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Title 地方財政赤字の政治経済学 : 米英独仏との比較における 日本
Title Author(s) Citation Issue Date URL 地方財政赤字の政治経済学 : 米英独仏との比較における 日本( Abstract_要旨 ) 和足, 憲明 Kyoto University (京都大学) 2012-09-24 http://hdl.handle.net/2433/160962 Right Type Textversion Thesis or Dissertation none Kyoto University ( 続紙 1 ) 京都大学 論文題目 博士( 法 学 ) 氏名 和足 憲明 地方財政赤字の政治経済学-米英独仏との比較における日本- (論文内容の要旨) 本論文は「なぜ日本の地方財政赤字が大きいか」を問う。本論文の分析期間 で あ る 1975- 2000年 度 に お け る 地 方 債 依 存 度 ( 地 方 政 府 歳 入 に 占 め る 地 方 債 の 割 合 ) は 平 均 11.3%に 、 2000年 度 に お け る 地 方 債 務 残 高 対 GDP比 は 、 36.0% に も 達している。本論文は日本を米英独仏と比較し、地方財政赤字を決定する要因 を探る。各国のデータを分析し、地方財政赤字が小さいグループ(アメリカ・ イギリス・民営化以降のフランス)と地方財政赤字が大きいグループ(日本・ ド イ ツ ・ 民 営 化 以 前 の フ ラ ン ス ) に 分 類 す る 。 な お 、 フ ラ ン ス に 関 し て は 、 19 82年 の 地 方 分 権 改 革 に よ っ て 、 地 方 債 に 対 す る 中 央 統 制 が 廃 止 さ れ た こ と 、 及 び 、 地 方 債 引 受 を 中 心 的 に 担 っ て い た 公 的 金 融 機 関 が 、 1987年 以 降 、 民 営 化 さ れ た こ と か ら 、 ① 分 権 改 革 以 前 の フ ラ ン ス ( 1975- 1981) 、 ② 分 権 改 革 以 降 - 民 営 化 以 前 の フ ラ ン ス ( 1982- 1986) 、 ③ 民 営 化 以 降 の フ ラ ン ス ( 1987- 200 0) と い う 時 期 区 分 を 行 っ て い る 。 ① ② の フ ラ ン ス が 地 方 財 政 赤 字 の 大 き い グ ループに、③が小さいグループに属することとなる。 な ぜ 、 ア メ リ カ ・ イ ギ リ ス ・ 民 営 化 以 降 の フ ラ ン ス ( 1987- 2000) と 比 較 し て 、 日 本 ・ ド イ ツ ・ 民 営 化 以 前 の フ ラ ン ス ( 1975- 1986) は 、 地 方 財 政 赤 字 が 大きいのかというパズルに対する解答は、①起債統制規律と②市場規律が、地 方財政赤字を決定するというものである。すなわち、歳入最大化を求める地方 政府に対して、①起債統制規律と②市場規律のどちらか一方でも機能した場合 に、地方財政赤字は小さくなり、どちらも機能しない場合には、地方財政赤字 は大きくなる。 起債統制規律とは、地方政府の起債総額に対する中央統制による規律のこと である。起債統制規律の強弱は、地方政府の起債総額に対する中央統制が存在 するか否か、さらに中央統制が存在する場合には、中央統制アクターが何であ るかということによって決定される。中央統制アクターには二種類あり、日本 の旧自治省のような地方自治担当省庁と、旧大蔵省のような財政担当省庁であ る。地方自治担当省庁とは、地方行財政を所管する中央省庁のことであり、地 方自治を擁護し地方財政全般について広範な権限を有する。一方予算編成を所 管する中央省庁である財政担当省は、地方財政を国家財政の観点からコントロ ールをはかる。起債統制規律の強弱は、地方政府の起債総額を統制する中央政 府のアクターが、存在しないか、地方自治担当省庁であるか、財政担当省庁で あるか、によって決定される。 中央統制アクターが存在しない場合、起債統制規律は弱い。中央統制アクタ ーが、地方自治担当省庁である場合もやはり、起債統制規律は弱い。地方自治 担当省庁は、財源確保を図ろうとする地方政府の利益を擁護するからである。 中央統制アクターが、財政担当省庁の場合、起債統制規律は強い。財政担当省 庁は、予算規模の抑制による裁量性の確保を志向するからである。 いっぽう、市場規律とは、地方債引受に対する市場圧力による規律のことで ある。市場規律の強弱は、地方債引受の市場構造が、公的資金中心型市場構造 か、民間資金中心型市場構造か、によって決定される。地方債引受の市場構造 とは、地方政府が利用可能な公的資金制度の存在とその市場における優位性で あり、地方政府の行動を制約する制度=ゲームのルールである。地方債引受の 市場構造が、地方政府の行動を制約し、地方政府の行動が、地方財政赤字に影 響を与えるという流れの因果関係である。 本論文において、地方債引受の市場構造が、公的資金中心型か、民間資金中 心 型 で あ る か の 基 準 と し て は 、 地 方 債 引 受 に 占 め る 比 率 が 平 均 50%を 超 え る か 否かに設定されている。地方債引受が、政府系金融機関などの公的資金中心型 市場構造の場合、地方債引受に市場原理が働きにくいため、市場規律は弱くな る。地方政府が大量の公的資金を利用可能であり、大部分の地方債が公的資金 によって引き受けられるならば、地方債は市場の消化能力とは無関係に発行可 能となるからである。地方債引受が、民間資金中心型市場構造の場合、地方債 引受に市場原理が働くため、市場規律は強くなる。地方政府が利用可能な公的 資金が制約され、大部分の地方債が市場において消化されるならば、地方債の 発行額は市場の消化能力によって制約されるからである。 以上の仮説を、各国の独立変数を検討した上で、計量分析によって検証して いる。さらに、日本における地方財政赤字の政治過程を分析することにより、 独立変数と帰結の因果メカニズムを明確化する作業を行っている。すなわち地 方債計画の策定過程、地方財政対策、地方債計画による地方債引受資金の決 定、を順次検討し、地方自治担当省庁である自治省(現総務省)は、地方利益 を擁護する行動を取る。また、地方債計画の策定権限を独占することによっ て、地方債をめぐるゲームを、総額は前提の上で、引受措置をめぐるゲームに 縮減し、地方政府に有利な引受措置を獲得することに成功していることを示 す。 さ ら に 、 日 本 に お い て 2001年 以 降 行 わ れ た 諸 改 革 を 検 討 し 、 起 債 統 制 規 律 = 中央統制アクターと市場規律=地方債引受の市場構造という独立変数の継続性 を指摘することによって、本稿の主張が、制度改革を経てもなお、妥当すると 主張している。 (続紙 2 ) (論文審査の結果の要旨) 本論文は、日本における地方財政赤字の拡大とその直接的な原因である地 方債発行額の増大に触発され、先進諸国における地方財政赤字の比較を行っ たものである。地方財政にかかる統計データは整備が行き届いておらず、と くに地方債の引受に関するデータは不十分であり、また規格の統一性も低 い。筆者はこうした障害を丹念な情報収集・整理と分析によって乗り越え、 日 英 独 仏 米 の 5カ 国 に お け る 比 較 分 析 を 行 っ た 。 こ の 5カ 国 は 単 に そ れ ぞ れ が 重要なケースであるにとどまらず、連邦制国家と単一主権国家、英米法系国 家と大陸法系国家をカバーしており、比較行政研究におけるケースの選択と して適切である。 また、従来の同種の研究においては、「中央統制」におけるアクターとそ の選好に立ち入ることなくそうした中央からの統制の有無だけをもって独立 変数としてきた傾向があるが、本論文では、中央統制アクターとして、地方 自 治 担 当 省 庁 と 財 政 担 当 省 庁 の 2種 を あ げ 、 後 者 の 統 制 の み が 有 効 で あ る と い う仮説を提示して検証を行い、その結果として財政担当省庁からの中央統制 または市場による規律のどちらかが働けば、地方債の発行が抑制されるとい う結論を導いている点で先行研究への重要な修正・貢献であるといえよう。 本論文には問題もある。まず、筆者は「地方債引受の市場構造とは、(・ ・中略・・)地方政府の行動を制約する制度=ゲームのルールである。」と しながらも、地方債引受の市場構造が、公的資金中心型か、民間資金中心型 で あ る か の 基 準 と し て は 、 地 方 債 引 受 に 占 め る 比 率 が 平 均 50%を 超 え る か 否 か に設定している。これは、各国の引受市場の構造の特徴を記述するための設 定であり統計分析においては実際の各国各年度のパーセンテージが使われて いるものの、地方債市場における「結果」であって「制度」「規律」「ゲー ムのルール」であるかと問われれば疑問が残る。 また、本論文では、日本における地方財政赤字の行政内部の過程、すなわ ち地方債計画の策定過程、地方財政対策、地方債計画による地方債引受資金 の決定を順次検討し、地方自治担当省庁である自治省(現総務省)がいかに 地方利益を擁護する行動を取り、また地方債計画の策定権限を独占すること によって、地方債をめぐるゲームにおいて、地方政府に有利な引受措置を与 え て い る か を 示 し て い る 。 し か し 、 こ れ に 対 応 す る 他 の 4カ 国 に お け る 政 治 行 政 過 程 の 分 析 に は 粗 密 が み ら れ 、 体 系 的 な 5カ 国 の 比 較 研 究 と し て は 不 完 全 で ある。 しかしこうした点は筆者の今後の研究で克服すべき課題であると認識され ており、また手堅い比較研究としての本論文の学界への貢献を否定するもの ではない。 以上の理由により、本論文は博士(法学)の学位を授与するに相応しいも のと認められる。 な お 、 平 成 24年 8 月 20日 に 調 査 委 員 3名 が 論 文 内 容 と そ れ に 関 連 し た 試 問 を 行った結果合格と認めた。