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酸味受容体候補分子の電気生理学的解析 - Kyushu University Library

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酸味受容体候補分子の電気生理学的解析 - Kyushu University Library
酸味受容体候補分子の電気生理学的解析
堀尾 奈央
九州大学大学院歯学府歯学専攻
口腔常態制御学講座口腔機能解析学分野
指導:二ノ宮 裕三
教授
九州大学大学院歯学研究院
口腔常態制御学講座口腔機能解析学分野
目次
発表論文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
要旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
材料と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
発表論文
対象論文
Nao Horio, Ryusuke Yoshida, Keiko Yasumatsu, Yuchio Yanagawa, Yoshiro Ishimaru,
Hiroaki Matsunami, Yuzo Ninomiya
Sour taste responses in mice lacking PKD channels
PLoS ONE, 6: (5) e20007, 2011
本研究の一部は下記の学会において発表した。
味覚健康科学シンポジウム、大分、2010 年 3 月
The 32th Annual Meeting of the Association for Chemoreception Sciences, St. Pete
Beach, Florida, April, 2010
第 33 回神経科学会大会、兵庫、2010 年 9 月
味と匂学会第 44 回大会、福岡、2010 年 9 月
第 52 回歯科基礎医学会学術大会、東京、2010 年 9 月
The 8th International Symposium on Molecular and Neural Mechanisms of Taste and
Olfactory, Fukuoka, December, 2010
先端歯学スクール 2011、神奈川、2011 年 9 月
1
その他の発表論文
楠原庸子, 安松啓子, 大栗弾宏, 堀尾奈央, 前田勝正, 二ノ宮裕三
マウス鼓索神経挫滅後の再生過程におけるうま味応答の回復
日本味と匂学会誌, 15 (3): 289-292, 2008
Ryusuke Yoshida, Nao Horio, Yoshihiro Murata, Keiko Yasumatsu,
Noriatsu Shigemura, Yuzo Ninomiya
NaCl RESPONSIVE TASTE CELLS IN THE MOUSE FUNGIFORM TASTE BUDS
Neuroscience, 159: 795-803, 2009
Tadahiro Ohkuri, Keiko Yasumatsu, Nao Horio, Masafumi Jyotaki,
Robert F. Margolskee, Yuzo Ninomiya
Multiple sweet receptors and transduction pathways revealed in knockout mice by
temperature and gurmarin sensitivity
Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol, 296: (4) R960-971, 2009
Keisuke Sanematsu, Nao Horio, Yoshihiro Murata, Ryusuke Yoshida,
Tadahiro Ohkuri, Noriatsu Shigemura, Yuzo Ninomiya
Moduration and Transmission of Sweet Taste Information for Enagy Homeostasis
New York Academy of Sciences, 1170: 102-106, 2009
Ryusuke Yoshida, Keiko Yasumatsu, Shinya Shirosaki, Masafumi Jyotaki,
Nao Horio, Yoshihiro Murata, Noriatsu Shigemura, Kiyohito Nakashima,
Yuzo Ninomiya
Multiple receptor systems for umami taste in mice
New York Academy of Sciences, 1170: 51-54, 2009
2
Keiko Yasumatsu, Nao Horio, Yoshihiro Murata, Shinya Shirosaki,
Tadahiro Ohkuri, Ryusuke Yoshida, Yuzo Ninomiya
Multiple receptors underlie umami taste responses in mice.
Am. J. Clin. Nutr., 90: (3) 747S-752S, 2009
安尾敏明, 吉田竜介, 堀尾奈央, 重村憲徳, 二ノ宮裕三
マウス味細胞における GABA の機能解析
日本味と匂学会誌, 16: (3) 323-326, 2009
Nao Horio, Masafumi Jyotaki, Ryusuke Yoshida, Keisuke Sanematsu,
Noriatsu Shigemura, Yuzo Ninomiya
Nutrient sensors in the gastrointestinal tract: Modulation of sweet taste sensitivity by
leptin
Journal of Pharmacological Sciences, 112 (1): 8-12, 2010
Ryusuke Yoshida, Tadahiro Ohkuri, Masahumi Jyotaki, Toshiaki Yasuo,
Nao Horio, Keiko Yasumatsu, Keisuke Sanematsu, Noriatsu Shigemura,
Yamamoto T, Margolskee RF, Yuzo Ninomiya.
Endocannabinoids selectively enhance sweet taste.
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 12;107 (2): 935-939, 2010
堀尾 奈央, 日下部 裕子, 河合 崇行, 二ノ宮 裕三
Gα14 ノックアウトマウスにおける味覚神経応答解析
味と匂学会誌, 18: (3) 213-216, 2011
3
その他の学会発表
日本味と匂学会第 42 回大会, 富山 (富山市民プラザ), 2008.09.17-20
日本味と匂学会第 43 回大会, 北海道 (旭川市民文化会館), 2009.09.02-04
第 60 回西日本生理学会, 福岡 (福岡市歯科医師会館), 2009.11.06-07
第 87 回日本生理学会大会, 岩手 (盛岡市民文化ホール,いわて県民情報交流セン
ター), 2010.05.19-21
ECRO, England, 2011.09.07-10
第 34 回神経科学会学会, 神奈川, 2011.09.14-17
第 52 回歯科基礎医学会学術大会, 岐阜, 2011.09.30-10.02
第 45 回味と匂学会, 石川, 2011.10.05-07
第 62 回西日本生理学会, 佐賀, 2011.10.14-15
The 9th International Symposium on Molecular and Neural Mechanisms of Taste and
Olfactory, Fukuoka (Kyushu University), 2011.11.04-06
4
要旨
味覚は、食を通じて健康を維持する上で不可欠の感覚である。腐敗物は酸味
を呈し、動物は摂取を拒否する。生体防御にとって重要なシグナルとなる酸味
の受容体については、未だその詳細は不明である。
酸味受容体候補分子として polycystic kidney disease 1-like 3 (PKD1L3) と
polycystic kidney disease 2-like 1 (PKD2L1) が知られている。両分子は、舌咽神経
支配領域である舌後方部有郭乳頭味細胞では共発現するが、鼓索神経支配の舌
前方部茸状乳頭味細胞では PKD2L1 のみ発現する。味細胞は形態学的に I、II、
III 型および基底細胞 (IV 型) に分類されるが、PKD2L1 は酸味応答を示す III 型
味細胞に発現し、両分子を強制発現させた HEK 細胞では、酸を取り除いた後に
起こるオフ応答が確認されている。
本研究では、酸味受容における両分子の生体での役割を明らかにするため、
PKD2L1 と PKD1L3 の単独および両分子の遺伝子ノックアウト (KO) マウスを
作出し、電気生理学的解析を行った。
鼓索神経全神経束応答解析の結果、PKD2L1-KO マウスと両分子ダブル KO マ
ウスではワイルドタイプ (WT) マウスと比べ、酸味応答が有意に減少したが、
その減少量は平均値レベルで 25-45%程度だった。舌咽神経全線維束応答解析で
は、酸味応答はいずれの KO マウスにおいても WT マウスとの差が見られなか
った。塩味・苦味・甘味・うま味応答は両神経ともにマウス間に差が無かった。
また、舌咽神経での酸味オフ応答は、いずれの KO マウスにおいても有意に減
少した。
さらに、PKD2L1-KO マウスと WT マウスでの鼓索神経単一神経線維応答を解
析した結果、PKD2L1-KO マウスで酸味応答は有意に減少した。また、III 型細胞
のマーカーである GAD67 を発現する細胞を緑色蛍光タンパク質 GFP により可
視化したマウス
(GAD67-GFP) と PKD2L1-KO マ ウ ス を 交 配 さ せ
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスを作出し、ルーズパッチ法で茸状乳頭 III 型味
細胞応答を記録した結果、GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスで酸味応答は有意に
減少した。
5
これらの結果から、舌前方部鼓索神経領域の酸味応答に PKD2L1 が一部関与
し、PKD2L1 を介する酸味応答は茸状乳頭で GAD67 を発現する酸味応答味細胞
と、鼓索神経酸味応答単一神経線維を経由して伝達される可能性が示唆された。
また、舌後方部舌咽神経領域の酸味オフ応答に PKD1L3 と PKD2L1 が関与する
ことが KO マウスを用いた実験でも明らかとなった。
6
緒言
味覚は、消化管の入り口にある食調節センサーとして、生体恒常性を維持す
るうえで極めて重要な役割を果たしている。甘味・塩味・うま味はカロリー源・
ミネラル源・タンパク質源の、苦味・酸味は毒物・腐敗物などのシグナルとし
て感知され、動物に嗜好や忌避の行動をもたらす。これら味の受容により、快・
不快の情動や、唾液・消化液・ホルモンの分泌など様々な食調節系が働き、生
体の恒常性が維持されている。肥満、糖尿病、高血圧などの生活習慣病の増加
が問題となってきているが、食調節系の破綻は、それら生活習慣病をも導く。
近年の分子生物学的研究の進展に伴い、苦味受容体 (T2rs) (Adler et al., 2000;
Matsunami et al., 2000; Chandrashekar et al., 2000)、甘味・うま味受容体 (甘味:
T1R2+T1R3、うま味:T1R1+T1R3, mGluRs) (Nelson et al., 2001, 2002; Chaudhari et
al., 1996, 2000; Damak et al., 2003; San Gabriel et al., 2005; Toyono et al., 2002, 2003;
Li et al., 2002)、塩味受容体 (ENaC) (Chandrashekar et al., 2010) が同定され、生体
の恒常性維持に働く味の受容や情報伝達の仕組みの理解が急速に進んできた。
しかし、生体での機能が同定された酸味受容体はまだない。
味細胞に発現する酸味受容体候補分子として acid sensing ion channels (ASICs)
(Ugawa et al., 2003) や hyperpolarization activated cyclic nucleotide gated potassium
channels (HCNs) (Stevens et al., 2001)、potassium channels (Lin et al., 2004; Richter et
al., 2004a)、5-nitro2-(3-phenylpropylamino)-benzoic acid (NPPB) 感受性 Cl- チャネ
ル (Miyamoto et al., 1998)、polycystic kidney disease 1-like 3 and polycystic kidney
disease 2-like 1 heteromers (PKD1L3+PKD2L1) (Ishimaru et al., 2006; Huang et al.,
2006) などが報告されている。これらのうち、マウス味蕾における網羅的な分子
発現解析 (Ishimaru et al., 2006) と、マウスゲノム配列情報をもとに味蕾特異的分
子のスクリーニング (Huang et al., 2006) により発見された transient receptor
7
potential (TRP) チャネルファミリーに属する PKD2L1 とその関連分子 PKD1L3
(Clapham et al., 2003) は最も可能性の高い酸味受容体候補分子である。PKD1 と
PKD2 は、それらの遺伝子変異が常染色体優性多発性嚢胞腎の原因になることが
知られており (Delmas et al., 2004; Nauli et al., 2004)、PKD1 と PKD2 の二量体は、
機能的な受容体を形成するのに必要な形態である (Hanaoka et al., 2000)。これと
同様に、
PKD1L3 と PKD2L1 も二量体として機能している可能性が考えられる。
実際に味細胞において、PKD1L3 と PKD2L1 の細胞表面への発現にその両分子
が必要となる (Ishimaru et al., 2006, 2010)。また、両分子を強制発現させた HEK
細胞は、カルシウムイメージングで酸味応答を示し、どちらか一方の分子のみ
を発現させた HEK 細胞では応答を示さない (Ishimaru et al., 2006; Inada et al.,
2008; Ishii et al., 2009)。さらに、この両分子を発現する HEK 細胞でおこる酸味応
答は刺激中に起こるオン応答ではなく、酸刺激除去後に起こるオフ応答であり
(Inada et al., 2008)、そのオフ応答は過去の報告でも哺乳類での酸味刺激で引き起
こされることが示されている (DeSimon et al., 1995; Danilova et al., 2002; Lin et al.,
2002)。また、PKD1L3 と PKD2L1 の共発現の見られる有郭乳頭単離味細胞にお
いてもこのオフ応答が観察されている (Kawaguchi et al., 2010)。さらに、PKD2L1
発現味細胞をジフテリア毒素によって特異的に死滅させる遺伝子を導入したマ
ウスでは鼓索神経酸味応答がほぼ消失することが報告されている (Huang et al.,
2006)。ヒトにおいては、酸味味盲患者の舌前方部味蕾には PKD1L3 と PKD2L1
の発現が消失している (Huque et al., 2009)。これらの報告は PKD2L1 が酸味受容
に重要な役割を持つことを示唆している。
味覚の受容を担う味細胞は形態学的に I、II、III 型および基底細胞 (IV 型) に
分類される (Delay et al., 1986; Farbman, 1965; Murray, 1971, 1973) 。味細胞では、
PKD2L1 は serotonin (5-HT) や neural cell adhesion molecule (NCAM)、ubiquitin
8
carboxy-terminal transferase (PGP9.5) といった III 型味細胞のマーカーと共発現し
(Kataoka et al., 2008)、III 型味細胞は酸味応答を示すことが知られている (Huang
et al., 2008; Yoshida et al., 2009)。PKD2L1 は舌咽神経支配領域である舌後方部の
有郭乳頭味細胞と、鼓索神経支配の舌前方部の茸状乳頭味細胞の両方で発現が
見られるが、PKD1L3 は茸状乳頭味細胞では発現が見られず有郭乳頭味細胞のみ
で発現が見られるため
(Ishimaru et al., 2006; Huang et al., 2006)、PKD1L3 は舌前
方部では機能していないと考えられる。よって、PKD2L1 は舌前方部と後方部の、
PKD1L3 は舌後方部の酸味受容に関与する可能性が示唆される。
そこで本研究では、酸味受容における PKD1L3 と PKD2L1 の生体での機能解
明を目的とし、PKD2L1 と PKD1L3 の単独および両分子の遺伝子ノックアウト
(KO) マウスを作出し、免疫組織化学的手法、および RT-PCR により遺伝子が
KO されていることを確認後、味刺激に対する鼓索・舌咽神経応答解析と、茸状
乳頭 III 型味細胞を行った。
9
材料と方法
動物
実験動物には PKD1L3-KO マウス (8-16 週齢、体重 20-32g) (Ishimaru et al., 2010)、
PKD2L1 遺伝子のエクソン 3 からエクソン 9 を欠損させて作出した PKD2L1-KO
マウス (8-16 週齢、体重 20-32g)、両者の交配により作出した PKD1L3/PKD2L1
ダ ブ ル KO (PKD1L3/2L1-DKO) マ ウ ス
(8-16 週 齢 、 体 重 20-32g) 、
PKD1L3/PKD2L1 ダブルワイルドタイプ (WT) マウス (8-16 週齢、体重 20-32g)
を用いた。また、GAD67 (GAD1) のプロモーター領域制御下に緑色蛍光タンパ
ク質 green fluorescent protein (GFP) を発現する GAD67-GFP マウス (8-16 週齢、
体重 20-32g) (Tamamaki et al., 2003) と、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウ
スをそれぞれ交配させて作出した GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウス (8-16 週齢、
体重 20-32g)、 GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウス (8-16 週齢、体重 20-32g) を用
いた。なお、すべての実験は、九州大学歯学部・東京大学・Duke 大学動物実験
委員会の許可のもとで、動物実験に関する指針に基づき遂行した。
サザンブロッティング
マウス尾先端 2~3 mm をチューブに回収し、DNeasy Blood & Tissue Kit
(QIAGEN、Hilden、Germany) を用いて DNA を抽出した後、制限酵素 BamHI
(Takara, Tokyo, Japan) で 37 °C 一晩処理し、DNA の断片化を行った。0.8 %アガ
ロースゲルを用いて 20V で 14~20 時間電気泳動を行った後 1 μg/ml のエチジウム
ブロマイド溶液 (Wako Pure Chemical Industries, Osaka, Japan) をゲルの上にかけ、
15 分間静置した。アルカリ塩溶液 (0.5 M NaOH、1.5 M NaCl) を入れたバットに
ゲルを移し、30 分間振盪させて DNA の変性を行った後、中和溶液 (0.5 M
10
Tris-HCl [pH=7.2]、1.5 M NaCl、10 mM EDTA) で 30 分間振盪させた。その後、
1×TBE (44.5 mM Tris、44.5 mM ホウ酸、1 mM EDTA [pH=8.0] ) を入れた容器
中に下からアガロースゲル、ナイロンメンブレン、ろ紙の順番で重ね室温で一
晩静置し、毛細管現象を利用してメンブレンへの移行を行った。さらに
Hybridization 溶液 (50 % ホルムアミド、5×SSC [750 mM NaCl, 75 mM Sodium
citrate]、5×デンハルト溶液、500 μg/ml サケ精子、250 μg/ml 酵母トランスファー
RNA) を用いてプレハイブリダイゼーションを室温で 1 時間行った。digoxigenin
(DIG) 標識を行った特異的プローブ (表 1) を 95 °C で 5 分間熱処理して 1 本鎖
にし、氷冷した。200 ng/ml の特異的プローブを加えた新たな Hybridization 溶液
にメンブレンを浸漬させ、ハイブリダイゼーションを 65 °C で一晩行った後、
Alkaline Phosphatase (AP) 標識 抗 DIG 抗体 (Roche, Mannheim, Germany) と反応
さ
せ
、
そ
の
後
4-nitroblue
tetrazolium
choloride
(NBT)
/5-bromo-4-choloro-3-indplyl-phosphate (BCIP) (Roche) と反応させることにより
発色を行った。
In situ ハイブリダイゼーション
In situ ハイブリダイゼーションは通法に基づき行った (Ishimaru et al., 2006)。
PKD1L3 プローブは transmembrane motif 2 (TM2) から C 末端までをコードする
領域を含ませ、PKD2L1 プローブと TRPM5 プローブは全コード領域を含ませて
設計した。そして SP6 もしくは T7 RNA ポリメラーゼ (Roche, Mannheim,
Germany) を用いて DIG 標識を行った。マウスを麻酔下で頸椎脱臼させ舌を摘出
した。
摘出した舌を 4 °C で 30~90 分間、4 % パラホルムアルデヒド/PBS (137 mM
NaCl、8.10 mM Na2HPO4・12H2O、2.68 mM KCl、1.47 mM KH2PO4、0.9 mM CaCl2・
2H2O、0.33 mM MgCl2・12H2O[pH=7.5]) で固定し、4 °C で一連の sucrose 溶
11
液 (10 %で 1 時間、20 %で 1 時間、30 %で 3 時間) に浸漬した。その後、舌を
O.C.T.compound (Sakura Finetechnical, Tokyo, Japan) に冷結包埋し、クライオスタ
ットを使用して厚さ 7 μm の舌凍結切片を作成し、シランコートしたスライドガ
ラスを用いて連続凍結切片を作製した。室温で一連のエタノール (100 %、90 %、
80 %、70 %、50 %) に 5 分間ずつ浸漬し 1×PBS で洗浄後、5 μg/ml Proteinase K
で 30 分間処理し、1×PBS で 10 分間室温にて洗浄した。室温でビーカーに 0.1 M
triethanolamine (pH=8.0) を加え、スターラーでよく撹拌し、スライドガラスを浸
して無水酢酸 1 ml をシリンジで 5 分間かけて滴下し、さらに 15 分間撹拌した。
4×SSC (600 mM NaCl、60 mM Sodium citrate) で 10 分間室温で洗浄後、
Hybridization 溶液 (50 %ホルムアミド、5×SSC、5×デンハルト溶液、500 μg/ml サ
ケ精子、250 μg/ml 酵母トランスファーRNA) でプレハイブリダイゼーションを
室温で 1 時間行った。スライドガラス上に DIG 標識を行った 200 ng/ml の特異的
プローブ (表 2) を加えた新たな Hybridization 溶液を滴下し、切片にパラフィル
ムをかぶせ、ハイブリダイゼーションを 65 °C で 18 時間行った。その後、5×SSC
で 5 分、0.2×SSC (30 mM NaCl、3 mM Sodium citrate) で 30 分の洗浄を 65 °C で
それぞれ 2 回行った。続いてスライドガラスを TBS (50 mM Tris/HCl[pH=7.5]、
150 mM NaCl) に室温で 5 分間静置し、0.5 % blocking reagent (Roche) を含む
Blocking 溶液/TBS に 30 分間、AP 標識 抗 DIG 抗体を含む Blocking 溶液で 60 分
間室温にてインキュベートした。TNT バッファー (50 mM Tris/HCl [pH=7.5],
150 mM NaCl, 0.05 % Tween20) で 5 分間、3 回洗浄後、NBT/BCIP と室温で 24
時間反応させ、発色を行った。また、ネガティブコントロールとして、センス
プローブを用いた (データは示さない)。
12
免疫組織化学染色
マウスを麻酔下で頸椎脱臼させ舌を摘出した。舌を 4 °C で 30~90 分間、4 %
パラホルムアルデヒド/PBS で固定し、4 °C で一連の sucrose 溶液 (10 %で 1 時間、
20 %で 1 時間、30 %で 3 時間) に浸漬した。その後、舌を O.C.T.compound に冷
結包埋後、クライオスタットを使用して厚さ 9 μm の舌凍結切片を作成しシラン
コートしたスライドガラスを用いて連続凍結切片を作製した。連続凍結切片を
TNT バッファーで洗浄後、1 % blocking reagent に室温で 1 時間浸漬し、その後、
1 % blocking reagent を 含 む PKD1L3 抗 体 (rabbit polyclonal IgG; Lifespan
Bioscience, WA, USA) も し く は PKD2L1 抗 体 (rabbit polyclonal IgG; Open
Biosystems, AL, USA) もしくは GAD67 抗体 (goat polyclonal IgG; SantaCruz, CA,
USA) を一次抗体として 4 °C で一晩免疫反応を行った。TNT バッファーで洗浄
後、二次抗体 (Alexa Fluor 555, donkey anti-rabbit IgG for PKD1L3 and PKD2L1;
Invitrogen, OR, USA および Alexa Fluor 546, donkey anti-goat IgG for GAD67;
Invitrogen) を室温で 2 時間反応させた。TNT バッファーで洗浄後、スライドガ
ラスに作業用バッファー (グリセロールを PBS 溶液にて 6 倍希釈したもの) を
滴下し、カバーガラスを被せ、共焦点レーザー顕微鏡 (FV-1000 及び Fluoview,
Olympus, Tokyo, Japan) を用いて観察した。ネガティブコントロールとして一次
抗体過程を省略した実験も同時に行った。
RT-PCR
マウスを麻酔下で頸椎脱臼させ舌を摘出した。舌上皮下に Tyrode 溶液
(140 mM NaCl、5 mM KCl、 1 mM CaCl2、1 mM MgCl2、10 mM HEPES、10 mM
Glucose、10 mM ピルビン酸ナトリウム、pH=7.4) にて溶解した 0.2~1 mg/ml エ
ラスターゼ (Elastin Products, Owensville, USA) を注入し、室温にて 10~15 分間放
13
置した。その後、ピンセットで素早く舌上皮を剥離し、粘膜側を下にしてシリ
コンコートした培養皿にピンで止め、Tyrode 溶液で数回洗浄した。この舌上皮
より単離した茸状乳頭ならびに有郭乳頭の味蕾をそれぞれ 30 個ずつガラスピペ
ットにてチューブに回収した。また、味蕾を含まない 1 mm×1 mm の舌上皮も
チューブに回収した。その後、RNeasy Plus Mini Kit (QIAGEN、Ratingen、Germany)
を用いて RNA 精製を行った。OneStep RT-PCR Kit (QIAGEN) および遺伝子特
異的プライマー (表 2) を用いて RT-PCR を行った (RT:50 °C 30 分、PCR:94 °C
30 秒、53 °C 60 秒、72 °C 90 秒を 30 サイクル)。さらに nested-PCR により遺伝
子特異的配列を増幅した。サンプルは以下のように増幅した:94 °C 30 秒、60 °C
30 秒、72 °C 60 秒を 35 サイクル。各反応混合物は 0.25 Units の Taq DNA
polymerase (TaKaRa Ex TaqTM HS: Takara), 1 l の 20 mM Mg2+含有 10× PCR
buffer, 0.2 mM の dNTP, 0.6 mM の internal primer pair (Table 1) and 0.2 l の first
round PCR products。その後、2 %アガロースゲルを用いて 30 分間電気泳動を行
い、DNA を検出した。
鼓索神経・舌咽神経応答の記録
神経応答の記録実験には、PKD1L3-KO マウス (CT;n=5, GL;n=6)、PKD2L1-KO
マウス (CT;n=7, GL;n=6)、PKD1L3/PKD2L1-DKO マウス (CT;n=6, GL;n=6)、WT
マウス (CT;n=8, GL;n=8) を用いた。マウスはペントバルビタール麻酔下で手術
し、鼓索または舌咽神経を電気生理学的記録のため剖出した。剖出の手順や記
録は通法に従い行った (Ninomiya et al., 1984, 1991; Ninomiya 1996)。動物をネン
ブタール (40-50 mg/kg) 腹腔内投与にて麻酔し、ヘッドホルダーで仰臥位に固定
後、気管カニューレを装着した。内側翼突筋の除去によって舌神経から枝分か
れしている右側鼓索神経を露出させた。鼓索神経はその後、鼓室に入る直前で
14
切断し、周囲の組織から分離、露出させた。顎二腹筋と舌骨の除去によって右
側舌咽神経を露出させた。舌咽神経はその後、頚静脈孔に入る直前で切断し、
周囲の組織から分離、露出させた。これらの神経をそれぞれ、全神経線維束記
録のため銀塩化銀電極に乗せた。不関電極は周囲組織に装着した。舌への味刺
激に対する神経応答は増幅器 (K-1; Iyodenshikogaku, Nagoya, Japan)、オーディオ
モニターを介して、オシロスコープにて観察した。全神経線維束応答はインテ
グ レ ー タ ー に て 積 分 し 、 PowerLab System (PowerLab/sp4; AD Instruments,
Australia) を使用して、後の解析のためにコンピューターに記録した。
鼓索神経単一神経線維応答では、鼓索神経をピンセットにて数本に分割後、
銀-塩化銀電極にのせ、応答を記録した。
鼓索神経・舌咽神経応答の舌への化学刺激
鼓索神経が支配する茸状乳頭を化学刺激するために、舌の前方半分をシリコ
ンチューブ製のフローチャンバーで囲んだ (Ninomiya and Funakoshi, 1981)。舌咽
神経が支配する有郭乳頭と葉状乳頭を化学刺激するために、まず口角に切れ込
みを入れ乳頭を露出させ舌の先端を縫合してわずかに引っ張ることで乳頭の溝
を開いた。溶液は重力流でそれぞれの部分に流した。
化学刺激として使った溶液は以下の通りである:100 mM NH4Cl、1-20 mM HCl、
1-50 mM citric acid、1-100 mM acetic acid、10-1000 mM sucrose、10-500 mM NaCl、
0.1-10 mM quinine-HCl (QHCl)、10-1000 mM monosodium glutamate (MSG) (Wako
Pure Chemical Industries, Osaka, Japan)、10-1000 mM monopotassium glutamate
(MPG) (Sigma, MO, USA)。これらの溶液は蒸留水で解し、室温 (25 °C) で使用し
た。
刺激溶液は~0.1 ml/s で 30 秒間 (鼓索神経)、または 60 秒間 (舌咽神経) 流し、
その後、舌を 60 秒間 (鼓索神経) または 120 秒間 (舌咽神経) 蒸留水で洗浄した。
基準刺激の 100 mM NH4Cl に対する応答を周期的にモニターし、応答の安定性を
確認した。つまり、各刺激溶液シリーズの始めと終わりに記録した NH4Cl 応答
15
の大きさが 15 %以下の変化のときに安定的と考え、その間に記録した各種刺激
に対する応答をデータ解析に用いた。
鼓索神経・舌咽神経応答のデータ解析
鼓索・舌咽神経全神経束応答の解析は、応答をインテグレーター (時定数=1.0
秒) にて積分し、刺激開始後 5 秒~25 秒 (鼓索神経) または 5 秒~40 秒 (舌咽神
経) までの大きさの平均値を求め、100 mM NH4Cl 応答を 1.0 とした相対値で算
出した。これら相対応答値を統計解析に用いた。基準溶液として、過去の報告
(Damak et al., 2003) と同様に 100 mM NH4Cl を選んだ。
鼓索神経単一神経線維応答の解析は、10 秒間の味刺激への応答発火数から味
刺激開始前 10 秒間の自発発火数を差し引いて、正味の応答発火数を求めた。応
答発生の基準は以下の 2 条件を満たすこととした : (1) 2 回の同一味刺激に対し
発生したスパイク数が、共に自発発電のスパイク数の平均+2SD よりも多いこ
と、
(2) 味刺激により少なくとも 3 回以上スパイクが生じること、を条件づけた。
遺伝子 KO の効果を調べるために、two-way repeated measures analysis of
variance (ANOVA) を用いて統計処理を行った。 ANOVA で有意差が得られたと
き、ポストホック Dunnett テストにより各平均値の比較を行った。P 値が 0.05
以下のとき、統計的に有意であると判断した。計算は Microsoft Excel2007 を用
いて行った。
味細胞応答の記録
マウスをジエチルエーテル麻酔下で頸椎脱臼させ舌を摘出した。舌上皮下に
Tyrode 溶液にて溶解した 0.2~1 mg/ml エラスターゼを注入し、室温にて 10~15
分間インキュベートした。その後、ピンセットで素早く舌上皮を剥離し、粘膜
側を下にしてシリコンコートした培養皿にピンで止め、Tyrode 溶液で数回洗浄
した。この舌上皮より茸状乳頭単一味蕾を採取し、記録チャンバーに移した。
残りの茸状乳頭味蕾を含む舌上皮は次のシリーズの実験を行うまで 4 °C にて保
16
存した。採取された味蕾を含んだ記録チャンバーを共焦点レーザー顕微鏡のス
テージに乗せ、顕微鏡観察下で味蕾の粘膜側 (味孔) を刺激ピペットに吸引・保
持した。記録チャンバー内は常に Tyrode 溶液を灌流させ、刺激ピペット内は味
応答記録時を除き、Tyrode 溶液を灌流させた。共焦点レーザー顕微鏡観察下で
単一味蕾中の GFP 発現細胞を同定し、基底膜側より記録電極 (φ1~3 μm、1.5〜
3.5 Ω) を当て、シール抵抗が 3~10 倍になる程度に吸引し、味応答記録を行った。
味刺激には 1~20 mM HCl、1~30 mM citric acid, 3~50 mM acetic acid を用いた。ま
た、味刺激後は、最低でも 30 秒以上、蒸留水にて刺激ピペット内を灌流、洗浄
した。これらの実験はすべて室温にて行った。
味細胞応答のデータ解析
記録したデータは 10 秒ごとのスパイク数をカウントし、味刺激前後の蒸留水
を与えた期間の平均スパイク数を自発放電頻度とした。味刺激の投与後 10 秒間
のスパイク数から自発放電頻度を差し引いた値を刺激に対する応答値とした。
応答発生の基準は以下の 2 条件を満たすこととした : (1) 2 回の同一味刺激に対
し発生したスパイク数が、共に自発発電のスパイク数の平均+2SD よりも多い
こと、(2) 味刺激により少なくとも 3 回以上スパイクが生じること、を条件づけ
た。
17
Gene
Forward
Reverse
Product
size
wild-type
ttctggtccagtttgctcag
catcaagtcccaggagtcaa
6.6kb
ttgatctgcaatgcaatgaacc
ccttattccaagcggcttcggccagtaacg 4.4kb
PKD2L1 allele
mutated
allele
表 1 サザンブロッティングに用いたプローブ作成用プライマーの塩基配列
すべての配列は 5’→3’で示す。
18
Gene
Accession
Forward
Reverse
No.
Gustducin NM_001081143
PKD1L3
NM_181544
PKD2L1
NM_181422
-actin
NM_007393
Product
size
ACGAGATGCAAGAACTGTGA
TATCTGTCACGGCATCAAAC
941 bp
TGCTTTGAAGGAGTGACGTG
GTAGCGCAGGTCATGTGAGA
341 bp
ACGGTCTTCAATGCTAATGT
ATAACCTCCTTGTGCTTTGA
671 bp
AAAAGGAACCTCCTGGACAC
CCAAACAGCAGGTTGAAAGT
347 bp
CCCTGTGTACTTTGTCACCT
GTGACACCTAGGACGGATTA
680 bp
CTTCACCAGGTTTGATCAGG
TTCCTCTCCAGCATCTTCAG
300 bp
CCTGAAGTACCCCATTGAAC
GTAACAGTCCGCCTAGAAGC
943 bp
GGTTCCGATGCCCTGAGGCTC
ACTTGCGGTGCACGATGGAGG
370 bp
表 2 RT-PCR に用いたプライマーの塩基配列
すべての配列は 5’→3’で示す。
Upper: outside primers
Lower: inside primers
19
結果
PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウスの作出
PKD1L3-KO マウスは、共同研究者である Duke 大学の松波宏明先生、東京大
学の石丸喜朗先生よりご提供いただいた (Ishimaru et al., 2010)。
PKD2L1-KO マウスは、exon3 から exon9 を欠損させて作出した (図 1.A)。サ
ザンブロットにより、PKD2L1+/+、PKD2L1+/-、PKD2L1-/-を分類した (図 1.B)。in
situ hybridization により、PKD2L1+/+マウスでは有郭乳頭において PKD1L3、
PKD2L1、甘味・うま味・苦味を受容する II 型細胞のマーカーである TRPM5
(transient receptor potential cation channel subfamily M member 5) の mRNA の発現
が見られた (図 1.C)。一方 PKD2L1-/-マウス (PKD2L1-KO マウス) では PKD2L1
の mRNA の発現が見られず、PKD1L3 と TRPM5 の mRNA の発現は見られた (図
1.C)。
PKD1L3-KO マウスと PKD2L1-KO マウスはそれぞれ GFP または mCherry がノ
ックインされているが (Ishimaru et al., 2010; 図 1.A)、これらマウスにおいて GFP
もしくは mCherry の発現は観察されなかった (データは示さない)。
20
図 1 PKD2L1-KO マウスの作出と PKD2L1 の発現解析
A. PKD2L1-KO マウスの作出方法。
PKD2L1-KO マウスは、PKD2L1 遺伝子の exon3 から exon9 を欠損させることで作出
した。TM: transmembrane motif, Ex: exon; Cre: Cre recombinase gene; Neo: neomycin
resistant gene; loxP: loxP site; DT-A: diphtheria toxin A-chain gene.
B. WT と PKD2L1 欠損アレルを識別するプローブを用いてサザンブロットを行った結
果。
PKD2L1+/+ (WT)、PKD2L1+/-、PKD2L1-/- (PKD2L1-KO) マウスがそれぞれ分類できた。
C. WT マウスと PKD2L1-KO マウスを用いて有郭乳頭での in situ hybridization を行った
結果。
WT マウスでは PKD1L3、PKD2L1、TRPM5 の mRNA 発現が確認できた。一方、
PKD2L1 KO マウスでは PKD1L3、TRPM5 の mRNA 発現は見られたが、PKD2L1 の
mRNA 発現は見られなかった。Scale bar は 20μm を示す。
21
PKD1L3/2L1-DKO マウス、GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウス、および
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスの作出と、RT-PCR による味細胞における
PKD1L3、PKD2L1 の mRNA 発現解析
PKD1L3-KO (PKD1L3-/-) マウスと PKD2L1-KO (PKD2L1-/-) マウスを交配させ、
PKD1L3+/-+PKD2L1+/-マウスを作出した。このマウスどうしをさらに交配させ、
PKD1L3-/-+PKD2L1+/+マウス (PKD1L3-KO)、PKD1L3+/++PKD2L1-/-マウス
(PKD2L1-KO)、PKD1L3-/-+PKD2L1-/-マウス (PKD1L3/2L1-DKO)、WT マウスを
作出し、実験に用いた。
in situ hybridization により、PKD2L1 は有郭乳頭味細胞と茸状乳頭味細胞の両
方で発現が見られるが、PKD1L3 は茸状乳頭味細胞では発現が見られず有郭乳頭
味細胞のみで発現が見られることが報告されている (Ishimaru et al., 2006; Huang
et al., 2006)。作出したマウスを用いて RT-PCR で mRNA 発現解析を行ったとこ
ろ、WT マウスでは過去の報告と同様に、PKD2L1 は有郭乳頭味細胞と茸状乳頭
味細胞の両方で発現が見られたが、PKD1L3 は茸状乳頭味細胞では発現が見られ
ず有郭乳頭味細胞のみで発現が見られた (図 2)。また、PKD1L3-KO マウスでは、
茸状・有郭乳頭味細胞で PKD1L3 の発現が見られず、PKD2L1-KO マウスでは茸
状・有郭乳頭味細胞で PKD2L1 の発現が見られなかった (図 2)。また、
PKD1L3/2L1-DKO マウスでは、茸状・有郭乳頭味細胞で PKD1L3 と PKD2L1 両
方の発現が見られなかった (図 2)。このように、それぞれの KO マウスでは KO
した遺伝子の mRNA 発現が消失した。
また、味細胞では PKD2L1 は 5-HT や NCAM、PGP9.5 といった III 型味細胞の
マーカーと共発現し (Kataoka et al., 2008)、GAD67 は III 型味細胞に発現するこ
とが知られている (DeFazio et al., 2006; Tomchik et al., 2007)。そこで III 型味細胞
を用いた実験を行うため、GAD67(GAD1)のプロモーター領域制御下に緑色蛍
22
光タンパク質 GFP を発現する GAD67-GFP マウス (Tamamaki et al., 2003) と、
PKD1L3-KO、PKD2L1-KO マウスをそれぞれ交配させて
GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウス、GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスを作出した。
作出したマウスを用いて RT-PCR で mRNA 発現解析を行ったところ、GAD-GFP
マウスでは PKD2L1 は有郭乳頭味細胞と茸状乳頭味細胞の両方で発現が見られ
たが、PKD1L3 は茸状乳頭味細胞では発現が見られず有郭乳頭味細胞のみで発現
が見られた (図 2)。また、GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウスでは、茸状・有郭乳
頭味細胞で PKD1L3 の発現が見られず、GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスでは茸
状・有郭乳頭味細胞で PKD2L1 の発現が見られなかった (図 2)。このように、
各 KO マウスでは KO した遺伝子の mRNA 発現が消失した。
23
図 2 RT-PCR による KO マウスにおける PKD1L3、PKD2L1 の mRNA 発現解析
WT マウス、GAD-GFP マウスでは PKD2L1 は有郭乳頭味細胞と茸状乳頭味細胞の両
方で発現が見られたが、PKD1L3 は茸状乳頭味細胞では発現が見られず有郭乳頭味細胞
のみで発現が見られた。また、PKD1L3-KO マウスと GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウス
では、茸状・有郭乳頭味細胞で PKD1L3 の発現が見られず、PKD2L1-KO マウスと
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスでは茸状・有郭乳頭味細胞で PKD2L1 の発現が見られ
なかった。
味細胞特異的に発現が見られる gustducin (McLaughlin et al., 1992) はすべてのマウス
において、茸状乳頭と有郭乳頭味細胞で発現が見られたが舌上皮では発現が見られなか
った。また、すべてのマウスにおいてハウスキーピング遺伝子のひとつである β-actin
の発現を確認した。
FP: 茸状乳頭味細胞, CV: 有郭乳頭味細胞, ET: 舌上皮細胞, 100bp マーカーを使用
24
GAD67-GFP マウス、GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウス、
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスでの免疫組織化学的手法による PKD1L3、
PKD2L1、GAD-IR (immunoreactivity) のタンパク質発現解析
さらに、作出したマウスを用いて免疫組織化学染色でタンパク質発現解析を
行った。PKD2L1 は III 型味細胞のマーカーと共発現し (Kataoka et al., 2008)、
GAD67 は III 型味細胞に発現することが知られているため (DeFazio et al., 2006;
Tomchik et al., 2007)、GAD67 を III 型味細胞のマーカーとして用い、III 型細胞に
おける PKD1L3、PKD2L1、GAD67-IR の発現を解析した。WT マウスにおいて、
茸状乳頭では GAD67-GFP 発現細胞の 95.3 %が GAD67 免疫陽性
(immunoreactivity, IR) を示し、有郭乳頭では GAD67-GFP 発現細胞の 98.1 %が
GAD67-IR を示した (図 3.E, 表 3)。また、GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウスにお
いて、茸状乳頭では GAD67-GFP 発現細胞の 97.8 %が GAD67-IR を発現し、有郭
乳頭では GAD67-GFP 発現細胞の 98.7 %が GAD67-IR を示した (図には示さない,
表 3)。GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスにおいては、茸状乳頭では GAD67-GFP
発現細胞の 94.7 %が GAD67-IR を示し、有郭乳頭では GAD67-GFP 発現細胞の
99.3 %が GAD67-IR を示した (図には示さない, 表 3)。このように WT マウスに
よる過去の報告 (Tamamaki et al., 2003) と同様、KO マウスでも茸状・有郭乳頭
ともにほぼすべての GAD67-GFP 発現細胞が GAD67-IR を示した。よって
GAD67-GFP を III 型味細胞のマーカーとして用い、GAD67-GFP 発現細胞におけ
る PKD1L3、PKD2L1 の発現を解析した。
GAD67-GFP マウスでは、PKD1L3 は茸状乳頭では GAD67-GFP 発現細胞で発
現が見られなかったが、有郭乳頭では GAD67-GFP 発現細胞の 96.8 %で発現が見
られた (図 3.A, 表 3)。また、PKD2L1 は茸状・有郭両乳頭において GAD67-GFP
発現細胞の 95.7 %および 99.4 %で発現が見られた (図 3.B, 表 3)。
25
GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウスでは、茸状・有郭乳頭ともに GAD67-GFP 発現
細胞で PKD1L3 の発現が見られず (図 3.C, 表 3)、GAD67-GFP+PKD2L1-KO マ
ウスでは茸状・有郭乳頭味細胞ともに GAD67-GFP 発現細胞で PKD2L1 の発現
が見られなかった (図 3.D, 表 3)。以上の結果は、各 KO マウスでは KO した遺
伝子のタンパク質発現が見られないことを示す。
26
図 3 免疫組織化学的手法による KO マウスにおける PKD1L3、PKD2L1、GAD67 のタン
パク質発現解析
A. GAD67-GFP マウスにおける PKD1L3 の発現解析の結果。
GAD67-GFP マウスにおいて、PKD1L3 は茸状乳頭では GAD67-GFP 発現細胞との共
発現が見られず、有郭乳頭では GAD67-GFP 発現細胞との共発現が見られた。
B. GAD67-GFP マウスにおける PKD2L1 の発現解析の結果。
GAD67-GFP マウスにおいて、PKD2L1 は茸状・有郭両乳頭で GAD67-GFP 発現細胞
との共発現が見られた。
C. GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウスにおける PKD1L3 の発現解析の結果。
GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウスでは、PKD1L3 は茸状・有郭両乳頭で GAD67-GFP
発現細胞と共発現が見られなかった。
27
D. GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスにおける PKD2L1 の発現解析の結果。
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスでは、PKD2L1 は茸状・有郭両乳頭で GAD67-GFP
発現細胞と共発現が見られなかった。
E. GAD67-GFP マウスにおける GAD67 の発現解析の結果。
GAD67-GFP マウスにおいて、GAD67 は茸状・有郭両乳頭で GAD67-GFP 発現細胞
との共発現が見られた。
F. GAD67-GFP マウスにおける一次抗体不使用のネガティブコントロール結果。
GAD67-GFP マウスにおいて、一次抗体を使用しなかったところ、茸状・有郭両乳
頭で GAD67-GFP 発現細胞と共発現するシグナルは見られなかった。
FP: 茸状乳頭, CV: 有郭乳頭, ET: 舌上皮細胞, GAD-GFP: GAD67-GFP, Scale bar は
10μm を示す。
28
GAD67-GFP
GAD67-GFP
GAD67-GFP
+PKD2L1-KO
+PKD1L3-KO
FP
%
CV
%
FP
%
CV
%
FP
%
CV
%
PKD2L1-IR
/GAD67-GFP
45
/ 47
95.7
164
/ 165
99.4
0
/ 45
0
0
/ 143
0
-
-
-
-
PKD1L3-IR
/GAD67-GFP
0
/ 62
0
151
/ 156
96.8
-
-
-
-
0
/ 46
0
0
/ 153
0
GAD67-IR
/GAD67-GFP
41
/ 43
95.3
153
/ 156
98.1
44
/ 45
97.8
220
/ 223
98.7
36
/ 38
94.7
143
/ 144
99.3
表 3 免疫組織化学的手法による KO マウスにおける PKD1L3、PKD2L1、GAD67 のタン
パク質発現解析のまとめ
GAD67-GFP マウス、GAD67-GFP+PKD1L3-KO マウス、GAD67-GFP+PKD2L1-KO マ
ウスでの GAD67-GFP、 PKD2L1、PKD1L3、GAD67 の発現細胞数と、GAD67-GFP 発
現細胞における PKD2L1、PKD1L3、GAD67 の発現割合をそれぞれ示した。それぞれの
データは 2~3 匹のマウスより得られた。-は解析していないことを示す。
FP: 茸状乳頭, CV: 有郭乳頭
29
WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1-DKO
マウスにおける鼓索神経全神経束味応答解析
WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1-DKO
マウスを用いて、舌前方部を支配する鼓索神経応答解析を行った。いずれのマ
ウスにおいても、酸味 (HCl, citric acid, acetic acid)、塩味 (NaCl)、甘味 (sucrose)、
苦味 (QHCl)、うま味 (MSG および MPG) に対する濃度依存的応答が見られた
(図 4, 5)。PKD2L1-KO マウスと PKD1L3/2L1-DKO マウスでは、すべての酸味物
質 (HCl, citric acid, acetic acid) に対する応答が WT マウスと比べて有意に減少し
た (図 5, 表 4)。その減少量をそれぞれの応答の平均値を用いて計算したところ、
PKD2L1-KO マウス、PKD1L3/2L1-DKO マウスともに平均値レベルで 25-45%程
度だった(表 5)。塩味・苦味・甘味・うま味応答には変化が無かった (図 5, 表
4)。
30
図 4 WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、PKD1L3/2L1-DKO マウス
における鼓索神経応答記録例
いずれのマウスにおいても酸味 (HCl, citric acid, acetic acid)、塩味 (NaCl)、甘味
(sucrose)、苦味 (QHCl)、うま味 (MSG および MPG, MPG は図に示さない) に対する応
答が見られた。NH4Cl は基準溶液として用いた。
NH4Cl: 100 mM, HCl: 10 mM, citric acid: 10 mM, acetic acid: 30 mM, sucrose: 500 mM,
NaCl: 100 mM, QHCl: 10 mM, MSG: 100 mM
記録例中の bar は 30 秒を示す。
31
図 5 WT マウス (n=8)、PKD1L3-KO マウス (n=5)、PKD2L1-KO マウス (n=7)、
PKD1L3/2L1-DKO マウス (n=6) における鼓索神経応答の濃度応答曲線
PKD2L1-KO マウスと PKD1L3/2L1-DKO マウスでは、WT マウスと比べ、HCl、citric
acid、acetic acid のすべての酸味応答が有意に減少した (two-way ANOVA; P<0.001: 表 3、
post hoc Dunnett’s tests; *: P<0.05, **: P<0.001 for PKD2L1-KO および+: P<0.05, ++: P<0.01
for PKD1L3/2L1-DKO)。塩味・苦味・甘味・うま味応答は変化が無かった (two-way
ANOVA; P>0.05: 表 3)。データは平均値±Standard Error of the Mean (S.E.M.) で示す。
CT: 鼓索神経
32
PKD1L3-KO
PKD2L1-KO
PKD1L3/2L1-DKO
nerve
tastant
DF
F
DF
F
DF
F
CT
HCl
1,64
0.2
1,74
30.1***
1,69
12.1***
citric acid
1,64
1.6
1,74
20.9***
1,69
14.5***
acetic acid
1,64
2.4
1,74
22.5***
1,69
12.0***
sucrose
1,64
2.1
1,74
0.4
1,69
1.4
NaCl
1,64
2.0
1,74
0.0
1,69
2.8
QHCl
1,64
1.5
1,74
1.3
1,69
3.8
MSG
1,64
0.2
1,74
0.0
1,69
0.3
MPG
1,64
0.0
1,74
0.7
1,69
2.9
表 4 WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、PKD1L3/2L1-DKO マウス
の各味刺激に対する鼓索神経相対応答の分散分析結果
鼓索神経相対応答における two-way ANOVA 解析での自由度と F 値を示した。
PKD2L1-KO マウスと PKD1L3/2L1-DKO マウスでは、WT マウスと比べ、HCl、
citric acid、
acetic acid のすべての酸味応答が有意に減少した (two-way ANOVA; ***P<0.001)。塩
味・苦味・甘味・うま味応答は変化が無かった (two-way ANOVA; P>0.05)。図 5 に示
したデータを使用した。
CT: 鼓索神経, DF: 自由度, F: F 値
33
PKD2L1-KO
PKD1L3/2L1-DKO
nerve
tastant
KO/WT
KO/WT
CT
HCl
0.72
0.77
citric acid
0.55
0.65
acetic acid
0.56
0.56
表 5 PKD2L1-KO マウス、PKD1L3/2L1-DKO マウスにおける各種酸味刺激に対する鼓索
神経相対応答の平均値レベルでの変化量
PKD2L1-KO マウスと PKD1L3/2L1-DKO マウスでは、WT マウスと比べ、HCl、citric
acid、acetic acid のすべての酸味応答が有意に減少した (two-way ANOVA; ***P<0.01)。
その減少量は PKD2L1-KO マウスと PKD1L3/2L1-DKO マウスともに平均値レベルで
25-45%程度だった。
HCl (10 mM), citric acid (10 mM), acetic acid (30 mM) のデータの平均値を使用。
CT: 鼓索神経
34
WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1-DKO
マウスにおける舌咽神経全神経束味応答解析
WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1-DKO
マウスを用いて、舌後方部を支配する舌咽神経応答解析を行った。いずれのマ
ウスにおいても、酸味 (HCl, citric acid, acetic acid)、塩味 (NaCl)、甘味 (sucrose)、
苦味 (QHCl)、うま味 (MSG および MPG)に対する濃度依存的応答が見られた
(図 6, 7)。酸味応答はすべての KO マウスで WT マウスとの差が見られなかった
(図 7, 表 6)。塩味・苦味・甘味・うま味応答も変化が無かった (図 7, 表 6)。
35
図 6 WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、PKD1L3/2L1-DKO マウス
における舌咽神経応答記録例
いずれのマウスにおいても酸味 (HCl, citric acid, acetic acid)、塩味 (NaCl)、甘味
(sucrose)、苦味 (QHCl)、うま味 (MSG および MPG, MPG は図に示さない) に対する応
答が見られた。NH4Cl は基準溶液として用いた。
NH4Cl: 100 mM, HCl: 10 mM, citric acid: 10 mM, acetic acid: 30 mM, sucrose: 500 mM,
NaCl: 100 mM, QHCl: 10 mM, MSG: 100 mM
記録例中の bar は 30 秒を示す。
36
図 7 WT マウス (n=8)、PKD1L3-KO マウス (n=6)、PKD2L1-KO マウス (n=6)、
PKD1L3/2L1-DKO マウス (n=6) における舌咽神経応答の濃度応答曲線
酸味応答はすべての KO マウスで WT マウスとの差が見られなかった (two-way
ANOVA; P>0.05: 表 6)。塩味・苦味・甘味・うま味応答も変化が無かった (two-way
ANOVA; P>0.05: 表 6)。データは平均値±S.E.M.で示す。
GL: 舌咽神経
37
PKD1L3-KO
PKD2L1-KO
PKD1L3/2L1-DKO
nerve
tastant
DF
F
DF
F
DF
F
GL
HCl
1,69
0.7
1,69
0.0
1,69
0.0
citric acid
1,69
0.2
1,69
3.8
1,69
0.6
acetic acid
1,69
0.9
1,69
3.8
1,69
2.9
Sucrose
1,69
1.7
1,69
0.6
1,69
2.3
NaCl
1,69
0.6
1,69
2.2
1,69
0.2
QHCl
1,69
3.8
1,69
3.4
1,69
0.4
MSG
1,69
0.3
1,69
3.4
1,69
0.7
MPG
1,69
2.6
1,69
0.7
1,69
2.7
表 6 WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、PKD1L3/2L1-DKO マウス
の各味刺激に対する舌咽神経相対応答の分散分析結果
舌咽神経相対応答における two-way ANOVA 解析での自由度と F 値を示した。酸味応
答はすべての KO マウスで WT マウスとの差が見られなかった (two-way ANOVA;
P>0.05)。塩味・苦味・甘味・うま味応答も変化が無かった (two-way ANOVA; P>0.05)。
図 7 に示したデータを使用した。
GL: 舌咽神経, DF: 自由度, F: F 値
38
WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1-DKO
マウスにおける舌咽神経全神経束オフ応答解析
PKD1L3 と PKD2L1 の両分子を強制発現させた HEK 細胞では、酸を取り除い
た後に起こるオフ応答が確認されている (Inada et al., 2008)。両分子は、舌咽神
経支配領域である舌後方部有郭乳頭味細胞では共発現するが、鼓索神経支配の
舌前方部茸状乳頭味細胞では PKD2L1 のみ発現する。そこで、WT マウス、
PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1 DKO マウスを用
いて、舌後方部を支配する舌咽神経における酸味オフ応答解析を行った。舌咽
神経全神経束応答をインテグレーター (時定数=1.0 秒) にて積分し、酸味刺激除
去後 10 秒間の応答曲線下面積 (area under the curve: AUC) を求め、同様に求め
た 100 mM NH4Cl 後の AUC を 1.0 とした相対値で算出し、この値をオフ応答の
大きさと定義した (図 8. A)。その結果、いずれのマウスにおいても、酸味 (HCl,
citric acid, acetic acid) に対するオフ応答は、WT マウスと比較して有意に減少し
た (図 8. B~D, 表 7)。
39
図 8 WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1-DKO
マウスにおける舌咽神経酸味オフ応答解析記録例と濃度応答曲線
A. WT マウスと PKD1L3/2L1-DKO マウスにおける舌咽神経オフ応答解析記録例。
点線はベースラインを示す。灰色線は刺激開始時 (図中 s: stimuli)と洗浄時(図中 w:
wash out)を示す。刺激は 60 秒間行った。
B-D. WT マウス (n=5-8)、PKD1L3-KO マウス (n=5-6)、PKD2L1-KO マウス (n=5-7)、
PKD1L3/2L1-DKO マウス (n=5-8)における HCl (B), citric acid (C), acetic acid (D)に対
する舌咽神経オフ応答の濃度応答曲線。
PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、PKD1L3/2L1-DKO マウスのいずれの KO
マウスでも、WT マウスと比べ、HCl (B)、citric acid (C)、acetic acid (D)のすべての
酸味オフ応答が有意に減少した (two-way ANOVA; P<0.001: 表 7、post hoc Dunnett’s
tests; #:P<0.05, ##: P<0.01 for PKD1L3-KO; *: P<0.05, **: P<0.01 for PKD2L1-KO; +:
P<0.05, ++: P<0.01 for PKD1L3/2L1-DKO)。データは平均値±S.E.M.で示す。
40
PKD1L3-KO
PKD2L1-KO
PKD1L3/2L1-DKO
nerve
tastant
DF
F
DF
F
DF
F
GL
HCl
1,62
26.9***
1,67
15.4***
1,64
27.2***
citric acid
1,72
9.2**
1,76
20.7***
1,82
21.3***
acetic acid
1,68
27.2***
1,69
24.7***
1,77
28.9***
表 7 WT マウス、PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1-DKO
マウスにおける舌咽神経酸味オフ応答解析の分散分析結果
舌咽神経オフ応答における two-way ANOVA 解析での自由度と F 値を示した。
PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウス、PKD1L3/2L1-DKO マウスのいずれの KO マ
ウスでも、WT マウスと比べ、HCl、citric acid、acetic acid のすべての酸味オフ応答が
有意に減少した (two-way ANOVA; **P<0.01, ***P<0.001)。図 8 に示したデータを使用
した。
GL: 舌咽神経, DF: 自由度, F: F 値
41
WT マウス、PKD2L1-KO マウスにおける鼓索神経単一神経線維応答解析
舌前方部を支配する鼓索神経全神経束応答解析より、PKD2L1-KO マウスと
PKD1L3/2L1-DKO マウスにおいて、酸味応答の有意な減少が見られた (図 5)。
このような減少が起きた理由として、酸味応答神経線維の数の減少、もしくは
酸味応答神経線維における酸味応答の減少が考えられる。そこで WT マウスと
PKD2L1 KO マウスを用いて、鼓索神経単一神経線維応答解析を行った。酸味に
応答する鼓索神経単一神経線維の割合は、WT マウスと PKD2L1-KO マウスで有
意な差がなかった (表 8, χ2 検定; P>0.1)。しかし、酸味に応答する鼓索神経単
一線維のすべての酸味刺激 (HCl、citric acid、acetic acid) に対する応答は、
PKD2L1-KO マウスで WT マウスと比較して有意に減少していた (図 9, 表 9)。
42
WT
PKD2L1-KO
CT
%
CT
%
応答数
47
50.5
40
47.6
/記録数
/ 93
/ 84
表 8 WT マウスと PKD2L1-KO マウスにおける鼓索神経単一神経線維酸味応答線維数
酸味 (10mM HCl) に応答する鼓索神経単一神経線維の割合は、WT マウスと
PKD2L1-KO マウスで変化が無かった (χ2 検定; P>0.1)。
CT: 鼓索神経
43
図 9 WT マウスと PKD2L1-KO マウスにおける鼓索神経単一神経線維の酸味応答記録例
と濃度応答曲線
A. WT マウスと PKD2L1-KO マウスにおける鼓索神経単一神経線維酸味応答記録例。
酸味に応答する鼓索神経単一線維の酸味応答は、PKD2L1-KO マウスで WT マウス
より減少していた。
B-D. WT マウス、PKD2L1-KO マウスにおける HCl (B, WT: n=10~24; PKD2L1-KO マウ
ス: n=14~21), citric acid (C, WT: n=12~14; PKD2L1-KO マウス: n=12~16), acetic acid
(D, WT: n=12~17; PKD2L1-KO マウス: n=14~21) に対する鼓索神経単一神経線維応
答の濃度応答曲線。
酸味に応答する鼓索神経単一神経線維での解析を行ったところ、PKD2L1-KO マウ
スで、WT マウスと比べ、HCl (B)、citric acid (C)、acetic acid (D)のすべての酸味に
対する鼓索神経単一神経線維応答が有意に減少した (two-way ANOVA; P<0.05:
表 9、post hoc t-test; *: P<0.05, **: P<0.01)。データは平均値±S.E.M.で示す。
44
PKD2L1-KO
nerve
tastant
DF
F
CT
HCl
1,129
11.9***
citric acid
1,108
19.0***
acetic acid
1,142
6.3*
表 9 WT マウスと PKD2L1-KO マウスにおける鼓索神経単一神経線維酸味応答の分散分
析結果
鼓索神経単一神経線維応答における two-way ANOVA 解析での自由度と F 値を示した。
PKD2L1-KO マウスで、WT マウスと比べ、HCl、citric acid、acetic acid のすべての鼓索
神経単一神経線維酸味応答が有意に減少した (two-way ANOVA; *P<0.05, ***P<0.001)。
図 9 に示したデータを使用した。
CT: 鼓索神経 DF: 自由度, F: F 値
45
GAD67-GFP マウス、GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスの茸状乳頭 GAD67-GFP
発現味細胞における味応答解析
WT マウスにおいて、PKD2L1 は GAD67-GFP と共発現する (図 3 B.)。舌前方
部の茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞は、酸味に応答することが報告されている
(Yoshida et al., 2009)。そこで、PKD2L1 が茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞にお
いて酸味伝達に関与しているかを解明するため、GAD67-GFP マウス、
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスの茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞における味
応答解析を行った。酸味に応答する茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞の割合は、
GAD67-GFP マウスと GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスで有意な差が無かった
(表 10, χ2 検定; P>0.1)。GAD67-GFP マウス、GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウス
ともに HCl、citric acid、acetic acid のすべての酸味に対して応答が見られたが、
酸味に応答する茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞の酸味応答は、
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスで GAD67-GFP マウスと比較して有意に減少し
ていた (図 10, 表 11)。
46
GAD67-GFP
GAD67-GFP+
PKD2L1-KO
FP
%
FP
%
応答数
37
33.0
26
28.0
/記録数
/ 112
/ 93
表 10 GAD67-GFP マウスと GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスにおける茸状乳頭
GAD67-GFP 発現酸味応答細胞数
酸味 (10mM HCl) に応答する茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞の割合は、
GAD67-GFP マウスと GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスで変化が無かった (χ2 検定;
P>0.1)。
FP: 茸状乳頭
47
図 10 GAD67-GFP マウスと GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスにおける茸状乳頭
GAD67-GFP 発現味細胞応答記録例と濃度応答曲線
A-B. GAD67-GFP マウス (A) と GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウス (B) における茸状乳
頭 GAD67-GFP 発現味細胞応答記録例。
酸味に応答する茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞の酸味応答は、
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスで GAD67-GFP マウスと比較して減少していた。
HCl: 10mM, citric acid: 10mM, acetic acid: 30mM
C-E. GAD67-GFP マウス、
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスにおける HCl (C, GAD67-GFP
マウス: n=17~31; GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウス: n=18~27), citric acid (D,
GAD67-GFP マウス: n=16~30; GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウス: n=17~24), acetic
acid (E, GAD67-GFP マウス: n=17~25; GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウス: n=17~24)
に対する茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞応答の濃度応答曲線。
酸味に応答する茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞での解析を行ったところ、
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスで、GAD67-GFP マウスと比べ、HCl (C)、citric acid
(D)、acetic acid (E) のすべての酸味に対する茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞応答
が有意に減少した (two-way ANOVA; P<0.01: 表 10、post hoc t-test; *: P<0.05, **:
P<0.01)。データは平均値±S.E.M.で示す。
48
GAD67-GFP+PKD2L1-KO
cell
tastant
DF
F
FP
HCl
1,169
12.1*
citric acid
1,161
16.3*
acetic acid
1,160
12.8*
表 11 GAD67-GFP マウスと GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスにおける茸状乳頭
GAD67-GFP 発現味細胞酸味応答の分散分析結果
茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞応答における two-way ANOVA 解析での自由度と F
値を示した。GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスで、GAD67-GFP マウスと比べ、HCl、citric
acid、acetic acid のすべての茸状乳頭 GAD67-GFP 発現味細胞酸味応答が有意に減少した
(two-way ANOVA; *P<0.05)。図 10 に示したデータを使用した。
FP: 茸状乳頭, DF: 自由度, F: F 値
49
考察
PKD2L1 は舌咽神経支配領域である舌後方部の有郭乳頭味細胞と、鼓索神経支
配の舌前方部の茸状乳頭味細胞の両方で発現が見られるが、PKD1L3 は茸状乳頭
味細胞では発現が見られず有郭乳頭味細胞のみで発現が見られる (Ishimaru et
al., 2006; Huang et al., 2006)。また、PKD2L1 発現味細胞を遺伝的に欠損させたマ
ウスでは鼓索神経酸味応答がほぼ消失し (Huang et al., 2006)、PKD2L1 と
PKD1L3 を強制発現させた HEK 細胞では、酸を取り除いた後に起こるオフ応答
が確認されている (Inada et al., 2008)。そこで本研究では、PKD2L1 と PKD1L3
の単独および両分子の遺伝子 KO マウスを作出し、酸味受容における PKD1L3
と PKD2L1 の生体での機能解析を行った。
鼓索神経全神経束味応答解析の結果、PKD2L1-KO マウスと PKD1L3/2L1-DKO
マウスでは、WT マウスと比べ、HCl、citric acid、acetic acid のすべての酸味応
答 が 有 意 に 減 少 し た ( 図 5, 表 4) 。 そ の 減 少 量 は PKD2L1-KO マ ウ ス と
PKD1L3/2L1-DKO マウスともに平均値レベルで 25-45 %程度だった (表 5)。鼓索
神経支配領域では PKD2L1 のみの発現が見られ、PKD1L3 の発現は見られない
ため、前方部鼓索神経領域の酸味応答に PKD2L1 が一部関与していることが示
唆された。しかし、PKD2L1 のみを強制発現させた HEK 細胞は酸味応答を示さ
ないことより (Ishimaru et al., 2006; Inada et al., 2008; Ishii et al., 2009)、PKD2L1 が
舌前方部茸状乳頭において酸味受容体として機能するためのパートナーの存在
が考えられる。また、酸味に応答する鼓索神経単一線維の酸味応答は、HCl、citric
acid、acetic acid のすべての酸味に対して PKD2L1-KO マウスで WT マウスと比
較して有意に減少していた (図 9, 表 9)。III 型細胞のマーカーである GAD67 を
GFP により可視化したマウス (GAD67-GFP) と PKD2L1-KO マウスを交配させ
GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスを作出し、ルーズパッチ法で茸状乳頭 III 型味
50
細胞応答を記録した結果、GAD67-GFP+PKD2L1-KO マウスで HCl、citric acid、
acetic acid のすべての酸味に対して応答は有意に減少した (図 10, 表 11)。よって、
舌前方部鼓索神経領域の酸味応答に PKD2L1 が一部関与し、PKD2L1 を介する
酸味応答は茸状乳頭で GAD67 を発現する酸味応答味細胞と、鼓索神経酸味応答
単一神経線維を経由して伝達される可能性が示唆された。
また、舌咽神経全神経束味応答解析の結果、HCl、citric acid、acetic acid のす
べての酸味に対して、いずれの KO マウスでも WT マウスとの差が見られなか
った (図 7, 表 6)。よって、舌後方部舌咽神経領域の酸味刺激中の応答には
PKD1L3 と PKD2L1 は関与しないことが示唆された。また、PKD1L3 と PKD2L1
は細胞表面への発現にその両分子が必要となり (Ishimaru et al., 2006, 2010)、両分
子を強制発現させた HEK 細胞はカルシウムイメージングで酸味応答を示すが、
どちらか一方の分子のみを発現させた HEK 細胞では応答を示さない (Ishimaru
et al., 2006; Inada et al., 2008; Ishii et al., 2009)。さらに、この両分子を発現する HEK
細胞でおこる酸味応答は酸刺激除去後に起こるオフ応答であり (Inada et al.,
2008)、過去の報告でも哺乳類で酸味刺激によりオフ応答が引き起こされること
が示されている (DeSimon et al., 1995; Danilova et al., 2002; Lin et al., 2002)。また、
PKD1L3 と PKD2L1 の共発現の見られる有郭乳頭単離味細胞においてもこのオ
フ応答が観察されている (Kawaguchi et al., 2010)。今回、WT マウス、PKD1L3-KO
マウス、PKD2L1-KO マウス、および PKD1L3/2L1-DKO マウスを用いて、舌咽
神経でのオフ応答解析を行った結果、いずれのマウスにおいても、酸味に対す
るオフ応答は、WT マウスと比較して有意に減少した (図 8, 表 7)。よって、舌
後方部舌咽神経領域の酸味オフ応答への PKD1L3 と PKD2L1 の関与が KO マウ
スを用いた実験でも明らかなものとなった。今回、PKD1L3 KO マウスでは鼓索・
舌咽神経全神経束応答ともに酸味応答は WT マウスと比較して変化が見られな
51
かったが (図 5, 7, 表 4, 6)、この結果は近年の報告と一致している (Nelson et al.,
2010)。また、舌咽神経全神経束酸味応答はいずれの KO マウスでも WT マウス
と比較して有意な変化が無かったことから (図 7, 表 6)、舌前方部と後方部では
異なる酸味受容体が機能する可能性が示唆された。
これらの結果より、機能的な酸味受容体は PKD2L1 以外にも存在する可能性
が考えられる。これまでに、PKD2L1 以外のいくつかの酸味受容体候補分子が報
告されている。一つ目の候補分子は ASIC である。ヒトにおいては、酸味味盲患
者の舌前方部味蕾には、PKD1L3 と PKD2L1 だけでなく、ASIC1a, 1β, 2a, 2b, 3
の発現が見られないことが報告されている (Huque et al., 2009)。よって、
PKD2L1-KO マウスと PKD1L3/2L1-DKO マウスで見られた酸味応答は、これら
ASIC が関与している可能性が考えられる。ヒトとラットにおいて、ASIC2 は味
細胞に存在し、酸味受容体候補と考えられている (Ugawa et al., 2003; Huque et al.,
2009)。しかしマウス味細胞には ASIC2 は存在せず、ASIC2-KO マウスでも酸味
応答は変わらない (Richter et al., 2004b)。ASIC1 と ASIC3 はマウス味細胞にも存
在していることから (Richter et al., 2004b)、ASIC1 と ASIC3 は酸味受容体として
機能している可能性が示唆される。二つ目の候補分子は HCN4 である。HCN1
と HCN4 は味細胞に存在し、両分子を強制発現させた細胞は酸味に対して応答
することが報告されている (Stevens et al., 2001)。また、HCN4 は PKD2L1 とマ
ウス味細胞において共発現が見られる (Gao et al., 2009)。しかし HCN 電流を抑
制する cesium を作用させても酸味刺激に対する味細胞応答は変化しない
(Richter et al., 2003) ことから、酸味応答における HCN4 の機能解明にはさらなる
解 析 が 必 要 で あ る 。 三 つ 目 の 候 補 分 子 は nicotinamide adenine dinucleotide
phosphate (NADPH) 依存性・cAMP 感受性 H+チャネルである。近年、酸味応答
は細胞内への Na+流入ではなく、プロトン流入で起きる可能性が示唆されており
52
(Chang et al., 2010)、NADPH 依存性・cAMP 感受性 H+チャネルを介して PKD2L1
発現有郭乳頭味細胞に H+が流入することで PKD2L1 が関与せずに酸味応答が起
こる可能性が示されている (DeSimone et al., 2011)。また、四つ目の候補分子と
して TWIK-1 や-2、TREK-1, -2、TASK-1 などの K2P チャネルがあげられる。マ
ウス味細胞には TWIK-1 や-2、TREK-1, -2、TASK-1 などの K2P チャネルが発現
しており (Lin et al., 2004; Richter et al., 2004a)、これらのチャネルは細胞内、もし
くは細胞外の pH 低下により阻害され (Kim et al., 1999)、細胞の脱分極が起こる。
また、これらチャネルのブロッカーにより味細胞の酸味応答が増強される
(Richter et al., 2004a)。細胞内の酸化が酸味応答に関与する可能性も示されている
ことから (Huang et al., 2008; Richter et al., 2003; Lyall et al., 2001, 2006)、K2P チャ
ネルは味細胞での酸味応答に関与している可能性が示唆される。五つ目の候補
分子として、NPPB 感受性 Cl-チャネルがあげられる。NPPB が茸状乳頭味細胞で
の citric acid 応答を抑制することより (Miyamoto et al., 1998)、NPPB 感受性 Clチャネルが酸味応答に関与している可能性も考えられる。これら PKD2L1 以外
の酸味受容体候補分子の生体における機能解明のためには、更なる解析が必要
である。
本研究では、舌前方部鼓索神経領域の酸味応答に PKD2L1 が一部関与し、
PKD2L1 を介した酸味応答は茸状乳頭で GAD67-GFP を発現している酸味応答味
細胞と、鼓索神経酸味応答単一神経線維を経由して伝達されることが明らかと
なった。また、舌後方部舌咽神経領域の酸味オフ応答に PKD1L3 と PKD2L1 が
関与していることが KO マウスを用いた実験でも示された。
酸味受容メカニズム全貌の解明のためには、舌前方部において PKD2L1 と共
に働くパートナー探索や、これまであげられている PKD2L1 以外の酸味受容体
候補の解析を、各種 KO マウスを用いた電気生理学的、行動学的手法などによ
53
り行う必要があると考えられる。
54
謝辞
本研究を行うにあたり、終始ご懇篤なご指導とご高配を賜り、研究の楽しさ、
厳しさをご教授いただきました九州大学大学院歯学研究院口腔機能解析学分野
教授 二ノ宮裕三先生に心より御礼申し上げます。
PKD1L3-KO マウス、PKD2L1-KO マウスを譲与していただき、マウスの分子
遺伝学的解析にご協力を賜りました Duke 大学医学研究院分子遺伝学微生物学分
野
准教授
松波宏明先生、東京大学農学研究院応用生命化学分野
特任助教
石丸喜朗先生、及び GAD67-GFP マウスを譲与していただきました群馬大学医学
系研究科遺伝発達行動学分野・独立行政法人科学技術振興機構 CREST
教授
柳川右千夫先生に深く感謝申し上げます。
本研究を通して、神経応答解析に直接ご指導賜りました九州大学大学院歯学
研究院口腔機能解析学分野
特任講師
安松啓子先生、細胞応答解析に直接ご
指導いただき、論文作成の際にも多くのご協力を賜りました助教
吉田竜介先
生に深謝いたします。また、多くのご助言、ご指導をいただきました九州大学
大学院歯学研究院口腔機能解析学分野
准教授
重村憲徳先生、元准助教
三
島和夫先生、元特任助教
村田芳博先生(現高知大学医学部助教)、助教
實
松敬介先生、元特任助教
大栗弾宏先生(現モネル化学研究所研究員)、共同
研究員 伊藤友紀さん、安東潤子さん、荒井由利子さん、武谷美紗子さんに深
く感謝申し上げます。また常に励ましあいながら、かつともに切磋琢磨し合っ
た同教室の大学院生の皆様に心より御礼申し上げます。最後に様々な面から研
究生活に理解を示し、支えて下さった家族、友人をはじめ、すべての皆様に深
く感謝いたします。
55
参考文献
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of mammalian taste receptors. Cell 100: 693-702, 2000
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