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解題 - 日本証券アナリスト協会

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解題 - 日本証券アナリスト協会
コピュラ:信用リスク管理の新たな視点
解 題
早稲田大学大学院ファイナンス研究科
教授 森 平 爽一郎
1.なぜ「コピュラ」に注目すべきなのか?
損する仕組みであった。2008年10月29日の時点
ブラック=ショールズモデルで有名なノーベル
で6銘柄デフォルトしていた。その後、2009年
経済学賞受賞者であるショールズは次のように述
4月には全損が確定した旨の発表があった。
べている。
この2つの事実は、ロシア経済危機やリーマン
「…このように市場の崩壊は数学モデルの失敗、
ショックといった市場急落期には、あらゆる資産
とりわけオプション価格評価モデルの失敗だとい
の価値が一斉に低下するという共倒れリスクを、
う声も聞こえてきました。これは、私見になりま
平時にあっても想定し、対策をあらかじめ講じな
すが、この見方は誤りです。…中略…、第3に、
ければいけないことを示唆している。伝統的な「相
ソロモンブラザーズ証券出身のトレーダーは、銘
関係数」が有する問題点を克服した「共倒れリス
柄同士の相関が十分低いために、ポジションの維
ク」の尺度、言い換えれば「裾(テイル、Tail)
持に必要な資金は確保出来ると信じていたからで
依存性」を表現する方法が求められる。それが本
す。ところが、建玉のすべてについて損失が出始
特集のテーマである「コピュラ」である。「コピ
めると、どの相関係数も1に近づいていてしまい
ュラ」と言う統計手法が統計の専門家の間でさえ
ました。もはや、LTCMは建玉を混乱している市
一般的になったのは1980年代になってからであ
場で手仕舞うことはできずに、同社の資本金は吹
る(Nelsen[1999]第1章)。「コピュラ」の一早
き飛んでしまったのです。
(マイロン・ショールズ、
い金融への応用は保険数理、とりわけ生命保険数
「金融工学誕生の秘話」
、Breit and Hirsch[2008]
理で成された。特別な生命保険として連生保険(例
所収)
」
えば、かんぽ生命の「夫婦保険」)は、夫婦が一
同様なことは日本でも形を変えても生じた。ソ
緒に加入することができる生命保険である。問題
フトバンク社はボーダフォン買収資金の借り換え
はこの連生(夫婦)保険の価格をどう決めたら良
に伴う余裕資金750億円を合成CDO(Collateralized
いかである。もし、夫婦の死亡が独立して、互い
Debt Obligation、債務担保証券、吉羽論文2.2節を
にバラバラに生じるのであれば、問題は簡単であ
参照)で運用していた。このCDOは160銘柄で構
る。夫と妻の年齢別のそれぞれの定期(かけ捨て)
成されていたが、そのうち7銘柄が破綻すると
の保険価格を合計したものでよい。ところが、多
456億円の損失が、8銘柄で投資額750億円が全
くの場合夫婦の片方が死亡すると、残された方は
2
証券アナリストジャーナル 2014. 3
早く死亡することが知られている(そうでない事
元になった論文を書いたリーを批判した。最後に
例も少なからずあるかもしれないが!)
。そうな
残ったリーは後ろを振り向いたが誰もいなかっ
らば、夫婦間の寿命の相互関連性、特に寿命分布
た、というのが実情である(斯波論文の冒頭を参
の裾依存性を考慮して連生(夫婦)保険価格を高
照)。
めに設定しなければならない。この様な場合の保
事実、正規コピュラは、「ウォールストリート
険価格決定方法として用いられたのが
「コピュラ」
を 破 綻 さ せ た 公 式(The Formula that Felled Wall
である。
St.)、Jones[2009]」とか「ウォールストリート
では、夫を企業A、妻を企業Bに置き換え、夫
を 死 に 至 ら し め た 公 式(The Formula that Killed
婦の寿命を企業の寿命に置き換え、死亡を企業の
Wall Street)、
Salmon[2012]」との酷評がなされた。
デフォルトに置き換えたらならば、連鎖倒産(川
後 者 の 論 文 は ア メ リ カ 統 計 学 会 の2010年
口他論文参照)を考慮した新しい信用リスク関連
「Excellence in Statistical Reporting Award」 を 受 賞
資産の価格決定が可能になるであろう。
あるいは、
している。
夫と妻を2つの(サブプライム)住宅ローンに置
しかし、コピュラのすべてが悪かったのではな
き換え、同様な問題設定を試みたらどうなるであ
い。数多くあるコピュラの内で「正規コピュラ」
ろうか?
に問題があったのである。今回の4つの論文で等
この点に気が付き、コピュラの応用論文を書い
しく指摘されているように、正規コピュラ以外の
たのがデービット・リー(David Li[2000]であ
コピュラ、例えば t コピュラ(斯波論文を参照)
る。この論文は、統計や確率の基礎さえ分かれば
を用いれば問題は部分的にせよ回避できたのであ
理解が容易であるように書かれたものであったた
る。論文の著者リーは引き続いて、インタビュー
め広く注目を浴びた。リーは日経新聞のインタビ
で次のように述べているように、
ューに対し、冒頭次のように回答している。
「数式はサブプライムローンには適用されるべ
「老夫婦の1人が亡くなると、もう1人も亡く
きでなかった。企業の信用リスクに比べて住宅ロ
なる確率が高まる。そんな統計学的な概念を数式
ーンのリスクは複雑だ。そう何度も訴えたが、理
にした。JPモルガン・チェース系の調査会社にい
解を得るのは難しかった(日経新聞、前掲ページ)」
た2000年、論文にして発表すると電話が殺到し、
つまり、応用分野に問題があったのかもしれな
話題になった(日経新聞、2013年10月13日朝刊
い。
ページ)
」
以下の第2節では、コピュラの直感的な理解を
ところが、サブプライ危機の到来とともに、コ
得るために図を用いた説明をおこなう。アナリス
ピュラ、より正確には正規分布を仮定する「正規
ト1次試験テキスト第3回(小林・本田[2013a]
コピュラ」を用いたサブプライム住宅ローンを原
の知識が既にあれば、この節をとばして、第3節
資産とするさまざまなデリバティブ価格、特にそ
の4つの掲載論文の概略説明を直接参照できる。
のCDOの価格が暴落した。
悪者探しがはじまった。
規制当局は投資銀行を、
2.コピュラ:その直感的な理解
投資銀行は格付け機関を、格付け機関はクオンツ
2.1 コピュラとは
やアナリストを、
そしてクオンツやアナリストは、
コピュラ(Copula、接合分布関数)とは、古く
©日本証券アナリスト協会 2014
3
はラテン語で「連結」を意味することばであり言
語学や論理学において使われことになった。例え
ば、I am Japanese(私は日本人です)という文章
図表1 密度関数、
分布関数、
分布関数による変換(一
様分布)の意味
図1-1 密度関数
f X (x)
では、私(I)と日本人(Japanese)を結びつける
X:日経平均
(確率変数)
0
「am(は、です)
」がコピュラにあたる。統計学
x
やファイナンスでも最近よく使われる言葉に成っ
ている。
1
FX (x)
では、統計学やファイナンスでは、何と何を結
図1-2 分布度関数
びつけるものをコピュラというのだろうか? 答
えは、
「同時確率分布と周辺分布」を結合するの
がコピュラである。例えば、体重(日経225)と
U = F X (X)
0
x:日経平均の
特定の値
X =x
1
は確率変数
図1-3 一様分布の作成
身長(S&P500)の同時分布を、体重(日経225)
0
つけるものがコピュラである。何でこんなことを
1
の周辺分布と身長(S&P500)の周辺分布と結び
−1
X
F (U) = X
X:日経平均
(確率変数)
考えなければいけないのだろうか? 2つの確率
変数の間の関係は、アナリストであれば誰でも知
グラム、つまり密度関数 f(x)で表したものであ
X
っている相関係数や共分散で十分ではないかと思
る。縦軸は日経平均の1年後の特定の価格、例え
われるかも知れない。しかし塚原論文でも指摘さ
ばX=(x=13,000円)が実現する度合い(密度)を
れているように、相関係数は、両者の線形(正比
示しているので密度関数(Density Function)と呼
例)関係を表すものであり、日経225とS&P500
ばれる。1年後の日経平均がx=13,000円以下に
が取りうる価格範囲の限られた範囲に限って成立
なる可能性を示す確率Pr
(X<x)=Pr
(X<13,000)
する関係を示すものでしかない。相関係数がゼロ
は、図1-1の密度関数の下の塗りつぶした面積
であったとしても両者の間に相互関連は存在する
で示される。ここでx=13,000円を一般化して、x
のであり、その関係性を表すようなリスク尺度が
=0円 か らx= 無 限 大 ま で に し て 示 し た の が
必要になる。それがコピュラである。
図 1-2 で あ る。 こ れ を 累 積 密 度 関 数(cdf:
Cumulative Density Function)、あるいは分布関数
2.2 コピュラとはなにか:絵を描いて理解する
と 呼 ぶ。 数 式 で はF(x)
と 表 現 す る。 つ ま り
X
コピュラの理論的な側面については、斯波論文
図1-2の横軸は、一年後の日経平均株価が縦軸
と塚原論文で詳細に示されているが、ここでは、
で示される日経平均の特定の値 X=x以下になる
Meucci[2011]を参考にいくつかの図を用い両
確率を示している。当然縦軸の値は最低ゼロ(ゼ
論文で使われている数式の意味をまず理解するこ
ロ円以下になる確率はゼロ)、最高1(無限大以
とにしよう。
下になる確率は1)である。
図表1の一番上の図1-1は横軸に将来株価、
図1-3は、図1-2の横軸が1年後の日経平均
例えば1年後の日経平均株価 X を置き、縦軸は、
の特定の値であったのに対し、今度は日経平均の
1年後の日経平均価格の可能性を連続的なヒスト
あらゆる可能な値、従ってランダムに変動する日
4
証券アナリストジャーナル 2014. 3
経平均の値を与えた時に縦軸の値がどうなるかを
たことをS&P500株価指数についても同じことを
考えたものである。横軸で示される原因が1年後
行 い も う 1 つ の 一 様 分 布 を 計 算 し て み よ う。
の日経平均の可能なランダムな値(確率変数)な
図表2の右上はこの結果得た2つの一様分布を散
ので、結果として図1-3の縦軸の値も確率変数
布図として示したものである(斯波論文の図表8、
になる。ではこの結果はどのような確率分布に従
図表10はおおよそこの図表2の散布図に対応して
斯波論文の2.4節で厳密に証
いる)。一様分布は、日経平均とS&P500という
うのであろうか?
明されているように、
[0,1]区間に分布する一様
2つの周辺分布が持つ情報は失っているものの、
分布になる。
残った2つの株価指数を示す分布関数間の「相関」
ここで注意すべきことは、このような変換を施
や「関係性」を依然として保持している。これが
す意味を理解することである。一見すると無意味
コピュラである。言い換えれば、コピュラは同時
な変換のように思われる。なぜなら、図1-1で
確率分布FX,(x,
y)から周辺分布が有する情報を
Y
は横軸で示される1年後の日経平均株価の可能性
取り去ってあとで残ったもの同士の同時分布であ
を山型の確率「密度」として表していたものが、
る。図表2の右上の散布図であるコピュラは、斯
変還後の図1-3では、そうした情報が、一様に
波論文の式⑴と⑵、塚原論文の式⑶と⑵に対応し
分布する確率変数によって、全く打ち消されてし
ている。
まっているからである。
さらに、斯波論文の2.5節で説明されているよ
変換を施す意味は、同様のことを別の確率変数
うに、図1-3で得た日経平均に対応する一様分
に対しておこない、何が言えるかを考える必要が
布を、それとは異なる任意の分布関数の逆関数(斯
ある。図表1で日経平均株価を例にとって説明し
波論文節2.3)をもちいて他の分布に従う確率変
図22 変量コピュラの概念
図表2 2変量コピュラの考えかた
U X = FX ( X )
一様分布
UY = FX ( X )
C ( u x , u y ) = Pr ( U X < u x , UY < u y )
1
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
● ●
●
●
●●
●
●
X:日経平均
(確率変数)
●
1
0
X=x
●
1
U y = F Y (Y )
一様分布
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
● ●
●
●
Y=y
●
●
●
●
●
●
FX,Y ( x,y
©日本証券アナリスト協会 2014
)
Y: S&P500
(確率変数)
1
2変量同時分布
5
数に(単調)変換することができる。こうした変
塚原論文で言及される順位相関などは上記テキス
換は図表3に示されている。図で①→②→③→④
トで説明されていないので説明に注意すべきであ
という道順をたどってみれば、数式で表現された
ろう。その後、もっとよく使われる正規コピュラ
直感的な意味を理解することが出来る。こうした
の考えかたを数式と図をもちいて説明をしてい
単調変換された物同士についてのコピュラは変換
る。正規(ガウシアン)コピュラは「分布のファ
前確率変数についてのコピュラの性格を変えな
ットテール」や異なる資産分布の裾同士の相関を
い。その意味で、コピュラは極めて柔軟な性格を
十分把握出来ていないが、 t コピュラはこの問題
有する「関係性」の尺度なのである。
を少なからず解決できることを数値例とグラフを
使って説明している。図表8、9、10と関連の図
3.各論文の概要
表が何を意味しているのか、どの様な手順で描か
掲載論文はコピュラの基礎理論と拡張を説明し
れているのかを理解することが、応用のみに関心
た斯波、塚本論文、コピュラ理論の金融面への応
のある読者にとっても重要であろう。
用を議論した吉羽、川口他論文の4編からなる。
斯波論文では、コピュラ理論の入門的な解説が
なお最初の2篇のコピュラ理論論文を理解するた
成されたあとで、正規コピュラを用いて、企業の
めには、
証券アナリスト試験テキストである小林・
デフォルトが債務超過によって生じると考え、デ
本田[2013a]の第2章「統計学の基礎」が最低
フォルト確率を計算する方法を説明している。前
限必要である。また小林・本田[2013b]の第5
半の理論の理解は、この応用例を参照することで
章「分布のファットテール」も参考になる。
も深めることができる。なお、これは吉羽、川口
他論文でマートンモデルとして言及されているも
斯波論文「ガウシアンコピュラの信用リスク管
のであり、他の応用事例を理解する上でも重要で
理への1応用について」では、まずコピュラを理
ある。また、ここで説明されたデフォルト確率計
解するための分布論に関する復習をおこなう。逆
算の方法は、いわゆるBIS-IIあるいはIII規制のも
分布関数(パーセンタイル点)や2変量 t 分布、
と、銀行、保険、証券会社が準備しなければいけ
図表3 XをZに変換:任意の確率変数Xを①→②→③→④という道順をたどることにより標準正規確率変数Zに
変換をする(斯波論文2.5節)
U = FX (X)
U = F Z (Z)
1
u = FX (x)
1
>
②
>
③
FZ−1 ( F X ( x ) ) = z
0
X =x
任意の確率変数Xを
一様乱数Uに変換
6
④
X
0
1
①
Z=z
Z
を平均ゼロ、
分散1の標準正規分布の
分布関数によりZに変換
証券アナリストジャーナル 2014. 3
ない最低必要自己資本算定を計算するためにも用
つまりダイナミック・コピュラを考えるものであ
いられている。リーマンショック時に欧米の投資
り、他の一つは、3資産以上の多資産の相互依存
銀行が十分な自己資本を保有していなかったこと
性を直接検討し、比較的容易に実装可能なコピュ
が非難されているが、その責任の一端は正規コピ
ラの可能性を考えるものである。前者はいわばコ
ュラに基づく自己資本比率規制にあったことも、
ピュラの確率過程を考えようとするものである。
斯波論文を良く理解すれば分かるであろう。
後者に関しては、これまでのコピュラの実務への
塚原論文「接合分布関数(コピュラ)―その類
適用が、2資産をペアにした時のコピュラ、ある
型と理論の展望―」は、斯波論文を受けて、正規
いは多資産に共通するごく少数の共通ファクター
や t コピュラ以外のさまざまなコピュラについ
を想定することにより、計算負荷を軽くし、理論
て、それらを相互に比較検討している。まず、関
的な複雑性を回避しようとするものであったの対
連性の尺度としてよく用いられている「ピアソン
し、ヴァイン・コピュラと呼ぶ多数資産の相互依
の相関係数」の問題点を指摘したあとで、それに
存性を直接取り扱える方法の可能性を議論してい
変わるものとしてコピュラの重要性とそれが満た
る。
すべき3つの基本条件を説明している。
吉羽論文「コピュラの金融実務での活用の展望」
またコピュラによる相互依存性を測る尺度とし
では、先の2論文で明らかになったコピュラを金
ての順位相関、特にケンドールのτ(タウ)につ
融においてどのような応用が可能であるのか、ま
いて説明が行われている。ケンドールのτは川口
た応用にあたってどのような点に注意すべきかを
他論文での応用例を理解する上でも重要である。
議論している。金融実務への応用としては、1)信
さらに、分布の裾同士の相互依存性の大きさを測
用リスク管理、2)市場リスク管理、3) ERM
る「裾依存性係数」が説明されている。コピュラ
(全社的リスク管理)への適用例が示されている。
に関するこうした基本概念を明らかにした上で、
信用リスク管理に関しては、まずCDO(債務
さまざまな異なるコピュラ関数について言及して
担保証券)の理論価格決定においてコピュラが果
いる。吉羽、川口他による応用論文では、塚原論
たす役割について議論をしている。とりわけ、正
文で説明されているさまざまなコピュラを用いた
規コピュラについて、それがリーマンショック時
実証結果が示されている。応用事例を理解する上
のCDO価格の暴落をよく説明出来なかった理由
でも、ここで示されたいくつかのコピュラの持つ
であることを、仮想ポートフォリオを用いて検証
特徴を、それらの数式と対応する図表1から図表3
している。正規コピュラは、価格急落時の分布の
を通じて理解することが大事であろう。異なるコ
裾依存性を無視するようなものであったことを、
ピュラを用いることで、分布の裾依存性がどの様
他のさまざまなコピュラを用いた時と比較して結
によく表現出来ているかを図表からも理解するこ
論づけている(図表1を参照)。信用リスク分析
とが肝要である。
におけるもう一つの応用事例としては、信用リス
塚原論文ではこうしたこれまでにもよく用いら
クのある与信ポートフォリオの将来の損失分布の
れているコピュラのみならず、コピュラの理論の
VaR(バリューアットリスク)推定に、どのよう
最近の動向を展望している。一つは将来1時点の
なコピュラを用いるべきかがある。同じ特性を有
コピュラを考えるのでなく、
時系列でのコピュラ、
する1万社からなる与信ポートフォリオのVaR
©日本証券アナリスト協会 2014
7
を、4つのコピュラをもちいた時のVaR計算例が
資産価値モデルを前提にせずに、直接取り扱える
図表2に示されている。この場合は、正規コピュ
手法としてヴァイン・コピュラを勧めているが、
ラ以外のコピュラは「共倒れ」リスク、つまり裾
川口・山中・田代論文「コピュラの実務への適用
依存性を正規コピュラより良く捉えていることが
例―与信集中リスク評価への応用―」は、このヴ
明らかになっている。
ァイン・コピュラをもちいて与信ポートフォリオ
吉羽論文では、さらに市場リスク管理において
における多くの業種への分散投資効果、言い方を
も正規コピュラ以外のコピュラの方が、相場急落
かえれば、業種集中与信リスクを計測し、多次元
時の共倒れリスク、すなわち裾依存性を良く示す
の正規コピュラを用いた時と、与信ポートフォリ
ことができることをいくつかのシミュレーション
オのVaRがどの様に異なるかを、仮想的なポート
事例で明らかにしている。一つは、米国、欧州、
フォリオを構築して検証をしている(図表7と
日本の株価指数から計算された投資収益率の2カ
8)。この論文の実証結果と塚原論文のヴァイン・
国ずつをペアにしたときの裾依存性を(図表4
コピュラに関する理論的な説明を比較検討するこ
で)、もうひとつは日本の株と債券の日時リター
とによりヴァイン・コピュラの理解をより深める
ン の 相 互 依 存 性 を、 リ ー マ ン シ ョ ッ ク を 含 む
ことができるであろう。ヴァイン・コピュラは先
2007年10月~ 2012年9月の期間で、正規コピュ
端的なテーマでありその応用例の公刊は数少な
ラとそれ以外のいくつかのコピュラを用いて検討
い。この論文はそうした意味でも貴重である。
し、債券と株をそれぞれ500億円投資したポート
フォリオのリスク量を計算している(図表5)
。
本特集号における4つの論文では、コピュラと
金融機関は信用リスク、市場リスクをはじめさ
は何か、どのようなコピュラがあるのか、コピュ
まざまなリスクを抱えている。これなどのリスク
ラを実際の世界に適用するにあたってはどのよう
の間の相互依存性を考慮して、金融機関全体とし
な注意を払うべきか、といったことを議論してい
て合算をした、例えばVaR等のリスク量を計算す
る。とりわけ、すべての論文に共通するのは「正
る 必 要 が あ る。 こ れ が 最 近 注 目 を さ れ て い る
規コピュラ」は景気後退期、とりわけ恐慌時にお
ERM(全社的リスク管理)である。
ける資産価格分布の裾依存性、砕けた言い方をす
さらに、こうしたコピュラを実際の金融実務に
れば「共倒れリスク」を良く表現出来ないという
適用するにあたって、理論との整合性に注意を払
ことであった。また議論をすすめて、正規コピュ
いつつ、1)
どのようなコピュラを選択すべきか?
ラに変わるコピュラは何であるかということが議
その基準とは、2)さまざまなコピュラを性格づ
論された。
ける分布パラメータの推定方法、3)
解析解が
コピュラを理解することなくして、リスク管理
得られない時、モンテカルロ法を用いたコピュラ
を論ずることはできない。例えば、正規コピュラ
の実装にあたっての問題、などに注意を払うべき
の問題点がこれだけ指摘されながらも、多くの主
であるとしている。
要金融機関に適用されるBIS-IIの自己資本比率規
制では、依然としてリスク調整後の自己資本比率
塚原論文では3資産以上を考えた時、それらの
の計算に当たり分母の計算には正規コピュラが使
間の相互依存性を、一要因モデルのような単純な
われている。サブプライム危機を踏まえた新しい
8
証券アナリストジャーナル 2014. 3
BIS-III規制では、分母の計算方法を変更せずに、
自己資本比率計算にあたり、1)分子のコア自己
資本の定義を厳格化し、2)国際的な資金調達を
行う銀行が満たすべき必要最低限の自己資本比率
を引き揚げる、という2点をもって規制の「厳格
化」を図っている。しかしこれに対して、本質的
な解決に成っていないという批判もある。こうし
た事例からも、リスクに日々直面しているアナリ
ストにとっては「コピュラ」の理解が必須のもの
であろう。
〔参考文献〕
『計量分析と統計学(1)』、
小林孝雄・本多俊毅[2013a]、
証券アナリスト1次レベルテキスト、証券分析と
ポートフォリオ・マネジメント、第3回、2013、
第2章、「統計学の基礎」.
小林孝雄・本多俊毅[2013b]、
『計量分析と統計学(2)』、
証券アナリスト2次レベルテキスト、証券分析と
ポートフォリオ・マネジメント、第1回、2013、
第5章、「分布のファットテール」.
©日本証券アナリスト協会 2014
、
『信用リスクモデル』
、証券アナ
森平爽一郎[2013]
リスト2次レベルテキスト、第10回、第5章、同
時デフォルト確率(JPD)とデフォルト相関、第6
章 ポートフォリオの信用リスク.
Breit, William and Barry T. Hirsch,『金融経済の進化に寄
与したノーベル賞経済学者たち―碩学の学究生活
講演録』
、 村 中 健 一 郎 訳、 金 融 財 政 事 情 研 究 会、
2008.
Jones, Sam[2009]
“The Formula that Felled Wall St,”
FT Magazine, April, 24.
Li, David X[2000]
“On Default Correlation: A Copula
Function Approach,”The Journal of Fixed Income,”, 9
(4), 43-54.
Meucci, Attilio[2011]
“A New Breed of Copulas for Risk
and Portfolio Management,”
(May 22, 2011). Risk, 24,
9, 122-126.
Nelsen, R. B.[1999]An Introduction to Copulas(Lecture
Notes in Statistics No. 139).
Salmon, Felix[ 2012 ]
“The Formula that Killed Wall
Street,”Significance 9(1), 16-20. Also published in
Wired Magazine 17( 2 )in the title of“Recipe for
Disaster:The Formula that Killed Wall Street,”.
9
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