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運動が抗うつ効果や記憶学習能力の向上をもたらす 分子メカニズムの解明

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運動が抗うつ効果や記憶学習能力の向上をもたらす 分子メカニズムの解明
第 31 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書
(30)
2014 年度 pp.30∼36(2016.4)
運動が抗うつ効果や記憶学習能力の向上をもたらす
分子メカニズムの解明
近 藤 誠*
島 田 昌 一*
STUDY OF THE MOLECULAR MECHANISM OF EXERCISE-INDUCED
ANTIDEPRESSANT EFFECTS AND LEARNING ENHANCEMENT
Makoto Kondo and Shoichi Simada
Key words: exercise, serotonin, 5-HT3 receptor, hippocampal neurogenesis, antidepressant effects.
緒 言
体である。5-HT3受容体は、脳において海馬や扁
桃体などの辺縁系領域に発現していることが知ら
運動は、動物の脳に対して分子、細胞レベルか
れていたが3)、海馬神経新生や記憶、情動とのか
ら行動レベルに至るまでさまざまな変化をもたら
かわりについての詳細は、分かっていなかった。
すことが知られている 。そしてこれまでに、運
本研究で我々は、運動による海馬神経新生の促進
動には海馬神経新生の促進効果やうつ病の予防・
効果や抗うつ効果、記憶学習能力の向上効果と
改善効果、記憶学習能力の向上効果など多くの有
5-HT3受容体とのかかわりについて検討を行った。
10)
益な効果があることが、実験動物やヒトで報告さ
方 法
れ て き た 2,9)。 脳 内 神 経 伝 達 物 質 の セ ロ ト ニ ン
(5-hydroxytryptamine; 5-HT)は、運動により海馬
A.実験動物
などの脳部位で遊離が増加し、運動が引き起こす
実験には、7 ∼ 9 週齢の C57BL/6J 雄マウス(野
脳の神経細胞・組織の形態的変化や記憶・情動な
生型マウス : WT)および5-HT3受容体欠損雄マウ
どの高次脳機能の変化に関与していることが示唆
ス(5-HT3受容体ノックアウトマウス : KO)を用
されていたが、その詳細な機序は明らかでなかっ
いた。すべての実験は、大阪大学遺伝子組換え実
た 。一方で、運動による抗うつ効果や記憶学習
験等安全委員会および動物実験委員会で承認を受
能力の向上効果は、うつ病や認知症などの精神・
けている(承認番号:遺03838-001,動医27-010-
神経疾患の病態解明や新たな予防法、治療法の確
007)。
4)
立の観点から大変注目されていた。
セロトニン受容体は、 7 種類のサブファミリー
B.海馬歯状回における分裂細胞の数と神経新
生の評価
からなり、現在14種類のサブタイプが同定されて
マウスの腹腔内に BrdU(bromodeoxyuridine)
いる 。そのほとんどが G 蛋白共役型受容体であ
を投与し、分裂細胞の標識を行った。マウスは、
るが、5-HT3受容体は唯一イオンチャネル型受容
深麻酔の後、 4 % パラホルムアルデヒド・リン
1)
* 大阪大学大学院医学系研究科神経細胞生物学講座 Department of Neuroscience and Cell Biology, Graduate School of Medicine, Osaka University, Osaka,
Japan.
(31)
C.うつ様行動テスト
酸緩衝液で灌流固定した後、脳を摘出し、 4 ℃で
一晩浸漬固定を行い、スクロース溶液で置換した。
1 .強制水泳試験
マウスの脳は、クリオスタットで厚さ20 µm の冠
円筒状容器(直径16 cm)に深さ10 cm まで水(24
状切片を作成した。BrdU の免疫組織化学的検出
∼25℃)を張り、容器の中にマウスを 6 分間入れ
は、2M HCl(37℃)30分、0.1M ホウ酸緩衝液(pH
た。 6 分間のうち、最後の 4 分間についてマウス
8.5)10分で行った。ブロッキングは、 3 % ウシ
の無動時間を計測した。
血 清 ア ル ブ ミ ン・ リ ン 酸 緩 衝 液(0.1% Triton
2 .尾懸垂試験
X-100含有)にて行い、抗原抗体反応では、以下
粘着テープを用いて、マウスを尻尾から逆さに
の抗体を用いた。抗 BrdU 抗体(ラット,Abcam
吊るし、 6 分間の無動時間を計測した。
D.自発活動の評価
社)
、 抗 NeuN(neuronal nuclei) 抗 体(マ ウ ス,
Millipore 社)
、抗 DCX(doublecortin)抗体(ヤギ,
マウスの自発活動は、スーパーメクス自発運動
Santa Cruz 社)
、Alexa 488 標 識 2 次 抗 体 お よ び
量測定システム3)を用いて計測した。
Alexa 568標識 2 次抗体(Invitrogen 社)。海馬冠
E.文脈条件付け恐怖記憶テスト
状切片について、連続する 4 枚(図 1 ∼ 3 )もし
恐怖条件付けとして、初日にマウスを床に電線
くは 8 枚(図 4 )の切片のうちの 1 枚の切片の陽
を敷いたチャンバーの中に入れ、150秒後に電気
性細胞の数を数え、ここで得られた数値を、各々
ショック(0.6 mA, 2 秒間)を与え、更にその
4 倍もしくは 8 倍した値を、海馬の全陽性細胞の
120秒後に 2 回目の電気ショックを与えた 3)。文
個数とした。海馬歯状回の蛍光画像は、共焦点顕
脈条件付け恐怖記憶テストでは、条件付けを行っ
微鏡(FV1000D,オリンパス社)で得た。
た24時間後に、マウスを同じチャンバーに 5 分間
D
WT
KO
Proliferation
C
B
Neuroɡenesis
A
図 1 .5-HT3受容体は定常状態で海馬歯状回における細胞増殖や神経新生に必要でない
Fig.1.The 5-HT3 receptor is not required for baseline cell proliferation or neurogenesis in the hippocampal dentate gyrus.
(A)The time course of the experiment for baseline cell proliferation and neurogenesis.(B)Representative images of the
hippocampal dentate gyrus, double-stained for BrdU and NeuN. Data for wild-type(WT)and htr3a-/-(KO)mice are
shown. Arrows indicate the BrdU/NeuN-double-labeled cells. Scale bars, 50 µm.(C, D)Quantification of the BrdU-labeled
cells(C)
(WT: n = 9 mice, KO: n = 8 mice)and the BrdU/NeuN-double-labeled cells(D)
(n = 5 mice)in the entire hippocampal dentate gyrus. ns; not significant(two-tailed t test)
. Means ± SEM are shown in all histograms.
(32)
入れ、電気ショックを与えない状態で、マウスが
差はみられなかった。これらの結果は、5-HT3受
フリージングを示した時間を測定した。
容体は、定常状態で海馬歯状回における細胞増殖
や神経新生には必要でないことを示している。
結 果
2 .運動による海馬歯状回の分裂細胞の増加と
A. 運 動 に よ る 海 馬 神 経 新 生 の 促 進 効 果 と
5-HT3受容体
5-HT3受容体
次に、運動による海馬歯状回の分裂細胞の増加
1 .海馬神経新生と5-HT3受容体
と5-HT3受容体の関連について検討を行った。マ
まず、海馬の神経新生と5-HT3受容体の関連を
ウスを、運動用の回転車輪のある運動環境(図
調べるために、5-HT3受容体ノックアウトマウス
2 A)で 6 日間飼育し(Day 1∼7 の 6 日間)、海
の海馬の神経新生について組織学的に検討した。
馬 歯 状 回 の 細 胞 増 殖 を 組 織 学 的 に 解 析 し た。
BrdU による分裂細胞の標識法を用いて、海馬歯
BrdU は Day 6 に 3 回投与し、Day 7 に脳を回収
状回の顆粒細胞下帯(subgranular zone)における
した(図 2 B)。野生型マウスでは、 6 日間の運
細胞増殖と神経新生を免疫組織化学法により解析
動によって、運動していないマウスと比較して、
した。マウスに BrdU を 4 日間投与(Day 1∼4 )
海馬歯状回における分裂細胞(BrdU+ 細胞)(図
し、 5 日目(Day 5 )もしくは29日目(Day 29)
2 D, E)や神経前駆細胞(BrdU+/DCX+ 細胞)の
にマウスの脳を回収し、各々、海馬歯状回におけ
増加(図 2 F, G)がみられた。一方で、5-HT3受
る分裂細胞(BrdU+ 細胞)もしくは BrdU 陽性の
容体ノックアウトマウスでは、運動後に分裂細胞
成熟顆粒細胞(BrdU+/NeuN+ 細胞)を定量的に
(BrdU +細胞)や神経前駆細胞(BrdU+/DCX+ 細
解析した(図 1 A, B)。その結果、5-HT3受容体ノッ
胞)の増加はみられなかった(図 2 D∼G)。また、
クアウトマウスの海馬歯状回における細胞増殖
野生型マウスと5-HT3受容体ノックアウトマウス
(cell proliferation: BrdU+ 細胞)(図 1 C)や神経新
で、 6 日間の運動量(回転車輪の総回転数)に差
生(neurogenesis: BrdU+/NeuN+ 細 胞)(図 1 D)
はみられなかった(図 2 C)。これらの結果により、
の程度は、野生型マウスと比較して同じ程度で、
5-HT3受容体が、運動による海馬歯状回の分裂細
D Non-exercise
Exercise
F
WT
A
B
E
C
***
G
KO
***
図 2 .5-HT3受容体は運動による海馬歯状回の分裂細胞や神経前駆細胞の増加に必要である
Fig.2.The 5-HT3 receptor is required for exercise-induced cell proliferation in the hippocampal dentate gyrus.
(A)Exercise condition.(B)The time course of the experiment for exercise-induced cell proliferation.(C)Total number of revolutions
of the running wheel for 6 days(wild-type; WT: n = 16 mice, htr3a-/-; KO: n = 15 mice)
.(D)Representative images of the hippocampal
dentate gyrus, double-stained for BrdU and NeuN. Data for WT and KO mice with or without exercise for 6 days are shown. Scale bars,
50 µm.(E, G)Quantification of the BrdU-labeled cells(E)
(n = 8 mice)and the BrdU/DCX-double-labeled cells(G)
(n = 4 mice)in
the entire hippocampal dentate gyrus.(F)A representative image of a BrdU/DCX-double-labeled cell(arrows indicated)
. Scale Bars, 20
µm. ***P < 0.001. ns; not significant(two-tailed t test)
. Means ± SEM are shown in all histograms.
(33)
C
B
Saline
SR 57227A
(5 mg/kg)
BrdU
NeuN
WT
A
**
**
BrdU
NeuN
D
KO
**
図 3 .5-HT3受容体刺激は海馬の神経新生を促進する
Fig.3.Stimulation of the 5-HT3 receptor promotes neurogenesis.
(A)The time course of the experiment for cell proliferation with or without SR 57227A treatment.(B)Representative
images of the hippocampal dentate gyrus, double-stained for BrdU and NeuN. Data for wild-type(WT)and htr3a-/-(KO)
mice after saline or SR 57227A(5 mg/kg)treatment are shown. Scale bars, 50 µm.(C, D)Quantification of the BrdUlabeled cells(C)and the BrdU/DCX-double-labeled cells(D)in the entire hippocampal dentate gyrus(WT: n = 5 mice,
KO: n = 4 mice)
. **P < 0.01. ns; not significant(two-tailed t test)
. Means ± SEM are shown in all histograms.
胞や神経前駆細胞の増加に必要であることが明ら
海馬の神経新生を促進することを示しており、
かとなった。
5-HT3受容体が海馬の神経新生を制御しているこ
3 .5-HT3受容体刺激が海馬神経新生に及ぼす
とが明らかとなった。
影響
5-HT3受容体作動薬(アゴニスト)投与による
4 .運動による海馬歯状回の神経新生の増加と
5-HT3受容体
5-HT3受容体刺激が、海馬の神経新生にどのよう
海馬歯状回の顆粒細胞下帯で誕生した新生細胞
な 影 響 を 及 ぼ す か 検 討 を 行 っ た。 マ ウ ス に、
は、数週間かけて成熟神経細胞となり、神経ネッ
5-HT3受容体アゴニスト SR 57227A を腹腔内投与
トワークに機能的に組み込まれる。そこで、マウ
し、その 2 時間後に BrdU を投与した。BrdU 投
スを 3 週間(Day 1∼22の21日間)運動環境で飼
与の24時間後に、マウスの脳を回収し、海馬歯状
育した後に、海馬歯状回の神経新生を解析した。
回における細胞増殖を組織学的に解析した(図
BrdU は、 初 め の 4 日 間(Day 1∼4 ) 投 与 し、
3 A)
。その結果、SR 57227A の投与により、海
Day 22に脳を回収した。そして、 3 週間運動した
馬 歯 状 回 に お け る 分 裂 細 胞(BrdU+ 細 胞)(図
マウスの海馬歯状回における BrdU 陽性の成熟顆
3 B, C)
、および神経前駆細胞(BrdU+/DCX+ 細胞)
粒細胞を定量的に解析した(図 4 A)。 3 週間の
の増加(図 3 D)がみられた。一方で、5-HT3受
運動後に、野生型マウスでは、運動していないマ
容体ノックアウトマウスに SR 57227A を投与し
ウ ス と 比 較 し て、BrdU 陽 性 の 成 熟 顆 粒 細 胞
ても、分裂細胞(BrdU+ 細胞)や神経前駆細胞
(BrdU+/NeuN+ 細胞)の増加がみられた(図 4 C,
(BrdU+/DCX+ 細胞)の増加はみられなかった(図
D)。一方で、5-HT3受容体ノックアウトマウスで
3 B∼D)
。これらの結果は、5-HT3受容体刺激が
は、運動後に BrdU 陽性の成熟顆粒細胞(BrdU+/
(34)
C
Non-exercise
Exercise
WT
A
B
***
KO
D
図 4 .5-HT3受容体は運動による海馬歯状回の神経新生の増加に必要である
Fig.4.The 5-HT3 receptor is required for exercise-induced hippocampal neurogenesis.
(A)The time course of the experiment for exercise-induced hippocampal neurogenesis.(B)Total number of revolutions of
the running wheel for 3 weeks(wild-type; WT: n = 10 mice, htr3a-/-; KO: n = 12 mice)
.(C)Representative images of the
hippocampal dentate gyrus, double-stained for BrdU and NeuN. Data for WT and KO mice with or without exercise for 3
weeks are shown. Arrows indicate BrdU/NeuN-double-labeled cells. Scale bars, 50 µm.(D)Quantification of the BrdU/
NeuN-double-labeled cells in the granule cell layer of the entire hippocampal dentate gyrus(n = 5 mice). ***P < 0.001. ns;
not significant(two-tailed t test)
. Means ± SEM are shown in all histograms.
NeuN+ 細胞)
の増加はみられなかった(図 4 C, D)。
水泳テスト(図 5 A, B)と尾懸垂テスト(図 5 D)
また、野生型マウスと5-HT3受容体ノックアウト
において無動時間の減少がみられ、運動による抗
マウスで、3 週間の運動量(回転車輪の総回転数)
うつ効果を認めた。一方で、5-HT3受容体ノック
に差はみられなかった(図 4 B)
。これらの結果
アウトマウスでは、強制水泳テストと尾懸垂テス
により、5-HT3受容体が運動による海馬の神経新
トともに、 3 週間の運動後に無動時間の減少はみ
生の増加に必要であることが明らかとなった。
られなかった(図 5 A, C, D)。また、 3 週間の運
B.運動による抗うつ効果や記憶学習能力の向
上効果と5-HT3受容体
動の有無にかかわらず、野生型マウスと5-HT3受
容体ノックアウトマウスでは、自発活動量に差は
1 .運動による抗うつ効果と5-HT3受容体
みられなかった(図 5 E)。これらの結果から、
まず、運動による抗うつ効果と5-HT3受容体の
5-HT3受容体は、運動による抗うつ効果に必要で
関連について検討を行った。マウスを 3 週間運動
あることが明らかとなった。
環境に入れた後に、強制水泳テストと尾懸垂テス
2 .運動による記憶学習能力の向上効果と
トを行い、マウスのうつ様行動を解析した。強制
5-HT3受容体
水泳テストでは、水を入れた円筒形の容器にマウ
次に、運動による記憶学習能力の向上効果と
スを 6 分間入れ、最後の 4 分間の無動状態の時間
5-HT3受容体の関連について検討を行った。記憶
を測定した。また、尾懸垂テストではマウスを尻
学習行動は、海馬依存的な学習テストである文脈
尾から逆さに吊るし、 6 分間の無動時間を測定し
条件付け恐怖記憶テストによって解析した。マウ
た。 3 週間の運動後に、野生型マウスでは、強制
スを 3 週間運動環境に入れた後に、恐怖条件付け
(35)
A
**
B
E
C
F
G
D
*
**
*
図 5 .5-HT3受容体は運動による抗うつ効果に必要であるが、記憶学習能力の向上効果には必要でない
Fig.5.The 5-HT3 receptor is required for exercise-induced antidepressant effects, but not for learning enhancement.
(A-C)The forced swim test for assessing antidepressant-like behavior. Duration of the immobility time in the last 4 min
(from the third to sixth minute)
(A)and across the 6 min in the forced swim test of wild-type(WT)and htr3a-/-(KO)mice
with or without exercise for 3 weeks(B, C)
(WT: n = 10 mice, KO: n = 9 mice)
.(D)The tail suspension test. Duration of
the immobility time in the 6 min test session of WT and KO mice with or without exercise for 3 weeks(WT: non-exercise, n
= 11 mice, exercise, n = 10 mice, KO: n = 10 mice)
.(E)Spontaneous activity of WT and KO mice with or without exercise
for 3 weeks.(F, G)Contextual fear conditioning test.(F)Freezing responses immediately after the foot shock.(G)Contextual freezing responses 24 h after conditioning of WT and KO mice with or without exercise for 3 weeks(WT: nonexercise, n = 9 mice, exercise, n = 8 mice, KO: n = 10 mice). *P < 0.05, **P < 0.01. ns; not significant(two-tailed t test)
.
Means ± SEM are shown in all histograms.
を行い、その翌日に文脈条件付け恐怖記憶テスト
の神経新生を阻害すると抗うつ薬による抗うつ効
を行った。その結果、 3 週間の運動によって、野
果が消去されることが報告されており、抗うつ効
生型マウスと5-HT3受容体ノックアウトマウスと
果発現には、海馬神経新生の促進が重要であると
もに、運動していない各々のマウスと比較して、
考えられている8)。しかし、現在用いられている
フリージング時間が延長しており、文脈記憶学習
抗うつ薬では、投与後に神経新生の増加や臨床効
の能力の向上がみられた(図 5 F, G)。これらの
果が表れるまでに数週間を要し、効果の発現が遅
結果から、5-HT3受容体は、運動による記憶学習
いことに加え、治療抵抗性の患者が少なくないこ
能力の向上効果には必要でないことが明らかと
とが問題点として挙げられる。
なった。
一方、運動には、マウスやラットなどの実験動
考 察
物やヒトにおいて、海馬神経新生の促進効果や抗
うつ効果があることが知られている。運動により
うつ病は、生涯有病率が10%を超える我々に
脳内でセロトニンの遊離が増加し、海馬神経新生
とって身近な疾患であり、うつ病のもたらす社会
の促進効果や抗うつ効果に関与していることが示
的損失は大変大きい。厚生労働省による「21世紀
唆されていたが、運動した動物の脳でセロトニン
における国民健康づくり運動(健康日本21)」に
がどのように作用しているのか、その機序は明ら
おいても、うつ病の対策は、「こころ」の健康の
かでなかった4)。我々は、マウスを用いた本研究
点で、予防や早期治療の必要性が重要視されてい
により、運動による海馬神経新生の増加や抗うつ
る。現在、うつ病の薬物治療には選択的セロトニ
効 果 に 5-HT3 受 容 体 が 必 須 で あ る こ と、 更 に
ン再取り込み阻害薬(SSRI)を主体とする抗う
5-HT3受容体作動薬が投与24時間後の早期に海馬
つ薬が用いられているが、うつ病患者の約 3 分の
神経新生を促進することを明らかにした5)。一方
1 では十分な治療効果が得られていない。また、
で、 運 動 に よ る 記 憶 学 習 能 力 の 向 上 効 果 に は
抗うつ薬は海馬の神経新生を促進することが示さ
5-HT3受容体は必要でないことが明らかとなっ
れており、この促進効果が臨床効果と同じ時間経
た。本研究により、運動がもたらす脳の形態的変
過で認められること、更に X 線照射により海馬
化(海馬神経新生の増加)や、動物の行動レベル
(36)
の変化(抗うつ効果)に必須の役割を担う5-HT
たらすことが明らかとなった。運動にうつ病予
受容体が明らかとなり、運動時の脳内におけるセ
防・改善効果があることは実験動物やヒトで報告
ロトニンの作用機序が初めて明らかとなった。こ
されており、本研究成果は、うつ病に対する新た
の結果は、これまで明らかでなかった運動が脳の
な予防・治療法の確立に貢献できる発展性をもつ
形態や機能に与える影響の分子メカニズムの解明
と考えられる。本研究は、原著論文5)および総説6,7)
につながるものと考えられる。更に、本研究成果
として発表した。
から5-HT3受容体を標的とする薬剤が、うつ病の
新しい治療薬の候補となりうることが示唆され
る。しかし、5-HT3受容体が抗うつ効果に重要と
考えられる海馬神経新生にどのようにかかわり、
謝 辞
本研究への助成を賜りました公益財団法人明治安田厚
生事業団ならびに関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
その刺激が抗うつ効果をもたらすのか、詳細な機
序は明らかでない。一方、BDNF や IGF-1などの
神経栄養因子は、海馬の神経幹細胞を刺激して神
経新生を促進し、また抗うつ効果をもたらす重要
因子であることが知られている。現在我々は、運
動により海馬で神経栄養因子が増加することに着
目し、更に研究を進めている。そして、薬理学的
および組織学的な解析から、神経栄養因子の分泌
が5-HT3受容体を介して制御されていることを示
唆する結果が得られている(論文準備中)。この
研究は、運動による海馬の神経新生促進作用のメ
カニズムの直接的な証明につながるものである。
今後は更に、5-HT3受容体を介する海馬神経新生
の制御機構の解析を進めていき、「運動の抗うつ
効果」の詳細な機序の解明から、うつ病の効果的
な新しい治療法や予防法の確立を目指した研究へ
と展開していきたいと考えている。
総 括
本研究により、運動によってマウスの海馬で遊
離が増加したセロトニンは、5-HT3受容体を介し
て海馬神経新生を増加させ、更に抗うつ効果をも
1)Barnes NM, et al.(1999)
: A review of central 5-HT receptors and their function. Neuropharmacology, 38, 10831152.
2)Kondo M, et al.(2012)
: Motor protein KIF1A is essential
for hippocampal synaptogenesis and learning enhancement
in an enriched environment. Neuron, 73, 743-757.
3)Kondo M, et al.(2014)
: The 5-HT3A receptor is essential
for fear extinction. Learn Mem, 21, 1-4.
4)Kondo M, et al.(2015): Serotonin and exercise-induced
brain plasticity. Neurotransmitter, 2, e793.
5)Kondo M, et al.(2015): The 5-HT3 receptor is essential
for exercise-induced hippocampal neurogenesis and antidepressant effects. Mol Psychiatry, 20, 1428-1437.
6)Kondo M, et al.(2015)
: Exercise-induced neuronal effects
and the 5-HT3 receptor. Neurotransmitter, 2, e764.
7) 近 藤 誠(2016)
: ブ レ イ ン サ イ エ ン ス・ レ ビ ュ ー
2016.初版,237-262,クバプロ,東京.
8)Santarelli L, et al.(2003): Requirement of hippocampal
neurogenesis for the behavioral effects of antidepressants.
Science, 301, 805-809.
9)Strawbridge WJ, et al.(2002): Physical activity reduces
the risk of subsequent depression for older adults. Am J
Epidemiol, 156, 328-334.
10)van Praag H, et al.(2009)
: Exercise and the brain: something to chew on. Trends Neurosci, 32, 283-290.
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