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第 13 章 人間行動への進化的視点 第 1 節 はじめに 第 2 節 なぜ進化を

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第 13 章 人間行動への進化的視点 第 1 節 はじめに 第 2 節 なぜ進化を
社会心理学50周年企画 第3巻「社会と個人のダイナミクス」 草稿(ver.091217)
第 13 章
人間行動への進化的視点
京都大学こころの未来研究センター
平石界
第1節
はじめに
本章ではまず、自然淘汰理論と行動の遺伝について概観することを通じて、人間行動を理
解するために進化的視点が不可欠であることを論じる。次いで、進化の視点から社会行動
を分類し、いくつかの実証研究について紹介する。最後に、進化適応の議論が、どのよう
に文化差の議論と関連しうるのか考察する。
第2節
なぜ進化を考えるのか
生命という現象は驚異に満ちている。道ばたを歩いている蟻のことを考えてみよう。蟻
はその極めて小さな身体に、移動するための脚、エネルギーを摂取するための消化器、エ
ネルギーを体中に運ぶための循環器、光学情報を得るための目、化学情報を得るための触
覚、それら情報を処理して行動するための神経系など、極めて多くの複雑なデザインを持
っている。さらに蟻には自律性があり、外敵を避け、エネルギー源(餌)を探し摂取する。
そして子孫を再生産する生殖機能のデザインすら持つ。その上、蟻には社会性までもが存
在する。蟻は同じ巣の他個体と協力して巣を作り、餌を集め、卵の世話をし、幼虫を育て
る。巣内で菌類を栽培する種すらある(Holldobler & Wilson, 1998)。蟻のサイズで、蟻
と同等の機能を持つロボット-自律的に環境情報を参照しつつ移動し、他ロボットと協力
しつつ食用キノコを栽培し、それを摂取し、子孫を再生産するロボット-を人工的に作る
ことを考えれば、一匹の蟻がいかに驚異的な存在であるか分かるだろう。
この蟻の驚異的なデザインは、いかにして地球上に生じたのだろうか。それを説明する、
現時点で唯一の科学理論がダーウィンの自然淘汰による進化の理論である(Darwin, 1858;
Dennett, 1996)。
A.生命の起源
自然淘汰による進化が、いかにして地球上に生命という現象をもたらしたのか。その根
本にあると考えられているのが、自己複製能力をもつ分子の存在である。自己複製分子は、
一定の条件を満たすと、純粋な化学反応の結果として、自らと全く同じ化学組成をもった
複製を作りだす。
ここで A という自己複製分子が、生命発生以前の地球上に、偶然発生したとしよう。分
子 A が自己複製する環境が整っていた場合、A の数は自然に増加するだろう。しかし自己
複製は常に完全ではない。そのために A とは化学組成がわずかに異なる A'や A''といった
分子が誤って作られる可能性がある。複製のエラーにより生じた分子の中に、自己複製能
力においてオリジナルの A を上回る分子 B が含まれることがあるだろう。こうした可能性
は非常に小さいものかも知れないが、それであっても、ひとたび B 分子が作られれば、B
分子の複製の数が増加していき、いずれは A 分子の数を上回るようになることが論理的に
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社会心理学50周年企画 第3巻「社会と個人のダイナミクス」 草稿(ver.091217)
予測可能である。
さらに B 分子の複製エラーにより、B よりもさらに自己複製能力の高い分子が作られる
可能性もある。こうしたプロセスが続いた先に、他の自己複製分子を破壊する、触媒のよ
うな性質をも併せ持つ自己複製分子 C が作られたとしよう。C 分子は、周囲の分子を破壊
することで、自らの複製を作るための材料を得ることになる。それゆえ C 分子の数は爆発
的に増加するだろう。しかし C 分子の分子破壊能力を阻害するような膜を自らの周囲に形
成する自己複製分子 D が生じるかもしれない。さらに D 分子の複製エラーの中から、膜を
電気的に動かして移動する能力を持つ自己複製分子 E が生じる可能性も、極めて低いにし
ても、あるだろう。一度、分子 E が作られれば、その複製の数は爆発的に増加することが
予測できる。
このようにして、自己複製分子が作り出した「膜」こそが生物であると考えられる。そ
して地球上の生物を作り出したと考えられる自己複製分子が、デオキシリボ核酸、すなわ
ち DNA である。このことを指してドーキンスは、生物は遺伝子の乗り物(Vehicle)に過ぎ
ないと書いている(Dawkins, 1976)。遺伝子とは、自己複製によって伝達される情報の最
小単位であり、DNA 上においては、塩基配列のパターンとして表現されている。
生命の起源にかんする上記の説明は、生命現象の本質を生物個体、生物集団などではな
く、遺伝子におくことに重要なポイントがある。例えば冒頭で述べたアリの驚異的なデザ
インも全て、そのような「膜」
(個体)を作り出すことが、アリ遺伝子の自己複製能力(適
応度)に貢献するがゆえに、進化したと説明される。ある形質が自然淘汰により進化した
究極の原因は、生物個体にとっての利益ではなく、遺伝子にとっての利益によって説明さ
れるのである。
もっとも、本章で扱う人間行動の場合においては、
「遺伝子にとっての利益」と「個体に
とっての利益」は、多くの場合一致する。なぜならば、ある遺伝子が自己複製をする手段
は、その遺伝子の「乗り物」である個体の繁殖によることが多いからである。しかし場合
によっては、個体にとっての利益と遺伝子にとっての利益に齟齬が生じる場合がある。こ
れは「血縁淘汰」として知られている(Hamilton, 1964a,b)。
B.自然淘汰理論
ここで自然淘汰(Natural Selection)のプロセスについて定式化しておく。自然淘汰理論
には、「変異」「競争」「遺伝」「適応」という4つの基本概念がある(図1参照)。
「変異」
とは、生物の個体差のことである。図の生物には形に変異(四角と丸)がある。
「競争」は、
環境が許す以上の子供が産まれることから生じる。図では3個体しか生き残れない環境に
6個体が産まれたために、生存や繁殖をめぐる競争が生じている。ここで、ある変異が他
の変異よりも有利になることがある。図では丸い形が有利であり、より多くの子を残して
いる。ここで変異が「遺伝」する場合、環境により適した変異を持つ個体の子孫が増えて
いき、最終的には全ての個体が丸の子孫になる。これが「適応」(Adaptation)である。つ
まり進化とは、生存率と繁殖率の積で表される適応度(fitness)の高い個体(より正確には
遺伝子)の子孫(コピー)が集団の中に広がっていく過程である。
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社会心理学50周年企画 第3巻「社会と個人のダイナミクス」 草稿(ver.091217)
図1:自然淘汰による進化のプロセス。
自然淘汰による進化は、ランダムに生じた変異の中で、たまたま環境に適していたもの
が広まるプロセスであり、人間によるデザインと異なり、事前に設定された目的は存在し
ない。本章で「このデザインは~ためのものである」といった目的論的な表現を用いてい
る箇所もあるが、それは便宜的なものである。進化するのは、その時々において各個体の
適応度を上昇させる形質であって、将来的な利益を考えて判断するような行動デザインは
極めて進化しにくい。
また進化においては、ある形質がもたらすコストと利益のバランス(トレードオフ)が
重要である。例えば人間の巨大な脳は高い知能をもたらした一方、脳は大きなエネルギー
を消費し、また胎児の頭蓋が大きくなり出産の危険性を高めることにもなった(Rosenberg,
& Travathan, 2001)。つまりマイナスがあっても、合計でプラスに働く形質であれば進化
しうることが分かる。
加えて、進化においては、親から引き継いだ形質による制限(系統的制約)が存在する。
例えばヒトは2本の腕と2本の脚をもつが、これは祖先の脚の数が4本であったことの制
約である。ヒトが自由に動く腕から受けている恩恵-荷物の運搬や道具作成など-を考え
れば、腕の数は4本や6本であった方が、より有利なのかも知れない。しかし系統的制約
のゆえに、腕は2本となっているのであろう。このように自然淘汰は、環境に適応した生
物デザインを生み出す極めて強力なプロセスであるが、必ず最適なデザインを生み出すも
のではない。
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社会心理学50周年企画 第3巻「社会と個人のダイナミクス」 草稿(ver.091217)
C.個体の意図と適応的意味の区別
進化の視点から人間行動を考える際に、ある行動についての個体の意図と、その行動の
進化適応上の意味を混同しないように注意する必要がある。この問題は、生物学において、
行動の至近要因(メカニズム:How の問い)と究極要因(機能:Why の問い)として分類さ
れているものに対応する(Tibergen, 2005; Reprint of Tinbergen, 1963)。例えば、ヒト
の乳児は極めて未成熟な状態で産まれてくる(Kaplan, Hill, Lancaster, and Hurtado,
2000)。そのため、親が乳児の世話をすることは、乳児の生存率を高めることを通じて、親
個体の繁殖成功度を上昇させる。つまり親にとって乳児の世話をすることは、適応度を高
める行動である。
しかしこのことは、ヒトの親が「自らの繁殖成功度を高める」という意図をもって乳児
の世話をすることを必ずしも意味しない。親がどのような意図を持っていたとしても、結
果として親による乳児への世話が実現されれば、適応上は十分である。例えば「小さくて
丸くて柔らかいもの」に対して愛着を感じるような傾向があったとすれば、それは乳児へ
の世話を引き出すことになるだろう。このような傾向は、
「乳児を世話する」という究極的
な機能を実現するための、メカニズムであると考えることができる。計算論的な視点をと
れば、前者は computational なレベルの問題であり、後者は Algorithm のレベルの問題で
ある(Tooby & Cosmides, 1989)。両者が完全に一致することは少なく、その齟齬により、
必ずしも適応的とは考えられない行動が生じることもある。例えばヒトが「小さくて丸く
て柔らかい」他の動物種に対して愛着を感じることが、ある種の愛玩動物が人為淘汰され
たことの背後にはあるだろう。しかし愛玩動物を育てることは、自分自身の子供を育てる
ことと比したとき、育て主の適応度への貢献は(ゼロではないとしても)ずっと小さいだ
ろう。
D.行動の遺伝
生命という現象を説明するのが自然淘汰による進化であるとして、そこから、人間行動
もまた自然淘汰による進化の産物であると主張することは可能だろうか。人間もまた生物
である以上、人間行動もまた生命現象であり、ゆえに自然淘汰による進化で説明できると
いう主張は可能であるし、論理的に正しい。しかしそれはあくまで「究極的には」という
話である。日常の人間行動のほとんどは後天的に獲得されたものであって、自然淘汰によ
る進化は学習能力をもたらしただけかもしれない。
この可能性については、人間行動がどれだけ直接に遺伝の影響を受けているのかを検討
する行動遺伝学から回答が得られる。行動遺伝学では、主として双生児を対象とした研究
によって、人間行動における遺伝の影響が小さくないことを繰り返し証明してきた。双生
児研究においては、遺伝子を100%共有する一卵性双生児と、平均50%しか共有しな
い二卵性双生児の、きょうだい間の類似度を比較することで、人間行動における遺伝の影
響を検討する。双生児きょうだいの行動を似させる要因としては、遺伝的な類似性と、生
育環境の類似性を上げることができる。後者は家族で共有される環境要因という意味で、
共有環境要因と呼ばれる。共有環境要因は、一卵性双生児同士、二卵性双生児同士、どち
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社会心理学50周年企画 第3巻「社会と個人のダイナミクス」 草稿(ver.091217)
らの行動も似させるように働くだろう。一方、遺伝要因の影響力は一卵性双生児と二卵性
双生児で異なる。すなわち、二卵性双生児は遺伝子の平均50%しか共有していないため、
遺伝要因が行動を似させる影響力は、一卵性双生児の場合の半分になるからである。ここ
から、もしも一卵性双生児同士のほうが、二卵性双生児どうしよりも行動の類似性が高い
のならば、それは遺伝要因によるものであると説明が可能になる。
Turkheimer (2005)は、行動遺伝学の知見をまとめ「行動遺伝学の3原則」を述べている
(表2)。
表2:Turkheimer(2005)の行動遺伝学の 3 原則
原則1
遺伝の影響
人間の行動形質は全て、遺伝の影響を受ける。
All human behavioral traits are heritable.
原則2:
家庭環境の影響
同じ家庭で育ったことの影響は、遺伝の影響よりも小さ
い。
The effects of being raised in the same family is smaller than
the effect of genes.
原則3:
人間の複雑な行動形質に見られる分散のうち、相当な部分
家族に共有されな が、遺伝でも家族環境でも説明できない。
い環境の影響
A substantial portion of the variation in complex human
behavioral traits is not accounted for by the effects of genes or
families.
この第一原則の持つ意味は大きい。すなわち人間行動の全ての形質は遺伝の影響を受け
るという主張である。これは Turkheimer 一人が述べていることではなく、その背景には、
膨大な量の行動遺伝学研究がある。実際、例えばパーソナリティの遺伝については多国に
おいて検討がされ、ビッグ5の全ての次元において、30~50%程度の遺伝の影響があ
ることが繰り返し報告されている(Bouchard & Loehlin, 2001)。また、そうした遺伝の影
響の仕方には、普遍的なパターンが見られることも報告されている(Yamagata et al.,
2006)。
なお、ここで述べる「遺伝の影響が50%」という意味は、ある形質の絶対値の50%
が遺伝の影響であることを意味するものではない。行動遺伝学で明らかとなるのは、ある
集団内に存在する個人差(分散)のうち、50%が遺伝的な個人差(遺伝子型の個人差)
によって説明されるという意味である。なお、遺伝子が働いて生じるものを、遺伝子型
(genotype)に対応して表現型(phenotype)と呼ぶ。
行動遺伝学の知見が重要な意味を持つのは、人間行動には、遺伝的多型が存在するとい
うことである。こうした遺伝的多型の存在は、自然淘汰が働くための大前提であり、逆に
言えば、遺伝的多型が存在することは、人間行動もまた進化の影響を直接に受けてきた可
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社会心理学50周年企画 第3巻「社会と個人のダイナミクス」 草稿(ver.091217)
能性を強く示唆する。言い換えれば、学習能力だけが進化し、その他の人間行動のほとん
どは後天的な学習によって説明可能であるという主張は誤りである。そこから、進化の視
点から人間行動を研究することの妥当性が主張できる。
なお、第二原則、第三原則の持つ意味もまた、無視することができない。この二つの原
則は、人間の個人差に寄与する環境要因は、家族で共有されていない、個々人独自の環境
要因が大きいという、行動遺伝学で広く認められる知見をまとめたものである。一般に、
親の養育態度や家族の社会経済的地位(SES)など、いわゆる「家庭環境」が個々人の人間
形成に与える影響は大きいと考えられるが、行動遺伝学の知見は一貫して、この可能性に
たいして否定的である。
Pinker(2002)は、非共有環境がより強い影響力を持つことについて、進化的視点から
論じている。Pinker は Harris(1995; 1998)の、子供は同世代の”仲間”に合わせて成長
するとの主張を採用する。他の霊長類と比べたときの人間の特徴の一つに、非常に長期に
わたる「子供時代」の存在を挙げることができる(Kaplan, Hill, Lancaster, and Hurtado,
2000)。こうした子供時代はさまざまなことの学習に当てられると考えられるが、そのうち
の重要なものの一つが社会的ルールだろう。それではヒトの子供にとって、どのような社
会的ルールを学習することが適応的だろうか。Pinker は、親や教師などの大人の提示する
ルールを学ぶことは、あまり適応上重要でなく、むしろ同世代の他個体の間で重視されて
いる社会的ルールを身につけることの方が適応的であると論じる。なぜならば上の世代と
同世代を比較したときに、後者の方が、資源を巡る競争相手としても、社会的協力関係を
結ぶパートナーとしても、そして配偶相手としても、ずっと重要な存在となるからである。
ゆえにヒトの子供は、親による教育(家庭環境)よりも、むしろ個々が同世代の仲間(Peer)
との中で経験する環境要因にあわせて成長するのであると、Harris や Pinker は論じる。
もっとも、家庭環境の影響がゼロであるとは限らない。歴史学者の Sulloway は、出生順
位が個々人のパーソナリティに与える影響について論じている(Sulloway, 1996)
。出生順
位は、親からの資源投資に大きな影響を与えると考えられる(Lawson & Mace, 2009)。こ
こでいう「資源」とは、個体が利用できる時間やカロリーなどの総体である。進化的視点
から動物行動を考える際には、個体が資源を、生存と繁殖を通じた適応度上昇のために、
何にどの程度「投資」するのかという視点が欠かせない。
家族の中における長子は、成長の初期において、親からの子育ての投資を独占する機会
をもつ。一方で二番目以降の子供については、親からの投資を独占する機会はなく、親か
らの投資を巡っては、常に年上の子供(きょうだい)との競争にさらされることになる。
ここから Sulloway は、長子には、もともと保持していた資源の独占状況を維持しようとす
る性格傾向が発達しやすく、結果、保守的なパーソナリティを持つことが多くなると論じ
ている。他方、第二子以降では、親からの投資を巡って年長のきょうだいと争う必要が生
じる。この際、年少のきょうだいは様々な面でハンディキャップを負っている。第一に、
年少児は一般に体力および知力において年長児に劣る。第二に、親からの投資対象として
年少児は年長児に劣る。
これは年長児の方が繁殖可能年齢に近づいていることに起因する。
一般に子供の死亡率は年齢とともに急激に低下する。それゆえ、死亡率の高い時期を生き
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延びて成長した年長児は、それだけ繁殖年齢まで達する可能性が高い存在である。親(正
確には親の遺伝子)の適応度は、子供がどれだけその次の子供を生み出すかによるため、
将来の繁殖可能性の高い子供の方が、親の投資対象としてはより好ましい(Forbes et al.,
1997; Joen, 2008)。これらのハンディキャップゆえに、年少児が親からの投資をより有効
に引き出すためには、既存の家族内の力学を壊す必要がある。それゆえ第二子以降におい
ては、より革新的なものを好む、新規性欲求の高いパーソナリティが発達しやすいと
Sulloway は論じた。
Sulloway はこの仮説を、歴史データによって検討している。彼は 19 世紀後半から 20 世
紀初頭における科学界における革新的事件を用い、学者たちのこれらの事件-ダーウィン
の進化理論とアインシュタインの相対性理論-への態度が、長子の学者と第二子以降の学
者で異なるかを検討した。その結果、第二子以降の学者は、これらの革新的理論をごく初
期から支持する傾向がある一方、長子の学者は革新的理論には懐疑的で、決定的な証拠(例
えば相対性理論における重力レンズの観測など)があって初めて、態度を改めた。もっと
も第二子以降はその革新性ゆえに誤ることもあり、例えばガルの骨相学について、第二子
以降の学者の方がより支持的であったことも、Sulloway は報告している。
出生順位の異なるきょうだいが経験する環境の違いは、家族環境ではあるが、家族で共
有された環境ではない。それゆえ、Sulloway の理論は行動遺伝学の三原則とは矛盾しない。
ただし出生順位によるパーソナリティへの影響については、必ずしも一貫したデータが得
られていない。現代のパーソナリティ尺度を用いた検討では、出生順位による影響が観察
されないとする報告も見られる。Healey & Wilson (2008)は、パーソナリティを家族内で
比較した際には出生順位の効果が現れやすいが、家族間で比較した際には効果が現れにく
いと指摘している(Healey & Ellis, 2008 for reveiw)。パーソナリティの個人差に与え
る遺伝の影響の大きさを考えれば、これは納得できる説明である。また、知能(IQ)につ
いて、後に生まれた子供の方が不利であることが知られている。これは家族内での地位に
起因する可能性が指摘されている。Kristensen & Bjerkedal (2007)は、ノルウェーのデー
タを調べることで、上のきょうだいが死去している第二子は、上のきょうだいが生存して
いる第二子よりも IQ スコアが高く、長子と同程度であることを指摘している。同様に、上
のきょうだい二人が死亡している第三子の IQ スコアも、長子と同程度であった。
第 3 節.社会行動の進化
A.社会関係の分類
進化の視点から人間の社会行動について考えるときには、問題とする社会関係がどのよ
うな適応上の問題にかかわるものか考えることが極めて重要である。少なくとも、1)あ
る社会関係が同性間のものなのか、異性間のものなのか、2)血縁者間のものなのか、非
血縁者間のものなのか、という2つの次元を考える必要がある(表1)
。この点をもっとも
明確に示すのが、異性きょうだい間の関係だろう(Lierberman et al., 2007)。例として、
ある女性 X と、その兄 Y の関係を考えてみよう。
まず親からの子育て投資という問題を考えた時には、上述のように両者は競争相手とな
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る。しかし一方で、X と Y はある割合(両親が同じきょうだいならば、平均 50%)で遺伝
子を共有しているために、両者が助け合うことには進化的な適応度上の意味がある。例え
ば X が Y のために、自分の資源(食料)を提供したとしよう。こうした自らの適応度を下
げ、他者の適応度を上げる行動を利他行動と呼ぶ(表作成)。自然淘汰は、自らの適応度を
高めるような行動を進化させるはずなので、利他行動は進化しないはずである。しかし個
体間に血縁関係がある場合は例外となる。なぜなら自然淘汰による進化の単位は遺伝子だ
からである。
表1:2個体間の社会関係の分類
性別
血縁関係 あり
(親子・きょうだい・親族)
なし
同性
連合(血縁淘汰)a
競争
協力(互恵的利他行動)
競争
異性
連合(血縁淘汰)
競争
性的忌避 b
協力(互恵的利他行動)
競争
性的魅力
a
b
血縁淘汰による連合の程度は、両者の血縁度によって変化しうる。
性的忌避の程度は、両者の血縁度によって変化しうる。
B.血縁淘汰
X が Y にたいして資源を与える行為は、個体 X の適応度を低め個体 Y の適応度を高める
利他行動である。しかし X の中にある遺伝子 x の視点からみると、これは必ずしも利他行
動とは限らない。なぜならば x の複製が個体 Y の中にも存在する可能性が 50%あるからで
ある。つまり遺伝子 x の適応度にとって、個体 Y の適応度は個体 X のそれの 50%の価値を
もつのである。このときに、X が与えようとしている資源が、X にとっては大きな価値がな
い一方、Y にとって大きな価値を持つことがあるだろう。例えば X は満腹である一方、Y
が空腹であるといった状況における食料である。その資源から X が得られる適応上の利益
は小さいが、Y が得られる利益は大きい。もしも Y にとっての利益が X にとっての利益の
倍よりも大きいとすると、個体 X がその資源を個体 Y に与えた方が、遺伝子 x の適応度に
は有利に働くだろう。つまり個体 X にとっての利他行動が、遺伝子 x にとっては利己行動
となるのである。これを血縁淘汰(Kin Selection)と呼ぶ(Hamilton, 1964a,b)
。
血縁淘汰のゆえに、X と Y のあいだには親密な社会関係が作られやすいと予測できる。
ところが、その親密さは、どのような社会関係にも広がるものではない。例えば配偶とい
う問題について、X と Y が親密な関係を形成する可能性は低いだろう。異性きょうだいで
ある X と Y は、配偶して子孫を残すことが可能である。しかし両者が遺伝子を共有してい
る可能性が高いがゆえに、その二人から生まれた子供は、劣性の非適応的な遺伝子を両親
から受け取る可能性(劣性ホモの可能性)が高くなることも意味する。一般に生物の世界
では、この可能性のゆえに近親配偶は避けられる傾向がある(ただし例外もある)。つまり
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X と Y の血縁度の高さゆえに「配偶」という社会関係については、両者は親密な関係を築
かない方が、適応的となる(Lieberman, 2003, 2007)。
それでは血のつながらないきょうだい M(女性)と N(男性)の場合には、どのようなこ
とが生じるだろうか。M と N の血縁度はゼロであるので、両者には遺伝子を共有すること
に起因する生物学上の利害関係の一致は存在しない。しかし一方で、M と N には近親婚に
よる生物学的な不利益は存在しない。そのため、M と N には、X と Y とは異なった面での親
密さが形成される可能性がある。結果として X と Y のあいだに見られる、親からの投資を
巡る争いの激しさと、M と N の争いの激しさは、同程度のものとなる可能性もある。しか
しそれをもたらしたプロセスは異なるし、実際に、成長後の行動も異なるだろう。すなわ
ち X と Y は別々の家庭を持つ可能性が高いが、M と N は一つの家庭を持つ可能性がある。
C.血縁認知
ところで、血のつながらない異性きょうだいである M と N が、もしも幼少期より同じ家
庭で育った場合には、成長して後に配偶関係をもつ可能性は低いことが知られている。こ
れは Westermarck 効果として知られる現象であり、同じ家庭で育った異性の子供は、成長
しても互いに性的な魅力を感じないことが知られている。例えば台湾のシンプア婚と呼ば
れる婚姻形態では、幼い子供(主として女児)が、将来の結婚相手となる男児の家に養子
として引き取られ、両者が一緒に育てられる。しかし、このようにして成長した男女は互
いを性的なパートナーとして認めることができず、結果として離婚率、婚外交渉の発生率
が高くなり、両者の婚姻から生まれる子供の数が少なくなることが知られている(Bevc &
Silverman, 1993, 2000; Lieberman et al., 2003, 2007; Lieberman, 2009; Wolf, 1993)。
Westermarck 効果は、血縁認知メカニズムの働きによると考えられる。近親交配をさけ
たり、血縁個体への利他行動を行うためには、どの個体が自分と血縁度を持っているのか
の認知が不可欠である。例えば母親と子供のあいだであれば、ほ乳類である人間にとって
血縁認知はきわめて容易である。しかし父親と子供の血縁認知や、きょうだい同士の血縁
認知はより困難になる。人間は、複数の手がかりを用いて血縁認知を行っていると考えら
れる。そうした手がかりとして Lieberman は2つをあげている。一つは自分の母親が世話
をしている子供を、自分のきょうだいと認識することである。先に述べたように、ほ乳類
において子供と母親の血縁認知はもっとも確実なものである。それゆえ、ある子供個体に
とって、自分の母親が別の子供にたいして投資をしていることは、その子供と自分との血
縁度をはかるための極めて有効な手がかりとなるだろう。しかしこの手がかりはきょうだ
いのうち年長の者にしか用いることができない。そこで自分よりも年長の子供については、
子供時代の同居経験を手がかりにするという次善の策を用いているのではないかと
Lieberman は論じている。
このような手がかりにもとづいてきょうだい認知が、同じ家庭で成長した血縁関係にな
い子供同士のあいだでも働くために、Westermarck 効果が生じると考えられる。この仮説
を支持することとして Lieberman は、
「母親による授乳」または「子供時代の同居」といっ
た手がかりのあるきょうだいに対しては、性的な忌避を感じる一方で、より利他的に振る
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社会心理学50周年企画 第3巻「社会と個人のダイナミクス」 草稿(ver.091217)
舞うことを明らかにしている。
ほ乳類においては、受精が母親の体内で生じるため、父子の関係もまた明確ではない。
こうした父性の不確実性は、父方の祖父母と母方の祖父母による、孫への投資の差と言う
形で現れる。ある子供の母方の祖母にとっては、その子供が自らの血のつながった孫であ
る確率は極めて高いものとなる。一方で、父方の祖父にとっては、血のつながった孫であ
ることの確実性は最も低くなる。なぜなら父方の祖父にとって、第一に子供の父親が自分
の子供であることが不確実であり、加えて孫が自分の息子の子供であることも不確実だか
らである。ある孫への四人の祖父母からの投資を比較すると、母方の祖母からの投資がも
っとも多く、父方の祖父からの投資がもっとも少ないことが報告されている(Euler and
Weitzel, 1996)。また、母方のおじ・おばの方が、父方のおじ・おばよりも投資が多いこ
とも報告されている(Gaulin et al., 1997)。興味深いことに、父方の祖母と、母方の祖
父は、立場としては同じにもかかわらず、母方の祖父の投資の方が、父方の祖母よりも大
きい。これは、母方の祖父にとって「娘(母)の子」は、
「息子(おじ)の子」よりも確実
な投資先となるからと考えられる。父方の祖母にとっては、別に娘がいるのであれば、
「息
子(父)の子」に投資するよりは、
「娘(おば)の子」に投資した方が良いからと考えるこ
とができる。Laham ら(2005)は、大学生が祖父母にたいして感じる親密さを検討し、父
方の祖母と母方の祖父への親密さに差が見られるのは、父親の姉妹による従兄弟がいると
きだけであることを示している。
なお、父親と母親による子供への投資量の違いについては、父性の不確実性と同時に、
単婚か複婚かといった配偶システムも強く影響する。この問題については「文化」の説に
おいて論じる。
D.非血縁者間での利他行動・協力行動
上述のように、血縁淘汰によっって血縁者間での利他行動は進化しうる。しかし人間社
会にみられる利他行動は、血縁者間のものに限定されない。非血縁者間での利他行動はど
のように説明されるだろうか。Trivers (1971)は、互恵的利他主義(Reciprocal Altruism)
の理論により、この問題への一つの回答を提示している。
「互恵的」という語が示す通り、
基本的なアイディアは複数の個体による利他的な行動の交換が進化しうるというものであ
る。非血縁者間での協力関係の進化については、第12章を参照されたい。
E.複数の社会関係の交互作用
現実の人間社会においては、一つの人間関係の中に、複数の適応上の問題が錯綜するこ
とがある。例えば血縁関係のない異性個体の間には、互恵的利他主義による協力関係が成
立することもあれば、繁殖を通じた協力関係(婚姻)が成立することもある。そして、繁
殖をめぐる問題のために、互恵的関係が影響を受けることもあるだろう。例えば互恵的利
他行動の進化では、他個体の利他行動の利益を受けながら、自らは利他行動を行わない「裏
切り」
(cheating)が処罰されることが重要とされる(Trivers, 1971)。しかし、非血縁の
異性間の互恵的利他行動においては、配偶市場(mating market)における価値の低い側の
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者が、相手による裏切りを容認するといった可能性が想像できる。
近年の人類学的研究から、これまで集団内での協力行動と捉えられてきた現象に、配偶
の問題がかかわっていることが示唆されている。狩猟採集社会では、狩の獲物などが集団
内で平等に分配される食料分配という現象が知られている。これは、成功すれば過大な資
源が得られるが失敗する確率も高い、狩の獲物という不確実な資源を集団内で互恵的に供
給し合う仕組みであると考えられてきた。つまり動物性タンパク質を集団内でプールする
ことで安定的に獲得する仕組みであると捉えられていた(Isaac, 1978)。これに対し Bird
らは、食糧分配には男性による自己の能力の宣伝という要素が含まれることを指摘する
(Bird and Bird, 1997; Smith and Bird, 2000; Bird, Smith and Bird, 2001; Smith, Bird
and Bird, 2003; Hawkes and Bird, 2002)
。
Bird らはメラネシアにすむ Meriam の人々の漁猟を分析している。Meriam の人々はウミ
ガメを捕らえて食べるが、ウミガメ猟には二つの方法がある。一つは産卵のために浜辺に
やってきたウミガメを捕らえる Collecting であり、もう一つが船を出してウミガメを狩る
Hunting である。Collecting には男女とも参加するが、Hunting は男性だけが行う狩猟法
である。Hunting のためには、狩猟チームを組織する時間的コストや、船の燃料代といっ
た金銭的コストがかかる上、危険度も高い。コストのかかる方法であるにもかかわらず、
Hunting によって得たカメ肉は、Collecting で得たカメ肉よりも、より広くそしてより多
く村落内での分配に供される(Bird et al., 2001)。
それでは Meriam のウミガメのハンティングと分配は、不確実な資源(カメ肉)を安定的
に得るための互恵的な仕組みなのだろうか。Bird ら(1997)は、誰がどれだけ誰にカメ肉
を提供しているかを調べることで、カメ肉にかんして互恵性が成立していないことを明ら
かにしている。つまりカメ肉をより分配する者が、別の機会にカメ肉の分配を受けている
わけではない。また別の海産物の分配を受けているわけでもなかった。そのためハンティ
ングを互恵的利他主義の理論で説明することはできないと Bird らは論じる。Bird らは、
Hunting によるウミガメ猟は、男性の「質」のシグナルという視点から説明している。こ
れは性淘汰の理論と深くかかわる。
性によって子孫を残す生物にとって、配偶相手を獲得することは、適応上極めて重要で
ある。そのために、配偶相手を獲得するための形質が進化することがすることが予測され
る。これを性淘汰と呼ぶ。性淘汰においては、単位時間内に持つことのできる子孫の数で
ある潜在的繁殖速度が大きな意味を持つ。哺乳類では一般的に、オスの方がメスよりも潜
在的繁殖速度は高い。メスはより大きな配偶子である卵子を作り、受精卵を胎内で育て、
さらに出産後にも授乳をするからである。他方でオスは小さな配偶子である精子を大量に
作り、そして多くの哺乳類では子育てを行わない。
潜在的繁殖速度の性差がある場合、速度の高い性(オス)は、より多くの配偶者(メス)
を得ることで適応度をあげられるので、より多くのメスを獲得しようとオスの間で争いが
生じる(オス間競争: male-male competition)。一方、潜在的繁殖速度の低い性(メス)
は、配偶相手の数よりも、配偶相手の質を見極めることが重要となる(メスによる選り好
み: female choice)。このため、メスが求める「質」を自らが持っていることを示す競争
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が、オス間で行われることが予測される。メスが求める質の一つに優れた遺伝形質を持つ
ことが考えられる。オスの優れた遺伝形質が子供に伝わることで、死亡率の高い幼児期の
生存率が上昇することなどが期待できるからである。
それではオスの遺伝形質の優劣は何をもって知ることができるだろうか。ザハヴィとザ
ハヴィ(Zahavi & Zahavi, 1997)は、オスが生存に不利なハンディキャップを負うことで、
逆に遺伝的優秀さを宣伝できるとするハンディキャップ仮説を提唱している。なぜならば
遺伝的に優秀な個体だけが、その優秀さゆえに、生存上不利になる形質を負ってなお生存
することが可能になるからである。
Bird らは、Meriam の男性が行うカメハンティングは、こうしたハンディキャップではな
いかと論じている。上述のように、Hunting によるカメ漁には大きなコストがかかる。そ
のため全ての男性にとって可能な行為ではない。つまりカメ漁によりカメ肉を得ることが
できるのは、優れた形質を持つ男性に限られる。さらに、こうして得たカメ肉を村落内で
広く分配することは、自らが優れた形質を持つことを広く宣伝する効果をも持つ。実際、
Hunting を行う男性は行わない男性に比較して、より若いうちから子供をなし、より多く
の女性とのあいだに子をなし、結果としてより多くの子を持つことが明らかとなっている
(Smith et al. 2003)。このように、一見したところ非血縁者間の協力行動(互恵性)と
見える社会行動が、配偶を巡る行動によってより適切に説明される可能性があることに注
意する必要がある。
なお、チンパンジーによる狩猟とそれに続く肉の分配においても、コストリーシグナル
としての面があるとの報告がある(Gomes & Boesch, 2009)
。ただし否定的なデータも存在
し(Gilby et al., 2006)、結論はまだ得られていないと言えるだろう。
第 4 節.文化差の起源と適応
A.配偶システムの文化差
繁殖速度の性差には、配偶システム(mating system)という社会的要因もかかわる。一
般に哺乳類においては、限られた数のオスが複数のメスと配偶することで複婚(一夫多妻)
の配偶システムが成立する。メスにとって、オスからの子育て投資が必要でないのならば、
遺伝形質のみによってオスを選ぶことが適応的となるからである。しかし子の成長に長期
にわたる投資が求められる場合には、遺伝的形質だけでなく、子育てへの投資能力によっ
てもオスを選ぶことがメスにとって適応的となる。その結果として単婚(一夫一妻)の配
偶システムが成立すると、潜在的繁殖速度の性差は小さくなる。なぜなら、成長して繁殖
年齢に達する子供を残すためには、オスもまた子育てに相応の投資をすることが必要とな
るからである。この場合、性淘汰は両性による配偶者選択を進化させると考えられる
(Trivers, 1982)。
ヒトにとって基本的な配偶システムはどのようなものだろうか。この点については議論
が分かれ、単婚が支配的であったとする研究者もあれば(Loverjoy, 1981; Buss, 1989)、
複婚が支配的であったとする研究者もいる(Low, 1988)。しかしより重要なのは、人間の
配偶システムが、社会や文化によって極めて多様な形を持ちうることだろう。単婚の場合
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と複婚の場合で、男女およびその家族にとって適応的な行動は、血縁淘汰理論、性淘汰理
論、親による投資の理論などから予測することができる。そこで単婚社会と複婚社会にお
ける人間行動や、その社会における文化が、理論的予測と一致するかという視点から研究
が行われている。
B.複婚社会における適応的教育
人口の性比は基本的に1対1である。そのため複婚社会では、少数の男性が配偶機会を
独占し、少なからぬ男性が子を残せないことになる。つまり男性の繁殖成功度の分散が、
女性のそれに比べてずっと大きい(Trivers, 1972)。実際、単婚社会と考えられてる現代
イギリス社会においてすら、子どもの数の分散は男性の方が大きく、その傾向は、複婚社
会ではさらに強くなることが報告されている(Nettle and Pollet, 2008)。そのため複婚
社会においては、配偶機会を巡る男性間競争は激しくなり、そこで勝利するために個々の
男性は競争的に振る舞うことが必要となるだろう。ここから Low(1989)は、社会の複婚
の程度によって、男児と女児にたいする親の養育態度が変化するのではないかと予測した。
つまり複婚の程度が高い社会では、親による男児への教育において、競争的な行動が強調
されるようになると予測した。
ただし、社会階層が明確な場合には個々の男性が努力によって高い地位を得ることは難
しい。そのため男性にとって競争によって配偶機会を増やせる可能性は低下する。そのた
め社会階層が明確で固定的であるほど、男児への教育における競争性への強調は弱まるだ
ろう。一方、こうした社会であっても、女性は結婚によって階層を上昇することが可能で
ある、そのため階層社会の女児の養育においては、より高い階層において重視される性質性的な慎み深さや従順さ-をしつけることが重視されるだろう。
Low(1989)は、Barry ら(1976)による 93 の社会における親の養育態度データを用いる
ことで上記の仮説を検討した。結果、非階層社会においてのみ、社会の複婚度と、男児へ
の「忍耐強さ(fortitude)」「攻撃性(Agression)」「競争性(Competition)」への躾が相
関することを報告している。
C.配偶システムの文化差の起源
配偶システムの違いが文化に与える影響としては他に、Gaulin & Boster(1990)が持参
金の文化比較研究を行っている。結婚に際する持参金については、新郎が持参金を支払う
ケース(Bridewealth)と比較して、新婦による持参金(dowry)を持つ文化は稀であるこ
とが知られている。Gaulin & Boster は、新婦による持参金は、より望ましい配偶相手を
巡る、女性間の競争の表れであると論じた。
持参金を支払うのは基本的に結婚する夫婦の親である。そのため新郎新婦のいずれが持
参金を払うのかという問題は、その親の視点から考える必要がある。つまり親にとって、
息子により多くの資源(持参金)を使った場合と、娘により多くの資源を使った場合、い
ずれの方がより多くの孫を持てるのかという、適応上の問題として、持参金を捉えること
が可能となる。
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上述したように、複婚(一夫多妻)の社会においては、子どもの数(繁殖成功度)の分
散は男性でより大きく、成功した男性はより多くの子孫を残すことが可能となる。つまり
複婚社会においては、娘への投資よりも息子への投資の方が大きな適応度上の差を生みう
る。そのため、複婚社会では、男性間の競争の表れとして、新郎による持参金文化が生じ
るだろう。一方で、単婚社会では、繁殖成功度の分散の性差は比較的小さい。そのため息
子と娘のどちらか一方により多くの投資をすることで差は生じにくく、持参金文化は生じ
にくいだろう。
ところで、そもそも複婚社会と単婚社会はどのように成立するのだろうか。配偶システ
ムの進化については、オスの持つ資源の個体差が問題となる。配偶相手としてのオスの望
ましさに個体差があれば、より魅力的なオスがより多くの配偶相手を獲得し、複婚(一夫
多妻)が進化する。ここでメスにとって適応的な行動は、最も魅力的なオスの N 番目の配
偶相手となることと、二番目のオスの1番目の配偶相手となることを比較し、より望まし
い方の選択肢を選ぶこととなる。もしメスが全てのオスの価値を知ることができ、そして
自由に配偶相手を選ぶことができる理想的な状況があったとすると、メスによる配偶者選
択の結果として、全てのメスがオスから得られる利益は等しくなることが予測される。一
方、オスの魅力度の個体差が小さければ、メスにとっては未だ配偶していないオスを選ぶ
ことが最も適応的となるので、結果として単婚が進化すると予測される。
しかし人間社会では、強い社会階層性と単婚が同時に成立することがある。このような
社会では、男性の配偶相手としての望ましさには個人差があるにもかかわらず、配偶シス
テムは単婚である。この場合、上述の理想的状況下における複婚とは異なった力学が働く。
階層性単婚社会においては、配偶相手の男性の質によって、女性の繁殖成功度の分散が大
きくなる。それゆえ、親の視点からすると、娘への投資効果が、通常の複婚社会や単婚社
会よりも大きくなる予測されるのである。言い換えれば、階層性複婚社会においてこそ、
新婦による持参金によって、女性とその親は、より高い質(階層)の男性との配偶機会を
得ようとするだろう。
Gaulin &Boster(1990)はこの予測を、Ethnographic Atlas(Murdock, 1967, 1986)に記
載されている 1,060 の社会における配偶システム、新婦持参金の有無の関係から探ってい
る。その結果、新婦持参金のある社会は、合計で 35 社会であり、そのうち 27 の社会が、
単婚かつ階層性のある社会であった。残りのうち 5 つの社会は単婚と複婚がどちらも見ら
れる階層社会であり、階層性の見られない社会での新婦持参金は 3 ケースしか見られなか
った(単婚社会で2,単婚・複婚の混合社会で1)。
ここまで紹介した Low(1989)や Gaulin & Boster(1990)の研究は、異なる文化における
人間行動が、進化的適応の観点から分析可能であることを示唆するものである。しかしこ
れらの分析には重大な過ちが含まれる可能性があることを Mace & Pagel (1994; 1998)は
指摘する。それは文化の系統発生に起因する過ちである。
D.文化の系統発生と文化への適応
文化は歴史的に形成されるものであり、現在、地球上に観察される人間社会の文化は全
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て、過去の世代における文化の影響を受けている。そして複数の文化が、共通の「祖先文
化」から影響を受けていることが考えられる。最も分かりやすい例を挙げれば、異なる言
語間(英語とドイツ語)での文法規則の類似性や単語の共有などを挙げることができるだ
ろう。Mace と Pagel は、こうした文化の系統発生によって、二つの文化形質のあいだの相
関関係が誇張されてしまう可能性を指摘している。
例えば新婦持参金の文化のほとんどはヨーロッパとアジアに分布しており、中でも
Indo-Hittie 語族の社会に偏っている。つまり新婦持参金文化をもつ社会は、そもそも共
通の祖先文化をもっている確率が非常に高い。このような場合、
「単婚かつ階層社会」とい
う特徴と「新婦持参金」という特徴をもつ文化が一度だけ発生し、その子孫の文化が、そ
の特徴を引き継いでいるだけというを否定することができない(図2)。その場合「単婚・
階層社会」においては「新婦持参金」が発生した回数はたった一度しかなかったことにな
る。むろんその場合でも、両者のあいだに何らかの因果関係や相関関係があったことを否
定することはできないが、積極的に主張することもまた、難しくならざるを得ないだろう。
もちろん、
「単婚かつ階層社会」と「新婦持参金」という関係が、複数回にわたって独立
に文化の系統発生において生じた可能性も存在する(図2)。Mace & Pagel(1994)は、言
語の系統樹などを援用することで、ある形質が文化の系統発生のいずれの箇所で生じたの
か、統計的に分析する手法を提唱している。この手法によって、文化形質 A と文化形質 B
の連結が、何度も独立に発生したことが示されれば、両者の関係性に必然的なものを認め
ることができるだろう。逆に言えば、ごく少数の文化において、文化形質 A と文化形質 B
が同時に発生していることが観察され、その関係性に進化的・適応的な説明が可能であっ
たとしても、両者の関係が必然的なものであると結論づけるのは、尚早に過ぎると言うこ
とができるだろう。
同様のことは、文化の問題だけでなく、ヒトを含む動物の適応行動についても言うこと
ができる。ある形質間の関係性が、生物学的進化の系統ゆえに多く観察されるのか、その
関係性自体に適応的な意味があるのかは、理論的説明付けだけではなく、多種多様な種に
おける実証データの積み重ねによって議論されるのが、理想であろう。
第 5 節.最後に:結論を急ぐことはできない。
本章では、自然淘汰による進化という視点から、人間の社会行動への理解を試みた。し
かし最終節でも述べたように、ある状況における適応的な行動の例が一つ見つかっただけ
で、そうした行動が自然淘汰による進化の産物であると論じることはできない。それは生
物学的または文化的な系統発生に起源をもつものかもしれないし、学習の産物かもしれな
い。もちろん冒頭に書いたように、他の生物現象と同様、全ての人間行動もまた究極的に
は自然淘汰による進化の産物であるとは言えるだろう。しかし、進化がどれだけ領域特殊
的に働いたのかといった議論、進化によって形作られた「心の仕組み」
(Pinker, 2002)が
どのようなものなのかという点については、多くの研究と議論を積み重ねる中で明らかに
していく必要があるだろう。
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図2:文化の系統発生における文化形質 A’と B’の相関。上の図では、A’と B’の相関は、共
通の文化的祖先を持つことにより生じている(homology)。下の図では、A’と B’の相関は、
A’という形質に続いて B’が生じるという現象が、何度も独立に生じていることが分かる
(analogy)。下のケースの方が、A’と B’の間に適応的な結びつきを見いだすことの妥当性
は高い(Mace & Page, 1994. Figure 1)。
16
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