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2空港体制は名古屋圏に残された最後の切り札 失ったもの、失いつつ
2空港体制は名古屋圏に残された最後の切り札 ~海外市場への進出促進策こそが必要~ またしても中部国際空港と県営名古屋空港の一元化論議が再燃しかけているようだが、 2空港体制は名古屋圏に残された最後のカードのひとつでもあり、放棄すれば地域経済に 将来はないといっても過言ではない。 既に多くのカードを喪失あるいは喪失しつつある当地にとって、2空港体制はいまだ東 京が持ち得ない数少ない強みのひとつだからだ。 ★ 失ったもの、失いつつあるもの 当地の産業を取り巻く状況として、 ① ガソリン自動車→電気自動車への大規模シフト ② YS-11 の失敗を繰り返しかねない航空宇宙産業 ③ リーディング企業の域外流出 ──などが挙げられる。 ① 自動車産業には依存できない まず①に伴い、自動車関連の下請け企業の多くが淘汰されることが予測される。 エンジン → バッテリー、金属素材 → 樹脂系複合素材、ガソリンスタンド → スマー ト・グリッドと、「つい最近まで必要とされてきた多くのもの」が、あっさりと別のものに 取って代わられる。 自動車本体の技術レベルでも、電気自動車はアメリカや中国のベンチャーが続々と独自 技術を引っさげて市場展開に乗り出している。 “極論すればラジコン”の電気自動車は、部品点数も少なく、アイデアひとつで競争力を 高めやすい。技術転換期とあって、既存の自動車業界のしがらみに足を取られにくいこと も追い風に、勢いを伸ばしている。 中国の電気自動車の技術力は、既に日本勢を上回っている、との指摘もある。また、レ アメタル保有国として、資源外交を仕掛けていける強みも軽視できない。 既存の自動車産業に、地域経済の牽引役を期待しつづけるべきではないだろう。 ② 航空機産業の問題点 こうした中、航空機産業に対する期待は根強いようだが、YS-11 の開発に携わった複数の 関係者からは、 「今回の航空機産業振興策は、40 年前の失敗と全く同じパターンを繰り返し ており、YS-11 以上の損失を出してつぶれる危険性が高い」との警告を聞く。 まず航空機産業には次の特性があることが、一般に紹介されていない。 ・ 完成品の販売量が絶対的に少ない(世界全体の旅客機数でさえ2万機に満たない) ・ ネジ1本に至るまで、航空当局の厳しい審査にパスしなければ販売できない ・ 高度な技術を駆使した航空機でも、日用品同様、市場では容赦なく値切られる ・ 完成品の販売量が少ないため、一部の客から値切られただけで収益計画が狂う ・ 実績最優先。海外メーカーと直取引のある日本企業は、「人材は(実績豊富な人材が大 量に存在する)アメリカで採用する。日本での採用は考えていない」と明言する ・ 以上の特性から、航空機産業で投資の回収ができるのは、一般的に 20~30 年後とされ る。その間、巨額の先行投資を支えられる収益部門を、他に確保しなければならない YS-11 のときも、「国産旅客機を開発するので、みなさん参入しましょう」との旗振りが おこなわれ、何 100 社という企業が集まったが、 「商売にならないと気づいた途端、ほぼ全 ての企業が去ってしまった」 (YS-11 開発エンジニアのひとり)。今回の航空機産業参入の呼 びかけが、当時の反省点を十分に生かしている節は見受けられない。 また今回は、世界全体で次の動向が起きていることも直視する必要がある。 ・ ボーイング、エアバスとも、サプライヤーの数を従来の数分の1~数 10 分の1に絞り 込みをかけており、新規参入どころか、「参入済みの企業の何社が生き残れるか」が航 空機産業の現状となっている ・ 航空機の部品もグローバル調達が当たり前の時代に入っており、一流の品質はもちろん、 新興国と張り合える価格競争力も要求される ・ 日本の航空機産業の得意分野は構造部材であり、新規参入もこの分野を中心に想定され ているが、構造部材の技術は BRICsの追い上げが激しく、航空機業界では、早ければ 2015 年には日本と BRICs諸国の技術力差はほぼなくなるとの予測もある 日本企業にも、重工の下請けではなく、海外有力メーカーと直接取引している企業が少 なからず存在している。こうした企業の共通点は、 ・ 戦前から航空機産業に従事しており、そのノウハウと実績をもとに売り込みをかけた ・ 世界経済の一体化の流れを考えれば、航空機産業への進出が、生き残りには必ず必要に なることを見越し、中長期的な視点から投資を進めてきた ・ 新興勢力に攻め込まれやすい PMA などの部品市場ではなく、アフター・メンテナンス も含めたシステム供給者として、地歩を固めてきた ──であり、いずれも数 10 年かけて今のポジションを築いている。自動車の仕事が減った からと慌てて次の収入源を探している企業とは、そもそも出発点が異なる。 頼みの綱の国産ジェット旅客機 MRJ についても、「100 機受注」と報じられたが、正確 には「覚書の締結」。ANA の 25 機も同様。契約ベースでの受注実績は依然としてゼロのま ま推移している。ただし、これ自体は悲観することではない。その理由としては、 ・ 09 年9月の大幅な設計仕様の変更後も、細部の見直しは繰り返されており、正式な設 計はまだ固まっていない ・ 正式な設計が固まらない限り、完成品が実際に発揮できるスペックも変動する可能性が ある ・ YS-11 では、設計が固まる前に受注契約を交わしたが、完成品のスペックが異なったた めに違約金が発生。1機あたりの違約金は数 10 万ドル(今の日本円に換算すると、億 単位の額になるだろうか)で、巨額の赤字を生む原因のひとつとなった したがって現時点では、無理に契約を取る必要はないともいえる。 そもそも国産ジェット旅客機事業は、あくまで一民間企業の収益事業。地域企業の救済 事業ではない以上、過度の依存は慎むべきだろう。 ③ リーディング企業がいなくなる 「名探偵コナン」というミステリー漫画がある。 小学館「週刊少年サンデー」連載中で、単行本の累計発行部数は 09 年4月現在、1億 2,000 万部を突破している。 毎年ゴールデン・ウィーク映画として劇場版も制作されており、既存 13 作品の累計観客 動員数は 2,700 万人以上。09 年4月公開の第 13 作目は、ゴールデン・ウィーク中の興行成 績でハリウッド超大作「レッドクリフ2」を引き離し、独走1位を記録。世界同時不況の 真っ只中にあって、観客動員数 291 万人、興行収入 34 億円以上と、シリーズ最高記録を達 成した。 子供から大人まで幅広い年齢層に支持されており、海外各国でも人気を集めている。筆 者もイギリスからの帰国便で、隣り合わせたアメリカ人英会話教師と、同作品の話で盛り 上がった経験がある。 このアニメの映像化権を保持しているのが、トムス・エンタテインメント社。名古屋発 祥の企業だ。同社は「ルパン3世」の映像化権も保有しており、09 年3月末に全国放送さ れた「ルパン3世 vs 名探偵コナン」は、19.5%の高視聴率をマークした。 今や日本文化のトップバッターとして、世界中の支持を集める日本製アニメ。その中で も国民的人気作といえる2作品のコンテンツ・ホルダーを地元に擁することが、いかに国 際都市としての魅力づくりに有望なカードとなるかはいうまでもない。 しかしトムス・エンタテインメント社は 06 年、本社を東京に移転し、08 年度上期には IR 活動も東京に一本化、残っていた名古屋事務所を閉鎖してしまった。このとき、当地の 経済界もメディアも、全く危機感を示さなかった。我々が何を失ったのか──というより “何かを失った”ことさえ──理解していなかったようだ。 2010 年には、当地で 100 年つづいた老舗百貨店も、本社を東京に移す。物事の決定権を 持つ高所得の役員やマネージャーも東京に移り、それらの人々を訪ねてくる有力者も、こ れからは名古屋でなく東京に向かう。 地域の力がどんどん失われていく状況に、何らかの本質的な対策を打とうという議論は、 いまだに起きる気配が見られない。 ★ 東京にないアドヴァンテージを生かせ 名古屋は国際都市としては、もはや崖っぷちに立たされていると把握するのが妥当であ ろう。その中で、<県営名古屋空港=日本初の社用ジェット国際空港&マイナー路線用空 港、中部国際空港=メジャー路線主体の総合国際空港>という2空港体制を、東京にも先 駆けて整えてあったことは、巻き返しの最後のカードとなり得る。 欧米では、複数空港体制は国際都市の基本インフラとなっている。アメリカで毎年開か れる世界最大の民間航空機産業展 NBAA でも、09 年 10 月の大会では、東アジアにおける 航空機利用者の不満として、「2空港体制の不備」が挙げられていた。 しかし直近では、上海2空港いずれにも、社用ジェット専用国際ターミナルが開設され たように、東アジアでも1都市複数空港体制は、徐々に整い始めている。 2空港体制が必要な理由は次の通り。 ・ 社用ジェット利用者は、自由な発着枠の確保と、プライバシーおよびセキュリティ上の 理由で、旅客の少ない空港を必要とする ・ リージョナル航空や格安航空会社は、維持管理費の少ない小型空港を拠点としなければ、 採算が見込めない ・ 市民の日常の移動拠点として、市街地に近接させやすい小型空港は利便性が高い たとえばパリでは、メジャー路線国際空港のシャルル・ド・ゴールのほか、マイナー路 線と社用ジェットの共用空港オルリー、社用ジェットおよび自家用飛行機専用国際空港 ル・ブールジュの3空港が、相互に補完しあって国際都市パリの経済を支えている。 ロンドンには、国際線旅客数世界1のヒースロー、同世界8位のガトウィックのほか、 社用ジェット専用国際空港ファンボロー、社用ジェット&自家用飛行機用国際空港ビギ ン・ヒル、リージョナル航空&社用ジェット用国際空港ロンドン・シティ、格安航空会社 &社用ジェット用国際空港ルートンなど、計8の民間空港が存在し、いずれも十分な需要 規模を確保している。 格安航空会社は、大手航空会社が撤退した地方空港を有効活用した、米サウスウエスト 航空のビジネスモデルが出発点となっている。 なお、イギリスには約 200、フランスには約 400、アメリカには約 5,000 の公共空港が存 在している。日本の公共空港数(98)は、国土面積比で見ても、先進国としては異例の少 なさなのだ(しかも大半が、交通インフラとして使い物にならない) 。 したがって1都市2空港体制は、国際都市であるための前提条件といってもいいが、東 京にはせいぜい「国内線」「国際線」の住み分けがある程度で、まともな2空港体制は全く 整っていない。整っているのは日本で唯一、名古屋だけだ。 問題視すべきは、それだけのカードを握っておきながら、一向にそれを有効活用するた めの議論がおこなわれていないことだろう。 では世界各国で、1都市複数空港が必要になるほど航空機が使われ始めたのは、なぜだ ろうか? <ロンドン8空港の事例> ↑国際線旅客数世界1のヒースロー。名古屋ならセントレアに相当 ↑ヒースローと並ぶゲートウェイ、社用ジェット専用国際空港ファンボロー。県 営名古屋空港に相当 ↑社用ジェット&自家用飛行機用国際空港ビギン・ヒル。県営名古 屋空港に相当。遠方のビルはロンドン都心部 ↑新開発オフィス街カナリー・ウォーフから車で約5分の都心空港ロンドン・シティ。 県営名古屋空港に相当 ◆ 「デフレ」ではない 今、世界で拡大をつづけている市場は、新興国の新興消費者層。この人々をいかに取り 込むかで、企業の将来性は左右される。 となると、こうした人々に購入できる価格帯での商品開発は欠かせない。当然、新興消 費者層を狙う企業間で、品質・価格両面での競争が起きるので、「安かろう・悪かろう」で は通用しない。 「先進国品質・新興国価格」は、今や企業成長に不可欠の条件となりつつある。 しかも一度「先進国品質・新興国価格」を実現するシステムが整えば、先進国も含めて 世界一律の価格帯で提供してしまった方が、かえって効率が良い。 ライバルに先駆けてシステムを確立した企業は、「先進国品質・新興国価格」で、先進国 市場も席巻しながら利益を伸ばしていけるが、対応が遅れた企業は、一方的な“価格破壊” に巻き込まれ、対抗する余力さえ失ってしまう。 今、先進国で起きている低価格化は、必ずしもデフレだけが原因ではないことを、理解 しておく必要があるだろう。 先進国企業は、システムづくりと新興国市場への喰い込みの両面で、新興諸国とのパー トナー・シップが不可欠となっており、それにはビジネスの勘と力量、決断力と決定権を 兼ね備えたリーダー層が、世界中を飛び回り、あらゆる国の人々と膝を交え、現場(=新 興国市場)を把握して、アイデアを生み出していくことが欠かせない。 要約すれば、「先進国のものづくり」+「新興国との人脈づくり」=「世界規模での仕掛 けづくり」が、先進国企業の生き残りの必要条件といえる。 ここに、多種多様な航空輸送サービスと、特性の異なる複数空港の必要性が生じてくる。 欧米でも新興諸国でも、こうした仕掛けづくりのため、中小企業でも社用ジェットを活用 し、リーダーたちが飛び回っている。 名古屋の企業は、「世界規模での仕掛けづくり」で、東京の企業に先行できる基盤を手に している。もちろん社用ジェットの利用環境がほとんど整っていない日本で、欧米のよう に中小企業が活用することは、ハードルが高い。だからこそ地域経済界を挙げて、それを カバーする方策をひねり出さなければならない。日本政府が改善に動く場合は当然、東京 での2空港体制整備をセットで進めるだろう。当地の優位性は失われてしまう。名古屋か ら日本を変える動きを仕掛けることが欠かせない。 航空機の利用が活発化すれば、航空機産業の発展に重要な分野となる MRO(航空機メン テナンス産業)など、今の日本では事実上成立していない諸産業が発展する基盤も確立さ れる。新たな産業、新たなビジネス、新たな経済効果により、名古屋経済圏を将来にわた って成長させる環境が整ってくるだろう。 ※ 細かいところだが、県営名古屋空港の 08 年度定期便利用者は約 40 万人。セントレアの 08 年度定期便旅客数 1,000 万人の、4%でしかない。しかも路線の大半は、県営名古屋空港だ からこそ採算性を維持できるマイナー路線。これをセントレアに一元化して、どの程度の効 果があるのか、はなはだ疑問といわざるを得ない。 文責:石原達也(ビジネス航空ジャーナリスト) ビジネス航空推進プロジェクト http://business-aviation.jimdo.com/ ※ 欧米の1都市複数空港体制の実例を紹介中。画像多数。 略歴 元中部経済新聞記者。在職中にビジネス航空と出会い、その産業の重 要性を認識。NBAA(全米ビジネス航空協会)の 07 年および 08 年大 会をはじめ、欧米のビジネスジェット産業の取材を、個人の立場でも 進めてきた。日本にビジネス航空を広める情報発信活動に専念するた め退職し、08 年 12 月より、フリーのジャーナリストとして活動を開 始。ヨーロッパの MRO クラスターの取材を機に、C-ASTEC とも協 力関係が始まり、現在に至る。