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ドラッグ・ラグに対する 患者会の活動について

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ドラッグ・ラグに対する 患者会の活動について
(24)
第2028号
2010年9月25日
土曜日
第48回日本癌治療学会関連特集=臨床の最前線
ドラッグ・ラグに対する
患者会の活動について
かた ぎ
片木
卵巣がん体験者の会スマイリー 代表
1 はじめに
私たち「卵巣がん体験者の会スマイ
リー(スマイリー)」は, 海外で有用性
が認められている抗がん剤の早期承認
を求め, 2006年9月に設立しました。
日本婦人科腫瘍学会編「卵巣がん治療
ガイドライン2007年版」によると卵巣
がんの罹患者数は毎年約8,000人と推
定され, 約半数の症例が進行がんで発
見されるといわれています。 そのため,
治療には抗がん剤が不可欠です。 しか
し, 日本で卵巣がん治療に承認されて
いる抗がん剤は, 欧米と比較して少な
いため, 患者は治療の手が尽きること
を何よりおそれ, 抗がん剤に耐性がで
きないように日々祈りながら治療を続
けていました。 スマイリーが設立され
た2006年当時は, 「米国国立包括的が
んネットワーク(NCCN)のガイドライ
ン」に記載されている再発卵巣がんに
有用とされている抗がん剤「リポソー
マルドキソルビシン(商品名:ドキシ
ル)」「ゲムシタビン(商品名:ジェムザー
ル)」「トポテカン(商品名:ハイカムチ
ン)」のいずれもが日本では卵巣がんに
使えないというドラッグ・ラグが深刻
な状況でした( 表1 :再発卵巣がんの
治療薬の状況)。
リーを立ち上げた2006年9月の時点で
は, 日本ではいずれの疾患にも承認さ
れていない「未承認薬」でした。 2006年
9月25日∼12月31日までインターネッ
ト上で署名を呼びかけ, 28,603筆もの
賛同がありました。 提出の機会をうか
がっている2007年1月にドキシルはカ
ポジ肉腫治療薬として承認され「未承
認薬」から「適応外薬」に変わり, そし
て同月, 製薬企業により再発卵巣がん
に対しての適応追加申請が独立行政法
人医薬品医療機器総合機構(PMDA)
にされました。 つまり, ドキシルを取
り巻く環境が「未承認薬から適応外薬」
「申請準備中から承認審査中」へと大き
く変化したのです。
み
ほ
美穂
言葉に, 何も反論ができ
ませんでした。
薬のことを知
4 らなければ何
も始まらない
ドキシルを求める署名
を提出したことで痛感し
たのは, 「治療薬が欲し
い」という気持ちだけで
は何もできないというこ
とでした。 役人が使う霞
写真1 2007年4月, 中垣俊郎審査管理課長(当時)に
が関独特の表現, 治療薬
署名を提出
の承認システム, それに
まつわる通知や法令…。
自分たちが求める治療薬にとって何が
っている, いないにかかわらず, 製薬
問題なのかということを限られた時間
企業に足を運び治療薬の承認プロセス
厚生労働省へ署名を提出
の中で説得力を持って説明しなければ
などについて教えていただきました。
ならないことを痛感しました。 それと
マスメディアの取材でも, 1つ1つ言
並行して, この問題を世論に訴え理解
葉を選び話すよう心掛けました。 こう
署名活動の合間に, ひたすら頭を悩
を求めていくことが大切だということ
した努力もあり,ドラッグ・ラグの問題
ませ続ける問題がありました。 それは
を知りました。 「薬のことを知らなけ
は着実に世の中に伝わっていきました。
「署名をどのように提出するか」という
れば何も始まらない。」署名提出のこの
ことです。 マスメディアではたびたび
迅速審査, そして承認へ
日が, 本当の意味での戦いのスタート
患者会が厚生労働大臣に要望する様子
でした。
が報じられていますが, 何の実績もな
2007年10月, 日本テレビの番組でド
い患者会に大臣が会ってくれるはずも
世の中の理解を得るために
キシルの問題が報道されました。 放送
ありません。 そこで, 2007年4月に中
を舛添要一厚生労働大臣(当時)がご覧
垣俊郎審査管理課長(当時)に署名の提
になっていて, 翌日には「医薬品承認
それからは, 戦略的にこの問題に取
出をしました(写真1)。 提出の際に中
の審査官を増やすこと」をテレビカメ
り組みました。 たとえば, ドラッグ・
垣課長から「ドキシルは既存の治療に
ラの前で公約してくださいました。 放
ラグの現状をひと目で理解してもらえ
比べて奏効率が低いために優先審査
抗がん剤「ドキシル」を
送から1カ月後の11月には, ドキシル
るように承認されている国を1つ1つ
(通常の審査よりも早い)にならない」
求めて
の有用性を厚生労働省が認め, 通常審
調べて地図に色を塗りました( 図1 :
と説明されました。 当時, 薬害肝炎の
査から迅速審査(優先審査の基準を満
問題が世の中で大きく報道されている
2007年当時ドキシルの承認国)。 また,
たさなくても同等の早さで審査が受け
ことも引き合いに出され, 「治療薬の
治療薬が承認されるまでのプロセスを
私たちが最初に取り組んだのが抗が
られる)になったと連絡がありました。
早期承認は簡単にはできない」という
学ぶために, 卵巣がんの抗がん剤を作
ん剤「ドキシル」の問題でした。 スマイ
しかしそれから1年近く時間が経過し
ているのにドキシルの承認がなかなか
表1 再発卵巣がんの治療薬の状況
(卵巣がん体験者の会スマイリー調べ)
見えてきません。 しびれを切らした私
リポソーマルドキソルビ
ゲムシタビン
トポテカン/ノギテカン
たちは再び署名活動を開始しました。
シン(ドキシル)
(ジェムザール)
(ハイカムチン)
2008年10月15日∼12月31日までの2カ
2006年
2010年
2006年
2010年
2006年
2010年
月半で集まった署名は15万4,552筆。
承認国
約75カ国
約60カ国
約70カ国
重さにして150キロにもなり, 台車に
乗せても女性1人では運べないほどで
非小細胞肺が 非小細胞肺がん,
した。 2009年1月27日, 署名を医薬食
ん, すい臓が すい臓がん, 胆
カポジ
品局審査管理課に提出しました( 写真
日本での適応症
なし
ん
道がん, 上皮性 小細胞肺がん 小細胞肺がん
肉腫
尿路がん, 再発
2 )。 その席でドキシルが春に承認さ
乳がん
れる見通しであるということが報告さ
れました。 そして同年4月22日, 承認
医療上必要性の
医療上必要性の
申請から2年3カ月という異例の速さ
承認
高い未承認薬適
高い未承認薬適
承認申請
で抗がん剤ドキシルは承認され, いま,
卵巣がんに対して
(2009年
検討中
応外薬検討会議
治験中
応外薬検討会議
準備中
多くの患者さんが治療を受けています。
4月)
にて公知申請が
にて公知申請が
3
6
5
2
妥当と評価
NCCNガイドライン
卵巣がん治療ガイドライン2007年版
米国承認
記載
―
記載
記載
1999年
妥当と評価
―
記載
2006年
抗がん剤「ジェムザール」を
記載
―
記載
1996年
※2006年は9月時点/2010年は8月時点のデータ
7 求めて
私たちがもう1つ求める治療薬が
「ジェムザール」でした。 ジェムザール
2010年9月25日
土曜日
第2028号
図1 2007年当時ドキシルの承認国
(卵巣がん体験者の会スマイリー調べ)
は現在, 非小細胞肺がん, すい臓がん,
胆道がん, 上皮性尿路がん, 再発乳が
んに承認されており, 卵巣がんに対し
ては世界60カ国以上で承認されている
にもかかわらず日本では適応外です
( 図2 :2007年当時ジェムザールの承
認国)。
ある日, 1人の患者さんから悲痛な
声が届きました。 その患者さんは治療
の選択肢がほとんど尽きている状態で
した。 ジェムザールを希望しても「適
応外だから」と医師に断られたそうで
す。 最近は抗がん剤治療を外来で受け
ることも増えており, たまたま隣のベ
ッドの肺がん患者さんがジェムザール
を投与していることを知ったというの
です。 「隣の国ならば言葉の違いもあ
って治療を受けられなくてもあきらめ
られるかもしれない。 でも隣の国どこ
ろか, 隣のベッドの肺がん患者さんが
治療を受けられるのに私は卵巣がんだ
から受けられないなんて!」と号泣さ
れました。 その患者さんはそれから1
カ月半後, 天国へ旅立たれました。
八方ふさがりの
8 適応外医薬品
製薬企業としては特許切れが近く,
卵巣がんのように患者数が少なく費用
対効果が悪い治療薬の開発に踏み切る
ことが難しいのは簡単に想像できます。
厚生労働省に相談しても「承認申請し
てもらわないとどうしようもない」と
いわれ, 企業に足を運んでも「どのよ
うにすれば患者さんに治療薬を早く届
けられるか検討中」という言葉が返っ
図2 2007年当時ジェムザールの承認国
(卵巣がん体験者の会スマイリー調べ)
てくるばかり。 厚生労働省も製薬企業
も奥歯に物が挟まったような話を延々
と繰り返し, この国でどうしてドラッ
グ・ラグが深刻化したのかわかるよう
な気がしました。 患者の身勝手かもし
れませんが, 誰もがこの問題を知って
いるのに何もしていない「不作為によ
る殺人」のように感じました。
でどのような議論がされたのかという
ことは公開されていませんでした。 支
払基金に問い合わせ, 厚生労働省保険
局医療課が密接にかかわっていること
を知り働きかけましたが具体的なこと
が何もわからないまま, いたずらに時
間が過ぎていきました。
医療上必要性の高い未承認
9 公知申請と55年通知
何かいい方法はないのか模索する中
で2つの方法にたどりつきました。 1
つは「公知申請」, いわゆる104号通知
とか二課長通知といわれるものです。
これは, 厚生労働省医薬食品局審査管
理課長と, 医政局研究開発振興課長が
海外の臨床試験やガイドラインに掲載
されているなどの公知の事実を認める
ことにより, 企業がそれらのデータを
用いて治験を省略して承認申請するこ
とができる方法です。 しかし, 公知申
請の基準が不明確で認められるケース
は多くはなく, かなりハードルが高い
ことを知りました。
もう1つの方法は「55年通知」という
もので, 昭和55年, 橋本龍太郎厚生大
臣(当時)が日本医師会の武見太郎会長
(当時)に約束をして出させたもので,
「再審査期間が終了した医薬品」かつ
「学術上誤りがない医薬品」に関しては
ただちに保険適用をするというもので
す。 しかし, 何度も厚生労働省に問い
合わせしたにもかかわらず, 55年通知
は運用されているのかどうかもわから
ない状況でした。
不透明な「55年
10 通知」の運用
写真2
2009年1月27日, 医薬食品局審査管理課に
署名を提出
(25)
2007年9月に社会保険
診療報酬支払基金(支払
基金)が47品目, 2009年
9月には33品目の治療薬
の保険支払いを認めたこ
とにより, この55年通知
が生きていることがわか
りました。 しかし, 支払
基金の保険支払いを認め
る過程がブラックボック
スのようで, いつ会議が
開かれたのか, 委員が誰
11 薬・適応外薬検討会議
厚生労働省も何もしなかったわけで
はなく, 2009年6月から8月までパブ
リックコメントで治療薬の開発要望を
受け付けました。 その要望は374品目
にものぼり, 2010年2月にこれらの治
療薬の有用性を検討する「医療上必要
性の高い未承認薬適応外薬検討会議
(有識者会議)」が立ち上がりました。
これまで開催されていた「未承認薬検
討会議」では適応外薬は対象外だった
ため, 適応外薬が検討対象に入ったと
いうのは大きな前進でした。 この会議
で「抗がん剤に関しては薬事承認と保
険適用を分けて考えないとドラッグ・
ラグはなくならないのではないか」と
いう提案が何度となく委員から出まし
たが, 有識者会議は医薬品の承認スキー
ムを見直すものではないということで
事務方を務める厚生労働省がとりあわ
ず議論が進まない状況でした。
とが大きく報道され, 一気に55年通知
が日の目を見ることになったのです。
13 70団体で要望書を提出
ドラッグ・ラグは2000年頃, 広島の
すい臓がん患者さんが当時非小細胞肺
がんのみに承認されていたジェムザー
ルの適応外問題を訴えたことをきっか
けに社会問題として取り上げられまし
た。 当時は患者さんが顔を出して問題
を訴えることは珍しかったといいます。
それから10年, いくつもの治療薬の問
題が取り上げられてきましたが, ドラ
ッグ・ラグの根本的解決には至らず,
この問題は患者会にとっても根深い問
題でした。 中医協での議論を無駄にし
てはいけないとグループ・ネクサスの
天野慎介理事長といっしょに「適応外
医薬品の早期保険支払いに関する要望
書」を作り, 患者会に賛同を呼び掛け
ました。 1週間ほどで70もの患者会の
賛同があり, 厚生労働省に提出しまし
た。 このことが後押しをして中医協で
前向きな議論をする方向が打ち出され,
厚生労働省も足立信也政務官が「有識
者会議で公知の申請が認められた医薬
品に対してはただちに保険適用を認め
る」という方針を打ち出しました。 そ
の最初の事例になったのが, 八方ふさ
がりでどうしようもなかった卵巣がん
の治療薬「ジェムザール」でした。
「生きたい」という究極の
12 願いに応えたい
2010年4月に国立がんセンターが独
立行政法人化し, 国立がん研究センター
となりました。 理事長には嘉山孝正先
生が公募で選ばれました。 嘉山先生に
お目にかかったときに適応外薬のドラ
ッグ・ラグが深刻であることをお話し,
「患者の生きたいという究極の願い
に国立がん研究センターとしてどう取
り組むのか」と尋ねました。 このこと
が大きく事態が動くきっかけになりま
した。 まず嘉山先生が委員を務める中
央社会保険医療協議会(中医協)で「抗
がん剤のドラッグ・ラグは深刻であり
有用性のある治療薬に関しては55年通
知などを柔軟に運用して保険を付ける
など対策が必要ではないか」という旨
の提案をしてくださいました。 このこ
14 おわりに
厚生労働省が提案した「有識者会議
で公知の事実を認められた医薬品に関
してはただちに保険適用をみとめる」
という方針は薬事承認前に保険適用を
認めるという意味では従来の「薬事=
保険」を打ち破る画期的な提案だった
と思います。 しかし有識者会議の今後
のありかたが明確でないことや, 公知
を認めるハードルが高いこと, そして
従来の55年通知などをうまく活用すれ
ばもっと柔軟にドラッグ・ラグを解決
するスキームがつくれるはずであるこ
とを考えると, まだまだドラッグ・ラ
グの根本的解消への道は長い状況です。
これからも, ドラッグ・ラグに取り組
んできた患者会として粘り強く声を上
げ続けていこうと思っています。
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