳実質障害による変化が考えられたが,本症例 が悪化した症例の報告もある9).またイソフルランによ は意識障害の後遺症をほぼ残さず改善した点からは静脈 る脳血流増加が脳圧亢進を助長させる可能性も指摘され 出血によるところが大きいと考えられた.また,脳動静 ている10)11).さらにイソフルランによる悪性高熱症も報 脈奇形は認めず,高血圧性脳出血も否定的であり,他の 告12)されており,頻度は少ないが一旦発症すると致死的 多発微小出血をきたす原因は認めなかった. な経過をとることもあるため投与には十分な注意を要す さらに Rodorigo C ら2)は,喘息重篤発作例では胸腔内 る.本症例において脳浮腫,微小出血がどの時点で生じ 圧亢進からの脳浮腫のほかに,permissive hypercapnia たかは不明であるが,吸入麻酔療法前から,重篤発作に によって脳浮腫・出血を招来する症例がある,と報告し よる胸腔内圧亢進からの脳圧亢進が既に生じており,イ ている.その機序として hypercapnia によって vascular ソフルランで脳圧亢進がさらに助長されて微小出血にま tone が弱まり,静脈血うっ滞をきたす,としている. で至った可能性も考えられる.脳浮腫,微小出血とイソ 本症例においても気道の圧損傷を避けるため,hypercap- フルランとの因果関係は不明であるが,少なくとも吸入 nia を許容した人工換気を行なっており(Fig. 3) ,脳浮 麻酔中は患者の意識は抑制されるため,意識障害や脳神 726 日呼吸会誌 47(8) ,2009. 経系の異常が分かりにくい状態でもあり,本症例のよう な喘息重篤発作に伴う脳神経系の合併症に注意を要する 必要があると考えられた. 6)大槻 学.気管支喘息重症発作の人工呼吸療法. ICU と CCU 1998 ; 22 : 107―113. 7)社団法人日本アレルギー学会,喘息ガイドライン専 門部会監修.喘息予防・管理ガイドライン.2006 ; 引用文献 113―121. 1)前田美保,渡部浩栄,本多政光,他.気管支喘息の 8)Global Initiative For Asthma. Global Strategy for 吸入麻酔薬による治療後に脳室内出血による覚醒遅 Asthma Management and Prevention. 2006 ; 64―73. 9)Crozier TA, Sydow M, Radke J, et al. A case of bron- 延をきたした 1 例.臨床麻酔 2003 ; 27 : 745―746. 2)Rodorigo C, Rodorigo G. Subarachnoid hemorrhage chospasm under isoflurane anesthesia. Anaesthesist following permissive hypercapnia in a patient with 1989 ; 38 : 317―319. 10)西邑信夫,遠藤正宏,坂本篤裕.イソフルレン吸入 severe acute asthma. Am J Emerg Med 1999 ; 17 : 697―699. 麻酔における脳脊髄液圧の変動.麻酔 1986 ; 36 : 3)岩久郁子,大塚英彦,倉石 博,他.喘息重篤発作 91―97. 11)Grosslight K, Foster R, Colohan AR, et al. Isoflurane に対する Isoflurane 吸入療法の検討.アレルギー 2005 ; 54 : 18―23. for neuroaneasthesia ; Risk factors for increases in 4)刑部義美,鈴木 一,成島道明,他.喘息重積発作 intracranial pressure. Anesthesiology 1984 ; 60 : にイソフルランが著効した 1 症例.アレルギーの臨 575―579. 12)Fernandes CR, Azevedo DM, Gomes JM, et al. Ma- 床 2002 ; 22 : 954―958. 5)Johnston RG, Noseworthy TW, Friesen EG, et al. lignant hyperthermia in a liver transplant patient : a Isoflurane therapy for status asthmaticus in chil- case report. Transplant Proc 2007 ; 39 : 3530―3532. dren and adults. Chest 1990 ; 97 : 698―701. Abstract A case of severe asthma exacerbation complicated with cerebral edema and diffuse multiple cerebral micro-bleeds Noriyuki Ohkura, Masaki Fujimura, Asao Sakai, Kentaro Fujita and Nobuyuki Katayama Respiratory Medicine, Kanazawa University Hospital A 36-year old woman was admitted to the Intensive Care Unit for the treatment of severe asthma exacerbation. Her condition of asthma improved with systemic glucocorticosteroids, inhaled beta2-agonist, intravenous theophylline and inhaled anesthesia (isoflurane) under mechanical ventilation. Her consciousness was disturbed even after terminating isoflurane. Brain CT and MRI scan showed cerebral edema and diffuse multiple cerebral microbleeds. Glyceol, a hyperosmotic diuretic solution consisting of 10% glycerol and 5% fructose in saline, was administered to decrease cerebral edema. Her consciousness disturbance gradually recovered. Cerebral edema and hemorrhage improved. On the 69th hospital day, she was discharged from hospital without sequelae. This case is a rare one in which severe asthma exacerbation was complicated with cerebral edema and diffuse multiple cerebral hemorrhage. Inhaled anesthesia for asthma exacerbation should be used carefully to avoid delay of diagnosis of central nervous system complications.