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『ハツカネズミと人間』by スタインベッグ

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『ハツカネズミと人間』by スタインベッグ
『ハツカネズミと人間』を読んで。
~ 大 きな赤
きな 赤 ちゃん~
ちゃん ~
こ の 作 品 を 読 ん で ま ず 思 い 浮 か べ た の は 、ス テ ィ ー ヴ ン・キ ン グ 原 作 の 映 画『 グ
リーン・マイル』だ。この映画に登場する大男と、スタインベックの小説のレニ
ーの姿がぴったり重なって離れない。図体はでかいのに、心は清らかで純粋無垢
..........
で…。文中でカーリーの妻がいうように、まるで大きな赤ちゃんなのである。大
き な 赤 ち ゃ ん と い え ば 、『 千 と 千 尋 の 神 隠 し 』に も 大 き な 赤 ち ゃ ん( 坊 )が 登 場 す
るが、ではなぜそれらが私たちに強い印象を与えるのか。そう、普通赤ちゃんは
小さいものなのである。小さくて、柔らかくて、心がピュアで、力が弱い。それ
.......
らの定義を見事にひっくり返したのがこれらの作品に登場する大きな赤ちゃんた
ちなのだ。
話を小説に戻そう。レニーは体は大人、心はこども。そんな異例なレニーは〝
世の中で生きにくい存在〟の象徴である。老掃除夫のキャンディも彼と同様、誰
かに頼って生きていかなければならないし、誰かに雇われなければ一人では自立
.......
して生きていけない弱者なのである。つまり、大きな赤ちゃんは社会には通用し
ない存在なのだ。その点が、私の涙腺を容赦なく緩ませた。いや、おそらく皆知
っているはずだ。心が清らかな人間が不運に見舞われ、それとは逆にずる賢いだ
けの自己中心的な人間が豊かな生活を送ることが、どれだけ矛盾しているのかと
いうことを―――。
この小説はそのような三十年代当時のアメリカ・カリフォルニアを舞台に、不
況時代のアメリカ社会の中で苦しむ移住農民の姿を、〝写実的な描写によって外
面から生き生きと描き出している〟と、訳者・大浦暁生も述べている。確かにこ
の作品は長編ではないし、とりわけ登場人物の心理描写が描かれているという箇
所もない。それにもかかわらず、これだけ私たちの心に何か突き刺さってくるも
のがあるということは、もちろんスタインベックの作家としての才能もあるだろ
うが、それとは別に、いつの時代にもどの人間にも共通認識としてあり、かつ理
性だけでは解決できない永久不変の問題を提起しているからではないだろうか。
1
その人類普遍の問題とは、私の語彙力で正確に表しきれるものではないのでここ
で は 敢 え て 記 さ な い が 、き っ と そ れ は 他 の 作 品 、
『 ア ル ジ ャ ー ノ ン に 花 束 を 』や『 フ
ォレストガンプ』にも共通しているテーマだと思う。
こ の 小 説 は 、「 お れ に は お め え が つ い て る し 。」「 お ら に は お め え が つ い て い る 。
おらたちゃ、そうさ、互いに話し合い世話をしあう友達同士なのさ」という会話
にもあるように、お互いに強い信頼を誓い合っていたにもかかわらず、一方が相
方を銃で射殺してしまうというお世辞でもハッピーエンドとはいえない悲劇的な
.....
結末を迎える。しかし、である。この小説にはその悲劇とは裏腹に、大きな赤ち
..
ゃ ん た ち が 描 く 夢 の 世 界 が 多 く 描 か れ て い る の だ 。ジ ョ ー ジ と レ ニ ー に と っ て は 、
大好きなウサギを飼うこと、二人で自分たちの農場を持って自由に暮らすこと。
孤 独 の 象 徴・ク ル ッ ク ス や カ ー リ ー の 妻 に と っ て は 、誰 か 話 し 相 手 を つ く る こ と 。
老掃除夫のキャンディは、誰にも雇われず自分たちの土地で自分たちの農業をす
ること…などなど。どの願いも決して我儘などではなく、人間として当然の本能
的 欲 求 で あ る 。そ の あ ま り の 純 粋 さ に 、私 の 胸 は ま た も 押 し 潰 さ れ そ う に な っ た 。
..
これらの登場人物たちは皆、大人と子供の心を持っている。私は冒頭で“大き
.....
な 赤 ち ゃ ん は 社 会 に は 受 け 入 れ ら れ に く い 存 在 な の だ 。”と い う よ う な こ と を 述 べ
.......
た が 、程 度 の 差 こ そ あ れ 、大 人 は 皆 大 き な 赤 ち ゃ ん 的 存 在 な の で は な い だ ろ う か 。
そして私たちは心のどこかで、そうありたいと願っているのではないだろうか。
体は大人でも、せめて心は子供のころのままでありたいと…。それが今のアメリ
カが自然回帰の方向に移行している所以でもある気がする。
.......
そしてクルックスやカーリーの妻が孤独を訴えているように、大きな赤ちゃん
は決して一人では生きていけない。ジョージも冒頭の「こんちきしょう、おれ一
人だったら、ほんとに気楽に生きていけるんだぞ。…」というセリフからも、一
見ジョージが貧乏くじを引いているように思えるが、実際のところは、本当にレ
ニーを必要としていたのはジョージのほうだったのではないだろうか。だからこ
そ残されたジョージの行く末が見えないところがこの小説の最大の悲劇なのであ
る。
2
たとえ社会に受け入れられなくても、社会の中で生きにくい立場に立たされる
.......
ことになったとしても、少なくとも私は、いつまでも大きな赤ちゃんでありたい
と思う。
1886 字
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