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大和と世界帝国を結んだ遣唐使、随想風に(上野 誠氏)

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大和と世界帝国を結んだ遣唐使、随想風に(上野 誠氏)
大和と世界帝国を結んだ遣唐使、
随想風に
奈良盆地を歩いていると、古い氏族の氏
名となっている地名に出逢うことがある。
上野
誠
が乗っていた。古く稲淵の地は、﹁みなぶち﹂
平群︵平群町︶、安倍︵桜井市︶、そして稲
奈良大学
教授
﹃ 万 葉 集 ﹄ の 時 代 は、
い う ま で も な く、
遣唐使の時代でもあった。したがって、﹃万
と称されていた。明日香の水源に接する地
淵など。つまり、かの地は、これらの氏族
入唐した。同じ船には、高向玄理、僧旻ら
葉集﹄そのもののなかにも、遣唐使関係歌
という意味だろう。まさに、ここは明日香
川に接したムラなのだ。
広成がいるのである。隋唐より東方、﹁海東﹂
在の稲淵という集落に住んでいた南淵請
この故郷から、隋に旅立ったのだ、と。現
私は、明日香川の上流を歩いていて、ふ
とこんな感慨に捕らわれたことがあった。
中国に一大帝国ができ、今後、東アジアの
の情熱が、時代を動かすのである。彼らは、
はじまるのである。いつの時代も、留学生
こに、大宝律令施行へと繋がる国政改革が
になった。これは、学問制度についても同
法体系のもとに国家が運営されていること
いては、規模は別として、表面上は、同じ
日本の律令制度は、中国の律令制度を手
本としている。つまり、八世紀の時点にお
氏族出身者のひとりに、阿倍仲麻呂、平群
当時の東アジア世界において、比肩する
ことなき大帝国、隋そして唐に、この地か
と呼ばれた辺境の倭、日本。倭、日本から
の根拠地の一つであったはずである。その
というものがあり、本号では、万葉遣唐使
関係歌が一瞥できるように、小田芳寿編に
よる歌抄があり、簡便な解説を付けた。こ
れによって、読者は、万葉集と遣唐使との
ら旅立っていったのであった。帰国した彼
旅立っていった人びとのなつかしい﹁故郷﹂
安 は、 か の 地 の 地 名 を と っ て 氏 名 と し た
情勢に変化が起こることを肌で感じたので
じで、最高学府である﹁大学﹂も、一応同
直接的な関係を知ることができる。
らは、国政の一元化による中央集権化が喫
なのである。
渡 来 系 の 氏 族 で あ っ た。 推 古 天 皇 十 六 年
あろう。
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緊の急務であることを説くことになる。こ
︵ 六 〇 八 ︶ に 、 遣 隋 使・ 小 野 妹 子 に 従 っ て
4
大和と世界帝国を結んだ遣唐使、随想風に
によって、日本の大学で学んだ若者が、唐
化が図られることになったのである。それ
い。つまり、ここに日唐の学問制度の共通
じカリキュラムで学習が行われたとみてよ
が帰国するにあたり、王維が書いた詩の序
のような文章になるのである。阿倍仲麻呂
知の共同体に入らない者には、まるで暗号
ことを前提に詩文を綴ることになる。逆に、
蛮夷之邸。
司儀加等。位在王侯之先。掌次改観。不居
物于天子。
歴歳方達。継旧好于行人。滔天無涯。貢方
名成太学。官至客卿。必斉之姜。不帰娶于
始通于上国。
魯借車馬。孔丘遂適宗周。鄭献縞衣。季札
学詩于子夏。
晁 司 馬 結 髪 游 聖。 負 笈 辞 親。 問 礼 于 老 聃。
上敷文教。虚至実帰。故人民雑居。往来如市。
我無爾詐。爾無我虞。彼以好来。廃関弛禁。
︿原文﹀
えられた責めを果たしたい。
最後に、王維の阿倍仲麻呂送別詩序と詩
の原文と釈義案を示して、非力な筆者に与
文は、その典型であろう。
ある。私は、これを﹁知の共同体﹂の誕生
と考えている︵上野誠﹃遣唐使 阿倍仲麻
呂 の 夢 ﹄ 角 川 学 芸 出 版、 二 〇 一 三 年 ︶
。す
ると、同じ書物を読んでいるので、詩文を
綴る場合、聞き手もその書物を読んでいる
送秘書晁監還日本国︹并序︺
犠牲玉帛。以将厚意。服食器用。不宝遠物。
報以蛟龍之錦。
亦 由 呼 韓 来 朝。 舎 于 蒲 陶 之 館。 卑 弥 遣 使。
邛杖。非徴貢于苞茅。
若華為東道之標。戴勝為西門候。豈甘心于
行。先天布化。乾元広運。涵育無垠。
我開元天地大宝聖文神武応道皇帝。大道之
始頒五瑞之玉。
鯨魚噴浪。則万里倒廻。鷁首乗雲。則八風
琅邪台上。廻望龍門。碣石館前。夐然鳥逝。
国。
経于絶域之人。方鼎彜樽。致分器于異姓之
篋命賜之衣。懐敬問之詔。金簡玉字。伝道
首北闕。裹足東轅。
荘舃既顕而思帰。関羽報恩而終去。于是稽
昼錦還郷。
游宦三年。願以君羹遺母。不居一国。欲其
高国。
百神受職。五老告期。
却走。
舜覲群后。有苗不服。禹会諸侯。防風後至。
況乎戴髪含歯。得不稽顙屈膝。
扶桑若薺。鬱島如萍。沃白日而簸三山。浮
在楚猶晋。亦何独于由余。
海東国。日本為大。服聖人之訓。有君子之
蒼天而呑九域。
動 干 戚 之 舞。 興 斧 鉞 之 誅。 乃 貢 九 牧 之 金。
風。正朔本乎夏時。衣裳同乎漢制。
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に留学し、新知識を学ぶようになったので
知の共同体の構造
5
黄雀之風動地。黒蜃之気成雲。
に、全土の長たちに金を献上させて、始め
もちいて殺さざるを得なかった。しかる後
なるお方なのだ。
して珍重なさることなどありはしない。そ
淼不知其所之。何相思之可寄。
犠牲と玉帛という高価なるものも惜しみ
なく分かち与え、遠来の人びとに対して厚
ところがである。われらが開元天地大宝
聖文神武応道皇帝陛下は、威嚇も殺戮もな
う す れ ば こ そ、 遠 来 の 国 々 か ら 人 の 方 が、
て諸侯に対して五瑞の玉を分かち与え、よ
さず、ご政道の大道を歩まれて、天下を安
徳を慕ってわざわざやって来るのだ。これ
嘻去帝郷之故旧。謁本朝之君臣。詠七子之
寧にし、天命の下るに先んじて民の徳化を
も帝徳ゆえだ。かくなる上に、手厚く天子
意をお示しになるけれど、陛下ご自身の服・
はじめて、天下にその帝徳を広め、民を導
の 祭 り ご と を 行 わ れ る の で、 百 神 た ち は、
うやく天下泰平の世となった。
き、これをよく育み、天下に限りなく帝徳
役人たちが、それぞれに官職を宛がわれて
うやうやしく働くかのように働く。ために
食・日用品は、遠くからの献上品を宝物と
をゆきわたらせたもうたのである。
詩。佩両国之印。恢我王度。諭彼蕃臣。
三寸猶在。楽毅辞燕而未老。十年在外。信
陵帰魏而逾尊。
子其行乎。余贈言者。
積水不可極
安知滄海東
九州何処遠 万里若乗空
帰帆但信風
向国惟看日
民生は安定。天は、五老すなわち木火土金
水の精のよき兆しを表して、皇帝陛下の善
華を東の道の
かくなるがゆえに、かの若
道しるべとなし、かの西王母を西門の門番
と し て 召 し 使 う こ と す ら で き る の で あ る。
政の証となさったのである。
神ですら、かく額づく︱︱いわんや、人
の 人 た る も の は、 額 を 大 地 に 擦 り つ け て、
どうして西よりの献上品だけに心を安んじ
こと。また、南よりの献上品の徴収だけに
膝を屈さざるを得ないのは当然というもの
鰲身映天黒
魚眼射波紅
郷樹扶桑外 主人孤島中
別離方異域 音信若為通
︹上平声一東韻。王右丞集箋注︺
心を砕かれたりはしない。それも、これも
であろう。
られるであろうか。それは取るに足りない
︿釈義﹀
皇帝陛下には、取るに足りないこと。陛下
は、すべてを総攬されるお方なのだ。
海東の国々においては、日本国こそが大
国である。なぜならば、わが中華の聖人の
衡の日本国帰還を送る詩
秘書省長官晁
︹ならびに序︺
が、諸侯を集めて謁見せし
かの聖帝・舜
折も、有苗の民は恭順の意を示さず、また、
舎 と し て 与 え、 卑 弥 呼 の 使 い が 来 た れ ば 、
い る。 日 本 は 正 統 な る 中 華 文 明 に 学 ん だ、
の暦を用い、衣裳は漢の服制を取り入れて
訓に従い、君子の風があるからだ。暦は夏
防風の民は後れてやって来た、という。た
返礼として蛟龍之錦を与えたように、われ
まさに君子の国なのだ。
韓邪単于が帝徳を慕って入
また、かの呼
朝してくれば、恩寵をもって蒲陶之館を宿
め に、 服 さ な い や か ら を 従 わ せ る た め に、
らが皇帝陛下も、大いなる恩寵をお与えに
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かの聖帝・禹が、諸侯と会見した折でさえ、
干戚之舞を舞い、これを威嚇して、武器を
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好を、今の使節たちに引き継がせようとし
そして、日本は、長い交流の歴史を経て、
今ここにふたたび入朝し、古き時代からの
の道に励んできた。
び、詩を子夏のごとき達人に学び⋮⋮学問
もとを辞去し、礼を老子のごとき達人に学
遊学せんがため、文箱を背負って、両親の
惜しまれるのだ。
賢 あ る 人 は、 い か な る と こ ろ に あ っ て も、
たように、皇帝陛下は仲麻呂への助力を惜
魯国が車馬を貸したことによって、孔子
が遂に周の都に行き、礼を学ぶことができ
に、今、君は、故郷に錦を飾ろうとしてい
まらず、帰国することを思い立った。まさ
親を思う気持ちから⋮⋮君は、ここ唐に留
任官して三年しばしの時を経て、あつも
のを母に捧げんとしたかの穎考叔のごとき
ているのだ。天の果てなるその果ての遠方
にある国ではあっても、日本の産品を天子
に献上せんがために、今はるばるやって来
たのだ。
るのだ。
の念を持ちつつ、魏を去っていった。君は、
かの荘舃は、高官となっても、望郷の思
いは断ち切れなかった。かの関羽は、報恩
しまれなかった。鄭の国の子産が縞衣を献
とができたように、友たちも、仲麻呂への
上して、季札が始めて上つ国に到着するこ
を 掌 さ ど る 者 は、 そ の 見 る 眼 を 改 た め て、
助力を惜しまなかった。
を司さどる者は、日本使節の待遇の等
儀
級を上げ、今や位は、王侯の上にある。次
蛮夷の邸などに押し込めておいたりはしな
﹁ 我 れ は、 爾 を 詐 る こ と な ど あ り は し な
い。爾も我れを恐れることなかれ﹂という
言って、唐においては門閥の娘とは結婚し
き門閥の娘だけに限る必要があろうかと
方、どうして、結婚相手は斉の姜氏のごと
今、遥かなる国、日本に伝えられようとし
ている。金簡玉字のごとき尊き教えの書が、
拝領の御衣は大切に箱に入れて、皇帝陛
下の国書を懐に携えて、君は旅立とうとし
今ここに、宮城を拝して、東門より旅立と
古き盟約の言葉ではないが、日本は、古き
なかった。また、早々と帰国して、これま
ている。ご下賜の祭器は、文明の証として、
い。
好をもって入朝してきたのであるからし
た高氏国氏のような日本の門閥の娘と結婚
異姓の国たる日本に、今伝えられようとし
だから、人民は、自由に居を定めることが
⋮⋮それは二心ではない。由余のような賢
に在っても、なお
故事にいうように、楚
真心を持って、晋を思う心を持っていれば
とくに飛び立ってゆくことだろう。
碣石館前より、果てしなく遠くに、鳥のご
晁 衡 よ、 君 は、 東 海 の 琅 邪 台 上 か ら、
龍 門 を、 遥 か に 振 り 返 る だ ろ う。 そ し て、
うとしている。
て、関所を廃し、禁令を弛めて、今、厚く
し て、 出 世 の 糸 口 に し よ う と し な か っ た。
ている。
学に学
君は、その名を高くして、かの太
び、今や官はすでに客卿に至っている。一
もてなすのである。
なんたる潔さよ!
でき、道は市場のごとく賑わっている。ま
者であるならば、一国に留まることなど望
く来れる者も、
宝を手にして帰るのである。
さに今、天下は泰平︱︱。
めまい。求められる人なのだから。誠意と
しかしながら、君の行く船路の、なんと
晁軍司令殿は、髪を束ねて、この聖の国に
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わが皇帝陛下は、徳の力で民を導きたま
うので、古いことわざにあるように、空し
大和と世界帝国を結んだ遣唐使、随想風に
7
う。
え、おさまってくれれば⋮⋮船は進むだろ
べなき船旅が続くだろう。その時、八風さ
う。また時には、雲に乗るごとくに、よる
時は、船を万里に逆走させねばならぬだろ
力で、君の国、日本の帝王の徳を広め、臣
て、両国の懸け橋となるのだ。その文学の
君は日本に帰って、唐日両国の官職を兼ね
ることを、日本に伝えてくれ。だからこそ、
七子たちの詩を詠じて、文学の力の偉大な
し て い る。 君 よ、 そ の 時 は、 か の 建 安 の
あぁ、今、君は、帝都なる思い出深き地
を残して去り、本国の君臣と謁見しようと
お天とうさんを見て進むだけ。そして、
東の日本国に向かってゆく時は、ただ、
は、空を翔けてゆくようなもの。
ずだね︶。だから、お前さんのゆく旅路
︵そう、君の国、日本がいちばん遠いは
いったいどこがいちばん遠いのだろう
九つにわけられるという全世界のうち、
ど う し て 知 る こ と が で き よ う か、 青 海
東海にあるという扶桑の島は、なずなの
ごとくに風に吹かれ、同じ東海にある鬱島
下たちの心を耕せ︱︱それが、君に与えら
帰国の船は、ただ風任せ。
恐ろしきこと︱︱。大魚が浪を吹き上げる
は、浮き草のごとくに漂いゆくもの、とい
れた使命なのだ。
大 空 に 映 し 出 さ れ る だ ろ う、 黒 々 と。
原の東の果てのことなんて。
う。君の旅路のよるべなさよ。時に大浪は、
そう、弁才あるかの楽毅は、とある事情
から燕の国を去っても、老いもせず壮健で
千里の身のたけがあるという大魚の眼
海魚を変じさせて黄雀にするという不思
議な風は、大地をゆるがすという。蜃気楼
さに全世界を浪が呑み尽くすことになる。
のという。さすれば、空も天に浮かび、ま
て来たまえ。ここ長安もまた、君の故国な
だから、もし、事情が許せば、また唐に戻っ
そ し て、 尊 ば れ た と い う で は な い か ︱︱。
の後、故国の危機を救わんがために帰った。
かの名参謀・信陵君は、故国を去って十年
が、 君 の 故 郷。 故 国 の 主 人 た る 王 は、
あ る と こ ろ の、 ま た そ の 彼 方 ⋮⋮ そ れ
に あ る の は 扶 桑 の 樹。 そ の 扶 桑 の 樹 の
東 の 果 て の、 日 の 出 ず る と こ ろ。 そ こ
う、赤々と。
が、 月 光 の よ う に 波 を 射 て 映 じ る だ ろ
海 中 に 棲 む と い う 怪 獣 の 大 亀 の 背 が、
ろう。また、大浪は、同じく東海にあると
あったという。君も壮健であられるように。
を見せ人を惑わす蜃なる化け物。その化け
のだから。
ます。
太陽に、水を注ぐがごとくに高く上がるだ
いう三山を揺るがすがごとくに、激しきも
物の吐く悪気は、時に雲となってゆく手を
時 は 来 た れ り! 君 よ、 さ ぁ 行 く が よ い。
私は、ここに言葉を贈ろう︱︱。今、ここ
今 日 を 境 に、 お 前 さ ん と 俺 は、 住 む 世
そんな東の果ての孤島のうちにおはし
さえぎるかもしれない︱︱。
に。さぁ。
果てしなく広がる君の旅路は、われらに
は、その行くところさえ見当もつかぬ。ど
果てしない大海原の向うがどうなって
俺には想像すらもできない︱︱
し た ら、 君 と た よ り を 交 わ せ る の か、
界 を 異 に し て し ま う こ と に ⋮⋮。 ど う
のところに寄せることができるのか。見当
いるかなど、わかるはずもない。だから、
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うしたら、ともに思い述べあう書簡を、君
さえもつかぬ。
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