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医療保険の負担の公平に関する一考察

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医療保険の負担の公平に関する一考察
九大法学91号(2005年)612 (1)
医療保険の負担の公平に関する一考察
韓国の医療保険法改正を手掛りに
盧
蘭 淑
はじめに
1 韓国の医療保険制度における保険料負担の格差の是正
医療保険制度における保険料の格差
二 第一段階(1977∼1982年)医療保険の適用拡大への統合論
三 第二段階(1983∼1989年)医療保険統合の実現可能性論
四 第三段階(1989∼1998年)医療保険一元化の実現
五 一元化の達成の背景と新たな問題
小 括
H 医療保険一元化制度の概要
保険者と被保険者
二 保険給付
三 保険財政
四 診療報酬
小 括
皿 地域加入者の保険料賦課体系と公平
地域加入者に対する新たな賦課体系の導入
二 同一所得・同一保険料の原則に対する憲法裁判所の判断
三 地域加入者の評価所得について
四 同一所得・同一保険料原則の問題点
小 括
おわりに
(2) 611医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
はじめに
医療保険制度は、人々が日常生活を営む上で必要不可欠な疾病に対す
る医療給付を行う制度として、社会保障制度の中でも重要な役割を占め
ている。日本における医療保険制度は、1922年に被用者を被保険者とす
る健康保険法が制定され、1938年には非被用者を被保険者とする国民健
康保険法が制定された。1961年中国民皆保険制度を達成して以来、医療
保険制度はすべての国民に対して医療保険の給付を行うことができ、現
在に至るまで制度の枠組を維持しつつ国民生活を支えている。しかし、
経済的・社会的環境の変化に伴う少子高齢化と経済低迷が、医療保険制
度の人的構成及び財政に悪影響を与えた。そのことを受けて、新たな医
療保険制度の枠組についての議論が喚起されるに至っている。その議論
の一つとして、医療保険における負担の問題を挙げることができる。
周知のとおり、日本の医療保険制度は、使用関係の有無によって属す
る制度が異なる。そのことから、高齢者や無職者が地域保険に集中して
おり、保険料の負担能力が低い者や医療ニーズの多い者が国民健康保険
(以下、国保という。)に多いという制度間の格差を内包している。
とりわけ高齢化に伴って高齢者の医療費が急増したことから、老人保
健制度や退職者医療制度による制度間の財政調整が行われたが、財政調
ロラ
整が行き過ぎであるとの被用者保険からの反対が出てきている。これに
対して現在のところ、国は2003年3月28日の厚生労働省の「健康保険法
等の一部改正する法律附則第二条第二項の規定に基づく基本方針につい
て」において、高齢者を65歳以上75歳未満の前期高齢者と75歳以上の後
期高齢者の二つに分け、それぞれの特性に応じた新たな高齢者医療保険
制度を設けることにし、特に、後期高齢者については、加入者の保険料、
国保及び健康保険からの支援並びに公費により賄う新たな制度に加入し、
新たな制度の保険者については、後期高齢者の地域を基盤とした生活実
九大法学91号(2005年)610 (3)
態や安定的な保険運営の確保、保険者の再編・統合の進展の状況等を考
慮することになっている。そして、後期高齢者の保険料負担については、
別建ての社会連帯的な保険料を国保及び被用者保険からの支援で賄うこ
ととされた。他方、前期高齢者については、国保又は被用者保険に加入
することとするが、制度間の前期高齢者の偏在による医療費負担の不均
衡を調整し、制度の安定性と公平性の確保を図っている。
しかし、高齢者医療保険制度において社会連帯保険料を持ち出すとし
ても被用者保険と地域保険には依然として制度間の格差は残るであろう。
今まで保険者再編成論があるたびに自営業者の所得捕捉率の問題が指摘
され、議論が進まなかった。賃金に対して保険料を賦課される被用者と
異なり、自営業者は所得の捕捉が困難であることから国民健康保険の保
険料算定は応能割である資産割と所得割と、応益割である世帯割と均等
割で賦課されている。また、各々の割合も市町村によって非常に異なっ
ている。このような賦課方法は、一般に保険料算定において被保険者の
負担能力が算定要素の一つとなるため、被用者における賦課方法に比べ
て相対的に低くしか反映しないため、世帯員が多い世帯により高い保険
料負担を負わせる仕組みになる。日本の医療保険制度は、強制加入で皆
保険として医療保険制度が施行されるので、被保険者の人的構成に関係
なく、被保険者の同一の負担能力に対して同一の保険料を課すことがよ
り公平にかなうと考えられる。
この問題に関連して、韓国の1999年の医療保険法改正は興味深い示唆
を与えてくれるだろう。というのも韓国の医療保険制度もまた、日本と
同様の問題をかかえていたが、この改正によって、「同一所得・同一保
険料の原則」の下で制度間の格差是正を図ってきたからである。その手
法とは、所得捕捉率が低い非被用者(主に自営業者)に新たな保険料賦
課体系を設けることによって、所得捕捉率の低さをカバーしつつ、被用
者との保険料負担の公平を図ろうとするもので、日本の医療保険制度の
改革においても参考になると考えられる。
(4) 609医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
従来の研究では、日本における制度間の保険料負担の格差が生じた理
由として、リスクが異なる被保険者を区別して医療保険制度を設計した
く ことだ、と指摘していた。しかし、その指摘自体は間違いないが、制度
間格差の是正と公平な保険料負担を論じる前提となるべき国保被保険者
の所得捕捉の問題については、管見の限り十分検討がなされていない。
また、社会保障法学的な分析は、現在制度改革論として議論されている
くヨ 高齢者の医療保険に集中しており、医療保険としてどのような負担のあ
くの
り方が公平であるのかについては問題の指摘に止まっている。
そもそもビスマルク型の社会保険の大きな特徴とも言える被用者保険
と自営業者保険との区別には、必ずしも明確な法的根拠を見出すことは
く う
できない。とりわけ、雇用形態の多様化、非典型雇用の登場などの労働
市場を取り巻く変化が見られる一方で、使用者負担を避けるため事実上
くの
の被用者に委任契約を求めるという問題も生じている。
このような状況の中で、近年、被用者保険と自営業者保険とに分かれ
た制度を採っている諸国においては、医療保険の改革が行われている。
ドイツでは、1993年医療構造法により、疾病保険間の財政格差を是正す
くの
るために全国規模での「リスク構造に関する調整」が行われた。これは、
疾病金庫間によって異なるリスクを調整することで、完全疾病金庫の被
保険者の所得(保険料算定対象収入)、扶養率(被保険者数)、年齢、性別
く う
についてリスクを調整したものである。またフランスにおいては、伝統
的に労使の保険料拠出による保険料中心の財政構造から、新たな財源を
確保するため、1990年に一般社会拠出金制度(CSG=contribution
のう
sociale g6n6ralis6e)が導入された。
各国の医療保険法の改革の中でも、1999年に始まった韓国の医療保険
制度改革は被用者保険と自営業者などが適用される地域保険の統合とい
う点で特に大胆である。韓国の医療保険の改革はドイツともフランスと
も異なった手法をとっており、古い伝統的な社会保険の法理に基づく、
被用者と自営業者の峻別から生じる共通の問題に対して改革を行ったと
九大法学91号(2005年)608 (5)
いう点で注目に値する。
そこで本稿では、まず、韓国の医療保険制度における制度間格差の状
況と一元化の立法過程での議論の歴史的な変遷について整理し、どのよ
うな背景で医療保険制度の一元化が行われたのかを明らかにする(1)。
その上で、一元化後の医療保険制度の具体的な制度内容を概観する(H)。
そして、保険料の負担の公平につながるとして一元化の際にとられた同
一所得・同一保険料の原則に基づき、具体的にどのような保険料賦課体
系が新しく設定されたのかを概観し、公平の観点からその妥当性につい
て検討を行うこととする(皿)。
注
(1) 健康保険組合連合会「21世紀の国民の健康と医療の確保を目指して一
医療保険制度構造改革への提言」『健康保険』1999年4月号32頁。
(2) 制度間の格差について、上村雅彦「医療保険の課題と展望」石本忠義編
『社会保障の変容と展望:佐藤進先生還暦記念』(勤草書房、1985年)193
頁、岡崎昭「国民健康保険の保険料賦課方式」季刊社会保障研究25巻3号
(1989年)273頁、新藤宗幸「高齢化社会の国民健康保険一構造的欠陥と
改革をめぐる議論 」『季刊社会保障研究』26巻2号(1990年)118頁参照。
(3)倉田聡「老人保健拠出金の問題点と健康保険事業の可能性(上)」『健康
保険』2002年9月号29頁、堤修三「高齢者独立医療保険の諸問題」社会保
険旬報2194号(2004年)15頁、西田和弘「高齢者医療制度の改革一法学
の見地から」『ジュリスト』1285号(2005年)97頁。
(4) 菊池馨実「社会保障法理論の系譜と展開可能性」『民商法雑誌』127巻4・
5号(2003年)608頁、岩村正彦「医療保険法」『自治実務セミナー』40巻
2号(2001年)13頁以下、倉田聡『医療保険の基本原理一ドイツ疾病保
険制度史研究』(北海道大学図書刊行会ユ997年)5一ユ8頁などの指摘が存
在する。
(5) 河野正輝「社会保険法の目的理念と法体系」日本社会保障法学会編『講
座社会保障法第1巻21世紀の社会保障法』(法律文化社、2001年)13頁。
(6)倉田聡「短期・短続的雇用者の労働保険・社会保険」日本労働法学会編
『21世紀の労働法2 労働市場の機構とルール』(有斐閣、2000年)262頁。
(7) See, Jens Alber,.Rθcθ碗1)eびθZqpm2麗s加古んe Gθrηzαπ罪θ晦rθ8むα亡α
Bαs‘cco磁‘η山砂orαpαrα(泥gηz 8んゲ亡2, Neil Gilbert&Rebecca A. Van
(6) 607医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
Voorhis, Changirlg Patterns of Social Protection,47(Transaction
Publishers,2003).
(8)厚生省保険局企画課『欧米諸国の医療保険』(法制、1997年)79頁、松
本勝明『ドイツ社会保障論1一医療保険一』(信山社、2003年)204頁。
(9)伊奈川秀和『フランスで学ぶ社会保障改革』(中央法規、2000年夏184頁。
1 韓国の医療保険制度における保険料負担の格差の是正
本章では、韓国における医療保険の制度間格差の実態とその是正論、
とりわけ韓国の一元化を取り巻く議論の歴史的な変遷とその内容につい
てとりあげ、地域加入者への新たな保険料賦課体系を導入した背景につ
いて検:討を行う。
一 医療保険制度における保険料の格差
(1)医療保険法の成立
くユの
韓国の医療保険法は1963年に初めて制定された。この法律は、強制適
用は企業に負担をかけるという理由で、当時の経済的な状況を考慮して
任意適用方式を採用したが、財政困難などですぐには実施に至らなかっ
ロの
た。1963年の医療保険法では、常時300人以上の事業所で医療保険組合
を設立することができ、300人未満の場合は、他の事業所と共同で組合
を設立することもできた。この法により、共同組合である中央医療保険
組合が1965年に初めて設立された。しかし、この組合は、任意加入方式
をとっていたこと、企業の保険料負担の過重、被用者の低賃金などの理
由で解散し、従来の医療保険法は機能することができなかった。そこで、
1970年の医療保険法改正によって、500人以上の事業所は医療保険の強
制適用対象となったが、1972年10月の軍事政権による「維新体制」改革
が敢行され、施行には至らなかった。その後社会・経済的発展による医
療保険に対する認識の変化に伴い、医療保険法の全面的見直しの必要性
九大法学91号(2005年)606 (7)
が提起された。そこで、1976年忌医療保険法の再改正が行われ、労働者
と公務員及び軍人も医療保険の適用対象とすることになった。
二 第一段階(1977∼1982年)医療保険の適用拡大への統合論
医療保険の統合一元化論の論理の変化過程は三段階に分けることがで
きる。
第一段階は、1982年春でで、主に医療保険適用の拡大の問題について、
国庫の補助なしに短期間で国民皆保険が可能であるとの観点から医療保
険の統合論が提起された段階である。この時期の統合論は、主に政府及
び国会で議論が行われた。第二段階は、1983年から国民皆保険の実施の
ための準備過程で学界及び社会全般にかけて医療保険統合の実現可能性
に対する検討が活発に行われた時期である。第三段階は、国民皆保険を
達成1989年以降から1998年の医療保険一元化法案である国民健康保険法
が制定される時までで、統合の実施過程においてさまざまな問題点が現
れた時期である。
(1)職場組合と公・教組合の統合論
韓国の医療保険制度は、1963年の医療保険法によって制度化されたが、
その規模や被保険者の公的保険に対する理解においても医療保険として
の機能は十分に発揮できなかった。しかしながら、経済的な発展にとも
ない医療保険に対する認識も変化し、1977年に医療保険法が全面的に改
正されることになった。この改正により、従業員数500人以上の事業所
の労働者には医療保険加入が強制適用され、当該事業所の使用者は医療
保険組合の設立は義務となった。また、500人未満の事業所の労働者及
び地域住民(自営業者)は任意加入とし、任意で医療保険組合を設立す
ることができるようになった。この1977年の改正によって、医療保険と
しての土台が構築された。そこで改正医療保険法の本格的実施にあたっ
て、小規模の事業所の組合まで医療保険摘用を拡大して安定的な財政の
(8) 605医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
安定を図ろうとする一元化の議論が始まった。
1980年10月、保健社会部では医療保険一元化のための案の検討指針を
作成した。その指針では、次のような政策目標が出されていた。
1)90年代初めまでに国民皆保険の目標を実現するために国民皆保険
の実施基盤一職場医療保険の拡大と地域医療保険の実施基盤
一をつくること。
2)保険料の公平な負担で、所得階層、地域間の均等な医療サービス
を保障すること。
3)保険財政の健全な運用で、政府の財政負担を最小化すること。
4)保健管理運営体制を合理化すること。
このような政策方針によって統合一元化の指針が検討されたが、中で
も最も重点的に検討した内容は医療保険の管理体制を一元化して医療保
険公社を設立する案であった。この案では、当時の医療保険管理公団、
組合、医療保険協議会等を一つに統合して、医療保険公社を設立し、市・
道支部と出張所などを設置して医療保険業務を一元的に管理運営すると
いうものであった。
一元的な統合管理の主要な目的は、保険財政の集中管理、保険料率の
統合、給付の統合、所得再分配とリスク分散の広域化、社会的共同体意
識の深化、医療供給人材の育成、管理運営上の繁雑性と浪費の解消など
であった。
これに対し全国医療保険協議会は次の理由により反対した。
1>労使自治の財政、自治運営制で推進してきた現行制度が公社方式
より合理的である。
2)一元化をした場合、政府の負担の過重と今後の保険料の引き上げ
などをめぐる政府と国民間の対立を招来する恐れがある。
九大法学91号(2005年)604 (9)
3)地域間の所得格差、医療機関の偏在などが存在する現状の下での
一元化は、負担と給付の衡平を逸することになる。
4)医療保険を通じてもちうる労使間の連帯意識を弱化させる。
5)「組合の自治」、「財政管理」の長所がなくなる。
さらに、経済界も政府の一元化案に反対した。その反対論拠としては、
①組合方式は、その自立的な運営の長所を生かして労使安定に寄与する
ことができるが、②統合方式は、官僚化と非経済性を招来し、いわゆる
『福祉病』を誘発する一方、所得再分配の逆進的現象を招来する恐れが
あるとした。韓国労働組合総連合会も一元化に反対する意見を表明した。
(2)地域保険実施の基盤整備の統合論
1981年7月1日から地域医療保険のモデル事業が実施されたが、農漁
村地域の保険料賦課・徴収等の事務と保険財政基盤の観点から困難が生
じたため、保健社会部は医療保険統合の問題を再び提起した。
198!年の第108回定期国会では、医療保険の統合一元化は医療保険事
業において最も重要な当面課題であるとし、政府に対し1982年の定期国
くユヨラ
会までに医療保険一元化のための法律案を提出させることを決議した。
この時点の議論では、医療保険の一元化は主に公務員及び教職員医療
保険制度と職場医療保険制度の統合化に関する議論であって、自営業者
である地域医療保険は統合の議論から除外されていた。また、医療保険
統合の議論に対して未だ学界側ではほとんど言及がなかった。
医療保険の統合一元化の決議を契機に、1982年1月から、保健福祉部
では医療保険の一元化の指針を再び作成した。その指針では、1980年の
指針とほぼ同じであったが、地域医療保険のモデル事業の経験を土台に
未適用階層の国民に対する医療保険を拡大するためには医療保険の統合
が必要であるという点を強調した。しかし、この案は経済界の反対で大
統領の理解を得ることができなかった。
(10) 603医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
一方、政府とは別に国会は、1981年末の医療保険統合決議には、与野
党ともに医療保険の一元化案を積極的に推進する立場であった。そこで、
当時与党であった民正党は、政府との党政協議を通じて統合一元化を
1982年の定期国会に提出することとした。そして1982年4月に保健社会
部内で各界の専門家で構成された医療保険制度研究諮問委員会を設置し、
一元化に向けての検討を実施した。1982年9月10日この委員会は、次の
ような報告を取りまとめた。
1)現行の医療保険管理公団と医療保険組合連合会の中央機構は統合
する。
2)職場組合は広域管理体制に改編する。
3)地域組合は、モデル事業の終了後、別に統合を検討する。
4)公・教医療保険は中央統合機構で管理する。
5)法律は最終的長期目標上の体系として制度化し、職場組合と地域
組合は経過措置として存置する。
医療保険の一元化に関する議論は、国会とマスコミでは活発に展開さ
れてきた。それに対し、学界では比較的議論がなされてこなかったが、
くエの
ようやく1982年8月に入ってから、活発に議論が行われるようになった。
結局、1982年の定期国会には法案は提出できなかった。この理由につ
いて保健社会部長官は、「この間保健社会部が研究した結果、保険財政
の調達の問題、第二種医療モデル事業(地域保険)を通じて導出された
問題、医療サービスの供給問題、管理運営組織問題などがあって、全国
民医療保険を整備して医療保険の一元化を行うには、更なる研究を要す
くユら るため」だとした。
そこで、1982年2月政府、与党、野党の間で、医療保険一元化の意思
を確認したうえ、大統領を説得するため「韓国型国民医療保障法案」と
いう報告が行われた。「韓亜型国民医療保障法案」は、政府の財政投入
九大法学91号(2005年)602 (11)
を最小化し、全国民に医療給付が均等に提供されること、貧富間の格差
を解消し、国民和合に期すること、漸進的かつ段階的に国民皆保険を実
ラ
現し、その影響を最小化することを大前提にしていた。しかしながら、
国会、マスコミ、学界では医療保険の統合一元化の積極的な支持が得ら
くユの
れたにもかかわらず、その報告は結局、大統領の同意を得られず、医療
保険の統合一元化の議論は中断された。
この時期は、公的医療保険の定着のための議論であり、厳密に言えば
被用者と自営業高間の保険料負担に関する議論ではない。むしろ医療保
険の財政基盤を拡充することで、公的医療保険制度の拡大を図り、被用
者保険と公務員・教職員医療保険との統合が議論されたのである。
三 第二段階(1983∼1989年)医療保険統合の実現可能性論
(1)医療保険の一元化論の再燃
1980年の前半から地域医療保険のモデル事業が実施され、全地域住民
に対する医療保険の拡大が求められ、医療保険管理体制のモデルに対す
る議論が再び提起されることになった。この時期には、主に医療皆保険
実現のために一元化が論じられたが、都市地域保険の拡大と関連して市・
道単位の広域化、生活圏単位の広域化、市・郡・区単位の組合の設立な
く う
ど色々なモデルが論じられた。
その中で、1986年9月に政府は「第六次経済社会発展五ヶ年計画」の
一貫として「国民福祉増進総合対策」を発表した。その内容は、地域住
民の医療保険の適用を拡大実施するということを公式に発表したもので
ある。ただし、管理体制に関しては未確定であった。この対策に基づき、
1988年からは、国庫支援を通じて農漁村地域医療保険を実施することに
なり、1989年には都市地域住民(自営業者)にまで保険摘用を拡大する
ことによって、医療保険法施行後、12年を経て国民皆保険が達成された。
(12) 601医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
(2)地域保険のモデル事業と一元化の必要性
経済の発展に伴って物価が上昇し、地域保険の保険料の引上げが実施
された。この流れを受けて、農村地域に対する医療保険制度が実施され
た1988年に、農民団体は医療保険料の負担が過重であるということから
公平性の問題を提起しはじめた。農民団体は、保険料負担の軽減と保険
料賦課体系の改善や医療保護の拡大、地域医療保険への国庫補助の拡大、
そして療養機関の都市地域偏在を是正するため、農村地域に医療施設拡
充を求めた。
ロ そこで、農民団体は市民団体と連帯して「国民医療保障法案」を提案
した。その内容としては、保険料は応能負担により公平に賦課すること、
事業主と高所得者には累進制を適用すること、国庫負担を拡大し、医療
保護を医療保険に編入して生活保護の医療保護者への差別的待遇とスティ
グマをなくすこと、一部自己負担金を減らして医療を利用しやすくする
こと、全国民が同一の水準で医療ヘアクセスできるよう医療供給体制を
確立することであった。
各界から医療保険に対する意見が出されたが、この時期の議論は「ど
のような制度設計で皆保険化すべきであるのか」という問いに集約され
く の
た。与党の民政党は第十二代大統領選挙において、1987年からは全国民
医療保険化を実施するという公約を出し、「全国民医療保険実施法案に
関する政策討論会」の公聴会を開いた。ここでは、①「市郡単位の生活
権と診療生活圏を中心に地域医療保険が医療供給体制と連携して発展す
く べき」であること、②「全国一元化は不可能であり、地域医療保険は地
方自治体と合わせて分散管理をするが、長期的には統合化モデル事業が
く 検討されるべきである」こと、③「医療保険制度は所得再分配の問題な
どから被用者保険と地域医療保険に分離するが、地域医療保険は全国的
く に一元化すべきである」ことなどの議論がなされた。その結果、民政党
が「分散管理が不可避」であるとして反対の立場をとり、地域医療保険
の拡大のために管理運営体制として市・郡行政単位に組合を設立する分
九大法学91号(2005年)600 (13)
散管理方式を最終的に採用した。この議論は、1988年の農漁村地域にお
ける医療保険の実施と!989年の都市地域住民に対する保険の拡大の過程
において具体化された。
政府は、医療保険の一元化に対する世論の高まりを背景に皆保険への
政策的な方向性を決めるため、1988年8月に「国民医療政策審議委員会」
と共同で公聴会を開催した。そこで、医療保険を組合方式で行うべきで
あると主張する論者は、自営業者の所得の捕捉率が低いこと、統合する
と低所得者の負担が高くなることを指摘し、一方、一元化を支持する論
者は、低所得者の保険料は減らして一定所得以上の者に対しては累進保
険料率を適用すること、を主張した。
組合方式の主張者は、被用者が自営業者より租税負担が高い状況で保
険料の追加負担を行うことは不合理であり、所得の発生構造において統
合保険料の賦課基準を設けることはできないとした。また、都市に医療
機関が偏在しているので、医療保険を一元化にすると医療利用度が低い
農民が不利になるし、低所得者と高所得者間の給付率を通じて所得逆進
性が増すので、社会保険ではなく、税で行う国民保健サービスの方式に
転換すべきであるとした。それに対して、医療保険の統合一元化論者は、
組合方式が地方分権的伝統の確立された国で発展してきたとして、中央
集権的統治国家が伝統的な韓国には、組合の分立は適合しないと主張し
た。そして、韓国の医療保険組合は組合の自立と自治の特性を生かして
いないこと、さらにリスク分散と所得再分配が組合内に限られていて、
自営業者と被用者の間に保険料賦課方式が異なることから公平性を欠く
こと、高齢社会に向かっている状況で、組合の方式では退職者及び高齢
者の医療費を合理的に負担する制度に転換する必要があること、を指摘
した。
これに対して、経営者団体の「韓国経営者総協会」は、国民皆保険を
前提として職場、地域、職種、公・教医療保険組合など多元的な医療保
険体系と組合主義の原則化で地域医療保険を拡大していくべきであると
(14) 599医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
主張した。そして、その際財源が不足する場合には、国庫から支援し、
あるいは、別に医療保険財政安定基金から支援するとともに、被扶養者
の範囲を拡大し、保険料を被扶養者の数によって徴収する制度を導入す
く べきであるとした。
学界でも、一般に現行の組合方式では、国民皆保険にするにあたって
国庫補助なくしては実現不可能であるから、社会正義を実現するために
く は国庫補助を最小化しつつ、医療保険を一元化すべきであると主張した。
一方、経済学者や保健学者は、韓国の医療保険の合理的な発展のために
は、組合の自治性を強調しなければならないとして医療保険の一元化に
く 反対した。
(3)医療保険一元化の「国民医療保険法案」
これらの意見を踏まえ、1988年の定期国会では、医療保険を一元化す
る方向で与野党、政府、医師会の四つの「国民医療保険法案」が提出さ
れた。
第一に、野党の平和民主党案は、医療保険の管理及び財政を全国単位
で一元化すること、地域被保険者に対して保険料の50%を国が補助する
こと、療養機関については第一次療養機関と、第二次療養機関に分けて
保険給付をし、療養機関は保険者との契約によることを内容とした。
第二に、与党の統一民主党案は、医療保険の管理及び財政統合を行い、
一定所得以上の被保険者に対しては累進性を適用すること、低所得者
(医療保護対象者)の保険料は国が負担して生活保護の医療保護と医療保
険を統合すること、療養機関の契約制を実施することを内容とした。こ
の案では、医療保護の廃止と保険料累進率制度の導入を主張した点が特
徴的である。
第三に、政府案は、医療保険組合を市・道単位で広域化して一元化し、
被用者は、保険料を使用者と折半して負担し、地域被保険者は全額本人
が負担すること、診療報酬及び療養費用審査は、保険者が行うことを内
九大法学91号(2005年)598 (15)
容とした。
第四に、医師会案では、医療保険を全国単位で一元化し療養機関を保
険者と医療機関との契約によること、診療報酬は医療保険診療報酬委員
会で決定すること、療養費用は保険者から独立した機関で審査を行うこ
と、そして医療紛争補償基金制度を導入することを内容とした。
最終的に国会で可決された法案では、医療保険を全国一本に一元化す
ること、保険報酬審査委員会の設置、診療費審査委員会の設置、一定所
得以上の被保険者には累進率を適用すること、年金受給権者の保険料の
2分の1を年金基金で負担し、地域被保険者に対しては国が補助するこ
となどが定められた。
(4)大統領の拒否権行使による一元化の挫折
このように成立した医療保険を一元化する法案は、1989年4月大統領
く の
の拒否権の行使により国会に差し戻されることになった。その結果、被
用者保険と地域保険とに分かれた方式で、地域保険は国庫補助によって
適用が拡大され、国民皆保険が1989年に達成された。
四 第三段階(1989∼1998年)医療保険一元化の実現
(1)財政調整の限界と深刻な財政の格差
1989年の国民皆保険後、医療保険に対する問題点が次々と生じてきた。
まず、医療保険の保険給付範囲の拡大である。被用者保険の場合も、地
域保険の場合も、組合によって財政格差の幅が大きかったため、法定給
付の水準を財政の低い組合に合わせる形で統合された。このため給付水
準が不十分であるとの批判がなされたが、個別組合の財政を考慮すると
給付の拡大には限界があるためやむを得ないとされた。ただし、組合方
式であっても、保険給付に関しては職場被保険者、公務員・教職員の被
保険者及び地域被保険山間の給付内容及び給付水準には差がなかったの
で、保険給付に関する不公平は提起されなかった。
(16) 597医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
また、被用者と自営業者間の保険料負担が不公平であることと、職場
移動や住所移動による資格管理が複雑で、保険料賦課基準が異なること
から、管理運営の非効率性が問題となった。
さらに、農漁村の高齢者の増加が農漁村地域の医療保険組合の財政圧
迫の要因になっていることから、すべての保険者が共同で負担して、被
用者保険組合から地域医療保険組合への財政の移転が行われる老人医療
く 費の財政安定事業が実施されてきた。さらに被用者保険と公・教医療保
険から地域医療保険への財政の移転が毎年増加していたことから、地域
医療保険の高齢化への対応が問題として生じた。
以上のように、第三段階では、医療保険の定着期における保険料の格
差と給付の拡大などから、農漁村地域における老人医療費の調達が課題
となり、これを契機に医療保険一元化論が始まったのである。
(2)第一次的な医療保険の一元化
医療保険一元化の論争の中で、一元化を実現する第一歩として地域医
療保険制度と公務員および教職員医療保険制度を統合する国民医療保険
法が施行された。これは地域医療保険が赤字財政に陥っていたためにな
されたものである。すなわち、制度間ごとの財政の不均衡が生じ、所得
再分配の面から社会保険の機能が発揮できていないという問題点を解消
するために、第一次統合が試みられたと言えよう。
この一元化の第一段階である国民医療保険法によって、保険給付内容
の拡大と給付期間が延長されることになったものの、公・教職員は標準
報酬月額を基準として、地域被保険者は所得と財産などを基準として賦
課するという二元的な賦課体系であった。つまり、この第一次統合は保
険財政を分離した一元化であった。
(3)各界の一元化の法案と「国民健康保図法」
政府は、1998年12月3日、医療保険の一元化に関する三つの案をもと
九大法学91号(2005年)596 (17)
に検討を行い、政府の医療保険統合法案を国会に提出した。第一案は、
被保険者である全国民を一つの被保険者として管理し、同一基準の保険
料を賦課して、財政も統合して運営する法案である。第二案は、全国民
の医療保険を統一して管理運営し、被保険者を職域・地域別に区分して、
保険料の賦課基準を別に定め、財政も分離するという現在のままの制度
を維持する法案である。第三案は、第一案と第二案を合わせた法案とし
て保険料の賦課を保険種別に区分して財政は統合運営する法案であった。
第一案は、すべての被保険者の制度間の区分を無くして、個人単位の
被保険者とする案で、被扶養者を廃止する案である。全国民に対して統
一した賦課基準により保険料を公平に賦課することが前提であるので、
職域・地域・公務員を区分する必要がなく、所得または財産などに対し
て同一の範囲と基準を適用する。被扶養者の取扱いに関しては、被用者
と自営業者間に等しく被扶養者制度を設けることも考えられるが、地域
世帯の場合、経済の主体になる被保険者の基準選定が難しいことから、
両方とも被扶養者制度を廃止することにした。
保険料の賦課基準の側面から、すべての被保険者に同一の賦課基準を
適用する案として、経済的機能を測ることができる所得・財産などに対
して賦課するA案と、所得のみを基準とするB案があった。
第一案は、すべての国民に公平な負担を課する意味で意義がある。こ
の案では、被用者と自営業者の所得を区分せずに所得税法上のすべての
所得に対して保険料賦課する(皿で詳述する)。
また、財産に対して保険料を賦課することは、所得発生と密接な関連
がある点と、所得捕捉の限界などを考慮して所得に基づく保険料査定を
補完する意味で用いられた。ただし、その範囲が課税対象になっている
財産に限定されており、課税標準の基準が地方自治団体別に異なってい
る点が問題として存在した。
そこで、保険料賦課要素を所得で統一するが、被用者は賃金所得に対
して、自営業者は所得税法上の総所得に対して賦課することにした。こ
(18) 595医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
の同一所得・同一保険料の考え方に基づく方法は、全国にかけて統一さ
れた客観的な資料に基づいて賦課することができ、全国民を一つの制度
に適用して統一的な保険料を賦課することで負担の公平を図ることがで
きるという長所があるとされた。
しかし、同一所得・同一保険料の原則を実施するに当たっては、自営
業者及び農漁民の所得捕捉率が相対的に低いため、逆に負担の不公平が
生じるのではないかという問題点が指摘された。また、逆に自営業者の
所得捕捉率が高くなると、被用者は総所得の賃金所得分の保険料のみを
負担することに対して、自営業者は総所得(事業所得・賃金所得・利子所
得・賃貸所得等)に応じて保険料を負担することになるので、別の不公
平が生じうるという問題が残っていた。
第二案は、財政を分離する案であるが、これは単独運営の保険料賦課
が難しい場合、被保険者間の負担の公平に関する摩擦を最小化するため
に設けられた案である。職域別被保険野間の負担の公平性には問題が残
るが、急激な制度の変化による混乱を最小化することができる。しかし、
第二号では、被用者の被扶養者には保険料負担の義務が課されないのに
対して、地域被保険者の被扶養者は保険料を負担しなければならない仕
組みとなっており、負担の公平性に問題があった。
五 一元化の達成の背景と新たな問題
政府は、「医療保険統合推進企画団」を構成して、三つの案をまとめ、
く 一元化の基本方向を決めた。これは、「中産層と庶民を中心とする社会」
を作るために、医療のように国民生活を支える基本問題については社会
保障の原則と社会連帯の原理によって解決すべきであるという国政運営
く の方針によるものである。当時の金大中大統領政府における国政運営の
方針は「生産的福祉」という国政の理念の下にあった。ここでいう、
「生産的福祉」とは、「すべての国民が人間としての尊厳と自衿心を維持
することができるように基層的な生活を保障すると同時に、自立的で主
九大法学91号(2005年)594 (19)
体的に経済・社会活動に参与できる機会を拡大し、分配の衡平性を高め
く う
ることで生活の質を向上させ、社会発展を追求する」ことである。つま
り、保険者間の格差は一元化によってのみ解決できるとされたが、その
背景には当時の「生産的福祉」の理念及び社会連帯が存在したのである。
具体的には、政府は1998年に、全国単位で一元化し、単一保険者とし
て国民健康保険公団が、被用者保険の組合の財政と地域医療保険の組合
の財政を統合して管理運営する案を国会に提出した。国会は政府提出法
案を1999年1月に国会で成立させ、2000年1月1日から施行することと
した。政府は国民健康保険法の施行準備段階において政令で定めること
とされていた地域加入者の保険料賦課基準を検討したが、所得捕捉率が
低くなると被用者保険との関連として不公平を生じるので、所得のみの
単一要素だけでは保険料賦課体系を定めることはできないと考えた。
なお、国会では、職場加入者と地域加入者間の保険財政を永久に分離
するという意見もあったが、地域加入者の保険料は、所得・財産・職業・
生活水準などを推定して算定する賦課標準所得による保険料を定めるこ
とにし、職場加入者の保険料は一定期間に支給した賃金所得によるもの
とした。
この法案の施行日は2000年7月1日とされたが、保険財政については、
2001年12月31日まで職場加入者と地域加入者間の積立金を分離して、統
合を猶予した。さらに、保険財政の統合は、所得捕捉率の格差により、
保険料負担の公平の面から単一賦課体系として定められないため、2001
年改正により2003年6月まで猶予されることになった。2003年7月に韓
国の医療保険制度は全国一本化されることになった。
小 括
韓国の医療保険制度は、1963年に初めて制定されたが、その規模や被
保険者の認識において社会保険としての機能は発揮できず、1977年の改
正により強制適用の医療保険が実施され、医療保険制度が実施されてか
(20) 593医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
ら13年後に国民皆保険制度が確立された。その後、制度間の保険財政格
差の問題が生じ、これらへの対応として医療保険制度の一元化が議論さ
れることとなった。第一段階においては、小規模組合の財政の悪化から
一元化論が提起され、被用者保険の組合と公・教医療保険の組合とを統
合しようとする議論であった。第二段階になると、地域医療保険の拡大
により、地域医療保険のモデル事業から生じた問題を契機に医療保険一
元化論が再び論じられた。医療保障が切実だった当時、一元化の主張者
は、韓国の特有の予算(主に国防費)事情を抱えながら、国庫補助を最
小化して早期皆保険を達成するために、医療保険の一元化を主張した。
つまり、モデル事業の結果、負担能力が低い地域保険の負担が重くなる
のを防ぐためにも一元化したが同時に、国庫補助を行わず全被保険者全
体(とりわけ被用者)に「負担を転嫁」する論理でもあった。医療保険
を一元化する法案が国会で可決されたが、大統領の拒否権行使で一元化
は実現されなかった。第三段階では、社会問題化された医療保険の一元
化論は、貧弱だった給付の側面から見て、都市と農村間の制度間財政
負担能力の格差を是正すべきということから、韓国の社会的な正義とし
て各社会階層で論じられ、医療保険の一元化を行う国民健康保険法が
制定された。これは、保険料負担の公平という側面からなされたもので
あった。
注
(10) 1963年の医療保険法制定における立法過程において、韓国の社会保障審
議会では日本の医療保険法を参考にしていた。叫層亙「を号良酒.旦唱層
司斗層州刈潮層早山雪」三号層頬叫司21刈フ1暑州司重}甚。ト里謡穎
(1996),p.431.看王〔朴ジョンホ「韓国医療保険の政策過程における政府
の役割」『韓国政策学会21世紀を対与する分野別政策』(1996年)431頁
参照。〕
(11) 医療保険形成された要因が、第三共和国の政治的必要性であるという。
つまり、1961年朴正煕による5.16軍事クーデターが起こされてから、
1963年に軍政政府である第三共和国が始まった。そこで、朴正煕は、脱憲
九大法学91号(2005年)592 (21)
法的な軍事クーデターに対する正当化の必要性と同時に軍政直後の選挙を
通じた政権を生み出すためにも社会政策を政治的に利用していた。想二三
『二二魁号91碧ヌ1λト:上司’』(二言。トヲ圖ロ11995),p。308.61司・〔ソン・ギョ
ンリュン『体制変動の政治社会学』(ハンウルアカデミ、1995年)308頁以
下参照〕、朴ジョンホ・前掲註(10)438頁。
(12) 韓国の医療保険の沿革については、申守植『社会保障論』(博英社、1999
年)495頁。ヌト喜暑「二号到豆.旦碧碧二二碧二三糾州豊重}01喜瑚ヱを」
三唱剛日1皿二二昇凋1(重}弔ql、1991), pp,49−80.〔車興奉「韓国医療
保険の政策形成及び変化に関する理論的考察」『翰林大比較社会福祉1』
(翰林大、1991年)49−80頁。〕
(13) 「医療保険は早速な期間内に必ず一元化されなければならないことにつ
いて出席者全員が意見を同じであることを確認するため、来年の定期国会
に政府が医療保険一元化に対する法律案を国会に必ず提出すべきことを法
律案の付則に入れる。もし、それが法律体系上不可能であれば付帯決議で
採択するようにしたが、検討の結果、付帯決議ですることとして、これを
全会一致で決定」するとした。(第108回第16次国会保健社会委員会会議録
第16号、1981年11月27日)
(14) 1982年8月韓国開発研究院は「釧豆旦層層二三到司〔医療保険政策協議
会〕」、民政党の「号剋71旦層層智7η里♀}ヨ舎〔国民皆医療保険政策開発
workshop〕」、韓国人口保健研究院の「刈2三二旦碧潮叫司三碧二二を
刈1司耳〔第2種医療保険の拡大指針に対するセミナー〕」、Christian
Academyの「二号潮豆旦碧二三91{}刈召コ}7羽二二碧司1:二重}司糾呈(召
〔韓国医療保険制度の問題点と改善指針に関する対話の会〕」などが行われ
た。これらのセミナーでの意見は、医療保険の統合指針を支持する意見を
表明したという共通点があった。
01子剤 「二号剋到豆旦山斗豊司{}(碧到二二」門司旦を望子第3巻
(ユ987),pp.74−75.〔二二植「全国民医療保険と管理運営の課題」『社会
保障研究』第3巻(1987年)74−75頁。〕
。1早互『号剋二三旦碧喜』(二三{錘}入}、1992),p.329.〔李ドゥホ『国民
医療保険論』(ナナム出版社、1992年)329頁。〕
(15) 第114回国会保健社会委員会会議録第7号1982年10月27日。
(16) 01テ剤『91豆旦碧斗Ω1豆刈月1』(三二{}二二、2002),p,426.〔三州植
『医療保険と医療体系』(ケチュク文化社、2002年)426頁。〕
(17) 当時韓国は全斗換元大統領の軍事政権で、政治と経済団体の癒着が存在
した時代であったことが大統領の拒否権発動の背景として指摘しうる。
(18) 旦二二ス1ギ・『旦そ1昇ス1田刈』(2002),p.210,〔保健福祉部『保健福祉白
書2001』(2002年)210頁。〕
(22) 591医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
(19) 保健社会部長官、国会保健社会委員会長、国会運営委員会が共同で全元
大統領に報告した。
(20) 叫ン§重.、 「91豆苗L層血潮 7耳層 (1987唱) 斗 ス115 著章ト号91層司スト・身層」
朴富谷をq「■刈2週刈1唱(1996),p.69。〔朴ジョンホ「医療保険法の
改正((1987)年と第5共和国の政策自律性」『社会保障研究』第2巻第一
集(1996)69頁参照。〕
(21) 望垂葉「91豆自活刈田雨隠垂心司朗心象魁」『週号剋91豆旦碧唱入1雪
三明1豊尋噌超豆粥司』(璽ユ層τぎ、 1989),p.1.〔延河清「医療保険制度評
価及び拡大改善方案」『全国民医療保険実施方案に関する政策討論会』(民
政党、1989年)1頁〕
(22) {}舎暑「告d1善ズ1望91豆、旦層身囲011遇・醒ヱを」『冠号剋91豆旦層碧入1
雪皇}司1垂を層位豆喜司』(剋瑚τま、 1989),p.227.〔緑玉論「農漁村地域
医療保険拡大に関する考察」『全国民医療保険実施方案に関する政策討論
会』(民政党、1987年)227頁。〕
(23) 山並釜「三曲潮面旦碧響司唐紅州闘毛頭図画」『1987心血逢苧釜号朴
司昇ス1軒司叫を豆喜喫望子唐豆豆ズ1』(1987),pp.25−28.〔元爽朝「地
域医療保険拡大方案に対する再検討」『1987年度春季韓国社会福祉学会学
術討論及び研究発表要旨』(1987年)25−28頁。〕
(24) 李ドゥホ・前掲註(14)340頁。
(25)李ドゥホ・前掲註(14)342−344頁、「石号剋潮豆旦謂含♀1魁筈脅望
望糾噛魁(ス困)」旦エ刈、人〒司旦を望子益(1988)7望,p.2.〔「全国民
医療保険のための統合一元化法案(指針)」報告書、社会保障研究会 198
8年7月2頁。〕
(26) 李ドゥホ・前掲註(14)340頁、保健学者、経済学者達の報告書「亭号
潮卵丘噌到唐迅詠唱司唄尋刈q〔韓国医療保険の発展方法に対する提
言〕」1988年8月2頁。
(27) 大統領が医療保険を一元化する国民医療保険法案に拒否権を行使した理
由は、以下の通りである。
①国民医療保険法附則5条により積立られた各組合の基金など組合の財
産が公団の財産に移管、統合されると、当初非組合員であった人に医療
費が適用されるようなるので、負担の衡平原則に反する。
②基金など組合の財産の移管は財産権を侵害する。
③附則3条に「やむを得ず必要だと認められる事項は現在の法を適用」
するという条文があることから特別な理由もなく、明確性も欠けている。
しかし、大統領の理由に対して医療保険の積立金が公共財産であるにもか
かわらずそれを私有財産と考える不当な論理である、という批判が相次ぎ
なされた。
九大法学91号(2005年)590 (23)
招曽旦「潮回旦層斜薯脅二品糾高高♀1層斗ユ01昇」『三号q豆三層q
子』(聾号昇二二瑚望子杢釜垂ギ・1989),pp。532−536.〔金泳誤「医療保険
の統合の当為性とその理由」『韓国医療保険研究』(韓国福祉政策研究所
出版部、1989年)532−536頁。〕
(28) 1995年から65歳以上の老人医療費の中で入院費の組合負担金を財政共同
事業の基金ですべて負担するように老人医療費の共同負担事業を実施した。
♀閣号「斜職長層91副章垂司」{}舎暑編『91豆豊潤芒』(くユ碧・暑垂朴、
2001),pp.318∼320.〔ウ・ヨングック「医療保険の財政管理」文玉組重
『医療保険論』(シングワン出版社、2001年)318−320頁。〕
(29) 金大中政権における医療保険改革について、健康保険組合連合会『韓国
の医療保険改革についての研究報告書』平成15年8月、p.26.参照。
(30) 朝薯噌日囚唱念}9怪曙磐7國モ}唱『碧妊断面判、立山叫已}叫望91朗趙
暑』囲暑閣司刈唱合}潮召誓甘71司甘、2002),p.93.〔大統領秘書室生活
の質向上企画団編『生産的福祉、福祉パラダイムの大転換』(大統領秘書
室生活の質の向上企画団、2002年)93頁。〕
(31) 大統領秘書室生活の質向上企画団編・前掲註(30)19頁引用。「生産的
福祉」の詳細については同書を参照。
1 医療保険一元化制度の概要
(32)
一 保険者と被保険者
(1)保険者
すでに述べたように、韓国の保険者は医療保険の一元化により統合さ
(33)
れた。そうして国民健康保険公団(以下「公団」という。)が、医療保険
の保険者として、保険料の徴収及び保険給付を実施している。
公団は、国民健康保険法(以下「法」という。)14条で法人として規定
されており、国家に代わって国家的事務である医療保険事業を運営する
ことから公法人に属するとされている。したがって、一般法人とは異っ
(34)
て国家との問に特殊な監督関係が存在する。例えば、公団の定款の変更
は保健福祉部の長官の認可を必要とし(法第16条第2項)、公団の役員を
保健福祉部の長官が推薦し、大統領が任命し(法第19条)、公団の役員
(24) 589医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
及び職員は公務員とみなす(法第26条)とされている。
公団は次のような業務を管掌する(法第13条)。①被保険者及び被扶
養者の資格管理、②保険料その他同法による徴収金の賦課・徴収、③保
険給付の管理、④被保険者及び被扶養者の健康の維持・増進のために必
要な予防事業、⑤保険給付費用の支給、⑥資産の管理、⑦医療施設の運
営、⑧健康保険による教育訓練及び広報、調査研究及び国際協力、⑨同
法及び他の法令により委託された業務、⑩その他健康保険に関連して保
健福祉部の長官が必要と認定する業務、である。また、公団の重要事項
を審議するために理事長と理事で構成された理事会を置いている(法第
24条)。
保険料その他の保険財政と関連した事項を審議・議決するために、公
団は財政運営委員会を設けている(法網31条第1項)。財政運営委員会は、
保険財政に重大な変化が発生した場合には職場被保険者の保険料率の変
更及び地域被保険者の保険料の調停などを審議・議決しなければならな
いとされている。
(2)被保険者及び被扶養者
医療保険一元化によって、国内に居住している「国民」は、医療保護
法上の医療保護対象者、独立有功者禮遇に関する法律及び国家有功三々
遇及び支援に関する法律による医療保護の受給者を除いて、職域に関係
なく健康保険の適用者とされている(法事5条1項)。2002年3月現在、
全国民の97.0%は健康保険の適用を受けており、3.0%が医療保護を受
く けている。健康保険の被保険者は、職場被保険者と地域被保険者に分け
られる。(法第6条)。
地域被保険者とは、被保険者の中で職場被保険者とその被扶養者を除
いた者をいう。
職場被保険者とは、すべての事業所の労働者及び使用者と公務員及び
教職員は職場被保険者である(鉄弓6条第2項)。国民健康保険法におけ
九大法学91号(2005年)588 (25)
る労働者の定義は労働基準法の労働者と同一の概念である。
200!年7月からは、5人未満の事業所の労働者及び一ヶ月以上の日雇
労働者も被保険者とされている。これは、1998年度の経済危機による雇
用形態の変化で、非典型職労働者が急速に増加したためである。
しかし、継続使用期間が1ヶ月未満の日雇労働者、所在地が一定では
ない事業所の労働者、季節的又は臨時的事業所で使用される労働者及び
使用者、非常勤又は時間制の労働者など常時労働に従事させる目的で使
用されていない者は、職場被保険者の義務加入被保険者から除外されて
いる(国民健康保険法施行令第10条)。これらを職場被保険者から除いた
理由は、その就労状態が流動的であり、また被用関係が短期的で把握し
く づらい等の保険財政上・保険技術上の困難があるからと説明されている。
国民健康保険法の適用対象は、被保険者以外にその被扶養者も含まれ
る。被扶養者とは、職場被保険者の配偶者・直系尊属・直系卑属・直系
卑属の配偶者または兄弟・姉妹の中で、その職場被保険者により生計を
維持している者のうち、報酬または所得がない者をいう(法第5条第2項)。
職場被保険者の適用人口は、1997年に総人口の37.1%(1,710万人)で
あった。しかしながら、1998年度、経済危機により金融機関をはじめ韓
国の産業全般にわたり構造改革が進められた。その結果、失業者が大量
に発生することになり、職場被保険者の適用人口は総人口の34.1%
(1,585万人)まで減少した。
また、一元化の議論において職域被保険者における被扶養者をどのよ
うに位置付けるべきかについても大きな論点であったが、職域被保険者
の場合、その被扶養者は従来の通り認めることになった。
韓国に住所を有する外国人の場合は、職場医療保険の適用を受ける事
業所で働く場合には、労働者の申請により国民健康保険に加入すること
ができる(乱民93条第2項)。その他の外国人は地域被保険者になること
ができる。
/ゾド
(26) 587医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
ラ
表一1 医療保険の適用人口現況
(単位1千人、%)
区 分
1995
1996
1997
1998
1999
2000
総 人 口
45,093
45,541
45,991
46,430
46,858
45,896
22,457
22,688
22,885
23,665
23,467
23,492
i49.8)
i49.8)
i49.7)
i50.9)
i50.1)
i51.2)
地 域
適 用 人 口
公 ・ 教
4,881
4,938
i10.6)
i10.7)
i10.7)
i10.7)
i10.4)
i9.9)
職 場 計
16,744
17,035
17,101
15,853
16,857
17,578
i総人口対比)
i37.1)
i36.8)
i37.1)
i34.1)
i37.3)
i36.9)
職場被保険者
5,777
5,891
5,843
5,121
5,423
5,891
﨑}養者
P0,967
P1,144
P1,258
P0,732
P1,423
P1,687
P.90
P.89
P.93
Q.10
Q.10
i1.98)
227
227
227
P145
P145
P145
}養率
地域保険組合数
・教組合数
4,815
4,954
1142
4,859
l!40
4,826
1
E場組合数
事業所 数
161,444
170,022
177,246
172,948
189,948
213,830
二 保険給付
一元化後の国民健康保険法による給付の特徴は、旧医療保険法と旧国
民医療保険法の給付より拡大されることになった点である。かつては、
保険者間の財政の状況によって財政力の低い保険者に給付率が合わせら
れていたため、財政力の乏しい保険者が一つでも存在する場合、低給付
となっていたが、一元化がなされたことによって、保険給付拡大が可能
となった。具体的には、第一に、治療だけではなく、予防、リハビリテー
ションまで給付されること、第二に、療養機関に関しては、旧医療保険
法及び旧国民医療保険法では、療養給付の期間を年間330日に制限した
が(医療保険法第30条第1項、国民医療保険法第27条)、国民健康保険法で
は、一般的な療養給付期間の制限規定を削除したことである。
給付の種類は、健康診断、療養給付、分娩給付、任意給付に分けられ
九大法学91号(2005年)586 (27)
る。国民健康保険法の実施により、産前診察などの予防給付とリハビリ
テーション、健康増進プログラムが追加された。
保険給付は、現物給付を原則として、保険者ではなく第三者である療
養機関により直接提供される。保険の給付は裁量の有無によって法定給
付、付加給付に分けることができる。
第一に、法定給付とは法律の定めにより支給が義務化されている給付
をいう (国民健康保険法第39条第1項)。国民健康保険法が法定給付とし
ているのは、療養給付と分娩給付である(法第31条)。分娩給付は以前
の医療保険法では、第二子までしか支給されなかったが、国民健康保険
の制定によりこの制限は撤廃された。
第二に、付加給付は、裁量給付と任意給付に分けることができる。裁
量給付とは、給付の種類は法律に定められているが、その支給の必要性
に関する判断は保険者の裁量に委ねられている給付をいう。例えば、障
碍人福祉法により登録された障碍者である被保険者及び被扶養者に支給
される補助具が裁量支給に該当する(法第46条)。任意給付は、法律で
定められた給付以外の給付をいい、公団が大統領令の定めにより葬祭費、
自己負担額などが任意給付として定められている(三二45条、施行令第
25条)。被保険者及び被扶養者が死亡した場合、葬祭費が給付されるが
(法第45条)、葬祭費は葬祭を行った者に支給される。葬祭費は実際に支
払った葬祭費用に対する補償である。
療養は現物給付で行われるが、例外的に費用補償を認めている。被保
険者及び被扶養者が緊急またはやむを得ない事情により療養機関ではな
い医療機i関で療養を受ける場合には、療養費・分娩費などの費用補償が
支給される(法第44条)。
韓国の国民健康保険は現物給付のみを対象としており、所得の喪失を
代替する傷病手当は支給していない。そのかわり、労働基準法により疾
病または負傷が業務上の行為に起因して発生した場合、休業補償として
平均賃金の60%が支給される(労働基準法第82条)。なお当該事業所が労
(28) 585医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
災保険法の適用を受ける事業所である場合、平均賃金の70%に該当する
労災保険法上の休業給付が優先されることになる(労災保険法第41条)。
被保険者及び被扶養者の疾病を初期に発見して、適切な措置を行うた
めに、健康診断が実施される(国民健康保険法第47条)。健康診断を受け
ることができる者は、職場被保険者、世帯主である地域被保険者、40歳
以上の被扶養者に限定されている。健康診断は2年に1回以上実施され
るが、事務職ではない職場被保険者には1年に1回健康診断を実施する
(施行令第26条)。
給付は、保険事故の発生に被保険者の自己責任が認められる場合や、
被保険者の協力の義務が履行されない場合、被保険者の基本的な義務で
ある保険料納付を履行してない場合に制限される(法第48条)。
まず、被保険者の自己責任とは、保険給付を受ける者が、「故意また
は重大な過失による犯罪行為に起因」し、または「故意に事故を発生さ
せた」場合であり、健康保険の給付を行わない(法第48条第1項第1号)。
犯罪行為による保険事故の発生は、それ自体が違法性を有するので、懲
く 罰的な意味から保険給付を行わないとされる。
被保険者の協力の義務不履行は、保険給付を受ける者が正当な理由な
く、保険者と療養機関の指示に従わない場合に、保険者は保険給付の全
部または一部を実施しないことができるとした(一槍48条第1項第2号)。
なお、保険者は、保険給付を受ける者が、他の法令によって国家また
は地方自治団体から療養を受けたり、療養費を支給されたときは、給付
の重複を避けるために、保険給付を実施しない(法第48条第2項)。第三
者の行為により保険事故が発生し、これに対して保険者が支給した場合
には、給付費用の限度内で保険者は保険給付を受ける者が第三者に対し
て持っている損害賠償請求権を取得する(法第53条第1項)。第三者から
すでに損害賠償を受けた場合には保険者は、賠償額の限度内で保険給付
の義務を免れることができるとされた(法肩53条第1項)。
そして、保険料納付義務者が、保険料を滞納した場合には、保険者は、
九大法学91号(2005年)584 (29)
督促手続を行い国税滞納処分の例により保険料を徴収することができる。
この場合には、保健福祉部の長官の承認が必要である(法第70条第3項)。
さらに、保険料を3ヶ月分以上滞納した地域被保険者に対しては、完納
するまで保険給付を実施しない。
療養給付は、医療法により開設された医療機関、薬事法により登録さ
れた薬局、地域保健法に基づく保健所・保健医療院及び保健支所、農漁
村など保健医療のための特別措置法に基づく保険診療所などの療養機関
で受けることができる。現行法上では、医療機関は強制適用制度を通じ
のの
て制度化されている。なお、強制適用された医療機関は正当な理由なく
く ユラ
療養給付を拒否することはできないとされている(二二40条第4項)。
三 保険財政
医療保険の財政は、原則として被保険者及び使用者が負担する保険料
によりまかなわれる。医療保険の事業に対する国庫補助は任意である
(二二92条)。地域被保険者の保険料には被用者保険のような使用者負担
がなく、比較的低所得層の非課税所得者の割合が高いとの理由で財政基
盤が弱いため、地域被保険者への保険料と管理運営費に対して国庫補助
が行われている。
1998年10月までは、公務員・私立学校教職員医療保険管理公団、227
の地域医療保険組合、142の職場医療保険組合で運営されていたが、ま
く う
ず、1998年10月1日国民医療保険法により、各地域医療保険組合が一つ
の財政に統合された。その後、保険者と給付が一元化された2000年7月
には139の職;場医療保険組合の財政が一つに統合され、2001年1月には
職場医療保険と公・教保険の財政が統合され、2003年7月1日には地域
保険の財政も統合されることによって、保険者と給付と財政が完全に統
合され、財政面では一元化された。
保険料率は、2000年度には職場被保険者が2.8%、公務員・教職員被
保険者が3.4%と定められたが、2001年からは、職場と公務員・教職員の
(30) 583医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
表一2 年度別平均保険料率の変動率
(単位:%)
区 分
職 場
公・教
平均
共同
単独
最高
最低
1992
3.09
3.09
3.10
4.6
3.0
4.6
1993
3.06
3.06
3.06
4.4
3.0
3.8
1994
3.04
3.03
3.04
4.0
3.0
3.8
1995
3.03
3.03
3.05
4.0
3.0
3.8
1996
3.05
3.05
3.05
4.8
3.0
3.8
1997
3.03
3.13
3.14
4.4
3.0
3.8
1998
3.27
3.22
3.43
6.0
3.0
4.2
1999
3.75
3.70
3.89
6.0
3.0
5.6
2000.7
2.8%一元化
2001.1
3.4%一元化
2002.1
3.63%
2003.1
3.94%
3!1
保険財政が統合され3.4%となった。さらに、2002年度には3.63%に、2003
く 年1月には3.94%に、そして2004年1月からは4.21%に引き上げられた。
(1)保険料
①職場医療保険
職場被保険者の保険料は、被保険者と使用者が各50%ずつ負担する。
そして職場被保険者が公務員である場合、国家または地方自治団体が各
50%ずつ負担する。職場被保険者が私立学校の教職員である場合には、
被保険者が50%、所属の学校経営機i関が30%、国家が20%を負担する
(法第67条第1項)。職場被保険者の保険料は、被保険者の標準報酬月額
に保険料率をかけて決定し(法第62条)、使用者が納付義務を負う。保
険料率は、標準報酬月額の8%の範囲内で大統領令の定めにより公団が
保険料率を算定する。報酬月額とは、労働提供によって受けた俸給、給
九大法学91号(2005年)582 (31)
料、報酬、忌垣、賃金、賞与、手当など、これに類似する金品をいう。
ただし、退職金、現賞金、翻訳料、及び原稿料、所得税の定めによる非
課税労働所得は除かれる(法面63条第3項、同施行令33条)。
標準報酬月額は、施行令により1等級から100等級にまで分類され、
下限は280,000ウォンに、上限は2002年1月から50,800,000ウォンに定め
られた(同施行令別表4)。なお、外国で勤務する被保険者の場合には、
保険料率を特別に定めるとして(法言65条第2項目、1/2の保険料率を
適用することになった。
②地域医療保険
地域医療保険の保険料は、被保険者が全額負担し、保険料の納付義務
は世帯構成員である被保険者全員が連帯して負う (法第68条)。1998年
の国民医療保険法施行後、地域医療保険の保険料算定基準及び方法が大
幅に改正された。以前の地域医療保険の保険料は、世帯当たりの均等割
と被保険者当たりの人頭割とで構成された基本保険料と、所得比例保険
料及び財産比例保険料及び自動車税をベースにした保険料で構成された
能力比例保険料(資産割)が合算されて賦課された。1998年の国民健康
保険法施行準備の段階では、職場被保険者との保険料負担の公平の観点
から、所得のみで保険料を算定する賦課体系を構築する方向で検討され
たが、自営業者の所得の捕捉率が低かったため、職域保険者の反発によ
り実施することができなかった。それゆえ、財政統合が完成に至るまで、
地域医療保険の被保険者には、以前の国民医療保険法による保険料賦課
く 方式が適用されることになった。地域医療保険の保険料賦課体系は、以
前の方法の基本的な枠組みを維持しつつ、これを修正して新たに保険料
算定方法を定めたのである。
地域被保険者の保険料賦課は、加入者の所得、財産(家賃、自動車等)、
「生活水準及び経済活動参加率」を考慮して定め、賦課要素別の点数を
合算した後に、賦課標準所得(点数)に適用点数あたりの金額をかけて
(32) 581医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
算定する。保険料の賦課は、年間所得500万ウォンを境として算定方法
が異なる。所得税法による年間所得500万ウォンを超える世帯は、資産
と所得とで算定するが、年間所得が500万ウォン以下の世帯は非課税の
対象になる。そのため、保険料算定の客観的な基準が少ないことから、
年齢や性別によって経済活動の参加率を評価する「生活水準及び経済活
動の参加率」という概念を採用するようになった。この賦課率の問題に
ついてはmで詳しく検討するが、以下概略のみ説明する。
まず、所得が500万ウォン以下の世帯は、①生活水準及び経済活動の
参加率の区間別点数と、②財産を合算して適用点数当たりの金額をかけ
て算定する。この①の生活水準及び経済活動の参加率の区間別点数は、
表一3の点数表から算定した上で、さらにその点数を30等級別に点数化
するものである。そして財産は、不動産・家賃・自動車について等級を
付すが、不動産や家賃は50等級に、自動車は車種、排気量、使用年数を
考慮して定めた税額をベースに7等級に区分してそれぞれに点数がつけ
く の
られる。
そして、所得が500万ウォンを超える世帯は、賦課要素別点数(つま
り所得、財産、自動車)を合算し賦課標準所得の適用点数に106.7ウォン
をかけた金額である。所得が500万ウォンを超える世帯は、経済活動の
参加率は適用しない。所得は、総合所得や農業所得を70等級に分けて点
数化し、財産は不動産や家賃を50等級に分けて点数化し、自動車は、車
種、排気量、使用年数を考慮して7等級に区分して点数化し、点数を総
合的に合算して106.7ウォンをかけて算定する。ただし、自動車がない
世帯には、自動車に対して点数を賦課しない。
なお、地域加入者が国外に滞在している場合には、給付が停止される
とともに、保険料負担も負わない。
九大法学91号(2005年)580 (33)
く わ
表一3 生活水準及び経済活動の参加率の区間別点数表
区 分
1区問
2区間
男 性
点 数
4区間
60歳以上
30歳以上
U5歳未満 50歳以上 T0歳未満
65歳以上
U0歳未満
1.4
4.8
5.7
点 数
25歳以上 20歳以上
60歳以上 R0歳未満 Q5歳未満
U5歳未満 50歳以上
30歳以上
65歳以上
U0歳未満 T0歳未満
財産の程度
i万ウオン)
点 数
自動車年間
ナ額(ウオン)
点 数
1.4
300以下
1.8
6.4万以下
3.0
6区間
7区間
『
一
一
『
一
一
『
一
一
6.6
20歳未満
女 性
5区間
20歳以上
R0歳未満
20歳未満
加入者の性及び年齢別
3区間
3
4.3
5.2
300超過 600超過 1000超過 2000超過 5000超過
U00以下 P000以下 Q000以下 T000以下 P0000以下
3.8
5.4
7.2
9
10.9
10000超過
12.7
10万超過 21万超過 40万超過 55万超過
66万超過
P0万以下 Q1万以下 S0万以下 T5万以下 U6万以下
6.4超過
6.1
9.1
12.2
15.2
18.3
21.3
くが
② 保険料の減免
国民健康保険法では、離島・僻地・農漁村といった地域に居住してい
る者は、保険料を減額される(法馬62条第5項)。これは療養機関との距
離及び療養機関の偏在などの理由で、相対的に保険給付を受ける機会が
低い農漁村地域の居住者に対し、同一所得・同一保険料の原則を適用す
ることは不公平であるからである。つまり、給付と負担のバランスを考
慮して保険料が賦課される。具体的には、離島・僻地・農漁村など、大
統領令の定めによる地域で居住する者で、離島・僻地の居住者は保険料
の50%を減額される。また、農漁村地域に居住し農業または漁業に従事
くる う
する者は、保険料の22%を減額される。
(34) 579医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
地域被保険者である65歳以上の老人、障碍人登録法により登録された
障碍者、国家有功者等の礼遇及び支援に関する法律に規定された国家有
功者に対しても、保険料の22%が減額されている。しかし、65歳以上の
老人と障碍人登録法により登録された障碍者が職場被保険者である場合
には、収入が安定していると考えられることから減額されない。
保険料免除制度とは、保険料の負担と給付の公平を図るための一つの
制度として、被保険者本人の帰責事由がなく制度上やむを得ず保険給付
く を受けられない者に対して、保険料を免除するものである。職場被保険
者が国外で業務に従事している場合、軍務に服する場合、刑務所に収容
されている場合には、法幣49条により保険料が免除されるとともに保険
給付が停止される。ただし、国外で勤務している職場被保険者であって
も、国内に被扶養者がいる場合、保険給付との公平の観点から保険料は
く 免除されない。
地域被保険者の保険料は世帯単位で算定されるので、当該世帯の中の
地域被保険者一人の保険料免除事由により全体の保険料が免除されるの
ではない。しかし、保険料の免除事由に該当する地域被保険者の所得は
当該世帯の保険料算定から除かれる。
(3)本人一部負担
国民健康保険法では、療養給付に要した費用の一部に入って医療保険
でサービスを受けたとき、治療費用の一部を本人が負担することになっ
ている(法第41条、施行令第22条)。制定当時から導入されている一部自
己負担制度は、被保険者が過度な診療を受けることを抑制し、保険者の
負担を軽減させ、給付を受ける者と受けない者との問の負担の公平を図
るために採用されたものである。
一部自己負担の割合は、日本の医療保険制度の3割負担と異なり、表一
4のように療養給付機関の種類及び診療機関の所在地及び給付費用によ
り差が設けられている。このように療養機関の種類及び所在地によって
九大法学91号(2005年)578 (35)
異なる負担を課す規定は、被保険者による総合病院の集中的な利用を防
ぎ、医院レベルの療養機関での診察及び診療を受けさせるように誘導す
るための措置である。もっとも、入院治療の場合には、一律に療養給付
の20%を本人が負担することになる。
く ラ
OECDの報告によると、30島国のOECD加盟国の保健医療実態を分
析した結果、韓国は公的・私的部分を含めた国民医療費の支出が国内総
生産(GDP)対比5.9%でOECD平均の8.5%より大きく下回った。しか
し、国民医療費の中で患者本人の負担金が医療費の41%で、民間保険ま
で加えると患者負担金の総額の比率は56%となり、OECD加盟国の中で
最も高かった。
(4)高額医療費制度
生活習慣病の増加など疾病構造が変化したことや、医療技術及び設備
の発達によって診療費が高額化したことから、1991年、保険財政への影
響を分散するために、高額医療費共同事業が実施された。旧医療保険法
第27条2項では、保険制度間の財政の安定をはかるために保険財政安定
基金を設け、各保険者は保険料収入の5%の範囲内で拠出するようになっ
た。拠出率は、1991年には5%であったが、その後、毎年1%ずつ引き
上げられ1994年には8%となった。これは、被保険者である患者の負担
を軽減することが直接的な目的であると言うより、保険者の高額医療費
支払負担に対する再保険的なものといえよう。
患者の負担を軽減するための高額医療費制度は、2001年12月31日国民
健康保険法施行令の改正に伴い初めて実施された。これにより自己負担
額が30日の間に120万ウォンを超過した場合は、超えた金額の50%を保
険者が負担することになった。さらに、2004年6月29日の国民健康保険
法施行令の改正に伴い、療養給付費用の自己負担額の上限制を導入した。
本人負担額が6ヶ月間に300万ウォンを超えた場合、超えた金額を公団
が負担する(施行令第22条)。その目的は、慢性・重症疾患者への高額診
(36) 577医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
(53)
外来診療の場合本人一部負担額の割合
表一4
機関種別
所在地
療養給付費用の総額に関す
髀
費用総額が2万5千ウォン
超える場合
綜合専門療養 (54)
@関
全ての地域
自己負担額
診察料+(療養
虚t費総額一診
@総額×45%
費用総額が2万5千ウォン 療養給付費総額
超えない場合
費用総額が2万5千ウォン
超える場合
洞地域
65%
診察料+(療養
虚t費総額一診
@総額×45%
費用総額が2万5千ウォン 療養給付費総額
超えない場合
総合病院
60%
費用総額が1万5千ウォン 療養給付費総額
超える場合
50%
邑・面地域
費用総額が1万5千ウォン 4,600ウオン定
超えない場合
z払い
診察料+治療費
洞地域
病院・歯科病
@・韓方病院
40%
費用総額が1万5千ウォン 療養給付費総額
超える場合
35%
邑・面地域
費用総額が1万5千ウォン 4,100ウオン定
超えない場合
z払い
費用総額が1万5千ウォンを 療養給付費総額
エえる場合
30%
医院・歯科医
@・男方院・
ロ健所など
全ての地域
3000ウォン定額
費用総額が1万5千ウォン ・い(ただし65
超えない場合
ホ未満は1,500
Eオン)
(韓国の洞地域、邑・面地域は日本の町に当たる行政区域単位である。)
九大法学91号(2005年)576 (37)
表一5
くらら 年度別国庫支援の現況
(単位:%、億ウォン)
区 分
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
支援率
54.5
50.7
36.1
52.3
44.5
40.5
38.1
32.7
30.1
29.7
28.2
26.4
31.4
総支出
1,733
4,339 10,079 ll,219 13,306 15,748 18,164 23,122 28,966 33,534 38,163 44,065
国庫支援
946
2,202
3,639
5,868
5,924
6,381
6,924
7,553
8,723
49523
9,954 10,760 11,656 15,529
療費の負担を軽減し、医療保険における保障性を強化するためである。
(4)国庫補助
法第92条は毎年の国家予算から健康保険事業の運営に必要な費用を負
担することができると定められている。1988年に地域保険が実施された
後、国庫補助が投入されたのは、被保険者の高齢化や給付の拡大、そし
て制度の統合による財政不安定に備えてのことである。一元化以降は、
「健康保険財政健全化特別法」によって、2001年から2006年まで、給付
費の50%のうち、40%が一般会計からの国庫補助、そして10%がタバコ
税(特別会計)でまかなわれる。
四 診療報酬
国民健康保険法が施行される以前の診療報酬決定方法では、出来高払
い制(Fee−For−Service)が採用されていた。すなわち、療養機関が提供
する療養行為ごとに金額を定める方法である。この方法は、提供したサー
ビスの内容により費用が定められることによって、医学技術の向上を促
す可能性があり、患者の状態に応じた医療サービスを提供することがで
(38) 575医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
き、診療側と支払側との問で理解を得やすいというメリットがある。し
かし、他方で、過剰投薬や不必要な検査・処置等過剰診療が発生するお
それがあるというデメリットも存在する。出来高払いは、診療費のコン
く トロールが不可能で、給付増加の原因となるため、現行法ではこれを廃
止し、「相対価値点数方式」をとっている。療養給付費用は、保険者と
医療供給者の間で、契約により定められる。この場合、契約の期間は1
年間とされている(法第42条第1項)。
国民健康保険法では、診療費審査の専門性と独立性を確保するため、
従来の医療保険連合会で担当していた診療費審査業務を保険者組織から
独立した「健康保険審査評価院」に移管した(法第55条)。これによっ
て、保険給付の審査過程で発生した保険者と医療供給者間の摩擦を最小
化することができた。
韓国では、DRG(疾病個別Diagnosis Related Group)包括支払制
く 度を1997年からモデル事業として実施してから2001年まで第3次年度の
モデル事業を実施している。これは、高齢化の進行による急激な診療量
の増加とそれによる医療費の急増、その他医療サービスの供給における
不合理や報酬管理の混乱、医療機関の経営の非効率などの問題点が現れ
たためで、今までの行為別報酬制のもとで現れた問題を効率的かつ効果
的に解決するために段階的に導入することになった。
診療報酬審査支払制度については、診療報酬請求及び審査システムの
電子化(EDI−Electronic Data Interchange)が行われた。療養機関は
診療費請求内容をコンピューター端末機に入力し、健康保険審杢評価院
にネットワークで伝送して請求する。請求は電子文書として扱われ、資
料の電算点検、画面審査を経て、審査完了し請求に対する支給連携まで
ラ
続く。このような、一連の請求・審査・支給業務の情報化で迅速な請求
審査により支払期間を短縮することができる。
九大法学91号(2005年)574 (39)
小 括
韓国の医療保険は、保険者・財政・給付における一元化であるが、保
険料賦課基準は二元化されている制度である。そこでは、被用者と自営
業者間の保険料負担の格差について公平性を確保することが重要な政策
課題であった。しかし、被用者と自営業塞翁の負担の問題は、一元化の
議論の中核であったのは確かだが、最終的には綿密な格差是正の議論が
行われることなく、政治的な駆け引きの中で決着した。その結果、一元
化法案の中核である「同一所得・同一保険料」の賦課体系が、実施され
る前に自営業者の所得が十分に捕捉できないとの理由で改正され、また、
財政は実施から3年も遅れて統合されることになった。この問題につい
ては、章を改めて詳細に論じることにする。
注
(32) 週吾層「号堅石4旦層潮咽暑ギ図」『到豆唱軒』2週1立(τ肢}91豆唱叫
翻、2001),pp.299−302.〔全光錫「国民健康保険の法律関係」『医療法学』
2巻1号(大韓医療法学会、2001年)299−302頁。〕
(33) 国民健康保険法の施行と同時に以前の医療保険法による医療保険組合と
医療保険連合会は解散し(法附則第6条)、これらの権利及び義務は国民
健康保険公団が包括承継する。ただし、医療保険連合会の審査業務と関連
する権利及び義務は、健康保険審査評価院が承継する。
(34)招♀層『重}テ入国見を唱喜(刈4豊)』(咽{}朴、2000),p.240.〔金裕
盛『韓国社会保障法論(第四版)』(法文社、2000年)240頁〕、呼戻健康保
険公団は、既存の医療保険組合とは違って公法上の社団法人ではなく公法
上の財団として形成されているという。週普層r心癖入圃旦を唱暑(刈4
垂)』 (法文社、2002),p。274.〔全光錫『韓国社会保障法論(第四版)』
(法文社、2002年)274頁。〕
(35) 重大な変化とは、保険給付費用または、保険料収入の急激な変動により
保険財政が悪化した場合、準備金で適合する金額が著しく不足している場
合、天災地変があった場合である。
(36) 保健福祉部・前掲註(18)221頁。
(37) 金縛盛・前掲註(34)235頁。
(38) 見応昇囚早『旦遭昇囚完工』(国包昇ズ1早、2001),p.201.〔保健福祉部
『保健福祉白書』(保健福祉部、2001年)201頁。〕
(40) 573医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
(39) 金裕盛・前掲註(34)225頁。そして犯罪行為に関する判例として、韓
国大法院は、中央線を越えた道路交通法の違反行為は、旧公務員及び私立
学校教職員医療保険法第48条第1項に定められた給付制限事由である犯罪
に該当すると判決を下した。大判1990年2月9日89午2295。
(40) 旧医療保険法第32条の強制指定制度及び同法第33条の指定取消に関する
規定が廃止された。憲法裁判所は、「医療保険療養機関の職業遂行の自由
を制限するその指定取消の場合、国会はその取消の事由に関して、国民の
正当な医療保険受給権の保護・保険財政の保護及び医療保険受給秩序の確
立という公共福利ないし秩序とその指定取消により医療機関が受ける不利
益などを比較考量して、一般国民がその基準をおおよそでも予測すること
ができるように法律で明確に定めなければならず、下位法令に委任する場
合にもその具体的な範囲を定めなければならなかった。それにも関わらず、
この事件に関する法律条項には、その指定取消の事由のおおよその予測を
可能とするような規定もないまま、保健福祉長官に包括的に委任しており、
これは憲法上委任立法の限界を逸脱したものとして憲法第75条及び第95条
に違反し、さらにわが憲法の基本原理である権力分立の原理、法治主義の
原理、議会立法の原則などに違背しているといえる」と判断し、指定取消
に関する立塩33条に対して違憲決定を下した。憲法裁判所判例1998年5月
28日出漁1.週白白r剋唱豊司望子』傭{}朴、2000),p.357.〔全光錫
『憲法判例研究』(法文社、2000年)357頁以下参照。〕
(41) 韓国の大法院では、医療保険報酬が低くて適切な医療行為ができないと
いうことは、療養機関指定の拒否の事由にならないとした。大判1999年11
月26日97午10819.
(42)国民医療保険法による保険者は国民医療保険管理公団であり、本法によ
り地域医療保険組合と公務員・私立学校教職員医療保険管理公団は統合さ
れた。
(43) 国民健康保険公団のホームページhttp://www.nhic.or.kr/ 2003年1
月7日に公表し、健康保険の財政安定化のため、地域加入者について平均
8。5%引き上げられた。地域加入者の保険料は、賦課標準所得(適用点数)
に、106.7ウォンから引き上げられた115.8ウォンをかけて算定される。大
統領令第17852号(2002.12.30)の国民健康保険財政健全化特別法第8条
(保険料額などの算定節次に関する特例)、同法施行令第2条、第3条6
(44)保健福祉部・前掲註(18)227頁。
(45) 医療保険を一元化しながら、地域医療保険に対する保険料賦課体系が以
前と同一の方法で算定することは、違憲であるとして、違憲確認が求めら
れた事件で、憲法裁判所は財政統合が政知的に望ましいのかに対して疑問
を提起したが、その立法に対しては違憲ではないとした。憲法裁判所決定
九大法学91号(2005年)572 (41)
2000年6月29日99憲叫289。
(46) 自動車の年間税…額は、地方税法第196条の5第1項の定めにより自動車
税の標準税率により算出した金額を基準とする。
(47) 国民健康保険法施行令第40条の2の別表4の2。
(48)韓国では、医療保険に加入している者が、人口割合の97%であり、ほぼ
全国民が医療保険の適用を受けているとの評価がなされている。しかし、
生活保護法から見ると、医療保護適用対象者は3%以上になるはずであり、
医療保護を受けるべき低所得者にも保険料が課されるということを意味し
ている。
(49)韓国では、医療保険一元化により低所得者の保険料の減額をより拡大し、
保険料の軽減処分を受けていた長期滞納者に対しては保険の適用から外し
て生活保護i法による医療保護からの給付を受けさせている。2003年度、保
健福祉部は、ミーンズテストの基準の上限線に近接していたが、脱落した
ものに対して約1万人ほど拡大して医療保護をすることにしている。韓国
の生活保護法では所得や財産によって第一種・第二種に分けられる。第一
種医療保護対象者は、通院および入院治療が無料で提供される。そして第
二種医療保護対象者は一部自己負担があり、通院治療と入院治療とで各々
に定められている。低所得者の長期滞納者は、第一種または第二種の医療
保護制度により給付を受けることができる。
(50) 摺喜71『号三石な旦碧咽』(二号唱二二三二、2001),pp,655−658,〔鄭
弘瑛『国民健康保険法』(韓国法制研究院、2001年)655−658頁。〕
(51)上述したように、この場合は、二二点者のみ保険給付を受けるため、
1/2の保険料率を負担する。
(52) OECD、 Towards High−Performing Health Systems、78(OECD、
2004)
(53) 国民健康保険法施行令第22条第1項の別表2。
(54) 法第40条第2項は「保健福祉長官は療養給付を効率的になすために必要
な場合には、保健福祉部令に定めにより施設・装備・労働力及び診療科目
などの保健福祉三三が定める基準に該当する療養機関を綜合専門療養機関
又は専門療養機関として認定することができる」。法第40条第3項は「綜
合専門療養機関又は専門療養機関として認定された療養機関に対しては療
養給付手続き及び療養給付費用を他の療養機関と別に定めることができる」
と定めている。二二40条第2項及び施行令第8条。
(55)保健福祉部・前掲註(38)207頁。
(56) 01暑君 「潮豆三碧91ス帯一二二二雪魁:尋q耳剣杢}刈斗エ豊牛7圃P」
『21禰7憧}号入二二そ}91刈層斗71司』(選尋朴司旦を軒司、2001),p,191.
〔李ヨンガップ「医療保険の財政安定化法案:総額予算制と包括報酬制?」
(42) 571医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
『21世紀韓国社会保障の財政と改革』(韓国社会保障学会、2001年)191頁。〕
(57) 2001年9月現在のDRG支払制度は、全体療養機関の50%(診療件数対
比63%、1,582の療養機i関一綜合専門病院15箇所、総合病院109箇所、病
院125箇所、医院1,333箇所)でモデル事業に参加している。5年間のモデ
ル事業では17疾病群が適用されたが、2002年1月からはその中で正常分娩、
盲腸炎手術、帝王切開分娩、子宮手術、扁桃腺手術など8疾病群に対する
包括報酬制をあらゆる療養機関で実施する計画であった。しかし、給付の
拡大による保険財政の追加で、その適用は療養機関の自立的な判断のもと
で選択することになった。
(58) 医療保険の一元化により管理運営の観点から、効率をはかることができ
る。2001年11月末現在39,830の療養機関(63。6%)が選択しており、薬局
の場合88.3%が選択しており医療保険の診療費請求の情報化が進められる
と期待されている。
(59)保健福祉部・前掲註(38)236−237頁。
皿 地域加入者の保険料賦課体系と公平
本章では、韓国の医療保険一元化における保険料負担の公平の見地か
ら、もっとも焦点となった地域加入者に対する保険料賦課について検討
を行う。
韓国における医療保険の一元化の導入は、「生産的福祉」という国政の
理念もとで一元化法案が国会で可決されたのである。Hで検討したよう
に韓国における医療保険一元化は社会連帯を強化するという意味を持っ
ている。このように正当化された一元化は、次に地域加入者と職場加入
者が一元化された制度の下でどのような保険料の負担をすべきであるの
かが重点的に議論されることとなった。
議論の結果、1999年に制定された国民健康保険法は地域加入者と職場
加入者の「所得」を基準に保険料を賦課することとした。「所得」を基
準とすることは決まったものの、地域加入者の所得捕捉率の問題が解決
できず、単一的な賦課体系につき公平の観点から一元化の違憲性が問わ
れることになったが、地域加入者に新たな賦課体系を設けることで、一
九大法学91号(2005年)570 (43)
元化は白紙に戻ることなく進められた。
そこで、韓国の医療保険一元化において、地域加入者に対していかに
保険料が賦課されているのか、医療保険改正法が保険料負担の公平を導
くことができたのかどうかを判断する重要な論点となる。
本章は、地域加入者の保険料賦課に焦点を絞って検討することで、韓
国の医療保険一元化の目的と内容を明らかにすることを目的とする。
具体的には、医療保険一元化に伴い地域加入者に対して適用した新た
な賦課体系について詳細に検討し(一)、評価所得の内容(二)、同一所
得・同一保険料の原則の問題(三)について検討を行う。
一 地域加入者に対する新たな賦課体系の導入
ユ999年2月に制定された国民健康保険法では、単一賦課体系として当
該世帯の等級別の標準所得月額に保険料率をかけて保険料を算定するよ
う定められた。しかし、自営業者及び農漁村の被保険者の所得捕捉が事
実上困難であった。そのため、地域加入者の保険料は、1999年12月の改
正に伴い、国民健康保険法第64条及び国民健康保険法附則第10条の2の
規定に基づいて、従来の国民医療保険法における賦課体系(第一次医療保
く 険一元化における賦課体系)をそのまま適用することとした。つまり、一元
化制度における保険料賦課体系は、職場加入者と地域加入者とで異なる
二元的な賦課体系として定められることとなった。ここでは国民医療保険
法の第一次改正に伴って導入された地域加入者の保険料賦課体系につい
て詳細に見ていくことにする。
1の四の(3)でも触れたように、韓国では、地域保険と職場保険の保険
料負担の公平につながると考え、保険料賦課基準を一元化し、医療保険
料は同一所得に対して同一保険料を賦課することとし、立法化が進めら
れた。立法段階において保険料の同一賦課基準たる「同一所得」は、徹
底的に全国民に対して同一の基準をあてはめる賦課体系を創案するA
案と、従前からの国民医療保険法における保険料賦課体系を維持するB
(44) 569医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
案とが提案されていた。「同一の賦課基準」を適用するA案はさらに、
経済的能力の一般的な尺度である所得と財産に対して賦課する案(A−
1)と、所得のみに着目して賦課体系を単一化する案(A−2)に分か
れていた。A−1案は、被保険者たる全国民を対象に一般化された経済
く の
指標を基準とする保険料を賦課することに意義があったが、「資産」は
所得の発生と密接な関連があり、自治体によって課税標準が異なってい
る点が指摘された。また、B案は、従前の保険料に対して保険料変動率
の最小化を意図した案であったが、地域加入者に対しては所得だけでは
なく資産に対しても保険料を賦課することが問題であった。そこで最終
的にはA−2案が1999年2月、国会で可決された。ここでの同一所得・
同一保険料は、被用者は賃金所得を、自営業者は所得税法上の総所得を
所得とし、同一の所得に対して同一の保険料を賦課することである。
しかし、自営業者の所得捕捉率が被用者に比べ著しく低いため、申告
所得のみでは所得を賦課基準とした賦課体系は負担の公平という立法理
念に反し、実現も不可能であった。そこで、地域加入者に対して賦課標
準所得を取り入れた新たな保険料賦課体系を作成した。すなわち、職場
加入者とは別に地域加入者への新たな保険料賦課体系を設けたのである。
しかし、2000年7月1日に医療保険の一元化が施行されることになるが、
単一の保険料賦課体系は準備ができなかったことから、被用者は賃金所
得から、所得が捕捉できないとみなされた地域加入者は賦課標準所得
(推定所得)から保険料を算定することになった。
く 「賦課標準所得は所得・資産・生活水準・職業・経済活動などを参考し
て定め」るとされている(国民健康保険法第64条)が、これは地域加入者の
所得捕捉率が低く「所得」のみでは実際の負担能力が表わされていないた
めで、地域加入者の経済活動参加率(生活水準・職業・経済活動)の要素を
加えることを意味する。では、所得、財産、生活水準および経済活動参
加率を参酌して賦課する賦課標準所得とは具体的に何を示しているのか
個別に見ていくことにしよう。
九大法学91号(2005年)568 (45)
く まず、「所得」は所得税法第4条第1項による綜合所得と地方税第197
条の定めによる農業所得を指している(国民健康保険法施行令第40条の2
第2項)。韓国の所得税法では、所得を総合所得、退職所得、譲渡所得、
山林所得に区分しているが(所得税法第4条)、国民健康保険法では、退
く 職所得、譲渡所得、山林所得は保険料賦課対象にならない。また、相続
税、譲与税についても保険料賦課において考慮されない。その理由とし
ては、一時的な所得は被保険者の定常的な負担能力を表わしていると考
く えられないということが挙げられている。
第二に、「財産」とは地方税法第181条の定めによる財産税の課税対象
となる建物と同法第234条の定めによる綜合土地税の課税対象となる土
地、同法第181条の定めによる財産税の課税対象となる船舶及び航空機、
住宅を所有していない者の場合は賃借住宅の保証金及び家賃、同法第
196条の2の定めによる自動車である。ただし、「国家有功者等礼遇及び
支援に関する法律」、障碍福祉法の適用を受ける者の自動車と、同法施
行令第146条の3による営業用の自動車はその限りではない(国民健康
保険法施行令第40条の2第3項)。
第三に、生活水準および経済活動参加率は、被保険者の性別、年齢、
財産及び障害の程度などを参考して決定する。ただし、「国家有功者等
礼遇及び支援:に関する法律」及び障碍福祉法の適用を受ける者は性別、
年齢に関係なく第1区間を適用するとしている(国民健康保険法施行令
第40条の2の別表4の2)。
保険料賦課体系の基本構造は、以下のようなものである。まず保険料
は所得比例保険料と財産比例保険料で構成されるが、所得比例保険料は
さらに所得保険料と評価所得保険料に分けられ、財産比例保険料はさら
に財産保険料と自動車保険料に分けられる。
所得保険料は、所得年額が500万ウォンより多い場合にのみ適用され
る保険料算定基準であり、総合所得、年金所得、及び農地所得を合算し
て50等級に区分し、等級別に定額保険料が賦課される。一方、評価所得
(46) 567医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
は被保険者の所得金額が年500万ウォン以下の場合にのみ適用される保
険料算定の基準である。評価所得保険料は被保険者の性別・年齢・財産
の程度及び被保険者が所有している自動車の種類など四つの要素から負
担能力を30等級に区分して評価し、等級別に定額の保険料が賦課される
仕組みになっている。
そして財産保険料は1万ウォン以上の財産税を納付する世帯に賦課さ
れ、総合土地税と財産税などを参考にして50等級に区分して定額の保険
料が賦課される。自動車保険料は、車種及び排気量により7等級に区分
して等級別に定額の保険料が賦課される。
この保険料の基本構造からわかるように、被保険者の課税所得の500
万ウォンを基準として保険料算定方法が異なっている。その理由は、地
域被保険者の所得金額が年間500万ウォン以下の場合には、所得が十分
に捕捉できないとみなされ、それに対して他の方法で捕捉をしなければ
ならないと考えられたからである。そこで所得捕捉率の低さを補完する
ために取り入れられたのが、被保険者の生活水準及び経済活動の参加率
に基づく評価所得保険料である。評価所得保険料は、地域加入者の世帯
の所得と性別・年齢・財産の程度・経済活動の参加率などを考慮するも
のであるが、所得申告を行わないことで客観的な資料のない世帯と申告
所得について年間500万ウォン以下とされる世帯が地域加入者全世帯の
く 90%に至っていた。
地域被保険者の保険料賦課は、加入者の所得、財産、生活水準及び経
済活動参加率などの賦課要素別の点数を合算した後に、賦課標準所得
(点数)の適用点数当たりの金額(!23。6ウォン)をかけて算定されている。
保険料算定方式の構造を図示したものが表一6である。
所得が500万ウォン以下の世帯は、②生活水準及び経済活動の参加率
の区間別点数と③財産と④の自動車項目を合算して適用点数当たりの金
額をかけて算定する。ここでいう、生活水準及び経済活動の参加率の区
く の
問別点数は、その点数表から算定した上、さらにその点数を30等級別に
九大法学91号(2005年)566 (47)
表一6 保険料算定方式の構造
世帯当たり保険料
所得比例保険料
課税所得保険料
評価所得保険料
一総合、年金、
一財産、自動車、
農地所得
一70等級
性別、年齢
一30等級
①
財産比例保険料
財産保険料
一家賃、不動産
一50等級
②
自動車保険料
一車種、排気量・
使用年数
一7等級
③
④
○保険料算:定方式
・課税所得が500万ウォン超の世帯 :①+③+④
・課税所得が500万ウォン以下の世帯:②+③+④
点数化するものである。
年間500万ウォンより多い場合には、所得比例保険料の①所得保険料
と、財産比例保険料の③財産保険料と④自動車保険料の等級別に定めら
れている定額を合算した金額が保険料となる。所得が500万ウォンより
多い世帯には、経済活動の参加率は適用されない。所得は総合所得や農
業所得を70等級に分けて点数化している。
そして財産保険料は全地域加入者に共通して適用される。財産は、不
動産や家賃と自動車を等級別に点数をつけるが、不動産や家賃は50等級
に、自動車は、車種、排気量、使用年数を考慮して7等級に区分して点
数化して点数を総合的に合算して123.6ウォンをかけて算定する。
ところで、韓国においては4人家族で月額所得が99万ウォン以下の場
く 合、生活保護iを受けられる。例えば4人家族で年間課税所得が500万ウォ
ン以下の者は、生活保護法の適用を受けるはずであるが、実際には受け
ていない者が多い。これは生活保護適用の調査において、課税上表われ
ていない所得が明らかになる場合があるためと推測される。そのため、
く 医療保険の一元化制度においては、組合方式制度で用いられた世帯割・
人頭割の基本保険料が廃止される一方で、所得が十分に捕捉されない世
(48) 565医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
帯に対する新しい保険料の賦課制度が必要とされた。ここで導入された
評価所得は、所得が捕捉できる世帯とできない世帯との問の不公平を最
小化するために導入された。その中で、地域加入者に適用された「生活
水準及び経済活動の参加国」という要素は、性別や年齢などを考慮して
所得能力が高いと判断される者により多くの負担を負わせる方法であり、
これによって負担の公平性が図られたと評価されている。
以上のことから分かるように、地域加入者に対しては保険料負担能力
を課税資料のみならず、所得捕捉の観点から生活水準及び経済活動参加
率という評価所得も含めて算定している。結果的に評価所得を取り入れ
た地域加入者の賦課体系は、所得の内容が最初の一元化法である1999年
国民健康保険法における同一所得・同一保険料とは異なっていることが
わかる。評価所得の導入については2000年6月29日の憲法裁判所判決で
は「所得捕捉が困難な地域加入者の場合、所得だけではなく財産、生活
水準、職業、経済活動参加率など多様な変数を参考して所得を推定し、
く ユう
その推定を基準とするよう定めていた(法第64条)」とする。また、2000
年5月9日のソウル行政法院では、「『評価所得』とは、経済活動を通じ
て得られた現実的な所得を示すのではなく、保険料負担能力を客観的に
くフ ラ
測定するための基準概念としての『擬制所得』を意味している」として
評価所得の意義と意味を示した。
二 同一所得・同一保険料の原則に対する憲法裁判所の判断
1999年一元化法案が国会で可決されてからまもなく、職場加入者らは
医療保険一元化の違憲訴訟を憲法裁判所に提出した。ここでは、憲法裁
判所における地域保険への保険料賦課体系に対する判断(2000年6月29
日判決 99司叫289)について検:討を行う。
医療保険一元化における職域保険と地域保険間の負担の公平につき、
実質所得に限らず評価所得も一元的な賦課体系であると判断を下してい
る点が興味深い。本件は、被用者である元被用者医療保険組合員が原告
九大法学91号(2005年)564.(49)
となり、1999年に改正された国民健康保険法の財産権及び平等権の違憲
性について争った初めての事例であり、その後の判決にも多くの影響を
及ぼしている。
医療保険制度一元化の議論の過程では、同一所得・同一保険料の原則
は、一元化された保険制度の中で公平を保つために決定的に重要なもの
とされた。しかしながら、自営業者の所得捕捉率を上げて同一所得・同
一保険料を実現するということは、事実上困難であったため、二元的な
賦課体系を導入した。そこで、本件の元被用者組合員の原告が、国民健
康保険法が保険料算定基準を別々に定めている法話62条、職場加入者に
対して標準報酬月額を基準に保険料を算定すると定める法第63条、地域
加入者に対しては賦課標準所得を基に保険料を算定すると定める法第64
くアヨ 条は、平等権侵害であるとして訴訟を提起したのである。
憲法裁判所は以下のように判示している。「社会保険法上の保険料賦
課に置ける平等原則の要請は経済的能力、つまり所得による負担の原則
に具体化される。立法者は元来財政統合の趣旨を生かすために、所得を
基準に職場加入者と地域加入者に対する賦課基準を単一化し『所得比例
単一賦課体系』が所得・財産などを賦課基準とする『国民医療保険法上
の賦課体系』に比べて保険料賦課基準の差異で惹起され構造的不衡平性
を解消し全国民を対象に同一の基準を適用することで衡平性を確保する
ことができると判断した」。そして「このような趣旨により賃金労働者
及び自営業者に対して単一基準である所得によって保険料を賦課するよ
うに職場加入者の;場合法国62条、第3項、第63条によって標準報酬月額
に第65条の規定する保険料率をかけて月別の保険料額を算定し、地域加
入者の場合にも1999年12月31日改正される前の法第62条第4項、第64条
によりその所得である標準所得月額で第65条の規定による保険料率をか
けて月別保険料額を算定するよう定めている。」
しかし、「自営業者の所得把握が困難で所得のみを根拠とする所得推
定値が不正確である可能性が高いため、立法者は1999年12月31日法を改
(50) 563医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
正し、職場加入者の場合には標準報酬月額を、地域加入者の場合には賦
課標準所得を、すなわち、職場・地域加入者すべてに対して所得を基準
とする保険料を算定するよう規定しながら、一方では賃金労働者と自営
業瞬間の所得形態と所得捕捉率の差異を勘案して賃金労働者と自営業者
の保険料賦課体系を二元化するよう規定している(法第62条第3項及び
第4項、第63条、第64条)。つまり、保険料の算定において職場労働者の
場合所得が100%把握されるので所得のみを基準とするが(法第63条)、
所得捕捉が困難な地域加入者の場合、所得だけではなく財産、生活水準、
職業、経済活動参加率など多様な変数を参酌して所得を推定し、その推
定を基準とするよう定めていた(法第64条)。したがって、法律上の保
険料賦課体系は形式的には所得を単一基準とする賦課体系であり、職場
加入者の場合には把握された実所得に対して、地域加入者の場合には推
定所得に対して保険料を賦課する実質的には一元的な賦課体系である。
よって、法螺62条第3項、第4項、第63条第64条は、地域加入者と職場
加入者の本質的な差異を考慮してそれに相応しく別に定めた法律条項と
してそれ自体としては平等原則の観点から憲法的野疵はない」とした。
この判旨からすると、実質的な負担の公平を図る意味で二元的賦課体
系を設けることは一元化された医療保険制度でも可能であるといえよう。
また、職場加入者と地域加入者間の「保険料負担の平等」の観点から
地域加入者の保険料賦課体系の衡平性について、「法律上の保険料賦課
体系は形式的には所得を単一基準とする賦課体系であり、職場加入者の
場合には把握された実所得に対して、地域加入者の場合には推定所得に
対して保険料を賦課する実質的には一元的な賦課体系」であり、「地域
加入者と職場加入者の本質的な差異を考慮してそれに相応しく別に定め
た法律条項」であると判示している。これは「所得」を基準とする保険
料賦課体系の下で、賃金所得である実所得だけではなく、推定所得(擬
制所得)も「所得」として捉えることが可能であることを示唆している
と考えられる。本件によって韓国の医療保険一元化における所得の概念
九大法学91号(2005年)562 (51)
が拡大されたことがわかる。
憲法裁判所は、先の判決によると、地域加入者と職場加入者間の「所
得形態、所得申告方法、所得決定方法、保険料の賦課対象所得の発生時
点などにおいて本質的な相違がある」と認識している。この判決におい
ては、①地域加入者の所得捕捉または客観的な所得推定のために1年半
の猶予期間を設けていること、②財政運営委員会の民主的運営を通じて
職場・地域加入者間の保険料負担率を調整可能とすることで、ここで挙
げた本質的な相違点についての判断までは踏み込まず、違憲ではないと
している。
しかし、いくつかの点で疑問が残る。例えば、所得が自己申告である
か源泉徴収であるかという所得申告方法の相違、賃金と事業所得という
所得決定方法の相違、職場加入者は前年度の賃金に、地域加入者は2年
前の課税申告に対して保険料を賦課するという課税対象所得の発生時点
の相違などを考えるなら、一元化法案制定当時の単一保険料賦課体系よ
り二元的賦課体系の方がこれらの相違を考慮することができるといえる
のではないか。
また、裁判所は、地域加入者と職場加入者間における所得捕捉率、所得
形態などの本質的な差異と、職場加入者の捕捉率は100%で地域加入者は
28%に過ぎないという実態から、医療保険の統合が保険料負担の衡平を保
証できるのかについて疑問を提起していたにもかかわらず、職場・地域加入
者の保険料賦課体系を別々に定めたことは、形式的には単一保険料賦課
体系であるが、実質的には本質的な差を考慮したと判断している。しかし、
二元的な賦課体系を取りながらも、具体的にどのように本質的な差異が
是正できるのか検証せず、合憲判断を下したことについては疑問が残る。
同一所得・同一保険料の原則については、本件と同じ原告が提訴した
他の医療保険一元化の違憲判決において「地域加入者と職場加入者は平
等な保険料負担のためには保険料算定において両者に同一の基準を適用
することが望ましい」(2003年10月30日、2000司叫801)とされている。ま
(52) 561医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
う
た、2004年の政策報告書においても将来的には同一基準の保険料賦課体
系を設けることを政策の方針としているが、ここで検討した両者間の本
質的な相違から鑑みてその政策の方針は保険料負担の公平の観点から適
切であるか問題が残る。
本判決においては地域加入者と職場加入者の本質的な差異を考慮する
地域加入者の評価所得を基準とする新たな保険料賦課体系(評価所得)
までは検討に踏み込まなかったが、2003年財政統合がなされて以降は、
所得捕捉と所得形態の問題は評価所得(擬制所得)によって是正できた
といえるのかが問題となる。したがって、地域加入者と職場加入者の本
質的な差異を考慮して、個別に定めた評価所得の内容について次に具体
的に検討する。
三 地域加入者の評価所得について
地域加入者の保険料賦課体系で導入された評価所得の具体的な内容の
検討に当たっては、擬i制所得の評価の仕方と適用の妥当性、評価所得の
点数の配分について焦点をあてたい。
(1)評価所得の適用
評価所得の検討内容と関連する判例として医療保険料引上処分取消事
件(大法院2001年5月29日、2000午7285)がある。この事件では、国民医療
保険管理公団の被告Yが、1998年10月18日、当時司法試験の受験生であっ
た原告X(当時48歳)に対して、1998年10月分の医療保険料として29100
ウォン(所得比例保険料13100ウォン、財産比例保険料16000ウォン)を賦課
する処分を行った。保険料のうち所得比例保険料!3000ウォンは、Yが国
民医療保険法施行令第4条第3項およびYの公団の定款規定に基づきX
の評価所得をi換算点数17.6点(男性4区間+財産課表5区間9.0点+自動車
1区間2.0点)で算出した上、保険料を算定していた。しかし、当時司法試
験の受験生であったXは、所得活動をまったく行っていないので、所得
九大法学91号(2005年)560 (53)
比例保険料として賦課した13100ウォンは違法であるとして提訴したの
である。
本件は地域加入者の新たな保険料賦課体系、とりわけ評価所得につい
て争われた始めての事例であり、客観的に所得がない場合の被保険者に
対する評価所得適用の是非について争われた点において重要な意味を持っ
ている。
この件について大法院は、経済活動をしなかったことで現実的な所得
を得られなかったとしても評価所得を適用して保険料を賦課することは違
く 法にならないとして上告の理由がないとして棄却した。その第一審におい
ては、「『評価所得』とは経済活動を通じて形成された現実的な所得を意
味するのではないので(『評価所得』は地域加入者の財産程度、性別、年齢、
などを考慮して決定されるので、現実的な所得がないという理由だけでは、評
価所得までないとされるのではない)、Xが経済活動をしないことで現実的
な所得を得られないとしても、そのような事情は『評価所得』を土台に保
険料賦課処分を行うことに何ら障碍事由にならない」と判示した。
そもそも地域加入者の保険料賦課体系において評価所得が適用される
のは課税所得500万ウォンを超えない世帯である。所得捕捉ができない
とみなされた500万ウォン以下の世帯に擬制所得を取り入れることで、
一元化の下での職場加入者間の負担のバランスを図ろうとしたことが立
法趣旨である。言い換えれば、評価所得は地域加入者の明確ではない所
得をできる限り捕捉することが最大の目的である。したがって、立法趣
旨から本件を考えると、本件の原告のように客観的に無所得であること
が立証できれば、評価所得を適用すべきではない。
この点に関して、評価所得は地域加入者の財産程度、性別、年齢など
を考慮して決定されるので、現実的な所得がないという理由だけでは、
評価所得までないとされるのではないと判示した。とはいえ、それでは、
いかなる理由があれば評価所得が適用されない余地があるのか現在のと
ころ行政解釈、裁判解釈上では見あたらない。
(54) 559医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
(2)評価所得の点数の妥当性
次に、評価所得の点数の適用に関する事例を取り上げることで、具体
的に評価所得を検討する。
自動車を所有していないにもかかわらず評価所得の財産と自動車点数
に基本点数を賦課していたとして処分の取消を争った事例である。この
判決では(地域保険の保険料賦課処分取消訴訟ソウル高野2003年11月7日
2002午17424)、「『評価所得』とは現実の所得を示すのではなく、保険料負
担能力を客観的に推測するために用いられた基準概念としての『擬制所
得』である。したがって、自動車を所有していない被保険者に対しても評
価所得保険料の自動車項目を適用することは、評価所得で保険料を算定
される地域加入者であれば適用される基本区間として適用されただけであ
る」としている。
評価所得の第1区間を基本区間として解釈した裁判所の判断は、性別・
年齢とは別として負担能力を評価する対象が存在しないにもかかわらず
基本点数を適用することとなり、説得力に欠けていると考えられる。
本件は裁判所が評価所得の第1区間を基本区間と認めたことで原告の
請求が棄却されたが、評価所得の算定において財産と自動車を所有して
いない場合にも適用した基本点数は、本件第一審の係争中に基本区間の
適用を廃止することとなった(2001年12月31日改正)。
また、地域加入者の保険料は課税所得500万ウォンを基準に保険料算
定方式が異なっているが、年間課税所得の500万ウォンを基準として保
険料算定基準を分けたことに対しては法的根拠に乏しいという見解があ
う
る。これに対しては、組合制度の時に227箇所の地域医療保険組合の負
担水準を維持しながら、保険料負担の公平性を維持することができる基
準所得金額を定めるため、検:討の結果、年間課税所得500万ウォンが合
ラ
理的であるとの行政府の判断が下された。
評価所得は以前の応益部分に対する世帯割がなくなり、均等割(被保
ラ
険者の人数)は残されているが、世帯内の各被保険者の性別・年齢・資
九大法学91号(2005年)558 (55)
産などを考慮して経済参加活動を評価している点が特徴である。応益的
であるものの、被保険者によって点数を異にしているため、各個人の負
担能力が反映されていると評価できる。性別、年齢別、所得別の配点は、
点数の妥当性の問題はあるが、被保険者の負担能力を一定程度反映させ
ようとした観点からは少なくとも合理性はあると考えられる。
四 同一所得・同一保険料原則の問題点
(1)課税所得及び財産保険料の所得逆進性
地域加入者への新たな保険料賦課体系における評価所得について主に
検討してきたが、所得、評価所得、資産をベースにした地域加入者の保
険料は一元化以前に比べて課税所得保険料と財産保険料において逆進性
が見られる。ただ、課税所得保険料と財産保険料が逆進的であるとの従
来の批判は、第一次医療保険一元化(公・教職員保険と地域保険)が実施
された1999年の保険料賦課体系を基に分析したものに依拠していた。
2000年度の医療保険一元化が施行されてから、基本的な保険料賦課方法
及び定額制であることは変わりないが、等級別の保険料が改定されたの
で、保険料の逆進性について改めて検証することにする。地域加入者保
険料は定額制なので、課税所得と財産保険料の逆進性を分析するために
く の
は、各等級別の点数の保険料率を試算して以下に図表化した(二一1、2)。
まず、課税所得保険料における所得水準は、1999年においては50等級
に分けられていたが、2000年にはさらに70等級に細かく分けられること
になった。<図1>は2004年度現在の課税所得保険料の等級別保険料率
の変化を表している。課税所得がもっとも低い第ユ等級の保険料率は、
10.2%であるが、高い等級の70等級は3.4%で、逆進的である。ただ、
保険料率が高所得レベルの方向に行くと下がるが、一定の等級に達した
ら再び若干上がる。しかし、所得レベルの高い等級より低い等級の保険
料率が約3倍も高いということは明らかである。また、1999年度の所得
保険料率と2004年度のそれと比較すると両方とも逆進的であったが、第
(56) 557医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
1等級の保険料率が1999年には6.1%、2004年には10.2%まで引き上げ
られ、逆進性の程度はより高まったことが分かる。
次の〈図2>は、1999年と2004年度の財産保険料率をグラフ化したも
のである。
まず、2004年度の財産保険料率は、財産の保有程度が低い第1等級が
1.63%で、第50等級はO.1%までに逆進的になっている。さらに、1999
年と現行の財産保険料率を比較すると、2004年度の1等級の保険料率は
1.63%であったが1999年の財産保険料の1等級の保険料率は0.96%で、
12
10
8
6
4
2
0
1 4 7 10 13 16 19 22 25 28 31 34 37 40 43 46 49 52 55 58 61 64 67 70
等級
二一1 2004年課税所得保険料率
1.8
1.6
t4
、
、
1.2
1
0.8
0.6
0.4
鵬曝嚇蝕
廓罵漏漏編、
慰、
騰鵬、
騰竪
短も
露嬬、
繍漏、
雪風、
翻癬漏露、
0.2
鵬罵興購購棚、
0
1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21 23 25 27 29 31 33 35 37 39 41 43 45 47 49
等級
一階一2004年課税資保険料一1999年課税
図一2 1999年と2004年の財産保険料率
九大法学91号(2005年)556 (57)
全体的に保険料率が大幅に引き上げられたことが分かる。さらに財産保
険料は逆進性の程度が1999年より強化されて、低所三層への保険料率が
高所得層より高いことが明らかになった。
課税所得保険料と財産保険料の保険料率を検討すると、課税所得保険
料の方が財産保険料率より比較して保険料率が高く、保険料率において
は両方とも依然として逆進的で、さらにその程度が強化されている点に
おいて公平性に問題があると考えられる。すなわち、同一所得・同一保
険料原則は、同一の所得を有するのであれば、同一の保険料を支払うこ
とが公平と見なされているが、具体的な保険料設計において負担能力の
高低に注意を向ける必要があるだろう。したがって、このような所得逆
進性の見方を同所得層のみに限定するのではなく、同一集団内(地域加
入者)の負担能力から保険料拠出を考え、保険料率を算定すべきであろ
う。この点は等級別の点数の配分を再調整することで逆進性を修正でき
るものと考えられる。
(2)地域加入者の保険料における応益負担と資産の評価
ω 地域加入者の保険料における応益負担
被用者保険の場合、所得形態が類似しており報酬のみで保険料を賦課
しているので、被用者グループの問のみでは公平の問題が生じない。し
かし、医療保険が労働者保険から社会保険化することで、非被用者への
保険料の負担においては、「所得」のみを基準に保険料を賦課すること
は困難な問題が内在していた。すなわち、地域加入者の場合、稼得形態
が多様であり、所得把握において技術的・事務的レベルで捕捉に限界が
あるという問題があったので、「所得」のみで保険料を賦課することは、
地域加入者間または職場加入者間との保険料負担において不公平の問題
く の
が生じうるのである。
所得捕捉をカバーする手段として取り入れた評価所得は、家族構成員
く う
の数によって点数が加算されていく仕組みになっていた。しかし、評価
(58) 555医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
所得にこのような仕組みを入れることは、医療保険の一元化の成立に当
たって地域保険の応益負担を排除すべきであるとの韓国政府の見解およ
び立法の趣旨に反すると考えられる。仮に、評価所得が応能負担として
位置づけとするなら、なぜ家族構成員数によって負担が加算される仕組
みを評価所得で導入したのかは不明確になる。
応益負担に関しては、保険料の占める応益割の増加は負担能力が低い
く 被保険者にとっては過重な負担になりうるので、所得捕捉率のための評
価所得における応益的要素をどのように評価すべきであるのかが問題と
して残る。
(イ)地域加入者の保険料における資産の評価
「所得」のみに着目して保険料を賦課する場合、「資産」を有する者と
そうでない者との負担能力の差が反映されず公平ではないのではないか
という問題がある。皿の二で取り上げた韓国の2000年の憲法裁判所での
「実質的な差を考慮する」という判旨に従うならば、資産も賦課対象と
すべきである。同一所得・同一保険料の原則を立てながら、「資産」を
保険料賦課ベースとしたのは、資産は「所得」ではないが「同一の負担
能力」を図る判断材料として持ち出されたものと推測できよう。しかし、
資産割については生計の手段となるものにも賦課の対象になることにつ
く いて問題点が残り、職場加入者に対しては「所得」のみに着目して保険
料を賦課している一方、地域加入者の保険料賦課体系における「資産」
の割合が大きくなるとなるほど資産評価はされない職場加入者との公平
性の問題は大きくなるだろう。
(3)全国一律適用の問題
新たな地域加入者の保険料賦課体系においては財産税に基づいて保険
料を賦課している。税金の場合、地域によって課税の基準が異なってい
るのに対して、保険料の算定では全国統一の基準で財産保険料を賦課し
九大法学91号(2005年)554 (59)
う
ており、地域性を考慮していないことが指摘できる。そもそも保険料の
賦課基準を全国一律的な適用することは、物価が異なるので、地域差が
保険料賦課に反映されない問題がある。ただし、医療保険料賦課におい
てどの範囲まで地域性を考慮しなければならないのかはさらなる検討を
要する。
く その他の問題点としては、評価所得は、現実的な負担能力から相当程
度乖離しており、二年度前の資料をベースにしているため、社会経済の
変化、労働市場状態の変動に対して柔軟に対応できず、また、評価所得
の根拠となる被保険者の性別・年齢の峻別は「非科学的である」と指摘
く されている。
小 括
評価所得は被保険者の年齢・性別・資産などをベースに経済活動能力
を推定する「擬制所得」である。つまり、保険料における評価所得の割
合は資産保険料に比べて低いものの、年齢・性別・資産といったリスク
要素を考慮した算定方式だと考えられる。また、被用者と自営業者間の
所得形態などの実態に即して保険料を算定することは公平に反しないと
いう憲法裁判所の判断を前提に考えると、区間別点数付けの合理性は問
く われるものの、所得が捕捉できない自営業者と被用者との負担の公平を
図るために取られた手法であるとも考えられる。また、所得捕捉ができ
ない自営業者に対してより客観的な基準で保険料を課することができる
と評価できる。地域医療保険加入者の90%が課税所得500万ウォン以下
であり、彼らが所得を低めに申告していることを前提とするならば評価
所得の導入には意義があると言えよう。
ラ
今なお所得捕捉率の問題は、韓国の医療保険一元化の実施後の最大の
問題として議論されている。医療保険の一元化における評価所得の位置
づけは明確ではない。現実的に所得捕捉率を引き上げることが直ちに困
難な場合の臨時的な手法であったのか、または評価所得は所得捕捉の代
(60) 553医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
用として用いられ、定着していくのかこれらの点も明らかではない。未
だに評価所得に対する問題は少なくないものの、一元化制度の実施の下
く の
で評価所得の代わりになるものはまだ開発されていないのも現状である。
批判的な立場をとる場合においても、新たな賦課体系を導入したことに
対して批判的とは言うよりは、新たな賦課体系の内容(要素)から見て
く ユ 懐疑的な立場からの批判であったことが伺える。また、一元化を立法過
程から賛成の立場に立っていた学者においても、一元化における地域加
入者の保険料賦課体系は容易に受け入られなかった。しかしながら、地
域保険料の賦課体系に対する批判は今でも続いているのが現状であるも
のの、その批判に対応できる対案はまだ出されていない。この賦課体系
はいくつかの疑問は提示されているもののこのままの形で定着していく
のではないかと思われる。
評価所得による保険料の算定方式は定着しつつあるとも評価されてい
く るが、地域加入者の保険料に関する政策上の方向としては、最終的には
く 地域加入者の所得捕捉率を高め、「所得」を基準とした単一的な保険料
く 賦課体系を実施することになっている。
以上の検討から、韓国の一元化では、より被保険者の個’々人の負担能
力に即して保険料を賦課することが公平であるとして同一所得・同一保
険料の原則を立てつつ、実質的な負担の公平を図るため、賦課標準所得
については「擬制所得」を含む広義の「所得」の概念が用いられている
ことが分かった。これは、現実を考慮した代案であることがわかるが、
所得のみで被保険者の負担能力を測ることは狭いと考えられる。保険料
の賦課対象として一般的に資産も含められるかどうかの検討の余地はあ
るのではないかと考え.られる。
注
(60)第一次統合とは、すべての医療保険制度を一元化するための段階的な統
合として、国民医療保険法(1998年10月施行)により施行された医療保険
九大法学91号(2005年)552 (61)
法の第二種被保険者である地域加入者と、公務員および私立学校教職員医
療保険法における公・教職員加入者との統合をいう。地域加入者に対する
保険料は、国民健康保険法第10条の2の定めにより、国民医療保険法上の
賦課体系を一元化された後の2000年7月1日から2001年12日31日まで適用
するとされていた。
(61) 鄭弘瑛・前掲註(50)110頁。
(62) 評価所得における職業は、綜合所得の事業所得で反映されているが、事
業所別に保険料算定には差の変わることがないため、「職業」という文言
は法第64条に含めるべきではない。仮に保険料に職業を考慮するなら、ど
の範囲まで職業を含み明確化すべきかが疑問として残る。職業が事業所得
に反映されていることについて、二二室「号剋君を旦三三曽7図ス國旦噌
豆早斗二二(¶乱訴望子」(重}琴旦そ1舜司望子砲、2001)p,33.〔崔ビョン
ホ『国民健康保険地域加入者の保険料賦課体系に関する研究』(韓国保健
社会研究院、2001年)33頁参照。〕
(63)韓国の所得税法における綜合所得とは当該年度に発生する利息所得・配
当所得・不動産賃貸所得・事業所得・勤労所得・一時財産所得・年金所得
と其の他の所得を合算したものである(所得税法第4条第1項)。
(64)崔ビョンホ・前掲註(62)34頁。
(65)崔ビョンホ・前掲註(62)35頁。
(66)現実的に所得がないため、評価所得を払えないということで争った判例
では、「評価所得は、保険料の負担能力を測定するための擬制所得として
経済活動を通じて現れた現実的な所得を言うのではなく、地域加入者の財
産の程度・性別・年齢などを考慮して決定するものであるから、現実的な
所得がないという理由だけで評価所得がなくなるものではない」と判示し
て訴えを棄却した。2001年5月29日大判2000早8820。
(67) 本稿のHを参照。
(68) 保健福祉部・前掲註(18)103頁。
(69) 組合方式による地域加入者の保険料賦課体系は、基本的に所得及び財産
をベースとする能力比例保険料と、人頭割と世帯割の応益保険料によって
賦課された。
(70)高望噌「91豆三二薯曽91層斗、碧層ユ司エ司i珊」http://www.nhic,
or.kr〔金田明「医療保険の統合の成果、争点そして未来」〕、大統領秘書
室生活の質の向上企画三編・前掲註(30)99頁。
(71) 憲法裁判所2000年6月29日99剋叫289。
(72) ソウル行政法院2000年5月9日99子26890。
(73)本件の詳細な事実は、公務員及び教職員と地域加入者を被保険者とする
国民医療保険法と被用者を被保険者とする医療保険法を統合する旨の国民
(62) 551医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
健康保険法(法律第5854号)が1999年2月8日国会において制定(2000年
1月1日施行)されたが、当時の法律では、すべての被保険者に同一所得・
同一保険料の原則の下で所得の基準に同一保険料賦課体系が適用される旨
定められていた。しかし、1999年12月31日、同一保険料賦課体系の前提と
なる地域加入者の所得捕捉率が低いという理由で 法は2000年7月1日に
施行し、ただ職場加入者と地域加入者の財政統合は2001年12月31日までに
猶予する旨法律第6093号に改正された。そこで、職;場医療保険組合の組合
員であった原告ら(S外76人)は、国民健康保険法(法律第6093号)が
2000年7月1日施行されることにより、職場加入者と地域加入者の財政を
統合して運営するという法第33条第2項、職場加入者と地域加入者の保険
料算定基準である所得を別に定めとする法第63条及び法第64条、職場加入
者と地域加入者間の保険料負担方法を差別して地域加入者のみに国家補助
を行う法第67条は、原告らの平等権を侵害し、さらに職場医療保険組合を
強制で解散させるよう定めた法附則第6条及びその財政積立金を強制に国
民健康保険公団(以下「公団」という)に移転させるよう定めた法附則第
7条は職場加入者らの財産権を侵害しているとの理由で、憲法訴願審判を
請求した。
(74)
政策報告書「国民健康保険発展委員会の政策提案書」2004年。
(75)
ソウル行政法院2000年6月13日99子26890。
(76)
鄭心添・前掲註(50)576頁。
(77)
:召金誓・剤曽量「膝直91呈旦層旦噌鳴禽斗刈刈斜碧堪層刈ユ噛魁」
重}…弓一墾層モ≡∋召ズn 12 週ズ】14 堂 (2000),pp.609−635.
〔金スンヤン・シン・
ヨングユン「統合医療保険の保険料賦課体系の衡平性の再考方案」韓国行
政論集第12巻第4号(2000年)pp609−635。〕、鄭憂虞・前掲註(50)p.569−
580頁参照。
(78) 朴晋剤「91豆旦層薯曽叫旦碧豆早豊」朴司旦を望子刈14週刈2支
(1998),p.48.〔細面珍「医療保険の統合と保険料負担」社会保障研究第14
巻第2号(1998年)48頁。〕
(79) 同様の批判として、司空珍・前掲註(78)31頁、叫スη薯「⊇dな旦図師
裏層{}閣斗旦層豆早コ}到碧瑠層」層昇司叫皿旦石荊棘組(2002),p。1.
〔朴ゼヨン「健康保険の財政運営と保険料賦課の衡平性」慶北大学校保健
大学院(2002年)1頁。〕
(80)賦課標準と標準所得の算定方法(国民健康保険法施行令第40条の2別表
4の2)を元に保険料率は筆者作成。保険料率の算定方式は、保険料率=
〔(保険料×12)/(等級別課税金額の中間価額)〕×100
保険料=点数×123.6ウォン(試算表は司引割・前掲註(78)49頁参考)
(81) 日本の医療保険では、地域加入者に対して応能負担と応益負担の組み合
九大法学91号(2005年)550 (63)
わせを制度的に導入している。日本の国民健康保険法では被保険者の所得
に応じて応能負担をするが、捕捉率が低いということで応益割を導入して
いると考えられる。その割合は「応能割に対して応益割は2割が通例であっ
たが、近年低所得者にも相応の保険料を負担すべきであるということで応
四割の割りあいが5割以上に増加している」。倉田聡「社会保険財政の法
理論一医療保険法を素材にした一考察一」『北園』三五巻一号(1995
年)35頁。江口隆裕『社会保障制度の基本構造を考える』(有斐閣、1996
年)194頁。日本の国保の保険料賦課に関する基準は、国民健康保険法施
行二野25条の5に規定されている。
(82)これは日本の国保においても所得捕捉をカバーするため、応益負担とし
て世帯割と人頭割を賦課するという同じ考え方がある。岡崎昭「国民健康
保険の保険料賦課方式」季刊社会保障研究25巻3号(1989年)273頁参照。
(83)倉田聡・前掲註(81)35頁。
(84)高齢者のように所得はないものの、不動産等の資産を多く所有している
者には、負担能力以上の保険料は賦課されるべきではない。鄭弘瑛・前掲
註(50)576頁参照。
(85) 鄭弘瑛・前掲註(50)577頁。
(86) 地域被保険者の評価所得と関連して、所得の捕捉率が低いことで用いら
れた地域加入者の保険料は、評価所得の保険料率に比べて所得と資産保険
料における保険料率が逆進的であるとの批判もある(司空誉・前掲註(78)
49頁)。
(87) o肝司「91豆旦志野一二司斜遇糾9}{}刈召」01舌恐『重}号到豆旦層
司芒碧』(王脅暑暑刈杢し}早、2000),p.79.〔李奎植「医療保険統合論理の
変化と問題点」李ジョンチャン編『韓国医療保険大論争』(組合共同体ソ
ナム、2000年)79頁〕、{}昇暑[到三寸習筈層・菅野・刈層斗碧智剛魁]聾
号昇刃{}刈望子杢7“杢フ1層叫含豆喜到(1999.11.18),pp.1−35.〔文玉論
「医療保険統合の問題点と政策対案」韓国福祉問題研究所開所記念学術討
論会(1999年11月18日)1−35頁〕、朴ゼヨン・前掲註(79)1頁。
(88)韓国の①ソウル高情2003年11月7日2002午17424と②大判2001年5月29
日2000早8820の判例において評価所得は経済活動を通じて得た現実的な
所得ではなく、保険料負担能力を客観的に推定するための基準概念として
「擬制所得」を意味するというのが、判例上確定しているといえる。
(89) 01そ[♀一「91豆旦碧 ス羽層♀17191 魁『ユ斗き日零皇τ:羽〔笹」入レ四丁を軒司 (2001),
p.224.〔李ジョンウ「医療保険財政危機と解決対案」社会保障学会(2001
年)224頁〕においては、保険料の公正な賦課のためには所得捕捉の問題
を完全に解決しなければならないとしている。
(90)2006年12月31日まで適用される国民健康保険財政健全化特別法の以降の
(64) 549医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
対策を検討することため、設立された2004年度の国民健康保険財政安定委
員会においても、将来的には被用者と地域加入者の保険料算賦課方式は統
一されるべきものとして、政策課題を策定しており、地域加入者への保険
料賦課方式ついて課題は今なお残されている。政策報告書「国民健康保険
発展委員会の政策提案書」2004年。
(91)一部の学者においては、評価所得の内容に反対して導入を反対している。
(92) 大統領秘書室生活の質の向上企画団編・前掲註(30)109頁。
(93) 医療保険の一元化に伴って、地域加入者の所得捕捉率を上げることで、
職場加入者と地域加入者との保険料の公平のため(所得捕捉率の向上のた
め)、課税特例制度の廃止、金融所得総合課税の実施、クレジットカード
事業場の拡大事業などがすでに実施されている。
(94) 政策報告書「国民健康保険発展委員会の政策提案書」2004年
おわりに
本稿では、1で、韓国の医療保険制度では制度間の保険料負担の格差
についてどのような議論がなされてきたのか、医療保険一元化の過程を
検討した。そこで明らかになったように、医療保険における実質的な公
平論が議論され、職場保険と地域保険が分離していることから生じた制
度間保険料負担の格差問題について、社会保険における社会連帯をより
強めるため、そして所得の再分配とリスクの分散のために医療保険の一
元化が図られたのである。Hでは医療保険一元化法の具体的な内容の検
討を行った。国民健康保険公団を唯一の保険者とし、地域加入者と職場
加入者の保険料賦課体系は二元化される一方で、保険財政、給付は一本
化された。そして、医療保険制度の一元化における保険料負担は、同一
所得に対して同一の保険料を賦課することが公平な負担のあり方である
とされていた。
皿では、同一所得・同一保険料の原則に基づく保険料賦課体系の考え
方及び内容について検討を行った。その結果、地域加入者と職場加入者
間の保険料負担の公平を図るために同一所得・同一保険料の原則を維持
九大法学91号(2005年)548 (65)
しつつ、保険料の賦課対象となる地域加入者と職場加入者の「所得」に
ついて「擬制所得」を含むものとして「所得」の意味を拡大している点
を明らかにすることができた。評価所得は応能負担割をもちつつ客観的
な基準を設けているが、具体的な評価所得の内容については、評価所得
の適用の問題と評価所得の点数の配分における運営上の問題が残ってい
ることがわかった。同一所得・同一保険料の原則は、同一の所得階層に
対する公平性を重視することで、所得の逆進性を生じる、という問題が
明らかになった。
同一所得・同一保険料の原則は、1998年の立法制定当時には地域加入
者及び職場加入者の「所得」のみを保険料賦課要素として取り上げるこ
とであった。しかし、所得の捕捉が完全にできない地域加入者に対して
は、当該被保険者個人の生活水準及び経済活動の参加率などを参酌して
保険料を賦課する方法が導入された。この方法は、全面的な一元化を目
指した韓国の医療保険改革において、職場加入者と地域加入者間で単一
の保険料賦課体系をとらなかったことが争点となったが、憲法裁判所で
はそれを実質的な単一の保険料賦課体系として解釈した。韓国の医療保
険一元化法においては、実質的には地域加入者の評価所得を職場加入者
の所得と同一の「所得」と扱うことで、申告所得として所得が表われな
いとしても「擬制所得」も医療保険の保険料賦課ベースの「所得」にな
りうることを意味している。同一所得・同一保険料の原則は、制度間の
保険料負担の格差を是正し公平な保険料負担を負うために立てられた一
元化法の中核的な原則として位置づけることができ、地域加入者と職場
加入者の所得形態の相違から立法当時の単一の保険料賦課体系より二元
的な保険料賦課体系がより公平であるといえる。
韓国の医療保険制度一元化二二正論は、韓国の旧来の公的な医療保険
制度が日本の制度をモデルに設計している。そのため、制度及び問題の
類似性を持っている韓国の制度の検討は日本の制度に多くの示唆を与え
るものと考えられる。このことから、現在活発になされている日本の医
(66) 547医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
療保険制度改革の議論において、制度間の保険料負担の公平を論じるに
当たって、「所得」を広く取り扱うことが理論的にも実務的にも可能で
あることを示唆できると考えられる。つまり、評価所得の考え方は、所
得捕捉率の問題の部分的な解決策として、日本の医療保険改正論に有効
であると考えられる。
なお、本稿では踏み込まなかったが、韓国の医療保険制度一元化では
基本的にはリスク調整がなされていると言える。たしかに、制度間の公
平について検討するに当たっては、本稿で論じた焦点である地域加入者
の保険料の問題だけではなく、一元化によって所得の再分配がどう変化
したかについても検討する必要があったが、そこまでは踏み込めなかっ
く た。しかし、本稿で検討したように被保険者個人の負担能力に着目し、
同一所得・同一保険料原則を立てることで制度間の保険料負担の公平を
図ろうとした韓国の医療保険一元化の議論を総括してみると、日本の医
療保険制度に関してはリスクの捉らえ方が不十分だと指摘できる。すな
わち、現在の日本では年齢に着目して高齢者医療保険制度の議論が行わ
れているが、被用者保険と地域保険の制度間の格差を生じさせる要素は、
高齢者というリスクだけではなく失業者・難病者・障害者・低所得者な
どの要素もある。そもそも人間は若年期には高齢期に比べて疾病リスク
が一般的に低い。高齢者は若年者と疾病構造が異なっているという理由
から高齢者別立の保険制度を設けることは、リスクが異なる者が社会保
険から徐々に排除されて限りなく民間保険に近くなることを意味する。
また、高齢者は加齢に伴いリスクが高くなるグループなので、保険の機
能であるリスクの分散が働かず、高齢者のみを被保険者とする保険制度
の
は「保険」といえるのか疑問が残る。この部分については今後検討を深
めたい。
韓国の医療保険制度を一元化に導いた大原則である同一所得・同一保
険料の原則は、所得のみで地域保険と職場保険の負担能力を判断するこ
とは妥当性があるのかという点において問題であると指摘できる。また、
九大法学91号(2005年)546 (67)
本検討において韓国医療保険の一元化における「擬制所得」の二重賦課
の問題、使用者の負担、被扶養者の取り扱いについてまで検討が及ばな
(98)
かったが他日を期したい。
注
(95)制度間のリスクの分散と所得再分配について、韓国の研究では、地域加
入者の保険料に国庫負担を入れて職場加入者との保険料を比較すると、加
入者当たり負担の比重は地域対職場で100:107,5であり、韓国の医療保険
の全体における負担の比重は100:94.55であるとの研究業績がある。韓国
の国民健康保険の地域・職場間の負担比率に関する研究ついては、三下旦
エ刈「号升石を旦層潮ズ図7}望スト旦碧豆洲刈(¶垂重}望子」醒号且君朴
蜀望子魁(2001),p.59.〔研究報告書「国民健康保険の地域加入者保険料
賦課体系に関する研究」韓国保健社会研究院(2001年目59頁〕。。1営門・
招討・午「影響石な旦噌g宿・早斗旦碧豆91二階予予 遇:をq子」門司旦
を望子刈19週刈2立(2003),p.170.〔李サンス・金ジンス「国民健康
保険の給付と保険料の衡平性に関する研究」社会保障研究第19巻第2号
(2003年)170頁〕においては、人口学的特徴による保険料、保険給付及び
保険給付率の分析を行った結果、韓国の医療保険制度は所得再分配の効果
があるとした。
(96)厚生労働省の保険局調査課の調べによると、若年の外来の受診率の1。4
倍、入院の受信率の1.3倍に対して、高齢者の外来の受診率は2.6倍で、入
院の受診率は6.2倍であった。厚生労働省高齢者医療制度等改革推進本部
事務局『医療保険制度改革の課題と視点一解説・資料編一』(ぎょう
せい、2001年)15頁参照。
(97)高齢者医療保険制度の保険性に対する指摘については、西田和弘・前掲
註(3)100頁。
(98)なお、医療保険における給付の側面も含めて負担全般の問題について、
韓国の医療保険制度においては、2000年の医療保険一元化法改正によって、
保険料負担の公平の側面のみならず、給付の拡大及び保険制度の管理運営
の効率化を図ることをも試みるものであった。しかしながら、OECDの
報告書(OECD, OECD Eωεθωs o∫πeαZ統σαrθ助8亡θ舵s」Korea,
(OECD,2003)Paris.46。)によれば、韓国の医療保険における給付範囲、
給付率は他の加盟国に比較して低いと指摘されており、給付の拡大も大き
な政策課題として残されている。公的医療保険制度の全般的な負担の問題
に関しては、保険料の負担の側面だけではなく、給付の側面においても自
(68) 545医療保険の負担の公平に関する一考察(盧 蘭淑)
己負担率が高いことには問題が残っており、韓国の医療保険の負担の問題
として検討すべきである。なお、医療保険における公平について給付面に
ついてみると、医療機関の過少地域においても医療機関へのアクセスが保
障されない限り、保険料においては公平な負担をされたとしても給付と関
連しては公平とはいい難い。この問題は給付と負担における公平論として
医療保険制度にとって重要な論点である。
*註における〔〕内は、ハングル文献タイトルの邦訳である。
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