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総論:アジア諸国に進出した日系金型企業の 現状と課題を探る

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総論:アジア諸国に進出した日系金型企業の 現状と課題を探る
「アジアに進出した日系金型企業の動向」
総論:アジア諸国に進出した日系金型企業の
現状と課題を探る
NPOアジア金型産業フォーラム 副理事長 横 田 悦 二 郎
は間違いない。一方「円高」傾向が今後長期間に渡っ
1.はじめに
て続けば今日本が優位を保っているセットメーカーの
今、日本は米国金融経済危機から始まった世界経済
国内生産拠点の更なる海外移転が積極化し、国内生産
危機に陥り、日本もその大きな経済危機の波に呑まれ
が減少することにより貿易赤字が増大し、
今度は「円安」
るのではないかの不安感が充満している。しかしその
傾向になると推測される。そうなれば再び日本での“モ
世界的経済危機の中でも、日本は比較的安定した環境
ノづくり”が見直され、日本への製造回帰が再び発生
にあるとの判断から為替相場も日本買いの傾向が強く
することになるであろう。しかしながら、今日本を支
「円高」局面を作りだしている。この傾向は、今後数年
えている金型産業のような基盤産業分野の製造業が一
間世界経済が落着くまでの間は続いていくであろうと
旦日本から海外にシフトした後の製造業の衰退からも
世界中の経済専門家は発表している。日本の円高の起
う一度立ち直ることが出来るかといえば、それはそう
因となる「比較的安定した環境」を作りだしているの
簡単なことではない。今の日本の基盤産業の“モノづ
は、活発な内需活動ではなく「優れた“モノづくり”
くり”は、日本人が長い間かけて培った優れた日本独
に支えられた製造業による輸出」に支えられているの
特の技能が基本にある。優れた技能は一朝一夕で出来
特集「アジアに進出した日系金型企業の動向」企画趣旨
編集委員 井戸 潔
今年の 3 月号の特集「アジア諸国の金型産業と経営の特徴」で、アジアの金型産業について概況の報告
を行いました。今回は個別の日系金型企業が韓国・中国・フィリピン・ベトナム・タイ・マレーシア・イ
ンドネシア・香港等でどんな企業活動を行っているのか、すでに各国に進出し金型企業からレポートをお
願いしまた。
21 世紀はアジアが製造と販売の最大の大陸なるという前提の中で、日本の自動車産業、電子・電機産業、
精密機械産業等々が進出しています。しかし、よく言われますように、日本の強みは素晴らしい技術を持
つ“中小製造業”の存在なくして語ることができません。その中小企業が大企業の要請で出かけていますが、
「金型企業」は 95%が 30 人以下の規模の企業であるため海外に出ることは不可能といえます。今回、登場
していただいた金型企業は金型企業でも大手に当たるところばかりです。
その結果、その国の人材を育てるにも“ものづくりは人づくり”精神が、基本的なコンセプトになって
いるようですが、文化・習慣・風習の違いの克服には、どうしても根気がいるようです。金型技術は促成
栽培的にできるものでなく、教育に力を入れてもジョブホッピングで転職してしまうため、それを考慮し
た金型作りを工夫することがどうしても必要になります。
この特集はアジアの最前線で働く金型企業の方々の本音の部分を語って頂きながらさらに今後拡大する
アジア製造基地での貴重な経験を参考にしたいと考えました。これまで、金型アジアレポートはありまし
たが、金型企業からの苦労に満ちた報告はあまり見られませんので、ぜひ参考にしていだきたいと思います。
内容は(1)進出目的、(2)進出形態、(3)経営と技術実態、(4)アジアへの進出の現在の課題、(5)進出
の展望等の項目について紹介をします。
1
るものではなく、技能無き日本の製造業は間違えると
しかし企業訪問後、現地の工業会の幹部達とその裏付
米国が歩んできた道と同じ道を歩むこととなる。しか
けをするために話を聞くと「あの会社は長続きしない!
し、その米国は日本に比べ広大な土地を背景にした農
従業員からの不満だらけだ!」という。数年のち、や
業を始めとする“豊かな資源”を持っているが、残
はりその企業は赤字続きで撤退を余儀なくされる状況
念ながら日本にはそれがない。
“モノづくり”無き日
に陥ることは少なくなかった。このようなことはアジ
本は米国より悲惨な状況になる可能性もある。特に重
ア地域の特定された国のみの話ではなく共通したケー
要なことは製造業の土台でもあり、日本の“モノづく
スである。中には、現地工業会幹部から「従業員から
り”の大黒柱であるとなっている基盤産業、中でも金
は言いにくいので、横田さんから経営者に言ってくれ
型産業が衰退すれば日本の“モノづくり”は壊滅的
ないか」と相談を受けたこともある。当然ながら、外
な打撃を受け製造業の世界は 60 年前の終戦当時の「焼
部の人間が会社経営に口を出すことが出来ないのが「日
け野原」状態から始めなければならなくなる。日本は
本の文化」であるので、何も言えないまま時間がたち、
何としてもその状態になることを回避しなければなら
後から「横田は何もしてくれなかった。だからあの会
ない。本章では、今後起こりうる可能性の高い「製造
社は駄目になった」と言われたこともある。金融界に
業の海外シフト」の中で、海外で既に展開している日
おける世界の文化は「米国発の文化」がアジア地域に
系金型企業の現状と、進出各国の製造文化及び今後の
も浸透していることもあり、その米国文化で進んでき
課題を記述するとともに、日本に残すべき製造文化と、
た銀行業界では、日本式経営や日本式従業員教育でも
来るべき製造業の日本回帰の時代に金型産業はどう備
あまり違和感がなく溶け込むことが可能である。しか
えるかについて記述する。
し、製造業特に基盤産業の分野では「日本文化に基づ
2.進出企業の現状
い た 日 本 式“ モ ノ づ く り ” の“ 押 し 付 け ”
」はアジ
ア諸国では殆ど通用しないばかりか経営の足を引っ張
各国の進出企業の現状については本特集で企画され
ることになると思わなければならない。
ている「各国進出企業の現状」の中で、既に進出して
(2)金型製造の目的の違い
いる企業から報告するので、ここではアジア地域にお
これはすでに周知のことであるが、日本のような、
「金
ける進出企業の実態に関する「総論」として記述する。
型販売を専業としている金型業者」が金型産業の中心
(1)成功と失敗の原因
に存在するのは世界でも稀である。特にアジア諸国の
日本からアジア諸国に進出した基盤産業としての企
金型工業会は部品製造会社もしくは金型製造に必要な
業の中には、それなりに成功を治めている企業もあれ
材料や機器販売商社が金型産業の主導権を握り、中心
ば、進出する際に予測していたこととは大きく違い負
的存在になっている集まりで構成されている。その業
債を抱えて倒産を余儀なくされたり、現地から撤退し
界の中心となっている部品会社にとっての金型製造は、
なければならなくなったりする企業もある。成功企業
会社の部品を作るための“道具”としての役割しか
と失敗企業の具体的な数値については統計がないので
ない。従って、金型の品質は自社の社内基準に合わせ
正確には判らないが、筆者が 20 年近くアジア諸国を歩
て位置付けられており、日本のように顧客基準で品質
いてみた経験から見た個人的な推測では、成功例 1 社
を決められる状況と違う。加えて、コスト意識も内製
に対して失敗例は 2 社程度である。つまり基盤産業に
金型では「利益意識」も薄くあまり強くない。そのよ
おける海外進出成功率は約 30 %程度であると推測する。
うな環境下で日本から「金型専業者」として現地進出
このように大きな割合で失敗するケースの原因は様々
した場合、日本国内では当たり前のこととして捉えて
であるが、失敗の基本は「相手国の文化を理解しない
いる「品質」
「価格」
「納期」の三つの重要項目へのゼ
経営をした」ことにある。逆に成功したケースの基本
ロからの教育が必要になる。これらの教育は、直接現
は「相手国の文化に合致した経営を行った」ことであ
場労働者向けに行う必要があるので当然ながら「現地
る。これは大きな規模で進出した場合と小さな規模で
の言葉」で教育することが絶対条件である。日本語で
進出した場合でも大きな差はない。日本で「○○企業
説明しそれを通訳する方法で進めてもほとんど効果は
は進出して大成功を納めているので是非訪問してみる
ない。教育を受ける側からの感想や意見を聞いてみる
と良い」と言われ企業訪問すると、確かに経営陣(日
と「日本人が何か言っているが、何を言っているのか
本人)は「非常に上手くいっています」とお答えになる。
意味がわからない」ということになる。この教育はま
2|素形材 2008 .11
アジアに進出した日系金型企業の動向∼総論∼
ず幹部社員に徹底的に日本式金型製法を感覚で覚えて
ないで社内で製造経験をして“技能”を身につけ良
もらい、それ以後は全てその幹部社員を信頼し、彼ら
い製品を作り出すことが出来て得をするのはその企業
のやり方で、彼らの文化を取り入れながら社員全体に
である。その得た利益を“技能”を身につけた従業
浸透させなければならない。その結果、日本で行って
員に直接還付することがあれば、好き好んでジョブホッ
いる方法とは全く違った内容になる可能性があるがそ
ピングはしない。ジョブホッピングを助長しているの
れには目をつぶらざるを得ない。結果として「品質向
は進出企業ではないか」と。確かに進出した企業の多
上が図れ」
「コスト低減が出来」
「納期通りの生産が出
くはそこの市場に魅力があるから進出したからではな
来る」ことが出来れば良いのであると認識することが、
く「現地労働賃金が安い」からの理由から進出してい
成功への道である。しかし現実には、それが折角出来
る。従って安易に賃金を上げると進出した意味が無く
たとしても日本から本社幹部が来社したとき「日本の
なることになる。加えて、進出日系企業が現地企業の
製造方法と違う。これでは品質が保てない。日本式に
幹部社員に現地従業員を登用しないのは、進出企業側
しろ!」と言って強引に日本式に直させることが多い。
からすれば
「社員がいつ辞めるか判らない。辞められて、
これが日系進出企業の失敗の多くの原因である。自動
他の競合会社に行かれたら会社の技術や技能が流出す
車や電気・電子産業のような業種で、従業員 1 万人以
るばかりでなく、機密事項までもが漏れ会社経営が成
上雇用する日系大手進出企業では企業自体が“別の一
り立たなくなる。ジョブホッピングが当たり前の国で、
つの国”として存在することが可能なので「日本式企
現地社員からの幹部社員登用にはリスクが大きすぎる」
業文化」を“押し付ける”ことが出来るが、金型企
という理屈である。そのため現状では、ジョブホッピ
業のように日系企業の場合大きくても数百名程度では、
ング課題は進出企業にとっては「負のスパイラル」に
日本と全く違う相手国の文化を基本とした経営をしな
陥っていると言える。この「負のスパイラル」を断ち
ければ失敗に結びつく結果を招く。
切るには、進出企業側の経営手法を変えるしか方法は
(3)ジョブホッピング文化の認識
ない。現実には
「負のスパイラル」
を断ち切りジョブホッ
海外では日本式企業での終身雇用制度は根付いてい
ピング課題をクリヤーしている進出企業も少なくない。
ない。採用試験での面接の際には「私は過去こんなに沢
その経営基本は「現地従業員を信頼すること」である。
山の金型関連企業を渡り歩いてきた」と自分自身の転
能力に応じた賃金を支払うシステムの構築や、現地従業
職の多さを堂々と紹介することが当たり前である。こ
員の取締役のみならず社長を含む幹部社員への登用を
れはタイやマレーシアといった、金型産業がある程度
積極的に行う人事政策をすることにより、現地ジョブ
出来上がりつつある国ばかりでなく、バングラディシュ
ホッピング課題は解決する。現地従業員にしてみると
やスリランカのような金型産業としてはまだ開発途上
もし現地採用社員が社長にまで抜擢される可能性があ
国でさえ同様である。彼らの主張はこうである。
「企業
ることになれば「俺も頑張ってこの会社で働けば、い
に長年勤めても、いつまでたっても会社における地位は
つかは幹部社員になれる。一生懸命働こう!」
という
「良
向上しない。その上、賃金もほとんど変わらない。日系
いスパイラル」に変更することが出来る。進出外資企
企業は特にその傾向が強い。会社幹部は日本の本社か
業の中でこのようなシステムを取り入れている企業は
ら来た人達が入れ替わり立ち替わり会社に入ってきて、
比較的大手のセットメーカーや部品メーカーには見受
上層部の椅子に座る。一生懸命働いて、やっと日本人
けられるが、日系企業には比較的少ない。特に日本本
幹部の評価を得てもその幹部が転勤で日本に帰ってし
社でも社長決裁中心の経営が通常である進出中小基盤
まえばまた、一からやり直しになる。もう無駄な努力
企業では「細部のことまで全て本社決裁を必要とする」
はしたくない。適当に仕事をして、適当な経験が出来
システムで経営されており、遠く離れた日本からの遠
たら“日本企業に勤めていた”という実績を看板に
隔操作がされていることが常である。この経営形態で
して、他の会社への就職活動をする。会社が変われば
海外進出しても成功する確率は非常に低くなる。
賃金が向上する。そのシステムのどこが悪いのか?ジョ
(4)外注工場からの部品調達の課題
ブホッピングシステムは社会に根付いた文化である。
」
日本で金型製造をする場合は、特殊な熱処理工程や
ジョブホッピング課題は彼らの主張からすると、決し
メッキのような表面処理工程を除き、ほとんど社内に
て“現地労働者が悪いから発生した課題”とは言え
ある設備によって加工を行う工程で金型を作ることが
ない。彼らはこうも主張する。
「ジョブホッピングをし
出来る。一方、海外進出する場合、それら金型製造に
3
必要な設備をすべて揃えることは投資金額も膨大にな
が可能な外注先は近隣には無い。その観点から見ると、
り、中小企業中心の金型企業にとっては資金的に不可
進出当初から“何処に立地するか?”を綿密に調査
能なことである。そのため、最少最低限の新設備を導
し、決定することも成否の分かれ目になっている。現
入するか、日本側で使えなくなった古い機械設備を持
実には、後者の「品質の低い加工しか出来ない外注企
ち込んでの操業となる。その結果、現地で金型製造を
業への教育」をせざるを得ないが、前述したように「言
一から行うには金型製造工程の一部を外注加工に頼ら
葉が通じない世界」
「製造文化が違う世界」で自分が必
ざるを得ない。しかしながら、その頼らなければなら
要な品質の部品製造のための教育には苦労が伴う。も
ない外注先は必ずしも品質の高い製品を作り出す技術
ともと品質に対する概念が全く違う国の人に「日本人
や技能を有してはいない。たとえ日系企業が希望する
が求める品質を如何に高めるか?」の教育を教科書も
技術や技能を保有する外注先が存在したとしても、そ
ない中で行うことは中小企業の金型企業には非常に難
こには高品質作業を望む様々な企業から多くの仕事が
しい。進出日系大手企業の中には進出した工業団地全
舞い込み、希望する納期や価格に合わせてくれること
体の従業員を対象にした「金型部品製造人材育成教育」
は出来ない。従って、希望する品質ではないが、
“あ
をボランティア活動の一環として行っている企業もあ
る程度の品質や納期”を維持できる加工が可能な外注
る。筆者も時々出張した際に「特別教育」をボランティ
先に加工依頼を出すこととなる。このような条件下で
アで引き受けることもある。しかし、あくまでもボラ
は、金型製造の途中工程で外注加工を依頼することは、
ンティア活動の一環であることから、教育をするため
決められた納期までに製造することは不可能であるた
の資金もなく、設備も購入出来ないため教室形式の“机
め、大抵の場合、社内設備では加工出来ない金型部品
上での授業”しか出来ない。また、授業を受ける層
加工に関しては完成形での納入を依頼する形を取るし
も授業を受けている間は賃金が支払われている訳でも
か方法はない。しかし、完成金型部品形式を取ると品
ないため、直接現場にいる作業者は参加したがらない。
質に期待できないばかりでなく、その品質にもばらつ
結果、生徒の主体は管理者、経営者が中心であり、直
きが生じるケースが多い。そのため、金型組み立て工
接品質向上の結果を出すには時間が必要である。
程で思わぬ修正を余儀なくされたり、中には高品質金
(5)給与に関わる経営課題
型製造が出来なくなる場合もある。この課題を解決す
日系海外進出企業にとっての経営課題の中で、給与
るには、自社に合った外注先を新たに発掘するか、現
に関する課題を挙げる進出企業経営者は少なくない。
在の外注先の品質を高めるべく外注先に対して教育訓
特に金型企業の場合従業員数は多くても数十名程度で
練を行うことになる。前者の場合進出した企業の立地
ある。しかし、金型企業の場合は製造担当、調達担当、
条件にもよるが、近くには存在せず数 10 km もしくは
経理担当、人事担当等は当初は少なくとも日本人が行
100 km 近く離れたところにしかない場合もある。日本
わなければならない。30 名程度の小企業の場合でも当
国内とは違い運送面におけるインフラが整っていない
初数年間は 4 ∼ 5 名程度日本人が現地に張り付いて経
国の場合、距離が離れていることは会話が通じない世
営を行うケースが目立つ。その際、問題になるのは給
界では大きなハンデキャップになりかねない。日系の
与問題である。当然ながら、日本人の給与は日本国内
進出基盤企業の場合、海外進出を決定する“きっかけ”
で受け取る給与基準以下にすることは出来ないばかり
は多くの場合、日本国内における会社のメイン顧客か
か、日本に残した従業員家族のことを考慮すると、受け
らの強い要求によるケースである。そのため、企業立
取る総給与は留守宅手当等を含め日本国内基準よりも
地の第一条件として、納入やその後のメンテナンスに
高い設定が必要となる。数年後、その資金負担に耐え
都合が良いように、なるべく顧客に近い場所を選定す
られず日本人の一部を引き上げた時、現地企業として
ることになる。しかし、進出大手メーカーは広大な場
活動するなかで「日本人だから給与は高かったが、そ
所を必要とするため、大抵の場合、昔からある産業集
の仕事を現地従業員に変えたから賃金を現地並みに下
積地域ではなく、新たに郊外に建設された工業団地の
げる」ということは従業員の士気低下を招くばかりで
ような場所に立地する。当然その地域には、古くから
なく、国や地域によっては現地政府から注意喚起を受
製造業を営んできた中小製造業は存在しない。日本の
けることになる。特に経理部門の給与体系は注意する
大田区や東大阪のような基盤産業の集積地ではないの
必要がある。現地には現地独特の金融システムが存在
である。そのため進出金型企業が必要とする部品加工
するうえに金融機関とは“日本語”でなく“現地言
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アジアに進出した日系金型企業の動向∼総論∼
語”で行わなければならないのが常である。そのため、
の地域の宗教・文化を熟知することも大切である。
経理部門には必ずと言ってよいほど日本人従業員の他
②従業員のプライドに関わる課題
に現地従業員も配置する必要がある。その場合、経理
各地域とも共通している課題に、
「従業員のプライド
部門には経営管理者を含む従業員全員の給与が現地従
を如何に尊重するか?」がある。従業員のプライドを
業員に明らかになる。その際、あまりにも日本人従業
尊重しない進出企業の成功率は甚だ低い。日系進出企
員と現地従業員の間に差があれば、経理担当従業員の
業を訪問した際、その場所に日本語を理解する現地従
口から全ての現地従業員へ「不満情報」が流れる。そ
業員がいるにも拘らず、平気で「こっちの従業員は○
の差が数 10 %程度ならまだ「有能な日本人だから」で
○が悪い!」と公言する経営者は少なくない。確かに
説明出来るが、通常の場合、現地従業員給与 1 万円程
思い通りにはならないことが多い中で、日本から来た
度で日本人従業員が数 10 万円の給与設定は珍しくない。
来訪者に不満をぶつけたくなる気持ちは理解できるが、
このような給与形態をとる進出企業は間違いなく従業
それを横で聞いている現地従業員は気持ちが良いわけ
員定着率は悪いばかりでなく、現地での企業評判も「あ
ではない。日本国内で活動する外資系企業の外国人経
の企業は酷い!」となり、優秀な人材を集めることが
営者が「日本人は○○がどうしようもなく悪い!」と
出来ない。それ以上に課題となるのは現地でのビジネ
いうのを聞いた時のケースを想像しなければならない。
ス展開が難しくなり、経営が成り立たなくなることに
現地に進出したら、現地の良いところを如何に使うか
繋がることである。日本で支払われる給与を大きくし、
を重点とした経営をすることが必要である。この点か
現地での給与を見かけ上小さくする方法もあるが、こ
らも現地状況を常に把握することが困難な、遠く離れ
れは国によっては「日本国内で支払われる給与も実質
た日本からの遠隔経営はマイナス効果として作用する
現地で働いていることによる対価として支払われてい
ことは確実である。
る」とみなされ、日本国内で支払われている給与分を含
③現地政府及び現地法規に敏感であること
めた総給与として現地所得税を負担しなければならな
日本と違い、発展途上国における政府方針や法規・
くなる等、法的な課題もクリヤーする必要がある。進
法律は頻繁に変わることが常である。新聞やテレビ情
出する際には現地の給与関連も含んだ経理関係をどの
報だけでなく政府・行政機関と常に情報交換をするこ
ようにしたら良いかを現地公認会計士やコンサルタン
とを含め、現地情報収集を重要課題として捉えておく
ト等の専門家と綿密に相談を重ねる準備が進出の絶対
必要がある。ある日突然行政方針が変更になり、会社
条件である。結論から言えば中小の金型企業の場合は、
の経営が困難になって撤退を余儀なくされたケースを
進出の際にはなるべく現地出向社員は少なくし出来れ
よく見かけるが、これは情報収集を怠ったために発生
ば「社長+ 1 名」程度で全てを担当する体制を取るこ
した自己責任と言わざるを得ない。
とが望ましい。
④気候風土に関わる課題
(6)その他の課題
アジア地域、特に東南アジア地域では気候風土に関
今まで進出企業の成否を決める幾つかの代表的な課
わる課題が少なくない。台風による大風や大雨による
題を記してきた。当然ながら、進出した日系企業には
洪水といった天災課題のみならず、常に 30℃以上で且
このほかに多くの課題を持っている。それらの課題は
つ多湿が通常の気候の中では、日本では考えられなかっ
国によって違ってくるが以下にその幾つかについて記
たような現象が頻発する。
「一晩ですべての金属に錆が
しておく。
生じた」とか「エアコンが故障して工場中の設備が露
①宗教に関わる課題
結してしまった」とか「測定室と現場で温度差が大き
アジア地域においてはイスラム教徒・仏教徒・キリ
く精密測定が出来ない」等課題を挙げれば枚挙にいと
スト教徒ばかりでなく、現地独特の宗教徒が存在する。
まが無い。これら全てを進出する前に対応しておくこ
もともと日本人は宗教に対する認識が薄く、日本国内
とは現実としては不可能である。私も時々幾つか発生
の会社経営の中で「宗教課題対策」をしたことがない
した課題に対して現地で解決策を求められることがあ
のが当たり前である。しかしながら、海外ではこの宗
るが、日本での経験が中心の私では解決は出来ないこ
教課題も会社経営の重要課題として認識しておかなけ
とが大部分である。現地進出後、臨機応変の現場での
ればならない。この課題は休憩時間・食事・制服・福
対応が求められる。
「そんなバカな!」は通常発生する
利厚生設備等全てに関わってくる。進出する際にはそ
こととして捉えておく必要がある。
5
3.今後進出企業がより発展するためには
着させることも同時に進める必要がある。標準化はコ
ストダウンや納期短縮に貢献するばかりでなく、来る
前述したように、当面の間は日本からの製造業の海
べき欧州勢の攻撃に対する“盾”にもなるものであ
外移転は「円高課題」対応ばかりでなくグローバル経
る。
済下における「新たな市場開拓」の流れから益々増大
(3)最新情報の積極収集
すると思われる。新たに海外展開する日系企業として
現地進出企業の陥る誤謬としてあるのは「現地は日
考慮しなければならないことについては、前項までに
本より技術的にも技能的にも多少遅れていても構わな
述べて来たが、本項では既に進出して活動している日
い」ということである。前述したように、アジア地域
系金型企業等の基盤産業企業が、現地で更に発展する
は今後欧州勢の積極参入が予測されている。その結果、
ためには何が必要かについて、主な三点についてのみ、
世界中の金型新技術情報がアジア地域に集まってくる
現地金型工業会幹部や現地の進出大手セットメーカー
ことになる。むしろ日本に入ってくる情報以上の内容
からの聴取情報に基づいて記述する。
が現地では把握できることが現状でも少なくない。世
(1)進出日系企業同士のより親密な連携
界から入ってくる金型新技術情報を正確に把握し判断
金型企業のような基盤産業企業は中小企業が中心で
す る た め に は、 受 け 取 る 側 が“ 優 れ た 金 型 専 門 家 ”
ある。これは現地企業でも例外ではない。中小企業と
でなければならない。日本の金型技術者は世界一流ク
しての弱点を補うために、現地企業は古くからの知り
ラスである。アジアに進出している日系企業は、その
合い関係や中国系のように架橋としての関係、中には
一流の金型専門家としての五感を使った情報収集を行
出資者が同じであるという関係等で横のつながりが出
い、現地工場で採用することは勿論、日本にある本社
来ている。しかし私が見たところ、進出日系企業は時々
側にも情報を送り込む責務がある。そのためには、今
親睦のためのゴルフ会や夕食会を開催したりする関係
後現地に派遣される技術者はその企業で最も優れた技
はあるが、仕事の融通性を高めたり連携して事業運営
術者でなければ日本本社及び現地進出企業の発展は期
を行ったりすることは非常に稀である。現在は基盤産
待できない。
業分野ではアジア進出企業は日本・韓国・中国等アジ
ア地域の金型先進国からが中心であるが、今後はドイ
ツばかりでなくポルトガルやイタリア・スイス等の欧
4.日本に残すべき製造文化と、来るべき製造
業の日本回帰時代にどう備えるか
州企業勢のアジア地域への進出が活発化する。まさに
海外特にアジア地域での金型製造においての課題の
アジア地域の金型産業にとっては「黒船到来」である。
一つに「人材教育課題」がある。この中で CAD/CAM
その事象に対応するには中小企業単体ではとても対応
技術や CNC 工作機械操作技術、品質管理技術等につい
できるものではない。品質は別にして「量や納期」対
ては辛抱強く教育を行えば比較的問題なく継承してい
応するには資金力・設備能力が必要である。そのため
くことが可能である。しかしながら「工夫しながら高
には現在の「仲良し倶楽部」的な繋がりから一歩前進
精度・高品位な物を作りだしていくための“技能力”
」
した「ビジネス」としての繋がりをより強固にしなけ
に関してはどうしても継承できない。日本に残すべき
ればならない。
製造文化はこの「工夫しながら高精度・高品位な物を
(2)標準化への取組の積極化
作りだしていくための“日本独特の技能力”
」にある
アジア地域は日本国内のように「今すぐ希望するモノ
と確信する。今後の日本の金型企業は海外進出した企
が欲しい!」と言っても基盤産業が充実している環境
業との連携が無ければ生き残れないかも知れない。そ
に無いため調達しにくい。また前述したように「日系
の時、全ての作業を両社で行うのではなく、日本と現
企業同士が連携し仕事を融通し合う」状態に対応でき
地の役割を明確にした運営をすべきであろう。日本で
るようにしておく必要がある。そのため、
「どうしても
優れた技能者の工夫による「高品質・高品位金型製造
その個別企業として必要な独特の部品」以外の部品や
技術開発」を絶え間なく行い、進出企業への技術移転
「日系企業標準」の規格化を図り、互いにビジネスを融
を続け現地企業の活性化を図ることが、結果的には日
通し易くする方策が適当である。これは、現地進出企
本の企業存続を助けることとなる。また、優れた熟練
業内標準のみとしてではなく、現地にある外注企業に
技能でしか出来ない高精度部品は日本で継続して製造
も広げ、
「日本文化に合致した日本的標準」を現地で定
し現地に送るシステムの確立も必要であろう。最新技
6|素形材 2008 .11
アジアに進出した日系金型企業の動向∼総論∼
術を使った工作機械や CAD/CAM システムはいつでも
いる企業であって、日本企業ではないことを認識した
どこでも調達できる時代である。しかし「優れた技能」
経営が必要かもしれない。彼らは続けてこうも言った
は調達できない。来るべき製造業の日本回帰の時代に
「米国の有名なコンビニエンスストアは日本に入ってき
備え金型産業は「技能職の更なる充実」を含めた人材
て、日本としての文化の中で新しい“日本式コンビニ”
教育を図るべきであろう。
を作りだした。金型産業も同様である。アジアに進出
したからにはその地域の文化を日本人が得意としてい
5.おわりに
る“優れた工夫する力”を駆使して、新たな金型企業
本章を記述するにあたり、アジア地域の金型工業会
としての経営を図れば、アジア地域で間違いなく優位
幹部の友人達に「日系進出企業の課題と将来」につい
に立てるだろう。我々もそれを期待している」
て聞いてみた。彼らの答えを総合すると「今更何を聞
日本の金型産業の海外展開は今始まったばかりであ
いているのだ!“日系”とか“欧米系”とか“中華系”
る。金型業界にいる企業とすれば、アジア地域への進
とか分類している時代は既に終わっている。今はその
出は“道無き道が続くジャングル”に踏みこむよう
出身国・出資国が何処であろうと関係ない。現地に進
な感さえある。ジャングルを進むには、細心の注意と
出した企業は全て“現地企業”として捉えないと経営
同時にスピードある決断力が必要である。また、一人
は出来ないよ!グローバルとはそういうことだ!」で
で踏み込むにはリスクが高すぎる。何社か連携して比
あった。確かに日本人は必ず後ろに「日の丸」を背負っ
較的大きなチームを組んで踏み込むことも考えるべき
ている。しかし、今後海外に企業展開をする場合には、
であろう。日本人は世界一“チームワークを取ること
極端に言えば、単に「日の丸」ブランドの旗を持って
に優れた人種”であることも忘れてはならない。
第 333 回講習会 「 CAE と伝熱工学∼伝熱解析の基礎から応用まで 」
主催:㈳精密工学会
本講習会では熱移動 / 伝熱現象を正しく理解するための考え方、構造解析との違い、熱力学の基礎知識、および
得られる結果に対する評価方法などを解説し、また、身近な製品での熱対策事例をご紹介致します。
日 時:平成 21 年 1 月14 日(水)10 : 00 ∼ 17 : 00
会 場:中央大学理工学部後楽園キャンパス(〒 112−8551 東京都文京区春日 1−13−27)
■ プログラム(予定)
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10 : 00 ∼ 11 : 00 【基調講演】見えない温度・熱移動の大切さ
東京工業大学 准教授 齊藤卓志
11 : 00 ∼ 12 : 00 伝熱工学の基礎Ⅰ
(1)熱伝導:熱伝導方程式と境界条件、定常熱伝導、熱抵抗・熱通過、非定常熱伝導
13 : 00 ∼ 14 : 00 伝熱工学の基礎Ⅱ
(2)熱伝達:熱伝達率の意味、境界層、層流と乱流、流体の支配方程式・境界層方程式と熱伝達
(3)熱放射:熱放射の意味、黒体放射、灰色面近似、形態係数
㈱ メカニカルデザイン 代表取締役 小林卓哉
14 : 10 ∼ 15 : 00 伝熱問題の FEM 解析
㈱ メカニカルデザイン 代表取締役 小林卓哉
15 : 15 ∼ 16 : 05 精密機器開発における熱解析の適用
㈱ ニコンコアテクノロジーセンター技術システム 主幹研究員 高橋聡志
16 : 05 ∼ 17 : 00 電子・情報機器の冷却実装構造開発における大規模並列熱流体解析の活用
㈱ 日立製作所 機械研究所 主任研究員 磯島宣之
定 員:60 名(先着順で定員になり次第締切ります)
参 加 費:会員(賛助会員および協賛団体会員を含む)20,000 円【資料代込み】 非会員 30,000 円【資料代込み】
学生会員 無料【資料ご入用の場合は,4,000 円】 学生非会員 6,000 円【資料代込み】
■ 申込締切:平成 21 年 1 月 7 日(水)
■ 申込方法:ホームページ http://www.jspe.or.jp/ の申し込みフォームからお申込み下さい。
または申込書に必要事項をご記入の上、郵送または FAX にてお送りください。
■ 申 込 先: ㈳ 精密工学会 〒 102−0073 東京都千代田区九段北 1−5−9 九段誠和ビル 2 F)
TEL : 03−5226−5191 FAX : 03−5226−5192
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