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一括ダウンロード - Nomura Research Institute

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一括ダウンロード - Nomura Research Institute
11 年 7 月号 Vol.19
本誌に掲載されているあらゆる内容の無
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日本の著作権法および国際条約により保
護されています。
Copyrightⓒ2011Nomura Research Institute,
Ltd. All rights reserved. No reproduction or
republication without written permission.
官民による都市インフラ事業の海外展開
日本の水道、鉄道、物流、都市開発といったインフラ分野は、自動車、電機に次ぐ技術基盤と
産業基盤を有し、国際競争力がある分野と期待されています。短期的には、東日本大震災による
国内インフラの復旧・復興が優先されるとしても、日本だけが「置き去り景気」にされたままでよい
はずはなく、海外への都市インフラ展開の重要性が再認識されるものとみています。
爆発する新興国のインフラ需要に対し、韓国や中国では、国を挙げてインフラ産業政策を加速する
動きがみられます。安全・安心ブランドが傷ついた日本の間隙を縫って、攻勢を強めるでしょう。
また、欧米諸国は、事業投資や運営実績を武器に事業を展開しています。日本にとって、今が、
官民による海外展開のあり方を再考するラストチャンスかもしれません。
本号では、NRI の官・民双方を対象としたプロジェクトの実績を礎に、これからの日本に期待される
新しい官民による成長シナリオを、セクター別にまとめています。いずれも日本企業に機会がある
有望なセクターであり、市場開拓の一助となれば幸いです。
1.《水道(1)》 三位一体の収益モデルと企業間連携・官民連携
2.《水道(2)》 コンセッション方式を活用した展開基盤づくり
向井 肇
福田 健一郎
3.《太陽熱発電》 実証実績の獲得と提案スタイルの転換
神澤 太郎
4.《鉄道》 コンセッション方式による鉄道運行ビジネスへの参入
片桐 悠貴
5.《空港運営》 日本の経験をベースとした海外実績の積み上げ
新谷 幸太郎
6.《サプライチェーン》 貨物動静の「見える化」実現のための仕組みづくり
小林 一幸
7.《都市開発》 都市開発技術の商品化とリスク分担の必要性
北崎 朋希
8.《官による支援策(1)》 バングラディシュにおける BOP ビジネスを例として 八代 拓
9.《官による支援策(2)》 中東湾岸諸国への進出支援を例として
【監修】
松本 哲 (インフラ産業コンサルティング部 グループマネージャー)
水上 耕一郎 (NRI 社会情報システム 取締役社長)
野呂瀬 和樹
11 年 7 月号
《水道(1)》
三位一体の収益モデルと企業間連携・官民連携
株式会社野村総合研究所 電機・精密・素材産業コンサルティング部 主任コンサルタント
向井 肇
三菱商事、三井物産、丸紅、住友商事といった商社に
代表される一部の企業は、現地の水運営事業者やエン
ジニアリング会社と連携し、水メジャーのようなビジネスモ
デルを実行する体制を整えつつある。ただし、多くの企
業は、いまだ一機器サプライヤーのポジションに留まっ
ており、かつ有力な企業との連携も実現できていないの
が現状である。
1.事業特性と最近の動向
水ビジネスには、官需市場(上下水道)と民需市場(主
に工場や発電所向けの水処理)がある。本稿では、海外
での官需市場獲得に向けての日本企業の課題と求めら
れる打ち手について議論したい。
1990 年代から 2000 年代前半にかけて、東南アジアや
中南米などで上下水道事業の民営化が進み、Veolia
Environment や Suez といった水メジャーと呼ばれる少数
の企業が、市場を寡占していた。しかし近年では、新興
国の地場企業等の新興勢力が台頭し、水メジャーはシェ
アを落としつつある。
ただし、この理由を単なる新興勢力の実力向上や金
融危機によるメジャーの自滅と考えるのは誤りである。こ
うした側面に加えて、水メジャーの計画的な利益獲得モ
デ ル と 捉 え る べ き で あ ろ う 。 す な わ ち 、 (A) 投 資 家 、
(B)EPC1コントラクター、(C)O&M2サービス事業者、といっ
た3つのポジションを案件のステージによって使い分け、
三位一体で利益を獲得しようとするビジネスモデルであ
る。具体的な内容を以下に述べる。
新興国での水ビジネスの主要な利益の源泉は、漏水
や盗水の防止といった有収率の改善であり、時には販
売単価を上昇させ、結果として収益率と資産価値の向上
を実現してきた(図1の 1st ステージ)。ただし、改善をし
尽くすと、後には利益率の低い O&M サービスが残る(図
1の 2nd ステージ)。そこで改善余地が少なくなった案件
は資産を売却し、O&M サービス事業だけを残すか、事
業権も含め完全に売却している。機器は、差別化要因と
なるもののみを保有し、その他は積極的に外部化するの
である。これは既設案件の場合だが、新設案件の場合も
類似している。なお、こうした事業モデルは電力や交通
分野のインフラファンドにもよくみられる。
このように、水メジャー企業や地場企業が活躍するな
かで、日系企業も積極的な取り組みを始めた。例えば、
1
2
図1 水事業のポジションと収益の源泉
利益率
1st ステージ
-投資家として案件に参画
-完工・改善してバリューアップ
2nd ステージ
-投資を引き揚げ
-収益性次第でO&Mは残す
(A)
投資
(A)
投資
(B)
EPC
(C)
O&M
(B’)
機器
(B)
EPC
別案件に
(C)
O&M
(B’)
機器
時間の流れ
2.民間企業が抱える課題
a)キーマンとのネットワークの構築
自治体・水道事業体・中央政府などの顧客の意思決
定構造や影響力を持つキーマンを把握できていない。
把握できていても、そうした人物との関係を構築できてい
ない。結果として、案件情報の早期入手やスペックインを
実現できず、入札情報が開示された後の対応を行うに
留まってしまう。これでは価格競争に陥りやすい。
b)適切な案件評価・投資判断
応札時に収益改善の余地があるか否かを判断できな
い。また、収益を大きく損なうリスク要因を把握できない。
その結果、入札時に過剰あるいは過少にリスクを見積も
り、結果として、入札に負けるか、不採算案件を抱えてし
まう。または、応札の意思決定ができない。
Engineering(設計) 、Procurement(調達)、Construction(建設)
Operation and Maintenance
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11 年 7 月号
c)運営実績の蓄積
大都市における上下水道事業の運営実績を保有して
いないため、発注元から評価されない。あるいは、そもそ
も応札資格がない。
が設定したポジションで勝ち抜くために、2章で述べた課
題の克服が不可欠であり、そのためには現地企業との連
携が望ましい。また、自治体・水道事業体との連携も解
決策になりえる。民間企業が自治体・水道事業体に期待
する機能として、「人的ネットワーク」と「実績」があると考
えられる。日本の自治体や水道事業体には、過去の海
外協力案件などで培った現地地方政府や水道事業体と
の人脈が存在する。中には、現地政府で非常に大きな
影響力を持つ人物も含まれる。民間企業にとっては、こう
した現地キーパーソンと接点を構築できること、現地政
府内の人材や意思決定構造を把握できることは大きな
意味を持つ。さらに、自治体と連携して案件に臨むこと
で、大都市での運営実績をアピールできる。
d)PPP3事業参加のための事業投資資金の確保
案件参加のためには出資を求められるケースが多々
みられるが、資金に限界があるために数多くの案件に出
資することができない。また、前述のとおり 2nd ステージ
では利益率が低いために、アセットをそのまま 20 年以上
寝かせておくことができない。結果として、投資家として
の参画はごく一部の案件に留まる。
e)限界設計・現地人材マネジメントノウハウの獲得
日本仕様では、コスト高で競争力を欠く。現地で求め
られる最低限の水準を満たしつつ最大限コストを削減す
るこ とを設 計上 で 求められるが、「 プラ ントの 設計」 、
「O&M 業務プロセスの設計」のいずれもノウハウを保有し
ていない。また、低コストの現地人材を管理するためのノ
ウハウも持ち合わせていない。
図2 日系企業の課題と求められる打ち手
計画作成
課題
a)
キーマンとの
ネットワーク
3.課題に対するアプローチ方法
自治体
・水道事業体
日系企業には、以下の打ち手が求められる。
打ち手
案件実施
入札
投資
c)
運営実績
b)
案件評価
・投資判断
d)
事業投資資金
EPC
O&M
e)
限界設計・現地人材マネジメント
ノウハウ
③ 現地企業や日本の自治体・水道事業体との連携
(場合によって)
現地企業
ヘッドハント
① バリューチェーン上のポジションの明確化
② ポジションに合わせた社内機能の改変
①バリューチェーン上のポジションの明確化
前半で“三位一体”のビジネスモデルを述べたが、自
社がどのポジションで利益獲得を目指すのか、その実現
のためにどの機能を内製し、どの機能を外部から調達す
るのかを明確にする必要がある。理想的には三位一体
が望ましいが、それを実行できない場合でも、自社がとる
べきポジションを明確にすべきである。また、製造業の場
合、ノンコア領域については自社製品供給を諦めて現
地調達に切り替え、コア領域のみに特化する、といった
割り切りも必要になる。
日本政府にも期待される役割がある。それは、トップセ
ールスや現地政府との交渉支援に加えて、2nd ステージ
に至ったアセットの買い取りや保有である。前述のとおり、
2nd ステージの利益率は比較的低い水準に留まり、民間
企業によってはアセットを寝かせ続けることが困難なケー
スも存在する。一方で、比較的低利であっても安定して
いることを優先する投資家にとっては、2nd ステージに入
った水道事業は魅力的な投資先である。そこで、政府主
導で民間企業と投資家を結び付けるファンドを組成でき
れば、民間企業は限定された資金の枠内で、高収益 1st
ステージに特化できる。さらに、こうした出口が存在する
ことは、民間企業が上下水道事業への投資を意思決定
する際の後押しとなる。
②ポジションに合わせた社内機能の改変
既存事業からポジションを変更する場合、案件評価や
投資基準、営業の仕組みや人事制度など、多くの社内
機能を新しいポジションに合わせたものに変革する必要
がある。ポジションを変えてもこれらの制度を変革しない
場合、機能不全に陥る可能性がある。
本稿では、現在の市場を中心に論じてきたが、今後は
有収率の改善だけでなく、省エネや運営業務の効率改
善なども、付加価値の源泉となる可能性があり、こうした
分野では日系企業が強みを発揮できる可能性がある。
それに備えて、日系企業は上述したような打ち手を実行
し、海外における上下水道事業に参入しておくことで、さ
らなる事業の拡大が期待される。
③現地企業や日本の自治体・水道事業体との連携
上述の三位一体を実行するために、他社との連携を
進めるべきである。三位一体が不可能であっても、各社
3
Public Private Partnership
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11 年 7 月号
《水道(2)》
コンセッション方式を活用した展開基盤づくり
株式会社野村総合研究所 公共経営戦略コンサルティング部 研究員
福田 健一郎
1.活発化する水ビジネス海外展開論
1)国内の各種主体による取り組みの一斉強化
上水道・下水道事業を中心としたいわゆる「水ビジネ
1
ス 」の海外展開が、ここ数年で活発化している。昨年は、
政府の「パッケージ型インフラ輸出」の掛け声のもと、経
済産業省の「水ビジネス国際展開研究会」や「下水道グ
ローバルセンター(GCUS)」の設置などによって、国の省
庁の構想や支援方針が明らかになった。
それと並行して、官民問わず、事業に関わるプレーヤ
ー側の取り組みも加速した。民間では、三菱商事が、オ
ーストラリアの水道事業会社 United Utilities Australia を
買収するなどの動きをみせている。また、都市部の自治
体を中心として、海外展開の方策が検討され、北九州市
がカンボジアで浄水場建設のコンサルタント業務を受注
するなどの成果をあげはじめている(表)。
表 主な海外展開の取り組み(2010 年度)
団体名
東京都
横浜市
北九州市
三菱商事
取り組み内容
海外事業調査研究会を設置し、ミッション団を
アジア諸国に派遣。
海外展開も担う 100%出資の子会社を設置。
海外水ビジネス推進協議会を設置。
シエムレアプ市(カンボジア)でコンサル業務を受託。
産業革新機構、日揮、マニラウォーターとともに、
現地水道会社を買収。
出所)各組織のプレスリリースより NRI 作成
2)水ビジネスのパッケージ受注における課題
水ビジネスが最終的に目指すところは、少子高齢化な
どの社会環境変化により国内市場が縮小する中で、「海
外で水ビジネスを包括的に受注し長期的に収益を獲得
する」点にある。すなわち、従来のような「建設のみ」、
「機器納入のみ」などといった個別事案での対応ではな
く、長期間にわたって、施設更新業務やそれに伴う資金
調達も行いつつ、維持管理などのオペレーションも含め
た業務全体を遂行する能力が必要とされる事業である。
水ビジネスの海外展開には、いくつかの課題がある。
たとえば、事業ノウハウの偏在という点が指摘できる。
日本では、歴史的・法制度的に構築されてきた官民の役
割分担が存在する。企画、運営や資金調達は自治体
(公営企業)が行い、建設、機器納入、料金徴収等の業
務を個別に民間が受託するという形で事業が行われてき
た。そのため、長期間にわたる施設運営事業を含む事
業全体を管理する経験は、自治体に蓄積されている。
また、国内のビジネスでは通常発生しないリスクへの
対応が求められる。海外では、為替リスクや債務不履行
リスクなどをはじめとして、国内での事業運営とは異なり、
対処すべきリスクが多岐にわたる。商社などを除き、こう
したリスクをとり、長期間事業を遂行可能な主体が民間
に存在するかは、不明確な状況にある。
3)海外の水関連企業の成長要因
一方で、海外で水ビジネスのパッケージ受注を目指す
場合、競合相手は、Veolia Environment、Suez 等、海外
の水関連企業となる。これらの企業は、長年に及ぶ国内
外での事業実績に加えて、事業全体を自社内、自社グ
ループ内でフルパッケージとして提供できるという点で優
位性がある。
そもそも、これら水関連企業は、どのようにして形成さ
れ、どのような動機で海外展開しているのだろうか。フラ
ンスでは、歴史的に上下水道事業は民間主体で提供さ
れてきた経緯がある。フランスでは、事業資産はすべて
官側 2 が保有する一方、事業権だけを民間に一定期間
譲渡する「コンセッション」(後述)やそれに類する「アフェ
ルマージュ」と呼ばれる事業運営方式が、水道事業や下
水道事業に導入されているためである。
2.国内市場改革と海外展開
1)コンセッションを突破口にした海外展開
筆者は、国内における官民連携(PPP3/PFI4)に関する
2
1
3
本稿では、水道事業、下水道事業及び工業用水道事業を指す。
フランスの場合はコミューンと呼ばれる基礎自治体
Public Private Partnership
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11 年 7 月号
改革、とくに、コンセッション方式の導入に向けて、法制
度が改正されたことに着目している。
コンセッション方式は、2011 年 5 月に国会で改正案が
成立した「民間資金等の活用による公共施設等の整備
等の促進に関する法律(PFI 法)」で、新たに盛り込まれ
た制度(公共施設等運営権)に基づくものである。ここで
いうコンセッションとは、フランスの事例と同様に、公共側
が事業資産の所有権を有したまま、事業運営権を民間
事業者に与え、事業を包括的に民間委託する形態であ
る(図)。
コンセッション方式では、施設の更新や大規模修繕と
いった業務から、日常の維持管理を含めて、包括的な業
務の委託を長期間にわたって行うことが可能になる。ま
た、利用者から支払われる料金は、民間事業者自らの
収入となり、上記のような受託業務に要する費用に充当
される。
さらに、業務に必要な資金は、民間の金融機関や投
資家から調達されるようになり、従来、財政投融資資金
などに頼って資金を調達していた状況が変わる。こうした
枠組みは、必ずしも、収益性が高い事業でしか成り立た
ないというものではない。諸外国の民活事業にもみられ
るように、一定の収入を公共側が民間側に保証する等の
工夫によって、収益性の如何を問わずに、民活手法を
導入して事業の効率化を追求することが可能になる。
2)神奈川県企業庁の取り組み
今年になって、このような動きの先駆けになりうる事例
が現出している。県営水道事業を経営する神奈川県企
業庁では、「かながわ方式による水ビジネス」として、一
部の給水区域で、水道事業の業務全体を包括委託する
ことを発表した。この「かながわ方式」が、PPP/PFI、コン
セッション方式といった民活の形態を採るかは定かでは
ない。しかし、水道のバリューチェーンの全体を民間委
託し、そこで培われた水道経営ノウハウをもとに海外展
開を標榜したという意味では、明らかに、これまでにはな
かったアプローチといえる。
この「かながわ方式」において、受託者の業務に水道
施設の更新等の投資が含まれるかも明確ではない。仮
にこうした要素が含まれるとすれば、民間金融機関によ
る事業性評価に基づく融資が行われることとなる。これは、
水ビジネスの海外展開を考えるにあたって不可欠な金
融機能を、民間市場で育成することにもつながる重要な
点だろう。
3.今後予想される展開
水ビジネス国際展開の成功の鍵は、日本国内におけ
る官民連携(PPP/PFI)、とくにコンセッション方式の導入、
推進にあると考えられる。
前述の海外展開のスキームは、我が国の中小規模以
下の都市においても適用可能であるばかりか、既存の方
法に比べてより効果が高い可能性もある。
たとえば、地方都市においては、上下水道事業の組
織体制が少子高齢化、財政事情により脆弱化し、数名
の職員のみで担われているケースもある。そのため、官
民連携は事業運営体制の維持という観点から、必要性
が高いことが想定される。こうした事業で経験を積んだ企
業が海外に展開することは、国内・国外の連携の理想的
なケースといえるだろう。
このように、水ビジネスの国際展開と国内市場改革は
決して無関係ではない。日本国内でのコンセッション方
式の経験が、海外における水事業の全体的な経営ノウ
ハウにつながるばかりではなく、逆に海外事業を通じた
技術力維持や人材育成が成熟化する日本国内での水
事業の維持につながることも視野に入れるべきだろう。
このような国内外のつながりを企業も自治体も改めて
認識しつつ、動き出した水ビジネス海外展開を持続的な
ものとするための取り組みが行われることに期待したい。
図 水道コンセッション方式のイメージ
事業契約
事業権対価
更新工事で
完工した資産
サービス
供給
水道利用者
水道管理者(
自治体)
(
新設拡張、資産保有、
契約モニタリング)
金融機関
既往債務
返済
受託者 処(理場と管路の維持
運転管理・
更新等資本投下 )
借入・返済
料金
契約外の工事は
別途、公共調達
フランスでも、日本でも、このような方式を事業に導入
することで、原則として官側が行う資産保有以外の業務
に対して、参入意欲のある複数のプレーヤーが競争する
ことを可能とする。従来の「資産保有者=事業実施者」と
いう関係を変革し、プレーヤーの質的向上への動機付
けを図るものである。こうした委託形態は、プレーヤーに
とっても、資金調達も含めた長期にわたる事業運営ノウ
ハウを蓄積するという点で、極めて有用であると考えられ
る。
4
Private Finance Initiative
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《太陽熱発電》
実証実績の獲得と提案スタイルの転換
株式会社野村総合研究所 インフラ産業コンサルティング部 副主任コンサルタント
神澤 太郎
64MW のプラント Nevada Solar One は、2.7 億ドルの初期
コストを要した。さらに、プラントのプライム・コントラクター
は、機器やシステムのパフォーマンス、故障や耐用年数
の保証を求められるため、保証にも耐えうる資本力が必
要となる。
1.太陽熱発電の事業特性
1)限られたエリアでの市場拡大
太陽熱発電は、鏡を用いて太陽光を集光器(レシー
バー)に集光し、その熱で高温の蒸気を発生して、蒸気
タービン・発電機により発電するシステムである1。
発電には、一定程度の日照条件(一般に、年間 1,700
~2,800kWh/m2 の直達日射量)が必要になる。そのため、
世界でも導入可能なエリアは、スペイン、米国西海岸、
豪州、インド西部、中東、北アフリカ等に限られる。
現状では、従来型火力発電よりも発電コストが高いた
め、政府補助がないと事業が成立しない。その結果、政
府補助の仕組みが確立しているスペインや米国を中心
に、市場が立ち上がっている。今後は、政府補助制度の
導入をきっかけに、中東・北アフリカ諸国やインド等で、
市場が拡大していくと予想される。中東・北アフリカ諸国
では、電力需要の急速な拡大を背景に、新規電源開発
を必要としていることに加えて、エネルギーセキュリティ
や雇用創出の観点から再生可能エネルギーにも注力し
ており、政府が太陽熱発電に対して大きな関心を持って
いる。
NRI では、2011 年~2012 年より市場が急速に立ち上
がり、2030 年頃には世界で年間2兆円以上の新規建設
需要が生まれると予測している。
3)垂直統合型のビジネスモデル
太陽熱発電は、他の再生可能エネルギーに比べ初期
投資が大きい。さらに、技術的にも立ち上がり期であるた
め、金融機関からの資金調達が難しい。この傾向は、リ
ーマンショック以降、とくに顕著である。
その結果、Abengoa Solar(スペイン)、Acciona(スペイ
ン)、Solar Millennium(ドイツ)のような太陽熱発電の技術
を持ち、かつ資本力のある技術プロバイダーが、自ら事
業主体として案件開発し、設計やファイナンス・アレンジ
を行い、プラントにも出資するという「垂直統合型」のビジ
ネスモデルが主流となっている。
図
太陽熱発電バリューチェーン上のプレーヤー
案件開発
プレーヤー/企業例
RE専門の
デベロッパー
• NextLight
• Cogentrix
• 土地調達
• 各種許認可
• ファイナン
ス・アレンジ
全体設計
(EPC機能)
• 概念設計
• 基本設計
• 詳細設計
個別機器
太陽熱設計
(太陽熱
特有の技術)
• レイアウト設計
• システム設計
レシーバー
• レシーバー
製造
ミラー
コレクタ
デザイン
パワー
ブロック
• ミラー製造
• 構造設計
• デザイン
提供
• パワーブロッ
ク機器の
設計製造
建設
• 建設管理
• 土木・据付
O&M
• O&M
今後進出の可能性あり
• Cobra
EPC
コントラクター • Fluor
太陽熱技術
プロバイダー
• Abengoa
• Solar
Millennium
建設管理
パワーブロック • Siemens
サプライヤー • Areva
2)多大な初期投資
蒸気タービンと発電機を用いるタイプの太陽熱発電は、
数 MW 程度の導入ではコスト・発電効率の面で不利にな
るため、数十~数百 MW 規模での商用運転が必要とさ
れる。
現在、太陽熱発電の建設コストは、20~40 万円/kW
程度といわれており、50MW 規模のプラントでは、100~
200 億 円 程 度 の 初 期 投 資 が 必 要 に な る 。 例 え ば 、
Acciona(スペイン)が 2007 年に米国アリゾナで建設した
1
機器メーカー
• Schott
• Solel
注)EPC:Engineering(設計) 、Procurement(調達)、Construction(建設)、
RE:Renewable Energy(再生可能エネルギー)の略
蒸気タービン・発電機を利用する太陽熱発電の他に、スターリング
エンジンを用いて発電する技術、空気ガスタービンを利用する技術
等が検討されている。
上述の技術プロバイダーは、自社出資案件に加え、
北アフリカの国営電力会社等の入札案件も受注し、事業
機会を拡大している。今後は、再生可能エネルギーのデ
ベロッパーや電力会社が、自社で太陽熱発電プラントを
保有し、EPC を専業の他社に発注するケースが増えるこ
とも想定されるが、しばらくは現在のような垂直統合型が
主流になると考えられる。
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11 年 7 月号
2.日本企業が抱える課題
3.官民連携に向けた新たなアプローチ
1)実証実績の獲得
世界的にも、商業プラントの稼働実績が少ない太陽熱
発電では、案件開発や入札対応時に、技術の実証実績
を問われることが多い。すでにスペインや米国等で案件
開発に成功している技術プロバイダーは、過去に自社リ
スクにて実証プラントを完工し、実証実績を獲得している。
例えば、Abengoa Solar は、タワー型の技術を実証するた
めに、2007 年に自社で 11MW の商業規模の実証プラン
トを立ち上げている。また、Siemens(ドイツ)は、2009 年
にレシーバー技術や全体設計機能、実績を有する Solel
(イスラエル)を買収することで、技術と実績を同時に獲
得した。
一方、日照条件の制約により、日本国内には発電が
可能なサイトが存在しない。そのため、日本企業は、国
内での実験レベルの実績に留まっており、商業規模で
の自社技術やコスト削減効果の実証実績を保有してい
ないことが、案件受注の大きな障壁となっている。
また、数十 MW の商業規模の実証実験を行うには、数
十億円規模の初期投資が必要になることに加え、かつ、
これまで、太陽熱発電市場は立ち上がりが不確かであっ
た。そのため、日本企業の中で、プライム・コントラクター
になりうる重電メーカーやエンジニアリング会社は、積極
的にリスクを取って実証実験に着手することはできなかっ
た。また、総合商社も、他の再生可能エネルギーを優先
したため、太陽熱発電事業では案件化されたプラントへ
のマイナー出資やパーツの供給程度に留まっている。
このように、日本の民間企業にとって、一社では、実証
プラントや商業プラントのリスクをとりきれないことが、海
外で案件を開発し、受注することの障害になっている。
1)政府間交渉を活用した商業規模の
実証プロジェクトの組成
今後、日本企業にとっては、海外で実証実績を積むこ
とが一つのステップとなる。ただし、実証プラントとはいえ、
数十億円規模の初期投資が必要になる。そのため、政
府や政府系金融機関と連携したプロジェクトの組成も重
要になる。政府から金銭的な支援を獲得するにあたって
は、当該国での実証技術の普及可能性や事業性の検
討が求められる。その際、重要なことの一つは、現地政
府・企業と日本側との Win-Win 関係の構築である。
太陽熱発電の需要がある各国に対しては、欧米系の
プレーヤーも積極的にアプローチし、商業プラントの営
業を行っている。その状況下で、技術・コスト・実績で先
行する欧米系のプレーヤーを抑えて日本企業が実証実
験を組成するには、現地雇用への貢献、技術供与等、
現地政府・企業との Win-Win 関係の構築が必要になる。
民間企業一社では描き切れないような太陽熱発電を中
心とした「現地での産業育成シナリオ」を、官民協力の下
で構想していくことが重要になるだろう。
2)営業・提案スタイルの転換
従来型火力発電であれば、各国の電力会社や IPP2事
業者が主要な営業先であった。一方、太陽熱発電にお
いては、再生可能エネルギーのデベロッパーや、各国の
再生可能エネルギー担当省庁・国営エネルギー会社へ
のアプローチが求められる。さらに、自国で太陽熱発電
を産業化し、雇用対策に利用したいと考える国において
は、産業開発担当省庁との折衝が必要となる。その結果、
単なるプラント輸出の提案だけではなく、スピード感のあ
る事業化が求められ、パーツの現地生産や技術移転、
現地人材の積極的な雇用・トレーニング等も含めた、従
来とは異なるパッケージ提案が求められる。
2
2)案件初期からの政府系金融機関との連携
今後、日本企業が商業プラントのプロジェクトを組成し
ていくにあたり、ファイナンス・アレンジ能力も重要になる。
例えば、中東や北アフリカのプロジェクトでは、現地政府
が一部出資し、プライム・コントラクターにファイナンス・ア
レンジを含めた EPC と O&M(Operation and Maintenance
)契約を求めるケースがある。このケースの受注において
は、技術のみならず、政府系や民間の金融機関からい
かに有利な条件で資金調達できるかが重要になる。
例えば、アルジェリアの Hassi R’mel プロジェクトでは、
アルジェリア政府と国営エネルギー会社の共同出資会
社である NEAL(New Energy Algeria)が事業主体となり、
主契約者に対して、BOO(Build Own Operation)契約を
求めた。Abengoa Solar がプライム・コントラクターとなった
が、技術や保証に加えて、ドイツ復興金融公庫(KfW)や
欧州投資銀行(EIB)のような政府系金融機関からの低
金利融資をもとにプロジェクトを組成した、ファイナンス・
アレンジ能力も評価されたと考えられる。
今後、日本企業としては、案件組成の初期段階から国
際協力銀行等と連携して、ファイナンス面での優位性を
訴求することが望まれる。また、二国間協定等を利用し
た CDM(Clean Development Mechanism)のような環境価
値を経済化するスキームを提案していくことも重要となる
だろう。
Independent Power Producer(卸電力事業)
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11 年 7 月号
うみ
《鉄道》
コンセッション方式による鉄道運行ビジネスへの参入
株式会社野村総合研究所 公共経営戦略コンサルティング部 研究員
片桐 悠貴
ためインドやベトナムのように、外資系企業による用地取
得・事業実施などに関する規制が存在する国もある。
1.鉄道運行事業の魅力と参入障壁
2.コンセッション方式の可能性
1)海外鉄道ビジネスの現況
近年、新興国の旺盛なインフラ建設需要を受け、「イン
フラ輸出」という言葉が脚光を浴びている。中でも大量輸
送、高エネルギー効率といった特徴を持つ鉄道は、環境
に配慮した都市建設に不可欠な交通インフラとして再び
注目を集めている。
すでに、日本の鉄道車両・部品メーカーは、盛んに海
外進出を図っている。2009 年に日立製作所が優先交渉
権を獲得した英国の高速鉄道案件や、川崎重工業が車
両を 20 年来納入しているニューヨーク市交通局などはそ
の代表例である。
同様に、大手商社も鉄道建設への EPC1としての参画
や車両リース事業への参入といった形で、海外鉄道ビジ
ネスに商機を見出している。三菱商事によるドバイメトロ建
設案件や、13,000 両を超える貨車を保有する三井物産の
車両リース事業などはその代表例である。
1)コンセッション方式の利点
近年、インフラ事業の経営形態として、純粋な官営でも
民営でもない、官民連携(PPP 3 )による「コンセッション方
式」への注目が世界的に高まっている。コンセッション方
式は、ライダーシップリスクの負担と現地政府の規制という
先述の参入障壁を克服できる可能性を有している。
図1 コンセッション方式のイメージ
借入・返済
利用者
Engineering(設計)、 Procurement(調達)、Construction(建設)
想定していた乗客数に及ばなかった場合の採算割れリスク。 加賀
隆一『国際インフラ事業の仕組みと資金調達』 中央経済、2010 年
受託者
国・
地方政府等
金融機関
2
事業権対価
完工後の
資産
2)運行事業の可能性と参入障壁
一方で、従来の日本企業による海外鉄道ビジネスは、
上記のような「開業後のリスクを回避する売り切りビジネス」
が主流を占めていたともいえる。しかし、鉄道事業はその
開業後においても発展余地が大きく、列車運行やメンテ
ナンス、駅周辺の商業開発など、多様な収益機会が内在
する。列車運行と沿線開発によって発展を遂げた歴史を
有する日本の民間鉄道会社は、まさにその好例である。
しかし、日本の民間鉄道会社などが国内のビジネスモ
デルをそのまま海外に持ちこむのは現状では困難である。
それには様々な要因があるが、民間企業の視点では、とく
に新線建設の場合に需要予測が難しく、ライダーシップリ
スク2を取りきれないことが大きな障壁となっている。また、
現地政府の視点では、鉄道という重要な国内インフラを外
資企業に依存することに抵抗感を覚えることもある。その
1
既往債務
返済
事業契約
サービス
供給
受託者が一定期間の事業権
(鉄道事業を運営する権利)を有し、
政府は軌道・車両等の資産を所有
料金
政策的に運賃を抑制する場合、
政府の補助金で受託者の収入を
補填することも可能
コンセッション方式では、事業の実施主体と資産の保有
主体が官側となる点で、純粋な民営事業とは明確に区別
される(鉄道事業に現地国の認可が必要な場合、官側が
認可を受ける主体となる可能性もある)。その一方で、官
民間の事業契約に基づき、民側が主体的に事業計画の
策定や設備投資を行うことも可能となる。
ライダーシップリスクの負担という問題については、官民
のリスク分担・費用負担を契約条項で規定することにより、
個々の案件の実情に合わせた民間企業の参画形態を設
計可能である。例えば、旅客単価が高く、将来的に開発
が見込まれる都市近郊の路線では民側の独立採算に近
い契約とし、サービス水準等に比して低い運賃設定を政
策的に求められる都心部の路線では、官からの補助金が
3
Public Private Partnership
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11 年 7 月号
手厚い契約内容とすることもありうる。加えて、最低収入保
証(MRG4)のみを現地政府が付与し、残りのリスクを民側
が負担する手法なども選択肢として考えられる。
また、現地政府の規制という問題についても、コンセッ
ション方式ならば、基本的に事業の実施主体と用地・軌
道・車両等の資産の保有主体は現地政府となる。したが
って、スキーム次第では外資系企業の土地所有に関する
規制等を回避できる可能性がある。
家、③には民鉄・JR各社や商社が想定される。
現状ではすべてを国内企業で構成できる可能性は低
いが、例えば③の役割のみを Veolia Transport のような海
外の交通オペレーターに委託することも考えられる。
図3 日本企業の参入ポジション
(参入ポジション)
国・地方政府
2)都市鉄道コンセッションの事例
都市鉄道の分野でコンセッション方式を採用した事例と
して、2009 年開業のソウル地下鉄9号線があげられる。当
該事例では、まず現代ロテム 5とマッコーリー銀行 6 などの
合弁で設立された地下鉄事業会社である Seoul Metro
Line 9 が、地下鉄新線の BTO7に関する合計 34 年間のコ
ンセッション契約をソウル市と締結している。そして、Seoul
Metro Line 9 には列車運行のノウハウがないため、世界
的な交通オペレーターである Veolia Transport と現代ロテ
ムが合弁で設立した Seoul Line 9 Operation に運行業務
を 10 年契約で委託している。
コンセッション契約
事業会社(SPC)
運行委託契約
運行会社
„路線を計画
„土木部分を建設(35億USドル)
„料金水準を決定
現代ロテム
出資 グループ(25%)
SML9
(ソウル地下鉄9号線)
運行委託契約
・10年契約
・職員約550名の
雇用、教育含む
出資
SL9
(9号線運行会社)
マッコーリー
銀行(24.52%)
Veolia Transport
Korea (80%)
現代ロテム
グループ(20%)
事業会社(SPC)
„地方政府とコンセッション契約
„電気・機械部分を建設
(10億USドル)
„資金調達を実施
運行会社
„事業会社から運行業務を受託
„約550名の職員が在籍
„別途、メーカーと車両整備契約
出所)Veolia Transport 資料より NRI 作成
3.海外鉄道コンセッションの実現に向けて
1)コンセッションスキームの組成
上述の例より、コンセッション方式を介しての運行事業
参入形態として、大きく3通りの方法が考えられる(機器納
入のみは除く)。①経営主体としての参画、②ファイナン
サーとしての参画、③オペレーターとしての参画である。
日本からの進出が期待されるプレーヤーとしては、①には
商社や車両メーカー、②には金融機関や国内機関投資
4
5
6
7
など
② ファイナンサー
„ 金融機関
„ 機関投資家
など
③ オペレーター
„ 海外交通オペレーター
„ 民鉄・JR各社
„ 商社
など
政府は、成長戦略の柱の一つとしてインフラ産業の輸
出促進を掲げ、公的金融機能の強化や ODA の戦略的活
用などを打ち出している。しかし、資金面に偏重した支援
策の拡充は、近年の財政事情を考えると持続可能性に疑
問符が付く。例えば、2010 年度の ODA の一般会計予算
は約 6,000 億円と、ピーク時(1997 年度)に比べて半減し
ており8、大幅な回復は難しいとみられている。したがって、
海外での鉄道ビジネスを継続的に発展させるには、資金
調達を ODA や公的金融機関の投融資に依存するのでは
なく、民間金融機関・投資家を巻き込んだ事業スキームを
構築することが必要不可欠となる。
その点で政府に期待されるのは、日本国内でのパイロ
ットプロジェクト形成を支援することにより、日本企業にコン
セッション方式の経験を積むチャンスを与えることである。
また、国内には多額の累積損失を抱える地下鉄などの自
治体保有路線も多く、コンセッション方式の導入によって
事業の改善を図れる可能性もある。その際は、①経営主
体、②ファイナンサー、③オペレーターのうち可能なポジ
ションのみに日本企業が参画し、参入が難しいポジション
では海外のインフラ運営企業の力を借りることも考えられ
る。海外企業とプロジェクトを共同実施することにより、日
本企業が比較的不足しているローコストのオペレーション
やインフラ投資のノウハウを吸収することにも期待される。
すでに国土交通省では、2010 年より「新たな PPP/PFI
事業」提案募集を開始している。国によるこうした取り組み
の拡大と自治体の積極的な関与によって、民間企業が国
内での事業機会に恵まれれば、将来的な鉄道運行ビジネ
スの海外展開に向けた布石となるだろう。
地方政府
コンセッション契約
・建設4年、運営30年
・資産は市が保有
① 経営主体
„ 商社
„ 車両メーカー
2)国内パイロットプロジェクトの実施
図2 ソウル地下鉄9号線の事業スキーム
ソウル市
(具体的なプレーヤー)
Minimum Revenue Guarantee
韓国最大の鉄道車両メーカー
インフラ投資の実績が豊富な、豪州を母体とする金融機関
Build Transfer Operate
8
外務省 『ODA 白書』 2010 年版
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11 年 7 月号
《空港運営》
日本の経験をベースとした海外実績の積み上げ
株式会社野村総合研究所 公共経営戦略コンサルティング部 副主任コンサルタント
新谷 幸太郎
3)日本で培った経験のアジア新興国の適用
空港運営会社が海外進出する際は、各国の競合事業
者に対抗するためのアドバンテージを確立する必要があ
る。日本の空港運営会社は、これまで、日本の航空需要
が右肩上がりで拡大する中で事業を展開してきた。とく
に、混雑空港である成田国際空港、羽田国際空港、福
岡国際空港では、需要規模に応じて施設を整備・拡張し、
旅行者が滞留せずに安全に搭乗するための運用や、旅
行者の嗜好変化に合わせた商業エリアの最適なテナン
ト配置に取り組んできた。これらの経験は、経済成長が
著しいアジア新興国で拡大する航空需要への対応方法
を検討する上で、先行事例と見なすことができる。
空港運営は、IATA1や ICAO2によって業務が標準化さ
れている場合も多く、質の面で強みを打ち出せる領域は
限られるが、需要に応じた投資規模の適正化や生産性
を高める運営ノウハウは国内運営会社の強みである。
1.空港運営事業の新たな成長市場
1)今後の成長が期待されるアジア市場
ここ数年、国内航空輸送実績は低成長で推移してい
る。背景には、日本経済の成熟化や人口の減少があげ
られる。一方で、アジアの新興国に目を向けると、経済成
長に伴って所得水準が高まり、出国需要が順調に拡大
している(表1)。空港運営会社が、成長するアジアの新
興国の空港運営を収益事業の柱として取り込むことが、
企業の持続的な成長を実現する上で有効であると考え
られる。
表1 アジア諸国における出国者数の伸び
(2001~2007 年)
国名
年平均成長率
中国
15%
タイ
12%
インドネシア
6%
日本
1%
2.海外空港運営事業への参入パターン
海外の空港運営に参画するパターンには、アドバイザ
リーとしてコンサルティング業務のみを受託するケースも
あれば、自らが空港運営会社として海外空港を運営する
ケース、さらに出資も含めて開発段階から関与するケー
スなどがある。空港の新設や拡張計画段階から関与し、
運営業務までを一括で請け負うことが可能な空港運営
会社は、長期間にわたり安定的な収益を見込めることか
ら、出資リスクを負うことができる。空港運営会社自らが
出資することによって、資金調達に苦慮する新興国のニ
ーズに応えることも可能である。
注 1)中国は香港・マカオへの訪問者を除いた値
注 2)金融危機以前の 2007 年までの成長率を計算
出所)UNWTO、日本法務省
2)アジアの大都市における空港運営事業
アジアの主要な大都市空港には、すでに海外の空港
運営会社や投資会社が資本を投じ、空港運用やそのア
ドバイザリー業務に参画している。以前は、運営ノウハウ
に乏しいために、新興国の空港が欧州系の空港運営会
社に支援を求めていた。しかし、現在ではアジアの空港
運営会社が先進の運営ノウハウを獲得し、他国の空港
運営に乗り出している。
3.海外進出における問題
表2 中国における海外空港事業者の進出例
西安咸陽国際空港(Fraport AG)
海口美蘭国際空港(Copenhagen Airports A/S )
南京禄口国際空港(Changi Airports International)
中国杭州蕭山空港( Airport Authority Hong Kong )
1)開発・運営ノウハウの複数の事業者への分散
日本では、空港全体の開発・整備・運営を1つの事業
者で主導しているのは、空港会社が株式会社で運営さ
など
1
2
International Air Transport Association(国際航空運送協会)
International Civil Aviation Organization(国際民間航空機関)
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11 年 7 月号
比較して委託先を選定する。このため、委託者の効率
性・収益性向上のニーズに応えるには、海外の事業者
に対する競争優位性を訴求していくことが重要となる。さ
らに、セールス面では、日本の ODA で整備されたアジア
の空港に着目して、政府と官民一体で進出を図ることも
想定される。
海外進出のポテンシャルを持つ事業者は限られる。例
えば、地方空港では、空港ビルディング会社が第3セク
ターで設立され、ハンドリング会社は空港周辺の地元企
業が請け負っている場合が多く、複数空港での事業展
開は想定しにくい。一方で、いくつかの事業者は、複数
の大都市空港で事業を展開していたり、様々な業務(タ
ーミナル運営、ハンドリング業務や物販業務など)を一手
に引き受けている。このような事業者は、日本での経験
をベースに、海外空港のニーズに応えるポテンシャルを
有すると考えられる。日系事業者の強みを訴求するには、
海外市場で実績を積み上げていくことが必要である。
国内事業者の多くは、海外進出の経験がないため、
すでに世界中に進出している日系企業と提携することで、
海外拠点の運営ノウハウを吸収することも有効である。と
くに、航空貨物を取り扱う物流事業者は空港利用ユーザ
ーであり、協業後のメリットが双方で見出しやすい。
れている成田国際空港、関西国際空港、中部国際空港
のみである。地方空港に関しては、空港ビルディング会
社が旅客・貨物ターミナルを運営しているだけである。
ただし、空港会社や空港ビルディング会社が一社で
すべての施設整備や運営を担っているわけではない。
例えば、空港施設の設計・施工管理に関しては、空港コ
ンサルティング会社が請け負っている場合もある。また、
空港運営を支える情報システムや機器関連メーカーも関
与している。運営業務にしても、空港利用者である航空
会社や旅行者に対して直接サービスを提供しているの
は、航空会社の関係会社や独立系事業者が主流である
(一部では、空港会社や空港ビルディング会社の関連会
社が進出している事例もある)。物販、カウンター業務、
ランプハンドリング、貨物上屋運営、給油などの業務ごと
に、各企業は空港施設を賃借して営業している。空港会
社や空港ビルディング会社は旅客・貨物ターミナルビル
を所有しており、航空会社や物流事業者等に施設を貸
与することで賃貸収入を得ている。このため、空港会社
が保有するノウハウのみでは、海外の空港の運営を一括
で引き受けることができない場合も想定される。
2)海外進出先のマネジメントのノウハウ不足
日本の空港運営に携わる事業者が海外に進出してい
る事例は希有であり、海外拠点を運営する基本的なノウ
ハウ(現地従業員のマネジメントなど)はこれから獲得す
る必要がある。
一部の国内事業者は、海外進出に関わるノウハウの
習得を進めている。エジプトのボルグエルアラブ国際空
港では、日本空港コンサルタンツが設計を担当し、成田
国際空港が空港運営体制の構築や職員のトレーニング
を実施している。しかし、この事例は日本の ODA が絡む
空港であり、収益事業の一環というよりは、発展途上国
への技術援助の側面が大きい。一方で、収益事業として
日本の ODA で造られたラオスのビエンチャン空港の旅
客ターミナル運営を、日本航空のグループ会社が受託
している事例や、日本空港ビルディングの現地法人が、
成都の空港で物販事業を展開している事例がある。
2)空港全体の開発や運営業務の一括受託
海外空港運営の一括受託など事業規模が大きい案
件に取り組む場合には、国内で空港全体を整備・運営し
ている空港会社だけでなく、商社など海外インフラ投資
に必要なノウハウを有する事業者がコンソーシアムを形
成し、海外進出に向けて協業していく体制を構築する必
要がある。
現状では、日本の空港運営会社は海外事業への取り
組み経験が乏しく、対応できる人員が限られる。ただし、
将来的に、国内で空港運営会社の統合・再編が進めば、
投資余力が高まると同時に、人員再配置による余裕も生
まれてくることから、海外事業への取り組みも容易になる
と考えられる。
事業範囲の大小に関わらず、日本の空港運営会社が
海外空港の運営事業を展開していくためには、日本以
外での市場において、高いパフォーマンスを発揮できる
ことを訴求する必要がある。とくに、空港整備と運営を一
括で受託する場合には、事業規模が大きくなることから、
過去のプロジェクト実績の重要度は高い。そこで、まずは
実績作りに専念し、小規模空港の新規開発や、既存空
港の拡張ニーズに対応していき、海外事業を新たな収
益源として確立する。その上で、顧客との信頼関係を築
きながら、より広い業務範囲の受託や他空港への横展
開を目指していくことが期待される。
4.海外進出へのアプローチ
1)特定事業の運営やアドバイザリー業務の受託
すでに海外に進出している国内事業者のように、空港
会社やハンドリング会社といった個別の事業者が海外空
港運営事業に参入する場合には、事業者の規模に応じ
て、現業で培った効率的な運営や施設拡張のノウハウが
発揮できる局面を見極めることが大切である。
参入先の空港(委託者)は、複数の空港運営会社を
- 10 -
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《サプライチェーン》
貨物動静の「見える化」実現のための仕組みづくり
株式会社野村総合研究所 公共経営戦略コンサルティング部 主任コンサルタント
小林 一幸
は、本船名、インボイス番号、B/L 番号、コンテナ番号な
どを用いて各者が個別に情報を管理しており、情報の紐
づけが困難になっている。先の調査では、すべての関係
主体と共通して管理する共有番号を有しているのは、荷
主では 23%、フォワーダーでは 13%のみとなっている
(図)。モノの流れの「見える化」を実現させるためには、
関係者間の持つ貨物の動静情報を共有するためのコー
ド体系などの仕組みを整備していくことが重要である。
1.モノの流れの「見える化」の重要性
日本の製造業は、東日本大震災が米国や欧州の生
産活動に影響を及ぼしたことが示す通り、世界規模での
サプライチェーン(グローバルサプライチェーン)の構築
を進めている。グローバルサプライチェーンは、物理的
なモノの動きが広範囲に及ぶ。この広範なサプライチェ
ーンを管理できないと、市場の変化に対する柔軟な在庫
調整や最適な在庫圧縮ができず、経営の効率化が進ま
ない。適切な在庫管理等を行うためには、世界規模で
「何が、どこに、どのくらいあるのか」という情報がリアルタ
イムに把握できる状態、つまりモノの流れが常に見える
状態を作ることが重要となる。経済産業省が 2009 年度に
調査した結果によれば1、モノの流れの「見える化」(貨物
情報可視化)を実現することで、荷主は連結在庫を平均
で約 1.6 日削減できると見込んでいる。
図 SCM/利用運送サービスに関連する主体との
共通管理番号の保有状況(海上輸送)
0%
23
荷主
フォワーダー
13
40%
60%
38
80%
24
74
100%
15
13
全ての関係主体と共通して管理する共有番号がある
一部の関係主体と共通して管理する共有番号がある
関係者と共通して管理している番号はない
無回答
2.関係者間の情報共有の仕組み不足
出所)前出に同じ
まず、現状では、どのくらいモノの流れの「見える化」
ができているかを考えたい。国際輸送の場合、多数のプ
ロセスにわたって荷主、船社、陸運業者、通関業者、税
関など多くの関係者が携わるが、すでに各者はそれぞ
れの業務範囲を中心に貨物情報を把握できていること
が多い。例えば、船社は本船の位置情報を、税関は輸
出入貨物の内容を、陸運であればトラックの輸送状況を
何らかの手段で把握している。サプライチェーン全体を
一社で把握できていることは少ないものの、各者が把握
している情報をつなげることができれば、モノの流れを
「見える化」させることは十分可能である。
しかし、現状では、各者の持つ情報をつなげてサプラ
イチェーン全体の「見える化」が実現できていることは少
ない。この理由には、輸送管理に用いる番号体系が、各
者それぞれで異なっていることがあげられる。具体的に
1
20%
3.関係者間の情報共有における官の役割
貨物の動静情報を関係者間で共有するためのコード
体系などを整備していくためには、関係者それぞれが情
報システムの改修や情報取得の方法の変更を伴い、多
大なコストが必要になる。また、情報システムの構築を個
別のサプライチェーンごとに実施していくと、サプライチ
ェーンを変更するたびにシステムの再構築が必要になり、
費用がかさむ。個別の国や民間企業では、それぞれ異
なった技術体系・規格や貿易制度を前提に、似通った
貨物動静情報を共有する仕組みを作ろうとする動きが表
れ始めている。このように規格の違う仕組みの乱立による
不経済を防止するために、同様な取り組みを行っている
主体間で、相互運用性確保に向けた調整を始めるべき
であろう。
経済産業省 「グローバルサプライチェーンにおける企業間情報連
携基盤の仕組み構築に関する調査研究事業」 2009 年度
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11 年 7 月号
貨物動静情報を共有し、相互に運用するための調整
には、国レベルでの議論が必要になる。日本企業のグロ
ーバルな企業活動を支援し、国際競争力を強化するた
めには、経済産業省、国土交通省、財務省関税局等の
関係機関が、他国の行政機関と連携して、調整を進めて
いく必要がある。
・ 貨物動静情報を共有するための仕組みを作り、そ
れを APEC で取り組むこと
・ 各エコノミーの取り組みを APEC の場で共有し、
APEC として方向性を揃えていくこと
・ 今後の APEC での取り組みに関する定期的なワー
クショップの開催、ベストプラクティスの構築、貨物
動静情報を共有するための仕組みの構築に向けた
指針作り
4.貨物動静情報の共有化実現に向けた
日本政府の取り組み
我が国では、貨物情報を「見える化」する仕組みの相
互運用性確保に向けて、各国・地域と調整を始めている。
経済産業省では、APEC 域内での貨物動静情報の相互
運用実現に向けて、APEC の貿易投資委員会の基準適
合性小委員会などの場で活動を行っている。APEC の貿
易投資委員会では、2015 年までに APEC 域内のサプラ
イチェーンの連結性を時間・費用・確実性の観点から
10%改善する目標を掲げており、貨物動静情報の相互
運用実現に対する期待は大きい。経済産業省では、こ
の委員会の場で、APEC 域内の貨物動静情報の共有の
ための標準化された仕組み作りの重要性を主張し、その
方法論の策定についても積極的に取り組んでいる。とく
に、仕組みづくりの重要性については、APEC 域内の各
エコノミー 2 間での意識合わせに積極的に取り組んでき
た。
エコノミー間の意識合わせに取り組んだ具体例として、
APEC の場で実施したワークショップがあげられる。この
ワークショップは、昨秋に仙台で開催された貿易投資委
員 会 の 基 準 適 合 性 小 委 員 会 に て 、 「 Supply Chain
Visibility Workshop」として開催された(表)。民間企業、
各国政府、関連機関の取り組みを APEC エコノミー間で
共有し、APEC 域内での貨物動静情報を共有することの
重要性を確認することを目的とした。
このワークショップでは、APEC 参加エコノミーに広く参
加を促すため、韓国、シンガポール、台湾、香港、米国
にもワークショップ開催の支持を取り付けたり、地域バラ
ンスを考慮しスピーカーを選定したり、民間企業や関係
団体にスピーカーを依頼したりといった工夫を行った。ま
た、APEC 域外ではあるが、EU にもスピーカーとして現
在の EU の取り組みを紹介してもらった。
これらの努力の結果、ワークショップには各エコノミー
から 100 人に迫る参加者が来場し、質疑や議論が行わ
れた。ワークショップの結果、以下の3点が必要であるこ
とが確認された。
2
そして、これらの結果は上位組織に報告された。最終
的には、サプライチェーンの可視化に向け、相互運用可
能な仕組みの構築を進めるとの内容で、APEC の閣僚声
明文にも盛り込まれた。こうした経済産業省の一連の取り
組みにより、今後は APEC 域内の貨物動静情報を共有
するための仕組み構築に向けた指針作りが進められよう
としている。
表 Supply Chain Visibility Workshop の概要
項目
日時
場所
開催者
協同スポンサー
アジェンダ
内容
2010 年 9 月 19 日 9:00-18:00
貿易投資委員会 基準適合性小委員会
日本(経済産業省)
韓国、シンガポール、台湾、香港、米国
1. サプライチェーンの現状に対する民間企
業からの報告(6社)
2. 貨物動静情報の可視化に向けた各エコノ
ミーの取り組みの現状報告(8エコノミー)
3. 国際標準化機関の取り組みの現状報告
(3団体)
4. パネルディスカッション
5.日本政府内の連携の重要性
今後、貨物動静情報の共有化に向けた具体的な指針
を作ろうとすると、各国や各企業の思惑が絡み、今まで
以上に関係者との調整が必要になると考えられる。とくに、
港湾オペレーションや通関の仕組みに影響するため、
各国の港湾の監督省庁、税関との調整が必須である。
そのため、我が国も経済産業省のみならず、国土交通
省や財務省関税局等、関係者全体で連携を深めていか
ねばならない。
日本政府内の連携の重要性は、本稿で取り上げた貨
物動静情報共有化の仕組み作りに限らない。国際的に
共通の仕組みを構築しようとする場合の共通の論点であ
ろう。日本企業のグローバル化を支援するために、日本
政府の「縦割り」解消が求められる。
APEC では、APEC に参加している国と地域を指して「エコノミー」と
いう。
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11 年 7 月号
《都市開発》
都市開発技術の商品化とリスク分担の必要性
株式会社野村総合研究所 公共経営戦略コンサルティング部 副主任コンサルタント
北崎 朋希
1.都市開発市場の成長と受注競争の過熱
2)強力な官民連携スキームの確立
先行するシンガポールや韓国などの企業では、鉄道や
電力などのインフラ海外展開と同様に、都市開発におい
ても、トップ外交をはじめとする様々な官民連携によって、
案件形成段階からの参画に成功している。
シンガポールでは、JTC コーポレーション2やケッペル
コーポレーション3などが、中国・ベトナム・インドネシアな
どにおいて、現地企業とともに都市開発を数多く実施し
ている。また、韓国では、政府機関である韓国土地住宅
公社と民間企業が、案件ごとに共同事業体を設立し、ア
ジア・中東・アフリカ地域の 15 カ国に展開している。さら
に、スウェーデンにおいても、政府と民間企業が一体と
なった協議会 Symbio City を設置し、ヨーロッパ、アジア、
アフリカ地域の7カ国への展開を実現している4。
近年、新興国の経済発展と先進国の都市間競争の激
化によって、住宅地や工業団地等の新規開発や既成市
街地の再開発が増加している。中でも、都市人口が急増
し、今後建設投資の増加が見込まれるアジアでは、シン
ガポールや韓国、スウェーデンなどの企業が、自国政府
の全面的な支援のもと、上下水道や交通等のインフラ整
備と不動産開発を組み合わせた数百ヘクタール規模の
都市開発案件の受注競争を繰り広げている。
丸紅や大和ハウスなどの日本企業も、1980 年代半ば
から、中国の主要都市において、現地不動産会社と共
同で数百戸規模の外国人向け住宅開発を行ってきた。
また、2000 年代後半には、新興国の新規都市開発の一
部街区において、三井不動産や積水ハウスなどが、住
宅や商業開発を行っている。しかし、これらの多くは、シ
ンガポールの企業や現地不動産会社が主導する都市
開発への“不動産開発”としての参加である。
2.先行する各国に共通する優位性
1)都市開発における差別化
商品価値が伝わりにくい都市開発という分野において、
先行する各国の企業は、自らの都市開発技術をいち早
く商品化することで、差別化に成功している。例えば、シ
ンガポールでは、「生きた実証実験の場“Living Lab”」1
の成果をアピールしている。また、韓国には、1990 年代
前半に建設会社が海外展開を通じて培った短期間かつ
低コストの建設工事ノウハウがある。さらに、スウェーデン
では、ストックホルム市郊外に最先端の循環型環境技術
を導入したエコタウン「ハンマビー・ショースタッド」を整
備・運営し、年間約 100 万人を超える視察者を集めること
で、世界中に自国の都市開発の商品価値を伝播させて
いる。
3)都市開発の商品を横展開する取り組み
継続的に都市開発の海外展開を推進するためには、
導入した商品の横展開が重要となる。例えば、シンガポ
ールは、外資誘致を進めるベトナム政府の要請を受けて、
1996 年にベトナム・シンガポール産業パーク5を共同事
業として整備し、22 の国や地域の外資系企業の誘致に
成功した。これを契機に、シンガポールでは、ベトナム国
内に同様の産業パークを3箇所(計 4,000 ヘクタール)開
発し、オフィス、住宅、商業施設、大学、レジャー施設等
を含む複合都市開発へと発展させるに至っている。
一方、韓国は、インフラ整備と引き換えに土地使用権
を無償で譲り受ける手法を用いて、2006 年以降ベトナム
国内に3箇所(計 750 ヘクタール)の都市開発を展開して
いる6。
2
3
4
5
6
1
経済成長の礎となった産業団地の整備・運営ノウハウや、都市問
題の解決に取り組んでいる。
70 年代に工業化の推進役となったジュロン工業団地の開発主体
港湾局の再編によって設立された。
協議会が無償で各種計画策定や高度専門人材を派遣するなどの
施策を展開している。
ホーチミン市から約 17 ㎞に位置する約 500 ヘクタール
例えば、ベトナム国内の高速道路建設の対価として、ベトナム政府
から周辺用地約 265 ヘクタールの土地使用権 50 年間を無償で譲り
受け、地元建設会社と共同で約 3.5 万人が居住する新都市を建設し
ている。
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11 年 7 月号
このように、先行する各国は、自国の都市開発商品を
導入した後、相手国での官民連携スキームを通じた横展
開により、都市開発の海外展開を継続化している。
図 先行する各国の官民連機スキームと商品特性
シンガポール
韓国
スウェーデン
《政府出資主体タイプ》
《共同事業主体タイプ》
《協議会タイプ》
現地政府
通商産業省
現地企業
現地政府
経済開発庁
ケッペル
交渉・提携
ジュロン
官民連携
スキーム
国土海洋部
現地企業
交渉・提携
外務省
現地政府
現地企業
案件毎
に提携
民間建設会社
貿易委員会
Symbio City
韓国
土地住宅公社
スウェーデン
環境研究所
交渉
・
提携
建設会社 エンジ会社
電力会社 金融機関
政府出資企業
都市開発の
商品特性
産業団地の整備・運営、
Living Labで培われた
都市問題の解決手法
Suzhou Industrial Park
(中国、蘇州市)
代表的な
海外展開事例 Mahindra World City
(インド、チェンナイ)
短期間に低コストで建設
工事を遂行するノウハウ
環境技術を統合化した
施設の整備・運営
Azerbaijan New Town
The Dongli Lake Project
(アゼルバイジャン、バグー郊外)
(中国、天津市)
India Gujarat Industrial
Complex (インド、グジャラート州)
Luodian Town
(中国、上海市)
出所)各種資料およびヒアリング調査より NRI 作成
3.本格的な海外展開の推進に向けて
前述のように、国をあげて都市開発の海外展開を進め
るためには、①都市開発の商品化、②官民連携スキー
ムの確立、③商品を横展開する取り組みが必要である。
しかし、現在の日本は、多くの都市開発技術を有してい
るものの、その技術を集約化し、魅力的な商品として訴
求することができていない。また、官民が連携して都市開
発を推進する政府出資主体や、共同事業主体となる公
的機関も存在しない。そのため、多くの日本企業が海外
展開を“都市”ではなく“不動産”開発に留めざるを得な
い状況に陥っており、事業の横展開も限定的である。
2)技術と資金を提供する官民連携組織の設立
これまでの日本企業の海外展開は、数億ドル・数十ヘ
クタールの不動産開発に留まっているが、先行する各国
は数十億ドル・数百ヘクタールを超える都市開発を展開
している。これは、先行する各国の政府が直接的・間接
的な事業主体として参画しており、民間企業のみでは負
えない事業リスクや非営利的な業務を分担しているため
である。
こうした動きに対応するため、戦後から我が国の都市
開発を牽引してきた(独)都市再生機構や国内都市開発
の資金協力を担う(財)民間都市開発推進機構等を官民
連携機能として活用し、すでに民間企業主体で実施して
いる不動産開発の海外展開を都市開発へと発展させ、
積極的に横展開することを提案したい。
さらに、パッケージ型インフラ海外展開の投資回収機
能として、都市開発を位置づけることができれば、先行
する鉄道や電力など事業との連携も可能となり、より広範
な分野の海外展開を推進する原動力となるであろう。
1)固有の都市開発技術を活用した商品化
都市開発市場へ戦略的に参入していくためには、ま
ずは自国の都市開発技術を活かした商品を開発し、そ
れを輸出する官民連携スキームを構築する必要がある。
今後、多くの新興国では、経済発展に伴う地権者意識の
高まりによって、従来の全面買収方式による都市開発は
困難になると予想される。また、人口の増加に伴って、都
市内外において、大量輸送公共交通機関の整備が一
層必要となる。この問題に対して、鉄道一体型都市開発
7
は、慢性的な過密化という都市問題を抱えるアジアの新
興国において、有効的な解決手段となり得る。
7
近年、先進国の多くの都市では、持続可能な社会実
現に向けて、新たに公共交通網を整備する動きがみら
れる。しかし、成熟期にある都市において、公共交通網
を新たに整備することは、用地取得の長期化等の多くの
障害が伴う。そのため、都市が成長期にある段階で、い
かに公共交通を先行的に整備するかが、その後の発展
を大きく左右するといえる。しかし、公共交通整備は、初
期投資が大きく、資金回収に長期間を要する事業である。
そのため、鉄道一体型都市開発を、短期間で資金回収
が可能な都市開発整備と組み合わせて行うことで、公共
交通と都市開発の効率的な整備が期待される。
一方、人口流入が一段落し、成長期から成熟期に移
行した都市では、持続的成長の実現に向け、質の高い
都市開発が求められる。こうした需要に対しては、2002
年から日本で始まった都市再生の枠組みが有効である。
これは、都市再生に貢献する取り組み(産官学によるイ
ンキュベーション施設や社会人教育施設等の整備・運
営など)を提案する事業者に対して、行政が容積率等の
規制を緩和するものである。このような仕組みを法制化し
ている国は、先進国の中でも数少ない。そのため、事業
者の計画提案や施設整備・運営に関するノウハウだけで
なく、行政側の提案を引き出すノウハウも含めて、魅力
的な商品となり得るだろう。
例えば、日本固有の都市開発技術として、多摩田園都市に代表さ
れる鉄道一体型都市開発が存在する。これは、これまでの全面買収
方式や地権者による区画整理方式による都市開発とは異なり、事業
のリスクとリターンを適切に各主体(地権者、行政、事業者)に配分す
ることが可能な手法である。
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11 年 7 月号
《官による支援策(1)》
バングラデシュにおける BOP ビジネスを例として
株式会社野村総合研究所 公共経営戦略コンサルティング部 副主任研究員
八代 拓
なる。その際、投資のリスクを軽減する観点から、公的機
関の保証を受けることも、ファンドの安定性を投資家に提
示するという観点から有効である。
1.途上国進出に際する企業の資金ニーズ
先進諸国の低成長と国内市場の成熟が進む現在、発
展途上国への企業進出が進んでいる。こうした動向の一
環として、発展途上国の社会的課題解決と収益創出の
両立を目的とした BOP1ビジネスも浸透してきている。
一方、日本では、発展途上国事業向けに商品開発、
チャネル開拓、人材育成等を進めてきた企業は少ない。
とくに中小企業の中には、上記の取り組みを進めてきた
としても、資金不足のために事業展開に踏み切れない
企業もある。そこで本稿では、バングラデシュにおける
BOP ビジネスを例に、中小企業の途上国進出に向けた
資金支援策を考察する。
図1
グラミンダノンフーズの資金調達スキーム
ダノン
投資家
1億ユーロ
2,000万ユーロ
ファンドマネージャー
(CALYON)
8,000万ユーロ
運営
DANONE.
Communities Fund
9,000万ユーロ
1,000万ユーロ
公社債&現金
エシカルファンド
50%の
元本保証
AFD
出資
グラミンダノンフーズ
他9プロジェクト
出所)Danone Communities ウェブサイトより NRI 作成
2.グラミンダノンフーズの資金調達事例
3.Citibank の資金提供事例
2006 年、大手食品メーカーであるダノンは、バングラ
デシュのグラミン銀行と合弁で、グラミンダノンフーズ
(GDF)を設立した。GDF の主力事業は、1カップで乳幼
児が1日に必要とする栄養の 30%を摂取できるヨーグル
ト“Shoktidoi”の製造と、農村部女性を通じた販売である。
GDF の工場増設資金の調達に際して、ダノンはダノ
ン・コミュニティという社会性に配慮した投資を行うファン
ドを組成し、資金を調達した。ダノン・コミュニティは、資
金の 90%を公社債等の安定的な投資に回し、残り 10%
をエシカルファンド(社会的貢献度の高い企業を中心に
投資するファンド)として運用している。
同ファンドは、投資による社会開発効果が期待される
ものの、投資対象地域のカントリーリスクは比較的高い。
そこで、フランスの援助機関である AFD(フランス開発
庁)から上限 50%の元本保証を受けることで、リスク軽減
を図っている(図1)。
このように、事業者と金融機関といった既存の資金調
達スキームに捉われることなく、事業者自身がファンドを
設立することで、金融機関を介さずに資金調達が可能と
BRAC は、1972 年にバングラデシュで設立された国際
NGO であり、マイクロファイナンス2機関(MFI)としては、
グラミン銀行と並ぶバングラデシュの最大手である。マイ
クロファイナンスの融資は、Citibank 等の商業銀行から
受けている。
Citibank では、2004 年に MFI への融資に際して、
OPIC(米国海外民間投資公社)から 70%の債務保証を
受けるグローバルフレームワークを構築した。本フレーム
ワークは、在外拠点のない OPIC と世界各地に支店ネッ
トワークを持つ Citibank とが、相互のメリットを見出し策定
したものである。
融資先 MFI の発掘から審査、モニタリングを担当する
のは Citibank である。Citibank が発掘した融資案件に対
し、OPIC が一括で保証を付保している。個別の融資案
件について、保証限度額等は設定していない。
同フレームワークにより、Citibank にとっては、MFI に
対する融資のリスクを軽減することが可能となる。また、
BRAC などの MFI としても、付保により信用力が高まるた
1
2
Base of the Pyramid
低所得者向け小規模融資
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11 年 7 月号
表 ファイナンスステップ別の課題
め、融資原資の調達に際して、借入先の審査に通りや
すくなる。そのため、融資原資の確保が円滑化し、途上
国の個人や事業者に対する貸出機会の拡充につながる。
さらに、OPIC としても、案件組成・管理を外部化すること
により、海外拠点を設置することなく、支援施策を展開す
ることが可能になっている。
項目
資金利用者のニーズ
資金提供者の現状
案件発掘
• 進出先の途上国で、ファ
イナンスに関してどの機
関に相談すべきか分かり
にくい。
• 途上国での事業を専門に
担当するスタッフや拠点を
設置していない。
審査
• 社会開発効果と経済性
の両立を期待する事業で
あっても、事業設立段階
では収益が上がらない。
• 計画的な収益創出が見込
めない限り、リスクを加味
して高金利や保証を設定
せざるを得ない。
モニタリング
• 金融機関に対して、どの
ような形で報告を行えば
よいか、手法や体制の整
備が確立していない。
• 現地に支店などがなけれ
ば、資金提供先の事業動
向の把握が十分にはでき
ない。
債権保全
-
図2 Citibank の資金提供スキーム
現地金融機関
融資
OPIC
債務保証
融資:16百万ドル
(融資原資)
Citibank
BRAC
貧困層個人
(女性)
DABI
(融資:50~70ドル)
上限175百万ドルの保証による
債務不履行のリスク共有
貧困層
(零細事業者)
案件発掘
融資実行
案件管理
• 資金提供先が倒産した際、
どのように債権を回収し、
日本に送金するか、方法
が不明確。
出所)国内事業者ヒアリングより NRI 作成
PROGOTI
(融資:700~7,000ドル)
その他
MFI
5.バングラデシュ事例の日本への示唆
出所)OPIC、BRAC ウェブサイトより NRI 作成
バングラデシュにおける BOP ビジネスの例においては、
ファンドの組成と付保による資金調達や金融機関と公的
機関の包括提携に基づく案件形成等の施策が確認され
た。しかし、日本の中小企業がこうした施策を発案し、自
前の事業に反映させていくことは容易ではない。中小企
業が、社会開発効果と収益創出の観点から適切な製
品・サービスを提供している場合、日本の公的機関とし
ても積極的に資金面での支援を行うことが望まれる。
その際の手法として、バングラデシュの例のように、フ
ァンド設立に対して公的機関が支援を行い、幅広く資金
提供者を募る金融インフラを整備することが有効である。
また、金融機関が現地拠点を設立しないために、途上国
案件への貸出が進まないという課題もある。こうした課題
の解決には、日本の金融機関と海外金融機関が提携し、
ネットワーク拡充を図ることも方法の一つであろう。
現地金融機関を通じた資金提供に際しては、本邦中
小企業に対する貸出をいかに円滑化できるかがポイント
となる。そのためには、技術協力等を通じて現地金融機
関の人材育成を行い、貸出業務のオペレーション改善
を図るとともに、ツーステップローン3を通じて融資原資を
供給することが、国際協力機構や国際協力銀行にとって
必要であろう。
このように、本邦中小企業が、発展途上国において社
会開発と収益創出を両立させる事業を展開していくため
には、事業の血脈となる金融インフラの整備が必要であ
る。中小企業や金融機関、途上国の現地社会のニーズ
や特性を真摯に把握しつつ、官民の連携に基づいて整
備を進めていくことが求められよう。
4.日本における資金の調達・提供の課題
我が国の事業者でも、BOP ビジネスの展開に関する
検討は始まっているものの、事例数としては必ずしも多く
ない。とくに、資金調達については、資金利用者のニー
ズと資金提供者の事情が合致していないこともあり、資
金調達案件の組成には課題が伴う。
例えば、案件を組成する上では、事業者が、進出先で
どの機関に対しどのような相談が可能なのかということに
ついて、確固たる情報が蓄積されていない。一方、金融
機関としても、顧客ごとに担当者を決めて融資案件の組
成・管理を行っている状況であり、途上国案件専門の職
員を配置しているわけではない。そのため、顧客先企業
の資金ニーズを十分に把握できず、案件を取りこぼして
しまう可能性もある。
また、審査プロセスにおいて、事業者としては事業設
立段階において資金が必要となるものの、発展途上国
のビジネスでは明確な利益創出計画が立てられないこと
もある。金融機関としても、リスクの高い案件に対して無
条件に融資するわけにもいかず、保証の付保や高金利
設定などを条件として提示せざるを得ない事情もある。
融資後のモニタリングについては、現地拠点の業況に
関して金融機関に報告するノウハウが蓄積されてないこ
ともある。しかし、金融機関が現地拠点を有していないた
め、密な業況の把握をできないという事情もある。
さらに、融資先事業者の倒産時には、金融機関として
どのように債権を保全できるのか、現地の法制度や慣習
等の情報が蓄積できていない場合が多い。
3
発展途上国の金融機関への資金提供を通じ、特定分野の開発を
目指す開発手法
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《官による支援策(2)》
中東湾岸諸国への進出支援を例として
株式会社野村総合研究所 公共経営戦略コンサルティング部 コンサルタント
野呂瀬 和樹
さ ら に 交 通 分 野 で は 、 GCC 6 カ 国 を つ な ぐ 総 延 長
2,200km に達する鉄道計画(GCC Rail Network)や、自
動車の急増により頻発する渋滞や事故を削減するため
の道路建設などが推進されている(サウジアラビアは
2011 年中に 6,600km の道路を新設予定)。
1.なぜ中東湾岸諸国(GCC)か
1)インフラ需要旺盛な中東湾岸諸国
インフラビジネスの有望国・地域の一つとして着目され
ているのが中東湾岸諸国(GCC1)である。GCC の魅力
は、高い人口増加率と経済成長率である(図)。海外直
接投資の流入額は6カ国合計で年 600 億ドル(2008 年)
に達し、海外からの成長期待度の高さがうかがえる。
ASEAN 主要6カ国2と比較すると、2008 年時点で総人口
は約5億人と桁違いの規模だが、一人当たり GDP が
2,892 ドルと低いため、GDP の総額は約 1.5 兆ドルと
GCC(約1兆ドル)の 1.5 倍程度となる。海外直接投資の
流入額は年 457 億ドルであり、GCC の方が大きい。
2)行政にとっての中東湾岸諸国
経済産業省が策定した「産業構造ビジョン 2010」にお
いて、「インフラ関連/システム輸出」は重点施策として
位置付けられている。中東湾岸諸国は、前述のような人
口増加や経済成長を受けて、その輸出先として有望視さ
れている。経済産業省が主導するインフラ関連の実証実
験プロジェクトが、中東で推進されている。代表例として、
横浜市と日揮の官民連合が実施するブライダ市(サウジ
アラビア)での水道事業や、新エネルギー・産業技術総
合開発機構(NEDO)がマスダール・シティー(UAE アブ
ダビ首長国)で実施する太陽熱冷房事業などがある。
政府が GCC を重要視するのは、インフラ輸出の市場
として有望であることだけが理由ではない。そこには中東
産油諸国との関係強化によるエネルギー安全保障の確
立という狙いがある。日本は年間 2.15 億キロリットル
(2010 年)の原油を輸入しているが、その 73.4%が GCC
か ら 輸 入 さ れて い る 。 そ の 他 中 東 諸 国を 含 め れ ば 、
86.5%が中東産である。過去に 2 度のオイルショックが発
生したが、1973 年の第一次オイルショックは第四次中東
戦争の勃発が、1979 年の第二次オイルショックはイラン
革命が原因であった。このことから、中東産油諸国との
良好な関係を構築し、同諸国の社会・経済的安定を支
援することは、原油の安定調達のために重要である。
図 GCC の人口と一人当たり GDP の推移
(1,000US$)
(1,000人)
45,000
30,000
IMF予測
40,000
25,000
20,000
15,000
35,000
10,000
5,000
30,000
0
2005
2006
人口(左軸)
出所)IMF
2007
2008
2009
2010 (年)
一人当たりGDP(右軸)
World Economic Outlook
目覚ましい発展を遂げる GCC 諸国が直面しているの
が、急増するインフラ需要に対する供給不足である。そ
のため、各国ともに積極的なインフラ投資計画を策定し
ている。中東の経済誌『MEED』によれば、GCC の発電
能力は現行約 85GW だが、2019 年には電力需要が約
180GW に達する見通しである。また、海水淡水化プラン
トのキャパシティは、現行約 28 億ガロン/日だが、2019 年
には需要が約 53 億ガロン/日に達すると予測している。
1
2
2.GCC 進出に伴う課題
1)日本企業が遭遇しやすい障壁
GCC 諸国に対して関心を持つ日本企業は、インフラ
ビジネスに限らず様々な業種で近年急増している。一時
はドバイショック等の影響もあり、GCC のポテンシャルを
疑問視する声もあったが、その後も堅調な成長を続ける
同諸国への期待は依然大きい。しかし、いざ GCC 諸国
Gulf Cooperation Council(湾岸協力会議)の略。サウジアラビア、
UAE、カタール、クウェート、バーレーン、オマーンの6カ国で構成さ
れる地域協力機構
インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム
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11 年 7 月号
への進出を検討し始めると、地場の商習慣等による障壁
に直面する企業は少なくない。ここでは、これまでに多く
の企業の中東進出支援をしてきたなかで遭遇した、日本
企業が直面した障壁の代表例について述べる。
ビアに特化し、日本企業の進出支援を行うために設立さ
れたのが、(財)中東協力センターの『日本・サウジアラビ
ア産業協力タスクフォース3』(TF)である。2007 年、日本
の首相とサウジアラビア国王による、産業協力を含む共
同声明が発表され、実行部隊として TF が組成された。
①情報の入手の難しさ
GCC 諸国では、社会・経済動向に関する統計が先進
国ほどには整備されていない。そのため、事業の市場規
模や成長率などは公開情報から算出することができず、
地場の企業や公的機関に対するヒアリングを通じて全体
像を描き出すというアプローチが一般的である。また、
GCC 諸国では、大手企業であっても、非上場で財務情
報を公開していない企業が少なくない。そのため、商取
引や提携などの話があっても、日本企業が今一歩踏み
込めない場面にも遭遇する。さらに、大型の入札案件等
に関する情報が、地場の業界関係者間のネットワークの
中でのみ共有されている場合も多い。こういった情報を
得るためには、現地社会への深い関与が必要である。
表 「日本・サウジアラビア産業協力タスクフォース」
設立の目的
主な目的
日本の狙い
サウジアラビアの
狙い
日本の製造業のサウジアラビア進出の促進
サウジアラビアとの関係強化
同国の社会経済の発展への貢献による
エネルギー安全保障
自国への技術移転と雇用創出と
産業の多角化(脱石油依存)
1)TF の機能
TF はサウジアラビアの経済情勢・ビジネス環境等に関
する様々な調査を実施し、得られた情報を日本企業に
発信している。同国への進出を本格的に検討し始めた
企業には、情報面だけでなく、同国の企業や政府系機
関等とのチャネルの提供や、調査費用の全額補助という
支援策がある。同国の調査を検討している、またはすで
に開始している製造業は、TF に支援スキームの利用を
申請し、審査を通過すれば補助金を得ることができる。
②ビジネスの進め方の独特さ
GCC 諸国の企業や公的機関と仕事をする上で、相手
の独特な商習慣に戸惑う場面も多い。とくに多いのが、
相手組織のキーパーソンが特定できず、どのように意思
決定されているかが分からないケースである。例えば「マ
ネージャー」という肩書の人物が、単なる代理人であり、
表に出てこないオーナー一族が絶対的な意思決定権を
持っている場合などがある。この場合、いくらマネージャ
ーと話をしても事業は先に進まないため、アプローチ方
法に工夫が必要である。しかし、一度キーパーソンと通じ
れば、迅速な経営判断が行われるのも中東におけるビジ
ネスの特徴である。一方、GCC 諸国の企業が日本企業
の意思決定の遅さに辟易している面もあり、その点で中
国や韓国の企業に水をあけられているのも事実である。
2)TF のこれまでの成果
TF の支援スキームを活用した企業はこれまで約 60 社
に上り、11 年 4 月時点で約 30 社が継続活用中である。
これまでに、支援スキームを活用した上で同国への進出
を決めた事例は5件(7社)となる。直近では、11 年 2 月
にいすゞ自動車が現地でのトラック生産を決定した。また、
東洋紡績と伊藤忠商事の合弁企業が海水淡水化用逆
浸透膜エレメントを、ジェイ・パワーシステムズと丸紅メタ
ルの合弁企業が海底電力ケーブルを製造販売する現地
法人を設立し、工場建設の準備中である。また、クボタは
鋳鋼製品工場を設立し、最近製造を開始した。インデッ
クスは同国にてモバイルコンテンツの制作・配信を行う現
地法人を開設した。同社は現地の公的機関からの委託
により、クリエイターの育成事業を行っている。
③ポリティカルリスク
2010 年末に北アフリカから始まった反政府デモの波
は GCC 諸国にも波及し、予断を許さない状況が続いて
いる。しかし、その状況は国によって多様であり、バーレ
ーン、クウェート、オマーンでは本格的なデモが発生して
いるが、UAE とカタールの政情は安定している。また、サ
ウジアラビアは一部小規模なデモは発生したものの、現
在では安定した状態が続いている。
中東湾岸諸国は日本企業にとって、市場の潜在的な
魅力は認識しつつも、その心理的な距離やリスクの不透
明性から一歩踏み出せない地域であった。しかし、行政
による支援策を活用することで同諸国へのアプローチを
容易にすることが可能となっている。BRICs に次ぐ潜在
市場として、中東湾岸諸国への具体的な進出検討を始
める企業は、加速度的に増加している。
3.日本政府による包括的支援制度事例
このような事情から、日本企業が同諸国への進出に関
して、直ちに踏み込むことは難しい。そこで、サウジアラ
3
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編集後記
今月も、NRI Knowledge Insight をご覧いただき、ありがとうございます。
資源配分や生産物分配には、3つの形態があるといわれています。そのうち、官民連携は、特定の事業について
「政府交換」と「市場交換」を組み合わせたものと考えることができます。政府交換は、法律や制度といった命令系統
を軸に徴税と配分(公共投資)を行うメカニズムであり、市場交換は、マーケットメカニズムそのものを指します。本号
のいずれの論考も、途上国でのグリーンフィールドと呼ばれる領域や日本を含む先進国でのブラウンフィールドと
呼ばれる既存領域で、官民連携手法を通じて、資金調達、サービスの質的向上、リスクシェアに関わる課題を解消
していく試みが提案されています。また、震災復興に向けた官民連携手法の導入も注目されています。
一方、資源配分や生産物分配の形態のうちの残る一つが「互恵」と呼ばれ、ボランティア・チャリティといったシス
テムを指します。震災を機会に、官民連携に、この第3の形態も組み込んだ新たな連携方策が、日本発で創出され
ることを期待します。
編集長 秋月 將太郎
バックナンバーのご案内(http://www.nri.co.jp/opinion/k_insight/index.html)
11 年初夏特別号(特集 “エッジ産業”への期待 2)
11 年 5 月号(特集 組織活性化がもたらす躍進)
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イスラム金融の台頭
新たな成長ステージを迎える健康食品市場
民間企業による保育サービス事業の展望
美容家電による脅威と新たな事業機会
新たな「2012 年問題」への対応
組織の持続的成長に向けた価値観定着活動
企業理念に基づくマネジメント人材像の定義
ダイバーシティ・マネジメントの推進に向けて
【コラム】変革の主体者・実践者は誰か?
【特別論考】震災復興後の新たな電力システムのあり方
11 年 3 月号(特集 法制度改正を契機とした改革・発展) 11 年 1 月号(特集 「日本型」技術・サービスの国際展開)
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IFRS 対応を契機とした経営管理改革
組織再編や自力再建への取り組みと法改正
地方自治体が保有する地理空間情報の流通と活用
【コラム】 オープン化されるパブリックデータ
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情報通信産業におけるインフラ輸出を成功させるために
原子力分野の海外展開における課題
日系 EV の普及に向けた日本の充電規格の世界標準化
ID 連携によるユーザー志向の送金サービス
日系企業によるハラール市場開拓に向けて
新都市開発で広がる新たなビジネスチャンス
【コラム】 “海外ブランド”の存在感
10 年 11 月号(特集 ビジネスの基層の認識と徹底)
10 年 9 月号(特集 変わる日本人)
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1. 変わる価値観と購買行動
2. 管理不全マンションの予防・健全化に向けて
3. スポーツに対する国民の期待の変化と
企業のスポーツ支援のあり方
4. 高速道路料金改定による日本人の旅行の変化
営業力を底上げする3つの取り組み
閉塞する地方流通業の打開策
物流アウトソースにおける協業体制の確立
KKD に依存しすぎない改善活動
急速に拡大する FTA 活用支援サービス
10 年夏特別号(特集 太陽光発電市場の変局点)
【巻頭】太陽光発電市場の変局点の読解
1. パネル業界
2. ポリシリコン業界
5. インバータ業界
6. 蓄電池業界
9. 日本市場
10.中国市場
【概説】太陽光発電業界の展望と日本企業の課題
3. フィルム部材業界
4. モジュール業界
7. 製造装置業界
8. ファシリティ業界
11.韓国市場
12.台湾市場
10 年 7 月号(特集 新興国の情勢)
10 年 5 月号(特集 組織・人材戦略の転換)
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製薬企業の中国におけるさらなる展開に向けて
台湾を活用した大中華圏における BtoC ビジネス展開
親日的な国ベトナムで進む若年世代の日本ブランド離れ
ドバイ・ショック後の中東湾岸経済
役員会のチームマネジメント改革
生産性向上の手本としての KPO
コンビニエンスストア店舗の人材育成
組織外の人材がイノベーションを生み出す仕組み
“志”を再生するストーリーテリング
【コラム】 メディアをみればその人がわかるⅢ
NRI Knowledge Insight 11 年 7 月号 Vol.19
編集事務局
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〒100-0005 東京都千代田区丸の内 1-6-5 丸の内北口ビルディング
TEL: 03-5533-2631 FAX: 03-5533-2414 E-mail: [email protected]
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