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博士論文審査報告書
早稲田大学大学院 先進理工学研究科 博士論文審査報告書 論 文 題 目 自動車ドライバの運転行動のモデル化と それに基づく制御系設計に関する研究 Study on Modeling Automobile Driver Behavior and Control Design Based on Driver Model 申 請 者 岡本 雅之 Masayuki OKAMOTO 電気・情報生命専攻 インテリジェント制御研究 2012 年 2 月 自動車における電子制御の本格的なはじまりは1970年代のことである.そ の背景には、排気ガス規制強化に伴うエンジン制御への環境性能要求の高まりが あった。これを契機に電子制御の導入が加速し、アンチロックブレーキシステム や電動パワーステアリングをはじめとする多くの新しい制御システムが誕生して 安全性、利便性や快適性の向上が図られた。一方、コントローラであるドライバ が自動車を制御するというフィードバックループの内部にも電子制御という別の コントローラが入って来たことから、二つのコントローラの相互干渉という新た な問題が引き起こされた。例えば、オートマチックトランスミッション制御にお いては、クラッチペダル操作が自動化され運転の負担が軽減するが、一方で、ド ライバは期待する変速と実際の変速との間にずれを感じるという問題が生じた。 また、アクセルとスロットルとの間を接続していたワイヤを電気信号に置換する システムであるドライブバイワイヤにおいては、アクセル操作に対する忠実なス ロットルの制御だけではなくスロットルの反応を抑え燃費向上を図る制御も組み 込まれるため、アクセル操作においてダイレクトな反応を期待するドライバにと ってはダイレクト感の欠如という違和感を与えることになった。二つのコントロ ーラの相互干渉を克服して協調制御を実現する制御系の開発が待望されている。 こ の よ う な 背 景 の も と で 、 本 研 究 は 、 無 段 変 速 機 ( 以 後 , CVT と 略 す ) 車 を 対 象 に( 1 )ド ラ イ バ 特 性 を 考 慮 し た 変 速 制 御 系 の 設 計 、 ( 2 )ア ク セ ル 操 作 の モ デ ル 化 と い う 二 つ の 研 究 課 題 に 焦 点 を 絞 っ て 、新 し い モ デ リ ン グ 手 法 と 制 御 系 設 計 、 さらにドライバモデルを提案し、実機データによる評価および実機試験をおこな ったものである。 以下に各章ごとの概要を述べ、評価を加える。 第1章は序論であり、本研究の背景と関連する従来研究を概観し、それらを踏 まえて本研究の目的を明らかにした後に論文の概要を述べている。 第2章では、本研究で用いるドライバの実車運転データについての計測条件と 解析結果を示して、次章以降で議論する二つの研究課題の要点を明らかにすると ともに、提案手法の実証のための実験の枠組みを与えている。計測条件はつぎの 三 つ で あ る 。( 1 ) テ ス ト コ ー ス に お い て C V T 車 を 用 い た 4 名 の テ ス ト ド ラ イ バ に よ る 計 測 デ ー タ で あ る 。( 2 ) テ ス ト コ ー ス は 全 長 約 4 [ k m ] で 、 直 線 、 緩 急 カ ー ブ 、登 降 坂 や T 字 路 な ど を 含 ん だ 多 様 性 の あ る コ ー ス で あ る 。 ( 3 )テ ス ト ド ラ イバは初級者1名、中級者2名と熟練者1名から成り、運転技量の差がある4名 であり、各ドライバは省燃費走行、通常走行とスポーティ走行の3通りの運転パ ターンで走行し、必要に応じてパドルシフトによるセミオートマチック操作を併 用 し て い る 。 以 上 の 条 件 の も と で 計 測 さ れ た 運 転 デ ー タ の 解 析 結 果 か ら 、( a ) セ ミオートマチック操作の個人差については、運転技量ではなく個々人の嗜好によ 1 る 影 響 が 大 き い こ と 、( b ) あ る 特 定 の 区 間 に お け る ア ク セ ル 操 作 に 着 目 す る と 、 各 ド ラ イ バ に 固 有 の 運 転 傾 向 が あ る こ と を 明 ら か に し て い る 。本 研 究 に お い て は 、 先に述べた二つの研究課題の解決に向けて、これらの知見に着目した方策が検討 されていることを述べて、この章を締めくくっている。 第3章では、一つ目の課題であるドライバ特性を考慮した変速制御系の設計に つ い て 検 討 し 、 Just-In-Time( 以 後 , JIT と 略 す ) モ デ リ ン グ を 用 い た 新 し い 制 御系を提案している。セミオートマチック操作は離散事象であるため、従来の操 作層に対するモデル化のように連続システムとして同定することができない。そ こ で 、 本 研 究 で は 、 複 雑 か つ 非 線 形 性 の 強 い シ ス テ ム に 対 し て 有 効 な JIT モ デ リ ン グ を 採 用 し て い る 。ま ず 従 来 の C V T の 変 速 制 御 系 が 変 速 線 図 と 呼 ば れ る マ ッ プ を主としたコントローラ部分とドライバのシフト操作部分の二つから構成される ことに注目し、この構成に基づいてドライバのシフト操作特性を含めた変速制御 系 全 体 を 非 線 形 シ ス テ ム と 捉 え 、 JIT モ デ リ ン グ に よ っ て 包 括 的 に モ デ ル 化 す る ことで制御系を設計している。変速制御系の出力変数は目標変速比であり、その 下流にあるフィードバックコントローラによって実変速比が目標変速比に追従す る よ う に 制 御 さ れ る 。 一 方 入 力 変 数 は 、 内 界 セ ン サ か ら 得 ら れ る 24 の 候 補 変 数 からステップワイズ法および線形回帰による縮約によって適切に選定されている。 これによってデータベースの肥大化が抑えられ、オンライン適用が可能となって いる。提案制御系による走行試験を行い、カーブ手前などのダウンシフトが必要 な場面において自動的にローギヤ方向へ変速し、その結果ドライバのブレーキ操 作量が低減する等の有効性を確認している。本章の結果は、これまで制御系の構 築 が 困 難 と さ れ て い た ド ラ イ バ の 操 作 特 性 を 含 め た 変 速 シ ス テ ム に 対 し て JIT モ デリングによりこれを可能とし、ドライバの特性を考慮した新しい変速制御系を 提案したものである。実証試験により優れた性能を確認している。 第4章では、二つ目の課題であるアクセル操作のモデル化について検討し、新 しいドライバモデルを提案している。本研究では単独走行時にも利用可能なアク セル操作に焦点を絞ったモデルを検討している。その特徴は、アクセル操作の時 系 列 的 な 振 る 舞 い に 着 目 し 、{ 踏 み 込 む 、一 定 開 度 を 保 持 す る 、戻 す }と い っ た 単 純動作が遷移する系列と捉えてモデル化したことである。本研究ではこの単純動 作を運転素と呼んでいる。踏み込み方や戻し方においてドライバの差異が顕著で あることから、ドライバごとにそれらの運転素を抽出している。もう一つの特徴 は、各運転素を、出力変数をアクセル開度の現在値、入力変数をアクセル開度の 前回値とその変化速度の絶対値の2変数とするダイナミカルシステムとして扱っ ていることである。また変化速度に対して絶対値をとることによって踏み込み動 作と戻し動作の間で回帰係数に符号の違いを現わし、両者を区別して抽出するこ 2 とを可能としている。各運転素の遷移は、踏み戻しを頻繁に繰り返す、あるいは 一定開度を長時間保持するといった特徴があるため、本研究では、アクセル操作 を各運転素が確率的に遷移するハイブリッドダイナミカルシステムと捉え、これ を 確 率 的 区 分 ア フ ィ ン ( 以 後 、 P WA と 略 す ) モ デ ル に よ り 記 述 し て い る 。 確 率 的 P WA モ デ ル の パ ラ メ ー タ 推 定 問 題 は 隠 れ マ ル コ フ モ デ ル の そ れ に 帰 着 さ れ る が 、 B a u m - We l c h ア ル ゴ リ ズ ム か ら 導 出 さ れ る パ ラ メ ー タ 更 新 式 か ら 得 ら れ る の は 局 所最適解であるため、モデルの状態数および初期パラメータを適切に与える必要 が あ る 。こ の 問 題 に 対 し て は 、階 層 ク ラ ス タ リ ン グ に 基 づ く 手 法 を 提 案 し て い る 。 得られた階層構造から最適クラスタ数を推定してそれをモデルの最適な状態数と し、そのときの各状態内のデータから最小二乗回帰により得られたパラメータを 初期パラメータとして与えている。最後に、本章で提案した方法に従って、 第2 章で述べた学習データを用いて4名のドライバそれぞれに対してモデルを構築し、 評価をおこなっている。はじめに階層クラスタリングによって適切な状態分割が 得られることを示し、つぎに平均対数尤度の最大値に基づく評価結果から、提案 モデルが各個人の特徴を捉えていることを確認している。本章では、アクセル操 作 を 運 転 素 と い う ダ イ ナ ミ カ ル シ ス テ ム が 遷 移 す る 確 率 的 P WA シ ス テ ム と 仮 定 することにより、新しいドライバモデルを導出している。導出したモデルがドラ イバ個人の特徴を捉えていることを実証している。 第 5 章 は 結 論 で あ り ,本 研 究 で 得 ら れ た 成 果 と 今 後 の 課 題 に つ い て 述 べ て い る 。 本研究は、電子制御の普及によって新たに生じた自動車におけるドライバの制 御と電子制御の相互干渉という問題に対し、ドライバ特性を考慮した変速制御系 のモデリングと制御系設計、そしてアクセル操作に基づくドライバモデルの構築 という二つの方向から解決策を提案し、それらの優れた性能を実証したものであ る。本論文の成果は、ドライバと電子制御装置の新しい協調制御法を確立したの みならず、協調制御法の新しい方向を示したもので、自動車の制御技術の発展に 寄与するところが大きい。よって、博士(工学)の学位論文として価値あるもの と認める。 2012年2月 審査員 (主査)早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 内田健康 早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 松本 隆 早稲田大学教授 博 士( 工 学 )( 東 京 大 学 ) 村田 昇 早稲田大学教授 博 士( 工 学 )( 早 稲 田 大 学 ) 渡邊 亮 博 士 ( 医 学 )( 京 都 大 学 ) 井上真郷 早稲田大学准教授 3