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アメリカにおけるエイジズム研究 30 年の回顧と展望

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アメリカにおけるエイジズム研究 30 年の回顧と展望
広島工業大学紀要研究編
第 41 巻(2007)pp. 315-325
翻
訳
『アメリカにおけるエイジズム研究 30 年の回顧と展望』
ジョディ A.ウィルキンソン
ケネス F.ファーレイロ 共著
加澤 恒雄・訳ならびに解題
(海外文献翻訳・紹介シリーズ,その 35)
(平成18年8月18日受理)
Thirty Years of Ageism Research
Jody A.Wilkinson & Kenneth F. Ferraro
The Explanatory Notes & Translation
by Tsuneo KAZAWA
(Translation & Commentary Series of Foreign Literatures, No.35)
(Received Aug. 18, 2006)
ロバート N.バトラー(国立老年研究所所長)は,
“ageism”
年者たちについての固定観念を永続させ,彼らの生活の充
という言葉を新造した(1969)。彼は,コロンビア区が,
足機会を削減し,かつ,彼らの人格的尊厳をひそかに傷つ
メリーランド州の Chevy Chase の貧しい中・高年者の
けるような制度上の政策的慣行。様々な態度や信念,差別
ために企画した「公共住宅計画」を提案した際に,
“ageism”
的な行為,それから制度上の政策や慣行は,相互に関係し
(年齢差別)を確認した。地方の住民は,課税控除,費用,
合って強化することにつながっている。
それぞれの側面は,
建築規制ならびに財産価値などについて,きびしい否認を
老年者が,自然な加齢プロセスからの不利な結果をこうむ
ともなう,その計画に直面した。しかしながら,彼は,財
る社会的な問題に歪曲することに,
ある程度まで寄与した,
政的な関心は,住民が表明する怒りや苛立ちの一部分にし
とバトラーは論じている。
かすぎなかったと論じた。むしろその否認は,
“ageism”
ここでは,主な研究成果を要約し,かつ,体系的な研究
の結果の1つであったし,彼は,それを「世代間ギャップ
に寄与する研究領域を確認するために,過去 30 年以上に
のお馴染みの考え方である主観的な経験…若者と中年の役
わたる“ageism”の定義,すなわち社会科学の領域にお
割についての深い,固定された不安すなわち,老化,病気,
けるその用法に焦点を当て,かつ,老年者と若者に対して
障害それから無力になることへの恐怖,無用になることな
向けられる両方の“ageism”を並行して取り扱う。また,
らびに死への嫌悪および個人的な反感」
(1969.p.243)と
ここで,探究の4つの主要領域における ageism 研究を検
記述している。
討し,さらに,老年学のための ageism 研究の成果につい
バトラー(1980)は,
“ageism”という用語を,それが
て論及する。
社会科学者にとって有用であるように,さらに定義した。
老年者と若者に向けられる“ageism”の対比
すなわち,ageism は,区別することはできるが,相互に
結びついている以下の3つの側面から構成されている。1)
Maggie Kuhn(1987)は 1970 年に,アメリカ長老派教
老年者,老年,そして老化プロセスへの偏見的態度,かつ,
会から 65 歳で強制的に退職させられるという彼女自身の
それは,老年者自身によって保持されている態度をも含ん
経験を通じて,
“ageism”という用語を実質的に周知させ
でいる。2)老年者に対する差別的慣行,それから3)老
るのに貢献した。彼女は,自分が愛した仕事から離れると
***
広島工業大学工学部機械システム工学科(教職課程科目担当)
― 315 ―
加澤恒雄
いう見通しについて,不安と意気消沈を感じた。なぜなら
政者やメディアにおいて討議されている。さらに,この年
彼女は,障害者の母と情緒障害を持つ弟を介護するために,
齢集団が,人数の増大によって有している政治的パワーに
孤立的な退職を求められたからである。Kuhn は,同じよ
ついての「とほうもない」影響についての関心が存在する
うな状況に直面している彼女の友人たち5人と一緒に,
“グ
(Binstock,1992)
。われわれは,エイジズムの問題が,ア
レー・パンサーズ”として有名な,社会的正義と平和に
メリカならびに他の国々において,いかに中心的になった
関わる世代間にまたがる組織を発足させた。彼女たちのス
かを,即座に理解することができる。バトラーが予言した
ローガンは,「行動する老年者と若者」であった。
ように,エイジズム研究は,過去 30 年以内に大いに拡大・
老年者と若者とは,相違しているよりも,より類似して
発展したし,複数の学問分野にわたって研究が行われてき
いるとしばしば考えられる。老年者と若者の,重要な様々
た。
の類似点が存在する(Kuhn & Bader,1991)
。すなわち,
文 化
多くの若者と老年者は貧乏であるか,または金銭的に依存
している。そして,多くの若者と老年者は,情緒的に不安
われわれの文化の多くの側面は,年齢に対する偏見と差
定で,広範な世話を必要とする。また,両者は,危険度の
別つまりエイジズムを支持している。エイジズムは,言語,
高いドライバーとみなされている。
風貌,マスメディア,価値のような多様な仕方を通じて,
文化の中に浸透している。
“ageism”の定義
言 語
最も受け入れられるようになった“ageism”の定義は,
老化が人々をより魅力的でなく,より性的でなく,かつ,
エイジズムが存在し,われわれの社会において持続する
より非生産的にするという信念に基づいた,老年者に対す
最も普及している方法の1つは,言語を通じてである。言
る偏見と差別である(Atchley,1997;Macionis,1998)
。
葉の使用は,社会が老年者に対して保持している認識をよ
偏見は,諸々の態度に言及するが,一方で差別は,行為に
く示す物差しであることを証明している(Butler,1975)。
焦点を当てる。制度上の差別は,学校,病院,警察,そし
Covey(1988)は,老年者,老化,そして老化の影響を表
て職場を含むどんな社会制度の運営にも本来備わっている
わすために使用される言葉を,意味論的にたどり,この専
行為の偏見に言及する。“ageism”が,一般的に否定的に
門用語の進化における明確な型を発見した。この型は,老
考えられる一方で,それは肯定的であることもありうる。
年者の地位の衰退と老化による衰弱の影響に焦点を当て
つまり,それは老年者を支持して,偏見または差別を反省
た。老化についての信念と理想は,世代間の談話と社会
させるだろう。肯定的な“ageism”の一般的な例を挙げ
的相互作用において明白である(Coupland, Coupland &
ると,医療,すなわち老年者のために第一義的に企画され
Giles,1991)
。
た保険プログラムは,ほとんどの若者または中年者には利
老年学の分野で,2つの主要な雑誌である『老年学ジャー
用することができない。
ナル』と『老年学研究者』は,“elderly”ないし“aged”
のような用語を使用する際の編集者方針を打ち出した。そ
“ageism”研究の領域における探究分野
れらは,名詞として使われることを容認せず,形容詞とし
1969 年に,バトラーは,
“ageism”が次の 20 ∼ 30 年間
て使われるだろう。たとえば,
“elderly people”ないし“the
の大きな問題になるだろう,と予測した。マスメディアの
elderly population”に言及することは適切であるが,
“the
内容に関する研究は,“racism”(人種差別)が,1960 年
elderly”として使うのは不適切である。GSA(全米老年
代の差別問題に占められたスペースのほとんどを使ったと
学協会)は,次のような用語のいずれかを使用することを
いうことを,発見した。1975 年までに,このスペースの
奨めている。すなわち,“older people”や“older adults”
約半分は“racism”を扱い,
一方,残り半分は“sexism”
(性
や“older persons”つまり,これらは“elders”の意味で
差別)に焦点を当てた。1977 年には,
その焦点は,
“ageism”
ある。倫理的かつ人種的な集団化と並行して,われわれは,
の方に移行し始め,1980 年代には,
“ageism”がそのスペー
“African Americans”あるいは“black adults”という言
スの約3分の2を占めた(Naisbitt,1982)
。
い方を好み,
“blacks”あるいは“Hispanics”という言い
エイジズムへの,こうした関心を促進した最大の要因の
方は好まない。その要点は,個人の人間性,つまり老年者
1つは,
「アメリカ合衆国の高齢化」であり,かつ,現在
を強調することである。
および未来の人口のこの階層を支えるために必要な資源に
言語は,われわれが保持している偏見に影響を与え
ついての関心である。連邦の負債,社会の安全,健康管理,
る,という証拠がある(Berelson & Steiner,1964)
。介
そして住居のような諸々の問題に対する提案は,絶えず行
護を受ける 60 人と,介護を行う 39 人の人たちに,オー
― 316 ―
『アメリカにおけるエイジズム研究 30 年の回顧と展望』
ディオテープに関して,声による非言語的なメッセージ
化によって影響される,ということを示唆した(Berry &
を判断するように質問した(Caporael, Lukaszewski, and
McArthur,1986;McArthur,1982)
。
Culberaton, 1983)。その回答結果は,低レベルで機能して
若者は,老年者たちの固定観念と顔つきによる手がかり
いる老年者は,べビィー・トークのメッセージに積極的に
を関連づける。Hummert(1994b)の研究テーマは,認識
応答した,ということを示している。被介護の低い期待を
された個人の年齢にもとづく老年者の写真を分類した大学
持った介護者は,べビィー・トークが被介護者によって好
生であった。肯定的な固定観念は,55 ∼ 64 歳の中・高年
まれるだろうということ,また,彼らの相互作用において,
者の写真に結びつけられたが,一方,否定的なそれは,75
より効果的であるということを予言する傾向にあった。一
歳以上の老年者において分類された老年者の写真と結びつ
方で,より低い期待しか持たない介護者は,成人言葉が老
けられた。老齢固定観念の連想パターンは,男性と比較さ
年者を処遇するのに効果的ではないだろう,と予言した。
れた女性―年齢のすすんだ女性の顔による手がかりが否
著者たちの結論は次のようなものであった。すなわち,介
定的であった―に対してとくに強かった。
護者の言葉の使い方は,老年者に対する彼らの期待に関係
男女同権論者は,肉体とジェンダーの関係について,エ
づけられるが,一方で,老年者によるべビィー・トークの
イジズムの影響に関する興味を表明した。整形外科,皮
積極的な説明は,彼らの職務上の地位に関係づけられた。
膚トリートメント,そして,髪染めは,若さに対するわ
さらなる研究は,べビィー・トークの声の調子の養
れわれの社会の焦点を反映するものである。これは,女性
育的な質が,老年者へのこのタイプの話しかけと関連す
に対して若く見えるように,かつ,自然の老化のプロセス
る尊敬心の欠如を補償するかどうかを吟味した(Ryan,
に逆らうようにという圧力を生じさせる(Gerike,1990;
Hamilton,and Kwong See,1994)
。回答者は,このタイ
Melamed,1983)。「若く見えるように」というこれらの
プの話し方スタイルは,老年の被介護者に対して,より少
ほとんどの行為は,美が若さの領域の中にあるという考え
い尊敬心を伝えた,と答えた。さらに,べビィー・トーク
方を強化する。“ageism”と“sexism”という 2 つの圧力は,
は,介護者の低い能力と関連があった。認識的に注意を怠
女性に対する若い外見をいっそう強調する。
らない住民に話しかけられたべビィー・トークは,養育的
マス・メディア,広告,そして消費主義
な性質を有するものとしては認識されなかった。
老年者に対する固定観念がすべて否定的であるわけでは
過去において,新聞と雑誌は,一般に老年者を無視し
なくて,肯定的なそれもある。Hummert(1994a)は,ど
たか,または,否定的固定観念によって彼らを認知した
の要因が老年者の肯定的な固定観念を超えて,否定的なそ
(Palmore,1999)。1970 年代半ば以来,新聞は,老年者に
れを選択するように個人に影響を与えるのか,かつまた,
ついての報道を発展させることにおいて,単に消費者とし
どの固定観念が保護的な話しぶりに通じるのかを確認す
てだけでなく,人間としての関心の物語として,より敏感
る範例を提供した。その認識者が,肯定的または否定的な
になってきた(Vesperi,1994)。以下の4つの構成部分が,
固定観念を再現するかどうかは,彼らの年齢,認識の複雑
これを達成するために使われてきた。すなわち,(1)老年
性,そして,老年者との接触・交流のような特質にかかっ
読者をターゲットにした「老年者のページ」,(2)老年者
ている。老年者によって選択された固定観念の類型は,彼
に割り当てられる特別の版面,(3)「老年者の特殊ニュー
または彼女の体つき,個人の容貌,そして外見による年齢
ス」:これは,老年に関係のある物語をニュースとして使
への手がかりに依っている。結果として生ずる話しの類型
うものである。(4)一般的な読者層に関連する老化に関わ
は,選択された固定観念に依る必要はない。むしろ,その
る社会的,政治的ならびに医学的情報,である。
状況とコミュニケーション行為もまた,言葉によるコミュ
テレビは,中年者と老年者の主要な娯楽であると考え
ニケーション行為に影響を与えるだろう。
られる(Kelly,1993;Moss & Lawton,1982)
。しかし,
テレビは,エイジズムを支持し持続させる。テレビのゴー
身体の外見的特徴
ルデンタイムの出演者で 65 歳以上の成人は,3%以下に
人は,その身体的外見と風貌によって,しばしば判断
過ぎない,ということが判明した。(Robinson & Skill,
される。これは,老年者に対しても同様であるが,エイ
1995)。もちろん,主要な役割で出演しているのは,わず
ジズムを検証する際に,よりいっそう妥当するだろう。老
か 8.8%しかいなかった。老年者の登場人物に対する年齢
齢者に対しては,彼らの高齢にわれわれの注意を惹き,か
差別の偏見に加えて,老年の女性は,テレビに登場するの
つ,老齢と老化する身体についての認識と偏見にわれわ
が極端に少ない(Davis & Davis,1985)
。さらに,ニュー
れを導く,より多くの手がかりがある。たとえば,研究
スの中で描写された老年者は,しばしば深刻な問題に焦点
は,社会的認知が,顔の構造における年齢に関係した諸変
が当てられるか,または,説明的,個人的な関心を促進す
― 317 ―
加澤恒雄
る何らかの災害をこうむっている(Atchely,1997)
。
で描述された。
老年者についてのメディアの描写によって,コーホー
テレビのコマーシャルもまた,老年者についての過小表
トとの相違ならびにそれらの描写の変化もまた,吟味され
現を反映している。Roy & Harwood(1977)は,1994 年
てきた。1974 年∼ 1981 年の間に,1981 年の若者の回答者
10 月の1週間のテレビコマーシャルにおける老年者の肖
は,メディアが老年者を実際より肯定的に描写していると
像に関する内容分析を行った。コマーシャルは,3つの大
考えていることを,Ferraro(1992b)は発見した。さらに,
きなネットワークでの5. 30 ∼9. 30 p.m. まで,録画され
若者の回答者たちは,メディアが老年者の継続するニーズ
た。老年者は,合衆国の人口における自分たちの割合に基
を記録・報道するという適切な業務を行わなかったと感じ
づいたテレビのコマーシャルで過小表現されたが,全体的
た。他方で,老年者は,メディアがその当時の彼らの地位
には,肯定的な見方でもって描述された。
に与えられた老年者のより否定的な肖像を提供した,と感
しかしながら,肯定的な肖像は,年齢差別のメッセージ
じた。
を除去しない。活動的で健康な,ダイナミックな老年者に
ニュースメディアによる報道について,老年者が認知
ついての肯定的かつユーモラスな肖像は,たとえそのメッ
したその質は,テキサス州のダラス郡の老年者を使って吟
セージが,それは実際にはそのケースではないと表現する
味された(Chafetz et al.,1998)
。独立して生活している
としても,視聴者と共鳴するかもしれない。もし,これが
868 人の老年者の回答者は,ダラス郡内における 28 のプ
現実のケースであるならば,そのような肖像は,それが打
ログラムのうち,どれか1つに出席・参加した。彼らの3
破する固定観念を実際に強化するかもしれない。実際,コ
分の2は,老年者についてのニュース記事に関心があった
マーシャルの登場人物の約半分は,この研究において「コ
が,しかし,その回答者の 86%は,そのニュース記事が
ミカル」として符号化された(Roy & Harwood,1997)
。
老年者について関心がないか,または,わずかしか関心が
広告者たちは,単に彼らが老年の消費者を疎外したく
なかった,と述べている。この調査結果は,そのメディア
ないという理由で,コマーシャルの中に1人の老年者を入
が情報記事の点で,老年者のニーズに適合していないこと
れるだろう。少数の肯定的肖像は,老年者の心を傷つける
を示唆するだろう。老年者についての報道におけるメディ
のを防ぐだろうと考えられる。これは,老年者たちが市場
アの正確さに関して,回答者の 80%は,そのメディアが
の歴史を通じて最も多数の集団であると考えるならば,彼
老年者についての記事に関心がないにもかかわらず,まあ
らは,重要な市場集団であり,また,次の 20 年において
まあ正確である,と信じた。
もそうであり続けるだろう(Light,1990)。マスメディア
28 種の研究が,電子メディアと紙メディアを含むマス
は,人々の自己同一性に影響を与え,かつ,自己同一化
メディアにおける老年者の代表の量と質を吟味するために
と肉体の認知を形成し,かつ,自己と他者が,お互いを見
使われた。それらのマスメディアは,1974 年から 1988 年
るその仕方に影響を与える,ということが論じられてきた
までの文献を検討・吟味して,
要約されたものである(Vasil
(Laws,1995)。メディアは,「われわれが,たとえそれ以
& Wass, 1993)
。この著者たちは,メディアのパターンに
上でないとしても,老年者に応答するのと同じほど老年者
もかかわらず,老年者の肖像が広く誤って表現されている,
の代表者に応答するがゆえに,何百万人もの人々に対して,
と結論した。この誤った表現は,2つの形で生起した。第
魅力的でかつ重大性を有している。われわれは,屋外の掲
1に,老年者人口数の実際の大きさは,そのメディアにお
示板や新聞やテレビでのイメージに応答させられている」
いて,正確に表現されなかった。老年者の肖像についての
(p.116)
。要するに,マスメディアは,“ageing”の意味を
量を測定した 21 件の研究のうち,20 件の研究は,老年者
定義するかまたは,再定義するための強力な場所を提供す
が合衆国の人口における彼らの割合において過小に表現さ
る。
れたと結論した。「この過小表現によって伝達されたメッ
諸 々 の 価 値
セージは,老年者が重要な存在でなく,かつ,社会に貢献
しない成員であり,さらに,他の年齢集団よりも,メディ
価値とは,社会的な生活のための幅広い指針として役立
アの注目において価値が少ないというものである」
(p.80)
。
つ望ましさ,善,そして美についての文化的に定義された
第2に,老年者についての否定的イメージは,電子メディ
規準である。アメリカの諸価値に関する William(1960)
アならびに紙メディアによって支持され,かつ,強化され
の標準的な研究は,重要な価値の方向づけを確認した。50
ている。そのメディア表現の質は,貧弱でかつ不適切であ
年後,これら3つの価値は,われわれの文化の中の年齢差
ることが判明した。さらに,老年者の登場人物たちは,典
別主義者の固定観念に対する,次のような間接的な支持を
型的に周辺化されており,主要な役割または地位ではめっ
今なお提供する。すなわち,1)「積極的な修得対受身的
たに現われないし,かつ,しばしば固定観念化された用語
な受容」
。老齢者は,しばしばより受身的かつ受容的とみ
― 318 ―
『アメリカにおけるエイジズム研究 30 年の回顧と展望』
なされる。2)「合理主義対伝統主義」。老齢者は,あまり
に,老年者の肯定的なイメージは,老年人口の地位につい
にも伝統的でありすぎるし,未来よりもむしろ過去に焦点
て過度に単純化することによって,問題化することに対し
が当てられるとして,しばしば言及される。3)「水平関
て潜在的要因を持つということを示唆している。老年者の
係対垂直関係」。人々が加齢するにつれて,水平から垂直
大衆イメージにおける批判的なシフトは,「不利な老年者」
への関係的な焦点へのシフトがしばしばある。これは,老
への憐れみの1つから,1970 年代末ならびに 1980 年代初
年者のネットワークが引退と死を通じて,水平的に削減さ
頭の「裕福な老年者」という罪の転稼へと動いた(Binstock,
れるが,垂直的に結婚と誕生を通じて成長すると考える場
1983)。老齢者の経済的地位が,過去 20 年にわたって改善
合,驚くべきことではない。
されたというのは真実であるが,一方で,老齢者の多様性
ほとんどの現代社会は,これらの価値の方向づけを支持
に関する鈍感さは問題を孕んでおり,社会的な相互作用と
し,この方向づけは,人々に対して老年者を社会組織にとっ
公的政策を形成することに対して,重要な意味を持ってい
てあまり中心的でないものと見なすようにし向けるのであ
る。
る。
合衆国は,一般的に 65 歳以上として定義される暦年齢
とくに,労働における生産性は,ほとんどの現代社会に
によって,老年者をカテゴリー化している。人が老年者の
おいて,大いに評価される。大多数の老齢者は,多様な生
個別的な同定は,年齢指標に基づくだろうと予期する一方
産活動に積極的に従事しているけれども(Ekerdt,1986;
で,研究によれば,ある者は,その同定を喜んで受け入れ
Herzog & Morgan,1992)
,定年と老齢差別は,老齢者が
るが,半面,他のある者は,それを嫌悪するということを
若者たちと同じ程には積極的かつ生産的ではないと,人々
示 し て い る(Foner,1974;Riley,1987;Rose,1968)
。
が信じるようにしばしば導く。生産性の性質は,仕事にお
社会心理学者たちは,人々が,自分自身を他者との関係
ける関わりから,家族や市民の役割への関わりへと,成人
において,いかに見るかについて長い間関心を持ってきた
の生活進路を変えるだろう。しかし,彼らが従事する活動
し,そのことは,象徴的な相互主義の発展を支配してきた
のタイプは,現代社会において大いに評価されるものとし
(Stryker,1980)
。Hedley(1986)は,人々が彼ら自身に
ついて,または彼らの問題について尋ねられる時,
「他の
てではないだろう。
人々」について彼らが尋ねられる場合と比べて,人々は,
大衆のイメージ
より好意的な評価を与える傾向がある,ということを明示
ある集団の人々に対して保持された否定的なイメージ
した。
は,その集団の成員に対して成立させた否定的な行為を結
Ferraro(1992a)は,
生活問題を評価することにおいて,
果として生じさせることがある。老年学研究者たちは,何
自分の所属層と老年者たちの指示対象を吟味した。横断的
年間も老年者と彼らの生活についての不正確なイメージに
な2つの調査から得たデータを使って,18 歳以上の成人
対して闘ってきた(Brubaker & Powers,1976)
。多くの
に対して,1974 年∼ 1981 年に,コーホートの相違が検証
老年学者たちは,老年者についての不正確なイメージは,
された。次の 8 つの生活問題が吟味された。1)生活資金
老年者に対する否定的ないし有害な結果に通じることがあ
の不十分さ,2)健康不安,3)孤独,4)貧弱な住居,5)
る,ということを認めている。さらに,大衆が抱いている
犯罪に対する恐怖,6)不十分な被教育経験,7)不十分
老年者のイメージは,老年者の利益のために作られた社会
な就業機会,8)不十分な医療介護,である。
的プログラムのために獲得する支持において,1つの重大
第1に,調査結果が明らかにしたのは,年齢に関係なく,
な要因である。老年者を支援するためのボランティアの努
回答者は,典型的な老年者が,自分たち自身が有している
力において,老年者の資格授与プログラムまたは無気力に
よりももっと厳しい問題を有している,ということを感じ
対する政治的支援の欠如は,老年者が直面する問題の厳し
たことである。第2に,生活問題の認知された厳しさは,
さと,その範囲についての大衆の過小評価を,結果として
時間が経つにつれて増大したが,しかし,これは,主と
生じさせるだろう。逆に,もし,大衆が老年者のこの問題
して若者の個人的な評価によるものであった。第3に,若
の範囲と厳しさを過小評価するならば,その時,潜在的に
い回答者は,老年の回答者と比べて,老年者が重大な生活
極端な政治的解決が結果として生ずるかもしれないし,あ
問題を有している,と評価する傾向がある。この相違はま
るいはそのイメージは,否定的な固定的観念を具現化する
た,時間とともに増大した。最後に,老齢の回答者は,他
だろう。
の老齢者の人たちが有している生活問題の厳しさについて
「老年者についてのイメージにおける実質的な変化は,
の,彼らの評価を低めた。Ferraro は,若者ならびに老齢
老年のイメージが,徐々にいっそう肯定的になった時に生
者の両方に対して社会的変化が起こった,と結論した。そ
じた(Bultena & Powers,1978; Kimmel,1988)
。同時
して,若者は,老年者を自分たち自身よりももっと貧困で
― 319 ―
加澤恒雄
あるか,または不利であるとみなす傾向にある(Ferraro,
お存在する。たとえば,年齢による飛行機のパイロットの
1992b)。
差別は,ADEA に対して最も多くの訴訟に持ち込まれた
老齢者に対して,貧困で不利であるという見方が一般的
違反事例である(Bessey & Ananda,1991)。その性質上,
であったが(Schuck,1979)
,老齢者に対する怒りもまた,
もっとデリケートな差別の第2番目のタイプは,資格を取
1980 年代末と 1990 年代初めに発展した。これは,おそら
得した老年者が,然るべき地位のために雇用されない場合
く増大する権利付与と,老年者の政治的パワーによるもの
に起こる。中年者または老年者に対する仕事の配置は,雇
であったろう(Longman,1987)。「貧欲な奴ら」として
用を探すのを困難にする。
の老年者に関するイメージは,
「世代の平等」討論において,
年齢差別に関するこれら2つの形態を超えて,Borgatta
(1991)は,雇用における年齢差別の他の兆候を素描して
固定観念的な老齢者に対して使われた。
態度や固定観念は,世代間の政治を考察する場合,とく
いる。第1に,合理的な根拠は,人が加齢にするにつれて
に重要である。というのは,「老化の社会的イメージこそ,
変化する肉体的属性や,根付いている労働慣習,態度,な
老年者の政治的地位を強化した他のどんな社会的属性とも
らびに諸々の期待により,若年労働者を老年労働者よりも
同じほど強い」からである(Rosenbaum & Button, 1993,
好むという,観察される雇用パターンのために存在するだ
p.481)
。フロリダ州の大衆について,1990 ∼ 1991 年の無
ろう。これらの要因は,老年労働者を訓練する際の余分な
差別のサンプルを使って,Rosenbaum & Button は,フ
時間と費用を生じさせるだろう。第2に,年齢差別は,雇
ロリダ州は,合衆国の人口統計的な老化に基づいた政治的
用に関して典型的に老年者に適用されたが,しかし,差別
ならびに経済的な歪みの先駆けであった,と結論した。調
はまた,若年者に対しても存在する。しかしながら,これ
査結果によれば,若者の回答者のかなり多くの割合は,自
は,単に老年労働者に焦点を当てた年齢差別禁止法の焦点
分たちの州の成人が,経済的な重荷であり,経済的に利己
ではなかった。第3に,年功制は,彼らの忠実さないし証
的な投票ブロックであり,かつ,世代的にかなりの影響力
明された生産性よりもむしろ在職期間の長さに基づいて被
を持っている,という様々な叙述に同意した,という。さ
雇用者に報賞を与えるものである。年功は,就業期間の長
らに,当州の老年者の割合が高ければ高いほど,ますます
さや仕事の安全さに対して,より高額の報酬を支払うとい
老年者市民としてのインパクトについての見方は,批判的
う問題を取り扱う。
であった。その結果として,世代間の葛藤は,住民が老齢
老年労働者による稼ぎの減少は,年齢差別に関連して吟
化するにつれて大きくなり,かつ,「この葛藤についての
味されてきた(Muellrr,Mutran & Boyle,1989)
。1966
最も重要な原因は,若者の共同体住民の間で発展しつつあ
年ならびに 1976 年における稼ぎを報告した,1966 年の 45
る共同体レベルと,老化のイメージであるかもしれない」
歳から 66 歳までの男性しかこの研究には含まれなかった。
年齢のような個人の特性が異なって評価され,かつ,報
(p.481)ということが示唆された。
いられるので,この分析は,市場セクターの中核と周辺の
労 働
区別に基づいて行われた(Tigges,1988)
。著者たちは,
雇用における年齢差別を減ずるために,連邦政府は,
1967 年の ADEA が,中核市場セクターの中での賃金にお
1967 年に ADEA(雇用における年齢差別禁止法)を制定
いて,年齢差別を除外しなかった,と結論した。むしろそ
し た。 同 法 は, 後 に,1974 年,1978 年, そ し て 1986 年
の影響は,1976 年において強かった。労働者の背景,教育,
に修正された。今,この ADEA は,連邦やほとんどの州,
訓練,経験,仕事特性,そして労働市場の条件のような変
民間の雇用に対して,年齢による強制的退職を禁じている。
異するものに対する管理は,賃金における年齢差別を除外
飛行機のパイロットのような,専門職の資格取得条件が年
しなかった。
齢であることを雇い手が証明できるような,ある専門職に
労働における老年者に関するアメリカの信念は,1978
基づいて,少数の例外がある。FAA(連邦飛行管理局)は,
年の ADEA 以前と以後に収集されたデータを使って吟味
現在,民間のジェット機の飛行に対して,60 歳以上の人
された(Ferraro,1989)
。2つのモデルが,老年者の年
間の雇用を禁じている。さらに,年齢による強制退職は,
齢と彼らの公的支援との間の関係を理解するために使われ
選挙による公務員たちや,彼らのスタッフや,受給退職年
た。市民のモデルは,ある年齢集団が他の年齢集団の市民
金 44,000 ドル以上の行政官たちに対して,今なお認めら
の自由に,より好意を持ちやすいということを論じている。
れている(Palmore,1999)
。
あるグループの利益の方向づけは,その政策から利益を
ADEA 法は,多くの老齢労働者に対して,雇用を続け
得るだろう特別のグループの成員たちが,ADEA の政策
ることを認めたが,当法の下で,保護されないか,また
が認知した成果を支持するだろう,と主張している。コー
は,十分に明確でない年齢差別に関するある領域が,今な
ホート分析から得られた結果は,市民の自由モデルに対し
― 320 ―
『アメリカにおけるエイジズム研究 30 年の回顧と展望』
て,一般的な支持が見られた。ごく最近のコーホートは,
し,処置することが不可能なのに,と疑問に思う者も居る
老年者の労働権利と機会を支援することがわかった。さら
のである。この社会化の過程を経た結果として,医科大学
に,1974 年から 1981 年まで,一般的に老年者の特権に対
院において「老人病学」
(geriatrics)の分野で,学生を卒
する支援が増大した。
業させるところが皆無であるということは,驚くべきこと
Ferraro(1990)は,後年,世代間の関係を吟味するた
ではない。医療専門職内での年齢差別に関する Butler の
めに,研究設計を,1978 年の ADEA の修正に拡大した。
最後の言及は,病院それ自体に関わるものだ。過去 20 年
第1に,異年齢の人々は,いかにして老年者に提供された
において,病院の最低採算ラインについての財政的な関心
機会や特権について感知するのか。再び繰り返すが,より
と共に,老年者の待遇について大きな関心がある。これら
最近のコーホートは,老年の働く権利を支持する傾向にあ
の人たちを介護し,かつ処置するためには高い費用がかか
る。世代間の関係について,
「調査結果は,老年者の権利
るので,
「65 歳以上の老人医療保険制度」
(Medicare)では,
に対する大きな寛容と支持の方向において,アメリカ社会
処遇の費用を常にまかなうことはできない。それゆえ,病
における相当な変化を示唆する」(p.S227)
。
院は,老人患者を全く魅力のないものと見なすだろう,と
いう問題が在る。
健 康 医 療
9年間に及ぶ老年者への医学生の態度は,
“ASD”
(老
医療介護専門職における年齢差別
化の意味論的差異測定尺度)を使って観察された。これ
研究成果は,老年者に関する健康介護専門職の人たちの
は,老年者への固定観念による態度の数値と内容を測定す
態度が,社会一般と同じくらいか,またはそれよりもさら
るものである(Gammer Paris et al.,1997)
。その結果に
に悪い傾向を持っているということを,一貫して示してい
ついて述べると,1986 年と 1994 年の医学生は,老年者へ
る(Quinn,1987)
。医療における年齢差別は,医科大学
の中立的態度を持って入学したが,一方,1991 年の学生は,
院で助長される。Butler(1994)が年齢に根差した偏見に
有意的により貧しい態度で入学したということを示した。
最初に気付いた場所こそ,正にそこなのである。医科大学
全般的に言って,老年者の健康介護のニーズについての
院で学んだ多くの専門用語は,潜在的に行為に影響を及ぼ
向上した認識と,老人病医学の分野への関心を刺激するた
す年齢差別と,偏見を持った態度を促進する。たとえば,
めの,医療共同体の強化された努力にもかかわらず,1986
“crock”(心気症患者,老いぼれ)という用語は,身体に
年と 1994 年の間に,老年者への態度の改善はなかった。
明らかな病気の根拠がない人々にしばしば使われる。これ
この若者たちは,次のように結論した。すなわち,医科大
は,“hypochondriacs”であると考えられる患者に(とく
学院は,老年者に対して医学生が保持している態度を改善
に女性と老年者に),共通して使われる。共通して使われ
するためには,カリキュラムを開発する際に,よりいっそ
る用語としては,他に“gomer”
(心気屋,気病屋)と“gork”
う第1次学習の影響を受けられるようにする必要がある,
と。以下の教育プログラムの2つの領域が,とくに高い優
(植物人間,バカ)がある。
医科大学院は,いつくかの方法によって,学生のもっ
先順位として確認された。つまり,1)老年者に向けて一
ている,年齢差別の態度を強調し続けると論ずる者もい
般に使われている,否定的な固定観念と言及を除去するこ
る(Butler,1994)
。最初の方法の1つは,人間の死体―
と,2)老人病学の分野の中で学生の興味・関心を刺激す
それは多くの場合,老年者であるが
ること,である。
―
との遭遇を通じて
である。この遭遇は,学生たちに死ならびに死について彼
ら自身の不安に向き合うことを強制する。その後間もなく
他のサービス専門職における年齢差別
学生たちは,長時間の勉強でへとへとにさせられ,かつ,
エイジズムは,人道的な奉仕にささげられる他の健康医
必要な素材のすべてを学ぼうとすることによって,敵意を
学や精神的健康の専門職すべてにわたって,拡大している。
抱かせられる。医科大学院の3∼4年次までに,学生たち
たとえば,老年心理学における包括的な訓練は,臨床心理
は,冷笑に対して慣れ,それから彼らのインターンシップ
学のプログラムにおいてはほとんど提供されない(Santos
が続く。インターンシップ期間中,学生たちは,毎週8時
& Bandenbos,1982)。もう1つの関心は,アルツハイマー
間を超過して働いており,必ず1人は居る“gork”
(お手
の病気ならびに痴呆症である(Kimmel,1988)
。痴呆は,
上げ患者)は,その学生の中に同情的感情を醸成しない。
すべての老年者において生じうるからである。注目すべき
Butler は,多くの外科医は,若い患者にかける時間と同じ
ことは,これらの病気を発症する人々を介護するには,財
程度の時間を,老人の患者には使わない,と主張している。
政的な支援が必要だということである。
医者の中には,なぜ自分が老年の患者のために介護しなけ
エイジズムは,18 歳以上のガン患者を持つマサチュー
ればならないのか,とくに,彼らのほとんどは回復しない
セッツ州の総合病院において,外来患者のための社会福
― 321 ―
加澤恒雄
祉の仕事の中で検証された。提起された心理社会的な問題
別を形成するために結集する。そして,この多様な力は,
において,様々な差異が観察された。第1に,65 歳以上
社会に織り込まれている老齢差別の層を剥ぎ取るための共
の成人は,交通費では援助されたが,65 歳未満の成人は,
同的な努力を,それぞれの前線で行うだろう。
病気の治療面で援助を受けた。さらに,社会福祉士は,住
図1は,これらの多くの力の結集を概念化したものであ
宅問題,保険と医療の適用範囲,それから老年者よりももっ
る。これは,年齢差別の弁証法的な集合として考えられる
としばしば若者に付随する財政的な問題を提起した。第2
ものを発見するのに役立つ道具である。個人と社会との弁
に,社会福祉士は,老年者よりも若者の患者と,より多く
証法がある。個人は,社会組織と社会過程によって形成さ
の接触のチャンスを持った。第3に,社会福祉士は,家族
れるが,個人はまた,人間の作用としての組織と過程を定
の成員から老年者の委託を受けたが,一方,若者たちは,
義するのに役立つ。人間関係は,人間の力を形成するため
社会福祉士自身によって,介護サービスが必要だと認定さ
の直接の文脈を提供するが,社会の組織と過程の影響は,
れた。若者たちは,成人のガン患者を介護する社会福祉士
個人と自分の人間関係の両方を形成するのに役立つ。こう
たちの中にも年齢差別がある,と結論した。
いうわけで,年齢差別は,人間の力によって明示されたも
最も介護が必要な老年者は,毎日の医療活動の中でサー
のとしての個人レベルならびに社会組織のレベルの両方に
ビスを受けているので,ほとんどの支援専門職領域には,
おいて存在する。
臨床上の差別が存在するということは明白である(Golden
& Sonneborn,1998)
。老年者たちと共働することについ
ての倫理が考慮されねばならない。若者たちは,臨床医の
個人的な偏見もまた,患者の介護と処遇に関わる決定に影
響を与えるだろう,と論じている(p.82)
。
偏見は,決定的に「悪」であるわけではない。すべての
人間は,それを所持している。しかしながら,人間の行動
がより適切に理解されうるように,かつ,適切に修正され
るように,人間の偏見の起源を理解することは重要である。
個人の偏見は,結果として感情移入を生じさせることが
ある。感情移入は,専門職の個人的感情と介入や「援助す
る行為」との結合に関係する(Genevay & Katz,1990)
。
臨床医は,もし感情移入が規制されないままでいると,患
図1 年齢差別の弁証法的な集結
者の状況に基づくよりもむしろ,自分自身の感情に基づい
て,その患者を「過剰に援助したり」,「援助不足になった
り」するかもしれないのである。Genevay & Katz は,老
社会構造の中で,つまり,われわれ人間の文化,経済的
化や死の恐怖,怒り,管理の必要性,それから専門職とし
かつ,健康医療システム,公的な政策スケジュールならび
ての万能感というような老年者との共働における,報告さ
に社会的関係の中で,年齢差別が生ずるのである。変化は,
れた感情移入の問題を,しばしば確認した。感情移入を超
社会的過程を通じて生ずる。たとえば,強制的な引退を要
えた,個人の行為としての符号は,介護の質と量に影響を
求した以前の公的政策は,老齢で働くための個人の能力に
与えることができる。たとえば,もし「独立」が評価され
影響を与えた。あるいはまた,“Gray Panther”
(戦闘的
ると,その場合,処遇は,
「患者のため」よりもむしろ,
「患
老人団体)のような大衆の組織は,年齢に中立な社会を前
者と一緒に」物事を行うことに依拠するだろう。
進させることにおいて,強力な圧力団体になった。老年学
の中で,年齢差別研究の最も刺激的な側面の1つは,年齢
老年学のための年齢差別に関わる研究の成果
差別に焦点を当てる多様な学問分野と,合衆国内での年齢
老年学の分野は,過去 30 年以上も年齢差別の研究に対
差別を吟味する際の多様なアプローチである。年齢差別は,
して大いに貢献した。この研究の着実な流れは,単に年齢
社会学,心理学,言語学,消費者科学,経済学,そして医
差別の露骨な形態だけでなく,年齢差別が社会組織におい
学等のような様々な学問領域において研究されている。こ
て,それ自身を明示する,より微妙な仕方をも明らかにす
れらの研究は,自己と同一性,固定観念,言語,態度と行
るのに役立った。招待状から医科大学院まで,広告から職
為,消費者の行為,それから機関の差別のような様々な年
場まで,年齢差別が優勢であることは明白である。社会的,
齢差別現象の問題を提起したし,有意義な社会的変化を誘
文化的,生物学的,かつ,心理学的な多様な力が,年齢差
導するために,研究を継続するだろう。
― 322 ―
『アメリカにおけるエイジズム研究 30 年の回顧と展望』
研究者たちは,以下のやり方で,年齢差別研究を前進さ
ブーマー”世代が定年退職年齢に近づくにつれて,老化に
せることを激励されている。第1に,年齢差別の多様な機
対する学問的関心ならびに一般大衆の関心が高まってきて
関の形態を提案する大きな研究団体が存在する。第2に,
いる。
個人と集団の両方への集結のために,人間関係ならびに社
そこで,本書では,老年学,心理学,社会学,コミュニ
会的ネットワークの領域において,より多くの年齢差別研
ケーション学のそれぞれの研究者たちによって,年齢に関
究が必要である。最後に,年齢差別研究において,個人の
する固定観念や,偏見・差別に関する現代のアメリカ人の
努力と集団の過程もまた,社会構造に影響を与える。
考え方について,研究成果に基づいた詳細な論及がなされ
老年学研究者たちは,年齢差別に関わる知見を拡大する
ている。本書は,到来しつつある「アメリカ社会の高齢化」
責任を有しているし,かつ,彼らは,過去 20 ∼ 30 年にわたっ
に向けて,年齢差別をいかにして緩和し克服するかについ
て,正にそれを果たしてきた。だが,Schaie(1988)が警
て,貴重な示唆や,年齢差別の起源や,年齢差別の影響に
告したように,研究者たちは,その研究調査結果を報告す
関する理論的ならびに経験的な研究の成果を提供してくれ
る際に注意深くなければならない。すべての年齢の人々が,
ている。
自らの幸福を最大限にすることができるように,年齢差別
文 献
に関する研究の知見を普及させることは,彼らにとって,
Atchley, R. C. (1997). Social forces and aging (8th Edition).
義務の1つであるべきだからである。
Belmont, CA: Wadsworth.
訳 者 解 題
Berelson, B., and Steiner, G. A. (1964). Human behavior.
New York: Harcourt, Brace.
<翻訳文献と編・著者について>
Stereotyp-
Berry, D. S., and McArthur, L. Z. (1986). Perceiving char-
ing & Prejudice against Older Persons, edited by Todd
acter in faces: The impact of age-related craniofacial
D. Nelson, MIT Press, 2002(PB: 2004)の Chapter 12 by
changes on social perception. Psychological Bulletin,
J.A.Wilkinson & K.F.Ferraro である。
100, 3-18.
今回ここに抄訳・紹介した文献は,Ageism
編者の T.D.ネルソンは,California State University
Bessey, B. L., and Ananda, S. M. (1991). Age discrimina-
の社会心理学講座の準教授である。また,著者の J.A.ウィ
tion in employment: An interdisciplinary review of the
ADEA. Research on Aging, 13, 413-457.
ルキンソンは,現在,University of Arizona で,
それから K.
F.フアーレイロは,Perdue University で,それぞれ教
Binstock, R. H. (1983). The aged as scapegoat. Gerontologist,
23, 136-143.
鞭を執っている。
Binstock, R. H. (1992). The oldest old and intergenerational
<本書の概要について>
本書は,全3部 12 章と,詳細な索引から成る,全部で
equity. In R. Suzman, D. Willis, and K. Manton (Eds.),
372 頁の文献である。本書は,
“Ageism”
(年齢による差別)
The oldest old. New York: Oxford University Press.
について,社会諸科学の視点から,関連する現象を包括的
Borgatta, E. F. (1991). Age discrimination issues. Research
on Aging, 13, 476-484.
な仕方で取り上げて論及している。編者のねらいは,内科
医,看護師,民生委員などの社会福祉士,あるいはその他
Brubaker, T. H., and Powers, E. A. (1976). The stereotype of
の多くの人たちが,自らの日常的業務の遂行や,政策策定
old: A review and alternative approach. Journal of Gerontology, 31, 441-447.
の両方において,“Ageism”の問題を自覚していなければ
Bultena, G. L., and Powers, E. A. (1978). Denial of aging:
ならない,というところにある。
一般に,人種,社会的性別と共に年齢は,他者をカテゴ
Age identifi cation and reference group orientations.
ライズし,固定観念をつくり上げるために用いられる。こ
Journal of Gerontology, 33, 748-754.
の中で,年齢による差別は,文化横断的に見られるが,編
Butler, R. N. (1969). Age-ism: Another form of bigotry. Gerontologist, 9, 243-246.
者によれば,それは,とくに合衆国において顕著である。
合衆国では,老年者たちが無用の烙印を押され,かつ,周
Butler, R. N. (1975). Why survive? Being old in America.
New York: Harper and Row.
縁化され,荒廃につながる結果を招いている。歴史的に見
て,人種差別と性差別には,研究者の大きな関心が払われ
Butler, R. N. (1980). Ageism: A foreword. Journal of Social
Issues, 36, 8-11.
たが,年齢差別に関する関究は,それほど多くなかった。
その理由は,年齢差別が今なお社会的に受容されうると考
Butler, R. N. (1994). Dispelling ageism: The cross-cutting
えられている風潮にある。ところが,アメリカの“ベビー
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加澤恒雄
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