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アメリカの高等教育におけるe-ラーニングと遠隔学習

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アメリカの高等教育におけるe-ラーニングと遠隔学習
アメリカの高等教育におけるe-ラーニングと遠隔学習
~カーネギーメロン大学西海岸校,スタンフォード大学の実践から学ぶ-
田中俊也
教育の情報化(田中俊也,2003),すなわち,旧来の教育方法に情報機器を
活用した形態の教授・学習過程は図lのように示すことができる(森田,
2002)。
広義には従来のカセットテープレコーダーやビデオテープレコーダー等も含
---
LEV ̄、、nh回【
可lHt
図1諸技術に基づいた教授‐学習形態(森田,2002pl3より)
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關西大學『文學論集」第54巻第4号
まれるが,コンピュータを前提にしたものとしてはそのままスタンドアロンあ
るいはローカルエリアネットワークのコンピュータを基盤とした教授
(ComputerBasedTeachingCBT),Webに基づいた教授(WebBased
Teaching:WBT),衛星を利用した学習(SatelliteBasedLearning)の形態が
ある。
本稿では,そのなかでも特に,Webに基づいた教授一学習の形態を日常的
に取り入れたアメリカの西海岸の2つの大学での取り組みの紹介を通して,わ
が国の高等教育におけるそうした方向のありかたについて考えていきたい。
筆者は2003年8月にかつて1年間在外研究で滞在したカーネギーメロン大
学(以下CMUとする)に新たに設けられた西海岸校と,e-ラーニングで先
進的な取り組みをしてきたスタンフォード大学を訪れ,そこでの教育の理念と
現状についての聞き取り調査をしてきた。
本稿は,そこでの研究成果を,できるだけインタビュー相手からの発言とい
う一次資料を提供することで公表することとする。
1.CMUの西海岸高等教育戦略とe-ラーニング
カーネギーメロン大学西海岸校(CarnegieMellonUniversityWest;以下
CMUWとする)は開学以来今日まで講義による学びではなく行為による学び,
競争ではなく協働による学び,-対一の指導体制,といったよりよい教育を提
供できるよう運営してきた。その教育課程は柔軟であり,受けるのが容易であ
り,現代社会に直接関連のある事柄である(flexible,accessibleand
relevant)。
ベイエリアにユニークな教育活動,支援活動,研究活動を提供している。
教育では,技術系の会社や専門職の人たちの要求に応えるべく,革新的な教
育プログラムを通して教育・学習活動の変形を図っている。行為による学習
(LearningByDoing;LBD),協働,-対一の指導体制である。
CMUWは研究活動の中枢でもある。ここではビジネスや学習や情報への
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アメリカの高等教育におけるe-ラーニングと遠隔学習(田中)
アクセス方法を大きく変える多くの研究を開始している。最近始まったHDCP
(HighDependabilityComputingProgram:高度依存コンピュータプログラ
ム)はNASAが創始した複合領域・複合研究所プログラムで,NASAの潜在
的可能性をより信頼のおけるソフトウエアに改善していこうとするプログラム
である。
本学の重要な使命は,ベイエリアの地域社会の人たちへのさまざまな支援活
動をすることである。世界的規模の研究者や技術者,科学者や企業のリーダー
たちの公開講演会を主催している。高校生向けのロポ・キャンプは大成功を修
めており,この夏,本キャンパスに帰ってくる。参加者には7週間のセッショ
ンを提供している。
(以上,CMUWホームページ,ヘッドページより)
CMUは,1900年にアメリカ・ペンシルバニア州ピッツバーグに開設された
カーネギーエ科大学を発祥とする,現在では全米でも有数の総合大学の1つで
ある。特にコンピュータ関係,認知心理学関係,経営工学関係については世界
的に有名な研究機関となっている。
CMUはずっと,ピッツバーグという,東海岸の都市での教育活動を行って
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關西大學『文學論集』第54巻第4号
きたが,100年を超える歴史の中で,全米にその卒業生が進出し,とりわけ,
コンピュータ関係ではシリコンバレイを持つ西海岸での発言力を維持するため
か,そこへの進出計画が着々となされた。
以下,その経緯についての新聞報道,直接担当者へのインタビューを紹介す
る。
制度・戦略について
CMUの西海岸進出計画にNASAうなづく(2000年12月12日のPittsburgh
PostGazett紙)
ピッツバーグのオークランドに本拠地を持つ大学(CMU)が向こう10年間
にNASAの施設のあるサンフランシスコ湾内にシリコンバレーのキャンパス
を持つ計画を打ち出した。
CMUとNASAは12の企業の支援をとりつけた。
Microsoft,IBM,SunMicrosystems,Hewlett-PakardCompaqComputer,
AdobeSystems,ILOGMarimba,Novell,SGI,SiebelSystems,Sybase
CMUWestは修士号の伝統を変える(2002年8月11日のPittsburghPost
Gazett紙)
情報工学の修士号について,これまでの,学士をもっているのを前提とする
ことを大きく変革しようとしている。
当初2001年秋より開始の予定が,2002年秋より60名(20名のfulltime,40名
のparttime)でスタート。学士をもたなくていい,といいながらも,ピッツ
バーグのキャンパスでの学習に耐えられないような学生は決して合格させな
い,という質の高さを保持しながら進めることとなった。
修士号はソフトウエアエ学とe-ビジネスエ学の2種類。
修士号の取得方法は通常と異なる2種類がある。
1つは,カリキュラムに学部の課程を含め,勤労者を学士号取得の最低限の
課程を修了したものとみなし,残り4年間で学士をとり,同時にCMUから修
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アメリカの高等教育におけるe-ラーニングと遠隔学習(田中)
士号をとれるようにする。
2つ目は工科短大やコミュニティカレッジ等で2年間学んだものに対して,
学士の取得なしで修士の学位を出す。
DrRayBareissの話
教育プログラム・相談のディレクター
前・認知芸術ニューヨーク校の副学長。その前はノースウエスタン大学の学
習科学研究所(ILS)のディレクター補。コンピュータ科学.教育の助教授。
その前はヴァンダービルト大学の教員。コンピュータを使った学習環境のスペ
シャリストとして活躍。テキサス大学でコミュニケーションの修士,コンピュ
ータ科学の博士号取得。ESLや情報工学,経済学,物理学,心理学のコース
の領域でのe-learningコースをコロンビア大学やノースウエスタン大学で。
著書・論文多数。
2003年8月27日,CMUWにて詳しい話をうかがった。
田中(以下Tとする):ここでのe-Iearningはどのようにされているのか。
コンピュータだけがあって,コンピュータが学生の作業結果を評価するとい
った伝統的な意味でのe-learningは用いていない。われわれが行っているのは,
コンピュータ技術を課題の「配送」には用いるが評価や教授の大部分は人間に
よって行うものである。なぜそうするか,といえば,学生は非常に複雑で創造
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的なことをしているので,単純にコンピュータで課題を出してコンピュータが
評定する,などということはできないからだ。私の研究グループで知る限り,
ソフトウエアだけで複雑な創造的課題をこなすような授業はできない,と考え
る。
T:コンピュータはそれらを教える道具の1つであって,その「内容」に立ち
入れる道具ではない,ということか?
オンラインの教育内容,オンラインの参考資料もある。ピッツバーグから供
給される講義のビデオを持っているので,学生は講義を聞くこともできる。じ
っと座って最初から最後まで聞く必要はない。学生が特定の話題についての著
名な教授の講義を聴きたいとすれば,それを探し出して聞くことができる。わ
れわれは非常に多くのオンライン学習用の教材を用意している。しかし,われ
われは,学生を教えるのには人間の教師に頼っている。伝統的なe-learning
のコースもあるが,その場合でも人間の教師がいる。
Javaのプログラミングでは上級Javaコースの開設を要求されることが多い。
そこで,e-learningコースのようなある種のコースを設定した。それはすべて
LBD(LearningByDoing)によるコースで,そこで学生は,Javaを教える
14の課題を経験することになっている。しかしそこでは,学生は課題を人間の
教師に出し,教師は評価し詳しいフィードバックを学生に返す。
学生は教師に学習教材が自分にとって不適切なものであればその疑問をな
げかけることもできる。
T:そのような,人間の教師が重い役割を担うのは遠隔学習においてもあまり
ないケースなのか?
そう,まれなケースだ。しかし,ある種のことがら(創造的なことなど)を
効果的に教えるにはそれは必要不可欠だ。たいていのe-learningはよくない。
講義を受け,さらによくないのはオンラインで文書を読み,本を読んだ体験を
したかのようにページをめくり,試験を受ける。これは効果的な学習方法とは
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アメリカの高等教育におけるe‐ラーニングと遠隔学習(田中)
いえない。
われわれは,学生は行為をなすことによって学ぶ(LBD)と考える。
学生に応用可能な知識を学ばせたいのであれば学生はそれを実践の文脈の
中で学ばねばならない。そこでここでは,学生に実践的なプロジェクトを組ま
せてそうした状況を作っている。
たとえば,学生にJavaのプログラムを組ませるという,いくぶん込み入っ
た課題を与えたとしよう。コンピュータそのものは実際にはその学生の組んだ
Javaプログラムの良し悪しの評価はできないし,さまざまな次元からながめ
てそれがいいものかどうかを判断することはできない。必要なのは使える
Javaプログラムなのだ。そこで教師は,学生の組んだプログラムのいい点悪
い点をみきわめ,学生にフィードバックする必要がある。そうしてもう1回や
らせる。これは,ESLのクラスでやるアプローチと同じだ。
このESLクラスではアメリカビジネスのオンライン・シミュレーションを
組んでいる。受講生は書面で書かれたメッセージやボイス・メールを受け取っ
たりしてアメリカビジネスに巻き込んでいかれる。ビデオを介してミーティン
グに参加したりもする。その後生徒は,そこで起こったことについて,たとえ
ばビジネス計画について,誤解に基づいて怒っている顧客に謝罪の手紙を書い
たり,といった,さまざまにおこり得ることがらの文書をつくらねばならない。
生徒の書いた文書はニューヨークのコロンビア大学のESLクラスの教員の
ところに送られ,詳しいフィードバックが返され,生徒の書いたものの改訂を
要求する。興味深いのは,こうしたやり方はかつて私の仲間が取り組んでい
た旧来のe-learningのプログラム作りに較べて安価で済むことである。しか
しそれを提供するにははるかに高くつく。同時進行に関わる教員がオンライン
の向こうに必要だからだ。プログラムの開発にお金をかけるか,情報の提供に
お金をかけるか,の問題だ。
私は以前ノースウエスタン大学の学習科学研究所(ILS)にいてその研究室
のディレクター補をしていた。そこではコンピュータシミュレーションを使っ
て,いかにしてLBDをオンライン学習で経験させるかを研究・開発してきた。
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關西大學『文學論集』第54巻第4号
T:あなたのお話を聞く限りでは,あなたは「学習を成立させるにはその学習
者の生活内容の状況を考慮すべきだ」という哲学をお持ちのように思うが,い
かがか。
その通りだ。知識を,それが有効な文脈の中で学ばなければそれを具体的
な状況の中で適用することはできないし,適用された知識を理解することもで
きない。そこでの問題点は,どこかで使える知識を学んでない,ということだ。
ホワイトヘッド流に言えば,不活性(inert)な知識ということだ。
T:私は学習の哲学についての比較に大変関心を持っている。1つはサイモン,
ニューウエルらの物理的シンボルシステムの考え方(Tanaka&Simon,2001
a)だ。人間は知識を,物理的なシンボルのシステムとして学ぶ,という考え
方である。もう一方で,このベイエリアでは,レイヴやヴェンガーといった,
状況学習論の考え方(Tanaka&Simon,2001b;田中,2004b)が大変有名で
ある。e-learningにはどちらの考え方がより強く影響していると思われるか?
あるいはその双方だろうか?
そうだね。私はそこに大きな違いがあるとは思わない。
私たちは認知理論と人工知能の両方とも作ってきた人間である。人間は主に
経験のうちの特定の部分を記憶し,その記憶したものが適用できる範囲内でそ
うした過去経験を思い出しながら問題を解決していく。
仮にどんな状況にも通用する「一般的知識」というものがあるとすれば,そ
れはおそらくすばらしく構造化されたものであろう。しかし実際は断片的なも
のであり,個々のケースがぶら下がったものに過ぎない。
私は,常々,われわれは思い出した特定の事例に関連したモデルの断片を学
習するものだ,と思っている。特定の問題解決状況において活性化されてもの
についてのみアクセスできるのだ。したがって,知識は文脈の縛りを受けてい
る。その文脈・状況のいくつかの側面によって人間は使えそうないくつかの事
例を思い出すのだ。その後,そうした事例に関連した一般的な知識が使えるよ
うになり,関連しないものは使えない。
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アメリカの高等教育におけるe-ラーニングと遠隔学習(田中)
一般的知識は個々の事例の中で活性化され直接利用可能になるわけではない
ので,知識は文脈の縛りを受けている,と私は考える。
T:そこでLBDが重要になるのだ。
そう,LBDという現象が存在するというのはまぎれもない事実だ。それは
重要だが問題も抱えている。
人間が知識の適用可能性をいかにして学ぶか,またいかなる状況でそうした
知識をつかうことができるのかということを教えてくれるという意味でLBD
は大切だ。しかし同時に一般化へ個別経験を転移させる問題がある。純粋な
LBD経験は,そこで得られた知識は非常にその文脈に束縛されているので,
それを一般化するのが非常に困難である,という問題がある。そこで必要なの
が,そうした経験に結びついた教育技術であり,それを使って適切な一般化に
までもっていくことができる。
ひとつの事例を紹介しよう。
数年前,ヴァンダービルト大学にいたときある学生といっしょに仕事をして
いた。生徒達が特定の問題解決の経験をした後,「もしこれがこうだったら
"what-if"」という,変数を変えた事例を系統的に与えるのが彼女の役割だった。
こうした技法を使うことによって生徒達はより一般的に適用可能な知識を獲得
できる。こうしてその知識がいかに幅広い領域で適用可能であるか,というこ
とと同時に,その適用可能性の限界までも理解させることができる。
ミドルスクールの子ども達の数学の問題解決課題で彼女がやらせたことは,
解決するのに15ステップも要するような,現実世界の非常に複雑な問題を解か
せることであった。彼女の研究から,子ども達は,1つの文脈の問題を解かせ
それを拡張していく実践をさせることによって一群の問題を解決する,一般的
で転移可能なスキーマを獲得することができることが明らかになった。
LBDを一般的知識に結びつけるもう1つのやり方がある。それは反省的活
動(reflectiveactivities)をさせることである。子ども達に自分の持ってい
る知識の性質について考えさせる。問題解決の前,解決中,解決後にそのこ
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關西大學『文學論集』第54巻第4号
とについてよく考えるよう促し,手助けするのである。メタ認知をさせるので
ある。
この手法はまだ科学的手法とまでは言えない,ある種名人芸的なものかもし
れないが,多くの人々が関心をもっている。
Ⅱスタンフォード大学における情報化支援システムとその実態について
スタンフォード大学は,全世界に先駆けて最初にe-ラーニングのシステム
を開発し運営した先駆的大学である(中原,2003)。ここでのシステムは現在
の日本でのe-ラーニングのシステム(東京大学のiiionlineとexCampus;中
原・西森,2003)の原型ともなり,大変影響力の強いものとなっている。その
他のわが国のe-ラーニングシステム(例えば佐伯胖が所長を務める青山学
院大学の総合研究所開発のAML;AoyamaMediaLabプロジェクト(青山学
院大学総合研究所AMLⅡプロジェクト,2003),関西大学のCEAS;Web-
BasedCoordinatedEducationActivationSystemなど)との比較の意味でも
その理念と現状を探ってみよう。
スタンフォード大学はちょうど10年前にも一度1週間滞在したこともあり,
今回はコンピュータ部門とりわけ,ネットワーク利用部門を中心に訪問した。
大学のキャンパスのデザインの素晴らしさは,訪れる度にその感を強くする,
世界の大学建築の見本の1つである。
オード大学アカデミック・コンピューテ
インタビューの相手は,スタンフォード大学アカデミック・コンピューテ
ィング(スタンフォード大学図書館・学術
情報資源:SULAIR)教員サービス部長の,
日系3世の研究者MakotoJohnTsuchitani
氏(日系ではあるが日本語は全く話せない,
nativeなアメリカ人である)で,さまざま
な側面についての広汎な情報を得ることが
できた。
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アメリカの高等教育におけるe‐ラーニングと遠隔学習(田中)
スタンフォード大学における情報化支援のシステムについて
T:普通の授業でマルチメディアを使う教員の割合は?
一言で言うのは難しい。この部屋のような,「スマート・パネル」と呼んで
いる装置の備わった部屋は非常にたくさんある。そこにはVCR,DVD,コン
ピュータ,プロジェクタが置いてある。教師はさまざまな理由で,さまざまな
領域でこうした教室を使う。私がマネージしているプログラムの1つに「研究
技術スペシャリストプログラム“AcademicTechnologySpecialistProgram,,」
がある。これは基本的には教員が教育や研究に技術を有効に使うことを支援す
る相談員の集団で形成されている。
現在私のところに10名のそうしたスペシャリストがいる。旧来からコンピュ
ータやネットワーク接続を支援する情報技術者はいたが,それとの大きな違い
は,私のグループは「技術の学術利用“AcademicUseofTechnology.''」に特
化し,「学術技術員(AcademicTechnologySpecialist:ATS)」」と呼ばれて
いる点だ。たとえば科学の領域にATSがいるが,彼は地球物理学でPhDを
持ち,技術を学術研究・教育に用いるバックグラウンドを持っている。こうし
た人が教員とともに仕事し,教員と会話しその領域のバックグラウンドもある
ので仕事の内容も理解できる。
科学の領域で用いる技術を必ずしも他の領域,たとえば英語学とか,教育学,
心理学,社会学等で同様に用いたいと望むとは限らないので,それぞれの領域
にそうした技術の適切な利用方法を示すこともできる。われわれがやろうとし
ているのは,こうした人たちを支援することである。このプログラムはとても
うまく進んでいる。
1階の「学術技術ラボ」にはATSがいるので,ATSのいない部局の人はそ
こにでかけて援助を求めることができる。ビデオをDVDに焼き付けたり,学
会発表でのパワーポイント利用法を教えたり,フロッピーをなくしたが印刷し
たものがある場合にスキャンしてワードファイルにし,再び編集できるように
手伝ったりする。
われわれは全キャンパス内での学術技術を誰にでも提供するが,コンピュー
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關西大學『文學論集j第54巻第4号
夕技術はさまざまであるので,これとは別の特化した目的の部署には内部のサ
ポート小集団もある。
ATSは3名の常勤職,学術技術ラボに2名の常勤職とそれぞれに2,3名の
非常勤の相談員がいるので,総勢18名から20名の構成になる。
スタンフォード大学内におけるdistancelearning/e-learningについて
第一にスタンフォード大学ではe-learningで多くの授業を行っているわけ
ではない。スタンフォードでは学生にfUll-timeを要求するので,part-time学
生はいない。学部学生は最初の2年間はキャンパス内に居住することが要求き
れる。したがって遠隔教育は大学としてではなく,個々のグループで行われる。
TheschoolengineeringTheCenterfOrProfessionalDevelopmentはおそらく
遠隔教育をしているもっとも大きなグループであろう。
そこでも主なターゲットは,プロの人たちである。シリコンバレーで働いて
いる技術者,コンピュータプログラマーなどであり,ヒューレットパッカード
(HP)やサン・マイクリシステムズといった巨大企業の社員教育に使えるコ
ースウエアを有償で提供することである。
仮にHPの社員で,自分の専門領域についてもっと訓練を受けたいのであれ
ば,HPはスタンフォードと提携してこうしたコースウエアを社員に提供し,
社員はその学びの経費を払わなくていい。会社は従業員にそうしたコースを受
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アメリカの高等教育におけるe‐ラーニングと遠隔学習(田中)
けさせるのに5000ドルも支払う。
17年前まではこうしたビデオテープをHPに提供していたが,5年前から,
ビデオのストリーミング配信を始めた。こうしてWebでコースを配信できる
ようになった。テープやライブの映像も放送できるようになった。
T:それは,Web環境をもつ人には誰にも開かれているのか?
いや,そのプログラムは有償だ。誰にも開かれているわけではない。それは
キャンパスに来ている学生に開かれており,基本的には講義に出席できるわけ
だが,何らかの理由で出損ねた場合,パスワードとIDを入力してオンライン
でその講義を見ることができるようになっている。キャンパスの外にいる学生
は通常巨大企業の社員であるが,彼らは放送を使って学ぶことができる。会社
がその経費を払っている。修士の学位をとろうとするひとは完全にオンライン
でとることができる。確か工学のある領域ではそうしていたはずだ。数年前か
ら始めている。
T:人文系の遠隔学習やe-learningの状況はどうか?人文科学ではこうした技
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關西大學『文學論集」第54巻第4号
術はどのように使われているか?
学生の場合,体がこのキャンパス内にあるのでそれらは使わない。通常,遠
隔教育で用いられる技術や教材がキャンパス内で使われるがこれは通常のクラ
スの講義の補助的なものとして使われている。99%の学生がキャンパス内にい
るので授業を外に流すことはしない。
コースワークという,キャンパスで開発された授業運営システムがあるが,
それは,異なる専門領域で勉強するときに用いられてきた。教員・学生は依然
対面できるクラスを保ったままであるが,そうしたシステムにシラバスの情報
を載せたり,学生が読んだりダウンロードしたりするための教材を載せたり,
クイズや演習課題をオンラインで載せたりしている。しかしこれらすべて,通
常の授業の補助的なものであり,授業運営上の主要な手段(直接の講義参加)
とは対立するものとなっている。
われわれの大学があまりおおくの遠隔教育のプログラムを持ってないのはな
ぜか,という理由はここにある。コンピュータ技術は用いるが,あくまでも補
助的な手段である。
T:今日技術の進歩のおかげでインターネットやe-メールを容易に用いるこ
とができるようになり,日本でもそうした補助的手段として用いている。スタ
ンフォード大学ではどのくらいの授業でこうした技術が用いられているか?
このキャンパスで開発された現在のシステムは,2003年の春学期(クオータ
ー)でおよそ500から600コースでそれが用いられていると思う。各期ではおよ
そ2000クラスが開講されているので,現在,授業の25%がそうしたシステムを
用いている,ということができよう。
2000クラスのなかには,卒論研究(independentstudies)やゼミ,院生のゼ
ミなども含まれているので,そうしたクラスでこのシステムを用いることが少
ないことを考えれば,実質もっとパーセンテージは高いと言っていいだろう。
入門の化学とか経済学とかいった大人数のクラスでより効果があるので,こう
したクラスではより有効に用いられているであろう。
292
アメリカの高等教育におけるe-ラーニングと遠隔学習(田中)
語学クラスは実際こうした技術を用いているもう1つの大きな分野であろ
う。また,スタンフォード大学には多くの人文科学領域があるが,コースワー
クのユーザーの大部分はこうした人文科学領域の人たちであろう。
T:そうしたコースワークを利用するのは個人の努力にかかっているのか,そ
れともそれを利用するのに有利ななんらかのサポートシステムがあるのか?
われわれはメロン基金から援助金を得ている。その基金をもとにまずはパイ
ロットシステムを開発した。われわれが開発しているシステムは必ずしも商業
ベースのシステムと競合しないものである。
当初,本キャンパスの大きな問題は,キャンパス内のコンピュータシステム
がばらばらで,まずやらねばならなかったことは,そうしたばらばらなコース
運用システムに同じコースをのせていくことであった。化学部門では独自の技
術を開発していた。彼らはそれを持ち出し,人文科学のグループではBlack
boardを持ち出し,また別のグループではWebCTを用いていた。
そこでわれわれは,そうした学内の特定の組織とは異なるヴェンダーといっ
しょになってそれぞれのシステムをまとめる作業に手をつけた。
最初にやろうとしたのは,「道具」の開発であった。なぜなら,ここでもっ
とも困難である理由の1つが,キャンパス内の異なるグループが異なる道具を
用いていて,あるシステムでは使えるが別のシステムでは使えない,そういう
道具の非互換性であったからだ。
そこで商用のベンダーといっしょになってやろうとしたことは,何かモジュ
ール化する際にはAPI(ApplicationProgrammer'slnterface)をかましても
らうことであった。それをプラグインとした。しかし,開発した道具の使い勝
手は必ずしも均質ではなかった。そこでヴェンダーにでかけ,そのリソースを
オープンにするよう頼んだ。彼らはみな,それはいい考えだ‘とは言ったがだ
れもそれをしようとはしなかった。
そこでわれわれはMITにでかけ,OKI(OpenKnowledgelnitiative)とよ
ばれるシステムを共同開発することとした。われわれのコース運営システムは
293
關西大學『文學論集』第54巻第4号
このOKIの一部であり,MITではこれを開発途上であった。かれらが既に行
っていたことは,こうしたアプリケーションを異なるauthenticationや
assessmentのコンポーネントように開発していたことであり,われわれがや
ろうとしたのは,そのAPIを利用できるシステムを開発することであった。
ここでの中心的な考え方は,APIを通してツールやモジュールが開発でき,
プラグインできるような標準仕様をつくることであった。
このモデルを用いて,ハーバード大学は討論の道具を作り,それはOKIの
コンプライアントになっている。それがOKIのAPIであれば,われわれは
○KIのコンブライアンスのアーキテクチャーを用いているので,われわれの
コースワークにプラグインできるのである。
そこで,コースワークを作ることがわれわれの重要な仕事になってきた。
第一にやるべきことは,オープンなOKIコンプライアンス・システムをつ
くることであった。だれでもWebサイトからソースコードをダウンロードで
き,手を加えることもできる。
現在はインディアナ大学,ミシガン大学とくつのプロジェクトを立ち上げて
いる。今「履修と評価のマネージャー“AssignmentandAssessment
Manager.,,」を開発している。
こうしたシステムはすべてWebに基づくものである。システムやコースワ
ークはUNIX上で動く。そのソフトはJavaに基づくものである。したがって
クライアント側はMacだろうがPCであろうが構わない。
T:アメリカでのナレッジ・マネージメントについてひとこと。
論文や本を書く場合,版権が問題になる。書店で学生が本を買えば,出版社,
著者双方がそこから一定のシェアを受け取る。
Webのコースウエアの場合,著作権の問題がないがしろにされることがあ
る。正当な使用法のガイドラインのもとで教員は他者の題材を使用することが
制限されている。
たとえば。今朝の新聞の切抜きをコピーして学生に渡しそれについて議論す
294
アメリカの高等教育におけるe-ラーニングと遠隔学習(田中)
ることは正当な範囲に収まる。しかし,次のクオーターでもその教材を再び使
おうとすると記事の著者や新聞社に許可を得ねばならない。「許諾の確保に十
分な時間がある」時はそれを経ないと不当な利用,になってしまう。正当と不
当の境界はファジーなものである。
(この件の質問については,若干期待した内容とは異なるものであったので,
詳細は省略する。坂手(2000),香取(2001),根本(2001),大嶋(2001)らの,
企業サイドからみたe-ラーニング利用の理念と実態を参照されたい。)
T:e-Iearningの効果は?
ユーザーから得た反応を知っている。少なくとも年に1回は学生と教員から
フィードバック情報を得ている。徐々にその評価は高くなってきている。
第一クオーターではlOO-l50のコースが開設された。次のクオーターでは
200,そうして最終クオーターでは500-600のコースが開設されるに至った。
ユーザーは増え,評価も総じて好評である。学生は便利ざを好むもので,この
システムは学生・教師双方に便利なものとなっている。
たとえば,学生が講義を聞き逃したとしても,「レジュメがないんだよ」と
は言えない。なぜならそれはWebサイトにあり,ダウンロードできるからで
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關西大學『文學論集』第54巻第4号
ある。「なくした」とも言えない。すべてWeb上にあるのだ。
語学クラスなどでは,学生は授業時間外で音・映像を使った練習ができる。
コンピュータにログインし,「何について話していましたか?」とか「このシ
ーンでどんなことがおこりましたか?」等の質疑応答をすることができる。昔
のアナログ時代のやり方と違って,この部屋(インタビューした部屋)はセミ
ナー室で隣は語学ラボになっている。
以前ならその部屋はオーディオカセットテープに埋もれていて,教師がテー
プを操作し,学生は自分のテープに自分の反応を録音し,教師は個々のテープ
を全部聞き,それぞれに対してコメントしなければならなかった。
コンピュータを用いたクラスでは,まずこの部屋で学生と会い,スクリーン
にコンピュータ操作をデモンストレーションしどんな教材でも隣の部屋に行
って自分のコンピュータを使ってその学習ができることを教える。そこには語
学教師が用いる特別なコースワークがある。「会話熟達検査シミュレーション
"simulatedoralproficiencyexam,,」である。学生たちはコースワークを通し
て,コンピュータで試験を受ける。すなわち,自分の反応をコンピュータに録
音し,教師はサーバーを介して学生の反応をオンラインで査定したり,CDに
焼き付けてオフラインであとで聞いたりする。これは大変便利で,学生も特に
こうしたオンラインの視聴覚教具を好む。
Ⅲわが国の高等教育機関でのe-ラーニング利用への示唆
以上,アメリカ西海岸の2つの大学でのe-ラーニング,遠隔学習の理念と
実態について眺めてきた。わが国でも高等教育にe-ラーニングを,という流
れはかなり加速されつつある(山路・佐賀,2003;生田目,2002など)。
国士の狭いわが国においては,アメリカのような,物理的必然性での遠隔教
育,その具体的方法としてのe-ラーニングの必然性はそれほど高くないかも
しれない。ただ,国士が狭い分,地価が高騰し,広いキャンパスの中にすべて
の学部・研究所を収容することは困難となり,キャンパスの分散化が生じる。
296
アメリカの高等教育におけるe‐ラーニングと遠隔学習(田中)
そうした場合,e‐ラーニングの必要性も高まってくる。また,社会人のリカ
レント教育を考えたとき,生涯学習の観点から「どこでも学べる」こうしたシ
ステムの利点は少なくない。事実,そうした観点からの通信制4年制大学も創
設されている(和田2004)。
ただ,その時,その利用についての理念・哲学がきちんとうち立てられてい
るか,これは大いに問われるべきものである。
吉田(2003,2004)は,e-ラーニングを,1大学教育全般のIT化=授業
や教育活動の効率化のための利用,2.教育内容の配信=ITによる授業に関
わる教育内容の配信,3.授業の配信=ITによる授業そのものの配信,とい
う3つの次元でとらえることの重要性を主張し日米での詳細な比較検討から
日本の大学での利用法についての提言をしている。
また,ポーター(1999)は,遠隔教育プログラム設計の際の基本的な基準を
次のように明らかにしている。
・自己の機関や企業の考え方と技術がどのように適合するか。
・教育や訓練に技術がどう関連するか。
・技術を利用していかにより効率よく教えることができるか。
・遠隔学習コースを介して,いかに学習者の要望に,よりよく応えることがで
きるか。
・指導者を含め,機関がどのように遠隔学習プログラムを支援できるか。
こうした観点は,単に授業をする教員の手間の削減のみのための,悪しき
CMI(ComputerManagedInstruction)にならないために注意せねばならな
い重要なポイントであると考えられる。
その意味で,本稿の最初に登場したCMU-Wの,e-ラーニング導入に際し
ての基本的理念すなわち,学びをLBDを基本とし,Web上での学びを単なる
「シンボル」レベル(田中,2004a)での関係の記憶にとどめない努力をする,
という点は今後の本格的導入を前にして心しておかねばならない「哲学」であ
ると考えられる。
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關西大學『文學論集』第54巻第4号
文献
青山学院大学総合研究所AMLⅡプロジェクト(玉木欽也・小酒井正和・松田岳士(編))
2003eラーニング実践法一サイバーアライアンスの世界一オーム社
鹿取一昭2001eラーニング経営一ナレッジ・エコノミー時代の人材戦略エルコ
森田正康2002eラーニングのく常識〉:誰でもどこでもチャンスをつかめる新しい教育
のかたち朝日新聞社
中原淳2003StanfOrdOnlineのマネジメント中原涼・西森年寿(編著),坂元昂(監
修)2003eラーニング・マネジメントー大学への挑戦一オーム社pp9-20
中原淳・西森年寿(編著),坂元昂(監修)2003eラーニング・マネジメントー大学へ
の挑戦一オーム社
生田目康子みんなのe-ラーニング中央経済社
根本孝2001e-ラーニング:日本企業のオープン学習コミュニティー戦略中央経済
社
大嶋淳俊2001[図解]わかるleラーニングダイヤモンド社
リンネット・ポーター(小西正恵訳)1999インターネットによる遠隔学習海文堂出版
(LynnettePorterl997CreatingTheVirtualClassroomJohnWiley&Sons,Inc)
坂手康志2000Eラーニング東洋経済新報社
Tanaka,T、&Simon,HA2001aSimonSays(1)OnPhysicalSymbolSystems.B"比加
qノノノbe〃c"Jtyq/Letね応,Ktz"耽凹zzM'sjty,50(3),37-52.
Tanaka,T、&Simon,HA2001bSimonSays(2)OnSituatedLearningB"肋tノノzqプノルe
Hzc"/tyq/Le旗だ,Kcz"sα/U>zjzノc応jty,50(4),59-76
田中俊也2003教室でのコンピュータ利用子安増生・田中俊也・南風原朝和・伊東裕司
(共著)教育心理学[新版]有斐閣ppl55-l80
田中俊也2004a思考の発達についての総合的研究関西大学出版部
田中俊也2004b状況に埋め込まれた学習赤尾勝己(編著)生涯学習理論を学ぶ人たち
のために世界思想社ppl71-l93・
和田公人2004失敗から学ぶeラーニングオーム社
山路弘起・佐賀啓男(編)2003高等教育とIT-授業改善へのメディア活用とFD玉川
大学出版部
吉田文2003アメリ力高等教育におけるeラーニング:日本への教訓日本電気大学出
版局
吉田文2004e-ラーニング:大学の挑戦と可能性冬木正彦(主催)教育における知
の集積と活用第1回講演会配布資料(2004年10月1日関西大学尚文館にて)
*本研究は,平成15年度(2003年度)の関西大学重点領域研究「日米の大学教育におけるカ
リキュラムの統合化に関する比較研究」(研究代表者赤尾勝己研究分担者田中俊也.
陶徳民・山住勝広)による研究成果の一部である。
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アメリカの高等教育におけるe‐ラーニングと遠隔学習(田中)
*本研究に際して,CMU-W,スタンフォード大学の各大学の関係者に多大なるご協力をい
ただいた。お忙しいなか,インタビューに応じていただいたDrBaries,RおよびMr,
Tsuchitani,M,Jに心からの謝意を表したい。
またインタビューテープ起こしに関してお世話になったMaekoSaeki(Stanford
University)および彼女の友人RyanSayre(UniversityofCalifOrniaBarkley)にも深甚の
謝意を表したい。
更に、お忙しい中本稿に目を通し、貴重な助言をいただいた、関西大学工学部冬木正彦教
授に感謝の意を表したい。
*本研究の一部は平成16年度の文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」の『進化
するe-Learningの展開一授業と学習の統合的支援および教授法と学習コンテンッの共有
化一」(研究代表:冬木正彦)の研究費補助を受けた。
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