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不安の時代 - Dance Europe

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不安の時代 - Dance Europe
『不安の時代』
ロイヤル・バレエの最新の
話題は、リアム・スカーレ
ットの新作『不安の時代』
と、キム・ブランドスト
ラップの『セレモニー・オ
ヴ・イノセンス』のロンド
ン初演。デボラ・ワイスの
評でお伝えします。
『不安の時代』
での(左から)
アクリ瑠嘉、レティシア・ストック、マクレイPhoto: Emma Kauldhar by courtesy of the ROH
『不安の時代』は、W・H・オーデンの同名の詩(1947年)に拠るバ
いる。そしてダイアーのマリンが新しい自分を発見し開放感いっぱい
レエだ。舞台は第二次世界大戦さなかのニューヨーク、生まれも育ち
に舞台を飛び回るところでは、彼の高揚感を観客全員が我がものとし
も異なる四人がとあるバーで出会い、やがて一人のアパートに場所を
て共有していた。
移して泥酔し、戯れの情事や踊りが続く。その挙げ句に何が起こるわ
けでのだが、登場人物間のやりとりに見応えがあり、結末は爽快と呼
ロイヤル・オペラハウスに新機軸を持ち込めば、つねにあら探しをさ
ぶに足るものだった。スカーレットが選んだ音楽はレナード・バーンス
れ、けちがつくものだ。本作に対しても想像のつく事態だが、細部へ
タインの交響曲第二番、同じ詩に寄せて書かれ、1949年に初演され
の配慮も怠りないスカーレットの無限の創意を否定できる者など、い
たこの曲には、『ウエストサイド物語』を連想させる部分もあり、音楽の
ようはずはない。作品中に看過してよい部分は一つもなく、ステップ
ペースや雰囲気には戦時下の人間のストレスや希望、絶望がリアル
の難度も高いが、それ以上にインパクトが強いのは、振付の”流れ”
に横溢している。
だ。ステップ自体が語ることがそもそも稀であるのに、ここではそれら
最初の場面はまず、まるで本物のバーを再現したかのようなジョン・
が朗々と響きわたっていたのだ。
マクファーレンの装置が素晴らしい。ラウラ・モレーラのロゼッタ(原作
ではデパートの仕入れ係)は肉食系で、刺激的な出会いを求めてい
『セレモニー・イン・イノセンス』は、ブランドストラップが1992年に発
る風情。官能的で、視線や手のしぐさ、意味深な動きの個々のニュア
表した『ヴェニスに死す』のあとがきともいえる作品。トーマス・マンの
ンスを意識的に用いていたのがいい。ベネット・ガートサイドは、鬱々
小説でアッシェンバッハが海辺で見かけた青年タジオに自身の失わ
とメランコリックなアイルランド人の中年サラリーマンのクワントを、抑え
れた若さを認め恋したように、円熟のエドワード・ワトソンが、若きマル
た表現で好演。いっぽうカナダ空軍を退役した衛生兵マリン役のトリ
セリーノ・サンベの中に無垢だったかつての自分を夢想し、青春を追
スタン・ダイアーは、控えめな出だしから全編を通して人物像が厚み
体験する。クリスティーナ・アレスティスが母性的な役柄で登場し、男
を増してゆく。サナギがチョウに変身したかの趣きに、目が釘付けに
たちの頭に手を置く仕草が永遠の庇護を象徴的に示していた。全体
なった。若い水兵アンブルは鼻持ちならない遊び人だが、ゲイかスト
にシュールリアリスティックで暗く、他にベアトリス・スティックス=ブルネ
レートか、そのセクシュアリティは曖昧だ。スティーヴン・マクレイの音
ルとアレクザンダー・キャンベル、ロマニー・パジャックとヨハネス・ステ
楽性やしなやかな腰使い、高速でのスピンや複雑な跳躍技が圧巻だ
パネクの二組の若いカップルが初々しい恋を楽しげに踊るが、それ
った。バーから追い出されるとロゼッタは男たちを自分の部屋に誘う
は遠い世界の幻影のようなものだ。
が、それぞれの胸中によぎる気分(ためらい、逃げ腰、瞬時に走る期
背景幕を使ったプロジェクション(レオ・ワーナー)が効果的で、特
待、露骨に迫るのを憚る気持ち等)をその時々に明確に示すところ
にワトソンの波のような動きと映像を完璧にシンクロさせた部分が素晴
は、さすがに皆すぐれた演技力だ。
らしかった。サンベは豹のような動きも美しく、アレスティスは元々この
この場面ですでに全員の動きのスピードに何度か息を呑んだが、
役を踊るはずだったゼナイダ・ヤノウスキーの泰然とした優美をよく継
マンハッタンの夜景を見はるかすアパートでは、全員が自分の妄想
承していた。ワトソンは素のままの存在感で動きも力強く正確だが、こ
を臆せず全開にして、歯止めの効かない乱痴気騒ぎに突入してい
の役が彼の新たな才能を開拓したとは言いがたい。興味深い作品で
く。マリンとクワントが丁寧にいとまごいをして去っていく頃には、さしも
再見の価値はあるかもしれないが、登場人物の熱情や絶望は、必ず
のマクレイのアンブルも、スタミナを使い果たしてソファの上で伸びて
しも説得力を持たなかった。 (訳:長野由紀)
DANCE EUROPE
December 2014
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