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GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発

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GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
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研究論文 Research Paper
研究論文
GPS 携帯電話を活用した新たなソリュー
ションの開発
目黒 浩一郎 鈴木 啓史
要 約
我々の生活において近年最も急速に浸透した道具として、携帯電話が挙げられる。
特に日本においては 1 億台近くが普及し、機能的に見ても世界で最も進んでいる
と言える。例えばインターネット接続機能やメール送受信機能だけでなく、JAVA
や BREW 等のアプリケーション実行環境は既に標準の装備となっており、GPS や
カメラも標準的な装備となりつつある。
携帯電話の普及は、社会の現象を調査するためのツールとしても多大な注目を浴
びている。既に人の移動履歴や移動目的を詳細に把握するツールとしてプローブ
パーソンといった調査手法が普及し始め、また、フィールド調査のツールとしてカ
メラ付携帯電話で現場の写真を撮影・即時送信する等の試みが行われている。さら
には、プローブデータ収集においても GPS 携帯電話を用いて従来よりも格段に手
軽にデータ収集が行われるようになっている。
このような状況のもと、三菱総合研究所では、様々な行動に関するデータを収集・
分析するツールとして PhoneGPS を開発した。本ツールは、GPS 内蔵携帯電話を
用いて端末の位置を自動測位し、データをサーバーに自動送信し、サーバー上でデー
タ解析を行うものである。また、PhoneGPS で収集したプローブデータを渋滞分析
等に利用するためには、位置情報を区間毎の旅行時間等の統計処理可能な数値デー
タに変換(マップマッチング)する必要があり、このマップマッチングロジックに
ついても併せて開発を行った。
本論文では、PhoneGPS 及びマップマッチングロジックの概要及び特長を紹介す
るとともに、プローブパーソン調査や道路交通センサスなどの流動調査、渋滞状況
の把握や交通情報提供といった、プローブデータを活用した調査研究業務での本
ツールの活用可能性について述べる。
目 次
1.行動分析調査における携帯電話の可能性
2.GPS 携帯電話を活用した行動分析ツール、PhoneGPS の開発
3.マップマッチングロジックの概要と特長
4.PhoneGPS の活用可能性
5.おわりに
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
Research Paper
Development of a New Solution Using
the GPS-Enabled Mobile Phone
Koichiro Meguro, Hirofumi Suzuki
Summary
The mobile phone is one of the tools that has been fastest in penetrating
people’
s lives in recent years. This is particularly true for Japan, where nearly
100 million handsets are in use, offering the world’s most advanced functions.
For example, current models come standard with not only connectivity to the
Internet and the e-mail function, but also the capability of running JAVA, BREW
and other types of applications, with even GPS and camera functions becoming
standard more recently.
With increasingly widespread use, the mobile phone is also attracting major
attention as a tool to survey social phenomena. An example of such uses of the
mobile phone is the probe person method, which is becoming a common method
of tracking people’
s patterns and purposes of travel. Others are attempting to
use the mobile handset with a built-in camera as a field survey tool by which
they can take field photos and transmit them on the spot. Furthermore, GPSenabled mobile handsets have also dramatically improved the ease of gathering
probe data, compared with traditional techniques.
Under such circumstances, Mitsubishi Research Institute, Inc. (MRI) has
successfully developed PhoneGPS, a tool for collecting and analyzing various
behavioral data. PhoneGPS uses a GPS-enabled mobile handset to automatically
locate the terminal, and transmits the data to the server so that the server
can analyze it. For the probe data collected through PhoneGPS to be used for
traffic congestion analysis or other purposes, their location information needs to
be converted into numeric data that is statistically processable, such as travel
time in each survey section. This process is called map matching, and MRI has
developed map-matching logic for PhoneGPS as well.
This paper explains an overview and characteristics of PhoneGPS and mapmatching logic for it, as well as potential applications of PhoneGPS for survey
and research activities based on probe data, including flow surveys (e.g. probe
person surveys, road traffic censuses), traffic congestion monitoring, and traffic
information provision.
Contents
1.Potential of the mobile phone in surveys for behavioral analysis
2.Development of PhoneGPS, a behavioral analysis tool based on the GPSenabled mobile phone
3.An overview and characteristics of map-matching logic
4.Potential applications of PhoneGPS
5.Conclusion
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研究論文 Research Paper
1.行動分析調査における携帯電話の可能性
本章では、行動分析調査における携帯電話の可能性について評価するために、日本におけ
る携帯電話の動向を踏まえたうえで、携帯電話を調査ツールとしてみた場合の特長について
整理し、活用可能性を評価した。
1.1 日本における携帯電話の動向
日本における携帯電話契約数は 2007 年 3 月時点で約 9,700 万台、ほぼ一人 1 台普及して
いるが、特に日本における携帯電話利用の特長として以下の 5 点が挙げられる。
a)インターネット接続
現在販売されている携帯電話のほぼ全てがインターネット接続機能を有しており、携帯
電話による E メールや情報閲覧が社会生活における一般的な行為となっている。
b)GPS 搭載
日本の携帯電話の約 1/4 のシェアを有する KDDI 株式会社の携帯電話は、現状出荷さ
れる端末のほぼ全てが GPS チップを内蔵しており、2007 年 3 月時点で 2,500 万台規模の
端末が GPS 機能を有している。このうち一部は、通常の GPS 機器と同様、携帯電話単独
で自律測位を行うことができる。
また、携帯電話への付加機器としてカメラ搭載が一般化していることも極めて特徴的である。
c)アプリケーション実行環境
インターネット接続機能と併せて、JAVA や BREW を搭載し、アプリケーション実行環
境を備えていることも特長的である。アプリケーションの例としてはゲームが最も普及し
ているが、端末の位置情報管理やナビゲーションなどのアプリケーションも実現している。
これらのアプリケーションはインターネットを通じてダウンロード可能である。
d)大容量通信
携帯電話の利用用途は、通話だけでなくデータ通信の比重が高まっており、データ通信
環境の向上のための競争が高まっている。
2007 年 3 月時点では、携帯電話のデータ通信速度は最大で下り 2.4Mbps となっており、
それを活用したビジネスユースでのデータ送受信や、音楽や映像のコンテンツのダウン
ロードが一般的となっている。
e)定額制
上記のインターネット接続やアプリケーションのダウンロード需要の増大に伴い、携帯
電話各社の価格戦略により、通信料定額のサービスが普及し始めている。これにより、比
較的大容量のリッチなアプリケーションの普及が後押しされた。
1.2 行動分析調査ツールとしての携帯電話の可能性
以上のような携帯電話の動向と特長を行動分析調査に照らし合わせると、以下の点を携帯
電話利用の特性として挙げることができる。これらの特性を効果的に活用することにより、
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
様々な行動分析を行うことが可能になると期待される。
①小型、軽量、かつ丈夫である
行動分析調査ツールの最低条件として、小型、軽量、かつ丈夫であるという点が挙げら
れるが、携帯電話は、そのいずれも十分に満たしているといえる。また、安価であるとい
う点も携帯電話の大きな特長である。
②位置と時刻を計測できる
GPS 携帯電話を利用することにより、被験者に負担を与えることなく、行動履歴や現
在地点等を詳細に把握することができる。また、行動のエビデンスとして記録することに
より、調査自体の信頼性を担保することができる。
③画像データや音声データを得ることができる
映像や音声は、被験者の関心事や見た風景等をありのままに映すものとして、行動分析
においては極めて高付加価値な情報である。携帯電話にはカメラやマイクが標準的に装備
されている。
④入力機能を有する
携帯電話は多くのボタンを有している。これらを活用することにより、動態スウィッチ
として指定した条件(乗り換え時、気に入った風景に遭遇したとき、荷卸しを行った時
等)でボタンを押下することにより手軽にデータ収集でき、さらにはタイムスタンプや位
置データを付加することも可能である。
また、テキスト入力機能を有することにより、移動中のコメント入力等を行うことができる。
⑤データを蓄積・送受信できる
これらのデータを携帯電話内のメモリに蓄積し、送信する機能を有することにより、被
験者にデータ保存作業等の負荷をかけることなく、かつタイムリーにデータ収集を行うこ
とができる。
⑥ Web ブラウザ、メールを利用できる
Web ブラウザを利用できることにより、地図等を用いて行動を指示したり、あるいは
Web やメールにより、行動データ収集後のフォロー調査としてインターネット上での簡
単なアンケートを行うこともできる。
⑦アプリケーションをダウンロード・実行できる
携帯電話は、JAVA や BREW といったアプリケーションの実行環境を有することによ
り、行動分析調査のための独自のプログラムを実行することが可能である。
また、こうしたアプリケーションを自由にダウンロードすることができるという点も大
きな特長である。
⑧誰もが持っている
携帯電話は、今や誰もが常時携帯し、使い慣れた生活ツールである。こうしたツールに
アプリケーションをダウンロードすることにより、誰もが調査に参加し、かつ操作の不安
なく調査機器を保有・操作することができる。
以上、携帯電話はおよそ行動を分析するツールとして必要な機能をほぼ全て有していると
言える。これらの機能を組み合わせることにより、従来では得られなかったような付加価値
の高いデータに基づく分析を行うことが可能となる。
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研究論文 Research Paper
2.GPS携帯電話を活用した行動分析ツール、PhoneGPSの開発
このような携帯電話の特性を活用し、さらにデータをサーバー側で分析加工するツールと
して、三菱総合研究所は PhoneGPS を開発した。ここでは、その概要を整理するとともに、
プローブデータ収集に着目した PhoneGPS の特長を述べる。
2.1 行動分析調査ツールとして必要な機能と PhoneGPS の特長
ここでは、1.で整理した行動分析調査ツールとしての携帯電話の特長を踏まえ、必要な
要素技術と、それに応じた PhoneGPS の特長を整理した。
( 1 )小型、軽量、かつ丈夫である機能
従来の調査機器は、カーナビや専用の調査機器を改造したものを用いることが多く、比
較的大型で重量のあるものが多かった。また、PDA を使用した機器等も存在したが、稀
にフリーズする等の問題がある。
こうしたツールと比べて、PhoneGPS は GPS 携帯電話にアプリケーションをインストー
ルしたものであるため、小型・軽量・丈夫という携帯電話の特長を十分に生かしている。
また、安価であり、自動車等の行動調査を行う場合に取り付け工事等の負担が小さいとい
う利点もある。
( 2 )高精度な測位機能
PhoneGPS は、通常の GPS 機器と同様に GPS のみで自律測位する方法を用いているた
め、
測位誤差は 10m 程度と、
通常の GPS 機器と同程度の精度を有している。明らかなエラー
データを除去した後のマップマッチング成功率は 100%に近い結果が得られている。
(図 1)
なお、カーナビは、GPS 測位に加えてジャイロによる補正および機器内でマップマッ
チングを行うため、GPS 単独と比べて測位の精度は高い。また、携帯電話の GPS の場合、
測位開始時に基地局から衛星の航行情報等を取得して効率よく測位を行うため、完全に
GPS 単独で測位する場合と比べて起動から測位開始までの時間が短いが、一方で通信圏
外では測位開始できないという欠点がある。
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
図 1.PhoneGPS によるデータプロット例
500m
作成:三菱総合研究所
表 1.端末設置位置別の測位状況
ダッシュボード上
車内コンソールボックス内
サンプル数
2,017
498
平均取得間隔
1.5 秒に 1 回
6.1 秒に 1 回
平均測位誤差
10.63m
13.36m
※平均取得間隔とは、測位成功回数を測位期間で割ったもの。
※平均測位誤差とは、測位結果と DRM リンクとの垂直距離の平均。
作成:三菱総合研究所
( 3 )画像撮影機能
携帯電話ならではの機能として、カメラを用いた画像撮影機能を有する。本機能は、従
来の調査機器には存在しない機能であり、こうしたデータを調査ツールとして効率的に取
得できる機能を有している点で、PhoneGPS は極めて特長的である。なお、音声入力機能
については現在開発中である。
( 4 )ボタン・テキスト入力機能
従来の調査機器では、ボタン入力は不可能か、外部機器の追加装備が必要である場合
が多かったが、PhoneGPS は携帯電話の 15 種のボタンを用い、さらに各ボタンに名前付
け(出発、到着、乗り換え、作業開始等)を行うことを可能としている。これらを活用
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することにより、時刻・位置データに付加情報を追加することができる。加えて、上記
の画像撮影と加えてテキスト入力機能を有することにより、移動中のコメント入力等を
行うことができる。
( 5 )データ蓄積・送受信機能
従来の調査機器では、SD カード等の外部メモリ媒体を有するが通信機能を持つものが
少なく、蓄積したデータを収集・利用するためには外部メモリ媒体を持ち運ぶ必要があっ
た。そのため、手作業で媒体を回収する負担があるほか、蓄積時には外部メモリの書き
込みエラーや、持ち運び時のデータの取り違え等のヒューマンエラーが生じるおそれが
あった。
PhoneGPS は、携帯電話の内蔵メモリを使用し、データを自動あるいは手動でサーバー
に送信する機能を有するため、人的な負担はほとんどなく、データ欠損のリスクも極めて
少ない。
なお、送受信にあたっては、PhoneGPS は携帯電話内でデータ収集・蓄積・送信を行う
ため定額制を利用できる。一方従来の調査機器の場合、携帯電話を接続するか、通信モ
ジュールを内蔵することにより通信機能を持たせているが、こうした方式の場合、現在の
携帯電話の料金体系では定額制は適用されず従量課金となるため、コスト的な負担が大き
くなる。
( 6 )Web ブラウザ、メール利用機能
従来の調査機器では、こうした機能を使用するという概念自体が存在しなかったが、
PhoneGPS ではモニター募集やダウンロード前の機能告知、調査後のアンケートの手段と
して、また、自己位置を他者に知らせる機能として Web ブラウザとメール送受信機能を
活用している。
( 7 )アプリケーションダウンロード・実行機能
本機能についても、従来の調査機器では概念自体が存在しなかったが、PhoneGPS は携
帯電話の BREW 実行環境を活用することにより、プログラムを実行している。このため、
プログラムの改修が容易であり機能を随時バージョンアップすることが可能である。
また、個人が保有している携帯電話にアプリケーションを自由にダウンロードすること
もできる点が極めて特長的であり、ダウンロード機能は、調査ツールとしては PhoneGPS
が国内初の機能となる。
具体的には、これまでの調査機器では、調査を実施するにあたっては、予めアプリケー
ションをインストールした端末を準備し、調査員や調査モニターに配布する必要があった。
このため、調査実施にあたっては物理的な制約から 300 ∼ 500 サンプル規模の調査が限界
であったが、ダウンロード機能の実現により、物理的な制約なしに、対応する携帯電話を
保有しているユーザーであれば誰でも参加できることとなり、格段に大規模で低コストな
調査実施が可能となる。
こうした調査を実施するにあたってはモニター募集のスキームを確保し、モニターの
データを適切に管理する必要がある。PhoneGPS のビジネスモデルにおいては、GPS 携
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
帯電話を保有するモニターを多数確保しているインターネット調査会社と連携することに
より、迅速なモニター募集と厳正なデータ管理、加えてモニターの参加インセンティブ確
保を実現することができた。
図2.PhoneGPS のビジネスモデル(アプリダウンロード型サービスの場合)
①モニター募集!
三菱総合
研究所
ἴἝἑὊѪᨼὲ
調査会社
ア
プ
リ
ダ
ウ
ン
ロ
ー
デ
ド
ー
タ
送
信
②アプリダウンロード
モニター募集
応募
調査
モニター
③実験参加
ᵱᵲᵟᵰᵲᴿ
作成:三菱総合研究所
(個人ユーザー)
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2.2 トータルサービスの確立
既に何度も述べているとおり、行動分析においては、データの収集から蓄積・集計を経て、
価値ある情報に加工して始めて利用可能なサービスとして成立する。
PhoneGPS は、前節で説明した様々な機能に加えてデータを Web 上で修正する Web ダ
イアリー機能、データを分析加工するためのマップマッチング機能、成果を美しく表現し、
かつ調査モニターが楽しく調査に参加するための WebGIS 機能を構築し、収集から提供ま
での一貫したサービスを確立した。
図3.PhoneGPS によるデータ収集から情報・サービス提供までの流れ
【収集】
【分析加工】
【提供】
BREWアプリ
マップマッチング、
データのパターン分析
WebGISで表示
作成:三菱総合研究所
( 1 )Web ダイアリー機能
データ収集面でのさらなる工夫として、Web ダイアリー機能を開発した。
Web ダイアリーとは、東京大学羽藤准教授の提唱により開発された「プローブパーソ
ン調査」の一ツールである。プローブパーソン調査は、パーソントリップ調査を補完す
るものとして GPS 携帯電話を用いて、人のトリップ(行動履歴)を把握するものである。
GPS 携帯電話により収集した移動履歴データを Web 上で閲覧し、Web ダイアリー上で
移動目的や利用交通機関等を入力することにより、従来のパーソントリップ調査ではアン
ケート票により実施していた移動履歴調査を、実証データをベースに実施しようというも
のである。本調査手法は、羽藤准教授の主催するプローブパーソン研究会のもと、多くの
実績を有する。
PhoneGPS においても、収集した情報を補完するものとして、Web ダイアリー上でデー
タを入力・修正する機能を開発した。具体的には、PhoneGPS のカウンター機能を応用し
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
て利用交通機関や移動目的を入力し、Web ダイアリー上でこれらデータの修正を行うこ
ととしている。
なお、プローブパーソン調査においても調査コストが高いこと、調査実施のための
物理的な制約が大きく数百サンプル程度の収集が限界であることが指摘されているが、
PhoneGPS のアプリダウンロード機能を活用することにより、極めて大規模なサンプル確
保が可能となる。
図4.Web ダイアリー機能
作成:三菱総合研究所
( 2 )マップマッチング機能
PhoneGPS により取得したデータは、基本的には誤差を有する緯度経度の羅列情報となる
が、分析・加工を行うにあたっては、これらのデータに意味を持たせる。具体的には緯度経
度情報を道路のリンク(線)
・ノード(点)番号に変換し、誤差のない分析可能なデータに
変換する必要がある。この変換をマップマッチングと呼び、特に大量のデータを扱う場合に
必須の機能となる。
本機能については、次章において詳細に記述する。
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研究論文 Research Paper
( 3 )WebGIS 機能
収集したデータを表示するにあたっては、分析しやすく、利用者の直感に訴えるデー
タ表示を行うことが重要である。そこで、GIS を活用したデータ分析スキームを構築し
た。特に、分析だけではなく利用者がデータを興味を持って閲覧できるよう、WebGIS
を開発した。
WebGIS 開発にあたっては、オープンソースのマッピングエンジンである ka-map を活
用し、移動軌跡表示や掲示板機能、blog との連携機能等を付加し、LOGMAP と名付けて
サービスを構築した。
LOGMAP の例については、後の章において紹介する。
2.3 残された課題
PhoneGPS の課題としては、現時点で以下が挙げられる。
1)GPS 精度
PhoneGPS は携帯電話内蔵の GPS を用いて測位しているため、その精度は GPS 衛星
に依存する。GPS 誤差は、一般に± 20m 程度の誤差と言われているが、建物の影や垂
直方向位置、あるいは携帯電話基地局や端末の情報処理エラーによってそれ以上の誤差
が生じる場合がある。
PhoneGPS は連続測位中に極端にデータが外れる場合は削除する等の対策を行ってい
るものの、GPS 誤差の解消には技術的な限界がある。
なお、前述したとおり、PhoneGPS を用いて誤差を実測した結果は、± 10m であった。
2)室内での測位
上と関連するが、建物内や地下等、GPS 衛星からの電波を受信できない位置では測位
不可能である。
3)端末の稼働時間
PhoneGPS は、毎秒連続データ取得を行う環境下では、バッテリーの稼働時間は 7 時
間程度となっている。端末の稼働時間を 1 日程度に延ばすためには、測位間隔を 3 ∼ 5
秒程度に広げるか、あるいは自動車等の充電可能な環境下では充電しながら稼動する等
の対処が必要となる。
4)モニターの参加インセンティブ
PhoneGPS を個人の携帯電話にインストールして利用する場合、個人は携帯電話のア
プリケーションが常時起動状態となるため、起動中は通話やメール利用等を行うことが
できず、バッテリーの消耗や、定額制に加入していない場合は通信コストがかかるとい
う欠点がある。
モニター調査の場合は、これらのデメリットも考慮したインセンティブ(謝礼)を提
供するとともに、デメリットについて十分な説明を行う必要がある。
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
3.マップマッチングロジックの概要と特長
PhoneGPS により取得したプローブデータを統計処理するためには、走行経路を特定する
と共に、道路リンク別の旅行時間等に変換(マップマッチング)する必要がある。ここでは、
本研究にて開発したマップマッチングロジックの概要と特長について述べる。
3.1 マップマッチングロジックの概要
( 1 )マップマッチングとは
マップマッチングとは、GPS 機器(PhoneGPS 等)により取得した時系列的に連続した
移動軌跡データ(時刻と緯度経度データ)を、デジタル・ロード・マップ(DRM)に基づ
きマッチング処理を行い、実際に移動したルートを特定すると共に、当該ルートでのリンク
旅行時間、旅行速度を算出する機能である。移動ルートは連続する DRM リンクとして特定
し、旅行時間や旅行速度はルートとして特定した DRM リンク情報として数値化することに
より、様々な統計処理を可能とする他、マッチング後の移動経路を GIS 上に表示すること
も可能となる。
○
○
●
km
/h
秒
△
△
▲
km
/h
秒
図5.マップマッチング処理のイメージ
緯度経度の地点情報
区間旅行速度・時間
:DRMリンク
作成:三菱総合研究所
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研究論文 Research Paper
( 2 )マップマッチングロジックの概要
本研究で開発を行ったマップマッチングロジックの概要及び処理の流れは以下の通りである。
【マップマッチングロジックの概要】
・ PhoneGPS 等のプローブデータ取得機器により取得した、
時系列に連続する位置情報(緯
度経度情報)とその時刻情報のみを利用し、進行方向や瞬間速度等の補助データを必要
とすることなく、走行経路の特定及び DRM リンクへの進入時刻、退出時刻、所要時間
を算出することを可能としている。
・ また、マップマッチングの基礎となるデジタル道路地図データ(DRM データ)につい
ては、全道路データに対応するとともに、DRM データ自体への特別の情報付加を必要
とせず、市販の DRM データを利用可能としている。
【処理の流れ】
・ マップマッチング処理の流れは、大きく以下の 5 つのステップにより実施している。
①滞留時のデータの集約処理
・ マップマッチングに利用するプローブデータは、PhoneGPS データの場合、1 秒間隔で
取得された連続する位置情報であることから、信号待ち時など同一地点に滞留している
場合は、多くの位置情報が GPS の誤差範囲内に分布する。これらの情報を処理するこ
とにより、有効なデータの抽出を行い、ミスマッチングを防ぐとともに、処理速度の向
上を実現。
②移動履歴に基づき進行方向をベクトル判断し走行経路を特定(上下方向も判断)
・ 時系列に連続する位置情報から、進行方向を表すベクトル成分を抽出し、移動方向の特
定を行うことにより、GPS 誤差による脇道への回り込み、交差点間での U ターン行動
等のミスマッチングを回避することにより精度の高い走行経路の特定を実現。
③複数経路の先読み処理を行い信頼性の高い経路を順次特定
・ 並行道路区間のマッチング精度向上については、複数経路について経路の先読みを行い、
先読み先で真の経路を一意に特定することにより、信頼性の高い経路特定を実現。
④経路の連続性を重視し、断片的なルートとならないようにルート(連続する DRM リンク)
を特定
・ GIS データは誤差を含むとともに、ビル陰やトンネルなどの電波の不感地帯では一部位
置情報が取得できない区間が発生することが想定できる。しかし、その多くは短区間で
の現象であることから、前後の走行経路から経路の補完が容易な場合が多い。そこで、
本マップマッチングロジックでは、①から③のロジックにより経路を選定した後に、断
片化している区間について、前後の関係からルート補完を行い、最終的に連続的なルー
ト特定を実現。
⑤特定ルートの所要時間を DRM リンク単位で算定
・ マップマッチング結果を統計的に処理するためには、経路となる DRM リンクを特定す
ることに加え、DRM リンク間の旅行時間を算定することが必要である。本マップマッ
チングロジックでは、DRM リンクへの進入時刻、退出時刻、所要時間を算出すること
を実現。
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
3.2 マップマッチングロジックの特長と今後の課題
( 1 )マップマッチングロジックの特長
マップマッチングの精度は、様々な移動環境下のデータに対して、安定的かつ正確に移動
経路を特定できることにより、評価を行った。具体的には、自動車での移動を精度高くマッ
チングすることを目標に、マップマッチングロジックの検証とチューニングを行い、高い精
度で走行ルートを特定することに成功している。
本研究で検証した走行パターンを大きく分類すると以下の通りであり、基本的な走行パ
ターンとして“①直線走行”、“②右左折”を検討したうえで、“③複雑な走行”を取り上げ、
検討を行った。本研究で開発したマップマッチングロジックは、基本的な走行パターンに対
して正確なマップマッチングを行うとともに、複雑な走行についても GPS データの取得精
度が高い場合には正しくマッチングする性能を有している。
①直線走行
・ 国道などの幹線道路の直線走行
・ 市道・私道などの街路での直線走行
チェックポイント:連続的にマッチングできるか。上り下り方向を正しく判断できるか。
②右左折
・ 国道など幹線道路での右左折
・ 市道・私道などの街路での右左折
チェックポイント:連続的にマッチングできるか。上り下り方向を正しく判断できるか。
並行道路への回り込みはないか。
③複雑な走行
・ 高速道路の並行道路などの走行
・ 交差点でのショートカット走行
・ 高架下での U ターン
・ トンネルなどでの遮蔽物下での走行(一定の間があいたデータのマッチング)
チェックポイント:連続的にマッチングできるか。上り下り方向を正しく判断できるか。
並行道路への回り込みはないか。
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研究論文 Research Paper
図6.走行軌跡とマップマッチング結果
※図中の点が走行軌跡
(1秒間隔)
、線がマップマッチング結果
作成:三菱総合研究所
( 2 )今後の課題
本研究で開発したマップマッチングロジックは、上記の特長にも述べたとおり、GPS の
測位状況が良いデータであれば、正確にマップマッチングすることが可能である。
しかし、PhoneGPS などのプローブデータ取得機器により取得された GPS データの中に
は誤差が大きいものもあり、これらのデータを如何に正確にマッチングするかがロジックの
精度の違いとなる。プローブデータ取得機器の多くは、カーナビゲーションシステムのよう
に走行開始時にデータ取得者本人が自分の位置を補正する機能を有しておらず、人の手によ
る個別データの補正は不可能である。また、プローブデータの処理は、多くのデータを一括
処理することが求められることからも、個別データについて人が判断を下すような処理には
対応できない。
以上のようなプローブデータの制約から、今回開発したマップマッチングロジックの限界
として、時系列的なデータの連続性から経路を特定することが難しい“走行開始直後区間”、
並びに“走行終了直前区間”については、正しいマップマッチング処理ができないことがあ
る点が課題として挙げられる。
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
4.PhoneGPS の活用可能性
ここでは、PhoneGPS を実際に利用した事例について紹介する。PhoneGPS で収集したプ
ローブデータはマップマッチングの実施により、統計処理が可能なリンクデータとして整理
することができ、様々な流動分析への活用可能性を秘めている。
( 1 )プローブ情報システム
本サービスは既にプローブデータ収集ツールとして一部地域において活用されている。バ
スのダッシュボードに端末を固定し、毎秒データを収集し、1 日に 1 回自動的にデータを送
信し、サーバーに蓄積している。蓄積されたデータは専用のホームページ上で ID 別日別に
整理され、いつでもダウンロードおよび走行履歴を地図上で確認できる。
また、従来機器と比べて格段に利便性が高く高密度データが得られることが確認されてい
る。高密度なデータを得ることによりマップマッチング精度の向上に寄与し、収集したデー
タの区間を絞った走行特性分析や区間の旅行時間分析等、従来機器によるデータでは得られ
なかった分析が可能となっている。
図7.プローブデータ収集ツールとしての活用・分析例
80.0
70.0
距離(km)
60.0
50.0
ボトルネック
40.0
30.0
20.0
10.0
0.0
0.0
20.0
40.0
60.0
時間(分)
作成:三菱総合研究所
80.0
100.0
120.0
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研究論文 Research Paper
( 2 )観光データ分析
日本では観光流動分析のためのデータ収集にあたって紙によるアンケート調査が中心のた
め、十分なデータを得ることが困難な上に膨大な作業を必要としている。PhoneGPS を活用
することにより、旅行者がデータをダウンロードし、実際の移動履歴データを得られ、さら
に、観光ポイント等のコメントや画像を送信できるので、極めてリアルなデータ収集が可能
となる。
図 8 はオープンソースの Web マッピングエンジン ka-map をベースとして開発した LOGMAP
を用いた実験結果である。
図8.観光周遊行動把握ツールとしての利用例
作成:三菱総合研究所
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
( 3 )地域コミュニティツールとしての活用
PhoneGPS の 画 像 デ ー タ 取 得 機 能 や テ キ ス ト 入 力 機 能 を 応 用 し、 こ れ ら の デ ー タ を
LOGMAP 上に表示することにより、地域コミュニティツールとして活用可能なツールとし
て開発した。
LOGMAP は、PhoneGPS だけでなく通常の GPS 携帯電話からの投稿や PC からの投稿も
可能とし、他者のコメントに返信を行う機能や、テーマ別にマップを設け、かつ閲覧/投稿
可能なユーザーを個別設定可能とする等の機能を用意した。
図9.カメラ機能を用いて渋滞情報をビジュアル化
作成:三菱総合研究所
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研究論文 Research Paper
( 4 )渋滞情報生成
得られたプローブデータをマップマッチングにより旅行時間データとすることにより、区
間毎の渋滞情報に加工することが可能となり、VICS システムのような路側センサーが存在
しない区間についても情報収集・提供を行うことができる。そのため、従来の渋滞情報より
も格段に情報量が増えるほか、区間毎の渋滞状況を曜日別時間帯別に表示し旅行者の旅行計
画を支援できる。そのほか、高齢者のデータのみを抽出して彼らに優しいルートのみを案内
する等のきめ細かなサービスが可能となる。
図 10 は 愛 知 県 名 古 屋 市 に お い て 1,500 台 の プ ロ ー ブ デ ー タ を 解 析 し た 結 果 で あ る。
WebGIS を用いてリアルタイムの情報の他、過去のデータを集計した平日休日別時間帯別の
渋滞状況を 4 色で表している。ほぼ全ての道路について情報が提供されていることがわかる。
本事例に限っては、データは PhoneGPS ではなく、インターネット ITS 共同研究グルー
プにより車載端末を用いて収集されたものである。本事例は、多くのデータを加工すること
により、行動データだけでなく、渋滞等の社会現象を表現することもできることを示すため
に実験を行ったものである。
図 10.プローブデータを活用した渋滞情報生成
作成:三菱総合研究所
GPS 携帯電話を活用した新たなソリューションの開発
5.おわりに
本研究では、行動分析ツールとしての携帯電話の特性を考察するとともに、実際にツール
を開発した。また、行動分析ツールとしての PhoneGPS によって得られたプローブデータ
の分析ツールとして、
マップマッチングロジックの開発も実施した。PhoneGPS とマップマッ
チングロジックを組み合わせることにより、人や車の移動情報を容易に収集し、精度高くそ
のデータを分析することを可能としている。本論文では、研究成果の具体的な利用事例につ
いても紹介している。
今後も、一層活用の幅を広げるべく様々なシーンでの活用を試みていくとともに、データ
の信頼性等の特性を見極めていきたい。
PhoneGPS は、商用サービスとして既に運用中であり、その機能については特許出願済み
であるが、当面は学術利用に限り、論文等において成果を公表することを条件として、短期
間の少額での利用を許可している。本サービスに興味を持たれた方は、是非筆者までお声か
けいただきたい。
参考文献
[1] 松本修一,貞廣雅史,熊谷靖彦,川嶋弘尚:
「GPS 携帯のプローブパーソン調査への適応性に
関する基礎的研究」
,土木計画学研究講演集 Vol.33(2006).
[2]
朝倉康夫,羽藤英二,大藤武彦,田名部淳:
「PHS による位置情報を用いた交通行動調査手法」,
土木学会論文集 No.653/IV-48 pp.95-104(2000)
.
[3]
MEGURO K.,
‘PCD Collection and Various PCD based Services by Downloadable Mobile
Phone Application’
:
“ Proc. of 13th ITS World Congress”
(2006).
[4]
PhoneGPS http://www.its-club.net/
[5]
目黒浩一郎:
「au ケータイと WebGIS の連携による位置情報管理・分析ソリューション、
『PhoneGPS』」,KDDI 法人ユーザー会セミナー(2007).
[6]
目黒浩一郎,佐藤賢:「行動分析調査ツールとしての GPS 携帯電話の可能性」,土木計画学研
究講演集 Vol.34(2006).
[7] 目黒浩一郎:
「土木計画におけるプローブデータの可能性」,第 35 回土木計画学研究発表会(春
大会)スペシャルセッション「プローブパーソン技術の周辺とその展開」(2007).
[8] プローブパーソン研究会 http://www.probe-data.jp/rental/sys2_index.html
[9] LOGMAP http://orkney.jp/logmap/
[10] 渋谷プローブ通信 http://shibuya-probe.com/
[11] 特願 2007-141494:『移動履歴システム、サーバ及びそのプログラム』
[12] 特願 2005-199883,特開 2007-18314:
『交通データ測定システム』
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