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IPネットワークと端末機器(PDF) - JATE 一般財団法人電気通信端末
ⅠPネットワークと端末機器 理事長 武智健二 いよいよ新年度である。平成18年度の協会の事業を実施するに当たって、端末機器技 術基準適合認定事業においては的確で良質なサービスの提供に努めるとともに、4年目に 入る情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)適合性評価事業についても引き続き 強化を図っていきたいと考えている。一方、公益法人として、調査研究活動にも力を入れ て取り組み、将来の協会の事業活動を展望しながら、現在活発に進められているⅠPネッ トワークの議論に遅れないよう、ⅠP化に対応した端末機器の在り方について研究を進め ることとしている。 総務省の「ICT の経済分析に関する調査」(平成17年)によれば、平成15年度の全産 業に占める情報通信産業の市場規模の割合は、全産業995兆円中第1位の126兆円で 13%を占めている。第2位以下は、建設7%、卸売7%、輸送機械5%、電気機械5%、 小売4%、運輸4%と続いている。情報通信産業が我が国の経済を牽引していることは間 違いなく、情報通信インフラのブロードバンド化がこれを支えている。国際比較をすれば、 速度と料金の面で我が国のブロードバンドは世界一である。某通信会社のテレビ CM で「ト リプルプレイ」なる業界用語が使われるのも、我が国ならではの現象であろう。 ブロードバンドは、必然的にネットワークのⅠP化による統合を促す。音声もデータも 影像も、正に“Every kind of traffic overⅠP” の時代である。そこで、現在の電話網を すべてがⅠP化された次世代ネットワーク(NGN:Next Generation Network)へと移 行させる構想が NTT や KDDI から打ち出されている。政府レベルでは、総務省の情報通信 審議会において昨年10月にⅠPネットワークの技術的条件に関する諮問がなされ、検討 が進められている。また、ⅠTU(国際電気通信連合)の標準化活動として、従来の PSTN (Public Switched Telephone Network 公衆交換電話網)に代わる次世代ネットワーク 1 の検討が行われている。 このように、現在の電話網を基盤としたネットワークとは設計思想を異にする次世代の ⅠPネットワークの構築が行われようとしているが、当然に端末機器についても新たな視 点からの見直しが予想される。端末機器を含むネットワーク全体のエンドツーエンドで一 定の品質を確保しつつ、多様なネットワークと端末間の相互接続性・運用性を図る必要が あるからである。 まず現在の端末機器の位置づけを概観してみよう。現行制度は、昭和60年(1985 年) に電気通信事業法が制定された際の「端末機器の自由化」の考え方に則っている。それま で電気通信事業は、国内は電電公社の独占であり、電気通信設備の一部である端末機器も 同公社が設置すべきものとされていたが、電気通信事業の独占の廃止に併せて、端末機器 についても、国の定める技術基準の適合認定を受けた機器であれば、利用者が設置できる ようになった。時代は携帯電話誕生前で固定電話が主流であり、接続の技術基準の設定に 当たっては、固定電話網が基本的には枯れた技術であったため、また、電気通信事業法立 案のベースであった規制緩和の考え方もあり、最小限の条件とするとの考え方が採られた。 電気通信事業法第52条第 2 項に、技術基準設定の準則として、①電気通信回線設備を損 傷し、又はその機能に障害を与えないようにすること、②電気通信回線設備を利用する他 の利用者に迷惑を及ぼさないようにすること、及び③電気通信事業者の設置する電気通信 回線設備と利用者の接続する端末設備との責任の分界が明確であるようにすること、の 3 項目が設けられている。要するに、端末機器接続の制度は、電気通信回線設備と法律では 呼称されるネットワークに支障を与えないことが主眼であり、現実に支障があれば、電気 通信事業者は利用者に対して検査を求めることができ(同法第 69 条第 2 項)、端末設備を ネットワークから切り離すことができる仕組みが採られたのである。一方、このように制 度が電気通信事業者とその提供する役務を利用する利用者との関係を定めるものとして構 成されたことから、技術基準適合認定を受ける端末機器の製造・販売業者と端末機器を使用 2 する利用者との関係は、電気通信事業法ではなく、一般私法に基づいて規律されることと なった。例えば、設計認証を受けて製造・販売された電話機を一般のユーザが購入して使 用したが、故障が発生して技術基準を満たさなくなり接続が拒否された場合において、電 気通信事業法には、利用者保護の仕組みが無いのである。 それでは、ⅠPネットワークになると端末機器に関する制度はどうなるのであろうか。 議論の整理として、①情報通信サービス・機器を生産・提供する事業者の領域、②これら事 業者とサービス・機器の消費者との間の関係の領域、そして③事業者と消費者を情報通信 当事者と見た場合、当事者に対する外界からの影響の領域の 3 領域に分けて、今後の論点 となるであろう事項を考えてみよう。 第1の領域は、電気通信設備を設置・運用又は提供する側である。電気通信サービスを 利用する側と対比して、サプライサイドと言えようか。論を進めるに当たって、ネットワ ークとはエンドツーエンドのものを概念し、これを電気通信事業者が設計し運用する回線 設備と機器製造事業者が開発する端末設備とに分けることとする。ⅠPネットワークにお いては、アプリケーションの提供における多様性と拡張性の確保及びエンドツーエンドの 品質の確保が要求されると考えられ、ネットワークが持つ様々な機能を回線設備と端末設 備にどのように分配するかが改めて問題となる。現在の電話網では、沿革的にも端末機器 に至るまで全設備を電気通信事業者が支配していたから、電話端末は網を管理する回線設 備側が要求するとおりの信号を送受すれば足りた。昭和 60 年の端末開放は、単純化された 条件下におけるものであったからこそ、最小限の技術基準における多彩な端末機器開発競 争の推進が図りえたと言えなくもない。ⅠPネットワークになると、固定網、移動網また 音声網、データ伝送網など個別の網がⅠP技術によって統合される。既に情報通信は、産 業分野から個人生活まで社会のあらゆる営為に入り込み、電話に代表される典型的な通信 形態から、最近では情報家電と呼ばれるものに広がっている。「いつでも、どこでも、誰で も」という情報通信の便益が最大限に発揮されるためには、多様なアプリケーションが提 3 供されるとともに、サービスの適正な品質が求められる。その最適解を求めて、次世代ネ ットワークにおける回線設備と端末設備との間の機能分配について、新たな視点での議論 が始まっている。今後総務省を中心に、電気通信事業者、情報通信機器製造事業者はじめ 関係者間で、アプリケーション機能、プラットフォーム機能、通信機能その他について精 密な協議が為されると思われるが、合理的な合意が形成されることを期待したい。 第2の領域は、サプライサイドと消費者の性格を持つサービス・機器の利用者との関係 であるが、ここでは端末機器製造・販売事業者と機器を購入して利用する消費者に焦点を当 てる。現在の制度は、製造・販売事業者が技術基準適合認定(設計認証を含む。)を受けて 利用者に認定された端末機器を提供し、電気通信サービスの利用者は、その認定端末機器 を電気通信事業者の回線設備に接続することができると言うものである。制度上利用者に は、「認定を受けた機器である」との情報が提供され、認定の裏にある技術的な詳細を知る 必要は無い。一方、消費者として知りたい品質に係る情報は、顧客に対する販売のための 情報として利用者に提供されるが、それは任意である。この仕組みは、電話のように消費 者がサービスイメージを具体的に描くことができるサービスには妥当したが、ⅠPネット ワークになった場合にそのままでよいであろうか。ⅠPネットワークでは、多種多様なサ ービスを実現するために、回線設備に複数のレベルの通信品質が設けられることが想定さ れる。いわば定食の松竹梅のような区分である。また、ⅠPネットワークにおいて端末機 器も一定の機能・品質を担うことになれば、ユーザがトータルとして得る品質は、両者を組 み合わせたものとなろう。サービス品質に多様な組み合わせが予想される状況においては、 一般消費者であるユーザが適切な選択をしうる仕組みをどのように整備していくかが課題 となる。現行制度のように国が最低基準を設けて、国又はこれに代わる中立機関が認証を するという方法もあろうが、品質レベルが多様化すると、なかなか全てをカバーすること には困難が伴うであろう。当然のことながら、ユーザに適切な情報が開示される必要があ り、全く競争原理に期待すれば足りるのか、食品衛生法に基づく表示のような義務づけが 4 よいのか、昨今の認証の在り方の議論の進捗にも注意を払いつつ、議論を進めるべきでは なかろうか。 第 3 の領域は、情報通信当事者と外部との関係であり、端的に言えばセキュリティの確 保の問題である。情報通信の利用者は、何者からも不正な侵害を受けることなく情報通信 を行う権利を保有している。侵害行為は通信ケーブルの切断やアンテナ設備の破壊などの 暴力的な物理力の行使のほか、ユーザ端末からの不正な信号の侵入という形をとって現れ る。現行の端末機器規制においても物理的なレベルで他の利用者への迷惑は排除できるも のとなっているが、近年の情報通信への危険は、ウィルスやDoS攻撃などのソフトウェ アによるものである。ⅠPネットワークでは、回線設備すなわち事業者の担当する部分も さることながら、端末設備においても、通信の秘密保護、攻撃からの防御、異常輻輳の防 止、詐欺的行為の防止などセキュリティ機能を持たせることが十分に議論されて良いと考 えられる。 以上、ⅠPネットワークを展望して、次世代における端末機器の在り方について、論点 となるべき課題を挙げてみた。公益法人改革の議論が進められている中、将来への問題意 識をもって、このような課題に取り組むことも公益法人としての責務であると考えられる。 今年度、ⅠP化に対応した端末機器の在り方について調査研究を進めるに当たって、決し て我田引水になることなく、またこれまでに蓄積した知見をもって一定の貢献ができれば ありがたいと考えている。 (平成 18 年 3 月 31 日) 5