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意思決定分析序論 - Info Shako

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意思決定分析序論 - Info Shako
意思決定分析(システム情報工学研究科、経営・政策科学専攻)
(平成 18 年度第3学期火曜日3、4時限目)
意思決定分析序論
1. 意思決定分析とは
意思決定分析とは意思決定問題に内在する複雑性に対処し分析を行うための合理的な公
理系に基づいた系統的な手順を与える方法論やそれらの集まり、またその考え方をいう。
意思決定分析の基礎は von Neumann and Morgenstern [1953] や Savage [1953] により発
展させられた公理系から得られる規範的モデルにより与えられる。決定問題を分析するた
めの原理を与えるこれらの公理系は以下の2点をもとに記述されている。
(1) 各代替案から得られる可能な『結果』の起こり易さ、
(2) それらの結果に対する意思決定者の選好。
これらの公理系により帰結されることは、すべての決定には主観的な判断が要求され、
種々の結果の起こり易さとそれらの望ましさは、それぞれ確率評価と効用評価として別々
に推定されるべきであるということである。主観的判断として、(1) に対応する確率判断
と (2) に対応する選好判断の2つがある。実際の公理系により要求されるのは選好判断だ
けであり、確率判断は選好判断の結果として得られるものとされる。
これらの公理系の数学的(技術的)な意味は、推定された確率と効用により各代替案の
期待効用を計算し、より大きな期待効用が得られる代替案が望ましいとすることである。
これを期待効用最大化原理という。また、実用的な意味合いは代替案を分析するにあたっ
て、判断と価値を導入するための正当な基礎と一般的なアプローチを提供することである
といえる。
意思決定分析は次のような考えられうるすべての決定問題に共通する基本的な観点に着
目する。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
いくつかの目的を達成する必要性の認識があること
複数の代替案があり、そのうちの一つを選択しなければならないこと
代替案から得られる結果が異なること
代替案から得られる結果が不確実であること
考えられる結果のすべては等しい価値をもたないこと
1
方法論的には決定問題の分割と統合の考えにもとづく。すなわち、複雑な問題をより扱い
易い(規模の小さな)問題に分割し、それらを独立に分析し、その結果を統合することに
より、最良の代替案を選択できるようにする。特に不確実性と価値は独立に評価され、効
用モデルにより統合できるとする。
意思決定分析は OR、経営科学、システム分析等における既存の手法を意思決定を支援
するために専門的な判断や価値を統一された分析の中に組み込む枠組みを提供する。確率
評価については、種々のモデル(経済モデル、物理モデル、OR モデル等)、既存のデー
タ、実験・試験からの情報、専門家の知識などにより代替案の様々な帰結の起こり易さを
定量化する。また、選好判断については、効用理論にもとづき、代替案の帰結に対する意
思決定者の価値を定量化する。
2. 決定問題の複雑性
一般の意思決定問題を解決するためには、考慮しなければなならい様々な要素があり、
問題解決を複雑にしている。それらの複雑性を特徴づける要素としては以下のものがある。
1) 複数の目的があること
複数の目的を同時に達成することは望ましいであろう。しかし、一般にはこのことは難し
いので、競合する代替案による各目的の達成度の評価と価値のトレード・オフが重要に
なる。
【例】パイプラインのルート選定(環境影響の最小化、健康・安全への影響の最小化、経
済的便益の最大化、社会的貢献度の最大化、すべての関係団体等の満足度を満たす等)、
環境への影響と経済的コスト、現在の社会的費用と将来の社会的便益、少数派への負のイ
ンパクトと多数派への小さいが正のインパクト、生命の価値と便益などの間の相対的な望
ましさ
2) 良い代替案の同定が困難であること
代替案の望ましさには多くの要素が影響するため、良い代替案を作り出すには創造力が必
要である。
3) 実体性がないこと
好意、モラル、精神的苦痛、美的センスの欠如などをどのように評価すべきであろうか。
このような実体性がないものを測定することは困難であるが、意思決定には重要な要素と
なる場合もある。
4) 長期間にわたること
2
意思決定により得られる結果はすぐには得られない場合が多く、しばしば長期間にわたる
ことがある。例えば、大規模施設などは 25 - 100 年にわたり、研究開発等のプロジェク
トは 5 - 20 年間が必要となるかもしれない。将来にわたるインパクトも意思決定過程に
組み込まなければならない。
5) 多くの影響を被るグループがいること
価値観や考えが異なる人々からなるグループに影響を与える。これらの違いゆえに、公平
性の関心などから決定問題を複雑にする。
6) 生命リスクが考えられること
様々な不確実性が考えられるなかで、重要で関心がもたれるものは生命に対するリスクで
ある。多くの個人的または公的な意思決定は事故や暴露により死亡や疾病になる程度に影
響を及ぼす。例えば、高速道路の保守、食品や薬、毒物、犯罪者の更正、交通手段などに
係わる意思決定などがある。
7) 学際的であること
たとえば、多国籍企業の社長は国際法、税金、会計、マーケティング、生産などの個々の
分野に通じてはいない。すなわち、それぞれの分野の専門家が意思決定に必要な情報を提
供しなければならなくなってきているのである。
8) 意思決定者が複数いること
複数の意思決定者が意思決定の全体的な過程で重要な役割をはたしたりする。彼らは同じ
チームにいる場合(分散型意思決定、協力ゲームなど)もあるし、そうでない場合(非協
力ゲームなど)もある。
9) リスクと不確実性が存在すること
ほとんどのすべての問題において、それぞれの代替案から得られる結果を正確に予想する
ことは、リスクや不確実性が存在するために不可能である。これらの不確実性にはどのよ
うな結果が可能かはわかっているが、どれが最終的に得られるかが不確実な場合と、結果
自身の特定化ができない不確実性がある。不確実性が存在する理由としては次のようなも
のが考えられる。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
事象によってはほとんどデータが集まらない。
あるデータは高価であるかまたは得るのに時間がかかる。
地震や干ばつなどの自然現象に影響される。
人口変化が将来のインパクトに影響する。
優先度が時間とともに変化する。そのため、その影響も同様である。
他の影響力のある組織(国、競争相手)の行動が不確実である。
3
10) 決定が逐次的(多段階的)になること
一つの決定が他の決定と完全に独立であることは希であろう。今日の選択は将来の選択肢
に制限を加え、そこでの代替案の望ましさに影響を与える。実際、現在行う選択は、それ
らの直接的な結果よりも、それらがもたらす選択肢の変化や情報のゆえに重要なことが多
い。最終的に得られる結果に対する選好が流動的であることから、より柔軟性のある選択
を考える必要もある。
11) リスク態度
現状維持という戦略で操業している企業において、この2、3年で小さいが利益が減少す
るであろうという予測がされたとする。また、斬新的な戦略に変更すると非常に大きな利
益が得られるが、損失または倒産のリスクも考えられるとしよう。様々な結果の起こり易
さがわかっていても、リスクに対する態度についての価値判断は各代替案に付随するリス
クを受け入れることの妥当性を評価するために重要である。
3. 意思決定分析の方法論
意思決定分析の方法論は以下の4つのステップに分解される。
(1)
(2)
(3)
(4)
決定問題の構造化
代替案のインパクト評価
意思決定者の選好(価値)評価
代替案の評価と比較
それぞれのステップ間の流れと前節で述べた種々の複雑性との関係を図 1 に示す。
3.1 問題の構造化について
問題の構造化には、代替案の生成と目的の規定がある。システマティックな思考により
構造化のための創造性を高めることが必要である。最初にどのような行動をとり、それか
ら後に起こる事象に対してさらにどのような行動をとるべきであるかを示す決定戦略(シ
ナリオ)を記述することにより、意思決定の動的な性質をとらえる。
【例】新製品の試験販売をし、その結果により、生産中止、試験販売の延長、または市場
の拡大をするという決定戦略
このように代替案を記述するとき、種々の意思決定を行うタイミング、それらの決定時点
の間に起こりうる事象、これらの過程で得られる情報を同時に規定しなければならない。
このような動的な構造はディシジョン・ツリーにより表現することができる。
代替案を生成するときにともなう問題点は2つ考えられる。1つは可能な代替案が非常
に多くあり、どれも特に良いと思われないことである。しかし、分析のはじめの段階で良
4
図 1: 意思決定分析の流れ
い代替案と最終的には劣っていることがわかる代替案を区別することは難しいかもしれな
い。このような状況では、スクリーニング法で劣った代替案を見つけだすことができる。
そこでは、確率的なインパクトよりもむしろ確定的なインパクト評価を使ったり、完全な
目的関数や制約条件を使うよりも優越性概念により単純化された決定問題を分析する。こ
のことにより、ディシジョン・ツリーを扱い易いサイズにすることができる。
第2の問題は納得のいく代替案が全く無いように見えることがあることである。このよ
うなときには、創造性を高めるために、問題の目的を考えることが役に立つことがある。
目的が明らかに規定されていれば、特に望ましい可能な結果を記述することができる。こ
の結果から、逆に考えて、どのような代替案がそのような結果をもたらすかを考えてみれ
ば良い。目的関数により目的を定量化することは新たな代替案の生成につながり、決定問
題をより広い観点から考えられるようになる。
目的を規定するために最初にすることは代替案から帰結される可能な結果を列挙するこ
とである(ヴァリュー・ツリーの構成)。これらの結果を一般的な関心事に分類する。例
えば、大規模施設の立地については、一般的な関心事は環境影響、社会・経済、健康・安
全性、世間の動向等である。より具体的な目的を決めるには、例えば、ある特定の問題の
環境影響はどのようなものかという疑問について考えることである。このよな問題に答え
ることは創造的な作業を必要とする。関連問題の既存研究や各種規制のガイドラインなど
が役に立つこともある。
5
3.2 代替案のインパクト評価について
正確に代替案のインパクトを予測できるならば、各代替案に一つの結果を対応させる
ことができる。このとき、代替案の評価は最良の結果を評価することによりなされる。し
かし、一般には結果についての不確実性により、このように単純な問題に帰着させること
はできない。それゆえ、可能な代替案のそれぞれについて、可能な結果の集合とそれらの
結果が起こる確率を求めることが望ましい。このことは各代替案 Aj に対して属性の集合
X 上の確率分布関数 pj (X) を求めることによりなされる。
モデルの構築や適用により確率を求めることが望ましい(イベント・ツリーの構成)。こ
れらのモデルはオペレーションズ・リサーチ、経営科学、システム分析、シミュレーショ
ン、理工学などにおける既存の方法論を利用して構築される。複雑なモデルはいくつかの
コンポーネントごとに構築することが可能な場合も多い。これらのコンポーネントは分野
ごとの知識や組織的な単位などに対応している。モデルを利用するときは、決定論的また
は確率的な情報がモデル出力の確率分布を求めるためのモデル入力を決めるために必要で
ある。また、モデルを使わない場合にも、可能な結果を求めるために情報が必要である。
どちらの場合にも、そのような情報は既存データの分析、収集データ、専門的判断などに
基づかなければならない。
確率を定量化するにはいくつかの方法がある。一つは、標準的な確率分布関数を利用し
て、そのパラメータを評価することである。例えば、正規分布のパラメータは平均と標準
偏差である。フラクタイル法と呼ばれる方法は、累積確率分布上の点を直接評価すること
により行われる。y を評価したい一次元のパラメータとし、確率密度関数 p(y) を評価し
たいとしよう。実際の値が y ′ より小さくなるような確率が p′ となるパラメータレベル y ′
は何であるかを尋ねるとしよう。このような質問を p′ = 0.05, 0.25, 0.5, 0.75, 0.95 である
ような値に対して繰り返し行うとする。別のやり方として、y レベルが y ′′ より小さくな
る確率 p′′ を尋ねることもできる。得られたデータをカーブ・フィッティングすることに
より p(y) を得ることができる。第3の方法は可能なインパクトが有限個のレベルに分類
できるときに適用される。当該分野に通じている専門家は各レベルの確率を与えることを
尋ねられるとする。このような方法は易しいように見えるが、実際には様々な原因による
バイアスがかかることが指摘されている。しかし、訓練を受けた専門家は信頼性のある確
率評価をすることができるとも主張されている。
複数の専門家が同じ事象についての専門的判断を求められたとき、さらなる評価の難し
さが生じる。これらの専門家は異なった意見をもち、さらにその違いがなぜそうなのかの
理由づけが不可能なこともありえる。さらに、専門家たちは同じ実験結果やデータソース
にもとづいで判断をしていることもよくある。しかし、意思決定者は問題における不確実
性について一つの矛盾の無い評価が欲しいのである。
3.3 意思決定者の選好評価について
6
意思決定問題において、それぞれの目的の最良レベルを達成することは不可能であろ
う。そこで、
「ある一つの目的について、
(仮定された)現状をあるレベルまで改善すると
するならば、他の一つの目的についてどの程度のレベルまで犠牲にしてもよいであろう
か」ということが問題となるであろう。これは価値のトレード・オフの一つである。単一
目的であろうが、多目的であろうが、意思決定問題において、一つの代替案が常に最良の
結果をもたらすと保証できることはめったにないことである。どのような代替案について
も望ましくない結果が帰結されるような状況があるのが普通であろう。「物事がうまくい
くことによる潜在的な便益は、もし悪い方向にいったときのリスクを冒す価値があるか」
ということが問題となることもあろう。これはリスク態度の問題といわれる。正しい価値
とか間違った価値というものがないので、価値のトレード・オフとリスク態度は特に複雑
な問題である。基本的には、何が必要かと言うと、個々の目的とリスクに対する態度を統
合した目的関数である。意思決定分析では、そのような目的関数を効用関数と呼んで、u
と書く。このとき、u(x) は結果 x の効用であり、他のすべての結果に相対的な x の望ま
しさを表している。
このステップでは代替案を評価するための価値のモデル化を行う。これは分析者と意思
決定者との対話を通じて可能な結果についての価値判断を定量化することにより行われ
る。システマティックに価値のトレード・オフ、リスク態度の情報を一貫性のチェックを
行いながら抽出する。代替案を評価する理論的な基礎が整っている方法論を提供するとい
う利点に加えて、価値モデルの構築はいくつかの利点が考えられる。それらは決定問題に
おいてどの情報が重要であるかを示し、見過ごされていた代替案を示唆し、付加的な情報
を得る価値を計算する手段を提供し、係わりのある集団と目的について緻密なコミュニ
ケーションをたやすくすることである。さらに、全体的な決定にとっての価値判断の重要
性を評価するために、価値判断自身の感度分析を行うことができる。
効用関数を評価する過程は次の5ステップに分けることができる。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
技術的な用語や考え方を提示する。
一般的な選好構造を決定する。
単一属性の効用関数を評価する。
尺度係数を評価する。
一貫性のチェックと再度の評価を行う。
ステップ1の目的は、分析者と意思決定者(たち)との間のコミュニケーションができる
ようにすることである。評価を行う最終的なゴールは代替案を評価するための選好の矛盾
の無い表現を求めることである。分析者は意思決定者が評価手順に理解を示し、それぞれ
の属性と目的の意味を理解していることを十分確かめなければならない。
ステップ2においては、効用関数 u(x1 , . . . , xn ) の一般的な関数形を与えるモデルによ
り選好を表現することを考える。多目的の構造を得るために価値独立性という概念を利用
7
する。独立性の概念のほとんどは、いくつかの属性レベルを固定することにより結果の相
対的価値に注目する。例えば、次のような関係を満たす簡単な関数 f を導くために独立
性概念を利用するのである。
u(x1 , . . . , xn ) = f (u1 (x1 ), . . . , un (xn ), k1 , . . . , kR )
ここで、ui は単一属性効用関数、km は尺度係数である。
ステップ3とステップ4の単一属性効用関数の評価や尺度係数の評価については多くの
手法が開発され、試験されている(Fishburn (1967), Keeney and Raiffa(1976), Farquhar
(1984) などを参照)。
ステップ5が必要である理由は始めての評価には必ず矛盾が見られるのが普通であるか
らである。実際、矛盾が起こっていることがいったんわかれば、意思決定者はその矛盾を
解消するために応答を変更し真の価値を反映できるようになることから、一貫性のチェッ
クは必要である。このことから、意思決定者への質問は異なった方法で行い、矛盾の無い
意思決定者の選好の表現が得られるまで評価手順を繰り返すことが重要である。
3.4 代替案の評価と比較につて
決定問題が構造化され、結果の程度とその起こり易さが決定され、選好構造が確立され
たならば、代替案を評価するために、論理的にそれらの情報を統合しなければならない。
意思決定分析の公理系より、この統合のための基本形はそれぞれの代替案 Aj の期待効用
Ej (u) で与えられる。すなわち、
∑
Ej (u) =
pj (x)u(x).
4. 意思決定分析の実際
意思決定分析の目的は意思決定者がより良い決定ができるように支援することである。
以下では、意思決定分析をどのように行うか、また情報を引き出すときの問題点などにつ
いて考えよう。
4.1 意思決定分析の実施について
決定問題を慎重に定義することが本質的に重要である。複雑な問題に対して、分析を始
める時点では適切な定義がなされることは希である。最初にわかっているものは問題の目
的と可能な代替案のおおまかで曖昧な認識であろう。問題を定義することは、適切な属性
が考えられる具体的な目的を生成し、意思決定の過程でどのような情報が得られるかも含
8
めて、動的な代替案を作り出すことである。属性がわかると代替案に関してどのような情
報が必要なのかが明らかになる。
属性の集合が与えられたとき、意思決定者の価値を定量化するために効用関数を評価す
ることができる。すなわち、図 1 における意思決定分析のステップ3をステップ2の前
に行うことができる。効用関数を利用して、異なった情報を集めることの相対的な重要性
を求めることができる。このことは価値を評価することは単に意思決定者との対話だけが
必要であるため、代替案のインパクトを定量化するために必要な試験、装置、サーベイな
どを行う費用よりも非常に安くつくので重要である。このように最初に意思決定者の価値
構造に注目すれば時間、努力、費用などの面で大きな節約が可能となる。
4.2 意思決定分析の情報入手について
意思決定分析を成功させるためには分析者と意思決定者や他の専門家たちとのかかわり
合いが重要である。分析者は問題の構造、可能なインパクト、モデルのパラメータ、価値
判断についての定量化された情報を得る必要がある。しかし、そのような定量化された情
報の入手は次のような理由から困難なことも多い。
(1) 情報は機密性を有する。
(2) バイアスのある判断である可能性がある。
(3) 偽りの情報を伝える可能性がある。
人々が専門的な判断や価値判断を行うときに冒す多くのバイアスを示すことがわかって
いる。このようなバイアスはどのような手順や手法でもおこる可能性がある。分析に影
響を及ぼすようなバイアスを避けたり、少なくとも同定するための手法は提案されてきて
いる。
4.3 意思決定分析の有用性について
意思決定分析の考え方や有用性について誤解されていることがある。それらは次のよう
なことである。
(1) 客観的で価値観を入れない分析が必要であるのに、意思決定分析は主観的であり、価
値に依存しすぎている。
(2) 意思決定分析は多くの意思決定者に適用できない。なぜならば、実際の選択を見れば、
意思決定分析の公理系を満たしていないからである。
(3) 意思決定分析の目的は決定問題を解くことであるが、重要な要素がいつも分析から抜
け落ちているので、このことは滅多に達成できていない。
(4) 意思決定分析はたった一人の意思決定者を考えているが、多くの意思決定は複数の意
思決定者を含むグループが行い、そのうちの何人かははっきりと誰であるか特定できない
9
場合もある。
客観的で価値観を入れない分析は不可能であり、望ましくもない。問題が複雑になればな
るほど、客観的データにより捉えられる部分は減少するのである。同時に、価値判断、専
門家の判断や経験の役割は意思決定の重要な役割を担わなければならなくなるのである。
必要とされるのは専門的判断や価値判断を明らかにし、これらを客観的データと結び付け
る論理的でシステマティックな分析である。意思決定分析はそのような分析の理論と手法
を提供しているのである。
多くの意思決定者は意思決定分析の公理系に従って選択行動をしようとするが、実際に
代替案を選択した結果として意思決定分析の公理系を満たしていない。このことは多くの
実験的、実証的研究で明らかにされてきている。しかし、このことゆえに意思決定分析の
処方箋的考え方が求められるのである。
意思決定分析は決定問題を解くことはしないし、そうしようと意図されたものではな
い。その目的は意思決定者がより良い意思決定ができるように洞察と創造性を高めること
を支援することである。一つの代替案を選択するとき、意思決定者は分析の帰結と分析に
含まれない他の要素とを同時に考慮すべきであろう。複雑性が増加すればするほど、直感
的な評価の有用性は定式化された分析法よりも急激に役に立たなくなるであろう。
意思決定分析は単一の意思決定者や識別できる意思決定者のどちらも必要ではない。必
要なのは決定問題に対する問題提起であり、またその決定に必要とされる情報を提供でき
る、または提供したいと考えている個人である。意思決定者の知識を共有せず、また対話
を持たずに構造化し分析をしたものは非常に多くの洞察を与えてくれる。
5 意思決定分析の公理
意思決定分析の重要な一面は公理的な基礎をもっていることである。これらの公理によ
り意思決定分析の分割と統合というアプローチの合理性と理論的な正当性が与えられる
のである。
以下の公理は技術的(数学的)には正確ではないが、直感的にわかりやすいように言葉
だけで記述している。また、公理の番号は図 1 のステップ番号に対応している。
公理 1a (代替案の生成)少なくとも2つの代替案を同定することができる。
公理 1b (結果の同定)それぞれの代替案の可能な帰結(結果)を同定することができる。
公理 2 (判断の定量化)それぞれの代替案から帰結する可能な結果の相対的な起こり易
さ(確率)を定量化することができる。
公理 3 (選好の定量化)どのような代替案に対しても、考えられるすべての結果に対し
10
て、相対的な望ましさ(効用)を定量化することができる。
公理 4a (代替案の比較)もし、2つの代替案がそれぞれ2つの同じ可能な結果に帰結す
るならば、より好ましい結果をより高いチャンスで与える代替案がより好ましい。
公理 4b (選好の推移性)第1の代替案が第2の代替案より好ましく、第2の代替案が第
3の代替案より好ましいならば、第1の代替案は第3の代替案より好まれる。
公理 4c (結果の代入性)ある代替案の一つの結果を、それと無差別な代替案と交換した
とき、もとの代替案と修正した代替案は無差別である。
これらの公理から帰結する重要な結果は代替案の期待効用が望ましさの指標になること
を示しているこである。すなわち、より大きな期待効用をもつ代替案がより小さい期待効
用をもつ代替案より選好されるべきであるということである。期待効用を計算するために
は確率と効用が必要であるが、これらの情報については決定分析を行う過程で獲得しなけ
ればならない。このような情報をどのように得るのかについては公理自身はほとんど役に
立たない。
参考図書
1. Clemen, R.T. (1996) Making Hard Decisions: an Introduction to Decision Analysis.
Duxbury Press, 2nd Edition.
2. French, S. (1986) Decision Theory: an Introduction to the Mathematics of Rationality, Ellis Horwood.
3. Holloway, C.A. (1979) Decision Making under Uncertainty: Models and Choices,
Prentice Hall.
4. Keeney, R.L. and Raiffa, H. (1976) Decisions with Multiple Objectives: Preferences
and Value Tradeoffs, Cambridge Univ. Press.
5. Kleindorfer, P.R., Kunreuther, H.C. and Schoemaker, P.J.H. (1993) Decision Aciences:
an Integrative Perspectives. Cambridge University Press.
6. Raiffa, H. (1968) Decision Analysis: Introductory Lectures on Choice under Uncertainty, Addison-Wesley.
7. Savage, L.J. (1954) Foundations of Statistics, Wiley.
8. von Neumann, J. and Morgenstern, O. (1953) Theory of Games and Economic
Behavior, 3rd ed., Princeton Univ. Press.
9. von Winterfeldt, D. and Edwards, W. (1986) Decision Analysis and Behavioral
Research, Cambridge Univ. Press.
11
参考文献
1. Farquhar, P.H. (1984) Utility assessment methods. Management Science 30, 12831300.
2. Fishburn, P.C. (1967) Methods of estimating additive utilities. Management Science
13, 435-453
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