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『所得水準の分類による世界各国の喫煙率と格差の推移』
様式2 2015年度環境医学実習報告書 2班 『所得水準の分類による世界各国の喫煙率と格差の推移』 指導教官 田淵貴大先生(大阪成人病センター) 実習学生 長沢晋也、山内桂二郎、横山将史 要旨 【背景・目的】WHOの調査によると喫煙が原因とされる疾患によって、年間およそ600万もの人々が亡くな っている。喫煙が健康に悪いことは明らかであり、国や地域などの集団別の喫煙率はその集団の健康度を反 映する一つの指標になる。一方、タバコは商品であり、国民の購買力、すなわち経済力と密接な関係にある ため、喫煙率の動向と各国の経済状況を組み合わせて調べることは今後のタバコ対策の参考になり得る。本 レポートの目的は国の所得水準別に喫煙率・格差の推移を評価することである。 【方法】国を一人当たり年間総所得(GNI)に基づいて5種類(High-income OECD、High-income non-OE CD、Upper-middle-income、Lower-middle-income、Low-income)に分類し、男女別に各集団の2000年か ら2010年にかけての喫煙率と格差の推移を調べ、複数の格差指標によって格差の推移を求めた。格差指標は Rate ratio (RR)、Relative Concentration Index(RCI)、Rate difference (RD)、Absolute Concentration Index(ACI)の4つを用いた。 【結果】男性では全ての集団で喫煙率が低下し、中でもHigh-income OECDとLow-incomeは比較的大きな 低下が見られたのに対し、High-income non-OECDは最も減少率が小さかった。格差指標はRRとRDは増 加し、RCIはほとんど変化せず、ACIは減少した。女性においても2000年から2010年にかけて全ての集団の 喫煙率が低下し、喫煙率は裕福な集団ほど高い結果となった。しかし、High-income OECDは喫煙率が大 きく低下したのに対し、High-income non-OECDはあまり喫煙率が低下しなかった。格差指標はRR・RCI では増加を、RD・ACIでは減少を示した。 【考察】この調査によって、ともに裕福な集団であるHigh-income OECDとHigh-income non-OECDでは 全く異なる傾向を示すことがわかった。喫煙率は男女ともに、High-income OECDは大きく低下したのに 対し、High-income non-OECDは他の集団と比較しても減少率は小さかった。また、男性においてLow-inc omeは2番目に高い減少率を示している。これらの結果は裕福な国ほどタバコの対策が進んでいるという予 想と異なっていた。High-income non-OECD諸国でのタバコ対策の推進が必要だと考えられた。 1.背景 WHO は世界各国の喫煙率について、国や地域などの分類に基づいて調査を行い、喫煙が原因とされる肺 癌などの疾患によって、年間およそ 600 万人にも及ぶ人々が亡くなっていると報告している 1)。中でも肺癌 については喫煙習慣が主な原因であることがわかっており、欧米では男性喫煙者の肺癌のリスクは、男性非 喫煙者に比べ少なくとも 10 倍以上、日本では 4 倍程度にも達すると報告されている 2)。 このように、喫煙が健康に対して悪影響を及ぼすことは明らかであり、国や地域などの集団別の喫煙率は、 その集団の健康度を反映する一つの指標になる。タバコ対策によって喫煙率を低下させることは、世界中の 人々の健康を大きく改善すると考えられている。一方で、タバコは購入して消費される商品であるため、国 民の購買力、すなわち経済力と密接な関係がある。従って、喫煙率の動向と各国の経済状況を組み合わせて 調べることは、今後のグローバルな視点でのタバコ対策の参考になる可能性がある。 また日本では「健康日本 21(第二次)3) 」で、健康格差の縮小が目標の一つとして取り上げられているが、 グローバルな観点からも健康格差を縮小することは重要な問題である。 しかし、Bilano らによる先行研究 4)では、各国の喫煙率の推移について分析されていたが、各国の経済力 による分類を十分には考慮できておらず、また格差の推移についても検討されていなかった。 2.目的 そこで本報告では、世界各国を所得水準によって分類し、それぞれの集団における 2000 年から 2010 年 にかけての喫煙率の推移と、格差の推移を評価することを目的とした。 3.方法 <世界各国の income 別・男女別の喫煙率の推移> Bilano らによる先行研究から世界各国の 2000 年と 2010 年における喫煙率のデータを得た。男性は 173 カ 国、女性は 178 カ国のデータが得られた。各国の経済力については THE WORLD BANK による 2013 年度 の一人当たり年間総所得(GNI)をもとに、4 種類の Income Category(GNI が高い順に High-income, Upper-middle-income, Lower-middle-income, Low-income)に分類した。さらに High-income については ヨーロッパや北米、日本などを中心とした経済先進国による経済開発協力機構(OECD)への加盟の有無で High-income OECD, High-income non-OECD に分けた。このように各国を 5 つのカテゴリーに分類し、 Bilano らがまとめた喫煙率のデータ 4)を用いて、男女別に各 Category の 2000~2010 年の 10 年間での集 団毎の喫煙率(各集団に属する各国の人口と喫煙率から求めた集団内の総喫煙者数を、その集団に属する国の 全人口で割ったもの)と格差の推移を調べた。その際、各国の喫煙人口を考慮して、以下に示す格差指標によ って格差の推移を算出した。 <格差指標> 喫煙率の Income Category 別格差の 2000 年から 2010 年の推移について、絶対的および相対的格差指標を 用いて評価する。それぞれの格差指標は格差の状況に応じて数学的には正しく計算されるが、それぞれの指 標が反映する格差の側面が異なるため、場合によっては相反した推移を示すこともある。そのため、単一の 格差指標ではなく、絶対的および相対的指標の両方を含むできるだけ多くの指標で評価することが推奨され ている 5)。 本研究で使用する格差指標は、絶対的格差指標として、rate difference および Relative Concentration Index、相対的格差指標として、rate ratio および Absolute Concentration Index である。これから示す格 差指標の説明の大部分は Harper らによるものである 5) 6)。 A.相対的格差指標 Rate ratio (RR) RR はおそらく最も頻繁に使用されている格差指標であり、 RR = y1/y2 で計算される。y1 および y2 は最も不健康な集団および最も健康な集団における健康状態である。 格差が 存在しない場合には、RR は 1 となる。 Relative Concentration Index(RCI) 特定の社会的集団に健康を脅かすある有害事象が集中しているかを相対的な尺度で評価する指標。収入や教 育といった階級に差のある集団にのみ用いる。本例では RCI が正(負)の値であれば,高(低)階級ほど喫煙率が 高い傾向となり、その絶対値が大きいほどその傾向が強まることを表す 計算式: RCI = 2/μ[ΣJj=1 pjμjRj]-1 Rj = ΣJj=1(pr-pj/2) で得られる。 B.絶対的格差指標 Rate difference (RD) 数値化された健康状態の 2 集団間における単純な差のことである。 計算式:RD = y1 − y2 で求められ、y1 および y2 は最も不健康な集団および最も健康な集団における健康状態である。 格差が存 在しない場合には、RD は 0 となる。 Absolute Concentration Index(ACI) 特定の社会的集団に健康を脅かすある有害事象が集中しているかを絶対的な尺度で評価する指標。収入や教 育といった階級に差のある集団にのみ用いる。ACI は RCI に健康度の変数の平均値をかけることで得られ る。本例では RCI が正(負)の値であれば,高(低)階級ほど喫煙率が高い傾向となり、その絶対値が大きいほど その傾向が強まることを表す 計算式:ACI=μRCI μは人口における健康度の平均である。 <統計解析> 男女別の Income Category に応じた喫煙率の推移を示す。次に、男女別の Income Category に応じた格差 の推移(パーセント変化)を示す。格差指標の計算には National Cancer Institute による HD*calc software (version 1.2.4)を使用した 7)。 4.結果 <男性-喫煙率> 表 1 および図 1 より、Income Category に応じた 2000 年から 2010 年の男性の喫煙率の推移は、2000 年の 喫煙率が高い順に High-income non-OECD は 55.3 %から 50.2 %、Upper-middle-income は 49.2 %から 42.5 % 、 High-income OECD は 42.4 % か ら 34.0 % 、 Low-income は 38.6 % か ら 31.7 % 、 Lower-middle-income は 38.3 %から 33.8 %であった。いずれの Category においても 2000 年と比べて 2010 年は喫煙率が減少しており、グローバルな視点では 2000 年から 2010 年にかけて経済状況に関わらず 喫煙率は低下したと言える。喫煙率の減少率(表 1)に注目すると High-income OECD と Low-income は 比較的大きく低下したのに対して、他の 3 集団は緩やかな減少であり、 High-income non-OECD は最も減 少率が低かった。2010 年では Lower-middle-income と Low-income のみで喫煙率の順番が入れ替わり、 Low-income が最も喫煙率が低くなった。 <男性-喫煙率格差> Income Category に応じた喫煙率における格差の推移を、4 種類の格差指標の変化率で、図 2 に示した。格 差が増大した場合には正の変化率に、格差が縮小した場合は負の変化率になる。2000 年から 2010 年の間に RR と RD は増加した一方で、RCI はほとんど変化せず、ACI は減少した。 <女性-喫煙率> 男性と同様にいずれの Category においても 2000 年から 2010 年にかけて喫煙率は低下していた。 表 2・図 3 より 2000 年から 2010 年の推移は、 High-income OECD は 27.3 %から 21.9 %、High-income non-OECD は 21.3 %から 20.8 %、 Upper-middle-income は 8.1 %から 5.7 %、Lower-middle-income は 6.7 %から 3.8 %、Low-income は 6.4 %から 3.6 %であり、上位 2 群と下位 3 群の喫煙率に大きな差があっ た。2000 年と 2010 年の両時点において、裕福な国ほど喫煙率が高い結果となった。 喫煙率の減少率(表 2)について、Upper-middle-income、Lower-middle-income、Low-income の比較 的低い喫煙率の集団は 30~45%もの減少があった一方で、比較的高い喫煙率の 2 集団のうち、High-income OECD は 20 %ほど減少したのに対して、High-income non-OECD は 3%程度しか減少しなかった。 <女性-喫煙率格差> 図 4 より相対指標である RR と RCI では格差が増大し、絶対指標である RD と ACI では格差が縮小してい た。 5.考察 <男性-喫煙率> ここでは二つのことが初めて明らかになった。一つは、High-income non-OECD の喫煙率の減少率が他集団と 比べて小さかったことである。Bilano らによる先行研究では High-income に分類された国々は、Low-income または Middle-income よりは喫煙率が低下することが示唆されていた。しかし、本報告では、High-income に分類された国々を、High-income OECD と High-income non-OECD の二つに細分化して喫煙率の推移を観察 したところ、High-income OECD が最も減少率が大きかった一方で、High-income non-OECD の喫煙率の減少 率は最も小さかった。共に相対的に裕福な集団である二集団の喫煙率の推移に明らかな差が生まれたのは、 タバコの健康へ及ぼす悪影響の啓発に基づく、様々なタバコ対策の差が一因であると推察した。その推察を 支持する一例として、ヨーロッパの 34 カ国を対象に行った Luk Joossens, Martin Raw らの調査報告(The Tobacco Control Scale 2010 in Europe)がある。この調査報告では、タバコの値上げ、タバコ産業による 販促広告の禁止、タバコ対策メディアキャンペーン、屋内全面禁煙の推進、禁煙治療などの各タバコ対策の 達成度をスコア化して、100 点満点でスコアの合計点をランキングしている。表 3 に示すように、このラン キングの中で、High-income OECD の平均スコアは 49.4 であるのに対し、High-income non-OECD の平均スコ アは 39.1 となっており、High-income OECD の方がタバコ対策は進んでいるといえる。また、タバコを購入 する余裕のある経済状況や、喫煙に対する意識などから、世界のタバコメーカーが High-income non-OECD をターゲットにした販売戦略を展開している可能性がある。 明らかになったもう一点は、GNI が最も低い Low-income が、全体で二番目に喫煙率の減少率が高かったこと である。従来から、発展途上国と比較して、先進国の方がタバコの健康への害が可視化され、タバコ対策が 進められてきている。そのため各国の経済状況が喫煙率の減少と関連していると予想していた。しかし、 Low-income の喫煙率の著しい減少が見られたことで、GNI という観点だけで全ての集団の喫煙率の推移を説 明するのは困難であるといえる。High-income non-OECD は喫煙率の減少率が低いだけでなく、喫煙率も高い ことから High-income non-OECD が 5 集団の中で最もタバコ対策の推進が必要だと考えられた。 <男性-喫煙率格差> RR と RD は最も喫煙率の高かった High-income non-OECD よりも、2010 年で最も喫煙率が低くなった Low-income の減少量が大きかったことで、格差が拡大した。一方で、ACI と RCI は全ての集団の喫煙率の推 移と経済力を考慮しているため、RD と RR に対して ACI や RCI で評価が異なった。 <女性-喫煙率>。 ここで注目すべきこととして、喫煙率の減少率について、男性と同様に、High-income OECD の減少率に比べ て High-income non-OECD の減少率が小さいという結果が得られた。この原因は、男性と同様のことが考え られる。 一方で GNI が比較的低い Low-income、Lower-middle-income、Upper-middle-income の 3 集団では、女性が 喫煙するほどの経済的余裕がない、あるいは宗教的、文化的価値観の違いで女性は喫煙しづらい環境がある などの可能性がある。 <女性-喫煙率格差> RR において格差が大きく増大したのは、RR の計算上で分母となる Low-income が、2000 年時点で約 6 %から 2 %程度減少したことが大きく評価されたためである。同様の理由で RCI も格差増大を示したが、RCI は全て の集団について相対評価を行うため、格差の増大は緩やかであった。 一方 RD では大きく格差が減少したのは、2000 年と 2010 年での喫煙率が共に最高の High-income OECD が喫 煙率の減少幅が一番大きく、2000 年と 2010 年での喫煙率が最低の集団である Low-income は減少幅が小さい からである。ACI による格差の縮小が RD よりも小さいのは、ACI が全ての集団について評価する絶対指標で あるために、特に減少率が低かった High-income non-OECD の影響を受けたといえる。男性と違い、喫煙率 が非常に低い集団が存在したため、Bhopal らの報告 8)にあるように、絶対的格差を重視することが好まし いと考えられ、その場合に女性では格差が縮小傾向にあるといえる。 6.研究の限界 今回の分析方法には限界が2つ存在する。 第一に人口を考慮した解析の場合には、人口の多い国々が喫煙率を大きく下げると、たとえ別の人口の多い 国が、高い喫煙率のまま推移しても、集団として喫煙率が大きく低下して、喫煙状況が改善されたと解釈さ れることがあり得る。 例えば Lower-middle-income では、図5で示すように、人口 12 億人のインドの喫煙率が 12%減少してい る。この影響で、人口 2.3 億人のインドネシアの男性喫煙率が 10 年間で 12 %以上増加しているにもかかわ らず、表面化していない。 第二に、太平洋に点在する人口が少ない国に関しては喫煙率が非常に高かったとしても注目されていない。 このような観点から、各国の喫煙率に人口による重み付けせず、喫煙率のグループ内での平均値を用いた分 析等を本結果に加味して、より詳細に分析することも必要かもしれない。また、本報告で得られた男女の各 集団の喫煙率の推移の差を、詳細に解釈するためには、各国の経済力や人口比率だけでなく、他の様々な要 素、例えば収入に対するタバコ価格の比率、タバコメーカーのグローバルな販売戦略、宗教や価値観などの 文化的背景なども総合的に考慮しなければならないだろう。 7.参考文献 1)WHO report on the global tobacco epidemic, 2013 2)Jpn J Clin Oncol. 36: 309-324. 2006 3)http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21.html 4)Lancet, 385: 966–76, 2015 5)The Milbank Quarterly, vol. 88, No. 1, 4-29, 2010 6)Harper, S., & Lynch, J. (2005) Methods for Measuring Cancer Disparities: Using Data Relevant to Healthy People 2010 Cancer-Related Objectives. Bethesda, MD: National Cancer Institute 7)National Cancer Institute http://seer.cancer.gov/hdcalc/ 8)Bhopal RS. Re: an overview of methods for monitoring social dispairities in cancer with an example using trends in lung cancer incidence by area-socioeconomic position and race-ethnicity, 1992-2004. Am J Epidemiol 2008;168:1214-16; author reply 16 図1.男性喫煙率(%、2000 年-2010 年) 図2.男性喫煙率の変化率(%、2000 年-2010 年) 表1.男性喫煙率(%、2000 年-2010 年) 年) 図3. 男性格差指標の変化率(%、2000 年-2010 図4. 女性喫煙率(%、2000 年-2010 年) 図5. 女性喫煙率の変化率(%、2000 年-2010 年) 表2. 女性喫煙率(%、2000 年-2010 年) 年) 図6. 女性格差指標の変化率(%、2000 年-2010 図7. Lower-middle-income 諸国の人口比率と喫煙率 表3.TCS ranking と GNI 分類 注釈 TCS ranking: The Tobacco Control Scale ranking タバコの値上げ、タバコ産業による販促広告の禁止、タバコ対策メディアキャンペーン、屋内全面禁煙の推 進、禁煙治療などの各タバコ対策の達成度をスコア化して、100 点満点でスコアの合計点をランキングした もの。