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「愛ある賃貸住宅」の作り方
Bomb Marketing アール・リサーチ News Letter 133 号 責任編集 柳本信一 131015 「愛ある賃貸住宅」の作り方 二週間のご無沙汰でした。 10 月も中旬だというのに最高気温が 31.5 度(東京)。 一体いつまで暑いんだ。あまりの暑さに人生初「ガリガリ君」を食べてしまいました。ゆず味。 おいしかったです。これは癖になるかも。ロングセラー商品の一端を覗き見ました。 さて、前号で「一人暮らし」が急増するとお伝えしました。人口減社会ですから家はこれか らどんどん余ります。総務省のデータをご覧ください。 空き家は増える一方。データはありませんが、平成 25 年度では 15%に迫る勢いでしょう。 ビジネスという視点で考えると住宅産業は「衰退」産業です。その中でも厳しくなるのは 「賃貸住宅」です。全戸数は 1773 万世帯、空き家率は全国平均で 13%です。私が以前住 んでいた千葉県松戸市は空き家率 26%。馬橋という常磐線の駅から徒歩 15 分。周りには地 元の地権者が建てた「賃貸住宅」がゴロゴロしていました。そのほとんどには「居住者募 集中」の立看板が。多くは税金対策・資産運用で建てられたものでしょう。間取りはほと んど同じ 2DK です。比較的若い夫婦と子供世帯用。どの物件を見ても同じようなものです。 しかもその仕様は最低ランクの劣悪なものが多いと聞きます。少しでも建設費を浮かさな ければ儲かりません。今や全戸満室などというのはよほどのことがない限り難しい状況で す。こんな厳しい環境下で 66 世帯すべて満室、空待ちのリストは 100 件以上という信じら れないような賃貸経営をしている人がいます。 「青木純」 1 さんです(以下敬称略) 。 私が青木のことを知ったのは「大家も住人も幸せになる賃貸住宅の作り方」という一冊の 本でした(学研マーケティング、税別 1500 円)。 目から鱗が落ちる思いでした。 青木は豊島区東池袋にある「ロイヤルアネックス」 (1988 年建築)という総戸数 66 世帯の 賃貸住宅のオーナーです。代々の不動産経営で 2011 年に青木さんが 35 歳の時に事業承継 されたわけです。「なんだ都心の物件のオーナーで大金持ちじゃん」と思われるかもしれま せん。しかし、築 23 年、JR 大塚駅徒歩 6 分、いわゆる都心型とは微妙。事実、青木さん 。建築当初は 13 階建のハイスペックマン が大家になった時点では空室率は 27% ションだったのですが、東池袋地区ではタワーマンションが立ち並び、駅の近くには単身 者のための1ルームマンションがどんどん進出します。ロイヤルアネックスはその魅力を どんどん失っていった。築 23 年、大規模修繕もなく、店子が変わるたびに原状復帰はして きましたが、いわば劣化の一途だったわけです。さらに東日本大震災が加わり最悪の状況 でした。青木は大学を出て以来住宅販売の会社に所属しトップ営業マンという時期もあっ たそうです。ただその頃から「こんな何の魅力もない部屋に良く住むよな、やっぱり自宅 は自分で作らなきゃ」と思っていたそうです。 空き室率 27%。絶望的な気分の中、ふと思ったのは「もし俺が借り手だったとしたらこ の部屋に住むだろうか?」という疑問。「多様化する趣味のニーズ」「高まる空室率」「市場 競争力を高めるためにはリノベーション」など様々なことを学びながら、しかしどこから 手を付けてよいかわからなかった。そんな時に目にしたのが「愛ある賃貸住宅」という言 葉でした。リクルートの住まい研究所が 2010 年に出したレポートでした。 「賃 貸住宅ビジネスは『きずな』という目に見えないものを維持し続けることで継続できる言 わば愛のビジネスである」。愛は大げさにしても「愛着が湧く賃貸住宅」ならできるんじゃ ないか。そこで青木が考えたのが「賃貸にもかかわらず住み手がカスタマイズできる空間 を提供」することでした。 カスタマイズといってもすべてをカスタマイズすることは現実的にできない。そこで青木 が目を付けたのは「壁紙」でした。賃貸契約を結んだ後に壁紙を自由に選ぶことが 2 出来るのです。しかも無料。私もそうでしたが、賃貸住宅の壁って白かベージュです。 壁紙を選ぶはおろか、汚さないように気を付けて暮らすものでした。自分で選ぶことによ ってその部屋に愛着が生まれるのではないか。住み手がサンプルの中から自由に選ぶこと が出来る、これだけのことですが、従来の賃貸住宅には全くあり得ないものでした。壁紙 を新しくするには壁紙の調達と工事が必要になります。それを大家が自己負担で行う。お よそ業界の常識を超えていました。青木には自分の経験がありました。自分で自宅を購入 する際にレモンのようなきれいな黄色い壁紙を選んだことがあったのです。楽しくなった。 事実引越しの業者の人がすごく喜んで、記念写真を撮って行ったそうです。 青木は試しに一面だけ張ってみた。よくわからなかった(笑)。そこでフェイスブックの中 にページを立ち上げ実際に壁紙を一面に張ったシミュレーションができるようなページを 作ってみた。しかし、不動産屋からは一向に紹介がない。えい、ままよと、一室をモデル ルームとして張ってみた。来たお客様が「この部屋にこのまま住みたい」やった!ブレイ クスルーの瞬間。その後は空き室を次々に壁紙を張り、「このまま住みたい」客が続出。 しかし、自分で選びたいという借り手は現れない。自分で選べ、と言われるとよっぽどこ だわりのある人以外は、かえって迷うものです。「普通に白でお願いします」と言われてし まう。青木さんは白の中でも様々なバリエーションを提案する。ギリシャのミコノス島で 見かける漆喰のテクスチャーが特徴。さらに玄関と生活スペースを隔てる廊下には若草色 の壁紙を提案した。 「実はこの色好きなんです」 、人気アパレル店の店長さんでした。 洋服を選ぶ時もちょっとしたアドバイスは欲しいですよね。青木はそのこ とに気が付いた。一方的な押し付けはダメだけど、その人とのコミュニケーションを通し て提案をしてみる。 「壁紙を選ぶ」というおよそ慣れない選択にはヘルプが必要なんだ。 従来の店子の一人に自宅を料理教室として使っている人がいました。そこに壁紙の変更を 持ちかけた。 という有名な教室でした。そこに集まる生徒さん たちが口コミで「壁紙サービス」を広めてくれ、また料理教室のサイトにも載せてくれた。 3 そのころになるとマスコミからの取材が入り始め、あっという間に「有名物件」になって しまったのです。 「自分が好きな壁紙を張れる」ことに反応する人は高感度人間である場合が多い。そのう ちに「大家というハブ を通してコミュニティが生まれる」。壁紙のことで「ちょっと だけお部屋を見せてあげて」既存入居人と新居住人との間で交流が芽生え始め増した。い ろんな人がいる、幹事役の人、お料理が上手な人、IT が得意な人がフェイスブックを運営 し始める。物語は次へ展開し始めます。空室を放っておいても仕方がない、多機能空間を 作ってしまった「Plus+」。子供の誕生日会もよし、単なる飲み会でもよし、パブリックビ ューイングも OK 何をやっても構わない。マンションの住人だけでなく一般にも公開され ているそうです。結果として月額 6 万円の部屋が月額 24 万円のレンタル代を稼いだ。屋上 が空いている。公園を作ってしまおう。 「SoraniwaA」と名付けた。餅つき、ヨガ、セッシ ョン、菜園なんでも OK。住み手の中にはサンバやジャズのミュージシャンなんかもいるの で、それだけで楽しくなる。お披露目パーティには 200 人が集まったそうです。 もう一人大事な方がいます。清掃の今井さん(お写真がありません)m(_ _)m。ロイヤルア ネックスを知り尽くしていてクリーンネスに関して完璧なお仕事をしています。大震災の 際は住民の帰りを待って午前 3 時までいてくれる。雪が降った日には始発で来て雪かきを してくれる。70 歳の誕生日には住人から寄せ書きの色紙がプレゼントされています。住民 に「おはよう」「いってらっしゃい」「お帰りなさい」心のこもった挨拶。こんな人が自分 の住処にいたら素敵です。 壁紙サービスが始まり、一つまた一つと空室が無くなり、とうとう満室となった。それで も青木は進化を止めようとしない。 ① オーダーメード賃貸 企画から一緒に考えてリノベーションを行う ② 3LDK をシェアハウスに変えてしまう ③ ニコイチ 1LDK の部屋の壁を壊して単なる二倍以上に使いやすい部屋にする 様々な工夫の連続。実感していることは「自分が愛せない部屋は誰からも愛されない」と いうこと。日経ビジネスが取材に入った際に締めで「モノが売れない時代に心の消費を揺 さぶる」と書いた。これこそが青木の取り組みそのものだと思います。 さていかがでしたでしょうか。文章を中心に壁紙を語ることは難しかった。さて次回は 11 月上旬。せめて少しは涼しくなっているよね。お願いします。お仕事も待っていま~~す。 株式会社アール・リサーチ 代表 柳本信一 Tel 042-300-0533 mobile 090-7428-8999 4 mail: [email protected]