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小児の生理・生化学的発達と薬物消失経路を 考慮した新たな小児薬用量
病薬アワー 2013 年 4 月 1 日放送 企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会 協 賛:MSD 株式会社 小児の生理・生化学的発達と薬物消失経路を 考慮した新たな小児薬用量推定法の開発 けいゆう病院薬局 鈴木 信也 ●医療現場における小児薬用量と従来の小児薬用量推定式の問題点● まず、医療現場における小児薬用量と従来の小児薬用量推定式の問題点についてお話し てまいります。 小児医療においては、成人と同様に多種多様な医薬品が必要とされます。しかし、小児 を対象に臨床試験を行うことは、倫理的にも採算性の面からも困難であるため、臨床的エ ビデンスに基づく小児薬用量の設定は極めて少ないことが現状であります。その結果、添 付文書における小児への使用に関する情報も少なく、また記載内容もあいまいなものが多 くみられます。厚生省医薬安全総合研究事業における平成10-12年度の処方実態調査では、 小児患者に対して処方された医薬品の添付文書において小児用量の記載がないものが75% を占めると報告されています。このことは小児に対して薬物療法が行われる際、約75%が 適応外使用であることを示しています。 このような現状において、臨床的エビデンスを伴う小児薬用量が不明な場合に小児薬用 量を推定する方法として、成人と小児の薬用量比率を年齢、体重、体表面積を変数とした 連続的な関数または離散的な換算表を用いる方法がよく使用されています。現在よく用い られているAugsberger式、Young式、Clark式、Crawford式、von Harnackの換算表による推定 法は、それぞれ年齢、体重、体表面積により推定する方法であります。Augsberger式やYoung 式などの年齢による推定は、同一年齢でも体重の幅が広いことが問題となります。 Augsberger式は体表面積によく近似するとして汎用されていますが、約60年も前に考案され た式であり、小児の発育が異なっている現在においても、十分に小児の生理機能を反映で きるかは疑問であります。またAugsberger式による薬用量は年齢に対して直線的に増加する ため、新生児・乳幼児では投与量を多く見積もってしまい、1歳未満の薬用量推定には用 いることができません。また、従来の推定式は、消失経路等の薬物側の要因を全く考慮し ておらず、単一の発達パラメータに基づく推定であるため、生理・生化学的発達の著しい小 児期、特に新生児期、乳児期において適正な用量を予測できるかは疑問であります。 ●小児の生理・生化学的発達と薬物消失経路を考慮した新たな小児薬用量推定法(ePPBD法)● そこで、私たちはこのような問題点を解決するために、小児の生理・生化学的発達と薬 物消失経路を考慮した新たな小児薬用量推定法(ePPBD法(ePPBD:estimation of pediatric doses based on physiological and biochemical development))を開発しました。本推定法では、 薬理効果と薬用量の関係を規定するのは、薬物の生体から消失する能力を表す全身クリア ランスであることに着目しました。薬物の全身クリアランスは、腎クリアランスと肝代謝 クリアランスから構成されるため、推定する薬剤を腎排泄型、肝代謝型と消失経路別に分 類しました。そして、腎排泄型薬剤においては小児と成人の腎クリアランス比、肝代謝型 薬剤においては小児と成人の肝代謝クリアランス比を小児の各生理・生化学的発達因子を 用いて算出して、そこに成人薬用量を乗じることで小児薬用量推定を行いました。 クリアランスを規定する小児の発達に応じて変化する各生理・生化学的発達因子として、 腎機能では、糸球体ろ過速度と尿細管分泌クリアランス、肝機能では、肝体積と肝代謝酵 素活性、蛋白結合率では、血清アルブミンとα1-酸性糖蛋白を選択しました。選択した各 生理・生化学的発達因子の小児の変動を推定する方法論や推定式を種々の文献から収集し、 その式に厚生労働省、文部科学省の小児の標準身長、標準体重より算出した体表面積を代 入することで現在の小児の発育状況に応じた各生理・生化学的発達因子を算出しました。 具体的には、小児薬用量の推定を行う薬剤が腎排泄型の場合、蛋白結合率、糸球体ろ過 速度、尿細管分泌クリアランスの変化を考慮した小児の腎クリアランスを算出し、肝代謝 型の場合、蛋白結合率、肝体積、肝代謝酵素活性の変化を考慮した小児の肝代謝クリアラ ンスを算出し、薬物消失経路に応じて成人と同等の非結合型血中薬物濃度を得るための用 量式をそれぞれ導出しました。さらに、腎排泄型の場合、受胎後週数を考慮した新生児を 対象とした推定1)、2歳までの乳幼児を対象とした推定2)、2歳以上の小児を対象とした近 似推定3)、肝代謝型の場合、小児期全てを対象とした推定4)と4つのカテゴリーに分類し ました。 ePPBD法による推定値の妥当性を検討するため、母集団薬物動態パラメータにおける小児 と成人の平均クリアランス比および添付文書小児薬用量、成書や報告値による設定薬用量 を基準値として選択しました。その結果、腎排泄型薬剤、肝代謝型薬剤共に、ePPBD法のほ うが体表面積に基づく従来の推定法による推定値より基準値に近い値、つまり予測精度が 高い結果となりました。 肝代謝型薬剤の推定においては、肝代謝酵素の分子種のなかでも代謝酵素活性の発達が 成人機能の8割に達するのに生後3年程度を要するCYP1A2に着目し、CYP1A2の関与する 肝代謝型薬剤を選択しました。例を挙げるとテオフィリンにePPBD法を適用した場合、小児 と成人の体表面積比による推定法と比べて有意に良好な小児薬用量を与えることがわかり ました。したがって、従来の体表面積に基づくAugsberger式やCrawford式のような推定法を テオフィリンに用いるとCYPの酵素活性の発達まで考慮できないため、低年齢児において比 較的高用量を推定してしまい、副作用が発現してしまう可能性があります。 以上、ePPBD法では、推定薬剤を腎排泄型、肝代謝型と消失経路別に分類し、小児の生理・ 生化学的発達を考慮したmechanism-based approachにより小児薬用量推定を行い、従来の推 定法に比べて有用な結果となりました。添付文書に小児用量の記載が少ない現状を改善す るために、医薬安全総合研究事業の研究報告においても小児等の特殊患者群に対する医薬 品の用法および用量に関する研究が行われていますが、実際には現状の小児処方実態調査 に留まっており、具体的な解決に至っておりません。また、平成17年度より小児薬物療法 検討会議が発足し5年間で100品目程度の医薬品の用法・用量の検討を行っていますがいま だ解決には時間を要します。これらの問題は、小児において臨床試験を行うことが困難で あることや医師による投与量決定のプロセスが十分に調査されていないことなどに起因し ます。今後、添付文書に小児薬用量の記載が無い医薬品、小児に使用経験の無い新薬を処 方する際、本研究のような薬物動態理論に立脚した小児薬用量推定法を用いる社会的意義 および貢献度は高いと考えます。 本研究は、昭和大学薬学部薬物療法学講座薬物動態学部門の佐藤均教授のご指導のもと で行ったものです。業務を行いながらの研究にご理解を示していただいた、けいゆう病院・ 関山薬局長をはじめ同僚の方々に感謝致します。 ●研究と業務の両立について● 最後に研究と業務の両立についてお話いたします。 私は、市中病院の薬剤師となって8年間、論文執筆はおろか学会発表も行ったことはあ りませんでした。また、周囲にも研究活動に取り組んでいる者はおらず、私自身、多忙な 業務や環境を理由に研究に対して多少の関心はあるものの、一歩を踏み出せないでおりま した。そのことを見抜いてか、上司から「学位を取ってみないか?」という言葉をかけら れたとき、自分を変えたい、何かに挑戦してみたいと強く思い、大学の研究生となり研究 を始めました。私が行った研究は、日常の業務内容を生かせる臨床研究とは異なり基礎的 な研究内容であったため、全て業務時間外となる平日の夜間や土日に大学へ通い行いまし た。実際に研究を始めて、新しい発見や何かを成し遂げるという感覚を繰り返し経験する ことで、研究の魅力に日々ひき込まれていきました。特に、試行錯誤のうえに1本目の論 文がアクセプトされたときの喜びは忘れることができません。また、研究活動を通じて、 物事を論理的に思考する力を身に付けることができ、日常業務においてもその力は生かさ れております。もし、まだ学会発表や論文執筆を行っていない先生方がいらしたら、ぜひ 一歩を踏み出してほしいと思います。 ●引用文献● 1)鈴木信也, 村山悠佳, 杉山恵理花, 関山正夫, 佐藤 均, 受胎後週数を考慮した腎排泄型 薬剤における新生児薬用量推定, 医療薬学, 36, 763-767 (2010). 2)鈴木信也, 村山悠佳, 杉山恵理花, 関山正夫, 佐藤 均, 腎機能の生理学的発達を考慮し た腎排泄型薬剤における新生児・乳幼児薬用量の推定, 薬学雑誌, 129, 829-842 (2009). 3)鈴木信也, 村山悠佳, 杉山恵理花, 関山正夫, 佐藤 均, 腎機能の生理学的発達を考慮し た腎排泄型薬剤における小児薬用量の近似推定法, 医療薬学, 35, 791-798 (2009). 4)S. Suzuki, Y. Murayama, E. Sugiyama, V. Hirunpanich, K. Saito, M. Sekiyama, H. Sato, Estimating Pediatric Doses of Drugs Metabolized by Cytochrome P450 (CYP) Isozymes, Based on Physiological Liver Development and Serum Protein Levels, YAKUGAKU ZASSHI, 130, 613-620 (2010).