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「にぎり飯」∼文学から映画へ

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「にぎり飯」∼文学から映画へ
「にぎり飯」∼文学から映画へ
映画「渡り鳥いつ帰る」は、市川市八幡を終焉の地
とした永井荷風の市川時代の作品
「にぎり飯」
「春情鳩
の街」
「渡鳥いつかへる」を元に映画化された。荷風生
前に映画化された初めての作品である。
原作のひとつ「にぎり飯」は、昭和22年11月に
脱稿され、昭和24年1月の『中央公論』に発表され
た短編小説で、市川が重要な舞台となっている。
佐藤は、市川の知人を頼って暮らすようになり、数
ヵ月後、千代子と思いがけず再会し、またもや握り飯
を分け合う。そして、身寄りのない者同士、所帯を持
つようになる。
終戦後、二人は市川駅前におでん屋を開く。翌年、
二人の店に千代子の夫が、偶然来店するが、互いの境
遇を察して無言のまま別れる。
千代子はやがて、佐藤の子どもを身ごもり、中山法
華経寺の鬼子母神へ安産祈願に向かうのだった。
「春情鳩の街」は、昭和24年4月に脱稿され、同
年6月に浅草大都劇場で初演、同年7月の『小説世界』
に発表された戯曲である(当初は「春情鳩の町」
)
。
一方、映画の粗筋を、
「にぎり飯」と対応させて簡
単に示す。
「渡鳥いつかへる」
は、
昭和25年4月に脱稿され、
同年5月に浅草ロック座で初演、6月の『オール読物』
に発表された戯曲である。
吉田伝吉(森繁久弥)は、戦争中、妻千代子(水戸
光子)と生き別れ、馴染みの女おしげ(田中絹代)に
ちなみに「春情鳩の街」
「渡鳥いつかへる」は、共に
引き取られ、鳩の街(現・墨田区向島)という女性が
荷風自身も、端役として舞台出演している写真が遺さ
春を売る街の店の主人となる。伝吉の店には、さまざ
れている。
まな境遇の女性が働いている。
映画化については、荷風の日記「断腸亭日乗」の昭
一方の千代子は、善良な由造(織田政雄)に救われ、
和28年1月17日の条に、
「午後東宝映画会社佐藤
おでん屋を開いていた。伝吉と千代子は再会するが、
一郎氏来り先年映画製作の契約をなせし鳩の町の礼金
伝吉は自分の立場を悟って、離婚届を渡し、酒に酔っ
残額を持参す。本年五月頃製作に着手すべく台本は久
た勢いで、川で溺死してしまう。伝吉の店の女性たち
保田万太郎氏に依頼する由。
」とある。その後も、1月
も、苦しい人生を歩む。
24日、1月30日と打ち合わせを持っていることが
記される。
映画では、伝吉が「にぎり飯」の千代子の夫に重ね
そして、
昭和30年6月3日の条に、
「午後三時より
て造型化されていることが分かる。
銀座山葉ホール階上にて「渡鳥いつ帰る」映画試写あ
ただし、映画では、千代子が店を構える場所は市川
り。行きて見る。凌霜氏島中氏高梨氏小山氏皆来る。
ではなく、
「渡鳥いつかへる」の場面設定を踏まえて、
五時過試写終りて後島中氏の馳走にて有楽町洋食店オ
曳舟あたりになっている。
リユニヱにて食事。
家に帰れば正に十時なり」
とある。
しかし、映画を見ただけでは分からないのだが、シ
同年6月21日の条には、
「正午浅草に行き東宝劇
ナリオを読むと、
伝吉と千代子が再会を果たす場面は、
場で「渡鳥いつ帰る」初日を見る。大入満員なり。飯
行徳辺りと指定されていることが分かる。
シナリオは、
田屋に飦してかへる。
」ともあり、荷風がこの映画を気
次ページを参照されたい。
にかけていたことが伺い知れる。
◆
◆
ここでは、市川とも密接に関わる「にぎり飯」に焦
点を絞って、原作から映画への展開を見ておきたい。
原作の「にぎり飯」は、以下のような内容である。
このように見てみると、映画「渡り鳥いつ帰る」は、
「にぎり飯」の市川部分は無くなっているものの、や
はり市川ゆかりの映画ということができる。
◆
◆
現在、市川市文学プラザは、映像文化センターと一
体化して、文学と映像を合わせた新しい文学館に整備
深川の荒物屋佐藤は、昭和20年3月9日の大空襲
していく計画を進めている。荷風作品を文学と映像か
で、荒川放水路まで逃げ延びたものの、女房子どもと
ら捉え直す試みは、まだまだ計り知れない魅力を内在
生き別れてしまう。葛西橋のたもとで、同じく焼け出
している。
され、これから行徳の知り合いを頼って避難するとい
う若い女性(千代子)と出会い、炊き出しのにぎり飯
を分け合う。
荷風の「にぎり飯」は、まさにこうした展開を見通
す上でも、意義深い作品といえよう。
解題 根岸英之(市川市文学プラザ司書)
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