Comments
Description
Transcript
気候変動への人権法アプローチ - 東京外国語大学学術成果コレクション
東京外国語大学論集第 83 号(2011) 31 気候変動への人権法アプローチ ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性― 石橋 可奈美 はじめに 1. 環境保護実現のための人権法アプローチ 2. 気候変動問題への人権法アプローチの必要性 2.1 法的意義 2.2 実体的権利を通じて 2.3 手続的権利を通じて おわりに はじめに 今年の春、2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災による福島原子力発電所事故の悲惨な 経験から、今私たちが思い知らされているのは、それまでその土地に生活していた人々が、突 然に「土地を奪われ、移住を余儀なくされた」という事態である。震災の1か月後の避難者数 は福島県だけで 2 万 5669 人に及び、今なお原発の半径 20 キロ圏内は立ち入りが禁止され、80 キロ圏内の周辺の地域も、その放射線量の状況に応じ避難区域と指定されている。すでに 9 カ 月を経過した現在でもまだ被害の実態は正確に把握されておらず、いつこれらの人々が元の土 地、元の生活に戻れるか不明であるが、セシウム 137 の半減期が 30 年ということから、汚染さ れた土地に、再び住めるようになるまで、少なくともそれ以上の年月がかかるであろう1)。 これは、原子力発電所による「強制移住」の例であるが、国際社会において、今最も、この 強 制 移 住 が 深 刻 に な っ て い る の が 気 候 変 動 に よ る 「 強 制 移 住 」( enforced migration/displacement)である。強制移住がいかに悲惨か、改めて、この福島原子力発電所事 故による「強制移住」の問題が我々に教えてくれた。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change; 気候変動に関する政府間パネル)の第三次報告書によれば、気候変動によりいわゆる 「環境難民/環境避難民(environmental refugee/environmentally displaced people) 」 「気候難民 /気候変動難民(climate refugee) 」2)となる人口は、100 年間に 2 億 6000 万人という規模で生ず るという。日本でも沿岸域は水没し、現状の居住地から 410 万人が移住を余儀なくされるとい 32 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 う。とくに、海面上昇によって国土を失いつつある島嶼国の国々や、極地域に住み、刻々と氷 床の融解に直面している先住民族の場合、もはや、その深刻さは計り知れない。 こうした中で、 「人権」に直接・間接に根拠を置く「訴え」が提起されてきている。この場合 の「訴え」は必ずしも司法機関や準司法機関への法的な権利主張ではなく、いろいろな形態を とってなされている。たとえば、ツバルは、コペンハーゲンで開催された COP15 で、 「2℃の 気温上昇を認める案には断固として合意できない、それは我々に死ねということだ」と訴えた3)。 モルディブは、大統領と閣僚による海中会議でのパフォーマンスや、大統領による声明などを 通じて訴えている4)。カナダ北部地域に居住する先住民族のイヌイットは、米州人権委員会に、 アメリカの温暖化政策の作為・不作為が、彼らの生命に対する権利を侵害していると申し立て た5)。ごく最近では、本年 2011 年 9 月 22 日、パラオの大統領は国連総会で演説し、温室効果 ガスの排出による海面上昇で太平洋島嶼国が水没の危機にあるとして、 「国家がその領域内にお いて温室効果ガスを排出する活動が他国に損害を与えないよう確保する法的責任を有するこ と」につき、国際司法裁判所の勧告的意見を求めるべきと提言した6)。 これまで、地球環境問題のうち、気候変動は、温室効果ガスの人為的発生に基づくとしても、 その責任を特定の国家に求めることは困難であるとして、温室効果ガスの排出削減や特定の作 為・不作為を求める請求や損害賠償請求の形式での訴訟にはなじまないとされてきた。それ以 前にも、2002 年、ツバルが、キリバスやモルディブらとともに、米国とオーストラリアを相手 に、国際司法裁判所に提訴しようとして断念した、そのことに典型的である7)。しかし、ここ にきて、訴訟という形ではないが、権利侵害に対する主張がなされ、それが国際社会に対して、 迅速な行動をとることを求める法的根拠として提示されている。 このような動きは、2005 年頃から急激に加速した。本稿では、気候変動関連で、このような 新たな形式での人権法の活用を含む「人権法アプローチ」の法的意義について検討することと する。 1. 環境保護実現のための人権法アプローチ ここでいう「人権法アプローチ(human rights law approach) 」とは、いわゆる「人権アプロ ーチ(human rights approach) 」として言及されるもののうち、とくに既存の人権法の援用に 「環境権」といった新たな人 よるものを意味する8)。「人権アプローチ」と括られるものには、 権を国際法のレベルで創設することや、EU で行われているように既存の人権の「発展的解釈」 によるもの、そして、本稿がそれらから敢えて区別して定義するところの既存の人権の援用に よるもの、 「人権法アプローチ」が含まれる。 ここで敢えて、環境保護の実現、とくに本稿との関連では気候変動の影響への法的対応を考 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 33 える上で、なぜ「人権アプローチ」の中でも「既存の人権の援用」によるアプローチに絞って 検討するかであるが、それは、 「既存の人権の援用」によるものが、最も安定的、効果的、即応 的にかつ、また人権を基盤とするために正当性をも付与する形で環境保護の実現を支援し得る と考えられるからである。 「環境権」を創設する方向はこれまでにも試みられてこなかったわけではないが、残念なが ら頓挫してしまっている。例えば、1972 年のストックホルム宣言前文1項に象徴されるような 「人は、環境の創造物であると同時に、環境の形成者である。 ・・中略・・自然の環境と人が創 り出した環境は、ともに人間の福利および基本的人権ひいては生存権そのもの享有にとって不 可欠である」という考えは、環境法と人権法の確固たる連携の確立を目指す方向であり、以降 の環境法の発展にとって理想的な基盤となり得たはずであったが、実際のところ途上国の発展 の権利を考慮しないものとして敬遠され、1992 年のリオ宣言ではより現実的な理念、 「持続可 能な開発(sustainable development) 」に取って代わられてしまったのである。 環境保護の人権的側面を再び強調する立場からは、いわゆる「環境権」の創設は望ましいと ころであるが、このように必ずしも現実的な手法ではないことは、これまでにも指摘したとこ ろであり9)、また今日の国際的な動向を見ても明らかである。 他方で、EU で行われてきたような既存の人権諸規則の「発展的解釈」による環境保護の手 法も、国際法のレベルでは難しい。EU はそもそも同質性が高い地域共同体であり、また地域 共同体としての共同体法が存在するからこそ可能なのである10)。 したがって、今日、環境法の更なる健全な発展が模索され、その体系化の新たな「軸」とし て、人権アプローチの可能性が期待されるとするならば、その「中核」はあくまで「既存の人 権の援用(あるいは、少し広義で考える必要があれば、 「活用」も視野に入れた形式での) 」を 通じてなされるのが現実的であろう、ということになる11)。 2. 気候変動問題への人権法アプローチの必要性 2.1 法的意義 気候変動による環境損害と人権法とのリンクが論じられるようになったのは、ごく最近のこ とである。2005 年に OHCHR(国連人権高等弁務官事務所; Office of the High Commissioner for Human Rights)や国連人権理事会が、この問題を取り上げ、以降、学術的にも議論が活発化し た 。 そ れ ま で は 、 た と え ば 「 共 通 だ が 差 異 の あ る 責 任 ( Common but Differentiated Responsibility )」や「世代間衡平(intergenerational equity) 」というような概念にも表れてい るように、先進国と途上国との負担のバランスをどのようにとるか、あるいは、 「将来世代」と 「現在世代」の負担やニーズのバランスをいかにとるか、そういう観点からの「衡平」は気候 34 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 変動への対処の理念としても取り入れられていたが、それは、ある種の正義を体現する概念で はあっても、必ずしも「人権」に基礎づけられたものでもなく、また別段「人権」と一体性を 有する概念としてでもなかった。このことは、決定的なスタンスの違いとして、その保護の客 体に顕著に示されている。例えば、 「将来世代」と「現在世代」の「衡平」に基づく環境保護を 志向する上では、保護の客体は「人類」でなければならない。これは人権法が対象とする保護 の客体、すなわち「人」とは異なる entity である。人権法は、世界人権宣言1条の「すべての 人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳及び権利において平等である。 」とする文言 にも明らかであるように、人が「生まれながらにして」有する権利を定める法領域である。環 境法が対象とする保護の客体が、 「将来世代」を含む「人類」であり、 「生まれていない」人も 保護の客体とされなければならないこととはそもそも法の拠って立つべき基盤が全く異なるの であり、したがって、環境法と人権法とのリンクが、そう容易ではなかったのも理解できる12)。 しかし、ここにきて、急速に人権法とのリンク、連携が検討され始めた。この 1 つの理由は、 環境損害が、合法的な経済活動から生じてきたこととの関連で、環境法は、経済活動をどこま で規制するか、すなわち経済法との相克の中から、いわば「折り合い可能な」 (持続可能な)保 護水準を設定することを余儀なくされてきた、そのことと深く関係していると考えられる。と くに気候変動に関する国際法は、そのような観点から策定され、その運用もまた経済的手法の 活用に多くを委ねてきた(とくに京都議定書がその遵守確保・実施につき経済的手法(京都メ カニズム)に依存していることは周知の事実である) 。そうした経済活動の重視への偏りを是正 し、経済的観点からはアプローチし得ない法益の保護のため、例えば、本稿が注視していると ころの、気候変動の影響にとくに脆弱な国家、共同体、個人に対応するため、人権法の援用も しくは活用が、何らかの救済を与えるのではないかと期待されているためである。 「人権法アプローチ」の活用については、気候変動に対する対処に限られず、他の環境問題 の領域でも十分にその潜在的力を発揮しつつあることを指摘しておきたい。たとえば、GMO (遺伝子改変生物)の環境中への放出や食品としての利用についての規制につき、ただ単に経 済法、すなわち WTO 法上それが許容され得るかどうかという観点から判断されることが問題 とされてきた。この点について、これまでの研究から、確かに、人権法の援用によって、 「環境 保護水準」はアド・ホックに、より厳格な保護基準へと調整可能であり、また手続法上もそう した決定は、むしろ人権法によって裏付けられるところの民主的裁量によってなされる必要が あることなどが結論できたと考えている13)。 ところで、問題は、気候変動関連の環境損害を改めて人権侵害とすることによって、どうい う法的意義があるのかということである14)。実際、気候変動の影響を考える際に、人間への影 響に焦点が当てられて来なかったわけではない。例えば、沿岸域の共同体や干ばつ地域、農業、 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 35 健康、人類の幸福への影響などは、気候変動に関する国際法のレジームでも取り上げられてき たのである(ただ、確かにその取り上げ方が、環境問題、経済問題、科学問題としてであり、 その意味での限界はあろうが) 。こうした問題をここで「人権」問題として捉えなおすことに果 たしていかなる意味があるのかということである。そもそも人権法は、気候変動についてどう 扱ってきたか、また逆に気候変動に関する国際法は人権法についてどう扱ってきたのか、その 両者の関係も踏まえて検討する必要があるであろう15)。 今 日 ま で 、 気 候 変 動 に 対 す る 国 際 的 な ア プ ロ ー チ は 、 主 と し て 、「 管 理 ア プ ロ ー チ (management approach) 」であった16)。すなわち、科学者が、大気中の温室効果ガスの濃度及 び温室効果ガスの排出の安全な水準を決定し、その水準に基づき、UNFCCC(気候変動枠組条 約)の締約国が、条約で規定された様々な管理ツールを通してその水準に到達するよう促され るという仕組みである。とくに、京都議定書のキャップ・アンド・トレード制度は、この典型 的な例である。またこのことは、UNFCCC が、その目的に関して「気候系に対して危険な人為 的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させること を究極的な目的とする」 (2 条)と定め、さらに「そのような水準は、生態系が気候変動に自然 に適応し、食糧の生産が脅かされず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進行することができ るような期間内に達成されるべきである」 (同条)と規定していることにも顕著に表れている17)。 こうしてみると、気候変動に関する国際法の目的は、生態系の保全(ecosystem conservation) や、食料安全保障(food security) 、持続可能な開発(sustainable development)などとは結び ついているものの、やはり、気候変動関連の影響により個人の人権が侵害されることや、その 人権侵害に対する損害賠償又は補償の請求の可能性などとは関連づけられておらず、気候変動 に関するレジームは「人権」的観点を、その射程に含めて来なかったと言わざるを得ない18)。 気候変動の影響への対処が、 「管理アプローチ」に依存していることは、ドイツのボンにある 気候変動枠組条約事務局が締約国会合の年次開催や、UNFCCC や京都議定書の実施において大 きな役割を担っていることにも如実に示されている。事務局は、技術的専門家、科学者、政策 分析家、などから構成され、炭素市場やその他の国際気候変動政策の管理、温室効果ガス排出、 「緩和」努力、影響、レジームの全体的な効果についてのデータ収集や情報交換などを行って いる。結果として、今日の気候変動レジームでは、例えば炭素会計(carbon accounting)のよ うなことは十分にできても、個人の権利擁護や被侵害利益に対する損害賠償・補償といった点 にはほとんど対応できないのである19)。 このようなアプローチでは、最終的に、気候変動の影響と人権との間の関連について、さら に焦点があてられるということも、あるいは、根本的に気候変動の影響と人権との関連を考慮 するように変化がもたらされるということも期待できず、 「気候変動のリスクをいかに管理する 36 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 か」という技術的アプローチが依然として主流であり続けることになってしまう。しかし、も し「人権法アプローチ」が活用され、人権への配慮が気候変動のレジーム構築について組み入 れられていくならば、政策や手法の最終的な採択においても、多様な立場・見解の反映が可能 となり、重要な貢献を期待することができるのではないか20)。 それは、ハンター(Hunter, David.D.)によれば、以下のような効果をもたらすとされる。 第1に、人権は、気候変動を引き起こした国家とそれによって最も被害を受けている 人々(本稿で言う「脆弱な国家、共同体、個人」等)との間の責任や賠償責任をどう割 り振るかという点についての基礎を提供する。 第2に、気候変動の影響について人権を通じて対処するということは、気候変動の道 徳的な側面を強調することになるため、より効果的に対応しなければならないとする政 治的意思を醸成する。 第3に、人権を考慮するということは、異なるアクターや声が、気候変動交渉にもた らされ、意思決定が改善されるということを意味する。 第4に、人権について注意喚起することは、気候変動への「緩和」対応を選別し、あ る種の「緩和」対応についてはふるい落とす可能性がある。 第5に、人権は、地球全体で気候変動に「適応」するための乏しい資源をいかに配分 するかに関して優先順位を決定する手段を与える21)。 さらに、この問題は、人権法の実体的権利からアプローチした場合の可能性や意義と、手続 的権利からアプローチした場合の可能性や意義とに分けて考える必要があると思われる。 以下、 その区分に従い、詳述する。 2.2 実体的権利を通じて 人権法上の実体的権利に基づき、 「人権法アプローチ」を援用することの法的意義は、本来的 には、訴訟で、権利ベースの原状回復又は損害賠償請求を可能にすることにあるといってよい であろう。しかし、気候変動によって人権が侵害されているとしても、その損害について、加 害国(環境損害を発生させた国家、起因国)を特定できないこと、加害行為たる温室効果ガス の排出行為と被侵害利益との因果関係を特定できないこと、被害国又は被害を受けた共同体、 個人の損害の範囲を確定できないこと、そうした理由から、権利ベースの訴訟や損害賠償請求 にはなじまないとされてきた22)。 しかし、後述するイヌイット請願事件(Inuit Petition)に見るように、少なくとも被害を受 けていると考える共同体の主張のレベルでは、こうした法的構成や請求が実際になされるよう になってきているのである。 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 37 (1)国内裁判所における気候変動関連訴訟 国内レベルでは、確かに、いくつかの訴訟が提起されてきた23)。しかし、気候変動関連の損 害に対する訴訟の潜在的な有用性が一気に注目を浴びたのは、米国連邦最高裁判所において、 2007 年 4 月 2 日マサチューセッツ対 EPA(連邦環境保護庁) (Massachusetts v. Environmental Protection Agency)事件判決24)が下されたことに端を発している。 (a)行政府の気候変動による影響への不作為に対する請求 ―Massachusetts v. Environmental Protection Agency 事件 この事件は、自動車の新車に対する温室効果ガス排出規則の制定を求めて環境保護団体等が EPA に対して行った請願に対して、EPA にはその権限がなく又たとえ権限を有したとしても規 則制定は有益ではないとして規則制定を拒否したことに対し、マサチューセッツ州他が争った ものである。最高裁は、マサチューセッツ州の原告適格を認めた上で25)、温室効果ガスは大気 浄化法(CAA: Clean Air Act)が定める「大気汚染物質(air pollutants) 」に該当し、従って、EPA に規制のための規則制定権限はあるとした(規制権限 Section 202(a)(1)、大気汚染物質の定義 は 302(g)) 。また規則制定権限があり、にも拘わらず、地球規模の気候変動問題における米国 の国際交渉での不利益や個々の規制での非効率性など政策的考慮に基づき規則制定をしなかっ たのは、大気浄化法上の義務の不履行にあたるとして、控訴審に差し戻した。これを受けて、 DC 巡回区連邦控訴裁判所は、2007 年 9 月 14 日、EPA の規則制定をしないとする決定を破棄 した。すでに 2007 年 5 月 14 日、自動車等からの温室効果ガス排出についてもブッシュ大統領 が大統領令で規制の方向を打ち出していたこともあり、その後 EPA は NHTSA(運輸省道路交 通安全局)と連携し、自動車等からの排出規制規則制定へと動き、漸く 2010 年 4 月に制定され た26)。EPA が当該規則制定に至った契機として 2007 年の最高裁判決を挙げているのが注目され る27)。訴訟によって行政機関の気候変動への対処を促すことに成功した画期的な判決であった と言える。 (b)不法行為に基づく請求 (i) Connecticut v. American Electric Power Company 事件 上記マサチューセッツ対 EPA 事件は、米国の大気浄化法の適用を争い、行政機関の不作為を 問題として提起されたものであるが、他方で、不法行為(ニューサンス)に基づく請求を行う という形式での気候変動関連訴訟も注目されてきている。その1つが、Connecticut v. American Electric Power Company 事件判決28)であるが、コネティカット州ほか 7 州が、アメリカン・エ レクトリック・パワー社などを相手として提起していたもので、連邦最高裁判所は、2011 年 6 月 20 日、控訴審を覆し、同社などからの温室効果ガス削減を求めるコネティカット州ほかの訴 38 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 えを退けた。最高裁は、マサチューセッツ対 EPA の最高裁判決に言及し、温室効果ガスが大気 浄化法の下で規制される「大気汚染物質」であることを再確認した上で、ただし、大気浄化法 に基づく EPA の規制措置は、不法行為に基づく温室効果ガス削減の請求に優先すると判断した。 最高裁が、EPA が火力発電所からの温室効果ガス削減のため、新規発生源実施基準(New Source Performance Standards)などの改訂を含み、規則制定に取り組んでいること29)を評価した上の 判断と思われるが、しかし、次に挙げる Kivalina 事件にも言えることであるが、不法行為に基 づく請求は、国内裁判所においても認められにくいということの証左であるかもしれない。 (ii) Kivalina 事件 同様に、不法行為に基づく請求を行う形式での気候変動訴訟である Kivalina 事件では、米国 アラスカ州に位置するイヌイットの村のキバリナ(Kivalina)の住民が、石油会社(エクソン・ モービル社(ExxonMobil Corp.) )などを相手として、同地域は気候変動による洪水などで被害 を受けており、それは生命に対する権利、健康に対する権利等の侵害であり、ニューサンスの 法理に基づき石油会社が不法行為責任を負うと主張して損害賠償を求め、2008 年 2 月 26 日、 米国の国内裁判所に訴訟提起した30)。2009 年 9 月 30 日米国地方裁判所は、温室効果ガスの規 制については法的問題ではなく政治的問題であるとして、請求を棄却した。現在控訴審に係属 中であり、訴訟の最終的な結果はまだ出ていないが、生命に対する権利や健康に対する権利な ど、 「人権」侵害に対する損害賠償請求訴訟が、気候変動関連でも起こされつつあるということ を示す顕著な例である。 (iii) オゴニランド事件(Ogoniland Case) また、2005 年 11 月 14 日、ナイジェリアの連邦最高裁は、ロイヤル・ダッチ・シェル社及び ナイジェリア国有石油会社が天然ガスの燃焼(いわゆる「ガスフレア(gas flaring) 」 、石油産 出時に発生する不要な天然ガス(associated gas)の燃焼)によって、ナイジェリア連邦共和国 憲法 33 条 1 項及び 34 条 1 項によって保障され、また人および人民の権利に関するアフリカ憲 章(バンジュール憲章)4 条、16 条、24 条によって補強されている(reinforced)ところの生 命に対する権利(健全な環境に対する権利を含む)や人間の尊厳に対する権利を侵害したとす る市民の訴えを認めた31)。そして、これらの会社に対して、ガスフレアの停止のための行動を 「気候変動の影響による人権侵害が認められ、 ただちに取ることを命じた32)。この判決において、 損害賠償請求が可能である」ことが明確に示されたわけではないが、判決は主として原告側か ら提示されたガスフレアと温室効果ガス及び気候変動との関連を示した証拠に基づき下されて おり、その意味で、本判決は、少なくとも「気候変動の影響から安全を確保する権利(a right to security from climate change) 」を黙示的に援用したものと認められるとする見解もある33)。 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 39 (2)国際社会における気候変動関連の損害についての請求―いかなる人権に依拠するか (a)「生命に対する権利」や「健康に対する権利」の援用可能性 上記に示したように気候変動関連の国内レベルでの訴訟は、 行政府の不作為を問う形式でか、 もしくは私企業を相手とした不法行為に基づく請求の形式でか、いずれにしても徐々に判例の 蓄積が始まってきているが、しかし、国際社会ではそう簡単ではない。まずは、気候変動によ る影響を人権侵害として構成するために、どのような人権が援用可能かが問題となる。という のも、すでに述べたようにいわゆる「環境権」という権利概念が国際社会では十分に醸成され ておらず、また実定法としてもその規定はほとんどないからである。 「すべての人民は、その発 展に有利な一般的で満足できる環境に対する権利を有する」 ( 「人および人民の権利に関するア フリカ憲章(バンジュール憲章)24 条)や「すべてのものは、健康的な環境についての権利を 有する」 (米州人権条約のサンサルバドル議定書 11 条)など地域条約に僅かにその例を見るに 過ぎない。しかも、いずれの条約の場合にも、当該条項に基づき委員会への通報を通じて直接 権利の主張がなされた事例は確認されていないか(バンジュール憲章は通報等の案件の内容に ついて非公開のため不明) 、またはそもそもそのような制度を有していないのであって(サンサ ルバドル議定書の場合は当該権利侵害についての通報制度を有していない) 、 具体的な法益保護 の観点からどれほど機能しうるのか、疑問があると言わざるを得ない。したがって、現実には、 人権固有の諸権利のうち、生命に対する権利(right to life)や健康に対する権利(right to health) など、環境保護に利用可能な人権を援用するということになろう。 そのような権利を保護し、促進し、実現する国家の義務は、大別して、市民的政治的権利に 基づく義務と、経済的社会的文化的権利に基づく義務とに分けて論じる必要がある。 市民的政治的権利に関する国際条約としては、市民的政治的権利に関する国際人権規約 (ICCPR) 、欧州人権条約(ECHR) 、また経済的社会的文化的権利に関する国際条約としては、 経済的社会的文化的権利に関する国際人権規約(ICESCR)がその代表例である。 こうした人権に依拠した気候変動関連の損害に対する国際レベルでの請求としては、 後述する ようにイヌイット請願事件がある。イヌイット請願事件では、市民的政治的権利に分類される 権利と経済的社会的文化的権利に分類される権利の双方が援用されているが、請求は棄却され ているため、援用された個々の諸権利に基づく請求の妥当性についての米州人権委員会の法的 評価はわからないままである34)。 (b)法形成への促進力としての人権法アプローチ 他方で、こうして、権利ベースで訴訟が提起できるかどうかという観点のみから「人権法ア プローチ」の援用・活用の意義を捉えようとして、そこに囚われすぎてはならない。権利に基 づく法益保護の主張が訴訟等でできないのであれば、気候変動関連で人権法の援用、活用を考 40 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 慮する必要はないとするのは、気候変動関連の人権侵害について、適切に理解していないとい うことになる。というのも、OHCHR によれば、気候変動関連の損害が、特定の国家の作為・ 不作為に帰属されえないとしても、そうした損害に対処することは、国際法に基づく重要な人 権上の懸念であり、また義務として存在しているのである35)。 しかし、訴訟など権利ベースでの人権法の援用が困難であるとしたら、それでは、人権法の 実体的権利に基づく主張を行うことはどのような法的意義があるのか。 それは、むしろ法形成(law-making)の面で、重要な促進力となるということではないか。 人権に基づく主張は、極めて強力である。とくに、それが、生命に対する権利、健康に対する 権利などである場合、こうした権利が人権法の諸権利の中でも、優先度の高い権利であること につき、異論のあるものはいないであろう。したがって、国際社会に法形成あるいは制度的対 応を促す非常に強い効果を有する。前掲のツバルを始めとする島嶼国や、極地に居住する先住 民であるイヌイットなど、とくに気候変動に脆弱な国家や共同体にとって、そうした主張は極 めて重要な手段となる。 事実、法形成の面でのこうした効果を如実に示すものとして、本稿の冒頭でも触れた「環境 難民」 「気候難民/気候変動難民」にいかに法的に対応するか、その対応の必要性が叫ばれ始め、 新条約の策定や難民条約の改正の可能性が模索されつつあることを挙げることができる。1951 年の難民の地位に関する条約は、 「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員である こと又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する ために、 国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそ のような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」 (1 条 A(2))とし ており、したがって、このままでは、いわゆる「環境難民」 「気候難民/気候変動難民」には対 応できないため、新条約の策定や現行の難民条約改正の議論が高まっているのである36)。 以下、脆弱な国家・共同体として、海面上昇による国土の消失と移住の必要性に迫られてい るツバルやモルディブといった島嶼国と、イヌイットの事例を取り上げ、彼らの人権に基づく 主張が、権利ベースでの損害賠償等を得るという意味では成功していないとしても、国際社会 の対応を促しつつある重要な効果を有していることを述べる。 2.2.1 ツバルやモルディブなど島嶼国の事例―人権を基盤とした政治的な訴え すでに本稿の冒頭でも言及したように、ツバルは、2002 年、キリバス、モルディブらととも に、京都議定書を批准しないオーストラリアや米国を相手として国際司法裁判所への提訴を試 みたことで、一躍脚光を浴びた37)。また、UNFCCC の COP の諸会合での積極的なアピールは、 島嶼国の現状を痛感させる。とくに 2009 年 12 月にコペンハーゲンで開催された COP15 の会 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 41 場でのスピーチで、ツバル代表は、2℃の気温上昇を認める案に強硬に反対し、 「それは我々に 死ねということだ」と訴えた。また 2010 年 12 月のメキシコ・カンクンで開催された COP16 でも「我々の国の首都のあるフナフチの島の幅は僅か 600 メートルしかなく、また海抜は 4 メ ートルしかない。サイクロンが来ても、ココナッツの木以外登る山とてない。 」 「地球全体の気 温上昇は 1.5℃以下でなければならない」 「 (もし 1.5℃以下が達成されなければ)我々は容易に 地球上から消失してしまうだろう」とその窮状を訴えた38)。こうした訴えもまた、人権に依拠 した強いアピールと言い得る。 また、モルディブは、スリランカ西南のインド洋に位置し、数多くの島やサンゴ礁を有し、 最大海抜 2.4 メートルの平坦な国土から成っている。温暖化の影響で、サンゴ礁が死滅し、ま たそもそもの海抜の低さから、ごく僅かな海面上昇でも、甚大な影響を被り、国土の消失は必 至とされている。2007 年 7 月 17 日、モルディブの大統領は、そのスピーチで、世界は、気候 変動を人的原因と人的結果を有する深刻な人的問題であるとして再概念化する必要があると訴 えた39)。つまりは、気候変動の人的側面をもっと理解しなければならないということである。 それには、気候変動が人権に与える影響も含まれる。 こうした中で、2007 年 11 月、モルディブは、島嶼国会議を開き、 「地球規模の気候変動の人 「気 的側面に関するマリ宣言」40) を採択した。そこでは、国際文書では初めてのことであるが、 候変動は、人権の享受に明確かつ直ちに影響を与えてきている(climate change has clear and immediate implications for the full enjoyment of human rights) 」ことが、懸念事項として明記さ れ、国連の人権機関(国連人権理事会及び OHCHR)にこの問題に緊急に対応するよう要請さ れた。影響を与えるとして言及された人権には、生命に対する権利、文化的生活に参加する権 利、財産を使用し享受する権利、十分な水準の生活に対する権利、食料に対する権利、達成可 能な最高水準での身体的精神的健康に対する権利、などが含まれていた41)。 このマリ宣言は、その直後バリで開催された COP13 で取り上げられ、モルディブ大統領は、 「我々島嶼国は、気候変動が、単に自然への脅威として捉えられるべきではなく、人間の生存 や幸福に対する直接の脅威として捉えられるべきであると考える。我々は、この交渉過程が、 これまでなされてきたような政府間のトレード・オフではなく、人間の生命、家、権利、生活 を保護するような緊急の国際的努力としてなされるべきことを信ずる」と述べた42)。またこれ に関連して、国連人権副高等弁務官である Kyung-wha Kang は、 「適応」であっても、 「緩和」 であっても、人権の枠組みが、もっとも効果的な方法であると述べた43)。また、モルディブは、 国連人権理事会決議 7/23 に基づく OHCHR の調査検討において、OHCHR が各国から意見の 付託要請をした際にも、2008 年 5 月に気候変動の影響に対処するため諸人権に基づく分析や主 張を記載した詳細な報告書を提出した(自決権、生存のための手段に対する権利、生命に対す 42 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 る権利、財産権、食料に対する権利、住居に対する権利、健康に対する権利、水に対する権利、 労働に対する権利、情報へのアクセス権、意思決定への参加の権利、救済措置に対する権利な どに関する分析がなされている)44)。さらには、2009 年 10 月、大統領と 11 名の閣僚がウェッ トスーツを着用し、水深 6 メートルの海中で会議を行い、気候変動による国家の危機を訴える という行動に出た45)。 こうした島嶼国の国民は、国土水没の危機に直面し、近い将来、気候変動により強制移住を 余儀なくされることが予測される。しかし、必ずしも、現行の国際法の下では、移住について 保護されず、また移住計画すら立っていない。例えば、ツバルは総人口約 1 万人を抱えており、 現在、気候変動への適応のための国策として、ニュージーランドやオーストラリアへの移住に 取り組んでいる。しかし、ニュージーランドとは、一定のベースでの移住計画が合意されたが、 オーストラリアには移住を拒否されている46)。そのような中で、一方で国土水没を少しでも遅 らせるための国際的な法的枠組みの構築について、他方で、自国が近い将来直面する移住問題 への何らかの対応を求めて、人権を基盤とし、強調した切実な政治的訴えかけをしていると見 ることができる。 こうした訴えは、すでに述べたように原状回復や損害賠償を求めるタイプの「人権法アプロ ーチ」の利用ではないことに注意すべきである。むしろ、この場合において「人権法アプロー チ」は「法形成」を促すための手法として機能する。 2.2.2 イヌイットの事例―人権を基盤とした法的請求の模索 イヌイットは、北部アメリカ・カナダ地域に居住する先住民族であり、15 万人ほどの人口を 有し、独自の文化を有している。気候変動により極地の氷が解け(とくに夏季の融解) 、従来は 見られなかった生物が生息するなどして生態系にも変化を生じ、食料にも困るようになった。 また、住居も氷の融解で崩壊してしまう他、氷が薄い個所から狩猟中の人が海に落ち死亡する などの事故が増えている。2005 年 12 月 7 日には、このような事態に関して、それらは米国の 温暖化対策の不作為により生じたものであるとし、米国を相手として米州人権委員会へ申し立 てた47)。 請願の中で、原告らは、その人権が侵害されたこと、今後も侵害されつづけること、それは、 主として、米国が、温室効果ガス排出を削減していないことによるものであることを訴えた。 すなわち、気候変動の影響は、米国の作為・不作為によって生じており、 「人の権利及び義務に 関する米州宣言(American Declaration of the Rights and Duties of Man) 」によって保護される イヌイットの基本的人権を侵害しており、これらには、文化的利益に対する権利、財産権、健 康、生命、身体的完全性(physical integrity) 、生存のための手段の保護に対する権利、居住、 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 43 移動、住居の不可侵に対する権利が含まれると主張した48)。先にも述べたように請求の基礎と して援用されている人権が、市民的政治的権利及び経済的社会的文化的権利の双方に、しかも 広範に渡っていることが注目される。 また、救済として、調査とヒヤリングに加え、①「米国が人権侵害に対して責任を負うこと」 を確認し、②米国に対し、温室効果ガスの排出を制限し、また、イヌイットの文化を保護しイ ヌイットが気候変動に「適応」するための資金や援助を提供する計画を実施するための強制措 置を講ずることを勧告する、 「報告書」を要求した49)。2006 年 11 月に本請願は前掲の米州宣言 に基づき保護されている諸権利の侵害につき示していないという理由から棄却されたが50)、米 州人権委員会はその後 2007 年 3 月 1 日にイヌイットをヒヤリングに招き、 地球温暖化と人権の 間の関連性について証言をさせた51)。 イヌイットの事例は、地球規模の気候変動は、自然科学の問題ではなく、まさに人的プロセ スであって、原因と結果があるということを示唆している52)。そうだとすれば、他の人的相互 作用と同様、責任や訴訟を含む人権の枠組みに入ってくるのである53)。2006 年 12 月、元アイ ルランドの首相でその後国連人権高等弁務官の職にもあった Mary Robinson は、 「気候変動は すでに人権の享受に影響を与え始めており、したがって、人権の枠組みが、これらの権利の保 護を求めて、途上国や脆弱な共同体に権利と力を付与する」と述べた54)。こうして、イヌイッ トの請願は、法的には成功しなかったが、イヌイットの窮状に国際社会の注目を浴びさせるこ とになり、気候変動交渉においての彼らの影響力を高めその存在を際立たせたという意味で重 要な意義を有したと言えよう55)。 2.2.3 脆弱な国家及び共同体への法的対応 上述したように、国際社会でも「人権法アプローチ」に基づく脆弱な国家及び共同体の「訴 え」は次第に目立ち始めているが、しかしそうした「訴え」は必ずしも司法機関・準司法機関 へ法的救済を求めてのことではない。確かに、イヌイット請願事件のように権利ベースで国際 機関に具体的な請求を申し立てたケースもなくはないが請求自体はあっさり棄却されているの であり(ある程度想定されていたはずである) 、それを含め、まずは国際社会に自らの窮状を訴 え、 「法形成」の促進力として機能させようというのが、こうした「訴え」の根底にある真意で 。しかし、まずその前提として、 はないか( 「訴訟戦略(litigation strategies) 」との見解がある56)) そもそも「気候変動の影響が人権の享受を侵害する」と言い得るのか、国際社会でもすでにそ のような認識が一般化しつつあるのかどうか、そのリンクの問題が検討されておかなければな らない。 この問題については、昨今、以下に示すように重要な決議や報告書(国連人権理事会決議 7/23、 44 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 10/4、OHCHR 報告書)が出されている。 (1)国連人権理事会決議 7/23 2008 年 3 月 28 日に、国連人権理事会は、 「人権と気候変動に関する決議 7/23」を採択した57)。 これは、国連決議として、 「気候変動は人権の十分な享受に影響を与える」 ということを初め て明確に示唆したものである58)。同決議では、依然として「持続可能な開発」の理念、すなわ ち、 「現在世代と将来世代の開発・環境上のニーズ」を満たすことの重要性を前提としてではあ るが、他方で国際社会には重要な規範として人権諸条約があることを再確認し(世界人権宣言 や ICCPR、ICESCR など) 、 「発展の権利」もまたそうした基本的人権の一部であり、これまで に採択された「十分な生活水準の一部としての十分な住居」 、 「人権と水に対する権利」に関す る人権理事会の決議・決定(Council resolution 6/27 of 14 December 2007/ Council decision 2/104 of 27 November 2006)及び「到達可能な最高水準での身体的精神的完全性に対する権利」 の特別報告者の報告(A/62/214)に気候変動の影響につき検討すべきとの勧告が含まれていた ことなどを踏まえ、さらに島嶼国や干ばつ・砂漠化の影響を受けている国々の脆弱性に言及し た上で、気候変動と人権の関連性について検討する必要性があるとの結論を最終的に導き出し ている。 この決議で、OHCHR は、気候変動と人権との関係に関する詳細な分析を行い、人権理事会 に、その 10 会期までに送付するように要請された。また、さらに、その分析と人権理事会にお ける討議の要旨は、UNFCCC の COP15 での検討に付すため送付されることも決定した。 (2)OHCHR 報告書 2009 年 1 月 15 日、OHCHR は、さらに詳細な分析を公表した(OHCHR Report)59)。この報 告書には、30 を超える国家と、35 を超える国際組織、国内の人権組織、非政府団体や学術団体、 が書面又は口頭での意見送付をしており、国連の人権組織である OHCHR によって、始めて、 包括的に、気候変動と環境悪化、人権との間の複雑かつ多元的な関係の分析がなされたもので あった60)。報告書自体は、保守的なものであったが、国家の意見送付(この中に前掲のモルデ ィブからの意見送付が含まれる)の中には、かなり先進的なものもあった。いずれにしても、 本報告書は、気候変動と人権との関係の存在を認め、その関係に必要な対応を考えようとした もので、評価できる。 人権に基づく請求を気候変動の文脈で行うことの障害は、OHCHR 報告書で指摘されている。 すなわち、同報告書によれば、 「気候変動は、人権の享受に明らかに影響を与えているが(climate change has obvious 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 45 implications for the enjoyment of human rights) 、しかし、そのような影響が、厳密に法 的な意味で人権侵害と言いうるのか、あるいは言いうるとしてどの程度であればという ことはそれほど明確ではない。気候変動の影響を人権侵害とすることには、いくつもの 困難な問題がある。 第1に、特定の国家の歴史的な温室効果ガスの排出と、特定の気候変動関連の影響と の間の、複雑な因果関係のもつれを解明するのは事実上不可能である。 ・・ (中略) ・・ 第2に、地球温暖化は、しばしば、気候変動関連の影響に貢献しているいくつかの影 響のうちの一つでしかない。ハリケーンや、環境悪化、水質汚染などがあり、何が気候 変動の被害なのかの特定も困難である。 ・・ (中略) ・・ 第3に、地球温暖化の悪影響は、将来の影響を予測してということになるが、通常人 権侵害は、損害が発生した後で確立する。 」61) したがって、確かに、OHCHR 報告書が指摘するように、人権に対する特定の影響を気候変 動の影響として帰属させることは困難である。それは、国家や企業のそれぞれが、どの程度そ の影響に貢献しているのかを決定することでもあるからである。しかし、その結果として、こ れらの国家や企業は気候変動による被害を受けている人々の人権を侵害しているとみなされな いことになってしまう62)。他方で、気候変動とその影響についての科学的理解は進んできてお り、地球温暖化、とくに気候変動関連の影響と、人権侵害との関連が立証される能力は改善さ れてきている。よって、とくに、国内レベルでは、権利ベースの訴訟も成功していくだろう63)。 人権の訴訟の側面に焦点を当てることは、気候変動関連の人権侵害の法的次元を理解する上 で狭すぎる64)。OHCHR が結論づけたように、たとえ、気候変動関連の損害が、特定の国家の 作為・不作為に帰責させられえないとしても、その損害への対応を考えることは重要な人権的 関心であり、また国際法の下での義務でもある。したがって、法的保護は気候変動関連の危険 や人権侵害に対する最終的なセーフガードとして重要である。これらの危険や侵害は、国内レ ベルでとられた政策や措置に起因して生ずることもある65)。 訴訟で権利侵害が認められることは容易ではなく、したがって、国家は、訴訟での請求が可 能でないからといって、人権を保護し促進する義務がないとは言えないのである66)。 (3)国連人権理事会決議 10/4 2009 年 1 月 15 日の OHCHR 報告書を受けて、国連人権理事会は、2009 年 3 月 20 日、 「あら ゆる人権、すなわち、発展に対する権利を含むあらゆる市民的政治的権利及び経済的社会的文 化的権利の促進と保護」についての議題の中で「人権と気候変動」を取り上げ、決議 7/23 及 び OHCHR 報告書に言及した上で、 46 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 「とくに、生命に対する権利、十分な食料に対する権利、到達可能な最高水準での健康 に対する権利、十分な住居に対する権利、自決権、安全な飲料水や衛生へのアクセスを 確保する人権法上の義務に関して、また、いかなる意味でも人はその生存のための手段 を奪われないということも踏まえ、気候変動関連の影響は直接・間接に人権の効果的な 享受に影響を生じさせていることに留意し」 (前文 7 パラ) 「こうした影響は、世界中の人々や共同体が被っているが、他方で、気候変動の影響は、 その地理的条件、貧困、ジェンダー、年齢、先住民族・少数民族であること、障害を有 することなどの要素によって、脆弱な状況に置かれている人々や共同体の人々などに、 最も痛烈な痛みを与えていること(be felt most acutely)を認識し」 (前文 8 パラ) 「気候変動関連の影響と関連している諸人権の実現のために各国が国内的にしている 努力を支援するため・・効果的な国際協力が重要であることも認識し」 (前文 9 パラ) 「人権法上の義務やコミットメントが、政策統合を促し、正当性を付与し、持続可能な 結果を生じさせ、気候変動の分野における国際的・国内的政策決定に情報を与え、強力 なものとする潜在的な力を有することを確認し」 (前文 10 パラ)67) 「気候変動と人権」の関係について次回会期(11 会期)でさらに検討することや、OHCHR に 対して OHCHR 報告書の要約作成を要請し、それを気候変動枠組条約の締約国会合(COP15) で配布することなどを決定した。 この決議 10/4 は、 「気候変動関連の影響は直接・間接に人権の効果的な享受に影響を生じさ せている」こと、またそれがとくに「脆弱な人々や共同体」にとっては甚大な影響となってい ること、気候変動関連の影響によって侵害されたか又はされつつある「生命に対する権利」 「健 康に対する権利」を始めとする関連する諸権利の国内的実現のための各国の努力については支 援する方向で国際的に協力を進めること、気候変動と人権の関連性の追求は、ひいては、気候 変動政策にとってもその正当性を担保され、また効果的な政策の策定が可能となること、につ いて認識し、確認した上で、気候変動枠組条約での交渉にも、そのような観点が含まれるべき としている点で重要である。これに先立つ OHCHR 報告書がやや消極的に「気候変動関連の影 響と人権」の関係を分析したところから、さらに一歩進んで、その関係を追求することにつき、 積極的な意義を認めようとしたものと言える。 2.3 手続的権利を通じて (1)人権法上の情報へのアクセス権と参加の権利 気候変動関連に限られず、今日、環境問題については、情報へのアクセス権と参加の権利が 人権法上の要請として成熟しつつある。また、そもそも人権法も情報へのアクセスを基本的な 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 47 人権と認めている。例えば、気候変動が問題化していなかった時点で採択された世界人権宣言 (1948 年)でも、 「すべての者は、意見及び表現の自由についての権利を有する。この権利に は、干渉されることなく意見をもつ自由、並びにあらゆる方法によりかつ国境とのかかわりな く、情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。 」 (19 条)と規定し、また自由権規約(市 民的及び政治的権利に関する国際規約)19 条は、 1 すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。 2 すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若 しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、 あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。 (19 条) と規定する。このような規定は国家に対して、情報へのアクセスを確保することを必ずしも義 務付けてはいない。したがって、情報を「受け」る自由とは、自発的な情報提供者からの情報 を受けると解するのが自然のように思われる。しかし、この解釈は狭すぎるとして、米州人権 裁判所では、情報を要求する権利を含むことが判示された(Claude Reyes et al. v. Chile)68)。こ うして、気候変動関連の現行の条約、国家の約束、国内法と国内規制、 「緩和」と「適応」に関 する諸政策、排出量取引に関する情報、費用の使われ方、炭素貯蔵、技術移転など、に関する 情報へのアクセスは、人権法上の権利として認められ、それは、気候変動に対処する上で、極 めて重要であると言える69)。 (2)環境法上の情報へのアクセス権と参加の権利 上述したように、人権法上、情報へのアクセス権と参加の権利は、一般に認められているが、 環境法固有の領域ではどうか。いわゆる「オーフス条約(Aarhus Convention) 」は、リオ宣言 10 原則を受けて策定され、その正式名称( 「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定にお ける市民参加、司法へのアクセスに関する条約(Convention on Access to Information, Public Participation in Decision-making and Access to Justice in Environmental Matters) 」 )が示すよう に環境情報へのアクセスに加え、公衆参加、公衆の司法へのアクセスを規定する条約である。 したがって、気候変動関連の環境情報へのアクセスや参加については、同条約及び気候変動関 連の条約の規定を見る必要がある。 (a)環境情報へのアクセス権 まず、環境情報へのアクセス権についてであるが、とくに、オーフス条約 5 条は公衆に環境 情報を利用可能とすること、及び効果的にアクセス可能とさせることを締約国に義務づけてお り、また、気候変動枠組条約 6 条は、また公衆に、気候変動に関する情報へのアクセスを促進 し、容易にすることを義務づけている。また、オーフス条約は、さらに積極的に、公衆の要請 に基づき、環境情報が開示されるべきことも定めている(4 条) 。 48 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 とくに今後重要となると思われるのは、企業が保有する情報へのアクセスである。気候変動 関連の情報には、企業活動による温室効果ガス排出や排出量取引に関する情報、CDM などの 実施状況や投資計画などが含まれ、それらは、国家レベルで集約されるのを待つことなく、直 接企業保有の環境情報へのアクセスということが可能となる体制が必要である。 たとえば、前掲の Kivalina 事件でも、15 年に渡ってそのことを知りつつ環境損害の発生の可 能性についての情報が隠ぺいされていたことに対する損害賠償が請求されたのである70)。 さらに、報告の透明性の担保も重要視されるようになってきた。COP15 で留意する(take note)とされたコペンハーゲン合意(Copenhagen Accord)の 4 項は、 「附属書Ⅰ国は、個別に又は共同して、2020 年に向けた経済全体の数量化された排出 目標を実施することをコミットする。附属書Ⅰ国は、この排出目標を、INF 文書に取り まとめるため、2010 年 1 月 31 日までに付表 I に定める様式により事務局に提出する。 これにより、京都議定書の締約国である附属書 I 国は、京都議定書によって開始された 排出削減を更に強化する。先進国による削減の実施及び資金の提供については、既存の 及び締約国会議によって採択される追加的な指針に従って、測定され、報告され、及び 検証されるとともに、このような目標及び資金の計算方法が厳密な、強固なかつ透明性 のあるものであることを確保する。 」 としている71)。報告義務は、気候変動枠組条約及び京都議定書に基づき義務とされているが、 その報告書作成過程で、報告書の正確さを検証するという点から、市民社会の参加が求められ なければならない。これは、人権法領域において条約実施の担保という観点から、報告書作成 やその検証についても NGO の参加が盛んに求められるのと同じ構造である。この点でオーフ ス条約に基づく報告は、人権法領域の報告制度に近いものであり評価できる。すなわち、同条 約では、報告義務の実施段階でも公衆の参加が組み込まれ、NGO はコメントを付すことや、 また別の報告書を作成して送付することなどが認められる72)。 (b)参加の権利 (i)公衆参加についての一般規定 意思決定への公衆参加については、リオ宣言原則 10 及びアジェンダ 21 において規定されて いる。リオ宣言原則 10 は、 「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のある全ての市民が参加 することにより最も適切に扱われる。国内レベルにおいては、各個人が、有害物質や地域社会 における活動の情報を含め、公共機関が有している環境関連情報を適正に入手し、また、意思 決定過程に参加する機会を有しなければならない。国家は、情報を広く行き渡らせることによ り、国民への啓発と参加を促進し、かつ奨励しなくてはならない。賠償、救済を含む司法及び 行政手続に対する効果的な参加の機会が与えられなければならない。 」とした。そして、同様の 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 49 規定は、多くの環境条約において見られる。気候変動枠組条約でも、締約国は、 「非国家主体を 含む、広範な参加を確保する」ことが義務づけられている(4 条(1)(i)) 。さらに、オーフス条 約では、環境に悪影響を与える可能性のある活動の許可に際し、公衆参加が保障され、また要 求されている(6 条) 。 (ii)越境環境影響評価 公衆参加を定める規定は、各国における事業実施についての環境影響評価を推進し、制度化 するのにも貢献する。気候変動の場合は、地球規模の環境問題であり、各国内の環境影響評価 のみでは十分ではないが、それは気候変動枠組条約の下ではただちには想定されていない( 「緩 和」 「適応」のために自国が実施する事業又は措置に対する環境影響評価は想定されているが、 それは「緩和」 「適応」に関わる自国の事業又は措置であるという点で限定され、かつ環境影響 評価についても義務としてではなく適当な方法の一例として「例えば影響評価」とされている にすぎない(4 条 1 項(f) ) ) 。 また越境環境影響評価を制度化しているエスポ条約(Espoo Convention: Convention on Environmental Impact Assessment in a Transboundary Context)はあるが、①締約国でない場合 には同条約に基づく越境環境影響評価を援用できず、また、②締約国であれば、例えば大規模 発電所等に関して同条約に基づく影響評価プロセスを開始できるが、しかし個々の活動(a proposed activity)による影響( “Impact” defined as “any effect caused by a proposed activity on the environment”)に対する環境影響評価を行う際に、当該活動から生ずる「温室効果ガス」 を地球規模での気候変動への影響との関連でどのように評価するかが恐らく問題となるであろ う(米国の大気浄化法の定める「大気汚染物質」の定義に「温室効果ガス」が該当するかが問 題とされたことが想起される(前掲マサチューセッツ対 EPA 事件) 。というのも「温室効果ガ 。 ス」は自然状態で存在するからである73)) チェコで計画されている石炭火力発電所の改築(EU 域内でも最大級)に対し、西太平洋の 島嶼国であるミクロネシア連邦は、チェコの二酸化炭素(CO2)の排出対策が不十分なために 自国の水没の危機を招いているとして、2009 年 12 月 3 日チェコ政府に対して、越境環境影響 評価の必要性を訴える書簡を送った74)。ミクロネシアは同条約の締約国ではないため、条約に 基づき越境環境影響評価を正式に要求することはできなかったが(同条約がそのようなタイプ の越境環境影響評価を想定していなかったであろうことは、チェコとミクロネシア両国間の地 理的位置からも自明である)75)、しかし、今後は、こうした要求も現実化し、増加すると考え られる。 (iii)国際会議への参加 最後に、国際会議への非政府団体の参加も、意思決定過程への参加の一形態として重要な意 50 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 義を有すると考えられる。COP15 で、非政府団体が参加を制限されたことは、市民社会の役割 を貶め、交渉の合法性と民主的手続を欠くものであり、気候変動枠組条約 6 条及手続規則 7 条 違反、オーフス条約違反ともなり得るとの痛烈な批判がなされた76)。そうした観点からも、参 加は確保されなければならず、これもまた「人権法アプローチ」の手続的効果であると言える。 (c)最近の動向: 手続的権利による担保が重視される制度構築へのシフト こうしたことからすれば、人権法の中でも手続的権利に基づく気候変動へのアプローチはか なり有効であるといえよう。とくに、 「コペンハーゲン合意」を踏まえて COP16 で採択された 「カンクン合意」は、国別報告書の検証の手法として相互の MRV(measurement, reporting and verification)によるとしたが、その効果的実施のためには、公衆参加が認められなければなら ないであろう。京都議定書では、いわゆる「不遵守手続」により履行確保の強化が促されてい たが、 「コペンハーゲン合意」に基づく制度では、今後策定される「新しい枠組み」での達成状 況に関し、今のところ国際的に相互に検証(MRV)するとのみ言及されるに留まっている。目 標達成、遵守の確保という観点からは、どうしても後退した感があるのは否めない。 しかし、他方で、手続法により担保がなされれば、その実質的な効果は十分に確保されるで あろう。気候変動交渉においては、国家代表だけでなく、市民社会、すなわち企業、人権団体、 先住民族を含む様々な非政府団体や個人が参加しており、MRV についても、そのような非政 府団体や個人の参加を組み入れることができるのであれば、 それは、 人権法上の要請にも叶い、 また実質的な環境保護実現にも資すると思われる。MRV をいかに実施するか、それはまだ今 後の課題であろうが、しかし、COP15 での非政府団体や個人の扱いに対する非難については先 述したとおりであり、この MRV の実施についても、少なくとも非政府団体や個人の参加の権 利及び役割を認識した上で、 制度構築がなされる必要がある。 またそうであることを望みたい。 おわりに 気候変動に関する国際法の発展は必ずしも順調ではない。2013 年以降のポスト京都議定書交 渉も 2013 年を目前に難航している。国際社会の期待を担っていた COP15 での交渉が頓挫し、 COP16 の成果は、 「新しい枠組み」の構築への一歩前進とは言えようが、しかし、内容は詰め られておらず、さらに、 「新しい枠組み」と並行して京都議定書の延長が決まれば日本は京都議 定書の第 2 約束期間には参加しないなどの意思表明もあり77)、以降の展開もそう簡単にはいか ないことはすでに予想されていた。そしてこのほど開催されていた COP17 ではついに「新し い枠組み」の構築は先送りされ(2015 年採択、2020 年発効を目指すとの合意) 、米国や中国・ インドと言った主要排出国を欠く枠組みでしかない京都議定書の延長(5 年又は 8 年)が決定 されてしまった。かねてからの意思表明通り、日本はカナダやロシアとともに第 2 約束期間に 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 51 は入らないことになり(カナダはついに議定書からも離脱78)) 、2013 年以降「新しい枠組み」 が採択され発効が予定されている 2020 年まで、EU と一部先進国のみが温室効果ガスの法的拘 束力のある排出削減義務を負うに過ぎないことになってしまったのである79)。気候変動の差し 迫った脅威にさらされている脆弱な国家や共同体は、新しい「法的」枠組みが早くても 2020 年スタートというその結果にどれほど失望したであろうか80)。 そうした中で、 「人権法アプローチ」の活用は、それが、気候変動問題にとっての「切り札 (trump) 」81)とならないにしても、いくつかの重要な効果を持ちうる。脆弱な国家・共同体に とっては、訴訟ベースでの権利主張を可能にするということ、通常、経済的社会的文化的権利 は、 「漸進的実現(to be progressively realized) 」が要求されるに留まるが、気候変動関連での これらの権利に基づく主張では、その緊急性のゆえに「即時実施」への要求も可能となるとい うこと、である。このような主張や要求は、法形成への強い要求、さらには政治的要求という 形もとるであろう82)。 環境問題についてはあらゆるレベルでの対応が求められている。気候変動についても例外で はなく、 「人権法アプローチ」の活用により、現在気候変動交渉を主導している主要な先進国・ 途上国のみならず、ただただ気候変動の影響の脅威にさらされたまま、刻々とその「生命に対 する権利」や「健康に対する権利」などが脅かされつつある脆弱な国家や共同体の声にも傾聴 し、その参加を促し、これらの国家や共同体、市民社会の支持も得られる形での気候変動レジ ームの構築が追求されなければならない。 今日、国際社会が、まだポスト京都の合意に達していない、つまりは「管理アプローチ」に つき国際社会での枠組みが定まらず、合意に達せていない状況においては、人権侵害との「訴 え」に対応し、人権の実現を通じた形式でなされる(少なくとも)地域的・国家的レベルでの 取り組みは、これ以上の温暖化の進行を食い止め、脆弱な国家や共同体の緊急のニーズに対処 するため、 「補完的」ではあろうが、極めて重要な意義を持つのである83)。事実、気候変動枠組 条約締約国会合においても、この方向性はとくに途上国の気候変動関連の影響への「適応」に おいて重要だと認識され始めたことが見て取れる。すなわち、COP16 で採択された「長期的協 力の行動のための特別作業部会(AWG-LCA) 」による決定では、国連人権理事会が人権と気候 変動に関して採択した決議 10/4 に言及し、気候変動の悪影響は人権の享受を侵害し、とくに 脆弱な人々に影響を与えていることが述べられ、そのことに留意すべきことが採択された84)。 以上より、本稿では、気候変動関連の影響への「人権法アプローチ」の援用・活用の可能性 について、その一端を示すことができたのではないかと考えている。ただし、紙幅の関係もあ り、そのような議論には入ることはできなかったが、ここで取り上げたような気候変動関連の 影響に対して、今後国際社会で人権に基づく何らかの主張・請求がなされていくとしても、そ 52 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 れが国家間ベースにおいてなのか、あるいは脆弱な共同体又は個人が特定の国家を相手どって なされるものであるのか、によって、議論は異なってくるはずである。また、実際に権利ベー スの救済を得る段階では(必ずしも「法的」救済ではなくても) 、少なくともそれが人権のいず れに対応する義務に基づく請求で、 いかなる根拠で、 どのような救済が認められ得るのかなど、 法的にも検討されなければならない論点は多々あるであろう。しかし、実際には、こうした請 求は、国家実行としても、また地域的・国内的レベルの事例の集積としてもまだまだ数が少な いため、さらに詳細な分析は、今少し実行や事例の集積を待って行いたいと考えている。 いずれにしても、 「人権法アプローチ」は、気候変動関連の影響についても、脆弱な国家や共 同体に希望を与え、声を上げさせ、国際社会に行動を迫る潜在的な力を有している。それは、 今なお経済発展とのバランスをいかに取るかに終始しがちの気候変動枠組交渉に、1972 年スト ックホルム宣言採択当時に国際社会が模索していた、 環境保護の本質、 根源とは何であったか、 それを改めて思い起こさせる力でもある。 国際司法裁判所のヴィラマントリー判事は、ガブチコヴォ・ナジュマロシュ計画事件におい て、その個別意見の中で、環境保護は、 「現代人権法理論の重要な部分であり、健康に対する権 利やひいては生命そのものに対する権利のような多くの人権にとって、絶対不可欠の条件であ る(“a vital part of contemporary human rights doctrine, for it is a sine qua non for numerous human rights such as the rights to health and the right to life itself”) 」と述べている85)。これは、 より一般的に「環境保護と人権」という括りでではあるが、本稿の観点からしても極めて示唆 的な認識を示したものと言えよう。 「気候変動の影響」への対処は、もちろん「環境保護」であ る。 「気候変動の影響」が、 「生命に対する権利」や「健康に対する権利」を脅かしているその 現実もまた、最も差し迫った危機として誰もが感じるところである。したがって、このまま素 直にヴィラマントリー判事の言に従えば、 「気候変動の影響」への対処は、まさに、諸人権の実 現にとって「絶対不可欠の条件」であることになる。換言すれば、諸人権を侵害しないように 「気候変動の影響」への対処のためのレジーム構築がなされていかなければならない、という ことでもある。 「人権法アプローチ」は、とくに「気候変動の影響」との関連では、いくつもの概念的かつ 法理論的な障害があり、また決して万能ではないものの、それでも環境法全体のこれ以上の「分 「より健全でかつ人権法を基盤とした正当性をも付与された 断化(fragmentation) 」86)を防ぎ、 形式での」体系的な発展のためにはなくてはならない「理念」 、 「軸」であることは確かである。 「気候変動の影響」への対処においても、必要であればその再認識、再概念化 (reconceptualization)なども視野に入れつつ、さらに積極的に組み入れられていく必要がある と思われる87)。 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 53 注 1) 時事通信、「東日本大震・各都道府県の避難者数と交通の状況(2011 年 4 月 10 日)」、available at http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_soc_jishin-higashinihon20110410j-09-w460. 2) 気候変動による難民、「強制移住」を余儀なくされる人々は、海面上昇や氷床の融解によって国土を失う場合に限ら れず、砂漠化やそれと連動して生ずる食糧危機、またマラリアやデング熱など伝染病の発生地域の拡大などもあ る。 3) COP15 の全体会合でのツバル代表団からの発言。 4) BBC News, available at http://news.bbc.co.uk/2/hi/8312320.stm. 5) Petition to the Inter-American Commission on Human Rights Seeking Relief from Violations Resulting from Global Warming Caused by Acts and Omissions of the United States (Dec. 7, 2005), available at http://www.inuitcircumpolar.com/files/uploads/icc-files/FINALPetitionICC.pdf. 6) パラオ大統領は、同提言の根拠として、国際司法裁判所は、すでに「慣習国際法は国家にその管轄内及び管理下 における活動が他国の環境を害しないことを確保することを義務づけている」ことを確認しているとし、さらに、国連 海洋法条約 194 条 2 項に言及して、いずれの国も自国の管轄又は管理の下における活動から生ずる汚染が拡大し たり、他の国及びその環境に対し汚染による損害を生じさせないように行われることを確保するためにすべての必 要な措置を取ることが義務づけられているとした。Available at http://www.un.org/apps/news/story.asp?NewsID=39710&Cr=pacific+island&Cr1= 7) 米国が京都議定書の離脱を決定したため。 BBC News, available at http://news.bbc./co.uk/2/hi/asia-pacific/1854118.stm. 8) 拙稿 2011:53-55. 9) 同上。 10) 同上。 11) 同上。 12) 拙稿 1993:164-172. 13) 拙稿 2011(前掲注 8):55-66. 14) Bodansky 2010:523-524. 15) Ibid.,514. 16) Hunter 2009:339. 17) Ibid. 18) Ibid. 19) Ibid.,340. 20) Ibid. 21) Ibid. 22) Bodansky, supra note 14, 523-524. 23) 米国については、本文中で挙げた以外にも海外での企業の化石燃料開発事業に資金援助する際の環境影響評価 についての不作為について国家環境影響評価法違反であるとして争った Friends of the Earth v. Mosbacher,488 F. Supp. 2d 889 (N.D. Cal. 2007)や、その温室効果ガス排出行為によりハリケーン・カトリーナに よる損害が拡大したとして、私人が企業を相手に訴訟提起した Comer v. Murphy Oil U.S.A, 2006 WL147089I (S.D. Miss.2006)などがある。同様に、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、ドイツなどの先進国で、環境 NGO などにより気候変動関連訴訟が提起されている(先進国以外では本文に挙げたナイジェリアのケースが注目さ れる)[Burns and Osofsky:20-24]。 24) Massachusetts v. Environmental Protection Agency, 549 U.S. 497 (2007). 25) 最高裁は原告適格について①地球温暖化により海面が上昇し、マサチューセッツ州の沿岸はすでに浸食されてお り事実上の損害は認められる、②自動車を含む運輸部門からの排出量は米国の CO2 総排出量の 3 分の 1 にも達し、 地球温暖化との因果関係は認められる、③求められた救済が認められれば、米国内での排出量の削減により少し でも地球規模での排出量は減ると考えられる、という観点から認めている。因果関係及び救済可能性についての判 断がとくに注目される。Ibid. 54 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 26) EPA, “EPA and NHTSA Finalize Historic National Program to Reduce Greenhouse Gases and Improve Fuel Economy for Cars and Trucks,” available at http://www.epa.gov/otaq/climate/regulations/420f10014.htm. 27) Ibid. 28) 406 F.Supp.2d 265 (S.D.N.Y. 2005). 29) EPA, “EPA to Set Modest Pace for Greenhouse Gas Standards / Agency stresses flexibility and public input in developing cost-effective and protective GHG standards for largest emitters,” available at http://yosemite.epa.gov/opa/admpress.nsf/6424ac1caa800aab85257359003f5337/d2f038e9daed78de852 5780200568bec!OpenDocument. 30) Native Village of Kivalina v. ExxonMobil Corp., No. C08-1138 SBA, 2009 WL 3326113 (N.D. Cal. Sept. 30, 2009). 31) Gbemre v. Shell Petroleum Dev. Co., No. FHC/B/CS/53/05, (F.H.C.N. Nov. 14, 2005) (Nigeria), available at http://www.climatelaw.org/cases/case-documents/nigeria/ni-shell-nov05-judgment.pdf.,at 30. Although the plaintiffs raised climate change-related impacts, the Court's decision was ultimately not based solely on climate change impacts. Press Release, Climate Justice Programme, Court Orders Nigerian Gas Flaring to Stop (Nov. 14, 2005), available at http://climatelaw.org/media/2005Nov14 (announcing the Federal High Court's judgment). 32) Ibid., at 31. しかし、その後もガスフレアは停止されず、シェルの命令不履行が指摘されていた。Available at http://www.foe.co.uk/resource/press_releases/shell_fails_to_obey_gas_fl_02052007.html. 漸く現在ではガ ス利用の方向でのフレア軽減プロジェクトが進められている。Available at http://www.shell.com.ng/home/content/nga/environment_society/respecting_the_environment/harnessin g_gas/. なお、このニジェール・デルタ地域(オゴニランド)では、 他にも 2008 年、2009 年に起きた大規模な石油流 出による汚染が除去されないままさらに深刻化しており、国連環境計画はこの地域の汚染状況について 2011 年 8 月 4 日報告書をまとめた。Available at http://www.unep.org/newscentre/default.aspx?DocumentID=2649&ArticleID=8827. Available at :http://www.asahi.com/international/shien/TKY201108300192.html. シェルは、この件でも莫 大な補償金の支払いなど対応を迫られている。Available at http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=1019. 33) Sinden 2010: 181. 34) なおイヌイット請願事件以外にも、国際レベルでの請求として、NGO などがユネスコの世界遺産委員会に対して提 出している請願や報告の存在を挙げることができる。このような請願や報告の趣旨は、気候変動の深刻な影響を受 けている世界遺産(ネパールのサガルマータ国立公園(氷河融解)、オーストラリアのグレート・バリア・リーフ(サンゴ 礁の白化現象)など)を「危機遺産リスト」に掲載し、気候変動の「緩和」戦略を講ずるべきであるなどというものである。 これも気候変動関連の請求の一形態ではあるが、しかし、請求が主として世界遺産条約上の締約国の義務の不履 行を問うものであり(4 条、5 条及び 6 条)[Thorson 2009:255-264]、直接人権に基づく請求ではないことから、本稿 での議論の対象からは外れている。 35) Office of the UN High Commissioner for Human Rights [OHCHR], Report of the Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights on the Relationship Between Climate Change and Human Rights, U.N. Doc. A/HRC/10/61 (Jan. 15, 2009), available at http://www.unhcr.org/refworld/docid/498811532.html. 36) 新条約の策定について検討するものとして Docherty and Tyler 2009: 357-359,397-402. 現行の難民条約の改 正もしくは解釈での対応の可能性について論じるものとして Duong 2010:1261-1265. 37) BBC News, available at http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/1854118.stm. なお、その後 2007 年 12 月 3 日にオーストラリアは京都議定書を批准し、現在では先進国のうち未批准国は米国のみとなっている。 38) COP15 での発言については前掲注 3。COP16 についての見解は、Statement by Tuvalu at the high level segment of COP16/CMP6, available at 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 55 http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=cop16%E3%80%80tuvalu&source=web&cd=1&ved=0CCEQ FjAA&url=http%3A%2F%2Funfccc.int%2Ffiles%2Fmeetings%2Fcop_16%2Fstatements%2Fapplicatio n%2Fpdf%2F101208_cop16_hls_tuvalu.pdf&ei=XHPbTpmNIOnKmQXhr_D4Cw&usg=AFQjCNEU0m nB0Y6Uabq0Pxdlj4QtqloNxQ. 39) Limon 2009:441-442. See also, the speech of Maumoon Abdul Gayoom, President of the Maldives, Speech at Royal Commonwealth Society (July 17, 2007), available at http://www.maldivesmission.ch/fileadmin/Pdf/Environment/Speech_by_President_Gayoom_to_Royal_C ommonwealth_Society_July_07.pdf. He underlined that “the Government of the Maldives proposes to supplement the traditional architecture on global warming with a new initiative on human rights and the environment.” 40) Male Declaration on the Human Dimension of Global Climate Change, at 2 (Nov. 14, 2007), available at http://www.ciel.org/Publications/Male Declaration Nov07.pdf. 41) Ibid, preamble, para.13. 42) Limon 2009, supra note 39:442. See also, the Address of Maumoon Abul Gayoom, President of the Maldives, at 13th Session of the Conference of the Parties of the UNFCCC (Dec. 12, 2007), available at http://www.maldivesmission.ch/fileadmin/Pdf/Environment/President_at_Bali_Conference_2012122007 _final_.pdf. 43) Ibid. See also, the Address of Kyung-wha Kang, Deputy High Commissioner for Human Rights, Office of the U.N. High Commissioner for Human Rights, at the Conference of the Parties to the UNFCCC and its Kyoto Protocol (Dec. 14, 2007), available at http://www.maldivesmission.ch/fileadmin/Pdf/Environment/DHC_Statement_Bali_Final.pdf. 44) Submission of the Maldives to the Office of the High Commissioner for Human Rights 19 (2008), available at http://www2.ohchr.org/english/issues/climatechange/ docs/submissions/Maldives_Submission.pdf. 45) BBC News, available at http://news.bbc.co.uk/2/hi/8312320.stm. 46) BBC News, available at http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/1653472.stm.ニュージーランドは年間 75 人 をツバルから受け入れている。しかし、ニュージーランドも移住の受け入れと気候変動は無関係であるとの声明を出 している。Available at http://mfat.govt.nz/Foreign-Relations/Pacific/NZ-Tuvalu-immigration.php. 47) Inuit Petition, supra note 5. 48) Ibid., at 70-110. 49) Ibid., at 7-8. 50) Andrew C. Revkin, Inuit Climate Change Petition Rejected, New York Times, Dec. 16, 2006, available at http://www.nytimes.com/2006/12/16/world/americas/16briefs-inuitcomplaint.html. See also the local newspaper of the State of Nunavut(its popolation is mostly occupied by the Inuit),Canada, available at http://www.nunatsiaqonline.ca/archives/61215/news/nunavut/61215_02.html. 51) Letter from Ariel E. Dulitzky, Assistant Executive Secretary, Inter-American Commission on Human Rights, to Sheila Watt-Cloutier, Petitioner (Feb. 1, 2007), available at http://www.ciel.org/Publications/IACHR_Response_1Feb07.pdf.. 52) Limon 2009, supra note39:441. 53) Ibid. 54) Ibid. See also, BBC News, available at http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/6166835.stm. 55) Hunter 2009:337. 56) Hunter 2010:358. 57) U.N. Doc. A/HRC/7/78 (Mar. 28, 2008), available at http://ap.ohchr.org/documents/E/HRC/resolutions/A_HRC_RES_7_23.pdf. 58) Ibid., at pmbl. Cameron 2010:694. See also, Limon 2009, supra note39:444. 59) OHCHR Report, supra note 35. 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 56 可奈美 60) Cameron 2010, supra note 58:695. See also, Limon 2009, supra note 39:444-445. 61) OHCHR Report, supra note 35, para.70. 損害が発生して初めて権利ベースでの訴訟も可能になる。気候変動 の場合は、影響は発生してはいるが、それは現在進行形である。 62) Hunter 2009, supra note 55: 344. 63) Ibid. 64) Hunter 2010, supra note 56:358. ハンターは、「特定の事件でいかなる理論が用いられ、いかなる救済が得られ るからついての議論は、こうした訴訟の重要性を看過している。訴訟を準備し、訴訟を提起することを宣言し、実際 に訴訟を提起し、対応を求める、そうした行為自体が重要な影響を持つ」と述べている。 65) Hunter 2009, supra note 55: 331. 66) Ibid. 67) UNHRC, Promotion and Protection of All Human Rights, Civil, Political, Economic, Social and Cultural Rights, Including the Right to Development, U.N. Doc. A/HRC/10/L.30 (Mar. 20, 2009),and adopted as Resolution 10/4 on Mar.25, 2009, available at http://ap.ohchr.org/documents/E/HRC/resolutions/A_HRC_RES_10_4.pdf. 68) Kravchenko 2010:619-620. Claude Reyes et al. v. Chile, Case 12.108, Inter-Am. C.H.R. (ser. C) Rep. No. 151, P 77 (Sept. 19, 2006), available at http://www.oas.org/DIL/access_to_information_human_right_Case_of_Claude_Reyes_et_al_vs_Chile.pd f. 69) Kravchenko, ibid. 70) Ibid.,630. Complaint for Damages P 5, Native Vill. of Kivalina v. ExxonMobil Corp., 663 F. Supp. 2d 863 (N.D. Cal. 2009) (No. CV 08-1138 SBA), available at 2008 WL 594713. 71) Kravchenko,ibid.,632-633. U.N. Framework Convention on Climate Change [UNFCCC], Fifteenth Conference of the Parties, Copenhagen, Den., Dec. 7-18, 2009, Copenhagen Accord, , U.N. Doc.FCCC/CP/2009/L.7 (Dec. 18, 2009), available at http://unfccc.int/resource/docs/2009/cop15/eng/l07.pdf. 72) Kravchenko,ibid.,634. 73) 事実、エスポ条約事務局では、2010 年 7 月 11 日、キエフ議定書(SEA Protocol)の発効に伴い、気候変動による 影響はいわゆる蓄積型の汚染(cumulative impacts)であり、エスポ条約が評価対象とする個々の事業 (activities)のレベルでの影響は限られることから、むしろキエフ議定書が対象とする“the likely effects of their plans and programmes ” として、開発の計画やプログラムの段階での影響評価及び対応を考えることを念頭に 置いているようである。 “Climate change is a cumulative effect: it is caused by the build up of many actions, each of which only has a limited contribution, but which together cause serious effects,” available at http://www.unece.org/fileadmin/DAM/env/eia/about/climate.html. 74) Power Engineering, “Micronesia sues Czech Republic over Prunerov II coal plant expansion,” available at http://www.power-eng.com/articles/2011/05/micronesia-sues-czech.html. ミクロネシア連邦は、代わりに、 チェコの国内法である影響評価法に基づき、越境環境影響評価を要求した。同法はエスポ条約及び EC Directive 85/337 に基づき制定されたものであるが、同法によれば、越境環境影響評価の手続きの開始について「影響を受 けるいかなる国家も」(“affected state” as a state whose territory can be affected by significant environmental impacts)申し立てすることができるとされており、申し立ての権限が EU 域内の国家に限定され ていなかったためである(11(1)(b) of the Czech Act No. 100/2001)。See also, Lopes 2010:24. 75) Ibid. 76) Kravchenko 2010, supra note 68:642-644. 77) 外務省、「気候変動:COP16 の成果(カンクン合意)に対する日本の立場」、2010 年 12 月 25 日、available at http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kiko/cop16_position2.html. 78) 朝日ドットコム、「カナダ、京都議定書脱退を正式表明 初の離脱」、2011 年 12 月 13 日、available at http://www.asahi.com/international/update/1213/TKY201112130137.html. 79) 外務省、「気候変動枠組条約第 17 回締約国会議(COP17)京都議定書第 7 回締約国会合(CMP7)等の概要」、 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 57 2011 年 12 月 11 日、available at http://www.mofa.go.jp/mofaj/kinkyu/2/20111211_150220.html. See also, Yomiuri Online, 「合意…「京都」延長、新枠組み発効へ」、2011 年 12 月 11 日, available at http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20111211-OYT1T00260.htm. 80) 日経「COP17 ルポ、新枠組へ二転三転、京都議定書延長へ」、2011 年 12 月 11 日、available at http://www.nikkei.com/tech/ecology/article/g=96958A90889DE1E5E3EBEAE2E2E2E3E3E3E0E0E2E3 E3E2E2E2E2E2E2;dg=1;p=9694E2E4E2E7E0E2E3E2E3E7E5E7. 産経ニュース、「環境団体は「不十分 な合意」と批判 日米など名指しも」、2011 年 12 月 11 日、available at http://sankei.jp.msn.com/life/news/111211/trd11121123290014-n1.htm. 81) Bodansky 2010, supra note 14:514. 82) Ibid., 524. 83) Ibid. Bodansky は、最終的には、気候変動問題の解決はいわゆる国家の規制や科学的手法(「管理アプローチ」) に拠らければならないだろうが、国際交渉は進捗状況も芳しくない中で、その間、公衆の関心を動員し、政治的プロ セスを促すために重要な役割を担うと結論づけている。また Limon も気候変動交渉における伝統的な「政治的科 学的アプローチ (politio-scientific approach)」に基づく制度構築はペースが遅く、このことに気候変動の脅威に 最もさらされている脆弱な共同体が失望感を抱き、新たに「補完的(supplementary)」枠組みが追求されるようにな ったとしている[Limon 2009, supra note 39:440]。 84) “Noting resolution 10/4 of the United Nations Human Rights Council on human rights and climate change, which recognizes that the adverse effects of climate change have a range of direct and indirect implications for the effective enjoyment of human rights and that the effects of climate change will be felt most acutely by those segments of the population that are already vulnerable owing to geography, gender, age, indigenous or minority status, or disability,” FCCC/CP/2010/7/Add.1, available at http://unfccc.int/resource/docs/2010/cop16/eng/07a01.pdf#page=2. 85) Gabcikovo-Nagymaros Project (Hung. v. Slovk.), 1997 I.C.J. 7, 91 (Sept. 25) (separate opinion of Vice-President Weeramantry). 86) See Report of the Study Group of the International Law Commission Finalized by Matti Koskenniemi, “Fragmentation of International Law: Difficulties Arising from the Diversification and Expansion of International Law,” UN Doc. A/CN. 4/L. 682, 13 April 2006, available at http://untreaty.un.org/ilc/documentation/english/a_cn4_l682.pdf. 87) Limon 2009, supra note 39:439. 58 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 参考文献 Abate, Randall S. 2010 “Symposium: Three Degrees Conference on the Law of Climate Change and Human Rights: Public Nuisance Suits for the Climate Justice Movement: The Right Thing and the Right Time,” 85 Washington Law Review, pp.197-252. Albuja, Sebastian and Adarve, Isabel Cavelier, 2011 “Protecting People Displaced by Disasters in the Context of Climate Change: Challenges from a Mixed Conflict/Disaster Context,” 24 Tulane Environmental Law Journal, pp.239-252. Atapatuu, Sumudu, 2009, “Climate Change, Differentiated Responsibilities and State Responsibility: Devising Novel Legal Strategies for Damage Caused by Climate Change,” in Richardson, Benjamin J., Le Bouthillier, Yves, McLeod-Kilmurry, Heather and Wood, Stepan, Climate Law and Developing Countries: Legal and Policy Challenges for the World Economy, UK, Edward Elgar Publishing Limited, pp.37-62. Bodansky, Daniel, 2010 “Symposium: International Human Rights and Climate Change: Article: Introduction: Climate Change and Human Rights : Unpacking the Issues,” 38 Georgia Journal of International and Comparative Law, pp.511-524. Bratspies, Rebecca M., 2011 “Sustainability: Can Law Meet the Challenge?” 34 Suffolk Transnational Law Review, pp.283-316. Bratspies, Rebecca M., 2010 “Symposium: International Human Rights and Climate Change: Article: the Intersection of International Human Rights and Domestic Environmental Regulation,” 38 Georgia Journal of International and Comparative Law, pp.649-671. Cameron, Edward, 2010 “Symposium: International Human Rights and Climate Change: Article: Human Rights and Climate Change: Moving from an Intrinsic to an Instrumental Approach,” 38 Georgia Journal of International and Comparative Law, pp.673-715. Docherty, Bonnie and Giannini, Tyler, 2009 “Symposium: Confronting a Rising Tide: a Proposal for a Convention on Climate Change Refugees,” 33 Harvard Environmental Law Review, pp.349-403. Dumas, Graham Frederick, 2010 “Note: A Greener Revolution: Using the Right to Food as a Political Weapon Against Climate Change,” 43 New York University Journal of International Law and Politics, pp.107-158. Duong, Tiffany T.V., 2010 “When Islands Drown: The Plight of “Climate Change Refugees” and Recourse to International Human Rights Law,” 31 University of Pennsylvania Journal of International Law, pp.1239-1266. Hunter, David B., 2009 “The Implications of Climate Change Litigation: Litigation for International Environmental Law-Making,” in Burns, William C.G., and Osofsky, Hari M,(eds.), Adjudicating Climate Change: State, National and International Approaches, Cambridge, Cambridge University Press, pp.357-374. Hunter, David B., 2009 “Symposium: The Confluence of Human Rights and the Environment: Human Rights Implications for Climate Change Negotiations,” 11 Oregon Review of International Law, pp.331-363. Knox, John H., 2009 “Climate Change and Human Rights Law,” 50 Virginia Journal of International Law, pp.163-218. Kravchenko, Svitlana, 2010 “Symposium: International Human Rights and Climate Change: Article: Procedural Rights as a Crucial Tool to Combat Climate Change,” 38 Georgia Journal of International and Comparative Law, pp.613-648. Limon, Marc, 2009 “Symposium: Human Rights and Climate Change: Constructing a Case for Political Action,” 33 Harvard Environmental Law Review, pp.439-476. Lopes, Paulo A., 2010 “FSM vs. Czech: A New ‘Standing’ For Climate Change?” 10 Sustainable Development Law & Policy, pp. 24, 59-60 May, James R. and Daly, Erin, 2009 “Symposium: The Confluence of Human Rights and the Environment: Vindicating Fundamental Environmental Rights Worldwide,” 11 Oregon Review of International Law, pp.365-439. McInerney-Lankford, Siobhan, 2009 “Symposium: Climate Change and Human Rights: An Introduction to Legal Issues,” 33 Harvard Environmental Law Review, pp.431-437. 東京外国語大学論集第 83 号(2011) 59 Nuffer, Sarah, 2010 “Human Rights Violations and Climate Change: The Last Days of the Inuit People?” 37 Rutgers Law Record, pp.182-195. Osofsky, Hari M, 2009 “Intersection of Scale, Science and Law in Massachusetts v. EPA,” in Burns, William C.G. and Osofsky, Hari M,(eds.), Adjudicating Climate Change: State, National, and International Approaches, Cambridge, Cambridge University Press, pp.129-144. Osofsky, Hari M, 2009 “The Inuit Petition as a Bridge? Beyond Dialectics of Climate Change and Indigenous People’s Rights,” in Burns, William C.G. and Osofsky, Hari M,(eds.), Adjudicating Climate Change: State, National and International Approaches, Cambridge, Cambridge University Press, pp. 272-291. Stasuss Andrew, 2009 “Climate Change Litigation: Opening the Door to the International Court of Justice,” in Burns,William C.G.,and Osofsky, Hari M,(eds.), Adjudicating Climate Change: State, National and International Approaches, Cambridge, Cambridge University Press, pp.334-356. Thompson, Travis, 2009 “Comment: Getting Over the Hump: Establishing a Right to Environmental Protection for Indigenous Peoples in the Inter-American Human Rights System,” 19 Journal of Transnational Law & Policy, pp.179-209. Thorson, Erica J.2009 “The World Heritage Convention and Climate Change: The Case for a Climate-Change Mitigation Strategy beyond the Kyoto Protocol,” in Burns, William C.G. and Osofsky, Hari M,(eds.), Adjudicating Climate Change: State, National and International Approaches, Cambridge, Cambridge University Press, pp.255-271. Ved P. Nanda, 2011 “Domestic and International Legal Responses to Emerging Migration Issues: International Migration: Trends, Challenges, and the Need for Cooperation Within an International Human Rights Framework,” 17 ILSA Journal of International & Comparative Law, pp.355-378. Wiley, Lindsay F., 2010 “Moving Global Health Law Upstream: A Critical Appraisal of Global Health Law as a Tool for Health Adaptation to Climate Change,” 22 Georgetown International Environmental Law Review, pp. 439-489. William, Angela, 2009 “Promoting Justice within the International Legal System: Prospects for Climate Refugees,” in Richardson, Benjamin J., Le Bouthillier,Yves, McLeod-Kilmurry, Heather and Wood, Stefan, Climate Law and Developing Countries: Legal and Policy Challenges for the World Economy, UK, Edward Elgar Publishing Limited, pp.84-101. van der Vyver, Johan D., 2009, “Advancing the Consensus: 60 years of the Universal Declaration of Human Rights: the Environment: State Sovereignty, Human Rights, and Armed Conflict,” 23 Emory International Law Review, pp.85-112. 石橋可奈美 2011 「人権法アプローチに基づく環境保護の実現―GMO 規制におけるその有用性の考察を通じ て―」 『東京外国語大学論集』82 号、pp.51-72. 石橋可奈美 1993 「 『法の一般原則及びエクイティ』の国際環境法形成機能―責任と賠償に関する法の欠缺を埋 める手段として―」 『筑波法政』16 号、pp.151-229. 60 気候変動への人権法アプローチ―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―:石橋 可奈美 Human Rights Law Approach to the Climate Change; Responding the Plight of the Vulnerable Countries, Communities and Privates Faced with Environmentally Forced Migration/Displacement ISHIBASHI Kanami This paper aims to explore the possibility and usefulness of “human rights law approach,” which intends to invoke the existing international human rights law to the climate change-related environmental damages. So far, the UNFCCC and the Kyoto Protocol have not used any practical human rights-oriented approach to tackle with the climate change, although they have some “equity” approach such as “the common but differentiated responsibility” and “intergenerational equity.” Since the vulnerable countries, communities and privates have been seriously faced with the risk of disappearance of their territories and forced migration/displacement caused by the climate change, it is urgently needed to address those issues through any mean. Then, recently, the vulnerable countries and communities have somehow tried to bring cases to the judicial or quasi-judicial procedures such as the International Court of Justice and the Inter-American Commission or appealed other International Organizations such as the Office of the High Commission on Human Rights to respond, by directly invoking the right to life and right to health. Firstly, it is to be noted that Tuvalu, together with Kiribati and Maldives, intended to sue Australia and the United States over the impacts of climate change in 2002, although they have not yet brought the case to the ICJ. Additionally, most recently, the Palau plans to seek an advisory opinion from the ICJ in relation to climate change, especially on whether greenhouse gas emitting countries have a legal responsibility to ensure that any activities on their territory do not harm other countries, communities and privates, even outside of their national jurisdiction. Secondly, the Inuit people on the Arctic environment submitted a petition to the Inter-American Commission on Human Rights requested for a declaration that the United States is responsible for its human rights violation of the Inuit’s “right to the benefits of culture, to property, to the preservation of health, life, physical integrity, security, and a means of subsistence, and to residence, movement, and inviolability of the home.” These movements are expected to be a new critical “human rights law approach,” not as a “trump” to respond all of the climate change-related environmental degradation, but as an innovative mean to make the international society pay attention to their vulnerable situation by invoking the fundamental human rights. In conclusion, the importance of “human rights law approach” is highlighted even in relation to the climate change-related environmental degradation.