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ロイ ズの危機と再建の課題
ロイズの危機と再建の課題 南方 哲也 (長崎県立大学教授) 一 はじめに 二 今回の危機とその原因 1 経営状況の悪化と個人メンバーの減少 2 米国におけるアスベスト生産物賠償問題 3 米国における環境汚染賠償問題 4 異常災害の発生とLMX 三 タスクフォース・レポートとビジネス・プラン 1 タスクフォース・レポートにおける中長期計画 2 ビジネス・プランの策定 四 過去の問題の処理とR&R計画 1 過年度の責任問題の処理 2 Equitasの成立 五 むすび −81 ロイズの危機と再建の課題 − はじめに 1996年9月4日、32億ポンド(5,440億円)におよぶロイズ再建計画 (ReconstruCtion and RenewalProgramme,以下R&Rと呼ぶ) が成功裡に完了したことを記念して、ロイズのアンダーライティング・ ルームにおいて、David Rowland会長と Anthony Nelson通産大 臣によって、ルーティン・ベルが3回鳴らされた。3回というのは前 例のないことであった。その前に、Rowland会長はマーケットにお いて演説し、1995年5月に初めて概略を明らかにした再建計画の約束 が達成されたので、ルーティン・ベルを鳴らすと述べた。それより12 時間前にロイズは通産省に、Equitas再保険会社と Equitas株式会 社の認可に必要な手続きを終えた。 これより1週間以前に、ロイズ評議会は、全世界のメンバーの91% にあたる31,000人以上のネームから、この解決案が無条件で承認され た旨の発表を行った。・・・Rowland会長はルーティン・ベルが3 回鳴らされた意味について次のように説明した、「われわれは長い困 難な旅路の終わりに到達した。ルーティン・ベルが3回鳴らされると いうことは、その旅程の3つの重要な段階を象徴している。第1番目 はロイズにおける今回の出来事は数千人の人々に現実の損害と苦痛を 与えたということを記録し、記憶しておかなければならないことであ る。第2番目は、数千人の人々にとって、強烈な仕事と特別に困難な 時期が終わったということである。そして、第3番目に、ロイズの新 しい旅路をハッキリと示し、今後はどの会長もルーティン・ベルを3 1) 回鳴らすようなことがないように希望する」と。そして、Rowland 会長はマーケットは現実に発生したことを決して忘れてはならないと いうことを強調し「このマーケットは何世紀にもわたってずば抜けた 成功を収めて来たし、将来もそうでなければならない」と述べた。 −82− ロイズの危機と再建の課題 以上のようにロイズは、R&Rによって、ようやく今回の苦難の時 代に終止符を打つことになるようだが、今回の危機はどのようにして 起こり、それらをR&Rによって、どのように収束させようとしてい るのであろうか? 本稿では、これらの問題について論述する。 注1)ln Corporating Lloyd’s Log and the Lloyd’s Newsletter「R&R:the final stage」『One Llme Street』September1996,P.1 = 今回の危機とその原因 1 経営状況の悪化と個人メンバーの減少 図表1 ロイズの成績の長期的推移(1985∼1994会計年度:100万ボン‘ド) 198 5 198 6 1 98 7 19 88 198 9 199 0 199 1 1 99 2 1 99 3 19 94 3 ,0 5 6 3 ,7 1 2 4 ,1 9 5 3 ,8 3 6 4 ,0 1 2 5 ,3 0 4 6 ,0 4 3 6 ,3 0 9 5 ,8 9 2 5 ,6 9 0 保 険引受 成績 190 7 45 4 12 6 70 1 ,6 6 2 総 投資収 益 4 58 5 50 7 96 9 58 50 9 税 引前損 益 19 6 6 49 5 09 2 25 1 ,0 9 5 正 味保 険料 (5 4 9 ) (1 ,9 0 2 ) (2 ,4 1 8 ) (1 ,9 9 3 ) 78 9 736 7 46 7 15 (8 2 4 ) 4 68 (5 1 0 ) (1 ,8 6 3 ) (2 ,3 1 9 ) (2 ,0 4 8 ) (1 ,1 9 3 ) (図表1)は、最近の10年間(1985年∼1994年)の成績の推移であ る。1987年度まで好調に推移したロイズの営業成績は1988年度より赤 字に転じ、1988年度には5億1,000万ポンドの損失、1989年度には18 億6,300万ポンドの損失を計上し、同年度におけるネーム1人当たり の平均損失額は約6万ポンドとなり、稼働していたシンジケート340 −83− ロイズの危機と再建の課題 のうち、244が赤字を計上した。これらの成績が公表されるとロイズ の内外からの批判が相次ぎ、何千というメンバーがロイズ協会やワー キング・メンバーに対して訴訟を起こすため団結するという異常事態 に発展した。 図表2 ネーム数および総引受保険料限度額の推移 19 88 ネー ム 数 個 人 1 98 9 199 0 19 9 1 19 92 199 3 1 9 9 Ll 199 5 1 996 19 97 31 , 3 29 28 , 7 70 2 6 ,5 3 9 2 2 ,2 5 9 19 , 537 17 , 5 26 14 , 7 44 1 2 ,7 9 8 9 ,9 5 8 q5 1 62 162 20 2 9 , 2 89 7 , 8 35 6 ,9 8 5 5 ,8 2 4 1, 6 09 2 , 4 60 3 ,0 0 9 4 .5 0 0 10 , 8 98 10 , 1 95 9 ,9 9 4 1 0 ,3 2 4 ( 人 ) 3 2 ,4 3 3 法 人 個 人 総 引 受 保 険 料 限 度 額 (1 0 0 万 ポ ン ド ) 個 人 10 , 9 56 法 人 合 計 1 1 ,1 0 8 1 1 ,1 0 8 10 , 9 56 11 , 0 70 1 1 ,0 7 0 11 , 0 63 1 1 ,0 6 3 9 ,8 3 3 9 ,8 3 3 8 ,7 8 4 8 , 784 出所・・Global Results1996,Lloyd’s ofLondon これらの経営状況の悪化は、従来から指摘されていたワーキング・ メンバーの行動および規制に関するロイズ・マーケットの欠点を浮き 彫りにし、ロイズの信用を傷つけ、新たにメンバーになろうとする人々 の参加を思い止まらせた。その結果、ロイズのメンバー数は(図表2) のように1988年の32,433人から1993年には19,537人に減少した。1994 年度からは法人メンバーの加入がはじまり、法人メンバー数こそ年々 増加しつつあるものの、個人メンバー数は減少の一途をたどり、1997 年には9,958人と遂に1万人を割り込むことになった。したがって、 総引受保険料限度額においては、個人メンバーのキャパシティーは年々 減少し、その減少分を法人メンバーのキャパシティーで補い、かろう じて100億ポンド前後を維持しているというのが現状である。 −84− ロイズの危機と再建の課題 「今回の経営危機を招いた直接の原因の1つは、異常災害の多発で ある。これらに米国におけるアスベストなどによる生産物賠償責任保 険による損害が加わり、それらの損害を加速させたのがLMXスパイ ラルであった。勿論、これらの損害を経営危機に導いた間接要因とし −、 てロイズ保険組合の組織や機構上の問題点も指摘される」と筆者は前 著において述べた。しかし、ネームによる訴訟問題等が時間の経過と ともに解明されるにしたがって、米国におけるアスベスト生産物賠償 問題と環境汚染賠償問題が遠因となり、これらの処理をめぐるシンジ ケートやアンダーライターのおもわくがLMXスパイラルや新会員の 募集につながり、これらの問題が転換して影響をおよぼし、ロイズ保 険組合全体に今回の経営危機をもたらしたものであると考える方が妥 当であると思われる。そして、1997年頃から、たまたま世界的に異常 災害が多発し、1988年7月6日には、英国の北海油田のPiper Alpha オイル・リグが炎上し14億ドルの損害が発生したのを皮切りに、 今まで潜在化していた幾多の問題が一挙に現実の損害として顕在化し たために、ロイズは経営危機を招いたのである。 「ェール大学のスクール・オブ・オーガニゼーション・アンド・マ ネジメントの予測では、今後4半世紀の間におよそ20万人がアスベス ト関連で死亡し、そのためにアスベストの製造企業と保険業者が被る 出費は500億ドルにのぼる。この金額はアスベスト製造業者の総資産 のほぼ10倍であり、アメリカの損害保険業界の総資産にほぼ等しい。 また、アメリカの保険統計会社ティリンガスト社は、スーパー・ファ ンド法によるアメリカ全土の浄化作戦に要する費用が1兆ドルにのぼ ると予測しており、これは世界中の損害保険業界の総資産よりも大き い。こうしたクレームのほんの一端でも裁判で認められることになる と、広範囲の倒産は避けられまい」とU上7ⅥけA7E月差打r磁血SZde −85− ロイズの危機と再建の課題 5わ叩〆月毎上布如㌔C拗那加妙毎 の著者、アダム・ラフアエル 3) は述べている。この章では、まず、これらのロイズの経営危機の遠因 となった、米国におけるアスベスト生産物賠償問題および米国の環境 汚染賠償問題についてA.Raphaelの同書における論述にしたがっ て述べる。そして、それらがLMXスパイラルを誘発し、新たに募集 された新会員の破滅を招いた過程を考察する。 2 米国におけるアスベスト生産物賠償問題 (カアスベストの労働災害 アスベスト(この名称はギリシャ語の「消滅できない」という形容 詞からきている)の危険を初めて指摘したのは、ギリシャの地理学者 ストラポンとローマの博物学者ブイニウスだった。両者ともアスベス トの繊維を布状に織る仕事をしている奴隷の肺の病気に言及した。20 世紀の初め、アスベストは鉱石を砕いた強力でしなやかな繊維となり、 摂氏500度の高温に耐えられるすばらしい鉱物として注目された。そ して、建設から自動車の製造まで何千という工業製品に使われた。 しかし、わずか数十年後にアスベストを使用している人たちの肺へ の影響が明白になった。ストラポンやブイこウスの警告は長い間、忘 れられていた。細かい非溶解性の繊維を吸い込んで肺に傷ができるま でには、何年もかかった。この石綿肺症は何十年もの間、ほとんど症 状があらわれないで、ある日突然息苦しくなり、病状が悪化する。最 後には呼吸困難の発作を起こして死に至る。 1928年と29年にイギリス内務省の工場医療調査官のメアウェザー医 師は350人以上のアスベストの織物工場の労働者を検査し、4分の1 以上の労働者の肺に損傷があることを発見した。その結果、イギリス では織物工場の換気をよくすることを求めた法律が制定された。米国 一86− ロイズの危機と再建の課題 においても1918年に労働省は、プルデンシャル・インシュアランスの コンサルタントで統計学者のフレディリック・ホフマンの報告書を出 版した。そこではアスベスト関係の労働者が、若くして死亡しており、 保険会社によっては、アスベスト企業との生命保険契約を拒否してい るところがあることが指摘されている。 第2次世界大戦中アスベストの使用は急速に広がった。何百万人と いう労働者が絶縁、建設、配線などの仕事でアスベストにさらされた。 アスベストは効率がよく、耐久性があり、とりわけ安価だった。そし て、アスベスト産業は、専門家によって指摘された労働者の健康に関 する警告を無視し続けた。 1964年10月にニューヨークで開かれた国際会議でマウント・サイナ イ医学校のアービング・セリコフ博士がアスベストを含んでいる製品 を使っていた労働者1000人の調査結果を発表した。アスベストの粉塵 に20年以上さらされていた人たちの87%が肺に回復不能な損傷を受け ていた。そして、彼らは他の労働者と比べて、肺癌で死亡するケース が7倍も高く、胃癌の死亡が3倍高いことがわかった。 アメリカの厚生・教育省は1940年以来800万から1100万人の労働者 がアスベストを基本とする製造物にさらされ、25万人が若死したと推 定した。1978年当時の厚生・教育省のジョセフ・カリファーノ長官は、 アスベスト関連の労働者の560万人の死が早まるかも知れないと警告 4) した。 (彰損害賠償の法的展開 1960年代初めまでは、アメリカでの製造物責任は、食料や化粧品な ど人間が消費する目的で作られる消費財に限定されていた。1965年ご ろには、製造物責任は「製造物の欠陥がユーザーにとって過度に危険 な場合」すべてを対象とするよう拡大解釈されはじめ、アスベスト関 −87− ロイズの危機と再建の課題 連の労働者にアスベスト業者を直接訴えることを可能にした。 1973年にニューオーリンズの連邦控訴裁判所はアスベスト・メーカー にアスベストの犠牲者の未亡人に79,000ドルを支払うよう命じ、アメ リカ中のアスベスト犠牲者に損害賠償請求の道を開いた。1981年5月 の判決では50万ドルの損害賠償と35万ドルの補償金の支払いが命じら れ、さらに、1982年6月の判決では、40年間働いて退職したボイラー 製造の作業員に対して、損害賠償金150万ドルを含む230万ドルの支払 いをマンビル社に命じた。 これを契機として16,000件以上の賠償支払いを求める訴訟が同社に 対して起こされ、1年に6,000件の割合で膨らんだ。1982年8月26日、 マンビル社は破産法による債権者からの保護を申請した。かくして、 アスベスト製造業者の破産は相次ぎ、1990年代の初めには、大手アス ベスト製造業者25社のうち半数以上が倒産した。イーグル・ピシヤー・ インダストリー1社だけで、1989年には13万7,000件のクレームに対 して、1億1,900万ドルの裁判費用の支払いに直面した。 次に、アスベスト工場の作業員だけでなく、アスベスト製品を使う 労働者にとっての危険性についても、医学的な証拠が増大した。次に は、アスベストを使用した建物からの損害賠償が提起された。アスベ ストが使用されている建物に長年居住したり、勤務したことにより、 肺の疾患を患ったとして、メーカー側に損害賠償金を請求したのであ る。すなわち、1984年9月にペンシルバニアの連邦判事は1万4千校 以上の学校によるアスベスト・メーカー50社以上を相手にした全国的 な集団訴訟を認めた。1985年に環境保護局は、アスベストが使用され ている建物の数は、役所、住宅および商業ビルの合計70棟ならびに生 5) 徒と職員1700万人を収容している3万1000校の学校に及ぶと推定した。 ③ロイズの対応 188− ロイズの危機と再建の課題 このような医学的証拠があったにもかかわらず、プルブルック90な どのロイズ・シンジケートは1940年から70年にかけて大手アスベスト 企業のために膨大な量の超過損害保険を引受けた。1970年代の後半ま でには、ほぼ5000件のアスベスト関連のクレームが報告された。 ロイズの保険証券はアメリカの保険業者と同様に「保険証券の有効 期間内に肉体的損傷をもたらす状態にさらされている」ことをカバー するという「オカランス」(保険事故の発生)方式で発行されていた。 これは将来いつでも過去のイクスポージャーに対してクレームができ るとアメリカの裁判所で解釈された。しかも保険証券には総填補限度 額が定められていなかった。アメリカの裁判所は「保険証券は損害を 受けたものに有利なように解釈されなければならない」という理由で 保険責任を認めた。さらに、裁判所は有害なアスベストの繊維を初め て吸ってから発病まで、30年間は保険責任があるという「トリプル・ トリガー」も支持した。これらは1940年代、50年代に発行された保険 証券の契約当事者が意図した保険保護をはるかに超えていた。 ロイズは1985年まで使用されたオカランス・ベーシスの文言を1986 年から、クレームを申請する者は保険証券の有効期間内にしないと無 効になるというクレームズ・メイド・ベイシスに保険条件を変更した。 もしこれが30年前に行われていたなら、ロイズは50億ポンドの支払い を節約できただろうといわれている。 1992年にエール大学のスクール・オブ・オーガニゼーション・アン ド・マネジメントが発表した調査によると、著者のポール・マカヴォ イは「今後25年間にアスベスト関連の死者はほぼ20万人になると予測 し、このためにアスベスト製造業者と保険業者が支払う金額は500億 ドルにのぼる」としている。この金額はアスベスト業者の総資産の合 計のほぼ10倍に当たり、アメリカの損害保険業界の全資産にほぼ等し 一89ー ロイズの危機と再建の課題 い。アメリカの大手アスベスト業者28社の正味資産はおよそ60億ドル で、彼らの保険を引き受けている元受会社と超過損害保険を引き受け ている保険会社45社の資産の合計は帳簿価格でわずか500億ドルと推 6) 定される。 3 米国における環境汚染賠償問題 1980年に包括的環境対処・補償責任法(Comprehensive Environ一 mentalResponse Compensation and Liability Act:CERCLA‥ ・通称スーパー・ファンド法)が議会を通過した。この法律では汚染 企業に対して過去にさかのぼって汚染した場所の浄化に関する費用の 支払いを要求している。支払い責任は連帯で負うこととし、いかに汚 染で果たした役割が小さくとも、企業は汚染された場所の再生にかか る全ての費用を負担しなければならないというものである。この法律 では、汚染された場所の過去の所有者や現在の所有者だけでなく、そ こで見つかった有害物質を発生させた者あるいは輸送したものにはす べて厳格責任があるという。これは当然注意すべきことを怠った、あ るいは過失があったということを政府が証明する必要はなく、単に汚 染の責任があるものは所有者か、汚染の原因を発生させた者か、ある いは輸送業者かだと正確に特定している。この法律で、政府は汚染業 者に対して次の措置をとることができる。 ィ.政府が再生作業を行うことを許可し、それに要した費用を汚染 した企業から回収する。 ロ.汚染が「国民の健康あるいは環境の厚生に緊急かつ重大な危険 をおよぼす」場合には環境を汚染した企業に補修作業を命じるこ とができる。命令に応じない場合には1日につき25,000ドルの罰 金と3倍の損害賠償金が科せられる。 −90− ロイズの危機と再建の課題 ハ.汚染を引き起こした企業に対して補修作業を要求する命令を出 すよう、政府は連邦裁判所に対して申請する権利を有する。 アメリカにおいても、国による浄化の費用は民間の場合の2∼3倍 を必要とする。故に、環境浄化に関する訴訟はほとんど話し合いで解 決される。汚染源の会社は政府の監督下で補修作業を行うのが通例と なった。 1983年10月、シェルは環境保護局(FPA)からロッキー・マウン テン・アースナル(ロッキー山岳兵器工場)の浄化を命じられた。シェ ルは直ちにカリフォルニア州の裁判所で、1946年から83年までシェル の賠償責任保険を引き受けていた220社の保険会社とロイズのシンジ ケートを相手に、20億ドルと推定される浄化費用の支払いを求めて訴 訟を起こした。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』という書物で指 摘されているように、同所は地球上で最も汚染された場所の1つであっ 7) た。汚染の大半は地下水の汚染によるものであった。 ロイズは1950年代と60年代に、アメリカの大手企業の500社に対し て損害賠償責任保険証券を発行してきた。保険証券の大半はオカラン ス・ベイシスであった。1970年以降、ロイズはアメリカの保険業者と ともに「突然の偶発的な」事故を除いて環境への損害に対する支払い 要求ができないよう免責条項を入れた。しかし、アメリカの裁判所は 「公共の利益は契約上の文言にまさる」という新しい解釈を示した。 この法律を実行する組織であるEPAは、これまでに1245カ所を緊 急に浄化する必要のある場所と特定した。アメリカ技術評価局は1万 カ所の浄化が必要であると推定している。会計検査院は浄化に必要な 有害廃棄物の集積場は40万カ所以上と推定する。平均的な場所の浄化 に15年の年月と3000∼5000万ドルの費用がかかるといわれる。かりに 1か所の平均浄化費用を4000万ドルとすると、1245カ所で498億ドル ー91− ロイズの危機と再建の課題 (約5.5兆円)、10,000カ所の場合には、4000億ドル(44兆円)を要す ることになる。 アメリカの全損害保険会社の資産は1990年末現在で1350億ドル(約 15兆円)である。ロイズの保険料信託基金の総額は120億ポンド、メ ンバー基金は50億ポンド、中央保証基金は10億ポンドである。したがっ て、ロイズが損失支払いに対して準備している総資産額は200億ポン ド(約3.2兆円)に過ぎない。 現在のスーパー・ファンド法が、このような形で実際に遂行される 限りにおいては、アメリカの損害保険会社の生き残りは難しい。ロイ ズが望みを託すとすれば、「連邦政府が保険業界を破産させるはずが 8) ない」という希望的観測に絞られよう。 4 異常災害の発生とLMX 1988年7月6日、英国の北海におけるハイパー・アルファーのオイ ル掘削基地でオイルリグが大爆発し、226人の作業員のうち165人が死 亡した。この基地の主要な投資家であるテキサコ、インターナショナ ル・トムソン、テキサス・ペトロリユームおよびオクシデンタル・ペ トロリュームの4社はそれぞれ世界各地で保険を付けていたが、その 多くがロイズに再保険されていた。その後、1988年にはLockerbie におけるパン・ナム機の墜落事故が、1989年3月24日には巨大タンカー Exxon Valdesの座礁(20億ドル)事故が続いた。1989年9月15日 には、米国カリブ海沿岸ハリケーン・ヒューゴ(50億ドル)が西イン ド諸島からアメリカに上陸した。何百マイルという海岸線が被害を受 け、多くのビルが破壊された。最終的な損害額は50億ドルにおよび、 その多くはロイズに再保険が付けられていた。 その後も(図表3)のように、異常災害は連続して発生し、1987年 −92− ロイズの危機と再建の課題 から1990年にかけて、保険業界に400億ドル以上の損害をもたらした。 そして、ロイズ・マーケットで広く行われていたLMXが損害を加速 させ、今回の経営危機の引き金となったのである。 図表3 世界の巨大災害の発生状況とその損害額 災害発生時期 災 害(保険者の支払予想額) 1987年10月16日 ヨーロッパ北西部の豪雨(50億ドル) 1988年7月6日 Piper Alphaオイル・リグの炎上(14億ドル) 1988年12月21日 Lockerbleにおけるパン・ナム機の墜落 1989年3月24日 巨大タンカーExxon Vddesの座礁(20億ドル) 1989年9月15日 米国カリブ海沿岸ハリケーン・ヒューゴ(50億ドル) 1989年10月17日 サンフランシスコの地震(30億ドル) 1989年10月23日 フィリップス石油化学工場火災(15億ドル) 1990年8月 クエイト航空機のイラク軍による捕獲(3億ドル) 1991年1∼2月 湾岸戦争(不明) 1991年9月27・28日 日本、台風19号(6000億円) 1991年10月20日 カリフォルニア・オークランド森林火災(25億ドル) 1992年4月 ロサンジェルス暴動(10億ドル) 1992年9月17∼22日 ハリケーン・アンドリュー(107億ドル) 出所二拙稿「ロイズ改革の経緯と利益計画」F長崎県立大学論集』第28巷、第2号、 1994、227頁。 LMX(London Market Excess of Loss)は超過損害再保険 (Excess of Loss Reinsurance)がロンドン・マーケットにおいて 9) 発展したものである。 可能引受限度額が超過状態であった当時のマーケットにおいて、さ まざまなシンジケートが相互に保有するリスクを細分化して、再保険 10) しあうことによってビジネスを創造した。 一93− ロイズの危機と再建の課題 ブローカーは超過損害再保険証券を1つのLMXのアンダーライター から別のアンダーライターに移すたびに10%の手数料をとる。その結 果、ブローカーの手数料だけが膨らみ、危険保険料は極度に減少した。 そのような状態において、異常災害が現実に発生すると再保険におけ る上位のレイヤーほど損害率は拡大する。たとえば、ハイパー・アル ファーの事故ではロイズはネットで9億ドルの出費を強いられたが、 発行された保険証券数は43,000件にのぼった。 しかし、これらのクレームの清算には時間がかかるので、アンダー ライターが引き受けているリスクの内容は掴み難かった。1980年代に 加入した新しいネームには何ら説明がなされなかった。1982年から88 年の間にマーケットのキャパシティは1.5倍以上に膨らみ、保険料の 増加をはるかにしのいだ。LMXのシンジケートのエージェンシーは、 過去の収益の記録を示し、新しいネームを加入させた。しかも、これ らのネームたちは裕福な資産階級ではなく、いわゆる中流階級の人達 だった。時価15万ポンド相当の自分の住んでいる家以外にはほとんど 資産のない人達が、自宅を担保に銀行保証を得てネームとなった。こ れらのネームの大部分の人達は、エージェントから報酬を得て協力す る勧誘員に口説かれて入会し、主としてLMXを取扱うシンジケート へ加入した。そして、豊富な引受キャパシティーを得たシンジケート はエクセス・ロス再保険を積極的に引受けた。かくして、LMXスパ イラルと呼ばれるバブルが発生した。そして、バブルが弾けたとき、 これらのネームたちは破滅する運命にあった。これらのクレームが螺 旋状に上昇していく過程に時間を要するために、シンジケートにおけ る保険金支払責任額が確定せず、年度末に会計をクローズできないオー プン・アカウントのシンジケートが続出した。このようなLMXスパ イラルによって巨額の被害を被ったシンジケートに所属するネーム達 −94一 ロイズの危機と再建の課題 はシンジケートを統括するマネジイング・エージェントに対し法律的 な手段をとり、自己の責任を免れようとした。このような事態に直面 し、ロイズは当時SIBの議長であったDavid Walker氏にLMX マーケットの調査を依頼した。 11) 1992年5月に発表されたウオーカー・レポートは、(∋LMXマーケッ トの仕組み(カシンジケートにおけるワーキング・メンバーの割合と収 益格差の関係、(9ワーキング・メンバーと外部メンバーの間の収益格 差などについての調査報告である。 そして、ウオーカー・レポートは訴訟を捏起しているネームの期待 に反し、「LMXに関し、マーケットの専門家による不正が行われて いた証拠はない」と結論づけた。そして、アンダーライター、メンバー ズ・エージェントおよびマネジング・エージェントの規制に関する改 :.’、 革案が捏起された。 注2)拙著『危険と保険の基本原理−ロイズの形成と保険の原理−』長崎県立大学 学術研究会、1996、63頁。 3)アダム・ラフアユルは「エコノミスト誌」の記者であり、同時にロイズのネーム である。今回のロイズの危機に際しては、自らもネームの集団訴訟に加わり、ロイ ズの内部の事情に詳しい。A.Raphael,UL77MA7ERLSK77uzlnsideSl0q qf T如上軸の(hお面妙磁1994,P.3.訳書、篠原成子、『ロイズ保険帝国の危機』 日本経済新聞社。 4)Ibld.,pp.89−95. 5)lbid.,pp.95−99 6)Ibid.,pp.99−102. 7)Rachel Carson,Sllent5如働姐Fawcett World Library(Crest Books),1962, 訳書、青樹梁一訳『沈黙の春』新潮文庫、昭和49年。 −95− ロイズの危機と再建の課題 8)A.Raphael,Op Cit,pp.135r154. 9)1906年にサンフランシスコ大地震が発生し、3万戸の家が壊れ、700人以上の死 者を出した。その直後、米国の大手保険会社ハートフォードからの申し出により、 カスパート・ヒースは、「超過損害再保険」−元受会社が一定額を超える異常に 大きい保険金を支払った場合のみ再保険者が再保険金を支払う−方式を考えだし、 地震災害のリスクを引き受けた。222頁。拙著ロイズ物語112貢。 10)ロイズの保険クレーム・損害回収部(Lloyd’S Underwriters’Clalm and Re− coverleS OfflCe)の調査によれば、1988年のPiper Alphaオイル・リグの炎上事故 に関する超過損害再保険契約は11,500件にのぼり、クレーム数は4,300件に達して いる。 11)Sir Davld pation and Walker,Report the LMX of anInquiryinto Splral,Lloyd’s of Lloyd’s Syndicate Partici− London,June1992 12)拙稿「ロイズ改革の経緯と利益計画」『長崎県立大学論集』第28巻、第2号、22 3−243頁。 三 タスクフォース・レポートとビジネス・プラン 1 タスクフォース・レポートにおける中長期計画 1990年11月、1988年度の赤字決算が確実視された時点で、タスクフォー ス(特別検討委員会)が発足した。委貞長にはDavid Rowland氏 (当時英国大手ブローカーのセジックグループの会長)が就任し、ロ イズの資本基盤の強化、安定化にむけた5∼7年の中長期計画を打ち 出した。 1992年1月に発表された前述のタスクフォース・レポートには、改 革をロイズ法などの改定を要しない短期的なものと、ロイズ法の改革 を必要とする長期的なものの2段階に分けて提案した。タスクフォ一 一96− ロイズの危機と再建の課題 ス・レポートには、(1)ネーム数および資本の増加に関する改革案、 (2)エージェントに関する改革案、(3)ロイズの経費の削減および流通・ 販売面の改革案、(4)管理機構に関する改革案が提示された。 (1)ネーム数および資本の増加に関する改革案においては、(手法大 資本へのアクセス、(りネーム権限の強化、(彰ストップ・ロス・ス キームへの強制加入が打ち出された。 (2)ェージェントに関する改革案においては、(Dマネジング・エー ジェントとメンバーズ・エージェントの分離、(りメンバーズ・エー ジェントの機能分離の必要性が指摘された。 (3)ロイズの経費の削減および流通・販売面の改革案においては、 ①ロイズの経費の削減、②シンジケートの会計などのディスクロー ジャーの強化、(互)保険販売網の拡充などが提唱された。 (4)管理機構に関する改革案においては、ロイズ評議会の廃止とロ イズ・マーケット会議および監督規制評議会の新設が提案された。 上記の(1)∼(3)におけるほとんどの改革案は、その後発表されるロ イズ・ビジネス・プランにおいて採用され、その中核をなすも.のとな るが、(4)の管理機構に関する改革案はロイズの幹部の反発を呼び、 この提案は評議会で否決された。しかし、これに対してのネームから の批判が起こり、ロイズ評議会はこの点に関し、改めてロイズ銀行頭 取のJeremy Morse氏に新管理機構についての調査を依頼した。19 92年6月に発表されたモース・レポートは、監督規制活動と保険事業 の運営の2つの機能を分離することに関しては、タスクフォースの提 案と変わらないが、現在のロイズ評議会を廃止せずに、その下部組織 としてマーケット会議(Market Board)と監督規制会議(Reguratory Board)を設置することを提案している点が異なる。ロイズ評議会は モース・レポートの提案を基本的に採用することとし、その線にそっ 一97− ロイズの危機と再建の課題 て改革が進められた。 2 ビジネス・プランの策定 タスクフォース・レポートなど各種のレポートの提案を受けて、ロ イズが世界保険市場において、最も安定的な利益をもたらす保険引受 市場としての地位をとりもどすために、今後の具体的行動計画を示し ・、 たものが1993年4月に発表されたロイズ・ビジネス・プランである。 ビジネス・プランは同年8月に実施された投票においてネームの承認 を得、今後このプランに基づいたロイズの再建計画が実行に移される ことになった。 ロイズ・ビシネス・プランにおいては、まず、ロイズを世界で最も 堅実に利益の上がる保険引受マーケットとしての地位を回復せしめる ための基本計画すなわちロイズの利益計画を策定する。すなわち、「‥ ・・現在の最重要の財政的課題は、ネームの資産に対しハイ・リター ンな配当を確保することである」とビジネス・プランの序において強 調される。結論から先に言えば、ロイズは配当目標を、一期に引き受 けた保険料の10%と決定した。これをネームがロイズに供託している ファンドに対する割合に換算すると33%となり、これを流動性を保つ ことを要求されている無形資産に対する割合に換算すると約20%にな る。これに預託基金の運用益(約7%)が加算されるので、個人ネー ムの収益率は40%、法人ネームの収益率は27%程度になる。この目 標を実現することができれば、ロイズは間違いなく世界の投資家にとっ て最も魅力のあるマーケットになるという。そして、これを達成する ための、新しい管理手法を提案する。次に、過去の問題の処理、すな わち、過年度問題の取扱計画、1990年のリザルトの影響の緩和、およ び、未決の法廷争議の解決についての提案を行う。続いて、これらを −98− ロイズの危機と再建の課題 達成するために、新ロイズの構築が必要であるとし、独立した法律制 度、職業意識の水準改善、コストの軽減、事務処理の合理化、シンジ ケートやエージェントあるいは本部機構コストの削減、メンバーズ・ エージェンシー・システムの再構成等について提案している。次に、 このビジネス・プランの目玉ともいうべき新資本の導入計画について 提案する。すなわち、資本計画の全体戦略、個人のネームからの追加 資本の導入、法人組織の資本参加の承認が提案される。そして、最後 に、新ビジネス展開の強化すなわち、主として日本や東南アジヤなど の新しい地域のマーケットから、より幅広いビシネスを糾合して、新 LL、ゝロイズを建設すること目指し、このビシネス・プランは1995年の 終りまでに、どのようにしてこの転換を達成するかという計画の実行 方法について述べている。(図表4)は1993年4月に発表されたビジ ユ4) ネス・プランの概要である。各項目にわたって改革案が示されている。 図表4 利益計画一ロイズ・ビジネス・プランの概要 1 利益計画 (∋1995年度の総利益目標を900ポンドとする ¢)個人ネームのロイズ出資金に対する税引き前利益目標を33%とする (彰法人ネームのロイズ出資金に対する税引き前利益目標を20%とする ④経費の基礎金額を少なくとも190ポンド削減する (9コーポレーションを含む職員数を約12,000人から9,500人に削減する 2 経営情報 (∋介入を必要とするところには、より直接的な指導を行う (りマーケットにおける共同責任感覚を惹起する ③マーケット全体の経費効率を調査するために小さな会計監査単位を設 定する (り中央経営情報システムを設営する (9マーケットおよびコーポレーションからの専門職業資格の要請に広く 応える 一99ー ロイズの危機と再建の課題 ⑥一年決算会計への移行を検討する ⑦マーケッティング・サービス部門とロイズ・マーケット協会の問によ り緊密な連携を行うための中央支援サービス部門を再形成する 3 過年度契約問題 ①run−Offyearからネームを開放し、新規参入の資本を過年度の責任 から保護するために‘‘ring−fence”を創設する 1995年までに1986年以前の責任に関する情報ベースを設置する 1995年に、特別に作られた新会社に、1986年以前の責任を再保険する 1986−93年の勘定を1994年の勘定に再保険する 残りの“オープン・イヤー”勘定をセンター・ライトへ再保険する 4 訴訟問題の解決 (∋懸案の法律紛争の解決のための交渉を積極的にすすめる (り1993年6月末日までに債権を回収するための新しい戦略を策定する 5 監督機構 ①より前向きな独立の監督機構をつくる 6 業務処理 (∋1996年までに全面的に電算処理化する 1993年末までに接続指令が下される 1996年までに保険契約の電算処理化が行われ、すべての業務が処理 される (り中央保険証券制作部が設置される ③1993年末までにアスベストや公害、健康障害などのクレーム処理のた めの特別部門が設置される ④現在のクレーム処理機構は、1994年1月までに1つの機構に統一される (9クレーム支援のための技術的な手法が広く採用される ⑥ロンドン・マーケットの統一事務処理機構の創設のための長期計画が 策定される 7 エージェンシー・システムの改革 (ヨマネジング・エージェンシーの手数料の最高限度額を設定する (彰シンジケートの経費を見直すための外部機構を設立する ③ェージェンシーの職員の報酬をすべて公開する ④1994年までに、メンバーズ・エージェントの管理機能を遂行するため の中央サービス機構を設置する 1100一一 ロイズの危機と再建の課題 ⑤1994会計年度までに、MAPA(members,agents,poolingarrangem ent)とMAUAC(managingagents’unitisedaccounting)を導入す る ⑥法人資本にアドヴァイスを提供するためのロイズ・アドヴァイザーの 資格制度を作る (∋1993年末までに、シンジケートおよびネームのrun−Offを救済する ための管理サービスを提供する 8 資本 (∋1994年度から法人資本の参加を認める 瑳)保険引受資本の目標を100−120億ポンドとする ③総引受資本額を管理する 年間の限度額を決め、法人資本が入札して参加するための枠を作る 法人資本の数と割当額を調整する 引受保険料限度額を柔軟に調整する (り高額引受けネームの制度を導入する 流動資産500,000ポンド以上 最低供託金200,000ポンド 引受保険料限度額の50%の資産を保有する (925%を供託するMAPAのみのネームの制度を導入する ⑥引受保険料限度額の最高を300万ポンドに制限する (ヨネームの供託金をUSドル建てでも受入れ可能とする 9 事業の新展開 (Dロイズおよびマーケットの指導者へのビジネス・チャネルの簡素化す ることによって、現在のマーケットの地位を強化する (9中央技術サービス部門を強化する (9ロイズの活躍の場をヨーロッパ、アジア、太平洋地域に広げる 10 計画の実施 (力計画の実行は、1人のエクゼクテイブの指揮のもとに、6つのプログ ラムを通じて行われる。そして、彼はマーケット会議に対して責任を もつ。 出所:Planningforprofit:SummaryofL’loyd’sBusinessplan Aprll1993 一101ー ロイズの危機と再建の課題 注13)Planning for profit:a business plan for Lloyd’s of London;Lloyd’s of London.April1993 14)拙稿「ロイズにおけるindlVldualismの限界と新資本導入計画」『保険学雑誌』 第543号(平成5年12月)、37−53頁。 四 過去の問題の処理とR&R計画 1993年に発表されたロイズ・ビジネス・プランは、循環的な保険の 市場環境が好転したこともあって、成功裡に推移した。特に法人資本 の導入計画は予想以上の成果を収めた。法人ネームの加入は順調にす すみ、個人ネームの退出による引受能力の減少を補ったばかりか、い ずれは法人ネームが中心となって、新生ロイズを支えて行くことが予 想される。ビジネス・プランにおいて提起された主要な問題の中で、 最後まで残されたものは、過年度の責任問題の処理とネームによる訴 訟問題の2つであった。しかし、前者の問題については、R&R計 ユ5) 画によってEquitas という再保険会社の設立が提案され、1996年9 月の会員総会でこの提案が承認されたことによって、一段落すること になった。本節では R&R計画とEquitasの設立について述べる。 1 過年度の責任問題の処理 前述のロイズ・ビジネス・プランにおいて、過年度の責任問題の処 理については、およそ次のように述べられている。 何年も前に発行されたロイズ保険証券から捏起される損失が続いて いるということは、ロイズの将来に深刻な脅威をもたらす。これらの 損失は現在のメンバーシップにとって大変な重荷であるし、新しい資 本が参加する場合の大きな障害である。現在のネームは、2つの不確 −102− ロイズの危機と再建の課題 実性に直面している;すなわち、責任がいつ発生するか分からないこ とと、最終的なコストがいくらになるか分からないことである。この ‘‘過年度の問題”を解決することがロイズ再建の第一歩である。1995 年の終わりまでに、ロイズは、1985年を含む、それ以前に引受けたす べての保険証券に対する個人ネームの責任を、2段階計画で再保険に 移転する。すなわち、第1段階では、システムを再構築することによっ て、解決への基盤を整え、第2段階において、1985年およびそれ以前 の責任を、適切な資本を備えた再保険会社へ再保険する。この手続き が完了すると、協会から離脱しようとする大多数のネームは、かれら の義務を果たした後には、自由に離れることができる。 再構築計画は2つの側面をもっている;先ず、すべてのネームの19 85年およびそれ以前の責任を新しく設立された再保険会社に再保険す る。1996年以降引き続いて業務を行うシンジケートは、1986年および それ以降の責任を、1993年の会計を締め切るときに、1994年度の会計 に再保険する。中央引受機構は、他の殆どのオープン会計を有するシ ンジケートの1985年以後の責任を再保険で引受け、これらのネームを 16) マーケットから開放することになる。 これらの責任を遂行する手段として、(∋中央専門クレーム部門、⑦ 17) 中央のrunroffマネジメント会社および(彰New Co(中央引受機 構としての新再保険会社)が設立される。(事のNew Coでは、過年 度の再保険を一手に引き受け、再保険したシンジケートから適切な再 保険料を徴収する。New Co は有限責任会社であり、通産省が監督 する UKベースの会社となることが期待される。New Coはロイ ズ協会に所有されコントロールされる。そして、これらの諸手段が完 了すると、1995年の終わりには、1985年およびそれ以前のすべての責 任をNew Coに再保険するという再構築計画が実行に移される。こ 一103− ロイズの危機と再建の課題 のプロセスはすべのシンジケートに対し強制的に行われる。不確実性 を払拭し、すべてのネームのために強力な‘‘ring fence’’を作ること によって協会自体の生き残りをはかる。プランの実行は次の順序で行 われる。 (力1985年およびそれ以前のエクスポージャーを有し、アカウントを オープンにしているすべてのシンジケートは、それらの年度の責 任準備金を分離し、新しく指示された責任準備金に関するガイド ラインに従って、新しいレベルに置き直す。 ⑦マーケット全体が同じ尺度で責任準備金を用意し、十分で公平な 保険料がNew Coに払い込まれる。 ③1995年12月31日に、1993年度会計がクローズされるときまでに、 New Coが機能し、1985年およびそれ以前のシンジケートの責任 の再保険が引受け可能になり、責任に見合う資金が移転される。 (りLMXスパイラルの影響を受けたrun−Offシンジケートの場合 のように、シンジケートとしては継続しないが、その調整期間だ けは存続するというシンジケートをクローズするための再保険は、 主要なエクスポージャーが算定され次第、中央引受機構にて引受 けられる。New Coの主要な役割は資産と責任をマネージする ことであり、ライアビリティ評価ベースで計算すると、責任準備 金は40億ポンド超の積立金プラス資本金となる。 次に必要な方策は、すべてのネームのためにring fenceをつくる ことである。ring fenceの創設の目的は、将来の出資者を過年度の 責任から護ることが目的であり、その特徴は1985年およびそれ以前の 責任がNew Coの単独責任となることであって、将来のシンジケー トの責任になり得ないということである。したがって、以前には、ロ イズ・シンジケートへRITCによって再保険されていたように、19 −104− ロイズの危機と再建の課題 85年およびそれ以前のアカウントは、最終的にNew Coへ再保険に 18) 出される。 2 Equitasの成立 1993年のビジネス・プランが“New Co”の中心課題として採り上 げた“古いオープン・イヤー”の問題の解決に対する基本的戦略は今 回Equitasとして新たに命名された。この節ではロイズのR&R計 画にしたがって、Equitasの成立について見ていこう。 「過去の問題を解決するためには、ネームに対し、“最終額”の見 通し−すなわち、1992年およびそれ以前の最終責任額を−提示し、 規定上の同意を得て、退会できる機会を与えることが大切であること が判明した。これはロイズとネームおよび訴訟グループとの討議の結 果明らかになった。多くのネームにとって、これは最優先の重要課題 であった」とR&R計画では述べている。そして、ロイズでは “finality(最終額)”が次のように定義された。 ①ネームの1992年およびそれ以前の責任に関する、Equitasの保険 料(または開放額)および末請求の損害額を提示することによる 最終的計上額。 ⑦Equitasの保険料および以前の未請求の損害額と未払いの請求 額を含むすべての未払い勘定が清算されたならば、規定上の同意 を得て、退会できる機会を得ることができる。 (りそのためには、次の各項が規定として保証される: ィ、エージェント側からは、この解決によって、エージェンシー 契約における義務から完全に開放され、それ以後の請求は一切 おこなわれない。 ロ、Equitasに関しては、Equitasの最終の保険料を支払うこと −105− ロイズの危機と再建の課題 によって、それ以上の支払責任は生じない。 ハ、ロイズに関しては、協会に対するすべての義務から開放され、 それ以後は何らの請求もなされない。 ただし、ネームたちを責任から完全に開放せしめるのは、ロイズの 力のみによるものではない。Equitasがうまくいかなかった時の残余 のリスクはやはりネーム側に残ることにる。このような不成功の事例 が発生したならば、ネームたちは再びクレームのリスクにさらされる ことになるという。「ネームはロイズによってこの処理計画の一部と して提示された“最終額’’を支払うことによって、上記のリスク(イ クスポージャーの可能性)から開放されることはないということを承 知していなければならない。」とR&R計画には記されている。 ところで、Equitasのコンセプトの基本的な利点は具体的には次の 通りである。 ①資金の蓄積量は大きく、密度は濃くなる。1992年およびそれ以前 の責任に関してEquitasチームが活用する資金蓄積技術は、世 界中の保険産業で現在実践されているものの中で最先端のものと なる。 (り出資された資産に関するマネジメントは、現在シンジケートが確 保している投資のリターンよりも実質的により高いものが提供さ れる。Equitasは、現在シンジケートが行っている短期資金の運 用とは違って、むしろ普通株や長期債券へのポートフォリオに投 資することができる。Equitasは資産運用において規模の経済的 利益を十分に享受することができる。 (彰集中化による経費は大きく節減できる。Equitasの形成は、現在 のマーケットにおける多くの重複と非効率性を除去できる。 (り中央クレーム管理機構はすでにクレームの専門的管理を進めてい −106− ロイズの危機と再建の課題 るが、より活発な情報交換と重複部分の相殺によって、コストが 逓減される。 以上の構想に基づく Equitas計画の信頼性は高く、証券保持者と 監督者はEquitasを安全で確実な保険者として受入れ、マネジイン グ・エージェントはEquitasの保険証券を、彼らのネームたちにとっ て、十分安全な再保険として受け入れることになる。そして、ネーム たちは、Equitas再保険が彼らの1992年およびそれ以前の責任から開 放してくれるという確信をもつことになる。かくして、ロイズはネー ムが求める最終的解決を得るためのいろいろな方法として、Equitas が最善の方法であるという結論に達した。 ロイズは1996年の春までに、1992年およびそれ以前の責任に関する ‘‘最終額”を提案することになった。そして、その時点でネームが未 払い額を清算すれば、規定に同意することによって退会することがで きることになった、そしてまた、アンダーライティングを継続するネー ムも、以前の責任の不確実な重荷から開放されることになった。 しかし、1992年およびそれ以前の責任のための準備金のすべてを Equitasに移すということは、進行中のマーケット、特に大きな準備 金を有するロング・テイルのシンジケートに、ある種の困難な問題を 提供することが予想された。すなわち、クレーム処理の非継続性およ びシンジケート内の流動資金の減少ならびにこれらの準備金から得ら れる投資収入の損失がそれである。これらの困難な問題を処理するた めに次のステップがとられることが必要であった。 (ヨクレーム処理における継続性の維持と質の確保を行うことは大切 なことである。進行中の顧客のためにこれを確保するためには、 クレーム処理に関与する幹事アンダーライターと彼のスタッフの 協力を得なければならない。 −107− ロイズの危機と再建の課題 ⑦Equitasの中に、短期投資から、より利益の得られる長期投資へ の変更を検討するための財務機構を設置する。 (彰継続中のマーケットが変化することによって生じる衝撃を緩和す るための、過渡期の調整をアンダーライターやエージェントと協 力して行う。 さらに、Equitasを導入することによって、リスクに見合った資金 (RBC=riskTbased capital)の必要額は、1992年およびそれ以前の 責任を有するシンジケートの場合より低くなるという利点がある。19 92年およびそれ以前の責任をEquitasに移転することによって、シ ンジケートが必要とする資金は、現状の資金よりも少ないものとなり、 そして、同レベルの保険料収入から得られるリターンはより大きいも のになる。 次に、Equitasの設定する保険料については、当然その水準の公平 さが要求される。そのためには、Equitasの保険料は、金銭が時間の 経過とともに増加する価値を掛酌して、割り引かれなければならない。 したがって、この割引レートを適用されるEquitasの保険料が、現在 シンジケートで準備されているものよりも小さいところでは、これら のシンジケートに属するネームたちは開放可能となる。 かくして、Equitasによって提示された保険料支払を承認し、責任 をEquitasへ移転したネームは、会社が生む利益のシェアを享受する ことを意味する。Equitasへ多くのロング・テイルの賠償責任が再保 、11 険される場合には、長年月の間に配当すべき利益を生むことだろう。 参考までに、ロイズより発刊されたLloyd’S:Recohstruction and RenewalにおけるR&R計画の概要を(図表5)に掲載する。 ー108− ロイズの危機と再建の課題 図表5 R&R計画の概要 SUMMARY l バックラウンド 1.1この書類はロイズのR&R計画に関するものである。それは2つの補 足的な目的を達成することをねらいとしている:第1は過去の問題を解決 すること;第2は将来の強力なマーケットを構築することである。 1.2 2年前にわれわれは最初のロイズ・ビジネス・プランを出版した。そ れ以来、計画の主要な部分の実行に目ざましい進展が見られた。主だった ものは:欠の通り: ・マーケットの収益力は回復した。1993年度の純益は10億ポンドと予想さ れる。 ・1994年度と1995年度にもかなりの利益が期待できる。 ・12億ポンドに及ぶ法人資本がロイズに投資され、さらに、新しい投資が 引き続いて導入されようとしている。 ・ロイズはいまだに強力な競争力を謳歌している、ことに、アンダーライ ティングの質の良さと世界的な広がりという面において、リスク消化の ユニークなマーケットとしている。 1.31994年の終わりにおける、協会の資産と合わせたロイズ・メンバーの 資産は27.7億ポンドに達する。責任額の合計は21.1億ポンドであるから、 6.6億ポンドの余剰金が残ることになる。ロイズは1995年8月のソルベン シー・テストには、合格することが確信できる。しかしながら、協会は解 決すべき次の財務上の国難に直面している: ・1992年の成績は前年までのマイナスを入れて12億ポンドの損失を出して いる。 ・ネームの支払義務額は増加している。1994年の終わりには、未払いのキャッ シュ・コールに関連して7.32億ポンドの支払義務額がある。加うるに、 22億ポンドのまだコールされていない計上損失がメンバーの未払金とし て残っている。これらの数字は1992年以前に発生した損害のキャッシュ・ コールのものである。 ・ネームの中には支払義務を履行できないものや履行しようとしないもの がいる。 ・セントラル・ファンドは重い財政負担に直面している。 一109一 ロイズの危機と再建の課題 1,4協会はまた、ネームを含む広範な規制および米国における業務の変更 の必要性について発表せざるを得ない。 1,5今、何らかの決断が下されなければ、これらの累積された損失はロイ ズの財務状態をむしばみ、マーケットにおける信頼を弱めることになる。 2.過去の問題の解決 2.1Equitas戦略の加速と展開 過去の問題を解決するためには、ネームに対し、“最終額’’の見通し− すなわち、1992年およびそれ以前の最終責任額一を示し、規定上の同意を 得て、退会できる機会を提示することが大切である。われわれはEquitas 計画を加速させ展開することによってネームに“最終額”を提示する。19 96年の春には、われわれはクローズおよびオープンの両シンジケートから、 1992年およびそれ以前の責任をすべてEquitasへ再保険する。 2.228億ポンドの損失処理提案。1996年の春にEquitasを通じてすべて のネームに“最終額”を提示することが主要な目的である。ネームを助け るために、われわれは“皐終額’’を減じる目的で20億ポンドを信用貸の形 で提供する。同時にわれわれはE&0のアンダーライターや訴訟を捏起し ているその他のものから、引き続き処理資金を集める努力をする、そして、 その額は少なくとも8億ポンドに達することだろう。この28億ポンドを一 括して提供することによって、すべての訴訟とネームの1992年およびそれ 以前の責任を完全に解決することを目指す。 2.31996年春に3年分の利益を解放する。1993、1994および1995年の3年 分の利益20億ポンドが同時に1996年の春に解放される。1993年と1994年に すでに解放されたものは差し引いた後で、これはネームに“最終額”のコ ストに見合う10億ポンド以上を提供することになろう。加えて、われわれ は新規の投資家にマーケットをアピールするために、長い間のネームの関 心事であった現在の3年決算をとりやめ、毎年の決算に直すことにとりか かる。 2.4 中央財務の強化。次の12カ月の間に、われわれは協会の現在の財務を 8.5億−9億ポンド補充することを目指す。その内訳の予想額は次の通り: 将来の中央基金と相殺できる特別寄付としてメンバーから4.5億ポンド、 エージェントから2億ポンド、将来のマーケットから2−2.5億ポンド。こ れらのファンドは中央基金の資金およびEquitasに生じる可能性のある −110− ロイズの危機と再建の課題 投資剰余金と一緒にして、次のものに利用される:負債への信用貸し、協 会のもつ1992年およびそれ以前の責任の再保険、Equitasのソルベンシー・ マージンへの貢献および新中央基金の創設がそれである。 3.新ロイズの建設 3.1将来のロイズから過去を切り離す。将来のマーケットのアンダーライ ターたちは、マーケットが過去の責任問題のリスクから切り離されていな ければ満足しないだろう。これは、すべてのネームおよび協会の有する19 92年およびそれ以前の責任をEquitasに再保険し、1996年の春にそれが 設立された後には、Equitasへの追徴は行われないという約束がなされる ことによって達成される。ロイズが今後数年の間に、必要とする新資本を 引きつけるためには、この“防火線’’はどうしても確保されなければなら ない。 3.2法人資本のために増進されるべき役割。資本構成の変革と増進は継続 されよう。本年末には、われわれはマーケットに、個人ネームの利害を保 護しながら、法人資本のために役割を増進する方法を導入する。法人メン バーにたいして現在行われている多くの制限は取り除かれる。これらの変 革は、ロイズの引受け能力を維持するために必要な新資本の導入を容易に することだろう。 3.3新中央基金の創設。中央基金(CFー1)は再建のための一部分とし て活用される。新中央基金(CF−2)が創設され、1993年およびそれ以 後の年度に発行された保険証券の安全性を保証することになる。その当初 の金額は3億ポンドを下回らない額になろう、そして、その構成は支払い 済み資金からの1億ポンドと、必要な場合にはロイズのメンバー資金から の2億ポンドが導入される。これは現在の中央基金よりははるかに少額で 甜) 21) はあるが、ライオンカバーおよびセンター・ライトに対する協会の継続責 任からは解放される。 3.4米国における引受業務の再構築。われわれはニュー・ヨーク保険庁 (NYID)によっ発表された新保険規則に合致するように、米国における 引受業務の基盤を再構築する。再構築の主たる構成内容は、合衆国におけ る現在行われているサープラス・ラインと再保険ビジネスを引き受けるた めに新しく 2つのトラスト・ファンドを構築し、ロイズの米国中央基金 (CFUS)を再形成するためである。 ー111一 ロイズの危機と再建の課題 3.5資金増強戦略。この数年の間に、ロイズは保険引受けのための新資本 の大幅な増強が必要となる。マーケットは個人ネームと法人ネームの混在 した形が続く。しかしながら、個人メンバーによって提供される資金の減 少は避けられない。資金増強戦略は今年から始められる、そして、1996年 の春に過去の問題の解決と再建が成功裏に完了すると弾みがつくことにな ろう。 4.財務の蓄積 4.1財政再建は多くの計画を基盤にし、次のものを含んで行われる: ・実際の金額は彼らの現在までの損失のすべてを処理するべくネームから 支払われる、その中には次のものが含まれる、すなわち、まだコールさ れていない損失、将来Equitasが支払うべき負債および1995年および それ以前の損失がそれある。信用貸の金額を含めた支払額は約59億ポン ドである。 ・20億ポンドと見積もられる信用貸の計画はネームの“最終額”の衝撃を 緩和し、債務を39億ポンドに減じることになろう。 ・ネームの“最終額”の支払義務は次のように調達される: 15億ポンドがロイズのファンドから、 8億ポンドは特別寄付の純額である“3年間の利益解放”からの収益 金で、 6億ポンドはネームの不足額として将来支払われるものから、 8億ポンドは解決ファンドから差し引く、 2億ポンドをネームの剰余金として差し引く。 ・われわれの計算では、最大の損害額をもつ多数のネームの未払い負債額 は収益を配分した後でも4億ポンド残っている。われわれはこれらの残 債を全く支払い得ないネームが“最終”に達することができるように準 備を進めている。 ・これらの計算とネーム自身がもつ計算の基盤に基づいて、われわれは大 半のネームが“最終”に到達できると考えている。 ・Equitasが設立されるとその総資産は約160億ポンドになるだろう。 5.この計画の利点 5.1関係者全員にたいする主たる利益は、“旧’’と“新”の両ロイズの流 動性の継続を確認できることである。加えて、特別なグループに対して次 の恩恵がある。 ・証券保持者にとっては:Equitasを形成し、ネームの支払義務をキャッ シュに変換することによって過去の証券の信頼度を高める;“防火線’’ ー112− ロイズの危機と再建の課題 を造ることによって将来の保険証券の信頼性を増進せしめる;新しい中央 基金を進展させる;そして、より強力なマーケット業務を推進する。 ・メンバーにとっては:20億ポンドの信用貸を計上することによって、 “最終’’の見通しが立ちやすくなる;Equitasの保険料に“3年間の利 益解放”が貸与される;そして、訴訟を公平に解決する資金として、少 なくとも8億ポンドが用意される。 ・アンダーライター、エージェントとブローカーにとっては:ロイズの保 険マーケットが、より良い環境で、信頼のおけるビジネスを遂行できる ことになる。 5.2メンバーとエージェントにとっては、これらの利益は再構築に関係す る費用負担を必要とする。 5.3評議会と顧問団はこの計画を他の計画、殊に協会が業務を停止した場 合のものと対比して検討した。評議会は業務を停止する案があらゆるメン バーに深刻な被害と不安を与え、メンバーが責任を回避できるという結果 にはならないことを確信した。 6.承認の確保 6.1再建計画を達成するた桝こは、法的な同意の確保が必要であるが、わ れわれはメンバーにガイダンスを提供し、彼らの参加を得て、成功裡にこ とを運ぶために、この段階において重要な問題点を開示することにした。 6.2われわれの緊急課題は、この計画を前進させ、不確実な部分を解明す ることである。10月中には、協会にもう少し詳しい概要が提示される。そ の時に、われわれはメンバーからこのプランを進展させるべく支持を得た いと思う。 6.3それとは別に、メンバーの特別な寄与を求めるための投票が必要であ る。その上に、1996年の春には、それぞれのネームは1992年およびそれ以 前の責任を訴訟によらないで解決できる方法の提示を受けることになるだ ろう。 出所:Lloyd’S:ReconstruCtion and Renewal,Lloyd’s of London, May1995,pp2,6, 一113一 ロイズの危機と再建の課題 このようにして立案されたEquitas計画は会員総会において承認 され、1996年9月4日、Equitasグループは、1992年およびそれ以 前の責任に関するシンジケートの再保険の引受けを開始した。文字通 り一晩でEquitasグループは世界最大の再保険会社の1つとなった。 22) 総資産160億ポンド(2兆5,600億円)純資産5.8億ポンド(941億円) を有し、おそらく保険産業において1つの会社としては史上最大の困 難なクレームのポートフォリオをもつことになった。 図表6 Equitasの組織 理 事 会 l 専務理事 ファンド・マネージャー クレーム処理請負会社 ランオフ処理契約者 出所:同上 7頁。 Equitasの組織は(図表6)の通りである。Equitasのビジネスは 次の4つのコア活動からなる、すなわち、 ・クレームの処理 ・再保険事務の集約 ・資産の投資運用 ・管理事務と統制機能 がそれである。 また、Equitasは最近、外部の組織とクレーム処理とランオフ・マ ー114− ロイズの危機と再建の課題 ネジメント処理を遂行するための契約を締結した。これらの契約によっ てロンドン・マーケットの保険技術を活用でき、また、はじめの数年 間に予定される賠償責任の支払額の計算を早急に進めることができる。 1996年12月31日現在のEquitasのスタッフ数は637人であり、1997 年の第3四半期の終わりには770人になることが予定されている。 注15)Lloyd’S:Reconstruction and Renewal,Lloyd’s of London,May1995, 16)拙著、前掲書、77−78頁。 17)ロング・テイル責任をもつrun offシンジケートおよび現在活動しているシン ジケートのロング・テイル責任をマネージすることを任務とするマネジメント会社 のことである。 18)拙著、前掲書、79−80頁。 19)Lloyd’S,Op.Cit,pp.12−16 20)ライオンカバー:Lioncover保険株式会社のことで、行き詰まったPCW(ピー ター・カメロン・ウェッブ)シンジケートの責任を再保険するために1987年に設立 された保険会社。lbld.,p47. 21)センター・ライト(Centre Write):ロイズ協会が子会社として全資本を所有する 保険会社で、1991年にランオフ勘定(債務が未確定のために締め切ることができな い勘定)を再保険し、Estate Protection Policies(相続が発生した場合に被相続 人の未確定責任を肩代わりするための保険)を引き受けるために設立された。lbid., p.46. 22)いずれも為替レートを1ポンド160円で換算した。 ー115一 ロイズの危機と再建の課題 五 むすび 1988年度に始まった今回のロイズの危機は1992年度まで実に5会計 年度にわたり、総額約77億ポンドの赤字を計上した。これは英国の所 得税の通常税率を4%引き上げた額に等しく、過去20年間の収益を相 殺してしまう。“ロイズが抱えているほどの大きな損失を出し、生き 長らえた企業はイギリスにはない’’と協会のP.ミドルトン専務理事 23) はいう。この間、数千人のネームが支払不能またはそれに近い状態に 陥り、協会自体もその存続をかけて揺れ動いた。 今回の危機の遠因は、米国のアスベスト公害に関するPL損害と環 境汚染問題に関する賠償責任にあると考えられるが、これに対するロ イズの対応が的確でなかったことが被害を大きくし、ロイズ存立の危 機にまで発展させた。 今、この危機を翻って考察すると、これほど途方もないロイズの斜 陽からは多くの疑問が生じる、と A.ラフアエルは次の諸点を指摘 24) する。 (Dあれほど長い間、取引の公正なことで名声を築いてきたロイズ・ マーケットが、どうして少数の強欲者によって崩壊に導かれるよ うなことになったのか? (りどうしてLMXマーケットが野放しに拡大され、収拾がつかなく なったのか? ③潜在的な疾病や汚染による賠償責任のリスクは、なぜ予測されず、 それに対する備えもなされなかったのか? (り世界有数のアンダーライターたちが、一握りの不適格者の愚行と 不法行為を許さざるを得なかったのか? (9協会はなぜ、十分な資金を持たない何千というネームの僅かな財 産を、リスキーなシンジケートに預けることを許したのか? −116− ロイズの危機と再建の課題 これらの疑問点のほかに、今回のロイズ危機の原因となったと思わ れるいくつかの問題点がある。すなわち; (カアスベスト公害がロイズに大きな影響を及ぼすであろうことが分 かった1978年の時点での対応である。この時点でこれらの情報が 関係者に正確に伝えられていれば、危機による傷口はこれほど深 くならなかったであろう; (カ賠償責任保険証券は1985年を待たずに、もっと早い時機にオカラ ンス・ベースからクレーム・メイド・ベースに変更されるべきで あった。少なくともアスベストのPL問題が提起されはじめた19 60年代に改正しておけば、ロイズは50億ポンドの出費を節約でき たはずである; (彰アスベスト賠償責任の被害を予測した一部のシンジケートのアン ダーライターは、これをロイズ・マーケット内で他のシンジケー トに再保険した。さらに、その再保険をあまり事情を知らないエ クセス・ロスの引受けシンジケートが、利益の得られるビジネス として飛びつき、LMXスパイラルの端緒となった。そして、こ のビジネスを材料に大量の新規ネームの募集が行われた。しかも、 そのネームたちには、このような重大な情報を開示されなかった。 そして、選ばれたネームのほとんどは、僅かな資産しか有しない 中産階級であった。この事態の進行過程で協会は何らかの介入あ るいはアドバイスをすることができなかったのだろうか。協会の 幹部はこれらの情報を把握しておきながら、その情報を自分の関 係するシンジケートの利益になるよう利用した形跡が見られるの はまことに残念なことである; ④現実にアスベスト被害の賠償支払が始まった時点で、そのペンディ ング・クレームがRITC(シンジケートをクローズするための再 −117− ロイズの危機と再建の課題 保険)の形で、次の年度のネームに安易にキャリー・オーバーさ れ、それらの支払責任が何も知らない新規のネームたちに負わさ れたということは、道義的責任と法律上の責任の境界線上にある と考えられる問題である; 等々、数多くの反省材料が指摘されよう。 この危機を乗り越えるために、計画されたビジネス・プランの遂行 によってロイズは辛うじて、協会全体の崩壊から免れることができた。 なかでも、法人会員の募集と Equitasによる過去の問題の切り離 しに成功したことがロイズという協会を生き残らせる救助策として大 きく貢献した。 今回、Equitas という大きな入れ物に、過去の臭いものを全部はり こんで蓋をし、表面的には新生ロイズの誕生を祝ったわけであるが、 Equitasが計画通りに運営され採算にあうかどうかは、保証の限りで はない。 本文にも述べた通り、アメリカにおけるアスベスト公害と環境汚染 の被害予想額は米国の全保険会社の総資産をはるかに超えている。た だ、資本主義の旗手である米国政府が、お膝元の金融資本である保険 業者の大半を倒産させてまで、スーパー・ファンド法の遂行を支持す るはずはないという希望的観測だけが保険業界の頼りであるといって も過言ではない。 またもし、Equitasにおける支払準備がそれらのクレームに不足す る場合には、文言の上では、過去の問題を抱えるネームに責任が残る ことになってはいるが、その時点になって、過去のネームに損害額を 追徴することは不可能であろう。なぜならば、これらのネームたちの 大半は、入会時に詳しい内容を知らされないままに、過去の賠償責任 をシンジケート内部でキャリー・オーバーされたRITCによって負担 −118− ロイズの危機と再建の課題 させられたという経緯があるからである。 したがって、今後のEquitasの運営において、もし不足金が発生 した場合には、これらの損害額に見合うだけの利益を計上することに よって、それらの損失を補う以外に方法はないと考えられる。このこ とはとりもなおさず、今後の引受ネームが結果的にそれらのリスクを 負担することにはかならない。このようなリスクのあるところに無限 責任を建前とする個人ネームが大量に新規加入するとは考えられない。 したがって、今後のロイズの引受業務は、有限責任の法人ネームが主 体となって遂行されていくと見て間違いない。 今回のロイズ危機の解決段階において、不本意な状況のまま取り残 されたのは、破産またはそれに近い状態のままで放置された困窮のネー ムたちである。ところで、歴史がしめすように、ロイズは過去写回の 危機を乗り越えてきた。すなわち、1778年の米国独立戦争時および19 65年のハリケーン・ベティの時がそれである。しかし、これの歴史的 事例においても、ロイズという組織は、多くの個人会員を破産させな がら、新しい会員を募集し、新資本を導入してその組織の建て直しに 成功してきた。今回の経営危機に際しても、結局は過去は過去として、 個々の会員の問題は置き去りにしても、法人会員という新しいメンバー を加えることによって、ロイズという組合組織自身は生き延びていこ うとしている。そのうえ、新聞記事が報じるように、「専用ファンド」 という形で英国内ばかりでなく海外にまで、有限責任の法人投資家が 25) 続々と設立されつつある。このように、現代においては、個人よりも さらに強力な財政基盤をもつ、法人資本のバック・アップのもとに、 とりあえずロイズは回生し、次ぎなる発展を目指している。 かくして、コーポレイションとしてのロイズ丸は、今回も支払能力 のなくなった古いネームを切り捨て、Equitasという巨大な再保険会 ー119一 ロイズの危機と再建の課題 社を設立し、これにすべての過去の問題を再保険することによって集 約し、とりあえず、一応は危機を切り抜け、法人資本を中心としたネー ムを新規に募集することによって、新しい形で次なる航海に旅立とう としている。 注23)A.Raphael,OP Cit,p3 24)Ibid,pp3−4. 25)「英ロイズ保険組合の保険引受代理人会社が相次いで、自社担当のシンジケート のみに資金を投入する“専用ファンド’’と呼ばれる投資会社の設立に動いている。 この背景にはロイズが引受け能力の安定化を図るために、95年から会社法人一社だ けが参加するシンジケートを認める方針を打ち出したことがあり、ロンドン証券取 引所が専用ファンド上場を許可する公算が強まっていることも影響している。保険 代理人会社は保険引受けの原資が個人会員の死亡・離脱などで不安定になることを 懸念、安定した資金を求め機関投資家から資金を導入する意欲を強めている。その 際には自社担当のシンジケートのみに投資するファンドの方が、機関投資家などの 資金を誘い込みやすいと見ている」94年10月18日、日経金融新聞 5頁。 そして、この方針にそって、海外ににおいても、自社が手掛けるシンジケートに 専門に投資する“専用ファンド’’を設立する動きが出てきている。「ロイズのエー ジェント、ヴェントン・アンダーライティング・エージェンシーズはバミューダの 金融持ち株会社、バッターフィールド・セキュリティーズと合弁で、専用ファンド “ヴェントン・アンダーライティング・グループ’を設立する。資金調達の地域を バミューダなど海外に広げ、最大2,500万ポンドの資金を募集する。ホンコンのブ ローカー、JIB グループの協力を受け、裕福な香港投資家層も開拓する」94年10月 24日、日経金融新聞 5頁。 ー120一 ロイズの危機と再建の課題 (本稿は、平成9年7月12日、九州産業大学で開催された日本保険学会 九州支部において報告したものに補筆を加えたものである。) ー121−