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全文 - ヒューマンサイエンス振興財団

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全文 - ヒューマンサイエンス振興財団
HS レポート No. 81
バイオバンク・ネットワーク
-個別化医療及び創薬の基盤整備-
研究資源委員会調査報告書
平成25年11月
公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
発行元の許可なくして転載・複製を禁じます
はじめに
公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団・研究資源委員会では、製薬企業や診断薬メーカ
ーなど医療関連企業が製品の研究開発を推進するに当たり、効率改善の追及と医療関連産業の振
興・成長への施策とするため、製品のシードや技術を含む研究資源について、アカデミアや公的
研究機関の先端研究や最新技術に注目し、継続的に調査研究を行って企業から産・学・官の関係
各位に提言を行って参りました。
医薬品開発に関しては 1990 年代から 2000 年代を頂点として続いてきたブロックバスター・モ
デルが、創薬研究の進展に伴う薬剤標的分子の枯渇、研究開発の成功確率の低下、研究開発費の
高騰、承認規制の強化、既存製品の特許満了による企業運営の低迷などにより破綻し、企業経営
者は指針改善を余儀なくされています。医療の現場では、ブロックバスターの処方で果たすこと
のできなかった課題を鑑み、治療における薬剤奏効率を向上させ、効率的な医療を提供する動き
が盛んになってきました。しかしこれを更に進展させるためには、個別化医療や precision medicine
などにより、患者の病態に適合した薬剤処方で、医療と医薬品の適材適所を実現させて行く必要
があります。また病態メカニズム解明の基盤に立脚した疾患関連分子に対する創薬と、バイオマ
ーカーによる的確な診断と処方が不可欠です。
製薬企業では継続的に標的分子の探索と研究に焦点を当てた創薬、細胞内外のシグナル解明に
注力した網羅的研究、京速計算機を用いた in silico 創薬、そして患者個々人への診断と処方を目
指すバイオマーカーの探索と開発にチャレンジしています。標的分子探索におけるフィージビリ
ティ研究や前臨床試験における薬効薬理試験に関しては、疾患相関性検証や薬効検証について、
従来からの動物を使ったモデルが通用しなくなり、研究開発そして上市への成功確率低下を招い
ているため、一つの手段としてトランスレーショナル研究を推進しています。トランスレーショ
ナル研究は、臨床試験以前に直接ヒト生体試料を用いて薬剤や診断薬の探索と研究を行うため、
創薬では有用な手段と成るものの、多種多様な生体試料の収集、保管、臨床情報の管理などは企
業の課題として限界があります。
公的事業として、英国では 2003 年より UK バイオバンクが血液や遺伝子等生体試料と情報を
50 万人規模で採取し、大規模疫学調査である住民コホート研究を運営しています。また、アイス
ランドでは 1996 年からデコードジェネティクス社(アムジェン社)により、試料と情報が採取さ
れ、11 万人規模のバイオバンクが形成されています。日本では疾患コホートとして、厚生労働省
のナショナルセンター・バイオバンク・ネットワーク構想が 2010 年より進行中です。これは、国
立高度専門医療研究センター(がん、循環器病、精神神経、国際、成育、長寿の各センター)の
バイオバンク、病院、研究所が独自で保管管理して、自身の研究や企業や公的研究機関との共同
研究に供してきた生体試料と臨床情報を統合し、有効活用と提供利便性を向上させる個別化医療
推進の事業です。また文部科学省では 2003 年よりバイオバンク・ジャパンが稼働中です。一方、
健常人に対する住民コホートとしては、構築中の文部科学省・東北メディカル・メガバンクや、
2011 年より環境省のエコチル調査(子どもの健康と環境に関する全国調査)が各々始動し運営さ
れています。内閣府の日本学術会議では 100 万人ゲノムコホート研究の実施に向け、提言を行っ
ています。
医薬品、診断薬、医療機器などの研究開発のため、製薬企業や診断薬メーカーなど医療関連企
-1-
業では、個別化医療に対応し製品開発に邁進しているのが現状ですが、本レポートでは構想が進
行中で企業が注目する厚生労働省および国立高度専門医療研究センターが主導するナショナルセ
ンター・バイオバンク・ネットワークについて理念と運営を中心に紹介し、バイオバンクの有用
性や利便性について提言します。
本レポートが、医薬品や診断薬メーカーなど医療関連産業で従事されている皆様、そして行政、
学界、医療機関の方々にとって問題解決の一助となり、ライフサイエンスの発展による輝かしい
医療の未来創造に向け、イノベーション振興の貢献材料となりますよう切に願っております。
本調査研究と提言活動は、ヒューマンサイエンス振興財団・研究資源委員会が企画立案し、実
施したものです。海外および国内の公的機関、大学、企業の専門家の方々におかれましては、ご
多忙のところ会議開催を快く受け入れていただき誠にありがとうございました。また、多くの貴
重なご意見及びご助言を与えていただき深く感謝申し上げます。更に、本調査研究の実施に当た
り、諸準備や諸手配にご尽力いただきました関係各位に厚く御礼申し上げます。
平成25年11月
公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
研究資源委員会
委員長 内林 直人
-2-
本調査研究にご協力いただいた学識経験者及び機関
国立がん研究センター
吉田 輝彦
研究所副所長、遺伝医学研究分野・分野長
金井 弥栄
研究所副所長、分子病理分野・分野長
国立循環器病研究センター
寒川 賢治
理事、研究所長
宮本 恵宏
予防健診部長、予防医学・疫学情報部長/バイオバンク・副バンク長
国立精神・神経医療研究センター
高坂 新一
理事、神経研究所・所長
武田 伸一
トランスレーショナル・メディカルセンター・センター長
後藤 雄一
神経研究所疾病研究第二部長(兼)トランスレーショナル・メディカルセン
ター・副センター長
服部 功太郎
神経研究所疾病研究第三部室長(兼)トランスレーショナル・メディカルセ
ンター・臨床開発部/バイオリソース管理室・室長
国立国際医療研究センター
木村 壮介
病院長
亀井 美登里
企画戦略局長 兼 企画経営部長
増井 徹
NCGM バイオバンク
潟永 博之
エイズ治療・研究開発センター
杉山 真也
肝炎・免疫研究センター肝疾患研究部・上級研究員
加藤 規弘
遺伝子診断治療開発研究部長/中央バイオバンク事務局長
新保 卓郎
医療情報解析研究部長/中央データベース管理部門
国立成育医療研究センター
松原 洋一
研究所長/バイオバンク長
秦
研究所・周産期病態研究部長/副バイオバンク長
健一郎
奥山 虎之
病院・臨床検査部長/バイオリソース倫理室長
小野寺 雅史
研究所・成育遺伝研究部長/細胞管理室長
山野邊 裕二
病院・情報管理部情報解析室長/バイオリソース情報室長
松本 健治
研究所・免疫アレルギー研究部長/検体システム管理室長
国立長寿医療研究センター
鳥羽 研二
病院長/バイオバンク・バンク長
新飯田 俊平
バイオバンク・副バンク長
渡辺 浩
臨床研究推進部・医療情報室長/バイオバンク・情報管理ユニット長
徳田 治彦
臨床検査部長、医療安全推進部長、長寿検診部長/
バイオバンク・バイオリソース管理ユニット長
櫻井 孝
もの忘れセンター・外来部長
厚生労働省医政局国立病院課
渡辺 顕一郎
政策医療推進官 (研究開発振興課・医療技術情報推進室長)
高橋 未明
課長補佐
(注:所属・役職は取材時点のものです)
-3-
調査実施者及び執筆者
内林 直人(委員長)
武田薬品工業株式会社 医薬研究本部
石間 強 (副委員長) 日本新薬株式会社 東京支社医療政策情報部
江口 有 (副委員長) 協和発酵キリン株式会社 研究本部
清末 芳生
株式会社シード・プラニング
小紫 俊
大正製薬株式会社 医薬事業部門
多田 秀明
小野薬品工業株式会社 筑波研究所
中尾 裕史
興和株式会社 医薬事業部東京創薬研究所
中田 勝彦
参天製薬株式会社 CSR 統括部
中村 賢治
和光純薬工業株式会社 臨床検査薬研究所
東本 浩子
株式会社エスアールエル 臨床検査事業商品企画部門
深水 裕二
科研製薬株式会社 ライセンシング室
松久 明生
扶桑薬品工業株式会社 研究開発センター
-4-
目次
ページ
はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本調査研究にご協力いただいた学識経験者及び機関
調査実施者及び執筆者
目
次
第一章
1
・・・・・・・・・・・・・・ ・ 3
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4
5
総論:創薬と医療に於けるナショナルセンター・バイオバンクネットワーク・
6
第二章
国立高度専門医療研究センターでのネットワーク化
〔1〕厚生労働省 医政局 国立病院課
・・・・・・・・・・・・・・・・・
〔2〕セントラルバンク(国立国際医療研究センター・中央バイオバンク)
・・・・
第三章
10
16
ローカルバンク運営拠点(国立高度専門医療研究センター)
〔1〕国立がん研究センター
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〔2〕国立循環器病研究センター
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
21
32
・・・・・・・・・・・・・・・・・
41
〔4〕国立国際医療研究センター
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
53
〔5〕国立成育医療研究センター
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
〔6〕国立長寿医療研究センター
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
67
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
第四章
考 察
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
82
第五章
ナショナルセンター・バイオバンク・ネットワーク(NCBN)への提言 ・
85
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
88
おわりに
-5-
第一章
総論:創薬と医療に於けるナショナルセンター・バイオバンクネットワーク
第一章
総論:創薬と医療に於けるナショナルセンター・バイオバンクネットワーク
1.国立高度専門医療研究センター における生体試料収集の現状
心疾患、脳梗塞、糖尿病等の生活習慣病に対しては、従来から血圧値や血糖値等のバイオマー
カーによる診断と降圧剤や糖尿病治療薬等の処方により病態が改善されてきた。対してがんや精
神神経疾患での治療満足度は高くなく、未だ治療法は発展途上である。それら疾患の病因と病態
は複雑であり、疾患の克服にはヒト生体試料を用いた網羅的かつ統合的な研究アプローチが必要
とされるように成ってきた。
研究資源である生体試料は病態解明や創薬の目的により収集と保管がなされており、それを活
用することで最先端研究と治療法の確立を推進しようという動きは、がん、循環器、精神・神経、
成育、国際、長寿の 6 つのナショナルセンター(6NC)を始め、国内や海外の研究機関や各種病
院で行われている。特に近年ではゲノム医療や再生医療分野の技術革新が進み、生体試料バンク
化の重要性が認識されて各国が競ってバイオバンク構築に取り組んでいる。
6NC は国民の健康を守るため、疾患の解明と治療法の開発を目指す国立高度専門医療研究セン
ターである。6NC の各々が専門性を生かして生体試料を収集し、臨床研究と医療の検討の際に活
用しており、生体試料として血液、DNA、組織、細胞等が収集されている。主たる対象が、がん
や糖尿病等頻度の高い疾患か、希少疾患であるかによって解析手法は異なるが、①ライフサイエ
ンスの学術研究、②創薬研究(シーズ探索、バイオマーカー開発、非臨床での薬効と安全性評価)、
③臨床応用を目指した新規治療法と診断法の開発、④個別化医療(至適薬物療法、療養指導)の
開発、⑤効果的な発症予防法の確立、が 6NC に共通した試料活用の目的である。
2.ナショナルセンター・バイオバンクネットワークの運営理念と課題
国立高度専門医療研究センターでは厚生労働省国立病院課の支援のもと、2011 年から 6NC の各
センターに分散して存在するバイオバンクの試料を共通プラットフォームに乗せて、より情報を
統合した連邦型のナショナルセンター・バイオバンクネットワーク(NCBN)の構築を進めてい
る。6NC は率先して共同のバイオバンク構築に取り組み、バイオバンクに収集された試料および
臨床情報を、共同研究、学術研究又は製品開発への利用という目的で、産業、アカデミア、公的
機関との幅広い共同研究を通じて、産学官で連携して活用できるナショナルシステムを構築して
いる。このプラットフォームは、共通の情報システムにより、病名登録、共通問診票、倫理審査、
共通プロトコールによる試料の収集および保管、諸手続き等を標準化するためのものであり、日
本のバイオバンクの中核となる基盤である。
NCBN はセントラルバンクとローカルバンクの 2 部門に分かれる。両者の機能は運営要綱で整
理されるが、セントラルバンクで管理される試料は、iPS 細胞を含む培養細胞や DNA 等の複製
可能な試料および 6NC の各バイオバンクから提供の合意が得られる試料である。ローカルバンク
に管理委託される試料は、品質保持において専門性と繊細な管理が必要であり、量的に有限の組
織や臓器等である。また、設置形態はトランスレーショナルリサーチの推進や創薬と診断薬等の
開発への貢献を考慮し、特色を活かした生体試料と臨床情報を活用できる産学官連携のシステム
-6-
第一章
総論:創薬と医療に於けるナショナルセンター・バイオバンクネットワーク
とすべきである。これらセントラルおよびローカルの部門から成る 6NC 共同のバイオバンク構築
の前提としては、NC の事業目的(他施設との共同研究を含めて自施設が主体的に進める革新的医
療の提供)を達成するため、バイオバンク整備の一層の拡充が求められている。
生体試料の品質向上のためには、付随する臨床情報の正確さや情報量が重要となってくる。特
にがんや精神神経疾患に関しては、病因の複雑さや個々人の病態の多様性等により試料の数量確
保も必要となる。相当な数量で高品質な試料を収集し提供するには多施設の連携と協力が必要で
あり、共通問診票の作成、生体試料と情報の収集体制と保管システムの標準化等が共通プラット
フォーム構築に不可欠な課題となる。
更に、長期的視野に立った試料の有効活用を可能とすべく、試料提供者や代諾者からの包括性
の高い同意の取得、倫理委員会判断の整合性確保等の倫理的ガイドラインの整備と、企業との連
携の促進、経時的な試料付随情報の収集による追跡調査体制の確立等も NCBN を中心に 6NC 協同
で取り組むべき課題として挙げられる。厚生労働省や文部科学省の既存バイオバンク事業との連
携も重要な課題である。
3.各 NC でのバイオバンク事業と役割
国立高度専門医療研究センターの各 NC は、厚労省の支援のもとで専門性を活かしたローカル
バイオバンクを整備し運営している。その診療領域は多様であり、重要な疾患のほぼ全てを網羅
している。各 NC での収集試料と事業要旨を分類し、表 1 と図 1 で要約した。
厚労省国立病院課は、バイオバンクのネットワーク化の重要性を認識して、ユーザーである企
業からアクセス手続きや付加情報提供等に関する要望を収集している。全国 6 箇所の NC のバイ
オバンクを連携したナショナルセンター・バイオバンク・ネットワーク(NCBN)を構築してユ
ーザーの利便性を図る。また、連携の中心として新たにセントラルバンクを設置し、生体試料の
カタログデータ公開を開始した。
表1.国立高度専門医療研究センターのバイオバンク事業
実施機関
国立がん
研究セン
ター
主な生体試料
血液、病理凍
結組織・パラ
フィン切片、
DNA 等
主軸研究と事業要旨
・がんの基礎・臨床・公衆衛生・政策関連の研究
・研究所(基礎)と病院(臨床)の連携によるトランスレーショナル
リサーチを重要視
・バイオバンクはその基盤の一つとして位置づけ
・バイオバンク自体は成果を産み出さないため維持費用の捻出が課
題で、研究成果の生産とその有用性を主張する情報発信を強化
・2011 年に新包括同意に基づいた生体試料収集に移行
・研究目的の臨床試料採取や企業を含めた外部研究機関への提供も可
・バイオバンクカタログデータベース HosCanR で管理
・問診票から抽出された臨床情報と病理情報が付随
国立循環
器病研究
センター
血液、尿、病
理組織パラフ
ィンブロック
等
・NCVC 病院コホート研究およびトランスレーショナル研究
・循環器疾患に関する医学研究の基盤整備が目的
・インフォームド・コンセントを得て採取した生体試料と情報を一元
的に集積管理
-7-
第一章
総論:創薬と医療に於けるナショナルセンター・バイオバンクネットワーク
・手術標本試料、剖検試料、診療後の残余試料を永続的に保管
・試料や情報は、ヒトゲノムや遺伝子解析研究での医学研究に利用
・試料は試料移転契約 MTA と共同研究契約締結で提供が可能
・製薬企業等への提供が可能
・カルテ情報等も研究に必要であれば提供
国立精
神・神経
医療研究
センター
骨格筋レポジ
トリー、精神
遅滞レポジト
リー、てんか
んや死後の剖
検脳、血液、
髄液等
・精神/神経疾患、筋疾患、発達障害の病因・病態研究
・運営管理はトランスレーショナル・メディカルセンター の臨床開発
部バイオリソース管理室が担当
・骨格筋レポジトリーは 30 年以上前からの病理組織標本および情報を
保管
・情報公開を行って研究や診断への利用推進を図る
・試料の利用ガイドラインや知財規程の整備
国立国際
医療研究
センター
血液、生検組
織、DNA 等
・感染症、代謝性疾患、免疫異常症におけるバイオマーカーと診断法
の開発
・生体試料は院内 40 以上の診療科および専門センターで収集
・他 NC バイオバンクになく専門領域に特化した試料および情報
・多種疾患の複合病態や合併症に関する試料と情報を利用可能
・血液および組織の収集数は年間に 5,000 以上
【セントラルバンク】
・ローカルバンクとは別に、6NC のセントラルバンク機能を併設
・6NC に分散している試料と臨床情報を共通基盤上で統合する連邦
型ネットワーク機能を有する
・あらゆる疾患において試料利用者は最初に中央バンクへ連絡
・試料カタログおよび手続きに関する説明を入手可能
国立成育
医療研究
センター
胎盤・肝組織、 ・小児難治性疾患の病態解明研究、出生コホート研究
患 者 由 来 細 ・成育医療研究は胎児期から成長して成人となるまでを対象とする
胞、臍帯血等 ・特に肝臓移植、小児白血病、胎児発育障害等が対象
・バンクではこれらの組織や血液等の生体試料に、三世代の出生コホ
ートデータが付随している点が特徴
・連結可能匿名化された臨床情報の収集体制確立や希少疾患患者の iPS
細胞樹立を通して病態解明と先進医療の展開に向けた基盤整備推進
国立長寿
医療研究
センター
血液、DNA、
髄液等
・認知症、老化による身体脆弱性・運動器疾患に関する研究
・「高齢者の心と体の自立を促進する」を理念とする
・心と体の自立を阻害する疾患に的を絞って研究を推進
・認知症等老年病に特化した国内初のバイオバンク
・認知症や骨格筋系の疾患コホート、長期縦断疫学調査、人間ドック
等から血液・組織等の試料を取得
・試料には、問診情報、内科検査結果、神経学的検査結果、高次脳機
能検査結果、画像情報等々が付与
-8-
第一章
総論:創薬と医療に於けるナショナルセンター・バイオバンクネットワーク
図1.NCBN での各医療センターと外部機関の事業連携
NCBN 事務局作成資料を改変
-9-
第二章
〔1〕厚生労働省
医政局
国立病院課
第二章
国立高度専門医療研究センターでのネットワーク化
〔1〕厚生労働省
医政局
国立病院課
要約
全国 6 箇所の国立高度専門医療センター(NC)は合同でナショナルセンター・バイオバンク・
ネットワーク(NCBN)の構築を進めているところである。国の支援の下、各 NC では専門性を
活かしたバイオバンクの整備を進めるとともに、中央バイオバンクを設置してネットワークを
構築し、カタログデータベースを公開する等を行っている。
今般、企業からの期待や要望について、NCBN を管掌している厚生労働省医政局国立病院課
の担当者との意見交換を行った。NCBN の特徴とその重要性を確認した後、カタログ情報の充
実、試料保管と付加情報について共通プロトコールの採用と質の確保、担当者のモチベーショ
ンの維持、付加情報としてのゲノム情報やオミックス情報の必要性、アクセス手続き、NCBN
の運営資金と体制等について議論を行うことが出来た。
1.はじめに
厚生労働省医政局国立病院課は、全国 6 箇所の国立高度専門医療センター(NC:National
Center)[国立がん研究センター(NCC)、国立循環器病研究センター、国立神経・精神医療研究
センター、国立国際医療研究センター、国立成育医療研究センター、国立長寿医療研究センタ
ー]の組織及び運営一般に関することを所掌している。そして 6NC で構成されるナショナルセ
ンター・バイオバンク・ネットワーク(NCBN)を束ねる役割を担っている。そこで、ご担当の
渡辺顕一郎政策医療推進官と高橋未明課長補佐と面談し、厚生労働省の考えを伺った。
2.個別化医療とバイオバンク事業
NCBN の概要について高橋氏より説明を頂いた。バイオバンクの目的は様々な視点から考え
ることが出来るが、内閣官房健康・医療戦略推進本部においては世界最先端の医療を実現する
ため、バイオバンクの基盤を強化して個別化医療を推進することと整理されている
1)
。広義の
個別化医療は個別化予防と狭義の個別化医療に分けることが出来、後者は更に既存の治療法の
個別化と創薬を含む新規個別化治療の開発に分けることが出来る。個別化医療のための大規模
コホートはそれぞれ図 1 のように東北メディカルメガバンク、バイオバンクジャパン(BBJ)、
NCBN が対応している。東北メディカルメガバンクは J-MICC コホート、久山町コホート等と
ともに、予防法の研究開発に利用される発症前(住民)コホートである。また BBJ や NCBN
は診断や治療法の研究・開発に利用される発症後(患者)コホートである。BBJ はのべ 30 万
人以上の大規模血液試料を保有した分譲型バイオバンクであり、NCBN は共同研究ベースでの
臨床試料分与の方法をとっており、血液に加え病変組織を保有していることが特徴である(図 2,
図 3)。
- 10 -
第二章
〔1〕厚生労働省
医政局
国立病院課
図1.各バンクの目指す個別化医療について
図2.日本の主なコホートとバイオバンク
- 11 -
第二章
〔1〕厚生労働省
医政局
国立病院課
図3.各バンクの目的の違いと主な情報
NCBN の資産を活用し、大学や研究機関、ベンチャー、製薬企業等が基礎研究を行い、開発
フェーズを経て新規治療薬や治療法を開発することにより、個別化医療を実現する(図 4)。特に
患者の組織の利用が極めて重要であり、バイオバンクが機能することで病態解明や標的分子探
索が飛躍的に推進される(図 5)。
図4.個別化医療実現への NC バンクの位置付け
- 12 -
第二章
肺
が
ん
治
療
薬
イ
レ
ッ
サ
の
例
〔1〕厚生労働省
医政局
国立病院課
個別化医療の進展と病変組織検査の重要性について(イメージ)
従来
現在
手術不能又は再発
非小細胞肺がん患者Aさん
手術不能又は再発
非小細胞肺がん患者Aさん
EGFR遺伝子変異は市販後にイレッサ服
用の患者の組織を集めて発見されたもの
生検組織
奏効性予測
組織バンクが
確立すると
今後は、ス
ムーズな研究
が可能
がん組織のEGFR遺伝子変異検査
患者Aさんへ
説明と同意
患者Aさんへ
説明と同意
Aさんにイレッサを使用するか否かを決める。
バイオバンクを活用し、肺がん組織から、新しい肺がん治療標的遺伝子を発見した最近の研究例
バイオバンク
がん試料・情報
DNA
RNA
抽出
最先端技術
(次世代シー
クエンサー)
による解析
・インフォ―マ
ティクス解析
・機能解析
新しい融合遺伝子
(肺がん: KIF5B-RET)
の発見
今後、この新しい融合遺伝子から発現するタンパク質の阻害薬等の
開発を実施することになるが、組織バンク業務としては、疾患解明
や標的分子探索の研究を推進するとともに、一定のルールの下、外
部機関にも試料・情報を提供する。
図5.個別化医療の進展と病変組織検査の重要性について
そもそも各 NC ではそれぞれの専門の臨床医や研究者が NC 内での研究に活用するために小規
模のバイオバンクを構築していた。さらに一層の充実を図るため、NCBN では平成 24 年度の
予算を活用し、各 NC において臨床試料及び精度の高い臨床情報の収集とデータベースの整備
を行っている。また各 NC の連携も進んでおり、中央バンク室が国際医療研究センターに設置
され、各 NC 共通の包括同意書や共通問診票がすでに導入されている。
またそれぞれのバンクに集積された試料等は各 NC の研究者により解析や研究が行われると
ともに、一定のルールの下で企業を含む他施設の研究に活用されている(図 6)。また日本版 NIH
構想の下で NC の治験・臨床研究体制整備事業が進められており、NCBN の研究成果も重要な
役割を担っている(図 7)。
なお、NCBN のホームページが立ち上がっており、概要、バイオバンク試料、プロジェクト
情報、活動成果等が公開されている 2)。
- 13 -
5
第二章
〔1〕厚生労働省
医政局
国立病院課
図6.個別化医療の推進のためのバイオバンク等研究基盤の整備
- 14 -
第二章
〔1〕厚生労働省
医政局
国立病院課
NCの治験・臨床研究体制整備事業
日本版NIH
・司令塔機能 ・Funding機能 ・調整機能
<今回の整備対象>…①,②
連携・
役割分担
<インハウス研究>(抜粋)
① <NC 臨床開発試験支援部門の整備>
監査
データセンター/モニタリング
希少・
難治
MD
薬事専門家
知財担当
健康危機
関連(感染
症等)
■企業と共同で早期探索的臨床
試験を開始
■重症新興感染症に対する迅
速診断及び早期治療法開発
プロジェクト
他
DM 、BioStat
CTM (モニター/治験調整事務)
・臨床研究CRC部門
CRC
GCP準拠の医師主導治験
GCP準拠の医師主導治験//臨床研究の実施・支援体制
CRCアシスタント
企画・立案
企画・立案
データマネージメント
データマネージメント
・患者登録
・患者登録
・データ収集
・データ収集
・データクリーニング
・データクリーニング
・データセット作成
・データセット作成
など
など
・薬事
・薬事
・PM
・PM
・知財
・知財
モニタリング
モニタリング
・セントラルモニタリング
・セントラルモニタリング
・施設訪問による直接閲
・施設訪問による直接閲
覧(サンプリング)
覧(サンプリング)
・安全性情報
・安全性情報
など
など
CRCによる
CRCによる
品質管理
品質管理
・適格性の確認
・適格性の確認
・CRF作成
・CRF作成
・文書管理
・文書管理
など
など
品質保証
品質保証
・監査
・監査
NCで早期臨床開発
② <NC 専門的治験病床の整備>
NC病院
<がん>
中央病院、東病院
■医師主導治験を経て治療剤を
共同開発
<循環器>
病院
<精神・神経>
病院
<国際>
センター病院、国府台病院
<成育>
病院
<長寿>
病院
治験病棟
(オープンイノベーションの治験、臨床研究を実践できる体制を整備)
図7.NC の治験・臨床研究体制整備事業
3.所感
創薬はもとより、臨床検査の研究開発も含めて患者からの試料を用いた臨床研究は極めて重要
である。そこでさまざまなバイオバンクの中でも専門性の高い NCBN に対する企業からの期待は
高い。しかしながら手続き面での煩雑さなどが壁となり、必ずしも十分活用できていたとは言え
ない。NCBN は 6 箇所の NC のバイオバンクから構成されており、国立国際医療研究センターに
中央バンク及び事務局が設置されている。利用者の視点からは、中央バンクがワンストップサー
ビスの拠点として、例えばカタログ情報の充実や倫理審査の対応、問い合わせの総合窓口として
機能していただければ大変ありがたい。また一方で、個別の問い合わせに対しては各 NC バイオ
バンクの窓口やコンシェルジュに対応いただくような体制も望まれる。
これら NCBN は国民の社会インフラとして恒常的に維持運営されてゆくべきものであり、国に
は資金面での支援を望みたい。また利用されてこそ価値がある。企業も積極的に利用し、国民の
健康向上のために提供者からの貴重な試料を出来る限り有意義に活用して行きたい。
4.参考資料
1)
首相官邸・ホームページより
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/suisin/kettei/kihonhousin.pdf
2) NCBN・ホームページ
http://www.ncbiobank.org/
- 15 -
国内製薬企業・ベンチャーなど
■バイオバンク等の研究で治療
に最適な化合物を発見
■精神・神経疾患の創薬バイ
オマーカー開発研究推進事
業
医師主導治験・
臨床研究
例)筋ジストロフィー治療剤の開発
実施施設
■(がん)希少疾患の最適・最
新治療ネットワーク事業
企業と共同開発ベンチャー支援
その他
・人材育成
・人材育成
監査担当
・データマネージメント
・モニタリング
・生物統計
・治験調整事務局
・薬事コンサルテーション
・臨床試験プロジェクトマネージメント
治療指針
策定
医療の均
てん化
教育
教育
企画・立案
NCバイオバンクネットワーク研究成果
NCの治験・臨床研究
政策的課題例
7
第二章
〔2〕セントラルバンク(国立国際医療研究センター・中央バイオバンク)
〔2〕セントラルバンク(国立国際医療研究センター・中央バイオバンク)
バイオバンクは、患者の生体試料および臨床情報を取得する医療現場と、それらを創薬や個別
化医療の開発に利用する研究現場との間に介在し、試料と臨床情報の受け入れと払い出しを一括
して行なう機能を持つ。バイオバンクにおいては、試料の品質の維持そして臨床情報については
関連法および各種ガイドラインに準拠した扱いが要求される。それに加えて、将来は試料のゲノ
ム・オミックス情報が付加されることが想定されている。
6 つの国立高度専門医療センターにおいては、各センターに分散して存在するバイオバンクを、
共通プラットフォームにより情報統合する連邦型ネットワーク(National Center Biobank
Network; NCBN)の構築が進められている。これは、各バイオバンクに収集された生体試料およ
び臨床情報を、共同研究、学術研究あるいは製品開発への利用という目的で、産学官でよりよく
活用できるナショナルシステムを作ろうとするものである(図 1)
。
医療現場
研究現場
診療情報
創薬研究
バイオマーカー開発
生体試料と情報の
預け入れと払い出し
ゲノム・Omics情報付加
生体情報解析
バイオインフォマディクス
図1.ナショナルセンターバイオバンク
- 16 -
ゲノム研究による
個別化医療の開発
血液、組織
創薬
バイオバンク
第二章
〔2〕セントラルバンク(国立国際医療研究センター・中央バイオバンク)
共通プラットフォームの内容は、共通の情報システムにより、病名登録、共通問診票、倫理審
査、共通プロトコールによる試料の収集および保管等、諸手続きを標準化することにある。連邦
型ネットワークにおいては、6 つのナショナルセンターバイオバンク(ローカルバイオバンク)
の連携のために、セントラルバンク機能を国立国際医療研究センター内に置く。国立国際医療研
究センターのセントラルバンク事務局を中心に、各ローカルバイオバンクおよびその関連解析施
設等が情報により結びつく、ハブアンドスポーク・モデルで構成されている(図 2)
。事務局の組
織は、研究倫理、データベース管理、共同研究調整の 3 部門か成る。
Biobank間の連携と産学官の連携
Hub and spoke 分散(連邦)型システム
3種類の試料解析(研究)用途
連携のための
事務局機能
産学共同研究
Secondary bank
(banking network)
Primary bank
(解析施設を含む)
学術研究
連携機関
(大学・病院を含む)
企業製品開発
対照的なのが「中央集中的モデル」
個別の契約(MTA)形態、バイオバンク事
業の支援の在り方に関する産学官を含めた
議論が必要
疾患コホート(bank)どうしでのharmonizationが
必要
6NCバイオバンク部会等で検討
「どのように継続的運営を支えていくのか」
図2.バイオバンク間の連携と産官学の連携
NCBN 事業は、2011 年から着手されており、事業実施にあたりその計画と検討のために実施
部門である事務局と並立する位置に 4 つの作業・検討部会(図 3)が設置され、図 4 に記す諸事
項が検討されている。2011 年以降の NCBN の事業ロードマップを図 5 に示す。さらに、NCBN
で供給される予定の試料および情報を図 6 に記した。
- 17 -
第二章
〔2〕セントラルバンク(国立国際医療研究センター・中央バイオバンク)
National Center Biobank Network (NCBN)
6NC総長会議
6NCバイオバンク運営協議会
中央バイオバンク(実践機関)
作業/検討部会(準備機関)
部会リーダー会議
事務局(NCGM)
中央研究倫理支援
部門
中央データベース
管理部門
倫理検討部会
情報インター
フェイス
検討部会
情報データ
ベース作業部会
共同研究調整部門
検体システム
作業部会
図3.NCBN の事務局組織
6NCバイオバンクの作業/検討部会における検討事項
部会名
倫理検討部会
情報インター
フェイス検討部
会
検体システム
作業部会
情報データベー
ス作業部会
検討課題
概要
共通の説明・同意文書の作
成
共通フォーマットによるバイオリソース収集を目標として、6NC共同
で同意説明文書および倫理審査のための研究計画書を作成。
6NCネットワークの構築
NC間のネットワーク構築に向けた全体像を検討。
共通問診票・病名登録
6NCが共同で使用する共通問診票と病名登録の案を作成。
匿名化システムの検討
複数施設間での試料等の共同研究・分譲を前提とした匿名化システムの
在り方およびバイオリソース分析データと医療情報のハンドリング方法
(両者の連結方法を匿名化のレベルに応じて変えるのか 等)の検討
予後追跡システムの検討
経時的な予後追跡の在り方を検討。
検体収集・保管の標準化
6NCでのバイオリソース収集・管理システムの標準化を検討
共通プラットフォームの在
り方の検討
収集したバイオリソースの加工・分析、これらの外注の是非等を検討
試料授受手続きの検討
センター間でのバイオリソース授受の手続き等を検討
各NC保有試料の調査
各NCに存在するバイオリソースについての同意取得範囲、公開可能性
等を調査・分析して所在情報カタログの原案を作成。
共同研究契約手続きの整備
バイオリソースの利用枠組(共同研究契約等)を検討し、手続きを整備。
データベース、ホームペー
ジの作成
一般国民への可視化を促すため、収集したバイオリソース等のカタログ
(公開用)を作成し、ホームページで公開。
7
図4.NCBN 作業・検討部会での検討事項
- 18 -
第二章
〔2〕セントラルバンク(国立国際医療研究センター・中央バイオバンク)
6NCバイオバンク整備当面のロードマップ
平成23年度
平成24年度
平成25年度
説明・同意
文書の作成
倫理
平成26年度
平成27年度
平成28年度
6NC共通フォーマットによる包括性の高い同意の取得
ネットワーク
構築の検討
共通プラットフォームの構築
共通問診票・病
名登録の作成
データ
6NCネットワークの構築と共通プラットフォームの運用
匿名化システム
の検討
予後追跡の在り方を検討
各NCの体制整備
予後追跡の実施
各NCの体制整備(改修等)
検体収集・管理の標準化
バイオリ
ソース
共通プラットフォーム
の在り方の検討
6NCで標準化されたバイオリソースの収集・管理と払出(分譲)の実施
試料授受・共同研究契約
手続きの検討
各NC保有
試料の調査
データベース
作成とβ版公開
支援体制
データベースのHP公開と運用
6NCセントラルバンク事務局機能の整備
各NCにおけるバイオリソースの収集・管理
バイオリソース
の収集・保管
一部バイオリソースのセントラルバンクへの寄託を検討
研究の実施
各NCが収集したバイオリソースを活用した研究の実施
東北メディカル・メガバンク
等との連携を検討
他機関との連携
着手済
予定
東北メディカル・メガバンク等との連携
要検討
図5.NCBN の事業ロードマップ
- 19 -
第二章
〔2〕セントラルバンク(国立国際医療研究センター・中央バイオバンク)
6NCバイオバンク事業で提供するバイオリソース(予定)
バイオリソース
基盤システム
解析手法
医療情報・疫学情報
活用目的
ライフサイエンス
血清/血漿
学術研究
網羅的分子病態解析
(Omics解析)
末梢血単核球
(PBMC)
還元
Data server
DNA
●
全ゲノムSNP情報
●
transcriptome情報
●
epigenome情報
●
proteome情報
●
全ゲノムsequence情報
BIS
創薬
シーズ探索
創薬
Biobank Information System
バイオマーカー開発
ホルマリン固定
パラフィン包埋組織
凍結組織
リンパ芽球様
細胞株(LCL)
iPS細胞
試料加工(iPS細胞の作成など)
(FFPE)
創薬
High-throughput化
対応の試料保管施設
in vitro薬効(毒性)評
蛋白質科学
●
構造解析
●
機能解析
(抗体医薬)
価
遺伝子工学
●
siRNA
新規診断法の開発
細胞工学
個別化医療
その他
療養指導/発症予防
疾患モデル動物など
図6.NCBN で供給される予定の試料および情報
NCBN の生体試料および臨床情報を基礎および応用研究に使用するためには、ホームページ
(http://www.ncbiobank.org)経由で、最初にセントラルバンク事務局に連絡する。同ホームペ
ージでは、アクセス可能な試料のカタログおよび全般的な手続きに関する説明を事務局経由で入
手することができる。なお、手続きの詳細は現在検討中。
- 20 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
第三章
ローカルバイオバンク運営拠点(国立高度専門医療研究センター)
〔1〕 国立がん研究センター
要約
国立がん研究センター(National Cancer Center:NCC)は、研究所(基礎)と
病院(臨床)の連携によるトランスレーショナルリサーチを重要視し、その基盤の
一つとしてバイオバンクを位置づけている。バイオバンク自体は研究成果を産み出
さないためその維持費用の捻出が課題で、試料活用の促進とその有用性を主張する
情報発信の強化が求められている。
NCC バイオバンクは、NCC バイオバンク調整委員会のもと運営されている。2011
年に新包括同意に基づいた臨床試料収集に移行し、診療後余剰検体の研究利用に加
え、研究目的の臨床試料(末梢血)採取も可能になっている。企業を含めた外部研
究機関への、共同研究に基づく試料の提供も行われる。包括的同意の取得はリサー
チ・コンシェルジェが担当している。集積している臨床試料は、新鮮病理凍結組織、
診療目的で作製された病理ブロックの余剰試料、診療目的で採取された血液の余剰
試料、研究目的で採取された血液の 4 種類で、バイオバンクカタログデータベース
HosCanR_バイオバンクエディションで管理されている。院内がん登録情報の一部
と、National Center Biobank Network(NCBN)共通の問診票から抽出された既往
歴・生活習慣等の情報と病理情報が付随している。NCC では、その他に臨床試験に
用いた試料と臨床情報をリンクさせたバンクの構築も進めており、細胞株バンク等
も視野に入れている。
1.はじめに
独立行政法人国立がん研究センター(National Cancer Center:NCC)では、研
究所(基礎)と病院(臨床)の連携による双方向性のトランスレーショナルリサー
チ(Translational Rsearch:TR)、即ち、基礎研究で得られた成果を臨床展開するこ
とを目指すだけでなく、日常診療から見出された問題点の解決に向けて病院と研究
所が連携して取り組むことを重要視している(図 1)。TR を効率よく進める研究基
盤の一つとして、臨床試料と診療情報や病理情報をリンクさせたバイオバンクの構
築を行っている。本項では、NCC のバイオバンクに焦点をあてて、吉田輝彦副所長
と金井弥栄副所長に伺った内容について報告する。なお、添付の図表は 2013 年 3
月時点のものであり、吉田副所長個人の意見や見解が一部に含まれている。
- 21 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
図1.トランスレーショナルリサーチへの取組み
2.バイオバンクとは何か、その意義と必要性
バイオバンクとは、臨床試料(ヒト由来の生体試料等)を収集する研究者と、そ
の臨床試料を活用する研究者が同一人物ではない場合に、その両者の間に介在して、
臨床試料を適切な品質を維持しつつ、個人の人権とプライバシーの保護のもとに保
管し、受け入れと払い出し(分譲等)の機能を果たすシステム、を指している(図2)。
集積された臨床試料は、創薬における前臨床試験と臨床試験をつなぐTRや患者や
がんの個別の特性に基づいた医療(個別化医療)の推進に重要な役割を果たしてい
る。又、ヒト疾患研究にゲノム解析が取り入れられるようになり、データ駆動型研
究戦略が急速に拡大し、解析対象である臨床試料の重要性から臨床試料の集積であ
るバイオバンクの存在価値が増している。バイオバンクに集積した臨床試料は、新
しい創薬テーマやシーズの発掘、仮説の検証、個別化医療の研究ツール等として利
用され、新薬や医療技術の開発を通じ、私たちの健康を守ることに還元されている
(図3)。一方、バイオバンクそれ自体では研究成果を生み出さないため、その維持
に要する経費を獲得するためにバイオバンクの有用性を示すことが求められている。
NCC研究所だけでも、診断薬を含めた、創薬等の実用化に向けた特許出願と取得を
行うなど、企業との共同研究に進んでいる件数は、治験薬で17件、診断薬で21件に
達している。又、NCCバイオバンクの臨床組織を用いて見出された、肺がんの新規
融合遺伝子KIF5B-RETについては、その阻害剤の肺がんを標的とした医師主導治験
が進められており、がん個別化医療への応用が期待されている(図4)。
- 22 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
図2.バイオバンクとは
図3.バイオバンクの有用性
- 23 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
図4.バイオバンク試料を用いた研究成果
3.国立がんセンターバイオバンク関連事業概要
NCCバイオバンクは、病理部門でプロトタイプのバイオバンクを構築したことに
端を発している。2004年に院内がん登録を開始し、2011年からゲノム研究倫理指針
に沿った新包括的同意に基づくバイオバンクを開始している(図5)。
図5.国立がん研究センター・バイオバンクの歴史
- 24 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
NCCバイオバンクの運営ポリシーは、研究所長を委員長とするNCCバイオバンク
調整委員会で決定される。この調整委員会は、病院、研究所、東病院臨床開発セン
ター、がん対策情報センター、がん予防・検診研究センター、MDR室、事務部門等
40名程度の職員から構成されている。NCCバイオバンクはNCC各部局の合作という
位置づけにある。実務は4つのワーキンググループで行われ、運営経費はがん研究開
発費で賄われている(図6)。
図6.国立がん研究センター・バイオバンクの組織図(2013年3月現在)
NCCのバイオバンクは、オールジャパンネットワークを視野に入れ、高品質の多
数の臨床試料と標準化された臨床情報と病理情報を集積している。集積している臨
床試料は、新鮮病理凍結組織、診療目的で作製された病理ブロックの余剰試料、診
療採血血液の余剰試料、研究目的の採血血液の4種類となっている。2010年にNCC
が独立法人化されたことを契機に、従来のオプトアウト方式の見なし同意を廃止し、
オプトイン方式の新包括的同意に移行している。新包括的同意では、診療後余剰臨
床試料の研究利用に加え、新たに研究のための追加採血、「ヒトゲノム・遺伝子解
析研究」を含む研究への試料と臨床情報の提供、をお願いしている。又、その臨床
試料は、企業を含め外部研究機関へ提供されることもあることを説明している。研
究の包括的な説明と同意は個別面談で行うことにし、そのインフォームド・コンセ
ントを担当すると共に、来院する新患患者に対応するリサーチ・コンシェルジェを
導入している。累積同意割合は91.7%となっている(図7)。臨床試料は、NCC研究倫
理審査委員会が承認した研究に対し、バイオバンクとゲノム研究個人情報管理室が
連携して個人情報を保護した状態で提供される。
- 25 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
図7.新包括的同意制度によるバイオバンクの運用
研究採血血液は、現在約14,000症例に達し、血漿とDNAの他、RNA抽出用細胞溶
解液(lysate)を調製して保管している。病理組織の採取にあたっては、肉眼診断で
がんと非がん、壊死、高度の変性、出血巣等を正しく判定し、確かに新鮮ながん組
織を採取する、病変が小さく断端に近接している場合は採取しない、科学的に価値
があって、病理診断に支障をきたさない(患者の不利益につながらない)部位であ
るかを病理専門医スタッフが一例一例判断する、等の作業を行っている。採取した
組織は標本の質を保つため、直ちに液体窒素中で急速凍結され保存されている(図8)。
これまで、病理凍結組織約14,500症例、病理ブロック約6,000症例、診療採血血液約
100,000本を集積し、共同研究のため病理組織162症例、血液704本を外部機関へ提供
している。外部研究機関への臨床試料提供はこれまでのところ全て共同研究にもと
づいている。2009年から2011年にバイオバンク試料を用いた研究で英文論文106報、
被引用回数総計630回、インパクトファクター合計56,358の成果を産み出している。
バイオバンクに集積されている臨床試料に付随する情報については、バイオバン
クカタログHosCanRバイオバンクエディション、というデータベース(database:
DB)を開発し管理している(図9)。このDBは、6ナショナルセンター(6NC:国立が
ん研究センター、国立循環器病研究センター、国立精神・神経医療研究センター、
国立国際医療研究センター、国立成育医療研究センター、国立長寿医療研究センタ
ー)共通問診票に準拠した問診票DBと院内がん登録システムHosCanRから必要なデ
ータを抽出して構築されている。研究者は、セキュリティの確保されたバイオバン
- 26 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
ク事務室でカタログを閲覧し、登録項目から必要な条件を設定し、研究対象とする
症例を絞り込むことができるようになっている。閲覧資格に応じたセキュリティが
設定されており、医療職以外の職員は患者個人を特定する情報を閲覧することはで
きないようになっている。又、患者個票は部門システムと連動しており、システマ
ティックな在庫管理がなされている。
図8.臨床試料の採取
- 27 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
図9.バイオバンクカタログデータベース
がんの診断、治療研究に於いては、病変部位の分子病理学的解析が主体であるが、
発がんの原因や発がん要因への反応性の違い、抗がん剤等への応答性の違い、等の
個人差についての解析も重要である。この個人差の一部は、生殖細胞系列の多型あ
るいは変異により規定される。従って、がん研究においては生殖細胞系列(germline)
の解析を行うための臨床試料(固形がんにおいては血液)と体細胞(somatic cell)
系の解析を行うための臨床試料(がん細胞と組織)の両方の集積が必要である(図
10)。又、集積される臨床試料に付随する情報の種類や詳細さも重要とされている。
バイオバンクの持つ臨床試料とそれに付随する情報の量と質により、実施できる研
究の目的や内容が規定される。情報の量と質を高めるには、平成23年度に総務省が
開始した、「健康情報活用基盤構築事業(日本版Electronic Health Record:EHR)」
1)
のような仕組み、即ち、個人が自らの医療や健康情報(診療情報と健診情報)を
生涯にわたって電子的に管理し活用するシステムの構築が求められている。カルテ
情報やレセプト情報と臨床試料情報(バイオバンクDB)の統合は望ましい姿である
が、実現するためには多くの課題が残されている。臨床情報については、NCCがん
対策情報センターでは、院内がん登録DBと地域がん登録DBの整備が進められている。
また、各診療科DBを整備し、院内がん登録DBと統合することも目指している。
一方、NCC東病院に設置されているJapan Clinical Oncology Group(JCOG)バ
イオバンク(図6)では、臨床試験に用いられた臨床試料の収集を行っている。多施
- 28 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
設から質の高い臨床試料と情報を集積するためにカルテ番号の収集を重視している。
個人情報管理者を共通にすることでカルテ番号収集のセキュリティ確保と効率化を
図っている。
これらの取組みを通じて、電子化された大規模診療情報DBとバイオバンクDBが統
合されると、観察研究である効果比較研究(Comparative Effectiveness Research)
の基盤が整い、臨床試験(Randomized Controlled Trial)のみでは提供が困難であ
った部分のデータ提供ができるようになると期待されている(図11)。
図10.がん研究に於いて生殖細胞系列と体細胞系試料が必要な理由
- 29 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
図11.Comparative Effectiveness ResearchとRandomized Controlled Trial
6.所感
バイオバンクに集積されている臨床試料を利用する立場からは、多種類であるこ
と、DNA、RNA、タンパク質、等の生化学的解析情報、そして病理診断情報まで使
用可能な試料であること、更に、詳細な情報が付随していること、を求めるのが一
般的である。又、臨床試料を入手する際の手続きが容易であることもよく指摘され
ることである。
NCC は、基礎と臨床の連携を意識した TR を効率的に推進する基盤の一つとして
NCC バイオバンクを位置づけている。バイオバンク設置のコンセプトを明確にして
いることは、バイオバンクの価値向上を考える上で重要であると思われた。
NCC バイオバンクでは、臨床試料の採取から保管まで病理専門医が担当し科学的
に価値のある部位が採取されていること、付随する臨床情報も厚生労働省通知の院
内がん登録標準登録様式や NCBN の共通問診票の使用で情報に偏りがないように
なっていること、から、臨床試料については利用者側の要望を満たすものが集積さ
れているという印象を持った。一方、集積された臨床試料の利用では、研究成果の
ほとんどが NCC 内研究によるもので、外部研究機関の利用が少ないことが課題で
あると思われた。
- 30 -
第三章
〔1〕国立がん研究センター
7.参考文献
1)
総務省ホームページより
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/ehrjigyou/49569.html
http://www.ncbiobank.org/
2)
NCBN・ホームページ
3)
国立がん研究センター・ホームページ
- 31 -
http://www.ncc.go.jp/jp/
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
〔2〕国立循環器病研究センター
要約
平成 23 年度からナショナルセンター・バイオバンク・ネットワーク(NCBN)の構築
がスタートした。国内に 6 つある国立高度専門医療研究センター(6NC)の 1 つである独
立行政法人 国立循環器病研究センター(NCVC)のバイオバンクは、循環器疾患を中心と
した重要疾患に関する医学研究の基盤整備を目的として設置された。NCVC がバイオバン
クとして新たに患者から同意を得て採取した試料と情報を一元的に集積管理し、これらの
試料と情報等が有用な医学研究や医学教育で利用されるために、公共リソースとして機能
することを目的としている。
NCVC は 1977 年(昭和 52 年)に大阪府吹田市の現在地に開設され、2010 年(平成 22
年)4 月の独立行政法人化を経て、2011 年(平成 23 年)11 月にはバイオバンクが設置さ
れた。2018 年(平成 30 年)には JR 京都線岸辺駅付近の JR 吹田操車場跡地に全面移転
することが決まっている。先に隣接地に移転予定の吹田市民病院と医療連携をすることに
なる。
国立循環器病研究センター(国循)バイオバンクは、6NC バイオバンク協議会を介して
他の 5NC と連携しており、NCVC 倫理委員会と国循バイオバンク推進会議のもとにある
バイオバンク運営委員会を中心に機能している。
国循バイオバンクでは、手術標本試料、剖検試料、診療後の残余試料、NCVC 内の医学
研究試料等を永続的に保管し始めた。保管された生体試料や情報とデータは、ヒトゲノム
や遺伝子解析研究を含めた国内外の様々な医学研究に長期にわたって利用される。製薬企
業等への提供も含まれる。研究手法としては、不可逆因子であるゲノムや遺伝子情報の研
究の他に、変化のあるエピゲノム、メタボローム、プロテオームも対象である。臨床現場
からの余剰試料等バイオバンク専用の採取試料でない生体試料もバイオバンクへの利用の
同意のもと収集する。研究に利用できる試料は、倫理委員会の承認を得たさまざまな研究
に利用されることを試料提供者が予めバイオバンクに同意したものに限る。
また、企業等との共同研究においても国循バイオバンク運営委員会と NCVC 倫理委員会
の承認があれば、匿名化された後 MTA(Material Transfer Agreement)と共同研究契約
締結のもとに提供が可能であり、NCVC のカルテ情報なども研究に必要であれば提供され
る。
1.はじめに
国立高度専門医療研究センターは現在国内に 6 施設(6NC)あり、国民の健康に重大な
影響のある特定の病気を解明し克服することを使命としている。すなわち、種々の病気に
関する最高レベルの医療を患者に提供できるようにスタッフが日夜努めるとともに、特に
診断と治療に苦慮する難しい病気を対象として、新しい診断法や治療法、更には予防技術
の開発にも取り組んでいる。しかし、このような医学の進歩に向けた取り組みには、患者
の診療を行う上で必要とされた検査用の血液、体液や組織、手術等で摘出された組織等や
バイオバンクのために採取された試料の利用が不可欠である。
- 32 -
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
これらを利用して行われる研究から得られる成果は現在、種種の病気に悩まされている
人々だけでなく、将来の世代(子供、孫の世代)の人々をも病気から救うことができる可
能性を秘めている。
6NC は主要な疾患を網羅し、国民の健康を守るために疾患の解明と治療法の開発を目指
す高度専門医療研究機関である。これらが保有するバイオリソースを統合して共同のバイ
オバンクを構築すること、そして各 NC との共同研究を通じてバイオリソースを活用して
もらうことが、6NC で組織するナショナルセンター・バイオバンク・ネットワーク(NCBN)
事業の目的である。
NCBN 事業は、ネットワーク型及び連邦型の組織形態で運営されている。6NC 各々の
自立性を考慮した上で実効性の高い持続的な研究支援活動を的確に行うために、データベ
ース管理等の専門家組織や事務局を含む 6NC セントラルバイオバンクが NCBN 内に設置
されている。また多施設協力体制でのバイオリソースの収集と活用を推進するために、バ
イオバンク運営協議会が設置されている。
各 NC バイオバンクはバイオリソース整備の一層の拡充を行い、6NC 共通のバイオリソ
ース保管の仕組みと共通プラットフォームを構築し、連携する医療機関等とともに幅広い
共同研究推進を支援する仕組み作りを進めている。
本報告では、NCBN の一つである国循バイオバンクの活動について進捗状況と今後の抱
負等を寒川賢治 研究所長及び宮本恵宏 副バンク長にヒアリングさせて頂いた内容を要約
した。
国循バイオバンクのコンセプトを図 1 に示す。「未来の医療のために:こどもたちや次
の世代が、より良い医療を受けることができるよう、
「国立循環器病研究センターバイオバ
ンク」では、新しい治療や診断法をはじめとするさまざまな医学研究をサポートしていま
す」
(NCVC ホームページより)を基本概念としている。
図1.NCVC におけるバイオバンクの概念
NCVC は、日本のナショナルセンターとして国民の健康と幸福のために日々循環器病克
服を目指して予防、治療、研究等に取り組んでいる。
NCVC は 1977 年(昭和 52 年)に大阪府吹田市の現在地に開設され、2010 年(平成 22
- 33 -
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
年)4 月の独立行政法人化を経て、2011 年(平成 23 年)11 月にはバイオバンクが設置さ
れた。
NCVC は、2018 年(平成 30 年)に、JR 京都線岸辺駅付近の JR 吹田操車場跡地に全
面移転することが決まっている。先に隣接地に移転予定の吹田市民病院と医療連携をする
ことになる(図 2)
。
図2.移転後の NCVC 完成イメージ図(吹田市ホームページより)
2.背景及び目的
国立循環器病センターバイオバンクは、循環器疾患を中心とした重要疾患に関する医学
研究の基盤整備を目的として設置された。
国循バイオバンクは患者から新たに同意を得て採取した試料と情報を一元的に集積管
理し、これらの試料と情報等が、有用な医学研究や医学教育で利用されるために、公共リ
ソースとして機能することを目的としている。これによりこれまでのように研究者個人が
患者試料を研究毎に集めるのではなく、バンク保管の試料及び臨床データベースを用いて
臨床研究及び基礎研究ができるようになる。研究者はその研究計画について個別に NCVC
倫理委員会の承認を受けなくてはならない。
国循バイオバンクは NCVC の事業であり、職務の一環として取り組んでおり、個別研究
が対象ではない。
3.NCVC におけるバイオバンク
国循バイオバンクの概要を図 3 および図 4 に示す。国循バイオバンクは、6NC バイオバ
ンク協議会を介して他の 5NC と連携しており、NCVC 倫理委員会と国循バイオバンク推
進会議の下にある国循バイオバンク運営委員会を中心に機能している。
- 34 -
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
図3.NCVC におけるバイオバンクの概要
図4.国循バイオバンクの組織図
- 35 -
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
4.バイオバンクにおける試料
国循バイオバンクにおける試料採取から利用までのプロセスを図 5 に示した。国循バイ
オバンクは手術標本試料、剖検試料、病理検体、診療後の残余試料及び NCVC 内の医学研
究での試料、そしてバンク保管用に採取した血液を永続的に保管する。
図5.対象試料取得から利用者までのプロセス
- 36 -
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
国循バイオバンクは図 6 に示した 3 つのポイントで Security を管理している。
図6.国循バイオバンクにおける Security
国循バイオバンクでは患者が受けた診療や検査、解剖、別の研究で得られる生体試料を
永続的に保管していく。バイオバンク事業は無償が原則であり、試料提供者に謝礼などは
支払わない。
保管された生体試料と情報やデータはヒトゲノムや遺伝子解析研究を含めた国内外の
様々な医学研究に長期にわたって利用でき、製薬企業等へも提供される。出生後変化のな
いゲノム、遺伝子情報の他に、変化のあるエピゲノム、メタボローム、プロテオームも対
象である。
新たに国循バイオバンクに保管する血液は静脈から約 l15mL を採取し、生活習慣病、日
常生活動作、現在の病歴等の問診も対面聴取等により行う。更に治療経過、治療効果、転
帰(回復、後遺症、死亡等)といった予後に関しての調査も含め、予め試料提供者から同
意をとり、該当する生体試料は、全てバイオバンクで保管する。
5.バイオバンクの試料等の提供
国循バイオバンクの試料等を研究に提供するフローを図 7 に示した。
企業等との共同研究においても国循バイオバンク運営委員会と NCVC 倫理委員会の承
認を得れば、MTA と共同研究契約の締結のもとに提供され、カルテ情報等も研究に必要
であれば提供される。
- 37 -
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
図7.国循バイオバンクにおける試料等の提供方法
6.国循バイオバンク事業の全体像
国循バイオバンク事業の全体像を図 8 に示した。
図8.国循バイオバンク事業の全体像
- 38 -
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
国循バイオバンクでは協力的な患者にバイオバンクコーディネーターが事業を説明し、
書面に同意意思を記載の後、試料を採取する。試料は残余試料等を含め国循バイオバンク
内で匿名化され保管される。
保管試料と各種情報は NCVC 倫理委員会及び国循バイオバンク運営委員会で承認を受
けた、これからの医療の発展への貢献を目的とする NCVC 及び製薬会社を含む国内外の研
究機関での研究に提供される。
7.国循バイオバンクにおける生体試料採取の実際
2012 年 6 月 4 日から 2013 年 6 月 4 日までの診療科別バイオバンク同意数を図 9 に示し
た。
新たなバイオバンク用採血の同意は 1 月で 100 人程度得られ、他の試料を併せれば年間
2,000 件くらいである。
診療科別同意取得数
周産期 8
小児循環器 8
脳内科 138
心臓外科 238
脳外科 77
代謝内科 81
高血圧
腎臓 83
移植 47
心臓内科 348
2012年6月4日~2013年6月4日
図9.国循バイオバンクにおける診療科別同意取得数
8.所感
国循バイオバンクは NCVC の理事長直轄の事業として 2011 年(平成 23 年)11 月に設
置され、職務の一環として取り組まれている。国がバイオバンク事業を重要視しているこ
とがうかがえる。
NCVC は、2018 年(平成 30 年)に、JR 京都線岸辺駅付近の JR 吹田操車場跡地に全
面移転することが決まっており、先に隣接地に移転する吹田市民病院との医療連携でさら
に国循バイオバンク事業が質量共に強化され、発展することが期待される。バイオバンク
事業はより多くの臨床現場と連携することがたいへん重要なことだと思われた。
- 39 -
第三章
〔2〕国立循環器病研究センター
9.参考資料
1)
バイオバンク
2)
未来の医療のために
未来の医療のために
(国立循環器病研究センター・提供冊子)
バイオバンク事業への協力のお願い
(国立循環器病研究センター・提供冊子)
3)
国立循環器病研究センター・ホームページ
4)
同バイオバンク・ホ―ムページ http://www.ncvc.go.jp/biobank/
5) NCBN・ホームページ
http://www.ncvc.go.jp/
http://www.ncbiobank.org/index.html
- 40 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
〔3〕 国立精神・神経医療研究センター
要約
6 ナショナルセンター・バイオバンクの一つである独立行政法人 国立精神・神経医療
研究センター (NCNP)
1)
は骨格筋レポジトリー、精神遅滞レポジトリー、髄液バンク、
てんかんの手術脳バンク、精神科血液バンク及び死後ブレインバンクを運営管理し、包
括的なリソースバンクを目指している。これらの運営管理はトランスレーショナル・メ
ディカルセンター (TMC) 内の臨床開発部バイオリソース管理室を中心に行われている。
特に骨格筋レポジトリーは 30 年以上前から、多数の試料、病理組織及び情報が同じ方法
で保存・管理がされ、研究や診断だけでなく教育にも使用されている。今後は情報公開
を行って研究や診断への利用推進を図り、その為の管理と利用のガイドラインや知的財
産関係の規程の整備が予定されている。
1.はじめに
平成 23 年度からナショナルセンター・バイオバンク・ネットワーク (NCBN) 構築が
スタートした。すなわち、がん、循環器疾患、精神・神経・筋疾患、感染症・代謝疾患・
免疫異常等、成育疾患及び老年病関連の 6 つのナショナルセンター (NC) のバイオバン
クの保存方法の統一、コアとなる臨床情報の一元化を行い、将来的には中央バイオバン
クに共通の窓口を設置する構想である。今回、6NC の一つである国立精神・神経医療研
究センター(NCNP) のバイオバンクの活動について、進捗状況と今後の抱負をお聞きし
た。
2.背景及び目的
NCNP は、精神疾患、神経疾患、筋疾患、及び発達障害の 4 疾患の克服のために、病
院と研究所が一体となって世界的レベルの研究と高度で専門的な医療サービスを提供し、
国民の健康を守るナショナルセンターとして平成 22 年 4 月1日に独立行政法人化された。
特に、基礎研究の成果をトランスレーショナル研究、臨床研究、臨床試験を通して臨床
応用することを最大の使命としている。併せて、人材育成、情報発信及び政策提言も使
命として揚げられている(図 1)
。
3.組織
NCNP は、病院、神経研究所、精神保健研究所、トランスレーショナル・メディカル
センター (TMC)、平成 23 年 4 月に新たに発足した脳病態統合イメージングセンター及
び認知行動療法センターで構成されている(図 2)。
- 41 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
図1.NCNP での臨床研究推進
図2.施設構成
4.TMC
TMC は病院と研究所の有機的な連携を具体化するための橋渡しの組織として位置付
けられ、バイオリソースの維持と管理、先端的な診断技術の開発、治験と臨床研究の実
施支援、臨床研究に関する情報の管理並びに解析、臨床研究に関する環境整備の支援及
び人材の育成が業務として掲げられている。
TMC の組織は臨床開発部門、臨床研究支援部門と情報管理・解析部門の3つの部門か
らなる。倫理担当者や、知的財産の活用を促進するビジネスディベロップメント室等も
置かれている。臨床開発部門はバイオリソースを管理運用するバイオリソース管理室と、
バイオリソースを利用した先端技術の開発、バイオマーカー等を見出す先端診断技術開
発室からなる(図 3)。
- 42 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
図3.トランスレーショナル・メディカルセンター (TMC) 組織図
5.バイオリソース管理室
バイオリソース管理室は、将来的には脳、骨格筋、筋芽細胞、髄液、血液(リンパ芽
球、ゲノム DNA、RNA)の管理運用を担うが、現在はその一部である髄液、血液の管理
運用を担っている。脳脊髄液及び血液収集では患者と研究者のインターフェイスになり、
検体研究支援、戦略的検体収集を行っている。スタッフは腰椎穿刺を行う医師、インフ
ォームドコンセント、症状評価、情報管理を行う臨床心理士及び採血、検体処理、匿名
化、管理を行う臨床検査技師からなる。
(図 4)
。
図4.バイオリソース管理室
- 43 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
6.NCNP バイオバンクと研究戦略
NCNP では、バイオリソースを用いた研究の重要性を鑑み、1980 年ごろから品質、付
加価値の高い神経・筋疾患の脳、筋、髄液及び血液等の試料を多数保存・管理し、研究
と診断だけでなく教育にも使用している。骨格筋レポジトリー、精神遅滞レポジトリー、
髄液バンク、てんかんの手術脳バンク、血液バンク及び死後ブレインバンクがあり、包
括的なリソースバンクを目指している。
バイオリソースの確保において、試料については保存形態、登録数及び管理システム、
付随情報については正確な診断、詳しい臨床情報及びデータベース化、倫理については
ガイドラインの遵守と研究利用の透明性が重要な点として挙げられる。
また、収集しているバイオリソースは疾患の頻度、採取の容易さ、増殖の可否、DNA
利用の可否から、図 5 のように分類可能である。
疾患
骨格筋疾患、筋ジス
トロフィー、他
精神遅滞症
血液
精神疾患、神経内
科疾患、小児神経
疾患、他
髄液
組織
骨格筋
頻度
てんかん
脳(手術摘出)
稀
高
稀~高
稀
採取
困難
容易
困難
困難
増殖
DNA
可 (筋芽細胞)
可
可 (リンパ芽球)
可
不可
可及び不可
不可
可及び不可
図5.バイオリソースの分類
バイオリソースを用いた研究戦略としては、臨床像から原因遺伝子や関連タンパク質
を同定し、病態の理解をすることで、新たな治療法・予防法開発を目指している。ヒト
試料を用いて原因遺伝子・関連タンパク質を同定できれば、遺伝子のノックアウト動物
作出等で遺伝子や遺伝子産物に関する基礎研究が進み、更なる分子レベルの研究や細胞
レベルの病態研究が進められる。一方で、臨床的には遺伝子検査が可能になり、バイオ
リソースは新たな診断法、治療法や予防法の開発のために有効に利用されている(図 6)。
- 44 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
図6.原因遺伝子・関連タンパク質の同定を基盤にする研究戦略
7.骨格筋レポジトリー
(1)骨格筋レポジトリー
希少疾患である遺伝性及び後天性の筋疾患の骨格筋が 33 年前から同一の方法で集め
られ 13,000 以上凍結保存されている
(図 7)
。筋疾患の診断のために採取された検体は、
病理学的検査、生化学的検査及び遺伝子検査に供され、多くは確定診断に至るが、一方
で診断の確定できない疾患や未知の疾患が蓄積される。診断後の残余試料、病理組織所
見及び臨床情報は全て匿名化され保存されており、研究的付加価値が高い。最近 5 年間
では、毎年 500~700 検体が登録されている(図 8)
。15 年程前からは、作製には 1 か
月ほどかかるが、筋検体から単離し増殖させた筋芽細胞も必要に応じて凍結保存されて
おり、1,500 例になっている。その利用法は、たとえば代謝性筋疾患の生化学検査、筋
ジストロフィー筋では薬剤作用の確認等に利用されている。また、疾患筋は増殖しにく
い為、大量に細胞が必要な場合には不死化した細胞も用意され、ミトコンドリア病等の
代謝性筋疾患では有用である。患者由来の iPS 細胞を樹立し研究資源としての活用を考
えて、筋採取時に採取した皮膚から単離し増殖させた線維芽細胞も保存している。
- 45 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
図7.主な筋疾患
図8.骨格筋レポジトリー新規検体数
これらの検体は診断に用いられるだけでなく、全国・世界の研究者に供与されて基礎
研究あるいは臨床研究に使われ、その成果は患者や医師に還元されている(図 9)。多
- 46 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
くの研究成果が国際誌に掲載されている(図 10)。また、今までに作製された病理組織
標本は神経・筋疾患の診断に利用されるだけでなく、あらゆる筋疾患の診断法を学ぶ医
師の教育にも利用されている。
図9.診断/情報・バンキング/研究利用システムの統合
図10.筋レポジトリー検体を用いた主な研究成果
- 47 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
(2)骨格筋レポジトリーの倫理問題
近年、遺伝性筋疾患を診断するには病理検査に加えて遺伝子検査が重要となってきて
おり、その際には遺伝カウンセリングが重要であり、NCNP 病院では早くから取り組
んでいる。
現在は 7 名の臨床遺伝専門医と 1 名の認定遺伝カウンセラーが担当している。
また、ヒトゲノム・遺伝子解析研究においてはガイドラインの遵守が必要であり、ガイ
ドライン制定前から自主的にその問題に取り組んできた。1996 年に DNA 検査承諾書、
1997 年に生検に関する承諾書を取得するようになったが、NCNP の筋レポジトリーの
中には、それ以前に採取され公共バンクへの提供の同意文書がない検体が含まれていた。
これらの使用については、再同意取得を倫理委員会より求められ、すでに対応を行って
いる。
8.精神遅滞レポジトリー
精神遅滞は、知能指数(IQ)が 70 以下の状態をいい、弧発性及び家族性であることが
知られている。てんかん、発達障害を合併していることが多く、登録家系はここ数年増
加している(図 11)。遺伝学的検査により関連遺伝子が X 染色体に存在する場合の多い
ことが明らかとなり、X 染色体上の疾患関連遺伝子の解析を中心に研究を進行中である。
そのために、患者及び家族の血液を採取し、一部をリンパ芽球にして、ゲノム DNA とと
もに診断や研究に利用されている。
図11.精神遅滞症例登録家系数の推移
9.髄液バンク
脳脊髄液のほとんどは、脈絡叢ではなく脳の実質から産生されることが最近判明し、
プロテオーム解析等による疾患特異的バイオマーカーの開発が進んでいる。特にアルツ
- 48 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
ハイマー病では同定された脳脊髄液マーカーが最近保険適用となり、診断に利用されて
いる。現在、統合失調症、うつ病等の精神疾患、認知症、神経内科疾患、小児神経疾患
だけでなく健常者由来の 700 以上の脳脊髄液が収集され、特に精神疾患の脳脊髄液では
世界でも最大級となっている(図 12)
。順調に検体が集まっている理由として、検体収
集における病棟の負担軽減と、効率的な収集体制の確立がある。すなわち、病棟から TMC
が連絡を受けると、バイオリソース管理室のスタッフであるコーディネーターが出向き、
分かりやすい説明文や説明者用のガイドラインを用いて患者に説明する。インフォーム
ドコンセントを取得後、腰椎穿刺時にはバイオリソース管理室の臨床検査技師が同席し、
採取された脳脊髄液を直ちに氷冷し処理・分注・凍結保管される。その後、TMC のバイ
オリソース管理室で匿名化後登録・保存される。また、精神疾患については診療目的の
検体採取も行っており、苦痛の軽減のために事前に極細の針で皮内麻酔を行ったり、副
作用の軽減のために特殊針を使用したり等の工夫をしている。
図12.髄液検体の内訳
10.精神科血液(DNA)収集
6NC バイオバンク事業のメインの活動として、精神科初診患者を中心に血液採取を行
っている(図 13)
。血液からは血漿や DNA が抽出され、保管管理される。収集の流れは、
まず、初診患者が問診票(通常の項目に 6NC 共通の項目を追加したもの)に回答する。
次に診察時に担当医がバイオバンクを紹介し、理解を示す患者の場合は TMC に連絡を入
れる。すると、直ぐにスタッフが出向き、患者に説明し同意を得て採血となる。作製し
たパンフレッドを目に付きやすい診察室に置く等の努力もあり、同意が得られる率は高
い。その後、面接し追加調査を行う。血液は TMC に運ばれて血球成分と血漿成分に分け
られ、血球成分の一部からは DNA が抽出されて各々保存される。調査内容は、TMC の
バイオバンクでデータベース化され、研究に使用されるとともに、病院の情報管理室に
送られ電子カルテにも反映される。追加調査では、診断時にはなかった情報を得られる
こともあり、診療に役立っている。一方、6NC 共通の項目は個人情報をブロックして中
- 49 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
央バイオバンクデータベースに送付される。2012 年 12 月からの収集数は 91 であり健常
者も含まれる。また、初診時が中心ということもあり、普通では得られにくい薬剤フリ
ー患者の血液も含まれる。
図13.調査の流れ
11.手術脳バンク
てんかん患者から外科的に切除された年間 30~40 検体の脳組織が保存され、診断と研
究に使用されている。すなわち、てんかん患者では、てんかんを引き起こす部位を特定
し、外科的切除することにより治癒が期待できるため、診療の一環として切除手術が行
われている。切除された組織は細切され、病理検査のための標本と研究のための凍結保
存組織が交互に作製される。その後、正常部と病変部を分けて遺伝子検査・解析等が行
われる。病理所見とほぼ同じ組織変化を有する凍結組織を得ることができる為、多層的
疾患オミックス解析による創薬標的の網羅的検索に使用されている。
12.ブレインバンク
死後ブレインバンクは、国立病院機構の主要な大学及び一部の大学による別のナショ
ナルレベルのシステム(リサーチリソースネットワーク)が動いている。ブレインバン
クのネットワーク化は、各ネットワークのシステムを統合すればよいが、理化学研究所
や全国の大学の参加形態そして資金の問題により、現在ペンディング状態である。また、
死後ブレインの分与については、倫理面、死体解剖保存法の解釈、及び金銭による分与
の是非の問題がある。
13.NCNP バイオバンク事業の今後の方針及び課題
NCNP バイオバンク事業の今後の方針として、①バイオリソースのセンター内統一管
理に向けた活動、②管理・利用ガイドライン遵守及び知的財産関係の規程の整備、及び
③6NC バイオバンク連携事業の推進が掲げられている(図 14)。
- 50 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
図14.NCNP バイオバンク事業の今後の方針
現在、TMC と病院の連携により、脳脊髄液、血液収集が効率的に行われているが、こ
の連携をプロトタイプにして、病院・TMC・研究所の連携をより一層強めて、利活用の
促進を図ることが最も重要な課題となっている。バイオリソースの利用推進は、基礎研
究が促進され、疾患メカニズムの解明、診断法及び治療法の開発等に繋がり、患者や社
会に貢献できるからである。
30 年の歴史をもつ骨格筋レポジトリーの成功から考えると、
研究者や開発者の成功事例を取り上げるだけでなく、収集する臨床側の医師が評価され
る方策等のインセンチブの確保も重要であろう。例えば、研究論文への収集医師名の記
載や、バイオリソースの半分は収集医師の活用のために残す等、利活用にかかわる問題
をさらに検討していく必要がある。
一方、バイオバンクの維持・継続性のためには運営資金が必要である。独立採算に不
向きなバイオバンクを維持するには、基本的には公的資金の活用が必要である。運営費
交付金や科研費を活用するとともに、産学連携も重要となる。今後、企業や一般の人の
意見を取り入れながら、産学での共同研究におけるバイオリソースの利活用及び研究利
用に関する知的財産権等を含む契約のガイドラインの整備を進める。この問題に適切に
対処するために、TMC 内にはビジネスディベロップメント室が設置されている。
14.所感
6NC バイオバンク事業がスタートし、各 NC において推進準備が進められている。
NCNP ではバイオバンクの重要性が認識され、特に骨格筋については、30 年前からバイ
オリソースとして残余試料や病理組織標本を保存・管理し、研究や教育に用いており、
6NC バイオバンク事業はその延長線上にある。その意味で、NCNP の果たす役割、影響
は大きい。現在、多種類のバイオリソースを効率良く収集できるように努力している。
一方、NCNP 内でのバイオリソースの管理強化や、今後のバイオリソース情報の公開・
- 51 -
第三章
〔3〕国立精神・神経医療研究センター
使用促進を図るうえで収集医師の意識改革や民間のバイオリソース利用におけるガイド
ラインの作成など難しい課題が存在しているのも事実である。今後の NCNP 内の組織固
めと併行して、産官学連携による速やかな課題の解消によるバイオリソースの積極的な
利活用を期待している。
15.参考資料
1) 国立精神・神経医療研究センター・ホームページ
2) NCBN・ホームページ
http://www.ncbiobank.org/
- 52 -
http://www.ncnp.go.jp/
第三章
〔4〕国立国際医療研究センター
〔4〕 国立国際医療研究センター
要約
NCGM バイオバンクの設立は、2011 年 12 月に臨床研究センター内にバイオバンク推進
室が発足したことにさかのぼる。2012 年 11 月からはセンター病院における患者の生体試
料の収集にあたり包括同意の取得が開始された。2012 年 12 月にはセンター内にバイオバ
ンクのあり方委員会が設置され、バイオバンクの維持・拡充の全体方針が検討されること
となる。
NCGM においては、患者の生体試料は、40 を超える診療科および専門センターで収集さ
れる。それゆえに、NCGM バイオバンクの試料および臨床情報は、他のナショナルセンタ
ーのバイオバンクと同様、専門領域に特化したバイオバンクであるが、それに加えて、い
ろいろな疾患を横断的にとらえた複合病態や合併症に関する臨床情報・生体試料を収集、
保管、利用できるという特長を持つ。生体試料(血液および組織)の収集数は年間 5,000
以上が想定されている。
NCGM における生体試料および臨床情報を用いた研究の最近の成果としては、慢性 C 型
肝炎のインターフェロン治療の感受性を予知する IL28B 遺伝子の変異が発見され、その検
査法が高度先進医療にも採択され、慢性 C 型肝炎の個別化医療におおいに貢献したこと、
更に生活習慣病の研究分野においては、東アジア地域の 2 型糖尿病の疾患感受性遺伝子座
を KCNQ1 に同定できたこと、そして高血圧の疾患感受性遺伝子座を新たに 5 か所同定で
きたことがあげられる。
1.はじめに
国立国際医療研究センター(National Center for Global Health and Medicine; NCGM)
は、国立病院医療センターと国立療養所中野病院(旧結核療養所)の統合により 1993 年に
設立された。エイズなどの新興感染症そして結核などの再興感染症を含む国際的に深刻な
特定感染症および糖尿病・代謝性疾患、その他の慢性疾患、そして難病について、国際医
療協力の拠点となる高度専門医療センターである。2008 年に国立精神・神経センター国府
台病院が統合されて肝炎・免疫研究センターが設置され、また、2010 年には糖尿病研究セ
ンター等が設置され、組織改編により国立国際医療研究センターとなった。センター病院
は 40 を超える診療科が設置されており、
特定の疾患別および臓器別の診療に偏ることなく、
より総合的な診療が心がけられている。
本稿においては、NCGM バイオバンク(ローカルバイオバンク)事業の現状と将来の計
画について、木村壮介 NCGM 病院長をはじめバイオバンク事業に携わる皆さまに説明を受
けた内容を総括して報告する。なお、NCGM に設置されている NCBN の中央バイオバン
クについては本レポート第二章第二節で概説している。
- 53 -
第三章
〔4〕国立国際医療研究センター
2.バイオバンクの概要
NCGM バイオバンクの設立の経緯は、2011 年 12 月に臨床研究センター内にバイオバン
ク推進室が発足したことに遡る。2012 年 11 月からはセンター病院における生体試料の収
集にあたり患者からの包括同意の取得が開始された。2012 年 12 月にはセンター内にバイ
オバンクのあり方委員会が設置され、バイオバンク維持・拡充の全体方針が検討されるこ
ととなる。
NCGM においては、専門病院では難しい高度総合診療および個別化医療の提供が目標と
なる。センター内に設置されたエイズ治療・研究開発センターおよび国際感染症センター
においては、各種の国家医療政策に従い、診療活動および研究が実施されている。他方、
肝炎免疫研究センターおよび糖尿病研究センターにおいては、先端的研究が進められてい
る。患者の生体試料は、40 を超える診療科および専門センターで収集される。それゆえに、
NCGM バイオバンクの試料および臨床情報は、他のナショナルセンターのバイオバンクと
同様、専門領域に特化したバイオバンクであるが、それに加えて、多様な疾患を横断的に
とらえた複合病態や合併症に関する臨床情報・生体試料を収集、保管、利用できるという
特長を持つ。
患者の生体試料(血液および組織)の収集数は年間に 5,000 以上が想定されている。す
べての検体について、共通臨床情報とともに目的に応じて治療効果や副作用の情報が付加
されデータベース化されている。研究所において、生体試料のオミックス解析および核酸
プロセッシングが将来において計画されている。
3.バイオバンクの試料と情報の流れ
NCGM バイオバンクのシステムを図 1 に、NCGM センター病院のバイオバンク
(NCGMBB)および国際医療研究センター国府台病院のバイオバンク(NCGMBB-K)に
おける患者試料と情報の動きを図 2 および図 3 示す。試料の採取にあたり、患者からは文
書による包括同意が取得される。患者に対する安全管理措置が重要であり、試料を用いる
研究の倫理委員会による審査および研究計画の公表など社会に対して研究の透明性の確保
が重要視されている。また、試料の使用にあたり患者の意思の尊重、即ち、研究使用への
拒否および同意の撤回の機会が確保されている。
NCGM バイオバンクの設置場所は、センター病院では、2014 年 3 月に完成予定の新外
来棟地下 2 階に計画されている。検体作業室、液体窒素保管室を含み約 400 平方メートル
の面積を有し、約 75 万本の試料が保管可能となる。一方、国府台病院においては、2014
年 1 月に、肝炎・免疫研究センター内の既存施設がバイオバンクとして改装され、約 160
平方メートルの施設内に約 32 万本の試料が保管可能となる。組織の保管および取り出しに
は、-80℃でも作業可能な、自動化されたピッキング装置が設置される。
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第三章
〔4〕国立国際医療研究センター
図1.NCGM バイオバンクのシステム
図2.NCGM バイオバンクの試料と情報の動き
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第三章
〔4〕国立国際医療研究センター
図3.NCGM 国府台病院の試料と情報の動き
NCGM のバイオバンク(試料保管施設)は計画中であることから、例えばエイズ治療・研究
センターにおいては、NCGM 病院で採取された 20 万本を超えるエイズ患者血液を数台の
冷凍庫に保管している。NCGM 病院においては、エイズ患者の初診来院時に、ほぼ全員
の患者からバンク保存用の血液試料採取の文書同意を得ることができているとのことであ
る。保管検体の臨床所見および治療記録はオンラインで参照でき、臨床・検査所見(例えば
CD4 陽性リンパ球数、血中ウイルス量、ウイルス耐性変異の有無など)を参照して、該当す
る患者の生体試料を保管箱から容易にとりだせるシステムとなっている。
4.創薬での臨床検体の活用方策の現状と今後
NCGM における試料および臨床情報を用いた最近の成果は、慢性 C 型肝炎のインターフ
ェロン治療の感受性を予知する IL28B 遺伝子の変異を発見できたことが代表例である 2)。
慢性 C 型肝炎の個別化医療に大いに貢献した成果である。一方、生活習慣病の研究分野に
おいては、
東アジア地域の 2 型糖尿病の罹病感受性遺伝子座を KCNQ1 に同定できたこと 3)、
そして高血圧の罹患感受性遺伝子座を新たに 5 か所同定できたことが挙げられる。
他方、創薬に関しては、2010 年に NCGM 内に独立組織である臨床研究センターが設置
され、創薬研究や臨床開発にあたっていた企業出身者、PMDA 経験者、生物統計専門家お
- 56 -
第三章
〔4〕国立国際医療研究センター
よび CRC、知財専門家などの人員が強化され、治験・臨床研究支援体制が大幅に拡充され
た。今後は、臨床研究センターを中心に、研究所の創薬シーズの洗い出しが実施される予
定である。特に、B 型慢性肝炎の新規治療薬については、数年内にファースト・イン・マ
ン試験の実施が期待されている。
創薬における NCGM バイオバンクの試料および臨床情報の活用について、今後の予定は
図 4 に総括される。
図4.NCGM バイオバンクの試料および臨床情報の今後の活用について
5.所感
創薬および医療関連の研究において、患者の生体試料およびそれに付加する臨床情報が、
バイオバンクとして適切に収集・保管されていることは、研究資源インフラの中でも最も
重要な技術基盤である。その重要性は、産学官でそれぞれ独立して指摘されてきた。しか
し、先進諸国に比較すると、わが国においてはその整備はいささか遅れている。その原因
は、いくつか考えられるが、産学官の合意形成および相互協力の充分でないことが大きい
とも考えられる。国際競争の激しい創薬・バイオ研究においては、今からでも研究資源イ
ンフラの整備をすすめるべきである。
バイオバンクの整備は、試料を無償で提供する患者の協力が基本にある。そのため、ど
のような形態であれ、患者の生体試料を営利目的に供することは許されない。ここに、バ
イオバンクの維持・整備の根本的な難しさがあり、継続的な維持・整備は、継続的な公的
資金に依存することとなる。
- 57 -
第三章
〔4〕国立国際医療研究センター
ところで、最近の医薬品開発の開発モデルにおいては、ある種の特定疾患や病態、つま
り特定のがん、希少疾患、特定の病態の治療にのみ有効な、スペクトルのせまい医薬品の
開発が主体となってきている。がんの分子標的薬はその典型である。創薬研究の側からす
れば、NCBN にアクセスすれば、そのような希少疾患や希少病態の臨床試料および臨床背景
情報が手に入るということとなれば、その利便性は飛躍的に向上する。
臨床試料・情報の利用については、アカデミアおよび産業界の研究者に対して、最終的
には分譲という形態になるのが望ましいと思われる。しかし、後者の研究者に対しては、
当面は 6 つのナショナルセンターの専門を同じくする研究者との共同研究を通じて、それ
ら資源の共同利用という形態が実際的であると考えられる。また、前者のアカデミア研究
者の研究利用についても、いずれかの時点においては、その研究に産業界の関与の可能性
が努力目標としてでも記されることが大切と思われる。いずれにしろ、国費を用いるバイ
オバンクである以上、産業界への出口を意識した今後の進展が必要となろう。
6.参考文献
1)
国立国際医療研究センター・ホームページ
http://www.ncgm.go.jp/
2)
同バイオバンク・ホームページ http://www.ncgm-icc.jp/dtd/biobank/
3)
NCBN・ホームページ
http://www.ncbiobank.org/
- 58 -
第三章
〔5〕国立成育医療研究センター
〔5〕 国立成育医療研究センター
要約
独立行政法人国立成育医療研究センター(National Center for Child Health and
Development:NCCHD)は、国立成育医療センターから移行して平成 22 年 4 月 1 日に
発足した。NCCHD は、国内の成育医療と研究の中枢として、健全な次世代を育成するた
めに医学、医療、保健などの分野に貢献している。この成育医療とは胎児期、新生児期、
乳幼児期、学童期、思春期を経て次世代を育成する成人期にまで至る人のライフサイクル
の過程で生じる様々な健康問題を包括的に捉え、それに適切に対応することを目指す医療
である。
NCCHD のバイオバンクは、平成 23 年度に新設された組織である。肝臓移植や成育関
連難治疾患である小児白血病や胎児発育障害等で入手した組織や血液等の生体試料に、三
世代の出生コホートデータが付随している点が特徴的である。また、連結可能な臨床情報
の匿名化システム新設や、希少疾患患者の iPS 細胞樹立と機能解析を通した詳細な病態解
明、先進医療への展開に向けた基盤整備等を進めている。今後、これら生体試料を有効活
用するバンク整備事業を継続的に発展させるにはセントラルバンクとの役割を明確にしつ
つ、効率的で効果的な連携と協働を構築することが肝要である。また外部の企業や研究機
関にとって、スピードがあり且つ活用しやすい共同研究システムとするために、利用者ニ
ーズを盛り込む場を整備して提供することも大切なアクションと思われる。
1.はじめに
本稿では、6 つの国立高度専門医療センター(国立がん研究センター、国立循環器病研
究センター、国立精神・神経医療研究センター、国立国際医療研究センター、国立成育医
療研究センター、国立長寿医療研究センター:6NC)の一つである独立行政法人国立成育
医療研究センター(NCCHD)のバイオバンク事業の進捗状況等について、バイオバンク
長・松原 洋一 (研究所 所長)、副バイオバンク長・秦 健一郎(研究所
周産期病態研究
部長)、バイオリソース倫理室長・奥山 虎之(病院 臨床検査部長)、細胞管理室長・小野
寺 雅史(研究所 成育遺伝研究部長)、バイオリソース情報室長・山野辺 裕二(病院 情報
管理部 情報解析室長)、検体システム管理室長・松本 健治(研究所 免疫アレルギー研究
部長)に伺った内容について報告する。(なお、共同研究推進室長・瀧本 哲也(臨床研究
センター 臨床研究調整室長は所用により欠席)
2.NCCHD バイオバンクの整備構想
独立行政法人国立成育医療研究センターは、国立成育医療センターから移行して、平成
22 年 4 月 1 日に発足した。NCCHD は国内の成育医療と研究の中枢として、健全な次世
代を育成するために医学、医療、保健等の分野に貢献している。この成育医療とは、胎児
期、新生児期、乳幼児期、学童期、思春期を経て次世代を育成する成人期にまで至る人の
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第三章
〔5〕国立成育医療研究センター
ライフサイクルの過程で生じる様々な健康問題を包括的に捉え、それに適切に対応するこ
とを目指す医療である。
NCCHD のバイオバンクは、平成 23 年度に本センター内に新設された組織である。肝
臓移植や成育関連難治疾患である小児白血病、胎児発育障害等で入手した組織や血液等の
生体試料に、三世代の出生コホートデータが付随している点が特徴的である。以下は本バ
イオバンクの整備構想の概略である(図 1)。
1)収集・保存するバイオリソース
• 生体肝移植時のドナー及び患者由来の余剰肝(組織ブロックや細胞)
• 難治性疾患患者由来細胞(線維芽細胞、EBV感染リンパ球細胞株(LCL)、iPS細胞)
• 分娩時の胎盤組織
• 臍帯血及び両親のろ紙血(DNA用)
2)付随臨床情報
・患者診療情報
・家族歴情報
・遺伝子及び細胞の情報
・上記情報を電子カルテから自動抽出できる研究用データベースの構築
3)NCCHDにおける主なバイオリソースに関する研究
・先天性免疫不全症や代謝異常症等小児難治性疾患の病態解明
・出生コホート研究
4)試料の管理:独自管理と試料共有
・不死化細胞(iPS細胞、LCL)、ろ紙血の一部(DNA)はセントラルバンクでも共有
可能(試料共有)であるが、肝(組織、細胞)や胎児組織はNCCHDバイオバンクで
のみ保存する(独自管理)。
5)発症前コホートへの取り組み
出生コホートとして収集された試料の中で承諾された試料に関してはセントラルバン
クへの寄託が可能である。
- 60 -
第三章
〔5〕国立成育医療研究センター
図1.国立成育医療研究センター・バンク整備事業
3.NCCHD バイオバンク棟と組織体制
1)バイオバンク棟の基本設計(地上 3 階建て)
バイオバンク棟は平成 23 年度に建設着工され、本年4月に竣工(図 2)、その 1 階には資
料保管室(液体窒素タンクは 6 台予定中 2 台設置済み。ディープフリーザーは 20 台予定
中数台設置済み)が、2 階には細胞調製室が、3 階には細胞調製室(iPS 細胞樹立)及び貸
し実験室(既収集検体を利用する共同研究で使用)が整備されつつある。これらの整備は
2013 年 9 月末に各研究機器等の設置を以て完了する予定である。
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第三章
〔5〕国立成育医療研究センター
図2.国立成育医療研究センターの外観(バイオバンク棟は左奥)
2)組織体制
今回ヒアリングした 5 名のバイオバンク各担当室長(併任)と他 10 名(専任)がバン
ク事業に従事している。本バンク事業ではこれら担当室長が研究所、病院、臨床研究セン
ターでの職務との併任であり、これまで企業研究に接する機会が乏しかったために、企業
等の外部研究機関との共同研究におけるバイオリソースのニーズの本質を吸い上げ切れな
い課題がある。
4.バイオバンク事業と成果
1)バイオリソース整備事業概略
NCCHDは小児科と産科関連の成育疾患に特化したバイオバンクを備えており難治性
疾患ではiPS細胞の樹立と機能解析を通した詳細な病態解明や先進医療への展開に向けた
基盤構築が進んでいる(図3)。
- 62 -
第三章
〔5〕国立成育医療研究センター
図3.
バイオバンク事業の概略と成果
2)これまでの事業実績
本バンク発足から2年間の事業実績を以下に示す。
①年間20〜50株を目標として先天性代謝異常症及び免疫不全症(稀少疾患)患者由来iPS
を作製し保存した。また、年間500ペアを目標として成育出生コホート用の臍帯血、
及び発症前コホート用の母親あるいは父親由来DNAの収集を行なった。発症前コホー
ト(母方等3世代データ)用の試料収集に年間4000万円のコストが掛かるが質の高い
データが付随する。
②平成23年度には 検体保管システム整備のためのバイオバンク棟の建築を開始し、液
体窒素タンクやフリーザー等の設置、電子カルテデータ抽出システムの構築、 臍帯
血とDNAの収集、稀少疾患iPSの樹立及び人材雇用を実施している。
③平成24年度では、疾患iPS細胞の樹立と事業化、次世代シーケンサーの網羅的遺伝子
配列解析と解析プラットフォーム整備、ゲノム研究倫理指針改訂による包括同意制度
の導入、連結可能匿名化した臨床情報が付随した出生時ゲノムコホート構築の開始、
セントラルバンクとの共通プラットフォームに基づく臨床情報収集体制等を整備し
ている。
3)対象疾患と収集検体の事例
本バンクの対象疾患と収集検体を以下に示す。
①一般的疾患(Common Diseases)での合併症妊娠の場合は対象者(母親)、児、パー
トナー、対象者の両親(DNA のみ)の血漿、DNA、胎盤組織を収集している。
- 63 -
第三章
〔5〕国立成育医療研究センター
②希少疾患で単一遺伝子異常によって発生する希少疾患の試料からは iPS 細胞を樹立し
病因解明等の研究に活用している。
③成育関連難治性疾患の中で、小児白血病は日本全体の 1/3 以上の症例が集まっており
(年間 600 試料)オミックス解析も実施している。胎児発育障害では性分化異常の 400
試料、成熟異常の 120 試料、内分泌異常の 120 試料を収集している。肝臓移植関連試
料としては移植肝の余剰分を蓄積している。
4)電子カルテデータ抽出システム
既存の周産期及び小児領域の問診電子カルテシステムに対し、患者が院外から携帯電話
等で問診票に入力できる Web 問診システム及び、検体管理・匿名化システム、「バイオ
プリズム」、並びに検体管理システム、「ワケンビーデック」を新設し、稼動させた。検
体管理匿名化システムでは、採取 ID、検体 ID、チューブ ID 等の管理、連結可能匿名化
処理、匿名化臨床情報による検体検索を行なうことができる。
5)研究事例
希少疾患である免疫不全症のヒト末梢血T細胞由来 iPS 細胞(図 4)や先天性代謝異常
等の難治性疾患由来 iPS 細胞の樹立とその機能解析を実施している。
難知性疾患ではこれまでに、ADA 欠損症(ADA)2 例、慢性肉芽腫症(CYBB)4 例、
1 例及び毛細血管拡張性小脳失調症
(ATM)
Bloom 症候群(BLM)1 例、IPEX 症候群(Foxp3)
1 例から iPS 細胞を樹立している(図 5)。将来的にはこれら iPS 細胞を活用して詳細な
病態解明や先進医療への展開へと発展させていきたいと考えている。
6)共同研究の進め方
外部の企業や研究機関との共同研究では、既保存試料と今後収集する資料との間に制約
の差がある。既収集試料は取り扱い場所が限定されている為に、実験はバイオバンク施設
内の貸し実験室でのみ行なう。一方、今後収集する試料は包括同意を得るので、本施設外
でも実験が可能である。共同研究の申請から実験実施まで、現状では 4~5 か月を要する。
リスク回避の為、パートナーとしては MTA 等による試料提供により迅速に研究実施の可
能性確認を行ない、その後に共同研究を開始したいと希望するが、共同研究のシステム設
計はこれからの課題である。
ナショナルセンター・バイオバンク・ネットワークの構想では、基本的に生体試料を用
いる共同研究は NCCHD を含むローカルバンクである 6NC の各バイオバンクで実施され
ることになっており、セントラルバンクは、カタログ情報の公開並びに外部の企業や研究
機関からの利用申請受付けとその対応を担当する。
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第三章
〔5〕国立成育医療研究センター
図4.ヒト末梢血 T 細胞由来 iPS 細胞
図5.難治性 iPS 細胞樹立とその解析
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第三章
〔5〕国立成育医療研究センター
5.所感
NCCHD のバイオバンクでは、肝臓移植や成育関連難治疾患である小児白血病や胎児発
育障害等で入手した組織や血液等の生体試料に、三世代の出生コホートデータが付随して
いる点が特徴的である。また、連結可能な臨床情報の匿名化システム新設や、希少疾患患
者の iPS 細胞樹立と機能解析を通した詳細な病態解明、先進医療への展開に向けた基盤整
備等を進めている。
今後、これら生体試料を有効活用するバンク整備事業を継続的に発展させるにはセント
ラルバンクとの役割分担を明確にしつつ、効率的で効果的な連携と協働体制を構築するこ
とが肝要である。また、外部の企業や研究機関が活用しやすい共同研究のシステムを整備
し、構築していく事も重要な点であると思われる。具体的には継続的で且つ実効性ある中
長期的計画の確立を目標に掲げて、そのためのマイルストンを設定すべきであろう。例え
ば、企業との多くの共同研究を誘致するにはパートナリングの事業開発に実績のあるキー
パーソンを 6NC で共有できるような仕組みも喫緊の課題と思われた。
また、バイオバンクの意義や事業内容と研究成果等を外部に周知する仕組みづくりの工
夫も併行して取り組む課題であろう。
参考資料
1)
国立法人成育医療研究センター・ホームページ
2) NCBN・ホームページ
http://www.ncchd.go.jp/research.php
http://www.ncbiobank.org/
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第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
〔6〕 独立行政法人 国立長寿医療研究センター
要約
独 立 行 政 法 人 国 立 長 寿 医 療 研 究 セ ン タ ー (National Center for Geriatrics and
Gerontology: NCGG)は「高齢者の心と体の自立を促進し、健康長寿社会の構築に貢献
する」を理念とし、認知症や骨粗鬆症等、心と体の自立を阻害する疾患に的を絞って医
療や研究を進めている。NCGG バイオバンクは認知症をはじめとした老年病の領域に特
化した国内初のバイオバンクであり、中枢神経系(特に認知症)や筋骨格系・運動系に
着 目 し た 二 つ の 疾 患 コ ホ ー ト あ る い は 長 期 縦 断 疫 学 調 査 (National Institute for
Longevity Sciences-Longitudinal Study of Aging: NILS-LSA)や人間ドック(長寿ドッ
ク)等から血液・組織等の臨床試料を得ている。採取している臨床試料には、問診情報、
内科的検査結果、神経学的検査結果、高次脳機能検査結果、画像情報等々、様々な臨床
情報が付与されており、利用者にとって有用なデータバンクと考えられる。今後、疾患
の病態解明や新しい治療薬・診断法の開発につなげるため、バイオリソースの有効活用
及び外部の研究機関との共同研究の推進が期待される。
1.はじめに
国立高度専門医療センター(NC)の一つである独立行政法人国立長寿医療研究センター
(NCGG)は「高齢者の心と体の自立を促進し、健康長寿社会の構築に貢献する」を理念と
し、認知症や骨粗鬆症等、心と体の自立を阻害する疾患に的を絞って医療や研究を進め
ている。全国に 6 箇所ある NC では、各 NC が設置する各々のバイオバンクを共通基盤
の ネ ッ ト ワ ーク で つ な ぐ 「6NC バ イ オ バ ン ク 整 備 事 業(National Center Biobank
Network:NCBN)」が平成 23 年度より開始されている。
本稿では、NCGG のバイオバンク事業の進捗状況等について、鳥羽研二バイオバンク
長・病院長、新飯田俊平副バイオバンク長(オミックスユニット長併任)、渡辺浩バイオ
バンク情報管理ユニット長(医療情報管理室長)、德田治彦バイオバンクバイオリソース
管理ユニット長(臨床検査部長)、櫻井孝もの忘れセンター外来部長に伺った内容につい
て報告する。
2.NCGG バイオバンク
NCGG バイオバンクは認知症をはじめとした老年病の領域に特化した国内初のバイオ
バンクであり、NCBN における疾患関連データベースの中で、老年病関連バイオバンクデ
ータベースの維持・管理の役割を担っている。NCGG では、もの忘れセンターとロコモセ
ンターの協力により、中枢神経系(特に認知症)及び筋骨格系・運動系に着目した二つの
疾患コホートが進行しており、またこれらに加えて、長期縦断疫学調査(National Institute
for Longevity Sciences-Longitudinal Study of Aging: NILS-LSA)や長寿ドック等からも
試料が提供されている。また試料には、それに付随する心理検査、画像検査、運動機能検
査等の情報を付けてデータベース化している。
NCGG では、6NC 共通プラットフォームによる連邦型ネットワークと連携するため、
- 67 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
総長を議長とするバイオバンク推進会議を設置し、その下にバイオバンク運営委員会を置
き、本委員会がバイオバンクの実質的な運営を行っている(図 1)。バイオバンク運営委員
会の下には 3 つのユニット(情報管理ユニット、バイオリソース管理ユニット、オミック
スユニット)を置き、情報管理ユニットには臨床情報の収集管理や試料管理システムの開
発を、バイオリソース管理ユニットには試料の収集・管理、サンプリングの標準化等を、
オミックスユニットには試料を材料としたオミックス解析や解析情報のデータベース化を、
各々担当させている。オミックスユニットは、研究所にあった遺伝子タンパク質解析室を
改組し、試料の付加価値を高めるための各種オミックス解析を積極的に行うとともに、自
らも研究シーズを見つけて公開していきたいとの姿勢からバイオバンク組織の中に配置換
えを行っている。
図1.NCGG バイオバンクの体制
NCGG バイオバンクは平成 24 年 4 月に発足し、今後 10 年間で1万人の登録を目標と
している。また、試料の調製・管理・分譲や臨床情報データベース管理等を一元的に行う
ために、4 階建てのバイオバンク棟を建設し、平成 25 年 4 月にオープンした(図 2)。
バイオバンク棟の中にはバイオリソース管理ユニットと情報管理ユニットの2つのユ
ニット及びバイオバンク事務室が入っており、病院の外来や病棟、もの忘れセンター、長
寿ドックから、臨床試料及び臨床情報がそれぞれの担当ユニットに入ってくるようになっ
ている(図 3)。また、NILS-LSA として大府市付近のおよそ 2,400 名を対象としたコホー
ト研究が進行中であり、実施主体の NCGG 研究所からこのコホート研究の試料の移管に
ついて現在、調整中である。
- 68 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
図2.バイオバンク棟の外観
図3.NCGG バイオバンク棟の役割
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第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
バイオバンク棟は、1 階には試料保管室、2 階には試料調製室及び試料保管室、3 階には
臨床情報管理室、病理検体保管室、事務室、4 階には試料解析室が入っている。また、4
階には、将来、製薬企業等と協同で臨床試料の分析等が出来るようにオープンラボを設置
した。バイオバンク棟内の主な設備を図 4 に示した。
図4.バイオバンク棟内の主な設備
- 70 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
NCGG バイオバンクでは、検体への付加価値を高めようとの考えから、オミックスユニッ
トを併設している。オミックスユニットでは、次世代シーケンサーシステム等を備え、迅
速に大量の遺伝子情報を得ることが可能となった。また、エピゲノミクス、プロテオミク
ス等のオミックス解析による創薬標的の網羅的探索を目指す等、検体への付加価値の付与
に努めている。
同意業務については、専門のリサーチコンシェルジュを配して試料提供者から包括同意
の取得を行っている。リサーチコンシェルジュは診療情報管理士であり、臨床情報に関す
るインプットやアウトプットを行うほか、検体の分譲に備えて同意書の写しを適切に保
管・管理している。同意は試料提供者本人からの取得が基本であるが、判断能力に支障が
ある場合等については、家族や代諾者から取得する場合がある。電子カルテ情報等の臨床
情報はネットワークを通じてバイオバンクからアクセスすることで入手できるようになっ
ている(図 5)
。
図5.NCGG バイオバンクにおける検体及び臨床情報の流れ
3.保有試料数
NCGG バイオバンクの保有する試料数を図 6 に示した。NCGG では、認知症を中心に
試料収集を開始し、2013 年 6 月現在の保有試料数は、DNA が 2,626(未抽出分を含む)
である。血液検体としては、血清と血漿があり、血清は 2,627(血清には別途共同研究限
定で利用可能な NILS-LSA からの検体 1,387 を保有する)、血漿は 1,068 である。組織検
体としては、腰部脊椎の黄色靭帯が 156、液状検体としては、脳脊髄液が 99 あり、近く
尿についても登録予定(92)である。
- 71 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
図6.NCGG バイオバンクの保有する試料の種類と数(2013 年 6 月現在)
DNA 検体の内訳は、認知症を主とした検体が 2,408、その他疾患が 16、健常人が 202
である。人間ドック検体の収集は他のセンターで行っていないこともあり、疾患の対照検
体として需要が高いと考えている。
血清 2,627 の内訳は、認知症を主体とした検体が 2,409、その他疾患が 16、健常人が 202
である。血漿検体 1,068 の内訳は、認知症を主とした検体が 972、健常人の検体が 80、そ
の他疾患が 16 である。NILS-LSA からの血清 1,387 人分については、今後、同意の取り
直しを行って正式にカタログ情報に載せたいと考えている。
脳脊髄液99検体の内訳は、認知症が68、その他疾患(正常圧水頭症など)が31となってい
る。認知症68検体のうち、これまで14検体がアルツハイマー型認知症と診断が確定してお
り、現在54検体が診断待ちである。
組織検体 156 のうち、132 は腰部脊柱管狭窄症の黄色靱帯であり、残る 24 はヘルニア
の黄色靭帯である。腰部脊柱管狭窄症は高齢者の腰痛のほとんどを占める疾患で、まだ手
術以外の治療法がなく、新たな治療薬開発研究のための病理組織として需要が見込まれる。
腰椎ヘルニアの黄色靭帯は脊柱管狭窄症黄色靭帯の対照試料として貴重なものである。
認知症試料の診断名に基づく内訳を、DNA を例に図 7 に示した。抽出済みの DNA793
検体についてその内訳をみると、アルツハイマー型認知症が 317、アルツハイマー型以外
の認知症が 108、軽度認知障害 (Mild Cognitive Impairment: MCI) は 117、正常圧水頭
症 (Normal Pressure Hydrocephalus: NPH)が 17、等となっている。また診断待ち(診
断名を決定できていない)の試料が 201 となっている。
- 72 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
図7.認知症患者 DNA 試料の内訳(2013 年 6 月現在)
臨床情報については、問診情報、内科的検査結果、神経学的検査結果(ADAS、MMSE、
HDS-R)、高次脳機能検査結果(WMS-R)、画像情報(CT、MRI、SPECT、PiB-PET)
、バ
イオマーカー(tau、p-tau、Aβ42)、DSM-Ⅳ/NINCDS-ADRDA 基準、その他を取って
いる(図 8)。認知症患者については、骨量、筋肉量、歩行検査、握力等の運動機能検査も
行っており、これは NCGG の特徴であると考えている。
図8.認知症及び脊柱管狭窄症の臨床情報(例)
4.検体管理システム
NCGG バイオバンクの検体管理システムについては、システムに求められる機能として
検体の管理、連結可で未匿名化・連結不可で匿名化の必要性、電子カルテからの情報抽出
等を考慮して新たに開発した(図 9)。まずプロトタイプを作り、現場で使ってもらいなが
らアップデートを繰り返すという手法で進めた。また、他の病院への展開を考えた際に、
病院毎のカスタマイズを容易にするため、想定している機能毎にモジュール(プログラム
の固まり)を作るという方式で進めた。
現在まで、匿名化モジュール、検体管理モジュール、標準化ストレージインターフェー
ス、同意書モジュールの開発と実装がほぼ済んでいる。平成 25 年 9 月の完全実装を目指
し、システムへの情報入力及び現場の方へのルールとワークフローの教育を進めている。
- 73 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
図9.NCGG バイオバンク検体管理システムの開発
5.もの忘れセンターにおけるバイオバンク試料の収集と活用
認知症と鑑別診断された検体について、認知機能、生活機能情報(ADL)、うつ状態、歩
行機能、栄養・代謝・循環の評価、家族などの介護負担、活動・ライフスタイル等の基本
的な情報を取っている。さらに MRI 等の脳画像検査や遺伝子・血漿・髄液についても情
報収集している(図 10)。認知症のステージとしては軽い患者が多く、1 年ごとにフォロ
ーしている。血液データについては毎年取れないケースもあるが、それ以外のデータは毎
年、連続して取っている。1 年間で 1,000 人の新患患者があり、10 年計画で全体として 1
万人強の患者データを蓄積する予定である。
- 74 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
図10.もの忘れセンターで集められるバイオバンク試料
認知症の進行における各段階で収集されたバイオバンク試料を活用して種々のプロジ
ェクトが進められている(図 11)。
認知症が無症候期~MCI、診断期、治療期、終末期と進行する中で、例えば、無症候期
~MCI では、予防や早期発見を目的とした早期診断マーカーの開発研究を行い、診断期に
おいては、新たな診断技術の開発が目的となる。認知症の診断は難しく、例えばアルツハ
イマー病と正常圧水頭症が合併しているケースが多い。アミロイドイメージング等、新た
な診断技術や診断基準が求められている。治療期には、患者に対してどのように治療して
いくかということが重要であり、脳機能を維持することはもちろん、過度の興奮や抑制が
ないように、また心理症状や身体合併症(転倒や尿失禁)、あるいは非薬物療法(リハビリ
や運動療法)等を考慮する必要もある。新たな治療法の開発のために、耳鼻咽喉科(耳垢
と脳機能、聴力障害等)
、整形外科(転倒等)、循環器科(心機能と脳機能)、糖尿病・代謝
内科(インスリン抵抗性と認知症)等々、他の診療科との協働の下にバイオバンク試料を
利用し研究を進めている。
- 75 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
図11.もの忘れセンターにおけるバイオバンク試料の活用
また、認知症の家族に対して行う家族教室について、家族の介護負担等を指標にしたプ
ログラムを作成中である。更に、もの忘れに関する知識を国民に広く普及させることを目
的として、認知症の Q&A や E-learning を準備しているところであるが、バイオバンクは
こうした活動に科学的エビデンスを提供する基盤インフラといえる。加えて、認知リハビ
リとして様々なリハビリがあるが、個々の患者の病態を把握する上で、バイオバンクの試
料のオミックス解析情報の活用も重要と考えている。
6.長寿ドック検体の有用性
長寿ドック事業は、脳ドック、動脈硬化検診、転倒・骨折予防ドック、一般ドック(高
齢者に多い病気のスクリーニング)の4つの分野から構成され、これらの項目を日帰りで
行っている(図 12)。
ドックでは、検査 3 週間後にフルカラーの報告書をもとに、担当医が結果を説明する。
この中で得られた血液検体を保管し、ドックで行われたデータすべてがデータベース化さ
れている。
- 76 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
図12.長寿ドック事業の概要
脳ドックでは、MRI、MRA、MMSE、GDS-15、Barthel Index といった項目について
確認している。動脈硬化検診では、血圧、ABI、PWV、心エコー、動脈硬化エコー、運動
負荷心電図、血液検査(BNP)を測定している(図 13)
。
図13.脳ドック及び動脈硬化検診
- 77 -
第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
転倒予防・骨折予防ドックでは、重心動揺測定、簡易バランス検査、腰椎・大腿骨骨密
度、骨代謝マーカー(骨型 ALP、血清 Ntx)、甲状腺をはじめとする代謝機能を測定して
いる。一般ドックでは、問診、胸部 CT、腹部 CT、経鼻内視鏡、便潜血 2 日法、過活動膀
胱症状スコア、歯科診察、食生活調査、食事摂取状況調査を行っている(図 14)。
図14.転倒予防・骨折予防ドック及び一般ドック
2006 年 9 月の開始から 2012 年 12 月までに、総数で 492 名の方が長寿ドックを受検し
ている。80 歳以上の方も受検しており、比較的、年齢の高い方の試料が得られている。当
初からの検体保管率は 91.7%であり、現在も同程度の水準で推移している。再受検者の総
数は 90 名である(図 15)。
図15.受検者の年齢分布
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第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
2013 年 7 月 12 日までに 202 人の検体がバイオバンクに保管されている(図 16)。内訳
については、DNA が 147 検体(147 人)、血清が 426 検体(202 人)、血漿が 554 検体(80
人)
、バフィーコートが 67 検体(67 人)収集されている。長寿ドックの検体は非常に質の
高いバックグランドに基づくものであり、いろいろ病気はあるが非常に元気な高齢者の試
料が得られているというのが特徴である。病気で来院する人の検体と比較検討するうえで
も重要な役割を果たすと考えている。現在までの試料提供実績については、DNA が 48 検
体、血漿が 45 検体である。
図16.長寿ドックにおけるバイオバンクへの検体保管状況と提供実績
7.バイオバンク試料を用いて行った研究及び企業との共同研究の一例
バイオバンク試料を用いた研究の一例を図 17 に示した。アルツハイマー型認知症/MCI
患者血漿の microRNA 解析を行い、MCI 患者において、末梢の miR-XX が有意に減少し
ていることを見出した。この miR-XX は、脳内で認知症関連酵素を制御していることがわ
かってきた。microRNA は非常に小さな RNA であり、タンパク質をコードする遺伝子の
転写を負に制御する機能を持つ。現在、マウスに miR-XX を投与して実際に変化が起こる
かどうかを検討している。microRNA は、がんをはじめ種々の疾患においてバイオマーカ
ーとしての有用性が証明さており、この研究成果に注目している。
一方、企業との共同研究として、アルツハイマー型認知症患者の血漿プロテオーム解析
に基づく新規バイオマーカー分子の検証的研究にバイオバンクの試料が提供されている。
認知症は高齢社会においては深刻な疾患であることから、国のライフイノベーション政策
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第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
においても重要克服疾患になっており、今後 NCGG バイオバンクの保有する認知症患者
の生体試料はさらに需要が増すと考えられる。
図17.バイオバンク試料を用いて行った研究の一例
8.所感
NCGG においては、バイオバンク棟を建設し、体制面ではバイオバンク推進会議を発足
させ、その下にバイオバンク運営委員会を、更にその下には情報管理ユニット、バイオリ
ソース管理ユニット、オミックスユニットの 3 つのユニットを置き、積極的にバイオバン
ク整備を進めている。検体管理システムについても現場のニーズを考慮しながら独自でシ
ステム開発を進め、平成 25 年 9 月の完全実装を目指している。バイオリソースの収集・
保管では、疾患コホート、NILS-LSA、長寿ドック等から幅広く試料を収集しており、ま
た試料に付随する臨床情報の内容も問診情報・内科的検査結果に加え、心理検査、画像検
査、運動機能検査等、非常に充実しているものであった。NCGG はその専門性やセンター
の特徴を生かして積極的かつ適切にバイオバンクを運営しているものと考えられる。
バイオバンク事業では、試料の収集、保管中の試料の適切な品質保持、付随する臨床情
報等の充実、患者の個人情報保護等に加えて、蓄積しているバイオリソースの活用が最も
重要な点である。バイオバンクの最終目標は、如何にバイオリソースを有効活用して、病
態解明や新たな治療法の開発につなげるかということであり、そのためには利用者(企業
や大学等、外部の研究機関の利用者も含めて)にとって利用しやすいバイオバンクのシス
テム作り、更なる外部機関との共同研究の推進等が求められる。
また、病態解明や新たな治療法の開発という最終目標を達成するためには、バイオバン
ク事業を短期的に考えるのではなく、その維持費用等の経費面も含めて、中長期的な視野
が必要であり、そのためにもバイオバンク事業の意義や取り組み内容、研究成果等を広く
国民に知ってもらう仕組み作りを工夫しなければならない。
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第三章
〔6〕国立長寿医療研究センター
9.参考資料
1)
国立長寿医療研究センター・ホームページ
2)
同バイオバンク・ホームページ
3) NCBN・ホームページ
http://www.ncgg.go.jp/
http://www.ncgg.go.jp/biobank/BioBank.html
http://www.ncbiobank.org/index.html
- 81 -
第四章
考
察
わが国のバイオバンク事業には、今回の調査研究の対象である NCBN 以外にも、文部科学省の
東北メディカルメガバンクやバイオバンクジャパン(BBJ)等があり、各々のバイオバンクはその目
的に応じて事業を推進している。東北メディカルメガバンクが個別化予防を目指し健常人に対す
る住民コホートとして稼働し、BBJ がオーダーメイド医療の実現を目指し患者の血液や DNA を
収集して疾患関連遺伝子や薬剤関連遺伝子を同定しているのに対して、NCBN は次のような特徴
を有している。
・全国 6 箇所の NC によるナショナルレベルのバイオバンク事業である。
・各 NC がその専門性を生かし、生体試料や臨床情報等のデータベースを作成している。
・6NC が連携して共通プラットフォームによるネットワークを構築し、産学官の共同研究の推進
を図っている。
・一般の医療機関ではなかなか収集が難しい、希少疾患や難病の試料についても収集可能である。
・日本人の生体試料や臨床情報を収集しており、人種や民族等、国際的な多様性を考慮する必要
がある場合、日本における医薬品や診断薬等の開発において、貴重なデータベースとなる。
・生体試料に付帯している臨床情報の量が多く、質のレベルが高い。
・病変組織や患者由来の脳脊髄液等の生体試料も収集しているので、創薬や診断薬の開発等に有
用である。
今回の調査研究においては、6NC におけるバイオバンク事業の現況等を確認し、本事業を管掌
している厚生労働省医政局国立病院課の担当者との意見交換等から、バイオバンク・ネットワー
クの運営状況や今後の課題等に関して考察した。
■
各 NC の特徴を生かしたバイオバンクの構築
6NC は各専門領域に特化して病態の解明や治療法の開発を目指す医療研究機関であり、各 NC
はその理念に基づき、医療及び研究を進めている。各 NC において、バイオバンク事業の重要性
は十分認識されており、希少疾患や難病等も含む種々の疾患の患者から提供を受けた貴重な生体
試料および臨床情報のデータベースを構築している。希少疾患以外でも、例えばがん治療等の場
合、個々の患者の遺伝子特性を見極めることで、その人にとって最もふさわしい治療方法を見つ
け出す「個別化医療」を行う上で、豊富な臨床情報が付随した試料の収集は非常に重要である。
また創薬、診断薬の開発や新たな治療法の開発等においては、病変組織を用いる必要があり、今
後も積極的に収集・保管していくことが期待される。現在では、海外から生体試料を購入するこ
とも可能であるが、付帯されている臨床情報等が少なく、また、その多くが日本人の試料ではな
い。グローバルに研究開発を進める場合、人種・民族差は創薬において大きな関心事であり、わ
が国において質・量ともにレベルの高い日本人の公的バイオバンクが求められている。保有して
いる臨床試料の種類や数量は各 NC によって異なるが、同意取得、試料の採取、試料および臨床
情報の保管・管理等のステップにおいて、各 NC は十分にその機能が発揮できるように体制や分
- 82 -
担等を構築し、組織的な対応がなされていた。同意取得率が 90%を超えるような NC もあり、今
後も安定的な生体試料の収集が見込まれるものと思われる。
一方、バイオバンク事業を担当している多くの研究者や医師が業務を兼任しており、その負担
軽減、あるいは専任従事者の増員は今後の検討課題の一つになるものと思われる。また一部かも
しれないが、収集した生体試料や臨床情報の外部への供与や公開に対して抵抗感を持っている医
師もいるとのことであった。提供者の同意取得や試料を収集する医師のモチベーションの確保策
はバイオバンクの運営上重要なポイントであり、各 NC においてバイオバンク事業の意義等を更
に徹底させる必要があるかもしれない。
一部の NC においては、平成 23 年度と 24 年度の予算を活用して、専用の建物や試料保管室の新
設を含むバイオバンクのインフラ整備が進められていた。また、次世代シーケンサー等オミック
ス解析装置を設置し、生体試料にオミックス情報も付随させる体制を構築しようとしているバイ
オバンクも見られた。これらの試みは NCBN の体制強化のみならず、利用者にとってもその活用機
会が増えるという点で非常に好ましいものと思われた。
■
利用者視点からのバイオバンク
各 NC における試料収集数は今後も安定的に増加するものと見込まれるが、NCBN の目的は試
料の収集だけではなく、共通プラットフォームによるネットワークの構築によって、NC の外部
を含めた幅広い共同研究を推進することにある。そのためには利用者となる外部研究機関や研究
者が、利用に際してどのようなニーズを有しているかとの視点から NCBN を構築・運用していく
必要がある。利用者がバイオバンクを利用する際、まず重要な点はカタログ情報の充実やアクセ
スのしやすさであり、バンクの利用や共同研究に関する種々の手続きも可能な限り簡易であるこ
とが望まれる。また研究内容によっては、本格的な研究の前に少数の試料で検討したいという場
合、同一患者の経時的な試料が必要な場合、できるだけ多くの臨床情報が付随している試料を望
む場合等々があり、種々のニーズに応えられるような提供システムがあれば、更に利用のしやす
さに繋がるものと思われる。基礎研究で得られた創薬シーズをいち早く実用化につなげるための
取り組みとして、トランスレーショナル研究は今後さらに増加するものと思われ、様々な疾患別
に生体試料が収集・保管され、さらに有用な臨床情報がしっかりと管理された NCBN の重要性は
今後、更に増していくものと思われる。
■
バイオバンク事業の継続および安定的な運営基盤
バイオバンク事業は、一部の企業や大学等で行えるものではなく、国が主導し整備していく形
で行われなければならない。そのような観点からも、主要疾患の医療と研究を網羅する 6NC が推
進している NCBN は、ナショナルレベルのバイオバンク事業といえる。またバイオバンク事業の
本来的意義から、その継続性も重要になってくる。試料の収集・保管やバンクの維持・管理は長
期間に及び、かつ高額な設備投資が必要であるが、各 NC の担当者からは中長期の運営を考える
と、その安定的な運営に関し不安の声も聞かれた。NCBN が国費によって安定的に運営されるた
めには、本事業が種々の疾患の病態解明や新たな治療法の開発と創薬のために重要であり、国民
にとって真に有用であるということを広く知ってもらうよう、産学官共同でその事業内容や意
義・成果等について、積極的に情報発信していかなければならない。
- 83 -
■
他のバイオバンクとの連携
国内で個々のバイオバンクが散在しているような状況では、利用者にとって利用しやすいバイ
オバンクとは言えず、NCBN も可能な限り早く他のバイオバンクと連携していく必要がある。
NCBN 事業のロードマップによれば、東北メディカル・メガバンク等との連携も盛り込まれ、今
後の進展が期待される。現在は、各 NC のデータベース構築の段階から共通プラットフォームの
運用に移行しつつあるが、今後は他のバイオバンクとの連携を更に推進していく必要がある。そ
のためには、試料採取や保管・管理、電子カルテ、遺伝子解析法等、基幹プラットフォームの他
のバイオバンクとの共通化ならびに標準化が必須であり、まずはカタログ様式の共通化だけでも
早期に実現できれば、利用者にとってはアクセスのしやすさに繋がるものと思われる。
■
提供者の人権保護や知的財産権のための指針作り
バイオバンクに提供された臨床試料やカルテ等の臨床情報等は、種々の研究機関において多様
な目的で利用される。またバイオバンク事業では、試料の提供者に対して個別に利益が還元され
ることはなく、病態メカニズムの解明や新たな治療法の開発や創薬といった公共的利益に貢献す
るという形になる。各 NC においては、試料の提供者に対して、文書を用意したうえで丁寧に趣
旨を説明し同意を取得していることが確認されたが、例えば、利用目的をあえて特定しない「包
括同意」という形式が妥当なのか、新たに同意を取得できない場合、過去に提供された試料の扱
いはどのようにすれば良いのか、提供された試料はいつまで保管・利用できるのか、試料やデー
タの取扱いに関するリスクの説明は十分か等について、各 NC が参考にできるような指針や倫理
ガイドライン等はほとんどない。また研究内容によっては、成果に対して知的財産権が発生する
可能性もある。このような場合の権利については、利用者とバイオバンクが個別に検討すること
になるとは思うが、知的財産に関する専門家は各 NC にはほとんど居ない。
試料提供者の人権を保護しつつ、バイオバンク事業を推進するための仕組み作りが重要である。
- 84 -
第五章
ナショナルセンター・バイオバンク・ネットワーク(NCBN)への提言
国立病院課から話を伺った際、出席した研究資源委員会委員及びオブザーバーとして参加した
ヒューマンサイエンス振興財団会員企業の関係者との間で NCBN に関わる様々な課題に対する率
直な意見交換を行った。また各 NC でのヒアリング時にも、ローカルバンクと NCBN に対する要望
が研究資源委員会メンバーから出され、各 NC 担当者と議論を行った。以上の議論を集約し、以下
に利用者(企業)からの NCBN への提言として整理した。
提 言
1.生体試料及び臨床情報の充実
【提言1】
生体試料及び付随する臨床情報を掲載したカタログの充実を望む
【提言2】
生体試料及び情報の質の担保を望む
【提言3】
臨床情報の充実を望む
2.運営システムの利便性向上
【提言4】
契約手続の簡素化を望む
【提言5】
共同利用の為の最低限の歯止め策を望む
【提言6】
セントラルバンクによるワンストップサービスの充実を望む
3.ネットワークの維持と発展
【提言7】
国の支援による十分な資金確保を望む
【提言8】
透明性のある運営と情報発信を望む
【提言9】
NCBN 以外のバイオバンクとの連携を望む
【提言1】
生体試料及び付随する臨床情報を掲載したカタログの充実を望む
利用者が望む臨床情報が提供されるかどうかを事前に確認するため、NCBN にバンキングさ
れている生体試料と付随する臨床情報を整理したカタログ DB の充実が必要である。カタログ
DB には可能な限り多くの臨床情報を掲載することが望ましい。ただし、希少疾患の特殊なデー
タは標準カタログ DB 外の個別対応となるだろう。また各機関でカタログ DB のフォーマット
が統一されていることが望ましいため、NCBN のみならず他の大学病院バイオバンク等も、統
一されたカタログ DB の様式を採用すべきである。
- 85 -
【提言2】
生体試料及び情報の質の担保を望む
生体試料及び情報の質の担保も重要な課題である。手術等に由来する保存組織の場合は、摘
出後に直ちに目的に沿った保存処置をすべきである。その際、自ら利用するとは限らない生体
試料について、提供者へ説明を行い、手術中に採取や処理を行う等多大な労力がかかる医師に
対するモチベーションの確保も重要である。利用者が学会や論文で研究成果を発表する際に試
料を入手した機関や担当医師を明記することも一つの方法であろう。またこの事で生体試料や
情報の質を担保する効果も期待される。
また生体試料に対する各種の測定方法も統一してデータのばらつきを抑えることも重要であ
る。従って、生体試料の保管方法と測定方法については機関に寄らず統一的なプロトコールを
採択すべきである。またそのプロトコールを厳守する仕組みも検討課題である。
【提言3】
臨床情報の充実を望む
通常の臨床情報に加え、オミックス情報が付加されると利用価値が更に向上する。ゲノム情
報は今や基礎情報となっている。提供を受けた企業が別々に解析するのは時間と貴重な生体試
料の無駄でもあり、事前に NCBN で解析してあることが望ましい。一方でエピゲノム等のデー
タは個別対応でも良いかもしれない。臨床情報と解析により産出された情報を統合した統合 DB
を構築することで、日本のライフサイエンス研究の底上げに貢献することを期待したい。
同一患者から時系列的に複数の生体試料が得られると付加価値が高まるため、そのような情
報の有無がカタログ DB 上で検索できると良い。また同一患者の臨床情報が時系列的に蓄積さ
れるのであれば、それも貴重なデータとなりうるため、自動的に臨床情報を収集、蓄積する情
報技術基盤の整備も求められる。
【提言4】
契約手続の簡素化を望む
企業がバイオバンクを利用する際は、まずどの機関に目的とする生体試料が保管されている
のかを探し、少数の生体試料を入手してフィジビリティースタディー(FS)を行い、その後本格
的な共同研究に発展するというステップを踏む。しかし共同研究を行う際の契約面の手続きや
それに要する時間が壁となって、なかなか企業としては利用しづらいのが現状である。そこで
最初の FS 段階ではオブリゲーションの少ない試料提供契約(MTA)による分譲が望ましい。そ
の次の段階では共同研究契約を締結して多数の生体試料を入手するとともに、例えば利用者側
が希望する生体試料を NC が新たに収集すること等が期待される。
【提言5】
共同利用の為の最低限の歯止め策を望む
分譲等の手続きを簡素化した結果、特定の研究機関や企業が生体試料を独占したり、希少生
体試料の在庫が極端に減少するような事態が生じることは問題である。一定の分譲あるいは譲
渡制限のルール作りを考える必要がある。また国外からの利用希望に対するポリシーも検討す
る必要がある。
- 86 -
【提言6】
セントラルバンクによるワンストップサービスの充実を望む
国立国際医療センターに設置されるセントラルバンク(中央バイオバンク)に血液等の生体
試料を集約してあれば、利用者はまずセントラルバンクの生体試料を用いた FS を行い、次の段
階で各 NC との共同研究等に進むことが出来て効率的である。セントラルバンクには利用者から
の問い合わせ等に対するワンストップサービス機能、例えばある目的に沿った生体試料を探す
際に最適な機関を紹介する等、を期待する。
利用に際しての倫理審査についても、NCBN としての合同倫理審査委員会を通せば良い等、
6NC の審査基準の統一と手続き面での簡素化を要望する。
【提言7】
国の支援による十分な資金確保を望む
NCBN の事業は社会基盤として国のイニシアチブで整備されてゆくものであり、一定の利用者
負担はあったとしても原則として国の恒常的資金で安定的に運営されてゆくべきである。一方で
外部機関との共同研究の推進は、バイオバンクの運営資金獲得にも繋がるメリットがある。外部
からの資金を増やすため、継続的で且つ実効性ある中長期的計画の確立を目標に掲げてマイルス
トンを設定すべきであろう。例えば、企業との多くの共同研究を誘致するには、パートナリング
の事業開発に実績のあるキーパーソンを 6NC で共有できるような仕組み、あるいは各企業個別で
なくコンソーシアム等の体制と仕組みを構築して、連携と協働研究作業が滞りなく進むようにす
ることが打ち手になると思われる。これらの資金で各機関では必要な設備や専任の人材を充実さ
せることが望まれる。
【提言8】
透明性のある運営と情報発信を望む
恒常的な運営資金の確保のためにも、NCBN の意義や成果の発信も重要である。バイオバンク
が、創薬や予防法、治療法の開発にとって重要であることを国民に理解いただくため、情報発信
を産官学共同で積極的に進める必要がある。またバンクに関するインフォームドコンセント取得
から、生体試料採取、研究活用、成果までのフローの透明性を担保することが必要である。成果
を論文数で評価することは必ずしもなじまないため、分譲数や共同研究の数での評価も重要視す
べきである。なお公表の際、企業研究の成果に関わる詳細は公表しない等の配慮も求められる。
NCBN には各 NC のバイオバンク担当者から成る協議会がある。そこに外部利用者、特に企業
利用者の代表の意見が取り入れられるような仕組みを構築することも透明性確保と情報発信にと
って有用と考えられる。例えばヒューマンサイエンス振興財団や日本製薬工業協会(製薬協)等が
その窓口として考えられるかもしれない。あるいは企業を含めたコンソーシアムで NCBN の活動
をサポートすることも案として考えられる。患者団体との連携も考慮すべきかもしれない。
【提言9】
NCBN 以外のバイオバンクとの連携を望む
NCBN のみならず大学病院等でもバイオバンクの整備が進みつつある。しかしながらバイオバ
ンク運営のノウハウが蓄積していないことから苦労していると聞く。そこでそれら機関に対して
NCBN がノウハウ等を提供し、さらにはカタログ情報を含めた情報の共有を図ることを期待する。
さらに海外のバイオバンクとの連携も将来の課題と考えられる。
- 87 -
おわりに
本報告書では我が国を代表するバイオバンクの一つであるナショナルセンター・バイオバンク
ネットワーク(NCBN)の全体像と、それを構成する 6 箇所の国立高度専門医療研究センターそれ
ぞれのバイオバンクについての調査結果をまとめています。調査に当たっては全施設を訪問して
見学させていただき、バンクの責任者や実際に運営に携わっておられる先生方と直接対話を行い
ました。また厚生労働省で国立高度専門医療研究センターを統括している医政局国立病院課の担
当者との意見交換も行いました。お忙しい中、貴重なお時間を割いて調査にご協力いただいた方々
に、改めてお礼を申し上げます。
今回訪問させていただいた各センターにおいては、長年のバンキングの歴史のあるセンターか
ら最近本格的に組織的バンキングを開始したセンターまでありましたが、いずれもバイオバンク
の重要性を深く認識しておられました。また全閣僚が参加し、総理大臣がトップである政府の健
康・医療戦略推進本部の基本方針においても、世界最先端のゲノム医療の実現に向けた、大規模
バイオバンクの基盤強化が謳われており、強力な後押しとなっていることもわかりました。バイ
オバンクはアカデミアのみならず企業の創薬研究や診断薬開発等にとって有用であるとの認識も
強く、いずれのセンターでも企業との連携構築に熱心だったことが印象に残りました。
各センターバイオバンク関係者、及び国立病院課との議論を踏まえ、利用者である企業サイド
からの要望を整理して、最後に「提言」としてまとめています。この提言を参考に NCBN の更なる
充実を図っていただくことを切に願うとともに、企業に於いても NCBN と強固な関係を築き、試料
や臨床情報の提供を受けたり、各センターとの共同研究を推進すると共に、さらに一層の支援を
行ってゆくことが重要と思われます。この報告書が産学官それぞれの場で活用されることを願っ
ております。
平成25年11月
公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
研究資源委員会
副委員長 江口 有
副委員長 石間 強
- 88 -
HS レポート No.81
研究資源委員会調査報告書
バイオバンク・ネットワーク
-個別化医療および創薬の基盤整備-
発行日: 平成 25 年 11 月 22 日
発 行: 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
〒101-0032
東京都千代田区岩本町 2-11-1 ハーブ神田ビル
電話 03(5823)0361/FAX 03(5823)0363
(財団事務局担当 加藤 正夫)
発行元の許可なくして転載・複製を禁じます
©2013 公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
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