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需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言

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需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
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提言論文 Suggestion Paper
提言論文
需要創造をもたらす プラチナ社会イノベーションの提言
亀井 信一 村上 清明 松田 智生 古明地 哲夫
要 約
21 世紀の日本は、大きな社会的課題を抱えている。ひとつは地球規模の環境問
題であり、もうひとつは高齢化の問題である。これらに加えて、現在の日本に横た
わる根本の問題は、需要不足であり、これが我が国の閉塞感の根源にある。我が国
の都市は、中央、地方に限らずきわめて深刻な需要不足に喘いでおり、そこからの
脱却のための新しい社会モデルを求めている。世界を見渡してもその解は見当たら
ず、誰もが 21 世紀の持続可能な社会モデルを模索し続けている。
ここでは、21 世紀型の社会モデルとして、地球環境問題を解決し同時に人間起点
で元気な高齢社会を実現することにより、新たな需要を創出するモデルを提唱する。
この 21 世紀型の社会モデルを「プラチナ社会」と名づけた。すなわち、プラチナ
社会とは、現在我が国に横たわる 3 つの問題(地球環境問題、高齢化問題、需要不
足)を我が国の優れた技術やサービスを組み合わせて解決し、その解決を通じて新
産業と雇用を創出するという社会モデルである。その実現を通じて 2020 年に 50 兆
円の新産業と 700 万人の新たな雇用の創出を期待している。これが、プラチナ社会
イノベーションである。
幸いなことに、我が国はこのモデル構築に最初にチャレンジする機会が与えられて
いる。この構想を実現するためには、社会実験が不可欠であり、このための手段とし
て、環境未来都市構想や総合特区制度などを活用した実証実験の実施を提案する。
目 次
1.はじめに
2.プラチナ社会の提案
2.1 「プラチナ社会」とは
2.2 プラチナ社会の具体的なイメージ
3.プラチナ社会イノベーションにより期待される経済効果
3.1 プラチナ社会の実現がどのように産業創出に繋がるか
3.2 プラチナ社会イノベーションにより期待される経済効果
4.プラチナ社会イノベーション効果をいかに実証するか
4.1 プラチナ社会指数の導入
4.2 都道府県別に見たプラチナ社会指数
5.構想の実現に向けた取り組みの提言
6.おわりに
需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
Suggestion Paper
Platinum Society Innovation that Leads to
New Demand Creation
Shin-ichi Kamei, Kiyoaki Murakami, Tomoo Matsuda, Tetsuo Komeiji
Summary
Japan in the 21st century has major social issues. One is the global
environmental issue and another is the aging issue. In addition to these issues,
the basic problem in present day Japan is a shortage of demand, which lies at
the root of this claustrophobic feeling prevalent throughout Japan. Cities in our
country, regardless of central or local, are suffering from a very serious shortage
of demand and seeking a new social model for getting out of the situation.
Looking at the world, a solution is not evident. Everyone continues to search for
a sustainable social model in the 21st century.
Here, as the 21st century-type social model, a model that creates new
demands by solving the global environmental problems while realizing a humancentered lively aged society at the same time is proposed. We call this 21st
century-type social model“platinum society”. Specifically, the platinum society
is a social model that solves three issues currently prevailing in our country
(global environmental issue, aging issue, shortage of demand) in combination
with our excellent technologies and services and creates new industries and
employment through the solution. The realization of the society is expected to
create new industries worth 50 trillion yen and new employment for 7 million
people in 2020. This is platinum society innovation.
Fortunately, our country has been given the opportunity to first take on
the challenge of creating this model. In order to realize this concept, social
experiments are indispensable. For this, implementation of demonstration
experiments using an environmental future city concept and a general special
zone system is proposed.
Contents
1.Introduction
2.Proposal of Platinum Society
2.1 What is the“Platinum Society”?
2.2 Concrete Image of Platinum Society
3.Expected Economic Effects by Platinum Society Innovation
3.1 How does the Realization of Platinum Society Lead to the Creation of
Industries?
3.2 Expected Economic Effects by Platinum Society Innovation
4.How are the Platinum Society Innovation Effects Validated?
4.1 Introduction to Platinum Society Indicator
4.2 Platinum Society Indicator by Prefecture
5.Suggestion of Efforts Toward Realization of the Concept
6.Conclusion
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提言論文 Suggestion Paper
1.はじめに
従来とは一線を画するブレークスルーの実現を表す言葉として、しばしば「イノベーション」
という用語が用いられる。各国は、イノベーション戦略を相次いで打ち出している。米国
のオバマ大統領は、2009 年 9 月に発表した『A Strategy for American Innovation: Driving
Towards Sustainable Growth and Quality Jobs』の中で、「20 世紀に米国が発展した主な
要因は、世界のイノベーションを牽引していたことである」との認識のもとに、米国のリー
ダーシップの修復を第一に掲げた戦略を提示した。一方、欧州の新リスボン戦略では、投資
及びビジネスで魅力ある欧州を構築することを目標に据えた戦略を示している。
我が国でも、2010 年 6 月に閣議決定された新成長戦略の中で、グリーン・イノベーショ
ンとライフ・イノベーションが掲げられている。確かに、21 世紀の日本は、これらに関連
する大きな課題を抱えている。第一は、地球規模の環境問題であり、次は高齢化の問題であ
る。さらに見過ごされがちではあるが、現在の日本の根本の問題は、需要不足、すなわち仕
事がないことであり、これが我が国の今日の閉塞感の根源にある。過去十年間に、日本の実
質成長率は平均で 1% を下回り先進国の中で最低水準である。需要が創出されなければ、新
たな投資も雇用も生まれない* 1。
新成長戦略では、グリーン・イノベーションとライフ・イノベーションで成長に繋げよう
というメッセージは示されているが、需要創出に関しては、具体的な道筋が示されてはいな
い。言うまでもなく、我が国の都市は、中央、地方に限らずきわめて深刻な需要不足に喘い
でいる。このような状況下では、社会の変化とそれに伴って今後どうなっていくかに着目
し、そこから生じる支配則を見出し、社会の変化とその要求に素直に対応することが、舵取
りの鉄則といわれている。今日の困難から脱却するためには、社会変化を見据えた 21 世紀
型の新たな社会モデルの創出が必要である。世界においても、誰もが 21 世紀の持続可能な
新たな社会モデルを模索している。
我々は、地球環境問題を解決し同時に人間起点の元気な高齢社会が 21 世紀の世界が必要
としている社会モデルであると考えており、これを「プラチナ社会」と呼ぶことにした。こ
のプラチナ社会が新たな需要を生むことになる。幸いなことに我が国は、課題解決先進国と
してこのモデル構築に最初にチャレンジする機会を与えられている。
2.プラチナ社会の提案
2.1 「プラチナ社会」とは
プラチナ社会とは、現在我が国に横たわる 3 つの問題、すなわち、「地球環境問題」「高齢
化の問題」
「需要不足」を日本の優れた技術やサービスを組み合わせて同時に解決し、その
解決を通じて新産業と雇用を創出する、という 21 世紀型の社会モデルである。
環境問題や高齢社会というと、どうしても解決のための社会的なコストに目が行き、後ろ
* 1
東日本大震災の発生に伴い、供給制約が発生する状況となってしまったが、中期的な基調としては、需
要不足は続いており、逆に新たな様々な社会的・経済的システムの導入が期待されている。
需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
向きのイメージがある。しかしながら、これらの克服は新たな需要を創出し、元気な社会を
作るものと期待している。この社会モデルを発想した背景には、産業そのものの変革が起こ
るという我々の見通しがある。
18 世紀以来の工業社会は、主として物質的な豊かさを追求してきた。その結果、環境問
題や需要不足が発生した。生活に必要なモノがひと通り揃っている先進国では、技術革新に
よる生産性の向上と新興国からの安価な輸入品の増大が相まって、慢性的な需要不足状態を
生む。したがって、この克服のためには、従前の工業社会とは一線を画する社会モデルが必
要である。
ところで、3 つの重要な問題―すなわち環境問題、高齢化問題、需要不足は、別の問題の
ようだが根は同じである。逆説的かもしれないが、原因は工業化社会の成功にある。大量生
産によりモノ不足が解消したことが、資源や環境問題を引き起こす。経済的に豊かになると、
出生率が低下し長寿命が進むので高齢化比率も上昇する。需要不足(供給過剰)によりデフ
レが慢性化するのも、モノが溢れる豊かな社会が見せる側面のひとつである。
したがって、こうした状況は、生産性の向上やコスト削減とは違って、これまで用いられ
てきた工業化社会の生産プロセスの効率化などの手法では解決しない。需要不足の状況でこ
うした対策を講じても、逆にデフレや雇用不安を助長することになりかねないからである。
すなわち、社会問題の解決を産業に結び付けて、新たな価値の創造によって解決する以外に
はないということである。今、社会が必要としているのは、ポスト工業社会において需要を
創出し得る新しい社会モデルの構築である。その先に、新たな製品やサービスがある。
プラチナ社会とは、ポスト工業社会の進化形として、元気な高齢社会と環境サステナブル
を同時に満たす人間起点の希望にあふれる社会である(図 1)。また、このプラチナ社会が、
新産業と雇用を生み出すことは後述する。
図 1.プラチナ社会の歴史的な位置付け
プラチナ社会(21世紀∼)日本が『課題解決先進国』になる
プラチナ構想
人間起点の希望に溢れる社会
元気な高齢社会
社
2020年までに
環境サステナブル
新産業と雇用を創出
財政負担は最小に
会
50兆円市場 700万人の雇用創出
の
進
化
日本の優れた技術・サービス・制度
を組み合わせて課題解決
●人間起点
●生活が産業を創る
●産業化による解決
工業社会(18世紀∼) 先進国は欧米
物質的な豊かさ
現代社会の難問
●環境問題 ●高齢社会 ●需要不足(デフレ、雇用問題)
農業社会(BC7000∼) 先進国はメソポタミヤ、エジプト、インド、中国
定住とストックによる文明の進化 ⇒ 生存のための物不足は解消されず
出所:三菱総合研究所
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提言論文 Suggestion Paper
なお、21 世紀の社会モデルを「プラチナ」社会と命名したのには、いくつかの理由がある。
これまで高齢化社会というと一般にはシルバーという言葉が使われてきたが、これでは「活
力があふれる」というイメージが湧かない。プラチナ(白金:Pt)は、シルバー(銀:Ag)
とは違い、錆びずに輝きを保ち続け、ゴールド(金:Au)以上に品格がある。プラチナこ
そ、元気な高齢社会の象徴と考えた。また、プラチナは、化学反応を促進させるきわめて優
秀な触媒材料であり、プラチナ社会が新たな産業創造の触媒になることも意図した。
2.2 プラチナ社会の具体的なイメージ
プラチナ社会とは、具体的にはどのようなイメージなのであろうか。
温暖化や高齢化問題の解決方法として、排出権取引や社会保障などの制度的な方法と省エ
ネルギー機器、電気自動車、介護ロボットなどの技術的な方法の双方が検討されている。し
かし、どちらにしても莫大なコストが必要である。より重要なことは、仮にそうした方法で
解決できたとしても、それが我々の望む社会になるかということである。多くの国民が望む
のは普通に暮らしても地球環境に負荷をかけない社会、寝たきりや要介護にならず、長寿に
よって得る自由な時間を満喫し、生涯元気で暮らせる社会であろう。人間起点の解決策でな
ければ、21 世紀の社会モデルとは言えない。
プラチナ社会を実現するとは、快適な社会を創るということである。この構想の中心には
「人間」を据えた。その次に「生活環境」、さらに「社会」がこれを取り巻くという多層構造
を形成することになる(図 2)。
図 2.プラチナ社会の概念図
出所:三菱総合研究所
需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
ここでは、新しいまちづくりの視点からプラチナ社会を示したい。日本の多くの地方都市
は、大都市圏への人口流出とモータリーゼーションによって、高齢化とスプロール化が進ん
だ。中心市街地は活気がなく、独居世帯が増え地域コミュニティの崩壊も進んできた。こう
した街は環境の負荷が大きいだけではなく、高齢者にとって住みにくい街でもある。また、
独居世帯で社会との繋がりが途絶え、閉じこもってテレビ漬けの生活になると、認知症や寝
たきりの発症が増加する。逆に、高齢者が外に出て活動的に暮らし、社会参加を続けること
が要介護や寝たきりを減らすことに効果があることが知られている。
人口が減少する中で、街に活気を取り戻し、高齢者が住みやすく、環境の負荷も小さく、
さらにコミュニティを維持しやすく、助け合いのしやすい街にするにはどうしたらよいか。
街をコンパクトな集積型にすることは、その 1 つの回答であろう。
例えば、集積度として人口密度、エネルギー消費量として交通機関のエネルギー消費を取
り上げて考える。世界主要都市の人口密度と私的交通機関のエネルギー消費量との関係に関
しては、人口密度の低い大都市では自動車交通による移動距離が増大し、自動車交通による
エネルギー消費量の増加、あるいはその結果として二酸化炭素の排出量が増大する傾向にあ
ることが指摘されている[2]。具体的には、アメリカを中心とする人口密度の低い都市で
は、自動車利用によるエネルギー消費量が圧倒的に多い。一方で、アジアを中心とする人口
密度の高い都市では , 自動車利用によるエネルギー消費量は低い[3]。この例を見て驚くべ
きことに、1 人当たりのガソリン使用量は都市の集積度によって 10 倍以上の差がある。拡
散型でエネルギー効率の悪い都市に省エネルギー投資をするよりも、都市の集積度を上げて
から投資するほうがはるかに効率的なのである。都市の集積度を上げることはエネルギー効
率の問題だけではない。歩ける範囲に商業や医療施設があることは、高齢者にとっても暮ら
しやすい街となる。
なお、「歩けることが可能な街」はプラチナ社会のキーポイントの 1 つでもある。これは、
前述のエネルギー効率が高いだけではなく、健康面でのメリットも大きい。日本高血圧学会
は、『高血圧治療ガイドライン 2009 年版』の中で、「長期的な身体活動により高血圧患者で
は収縮期血圧を低下させる効果がある」と報告している。また、ハーバード大学の研究で
は、歩行習慣がある糖尿病患者では、歩行習慣のない患者と比べ死亡率が低下することや認
知症の発症率に有意な差が認められることがわかっている[4]。
健康であれば、買い物にも出かけるし、外食や旅行に行くこともできる。消費行動は明ら
かに増加するであろう。心身ともに健康な人々が暮らす社会には、多くの効果が存在する。
健康であれば、商店街等を歩く人が増大し、街の活力(にぎやかさ)が増大する。健康で自
由に歩くことができれば、安全に活動できる街づくりが進行し、多くの目があれば街の安全
も向上するであろう。健康を維持するための施設やサービスが増大し、新たな市場が拓かれ
る可能性もある。
プラチナ社会の新たな都市像として想定されるイメージを図 3 に示した。この社会では、
住宅、医療機関、健康支援施設、職場、商店、学校は、この都市内に集約されるので移動は
簡便になる。徒歩、自転車、路面電車、バス、あるいは電気自動車のカーシェアリングが中
心で、マイカーでの移動は少数派となる。また、太陽光・風力・バイオマスなどの自然エネ
ルギーが大きな役割を果たし、情報技術(IT)を活用したスマートグリッドが低炭素化の環
境インフラとなるであろう。住まいはグループリビング・ケアハウスという集合住宅により、
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独居老人の孤立を防ぐ。また遠隔通信医療の進展により、自宅での予防医療が進めば、わざ
わざ病院に足を運ぶ必要はなくなり、寝たきりになる前に手が打てるようになる。元気シニ
アが地域と繋がりを持ちながら集い、働き、暮らす、活力溢れる街がプラチナ社会の街のイ
メージである。
図 3.(都市型の)プラチナ社会のイメージ例
・中心市街地から1kmに街が形成
(医療機関、職場、住居、商店、学校など)
・移動は、徒歩・自転車・公共交通(LRT)
・小型電気自動車
太陽光発電パネル
・スマートグリッドと自然エネルギー、電動自動車等により
低炭素社会を実現
1階に商業施設
2階以上は事務所と住居
グループリビングとケアハウス
高齢者が助け合い生活する集合住宅
LRT
(低床式路面電車)
スマートグリッド
(次世代電力網)
小型電気自動車の
カーシェアリングと充電装置
出所:三菱総合研究所
プラチナ社会としては、都市型モデルのみならず、郊外型モデルや農村モデルなども検討
している(図 4)。
図 4.種々のプラチナ社会のモデル
出所:三菱総合研究所
需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
3.プラチナ社会イノベーションにより期待される経済効果
3.1 プラチナ社会の実現がどのように産業創出に繋がるか
プラチナ社会と産業創出の関係を、高齢者のヘルスケアを例として考える。
プラチナ社会では、技術とサービスを組み合わせて、予防医療、遠隔治療等のヘルスケア
ビジネスが拡がることが期待される。最新のセンサーや画像診断で、血圧、心拍数などの健
康状態の測定と診断を、自宅と病院とをネットワークで結び効率的に管理できる。自分の健
康に関わるデータは、初期の段階で何か異常な兆候が出た場合には、健康モニタリングシス
テムを通じて個人や家族に連絡が行き、最適な療法が示される。また必要な食事のレシピや
運動方法が示される。高齢の親と離れて暮らす子供にも、見守りサービスとして安心感を提
供できるであろう。ここでは、医療・情報通信と精密機器・機械といった製造業、そしてヘ
ルスケアを支援する介護事業、宅配事業、健康相談・コンシェルジェ機能などのサービス業
が融合し、新たな産業が創造される。また、安全技術、センサー技術、ロボット技術、社会
インフラ技術の高度化により、高齢者の移動に伴う事故や心配事も減少し、新たな交通・モ
ビリティ産業が立ち上がることが期待される。
このように、プラチナ社会の実現によって、新たな製品やサービスが興ることになる。次
節では、プラチナ社会により我が国としてどれほどの雇用の創出や経済効果が期待されるの
かを試算する。
3.2 プラチナ社会イノベーションにより期待される経済効果
都市開発、交通、エネルギーなどの関連する分野ごとに、プラチナ社会の実現によって生
み出されるインフラやサービスを設定し個別にその規模を推計した。
試算に当たっては、国際公約となっている 2020 年までに CO2 排出量を 25% 低減させるこ
とを前提とし、現状の市場規模を押さえた上で、個別品目の最終需要を逐一推計する方法を
採った。たとえば、エコハウスに関しては、断熱、高気密の住宅が、新築とリフォームを合
わせて 1,000 万戸の潜在需要があると見込み、サイクルを 10 年として、2020 年には 300
(万
円 / 戸)
×100
(万戸)で 3 兆円の最終需要が創出されると推計した。このほかに都市再生・再
開発で 1,000 億円、IT・ロボットを組み込んだ知能化住宅で 1,000 億円の規模であり、これ
らを合わせて、都市・住宅に関しては、2020 年に 3.2 兆円の市場が創出されると判断した。
雇用に関しては、平均所得で割り戻して、この新市場が 53 万人の雇用創出に相当すると試
算した。なお、新産業が取って代わる従来産業の減少分は含んでいないことを付記する。
プラチナ社会で創出される GDP と雇用に関する試算結果を、表 1 に示した。
表 1 からわかるように、インフラ維持管理分野では、IT によるモニタリング、修繕の新
工法、ロボット化で、8 万人の雇用と 4 千億円の市場の創出が見込まれている。こうして見
てくると、インフラ産業は衰退などではなく、適応力次第では逆に有望成長産業になり得る
ことがわかる。その際、プラチナ社会のインフラに求められる視点は、既存の技術やサービ
スの単品勝負ではなく、それらを組み合わせた仕組み勝負の社会システムデザインという設
計思想である点には留意する必要がある。
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提言論文 Suggestion Paper
表 1. 2020 年における新産業と雇用・GDP 創出のインパクト
分野
雇用(万人)
GDP(兆円)
都市再開発・住宅
53
3.2
都市基盤整備、プラチナハウス(環境・健康対応)
100
6.0
路面電車、電気自動車、カーシェア
50
3.3
スマートグリッド、太陽光発電、燃料電池、風力発電、原子力
水・鉄道輸出
6
0.4
新幹線・鉄道事業、水事業の海外輸出
インフラ維持管理
8
0.4
IT によるモニタリング、修繕の新工法、ロボット化
健康・医療(製造)
70
4.0
IT による予防医療、医療のロボット化、IT・ネットワーク化
食・農
50
3.0
植物工場、高級食材、養殖、機能性食品、グルメ
教育・訓練
40
2.1
社会人再教育、職業訓練、初中等社会人教員
サービス産業
360
28.0
737
50.4
交通
エネルギー
小計
主な内容
観光、外国人観光客向けサービス、コンテンツ、文化、医療・介護、健康支援、
コンシェルジェ機能
出所:三菱総合研究所試算
4.プラチナ社会イノベーション効果をいかに実証するか
4.1 プラチナ社会指数の導入
プラチナ社会は 21 世紀型の新しい社会像である。そのため、実際の導入に当たっては、
社会実験による検証が必要である。すなわち、あらかじめプラチナ社会のフレームは定める
にしても、個々の事業や施策がプラチナ社会の実現にどのように寄与したのかを定量的に評
価する仕組みが必要である。このためには、プラチナ社会の実現を指し示す何らかの指標が
求められる。
プラチナ社会を一言で言えば、「低炭素社会への貢献に関しては、1 人当たりの CO2 排出
量やごみの排出量が小さく、資源のリサイクル率が高い社会。高齢化社会への対応に関して
は、65 歳以上の高齢者が多いにもかかわらず高齢者医療費が小さく、寝たきり率が低く生
き生きとした社会。さらに人間起点という観点では、1 人当たりの医療費や有病率が低く、
世帯当たりの所得や教育費支出が高い。その一方で、生活保護や犯罪発生率が低く居住意欲
需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
が高い社会」ということができる。ここでは、これらのすべてを指数化することにより、理
想的なプラチナ社会にどれだけ近いかという「プラチナ社会指数」を導入する。
プラチナ社会指数を構成する個別の因子に関しては、以下の指標を用いた。
低炭素社会対応の指数
・低炭素指数(1 人当たりの CO2 排出量の少なさ:1 人当たりの CO2 排出量を偏差値化し、
これを 50 で折り返した値)。なお、ここでは CO2 の排出量を「47 都道府県別 CO2 排出量
の推計(2008)」(『湘南エコノメトリクス』室田委員資料、http://www.env.go.jp/earth/
ondanka/sakutei_manual/kaitei_comm/com02/ext01.pdf)から採った。
・省資源指数(1 人当たりのごみの少なさ:1 人当たりのごみの排出量の偏差値を 50 で折り
返した値)
。ごみの産出量は、総務省統計局「なるほど統計学園(2010)」(http://www.
stat.go.jp/naruhodo/c1data/22_01_stt.htm)から採った。
・リ サイクル指数(資源リサイクル率の偏差値)。資源リサイクル率のデータは、『日経グ
ローカル』(No23、2005 年 3 月 7 日号)から採った。
高齢化社会対応という観点の指数
・高齢者健康指数 1(1 人当たりの高齢者医療費の少なさ:1 人当たりの高齢者医療費の偏差
値を 50 で折り返した値)。ここで採録したデータは、総務省統計局が発表しているもので
ある(http://www.stat.go.jp/data/chouki/zuhyou/24-25.xls)。
・高齢者健康指数 2(寝たきり比率の少なさ:寝たきり比率の偏差値を 50 で折り返した値)。
寝たきり率は、総務省統計「e-stst- 介護サービス施設・事業所調査 」の中の 1998(平成
10)年老人保健施設調査の数値を用いた。
人間基点という観点の指数
・健 康指数 1(1 人当たりの医療費の少なさ:1 人当たりの医療費の偏差値を 50 で折り返
した値)。ここで採録したデータは、総務省統計局が発表しているものである(http://
www.stat.go.jp/data/chouki/zuhyou/24-25.xls)。
・健 康指数 2(有病率の偏差値を 50 で折り返した値)。有病率に関しては、総務省統計
「e-stst- 社会生活統計指標−都道府県の指標− 2010」の中の社会生活統計指標「 I. 健康・
医療 No.10『り病率』」を用いた。実際のデータは 2007 年時点のものである。
・所得指数(世帯あたりの所得の偏差値)。所得に関しては、内閣府データを用いた(http://
www.esri.cao.go.jp/jp/sna/kenmin/h19/soukatu5.xls)。使用したデータは 2007 年時点
のである。
・教育指数(1 人当たりの教育支出の偏差値)。総務省統計局の「生涯学習関連費」データを
用 い た(http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001026976&cycode=0)。 計
算には、2008 年のデータを用いた。
・生活安定指数(生活保護率の低さ : 生活保護率の偏差値を 50 で折り返した値)
。総務省統計
局「20-41 都道府県別生活保護被保護実世帯数及び実人員」の 2007 年のデータを用いた。
・社会安全指数(犯罪発生率の低さ : 犯罪発生率の偏差値を 50 で折り返した値)。警察庁
が 発 表 し た 2008 年 の デ ー タ を 用 い た(http://www.npa.go.jp/toukei/keiji37/Excel/
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提言論文 Suggestion Paper
H20_149.xls)
・居住魅力指数(行ってみたい度・居住意欲度の偏差値)。株式会社ブランド総合研究所
「地域ブランド調査 2009」(全国 3 万 2124 人から回答)のデータを用いた。
4.2 都道府県別に見たプラチナ社会指数
プラチナ社会指数を用いて、都道府県ごとのプラチナ社会度を評価したい。低炭素社会対
応の代表的な指数である 1 人当たりの CO2 排出量の少なさの指数に関して、都道府県の上
位 20 位までを表 2 に示した。内陸部の県が上位に来ているのは、大きな CO2 排出源である
火力発電所や製鉄所などの大規模施設がないためとも考えられる。生活起点でのデータの選
択の精査および見直しは、今後の課題である。
表 2. 低炭素指数(1 人当たりの CO2 排出量の少なさ)の上位 20 都道府県
順位
都道府県
低炭素指数(1 人当たり CO2 排出量の少なさ)
1
奈良県
61.83
2
埼玉県
60.23
3
熊本県
60.08
4
京都府
59.64
5
長崎県
59.46
6
鹿児島県
58.04
7
佐賀県
57.73
8
山梨県
57.07
9
高知県
56.87
10
鳥取県
56.85
11
島根県
56.19
12
山形県
56.07
13
宮崎県
56.05
14
岐阜県
55.74
15
沖縄県
55.72
16
長野県
55.39
17
岩手県
54.73
18
秋田県
54.31
19
東京都
54.22
20
大阪府
53.80
出所:三菱総合研究所試算
需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
高齢化社会対応という観点の代表的な指数である高齢者健康指数(1 人当たりの高齢者医
療費の少なさ)の都道府県の上位 20 位までを表 3 に示した。また、これを有病率の低さの
上位 20 位の表(表 4)と比べると、上位の顔ぶれが大きく異なっていることがわかる。単に
県民全体の健康度を上げることと高齢者医療費低減とでは、方向性がまったく異なることが
示唆される。
表 3. 高齢者健康指数(1 人当たりの高齢者医療費の少なさ)の上位 20 都道府県
順位
都道府県
高齢者健康指数 1(1 人当たりの高齢者医療費の少なさ)
1
新潟県
66.95
2
岩手県
66.37
3
千葉県
63.86
4
三重県
62.40
5
静岡県
62.04
6
長野県
61.55
7
山梨県
60.32
8
山形県
60.28
9
茨城県
60.12
10
埼玉県
60.08
11
秋田県
59.00
12
青森県
58.93
13
栃木県
58.74
14
神奈川県
57.82
15
島根県
57.47
16
福島県
56.30
17
宮城県
55.93
18
岐阜県
55.89
19
富山県
55.43
20
東京都
54.32
出所:三菱総合研究所試算
185
186
提言論文 Suggestion Paper
表 4. 健康指数(有病率の偏差値を 50 で折り返した値)の上位 20 都道府県
順位
都道府県
健康指数(有病率の少なさ)
1
沖縄県
80.72
2
茨城県
71.89
3
山梨県
66.32
4
栃木県
83.96
5
群馬県
63.53
6
福島県
63.37
7
山形県
60.63
8
鹿児島県
59.50
9
千葉県
59.50
10
埼玉県
59.24
11
石川県
57.79
12
静岡県
56.93
13
青森県
54.78
14
岡山県
54.78
15
新潟県
54.03
16
福井県
53.33
17
熊本県
53.06
18
長野県
51.56
19
岩手県
50.91
20
鳥取県
49.89
出所:三菱総合研究所試算
なお、参考のために総合指数を導入してみた。個々の指標のうち 1 つでも極端に低い項目
がある社会は、必ずしもプラチナ社会の趣旨に合致はしないであろうとの観点から、プラチ
ナ社会指数の総合指数は、これらの個々の指数の相加平均ではなく、個々の指数を 50 で除
した指数の積(相乗平均に比例する値)として算出した。このため、絶対値に特段の意味は
ない。都道府県別に見たプラチナ社会指数を表 5 に一覧した。
埼玉県が最もプラチナ社会指数が高く、長野県、山梨県がこれに続いている。埼玉県は、
高齢者医療費の割合や寝たきり率がきわめて低く高齢者が元気な社会とみることができる。
世帯当たりの所得も高い。また、長野県は、省資源やリサイクルの取り組みが進んでおり、
高齢者医療費の割合も低いことが特徴である。
表 5 をよくみると、社会的なアンバランスも見えてくる。たとえば、大阪府や山梨県で
は、寝たきり老人の比率が低いにも関わらず、1 人当たりの高齢者医療費は高いものとなっ
ている。これは、高齢者医療システムが効率的に機能していないことを示唆している。逆に
山形県は、高齢者医療費負担は小さいものの寝たきり比率は高い。活力ある地域を作るため
には、寝たきりを防ぐための施策が必要である。
需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
このように、プラチナ社会指数は、プラチナ社会の実現度を計るだけではなく、必要な施
策の方向性を検討する際にも有益な指標である。なお、今回は、都道府県に関する指数を示
したが、市町村の評価方法に関しても別途検討している。
表 5. 都道府県別に見たプラチナ社会指数
出所:三菱総合研究所試算
187
188
提言論文 Suggestion Paper
5.構想の実現に向けた取り組みの提言
一般的に、革新的な変革を実現するためには実験の場が必要である。まして新たな社会シ
ステム産業の具体化を実現するためには、人材育成まで含めた社会実験が不可欠である。プ
ラチナ社会を実現し前述の効果を引き出すためにも、段階的な実証実験や社会実験が求めら
れる。これは、プラチナ社会は多種多様な要素からなり、その中で暮らす人々も含めたシス
テム全体の最適化を行うためには、試行錯誤的なアプローチが不可欠だからである。プラチ
ナ社会実現までのロードマップが必ずしも明確ではないことも、実証実験が必要な理由であ
る。その際には、前述のプラチナ指数が実証実験の評価指標になる。
プラチナ社会は、既成の規制を大幅に変更しなければ実現できないものが多い。このため
の規制緩和や規格・標準化・法制度の整備が必要であり、社会の受容性に関しても試行を経
た実証が必要である。
このような社会実験の場としては、政府が提唱している総合特区制度や環境未来都市構想
などは絶好の機会である。プラチナ社会こそ実証試験テーマとして最適であろう。ここで、
プラチナ社会を実現する手段として、21 世紀の「Made in Japan 」の産業集積を行い、社
会実験サテライトにおいてその効果を実証する。具体的には、IT(情報技術)を利用した
予防・個別サービス事業、生活支援型ロボットの実用化事業、プラチナモビリティ(高齢者
用パーソナルモビリティ)事業、自然環境資源を活かした療養・介護事業、人と情報の安
全・安心ネットワーク事業、アグリ・フード事業を想定している。このため、本事業が立ち
上がった暁には、① IT 利用を利用した予防医療・健康増進関連産業、②生活支援型ロボッ
ト産業、③介護の質の向上と高齢者への雇用拡大、④住宅・施設への機器導入に関わるイン
フラ産業、⑤各種のリース・メンテナンス産業、⑥アグリ関連産業などが確立し、前述の新
産業と雇用創造を目指すことができる。
高齢化問題は、10 年後にはアジアも含む世界の問題となる。したがって、この解決を産
業化することができれば、日本の長期的な成長戦略となり得る。市場規模は国内だけでも
50 兆円規模、世界市場はその数倍は下らないであろう。ただし、その産業化は従来の単品
売りのモノづくりでは不可能であり、種々の社会制度の改変、標準化、規格化、安全基準、
認証機関を含む社会システム産業である。本提案は、そうした産業化に必要な課題をパッ
ケージで解決し、健康産業を 21 世紀のリーディング産業にすることを期待するものである。
6.おわりに
ここでは、プラチナ社会イノベーションの提言を行ってきた。これは、大きな社会的な変
革を目指したものではあるが、シンクタンクに生きる我々自身の変革の試金石でもある。
シンクタンクの本家である米国では、シンクタンクを「技術、社会、政治戦略や軍事戦略
の中で徹底的なリサーチと問題解決のための提言を行うために組織された団体。ないし政策
に関する研究を徹底的に行い、代替案になり得る政策提言を行う、政治的に中立な非営利団
体」と定義している。三菱総合研究所も我が国ではシンクタンクと呼ばれているが、その性
格は米国とは一線を画している。
歴史的に見ると、三菱総合研究所は、計算機センターなどのリソースの外販から始まり、
需要創造をもたらすプラチナ社会イノベーションの提言
顧客のニーズに対応した調査研究業務を長く行ってきた。どちらかというと社会のニーズに
合わせて事業を展開してきたといえる。今後は、自ら新たな社会像(未来像)を提言し、新
産業創造を提唱する時期に来ているといえる。すなわち、三菱総合研究所の業務を、調査・
リサーチから、新しい社会のシステムと新産業創造のデザイナーへと変革していく時期にあ
る。換言すれば、分散した知の構造化を図るミッションを負うという変革が求められてい
る。プラチナ社会構想は、その最初の取り組みでもある。
謝辞
プラチナ社会実現のための取り組みとして、プラチナ社会研究会を立ち上げた。本提言
は、この中での議論を反映したものである。プラチナ社会研究会の多くのメンバーに心から
感謝する。
参考文献
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Technology Policy”, A Strategy for American Innovation :Driving Towards Sustainable
Growth and Quality Jobs, September,(2009).
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行計画策定マニュアル及び温室効果ガス総排出量算定方法ガイドライン―参考資料:47 都道
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[9] 総務省統計局:『都道府県別国民医療費』(2009).
[10] 総務省統計局:『生涯学習関連費』(2008).
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[12] 三菱総合研究所:『Phronesis04; プラチナ社会がやってくる !』, 丸善プラネット(2010).
[13] 小宮山宏:『低炭素社会』, 幻冬舎(2010).
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