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将来のネットワークを目指す 日米欧の研究開発動向

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将来のネットワークを目指す 日米欧の研究開発動向
GENI
新しい時代のネットワークを目指すR&Dの取り組み
The Network of the Future
AKARI
将来のネットワークを目指す
日米欧の研究開発動向
にしざわ
将来のネットワークを目指す研究に新しい動きが出てきています.米欧で
ひ で き
ふじわら
まさかつ
西沢 秀樹 /藤原 正勝
は全米科学財団や欧州委員会等が将来のネットワーク実現に向けた研究プロ
よこやま
かなざわ
すぐる
ジェクトを発足させ,日本では独立行政法人情報通信研究機構が中心となり
横山 稔 /金澤
傑
みのる
将来のネットワークに関する研究を推進しています.本稿では日米欧の研究
NTT研究企画部門
動向を紹介します.
米科学財団(NSF)は,全く新しい
新しいネットワーク・アーキテクチャや
ネットワーク・アーキテクチャや要素
要素技術を開発するためのテストベッ
技 術 の研 究 を助 成 するためにF I N D
ド と し て GENI( Global Environ-
近年,インターネットが社会インフ
( Future Internet Design) という
ment for Network Innovations)
ラと認知されるようになり,インター
研究プロジェクトを設立しました.ま
ネット上でさまざまなサービスが広まる
た,現在のインターネットはインター
一方,インターネットが抱える限界が
ネット・プロトコル(IP)を前提とし
FINDは,将来のネットワークに関
指摘されています.こうした問題に対
ており,IPにとらわれない革新的な技
する有望な研究テーマに対して,2006
する根本的な解決策を白紙の状態から
術を現用ネットワークに取り入れてい
年から大学を中心にファンディングを
議論し,将来のネットワークを目指す
くことが難しいことから,NSFは全く
開始しました.FINDのファンディン
将来のネットワークに向けた研究
機運の高まり
の構築を計画しています(図1(a)).
(1) FIND
研究プロジェクトが各国で立ち上がっ
ています.本稿では,日米欧のそれぞ
れの代表的なプロジェクトを取り上げ,
各プロジェクトの特徴を分析し,考察
します.
全米科学財団
(NSF)
設立
(2006-2007年に2千万ドル)
FIND
ファンディング
(3年間で1千2百万ドル)
GENI
■米 国
インターネットが登場してから30年以
42テーマ
(a) 米国
米欧における将来のネットワーク
に向けた取り組み
ファンディング
(2006-2007年)
欧州委員会
設立
ファンディング
The Network
(EC)
of the Future
(2007-2008年に約2億ユーロ)
(2007-2008年)
第7次研究フレーム
ワーク・プログラム
設立
ファンディング
FIRE
(FP7)
2007-2013年
ドを含む) (2008年)
(2007-2008年に約5千万ユーロ) (テストベッ
上が過ぎ,既存のインターネットに対
46テーマ
14テーマ
(b) 欧州
してセキュリティ,QoS(Quality of
Service),安定性等の点での限界を
指 摘 する声 があります. 米 国 では,
2000年ごろより,現在のインターネッ
トを設計理念から見直して将来のネッ
トワークを構築する「クリーン・スレー
ト・インターネット構想」が議論される
(1)
ようになりました .これを受けて,全
50
NTT技術ジャーナル 2008.11
独立行政法人情報通信研究機構
(NICT)
AKARIアーキテクチャ設計プロジェクト
(AKARI)
連携
新世代ネットワーク推進フォーラム
(c) 日本
研究プロジェクト
テストベッド
図1 日米欧の将来のネットワークを目指す代表的なプロジェクト
ブロードバンド性の追求
ユビキタス性の追求
アジリティの追求
特
集
(4)
グの特徴は,公募段階では将来のネッ
題の中でもっとも多くの予算が割り当
トワークの全体像を特定せず研究領域
てられており,新しいビジネスを生み
FIREに は The Network of the
に重点分野を設定していない点と,基
出し経済的好機をもたらすものと期待
Futureと同様,大学に加えて産業界
礎研究を中心として短期的成果を求め
されています.2007年,FP7の情報通
からも多 くの企 業 が参 加 しており,
ていない点です.
信分野の中に,欧州が有線・無線分野
2008年春にファンディングを行って同
においてより強固なリーダシップを確立
年夏に研究が始まりました.
FINDが掲げる将来のネットワーク
ビジョンは以下のとおりです.
① 社会の信用を得られる価値ある
ものであること
② 現実世界とバーチャル世界をつ
なげることが可能であること
③
ユビキタス・コンピューティン
グ環境をサポートするものである
こと
④ さらなる技術革新を促進するも
することを目的とした“The Network
of the Future”と,テストベッド構
築と探索的な長期研究助成のための
FIRE( Future Internet Research
を行っています .
日本における将来のネットワーク
に向けた取り組み
日本では,国際競争力強化に向け,
a n d E x p e r i m e n t )という研究プロ
既存の技術の延長ではない,新しい設
ジェクトが設立されました(図1(b)).
計思想・技術による「新世代ネット
(1) The Network of the Future
ワーク」基盤の実現に向けた取り組
The Network of the Futureは ,
みが始まっています.(独)情報通信研
将来のネットワークに関する有望な研究
究機構(N I C T )は,新世代ネット
テーマに対して2007年よりファンディ
ワークのアーキテクチャ確立とこれに
ングを開始しました.The Network
基づいたネットワーク設計図の作成を
GENIは現在計画・設計段階にあ
of the Futureのファンディングの特徴
目的として,2006年に「AKARIアー
り,2010∼2011年ごろにテストベッ
は,公募段階では将来のネットワーク
キテクチャ設 計 プロジェクト」
ド構築を開始し,2015年ごろに構築
の全体像を特定せず研究領域に重点分
(AKARI)を発足させました.さらに
を完了する予定です.
野を設定していない点と,産業界から
2007年には,産官学によるオール・ジャ
GENIは,新しいプロトコルや新し
多くの企業が参加し,高速無線通信
パン体制での検討を加速するために
いネットワーク・アーキテクチャの実験
などについて,基礎研究だけでなく応
「新世代ネットワーク推進フォーラム」
を可能にするため,プログラマブル・
用・商用化に近い研究テーマも含んで
ルータと呼ばれるノードを適用してい
いる点です.
のであること
(2) GENI
ます.また,無線ネットワークと接続
してセンサなどの多種多様な端末を
使った実験が可能になっています.さ
らに,スライシング技術により,1つ
の物理ネットワークを複数の論理的な
The Network of the Futureは ,
次の3つをターゲットとして掲げてい
(3)
ます .
①
ユビキタス・ネットワーク基盤
とアーキテクチャ
が設立されました(図1(c)).
(1) AKARI
AKARIは,将来のネットワークを設
計するためのアプローチとして,現在
のしがらみにとらわれずに白紙から理
想のネットワークを設計し,それを実
現することを目指しています(図2).
ネットワークとして分割することが可
② 未来のネットワーク基盤向けに
A K A R I は2 0 0 7 年に「新世代ネット
能になり,GENIのネットワーク資源
最適化された制御,管理,柔軟性
ワークアーキテクチャ AKARI概念設
を研究者間で効率よく利用することが
(2)
③
未来のインターネットのための
(5)
計書
」を発表し,この中で,プロト
できます .
要素技術とシステム・アーキテク
コルのレイヤ構造が複雑化し,システ
■欧 州
チャ
ム全体としての信頼性を保つことが困
(2) FIRE
難であるなど,現在のネットワークが
欧州委員会(EC)は,欧州全体で
の国際競争力・技術力の向上を目指
FIREは,将来のインターネットを目
抱える課題を整理し,大容量,スケー
した研究開発のプログラムである第7
指した革新的研究を机上検討だけにと
ラブル,オープン性,頑強性,安全
次フレームワーク・プログラム(FP7)
どめるのではなく,コンセプトの妥当
性,多様性など,11項目に及ぶ将来
を設立しました.FP7の中でも「広
性やユーザへの社会的・経済的影響
のネットワークの設計要求を導出して
域・高信頼なネットワーク・サービス
を実証することをねらいとし,テスト
います.さらに,現状のパケット交換
基盤」については,情報通信分野の課
ベッドの構築と長期研究の助成の両方
をより大容量・低コストにする,光パ
NTT技術ジャーナル 2008.11
51
新しい時代のネットワークを目指すR&Dの取り組み
ケット交換などの光通信技術をベース
とした新たなコンセプトのネットワーク
や,これを実現するための光スイッチ
や光バッファなどを重要な要素技術と
新世代
ビジョン
して提案しています.
2011年度には「AKARI新世代ネッ
トワーク設計図」を完成させ,2016
改訂版
次世代ネットワーク
年度に構築技術を確立する予定です.
(2) 新世代ネットワーク推進フォー
①理想のネットワークを設計する
②そこへ向かって移動
ラム
「新世代ネットワーク推進フォーラ
ム」(図3)には,総務省や,NTT・
過去
次世代ネットワーク
(NGN)
現在
KDDIなどの国内キャリア等,多くの
企業・大学等が参加しています.既存
2005
技術にとらわれることなく,戦略的・
2010
2015
(年)
出典:AKARIアーキテクチャ設計プロジェクトWebサイトより作成
総合的に研究開発を推進することを目
図2 AKARIの研究アプローチ
指しています.AKARIを中心とした
NICTでの新世代ネットワークのアク
ティビティと連携して,日本全体の戦
略を構築していく予定です.
日米欧の研究の特徴
総会
会 長:齋藤忠夫 東京大学名誉教授
副会長:青山友紀 慶応義塾大学教授
伊藤泰彦 KDDI副社長
宇治則孝 NTT副社長
日米欧による将来ネットワークを目
研究開発戦略ワーキンググル−プ
基礎研究から応用までの研究開発戦略の検討
(方針,ロードマップ)
新世代ネットワーク推進委員会
アセスメントワーキンググループ
指した主な研究プロジェクトの特徴に
ついて,主な研究領域,メンバ構成,
新世代ネットワークの社会・経済的側面の検討
幹事会
テストベッドネットワーク推進ワーキンググループ
テストベッドネットワーク,実証実験等の推進
研究アプローチの観点から分析します.
企画推進ワーキンググループ
(1) 主な研究領域
新世代ネットワークのビジョン共有・発信,啓発活動
FINDと The Network of the
出典:新世代ネットワーク推進フォーラムWebサイトより作成
Futureがファンディングしている研究
テーマを技術の領域別にマッピングし
図3 新世代ネットワーク推進フォーラム組織図
たものを表に示します.
米国FINDの全42テーマ(2008年
を反映しているといえます.
FIREについても研究テーマのうち約
現在)のうち,次世代プロトコルに関
欧州The Network of the Future
60%が無線に関するテーマであること
する研究は22テーマ(全体の52%)
の全46テーマ(2008年現在)のうち,
から,無線通信研究を重視している点
ともっとも多く,続いて異種ネットワー
高速無線通信に関する研究が25テー
が欧州における将来のネットワーク研
クの接続が18テーマ(全体の43%),
マ(全体の54%)ともっとも多いこと
究の特徴であるといえます.
オーバーレイ・ネットワークが13テー
に対し,光伝送に関する研究はわずか
日本のAKARIは,特に光通信技術
マ(全体の31%)となっています.こ
6テーマ(全体の13%)です.The
を新しいアーキテクチャの重要な要素
れは,米国がインターネットに対する
Network of the Futureは有線・無
としており,光分野研究を重視してい
課題を,設計理念から見直し,プロト
線両分野の研究を目的としていました
る点が日本における将来のネットワー
コルやアーキテクチャの検討を行うこ
が,実際には,有線に比べて無線の
ク研究の特徴であるといえます.
とによって解決しようとしている状況
テーマの比重が非常に高いこと,また,
52
NTT技術ジャーナル 2008.11
特
集
表 欧米のファンディング受領テーマの領域別マッピング(テーマ延べ件数)
研究領域
オーバーレイ ダイナミック 次世代
攻撃検知
・ネットワーク
QoS
プロトコル ・防御
光伝送
高速無線 異種ネット センサネット ソフトウェア
通信
ワークの接続 ワーク
無線
FIND
13
10
22
7
2
2
18
2
5
The Network
of the Future
7
8
13
3
6
25
19
2
10
* 研究領域はNTTが定義したものであり,研究テーマが1テーマで2つの領域にまたがる場合には,それぞれの領域に1件ず
つ加算
(2) メンバ構成
米国では,基礎研究の促進・支援
がNSFのミッションであることから,
今後の展開
将来のネットワークに関する研究は
FIND・GENIともに大学を中心とし
始まったばかりであり,各プロジェク
たメンバで研 究 が進 められており,
トの描くネットワーク・アーキテクチャ
AT&Tやベライゾンなどのキャリアは
や要素技術はまだ具体化していません
今のところこれらのプロジェクトに参加
が,現時点の方向性としては以下のよ
していません.
うに特徴付けることができます.
欧 州 FP7の The Network of the
・米国は次世代プロトコルなどの基
FutureとFIREの2つのプロジェクト
礎研究の割合が高く,大学中心
では,産官学が連携して研究が進めら
の活動で,公募の段階では研究領
れており,BTやFTなどのキャリアも参
域に重点分野を設定していない
加しています.
・欧州は高速無線通信を中心に無
日本では,これまではNICTや大学
線研究の割合が高く,産官学が
を中心に将来のネットワーク研究が進
連 携 して基 礎 から応 用 までを
められてきましたが,新世代ネットワー
研究対象とし,公募の段階では研
ク推進フォーラムの設立を通じて多く
究領域に重点分野を設定してい
の企業が参加することにより,産官学
ない
連携による国を挙げての活動に発展し
つつあります.
(3) 研究アプローチ
米欧では,公募の段階で将来のネッ
■参考文献
(1) D. Clark and, M. Blumenthal:“Rethinking the
design of the Internet: The end to end
arguments vs. the brave new world,”TPRC
submission, Sep. 2000.
(2) The GENI Project Office:“ GPO GENI
Overview Presentation,”March 2008.
(3) P. Stuckmann and R. Zimmermann:“Towards
Ubiquitous
and
Unlimited - capacity
Communication Networks -European Research
in Framework Programme 7,”European
Commission, May 2007.
(4) FIRE Scientific and Industrial Preparatory
Expert Groups:“The European FIRE Future
Internet Research and Experimentation
Activities,”Draft Version 14, June 2007.
(5) AKARIプロジェクト:“新世代ネットワーク
アーキテクチャ AKARI概念設計書,”2007.
(6) 高原・葉玉・本橋・滝川:“ネットワークイ
ノベーションを目指す研究開発の取り組み,”
N T T 技 術 ジ ャ ー ナ ル ,V o l . 2 0 ,N o . 1 1 ,
pp.44-49,2008.
(7) 塩本・井上・武田・茶木・赤池・長谷川:
“パケットサービスの新たなパラダイムを目
指して,”N T T 技 術 ジ ャ ー ナ ル , V o l . 2 0 ,
No.11,pp.60-66,2008.
(8) 神野・木村・日比野・上原・久々津・伊藤・
松岡:“超高速大容量ネットワークの実現に
向 け て ,” N T T 技 術 ジ ャ ー ナ ル , V o l . 2 0 ,
No.11,pp.54-59,2008.
(9) 高橋・赤羽・松尾・太田・原田・岡田:“多
様なモノのネットワーク化に向けて,”NTT
技術ジャーナル,Vol.20,No.11,pp.67-71,
2008.
・日 本 は光 通 信 を重 点 領 域 とし,
研究の初期段階から全体アーキテ
クチャ検討を行い,設計図作成か
ら着手している
トワークの全体像を特定せず,また研
今後,日本の産業力向上・国際競
究領域に重点分野を設定せずに幅広く
争力強化のためには産官学がそれぞれ
ファンディングを行っています.
役割分担し,世界に先駆けて基盤技
一方,日本のAKARIは当初より光
術を固めていくことが重要です.NTT
の技術をベースとして全体アーキテク
研究所は,将来のネットワークに向け
チャ検討を行って設計図作成から着
た研究開発(6)∼(9)を推進するとともに,
手して,トップダウン的なアプローチ
新世代ネットワーク推進フォーラムの
を取っている点が,米欧のアプローチ
メンバとしてオール・ジャパン体制で
とは異なります.
の戦略的な取り組みにも貢献していき
ます.
(後列左から)藤原 正勝/ 横山
稔
(前列左から)金澤 傑/ 西沢 秀樹
NTT研究所と協力して,将来のネットワー
クを目指した研究を推進し,新世代ネット
ワーク推進フォーラムのオール・ジャパン
体制での取り組みに貢献していきます.
◆問い合わせ先
NTT研究企画部門
R&Dビジョン担当
TEL 03-5205-5368
FAX 03-5205-5369
E-mail h.nishizawa
hco.ntt.co.jp
NTT技術ジャーナル 2008.11
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