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スキルサイエンス研究が目指すもの - JAIST 北陸先端科学技術大学院大学

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スキルサイエンス研究が目指すもの - JAIST 北陸先端科学技術大学院大学
スキルサイエンス研究が目指すもの
藤波 努
Tsutomu Fujinami
北陸先端科学技術大学院大学 知識科学研究科∗
School of Knowledge Science, JAIST
1
はじめに
筆者は個人と組織は相互依存の関係にあると
考えている。善き身体技法が善い組織を作りだ
本稿はパネルディスカッション「スキルサイ し、善い組織が善き身体技法を培う。このよう
エンス研究が目指すもの」に備えて、スキルサ な考え方は個々人が日々、善き生き方を追求す
イエンスの目標と課題、方法に関する筆者の考 ることが社会の安定につながるとする、ある種、
えをまとめたものである。
東洋的な倫理観を反映している。
スキルサイエンスの考え方を社会や組織に適
用するなら、個々人が自己の欲求を追求しつつ
2 スキルサイエンスの目標
も全体として調和がもたらされるという考え方
スキルサイエンスの目標は、
「技」を切り口に に導かれるだろう。身体知を信頼するというこ
知能の本質を明らかにすることである。(別稿 とは、そのような社会を理想とするということ
「技の研究と人工知能」の第 3 章「技から見た知 ではないだろうか。
能の本質」を参照のこと。)研究上の問いとし
ては次のようなものが挙げられる:
3
身体を媒体として個が環境や他者
とつながっている状態からいかにして
(身体)知が生まれてくるのか?
スキルサイエンスの課題
現状では適切なフィールドを探し出すこと、
データを取ること、データを取るために適切な
さらに技という概念が「上質」という価値観 測定器具を選んで入手すること、データの解釈
を含んでいるなら、次のような問いも立てられ 方法を考えること等々、現実的な課題が山積し
ている。そのような状況であっても理論的な方
るだろう:
向性は考えておかなければならない。
よい場とは何か?いかにしてその
関係が深いと思われるのは、時系列データの
ような場を作れるのか?
解析手法であろう。しかし時系列というだけで
ここでは「身体を媒体として個が環境や他者とつ は一般的すぎる。データの背後にある事象の本
ながっている状態」を「場」と言い換えている。 質を考えなければならない。それは結局、人間
の身体とその動作をどのようにモデル化するか
∗
〒 923-1292 石川県能美市旭台 1-1 Tel. 0761-51-1716,
ということに帰着する。
Fax. 0761-51-1149 Email: [email protected]
1
秒もの時間遅れがあるのである。
スキルサイエンスの課題としてもっとも重要
でかつ困難なのは、教師と学習者の間に存在す
る意識上の「時間遅れ」の問題である。人間は
どういうわけか苦労しつつもこの問題を解いて
力学的な分析は技の特徴を明らかにする上で いる。「意識される時間」をどのようにモデル
有用であるが、学習者を支援することを考慮す 化したらよいのであろうか。ニューラルネット
るとさらに別の問題に取り組まなければならな ワークによる時間意識のモデル化といった課題
があるのではないだろうか。
い。それは主観性の問題である。
人間の身体を物理的に見るのであれば、それ
は複数の骨が互いに接合しているリンク系とし
て捉えられ、そのような系は複雑系として扱え
ると思われる。力学的な見方は人間の動作を第三
者の視点から客観的に記述する際に有用である。
人間が何かを見て内容を理解するまで 0.5 秒
ほどの遅れが出る。素早い動作の学習ではこの
4 スキルサイエンスの方法
時間的ズレは致命的であり、学習者が教師の動
脳機能イメージング技術の発展に期待するが、
作を目で追いながら理解することを不可能にす
る。学習者が自分の目で見て実時間で理解して 「意識される時間」の問題がどの程度、脳の活動
いると思っているものはすでに 0.5 秒前の動作 を見ることによって明らかになるのか見通せな
なのである。この時間的ズレは学習者の意識に い。意識は脳・身体が特定の状態にあるときに
上らない。その結果、教師の動作を見ても何が 発現する特殊な現象であるなら、脳の活動をモ
なんだかよくわからないという状態に陥ってし ニターしたり、身体動作を測定してそれとの関
まう。記憶にある断続的な映像を(意味のある) 係を調べることに意義があるだろう。
しかし現実は、測定器具の限界が研究の限界
一連の動きとしてつなげないからである。
となっている。被験者に負担を与えないこと、実
また意図してから動作が始まるまでの時間的
験を実施する側の負担が少ないことといった条
遅れも問題となる。素早い動作では、ある時点
件を満たす器具は少ない。当面は、使えるセン
で行っていることはその少し前(たとえば 0.3
サーを探しながらデータを取り、解析して有用
秒前)にやろうと意図したことであり、実際に
な知見が得られることを社会に対して示してい
やっていることと、その時点でやろうと意図し
くほかないだろう。社会にとって有益であると
ていることとは異なる。実際に意図しているの
認められれば、スキルサイエンスの発展に役立
は、その時点でやっている動作の次の動作であ
つ機器や装置が開発されるはずである。このよ
ろう。
うなよい循環を作り出すことが我々研究者の課
このように考えてみると、教師が体験してい
題と考える。
る世界を学習者が実時間で理解することがいか
に難しいかがわかる。学習者が教師のある動作
を見ていると思っていても、それは実際には 0.5 5
まとめ
秒ほど前の動作である。また教師がその動作を
スキルサイエンスの目標については大局的な
意図しているのはその動作を行っているときで
はなく、その 0.3 秒ほど前である。とすると、学 観点から述べた。課題については究極の問題と
習者が見ている動作の意図は 0.8 秒前にすでに 思えるものを説明した。方法については現実的
教師のこころの中では発せられているというこ な観点から述べた。本稿が議論の素材となれば
とになる。教師と学習者の間には意識の上で1 幸いである。
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