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性比からみたがん死亡率のコホート分析 A cohort analysis of

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性比からみたがん死亡率のコホート分析 A cohort analysis of
ヘルスサイエンス・ヘルスケア
Volume 11,No.2(2011)
性比からみたがん死亡率のコホート分析
−昭和ヒトケタ男性短命の原因を追って−
岡 本 悦 司
A cohort analysis of cumulative cancer mortality using sex ratio
−in search of the causes of shorter lifespan of Japanese men born in early Showa era(1926-34)−
Etsuji Okamoto
キーワード:コホート分析、性比、がん死亡率、人口動態統計、薬物乱用
要 旨
1980〜 2010年の 31 年間の累積死亡数を用いて部位別がん死亡率の性比を出生コホート(1900 〜 1960 年
出生)別に分析した。食道、胃そして肺がんについて明確なコホート効果がみられ、昭和ヒトケタ(1926
〜 1934年)出生男性は同世代女性より死亡率が高くなっていた。これらのがんについては性比はその後減
少し、1960年出生者では胃がんでは逆に女性の方が死亡率は高くさえなっていた。特異なパターンを示す
のは肝がんで、大正生まれまでは性比は小さかったが昭和ヒトケタ世代より性比が拡大し、しかもその拡
大は戦後世代にも継続し一貫して拡大していた。肝がんのリスクとなるウイルス肝炎や肝硬変等による死
亡率性比も同様であった。昭和ヒトケタ男性短命の原因として、食道、胃そして肺がんの増加が確実に寄
与しており、また肝がんとその原因となる肝炎ウイルス蔓延の原因としては、昭和ヒトケタ世代に始まり
戦後生まれにも一貫して継続する「男性により強く作用する」要因が疑われた。
ているのではないかとの疑いを持つ。アルコール
はじめに
昭和ヒトケタ(1926〜 1934年)出生男性は前
消費量の増大、ウイルス肝炎の流行など」と指摘
後の世代に比べて短命である(厳密には死亡率の
し、水野もまた「昭和ヒトケタ生まれは、若い世
改善が芳しくない)ことは、1980年大久保らに
代からがんで死亡する人が多く、その前後の世代
よって初めて指摘され 、その後も水野 、岡本
と比べてかなりの差がある。肝臓がんはとくに昭
1)
2)
3)
によっても確証された。その原因として大久保は
「もっとも著明な変化が肝硬変に認められた。
和 5 〜 9年生まれで死亡率が高く、肝硬変も同様
である」と指摘している。
従って最近わが国に肝硬変を多発するような環境
興味深くかつ重大な事実は、昭和ヒトケタ生ま
が発生し、その結果として中年男子死亡をたかめ
れであっても短命なのは男性のみであって、女性
にはほとんど影響がみられなかった、という点。
【著者連絡先】
〒351-0197 埼玉県和光市南 2-3-6
国立保健医療科学院医療・福祉サービス研究部
岡本悦司
TEL&FAX:048-458-6208
短命の要因で性差のあるものといえば真っ先に戦
争が思いうかぶ。徴兵されるのは男性だけであり、
不衛生な戦地に赴いたり、負傷時の輸血等で肝炎
ウイルスに感染することは容易に想像できる。
しかし昭和ヒトケタは終戦時に最年長でも 20 歳
̶ 49 ̶
性比からみたがん死亡率のコホート分析 −昭和ヒトケタ男性短命の原因を追って−
だから、徴兵されたのは大半が大正生まれ。戦争
1980 〜 2010 年の 31 年分。本表は 1999 年分以降は
による直接影響は昭和よりむしろ大正世代に現れ
e-STAT上で Excelファイルとして提供されてい
るはずである。大久保は「二次成長期に入り身長
る。1998 年以前は厚生労働省統計情報部で複写し
が急増する発育盛りに終戦前後の食糧最悪時期を
た。この表は 1980 年より追加され、それ以前のも
迎えていた。この時の栄養不足によって血管構造
のは 5歳階級別しかなかったので使用できなかっ
に弱点があり成人病を多発する中年に至って出血
た。
死を多くしているのではないか」との仮説を呈し
ているが、昭和ヒトケタ男性の血管構造が前後の
この間に死因分類が ICD9 から ICD10に変更さ
れている。
世代と異なるといった病理学的な報告は全く無
ICD9 は 1979 〜 1994 年、ICD10は 1995 〜 2010 年
い。そもそも発育盛り時期の食糧難がよくないと
であり、それぞれの死因簡単分類は ICD9 が 92 分
いうのならむしろ昭和フタケタ世代の方に影響が
類、ICD10が 105 分類となっており一致しない。
強く現れそうなものである。
そのため分析に使えなかった死因がある。たとえ
同様に、フィブリノゲンが出産時の止血に多用
ば ICD10では結腸がんと「直腸・ S状結腸移行
されたとしたら、薬害で肝炎に感染した被害者が
部・肛門」がんは別々に分類されているが、
出産期の女性に集中するであろうし、集団予防接
ICD9 では結腸がんは独立して分類されておらず
種が原因なら予防接種は男児も女児も対象になる
「その他」にまとめられており、独立して分類さ
から性差はない、ことが想像できる。
れているのは「直腸・ S状結腸移行部」のみで肛
このように考えると性差(あるいは性比)を出
門も「その他」に一括されている。このため大腸
生コホート別に分析することは貴重な示唆を与え
がんについては 31年間にまたがる比較は不可能で
てくれる。同じ年齢だからといって決して比較可
あった。また ICD10では肝炎は B型肝炎、C型肝
能ではない。昭和ヒトケタ世代が 40歳の時の数値
炎そして「その他ウイルス肝炎」と 3分類されて
と、戦後世代の 40歳の時の数値は比較可能ではな
いるが、ICD9 時代は C型肝炎は発見されていな
い。医療技術、衛生水準そして栄養状態等が全く
かったので「B型肝炎」と「その他のウイルス肝
異なるからだ。しかし出生コホートごとに、たと
炎」の 2分類しかなかった。そこで本分析ではウ
えば昭和 10年生まれの男・女は同一の医療技術、
イルス肝炎全て合計した。
衛生水準そして栄養状態等におかれていたわけだ
当然ながら、子宮、前立腺といった性特異的な
からその違いは純粋に性差によるものである。そ
がんは対象外であり、乳房も性比を評価すること
して性差を多年のコホート間で経年変化を追え
は無意味と考えられるので除外した。
ば、要因そのものを直接把握はできないものの、
出生コホートは調査年と年齢から算出した。
要因が男・女ともに影響するものか、あるいは片
1980 年に 50 歳で死亡した者は全員が 1930 年生と
方のみへの影響なのか、またそうした影響がどの
みなした。これは厳密には正しくないが、出生年
世代に影響したかは知ることができる。
別の集計ではないためやむをえなかった。1900 年
以上の観点から、部位別がん死亡率について、
その性差(比)を出生コホート別に分析し興味あ
生から 1960 年生までの 61 コホートを分析対象と
した。
31 年間累積死亡率算出のための分母には 1980
る知見を得たので報告する。
年 10月1日現在の年齢別推計人口を用いた。各出
生コホートごとに 31 年間累積死亡率を算出し性比
データと方法
用いたデータは人口動態統計である。使用した
を出した。
のは保管統計表(死因)(死亡)第 3 表「死亡数、
性・年齢(各歳)・死因(死因簡単分類)別」の
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ヘルスサイエンス・ヘルスケア
Volume 11,No.2(2011)
すなわち男・女とも同一の死亡率であったことを
例
1960 年出生者の 1980〜 2010年(年齢では 20 〜
50歳)の肝がんによる死亡数は男 635 人、女
130 人であった。1980年の 20歳人口は男 80 万
人、女 77.6 万人であったから 1960年出生者の
肝がんによる千人当たり累積死亡率は男 0.79
人 、 女 0.17 人 で あ っ た 。 よ っ て 性 比 は
0.79/0.17=4.7 と算出される。このように若い世
代では 31年間累計しても死亡数はまだ少なく、
性比のブレも大きくなることに留意する必要
がある。
示し、性比が 2とは男性の死亡率が女性の 2 倍で
あったことを示す。
蘆食道、胃、肺がん【図 1、2、3】・・・昭和ヒ
トケタピーク型
これら3がんでは、性比は一貫して上昇し、昭
和ヒトケタをピークとしてその後下降する、とい
う明らかなコホート効果がみられた。絶対数が多
いだけに昭和ヒトケタ男性短命の重要な要因と考
えられた。
食道がんでは 1900 年生者では性比は 2〜 3 程度
であったが一貫して上昇し、昭和ヒトケタ後半で
は、男性は女性の 10 倍近いという最大の性比を記
結 果
結果をがん部位ごとに図で示す。太線が性比1
録した(実数では 1931 年生は男の死亡数 7276 人
図 1 食道がん 31 年間(1980 〜 2010 年)出生コホート別累積死亡率性比
図 2 胃がん 31 年間(1980 〜 2010 年)出生コホート別累積死亡率性比
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性比からみたがん死亡率のコホート分析 −昭和ヒトケタ男性短命の原因を追って−
図 3 肺がん 31 年間(1980 〜 2010 年)出生コホート別累積死亡率性比
に対して女はわずか 757 人)
。性比は昭和フタケタ
以降、性比は 2.7位で一定していた。しかし昭和
でも高原状態が持続し、戦後生まれになって下降
ヒトケタが近づくと上昇しはじめ、食道や胃と異
し 1960年生でようやく 1900 年生に近づきつつあ
なり昭和ヒトケタ前半でピークとなり性比は4近
る。
くなった。その後昭和ヒトケタ後半から減少しは
胃がんでも、1900年生以降の性比は 1.7 程度で
じめ、1960 年生では格差は 2倍近くにまで縮小し
一定していたが昭和ヒトケタに近づくと上昇し、
てきた。
食道と同じく昭和ヒトケタ後半で高原状態となっ
蘆膵臓がん【図 4】・・・漸増型
た。昭和ヒトケタをすぎると急降下し、1960年生
1917 年生くらいまでは男女差はほとんどなかっ
では性比が1を割る、すなわち女性の死亡率の方
たが、コホートが下るにつれてジワジワと上昇す
が男性より多いという逆転現象がみられた(実数
る傾向が一貫してみられる。この傾向はゆっくり
では 1960年生の男の死亡数 1071人に対して女
したものであるが昭和ヒトケタ世代では鮮明に
1084 人と女の方が多かった)
。
なった。1957 年生では性比は 2 に達した。最後の
肺がんも、喫煙率を反映して一般には性比が高い、
1960 年生で性比は急減しているが、実数では男
すなわち男に多いがんとされているが、1900年生
374 人、女 260 人と標本数の小ささによるブレに
図 4 膵臓がん 31 年間(1980 〜 2010 年)出生コホート別累積死亡率性比
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ヘルスサイエンス・ヘルスケア
留意する必要があろう。
Volume 11,No.2(2011)
炎についても表中に示した。
蘆白血病【図5】・・・コホート効果無し
まず肝がんであるが、1900 年生の頃の性比は
明確なコホート効果がみられなかった。性比は
1.5 位だったが、昭和ヒトケタ世代より上昇しは
1.5で 全 コ ホ ー ト を 通 じ て ほ ぼ 一 貫 し て い る 。
じめ、昭和フタケタ世代で一段落するもその後も
ジックリ観察すると昭和ヒトケタ以降、性比が漸
上昇を続け、1950 年生以降では 6 位になった。
減しているようにも見えるが、数の少なさによる
1960 年生では急減しているが「データと方法」で
ブレもあるのでこれが明確なコホート効果といえ
も例示したように、31 年間合計しても男 635 人、
るかどうかはもうしばらくの経過観察が必要であ
女 130 人程度の実数なのでそれによるブレに留意
ろう。
する必要がある。いずれにせよ肝がんは圧倒的に
蘆肝がん【図 6】・・・昭和ヒトケタ後急増型
男性がんになりつつあり、その傾向は昭和ヒトケ
肝がんの約 75%は C型肝炎、10〜 15%は B型肝
炎が原因であること 4)から、肝がんと不即不離の
タに始まり最近まで継続している、という明確な
コホート効果がある。
関係にある肝硬変・慢性肝炎ならびにウイルス肝
肝硬変・慢性肝炎も肝がんとほぼ同じコホート
図 5 白血病 31 年間(1980 〜 2010 年)出生コホート別累積死亡率性比
図 6 肝がん・肝疾患 31 年間(1980 〜 2010 年)出生コホート別累積死亡率性比
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性比からみたがん死亡率のコホート分析 −昭和ヒトケタ男性短命の原因を追って−
効果を示している。すなわち昭和ヒトケタ世代よ
救命されるようになったなか、女性のみ救命不可
りまず肝硬変・慢性肝炎の性比が急拡大し、それ
能な悪性の型が集中した、ことが考えられる。し
を「後追い」するかたちで肝がんの性比が戦後生
かしそれ以外に、昭和ヒトケタ男性にのみ強く作
まれで拡大した。ウイルス肝炎のカーブは肝がん
用する要因は考えにくく、今回得られた結果は謎
や肝硬変・慢性肝炎より緩やかではあるが一貫し
をさらに深めることとなった。
て上昇している。意外な事実ではあるが、昭和ヒ
逆に意外だったのは肝がんで、筆者は当初、食
トケタ前の世代では肝疾患の死亡率の男女差は小
道、胃、肺がんでみられたような山型グラフを肝
さく、ウイルス肝炎(ウイルス肝炎そのものは悪
がんについて予想していた。昭和ヒトケタ男性の
性ではないので、劇症肝炎や肝不全等が死因と考
肝炎蔓延の原因が 1950 年代に社会問題化した覚醒
えられる)に至ってはむしろ女性の方が死亡率は
剤(当時、ヒロポンという商品名で知られた)乱
高かった。
用にあると疑っていたからである。
意外に知られていないが覚醒剤取締法が制定さ
考 察
れ非合法化されたのは 1951 年 6 月であり、それま
昭和ヒトケタを中心に 61コホートでがん部位別
ではちょうど今日スタミナドリンクを購入するよ
累積死亡率を性比で分析した。男女の生物的な差
うな容易さで誰でも覚醒剤を購入できた。覚醒剤
異は基本的には不変であろうから、性比をコホー
(メタンフェタミン)は阿片や大麻とは異なり天
ト別に比較してもあまり変化はない、と考えるの
然に存在するものではなく、人工的に合成された
が自然である。結果はしかし白血病を唯一の例外
ものである(1885 年長井長義がエフェドリンを抽
として、それぞれのがんは性比に明確なコホート
出、1887 年ドイツでエフェドリンからアンフェタ
効果がみられた。
ミンが、1893 年長井自身によってより強力なメタ
食道、胃そして肺がんでは、昭和ヒトケタを
ンフェタミンが合成された・・・ Wikipediaによ
ピークとする山型のグラフが得られた。いずれも
る)。新しく合成されたものだから、当初は危険
頻度の高いがんであり、昭和ヒトケタ男性短命の
性はきづかれず、日本とドイツ 5)は戦争遂行の手
主要な原因であったと考えられる。すなわちこれ
段として大量調達し兵士や軍需工場の労働者に
らのがんについては昭和ヒトケタ世代全体が男女
「配給」した。
とも前後の世代より死亡率が高いのみならず、こ
これまた意外だが戦前のわが国では薬物乱用は
の世代の男性は同世代の女性よりも死亡率が急増
ほとんど存在しなかったらしい。「1945 年以前は
した事実を示している。そして昭和ヒトケタ世代
わが国では薬物乱用・依存はほとんど存在せ
より下の世代では性比は元に戻り、胃がんのよう
ず・・・覚醒剤が軍事目的で軍隊や軍需工場で使
に性比の逆転すなわち女性の方が死亡率が高い、
われたり、1941 年よりヒロポン、セドリンの商品
という状況にまでなった。
名で覚醒剤が一般薬として薬局で市販されていた
その理由がもっとも知りたいところであるが、
が、これらの覚醒剤が乱用されることはなかった。
昭和ヒトケタ世代特有で、かつ女性より男性に強
当時のわが国は富国強兵・統制下の社会であり、
く作用する要因を想像することは困難である。肺
国民は戦争という共通した目的意識をもち、その
がんの場合、真っ先に喫煙が考えられるが、昭和
ような社会環境では薬物乱用は起こり得なかった
ヒトケタ世代のみ男女の喫煙率に差が大きかった
のであろう 6)」
とは考えにくい。また胃がんについては最も若い
敗戦で統制が失われると、製薬会社は抱えた在
1960 年生の世代で男女が逆転したが、その理由と
庫を「市販」しだした。戦後の精神的頽廃と、酒
してはスキルスという最も悪性の型が女性の方に
や娯楽も入手できない時代、容易に入手できた覚
多く、治療技術の向上で男性の胃がんがどしどし
醒剤を人々は軽い娯楽の気持ちで手をだした。し
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ヘルスサイエンス・ヘルスケア
Volume 11,No.2(2011)
かし乱用しても、錠剤として服用する限り肝炎に
ともに、これらの集団から供血された血液の輸血
感染するおそれはない。薬物乱用が肝炎ウイルス
を受けた者にも感染が拡大した。さらに、現時点
蔓延につながったのは皮肉にも「ヒロポン国を亡
からみれば必ずしも適切とはいえないような当時
ぼす」と危険な副作用が社会問題化し政府が規制
の医療行為、鍼等、さらには入れ墨等も C型肝炎
に乗り出したことがきっかけになった。1949年 8
ウイルス拡大の原因になったと考えられる」
。
月、政府は覚醒剤の錠剤、散剤の製造を禁止した。
当時はむろん、肝炎ウイルスも発見されておら
田村は「注目しなければならない点は、覚醒剤
ず、注射器の使い回しで肝炎が感染すること、ま
の注射液がこの規制の対象外となったことであ
してや何十年もして肝がんで命を失うというリス
る。それは次の 2点において重大な意味を持って
クは医師でさえも知らない。1956 年に厚生省が
いた。①この当時、注射による薬物乱用の習慣が
行った調査によると、国民のうち覚醒剤使用経験
わが国にはなかった。②これ以後、注射による覚
者は 7.3%と報告されている 9)。薬物乱用者のなか
醒剤の乱用が始まることになるとともに、その後、
でも静脈注射使用者の HCV抗体陽性率は 34%に
麻薬、鎮痛剤をはじめ各種薬剤が注射という方法
ものぼり、針を使用しないシンナー常用者 3%よ
で使用されるようになるきっかけとなっ
りはるかに高いと報告されている 10)。乱用は 20 歳
た。・・・製造禁止の行政措置が守られていない
前後の若者でかつ男性が主体であったとすれば昭
こと、注射薬は野放しであったこと、ヤミの覚醒
和ヒトケタとりわけ後半生まれの男性がこの時多
剤販売ルートができていた」と指摘する 。
数肝炎に感染し、30 年の歳月を経て慢性化→肝硬
7)
1951 年 6 月に覚醒剤取締法が施行され、覚醒剤
は所持するだけでも犯罪となった。これにより覚
変→肝がんの道をたどったというシナリオが見え
てくる。
醒剤は完全に闇世界に潜ることになる。厚生労働
もしこの仮説が正しければ、肝がん・肝硬変の
省の肝炎対策有識者会議が 2001年 3 月に出した報
死亡率性比も昭和ヒトケタが山のように盛り上が
告書 によると「わが国における C型肝炎ウイル
り、その前後世代は低くなるはずである。しかる
ス感染の蔓延は、戦後の混乱期にまず覚醒剤乱用
に、性比は昭和ヒトケタ後も一貫して上昇し、男
者の間での注射器、注射針の共用・回し打ち等に
女の格差は拡大している。覚醒剤乱用は 1950 年代
8)
より感染が拡大した。次いで、これらの乱用者が
に一旦終息したものの 1970 年代以降第二の乱用期
当時の売血者集団の一部に加わり、売血者集団が
が始まって今日にいたっている【図 7】
。予防接種
頻回の売血による貧血の治療のために鉄剤等の静
や血液製剤、輸血による感染が根絶された今日、
脈注射を行い、その集団内にも感染が拡大すると
新規感染ルートとしては薬物乱用による注射器使
図 7 覚醒剤違反検挙人員数の推移(覚醒剤取締法は 1951 年施行のためそれ以前は合法であった)(出典:警察庁)
̶ 55 ̶
性比からみたがん死亡率のコホート分析 −昭和ヒトケタ男性短命の原因を追って−
い回しが最後のルートとして残る。拡大する性比
肝がん、肝疾患については戦後の覚醒剤乱用に
は、男性の方がこうした行為を行う頻度が高いた
よる肝炎ウイルス感染が寄与した可能性が大であ
め、という可能性はないだろうか?
る。しかし乱用や注射器の使い回しが男性のみに
がん死亡率を性比の切り口で分析しようと考え
限定されていたわけではなく、寄与の程度の男女
たきっかけは薬害肝炎問題にあった。薬害肝炎の
の差について今後も究明が必要である。また覚醒
被害を受けたのは大半が女性であった 。フィブ
剤乱用は 1960 年代までに鎮静したものの、肝がん
リノゲンは出産時の止血に用いられたから当然で
死亡率の性比はその後の世代でもさらに拡大しつ
はあるが、赤ら顔の中高年男という肝硬変や肝が
づけた。この性比の拡大は集団予防接種による影
んの患者イメージをひっくりかえすインパクトが
響とは矛盾する。
11)
あった。当時厚生労働大臣だった舛添要一は「薬
害肝炎訴訟問題は、与野党、メディアを巻き込ん
謝 辞
での一大劇場型政治過程となり、国民がテレビド
本研究は文部科学研究費補助金「ナショナルデータ
ベースを活用した予防・医療の平均余命・医療費への効
果測定」の成果物である。
ラマを見るかのように注視する大問題となっ
た。・・・一方に、薬害肝炎で涙を流す患者の女
性がいる。他方では、居丈高に責任を認めない女
性副大臣がいる。この対比だけでも勝負はついて
文 献
しまう」と和解に至った経緯を吐露している 。
1)大久保正一,久保喜子.中年死亡の増加現象.厚生
の指標 27 巻2 号:19-28[1980 年2 月]
.
2)水野 肇.昭和ヒトケタ男は長生きできない.読売
新聞社.
[1990 年11 月]
3)岡本悦司,久保喜子.昭和ヒトケタ男性の寿命.厚
生の指標 53巻 13 号 28-34[2006年 11 月]
4)社団法人日本肝臓学会.C型肝炎に起因する肝がん
の撲滅を目指して(平成 19年度)
.
5)Andreas Ulrich. Hitler
’s Drugged Soldiers.
[http://www.spiegel.de/international/0,1518,druck354606,00.html]
6)福井 進・小沼杏坪編.薬物依存症ハンドブック.
30 〜 31頁(金剛出版 1996年 6 月)
.
7)田村雅幸.覚せい剤の流行と法規制.犯罪社会学研
究 7号 4 〜32 頁.
8)肝炎対策に関する有識者会議報告書(2001年 3 月 30
日)
[http://www.mhlw.go.jp/houdou/0104/h0409-1.html]
.
9)厚生省.昭和 32 年版厚生白書.139頁.
10)田中栄司・古田精一.C型肝炎の輸血外感染経路.
日本臨床.49 巻 2 号91 〜96 頁[1991年 2月]
.
11)岩澤倫彦.薬害 C型肝炎女たちの闘い.小学館文庫
(2008 年4月)
.
12)舛添要一.厚生労働省戦記.中央公論新社(2010年
4月)
.258 〜261 頁.
13)厚生労働省健康局結核感染症対策課.B型肝炎訴訟
の手引き(2011 年7 月)
.
12)
薬害 C型肝炎に続いて今度は予防接種 B型肝炎が
浮上してきた。予防接種の場合、対象者の数がケ
タ外れに多いだけでなく、予防接種は男女共に受
けるからその影響も男女同じようにでると考えら
れる。対象者は 1941 年7月 2 日から 1988年 1 月 27
日出生者に限られる 13)。最高齢は 70 歳近いから、
肝がんの原因として B型は C型よりも少ないとは
いえ、もし予防接種による感染が相当あるとすれ
ば死亡率の性比も年々縮小(=1 に近づく)する
はず。しかし今回示された結果では逆に男女の差
は出生年が下るにつれて一貫して拡大しており、
戦後生まれでは男性の死亡率は女性の 5 倍にも
なった。薬害肝炎とは逆に肝がんや肝臓病で死亡
するのは圧倒的に男が多くなりつつある。
結 語
昭和ヒトケタ男性短命の原因としては、肝がん、
肝疾患の他、食道、胃、肺がんの死亡率が同世代
女性より高くなったためであることが確証され
た。しかしながら、この世代の男性だけに食道、
胃、肺がんの死亡率を高める要因が何だったのか
は依然として謎である。
̶ 56 ̶
ヘルスサイエンス・ヘルスケア
Volume 11,No.2(2011)
A cohort analysis of cumulative cancer mortality using sex ratio
−in search of the causes of shorter lifespan of Japanese men born in early Showa era(1926-34)−
Etsuji Okamoto
(National Institute of Public Health)
Key Words : cohort analysis, sex ratio, cancer mortality, vital statistics, drug abuse
Purposes: Japanese men born in early Showa era (1926-34) are known to have shorter lifespans and the
author attempted to illustrate causes of such shorter lifespans.
Data & Methods: The author analyzed age- and cause-specific mortality data obtained from Japan’ s vital
statistics covering 31 years (1980 thru 2010) to conduct a birth cohort analysis. Suspecting that cancer mortality must have shortened the lifespan of the targeted male cohort, site-specific cumulative cancer mortalities for a period of 31 years (1980 thru 2010) were calculated for a total of 61 birth cohorts (born between
1900 and 1960). Trend lines were drawn using the sex ratios of the cumulative site-specific cancer mortalities of both sexes in the same cohort.
Results: All cancers except leukemia showed some clear cohort effects.
Esophageal, stomach and lung
cancer showed high sex ratios (men had higher mortality than women) around the birth cohort of early
Showa era. Liver cancer as well as cirrhosis and viral hepatitis showed escalating sex ratio after the cohort
of early Showa era and continued to the 1960 cohort.
Discussions: Higher mortality observed in esophageal, stomach and lung cancer contributed to the shorter
lifespan of the male cohort of early Showa era but the exact causes remain to be identified. Higher mortality of liver cancer and liver diseases appear to be attributable to amphetamine abuse which plagued the
entire country in the early 1950s but there was no plausible explanation on why the widening sex ratios continued to the post-war cohorts. At least, the findings were not compatible with the claim that viral hepatitis
had been spread through mass-vaccination program which should have affected both sexes equally.(273
words)
Health Science and Health Care 11(2)
:49 −57,2011
̶ 57 ̶
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