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コンテンツ産業の発展と政策対応

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コンテンツ産業の発展と政策対応
FRI 研究レポート
No.47 April 1999
コンテンツ産業の発展と政策対応
−シリコンアレー−
研究員 湯川 抗
コンテンツ産業の発展と政策対応
−シリコンアレー−
研究員 湯川 抗
【要 旨】
1.我が国においてコンテンツ産業を政策的に支援するためにはどのような方法があるの
だろうか。政策的支援方法を考える上では、近年米国の大都市中心部において次々と
生まれているコンテンツ産業の集積地域から学ぶところは大きいと考えられる。本稿
ではニューヨークのシリコンアレーと呼ばれるコンテンツ産業の集積地域の実態調査
を行なうことで、先にサンフランシスコにおいて行なった調査で検証した、コンテン
ツ産業の集積による発展のメカニズムと、集積地域の条件を再検討すると共に、コン
テンツ産業の発展に都市政策が果たした役割に関して明らかにした。
2.コンテンツ産業には、①コンテンツ制作の本質、②コンテンツ企業の特徴、③仕事の
進め方という3点から企業や専門家同士のアクテビティが近 接している ような立地条件が
重要であり、コンテンツ産業にはこうして集積することにより加速度的に発展してい
く性質がある。
3.コンテンツ産業が集積する地域には、①ソーシャルアメニティの高さ、②安価なスペ
ース、③アーティストの集積、④関連する教育機関という条件が必要である。また、
ニューヨークにおいては元々ニューヨークに立地していたメディア関連産業と金融業
といった既存の産業がコンテンツ産業の発展に果たした役割も大きい。
4.シリコンアレーの発展には政策が果たした役割が大きい。これは集積により加速度的
に発展するというコンテンツ産業の性質と、都市が本来的にもっていた地域的条件を
利用して、政府が直接的(地域再活性化計画の策定)
、間接的(空きビルの改装・宣伝)
支援を効果的に行なったからである。
5.コンテンツ産業が集積することで発展し、そうした集積がおこる場所には一定の条件
が存在するのであれば、我が国において今後コンテンツ産業を振興していくにあたっ
ては、条件の整った都市で集中的に支援していくことが有効であろう。また、そのよ
うな都市においては既にコンテンツ産業集積の萌芽がみられる可能性もあり、我が国
コンテンツ産業の実態と政策対応に関して研究を進める必要がある。
目 次
I. はじめに........................................................................................................ 1
II. 研究の概要 .................................................................................................. 1
1
2
3
4
目的 .......................................................................................................................... 1
既存の文献調査 ........................................................................................................ 2
調査の方法 ............................................................................................................... 3
定義 .......................................................................................................................... 3
III. ニューヨークにおけるコンテンツ産業とシリコンアレー ......................... 4
1
2
ニューヨークにおけるコンテンツ産業.................................................................... 4
シリコンアレー ........................................................................................................ 5
IV. 集積と発展の関係−近接立地(Proximity)の重要性 ................................ 9
1
2
集積による発展のメカニズム .................................................................................. 9
ニューヨークにおけるコンテンツ企業の集積と発展.............................................. 9
V. なぜニューヨークに集積したか −インキュベーターとしての都市........... 13
1
2
3
4
5
6
ニューヨークの魅力............................................................................................... 13
ソーシャルアメニティ ........................................................................................... 15
スペース ................................................................................................................. 16
アーティストの集積............................................................................................... 17
関連教育機関.......................................................................................................... 17
既存の産業 ............................................................................................................. 18
VI. 政策の果たした役割 .................................................................................. 20
1
2
3
4
5
政策の背景と概要................................................................................................... 20
プレイヤー ............................................................................................................. 26
効果 ........................................................................................................................ 30
政策が成功した理由............................................................................................... 37
今後の展望 ............................................................................................................. 39
VII. まとめ...................................................................................................... 40
1
2
3
集積の意義 ............................................................................................................. 40
集積地域の条件 ...................................................................................................... 40
政策対応の方向性................................................................................................... 41
VIII. 今後の研究課題...................................................................................... 41
1
2
日本のコンテンツ産業実態調査............................................................................. 41
地域条件・政策的支援方法の洗練 ......................................................................... 41
(Interview) .................................................................................................. 42
(参考文献) .................................................................................................... 43
(参考ホームページ)...................................................................................... 44
I. はじめに
我々はコンテンツ産業を今後の我が国にとって重要な知識集約型産業と位置づけ、研究
を行なってきた。本研究は、我が国においてコンテンツ産業を発展させるにはどのような
政策が有効であるのかを提言することを最終的な目的としている。そのための方法論を確
立するため、米国の先進事例から考えるとコンテンツ産業はある地域に集中して立地する
ことによって発展する性質があるのではないかという仮説に基づき、まずサンフランシス
コのマルチメディア・ガルチと呼ばれるコンテンツ産業の集積地域を調査した。調査項目
は、①コンテンツ産業の集積と発展にはどのような関係があるのか、②なぜサンフランシ
スコに集積したのか、③政策の果たした役割は何か。という3点であった。
その結果、①に関しては、マルチメディアガルチにおいてコンテンツ企業は、(1)コンテ
ンツ制作の本質、(2)コンテンツ企業の特徴、(3)仕事の進め方という3点から、企業や専門
家同士のアクテビティが近接しているような立地条件が重要だったため、集積する事によ
って産業全体が発展していることが分かった。②に関しては、サンフランシスコという都
市は、 (1)高いソーシャルアメニティ、(2)安価なスペース、(3)アーティストの集積、(4)関
連教育機関 といったコンテンツ産業のインキュベーターとしての都市機能を本来的に備え
ていたために集積がおこったという事が分かった。そして、③に関しては、マルチメディ
アガルチの誕生に対して市当局は何の政策的な役割も果たしていない事を発見した。1
本稿ではサンフランシスコでの調査に基づいて、コンテンツ産業の発展のために地方政
府が積極的にインセンティブを与えたと言われるニューヨークのシリコンアレーと言われ
るコンテンツ産業の集積地域において行なった同様の実態調査の結果に関して述べる。
II. 研究の概要
1 目的
先に述べたように本研究では、日本全体としてコンテンツ産業を育成していくために
はどのような方法があるのかを提言することを最終的な目標としている。特に、本稿では
サンフランシスコにおける調査で検証した以下の仮説の普遍性をニューヨークでの実態調
査を通じて再度検討し、コンテンツ産業を発展させるにはどのような都市政策が有効なの
かを明らかにすることを目的とする。
1
詳しくは、FRI 研究レポート No.40 「コンテンツ産業の地域依存性−マルチメディア
ガルチ」参照。
1
①コンテンツ産業は集積することにより、加速度的に発展していく性質がある。
サンフランシスコの調査において、コンテンツ企業は互いに近接して立地することでイ
ンフォーマルなコミュニケーションを通じて情報を共有すると共に、コラボレーションを
促して新しいアイディアや作品を生み出し、産業全体が発展しているという現状を把握す
ることができた。本稿では、ニューヨークにおいても同様の分業・連携が行われているか
どうかを分析し、上記の仮説を再検討する。
②コンテンツ産業の集積はある条件を満たすような地域にしか起こらない。
サンフランシスコにおける調査の結果から、コンテンツ産業が集積するには、ソーシャ
ルアメニティ、安価なスペース、アーティストの集積、関連する教育機関という地域の条
件が必要であり、これらの条件を備える地域は「文化的水準の高い大都市」ということに
なる。本稿ではこうした条件を再検討し、他にはどのような条件が考えられるのかに関し
ても分析を加える。
③条件を満たす地域においては政策による効果が期待できる。
サンフランシスコの調査では、市当局はコンテンツ産業の集積の形成に何の役割も果た
していないことが分かった。しかし、全米の中でもコンテンツ産業が集積しているといわ
れる他の都市の現状から考えると、条件を備えた都市においては政策的なインセンティブ
にコンテンツ産業を発展させる効果が期待できると思われる。本稿ではニューヨークにお
いて市当局、及び各種団体の行なった政策を分析する。
2 既存の文献調査
ニューヨークにおけるコンテンツ産業の実態に関しては、Coopers & Lybrand が1996
年4月と1997年10月にNew York New Media Association (NYNMA) の委託を受けて“New
York New Media Industry Survey”という調査を行っている。この調査は、急激に成長し
ているコンテンツ関連産業の規模、性質、地理的な分布状況などを把握するため、ニュー
ヨーク州と市の経済開発公社から支援を受けて行われた。この調査では関連団体のデータ
ベースを基にアンケート調査を行うことで、SICコードのような既存の産業分類で把握す
る事が困難なニューヨーク市のコンテンツ産業の実態を、ある程度定量的に捕捉している。
調査項目は産業の規模、企業活動の内容、従業員の人数、コンテンツ産業にとってのニュ
ーヨークの魅力などに及ぶ。
調査を担当したNYNMAのExecutive DirectorであるAlice O’Rourkeは、継続的に調査
2
を行なうことで、急激に発展するニューヨークの“New Media Industry”を世界にアピー
ルしたという点と、起業家達に今や自分達はニューヨーク大都市圏に5000社もの規模をも
つ発言力のある産業なのだという事を認識させて勇気を与えた点で大きな意味があったと
話している。現在、他にはニューヨークに集積するコンテンツ産業に関する調査はなされ
ておらず、Coopers & Lybrandの調査は、現在唯一の利用可能なデータだといえる。
3 調査の方法
研究目的と利用可能な過去の調査から、本稿では既存文献の内容の分析とインタビュー
を主体とする実態調査により、ニューヨーク市におけるコンテンツ産業の集積による発展
の現状、そのような集積が起こった都市の条件、政策の果たした役割を分析する。また、
特にニューヨーク市がコンテンツ産業に対して行なった政策の効果について詳しい分析を
加えるため、インタビュー調査は政府機関、政策実行に関わったNPO、起業家を中心に、
ニューヨーク市でも、特にコンテンツ産業の集積が進んでいる「シリコンアレー」に関し
て行なっている。調査項目は以下の通りである。
① コンテンツ産業の集積と発展にはどのような関係があるのか。
② なぜニューヨークに集積したのか。
③ 政策の果たした役割はなにか。
4 定義
前述の“New York New Media Industry Survey”においては“New Media Industry”を、
「個人の消費者、または企業によってインタラクティブに使用される製品・サービスを創
造する情報産業」としている。そして、具体的には、
「コンテンツのデザイン・開発」
、
「コ
ンテンツのパッケージとマーケティング」、「コンテンツの配給」、「エレクトロニック・コ
マース」、「ソフトウエア開発」、「コンテンツ作成のツール作成」、「こうした企業に付帯す
るサービス業」を行っている企業を“New Media Industry”と定義しており、主にニュー
ヨークに集積してきているコンテンツ産業を念頭においていることがわかる。本稿におい
てもこの定義をそのまま活用し、
“New Media Industry”を「コンテンツ産業」として分析
を行う。
3
III. ニューヨークにおけるコンテンツ産業とシリコンアレー
ニューヨーク市は全米の中でも、最もコンテンツ産業が集積している都市のひとつであ
る。2ニューヨーク大都市圏(ニューヨーク州、ニュージャージー州、コネティカット州)
のコンテンツ産業のうち54%はニューヨーク市に立地しており、ニューヨーク市も90年代
後半からコンテンツ産業を政策的に支援している。3以下では、ニューヨーク市におけるコ
ンテンツ産業の発展と、なかでも特に集積が進んでいるといわれるシリコンアレーに関し
て述べる。
1 ニューヨークにおけるコンテンツ産業
コンテンツ産業は、ニューヨーク市で最も急激に成長している産業だと言われている。
96年4月には18億ドルだったニューヨーク市におけるコンテンツ産業の総収入は、97年10
月の調査では28億ドルに増加しており、わずか18ヵ月間で約56%も増加している。4他の
メディア関連産業と比較しても、95年から96年の1年間にフルタイム雇用者数は50%、給
与総額は78%も増加しており、他を圧倒している。従業員一人当たりの給与額は他のメデ
ィア関連産業と比較するとかなりの低水準といえるが、これも1年間で18%と、2番目の伸
び率になっている。
(図表 1)
996 年)
図表 1 ニューヨー
ーヨーク市のメデ
のメディア関連産
関連産業(1996
産 業
コンテンツ
広告
雑誌
映画・ビデオ制作
テレビ放送
書籍
新聞
ケーブルテレビ
フルタイム
雇用者数
27,488
27,528
26,543
20,941
17,164
13,599
12,764
8,832
増減率
(’95-’96)
50%
6%
-1%
6%
-2%
0%
-2%
12%
給与総額
(百万$)
$1,022
$1,972
$1,854
$1,227
$1,475
$750
$795
$553
増減率
(’95-’96)
78%
9%
3%
13%
22%
7%
3%
8%
従業員一人
あたり給与
$37,212
$71,637
$69,849
$58,640
$85,938
$55,151
$62,287
$62,611
増減率
(’95-’96)
18%
3%
4%
6%
24%
7%
5%
-4%
(資料) Coopers & Lybrand, 1997 より作成
Federal Reserve Bank of New Yorkによれば、95年から97年の間の市の給与所得税の増
加分のうち、コンテンツ産業は7.8%を占めるにとどまっており、市の経済にそれほど大き
な影響を与えていないといえる。しかし、同じ期間のコンテンツ産業の従業員数の増加分
では、ニューヨーク市全体の増加分の38%を占めており、雇用の観点からみると産業とし
A.T. Kearney, p2
Coopers & Lybrand, 1997, p26
4
ibid., p29
2
3
4
ての存在感を増している事が分かる。5
アメリカの好景気に支えられて既存の産業が好調な近年のニューヨーク市にとって、コ
ンテンツ産業はそれほど経済的な影響力を持つ産業ではない。しかし、その雇用の吸収力
と、本格的な情報化社会の到来に向けて今後とも急激に発展する可能性がある事から、市
当局としても支援を行なっているものだと考えられる。
2 シリコンアレー
このように、ニューヨークにおいてコンテンツ産業は急速に発展してきているが、ニュ
ーヨーク市のなかでも特にマンハッタンの南側に多くの企業が集積しており、シリコンア
レーと呼ばれている。シリコンアレーの地域的な定義には様々なものがある。NYNMAは
41丁目より南側をシリコンアレーとしており、ニューヨーク市全体のコンテンツ産業のう
ち約42.5%が立地していることを発見している。 6他にも、14丁目や23丁目より南側とす
る説、郵便番号が10011と10012の地域とする説や、特定の場所を指すというよりはマン
ハッタンのコンテンツ企業のコミュニティと同義語とするという説等がある。
(図表 2)
図表 2 シリ
シリコンアレー
アレー
41nd
41nd ST
23r
23rd ST
Flati
atiron
Dist
istrict
14t
14th ST
yyyy
aaaa
WWWW
d
aaaa
oooo
rrrr
BBBB
SOHO
NYITC
5
6
Federal Reserve Bank of New York, p2
ibid, p2
5
シリコンアレーの発祥の地とされているのは23丁目西側のFlatiron District7とSOHO8
である。これらの地域にはかつて小規模の製造業があり、大きなロフトスペースを使用し
ていた。その後そうした産業が衰退するに伴い、それらのスペースが利用可能となり、60
年代に入ると、採光がよく安くて大きなアトリエを探していた芸術家達がロフトをアトリ
エとして利用するようになる。特にSOHOは今でもアートの街として有名であり、多くの
アーティスト達が暮らし、アメリカで一番ギャラリーが集積している地域といわれている。
(図表 3)
図表 3 SOHO の風景
の風景
その後いったん家賃は上昇するが、80年代後半に始まった不況の影響から再び下落する。
90年代の初め、これらの地域の家賃は当時1sqftあたり10-15ドル(1㎡あたり約12,400∼
18,500円9)であり、マンハッタンの中の便利で安全な場所のうちでは最も家賃が安い地域
となった。10また、こうしたアーティスト達を顧客とするようなレストラン、カフェ、バ
ーといったアメニティ施設の他に、プリントショップやKinko’sのようなサポートインダス
トリーも立地するようになった。こうした環境の良さから更に多くのアーティスト達を引
き付けるようになる。
90年代初頭から、ニューヨークの大手の出版社や広告会社がマルチメディアCD-ROMを
扱い始め、広告のデザインもコンピュータを使用するようになって、仕事の一部をアウト
ソースし始める。そうした過程でCD-ROMプロダクションが生まれ、アニメーターや、CG
5 番街とブロードウェイの交差点にアイロン型のビルがある事からこのように呼ばれる。
South of Houston Street:ヒューストン通りの南側
9
1 ドル=115 円で換算。
(以下同じ換算レートを用いる。
)
10
現在これらの地域の賃貸料は年間 30 ドル/1sqft(約 37,100 円/㎡)程度にまで高騰
し、マンハッタンで最も需要の高い地域といわれている。
7
8
6
アーティストなどが必要とされるようになった。そして、こうした出版社、広告会社、
CD-ROMプロダクションをクライアントとしていた若いアーティスト達がマルチメディア
クリエーターへと変化し始めた。また、マルチメディアコンテンツの制作がビジネスとし
て成立するようになったため、コンテンツを専門に扱う企業が生まれてロフトに入居する
ようになる。その後、94年からのインターネットの急速な普及に伴って、そうしたアーテ
ィスト達がインターネット上で互いの作品を紹介するためのウェブサイトや、ニューヨー
クのタウン情報を発信する“Total New York”のようなウェブサイトが生まれるようになる。
94年11月にはシリコンアレーのインターネット技術開発会社である“Thinking Pictures”
によりローリング・ストーンズのコンサート中継がインターネットを通じて放映されたこ
ともあり、ニューヨークのアーティスト達のインターネットへの関心は更に高まったとい
われる。こうした背景からFlatiron DistrictやSOHOのアーティスト達はコンテンツビジ
ネスを手がけるようになる。
それまでCD-ROMの作成やCGに関わってきたアーティスト達がインターネットのコン
テンツビジネスへと移行したのには2つの理由がある。第1はHTML等、技術の進化によっ
てインターネットを使って新しい事業を起こす参入障壁が低くなったため、特殊な技術を
持っていなかったアーティスト達も簡単にビジネスに才能を活かす事ができるようになっ
たことである。第2には、オンライン・マガジン等の発行が始まり、ウェブサイトが洗練
されてスタイリッシュなコンテンツが要求されるようになっていく過程で、アーティスト
達が必要とされるようになったためである。こうしてSOHO等で生まれ始めたインターネ
ットコンテンツ企業のコミュニティがシリコンアレーと呼ばれるようになる。彼等の多く
は自分達の暮らすロフトを改造してオフィスとしても使っていた。現在、シリコンアレー
を代表するような企業の多くがロフトから生まれたといわれており、今でもFlatiron
Districtや、SOHOの近辺に立地している。11
インターネットの発展はニューヨークに立地している既存の産業にも大きな影響を与え、
大企業がメディア戦略の一貫としてインターネットにホームページを公開するようになる。
こうした状況から初期のシリコンアレーの企業の間でインターネットがどのようにビジネ
ス環境を変化させるかに関して数々の議論が起こり、コミュニティの形成が加速された。
こうしたコミュニティからは多くのアイディアが生まれ、その中のほんのいくつかだけが
ビジネスとして成功したといわれている。アーティストから生まれたシリコンアレーのコ
ンテンツ企業では人文科学系(Liberal Arts)のバックグラウンドをもつ従業員が大半であり、
プログラミングや経営に関する専門的な知識がなかったため、初期に死滅してしまった企
7
業も多いという。
SOHO等のアーティストから生まれたシリコンアレーは、その後急速にビジネスの要素
を強めていく。ニューヨークのコンテンツ産業の従業員の構成を職種別にみると、96年4
月には40.4%を占めていたアーティスト等の“Creative”関連の職種が97年10月には18%
と、18ヶ月間で22.4%ポイントも低下している。その一方で、マーケティングスタッフ等
の“Business” 関連の職種と、プログラマー等の“Technical”関連の職種はそれぞれ9.7%
ポイント、13.6%ポイント増加している。
(図表 4)
図表 4 職種
職種別従業員構成
業員構成
職 種
Creative
Technical
Business
Management
Other
‘96.4
40.4%
24.4%
16.3%
15.7%
3.2%
’97.10
18%
18%
38%
38%
26%
26%
16%
2%
変 化
22.4%
−22.
+13.6%
+9.7%
+0.3%
−3.0%
(資料) Coopers & Lybrand, 1996,1997 より作成
これは成功した企業がそれまで同様インターネットのホームページ等を作成する一方で、
“Interactive Advertising Agency”や“Business Consultant”と名乗り大企業に対してイ
ンターネットを使ったビジネスのリエンジニアリングやサポートを行なう業務を拡張する
ようになったからである。こうした企業の成功はシリコンアレーを徐々に有名にしていく。
このようにインターネットが発展し、シリコンアレーが有名になるにしたがって、新し
い企業が生まれ、コンテンツ産業がニューヨークの他の地域へと広がる傾向を見せる。そ
うした、産業が発展していく過程でニューヨーク市は通信環境の整った適当なオフィスを
提供する等、いくつかの施策により産業を効果的にサポートしてダウンタウンに引き付け
た。その結果、現在のシリコンアレーはマンハッタンの南側全体に広がりつつある。
シリコンアレーはこれまで順調に発展してきたが、年々開発される新しい技術によりウ
ェブサイトの作成に要求されるレベルは高まっている。そうした環境の下でそれぞれの企
業が生き残りのためコア・コンピタンスを得ようと努力をかさねている。また、産業とし
て成熟するにしたがい、企業のM&Aなども行われるようになってきており、シリコンアレ
ーのコンテンツ企業をめぐる環境は大きく変化しつつある。しかし、Coopers & Lybrand
の調査によればニューヨークのコンテンツ企業は2000年には従業員が現在より42%程度増
加すると予想しており、今後もしばらくシリコンアレーは発展を続けるというのが大方の
見方である。12
11
12
Silicon Alley Reporter, p74-77
Coopers & Lybrand, 1997, p61
8
IV. 集積と発展の関係−近接立地(Proximity)の重要性
サンフランシスコの調査においては、コンテンツ企業や専門家が互いに近接して立地す
ることで産業全体が発展しているという現状を把握することができた。以下では、本稿の
1番目の調査項目としてニューヨークのコンテンツ産業にもこうした集積と発展の関係が
あるのかを分析する。
1 集積による発展のメカニズム
まず、これまでの研究において発見したコンテンツ産業の集積と発展のメカニズムに関
して簡単に述べる。コンテンツ制作には様々な才能を結集して短期間で仕事を進めねばな
らないといった本質がある。そのため新しくて小さなコンテンツ企業や専門家はフレキシ
ブルな組織とフェース・トゥ・フェースのコミュニケーションやコラボレーションを重視
し、口コミの情報等のインフォーマルなネットワークを駆使して仕事を進める。こうした
ことから企業や専門家同士のアクテビティが近接しているような立地条件 (Proximity)
が必要だった。Proximityによって構築された互いをサポートするためのネットワークは、
交換できる情報の幅を広くすることで更なるコミュニケーション、コラボレーションを促
すと同時に、新しいアイディアや作品を生み出すプロダクトイノベーションのためのネッ
トワークとしても機能している。つまりコンテンツ産業は、①コンテンツ制作の本質、②
企業の形態、③仕事の進め方という3点から集積する傾向があり、それによって発展して
きたといえる。
(図表 5)
図表 5 集積
集積による発展の
る発展のメカニズ
カニズム
様
・ 々な才 能 の必要 性
ス
・ ピー ドへ の対応
コンテンツの
本質
新
・ しい 企 業
小
・ 企業
企 業の
形態
フ
・ レキシブル な組 織
コ
・ミュニ ケー ションの重 要 性
イ
・ ンフ ォー マ ル なネ ットワ ー ク
仕事 の
進め方
発展
発展
近 接性
2 ニューヨークにおけるコンテンツ企業の集積と発展
それではニューヨークのコンテンツ企業においても上記のようなメカニズムが働いてい
るのであろうか。以下では①企業活動の内容、②プロフィール、③仕事の進め方、という
3点からニューヨークにおけるコンテンツ企業においても集積による発展のメカニズムが
働いていることを説明する。
9
2-1 企業活動の内容
第1に、ニューヨークではどのようなコンテンツが制作されているのかを企業活動の内
容から説明する。図表 6はニューヨークに立地するコンテンツ企業を、行っている主な業
務内容別に分類したものである。これをみると、
「コンテンツのデザイン・開発」を主に行
っている企業が6割と圧倒的多数を占めていることがわかる。次に大きな割合を占めてい
るのが「こうした企業に付帯するサービス業」の11%であり、他は10%に満たない。圧倒
的多数である「コンテンツのデザイン・開発」とは、具体的にはインターネットのホーム
ページ等、ウェブサイトの構築に関わる業務である。
図表 6 主な業務内
業務内容
60%
コンテンツのデ ザイン・開発
9%
コンテンツのパッケー ジとマ ー ケティング
7%
コンテンツの配 給
エレクトロニ ック・コマ ー ス
4%
5%
ソフトウエア開発
3%
コンテンツ作 成のツー ル 作 成
11%
こうした産業に付 帯するサー ビ ス業
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
(資料) Coopers & Lybrand, 1997 より作成
こうしたインターネット関連のコンテンツビジネスでは、ネットワーク拡大のスピード
の速さと、ハードやブラウザー等の技術進歩の速さから、作成したコンテンツが急激に陳
腐化する傾向がある。そのため、コンテンツ企業には常に作品のタイムトゥマーケットの
極小化が望まれている。また、急速に進むコンテンツのマルチメディア化とネットワーク
の広帯域化により、デザイン、テキスト、プログラミングだけでなく、音声、映像などと
いった様々な才能が必要とされるようになってきている。その上、近年では“Amazon.com”
に代表されるようにウェブサイトの構築にあたってマーケティング、データベース開発、
物流のスペシャリスト等、ますます多様な人材を必要とするようになってきている。
2-2 プロフィール
第2に、ニューヨークのコンテンツ企業とはどのような企業なのかを企業の収入と創業
年から考える。ニューヨークのコンテンツ産業の6割を占める「コンテンツのデザイン・
開発」を行う企業の年間の収入は、コンテンツ産業全体の収入の半分にしかすぎない。13
また、こうした企業の88%は94年以降に創業された、歴史の浅い企業である。
(図表 7)
10
コンテンツ産業の収入分布をみても、年間収入が100万ドル以下の企業が83%を占めて
おり、ニューヨークのコンテンツ企業の多くはコンテンツのデザイン・開発を行う、歴史
の浅い、スタートアップ等の零細企業であることが分かる。
(図表 8)
図表 8 収入
収入分布
図表 7 創業
創業年
(調査時点は 1997 年 6∼7 月)
3年超 12%
500万 ドル 超 5%
100∼ 500
万 ドル
12%
1年以内
24%
∼ 100万 ドル
83%
3年以内
64%
(資料) Coopers & Lybrand, 1997 より作成
(資料) Coopers & Lybrand, 1997 より作成
2-3 仕事の進め方
第3に、こうした企業はどのようにして仕事を進めているのかを説明する。シリコンア
レーのコンテンツ企業はニューヨークの中でも、特にインターネットのコンテンツを制作
する創業されて間もない企業が多い。こうした企業はコストの面からフルタイムの人員を
確保することが困難なので、プロジェクトを請け負うと主にフリーランサーを活用して業
務を遂行する。こうした小規模の企業が請け負うインターネットコンテンツ関連のプロジ
ェクトはおよそ3ヶ月程度のものが多いといわれている。その際、企業は様々な才能をも
ったフリーランサー達と協力し、プロジェクトが終われば解散する。シリコンアレーの企
業家達は才能のあるフリーランサーをプロジェクトベースで使える機会が多い事が産業の
発展に不可欠だったと考えている。
こうした需要があったためコンテンツ産業の発展に伴って様々なタイプのフリーランサ
ーがニューヨークで生まれたといわれる。フリーランサーには大きく分けると2種類ある。
コンサルタントというような肩書きで、次々と色々な企業のプロジェクトに関わりプロジ
ェクトが終了するまでフルタイムで仕事をするタイプと、9時から5時までは一般の企業に
正社員として勤め、勤務時間後等に自分の才能を生かしてパートタイムで仕事をするタイ
プである。
仕事を始めた経緯も様々である。金融機関のプログラマーがよりクリエイティブな仕事
13
Coopers & Lybrand, 1997, p35
11
がしたいというような理由でこの世界に入ってくるケースや、広告、出版業界でマーケテ
ィングや編集者をしている人材がアルバイトで働くケースもある。また、官僚的組織を嫌
う若者が自分の趣味や才能を活かしてフリーランサーになるようなケースも増えていると
いう。14ニューヨーク市におけるコンテンツ産業関連の雇用者数は18ヶ月間で倍増してい
るが、その内訳をみると、フルタイムの従業員に比べてパートタイムの従業員とフリーラ
ンサーの数が大きく増加していることが分かる。
(図表 9)
図表 9 雇用
雇用者の内訳
60,000
計55,973
50,000
12,680
40,000
30,000
11,280
計27,300
6,150
2,800
20,000
10,000
32,013
18,350
0
フル タイム
1996年4月
パー トタイム
1997年10月
フリー ランサー (フル タイム 換算)
(資料) Coopers & Lybrand, 1996,1997 より作成
シリコンアレーの企業では、正確に把握できないものの正社員の転職率が非常に高く、
18ヵ月以内に70−80%の人が転職するなどという話もあり、コーポレートロイヤリティが
非常に低い。こうしたコンテンツビジネスに関わる専門家達は、自分達個人のネットワー
クを使って仕事を探す。企業もその時のプロジェクトに応じて必要なスタッフを口コミ
(word of mouth)の情報で調達する。彼等はNYNMA等が催すパーティやイベント等、
様々な機会を通じて常に、誰がどういう専門性をもっていて現在何をやっているかという
ような情報収集に努めている。そのため何かプロジェクトが発生した時に迅速な対応をす
ることができる。ニューヨークのコンテンツ産業の業界雑誌“Silicon Alley Reporter”の編
集長Gordon Gouldは、こうした活動がシリコンアレーのコンテンツビジネスのコミュニテ
ィを活性化させており、94年から比べるとコミュニティはずいぶん大きくなったがそれで
も依然みんなが知り合いだと話している。
また、基本的にコンテンツの制作のプロジェクトには何人かの専門家によるフェースト
ゥフェースのコラボレーションが必要不可欠であり、フリーランサー達が様々な企業で他
14
フリーランスは現在のニューヨークのポップカルチャーとも言われている。
12
の専門家と協働することを通じて技術やアイディアがコミュニティに浸透していく。そし
て、そうしたプロジェクトに関わる専門家が自分達のプロジェクトのクリエイティビティ
をコントロールしたいと考えるようになるとそのメンバーで企業を起こす。現在、シリコ
ンアレーで成功している企業の多くがこのようにプロジェクトから派生して起こったとい
われる。94年頃のインターネットコンテンツ黎明期においてはプロジェクトが終了すると
メンバーは解散していた。その後、専門家達はウェブの発展と共に受注が将来も安定的に
推移することを学び、初期のプロジェクトメンバーから少しずつ人数を増やし、できるだ
けインハウスで人材を調達するようになってきている。そして今では、マーケットでより
大きな存在感をアピールするために合併・統合が相次ぎ、成功した企業は従業員の人数を
拡大している。このようにしてシリコンアレーは発展してきた。
このようにインフォーマルなコミュニケーションを通じてフェーストゥフェースのコラ
ボレーションを行うには、企業や専門家同士が近接しているような立地条件が重要だった
といえる。地理的な定義は曖昧であるとはいえ、シリコンアレーの企業はタクシーで10−
15分のエリア内に立地しており、コミュニティを形成することによってインフォーマルな
コミュニケーションやコラボレーションを行うことができた。そしてこうした企業や専門
家の活動が発展につながってきた。
V. なぜニューヨークに集積したか −インキュベーターとしての都市
それでは、なぜコンテンツ産業はニューヨーク市の特定の地域に集積したのだろうか。
これが本稿の第2番目の調査項目である。Coopers & Lybrandの調査によれば、現在ニュ
ーヨークに立地するコンテンツ産業の87%はニューヨークで創業しており、過去1年間で
毎月およそ12のコンテンツ企業がニューヨークで生まれている。15ニューヨークは、なぜ
このようにコンテンツ企業を引き付けたのだろうか。シリコンアレーが形成されたバック
グラウンドに関しては既に述べたが、以下ではニューヨークという都市がコンテンツ産業
のインキュベーターとして果たした機能にどのようなものがあるのかを分析する。
1 ニューヨークの魅力
図表 10はニューヨークのコンテンツ企業が立地要因として何を重視しているかに関す
るアンケート調査の結果である。96年4月と97年10月の結果を比べると、先に述べたよう
に大きな変化が短期間にニューヨークのコンテンツ産業に起こっている事を確認する事が
15
Coopers & Lybrand, 1997, p60
13
できる。ニューヨークのコンテンツ産業が発展していく過程では重要であった、
「編集者・
アーティストへのアクセス」、「コンテンツ所有者や戦略的パートナーとのアクセス」、「同
業者との近接性」といったコンテンツ産業特有とも思えるような項目が97年には大きく重
要度の順位を落としている。その一方、
「技術的インフラの整備」
、「総合的なビジネスコス
ト」といった、他の産業にも共通するような項目が大きく順位を上げており、短期間にニ
ューヨークのコンテンツ産業がビジネスとして急速に洗練されたことがうかがえる。
図表 10 10 立地要因
地要因の重要度
特 質
編集者・アーティストへのアクセス
顧客へのアクセス
ソフトウェア技術者/プログラマーへのアクセス
コンテンツ所有者や戦略的パートナーへのアクセス
総合的なビジネスコスト
同業者との近接性
技術的インフラの整備
総合的な生活の質
イメージと信頼度
地方税制
投資家へのアクセス
教育資源/関連教育機関
96 年 4 月
順位
1
2
3
4
5
5
7
8
9
10
11
12
97 年 10 月
順位
6
4
7
9
2
8
1
5
3
10
12
11
順位の
変化
↓5
↓2
↓4
↓5
↑3
↓3
↑6
↑3
↑6
→0
↓1
↑1
(資料) Coopers & Lybrand, 1996,1997 より作成
また、図表 11はニューヨークの競争力に関するアンケート調査の結果である。こちら
は96年4月と97年10月の間に重要度ほど大きな変化は見られず、こうした項目の変化には
企業の集積が進んだ事によって説明がつくと思われるものが多い。
図表 11 ニューヨー
ーヨークの競
クの競争力
特 質
編集者・アーティストへのアクセス
投資家へのアクセス
コンテンツ所有者や戦略的パートナーへのアクセス
イメージと信頼度
教育資源/関連教育機関
顧客へのアクセス
同業者との近接性
技術的インフラの整備
ソフトウェア技術者/プログラマーへのアクセス
総合的な生活の質
総合的なビジネスコスト
地方税制
96 年 4 月
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
97 年 10 月
順位
1
4
6
3
8
2
5
7
9
10
11
12
順位の
変化
→0
↓2
↓3
↑1
↓3
↑4
↑2
↑1
→0
→0
→0
→0
(資料) Coopers & Lybrand, 1996,1997 より作成
これら個々の項目の定義自体には曖昧なものもあり、他の都市との比較ではないのでニ
ューヨークに立地する要因が正確に把握できるとは限らないが、アンケート調査の結果は
本研究の調査の結果ともほぼ合致しており、コンテンツ企業がどのようなことを重要視し
14
てニューヨークに立地したのかを分析するうえで参考になる。以下では、これらのアンケ
ート調査の結果やインタビュー、更にシリコンアレーの形成の過程から総合的に考え、ニ
ューヨークにはサンフランシスコと同様に「ソーシャルアメニティ」、「スペース」、「アー
ティストの集積」、「関連教育機関」といったコンテンツ産業をひきつける要因があったこ
とを説明する。またニューヨークにおいてはこうした要因の他に、ニューヨークに元々立
地していた既存の産業も大きな役割を果たしたことに関しても説明する。
2 ソーシャルアメニティ
ニューヨークのコンテンツ企業はビジネスとしての洗練されつつあるものの、依然その
大半はコンテンツのデザインと開発を行なう企業であり、そうした企業にとって作品を作
る上でクリエーティブな才能は欠かせない。上記のアンケート調査の結果でも、
「編集者・
アーティストへのアクセス」は96年には最も重要だとされている。その後のコンテンツ企
業のビジネスパターンの変化に伴って重要度を下げているものの、依然ニューヨークの最
大の強みであり、クリエーターがこの産業にとって絶対的に重要なものだという認識が普
及している。
クリエーター達がニューヨークに集まったのは本来的にソーシャルアメニティが大変充
実した都市であったからである。クリエーター達にとってのソーシャルアメニティとは具
体的には、24時間利用できるようなレストラン、バー、クラブ、劇場、映画館、ギャラリ
ー等の若者向け文化施設である。ニューヨークではそうした施設が小さなものから大きな
もの、安価なものから高価なものまで深夜でも利用でき、その上新しい文化の発信地とし
ても機能している。また、交通機関やビジネスサービス等も24時間利用可能であり、SOHO
等では24時間のコミュニティを形成している。こうした24時間利用できるような文化的施
設がクリエーター達にとってのソーシャルアメニティと考えられるのは、彼等のバリュー
システムとワークスタイルから説明できる。
クリエーター達には学歴や専攻などは意味を持たず、クリエイティビティこそが一番重
要だという認識が普及している。こうしたバリューシステムがあるために、クリエーター
達は一般に自分達の創造力を刺激するために常に新しい芸術や文化に接していられるよう
な場所に暮らすことが重要だと考え、全米の中でも文化の発信基地、つまり田舎や郊外で
なく都市型の生活を好んでいる。特に、デジタルコンテンツのデザインは音楽、ファッシ
ョン、美術、劇といったポピュラー・カルチャー全てを統合したものから生まれる傾向に
あり、そうした文化は回転が速いため、無意識的にそのような文化に接していられるよう
15
な場所にいる必要があると考えられている。16
また、クリエーター達は9時から5時までというようなワークスタイルで働かない。仕事
とプライベートをあまり区別せず、フレキシブルな勤務形態が一般的である。オフィスで
の仕事以外も自分の仕事と位置づけ昼間に会社にいかない事もある一方で、深夜までオフ
ィスで仕事をすることもある。こうしたクリエーター達のライフスタイルに合わせた活動
の場が必要である。また、口コミ等インフォーマルなコミュニケーションを通じて、新し
いプロジェクトの情報を得たりアイディアを交換するシリコンアレーのクリエーター達に
とって、主な情報交換の場はレストランやバー等で催されるパーティであるといわれてい
る。
このようなクリエーター達にとってのソーシャルアメニティという観点からみると、ニ
ューヨークはコンテンツ産業にとって最高の環境を提供できる都市といえる。そして、こ
うしたソーシャルアメニティは上記アンケート調査の「イメージと信頼性」、「総合的生活
の質」といったコンテンツ産業にとって重要性の高い項目を支える要素ともなっている。
3 スペース
コンテンツ産業が発展するためには、安価で作業に適した空間が確保されている必要が
あったが、当初、不況による影響もあってニューヨークはそうしたスペースを企業に提供
する事ができた。New York UniversityのInteractive Telecommunications Programの
Chair をつとめるRed Burns教授は、シリコンアレーがコンテンツ企業を引き付けた最大
の要因は適当なスペースがあったからだと分析している。もともとシリコンアレーにコン
テンツ企業が集まり始めたのはFlatiron Districtや、SOHOにロフトが多くあったからで
あり、コラボレーションとコミュニケーションを基本とするマルチメディアコンテンツの
制作にとってロフトのようなスペースの存在は不可欠だったという。また、こうした地域
はマルチメディアクリエーター達の好むルースな感じがあり、ロフトスペースにコンテン
ツ企業が入居し、自分達の好みにオフィスに改造して事業を開始した。このようなスペー
スはプロジェクトによってスタッフの数が急激に変化するコンテンツ企業にとって都合が
よかったと言われている。95年当時は、半年待ってもこうしたロフトに入居したいという
企業は後をたたなかったということである。その後、家賃の高騰からスタートアップの企
業が入居するのは困難になると、政府やNPOが支援してそうした企業に対して適当なスペ
16
ここでいう「文化」とは、いわゆる伝統文化(Traditional Culture)ではなく、流行文
化(Pop Culture)を意味する。そうした Pop Culture を発信できるようなソーシャル
アメニティが充実した都市は数少ない。
16
ースを提供した(このことについてはⅥ章で詳述する)
。
4 アーティストの集積
シリコンアレーの発展は元々アーティストの活動から生まれている。逆に言えば、イン
ターネットコンテンツが必要とされるようになった時、コンテンツ作成に適した人材が集
まっていたからこそニューヨークでコンテンツ産業が発展したとも言える。
ニューヨークには昔から多くのアーティスト達が暮らしており、現在でもartist per
capitaは全米で最も高いといわれている。もちろん、アーティスト達がニューヨークに集
まったのは、上述したソーシャルアメニティ、スペースというような要素とも関連してい
る。つまり、昔から文化的な活動の拠点であったためアーティスト達も職を見つけること
ができ、安い賃貸料で借りられる大きなスペースも確保できたということである。
しかし、90年代初頭にアーティストが集積していたのは、昔からニューヨークではアー
ティストのコミュニティ活動が活発であったこと、及び市当局がお金のないアーティスト
達の存在を認め支援してきたことによるところが大きい。例えば、SOHO等のロフトに暮
らすアーティストによって1960年に組織された“Artists-Tenants Association”は、本来工
業用の建物に人が暮らすことを禁じていたゾーニング規制と消防条例の変更を求めてロビ
ー活動を行った。その結果、市は1964年に“Multiple Dwelling Law”を修正して合法的に
アーティスト達はロフトに暮らすことができるようになった。また、1968年には自分達の
コミュニティを通過する高速道路の建設に反対するアーティスト達 によって組織され
“Artists Against the Expressway” の活動によって建設計画が白紙に戻された。17その後
も市は82年には、ロフトで生活するアーティスト達のために賃貸料を一定期間固定する条
例を制定するなどの支援を行っている。こうした事例はアーティスト達の強力なコミュニ
ティ活動と市の彼等に対する支援のほんの一部に過ぎず、現在でもニューヨークは世界中
のアーティストにとって魅力のある場所だとされている。
5 関連教育機関
他の産業同様、人材の育成はコンテンツ産業にとっても最重要課題である。必要な知識
や能力を体系的に教育することが困難であると共に、製品の質は個人の才能に負うところ
が多いコンテンツビジネスであるが、ニューヨークの教育機関は昔から多くの人材をシリ
コンアレーに供給してきたといわれる。
ニューヨークには多くの芸術関連の高等教育機関があり、世界中から優秀な人材を集め
17
Plunz, p314-315
17
ている。こうした人材の中には近年のウェブサイトやマルチメディア技術の発展などに触
発され、コンテンツビジネスの世界に進むものが増えている。また、コンテンツビジネス
が発展するにつれ、コンテンツ業界にターゲットを絞った大学院のプログラムも現われ、
年々要求水準の高くなっていくコンテンツ産業に優秀な人材を提供するようになってきて
いる。こうしたプログラムのなかで特に評判が高いのがNew York UniversityのInteractive
Telecommunications Programである。このプログラムでは注目されるコンテンツを生み
出すには創造性が最も重要だという考え方からイマジネーションを強調している。基本的
にコンピュータの使い方等、テクノロジーに関しては一切教えず、イマジネーションを生
み出す方法に関する教育を行っている。教育方法としては実習が中心で生徒達の協働を促
している。作曲、彫刻、絵画、小説などといった元来クリエーティブなバックグラウンド
をもつ生徒はもちろん、生物学、図書館学、医学等様々なバックグラウンドをもつ生徒を
入学させ、そうした才能のシナジー効果から新しいデジタルコンテンツが生まれることを
体験させようとしている。生徒を入学させる際も、それぞれの生徒のバックグラウンドの
違いに注目して選考するという。18
他にも、Columbia University New Media Centerがこうしたコンテンツ産業向けの教
育を行っており、ニューヨークではコンテンツ産業に人材を提供する教育機関が芸術関連
の専門学校だけではなくアイビーリーグの大学院にまで及んでいる。19
6 既存の産業
今まで述べてきたように、シリコンアレーはニューヨークという都市がコンテンツ産業
の発展にとって必要であった、環境(ソーシャルアメニティとスペース)と人材(アーテ
ィストと関連教育機関)という条件を揃えていたから生まれ、発展してきた。こうした条
件は、サンフランシスコでマルチメディアガルチが生まれ、発展した条件と完全に合致す
る。しかし、ニューヨークでのコンテンツ産業の発展にはこうした条件の他に、もともと
ニューヨークに立地していた既存の産業に負うところがある。インターネットの発展によ
るコンテンツの必要性は、ほとんど全ての産業に影響を与えたといっても過言ではないが、
以下では特にコンテンツ企業の発展に特に寄与したといわれる、ニューヨークのメディア
関連産業と金融業のコンテンツ産業との関わり合いに関して述べる。
18
応募者は世界各国から集まり、数も年々増え続けていて、99 年度は約 16 倍程度の競争
率だといわれている。
18
6-1 メディア関連産業
シリコンアレーのコンテンツ産業の事業内容は、情報産業よりも出版、広告、放送とい
ったメディア関連産業に近い。20コンテンツ産業は将来的に、こうしたメディア関連産業
の一部に組み込まれてしまうという考え方さえある。
ニューヨークにはメディア関連産業が大企業から零細企業まで数多く立地しており、こ
うした産業にはコンテンツビジネスの重要性を理解できる人材も多い。また、メディア関
連産業は、シリコンアレーの黎明期からアーティスト、マルチメディアクリエーター、コ
ンテンツ企業のクライアントとしての役割を果たしている。このようなコンテンツ企業が
サービスを供給できる既存の産業がなければ、コンテンツビジネス自体が成立しなかった
かもしれない。つまり、ニューヨークのコンテンツ企業は初めから巨大なクライアントの
リストをもっていたということができる。また、既存のメディアとインターネットの融合
によりメディアがシームレスに繋がるようになりつつあり、インターネットで発展してき
たコンテンツビジネスが他のメディアへ進展する可能性がある。コンテンツ企業は今後と
も、メディア関連産業とのつながりを深めていくと予想される。
6-2 金融業
メディア関連産業がシリコンアレーの企業に対してクライアントの役割を果たしたとす
れば、金融業は人材提供の役割を果たしたといえる。21ニューヨークが金融機関の世界的
集積地であることは言うまでもないが、こうした金融機関のプログラマーが、転職、また
は契約社員等の肩書きでコンテンツ企業で働くケースは多いといわれている。ニューヨー
クで最大のITリクルーティング企業、オーテックの創業者の一人であり、現在Hot Jobs社
の社長を務めるRichard Johnsonは、ニューヨークの金融機関でプログラミングに従事す
る技術者の数はシリコンバレーでソフト開発に従事する技術者の数に劣らないと推測する。
また、金融機関のプログラマーはプログラムの基本的アーキテクチャーと、能力の点でウ
ェブの世界で十分通用すると話す。22
19
もっとも、こうしたクリエーティブな才能を養成する教育機関は増えているが、最近起
業家の間ではコンピューターサイエンスの大学院が足りないと言われ始めている。
20
本研究で定義している「コンテンツ産業」はニューヨークでは「ニューメディア産業」
、
サンフランシスコでは「インタラクティブメディア産業」として定義されているものと
同じである。
21
もちろん、シリコンアレーの企業のなかには金融機関にサービスを提供しているコンテ
ンツ企業もある。
22
Johnson 氏はウォールストリートのプログラマーと SOHO 等のクリエーターの組み合
わせは、コンテンツ産業にとって“Winning Combination”だったと語る。
19
こうしたプログラマーの存在は、急激な成長の過程でそれほど技術者に恵まれていなか
ったニューヨークのコンテンツ企業にとって、巨大な技術者のタレントのデータベースが
存在した事を意味する。金融機関のプログラマーが転職などをする理由としては、成功す
るコンテンツ企業が相次いだためエクイティによって大きな利益を得る事を期待したり、
金融機関と比べて、リラックスした環境でクールな企業文化のコンテンツ企業で働くこと
を望んだりするケースが多いといわれる。“Double click”、“Razorfish”、“Agency.com”
といったシリコンアレーを代表するインターネットコンテンツ企業の成長はそうした人材
に支えられた。23このように、ニューヨークの金融業は、コンテンツ産業に安定して人材
を供給する役割を果たしたと考えられる。
VI.
政策の果たした役割
シリコンアレーがどのように形成されてきたのかを観察してみると、サンフランシスコ
での調査の結果発見したような集積による発展のメカニズムが、ニューヨークという巨大
なインキュベータのなかで機能してきていることが確認できた。本章では、第3番目の調
査項目である、ニューヨーク市が自らの都市としてのインキュベーター機能とコンテンツ
産業の集積による発展のメカニズムを利用して行なった政策の効果に関して分析を加える。
1 政策の背景と概要
今ではシリコンアレーはダウンタウンにあるかのように理解されているが、これは市や
NPOの行なってきた政策的な効果によるものが大きい。以下では、SOHOやFlatiron
Districtで発生したコンテンツ企業の集積をダウンタウンに引き付け、「シリコンアレー」
という名前を世界的に定着させた、”Information Technology District (ITD)”と”Plug’n Go”、
及び”Lower Manhattan Economic Revitalization Plan”という政策に関して述べる。
1-1 Information Technology D i strict (ITD)
80年代後半から90年代の初めにかけてニューヨーク市は深刻な不況に見まわれた。87年
の株式相場の暴落以降、倒産が相次ぎ、金融機関を中心に多くの企業がニューヨーク市を
去ると共に、M&A、ダウンサイジングなどを通じて企業の合理化が進んだ。その結果、多
くの雇用が失われ、金融機関が集積していたダウンタウンには2,200万sqft(約204万㎡)
もの空室が生まれたと言われる。
23
これらの会社の成長時は、10 人、20 人から急に 100 人のスタッフが必要となったいう。
20
そうした状況を受け、92年にNew York Partnership24 とNew York City Economic
Development Corporation(EDC)25 が共同で、ニューヨーク市でどんな産業が発展するか
に関する調査を行なった。その結果、ソフトウエア産業を育てることが有効なのではない
かという結論に至り、その育成にはどのような条件が重要なのかに関して検討が行われた。
26
そうした検討の結果、①Cost(安価なオフィス賃貸料)、②Connectivity(通信インフラ
の速度と容量)③Community(企業が互いに協力したいと思うような環境)という3点が
重要なのではないかという結論に達した。
この結論を受けてNYNEX, Con Edison, IBM, New York Academy of Scienceが中心と
な っ て 様 々な 産業 界の 人 達を交 えて フォ ー カ ス・ グ ル ープ が 作 られ 、“ Information
Technology Center” と い う ビ ル を 作 る ア イ デ ィ ア が 生 ま れ た 。 当 時 、 Information
Technology Centerは高度な通信インフラを備えたソフトウエア産業のコミュニティセン
ターの機能を構想していたが、その後そのコンセプトが発展するにしたがって、ビルを一
つ作るだけでは孤立してしまうという考え方が生まれ、ダウンタウン全体をソフトウエア
産業の集積地域にするというInformation Technology District (ITD)の創設という考え方
へ発展する。
ダウンタウンがITDとして理想的だと考えられたのは、通信インフラが充実していたと
いうことと、クライアントが存在したためである。ダウンタウンにはそれまで立地してい
た金融機関によって敷設された大容量の通信インフラが残されていた。また、ダウンタウ
ンの金融機関は①情報技術関連サービスの最大の消費者である、②資金を豊富に持ってい
る、という点でソフトウエア産業にとってクライアントになり得ると考えられていた。ま
た、出版・放送・広告業といったメディア関連産業がニューヨーク市には数多く立地して
いることも有利に働くだろうと考えられた。
1995年1月にダウンタウンが一帯がBusiness Improvement District (BID)に指定され、
その管理・運営のためのNPOであるAlliance for Downtown New York(Alliance)が設立さ
24
25
26
ニューヨーク市の産業界、及び市民団体のリーダーにより組織される NPO。
ニューヨーク市経済開発公社。市の経済開発に関わる全ての事業に関わる。例えば、雇
用の維持・創出等は EDC を通して行われる。
当時はコンテンツビジネスという言葉は一般的でなく、
「ソフトウエア産業」として理
解されていた。それが情報化の進展と共に大きく変化した。EDC は現在、ニューヨー
ク市を“Content Capital”として売り出そうとしている。
21
れる。27Allianceの究極の目的は、ダウンタウンの再活性化であり、市が提供できないよう
なサービス、例えば追加的な治安維持のための事業や清掃事業28なども行なっているが、
特に新産業の育成が重要だと考えていた。そのため、それまでのITDの考え方を継承し、
ダウンタウンBID全体をITDに指定し、IT産業の誘致を開始する。
(図表 12)
図表 12 12 ITD
BROOKL
OOKLIN DGE
BRIDG
E
Y
A
W
D
A
O
R
B
World
Trade
Center
NY Stock
Exchange
NYITC
ITD
Plug’nGo Buildings
(資料)Alliance for Downtown NY より作成
AllianceでITDの実務を担当するSharon Greenbergerは当時のことを振り返って、「ダ
ウンタウンはFIRE (Finance, Insurance, Real Estate)にだけ依存していたのが失敗だと感
じた。IT産業は成長産業であり、そうした産業が立地すればマーケットの変動に対するク
ッションになると感じた。空室が多く、IT産業が成長するスペースが確保できたのはある
意味でチャンスだと思った。」と話している。現在、AllianceではITDへの企業誘致のため
に、ITDに移転してきた企業全てが、同様の資源を活用して成功できるような環境を整備
BID:ビジネス改善地区と訳されることが多い。特定地域のビジネス環境を改善するため
に市政府が地域を指定し、その管理・運営をする NPO 等に助成をする。現在、ニュー
ヨーク市では 41 地区が BID の指定を受けており、それらの地区における典型的な活動
内容は、地域清掃、治安維持、特別イベントの開催、共通の広告等である。ダウンタウ
ンの BID はニューヨーク市最大。
28
警官ではなく“Ambassadors”と呼ばれる人員をダウンタウンに配置し、パトロール、
道案内、清掃を行っている。
27
22
しようとしている。そのため、ITDに立地する企業に対して以下のようなビジネス・サポ
ートのプログラムを無料で行なっている。29
・ 起業家の教育のためのセミナーの開催
・ パーティ等様々なネットワーキング・イベントの開催
・ 企業の電話帳の作成
・ 事務所、人材、会計士、弁護士などのコーディネート事業
・ コミュニティ・エクストラネットの運営
・ 大学へのインターンシップの紹介
1-2 Plug’n go
“Plug’n go” とはITDにコンテンツ企業を集積させるために、EDC、Alliance、及びダ
ウンタウンに資産をもつ複数の不動産業者によって考案されたpublic-private partnership
による不動産プログラムである。互いに協力して、ITDを実現させるためのコンセプトと
考えられていたCost, Connectivity, Communityを可能にしようとしている。
空室率をどうやって下げるかいう問題に直面していたダウンタウンに資産を持ついくつ
かの不動産業者は、Alliance、EDCと継続的に議論を行なっていた。不動産業者は成長性
の高いテナントの入居を望んでいたし、Allianceはコンテンツ企業の集積を図っていた。
また、EDCはニューヨーク市がIT産業の育成に積極的であるということを世界にアピール
したいというRudolph Giuliani市長の意を受け、できるだけ理想的な環境を整備したいと
考えていた。こうしたそれぞれの思惑から、空きビルをユーザーフレンドリーなものに改
造するというアイディアが生まれる。ユーザーは基本的に、ハードウエア製造のような大
きなスペースを必要としない小規模のIT企業が想定され、将来性があるとされていたコン
テンツ企業にターゲットが絞られた。EDCで企業誘致の実務を担当するTillie Castellano
は、
「スタートアップの小規模なコンテンツ企業を積極的に支援したいと考えたのは、彼ら
がEDCからの財政的な支援を得るためのバックグラウンド、つまり担保となる資産をもっ
ていないためである。
」と話している。こうした議論の結果、ITDにある空きビルを改装し
て通信環境を整備すると共に、小企業にもアフォーダブルな賃貸料を設定して、それを宣
伝するというプロジェクトが97年に生まれ、“Plug’n go” と名づけられる。複数の不動産
業者が関わっているため、ビルによって違いはあるが、Plug’n goによって供給されたビル
は以下のような特徴を持っている。
29
これらの他にも、企業のために ITD にあるレストランやバーの割引交渉等、活動内容
は多岐にわたる。
23
① 安価な賃貸料(賃貸料は年間約16$/sqft(約19,800円/㎡)程度:初年度の上限。
当時の市場価格より30%程度安い。
)30
② 良好な通信環境(光ファイバー等の高速通信インフラが既に敷設されている。
)
③ 柔軟なフロア・プラン(最小で500sqft(約46.5㎡)程度から賃貸可能。
)
④ 柔軟な賃貸契約(ビルによっては短期のリース契約のような契約も可能。
)
1-3 Lower Manhattan Econom i c Revitalization Plan (Lower Manhattan Plan)
95年に市長が提案したLower Manhattan Economic Revitalization Planが議会を通過し
た。それはダウンタウンの再活性化を目的とし、ダウンタウンに移転した企業(企業の規
模や業種を問わず)に対して一定の経済的なインセンティブを与えると共に、地域全体を
24時間のコミュニティへと変換させようとするものだった。この計画はIT企業を集積させ
ようというものではなかったが、結果的には集積しつつあったコンテンツ企業に対して影
響を与えたと言われている。
Giuliani市長はニューヨーク市全体の長期的な経済発展のため、長い期間をかけて雇用
の創出に関する様々な政策を検討してきたと言われているが、Lower Manhattan Planは
その切り札だった。低迷するダウンタウンに環境を整備して新産業を育成し、雇用を創出
すると共に、住環境も整備することでニューヨーク市全体に資金が還流し、活性化させる
ことが可能であると考えられている。また、ニューヨーク市は金融センターであることな
どで国際都市としての地位を確立しているものの、新産業の育成に関しては、ロスアンジ
ェ ル ス等 、他 の大 都市 と 競 争し てお り常 に 差 別化 の 必要性 に 迫 られ て い る。 Lower
Manhattan Plan自体は、特定の産業の育成を目標として明記していないが、EDCではニ
ューメディア(コンテンツ)、メディアとエンターテインメント(テレビ・映画等)、プロ
フェッショナル・サービス(会計士等)、バイオテクノロジー、FIREの5分野の産業を特
に重点的に支援しようとしている。そして、Lower Manhattan Planの実行はITD、Plug’n
goの実行と同時期であったことから、それらの施策との相乗効果でコンテンツ産業のダウ
ンタウンへの立地を促したといえる。Lower Manhattan Planでは新たにダウンタウンに
立地する企業や、資産を持つ不動産業者に対して以下のようなインセンティブを与えてい
る。
30
当時 EDC は、この価格は破格であり、これならかなり小さな企業でもオフィスをもて
るはずだと判断している。
24
(1)税金の控除
①固定資産税の減免 (Real Estate Tax Special Reduction)
オフィス、及び小売店の需要を喚起するために行われる5年間のプログラム。最初の3
年間は50%、4年目は33.3%、5年目は16.7%の固定資産税を減免する。直接的な受益者は
不動産業者だが、彼等は固定資産税の減免によって得た利益をテナントの賃貸料に反映さ
せなければならない。
②業務用地賃借税の減免 (Commercial Rent Tax Special Reduction)
業務用地賃借税を減免する5年間のプログラム。業務用に一定金額以上の賃貸料を支払
っているテナント(年間40,000ドル以上)は通常、業務用地賃借税を支払わなければなら
ないが、最初の3年間は全額、4年目は3分の2、5年目は3分の1の業務用地賃借税が減免さ
れる。
(2)電気料金の優遇 (Lower Manhattan Energy Program)
電気料金を減免する12年のプログラム。最初の8年間は30%、9年目は24%、10年目は18%、
11年目は12%、最後の年は6%の減免を受けることができる。
(3)複合利用促進のための措置
ダウンタウンに職住近接の環境を整えるためのインセンティブとして固定資産税の減免
が行われる。
①住宅地転換 (Lower Manhattan Residential Conversion Program)
住宅用以外に利用されているビルを住宅用のビルに転換した場合、固定資産税の減免が
受けられる12年間のプログラム。最初の8年間は全額、9年目は80%、10年目は60%、11
年目は40%、最後の年は20%の減免を受けることができる。
②複合利用促進(Lower Manhattan Mixed-Use Property Program)
既存のビルを業務用と住居用の両方に利用できるように改装した場合、固定資産税の減
免が受けられる12年間のプログラム(25%以上は業務用でなければならない。)
。最初の8
年間は全額、9年目は80%、10年目は60%、11年目は40%、最後の年は20%の減免を受け
ることができる。
25
2 プレイヤー
ダウンタウンにコンテンツ企業を集積・発展させるために上記のような背景から各種の
インセンティブが与えられた。以下ではしてこうしたインセンティブの下で不動産業者、
政府機関や各種のNPOといったプレイヤーがダウンタウンにおけるコンテンツ産業の発展
のためにどのような役割を果たしているかに関して整理する。
2-1 不動産業者(地主)
ダウンタウンにコンテンツ企業を引き付けるのに最も大きな役割を果たしたのは不動産
業者だと考えられる。98年12月現在、Plug’n goプログラムに参加している不動産業者は6
社。97年にプログラムが開始された時、Plug’n goビルは6個所だったが、99年には14個所
に増加することになっている。ほとんどのビルは完全な空きビルであった。不動産業者は
改装と通信インフラの整備に多額の資金をつぎ込んだ上、市場価格より安価な値段で、し
かも短期間の賃貸契約を可能にしてPlug’n goのコンセプトを実現した。ビル改装費に当た
っては何の補助も与えられていないが、Lower Manhattan Planにより固定資産税と電気
料金が減免されている。またビルの広告費等マーケティング費用はEDCとAllianceが負担
し、Allianceにより実行されているので、不動産業者はマーケティング費用を大幅に削減
できている。31
2-2 New York City Economic D e velopment Corporation (EDC)
ニューヨーク市の経済開発を担当するEDCは直接Plug’n goに関わっておらず、ITDの広
告のためにAllianceを通じて資金援助だけを行っている(EDC とAlliance の関係は密接
であり、Allianceの社長をつとめるCarl WeisbrodはかつてEDCの最高責任者だった。)。
EDCによって拠出された資金はAlliance によってPlug’n goプログラムをホームページを
通じて国際的に宣伝する他、パンフレットや葉書の作成、地下鉄にステッカーを貼る等、
主に広告費として使用されている。EDCは、こうしたマーケティングが不動産業者、企業、
市の全てを宣伝することになり、その結果雇用が確保でき、経済活動が活発化することを
期待している。Plug’n goの実行のために、市には最低限のコストしかかかっていないとい
うのがEDCの認識である。
ま た 、 ニ ュ ー ヨ ー ク 市 は Lower Manhattan Plan を Department of Finance 、
Department of Housing Preservation and Development 等の関係部署を通じて運営して
いる。Giuliani市長はLower Manhattan Plan によって進展する住宅の増加を通じて、ス
31
各不動産業者 10,000 ドル程度の出費。
26
ーパーマーケット、レストラン、映画館といったアメニティの確保も考えており、ダウン
タウンにSOHOやトライベッカのようなコミュニティを発展させようと考えていると伝え
られている。
2-3 Alliance for Downtown Ne w York(Alliance)
AllianceはITDのコンセプトを実現させ、立地する企業のネットワークを促すと共に、
Plug’n goプログラムでは、空室率の高さに悩む地主と、安いスペースを必要としている起
業家達を組み合わせるブローカーの役割をして
図表 13 Plug’n go のトレ
のトレードマー
ドマーク
いる。
不動産業者に働きかけ、できるだけ安く賃貸
料を設定すると共に、リースの期間をできるだ
け短縮した。また、EDCと共同で出資した資金
でPlug’n goのトレードマークを作り、世界中に
Plug’n goビルを宣伝した32。
(図表 13)
不動産業者はビルの改装費に多額の投資を行
ってリスクを負ったが、その後順調にテナント
が入居しているのはAllianceのマーケティング
図表 14 シリコン
シリコンアレーの
アレーの立て看板
て看板
戦略に負うところが大きいと考えられる。
先に述べたように、シリコンアレーは元来
SOHOやFlatiron Districtのアーティストの集
積から始まった。Allianceはこれらの地域を縦
断するブロードウェイをシリコンアレーの背骨
(Spine)とし、ブロードウェイの起点であるダ
ウンタウンをシリコンアレーのスタート地点だ
と位置づけている。
このようにAllianceは「シリコンアレー」を
マーケティング・スローガンとしてうまく活用
することで、使い道のなかったビルにコンセプ
トと広告費を与えたといえる。
(図表 14)
32
(写真はシリコンアレーの歴史などにつ
いて書いた立て看板。今ではダウンタ
ウンの観光地となっている。)
プログラム開始時に出資した資金はそれぞれ 200,000 ドルといわれている。
27
2-4 NYNMA (New York New M e dia Association)
NYNMA は94年に設立されたNPOである。個人の関係をベースにした組織であり、現
在約3000人の個人会員がいて基本的には会員の納める会費(年間25ドル)とボランティア
で運営されている。33その活動は必ずしもダウンタウンだけではなくニューヨーク市全体
に及ぶが、ニューヨーク市におけるコンテンツ産業の発展を語るには欠くことのできない
プレイヤーである。EDCやAllianceがその目的を経済的な発展としているのに対して、
NYNMAはコンテンツ関連企業の起業家、クリエーター、企業を支える専門家(弁護士等)
をサポートする事、及びニューヨーク市をコンテンツ企業にとって理想的な場所にする事
を目的としている。この2つの目的を達成するため、セミナー等の教育の機会や、パーテ
ィ等のイベントを通じて最新の情報を提供し、企業や専門家同士のインタラクションを促
している。NYNMAの活動はネットワーキング・イベントを中心に多岐にわたるが、そう
した努力により起業家は投資家やビジネス・パートナーを得やすくなり、新たなビジネス
が生まれ、コンテンツ産業全体を活性化させている。34
NYNMA の活動は94年にMark Stahlman35の自宅で起業家が集まって情報交換をする
ことから始まった。彼等がビジネスを発展させていく過程で、産業の事を良く分かってい
る会計士や弁護士に相談したいと思うと、西海岸までいかなければならなかった。そうし
てニューヨークと西海岸を何度も往復しているうちに、そうしたソフト・インフラがどう
しても必要だということになり、それがNYNMAに発展したと言われている。
「シリコンア
レー」という言葉もNYNMAから生まれたという。
現在NYNMAが開催するセミナーは、知的所有権の評価や保護に関するもの、作品のプ
ロモーションに関するものなど実践的で経営に関連した内容のものが多く、次の世代の起
業家を次々と育成しようとしている。また、エンジェルとの朝食会等、投資家と起業家の
出会いの場を確保し、スタートアップの企業が資金を得やすいようにしている。
NYNMA のExecutive DirectorのAlice O’Rourkeは、
「投資家達のネットワークも活発
になったため、どんな企業に投資をすべきかについての情報が増え、投資が得やすくなっ
てきた。起業家も様々なネットワーキング・イベントによって自分達のアイディアをより
洗練することができるようになってきた。最近はエンジェルとの朝食会で資金を得、ジョ
33
州と市も資金を拠出しており、Microsoft 等大企業のスポンサーもいる。
特に“Cyber Suds”と呼ばれるパーティは有名で、共通の興味を共有する人達が集まっ
ている。目的は様々でありビジネス情報だけでなく、結婚相手を探しに来ている人もい
るといわれる。
35
NYNMA の Founder で現在 New Media Associates 社の社長。当時 Stahlman 家に集ま
ったというメンバーの多くは現在シリコンアレーを代表する企業の重役となっている。
34
28
ブポスティングで従業員を確保したというような企業も現われ、今までのNYNMA の努力
が少しずつ実を結んでいる。起業家達に多くの機会を与えることが重要だ。
」と話す。
このようにネットワーキング・イベントを通じ、企業に対して組織的に行動することの
重要性を訴える一方、政府に対しては税金の控除の重要性等、なにが産業の発展にとって
重要なのかをアピールするロビー活動も行なっている。ニューヨークのコンテンツ企業は
NYNMA の活動を、実態がはっきりしなかった産業をvisibleにして、企業に一体感をもた
らした意味は大きいと評価する。コンテンツ産業には、先に述べたように専門家のネット
ワークから新しいアイディアが生まれ、新しい企業が生まれるという特性があるため
NYNMAが産業の発展のために果たしている役割は大きい。他にも情報産業のコミュニテ
ィを育てようとしている都市は多く、NYNMAは成功例として全米で有名になりつつある。
2-5 World Wide Web Artist Co n sortium (WWWAC)
WWWACも94年に設立されたNPOであり、活動内容や組織の形態もNYNMAとそれほ
ど 違 わ な い 。 シ リ コ ン ア レ ー の 有 力 企 業 で あ る Agency.com 社 の 創 立 者 で あ る Kyle
Shannonらによって設立された。現在、3400人の個人会員がいるといわれており、基本的
には個人会員の納める会費(年間50ドル)で運営されている。36
WWWACの活動もダウンタウンに限ったものではないが、コンテンツ企業のコミュニテ
ィの発展に果たした役割は大きいと言われる。WWWACはコミュニティの形成によるコン
テンツ産業の発展の他に、インターネット自体の発展を促すことを目的としている。ネッ
トワーキング・イベントの開催の他にも、
“Electronic Commerce”、“Digital Imaging &
Graphics”等のいくつかの分野で会員によるスペシャル・インタレスト・グループ(SIG)を
作り、グループごとのに意見交換している。このSIGのミーティングやメーリング・リス
トは特定分野での最先端の情報を得るのには最適の場所だといわれる。
WWWACはインターネットの創生期に、インターネットをどうやってビジネスにできる
かを話しあっていた起業家達のミーティングから生まれた。設立当時はJava37 、やReal
Audio38等の新しいツールを使ってどのようにコンテンツビジネス展開すればいいのかと言
うような事を議論する起業家の集団だった。
Sun Microsystems 等大企業のスポンサーからも支援を受けている。
米国の Sun Microsystems 社が開発した WWW 上のクライアント側で実行されるプロ
グラムを記述するための言語。クライアント側のコンピュータの種類に依存しないため、
Java で開発したアプリケーションはどの OS にも対応する。
38
米国の Real Networks 社が開発したインターネット上で、リアルタイムに音声を再生
できるソフトの名称。
36
37
29
現在、WWWACの代表をつとめるBob Ponceは、「ニューヨークのコンテンツビジネス
は今まで才能のあるアーティストによって発展してきたので、これからもクリエイティビ
ティに関わっていきたい。しかし産業自体の発展に伴い、今後はビジネス感覚の重要性を
強調しながらコミュニティ意識を向上させていきたい。
」と話す。
以上の各プレイヤーの関係を図示すると以下のようになる。(図表 15)こうしてみると
集積を取り巻く水平的なネットワークが存在することがわかる。
図表 15 15 各プレー
プレーヤーの関係
の関係
WWWAC
N Y MMA
情報提供
インタラクション促進
資金援助
企 業
税金・電気料金
減免
EDC
NY 市
税金・電気料金
減免
設備投資
低家賃
短期 契 約
ID指定
ビジネスサ ポ ート
広告・マーケ
Pl ug‘ n Go Bui l di ng ティング
不動産業者
マ ーケティング
費 用削 減
広告の
資金援助
Alliance
3 効果
以上、政府の与えたインセンティブの下で数名のプレイヤーがそれぞれ自分達の役割を
果たしていることことを説明した。それでは結局、こうした政策にはどのような効果があ
ったのだろうか。以下では政策がダウ
ンタウンとコンテンツ産業にどのよう
に影響を与えたのかを説明する。
図表 16 16 ダウンタ
ウンタウンのオフ
のオフィス空室率
空室率
25%
20%
ダウンタウンにおけるオフィスの空
15%
室率は95年に比べて劇的に低下してい
10%
る(図表 16)
。勿論このような空室率
5%
の低下は好調な米国経済の影響による
0%
20.2%
12.4%
9.5%
'95.12
ものが大きいと思われるが、95年以降、
17.6%
'96.12
'97.12
'98.12
(資料) Cushman & Wakefield,Inc.ホームペー
ジ等より作成
30
既に述べたような政策が実施された結果コンテンツ産業のダウンタウンに集積が進んでき
ていることも確かである。
Allianceによれば、Plug’n goプログラムの企業との契約数は大変順調に伸びており、プ
ログラム開始以来、98年末までにITD内で160以上の契約を確保している(図表 17)。
マーケティング戦略の結果、国内外
17 Plug’n go プログ
図表 17 プログラムの契
ムの契約数
から賃貸に関する問い合わせが相次い
100
でおり、契約数は今後も増え続けるだ
80
ろうというのが大方の見方である。
60
また、起業家たちも政府がシリコン
アレーをダウンタウンに誘導したとい
たのは96年くらいである。ニューヨー
45
40
20
20
6
0
う認識をもっており、ダウンタウンが
シリコンアレーと呼ばれるようになっ
82
'97.2
'97.4
'97.8
'97.12
(資料) Alliance for Downtown NY より作成
ク市が、コンテンツ企業をダウンタウンへ誘導しようとして行った政策は成功だったとい
うのが当局やマスコミの一致した見方であるが、今回行なったインタビュー調査からもこ
れは真実だと思われる。
それでは、こうした政策の成功はどのようにしてもたらされたのだろうか。以下では
Plug’n go ビルの先駆となったITDに立地するNew York Information Technology Center
(NYITC)というビル及び、政策的に整備された環境の下で成功している企業の活動内容か
ら政策の成功の理由を分析する。
3-1 New York Information Tec h nology Center (NYITC)
NYITCはITDに立地し、最先端の通信インフラを各フロアで利用可能にしてIT企業に安
価(平均17.29ドル/sqft、約21,400円/㎡)で賃貸した最初のビルであり、現在のPlug’n go ビ
ルのモデルになっているが、正確に言えばPlug’n go ビルではない。NYITCがオープンし
たのは95年であり、Plug’n goプログラムは97年に開始されている。Allianceによれば
NYITCの成功がPlug’n goプログラムの実施を決定づけたという。つまり、Plug’n goプロ
グラムはNYITCの成功をITD内にコピーしようというものである。
3-1-1設立の経緯
NYITCは現在のダウンタウンのオフィスビルの歴史を象徴するようなビルである。ニュ
ーヨーク証券取引所と通りを挟んで斜め向かいにあり、外見はごく普通のオフィスビルで
31
他のウォール街のビルと区別がつかない。67年に建設されGoldman Sachs社の本社ビルと
なり、同社が移転した後の81年にDrexel Burnham Lambert社が入居する。しかし90年に
同社が倒産、会社が清算されオフィスが閉鎖されるとその後5年間も借り手のないまま放
置されていた。
(図表 18)
図表 18 18 NYITC
ビルは、地主であるRudin 一族の同族会社であるRudin Management Company (Rudin)
によって経営されているが、ビルを全面的に改装して小規模のIT企業を新たなテナントと
して誘致するにあたっては、社長のWilliam Rudin氏と市政府の間で何度も協議があった
といわれる。NYITCはLower Manhattan Planの適用を受けて税金の控除と電気料金の減
免を受けた最初のビルとなる。
3-1-2施設の概要
31階建て、総床面積40万sqft(約37,200㎡)のNYITCの改装費は約150万ドルといわれ、
資金はRudinによって調達された。39改装作業はビルの中身をそっくり立て直すに等しい
作業だったといわれる。その結果、光ファイバー、ISDN等の高速回線が各フロアに張り
巡らされた他、ビデオ会議等のための衛星システム、ビルのテナント全てを結ぶLANの構
築等最高水準の通信インフラが整備された。賃貸料は当時、平均16ドル/sqft(約19,800
円/㎡)程度だった。入居したテナントは、自分のオフィス内の差込口にプラグを差し込
み、電話会社とインターネット・プロバイダーを選択するだけで高速回線を通じてインタ
ーネットに接続できるように設計されている。また、小規模の企業用に小さなオフィスを
39
当時の不動産業界関係者からは Rudin の計画は無謀なものだと思われていた。
32
図表 19 NYITC のホーム
ホームページ
多く作ったり、入居した企業が自分達でフ
ロアプランを作成できるようなスペースを残
す等の工夫もなされた。その他にも、24時
間のセキュリティとエアコンディションや、
共同で利用できる会議室、スポーツジムやビ
リヤード台のあるレクリエーションルーム等
のアメニティも確保しており、そうしたアメ
ニティは全て賃貸料に含まれている。
このような充実した施設の他にNYITCで
は自らのホームページを設け、ビルだけでは
なくテナントの紹介も行なって宣伝をすると
同時に、テナント同士にネットワークを促すために様々なイベントも企画している。
(図表
19)
3-1-3テナント
NYITCに最初に入居したテナントは、シリコンアレーの企業で始めて株式を店頭公開し
た、インターネットで音楽の配信を行うN2Kであるが、その後コンテンツ系ベンチャー企
業が続々と入居し始めた。また、IBMがインターネット関連の事業を行なう部署の一部を
ニューヨーク郊外のアーモンクからNYITCに移転する等、大企業の入居も進んだ。40その
他、ヨーロッパ、アジア等の企業も入居している。また、入居後に事業の拡張に伴ってス
ペースを拡張した企業もある。前述のN2Kもその例であるが、ホームページのデザイン行
なっているStudio Archetype社は最初は1,500sqft(約140㎡)で事業を開始したが、その
後事業を拡張して1万sqft(約930㎡)を賃貸するようになった。NYNMAのオフィスも
NYITCに立地するなど、今ではNYITCはITDのマグネットとして一大コミュニティを形成
している。勿論、こうしたテナントはLower Manhattan Planにより、電気料金の減免と
業務用地賃借税の減免をうけることができ、AllianceがITD企業に対して与える恩恵も受
ける事ができる。もっとも、現在では120社以上のテナントが入居して世界的に有名にな
ったNYITCだが、95年のオープン以来、入居率が100%に達したのは97年に入ってからの
ことであり、成功までには長い時間がかかっている事が分かる。
40
こうした現象は、安価な賃貸料やインフラに影響されたわけではなく、クリエーター等
の人材を確保するためだといわれている。
33
3-2 企業の活動内容
ダウンタウンに立地している企業の中で成功をおさめている企業は数多く存在すると思
われるが、以下では、“UP-Set”というインターネットの検索エンジンを運営している企業
と、“Cybergirrl”という女性向けのインターネットコンテンツを作成している企業を取り
上げる。
3-2-1UP-Set
UP-SetはRefer-Itという検索エンジン41を作成・運営しているベンチャー企業で、オフ
図表 20 20 Refer-It ホームペ
ームページ
ィスはNYITCにある。
(図表20)
Refer-It はNew York Times紙やBBC等
のマスコミでも取り上げられて有名になり
つつあり、97年度は約12万5,000ドルだっ
た広告収入が、98年度には100万ドル程度
になると見込まれている。現在UP-Setは3
人の正社員と、4人のパートタイム従業員
で運営されている。
創業者でCEOのJames Marcianoが実際
に企業活動を始めたのは96年である。ビジネス・スクールを卒業し、アーサーアンダーセ
ン社でコンサルタントとして働いた後、自分の貯金を元手に独立して現在の事業を一人で
始めた。初めはハーバード大学の卒業生用のクラブを利用して事業活動を行っていたが、
NYITCがテナントを募集していることを知り、短期のリース契約をして本格的に事業を開
始する。Marcianoによれば、入居した理由は、賃貸料が安いこと、通信インフラが既に整
っていて入居したその日から企業活動を開始できるということの他に、自分達はスタート
アップで誰も自分達を知らなかったので、当時、有名になりかけていたNYITCに入居すれ
ば良い宣伝になると思ったということである。当初はニュージャージーでオフィスを開設
する事も考えたというが、結局、ニュージャージーでは必要な人材を確保できないととい
うこと、また事業の性質として、企業同士のインタラクションが新しいものを生み出すと
いう考えがあったためシリコンアレーにオフィスを持ちたいと考えたという。
NYITCにオフィスを持つことの利点として挙げられるのは次の 2点だという。第1には
AllianceやNYITC等が企画する様々なパーティやイベントなどを通じてネットワークを形
成し、他の企業や専門家と協働したり、情報を得られたことである。NYITCは特にこうし
34
たネットワークを活用したコラボレーションやコミュニケーションが盛んである。UP-Set
は隣のオフィスのMedia Streamという企業と会議室をシェアしており、同じフロアの
Interactive Connectionという企業とも、マーケティングストラテジーに関してCEOにア
ドバイスする代わりに、機材を借りるなどといった協力をしている。また、何か技術的な
問題が起こった時などは違うフロアの企業とも協力し合っている。42小さな企業のほとん
どがドアを開けたままにしてあり、色々な人が勝手に出入りしている。43また、こうした
状況を営業活動に利用している企業も多い。Marcianoはビルのテナントのうち、半分以上
のオフィスには行ったことがあり、N2KがUP-Setの顧客になってくれたのはそうした活
動をしていたからだと話す。このようにNYITCでは入居している小企業同士が情報技術、
アイディア、専門知識をシェアして、小さなコミュニティを構成している。また、テナン
トが主催するパーティも多く行われていて、各フロアでチラシを配ったり、エレベータに
案内を貼ったりしてアナウンスされる。業界自体が保守的でないということもあるが、ニ
ューヨークらしからぬフレンドリーでコラボレーションがしやすい環境が生まれている。
また、Marcianoは最新の業界動向などに関してはNYNMA等の主催するパーティやイベン
ト等を通じて情報を増やしている。
第二には、NYITCがテナントリストを自らのホームページで紹介しているため、ビルが
有名になるにつれてUP-Setへのアクセスも増えたことが大きいという。すべてのテナント
がこの恩恵を受けており、Marciano氏は賃貸料でマーケティングもできたようなものだと
考えている。また、Allianceの宣伝の効果もあってインターネット上だけではなく、今で
はNYITCは世界中でシリコンアレーの中心地のように思われ、観光地化しており、テナン
トは自分達のステータスをあげることができた。44
41
42
43
44
インターネット上の広告協力制度を採用している企業のデータベース。
こうしたコラボレーションはかなり一般的である。例えば他のフロアの企業ではプログ
ラマーがいないので隣の会社のプログラマーに協力してもらう等ということも起こって
いる。
そのかわり、NYITC の入り口のセキュリティは厳しい。
日本の事情を良く知る New York Zoom 社、副社長の Matthew Waldman は、NYITC
に入居していることを「例えば東京でいうとオフィスの住所が表参道になっていること
と似ていて、他の人達に与えるインプレッションが違う。
」と話す。
35
3-2-2Cybergrrl
Cybergrrlは“Webgrrls”というホームページを作成・運営するベンチャー企業で、オフ
ィスはITDにありLower Manhattan Planの適用で電気料金の減免などの優遇を受けてい
る。同社のホームページは女性を対象にインターネットの世界では実際に何が起きている
のかを伝えると共に、IT業界で女性が職を得る手助けもしている。今後、女性がコンピュ
ータを使う機会が増えることが予想されるた
図表 21 Webgrrl
rrls ホームペー
ムページ
め、生活の様々なステージで情報技術につい
て女性に必要な情報を提供することを大きな
目標としている。こうしたホームページの運
営を通じて得た知識を利用して、女性をマー
ケットとする企業に対するコンサルティング
や、ホームページ作成、オンライン・マーケ
ティング、イベント等を行う他、自社のホー
ムページから広告収入も得ている。
(図表 21)
CybergrrlはU.S. News、USA Today等全国的メディアで取り上げられると共に、96年
にはGiuliani市長から表彰を受けて、10月22日が“Webgrrl’s Day”に指定される等、業務
を順調に拡張している。また、創業者で社長のAliza Shermanは本を出版したり、市政府
の主催するいくつかの委員会に関わる等、シリコンアレーのコンテンツ企業の中でも有力
なプレイヤーの一人である。Cybergrrl は9人の正社員と5人のパートタイム従業員で運営
されている。Cybergrrlの設立は95年で、マンハッタンのアッパーウエストサイドの
Shermanのワンルーム・マンションからスタートした。Shermanは音楽産業に6年間従事
した後、NPO勤務を経て創業した。ライターになる夢を実現するために、インターネット
を利用したところ、これは誰にでもできると思い、自分と同じように何も知らない人達に
も機会を提供したいと思ったのが事業を始めるきっかけだったという。自分のホームペー
ジを作成して、メーリングリストで意見を交換しているうちに事業に発展した。
ダウンタウンにオフィスを開いたのは、事業が好調で自分の部屋だけでは狭いと感じて
いた時に、付き合いのあったコンテンツ企業が倒産したため、オフィスと機材を引き継ご
うと思ったのが直接のきっかけだったという。しかし、ビルに既に光ファイバーが引かれ
ていて引越しが簡単だったことと、賃貸料が安価であるという条件がなければ自分でオフ
ィスを持つのはもっと遅かっただろうと話す。自分のオフィスを開くにあたってはニュー
ヨークの他に、ボストン、サンフランシスコも考えたが、自分達はコンテンツ企業という
よりインターネットを利用したメディア企業だという考えがあったため、主要なメディア
36
企業のあるニューヨーク市を選択している。既存のメディア産業で報道されアイデンティ
ティを確立することや、頻繁にアクセスして情報を得られることは重要だと語る。また、
例えばニューヨーク郊外に立地したとしても結局、最新の情報を得るためには人と接触し
なければならないため、何度もマンハッタンに来る必要があり、時間もお金もかかって現
実的ではないという。
また、コンテンツはコピーされやすいためブランドを確立する事が必要でITDのような
ブランドが確立している場所に立地している事はとても重要だという。Cybergrrlはマーケ
ティングや広告費は一切使っていないが、それはITDやシリコンアレーが世界的に新聞や
テレビで取り上げられることも多く、ブランドを確立するのに役立っているからである。
また、ShermanはAllianceやNYNMAの提供するネットワーキング・イベントも、コミュ
ニティを確立するというだけではなく、自分達をアピールする場としても考えて活用でき、
多いに評価できると話す。
4 政策が成功した理由
これまでみてきたことから、ダウンタウンにコンテンツ産業を集積させようという政策
が成功した理由を整理すると、以下の4点になると思われる。
第1に、経済的な支援が効果的に行われたことが挙げられる。安価な賃貸料と充実した
通信インフラ、短期間・小スペースでのフレキシブルな賃貸が可能というような小規模の
コンテンツ企業を支えるための支援策は大変効果的であった。また、固定資産税の控除や
電気料金の削減といった支援策はコンテンツ産業だけでなく、そうした環境を整えた不動
産業者にも利益を与え、不動産投資を促した。
第2に、市が行ったマーケティング戦略によりダウンタウンに立地した企業自体が成功
していることが挙げられる。Allianceによれば、近年ITDに立地した企業のうち20社は既
に3倍の規模になったという。勿論、こうした企業の成功は前述したように産業自体の発
展によるところもある。しかし、ダウンタウンのコンテンツ企業の成功には、上記のよう
な経済的支援の他に、市やAlliance等が「シリコンアレー」という名前を効果的に使って
ダウンタウンのコンテンツ企業全体を売り込んできたことが大きく寄与している。その結
果、立地している企業が有名になり、企業が成功すれば今度はダウンタウンやシリコンア
レーの知名度が更に上がって他の企業を助けるという好循環が起こっている。
第3に、企業間にネットワークの形成を促したことが挙げられる。コンテンツ産業には
互いに近接して立地し、インフォーマルなコミュニケーションを通じて情報を入手したり、
37
フェーストゥフェースのコラボレーションを行いながら発展していく性質があるため、企
業や専門家の間の人的ネットワークやコミュニティの構築は発展のために不可欠である。
こうしたネットワークの形成のため働きかけはNPOによるものが多く、必ずしも政策によ
る効果だけとは言えないが、政府がネットワーク作りのために様々なイベントを支援する
等の努力を行ってきたことが実を結んできている。
第4に、ダウンタウンを24時間のコミュニティにしようという政策的意図が結果的にコ
ンテンツ産業を引き付けつつあることを挙げたい。Lower Manhattan Planによる住宅と
オフィスの複合利用の促進は、コンテンツ産業の集積をねらったものではないし、今のと
ころ上記の3点ほどは政策の成功に寄与していないかもしれない。しかし、先に述べたよ
うにコンテンツビジネスに従事するクリエーター達は、24時間のソーシャルアメニティを
必要としている。現在でも、SOHOやFlatiron Districtがクリエーター達にとってはまだ
まだ魅力的な場所なのは彼等にとってのソーシャルアメニティが確保されているからであ
る。深夜までやっているレストラン等も多く、既に24時間のコミュニティが確立されてい
るため、賃貸料さえ下がればそうした場所にオフィスを持ちたいと考えている企業は多い。
しかし最近、複合利用の促進はコンテンツ産業が集積し始めたこととの相乗効果で、ダ
ウンタウンの雰囲気を徐々に変えつつある。住宅とコンテンツ企業の増加により、レスト
ランやカフェといったソーシャルアメニティの整備が進んだといわれる。45週末や夜にな
っても人通りが増え、金融業の街が若者とクリエーターの街に変化しつつある。2年前な
らサンドウィッチ屋とかスターバックスのような軽食を出す店すらなかったのに、今では
GAPやバナナ・リパブリックといった若者向けファッションの店が開店するという噂まで
ある。こうした変化はクリエーター達に好感され、ダウンタウンは彼等にとって以前ほど
「ダサい」場所ではなくなってきているし、将来的には最先端の文化の発信地に生まれ変
わる可能性さえある。
図表15に各プレイヤーの関係とその活動内容に関して示したが、上に述べたようにニュ
ーヨーク市では政策的にこうしたプレイヤーを育成し、その活動を支援している。図表 22
はニューヨーク市の政策とそれを実施するプレイヤーを、先に述べた集積による発展のメ
カニズム、及びインキュベーターとしての都市機能の関係から整理したものである。この
表から、政策は結果として先に述べた集積による発展のメカニズムを円滑にし、インキュ
ベーターとしての都市の機能を更に高めていることが分かる。
45
Lower Manhattan Plan が実施されて以降、住宅は増加し続け現在 3000 戸以上が着工
されている。
38
図表 22 22 政策とプ
策とプレーヤーの
ヤーの役割
新しくて小さな企 業
集積と
近 接性
発展
● ● ● ● ● ● ● ● ●
● ●
● ● ●
仕事 の進 め 方
●
ソー シャル アメニ ティ
都市 の スペー ス
機能
アー ティスト
WWW
AC
NYU他
プレーヤ ー
NY市
Allian
ce
EDC
不動
産業
者
NYNM
A
LMP
ITD
Plug'n
Go
政策
● ●
● ●
●
● ● ● ● ●
● ●
関連教育 機関
●
5 今後の展望
これまで述べてきたことは、あくまでも成長の早いコンテンツ産業の現在の姿に関する
ものであり、スナップショットのようなものに過ぎない。今後は大きく産業を取り巻く環
境も大きく変化するかもしれない。しかし、これまでの政策の成功によりニューヨーク市
としては今後もコンテンツ産業を支援していくと思われる。
EDCによれば、金融業という基幹産業をもつニューヨーク市にとってコンテンツ産業の
発展による経済的な効果は“a drop in the bucket”だが、新しい産業を育成し、コミュニ
ティを再生する事は大きな意味があるため、今後も支援し続けていきたいとしている。ま
た、Plug’n goビルも99年に入ってから新たに4個所が追加され、合計14個所になった。97
年にプログラム開始時の6個所から、2年間で2倍以上に増えたことになる。その人気から
賃貸料は上昇しているが、それでも今度もコンテンツ企業のダウンタウンへの集積は進む
というのが大方の見方である46。Allianceは今後も、スタートアップの企業等の小企業をタ
ーゲットに誘致を図ると共に、更にITDにおける企業間のネットワークを強固なものにす
るべく活動を行っている。
46
初年度の賃貸料は 16 ドル/sqft(約 19,800 円/㎡)から 19 ドル/sqft(約 23,500 円
/㎡)に上昇している。
39
VII. まとめ
初めに述べたように、本調査は先にサンフランシスコにおいて行った調査の成果に基づ
いており、サンフランシスコにおいて一度検証した仮説を再度検討した上でコンテンツ産
業を支援するのに有効な都市政策を明らかにすることを目的としている。以下では政策提
言に向けて、本調査の成果を整理する。
1 集積の意義
コンテンツ産業には集積することで加速度的に発展していく性質があることはシリコン
アレーの発展の過程からも明らかである。Porterも最近の論文で産業競争力がクラスター
によってもたらされると述べているが、シリコンアレーのコンテンツ産業の集積つまり、
クラスターはPorterの理論を顕著に体現している。47
一般に、小規模で歴史の浅いコンテンツ企業は競争よりも協働を繰り返すことで発展す
る。それはマルチメディア・コンテンツという製品自体が多彩な才能のフェーストゥフェ
ースの協働によって生まれるからである。ひとたび、こうした様々な才能が濃密に接触す
る「場」が形成されると、それは人材を呼び込み、プロダクト・イノベーションの頻度も
高まって産業全体が発展することになる。今後、世界に通用するようなコンテンツビジネ
スを振興していくためには、このような「場」を与えるように仕向けることが重要だと考
えられる。
2 集積地域の条件
コンテンツ産業が集積するような「場」としての都市には基本的条件がある。そうした
条件とは、
「高いソーシャルアメニティ」
、
「安価なスペース」
、「アーティストの集積」
、
「関
連教育機関」の4点である。また、継続的に仕事を供給するクライアントとしての産業、
及び不足する人材を安定して供給する産業と容易に連携ができる程度の距離にある必要も
ある。ニューヨークの場合、こうした産業は元々ニューヨークに立地していたメディア関
連産業と金融業であったが、サンフランシスコの場合はベイエリア一帯に立地しているIT
産業であった。こうしたことから考えると、コンテンツ産業は「文化的水準の高い大都市」
に立地する都市型産業であるといえる。
47
Porter, p80-84
40
3 政策対応の方向性
コンテンツ産業が集積することで発展し、そうした集積が起こる場所に明確な条件があ
るのならば、コンテンツ産業を振興するためには元々こうした条件の整った都市において、
上に述べたような基本的条件を更に整えるような支援を行うことが重要である。ニューヨ
ークで行われた政策は大変効果的であった。これは端的に言えばコンテンツ産業の集積に
よる発展のメカニズムを把握した上で、
「安価なスペース」を政策的に提供するようにした
からだといえる。
また、ニューヨークで行われた政策はそれを支えたNPO等のプレイヤーの役割も大きい
ため、このようなプレイヤーを支援することが必要である。その他にも、市政府がさほど
コストをかけずに政策を成功させた点や、政府によるコンテンツ企業のマーケティング戦
略等、方法論の点で学ぶべき所が大きい。
VIII. 今後の研究課題
本研究は我が国においてコンテンツ産業を発展させるにはどのような政策が有効である
のかを提言することを目的としており、これまでにコンテンツ産業の特性と集積の意義、
集積地域に必要な条件、支援のための都市政策の方向性を米国で最もコンテンツ産業が集
積しているといわれる2大都市における実態調査から明らかにしてきた。今後はこの研究
成果を踏まえ、更に以下のような点に関して研究を進める必要があると思われる。
1 日本のコンテンツ産業実態調査
将来我が国で実施されるべき政策を考える場合、まず日本のコンテンツ産業の実態を正
確に把握する必要がある。特に、文化的水準の高い大都市においてコンテンツ産業の胎動
がおこっている可能性がある。また、そうした都市において自治体政府はどのような施策
を行っているのかを整理する必要があろう。
2 地域条件・政策的支援方法の洗練
今までの調査において発見したことから、条件の整った都市を集中的に支援していくこ
とが、集積を利用して加速度的に発展する性質のあるコンテンツ産業を振興するためには
重要だといえる。そのためには今までの調査で発見した地域条件と政策的支援方法をより
具体的に提言できるように、日本の実際の都市へ適用を検討したうえで明らかにしていき
たい。また、急激に変化するサンフランシスコやニューヨークのコンテンツ産業は今後も
継続的にウオッチしていく必要があろう。
41
(Interview)
Sharon Greenberger, Assistant Vice president, Information Technology District,
Alliance for Downtown New York, Inc.
Valerie Lewis, Director, Public Relations, Alliance for Downtown New York, Inc.
Aliza Sherman, President & Corporate Visionary, Cybergrrl, Inc.
Richard Johnson, President, Hot Jobs
Chris March, Vice President, Hot Jobs
Peter Connors, Director of Marketing, Hot Jobs
Tillie Castellano, Business Recruitment Administrator, New York Economic
Corporation
Alice Rodd O’Rourke, Executive Director, New York New Media Association
Matthew Waldman, Vice President, New York Zoom
Nial Swan, Director, US Operations, NUA
Red Burns, Chair ,NYU Interactive Telecommunications Program
William Fisher, President, Open World Interactive
Barney Lehrer, President, International Internet Strategy, Open World Interactive
Edward J, Ryeom, Vice president, Prospective Street Ventures
Christopher Jones, Director, Economic Programs, RPA
Joanne Wilson, Advertising Director, Silicon Alley Reporter
Gordon R. Gould, Silicon Alley Reporter
James Marciano, Founder & CEO, Up-Set
Robert Ponce, President, WWWAC
42
(参考文献)
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(brochure)
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Giuliani’s Lower Manhattan Revitalization Plan
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“New York eases taxes to create multimedia Mecca”
COMPUTERWORLD, August 14
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未来』 IDGコミュニケーションズ
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小林千代 (1998) 「見事に帰り咲くニューヨーク(その1、その2)
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1月号、2月号
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通商産業省機械情報産業局監修 (財)マルチメディアコンテンツ振興協会編 (1998) 『マ
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デジタルアーカイブス株式会社編 (1997) 『メディア・ニュージェネレーション−Digital
Producer’s Bible−』 毎日コミュニケーションズ
43
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Total New York
http://www.totalny.com/
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http://www.up-set.com/
World Wide Web Artists' Consortium
http://wwwac.org/
44
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