...

公開版 2.3.1 2.3 機能性RNAの機能解析 【成果の概要】 研究開発項目

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

公開版 2.3.1 2.3 機能性RNAの機能解析 【成果の概要】 研究開発項目
公開版
2.3
機能性RNAの機能解析
【成果の概要】
研究開発項目③では、機能未知の ncRNA 群の中から重要な機能を果たしている機能性 RNA
を取得し、その機能解明を行うことを目指す。中間目標(平成 19 年度)は、様々な側面の
解析から機能性 RNA 候補をできるだけ多く取得し、それらの実験系を整備することであり、
最終目標(平成 21 年度)は、その中から重要な機能性 RNA の機能を解明し応用研究への道
筋をつけることにある。ncRNA 群の中でも世界的な激しい競争が予想される miRNA について
は、サブ項目③-1 で、参加グループの有する有用かつユニークな細胞系から効率よく機能
性 miRNA を単離し、それらをいち早く特許化して医療技術応用を見据えた機能解析を実施
した。一方ほとんど基盤知見がないその他の ncRNA については、サブ項目③-2 で、ncRNA
の隠された新規 RNA 特性や生体機能を発見することを目指した。
③-1 では、再生医療関連やアレルギー疾患関連の細胞から調製した低分子 RNA の大量配
列解析を行い、併せて 1300 種以上の新規 miRNA 候補を取得し特許出願した。さらにこの中
から幹細胞の分化制御活性やマスト細胞の脱顆粒制御活性をもつ機能性 miRNA とそのター
ゲットの候補を同定した。癌細胞増殖の制御活性のある miRNA とその標的 mRNA を同定し、
マウスゼノグラフトで長期的な miRNA 効果の持続を確認した。また miRNA の個体レベルで
の機能解析を実施するために、特定の miRNA のノックアウトマウスを作製した。その結果、
下垂体機能産生ホルモンの合成経路を miRNA が制御していることを見出し、この miRNA 破
壊によって雌性不妊となる興味深い表現型を見出した。この他に iPS 細胞の作出効率を著
しく上昇させる miRNA を同定した。これらの成果は世界的に活発な miRNA 研究分野の中で
も、十分オリジナリティの高い成果であり、これらの miRNA を用いた医薬品開発の重要な
基盤技術になることが期待できる。
③-2 では、データベースから選別した長鎖 ncRNA の基盤情報として、組織特異的発現と
核内局在という二つの基盤的特性を見出した。次いで核内 ncRNA の機能解析のための効率
よいノックダウン系を世界に先駆けて開発し、この系を活用して核内構造体形成能を持つ
ncRNA や DNA 複製に呼応した転写制御に関係する ncRNA 機能を発見した。さらに長鎖 ncRNA
の相互作用タンパク質の同定のための解析系を整備し、癌や神経変性疾患タンパク質との
相互作用を見出した。またセンス-アンチセンスペアを形成する ncRNA を約 3000 ペア選別
し、ヒトの腫瘍組織で発現バランスが変動するペアを多数発見した。このほかに間葉系幹
細胞の分化に伴って発現変動する ncRNA 様転写物から小さなペプチドをコードするものを
取得した。また線虫からリボソーム生合成に関わる機能性低分子 ncRNA を取得した。
miRNA 経路の中心的な因子である Argonaute ファミリーでショウジョウバエの生殖組織で
特異的な Piwi, Aub, Ago3が新規低分子 piRNA 群と複合体を形成し、一方体細胞の Ago2 が
内在性の新規低分子 esiRNA 群と結合していることを見出した。これらは、主にゲノム中の
可動性因子のサイレンシングを行いゲノムの安定性維持に関わることを明らかにした。さ
2.3.1
公開版
らに miRNA とは全く異なる piRNA の生合成経路のモデルを提唱し、piRNA の両末端形成機構
に関する基盤を確立した。さらに複数のヒトやマウスの Argonaute タンパク質と結合して
いる miRNA の情報を得た。
全体的に、新しい機能性 RNA カテゴリー確立を含めた多数の新規機能性 ncRNA の発見、
そして RNA 機能に留まらず相互作用タンパク質の同定を含めた多彩でオリジナリティの高
い成果が得られ、当初掲げていた最終目標を大きく凌ぐものとなった。③-1 では予想以上
の多数の機能性 miRNA を取得し特許化まで漕ぎ着け、医薬品開発に向けた個体での解析に
まで研究が進行した。③-2 でも長鎖 ncRNA についての基盤特性とそれに即したオリジナル
な解析系が確立され、ncRNA の新機能の発見に至った。また相互作用因子の解析から ncRNA
と疾患との接点を見出すに至った。また piRNA や esiRNA のような全く新しい機能と生合成
に関する知見を得る事ができた。このように ncRNA 全般をカバーした質の高い研究が展開
できた。また基盤的な知見にも疾患との接点が見出されており、今後の新しい医薬品開発
の全く新しい視点を提供することができた。
2.3.2
公開版
【研究開発方針】
世紀の変わり目に現れた「機能性 RNA」には、RNA 干渉の発見から派生したマイクロ
RNA(miRNA)と、ポストゲノム解析として実施されたトランスクリプトーム解析により発見
された長鎖 noncoding RNA(ncRNA)が含まれる。このうち miRNA に関する研究は、世界中で
非常な勢いで多彩な研究が進んでいる。miRNA は、ヒトでは数百種類見出されており、個々
の miRNA が複数の標的 mRNA に対して作用するので、ヒトの全タンパク質遺伝子の半数以上
が miRNA によって発現調節を受けると見積もられている。miRNA の研究進展が目覚ましいの
は、一重にすべての miRNA に対して一般化できる共通の作用機構が明らかになっているか
らである。miRNA は、共通して標的 mRNA の 3’非翻訳領域と塩基対を形成して結合し、標
的 mRNA の翻訳を抑制したり、mRNA の安定性を低下させる機能を果たしている。よって個々
の miRNA が、いかに重要な mRNA を標的にしているかを明らかにすることに研究が移行して
いる。標的となる mRNA には、癌を初めとした多数の疾患遺伝子の転写物が含まれるので、
この発現を抑制する miRNA を発見できれば、有望な核酸医薬品開発の標的となりうるわけ
である。また miRNA と標的 mRNA の相互作用を人為的に操作することによっても疾患発症経
路を改善することが可能である。このようなコンセプトのもとで、miRNA の医薬品応用のポ
テンシャルに注目が集まっている。
一方、トランスクリプトーム解析によって明らかにされた長鎖 ncRNA については、その
膨大な配列情報が故に様々な可能性が取りざたされており、新たなゲノム機能として注目
が集まっている。例えば、ゲノム中の非コード領域の割合は、ヒトでは実に 98%にも及び、
この値は生物が単純になればなるほど減少する傾向にある。バクテリアでは 10%程度である。
よって非コード領域から生み出される ncRNA こそが生物の複雑性を規定するような新たな
役割を果たしているという仮説が生まれた。こうした推測とは裏腹に、機能が解明されて
いる長鎖 ncRNA は、せいぜい20種程度であり、その機能も遺伝子発現の様々な段階での
制御に及んでおり、miRNA のような一般化できる制御メカニズムは今のところを明らかにな
っていない。また長鎖 ncRNA は、細胞のどこで機能しているのか、あるいはどのような発
現形態をとるのか、といった基盤情報も欠如している。さらには、ncRNA はそれ自身だけで
は機能できず、タンパク質と複合体を形成し作用していると考えられるが、そうした相互
作用因子の情報もほとんど存在しない。つまり配列情報から機能解明との間には大きなギ
ャップが存在していると言わざるを得ない。こうした状況から、世界的にも長鎖 ncRNA の
機能解明は、未だほとんど進んでおらず、研究体系を基盤から組み立てる必要性が求めら
れているといえる。前述の miRNA は、ゲノムから産生される低分子 ncRNA の一種であるが、
実は低分子 ncRNA には、miRNA 以外にも様々な種類のものが存在していることが明らかにな
り始めている。つまり miRNA の一般的な機能は、数ある低分子 ncRNA の1つに過ぎず、低
分子 ncRNA のポテンシャルはまだまだ奥深いことが明らかになり始めている。
上記のような状況の中で、本研究開発項目では、第一に miRNA 機能に焦点をあわせ、疾
2.3.3
公開版
患や再生医療の分野の新たな技術基盤となりうる機能性 miRNA の獲得を目指すグループ(③
-1)と、一方で未だ基盤が整わず混沌とした長鎖 ncRNA の基盤的な機能解明と低分子 ncRNA
の新しい機能解明によって、全く新しい機能性 RNA 機能の発見を目指すグループ(③-2)
の2つの研究体制によって研究を推進した。
2.3.4
公開版
【各研究室における成果】
2.3.1.ヒト疾患に関連する機能性RNAの迅速で高効率な同定
2.3.1.1.ヒト疾患に関連する機能性RNAの同定とその機能解析
分室9(協和発酵キリン)
共同実施先:
大阪大学(岡部)
、岡山大学(清水)
2.3.1.1.1.疾患関連 miRNA の同定、発現・機能解析と創薬への応用
(協和発酵キリン)
我々は「機能性 RNA」の中でも、作用機構がある程度判明しており、生物学的な機能が明
らかになりつつあったマイクロ RNA (miRNA)に集中して研究を遂行してきた。miRNA は 22
塩基長前後からなる低分子機能性 RNA であり、発生や分化等の重要な生物学的過程に関与
していることが明らかになっている。miRNA と疾患との関係については、本プロジェクトの
開始時点には判明している事項は多くなかったが、近年、癌をはじめとする様々な疾患に
miRNA が関与することが次々と明らかになってきた。そのため miRNA は創薬標的としても急
速に注目を集めつつあり、過剰な miRNA を抑制すること、あるいは不足する miRNA を補充
することで、疾患を治療しようという試みが世界中で始まっている。欧米ではこうした
「miRNA 創薬」を標榜するベンチャー企業も多く設立され、既に臨床試験に入る薬剤も出て
きているなど競争が激化しつつある。
我々は、
「疾患関連 miRNA の同定、発現・機能解析と創薬への応用」を協和発酵キリン(株)
(2008.9 まで協和発酵工業(株))
、
「遺伝子改変マウスを用いた個体レベルでの miRNA の機
能解析」を大阪大学・岡部研究室、
「ヒト癌患者由来の臨床検体を用いた miRNA 発現・変異・
機能解析と疾患・治療への応用」を岡山大学・清水研究室で行うという役割分担を行い、
研究を遂行した。特に、厳しい競争や急速な外部状況の変化に柔軟に対応し、臨機応変に
研究戦略を修正しながら研究を進めた。
2.3.1.1.1.1.疾患関連 miRNA の同定、発現・機能解析と創薬への応用
協和発酵キリン(株)では、1.新規の miRNA を発見し強力な知財権を取得する、2.
疾患に関係する miRNA の新たな機能を見出し、診断・治療への応用への道筋をつける、と
いう2つの目標を立てて研究を進めた。本研究の開始当時は、miRNA をはじめとする低分子
RNA 研究の方法論が確立されていなかったため、同定、発現・機能解析に必要な手法を自ら
開発しつつ、研究を推進した。
(1)新規ヒト miRNA の同定
miRNA の発現は組織・細胞によって大きく異なることが予測されたため、新規 miRNA 取得
のためのソースとしては、
「疾患への応用が期待されかつ解析が進んでいなかった(2005 年
当時)」ヒト細胞を選択した。具体的には、1)再生医療等への展開が期待されるヒト間葉
系幹細胞(hMSC)、2)免疫・アレルギー領域での展開が可能なヒトマスト細胞株(肥満細
胞)の2種を材料に選択した。方法は、当初は<低分子 RNA をプラスミドにクローニング
して配列解析(hMSC、マスト細胞)>という方法で実施したが、その後<MPSS(Massively
2.3.5
公開版
Parallel Signature Sequencing)法による解析(マスト細胞)>を導入し、より大量の低
分子 RNA の配列解析を実施した。
得られた低分子 RNA が miRNA か否かを判定するためには、その前駆体の予測と二次構造
予測が必要となる。我々は取得される大量の低分子 RNA 断片情報を効率的に解析するため
に独自のシステムを構築した。既存の相同性解析、二次構造予測プログラム等を自作スク
リプトで連結することで、配列解析からクラスタリング、ゲノムマッピング、二次構造予
測、miRNA の可能性判定までを、自動的に実施できるシステムを完成させた(図1)。
既存のツール と自作スクリプト をう
まく組み合わせて、配列解析から頻度解
析、新規miRNAの判定までを、グルー
プ内で自動で行なうシステムを構築
Small RNA
sequences
Tag 配列抽出
高精度配列?
No
破棄
ゲノムと一致?
Yes
DB検索
既知miRNA
予測miRNA
既知低分子RNA
既知情報?
SNP or Editingの
可能性
No
新タイプ
機能性RNA?
Yes
二次構造予測
Yes
miRNA
基準を満たす?
頻度解析
No
グループ化
No
Yes
新規miRNA候補
図1.低分子 RNA 断片からの miRNA の自動判定システムの構築
まず、hMSC を対象に miRNA のクローニングを実施した。hMSC より低分子 RNA 画分を分画
し、Bartel 研&Tushul 研の方法を改良して低分子 RNA ライブラリを作製、そこから計 3584
配列を上記の<低分子 RNA 配列解析・miRNA 自動判定システム>を用いて解析した。得ら
れた配列の 75%が既知の miRNA と一致し、極めて良質のライブラリが作製できた。配列解
析の結果、総計 29 種の新規 miRNA 候補の同定に成功、物質特許を出願した。
続いて、ヒトマスト細胞株 LAD2 を用いて同様のクローニング、配列解析を実施し、計 5442
配列から新規 miRNA 候補 33 個を同定した。さらに新規 miRNA と発現情報の取得のため MPSS
法を実施した。大量配列処理に対応できるように改良した miRNA 判定システムを用い、約
100 万の取得配列から全 43305 種の Small RNA 配列情報を解析、新規 miRNA 候補として 1303
個を同定した。クローニング由来のものと合せ計 1336 種の大量新規 miRNA 候補について
2.3.6
公開版
2006.12 に物質特許を出願した。この解析数は次世代シークエンサー登場前の当時としては
極めて大量である。その後の3年間にヒト miRNA のデータベース(miRBase)登録数は 470
(2006.12:Ver.9.1)から 904(2009.9:Ver.14.0)へと約2倍に増えたが、増加分の 434 個中、
13%の 57 個が我々の特許出願配列中に含まれており、多くの新規 miRNA の取得を達成する
ことができ、今後の優位性につながると考えられる。また、残りの配列中にも大量の真の
新規 miRNA が含まれていると考えられる(図2)。
ヒトmiRNA登録数
1000
900
800
700
600
500
400
300
200
100
0
904
470
miRBase9.1
miRBase9.1
2006/10
2006/10
434
新規発見ヒトmiRNA候補
(2006.12.18 特許出願 )
WO2008/084319
miRBase14.0
miRBase14.0
2009/09
2009/09
1336個のうち57個が、その
後miRBaseに登録された。
これは同期間に登録された
ヒトmiRNA 434個の13 %
にあたる。
図2.新規特許出願 miRNA の現況
(2)miRNA の標的予測
miRNA の機能解析のためにはその標的遺伝子の同定が必須である。標的予測については
様々なアルゴリズムが提唱されているが、未だ決定版はない。我々はまず公開されている
4種のアルゴリズムによる予測結果を一つに統合し、標的候補遺伝子を取り出すシステム
を開発した。続いて最新の miRNA 標的認識理論に基づきゲノム及び cDNA 配列から網羅的に
標的候補配列を抽出し、遺伝子領域にマップするプログラム miGTS (miRNA Global Target
Search)の独自開発を実施した。「3’-UTR 領域の推定」「種間保存性」を加味した予測も可
能とし、本法を用いて全ヒト・マウス既知 miRNA の標的予測を実施し Web から結果を容易
に取得できるようにすると共に、新規取得の miRNA の標的予測も可能とした。特に hMSC や
マスト細胞、癌細胞への導入で表現型を示した miRNA や、大阪大・岡山大で着目した miRNA
については詳細解析を実施し、Wet 実験へと進める標的の選抜に役立てた。
(3)ヒト間葉系幹細胞(hMSC)の分化に関与する miRNA の解析
hMSC の骨芽細胞及び脂肪細胞への分化に伴う発現変動を miRNA マイクロアレイとリアル
タイム PCR により経時的に調べ、特徴的な発現変動を示した miRNA について前駆体導入実
験を実施した。その結果、miR-145 等 5 種の miRNA が骨芽細胞への分化及び増殖抑制活性を
有することを見出した(図3)。
特に強活性を示した miR-145 については、独自に構築した標的予測システム miGTS を用
いて標的遺伝子候補を 4 種選抜し、各々の siRNA を hMSC に導入した。その結果、細胞骨格
蛋白質 Adducin3 または転写因子 CBFb の siRNA 導入により miR-145 導入時と類似の骨芽分
2.3.7
公開版
化誘導の抑制が見られた(図4)。miR-145 前駆体の導入時に両蛋白質の発現量が減少する
ことも、両者が miR-145 の標的であることを強く示唆する(図5)。以上の結果から miR-145
が骨芽細胞分化を制御していると考えられ、これは hMSC の分化への miRNA 関与を示す初め
ての知見であり、特許出願を実施した。さらに、持続的な miRNA 発現を目指して、レンチ
ウィルスベクターによる miRNA 発現系を構築し、hMSC への強制発現を確認した。
2.3.8
公開版
図3.骨芽細胞分化・増殖を抑制する miRNA の同定
図4.miR-145 の標的遺伝子の同定
2.3.9
公開版
1kb
CBFB (core binding factor β)
3’UTR
miRNA target site
A.
miR145
Mock
No treat
5’UTR CDS
2
1.4
B. 1.2
Relative luciferase activity
ADD3 (adducin 3/γ)
20 (nM)
ADD3
pGL3Control
pGL3ADD3UTR
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
Control#1
miR143
miR145
let7c
pGL3Control
SV40
luc
poly A
luc
ADD3-3’UTR
pGL3ADD3UTR
CBFB
SV40
miR-145のhMSCへの強制発現
により、内在性ADD3、CBFBの
発現は抑制
miR-145
poly A
ADD3
Proliferation
CBFb
Osteoblast differentiation
図5.Add3、CBFb は miR-145 の標的遺伝子
A:
Western Blotting、
B:レポーターアッセイ
(4)ヒトマスト細胞株由来 miRNA の単離と解析
二番目の miRNA 解析対象として、アレルギー疾患等で中心的な機能を果たし創薬への展
開が期待されるマスト細胞を選択した。
まず、ヒト培養マスト細胞株 LAD2 に miRNA の生合成に必須な Dicer 遺伝子の siRNA を導
入したところ、2種の異なる siRNA で脱顆粒の抑制が見られた。このことから、miRNA 経路
がマスト細胞の脱顆粒に関与していることが示唆された(図6)。
2.3.10
公開版
miRNAの生合成に関与するDicerの
siRNA導入により脱顆粒が抑制
DNA
miRNAが脱顆粒に関与することを示唆
脱顆粒(%)
20
無刺激
IgE抗体 15μg/ml
15
マイクロRNA
Dicer
mRNAの
翻訳抑制
10
5
siDICER-2
siDICER-1
siLaminA/C
(各30nM)
mock
0
mRNA
図6.Dicer 抑制によるマスト
細胞脱顆粒の抑制
さらにマスト細胞の脱顆粒を制御する miRNA の網羅的スクリーニング(前駆体、アンチ
センス)を行い、脱顆粒を抑制する miRNA、促進する miRNA を複数見出し、特許を出願した。
その中で、前駆体導入により脱顆粒を促進しアンチセンス導入により抑制する miRNA とし
て、miR-F を見出した。Dicer siRNA による脱顆粒抑制のうち IgE 抗体刺激時の脱顆粒につ
いては、miR-F を共導入することにより回復することを示した。一方、IgE 受容体を介さな
い compounde48/80 刺激時の脱顆粒も Dicer siRNA により抑制されるが、こちらは miR-F の
共導入により回復せず、別の miRNA が関与していることが示唆された(図7)。
2.3.11
公開版
脱顆粒(%)
20.0
IgE
buffer
抗IgE抗体10μg/ml
15.0
miR-F
10.0
脱顆粒
5.0
Dicer
c48/80
0.0
siDicer
60.0
脱顆粒(%)
50.0
miR-F
siDicer +
miCtrl
siDicer +
miR-F
mock
miR-X
buffer
抗IgE抗体10μg/ml
c48/80 0.5μg/ml
40.0
Dicer KDによる脱顆粒抑制は
miR-Fによりrescueされるが
抗IgE抗体刺激の場合に限り、
c48/80刺激の場合はrescueされない
30.0
20.0
10.0
0.0
図7.マスト細胞の IgE 依存的な脱顆粒を促進する miRNA、miR-F の同定
そこで、miR-F の標的遺伝子解析を実施し、in silico の標的予測、標的候補 siRNA 活性、
mRNA アレイ結果などから4遺伝子に絞込み、miR-F 導入時の蛋白質発現の抑制が見られた
2遺伝子を標的として同定した。さらにこの miR-F のノックアウトマウスの作製を阪大と
共同で進めた。組換え ES 細胞の樹立からキメラマウスの作製まで終了した。引き続きホモ
ノックアウトマウスの作製を目指した研究が進行中であり、作製できたらマスト細胞をは
じめとする血球系の分化に関する影響を個体レベルで解析する予定である。
脱顆粒を抑制する miRNA については、LAD2 における内因性発現も高く、ヒト血球細胞に
おいて発現することが確認されている miR-24 に着目し、詳細解析を実施した。miR-24 は
in vitro における脱顆粒測定試験において LAD2 の IgE 介在性脱顆粒反応を約 5 割抑制する
ことを見出した。この抑制は IgE 介在性の脱顆粒に限っていた(図8)。
2.3.12
Buffer
10 μg/mL anti-IgE
14
12
10
8
6
4
2
0
Ctrl. RNA
Syk siRNA
b-hexosaminidase release %
b-hexosaminidase release %
公開版
Buffer
0.5 μg/mL compound 48/80
40
35
30
25
20
15
10
5
0
Ctrl. RNA Syk siRNA
miR-24
miR-24
MRGX2
siRNA
図8.miR-24 によるマスト細胞脱顆粒抑制活性
左:IgE 依存性脱顆粒、右:IgE 非依存性脱顆粒
脱顆粒抑制に関与する miR-24 の標的探索は、miGTS 等による in silico 予測と、マイク
ロアレイによる mRNA 発現プロファイル、そして標的候補遺伝子の siRNA の導入により脱顆
粒抑制が起こるか、といった複数の観点を組み合わせた絞込みにより実施した。その結果、
MAPK7(mitogen-activated protein kinase 7)、SIRPα(signal-regulatory protein alpha)
の2遺伝子を標的遺伝子として同定した。これら遺伝子の標的配列を有するレポーター遺
伝子を miR-24 が抑制するが、変異体は影響しないこと、内在性の MAPK7,
SIRPα蛋白質の
発現を miR-24 が抑制すること、これら3種の遺伝子の siRNA が脱顆粒を抑制すること等か
ら、miR-24 はこれら3種の標的遺伝子を介してマスト細胞の脱顆粒を抑制していることが
示唆された(図9)。miR-24 は MAPK7 や SIRPαなどのシグナル伝達因子の発現制御を介し
て、IgE 介在性脱顆粒反応を負に制御するという作用機序が想定される。
脱顆粒を促進する miRNA(miR-F 等)の発現・機能抑制剤(アンチセンス等)、脱顆粒を抑
制する miRNA(miR-24 等)の補充剤は、マスト細胞の脱顆粒を抑制することで抗アレルギー
薬として展開できる可能性がある。投与法の検討も含め、個体レベルでの評価が今後の課
b-hexosaminidase release %
題である。
20
Ctrl. RNA
miR-24
MAPK7 siRNA
SIRPa siRNA
Lyn siRNA
Syk siRNA
15
10
5
図9.A
miR-24 の 標 的 候 補 の
MAPK7 、 SIRP α は 、
miR-24 と同様に脱顆粒
を抑制する
0
Buffer
anti-IgE 10μg/mL
2.3.13
公開版
SIRPα
0.8
0.6
0.4
0.2
α-Tubulin
α-Tubulin
Ctrl. RNA
miR-24
1.0
miR-24
Ctrl. RNA
1.2
mRNA level
MAPK7
qRTqRT-PCR
SIRPα siRNA
miR-24
Ctrl. RNA
MAPK7 siRNA
WB
0.0
MAPK7
1.2
MAPK7 wt
MAPK7 mut
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
Ctrl. RNA
miR-24
Normalized luciferase activity
Normalized luciferase activity
Reporter analysis
SIRPa
SIRPa wt
1.2
SIRPa mut
1.0
0.8
0.6
miR-24 directly targets
MAPK7 and SIRPα, and
inhibits their expression,
respectively.
0.4
図9.B
0.2
miR-24 のヒトマスト細胞の
0.0
導入により、MAPK7、SIRP
Ctrl. RNA
miR-24
αの遺伝子発現が抑制され
る。
(5)癌細胞の増殖、細胞死に関連する miRNA の探索
最近、癌と miRNA の関係が注目されており、癌細胞での miRNA の発現変化が数多く報告
されているが、機能面からの解析はまだ少ない。我々は癌細胞の増殖・細胞死に関連する
miRNA を探索するため、miRNA ライブラリの導入による機能スクリーニングを実施した。ヒ
ト大腸癌細胞株 DLD-1 及び卵巣癌細胞株 A2780 に対して、既知ヒト miRNA を網羅する前駆
体、アンチセンス体ライブラリ(miRBase9.2, 各 471 種)を導入し、一次スクリーニング
として抗細胞活性を評価、二次評価として種々の表現型を観察した(図10)。その結果、
強い増殖抑制活性、アポトーシス誘導活性を示す miRNA を多数見出した(図11)。その中
には癌細胞増殖抑制の報告のある miR-15, miR-16, let-7 等が含まれていたのに加え、今
まで癌との関係の報告がない miRNA も多数含まれていた。ヒット miRNA 導入細胞の詳細顕
微鏡観察から、導入 miRNA により扁平化・凝集化など異なる細胞形態を示すこと、共通シ
ード配列をもつ miRNA は細胞形態が類似していること、を見出した。これらの結果に関し
ては特許出願を実施した。
2.3.14
公開版
Pre-miRNA
既存 471種
Kyowa Kirin新規
Anti-miRNA
既存 471種
Kyowa Kirin新規
リポフェクション
一次スクリーニング
ヒト癌細胞株
DLD-1 (大腸癌細胞株)
A2780 (卵巣癌細胞株)
50 nM
細胞増殖
二次スクリーニング
5, 25, 50 nM
細胞形態
細胞死
アポトーシス
(Adenylate kinase) (Caspase 3/7) 細胞増殖
(Cellular ATP)
細胞周期
(BrdU)
図10.癌細胞の増殖・細胞死を制御する miRNA のスクリーニングの方法
2.3.15
公開版
40
20
01
01
12
10
00
80
-1
80
60
-
40
-
40
20
-
B
Cell viability (% of control)
32
m
iR
-1
1
m
iR
-4
9
62
m
iR
-3
45
m
iR
-1
-1
4
m
iR
C
on
tr
3
120
100
80
60
40
20
0
ol
Cell viability
(% of control)
60
140
120
100
80
60
40
20
0
020
Number of miRNAs
A
図11.大腸癌細胞株 DLD-1 に細胞死を誘導する miRNA の探索
A,マイクロ RNA 導入(50nM)による DLD-1 細胞における生細胞活性分布
マイクロ RNA mimic ライブラリをリポフェクション導入、 3日後に生細胞活性
を測定。
B, 細胞増殖抑制マイクロ RNA の導入濃度依存性
上位の細胞増殖抑制活性を持つマイクロ RNA を選抜、生細胞活性における導入濃
度依存性を検討。 5 nM (solid bar), 25 nM (open bar) 50 nM (hatched bar)
導入、3日後に生細胞活性を測定。miR-143 と miR-145 は公知の 大腸癌抑制マ
イクロ RNA。
これらの中で特に新たに強い抗細胞活性を見出した miR-491 について、詳細解析を実施
した。miR-491 を DLD-1 細胞に導入すると、カスパーゼ 3/7 活性化を伴うアポトーシス誘導
活性を示した。また、このカスパーゼ 3/7 活性化は DLD-1 のみならず、別の大腸癌細胞株
である HCT116 や SW480 でも見られた(図12)。標的遺伝子解析を実施した結果、抗アポト
ーシス遺伝子 Bcl-XL が標的の一つであることを、ウェスタンブロッティング、RT-PCR、レ
ポーター解析により確認した(図13)。さらに、miR-491 を導入した DLD-1 細胞をヌード
マウスに移植したところ、造腫瘍性の抑制が観察された(図14)。本結果については論文
発表(Nakano, et. al., International J. Cancer, DOI: 10.1002/ijc.25143)済みである。
2.3.16
公開版
A
B
C
Control
miR-491
1000
Caspase 3/7 activity
(% of control)
Caspase 3/7 activity
(% of control)
500
400
300
200
100
0
800
600
400
200
C
on
tr
ol
m
iR
-3
62
m
iR
-4
91
m
iR
-1
32
0
HCT116
SW480
図12.miR-491 によるアポトーシス誘導活性
A, miR-362, miR-491, miR-132(25 nM)導入によるカスパーゼ 3/7 活性化(導入
2日後)
B, miR-491 (25 nM)導入による DLD-1 細胞形態(矢印:アポトーシスを起こした
細胞)スケールは 100 mm
C. 大腸癌細胞株 HCT116 、SW480 における miR-491 導入によるカスパーゼ 3/7
活性化(導入2日後測定)
2.3.17
公開版
L
1.6
1.2
0.8
0.4
0.0
L
C
on
tr
ol
m
iR
-4
91
m
iR
-1
47
si
-B
cl
-X
Co
nt
ro
l
m
iR
-4
91
m
iR
-1
47
siBc
l- X
oc
k
m
Bcl-XL mRNA expression
C
B
Relative luciferase activity (%)
D
140
Control
miR-491
120
100
80
60
40
20
0
Vector
Bcl-XL-3'UTR
図13.miR-491 による抗アポトーシス遺伝子 Bcl-XL の発現制御の検証
B, miR-491 導入による Bcl-XL タンパク質発現の抑制(ウェスタンブロッティング)
C, miR-491 導入 DLD-1 細胞における Bcl-XL mRNA 発現制御の検証(qRT-PCR )
D, Bcl-XL-3’UTR ルシフェラーゼレポーターアッセイ
pGL3-Bcl-XL-3’UTR と
miR-491 (25 nM)を DLD-1細胞に共導入後、Firefly/Renilla ルシフェラーゼ活性を測
定(導入1日後測定)
2.3.18
公開版
T u m o r s iz e (m m 3 )
900
800
700
Control
miR-491
600
500
400
∗∗
300
∗∗
200
100
∗∗
∗∗
0
0
7
10
13
16
Days after injection
図14.miR-491 による腫瘍形成の抑制
miR-491(50 nM)導入した DLD-1 細胞をヌードマウスに移植、腫瘍サイ
ズを測定(squares) ネガティブコントロール導入区 (open circles)
測定点は 12 腫瘍の平均値+SD (**
t-test; p<0.01)
同様にヌードマウスでの腫瘍増殖抑制活性を有する miRNA を他に2つ見出している。う
ち一つは、細胞周期関連遺伝子 cyclin D1 とアポトーシス抑制遺伝子 Bcl-XL の2種を共に
標的とすることを示した。このように、miRNA は複数の標的を同時に抑制することができる
という特徴をもっており、特に抗癌剤創薬への展開において有効である可能性がある。
また、機能スクリーニングにおいては、逆に癌細胞株の増殖を促進する miRNA について
も複数見出している。これらについてはアンチセンス等による抑制剤が抗癌剤につながる
可能性があり、現在検討を継続中である。
新規に見出した miRNA についても、約 400 本を合成し各種癌細胞株に対する抗細胞活性
等の評価を実施した。その中には、既存の miRNA と同程度以上の強い抗細胞活性を示すも
のも複数見出している。
また、細胞増殖・細胞死以外の指標とした癌に関与する miRNA の探索も行い、細胞周期
に影響を及ぼす miRNA を複数見出し、特許出願を行った。
以上の研究から見出した癌関連 miRNA から、個体レベルでの検討、臨床癌との関係等の
検討を実施し、抗癌剤への展開を目指した研究を継続していく。
2.3.19
公開版
2.3.1.1.1.2.まとめ
本プロジェクトを開始した時点では miRNA と疾患との関係を示す報告は極めて限定され
たものしかなかったが、この数年で状況は一変し、癌関連を筆頭に疾患に関連する miRNA
の報告は急激に増大し、創薬・診断への応用研究を目指す競争も急速に激化している。
Non-coding RNA の機能は非常に多種に渡っていると考えられるが、現在のところその作用
機構の概要が判明しているのは極めて限られており、我々が本プロジェクトで miRNA にフ
ォーカスして研究を進めたのは、少なくとも産業応用につなげるという点においては妥当
な選択であったと考えている。
2005 年の本研究の開始時点で知られていたヒトの miRNA の個数は約 200 余りに過ぎず、
我々はまだ新規のヒト miRNA を発見し知財権を確保できる可能性があると考え、間葉系幹
細胞とマスト細胞から miRNA の単離・解析を実施した。その結果、新規 miRNA 候補を多数
取得、2006 年に2件の物質特許出願を行った。現在のヒト miRNA の登録総数は約 900 まで
増えているが、数の延びも頭打ち傾向であることを考えると、少なくとも重要な機能を有
する miRNA はほぼ発見されてしまったと考えられる。我々の出願特許に含まれる miRNA の
うち 50 余りがその後データベースに登録されたことを考えても、新規の miRNA の発見競争
にぎりぎり間に合い、一定の成果を上げられたと考えている。その手法については、バイ
オインフォマティクスからの予想という手法をとらず、「モノとしてとらえる」ことにこだ
わったが、結果として種間の保存性が少ないものも含め、効率的な新規 miRNA の取得がで
きたと考える。特に次世代シークエンサーが利用可能になる前に MPSS 法を用いた大量配列
取得を行ったことは、新規 miRNA の取得という点で極めて有効であった。
疾患に関与する miRNA の選抜においては、一般的には DNA マイクロアレイ等を用いた発
現プロファイルから始める例が多いが、我々は敢えて異なる「機能スクリーニング」から
入るアプローチを採用した。結果として細胞の表現型を変化させる miRNA を効率的に見出
すことができたと考えている。機能スクリーニングを多数の miRNA について網羅的に実施
するにはハイスループットなアッセイ系の確立が重要であるが、医薬探索で培ってきたノ
ウハウを生かし、効率的な系の構築を実施できた。その結果、「間葉系幹細胞から骨芽細胞
への分化・増殖制御」「マスト細胞の脱顆粒制御」「癌細胞の増殖・分化制御(大腸癌、卵
巣癌)」「細胞周期制御」といった多数の系において活性を示す miRNA を多数見出すことに
成功し、5件の用途特許出願を実施できた。医薬応用を考えた場合には発現・機能の両方
が重要となることは言うまでもないが、特に「miRNA の補充による治療」を考えた場合には、
疾患部位での該 miRNA の発現は必須ではないので、こうした機能スクリーニングからのア
プローチの方が、有効に活性 miRNA を多数とらえることができたと考えている。
また、miRNA の機能解明には標的遺伝子の同定が極めて重要である。この分野の研究はま
だ発展途上であり決定版となる方法は確立されていないが、我々はその時点での最新のサ
イエンスと自分達で確立した miGTS 等の方法論を効率的に組み合わせ、生物学的な意義も
加味して多数の重要な miRNA の標的を同定することに成功した。また、開発した標的予測
法は大阪大学、岡山大学の注目した miRNA の標的予測にも役立たせることができた。
今後の実用化に向けての応用という観点では、癌分野が最も近いと考えている。癌細胞
2.3.20
公開版
に増殖抑制・細胞死誘導を起こすことを見出した多数の miRNA の中には、臨床癌で正常臓
器よりも発現の低下が見られるものが複数含まれている。そうした癌に該 miRNA を補充す
ることによって、癌を治療するという戦略が考えられる。図14で示したように既に腫瘍
増殖抑制活性を示す miRNA を複数見出しており、今後はこれらの miRNA についてゼノグラ
フト系等の動物モデルの全身投与で抗腫瘍活性を見出していくことが急務である。その際
に最も問題となるのは「腫瘍へのデリバリー」である。これは本プロジェクトでは全く手
をつけなかったが、核酸医薬として先行する siRNA に関してリポソームをはじめとする各
種のデリバリー技術が開発されて来ており、miRNA の場合もそれらを利用することで全身投
与で有効な抗癌剤への展開ができると期待している。
マスト細胞の脱顆粒を制御することを見出した miRNA については、免疫・アレルギー分
野の治療薬としての応用が考えられる。この分野もデリバリーは重要であるが、喘息であ
れば吸入剤、アトピー性皮膚炎であれば塗布剤としての開発も考えられ、全身投与を目指
す抗癌剤等に比べると局所投与で済むこれらの薬剤の方がハードルは低い可能性もある。
脱顆粒の促進に関与する miR-F については、抑制剤としての開発が考えられるが、これに
ついてはまもなく完成するノックアウトマウスの表現型を見て実用化の可能性を見極めて
いきたい。
新規 miRNA 候補として特許出願した 1300 種余りから約 400 種を選抜・合成して様々な機
能解析を実施中であり、幾つかの興味深い生物活性を既に見出している。上記の実用化に
向けての研究は既知の miRNA が先行しているが、新規の miRNA で創薬応用へとつなげられ
れば大きな優位性となる。そうした観点から、新規 miRNA の機能解析の研究も力を入れて
続けていきたい。新たなアッセイ系への展開も検討していきたい。
本プロジェクトにおける我々の研究全体を振り返ると、当初の目的であった「miRNA の創
薬研究への基盤を確立する」という観点において、知財権、研究方法の確立、疾患との関
係の解明、創薬標的の発見というそれぞれの点で十分な成果を上げられたと考えている。
周知の通り医薬の研究開発はステップが多く、長い時間がかかるために、「実用化」=「薬
品の上市」と考えると、まだ最初のステップをクリアしたに過ぎない。しかし、ヒトで miRNA
が発見されてまだ 10 年足らずという歴史を考えると、決してその進展は遅くはない。
miRNA の創薬応用にはまだまだ課題も数多いが、本プロジェクトの成果と他のグループで
得られた基礎的知見(薬効や副作用、あるいは投与構造等を考える上で非常に重要である)、
先行する siRNA 創薬の知見等を組み合わせて、そうした課題をクリアしていきたい。今後、
miRNA 創薬をめぐる研究開発競争はますます厳しくなると予測されるが、本プロジェクトで
得られた成果を基盤として、基礎と応用を密接に連携させて一歩一歩着実に研究開発を進
めていくことで、「日本発の miRNA 医薬品」の実現へと進めていきたいと考えている。
2.3.21
公開版
2.3.1.1.2.生命機能に寄与する機能性 RNA の個体レベルでの解析
(大阪大学)
マイクロ RNA(miRNA)は哺乳類のみならず線虫やショウジョウバエ等においても保存さ
れ、植物にも存在している。その機能は標的となるメッセンジャーRNA(mRNA)の 3’-UTR
に特異的に干渉することにより、遺伝子発現を転写後レベルで抑制すると考えられている。
これまでにいくつかの miRNA について、その標的遺伝子や機能が明らかとなっているが、
疾患と直接的に関わる miRNA については不明な点が多い。本研究の目的は miRNA を欠損し
たマウスを作製し、その表現型から miRNA が寄与する生命現象を浮き彫りにすることで、
miRNA と疾患の関わりを明らかにすることを目的とした。
2.3.1.1.2.1.精巣で発現している miRNA の同定
これまで、マウスの各臓器における miRNA の発現プロファイルは Tuschl のグループより
報告されており(Current Biology, vol. 12, 735-739)、精巣では 17 種の miRNA の発現が
確認されていた。その中から、精巣で発現しているものを選び出しノザンブロット法によ
り miRNA の発現を確認した。その結果、miR-92 と miR-143b は様々な臓器で発現しているこ
とが報告されていたが、今回調べた結果でも脾臓、肝臓、脳、精巣で発現を確認すること
ができ、全身性に発現していることがわかった。一方で、miR-200b は腎臓や肺などでも発
現が見られたが、精巣においては減数分裂が開始される 2 週令の精巣で発現が最も高く精
巣の成熟にともなって発現が低くなる興味深い発現を示すことがわかった。miR-200b のゲ
ノム情報を調べてみた結果、miR-200b は miR-200a と近接しており、クラスターを形成して
いることが予想された。これらの結果をもとに、精巣で発現していることが確認された
miR-200b を標的としてノックアウトマウスの作製を試みることとした。
2.3.1.1.2.2.miR-200b のターゲティングベクターと相同組換え ES 細胞の作製
miR-200b の前駆体(70 塩基)をネオマイシン耐性遺伝子と置き換えたターゲティングベ
クター(図 1 a)を作製し、ES 細胞にエレクトロポレーション法を用い組換え ES 細胞の作
製を試みた。また、本ターゲティングベクターを作製する際に multi-Gateway のシステム
を利用して新規の構築法を確立した(図 2)。Short-arm の組換えを PCR でスクリーニング
し、432 クローンの中から 4 つの組換え ES 細胞を得た。Long-arm 側の組換えは VspI と XhoI
で消化した ES 細胞のゲノム DNA を long-arm の外側のプローブを用いサザンハイブリダイ
ゼーションすることにより検討し、すべてのクローンで正しい組換えが起こっていること
を確認した(図 1 b)。これら組換え ES 細胞のカリオタイプを調べ、正常な核型を示す#6f,
#39 クローンを C57BL/6 マウスのブラストシストにインジェクションしキメラマウスを得た。
2.3.22
公開版
図1.ターゲティングストラテジーとノックアウトマウスの樹立
a)
ターゲティングストラテジー
b)
組み換え ES 細胞のサザンブロット解析
c) 組み換え ES 細胞の PCR 解析
d)
ノックアウトマウスのノザンブロット解析
2.3.23
公開版
図2.Gateway を用いた gene targeting vector construction system
2.3.1.1.2.3.miR-200b ノックアウトマウスの樹立
ブラストシストインジェクションにより得られた 2 系統のキメラマウスを C57BL/6 マウ
スと交配させヘテロ欠損マウスを得た。次に、miR-200b 領域に挿入されたネオマイシン耐
性遺伝子による影響を取り除くことを目的として、ヘテロ欠損マウスの雄を全身で Cre を
発現するトランスジェニックマウスの雌と交配させ、ネオマイシン耐性遺伝子が取り除か
れ miR-200b が loxP サイトと置き換わったアレルをもつヘテロ欠損マウスを得た。これら
のマウスを交配させ、ホモ欠損マウスを得ることに成功した。各マウスの遺伝子型は PCR
法により検定し、ノザンブロッティングによりホモ欠損マウスでは miR-200b が欠損してい
ることを確認した(図 1 c, d)。ホモ欠損マウスは見た目の異常は無く、健康であった。ま
た、F1 と C57BL/6 へ戻し交配で得られた F3 のヘテロマウスの雌雄を交配して得られた産子
2.3.24
公開版
の遺伝子型はメンデルの法則にしたがって得られており、miR-200b 欠損マウスは発生過程
ににおいても異常がないことがわかった(表 1)。
表1.ヘテロマウスの交配で得られたマウスおける遺伝子型
total
(+/+)
(+/-)
(-/-)
n
F1
56
21
27
8
13
F3
108
20
55
33
18
Total
164
41 (25.0%)
82 (50.0%)
41 (25.0%)
31
F1
43
16
20
7
6
F3
28
5
16
7
4
Total
71
21 (29.6%)
36 (50.7%)
14 (19.7%)
10
235
62 (26.4%)
55 (23.4%)
41
#39
#6f
Total
118
(50.2%)
n は母親マウスの数を示す。
2.3.1.1.2.4.miR-429 の発見と変異による欠損
本研究の開始時にはおよそ 100 の miRNA 遺伝子が見つかっていたが、その後の研究によ
りマウスでは 500 前後の miRNA が見つかっている。miR-200b の近傍には miR-200a が存在し、
クラスターを形成していることがわかっていたが、新たに miR-429 もその近傍に存在し、
miR-200b, miR-200a とクラスターを形成していることが明らかになった(図 3)。これら 3
つの miRNA は配列が類似しており、miR-200b と miR-429 は共通のシード配列をもっている
ことから、共通の遺伝子を標的としている可能性が高い。
本研究で使用したターゲティングベクターに miR-429 も含まれていたことから、ノック
アウトマウスにおける発現を miR-200a と共にノザンブロット解析で調べたところ、
miR-200a は野生型マウスと同様に発現していたが、ノックアウトマウスでは miR-200b と同
様に miR-429 の発現も無くなっていることがわかった(図 4)。その原因を調べたところ、
miR-429 の一部にミューテーションが入っており、それが原因で miR-429 が発現しなくなる
ことが明らかになった。本研究では miR-200b のみを欠損させたマウスを用いて研究を遂行
することを目的としていたが、同じシード配列をもつ miR-429 も同時に欠損していたため
両方の miRNA が欠損したノックアウトマウス(DKO マウス)を以後の実験に用いた。 また、
研究の本筋とは離れてしまうが、偶然に挿入された miRNA 中のミューテーションが成熟型
miRNA の発現を無くすことがわかり、1つの点変異が miRNA の欠損につながる可能性を明ら
かにした。
2.3.25
公開版
図3.miR-200b~200a~429 クラスター
(UCSC ブラウザー)
図4.DKO マウスにおける
miR-200b~200a~429 クラス
ターのノザンブロット解析
2.3.1.1.2.5.表現型の解析(雌性不妊)
miR-200b は精巣で発現していることから雄性不妊や精子形成異常などの表現型を期待し
たが、コントロール群と同様な妊孕性を示し、特に異常は観察されなかった。また、腎臓
や肺においても強く発現しているためこれらの組織切片を作製し観察したが、異常はみと
められず野生型と変わらず健康であった。
しかしながら、DKO マウスの雄からは野生型マウスと同等の産子が得られたのに対し、雌
の DKO マウスからは、たまにしか産子が得られないことがわかった。そこで、産子が得ら
れない原因を調べるために膣栓を指標として交尾行動を調べたところ、野生型にくらべて
DKO マウスは 3 倍以上の頻度で交尾していることがわかった。しかしながら、妊娠成立率は
10%以下となり、交尾をするにもかかわらず不妊の表現型を示すことがわかった。不妊の
原因を調べるために、交尾後の輸卵管から卵子を採取することを試みたが、野生型の場合
2.3.26
公開版
10 個前後の排卵された卵子を採取することができたが、DKO の場合は排卵を示す輸卵管膨
大部の膨張が見られず排卵されていないことがわかった。また、卵巣切片を作製し観察す
ると、排卵後に見られる黄体が形成されておらず、卵巣の形態からも排卵不全となってい
ることがわかった(図 5)。これらのことから、DKO マウスは排卵不全による雌性不妊の表
現型を示すことを明らかにした。
図5.交尾後の卵巣切片
*は黄体を示す
2.3.1.1.2.6.表現型の解析(卵巣機能解析)
排卵は視床下部-下垂体-卵巣が密に相互作用することにより、マウスの場合は 4~5 日に
1 回の割合で排卵する。DKO マウスで見られた排卵不全による不妊の表現型を詳細に解析す
るために、下垂体前葉から分泌される卵胞成熟ホルモンと排卵ホルモンによる過排卵実験
を行った。その結果、野生型マウスと同様に DKO マウスにおいても 30 個前後の排卵が起こ
ることがわかった。 以上の結果から、DKO マウスの卵巣は卵胞成熟ホルモンと排卵ホルモ
ンに対し正常に反応し排卵を誘発することから、排卵不全の表現型は卵巣の異常ではなく、
下垂体前葉あるいは視床下部の機能に異常がある可能性が示唆された。
さらに不妊の原因組織を明らかにするために、下垂体と視床下部における miR-200b およ
び miR-429 の発現をノザンブロットにより解析したところ、視床下部では全く発現してい
なかったが、下垂体において非常に強く発現していることがわかった。このことから、不
妊の原因組織は下垂体であり、下垂体の機能維持に miR-200b と miR-429 が関与しているこ
とが示唆された。
2.3.1.1.2.7.表現型の解析(下垂体機能解析)
下垂体での表現型を詳細に解析するために、野生型マウスと DKO マウスから下垂体を摘
出しその形態を観察したが、大きさや形態は変わらなかった(図 6)。さらに詳細に解析す
るためにパラフィン切片を作製し排卵ホルモンである Lh-b 抗体染色すると、Lh-b 陽性細胞
が減少していることがわかった。さらに、リアルタイム PCR で発現をみると、Lh-b と共に
卵胞成熟ホルモンである Fsh-b の発現が減少しており、miR-200b と miR-429 は下垂体前葉
2.3.27
公開版
の排卵をつかさどるゴナドトロフ細胞において、Lh-b および Fsh-b の発現を制御している
ことが考えられた。
図6.DKO マウス下垂体
2.3.1.1.2.8.miRNA 標的遺伝子の検索
これまでの解析により、miR-200b と miR-429 は下垂体前葉で排卵ホルモンを制御してい
ることが考えられたが、これらの排卵ホルモンには共通のシード配列をもつ miR-200b と
miR-429 の標的配列は無く直接の標的とは考えにくい。そこで、同じシード配列をもつ
miR-200b と miR-429 が標的としうる可能性のある遺伝子について協和発酵グループが作成
した標的予測プログラムを用いて配列解析を行った。その結果、このプログラムでは 1000
以上の遺伝子が候補として挙げられた。これら多数の標的候補の中でどれが有力な標的候
補遺伝子となるのかに関して、すべてを検討することは不可能である。そこで、標的候補
遺伝子を絞り込むために、マウスとヒトで共通に認められる遺伝子の中から標的配列を 2
ヶ所以上含む転写関連因子 10 個を絞り込んだ。これらの標的候補遺伝子について DsRed2
蛍光遺伝子をレポーターとしたベクターを作製し miRNA 発現ベクターとともに培養細胞に
導入することで、miRNA の標的遺伝子となりえるかどうかについて検討した。図 7 に示すよ
うに任意の miRNA により制御される遺伝子について DsRed2 の蛍光の減弱によって判定し、
10 個中 8 個の遺伝子が miR-200b により抑制されることがわかった。その中でも、抑制型の
転写因子である Zfhx ファミリー遺伝子が強く抑制されることを明らかにした。
2.3.28
公開版
図7.miRNA 標的候補遺伝子のレポーターアッセイ
2.3.1.1.2.9.個体レベルでの標的遺伝子の解析
これまでに培養細胞を用いた系で見出した標的遺伝子について、DKO マウスの組織を用い
て、ウエスタンブロットを行うことで実際に表現型に寄与している可能性のある標的遺伝
子の絞り込みを行った。サンプルとする組織は、miR-200b と miR-429 が発現し表現型が観
察された下垂体と miR-200b と miR-429 が発現していない視床下部をコントロールとして用
いた。その結果、DKO でタンパク質量が増加している遺伝子として Zfhx ファミリー遺伝子
を1つ見出した。他の研究から、この遺伝子が Lh-b の発現を制御していることが示唆され
ており、表現型に関連した標的遺伝子であることが示唆された。これらの結果から、シー
ド配列を出発点として多くの標的候補遺伝子があげられるが、真に生命現象を調節してい
る遺伝子は少数しかない可能性が考えられた。
2.3.1.1.2.10.まとめ
miRNA ノックアウトマウスを作製し、表現型から miRNA が寄与する生命現象を浮き彫りに
することに成功した。その表現型は雌性不妊であり、miRNA の異常が疾患に関わっている可
能性を示すことができ、miRNA およびその標的遺伝子は新たな疾患治療のターゲットになり
える可能性が高いことが考えられた。また、miRNA ノックアウトマウスを疾患モデルマウス
として用いることで、miRNA や siRNA などの低分子 RNA を利用した治療法を開発するための
有用なツールとして創薬産業の発展に貢献するものだと考えられる。
2.3.29
公開版
2.3.1.1.3.腫瘍組織で高発現している miRNA の解析
(岡山大学
)
最近の研究において、miRNA の発現変動には発癌やアポトーシスと密接な関連があること
も報告されており、疾患との関係も注目されている。我々は癌の発症機構に関与する miRNA
の同定とその機能解析を目的に研究を行った。肺癌において、我々は正常組織より腫瘍組
織で高発現している miR-183 を同定した。しかし in silico 標的予測解析で 1000 以上の遺
伝子が候補としてあげられたため、miRNA の真の標的遺伝子を同定するためには新しいアプ
ローチが必要と考え、ここでは二つの方法を提案した。一つは、ビオチン標識した miRNA
を用いて行う in vitro pull-down 法であり、標識 miRNA と物理的に結合する標的遺伝子を
同定する方法(IVPD 法)であり、る。もう一つは、miRNA もしくは anti-miRNA-LNA を細胞
に導入し比較対象細胞株を作成し、その変動蛋白質をプロテオミクス解析して標的遺伝子
を同定する方法である。今回、これらの方法で miRNA の真の標的遺伝子を同定することに
成功した。
2.3.1.1.3.1.マイクロアレイによるプロファイリング
我々は癌と microRNA(miRNA)との関連を見出すため、臨床検体(頭頸部腫瘍 4 例、肺癌 5
例、骨軟部腫瘍 2 例)の癌部(T)と隣接非癌部(N)における miRNA の発現量の比較をマイク
ロアレイを用いて検討した。頭頸部腫瘍では、4 例中 1 例ついてはどの miRNA も発現差のな
い結果であったため、3 例間の比較となった(図 1)。
2.3.30
公開版
頭頸部腫瘍 3/3 例で let-7g・miR196b、2/3 例で miR-147・miR-19a・miR-148b・miR-186、
miR141・miR-299-5p が癌部(T)で正常部(N)に比べて 1.5 倍以上の数値を示した。肺癌部で
は 4/5 例で let-7g・miR-147、2/5 例で miR-148b・miR-141 が、滑膜肉腫では miR-147 が 2/2
例で高発現していた。癌種は異なるが、miR-147 (8/10 例)、let-7g (7/10 例)と共通して
癌部での発現が高いことが分かった。しかし、どの癌部(T)においても発現が低下する miRNA
で共通するものは見られなかった。
これらマイクロアレイの結果を検証するため、同一検体 RNA を用いて 157 種の miRNA の
TaqMan 定量 RT-PCR を行ったところ、変動 miRNA の一部で一致するものもあったが、マイク
ロアレイと同様の結果を得ることが出来なかった。これはアレイのプローブ標識に用いる
低分子 RNA の純度に左右されると考えられる。図 2A のように高分子 RNA の分解により、低
分子域に蓄積されると標識プローブとしては使えなくなる。これとは対照的に 18S、28S の
ピークが確認され、RNA の分解が見られない、もしくは少ないものは標識プローブとして有
利である(図 2B)。臨床検体の場合、血行遮断から摘出、そして摘出後の室温放置時間など
RNA 分解の要因となる問題を解決する必要があった。
2.3.1.1.3.2.TaqMan 定量 RT-PCR によるプロファイリ
ング
成熟 miRNA の検出とコスト的には多検体の比較が可能なことか
ら、TaqMan 定量 RT-PCR を用いて miRNA のプロファイリングを行
った。癌種は肺癌と shwannoma について検討した。
肺癌において、13 例全てに共通して増減している miRNA は確認さ
れなかったが、miR-183 は 10 例の癌部(T)で発現の増加が確認さ
れた(表 1)。 軟部腫瘍においては各患者の正常組織が入手困難
であったため癌部 18 例と正常部 1 例との比較であるが、17 例の
癌部(T)で共通に高発現するものと、18 例に共通して発現が低下
しているものが確認された。
2.3.31
公開版
2.3.1.1.3.3. miR-183 の標的遺伝子の探索
今回の肺癌のプロファイリングにより、13 例中 10 例(77%)の癌部(T)で発現が増加して
いた miR-183 に関して標的遺伝子の探索を試みた。協和発酵キリンの開発した標的遺伝子
予測ソフト miGTS (miRNA Global Target Search)の結果(1495 候補)から、標的遺伝子候
補として AMID (apoptosis-inducing factor (AIF)-like mitochondrion-associated inducer
of death)、CTNNA2 (Catenin α-2)、POLR2D (Polymarase II RNA Subunit D)、DAP
(Death-Associated Protein)を選び、その標的配列(23bp)をもちいて luciferase 解析を
行ったところ、miR-183 による発現抑制が確認された。しかし 3’UTR 全長を用いた
luciferase 解析では、その抑制効果は見られなかった。
我々は、細胞増殖、アポトーシス、癌抑制遺伝子というキーワードと seed 配列の 7 塩基
が完全一致し非 seed 配列内で 5 塩基以上が一致する条件で標的遺伝子予測ソフト miGTS の
結果から、新たに 23 個の遺伝子候補(候補 A-W)を選択し、その標的配列(23bp)を用い
て luciferase 解析を行った。コントロールと比較して、miR-183 は C(1)、D、J、M、Q、S
を除く候補遺伝子において luciferase 活性の抑制することができた(図 3A)。また、これ
ら抑制効果のみられた候補遺伝子に対して、anti-miR-183 LNA を加えて miR-183 をノック
ダウンすると、大半の候補遺伝子で luciferase 活性が復活することも分かった(図 3B)。
真の標的遺伝子を同定するためには、miRNA と物理的に結合
した mRNA を捕まえなくてはならないと考えたため、FLAG 等の
タグを付けた AGO1、AGO2 発現ベクターを用いた pull down 法
(図 4)と IVPD 法を試行した。数回の試行後、AGO1 もしくは
AGO2 による pull down 法は、特定の miRNA に特異的な標的遺
伝子を同定することは困難であったため断念した。センス鎖
の 3’をビオチン化した IVPD 法を行うにあたり、標識ビオチ
ン化二本鎖 miRNA が細胞内で成熟 miRNA になることと、miRNA
を取り込んだ RISC 複合体と標的遺伝子の結合に最適な緩衝液
条件を予備実験で確認した。
ビオチン化 IVPD 法により得られた mRNA に候補遺伝子 A-W
2.3.32
公開版
が含まれるかを確認するため、それぞれ遺伝子
の特異的プライマーを用いて RT-PCR を行った。
候補遺伝子 A-W を標的としていない let-7b を比
較対象とした。また miR-183 の標的遺伝子とし
て報告された Ezrin (W)をポジティブコントロー
ルとした。
RT-PCR の結果、候補遺伝子 E はポジティブコ
ントロールの W と同程度のバンド強度を示し、
次いで A、F、N、P、O でバンドが検出された。
比較対象とした Let-7b ではいずれのバンドも検出されなかった(図 5)。
候補遺伝子 E、F、P、O について、miR-183 による転写後の抑制がなされているかを確か
めるために western blot を行った。miR-183 を過剰発現させるために、pri-miR-183 を組
み込んだ pSilencer ベクターを 293FT に導入した。ネガ
ティブコントロールと miR-1 を比較対象として用いた。
候補遺伝子 E は miR-183 により顕著に発現を抑制され
ていることが分かった。また miR-183 の候補遺伝子 F に
対する抑制レベルは、比較対象をほとんど変わらないも
のであった(図 6)。候補遺伝子 P、O は非特異バンドが多
かったため、今回は解析を見送った。
以上の結果より、候補遺伝子 E は miR-183 の真の標的遺伝子の一つであることが示唆さ
れた。この標的遺伝子 E はセリン-スレオニンホスファターゼのサブユニットであり、DNA
修復や癌抑制に関与していることが報告されている。
また、ビオチン化 IVPD 法は、in silico 標的予測システムやマイクロアレイと組み合わ
せることにより、miRNA の標的遺伝子の同定を容易にすることが示された。
2.3.1.1.3.4.
標的遺伝子 E の発現抑制による細胞の影響
標的遺伝子 E が DNA 修復の関与することから、カンプトテシン(CPT)により DNA 損傷を
誘導し、標的遺伝子 E の有無による細胞への影響を調べた。miR-183 低発現の Lu99c 肺癌細
胞株に miR-183 発現ベクターを導入後、CPT(終濃度 0-1000 nM)を添加し、24 時間後に細
胞数を測定した。miR-183 により標的遺伝子 E の発現を抑制することにより、アポトーシス
が促進され細胞数の減少がみられ、DNA 修復の阻害だけではなく、CPT に対する感受性も高
くなることか示された(図 7)。
また、標的遺伝子 E が癌抑制にも関与することから、miR-183 高発現の Lu65a 肺癌細胞
株に標的遺伝子 E 発現ベクターを導入し過剰発現させ、生存細胞数を測定した。標的遺伝
子 E を強制発現させた細胞では、日毎に細胞数が減少していることが分かった(図 8)。
2.3.33
公開版
これらの結果は、肺癌における miR-183 の過剰発現が標的遺伝子 E の発現を翻訳レベルで
阻害し、DNA 安定性および癌抑制機能の欠如を引き起こすことにより発癌に関与することを
示唆した。
2.3.1.1.3.5. 発現変化の見られた miRNA と Host 遺伝子との関係
マイクロアレイ実験において癌部で発現亢進/低下していた miRNA が host 遺伝子の発現
変化によるか確認するため、host 遺伝子の発現を定量 PCR で検討した。試料はマイクロア
レイに供した RNA(滑膜肉腫1,舌癌2,肺癌5例)を用いた。結果は miRNA と host 遺伝子
の発現量の増減に相関は見られず、miRNA の発現変化は単独で起きていることが示唆された。
2.3.1.1.3.6. 5-Aza Cytidine 処理により発現増加する miRNA
癌細胞において promoter のメチル化により転写抑制された miRNA は癌抑制系に関与する
と考えられるため、8 種細胞株(U937, MUTZ-1,
HCT116, MKN45, A549, YaFuss, SYO1, HTB93)
を 5-AzaC 処理し発現が増加(回復)する miRNA
をマイクロアレイで調べ、以下の 6 種の miRNA
を見出した Let-7g(6/8), miR-10a(6/8)、
miR-520h(5/8)、 miR-372(4/8)、 miR-147(4/8)、
miR-150(3/8)。滑膜肉腫 3 種のみで比較すると、
miR-141、 miR-10b、 miR-196b、 miR-19a、let-7g
は共通に発現が増加していた。miR-10a につい
ては単独 promoter の解析を進めており、
luciferase assay により 10 倍以上の promoter
活性を示す領域を同定した(図 9)。Bisulfite-sequencing 法を用いてメチル化解析を行っ
たが、そのプロモーター領域には 5-AzaC 処理の有無で変動する CpG アイランドのメチル化
は検出されなかった。
2.3.34
公開版
2.3.1.1.3.7. Tet 誘導型 miRNA 発現細胞株を用いた解析
多くのがん細胞で過剰発現している miRNA cluster の標的蛋白の同定と発癌機構の解明、
がんの分子標的治療薬法の開発を目指し,miR17-92 cluster を EGFP の 3’untranslated
region (UTR)に導入し、HEK293/Tet 誘導細胞株を樹立した(図 10)。Doxcyclin の作用群と
非作用群からタンパク質を抽出し、2 次元電気泳動により蛋白解析を行った。蛍光染色した
ゲルイメージ像について、画像解析ソフトを用いて約 2000 スポット蛋白の検出及び定量比
較を行い、両群間のタンパク発現量の差を比
較解析した。発現量の有意な上昇が認められ
た 67 個のスポットを切り出し、液体クロマト
グラフィー質量分析計(アジレント社ナノフ
ローLC/MS/MS システム)を用いて同定した。
この中から miRNA の真の標的タンパク質を同
定する為に、同定されたタンパク質に対応す
る遺伝子 mRNA の 3'UTR について miRNA 標的配
列の確認を行い、標的遺伝子 1 種(CD2AP 遺伝
子)を絞り込んだ。この miRNA 標的配列を
Luciferase レポーター遺伝子の 3'UTR に導入
し Luciferase レポーター解析を実施した。そ
の結果、標的遺伝子候補の miRNA 標的配列を
3'UTR に導入すると、逆鎖を導入したコントロ
ールに比し Luciferase 活性が減少する遺伝子
を選別した。さらに、miRNA の antisense LNA
の導入により、Luciferase レポーター活性の
上昇が確認できた。しかし、miRNA アンチセン
ス鎖(LNA)存在下のウエスタンブロット法で
は蛋白の変動が観察されなかった。
2.3.1.1.3.8.
miRNA 高発現細胞株を用いた標的蛋白の解析
31 種類の癌培養細胞に対して TaqMan Real-time PCR を行い、miR17-92 cluster の高発
現株を 4 種類(小細胞肺癌細胞 SBC3、乳がん細胞 MCF7、び漫性 large lymphoma 細胞 DHL4、
急性 T 細胞白血病細胞 Jurkat)を選定した(図 11)。これらの培養細胞に対し蛍光標識オ
リゴヌクレオチドを用いて導入効率を検討し、導入効率の高かった細胞株 SBC3、MCF7に
ついてさらなる検討を進めた。これらの培養細胞2種に対し anti-miRNA LNA を導入後、
miRNA cluster の発現が抑制されることを確認した。anti-miRNA LNA の作用群と非作用群
からタンパク質を抽出し、2 次元電気泳動により蛋白解析を行った(図 12)。
2.3.35
公開版
2.3.36
公開版
蛍光染色したゲルイメージ像について、画像解析ソフトを用いて約 2000 スポット蛋白の検
出及び定量比較を行い、両群間のタンパク発現量の差を比較解析した(図 13)。発現量の有
意な上昇が認められた 135 個のスポットを切り出し、液体クロマトグラフィー質量分析計
(アジレント社ナノフローLC/MS/MS システム)を用いて同定した。この中から miRNA の真
の標的タンパク質を同定する為に、同定されたタンパク質に対応する遺伝子 mRNA の 3'UTR
について miRNA 標的配列の確認を行い(図 14)、標的遺伝子 14 種を絞り込んだ。これらの
miRNA 標的配列を Luciferase レポーター遺伝子の 3'UTR に導入し Luciferase レポーター解
析を実施した。標的遺伝子候補の miRNA 標的配列を 3'UTR に導入すると逆鎖を導入したコ
ントロールに比し Luciferase 活性が減少する遺伝子を候補として選別した(図 15A)。これ
らのうち、miRNA の antisense LNA の導入により、Luciferase レポーター活性が復活する
遺伝子を miRNA の標的遺伝子候補として 9 種同定した(図 15B)。各蛋白に対する抗体を用
いてウエスタンブロット法を行ったところ、miRNA アンチセンス鎖(LNA)存在下で蛋白変動
を示す標的蛋白を 3 種、miR17-92 の標的蛋白として確認した(図 15C)。2種については抗
体が市販されていないので判定不能であった。
2.3.37
公開版
2.3.38
公開版
2.3.1.1.3.9.蛋白アレイ解析による miRNA 標的候補遺伝子の蛋白解析
miR17-92 cluster の高発現株である小細胞肺癌細胞 SBC3 を、miR17-92 の antisense LNA
の存在下、非存在下で培養し、72時間後に蛋白を回収した。蛋白アレイ解析(Panorama Ab
Microarray、Filgen)を用いて、miR17-92 の標的蛋白を選別した。その中でも 2 遺伝子に
絞り、標的 mRNA3’UTR 結合配列を持つ Luciferase ベクターを作成し解析を行った。1遺
伝子は、標的遺伝子候補の miRNA 標的配列を 3'UTR に導入すると、逆鎖を導入したコント
ロールに比し Luciferase 活性が減少し、さらに、miRNA の antisense LNA の導入により、
Luciferase レポーター活性が復活した。本遺伝子蛋白に対する抗体を用いてウエスタンブ
ロット法を行ったところ、miRNA アンチセンス鎖(LNA)存在下で蛋白変動を示すことより、
確かに本遺伝子は miR17-92 の標的遺伝子であることが確認できた。一方、残りの SMARCA2
遺伝子は miR17-92 の antisense LNA に影響を受けなかった。
2.3.1.1.3.10.アルゴリズム解析による miRNA 標的候補遺伝子の蛋白解析
種々の miRNA 標的予測プログラムを用いて、miR17-92 の標的 mRNA3’UTR 結合配列を選別
した。その中でも 2 遺伝子に絞り、標的 mRNA3’UTR 結合配列を持つ Luciferase ベクター
を作成し解析を行った。2 遺伝子とも、標的遺伝子候補の miRNA 標的配列を 3'UTR に導入す
ると、逆鎖を導入したコントロールに比し Luciferase 活性が減少した。さらに、miRNA の
antisense LNA の導入により、Luciferase レポーター活性が復活した。これらの蛋白に対
する抗体を用いてウエスタンブロット法を行ったところ、miRNA アンチセンス鎖(LNA)存在
下で蛋白変動を示すことより、確かに本遺伝子は miR17-92 の標的遺伝子であることが確認
できた。
2.3.1.1.3.11.まとめと今後の展望
癌に関連する機能性 RNA の同定とその機能を解析することを目的に、我々は臨床検体を
用いて研究を進めてきた。臨床検体の利用は、病変部での異常な miRNA を同定できるとい
う利点がある。しかし RNA 分解を最小限に抑えるため、臨床サイドの協力を得て病変部摘
出後すぐに凍結または RNA 抽出を行う必要があった。miRNA 発現プロファイリングの結果、
我々は肺癌において発現が高くなっている miR-183 に注目し、その標的遺伝子を探索する
ことにした。In silico 標的予測システム、luciferase 解析および我々が開発したビオチ
ン化 IVPD 法を活用し、miR-183 の真の標的遺伝子を同定することができた。また miRNA に
より発現の変動した蛋白をプロテオーム解析することにより、miRNA cluster の標的遺伝子
を同定することができた。
miRNA とその標的遺伝子が 1 対 1 ではないということは、これまでに報告されている研究
からも明らかである。miRNA が一つもしくは複数の標的遺伝子をどのように認識するのか、
その機構はほとんど解明されてない。分子標的治療において miRNA による発現制御機構を
対象とするならば、今後はその標的認識機構を解明しなければならないと考える。
2.3.39
公開版
2.3.1.2.機能性RNA解析に基づくゲノム医学研究
分室11(東レ)
共同実施先: 京都大学(1;辻本)、京都大学(2;山中)、千葉大学(関)
2.3.1.2.1.機能性RNA検出用マイクロアレイ技術の確立
(東レ)
哺乳類を含む高等生物の細胞中には、従来のタンパク質をコードするRNAとは異なり、タ
ンパク質をコードしていないにもかかわらず転写されるnon-coding RNA(ncRNA:非コードR
NA)が多数存在する。これらは、機能性RNAとして発生や細胞分化の過程のみならず、疾
患の発生において重要な役割を果たしている。
そこで、既知の機能性RNAや本プロジェクトにて予測、或いは単離された機能性RNAを高感
度、かつ網羅的な解析が可能なシステムを開発することを目的に機能性RNA検知システムの
確立を目指した。本プロジェクトでは3D-Gene基板特性に加え、「プローブ配列の最適化」
「RNA調製・標識化プロトコルの最適化」により大幅なS/N比の向上を達成し、当初目標通り
機能性RNAを高感度、かつ網羅的に解析できるマイクロアレイ技術を確立した。
2.3.1.2.1.1.機能性 RNA 検出用マイクロアレイ技術の確立
発生や分化などの生命現象で重要な機能を持つ機能性 RNA は発現が極微量であることが
知られており、各段階における発現量や発現変動を精確に捉えるためには高感度なバイオ
ツール開発が不可欠である。本プロジェクトでは、機能性 RNA を高感度、定量的、かつ網
羅的に解析できるマイクロアレイ技術を確立することを目的に、高感度マイクロアレイ基
板 3D-Gene をプラットフォームとし、
(1)プローブ配列の最適化、
(2)RNA 調製・標識化
プロトコルの最適化、(3)他手法との比較実証を実施した。
(1)プローブ配列の最適化
本プロジェクトにおいて予測された機能性 RNA の高感度かつ定量的検出に特化したマイ
クロアレイを作製することを目的に、既知 miRNA をモデルに選定して検出用プローブを設
計・合成し、繰り返し数、リンカー配列の長さ、核酸の種類等について検討した。
最初に HeLa 細胞で発現様式の異なる 12 種類の miRNA を選別し、繰り返し数やリンカー
配列の長さなどを変化させて 5 種類のプローブ配列を設計した後、合計 60 種のオリゴを合
成して DNA チップを作製した。次いで HeLa 細胞由来 RNA から 200 塩基以下のRNAを調製・
標識した後、DNA チップと反応させてシグナル感度とプローブ構造との相関を評価した結果、
高感度プローブの設計指針を以下のように決定した(図 1)。
・繰り返し回数:2 回
・リンカー配列:5’末端に(T)5
・核酸の種類:デオキシリボ核酸
2.3.40
公開版
14000
Repeat 1
Repeat 2
Repeat 3
Inte n sity (- BG)
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
miR_31
miR_23b
let_7b
miR_320
miR_324_3p
High
let_7d
miR_130b
Middle
miR_125b
miR_106b
miR_25
miR_200c
miR_17_3p
Low
図1.作製したプローブの構造とシグナル強度との相関(シグナル分布毎の比較)
(2)miRNA 調製・標識化プロトコルの最適化
3D-Gene 基板に最適な RNA 検出用プロトコルを確立することを目的に、各種 RNA 調製・標
識化キットの性能を評価した(下記)。その結果、下記○印に示す RNA 調製キットで 200 塩
基以下の RNA を精製して標識化キットで標識、さらに精製用カラムを適正化することでノ
イズの大幅な低減を達成した。すなわち、既存システムではノイズとなるような極低発現
の機能性 RNA を検出でき、かつ約 4 桁の検出ダイナミックレンジをもつプロトコルを確立
した。
RNA 調製
mirVana™ miRNA Isolation Kit
flashPAGE™ Fractionator
PureLink miRNA Isolation Kit(○)
RNA 標識
mirVana™ miRNA Labeling Kit (○)
Ncode™miRNA Labeling system
標識色素
Alexa647, 555
Cy5, Cy3 (○)
(3)他手法との比較実証
3D-Gene 基板を用いたシステムの性能を評価することを目的に、既知 miRNA の検出をモデ
ルに市販のマイクロアレイシステム、および TaqMan システムと感度、および精度を比較し
た。同一の RNA サンプルを用いて B 社、N 社アレイシステムと比較した結果、有効スポット
数から検出感度として 10 倍高感度であることが推察された(図2)。同様に同一の RNA サ
ンプルを用いて TaqMan システムと精度を比較した結果、コピー数の相対倍量は TaqMan と
高い相関があることが判明した。さらに検出困難な分化・脱分化誘導に関わる miRNA 候補
の絞り込みに成功する等、機能性 RNA の高感度かつ定量的検出に特化したマイクロアレイ
2.3.41
公開版
技術を確立した。
図2.市販システムとの画像比較
2.3.1.2.1.2.まとめ
当初の目標のうち、
「プローブ配列の最適化」
「RNA 調製・標識化プロトコルの最適化」に
ついて、プローブデザインのコンセプトを確立し、一方で精製カラムの適正化等によりノ
イズ低減による S/N 比の向上を可能とし、目標通り機能性RNAを高感度、かつ網羅的に
解析できるマイクロアレイ技術を確立することに成功し、計画通りの成果となった。
また「他手法との比較実証」において既知 miRNA の検出を FS として行い、目標性能を上
回る技術であることが確認でき、実用レベルにあることを示すとともに、検知困難な分化・
脱分化誘導に重要な miRNA 候補の絞り込みを可能とした。以上、当初設定した目標に対す
る達成レベルから、総じて計画通りの成果であったと判断できる。
今後、本プロジェクトで構築した機能性 RNA データベースを活用してプローブを選択・設
計することで機能性 RNA 検出用マイクロアレイの開発も可能となり、発現情報などのウェ
ット情報を適宜入力更新することでデータベースの充実化のみならず、マイクロアレイ解
析による新規機能性RNAの探索が可能となる。
さらに研究成果として、癌抑制のターゲットとなる機能性 RNA、癌診断マーカーとなる機
能性 RNA、これらを標的とする核酸医薬品による難治性癌治療への応用をはじめ、細胞の分
化・脱分化誘導に重要な機能性 RNA やそれらをターゲットとする新規な再生医療技術、核
酸医薬品などの再生医療への展開につながると期待できる。
2.3.42
公開版
2.3.1.2.2.microRNA 標的遺伝子予測システムの開発/長鎖合成 RNA オリゴを用い
た基盤研究
京都大学(辻本グループ)
辻本グループでは研究期間前半では、機能性 RNA の中でも microRNA に特化して研究開発
を行って来た。解析の為のプラットフォームならびにツール開発として、東レグループと
の高感度 microRNA マイクロアレイの開発を目指した基盤研究、microRNA 標的遺伝子予測シ
ステムの開発を行った。また microRNA の機能探索の為に、細胞分化に関与する microRNA
の探索ならびに解析を進めた。後半では核酸医薬品の開発を見据えた長鎖 RNA オリゴ(プ
ロジェクト内の日本新薬による提供)を用いた核酸医薬に向けた基盤研究を進めた。
2.3.1.2.2.1.microRNA 標的遺伝子予測システムの開発
microRNA の機能解析の為には標的遺伝子の効率的な同定が必要である。microRNA は翻訳
の抑制だけでなく、標的 mRNA の分解も引き起こすことが報告されており、標的遺伝子中に
は microRNA と発現が負に相関するものがあることが期待される。そこで microRNA と mRNA
の発現の相関性と既存 microRNA ターゲット予測プログラムとを組み合わせた新規方法論の
開発を行った(図 1)。16 種類のヒト培養
細胞で、microRNA(凡そ 150 種類)と mRNA
(凡そ 25,000 種類)の発現プロファイル
をとり、microRNA と mRNA の発現の相関
性と既存 miRNA ターゲット予測プログラ
ムとを組み合わせた新規方法論の開発に
成功した。従来法では数千種類ものター
ゲット候補を予測されていたのが、本手
法により数十遺伝子への絞り込みを実現
した。また、本手法の際立った特色とし
図1. 新規 microRNA 標的遺伝子予測法の概念図
て、microRNA と標的遺伝子を 1 対 1 の関
係として捉えるのでなく、microRNA の共通制御を受けるターゲット遺伝子間の相関関係を
最尤推定法により算出することにより、microRNA による共通制御を受ける遺伝子ネットワ
ークの構築にも成功した点がある。本手法は特許申請を行っており、京大・薬ならびに千
葉大グループでの研究に活用された。
2.3.1.2.2.2.分化に関わる microRNA の探索
microRNA の機能を探索する為に分化の前後で発現が変動する microRNA の探索を行った。
培養細胞をモデルとして、大腸がん細胞株 T84 細胞を用いた上皮形成モデル(Tuchiya et al.
2009)、白血病細胞株 K562 細胞も用いた巨核球系細胞への分化モデル(Ichimura et al.
2.3.43
公開版
図 2A、B. 上皮形成に伴って発現が亢進する microRNA
2010)、ラット副腎髄質由来細胞株 PC12 細胞を用いた神経
分化モデル(Terasawa et al. 2009)を行った。上皮分化
モデルでは 253 種類の microRNA の発現を TaqMan 法による
リアルタイム PCR で調べ、4 つの microRNA が分化に伴って
発現が亢進することを見出した。図 2A は分化の程度を示す
もので、培養 7 日後に上皮細胞に特徴的な細胞極性が形成
されていることを示している。apical 側での網目状のタイ
トジャンクション(TJ)形成(赤色:抗 ZO1 免疫蛍光染色)
と basolateral 側へのβ1 インテグリン(緑色:免疫蛍光染
色)の局在が見られる。図 2B は、同定した microRNA の系
図 2C. microRNA の阻害による
上皮形成への影響
時的変化を示す。上皮構造が形成された 7 日目に miR-338-5p
の顕著な発現の亢進が見られた。次にこれら microRNA の機能を阻害剤で抑制したところ、
miR-338-5p と miR-451 において、TJ 形成の正常に起こったが、basolateral 側へのβ1 イ
ンテグリンの局在に異常が見られた(図 2C)。他の二つの miRNA では上皮形成に異常は見ら
れなかった。これら結果は初めて上皮形成に microRNA が関与することを初めて示したもの
である。多くの癌で上皮の細胞極性の喪失が知られており、癌と microRNA との関連も多数
報告されている。同定した microRNA は上皮形成の促進、維持の機能を持つことが考えられ、
癌の新たな治療法の開発につながることを期待している。
巨核球系細胞モデルでは、K562 細胞を PMA 刺激によって
巨核球様細胞に分化させ、250 種類の microRNA の発現を調
べ、3 つの microRNA(miR-34a、miR-221 および miR-222)
が分化に伴って発現が顕著に亢進することを見出した。分
化誘導による microRNA 発現変動を図 2D に示す。神経分化
モデルでは、PC12 細胞を NGF で刺激し神経突起伸張を促し
神経様に分化させ、156 種類の microRNA を調べ 2 つの
microRNA(miR-221 と miR-222)発現が分化前後で顕著に
2.3.44
図 2D. 巨核系細胞分化に伴って
発現が亢進する microRNA
公開版
亢進することを見出した。どちらのモデルでも microRNA は刺激後数時間から誘導が確認さ
れ、刺激によって活性化する ERK1/2 経路の活性化が誘導に必要であることが分かった。い
ずれの場合も microRNA の阻害や、過剰発現によって分化の抑制、促進は観察されなかった
が、K562 細胞モデルでは miR-34a の過剰発現によって細胞増殖の抑制が見られた。さらに
ERK1/2 経路のシグナルをネガティブフィードバック的に miR-34a が制御することを示した。
microRNA による翻訳抑制レベルでのフィードバック制御の報告例はまだ少なく、この分野
での研究の発展に多いに寄与することが期待される。
2.3.1.2.2.3.長鎖合成 RNA オリゴを用いた基盤研究
microRNA は分化などの様々な生命現象、癌などの疾患に関与することが明らかにされて
きており、もともと生体内にある分子であるので安全性が高いと考えられることからも、
新たな創薬分子として近年
注目されつつある。また分化
に関与する microRNA は、分
化促進因子として再生医療
への利用も考えられる。一方、
任意の遺伝子をノックアウ
トできる siRNA もまた新たな
医薬品として期待されてい
る。本プロジェクトの技術開
発項目「RNA の新規合成基盤
技術開発と科学分子設計(日
本新薬)」では、新たに効率
図 3A. microRNA の生合成経路ならびにその機能
の良い長鎖 RNA の合成法の開
発に成功しており、彼等の開発した方法は大量合成も容易であり長鎖 RNA を用いた核酸医
薬の実用性が高まった。そこで長鎖 RNA を用いた microRNA ならびに siRNA の医薬品開発を
見据えた基盤研究を行った。microRNA はゲノムから長い前駆体として転写され、核内で
Drosh/DRG8 によるプロセシングを受けショートヘアピン形の pre-miRNA となり、核外に輸
送され次いで Dicer によるプロセシングを受け、片側の鎖が microRNA として RISC に取込
まれ機能する(図 3A)。合成 microRNA の遺伝子導入としては、二本鎖で pre-miRNA を模し
たもの(市販の pre-miRNA)と完全に pre-miRNA を模したものが考えられる(図 3A)。Dicer
によるプロセシングとその後の RISC への取込みの機構の詳細は明らかでないが、Dicer と
RISC が結合していることが報告されておりプロセシングと RISC 取込みは密接に関連してい
ることが考えられる。完全に pre-miRNA を模したものは Dicer によるプロセシングから生
合成経路入るのでより機能的であることが期待される。siRNA もまた RISC に取込まれて機
2.3.45
公開版
能することが明らかにされている。合成 siRNA は一般に 22mer 程度の RNA
の二本鎖の短鎖 siRNA を用いることが多い。この場合もショートヘアピン
構造を取った合成 shRNA の方が経路に効率的に入りより機能的であるこ
とが期待される。pre-miRNA や shRNA には 60mer 程度の RNA 合成が必要な
為、従来の RNA 合成法では効率が悪く不向きであったが、本プロジェクト
内で開発された長鎖 RNA 合成により実現性が高まった。そこで日本新薬か
らまず 3 種類の microRNA の pre-miRNA 配列を持った合成 RNA オ
リゴの提供を受け解析を進めた。未変性ポリアクリルアミドゲ
図 3B. 合成 pre-miRNA
のアニーリング処理
ル泳動の解析(図 3B に一例を示す)から、元液では分子間でアニールしラダー状のバンド
が多数見られたが、熱変性・徐冷によりほぼ単一のバンドになり、分子内でダイマー形成
したショートヘアピン構造を取ったことが期待された。アニールさせた合成オリゴはリコ
ンビナント Dicer を用いたクリベージアッセイによりいずれも切断を受け(切断効率は若
干異なるが)
、ヘアピン構造をとることが強く示唆された。次に細胞内でプロセシングを受
けるかをノザンブロット法で検討した。樹立ヒト細胞株である HEK293 細胞にトランスフェ
クションし 24 時間後に精製したトータル RNA を用いてノザンブロットを行った(図 3C)。
いずれの microRNA も mature 産物と推定される位置にバンドが検出され、細胞内でプロセ
図 3C、D. 合成 pre-miRNA の細胞内でのプロセシングと RISC への取込み
シングを受けることが明らかになった。またプロセシン
グを受けていない pre-miRNA と考えられるバンドも見ら
れた。さらに RISC の構成因子である Ago2 を免疫沈降し
RISC に含まれる RNA を精製した。この RNA を用いてノザ
ンブロットを行い、合成 pre-miRNA がプロセシングを受
け RISC に取込まれることも確認した(図 3D)。またこれ
ら microRNA を標的としたレポーターアッセイを行ったと
ころ、市販の二本鎖タイプの pre-miRNA と同等の活性を
示すことが分かった(図 3E に一例を示す。wt は標的部位
図 3E. 合成 pre-miRNA と
市販 pre-miRNA の比較
をもったレポーターで mt は標的部位を変異により破壊したレポーターである.wt の場合の
み特異的にレポーター遺伝子の発現を抑制している)。これら結果より合成 pre-miRNA は細
胞内でプロセシングを受け microRNA として機能することが明らかにできた。
次に合成 shRNA の検討を行った。siRNA のコントロールとして良く用いられるラミン A/C
2.3.46
公開版
遺伝子を標的とした合成 shRNA の提供を受けた。siRNA と
なるアンチセンス鎖は、seed 配列が Dicer の切断に関係な
く決まる様に 5’端側にした。アンチセンス鎖の長さを変
えたもの 2 種類と 3’端側中央に欠失の挿入し pre-miRNA
に似せたもの 2 種類の計 4 種類を用意した(図 4A)。ルー
図 4A. 合成 shRNA の模式図
プ配列は既知 microRNA の配列を流用し設計した。樹立ヒ
ト細胞株である HeLa 細胞にトランスフェクションし 48 時間後に WB 法(図 4B #1 と#2 はア
ンチセンス配列がそれぞれ 24mer、22mer のもので#1’と#2’はそれらに欠失を挿入したも
図 4b、C. 合成 shRNA の siRNA 効果
の)と免疫蛍光抗体法(図 4C 一例を示す)を用いてラミン A/C の発現を調べた。いずれの
shRNA も効率的に内在性のラミン A/C 遺伝子の発現の顕著な減少が確認できた。
そこで 22mer のものを基に設計した二本鎖の短鎖 siRNA との比較を行った。上述の WB 法
では同程度の活性を確認できた(図 4D)。活性を定量的に比較するため、ラミン A/C 遺伝子
の標的部位をルシフェラーゼ遺伝子の下流に組み込んだレポータープラスミドを作成しレ
ポーターアッセイを行った。HeLa 細胞にレポーターを RNA の量を変えトランスフェクショ
ンしレポーター活性を測定した。短鎖 siRNA も合成 shRNA もコントロールをトランスフェ
クションした場合と比して有意にレポーターの活性を抑えたが、shRNA の方がより効率的に
発現を抑制できることが分かった(図 4E RNA 量は細胞 3x10^4 当りを示す.shRNA は 0.25pmol
でも siRNA 2.5pmol 相当の活性を示した.他の shRNA もほぼ同様の結果を得た)。なおいず
れの RNA も siRNA 標的部位を組込んでいな
いレポーターの活性には影響を与えない
ことは確認している。合成 shRNA 由来のア
ンチセンス鎖は二本鎖 siRNA のものより
RISC への効率よく取込まれる為効果的な
抑制ができた可能性が考えられる。そこで
RISC への取込みを調べた。FLAG タグを付
図 4D. 合成 shRNA と従来型 siRNA の比較
けた Ago2 を恒常的に発現す HEK293-FLAG-Ago2 細胞に短鎖 siRNA、合成 shRNA をトランスフ
ェクションし Ago2 を免疫沈降し免沈産物より RNA を回収し、定量 RT-PCR 法で RISC 中のア
2.3.47
公開版
ンチセンス鎖を定量した(図 4F HEK293 細胞で高発現している miR-21 を内部コントロール
としてノーマライズした)。合成 siRNA と比べて合成 shRNA は 6〜10 倍程度多く RISC に取
込まれた。合成 shRNA は RISC に効率的に取込まれるため活性が高いことが示唆された。
図 4E、F. 合成 shRNA と従来型 siRNA の活性と RISC 取込みの比較
短鎖 siRNA と合成 shRNA の off-target 効果ならびにインターフェロン応答に関してはマ
イクロアレイ解析を行った。HeLa 細胞に RNA をトランスフェクションし、48 時間後の約 2
万個の遺伝子発現を調べた。図 4G にコントロールと比べて 2 倍以上の発現抑制が見られた
遺伝子の数を示す。短鎖 siRNA と比べて合成 shRNA は off-target 遺伝子が多く見られたが、
欠失を導入し pre-miRNA に似せることで、4 倍(#2)から 2 倍(#2’)程度まで off-target
は減じた。理由としては RISC に取込まれる際にセンス鎖よりアンチセンス鎖の取込みが亢
進したことが考えられる。図 4H にインターフェロン応答を示す。ここでも合成 shRNA(#2)
は短鎖 siRNA より応答を引き越した。しかしながら pre-miRNA に似せたもの(#2’)では、
顕著な改善が見られた。なお上述のように、合成 shRNA は短鎖 siRNA より活性が高い。今
回同量の RNA を用いて実験を行っているので、低濃度で使用することで off-taget 効果、
インターフェロン応答が減じることが期待される。
図 4G、H. 合成 shRNA と従来型 siRNA の
off-target 効果とインターフェロン応答
2.3.48
公開版
2.3.1.2.2.4.まとめ
本プロジェクトで目標とした長鎖合成 RNA を用いた核酸医薬開発の為の基盤研究の概ね
の項目は達成できた。合成 shRNA は従来の短鎖 siRNA より RISC に取込まれやすく高い RNAi
活性を持つことが明らかになり、短鎖 siRNA より低濃度で活性を持ち核酸医薬品として有
望であることが示せた。さらに pre-miRNA はもともと生体内に存在するため、pre-miRNA の
構造に似せた shRNA は安全性が高いことも期待できる。実際合成 shRNA で見られた
off-target 効果やインターフェロン応答は、欠失を挿入し shRNA を pre-miRNA の構造に似
せたものでは改善することができた。またループ部分はプロセシングに必須でないので活
性に影響を与えることなく修飾塩基等の導入し付加機能を持たせることもできると考えら
れ、短鎖 siRNA ではできないショートヘアピンタイプならではの高機能な siRNA を設計も
期待できる。ループ部分の最適化や、アンチセンス鎖を選択的に取込ますための設計法な
どのアルゴリズムの開発を今後重要になる。さらに実用化に向けては従来の短鎖 siRNA と
の薬効比較・off-target 効果の検定などの基礎的な研究と、RNA の分解や自然免疫を制御
する修飾核酸の導入をさらに押し進める必要があると思われる。
2.3.49
公開版
2.3.1.2.3.iPS細胞の樹立に関与するmiRNAの機能解析
京都大学(山中グループ)
1998 年にヒト胚性幹細胞(embryonic stem cells, ES 細胞)が樹立されたことにより、
脊髄損傷や1型糖尿病患者などに対する細胞移植治療への期待が大きく高まった。これは
ES 細胞の高い自己複製能と多分化能、すなわち多能性幹細胞としての性質による。なぜな
ら、①多能性幹細胞を体外で必要なだけ分化させ、②目的の細胞へ分化させ、③患者に移
植することが可能になれば、多くの患者を治療できると考えているからである。しかしな
がら、ES 細胞は①②を満たすが、③に関しては拒絶反応の問題があり、これを回避するこ
とが重要である。このために患者自身から採取した体細胞から多能性幹細胞を作成するこ
とが望まれた。
2006 年以前には、体細胞から多能性幹細胞を作成する方法は2つ報告されていた。1つ
は体細胞から遺伝情報を持った核を採取し、未受精卵の核と入れ替えるという核移植であ
り、もう一つは体細胞と ES 細胞を「細胞融合」させて ES 細胞用の細胞を作成する方法で
ある。しかしながら、これらは卵子提供の問題や4倍体細胞からの ES 細胞由来の染色体の
除去など技術的な問題が未解決のままであった。
このような中、本研究開始当初の 2006 年、我々の研究室ではマウスの繊維芽細胞に Oct3/4、
Sox2、c-Myc、Klf4 の4つの因子を導入、発現させると、ES 細胞様の性質を有す細胞を誘
導できることを発見した。これを人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells)と
名付け、体細胞から多能性幹細胞を作成する第3の方法として報告した。
2.3.1.2.3.1.目的
iPS 細胞は増殖能、分化能、遺伝子発現など、様々な点で ES 細胞とほぼ同等の性質を有
していたが、iPS 細胞の樹立効率が低いことや樹立の際に染色体に組み込まれる(傷つける)
レトロウイルスベクターを用いているなどの問題点があり、細胞移植治療の実現に向けて、
安全かつ効率よい iPS 細胞の樹立方法の確立が必要であった。また、体細胞から ES 細胞様
の細胞が生み出される過程、すなわち初期化のメカニズムに関してはほとんどわかってい
なかった。
一方、microRNA(以下 miRNA)は、タンパク質をコードしない 19-25 塩基からなる小さな
non-coding RNA であり、マウスでは約 700 種、ヒトでは約 1000 種の miRNA が同定されてい
た。様々な疾患、生命現象との関連が報告されていたが、不明な点も多かった。約 1/3 の
遺伝子が miRNA によって転写後調節を受け、1つの miRNA が 200 種類以上の遺伝子を標的
にしているという報告もあり、このことからも miRNA が ES 細胞や iPS 細胞の多能性、増殖
能や体細胞の初期化に関与している可能性が十分考えられた。
また、ES 細胞はクローン間で分化傾向に違いがあることが報告されており、iPS 細胞で
も分化傾向や安全性にばらつきがあることが考えられ、iPS 細胞バンクを作成する際に、iPS
2.3.50
公開版
細胞の質の評価が重要となる。その際の判定基準の一つとして、通常の遺伝子発現と同様、
miRNA が有用である可能性が考えられた。
iPS 細胞の臨床応用へ向けて、miRNA 研究ができることとして、下の図1に示すように、
①安全で効率の良い iPS 細胞の樹立方法への応用、②初期化メカニズムの解明、③miRNA 発
現量による iPS 細胞クローンの質や安全性の判定、④目的の細胞への分化誘導法への応用
などが考えられた。我々は、平成18年から平成21年度までの4年間で、主に①②③に
関しての研究をおこなった。
(図1)
図1.iPS 細胞の臨床応用へ向けて miRNA 研究ができること
すなわち、miRNA を安全で効率の良い iPS 細胞の樹立方法へ応用できるかを検討し、iPS
細胞の樹立に関与する miRNA の機能を解析することによって、初期化のメカニズムの一端
を明らかにすること、また、miRNA の発現プロファイリングを iPS 細胞クローンの質や安全
性の判定に応用できるかどうかを検討することを目的とした。
2.3.1.2.3.2.マウス ES 細胞、iPS 細胞、胎児線維芽細胞における miRNA の発
現プロファイリング
初期化に必要な 4 因子は ES 細胞で特異的に発現しているか、あるいは ES 細胞において
重要な働きをしている遺伝子の中から同定された。よって、miRNA に関しても、ES 細胞あ
るいは iPS 細胞において体細胞に比べて高く発現しているものが初期化にも関与するので
はないかと仮説をたてた。まず、ES 細胞、マウス胎児繊維芽細胞(MEF)、iPS 細胞における
miRNA の発現量を調べるため、RNase プロテクションアッセイ、miRNA マイクロアレイ、リ
アルタイム PCR の3つの方法を検討した。
RNase プロテクションアッセイは、定量性もあり、細胞間での miRNA の微妙な発現量の違
いを見るのには有効であったが、操作の煩雑さからスクリーニングには不向きではあった。
2.3.51
公開版
また、京大辻本グループの協力を得て、東レと Invitrogen 社の miRNA マイクロアレイを用
いて、ES 細胞、MEF、iPS 細胞(数クローン)での miRNA の発現量の違いを網羅的に検証し
たところ、第1世代 iPS 細胞(Fbx15 遺伝子の発現をマーカーとした iPS 細胞, Fbx iPS)
より ES 細胞に近い第2世代 iPS 細胞(Nanog 遺伝子の発現をマーカーとした iPS 細胞, Nanog
iPS)では、通常の遺伝子発現と同様に、miRNA の発現に関しても、より ES 細胞と似た発現
パターンを示すことがわかった(図2)。しかしながら、RNase プロテクションアッセイで
検出できたような各細胞間での発現量の微妙な差を検出するほどの感度、定量性は得られ
なかった(2006 年当時)
。また、各細胞における miRNA の発現量の違いを Invitrogen 社の
リアルタイム PCR を用いて調べた。定量性、操作の簡便性、感度、ともに、前述の2法よ
り優れており、プロファイリングに一番適していると考えられた。また、ES 細胞で高く発
現している 155 種類の miRNA の発現を調べることにより、ES 細胞でのみ高く発現する miRNA
群、ES 細胞での発現が分化した細胞での発現よりも高い miRNA 群、第1世代 iPS 細胞で高
く発現している miRNA 群を抽出することができた。
図2.マウス線維芽細胞、iPS 細胞と ES 細胞における miRNA 発現の比較
2.3.1.2.3.3.マウスにおいて iPS 細胞の樹立効率を上昇させる miRNA の同定
平成 18 年度にリアルタイム PCR を用いて抽出した miRNA 群を Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4
(OSMK)4因子と共発現させて、ES 細胞で特異的に発現する Nanog 遺伝子の発現を指標にし
たレポーターマウスの系を用いて iPS 細胞化の効率を検討した。その結果、ES 細胞で特異
的に発現する mir-295 を共発現させたとき、コントロールに比べて有意に iPS 細胞化の効
率が上昇することがわかった。
また、Myc を除いた Oct3/4, Sox2, Klf4 (OSK)による誘導は、4 因子による誘導に比べる
と、iPS 細胞の樹立効率が低く、ES 様のコロニーが現れるまでの時間も長くかかることが
わかったが、mir-295 を OSK と共発現させ、マウス成体尻尾線維芽細胞から iPS 誘導をおこ
なうと、共発現させない場合に比べて有意に iPS 細胞の樹立効率が上昇することがわかっ
た(図 3A)。また、OSK と mir-295 を共発現させることによって樹立した細胞は ES 細胞マ
2.3.52
公開版
ーカー遺伝子を発現し(図 3B)、成体キメラマウス誕生にも寄与する(図 3C)ことから、
mir-295 を共発現させることで樹立した iPS 細胞の質が低下しているわけではないことがわ
かった。また当研究室では、OSK3 因子で樹立した iPS 細胞は OSK に Myc 遺伝子を加えた OSMK
4 因子で樹立した iPS 細胞に比べて、生まれてくるキメラマウスのキメラ率が低いことがわ
かっているが、mir-295 を共発現させて樹立した iPS 細胞クローン由来のキメラマウスのキ
メラ率が mir-295 を共発現させたことで上昇することは観察されなかった(図 3D)。
図3.マウス mir-295 による iPS 細胞樹立効率の上昇と Myc なし3因子+mir-295 iPS
細胞の質の検討
2.3.53
公開版
2.3.1.2.3.4.ヒトにおいて iPS 細胞の樹立効率を上昇させる miRNA の同定
平成 20 年度は、前年度までのマウスに加え、ヒト成人皮膚線維芽細胞からの多能性幹細
胞の誘導に積極的に関与している miRNA のスクリーニングを行った。その結果、ヒト ES 細
胞で特異的に高発現している mir-302 クラスター(mir-302a,b,c,d)を OCT3/4, SOX2, KLF4
の C-MYC なし3因子と共に発現させた場合、クラスターを発現させていない時にくらべて
5倍程度の効率の上昇が確認された(図 4A)。また、OSK+h-mir-302s で樹立された iPS 細
胞は、human ES 細胞様の形をしており(図 4B)胚葉体を介した in vitro 分化誘導の実験
において、三胚葉系に分化することがわかった(図 4C)。(®-Ⅲ tubulin は外胚葉のマーカ
ー、〈-SMA は中胚葉のマーカー、SOX17 は内胚葉のマーカー)
また、1つのヒト成人皮膚線維芽細胞株でのみ、OCT3/4+h-mir-302s の2因子で OSK の3
因子よりも効率良く、hES 様の多能性幹細胞を樹立することができた。なぜ、この1細胞株
でのみできるのかは原因不明であるが、現在も検討中である。
図4. ヒト mir-302s による iPS 細胞樹立効率の上昇と
Myc なし3因子+h-mir-302s iPS 細胞の質の検討
2.3.1.2.3.5.初期化のメカニズムの解明と miRNA 発現量による iPS 細胞クロ
ーンの質や安全性の判定
(1)初期化のメカニズムの解明へ向けて
マウスにおいて iPS 細胞の樹立効率を上昇させる効果のあった mir-295 は、iPS 細胞の誘
導初期において、初期化因子と共に強制発現させた場合、細胞周期の制御に関わる遺伝子
p21 や Rbl2(p130)を RNA,タンパクレベルで抑制していることがわかった。我々の研究室で
は、p53-p21 経路を抑制することで初期化の効率が大きく上昇することを報告しており、
2.3.54
公開版
mir-295 を発現させることによる iPS 細胞の樹立効率上昇のメカニズムの一つは p21 の発現
を抑制し、増殖を促進することであると予想される。また、マイクロアレイを用いた解析
から、mir-295 は細胞周期に関連する因子以外にも作用して体細胞を ES 細胞へ近づける働
きをしていることがわかった。
(2)miRNA 発現量による iPS 細胞クローンの質や安全性の判定
研究開始当時(2006 年)と比較して、この4年間で、様々な細胞(線維芽細胞以外に肝臓
や胃の上皮細胞など)から、様々な手法(レトロウイルスベクター以外にプラスミドやセ
ンダイウイルスベクターなど)を用いて iPS 細胞を樹立できることがわかった。由来細胞、
樹立方法が異なっても、樹立した iPS 細胞は同質のものであるかを調べるために、マウス
の様々な体細胞(MEF(胎児線維芽細胞)、TTF(尻尾線維芽細胞)、Hep(肝細胞)、 Stm(胃
上皮細胞) に4因子(OSMK)あるいは 3 因子(OSK)を導入することによって作成した様々
な iPS 細胞クローンと ES 細胞における miRNA の発現を Agilent 社の microRNA microarray
を用いて調べた。その結果、ES 細胞で特異的に発現している mir-290-295 クラスターに含
まれる miRNA 群(mmu-miR-290-5p,3p、291a-5p,3p、292-5p,3p、293、293*、294、294*、295、
295*)は、成体キメラマウスの誕生に寄与する iPS 細胞クローンでは ES 細胞と同等に発現
していたが、成体キメラマウスの誕生に寄与に関与しない第1世代の Fbx iPS 細胞 4 クロ
ーンにおいては、ES 細胞と比較して低い発現量しか示さなかった。このことから、これら
の miRNA 群は成体キメラマウスの誕生に寄与する第2世代の iPS 細胞であるか否かのマー
カーとして使用できると考えられる。また、iPS 細胞間で発現にばらつきがみられる miRNA
群も抽出できた。これらの miRNA の発現は germline transmission が観察されない iPS 細
胞クローンでの発現が低い傾向がみられた。つまり、Germline transmission を確認できる
ような ES 細胞に非常に近い iPS 細胞であるかどうかのマーカーとしてこれらの miRNA 群の
発現を調べることは有用であると期待される。
2.3.55
公開版
図5.様々な iPS 細胞における mir-290-295 クラスターの発現比較
2.3.1.2.3.6.まとめ
iPS 細胞はマウスやヒトの体細胞に初期化因子を導入することによって作成され、ES 細
胞と共に、無限の増殖力と様々な細胞へと分化できる能力を持った多能性幹細胞として、
細胞移植治療をはじめとする臨床への応用が期待されている。一方で、近年、19-25 塩基の
長さからなる non-coding RNA である microRNA(miRNA)が様々な生物学的現象を制御して
おり、また、ES 細胞において自己複製能や多能性を制御する中心的なネットワークと非常
に密接に関与していることが知られている。我々は miRNA が iPS 細胞の樹立過程にも密接
に関与していると予想し、体細胞の iPS 細胞化の関与している miRNA の機能を明らかにす
ることによって、miRNA の新しい役割だけでなく、リプログラミングの過程そのものに関し
ても明らかにすることを期待した。リプログラミングの過程に積極的に関与する miRNA を
同定するために、我々は、マウス胎児繊維芽細胞(MEF)に比べて ES 細胞で高発現してい
る miRNA を既知の初期化因子と共に強制発現させて、iPS 細胞の樹立効率を調べた。その結
果、ES 細胞で特異的に発現する miRNA の一部が OSMK,OSK と共発現させたときに iPS 細胞の
樹立効率を上昇させることがわかった。また、ヒトにおいても ES 特異的に発現する miRNA
が OSK と共発現させたときに、リプログラミングの過程に積極的に関与していることがわ
かった。これらの結果は ES 特異的に発現する miRNA が線維芽細胞からの多能性細胞の誘導
に密に関与していることを示している。また、さらに研究をすすめることにより、(1)ES
特異的な miRNA はリプログラミングの過程で様々な役割を果たしていること、(2)iPS 細
胞の miRNA の発現プロファイリングと iPS 細胞の質とは関連性があること、を明らかにし
た。
2.3.1.2.3.7.総括および今後の展望
(1)本研究から、マウス、ヒト共に ES 細胞で特異的に発現する miRNA 群の一部が iPS
細胞の樹立効率の上昇に関与していることがわかった。アンチセンス RNA や siRNA
が単一の遺伝子を分解することに対し、miRNA は一つで数百もの遺伝子の発現を制
御するとも言われており、miRNA の導入が従来にない分子生物学的な手法になりう
2.3.56
公開版
ることが期待されている。医薬品としてではないが、miRNA を iPS 細胞の樹立効率
の改善や、既に報告されている初期化因子の代替として用いることが可能となれば、
ゲノム DNA を傷つけることなく、必要な時期に一過性に発現させることによって、
より高い多能性をもった良質な iPS 細胞を作成する一つの方法として用いることが
できると期待される。
(2)iPS 細胞における miRNA の発現はもとの体細胞と比較して ES 細胞と非常に似通って
いた。しかしながら、iPS 細胞クローン間で発現量に違いのある miRNA も存在した。
ES 細胞や iPS 細胞ではクローン間で分化傾向や安全性にばらつきはあることが示唆
されており、今後、細胞移植治療へ向けて、iPS 細胞バンクを作成する際に、iPS 細
胞の質の判定基準を設定することが一つの課題であるとされる。本研究で、miRNA
の発現プロファイリングと ES/iPS 細胞の性質との関連性を示すことができた。通常
の遺伝子発現、ジェネティクス、エピジェネティクスと合わせて、miRNA の発現プ
ロファイリングも iPS 細胞の質の判定基準の一つとして有用であることが期待され
る。
2.3.57
公開版
2.3.1.2.4.miR-145 の癌抑制遺伝子機能と新規 RNA ネットワークの解明
(千葉大学)
ポストゲノムシークエンス時代において、遺伝子の新たな発現調節機構としてタンパク
質をコードしない機能性 RNA の存在が明らかとなりその解析が進行している。機能性 RNA
のひとつであるマイクロ RNA(miRNA)は 19-23 塩基の短鎖 RNA 分子であり、タンパク質コ
ード遺伝子の発現を翻訳後あるいは転写レベルで制御している分子である 1-3)。現時点にお
いて、ヒトゲノム中には約 800 種の miRNA の存在が報告されている。miRNA の特徴は、標的
遺伝子の 3’領域内に結合するが、その結合は配列特異的であるが数塩基のミスマッチも容
認するため、一つの miRNA は複数の遺伝子の制御を行うことが可能であることである。そ
のため、ゲノム中に存在する遺伝子の約 30%~40%が miRNA の制御を受けているという報
告もある 4)。
近年、癌の分野においてはゲノム科学的なアプローチから、癌細胞と正常細胞を比較し、
癌細胞における miRNA の発現異常がさまざまな癌種で報告されている。癌細胞において発
現異常を認めた miRNA を指標とした機能解析から、癌遺伝子や癌抑制遺伝子と機能する
miRNA の存在が明らかとなってきた 5,6)。当初 miRNA の発現異常と癌との関連は慢性リンパ
性白血病(CLL)において報告された。CLL 細胞にはしばしば 13q14 領域の欠失が認められ、
この領域に存在する原因遺伝子として 2 種類の miRNA(miR-15a と miR-16-1)が単離された
7)
。さらに、これら miRNA はアポトーシス関連遺伝子である BCL2 を制御している事が明ら
かとなり、miRNA の癌への関与が明確になった7)。同様の事例として、肺癌で発現が抑制さ
れている miRNA として let-7 が探索され、その標的遺伝子として Ras 遺伝子が同定されて
いる 8)。この事実は、癌遺伝子機能を有する miRNA の発現亢進と癌抑制遺伝子発現抑制とい
う新たなパスウエイが発癌や癌の進展のメカニズムを知る上で重要な情報を我々にもたら
すことを示している。
我々は、癌における新たな RNA ネットワークの探索を目的に、頭頸部癌、食道癌、膀胱
癌、前立腺癌などの固形癌の miRNA の発現プロファイルを作製した 9,
10)
。この過程で、複
数種の癌で発現が抑制されている miRNA として miR-145 を見出した。我々は、miR-145 は癌
抑制遺伝子として機能していると予測し、miR-145 の癌抑制機能について検討し、その標的
遺伝子 FSCN1 の同定を行ったので報告する。
2.3.1.2.4.1.対象と方法
(1) 癌臨床検体を用いた miRNA 発現プロファイルの作製
臨床検体は、千葉大学医学部附属病院にて外科手術を試行した症例から採取した。検体
の採取に際して、十分なインフォームドコンセントを行い、文書にて患者より同意を得た。
本研究は、千葉大学の生命倫理審査において承認されている。採取した検体は術後迅速的
に RNA 保存液(RNALater; Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)に保存した。保
2.3.58
公開版
存検体は、液体窒素を用いて粉砕し、TRIzolTM(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)を用い
て RNA を回収した。
miRNA 発現解析は、TaqMan Low density Array Human MicroRNA Panel ver.1.0(Applied
Biosystems)を用いた。この解析では、365 種類の miRNA について real-time PCR 法で発現
が測定できる。得られた Ct 値は、2(40-Ct)で変換し、RNU44 または RNU48 の発現値で標準化し
た。
(2) miRNA および siRNA 導入による癌細胞増殖抑制効果および浸潤抑制効果
)およ
癌細胞株へ遺伝子導入する miRNA として、合成 miRNA である Pre-miRTM(miR-145、
び scramble miRNA(コントロール RNA)(Applied Biosystems)を使用し、LipofectamineTM
RNAi-MAX(Invitrigen, Tokyo, Japan)を用いて行なった。miRNA の導入効率の評価につい
ては、Pre-miRTM である miR-1 を導入し、その標的遺伝子である PTK9 の mRNA 発現により評
価した(miR-1 は PTK9 の mRNA を直接分解することが報告されている)。siRNA についても
miRNA と同様に癌細胞株へ導入を行った。
細胞増殖は miRNA 導入 72 時間後に XTT アッセイ(Roche Applide Science, Tokyo, Japan)
にて解析を行った。癌細胞の浸潤能については核酸導入 48 時間後のマトリジェル(BD
Biosciences, Bedfold, MA, USA)通過細胞数を計測し解析した 9,10)。
(3) miR-145 の標的遺伝子の探索と同定
標的遺伝子の探索は、1)miR-145 導入細胞を用いた発現解析データ、2)頭頸部扁平上
皮癌臨床検体におけるプロテオーム解析データから miR-145 の標的候補遺伝子の選択を行
った。その後、標的候補遺伝子について公共の miRNA データベース(miRBase::Sequences;
http://microrna.sanger.ac.uk/sequences/index.shtml)にて標的部位の検索を行った。
標的遺伝子候補の一つである FSCN1 の 3’UTR について、miR-145 の標的部位 4 箇所をそ
れぞれ psiCHECK-2 ベクター(Promega, Madison、WI, USA)に組み込み、癌細胞株に導入
し、dual-luciferase assay system(Promega)を用いてルシフェラーゼ活性の測定を行い
標的部位の検討を行った。
(4)癌細胞株および臨床検体における miR-145 および標的遺伝子 FSCN1 の発現
miRNA(miR-145)の測定は Stem-loop RT-PCR(TaqManTM MicroRNA Assays, Applied
Biosystem)を用いて行った。FSCN1 の測定は TaqMan Gene Expression Assay(Hs00979631-g1)
を用いた。内部標準の遺伝子として、miRNA は RNU44 を用いた。また、FSCN1 では GAPDH を
用いた。臨床検体における標的遺伝子 FSCN1 の蛋白発現については、パラフィン包埋ブロ
ックを薄切、脱パラフィン後、抗 FSCN1 モノクローナル抗体(abcam)で一次染色した後、
ビオチン標識抗 IgG マウス抗体(Vector laboratories, Burlingame, CA, USA)で二次染
色を行った。その後、ペルオキシターゼ標識ストレプトアビジンで反応させ、ヒストファ
2.3.59
公開版
インシンプルステイン DAB 溶液で発色、ヘマトキシリン溶液で対比染色し検鏡した。
2.3.1.2.4.2.結果
(1)癌臨床検体を用いた miRNA 発現プロファイル
頭頸部癌、食道癌、膀胱癌、前立腺癌における miRNA 発現プロファイルの比較から、癌
に共通して発現変動を認める miRNA の探索が可能であった。表 1 に食道癌細胞において発
現が抑制されている miRNA のリストを示した。このリストの中で、頭頸部癌、膀胱癌、前
立腺癌においても発現が抑制されている miR-1、miR-133a、miR-145 について下線で示した。
miR-145 は共通して発現が抑制されている 3 つの miRNA の中で最も発現が抑制されていた
miRNA であった。
表1.Down-regulated miRNAs in esophageal cancer based on miRNA expression signature
(2) 癌細胞株における miR-145 の癌抑制機能
成熟型の miR-145(合成した 2 本鎖 RNA)を 5 種類の癌細胞株(SAS・口腔癌由来、FaDu・
咽頭癌由来、PC3・前立腺癌由来、TE2・食道癌由来、BOY・膀胱癌由来)に導入し、72 時間
後の細胞増殖を XTT アッセイにて解析した(図1)。その結果、コントロールとなる scramble
RNA 導入細胞に比べ、miR-145 を導入した 5 種類全ての細胞で細胞増殖の抑制が認められた
2.3.60
公開版
(P < 0.05)
。
図1.マイクロ RNA(miR-145)細胞導入による癌細胞増殖抑制効果
5 種類の癌細胞株(SAS、FaDu、PC3、TE2、BOY)に miR-145 を導入し、72 時間後の
細胞の増殖を XTT アッセイにて解析した。miRNA は ABI 社の Pre-miRTM を使用した。
導入する miRNA のコントロールとして同じく ABI 社の Scramble RNA を用いた。
Scramble 導入細胞株の細胞数を 100%として各々の細胞増殖抑制効率を示した。解
析は 3 回ずつ独立して行い、全てで有意差を認めた(P < 0.05)。
同様に、miR-145 を 5 種類の細胞に導入し、細胞の浸潤能について解析を行った(図 2)。
方法は細胞増殖の解析と同様にコントロールとなる 21 塩基 RNA 導入細胞を基準として、24
時間後にマトリゲルを通過するそれぞれの細胞数の変化を解析した。図 2 に示すように、
全ての細胞において miR-145 を導入する事により、強い細胞浸潤能の抑制が認められた(P
< 0.05)。
図2.マイクロ RNA 細胞導入(miR-145)による癌細胞浸潤能抑制効果
図1同様に細胞株に miR-145 および scramble を導入し、48 時間後にマトリゲルを通
過した細胞を計測した。Scramble 導入細胞株を 100%として各々の細胞浸潤能抑制効
率を示した。解析は 3 回ずつ独立して行い、全てで有意差を認めた(P < 0.05)。
(3)miR-145 の標的遺伝子としての FSCN1
2.3.61
公開版
細胞増殖抑制効果や細胞浸潤能抑制などの癌抑制機能を有する miR-145 の標的遺伝子を
探索するため以下の方法を駆使した。1)、miR-145 導入細胞株を用いた網羅的遺伝子発現
解析、2)サンガーセンター、microRNA データベース(miRBase::Sequences)を用いた標
的遺伝子探索である。マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析から FSCN1(Fascin homolog
1:accession number, BT006636)が有力な標的遺伝子候補として探索された。更に、FSCN1
についてデータベースを検索するとその 3’UTR に miR-145 の結合予測配列が存在する事が
判明した(図3)。
図3.マイクロ RNA(miR-145)の標的遺伝子の同定
図 3 の上部に FSCN1 遺伝子の 3’URT (untranslated region)に存在する miR-145
の結合部位を示した。結合予測部位は miRNA データベース(miRBase::sequence)を
参考にした。図 3 下部は、4 箇所の miRNA 結合部位に対してルシフェラーゼアッセ
イを行い、miRNA の直接的な結合部位を決定した。miR-145 は position 377-383 に
結合することが明らかとなった。癌細胞株、TE2 を使用し、解析は 3 回ずつ独立し
て行い、有意差を認めた(P < 0.05)群に*を記した。
次に、miR-145 が直接 FSCN1 を制御しているか生化学的な検証を行った。図 3 に示すよう
に FSCN1 の 3’UTR には、4 箇所の miR-145 の結合予測配列が存在するため、それぞれの配
2.3.62
公開版
列を含む 50~100bp の cDNA 断片(図 A~D)を各々psiCHECK-2 ベクターに組み込み、TE2 細胞
に導入後ルシフェラーゼ・レポーターアッセイを行った。その結果、miR-145 では図3の B
の配列(position 377-383)においてルシフェラーゼ活性が有意に低下する事が示され、
これら配列に直接 miR-145 が結合することが判明した(図3)。更に TE2 細胞に miR-145 を
導入し、FSCN1 の mRNA およびタンパクレベルの発現を解析した結果、miR-145 導入によっ
て FSCN1 の mRNA、タンパク共に発現レベルの低下を観察した(図 4)。
図4.マイクロ RNA(miR-145)導入による FSCN1 の発現抑制
癌細胞株(TE2)に図 1 同様 miRNA を導入し、72 時間後に細胞を回収し、FSCN1 の
mRNA およびタンパクを回収した。mRNA は定量 PCR 法により測定した。Scramble 導
入細胞株を 100%として FSCN1 の発現を示した。有意差を認めた(P < 0.05)群に*
を記した。FSCN1 タンパクの解析は Western Blot 法により行った。beta-actin を
コントロールとして用いた。miRNA 導入により FSCN1 の mRNA およびタンパクレベ
ルの発現が抑制された。
(4) 癌細胞株における FSCN1 の癌遺伝子機能
2 種類の癌細胞株(SAS、TE2)を用いて FSCN1 の癌遺伝子としての機能解析を行った。方
法は、si-FSCN1 導入により内在性の FSCN1 をノックダウンし、72 時間後の細胞増殖と細胞
浸潤能を解析した。使用した 2 種類の癌細胞株において、FSCN1 をノックダウンにより細胞
増殖抑制と細胞浸潤能抑制を認めた(図 5)(P < 0.05)。
2.3.63
公開版
図5.si-FSCIN1 細胞導入による癌細胞浸潤能抑制効果
2 種類の癌細胞株(SAS、TE2)に si-FSCN1 を導入し、72 時間後の細胞の増殖を XTT
アッセイにて解析した。図1同様に細胞株に si-FSCN1 を導入し、48 時間後にマト
リゲルを通過した細胞を計測した。解析は 3 回ずつ独立して行い、有意差を認めた
(P < 0.05)群に*を記した。
(5)扁平上皮癌臨床検体における miR-145 および FSCN1 の発現
癌細胞株を用いた解析から、miR-145 は癌抑制機能を有する事、また、これら標的遺伝子
として FSCN1 のタンパク質発現を制御している事が示された。実際の食道扁平上皮癌臨床
検体においてこれら miRNA および FSCN1 がどのような発現様式を呈するか、mRNA レベルお
よびタンパクレベルで解析を行った。miR-145 の miRNA について、20 症例の臨床検体を用
いて定量 PCR 法にて解析を行った結果、癌部で非癌部に比べ有意に(P < 0.05 )発現の低
下を認めた(図 6A)。これに対して FSCN1 は、癌部において有意に(P < 0.05 )mRNA の発
現の亢進が認められた(図 6A)。臨床検体について、タンパクレベルにおける FSCN1 の発現
を免疫組織染色にて確認した結果、癌細胞において FSCN1 の発現が認められた(図 6B)。
2.3.64
公開版
図6.頭頸部扁平上皮癌臨床検体におけるマイクロ RNA および FSCN1 遺伝子の発現
(A) 食道扁平上皮癌臨床検体 20 症例の癌部・非癌部について、miR-145 の発現を定
量 PCR にて測定した。使用したプライマーは ABI 社の TaqManTM MicroRNA Assay を
使用し、内部標準遺伝子として RNU44 を用いた。miR-145 は非癌部に対して癌部で
有意に(P < 0.05)発現が低下していた。同様に FSCN1 遺伝子の発現を測定した。
使用したプライマーは ABI 社の TaqManTM Gene Expression Assay を使用し、内部標
準遺伝子として GAPDH を用いた。FSCN1 の mRNA は、非癌部に対して癌部で有意に(P
< 0.05)発現が亢進していた。
(B) 食道扁平上皮癌臨床検体における FSCN1 タンパクの発現につて FSCN1 抗体で
免疫染色を行った。いずれの症例においても癌細胞で FSCN1 タンパクの高発現が認
められた。
2.3.65
公開版
2.3.1.2.4.3.考察
近年、タンパク質をコードしない機能性 RNA 分子がゲノム中に存在し、タンパクコード
遺伝子の制御を行っていることが報告されている。機能性 RNA の中で、miRNA は最終的に
21 塩基の 1 本鎖 RNA として機能する短鎖核酸である。この分子の機能は、標的となるタン
パクコード遺伝子の 3’UTR に結合し、タンパク質合成阻害や RNA 分解により遺伝子の発現
制御を行うことである。近年、癌の分野においては、miRNA の発現プロファイルに基づいた
解析が盛んに行われており、癌細胞で発現変動する miRNA の報告が相次いで成されている
13-15)
。今後これら癌で発現変動する miRNA の機能解析とその標的遺伝子の探索が進むものと
考える。我々も独自に固形癌の臨床検体を用いた発現プロファイルを作製し、癌抑制遺伝
子として機能する miRNA の探索を行っている 9,10)。他の研究グループの miRNA プロファイル
と我々のデータの比較から、miR-145 が癌細胞で有意に発現低下している事を見出し、癌抑
制機能を有する miRNA である可能性が示唆された 10,11)。そこで本研究では、miR-145 が癌細
胞で癌抑制機能を有するか、またその標的遺伝子は何か、について検討を行った。
細胞増殖抑制能については 5 種類の由来の異なる癌細胞株を用いて検討を行った。
miR-145 は解析した全ての細胞株の増殖を抑制した。更に浸潤能抑制効果については、
miR-145 導入により癌細胞の浸潤能の低下が認められた。これらの結果は、miR-145 は癌細
胞において癌抑制遺伝子として機能していることを強く示唆するものである。
miRNA の生体内における機能は標的遺伝子の制御であるため、癌抑制遺伝子としての
miR-145 の標的遺伝子の探索は重要である。我々は、癌細胞株に miR-145 を導入し、その前
後に発現変化する遺伝子の探索から miR-145 の標的候補遺伝子として FSCN1 (accession
number, BT006636; Fascin homolog 1)を見出した。驚くことに、miRNA データベース
(miRBase::Sequences)を調べてみると、FSCN1 遺伝子の 3’UTR には 4 箇所の miR-145 結
合部位が存在することが明らかとなり、これら miRNA が FSCN1 を制御していることが強く
示唆された。実際の生化学的な解析から、miR-145 は FSCN1 遺伝子の 3’UTR に 1 箇所の結
合部位を有し、mRNA を分解することによって FSCN1 タンパクの制御を行っていることが示
された。FSCN1 は 55kDa のタンパク質であり、細胞骨格のアクチンを束ねる機能を有してお
り細胞膜の突起を誘導する 12)。FSCN1 と癌との関連の報告を調べてみると、肺癌では FSCN1
の発現の亢進が予後不良と相関する報告 13)、浸潤型の高分化型星状細胞腫では FSCN1 の発
現が認められる報告 14)など多くの報告が成されている。扁平上皮癌である食道においても、
予後不良症例で FSCN1 タンパクの亢進が報告されている 15)。この様に、FSCN1 の過剰発現は
癌細胞の浸潤能を高め、結果として転移や浸潤を引き起こし予後不良となることが明らか
となってきた。我々の FSCN1 ノックダウンによる機能解析からも癌遺伝子機能を有すこと
が示された。
実際の扁平上皮癌臨床検体において、miR-145 の発現低下と FSCN1 の発現亢進が認められ
るか mRNA レベルの解析と臨床検体の免疫染色を行った。臨床検体においても miR-145 の発
現抑制と、標的遺伝子である FSCN1 の過剰発現が認められた。つまり、癌細胞において
2.3.66
公開版
miR-145 の発現が低下することにより、本来制御している FSCN1 の制御が不能となり、FSCN1
タンパクの発現が過剰になることを証明することが可能であった。癌の発生や進展には多
くの遺伝子が関与していることは周知の事実であり、現在のゲノム科学的解析により網羅
的な遺伝子・タンパク質の探索が進行している。遺伝子の発現制御には染色体の構造異常
やメチル化などのエピジェネティックな変化が知られている。今回の解析で新たに miRNA
の発現低下によるタンパクコード遺伝子の過剰発現の機構が明らかとなり、ますます癌の
分子機構の難解さが呈された。しかしながら miRNA は、合成可能な短鎖核酸分子であるこ
と、生体内の内在性遺伝子の一つであること、一つの miRNA が複数の遺伝子の制御を行っ
ていることなど癌治療の標的分子であり、miRNA を含めた癌の RNA ネットワークの解明は
我々に重要な知見を提供してくれると考える。
2.3.1.2.4.4.まとめ
近年、遺伝子の新たな発現調節機構として、タンパクをコードしない機能性 RNA である
マイクロ RNA(miRNA)が注目されている。miRNA とは 19-23 塩基の短鎖 RNA 分子であり、
遺伝子発現を翻訳阻害あるいは mRNA の分解を通して制御している。miRNA は複数の遺伝子
を標的とすることが報告されている。そのため、miRNA の発現異常は細胞内における遺伝子
の撹乱を引き起こし、疾患の発生機序に重要な役割を担っていることが報告されている。
我々はこれまでに、固形癌臨床検体を用いた miRNA の発現プロファイルから、miR-145 が複
数の癌種の癌細胞で発現抑制されていることを見出した。ヒト固形癌における miR-145 の
癌抑制機能の解析と、これら miRNA の標的遺伝子の同定を試みた。miRNA とタンパクコード
遺伝子のネットワークを明らかにすることにより、癌における分子機構の新たな情報が得
られるものと考える。
2.3.67
公開版
2.3.1.2.4.5.文献
1) Bartel DP, MicroRNAs: Genomics, biogenesis, mechanism, and function.
Cell 116:281-287, 2004
2) Ambros V, The functions of animal microRNAs. Nature 431:350-355, 2004
3) He L, Hannon GJ, MicroRNAs: Small RNAs with a big role gene regulation.
Nat.Rev.Cancer 5:522-531, 2004
4) Lewis BP, Burge CB, Bartel DP, Conserved seed pairing, often flanked
by adenosines, indicates that thousands of human genes are microRNA
targets. Cell 120:15-20, 2005
5) Esquela-Kerscher A, Slack FJ, Oncomirs-microRNAs with a role in
cancer. Nat.Rev.Cancer 6:259-269, 2006
6) Calin GA, Croce CM, MicroRNA signatures in human cancers. Nat.
Rev.Cancer 6:857-866, 2006
7) Cimmino A, Calin GA, Fabbri M, et al., miR-15 and miR-16 induce
apoptosis by targeting BCL2. Pro.Natl.Acad.Sci. 102:13944-13949,
2005
8) Johnson SM, Grosshans H, Shingara J, et al., RAS is regulated by the
let-7 microRNA family. Cell 120:635-47, 2005
9) Ichimi T, Enokida H, Okuno Y, et al., Identification of novel microRNA
targets based on microRNA signatures in bladder cancer. Int.J.Cancer
125:345-362, 2009
10) Kano M, Seki N, Kikkawa N, et al., miR-145, miR-133a and miR-133b:
Tumor suppressive miRNAs target FSCN1 in esophageal squamous cell
carcinoma. Int.J.Cancer in press, 2010
11) Chiyomaru T, Enokida H, Tatarano S, et al., miR-145 and miR-133ª
function as tumor suppressors and directly regulate FSCN1
2.3.68
公開版
expression in bladder cancer. Br. J. Cancer 102: 883-891, 2010
12) Adams JC, Roles of fascin in cell adhesion and motility. Curr.
Opin.Cell Biol. 16:590-596, 2004
13) Pelosi G, Pastorino U, Pasini F, et al., Independent prognostic
value of fascin immunoreactivity in stage I nosmall cell lung cancer.
Br. J.Cancer 88:537–547, 2003
14)
Peraud A, Mondal S, Hawkins C, et al., Expression of fascin, an
actin-bundling protein, in astrocytomas of varying grades. Brain
Tumor Pathol. 20:53–58, 2003
15) Hashimoto Y, Ito T, Okumura T, et al., Prognostic significance of
fascin overexpression in human esophageal squamous cell carcinoma.
Clin.Cancer Res. 11:2597-605, 2005
2.3.69
公開版
2.3.2.機能性RNAに関する基盤的知見の獲得とそれを基にした機能性RNA同
定
2.3.2.1.機能性ncRNAの多面的選別法の確立と機能解明
集中研③、分室12(日立ソフトウェアエンジニアリング)
共同実施先:
産総研③、東京工業大学(相澤)、弘前大学(牛田)
2.3.2.1.1.細胞核内 ncRNA の機能解析
(集中研、日立ソフト、産総研③)
ヒトゲノムの 98%を占める非コード領域から多数の RNA が産生されていることが明らか
にされたが、その機能はほとんどのものが不明のままであった。これらの長鎖 ncRNA の中
で機能が解明されているものは、高々20 種類程度に過ぎず、その機能もエピジェネティッ
ク制御、転写因子の活性制御、タンパク質の会合、タンパク質輸送などの過程に関わる例
など多岐に渡っている。つまり miRNA 研究で確立されている一般的な機能に裏打ちされた
カテゴリーではないことに注意が必要である。そこで本グループでは、ゲノムの暗黒物質
とも呼ばれる長鎖 ncRNA の基盤的な特徴を注意深く解析し、その中から ncRNA の生合成、
細胞内挙動、機能に関する特有の基盤的ルールを見出すことを目標にし研究を実施してき
た。例えば、タンパク質をコードする mRNA には、その機能を特徴付ける「トリプレットコ
ドン」が存在し、それが機能単位となっている。一方、タンパク質をコードした ncRNA に
は、このような機能単位は存在せず、その代わりに RNA 自身が機能を果たすために必要な
機能ユニットが存在していることが考えられる。一方で、こうした ncRNA の機能ユニット
は、RNA 自身の配列や構造によって規定されるだけでなく、そこに相互作用するタンパク質
因子によって規定される可能性も重要である。よって ncRNA の作用機序を解明し、その機
能ユニットを同定するためには、RNA と相互作用タンパク質の双方を同時に解析する必要が
ある。このように、ncRNA の研究はこれまでのタンパク質遺伝子を標的にして展開してきた
研究の常識にとらわれず、ncRNA 独自の基盤ルールを見出して、それに基づいた研究手順を
構築する必要がある。またこうした研究基盤が整備されない限り、ゲノムの暗黒物質の機
能に至る事は困難であり、本プロジェクトの方向性である機能性 RNA を用いた産業技術を
確立するために、こうした基盤的知見の獲得が不可欠であると考えられる。
本研究では、まず細胞内で ncRNA 特有の挙動を見出すために、細胞内局在解析と遺伝子
発現プロファイリング解析を実施した。次に、そこで見出された ncRNA 特有の基盤情報を
基に、細胞核内に局在する RNA を簡便にノックダウンする機能解析法を開発し、このオリ
ジナル手法を用いて機能解析を実施した。一方で、ncRNA が機能する上で不可欠な相互作用
タンパク質の情報を得るための方法として、ヒト完全長 cDNA リソースを利用すること、網
羅的な RNA 干渉ライブラリーの作成、そして CLIP 法の改良などを実施し、その組合わせに
よって相互作用タンパク質因子を同定する有効性を示した。こうした機能解析の結果、全
く新しい ncRNA の機能を見出すことができ、同時にその相互作用タンパク質についての既
2.3.70
公開版
知情報から疾患と ncRNA との接点を見出す事に成功した。
(1)長鎖 ncRNA の基盤情報の獲得
H-Invitational データベース
(H-InvDB) Ver 2 に 2005 年当時登録されて
いた 5498 個の non-protein coding
transcript (最大 ORF 長 80 アミノ酸)を基
に図 1 に示すフローチャートに乗っ取って、
独立の転写単位から転写され、両末端が完
全長 cDNA として登録されており、さらに
リピート配列を多く含まない 150 種類の
cDNA クローンを解析対象の機能性長鎖
ncRNA として解析に用いた。これらの 150
種類の ncRNA について特異的なプライマー
セットを設計し、これらを用いて定量
RT-PCR によって発現量を定量することを
基本解析技術として取り入れた。基盤的な
情報として、1)細胞内局在情報、2)
組織別の発現特異性の検索を執り行
図 1. H-InvDB からの機能性 ncRNA 候補の選別手
った。細胞内局在の解析には、
常法とされている非イオン化
性界面活性剤を用いた HeLa 細
胞の細胞質画分と核画分の分
離し、さらに得られた核画分を
さらにショ糖密度勾配遠心に
かけ、低密度核画分と高密度核
画分、核小体沈殿を得た。その
後、各分画から調製した RNA を
用いて 158 種類の ncRNA 量を測
定した。その結果を図 2 左に示す。
HeLa 細胞で発現が確認された約
図 2. 長鎖 RNA の基盤知見:細胞内局在パターン
(左)と発現組織特異性(右)
100 種類の ncRNA の内、80%程度が細胞核内に局在しており、明らかに mRNA の局在パターン
とは異なることが明らかになった。また高密度画分に局在するものもあり、これらは何ら
かの構造体内に含まれていることが推測された。次にヒトの 10 組織由来の RNA サンプルを
用いて、158 種類の ncRNA の発現プロファイリング解析を行った。その結果、単一の組織で
のみ発現が認められたものが約 1/4 あり、少数組織でのみ発現するものを併せると 70%でも
のぼることが明らかになった。こうしたことから、ncRNA は特定の組織で発現し機能してい
2.3.71
公開版
るものが多く、各組織特有の生理現象にリンクした機能を果たしている事が示唆された。
(2) 細胞核内 RNA の解析法の開発
細胞核内に存在する長鎖 ncRNA の機能解析には、それぞれの ncRNA を特異的に機能阻害
し、それによって引き起こされる変化を検出する必要がある。通常、タンパク質遺伝子の
機能解析には、siRNA を用いた RNA 干渉法が一般的に用いられている。しかしながら、哺乳
類細胞では、RNA 干渉は細胞質に限られて起こる現象なので、核内の ncRNA を標的に RNA 干
渉によってノックダウンを行う事は困難であった。そこで RNA 干渉に代わる核内 RNA を標
的にしたノックダウン手法の開発を行った。原理としては、標的 RNA に相補的なアンチセ
ンスオリゴヌクレオチド(ASO)を設計し、さらに細胞内で安定化させるために 2 種類の化学
修飾を施し、これをヌクレオフェクションによって効率良く細胞核内に導入する事によっ
て、標的 RNA と ASO とのハイブリッドを形成させた。その結果、細胞核内に存在する RNaseH
活性によって標的 RNA が分解を受け、その後エクソヌクレアーゼによって標的 RNA が分解
される(図 3)。この方法によって RNA 干渉では決して分解できなかった 50 種類以上の核内
ncRNA を効率良く、且つ簡便にノックダウンできることを示した(Ideue et al., 2009)。ま
たこのノックダウン効果は、ヒト、マウスの 10 種類以上の培養細胞で認められた。
図 3. 核内 RNA ノックダウン法の開発。RNA 干渉では分解が困難な核内 RNA をアン
チセンスオリゴと RNaseH 活性を利用してノックダウンする。siRNA では不可能だっ
た U84 が効率良く分解されている。
2.3.72
公開版
次に、ノックダウン後に引き起こされる細胞内での変化を U7 snRNA を例に検出した。U7
snRNA はヒストン mRNA の例外的な 3’末端プロセシングに関わることが知られていたが、
U7 snRNA のノックダウンによって、ポリ A が付加されたヒストン mRNA の検出と、それに伴
う細胞周期 S 期の著しい遅延が検出された。これによって特異的な核内 ncRNA のノックダ
ウンによって、予想された表現型変化が引き起こされることが証明され、この解析系の有
効性が確認された(特願 2008-014036)。
(3) 細胞核内 ncRNA の機能解析
上記の核内 RNA ノックダウン法を駆使して、ヒト細胞の核内に局在する長鎖 ncRNA と低
分子 ncRNA の機能解析を実施した。図 2A で核内局在が示された長鎖 ncRNA の中から 40 種
類の ncRNA についてノックダウンを確認した。その中でユニークな高密度核画分に局在し
ていた HIT56250(MENε/β)について RNA FISH を実施したところ、核内に数個のドット状の
構造体に局在していることが検出された。この構造体の正体を突き止めるために、既知の
核内構造体タンパク質マーカーとの共染色を実施し、これがパラスペックルであることを
明らかにした。次に核内 RNA ノックダウン法を用いて、MENε/β ncRNA を特異的にノック
ダウンした結果、パラスペックル構造が崩壊することを見出した(Sasaki et al., 2009)。
パラスペックルは、2002 年に Fox らによって RNA を含有する新規核内構造体として見出さ
れたが、本研究によってコアとなる RNA 種が同定できた。同時のこの発見は、ncRNA が細胞
内の構造構築に寄与している事を
示す初めてのものであり、ncRNA の
新しい機能概念でもある。この他
の核内 ncRNA については、発現量
が少ないことから RNA-FISH によっ
て詳細な局在解析を行うことが困
難であった。唯一高い発現レベル
を示す HIT57502(MENα)は、スプラ
イシングスペックルに局在するが、
この ncRNA のノックダウンによっ
て、この構造体の崩壊は起こらな
かった。よって MENε/βの役割と
は異なる役割を果たしていると考
えられる。ちなみに MENαのノック
図 4. MENε/β ncRNA による核内構造体パラスペック
ダウンによって MENε/βの蓄積レ
ルの構造構築。核内ノックダウン解析によるパラスペ
ベルが<40%にまで現象することが
ックルの崩壊(上)。既知のタンパク質と ncRNA によ
A549 細胞において見出された。こ
るパラスペックル構築モデル(下)
。
2.3.73
公開版
のことは MEN〈と MENε/βとの間に機能的な相互作用が存在していることが示唆される。さ
らにパラスペックルとスプライシングスペックルは、顕微鏡下で一部が隣接して存在する
ことが知られているので、双方の核内構造体間での因子の行き来がある可能性も考えられ
る。
核内低分子 RNA の中から U7 snRNA, オーファン snoRNA、テロメラーゼ RNA などをノック
ダウンすることに成功した。このうち U7 snRNA については、上述の通り、ヒストン mRNA
のプロセシングに関わることが明らかになっているが、今回のヒト培養細胞におけるノッ
クダウン実験によって、様々な細胞周期ステージでの解析や表現型解析が可能になった。
その結果、ヒドロキシウレアで DNA 合成を阻害させた際に起こるヒストン遺伝子の転写阻
害が、U7 snRNA をノックダウンした細胞では起こりにくいことが明らかになった。つまり
このことは、U7 snRNA には、DNA 合成時にヒストン遺伝子発現を促進する mRNA レベルの制
御機能があるだけでなく、DNA 合成を阻害した際にヒストン遺伝子発現を抑制する新しい機
能があることが明らかになった(図 5)。U7 による転写抑制のメカニズムを明らかにするた
めに、2’-O-メチル化アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて精製した U7 snRNP の構成
成分を、産総研バイオメディシナル情報研究センターの夏目研究室の超高感度マススペク
トロメトリーで分析したところ、新たな U7 結合タンパク質(U7BP1)が同定できた。そこで
図 5. U7 snRNA の新しい機能の発見。通常の DNA 合成期には、ヒストン mRNA の 3’
末端 RNA プロセシングに関わっているが、DNA 合成を阻害した場合や S 期の外では
U7 snRNA はヒストン遺伝子の転写抑制に関与している。
2.3.74
公開版
U7BP1 の過剰発現とノックダウン解析を実施した結果、この因子がヒストン遺伝子発現の負
の制御因子であることが明らかになった。snRNA が転写の抑制に関わる例は、これまでには
報告がなく RNA を介していかに U7BP1 が作用しているかを明らかにすることが今後の課題
である。またもし U7 snRNA が転写抑制のための特異性を規定しているのであれば、snRNA
の配列をデザインすることによって、人為的な特異的な転写抑制技術の開発にもつながる
可能性が期待できる。核内低分子 RNA のノックダウン解析については、複数種のターゲッ
トが未定のオーファン snoRNA についても実施し、標的の同定を目標に研究を遂行した。そ
の解析では、HBII295 オーファン snoRNA が部位特異的なメチル化活性を有する事が証明で
き、さらに核小体においてそのメチル化反応が行われていることも併せて証明できた。一
方既知のタンパク質遺伝子は、核小体には局在していないため、オーファン snoRNA の標的
RNA は特別のメカニズムによって核小体に局在している可能性がでてきた。これまでに U97
と HBII295 のノックダウン細胞から調製した RNA を用いて次世代シーケンサーによる RNA
seq を執り行い、ノックダウンによって発現変動する遺伝子リストを得た。今後この中から
真の標的 mRNA が同定されることを期待している。
(4) 組織特異的 ncRNA の機能解析
図 2B で示す通り、発現プロファイリング解析によって見出された組織特異的 ncRNA の中
から重要な機能を果たしている ncRNA を同定するために、胸腺特異的な ncRNA に注目した。
胸腺は免疫系 T 細胞の成熟化が起こる組織であり、この過程で起こる様々な現象の制御に
関わる ncRNA を同定できることが期待される。そこで H-InvDB の 5498 個の ncRNA の発現を
モニターするために開発したオリジナルなマイクロアレイ解析を脳、胸腺、肝臓、精巣に
対して実施し、そこで得られた胸腺特異的な転写物と上記の定量 RT-PCR 解析によって同定
したものを併せて計 10 種類の胸腺特異的 ncRNA を同定した。次に林原生物化学研究所が保
有する T 細胞の様々な分化ステージ由来の培養細胞株 17 種類における発現プロファイリン
グ解析を実施した結果、大部分がほとんどのステージ由来の細胞で発現が認められたが、
HIT14168 の 発 現 は 、 ス テ ー ジ III の 未 熟 T 細 胞 に 限 ら れ て い た ( 図 6 )。 そ こ で
HIT14168(Thy-ncR1)を個別に機能解析した。その結果、非常に複雑な選択的スプライシン
グによって 12 種類以上のアイソフォームが生み出され、それらは細胞質のポリソーム様複
合体内にアイソフォーム毎に少し異なる画分に局在することが明らかになった。同時に細
胞質に移行するにも関わらず、mRNA 品質管理機構の NMD の標的にはならずに、分解を免れ
ている事も明らかになった。RNA 干渉によって Thy-ncR1 をノックダウンし、マイクロアレ
イによって発現変動する遺伝子を日立ソフトグループとの共同研究で検索したところ、細
胞外マトリクス結合性で血球細胞の増殖促進活性を有する MFAP4 mRNA のレベルが上昇する
ことが明らかになった。MFAP4 mRNA は、NMD 経路に関わる hUPF1 によって負の発現制御を
受けており、hUPF1 による RNA 分解経路は、Thy-ncR1 が関わる経路とオーバーラップする
2.3.75
公開版
ことも明らかになった。MFAP4 mRNA の分解は、hUPF1 に依存的なのに対して hUPF2 には依
存しないので、NMD 経路とは異なる新しい分解経路であると考えられ、その経路を ncRNA が
制御しているスキームは新たな細胞質での遺伝子発現制御機構の存在を示唆するものであ
る。
図 6. 組織特異的 ncRNA からの機能性 RNA の選別。ヒトの様々な組織で特異的に発現す
る ncRNA の発現パターンを上段に示す。胸腺特異的 ncRNA の中から未分化な T 細胞ス
テージで特異的に発現する Thy-ncR1 を選別し、肝臓特異的 ncRNA から肝細胞癌で発現
サイレンシングする Hep-ncR1 を同定した(下段)
。
(5) ncRNA と相互作用するタンパク質因子の同定と機能解析
ncRNA 機能に迫るために重要な相互作用タンパク質を同定するために、上記の MENε/β
ncRNA を用いた解析を実施した。新しいアプローチ法として産総研バイオメディシナル情報
研究センターの五島グループが所有しているヒト完全長 cDNA 由来の Venus タンパク質融合
クローンを用いて、ヒトの約 15,000 種のタンパク質の細胞内局在情報を基にパラスペック
ル様の核内構造体に局在するタンパク質の cDNA クローンを選別した。その後、内在性のパ
ラスペックルタンパク質 PSF との共局在解析によって、確実にパラスペックルに曲剤する
34 種類のタンパク質を同定した。さらに局在しているタンパク質が内在性のパラスペック
ルタンパク質と同じ挙動を示すのかどうかを調べるために、転写阻害剤のアクチノマイシ
2.3.76
公開版
ン D を処理した際に核小体傍に移行するかどうかを検定した結果、同定した 34 種類すべて
が移行することが明らかになった。これを受けて同定した 34 種類のタンパク質を PSP3~36
と命名した。
これらのタンパク質の大部分は RNA 結合タンパク質のモチーフを有しており、
10 個については疾患との関係が報告されている因子であった。次に同定したパラスペック
ルタンパク質をそれぞれ個別に RNA 干渉によって機能阻害し、それによって引き起こされ
る MENε/βncRNA とパラスペックル形態変化を調べた。その結果、MENεと MENβの発現に
図 7. MENε/βと共局在するタンパク質因子の同定。ヒト完全長 cDNA リソース(産総研)
BIRC 五島グループ)を利用して、パラスペックル様の核内構造体に局在するタンパク
質を選別し、パラスペックルのマーカーとの共染色によって実証した(上段)。各タンパ
ク質のドメイン構造を下段に示す。
2.3.77
公開版
特異的に働く因子、双方の蓄積に必要な因子などを同定した。また MENβの蓄積がなくなる
とパラスペックルが形成できなくなることを明らかにした。さらに MENβは、選択的 3’RNA
プロセシングによって、MENεの形成を阻害することによって産生され、その阻害因子が
PSP10 であること、逆に MENεの 3’末端プロセシングを促進する PSP4, 5 を同定した。この
ように局在情報を基にパートナータンパク質を同定し、網羅的 RNA 干渉によって、その結
合の重要性を検定することは、今後の ncRNA の結合因子を同定する上で有効な手段である
ことが明らかになった。そこでヒトの核内 RNA 結合タンパク質と核内 RNA 分解タンパク質
で既知の約 200 個を網羅的に RNA 干渉によって解析できる RNA 干渉ライブラリーを作成し、
個々の siRNA の効力を確認した。これらは今後の解析リソースとして威力を発揮すると期
待できる。一方で次に重要な情報となってくる相互作用タンパク質の結合領域をマップす
る方法としては、UV 架橋後に RNA を金属イオンによって断片化し、目的の相互作用タンパ
ク質とクロスリンクした RNA 断片だけを回収し定量 RT-PCR でマッピングを行う簡易 CLIP
法を開発した。この方法により、1. 完全長 cDNA クローンを用いた相互作用タンパク質候
補の選別、2. 網羅的 RNA 干渉による機能検証に続く解析として、相互作用タンパク質の結
合領域のラフなマッピングを行うことが可能になる。今後さらに RNA 断片化条件とクロス
リンク部位のファインマッピング法を至適化することによって、詳細なマッピングを目指
す予定である。
(6) 精製核内構造体の RNomics 解析
パラスペックルにおいて特異的な ncRNA が核内構造体に局在化して機能していたことが
明らかになり、その他の核内構造体に局在する RNA 種を解析することによって、新たな機
能性 ncRNA が発見できる可能性が浮上した。そこで RNA が含まれていることがこれまでに
分かっており、精製手順がある程度確立されている Cajal 体を細胞分画法を組み合わせて
高度に精製した。その後、この画分に含まれる RNA を調製し、このサンプルをエクソンア
レイ解析及び次世代シーケンサーによる RNA seq 解析を行うことによって、Cajal 体画分中
の RNA 種を探索した。まず snoRNA のホスト遺伝子の転写物とマイクロ RNA の転写物が複数
Cajal 体画分に濃縮されることが明らかになった。この転写物を UHG RNA を例にとり詳細に
解析した結果、スプライシング以前の前駆体 RNA の 5’側の断片が数多く存在していること
が明らかになった。このことは、snoRNA ホスト遺伝子の転写段階で Cajal 体上で転写アレ
ストが起こり、中間体が蓄積している可能性が考えられた。またこの転写アレストは、イ
ントロン上にコードされた snoRNA の生合成に重要な役割を果たしている可能性が考えられ
た。さらに Cajal 体には、ヒトで特異的にエクソンシャッフリングによって多様化した神
経芽腫瘍と関連のある遺伝子のイントロン中の繰り返し配列由来の RNA が高度に濃縮して
いることも明らかになっている。現在この RNA の実体と Cajal 体に局在する意味について
解析中である。
2.3.78
公開版
(7) バイオインフォマティクスにより予測されたゲノム領域から発現するエピジェネ
ティクス制御に関わる機能性 RNA 候補の解析
染色体上でのエピジェネティク制御に関わる ncRNA は、疾患関連遺伝子の発現制御に関
わる有望な機能性 RNA である。そこで、バイオインフォマティクスグループが予測した
10,000 ヶ所のヒトゲノム中の保存二次構造領域からこのような染色体上で機能する ncRNA
が発現している可能性が考えられたので、この領域を網羅的に解析できるマイクロアレイ
を駆使して発現解析を行った。出芽酵母などの知見から、こうした ncRNA は、通常 exosome
と呼ばれる RNA 分解装置によって細胞内では非常に低いレベルに抑えられているので、
Exosome 成分の Rrp40 を RNAi によって機能阻害し ncRNA が分解されなくなった状態でアレ
イ解析を実施した。HeLa 細胞から 300 ヶ所を超える保存二次構造領域が、exosome 感受性
の ncRNA を産生していることが明らかになった。その中には、白血病などの様々な疾患に
関わるエピジェネティック制御遺伝子などの複数の疾患関連遺伝子のプロモーター領域由
来の ncRNA が含まれており、exosome の機能阻害によって数百倍の発現上昇が確認された。
さらにその ncRNA の下流から転写される上記遺伝子の発現も ncRNA のレベル上昇に伴って
数倍程度上昇している事も確認できた。以上のことから、プロモーター領域由来の ncRNA
と下流タンパク質遺伝子の発現の間には、メカニスティックな相互作用が存在することが
示唆された。この作用機構の解明が今後の課題である。
図 8. バイオインフォマティクスによって予測された保存二次構造領域から転写され
るプロモーター制御機能を有すると考えられる ncRNA。Exosome 成分の Rrp40 の RNA 干
渉によって、発現変動することを示すグラフを右に示す。
2.3.79
公開版
(8)まとめ
①医薬品開発に向けた ncRNA と疾患との接点について
これまで述べてきた長鎖 ncRNA に関する様々な基盤的な知見を、医薬品開発のために活
用するためには、長鎖 ncRNA が如何なる形で疾患と関わっているかを明らかにする必要が
ある。これまでに解析した ncRNA には、様々な形で疾患との接点が見出されている。まず
第一に核内構造体形成を行う MENε/βncRNA と共にパラスペックル構造を形成するタンパ
ク質の中には、10 種類の疾患関連タンパク質が含まれている。多くのものは、癌、白血病
の原因となるものであり、その他に神経変性疾患、精神疾患、生殖器系の疾患などユニー
クなものも含まれている。そのうちの一つは、昨年家族性の神経変性疾患の原因遺伝子と
して同定された因子であり、この因子が MENε/βncRNA と共にパラスペックル構造構築に
関わっていることが、この因子の RNA 干渉実験や ncRNA との共発現実験によって明らかに
されている。このように ncRNA が疾患制御タンパク質の機能をモジュレートしている可能
性が浮上し、その作用点の解明が次の重要な目標である。
U7 snRNA と相互作用しヒストン遺伝子の発現抑制を行っている U7BP1 の遺伝子 SNP は、
冠動脈新疾患や突発性心筋梗塞のリスクと相関があることが示されている。また U7BP1 は、
アデノウィルスの E1B 55kDa と相互作用しウィルス遺伝子の発現を促進していることも示
されている。U7 snRNA 機能を改変することによる U7BP1 機能の人為的制御の可能性は、検
討すべき点である。
数多くの組織特異的 ncRNA の中から個別解析した Hep-ncR1 は、肝臓特異的な ncRNA であ
るが、この発現は肝細胞癌組織ではほぼ完全にサイレンシングされることが示された。特
に新潟大学医学部との共同研究で、様々な悪性度の肝細胞癌サンプルを用いて発現解析を
行ったところ、極めて初期の癌組織において発現低下が起こっていることが明らかになっ
た。よって肝細胞癌の診断マーカーとして有望な RNA 分子であると考えられる。さらに
Hep-ncR1 の染色体上近傍のタンパク質遺伝子の発現をモニターしたところ、脂肪酸合成反
応経路の酵素で肝臓機能に関わりのある遺伝子の発現が、Hep-ncR1 の発現と呼応して癌組
織でサイレンシングされることが明らかになった。このことから、Hep-ncR1 は染色体上で
近傍遺伝子の発現調節を行うコントローラーの役割を果たしている可能性が浮上した。
最後にバイオインフォマティクスによって予測され、exosome によって大きく発現抑制を
受けている ncRNA の中には、複数の癌関連遺伝子のプロモーター領域由来のものが存在す
る。上述の通り、プロモーター領域からのこれらの ncRNA の発現は、下流遺伝子の発現制
御に関わっている可能性が高いので、今後疾患遺伝子のプロモーター領域由来の ncRNA の
作用機序を解明することによって、エピジェネティック制御における ncRNA の役割を明ら
かにでき、新しい医薬品開発のための作用点を見出す事が可能になると考えられる。
2.3.80
公開版
②長鎖 ncRNA 研究の展望
5 年間のプロジェクト研究の成果として、長鎖 ncRNA についてのいくつかの重要な知見が
得られた。得られた ncRNA に関する知見から、当初予想していた通り、ncRNA には独自の発
現機構、局在機構、機能が存在することが明らかになったといえる。細胞核内に留まって
機能する ncRNA には、明らかに mRNA とは異なる細胞内制御メカニズムが存在するはずであ
る。またそもそも ncRNA の多くには、タンパク質遺伝子の 90%以上が有するイントロンが
存在しないものがあり、転写とエピジェネティクス制御、転写後の制御共に特有の機構が
存在することが類推できる。これらの基盤的メカニズムの理解も将来的な ncRNA 自体をタ
ーゲットにした医薬品開発を念頭に置くと重要な点となるはずである。一方、ncRNA 機能に
ついては、遺伝子発現の様々なレベルを制御していることが示唆され、その中でも核内の
構造体構築に関わることが明らかになった。ncRNA が関わる新しい細胞内機能をさらに明ら
かにするには、さらなる機能解析系の開発、相互作用因子の解析が益々重要になるだろう。
ncRNA はクロマチン上の転写イベントとカップルして機能する例が、酵母などで示されてお
り、この場合 RNA 干渉や核内ノックダウン法を駆使しても、本来の ncRNA 機能を解析する
ことは困難である。転写レベルの進行を特異的に抑える新しい技術の開発が今後の課題と
なるだろう。相互作用因子の同定については、王道である RNA-タンパク質複合体の精製か
らその構成成分を分析する方法が最も有効だが、ncRNA が微量にしか存在しないことや、精
製によって完全な相互作用が乱される可能性があるため、in vivo での相互作用をキャプチ
ャーし感度よく検出する方法が必要である。本研究によって試行された細胞内局在情報、
RNA 干渉、CLIP 法の組み合わせによる解析は、微量に ncRNA と相互作用するタンパク質を
同定する上で有効かもしれないが、取りこぼす事も十分考えられるので、新たな方法を考
案する事が望まれる。世界的にも長鎖 ncRNA の機能解析は、遅々として進んでいない。本
研究によって整備された様々な基盤技術や基盤知見が今後のオリジナルな ncRNA 研究に生
かされることを強く望む。
2.3.81
公開版
2.3.2.1.2.ヒトノンコーディング RNA から創薬資源の発見
~新規機能性ペプ
チド群の同定および機能解析ー
(東京工業大学)
本プロジェクトが始まった 2005 年に、哺乳類の組織や細胞から抽出された RNA の網羅的
解析が進み、これら高等動物のゲノムから数千種類の mRNA 型ノンコーディング RNA(ncRNA)
が転写されることが発見された。当時は、siRNA や miRNA の小さい ncRNA 研究が世界規模で
活発に行われていたこともあり、mRNA 型 ncRNA も新規遺伝子調節因子として期待されてい
たし、その期待度の高さは現在までも変わっていない。実際に、数千種類もの長い ncRNA
群の中には、これまでの分子生物学が見逃していた生命現象を支配する鍵となる遺伝子が
含まれる可能性は高いことから、mRNA 型 ncRNA 研究がバイオテクノロジーの分野に新たな
潮流を生み出すことに対する期待は大きい。しかしながら mRNA 型 ncRNA 研究の進展には、
小さい ncRNA 研究にはない難しさがあり、それを克服するためのアイデアが必要であった。
mRNA 型 ncRNA 研究の最大の難点は、機能予測にある。小さい ncRNA の場合は、それぞれ
の1次構造あるいは2次構造により機能分類が可能であるという有利な点がある。例えば、
「20 ヌクレオチド前後の長さの一本鎖が、70 ヌクレオチド長のステム構造に由来する場合、
この RNA は miRNA である可能性が高い、すなわちこの RNA は標的 mRNA と塩基対を形成して
翻訳阻害という機能を有する」といえる。核小体 RNA(snoRNA)や転移 RNA(tRNA)も、そ
の2次構造からそれぞれエディティングと翻訳に関わることは強く示唆できる。一方、mRNA
型 ncRNA の場合は、1次および2次配列が分かっても、それらの機能予測につながるケー
スは皆無に等しい。
そこで東京工業大学グループは、
mRNA 型 ncRNA の機能予測に資する知的基盤を得るため、
ヒト間葉系幹細胞分化システムを用いて、機能をもちうる mRNA 型 ncRNA だけを選別し、そ
れら ncRNA の配列及び構造の解析を進めた。幹細胞の分化過程では、細胞分化に特化した
ncRNA だけでなく、細胞の基本機能(細胞周期、細胞増殖、細胞運動など)を支える ncRNA
も関与している可能性がある。そのため本研究は、再生医療だけではなく、バイオテクノ
ロジー全般への産業応用が可能な mRNA 型 ncRNA に関する知的基盤の獲得が可能になると期
待され、実際に重要な成果を得るに至った。
2.3.2.1.2.1.研究成果
(1)ヒト mRNA 型 ncRNA 専用の発現解析プラットフォームの構築とその活用
バイオインフォマティクスグループ(東大浅井、産総研光山)および機能解析グループ
(産総研廣瀬、日立横井、東工大相澤)のプロジェクト内連携開発研究として、ヒトゲノ
ムから転写される ncRNA の発現量を網羅的に定量するために、ヒト mRNA 型 ncRNA 専用マイ
クロアレイを作成した。その後、我々東工大グループはこのマイクロアレイを活用して、
ヒト間葉系幹細胞(hMSC)が組織細胞(脂肪細胞及び骨芽細胞)へ分化する際に発現量が
2.3.82
公開版
有為に増加あるいは減少する ncRNA を約 200 種類同定した。この結果は、既知のタンパク
質遺伝子と同様に、多くの ncRNA も細胞分化という生命の基本現象の一つに深く関与する
ことを示すと共に、これら ncRNA の中には再生医療や創薬に有用な新規遺伝資源が存在す
ることを暗示するものであった。
(2)hMSC 分化誘導の制御に関わる RNA の個別解析
その後東工大グループは、マイクロアレイ解析で同定した約 200 種類の RNA のうち、最
も発現量が劇的に変動した6種類の RNA について個別に、詳細な配列解析および機能解析
を実施した。その目的は、「mRNA 型 ncRNA」と呼ばれている機能未知 RNA の基盤的な知識を
蓄積させ、それら RNA 群の産業応用への可能性を検証することにあった。そして実際に個
別解析を実施したところ、「mRNA 型 ncRNA」研究の産業化の新たな方向性を見いだすことに
成功した。その方向性とは、mRNA 型 ncRNA 群を、過去におそらく誰にも注目されてこなか
った「新規のペプチド創薬シーズあるいは創薬ターゲットタンパク質」として活用すると
いうことである。
(3)新規タンパク質遺伝子の発見
我々の研究対象の RNA 群は当初、「タンパク質をコードしない RNA」
と公共データベース上では注釈されていたわけであるため、このよう
な方向性は一見矛盾を含んでいるように見える。しかし我々は本プロ
ジェクト研究により、ヒト ncRNA の中から、それぞれ 63 と 153 アミ
ノ酸からなる比較的短いタンパク質を翻訳する RNA を2種類発見し
た(図1)。前者の 63 アミノ酸からなるタンパク質(以下、AGD3)
図1.63 アミノ酸からなるタン
パク質(AGD3)の翻訳発現量
が、hMSC 脂肪分化7日目で完
全に抑制されている。TUBA は
ローディング・コントロール。
はデータベースに登録されていない、完全に新規であった。データ
ベース全盛のポストゲノム時代にあって、タンパク質遺伝子をヒトゲノムから新規に同定
できたことは知財戦略上、大きな成果である。実際に我々は AGD3 タンパク質のアミノ酸配
列および、同タンパク質に対する抗体について物質特許を出願、公開するまでに至ってい
る。
もう一方の 153 アミノ酸からなるタンパク質(以下、p153)についても、配列及び機能
解析の第一段階が終了しており、以下のことが明らかになっている:①p153 にはパラログ
が存在し、②それらファミリータンパク質は共に、形質膜上である重要な生理機能制御に
関わっている。この結果から、この新規タンパク質ファミリーはドラッグターゲットとな
りうると期待できる。近日中に、本タンパク質の研究成果を特許出願及び論文発表する予
定である。
(4)ヒト ncRNA 群を対象にした新規タンパク質の同定
上述の研究から、これまで ncRNA と考えられてきた RNA の中には、産業上有用な新規タ
2.3.83
公開版
ンパク質をコードする RNA が他にも多数存在することが示唆された。そこで我々のグルー
プは、それまでに蓄積してきた「ncRNA の中から新規タンパク質遺伝子を見つけるためのノ
ウハウ」をアルゴリズム化し、ヒト ncRNA 群の一部に対して新規タンパク質の探索を行っ
た。その結果、新規タンパク質をコードする RNA を 27 種類、同定することに成功している。
これらタンパク質も現時点ではデータベースには登録されていないが、上述の2種類のタ
ンパク質と同様に重要な生命機能の制御に関わる可能性がある。
(5)脂肪細胞分化に関わる可能性の高いタンパク質遺伝子の同定
hMSC 脂肪細胞分化に関わる ncRNA の探索の過程で行った対照実験から、同細胞の脂肪細
胞分化時に発現量が有為に変化する既知タンパク質遺伝子を同定した。その中には、これ
まで脂肪細胞分化への関与が報告されていない 6 種類のタンパク質遺伝子が含まれていた。
これらタンパク質は、脂肪細胞分化脂肪代謝のメカニズムに深く関わっている可能性があ
る。
2.3.2.1.2.2.まとめ
(1)目標の達成度
東工大グループの研究目標である「機能性 ncRNA の多面的選別法の確立と機能解明」は
ほぼ達成されたといえる。本プロジェクト開始当時、ヒトゲノムから発現するとされた約
6,000 種類の mRNA 型 ncRNA 群について、それらの機能的情報が皆無であっただけでなく、
これら RNA が機能を有するのかどうかさえ分からない状態であった。そのような状況から
本プロジェクトを開始し、これまでに我々は ncRNA 群から新規タンパク質をコードする RNA
を発見し、その機能の一部を明らかにした。さらには、ヒト ncRNA 群から新規タンパク質
をコードする RNA を選別する方法を見いだし、実際にその方法を用いて別の新規タンパク
質を同定することで、本法の実用性を示すことができた。繰り返しになるが、mRNA 型 ncRNA
研究の大きな方向性の一つを提唱できたことは大きな成果といえる。
未達成要因は、新規タンパク質の機能解析が予想以上に難航し、創薬シーズとしての産
業利用の可能性を明白に示すことができなかった点にある。これは、プロジェクト終了後
も引き続き研究を推進することで解消していく。
(2)成果の意義及び、考えうる波及効果
ヒト mRNA 型 ncRNA 群に、新規タンパク質および新規タンパク質ファミリーを見いだした
本グループの成果の意義は極めて大きい。その理由を以下に列挙する:
・ヒト mRNA 型 ncRNA の中から、タンパク質をコードする遺伝子を探索・機能解析する研究
はこれまでほとんど報告されていないため、ncRNA 研究の新たな方向性を見いだした本成果
は世界最高水準にあるといえる。
・本プロジェクト期間中に同定した新規タンパク質は 29 種類に留まっているが、探索アル
2.3.84
公開版
ゴリズムの改良とゲノムワイドの探索をさらに進めることで、少なくとも 100 種類の新規
タンパク質遺伝子をヒトゲノムからリストアップすることができるであろう。このリスト
は、従来の遺伝子の定義を再考するための重要な知的基盤となるだけでなく、新薬開発上
貴重な財産になるにちがいない。
・現時点ではこれら新規タンパク質はデータベースに登録されていないため、ヒト細胞あ
るいは個体内で機能を有するアミノ酸配列を物質特許化することができ、その後の研究開
発および製品化において知財戦略上優位となる。
・本プロジェクトでは我々はヒトの mRNA 型 ncRNA に特化したが、ここで蓄積された知的基
盤は他の生物種にも適応可能である。農作物、家畜、微生物などといった産業的価値のあ
るさまざまな生物種においても機能未知 RNA はすでに数多く同定されており、また今後も
配列解析の加速化によりさらに莫大な種類の機能未知 RNA が同定されることから、我々の
探索アルゴリズムの改良および適用を迅速に進めることで、これら機能未知 RNA の中から
産業資源となりうる新規タンパク質配列の知財確保につながると期待できる。
本グループは、上述のように mRNA 型 ncRNA の新たな産業利用価値を見いだした。よって、
投入された予算に見合った成果を修めることができたといえるであろう。
(3)知的財産権等の取得
機能解析を行った2つの新規タンパク質のうち、AGD3 のアミノ酸配列および、本タンパ
ク質に対する抗体に関する物質特許を国内出願済みである。国際特許の出願は、AGD3 タン
パク質の創薬シーズとしての可能性をより強く示す実験データを取得後に検討する予定で
ある。P153 タンパク質については、本年中に物質特許の出願を検討する。
新規タンパク質探索アルゴリズムは特許化せずに秘密性を保持しつつ、周辺技術を特許
化する方針である。この一貫として、27 種類の新規タンパク質の知的財産権については、
それらの分子機能を示すデータを取得後随時特許化する予定である。
(4)成果の普及
hMSC 分化制御に関与する ncRNA の同定、および AGD3 タンパク質の発見についてはすでに、
英国一流科学雑誌への掲載を済ませている。AGD3 タンパク質の詳細な機能解析、および P153
タンパク質の同定および機能解析については、今後随時論文発表を行う。
以上の成果について、国内外の学会・シンポジウムあるいは大学で、様々な聴衆に対し
てこれまで数多く講演し、ncRNA 研究の新しい局面を広く情報発信してきた。
(5)実用化、事業化の見通しについて
現状のままでは産業技術として活用することができないが、引き続き開発を進めること
で実用性の高い「新規ヒトタンパク質ライブラリー」を構築できると考えている。創薬シ
ーズの不足が新薬開発のボトルネックになっている現状を考えると、本ライブラリーの需
2.3.85
公開版
要は小さくはない。実際にこの方向性で、複数企業と共同研究を計画している。
本ライブラリーの実用化に向けた技術的な課題は特になく、探索アルゴリズムの改良、
およびゲノムワイドの探索行った後、ライブラリーの調製を常法に従って行うことで実用
可能なライブラリーを構築することができる。唯一の課題は開発資金の調達であり、現在
様々な研究開発助成への申請を検討しているところである。
また本探索アルゴリズムはヒト以外の生物種ゲノムにも適用可能であり、特にノンコー
ディング DNA 領域が大部分を占める高等生物のゲノムに対してその効力をさらに発揮する。
そのため社会的ニーズに合った生物種に対しても探索スキームの微調整を行い、新規タン
パク質ライブラリーの構築を検討しているが、現時点では具体的に共同研究を計画はして
いない。
2.3.86
公開版
2.3.2.1.3.モデル生物線虫を用いた機能性RNAの選別と機能解析
(弘前大学)
プロジェクト開始当初、 生体内に存在する非翻訳 RNA(ncRNA)種を網羅する試みが、国
内外を問わず、盛んに行われ、多くの機能未知 ncRNA が哺乳動物を始めとしたあらゆる生
物種でリストアップされるに至った。しかし、それらの多くは当然のことながら機能未知
であり、それらがいつ、どのような細胞・組織に、どのような状況のもとで発現している
かさえも不明であった。これらの RNA の生理機能および分子機能を知るために、本研究で
はモデル生物である線虫を用いて解析を行うことにした。線虫は他生物種に比べてゲノム
や細胞に関する情報および実験技術の蓄積が充実しており、発生、分化、行動といった高
次生命現象について、RNA を基盤にした分子レベルでの解析を細胞、個体レベルでの解析に
発展させることができる。また、線虫で得た知見は哺乳動物へと応用することが可能であ
り、ヒトの老化や疾患に関係した機能性 RNA の発見につながることが期待できる。実際多
くのヒト疾患原因遺伝子が線虫にも共通に見られることや、プログラム細胞死のような重
要な現象が線虫での研究をきっかけに発展したこと、RNAi の発見が線虫の研究に端を発し
ていることは、線虫での研究がヒトの病気の機構解明に役立つことを示している。ヒトで
は解析が難しい、個体レベルでの ncRNA の発現挙動を追跡することで、機能性 RNA を選別
し、また、機能破壊変異体を分離/作製してその表現型を解析し、新規 RNA の生理機能や
分子機能の解明につなげることを目指した。
2.3.2.1.3.1.研究の成果
(1)ncRNAの発現と細胞内局在
プロジェクト開始当初は、独自に生化学的手法で単離してきた新規ncRNA候補31種類を解
析の対象とした。プロジェクト遂行中に、さらなる新規ncRNA候補(50 nt以上の大きさを
もつものに限定)が52種類報告されたので、途中からはこれらも加えて、最終的に合計83
種類の線虫新規ncRNA候補を解析の対象とした。これらに対して、蛍光in situハイブリダ
イゼーション(FISH)を行い、それぞれのRNAが発生過程のどの時期に、どの細胞に発現し
ているか解析した。同時に、個々のRNAの細胞内局在についても調べた。核小体局在が示さ
れたRNAについては、既知snoRNPを構成する主要なタンパク質(フィブリラリン、Nop56、
dyserin、Nop10)の発現をRNAiにより抑制することで、細胞内局在もしくは発現にどのよ
うな影響が出るか調べた。
83種類のRNAのうち、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)によって発現が確認
されたものは42種類であった。同時に行った12種類の既知ncRNAの結果をあわせると、合計
54種類のncRNAの時空間を追った発現パターンを明らかにすることができた。特筆すべき結
果の一つは、生殖系列の細胞に特に強い発現を示す6種類のncRNAが見つかったことである。
このうち1種類はL1幼虫からL3幼虫にいたるまでは、全ての細胞に発現しているが、L4幼虫
2.3.87
公開版
で生殖細胞での発現が強くなり、成虫では生殖細胞にのみシグナルが検出されるようにな
った。また、成虫の生殖細胞では、特に減数分裂のパキテン期にあると予想される細胞に
強いシグナルが観察された。他の5種類はいずれも虫が孵化した時点ですでに生殖細胞特異
的な発現を示した。そこで胚発生過程におけるそれぞれのRNAの発現パターンをFISHにより
解析し、生殖細胞の形成、分化と各RNAの発現にどのような相関が見られるか調べた。初期
胚ではどのRNAのシグナルもすべての細胞に検出された。しかし卵割が進むにしたがってシ
グナルは弱くなり、やがてほぼ消失するに至った。再度シグナルが観察されるようになっ
たときには、いずれも始原生殖細胞であるZ2細胞、Z3細胞にしか検出されなかった。発現
がZ2細胞、Z3細胞に現れ始める時期はRNA種により異なる。これらの結果は、それぞれのRNA
が卵母細胞から初期胚に持ち込まれるものの、時間の経過とともに分解されること、その
後、胚発生が進んで2つの始原生殖細胞が現れてから、あるいは現れると同時に、あらた
に転写が開始されることを示唆している。このとき、体細胞系列の細胞では各RNAの発現は
抑えられている。これらの発現がどのようなシステムのもとに制御されているか明らかに
することは今後の課題の一つである。
(2)受精卵における核小体RNAの局在の多様性
FISHの結果からは既知ncRNAについても興味深い知見が得られた。U3、U17/snR30、 U18
はいずれも進化的によく保存されたU snoRNAである。U3とU17/snR30はrRNA前駆体の切断に、
U18はrRNAの2’-O-メチル化に働く。これらのRNAの線虫ホモログについて、その核小体局
在を初期胚で観察したところ、それぞれが核小体に集まってくる時期が異なっていること
がわかった。U3は受精直後の卵において、まだ雌性前核と雄性前核が互いに接近するか否
かの時点で、すでにそれぞれの前核に集合している。U18は同じ時期に一部は前核に集まっ
ているが、細胞質のシグナルもまだ残っている。ただし、両前核が融合するころには細胞
質のシグナルはほとんど消失し、核に集まっている。これらに対して、U17/snR30は2細胞
期になっても核にシグナルは現れず、細胞質全体に拡散している様子が観察された。卵母
細胞の成熟過程においては、いずれも同様のシグナルを呈し、それらの挙動は大きく変わ
らないことを示唆する。また、成熟した精子においてはいずれのシグナルも観察されない
ことから、受精卵におけるそれぞれのRNAは卵母細胞由来であると推定される。初期胚にお
けるこれら核小体RNAの挙動は、rRNAの修飾や切断を通して、接合子で新規に合成されるリ
ボソームの活性や性質、量に影響を与えるのかもしれない。
(3)RNP形成の有無
生殖細胞特異的な発現を示す RNA について、複合体形成の有無を調べるため、線虫の細胞
抽出液をグリセロール密度勾配遠心法により分画し、それぞれの画分から RNA を精製して、
ノザンハイブリダイゼーションを行った。細胞抽出液を分画した場合と、細胞抽出液をフェ
ノールクロロホルム処理してタンパク質を除いた後に分画した場合に分け、それぞれ目的の
2.3.88
公開版
RNA を含むフラクションを調べた。この結果、解析した RNA のうち 3 種類が 15-20S 程度の
大きさの複合体を形成していることが示唆された。
(4)機能未知CeR-2 RNAの機能解析
<CeR-2の核小体局在と関連タンパク質の推定>
CeR-2 RNAは他に配列の類似性を示さない新規ncRNAの一つであり、その構造からは機能
を推定できない新規ncRNAの一つであった。FISHによる発現解析の結果は、これが全身の細
胞に、初期胚から成虫に至るまで、強く発現していることを示した。細胞内局在は核小体
であった。核小体RNAの多くはrRNAの修飾をガイドするC/D snoRNAもしくはH/ACA snoRNA、
rRNA前駆体の切断に機能する数種類のRNAに分類される。これらのRNAは、それぞれフィブ
リラリン、Nop56、dyskerin、Nop10などのタンパク質と結合する。そこで、これらをRNAi
(dsRNAインジェクション法)によりノックダウンして、CeR-2の核小体局在や発現に影響
を及ぼすか調べた。その結果、Nop56の発現が低下した場合に局在の変化が観察された。フ
ィブリラリンやdyskerinをノックダウンした場合には虫が死んでしまい、はっきりした結
果は得られなかった。Nop10をノックダウンしても影響は見られなかった。以上から、CeR-2
はNop56と関係することがわかった。
CeR-2 RNAは典型的なC/D snoRNAもしくはH/ACA snoRNAと判断されるようなボックスモチ
ーフのセットや二次構造をもたない。このことから、CeR-2 RNAはrRNAの修飾ではなく、rRNA
前駆体の切断に機能することが予想された。酵母では5種類(U3、 U14、 U17/E1/snR30、
snR10、 MRP)の、脊椎動物では8種類(U3、 U14、 U17/E1/snR30、 U8、 U22、 MRP、 E2、
and E3)の核小体RNAがrRNA前駆体の切断に働く。このうちNop56と結合する、あるいはそ
の可能性が示唆されているものは、U3、U14、U8、U22の4種類である。線虫のU3およびU14
ホモログはすでに報告されていること、それらとCeR-2は配列も構造も類似していないこと
を考えると、CeR-2がU3もしくはU14のホモログである可能性は低いと予想された。
<cer-2a欠失変異株の表現型>
CeR-2 RNAには互いに98%の配列類似性を示すホモログが存在する、一方をCeR-2a、他方
をCeR-2bと名付けた。両遺伝子cer-2a、cer-2bはいずれもIV番染色体上に位置する。線虫
変異体ライブラリーからcer-2a、cer-2bを欠失している個体を同定し、ホモ変異体にする
ことを試みた。cer-2aに関しては、CeR-2aコード領域とその上流約500 bpを欠損した変異
株MT16939を単離できた。この株はcer-2a上流にあるタンパク質遺伝子の3’-UTRコード領
域の一部も欠く。cer-2b変異株は単離できなかった。
MT16939において、CeR-2の発現は野性株(N2)の約1/3に減少していた。N2とrRNA前駆体
の蓄積パターンを野性株(N2)と比較したところ、図1に示したような結果となった。顕著
に見られた違いは、MT16939で前駆体c’が増加したこと(レーン3と4、レーン5と6を比較)
と、前駆体bが減少したこと(レーン1と2を比較)の二点である。前者は5.8S rRNAと26S rRNA
2.3.89
公開版
を含む大サブユニットrRNA前駆体のプロセッシングがc’から次の段階に進みにくくなっ
たことを示す。反対に後者の結果はMT16939において18S rRNAの成熟がN2よりも速やかに行
われるようになったことを予想させる。このような違いにも関わらずMT16939とN2の間で成
熟したrRNAの量に大差が見られないのは、MT16939にCeR-2bが残っており、これが機能して
いるためと考えられる。
CeR-2が核小体局在を示すこと、Nop56ノックダウンにより局在を変化させること、LSU
rRNA前駆体の切断と関係するであろうことが実験により示された。これらの特徴を示すRNA
で、まだ線虫にホモログが見つかっていないものはU8 snoRNAであった。そこで、あらため
てCeR-2とU8 snoRNAの構造を比較した。U8 snoRNAの5’末端は28S rRNAの5’末端と塩基対
を形成して、LSU rRNA前駆体の5.8S rRNAと28S rRNAの間にあるITS2の切断に貢献する。CeR-2
がU8ホモログだとすれば、同様の塩基対形成がCeR-2の5’末端と線虫26S rRNAの5’末端と
の間に形成されることが予想された。この点に着目しつつCeR-2の二次構造を組むと、CeR-2
単独の二次構造からは見えてこなかったU8 snoRNAとの類似性が示唆された(図2)。U8には
LSmタンパク質が結合する進化的に保存されたオクタマー配列が存在する。興味深いことに、
CeR-2にも同様の配列(脊椎動物で保存されている8 ntのうち6 ntが一致する)が、二次構
造上の一致する位置に見られた(図2、CeR-2、のLSm-binding-like-motif sequenceとU8の
LSm binding motif)。
<MT16939の表現型>
CeR-2の減少が個体レベルでどのような変化を引き起こすか知るため、MT16939を顕微鏡
で観察し、N2との違いを調べた。この結果、MT16939はN2に比べて未受精卵を高頻度に産み
落とすことがわかった。MT16939(雌雄同体)にN2(雄)をかけあわせたところ、未受精卵
の排出は野性株と同程度まで減少し、受精卵の排出頻度が回復した(図3)。このことから、
CeR-2 RNAの減少は精子形成に影響を及ぼす可能性がある。本研究の成果は、rRNAのプロセ
ッシングやリボソームの生合成が生殖細胞の分化や増殖に寄与することを示唆し、その全
体像やメカニズムの詳細を解明することにつながる。
2.3.90
公開版
(A)
(B)
図 1.cer-2a 変異株(MT16939)の rRNA 前駆体の蓄積パターン.
(A)線虫 N2 株に検出される rRNA 前駆体.”a”に沿ってつけた数字”3, 4, 5, 6”は,rRNA
前駆体をノザンハイブリダイゼーションで検出するために用いたプローブの位置を示す.
(B)ノザンハイブリダイゼーションの結果.各パネルの上にそれぞれの実験で用いたプ
ローブの番号を示した.MB; ブロットしたメンブレンのメチレンブルー染色.各パネルの
左のレーンには N2 から調製した RNA を,右のレーンには MT16939 株から調製した RNA
をブロットしてある.
2.3.91
公開版
Lsm-binding-motif-like
sequence
C. elegans
CeR-2
26S
5.8S
Lsm binding
motif
X. laevis
U8
28S
5.8S
Lsm binding
motif
H. sapiens
U8
28S
5.8S
図 2.CeR-2 と U8 snoRNA の二次構造.
CeR-2,U8,それぞれの 5’末端は,26S rRNA,28S rRNA の 5’末端と塩基対を組
ませてある.
2.3.92
公開版
図 3.MT16939(雌雄同体)の表現型は N2(雄)との交配により回復する.
雌雄同体の MT16939 に雄の N2 を交配し,産み落とした卵(胚)の状態を観察し
た(mating (+)).この結果,交配しない個体が産み落とす卵(胚)
(mating (-))に
くらべて,異常な卵(胚)が少なく,N2 と同程度に回復していることがわかった.
2.3.2.1.3.2.まとめ
本研究では、モデル生物線虫をつかうことによって、細胞系譜に即したncRNAの発現解析
を中心に行うことにより、その組織特異性や時期特異性を示した。一方、機能未知であっ
たCeR-2に関しては、これがrRNAのプロセッシングに関与し、その量が減少すると受精に影
響が現れることを明らかにした。
本研究で用いた線虫C. elegansは寄生性ではないが、近縁種には、ヒトに感染して重篤
な症状を引き起こすものや、植物に寄生して深刻な農作物被害や森林被害を起こすものが
いる。今回解析したncRNAの中には、線虫特異的に存在すると思われるものがあったので、
本研究の成果を近い将来の実用化、事業化に反映させようとすれば、これらncRNAまたはそ
の遺伝子をマーカーとして利用することが想定される。また、中・長期的には、組織特異
性・時期特異性を示すncRNAの発現制御メカニズムや分子機能、生理機能を明らかにするこ
とで、あるいは生殖細胞の分化・増殖や受精といったイベントについてリボソームの生合
成といった観点から解析を進めることで、本研究の成果は将来的に疾患の診断、治療、創
薬、農薬の開発などの応用につながるものと期待できる。
2.3.93
公開版
2.3.2.2.マイクロRNAの作用機構の解明
分室13(大塚製薬)
共同実施先: 徳島大学(塩見)
低分子 ncRNA(non-coding RNA)には、古典的に良く知られている tRNA や snoRNA も勿論
含まれるが、ここ十数年の研究から、20〜30 塩基長という小さな RNA が少なからず存在し、
重要な役割を担っている事が判ってきた。これら小分子 ncRNA は small RNA とも呼ばれる。
short interfering RNA(siRNA)、microRNA(miRNA)、PIWI-interacting RNA(piRNA)な
どがその代表例である。
small RNA によって引き起こされる遺伝子発現抑制機構を総称して「RNA サイレンシング」
と呼ぶ。その代表例は 1998 年に論文に発表された RNAi(RNA interference:RNA 干渉)で
ある。RNAi の発見以来、RNA サイレンシング研究は飛躍的に進み、この機構が発生や代謝、
ウイルス感染防御といった、生命に欠かせない多くの現象を制御していることが明らかに
なってきた。ある種の癌の様に、RNAi 関連分子の機能異常が発症原因として疑われる疾患
も次第に見つかってきている。これらの結果は、我々がこれまでに培ってきた、生命を司
るための遺伝子情報発現の仕組みに関する理解 − 遺伝情報はどのようにゲノムに蓄えら
れており、発現するのか、それらがどのように生物の発生や種の保存を制御しているか −
を大きく変えようとしている。
RNA サイレンシングに関わるタンパク質因子も、数多く存在する事が明らかになった。そ
の中でも特に RNA サイレンシングにおいて中核的な役割を担う因子は Argonaute タンパク
質(Ago)である。RNAi では Ago2 が siRNA と特異的に結合する事によって標的 RNA を認識
し(つまり Ago2 は RNA 結合タンパク質である)、最終的に Ago2 が標的 RNA を切断する(つ
まり Ago2 は endo-nuclease でもある)
。多くの生物は複数の Argonaute を発現する。ショ
ウジョウバエでは5種類の Ago(AGO1、AGO2、AGO3、Aubergine、Piwi)が、マウスでは7
種類の Ago(Ago1、Ago2、Ago3、Ago4、Mili、Miwi、Miwi2)が発現する。これらは、違っ
た種類の small RNA と結合する事によって独立した経路で機能すると予想されるが、まだ
その実体は不明である。
RNA サイレンシングを遺伝子治療へと応用する試みは、日本、欧米で精力的に進められて
いる。しかし、基礎研究を基盤とする知見が追いついておらず、今なお試行錯誤が行われ
ているのが現状である。RNA サイレンシングは医療業界をはじめ多くの産業界において非常
に有効な応用技術となりうる潜在性をもつ。その潜在性を充分に引き出し、正しく有効に
応用するためには、RNA サイレンシングに関する基礎研究を迅速に遂行し、深く理解する事
が不可欠である。
本研究では、microRNA(miRNA)をはじめとした機能性 small RNA(20〜30 塩基)が関与
する特異性の高い標的遺伝子発現制御等、分子経路を解明し、それを医薬開発・疾患治療
等へ応用する基盤を確立する。
2.3.94
公開版
2.3.2.2.1.研究目的
(1)miRNA 作用機序の解明
miRNA は 21~23 塩基からなる一群の機能性 small RNA であり、塩基配列に従って標的 RNA
に作用することによって標的遺伝子の発現を制御する。miRNA をコードする遺伝子は、線虫、
ショウジョウバエ、植物、ヒトといった多くの生物種のゲノムに観察される。ヒトにおい
ては総遺伝子(タンパク質をコードする遺伝子)の約 60%が miRNA によって制御されると
見積もられている。miRNA は、標的遺伝子発現の制御を介し、個体発生や細胞周期、代謝経
路、といった生命維持に不可欠な事象を巧妙に調節し、正常に維持する機能をもつことが
次第に示されてきている。しかし、各々の miRNA が、①どの遺伝子を実際に標的として、
②どういった機構で発現制御を行っているか、に関する知見は、未だ少ないのが現状であ
る。成熟型 miRNA の Argonaute タンパク質へのローディングや、Argonaute タンパク質のリ
サイクリングまでも含めて、miRNA の作用機序を全面的に分子レベルで解明する事を目指す。
主にショウジョウバエと哺乳動物細胞をモデル生物として用いる。
(2)新規機能性 RNA の同定及びその機能解析
最近、生体内で発現する miRNA 以外の機能性 small RNA に注目が集まっている。rasiRNA
(repeat-associated short interfering RNA)や tasiRNA(trans-acting short interfering
RNA)といった分類名が付けられている。miRNA が 21 から 22 塩基であるのに対して、rasiRNA
や tasiRNA は 24 から 29 塩基という様に少し長い事を特徴とする。多くの rasiRNA/tasiRNA
は、transposon やゲノム上に見られる repeat 領域の配列を持つため、こういった領域の転
写が両方向に起こり、2本鎖となった RNA から作られるのではないか、と考えられている
が、その機構は不明である。また実際、この様な small RNA の機能に関する情報も乏しい。
Argunaute ファミリーのうち、ショウジョウバエ AGO1 は、miRNA に特異的に結合すること
によって miRNA 経路において、一方 AGO2 は、siRNA に結合する事によって RNAi 経路におい
て機能している事はすでに明らかになっているが、その他の3メンバー(Aubergine、Piwi、
AGO3)がどんな small RNA(rasiRNA / tasiRNA、あるいは新規機能性 small RNA)に結合
し、どんな遺伝子発現の制御機構(あるいはその他の分子経路)において機能しているか、
に関する知見は殆ど無い。各 Argonaute に特異的に結合する機能性 small RNA を同定し、
その small RNA の機能を明らかにする事を目指す。この内容に関しては、ショウジョウバ
エに限らず、哺乳動物の Argonaute タンパク質に対する抗体も作製し、研究を進める。
脆弱 X 症候群の原因遺伝子 FMR1 は、RNAi 経路における必須因子 AGO2 と特異的に結合する。
これまで AGO2 は外来性 siRNA と結合し、RNAi において機能する事は見出されているが、AGO2
に結合する内在性 siRNA は、未だ同定されていない。AGO2 に結合する内在性 small RNA を
同定すれば、精神遅滞症を導く新規 small RNA の発見につながる可能性があり、これを明
らかにする事を目指す。
2.3.95
公開版
(3)標的遺伝子の miRNA 制御回避機構の解明
ショウジョウバエ後期胚において特異的に発現する miRNA である bantam の標的 mRNA は、
hid である。我々は、これまでの解析から、bantam が発生に伴って発現してくると、bantam
の標的配列を失った hid mRNA が増加する事を見出した。標的配列が無いという事は、bantam
による制御を受けない、つまり回避機構が存在するという事である。この現象がどういっ
た理由で、どのような分子メカニズムで起こるかに関する知見はないため、これらを明ら
かにする事を目指す。
2.3.2.2.2.研究成果
(1)miRNA と特異的に結合するショウジョウバエ Ago1の機能解析 1)
ヒト細胞で恒常的に発現する Argonaute は4種類存在する。これらはいずれも miRNA と
も siRNA とも結合する。しかし、Ago2 のみが標的 RNA を切断する活性(Slicer 活性)を有
すると報告された。ショウジョウバエでは恒常的に発現する Argonaute は2種類ある。そ
のうち、Ago1 は miRNA と Ago2 は siRNA と特異的に結合する事によって、独立した RNA サイ
レンシング経路において機能する。ショウジョウバエ Ago2 は RNAi に必須な因子であり、
よって Slcier 活性を持つ事が期待されるが、本研究から Ago1 にも Slicer 活性がある事が
判明した。miRNA は通常、標的 mRNA の翻訳を抑え、mRNA の切断は伴わないと考えられてい
た。何故、Ago1 にも Slicer 活性があるかは、未だ不明である。
ショウジョウバエ Ago2 が無い条件下においては、siRNA duplex が duplex のまま存在す
る事が判った。これは Ago2 の Slicer 活性が siRNA の一本鎖化に必要である事を示唆する。
実際、siRNA duplex のうち、passenger 鎖が Ago2 の Slicer 活性依存的に切断される事を
実験的に示す事が出来た。Ago2 Slicer によってきられない duplex を作成したところ、こ
れを用いては RNAi を誘導出来ない事も判明した。Dicer2 活性によって長鎖二本鎖 RNA から
切り出された siRNA duplex は一旦、duplex として Ago2 と結合し、Ago2 が passenger 鎖を
切断する事によって siRNA が1本になる事が強く示唆された。
(2)ショウジョウバエ卵巣において発現する Piwi に結合する small RNA の同定及び解析
2)
Piwi(P-element induced wimpy testis)タンパク質は、ショウジョウバエ生殖細胞に
おいて特異的に発現する Argonaute の一つである。これまで遺伝学的な解析により、Piwi
は germline stem cell の新生・維持に必須である事が判っていた。また、piwi 遺伝子変異
体においてはトランスポゾンの発現量が上昇する事が知られていた。しかし、Piwi タンパ
ク質の分子機能は不明のままであった。Piwi タンパク質に対する特異的なモノクローナル
抗体を作成し、これを上手く利用する事によって、ショウジョウバエ卵巣より Piwi タンパ
ク質を免疫沈降により単離精製した。この沈降物から RNA を抽出し、P32 ラベル法によって
可視化したところ、24-30 塩基長の RNA が Piwi に結合している事が判明した。これら RNA
2.3.96
公開版
の塩基配列を同定したところ、大半の RNA がショウジョウバエゲノム上に点在するトラン
スポゾンやその他の繰り返し配列を伴う遺伝子間領域を由来とする事が判明した。さらに
解析をすすめたところ、rasiRNA と称される small RNA 群である事もわかった。Piwi タン
パク質には miRNA も RNAi を誘導するために用いる siRNA も結合しない。
また、卵巣内の Ago1
には miRNA が、Ago2 には siRNA が結合するものの、rasiRNA は結合しない事も明らかにな
った。つまり、rasiRNA は Piwi タンパク質と特異的に複合体を形成し、トランスポゾンな
どの発現抑制に関わる事が示唆された。Piwi 抗体を用いて卵巣及び精巣を免疫染色したと
ころ、卵巣では全ての細胞で Piwi は高く発現する事、しかし、精巣においては体細胞のみ
において強く発現する、つまり精巣内 Germline stem cell では Piwi の発現は非常に弱い
事も判った。Piwi 以外の4種類のショウジョウバエ Argonaute は細胞質に局在するが、Piwi
は核内に局在する事も判明した。Piwi は核内で、転写レベルにおいて遺伝子発現抑制を担
う Argonaute であるのかもしれない。
(3)ショウジョウバエ卵巣において発現する Argonaute の機能解析:piRNA 生合成経路の
分子機構の解明 3)
ショウジョウバエは7種類の Argonaute を発現する。このうち、3種類の Argonaute
(Aubergine; Aub、Piwi、Ago3)は生殖巣特異的に発現する事が判っている。Aub と Ago3
に対する特異的なモノクローナル抗体を作成し、卵巣で発現する両タンパク質を免疫沈降
で回収し、各々に結合する small RNA を P32 ラベル法で可視化したところ、それぞれに 24-29
塩基長の small RNA が特異的に結合している事が判明した。これら small RNA の塩基配列
を同定したところ、それらの多くはトランスポゾン由来の piRNA である事が判った。Aub に
結合する piRNA の多くはアンチセンス鎖を由来とし、また、5’末端に U を多く持つ事を特
徴とする。これに反し、Ago3 に結合する piRNA は多くの場合センス鎖を由来とし、5’末端
から 10 番目において A が多い事が判った。以前解析した Piwi に結合する piRNA の場合、
Aub に結合する piRNA と同様に、多くの場合、アンチセンス鎖を由来とし、また、5’末端
に U を持つ事が判明した。
in vitro での標的 RNA 切断アッセイを行う事によって、Aub、
Piwi、
Ago3 いずれも切断活性を持つ事も明らかとなった。これらを考え合わせると、piRNA 生合
成に Aub、Piwi、Ago3 の切断活性が関わるのではないか、と考えられた。すなわち、Aub-piRNA
複合体(あるいは Piwi-piRNA 複合体)がセンス鎖のトランスポゾン転写産物を標的とし、
それを切断する(この切断によって piRNA の 5’末端が決定される)、その後、さらなるプ
ロセシングが起こり、成熟型 piRNA になった後に Ago3 と結合する、センス鎖由来の piRNA
と複合体を形成した Ago3 は続いてアンチセンス鎖のトランスポゾン転写産物を標的とし、
それを切断する、その後、さらなるプロセシングが起こり、成熟化 piRNA となった後に Aub
(あるいは Piwi)と結合する、という仮説が成り立った。以前の研究からショウジョウバ
エ piRNA の生合成には dicer は必要でないという結果が得られており、本研究で提唱した
モデルはその概念と一致する。但し、piRNA の 3’末端を決定する因子は未だ同定されてい
2.3.97
公開版
ない。また、Aub や Piwi の切断活性を介して作られた piRNA がどのように Ago3 と結合する
か、に関しても実体は未だ不明である。
(4)ショウジョウバエ piRNA の末端修飾に関わる因子の同定及び機能解析 4)
ショウジョウバエ生殖細胞特異的に発現する Argonaute である Aubergine、Piwi、Ago3
は piRNA と特異的に結合する事によって生殖細胞特異的な RNA サイレンシング機構におい
て機能する。これまでの beta-elimination 解析によりショウジョウバエ piRNA は 3’末端
のリボースにおいて何らかの修飾を受けている事がわかっていた。本研究において、この
piRNA 修飾を mass 解析によって同定したところ、2’-O メチルである事が判明した。植物
では miRNA が同様の修飾を受ける事が判っており、また、この反応を担う酵素は Hen1 であ
る事も既に報告されていた。そこで、Hen1 のショウジョウバエ相同体に着目し、これがシ
ョウジョウバエ piRNA の修飾酵素であるかどうか検討する事にした。Hen1 のショウジョウ
バエ相同体の変異体を入手し、この卵巣より piRNA を回収して beta-elimination 解析した
ところ、野生型のそれに反して末端修飾を受けていない事が判明した。Hen1 相同体が piRNA
修飾酵素である可能性が示唆された。続いて、Hen1 相同体リコンビナントタンパク質を作
成し、これを用いてアッセイを行った。予想通り、Hen1 相同体には一本鎖 RNA をメチル化
する活性を示した。Hen1 相同体活性中心に変異を導入したタンパク質では、メチル化活性
はみられなかった。Hen1 相同体は Piwi や Aub、Ago3 と結合する事が判明した。しかし、Ago1
とは結合しなかった。ショウジョウバエの miRNA がメチル化修飾を受けない理由はここに
あると考えられる。Hen1 ショウジョウバエ相同体に Pimet(piRNA methylating enzyme)
と名付けた。
(5)ショウジョウバエ卵巣・精巣において機能する piRNA の同定と解析 5)
ショウジョウバエは7種類の Argonaute を発現する。このうち、3種類の Argonaute
(Aubergine; Aub、Piwi、Ago3)は生殖巣特異的に発現する事が判っている。Aub に対する
特異的なモノクローナル抗体を作成し、卵巣で発現する Aub を免疫沈降で回収したところ、
24-28 塩基長の small RNA と特異的に結合している事が判明した。これら small RNA の塩基
配列を同定したところ、それらの多くはトランスポゾン由来の piRNA である事が判った。
これら piRNA の多くはアンチセンス鎖を由来とし、また、5’末端に U を多く持つ事を特徴
とする。精巣内 Aub に結合する piRNA の解析もすすめた。これら piRNA 中には Su(Ste) locus
を由来とするものが多く含まれた。Su(Ste) locus は Stellate 遺伝子の発現を抑制する
locus として以前より知られていた。この locus から small RNA が発現し、Stellate 遺伝
子の発現を抑制する事、このサイレンシングに Aub が関わる事は既に遺伝学的な解析から
判っていたが、Su(Ste) locus を由来とする small RNA が piRNA であり、Aub に結合する事
を示したのは本研究がはじめてである。Su(Ste)由来の piRNA と結合した Aub は Stellate
mRNA を切断する活性を示した。よって、Aub は Stellate 遺伝子の mRNA を切断する事によ
2.3.98
公開版
って Stellate 遺伝子の発現を抑制していると考えられる。精巣内で Aub に結合する piRNA
の中にはこれまで annotate されていなかった遺伝子間領域から発現するもの(AT-chX と命
名)が含まれる事が判明した。興味深い事に AT-chX piRNA は vasa mRNA と強い相同性を示
した。Aub 変異体精巣における Vasa タンパク質の発現量を検討したところ、野生型のそれ
に比べ、上昇している事が判った。また、AT-chX piRNA と結合した Aub は vasa mRNA を切
断する活性を示した。これらの結果は Aub は AT-chX piRNA と結合することによって vasa
遺伝子の発現を負に制御している事を強く示唆する。
(6)ヒト Ago2 および Ago3 に結合する miRNA の解析 6)
ヒトは8種類の Argonaute タンパク質を発現する。このうち、4種類(Ago1、Ago2、Ago3、
Ago4)は恒常的に発現する Argonaute であり、主に miRNA 経路で働くとされていた。しか
し、これらの報告は全て強制的に細胞内で発現させた Ago1 から Ago4 を用いた解析結果で
あり、内在性 Ago に焦点を当てた解析はなされていなかった。そこで、ヒト Ago1 から Ago4
に対するモノクローナル抗体を作成し、それぞれの Ago を細胞より回収した後に各 Ago 結
合する miRNA の解析を試みた。Ago1-Ago4 に対する抗体は作成できたが、免疫沈降に用いる
事ができる抗体は Ago2 と Ago3 のみであったため、これらを利用することによって、解析
をすすめた。Jurkat 細胞より特異的モノクローナル抗体を用いる事により、Ago2 と Ago3
を回収し、これらに結合する small RNA の同定を試みたところ、お互いに良く似た miRNA
群と結合する事が判明した。ある miRNA 群は Ago2 に特異的にあるいは Ago3 に特異的に結
合していた。この miRNA sorting 機構に関しては不明である。本研究における miRNA の解
析から、miRNA にはすでに登録されている miRNA と両末端配列を異にする miRNA アイソフォ
ーム群が存在する事が判明した。miRNA は5’末端から数え2−8塩基配列特異的(この配
列をシード配列とよぶ)に標的 mRNA を選別する事が判っている。つまり、5’末端に塩基
が不可した場合、異なった標的 mRNA を認識してしまうはずである。標的 RNA 切断アッセイ
を立ち上げ、実際に同じ pre-miRNA から生成された miRNA アイソフォームに異なる標的を
認識する機能があるかどうか検討したところ、期待通りの結果が得られる事が判った。5’
末端に2塩基付加が起こった miRNA アイソフォームは塩基付加を持たない miRNA アイソフ
ォームの標的を基質として認識しなかった。つまり、miRNA 遺伝子は異なる機能をもった
miRNA を複数発現する機能を有する事が判明した。
(7)内在性 siRNA の同定及びバイオインフォマティクス解析 7)
ショウジョウバエ RNAi 機構においては Ago2 が siRNA と結合する事によって中核的な役
割を担う事が判っている。Ago2 は恒常的に発現する Argonaute タンパク質であるが、常に
外来からの siRNA を待ち受けているのであろうか、それとも内在性の siRNA がショウジョ
ウバエに存在し、これと複合体を形成することによって何らかの RNA サイレンシング機構
において機能するのであろうか?この疑問に答えるために以下の実験を行った。
2.3.99
公開版
我々の研究室ではすでにショウジョウバエ Ago2 抗体を作成済みであった。そこで、RNAi 反
応を誘導していない S2 細胞より Ago2 を免疫沈降によって単離精製し、それに結合する
small RNA の回収をおこなった。21 塩基長をピークとする small RNA 群が得られたため、
次世代シーケンサーによって塩基配列を決定したところ、その多くはトランスポゾンを由
来とする small RNA である事が判明した。これによって、ショウジョウバエにも内在性 siRNA
(endogenous siRNA; endo-siRNA)が存在する事が明らかとなった。外来性 siRNA は長鎖
二本鎖 RNA から Dicer2 の RNaseIII 活性を介して生成する事が判っている。Dicer2 をノッ
クダウンした条件下において endo-siRNA の生成効率も著しく低下する事が判明した。また、
Dicer2 欠損体ショウジョウバエにおいては多くのトランスポゾンのサイレンシンが解除さ
れている事も判った。endo-siRNA は Dicer2 によって生成され、Ago2 に特異的に結合する
事によって、トランスポゾンのサイレンシングに関わる事が明らかとなった。
(8)miRNA-RLC 及び miRNA-RISC の解析 8)
ショウジョウバエ miRNA 機構において miRNA は pre-miRNA から Dicer1 によって生成され、
Ago1 へ特異的に結合する。この miRNA プロセシング反応において、Ago1 は Dicer1 と結合
する。この後、Ago1 は結合した miRNA の塩基配列に従って標的 mRNA を選別し、それに miRNA
を介して結合する事によって、この mRNA がタンパク質合成の鋳型となる事を阻害する。こ
の翻訳阻害反応においては Ago1 には GW182 タンパク質が結合する事が判っている。GW182
は Ago1 の標的 mRNA の cap 結合タンパク質および PABP に直接結合する事によって、標的 mRNA
上でのリボソームの会合を阻害すると報告されている。つまり miRNA 機構において Ago1 は
Dicer1 と GW182 と結合する機会を持つが、この結合はどのように制御されているのであろ
うか?本研究を通してまず、Dicer1 と GW182 は同時には Ago1 に結合しない事が判った。そ
れぞれの複合体を S2 細胞株より単離精製し、そこに含まれる RNA を解析したところ、
Ago1-Dicer1 複合体には pre-miRNA と共に miRNA duplex が含まれるが、Ago1-GW182 複合体
には成熟型 miRNA のみが含まれる事が判った。pre-miRNA を miRNA へと変換する反応におい
て Ago1 は Dicer1 と結合するが、一旦、miRNA と複合体を形成した後は、Ago1 は Dicer1 か
ら解離し、GW182 と結合する事が示唆された。miRNA との結合が、Ago1 がパートナー因子を
変える原動力となっていると考えられる。実際、Ago1-Dicer1 複合体には pre-miRNA をプロ
セスする活性があるのに対し、Ago1-GW182 複合体にはそのような活性は見られなかった。
また、GW182 を RNAi によってノックダウンした条件下においても miRNA の発現量に変化は
みられなかった。GW182 は miRNA 生合成経路には必要でない事が明らかとなった。RNAi 経
路においては siRLC と siRISC が形成される事が判っている。siRLC は siRISC の前駆体に相
当し、時間経過とともに siRLC は siRISC へと置換される。これらの複合体の可視化には複
数の研究グループが成功している。miRNA 経路においても miRLC 及び miRISC 複合体が形成
されると考えられていたが、これらの可視化は未だなされていなかった。pre-miRNA を S2
細胞抽出液と混合し、反応させた条件下で miRLC と miRISC 複合体の可視化を検討したとこ
2.3.100
公開版
ろ、それに成功した。miRLC も miRISC も siRLC、siRISC に比べ、小さい事が判明した。
(9)内在性 siRNA の生合成に関する研究 9)
ショウジョウバエでは3種類の小分子 RNA が内在的に発現する(miRNA、endo-siRNA、
piRNA)。これらはいずれも RNA サイレンシングにおいて機能する事が判っている。piRNA は
Dicer 非依存的に生成されるが、miRNA と endo-siRNA はそれぞれ Dicer1 と Dicer2 に依存
的に生成する。これまでの解析から miRNA の生成には Dicer1 のパートナー因子である
Loquacious(Loqs)が重要な役割を果たす事が判っていたが、最近の研究から、Loqs は
endo-siRNA の生成機構においても機能する事が示された。この調節はどのように行われて
いるのか?この疑問に答えるために、以下の研究を進めた。
Loqs には4種類のアイソフォームがある(PA、PB、PC、PD)。これら4種類の Loqs cDNA
を獲得し、Dicer1 と Dicer2 との結合様式をしらべたところ、Loqs-PB と Loqs-PA は Dicer1
と、Loqs-PD は Dicer2と特異的に結合する事が判明した。各 Loqs アイソフォームを RNAi
でノックダウンした条件下で endo-siRNA の生成度を確認したところ、Loqs-PD を特異的に
ノックダウンした際に、endo-siRNA の生成量のみが減少する結果が得られた。これらの結
果は Loqs-PD が Dicer2 と結合する事によって endo-siRNA の生成経路で機能する事を強く
示唆する。S2 細胞内において myc-tag を付加した状態で4種類の Loqs を発現させ、myc を
介して精製したタンパク質複合体で small RNA プロセシングアッセイを行った。Loqs-PA 及
び Loqs-PB 複合体は pre-miRNA を miRNA へとプロセスする活性を示したが、Loqs-PD 複合体
は示さなかった。一方、Loqs-PD 複合体は長鎖二本鎖 RNA を siRNA へプロセスする活性、お
よび pre-endo-siRNA を endo-siRNA とプロセスする活性を示した。Loqs-PD 複合体には R2D2
が含まれる事が western blot 解析から判明した。Dicer2 はある程度の割合で Loqs-PD と
R2D2 と三者複合体を形成する事によって、長鎖二本鎖 RNA および pre-endo-siRNA いずれの
分子も基質として認識し、プロセスする事が明らかとなった。Dicer2 および Loqs-PD のリ
コンビナントタンパク質を作成し、これらを利用する事によってアッセイを行う事によっ
て Loqs-PD には Dicer2 の活性を促進する機能がある事が判った。R2D2 にはその様な活性は
見られない事から、R2D2 の small RNA プロセシング反応への機能的寄与は不明である。興
味深い事に、
endo-siRNA precursor は Loqs-PD 複合体によってプロセスされるが、
pre-miRNA
様となった endo-siRNA precursor 中間産物は Loqs-PB 複合体によって基質と認識され、プ
ロセスされる事が判った。また、この中間産物から得られた small RNA は miRNA と同様に
Ago1 に結合することも明らかとなった(endo-siRNA は通常 Ago2 に結合する)。
2.3.2.2.3.まとめ
small RNA を自在に用いて遺伝子治療等に用いようとする試みは欧米をはじめ、各国盛ん
に進められているのが現状である。しかし、RNA サイレンシングによる遺伝子発現抑制の効
果や基質特異性が高い事は理解されてはいても、small RNA の作用機序が充分に解明されて
2.3.101
公開版
いない状況下においては、その‘特徴’を発揮する、あるいは応用する事はほぼ不可能に
等しい。数年前、マウスを用いた研究より、small RNA を大量に体内に導入(あるいは発現)
した場合、内在性の RNA サイレンシング経路を阻害してしまい、非特異的な効果しか得ら
れないという結果も報告された。我々が本研究を通して得た成果—例えば、Argonaute の持
つ Slicer 活性が siRNA の成熟化に必須である、ヒト細胞において内在的に発現する Ago3
には Slicer 活性を持たない、miRNA 遺伝子からは違う機能をもった miRNA アイソフォーム
が生成される可能性がある、など―は、今後の RNA サイレンシングの応用研究に非常に役
立つと期待される。
我々はさらに、生殖細胞特異的に起こる RNA サイレンシング経路に関しても研究を遂行
した。生殖細胞には恒常的に発現する Argonaute タンパク質ももちろん発現してはいるも
のの、生殖細胞特異的に発現する Argonaute タンパク質に比べると、その発現量は非常に
少ない。機能的寄与も少ないといっても過言ではないであろう。よって、生殖細胞にて RNA
サイレンシング機構を応用する場合、piRNA 経路を用いる方が効果的であると予想される。
我々の研究を通して、piRNA の発現様式や、機能の仕方は miRNA や siRNA のそれと大きく異
なり、非常に特徴的で独特なものである事が判明しつつある。こういった理解がさらにす
すめば、piRNA 経路を利用した治療など(不妊や子宮頸癌関連などに関する)も将来可能に
なるのではないかと期待される。
2.3.102
公開版
2.3.2.2.4.文献
1) Miyoshi K, Tsukumo H, Nagami T, Siomi H, and Siomi MC. Slicer function of
Drosophila Argonautes and its involvement in RISC formation. Genes Dev.
19:2837-2848. 2005
2) Saito K, Nishida KM, Mori T, Kawamura Y, Miyoshi K, Nagami T, Siomi H, and Siomi
MC. Specific association of Piwi with rasiRNAs derived from retrotransposon and
heterochromatic regions in the Drosophila genome. Genes Dev. 20:2214-2222. 2006
3) Gunawardane LS, Saito K, Nishida KM, Miyoshi K, Kawamura Y, Nagami T, Siomi H,
and Siomi MC. A Slicer-mediated mechanism for repeat-associated siRNA 5' end
formation in Drosophila. Science 315:1587-1590. 2007
4) Saito K, Sakaguchi Y, Suzuki T, Suzuki T, Siomi H, and Siomi MC. Pimet, the
Drosophila homolog of HEN1, mediates 2'-O-methylation of Piwi-interacting RNAs at
their 3' ends. Genes Dev. 21:1603-1608. 2007
5) Nishida KM, Saito K, Mori T, Kawamura Y, Nagami-Okada T, Inagaki S, Siomi H and
Siomi MC. Gene silencing mechanisms mediated by Aubergine-piRNA complexes in
Drosophila male gonad. RNA 13:1911-1922. 2007
6) Azuma AM, Oguri H, Kin T, Qian ZR, Asai K, Siomi H and Siomi MC.
Characterization of endogenous human Argonautes and their miRNA partners in
RNA silencing. Proc. Natl. Acad. Sci. 105: 7964-7969. 2008
7) Kawamura Y, Saito K, Kin T, Ono Y, Asai K, Sunohara T, Okada TN, Siomi MC, and
Siomi H. Drosophila endogenous small RNAs bind to Argonaute2 in somatic cells.
Nature 453: 793-797. 2008
8) Miyoshi K, Okada TN, Siomi H, Siomi MC. Characterization of miRNA-RISC loading
complex and miRNA-RISC formed in Drosophila miRNA pathway. RNA 15: 1282-1291.
2009
9) Miyoshi K, Miyoshi T, Hartig J, Siomi H, Siomi MC. Functional molecular
mechanisms that funnel RNA precursors into endogenous small-interfering RNA and
micro RNA biogenesis pathways in Drosophila. RNA 16: 506-515. 2010
2.3.103
公開版
2.3.2.3.アンチセンスRNA機能解析
共同実施先:
理化学研究所(清澤)、慶應義塾大学(2;金井)
近年のゲノム・トランスクリプトーム解析の結果、多くのモデル生物において以前考え
られていたより遙かに多くの内在性のセンス-アンチセンス RNA (sense-antisense
transcript、以降 SAT)が存在することが明らかになった。これら RNA には非翻訳性と予想
される RNA (non-coding RNA: ncRNA)のものが存在することも判明した。内在性アンチセン
ス RNA の存在は、哺乳動物において 20 年ほど前から知られていたが、ゲノムデータによる
解析以前(7-8 年前まで)は 20-30 個程度が知られているのみであった。このような状況で
我々は約 6 万のマウス cDNA 配列を用いて、世界に先駆けて約 2,500 にも及ぶ SAT 遺伝子対
を同定した。この個数は遺伝子全体の約 2 割に相当する。当時アンチセンス RNA に対する
関心が現在ほど高くはなかったが、二本鎖 RNA(dsRNA)を介した RNA 干渉が哺乳動物でも
働くとの発表がなされ始めた頃であり、これほど多くのナチュラルなアンチセンス RNA は
dsRNA 形成もしくは他の方法により、遺伝子発現制御を行っているであろうと考えた。ほぼ
同数の SAT 遺伝子対が他のモデル生物で公表され始めたのは全て我々のマウスにおける発
表以後である。
我々は情報科学的解析によるデータがそろうとこれらデータを用い、センス鎖、アンチ
センス鎖を区別して発現解析を可能とするカスタムオリゴマイクロアレイを作製し、発現
解析を行った。その結果として、(1) 情報科学的に同定された SAT 遺伝子対のほとんどが
実際の組織、細胞で発現しており、センス鎖・アンチセンス鎖の発現比も組織によって違
いがあり、(2) SAT 遺伝子座からは非常に複雑な転写様式を介して多様なサイズの転写産物
が産生され、(3) これらの転写産物の多くは核内に留まり、通常の mRNA とは異なりポリ A
鎖を持たないものが多い、ということを発見した。
また、我々が同定した SAT 遺伝子対の約半分は coding RNA/ncRNA の遺伝子対である。そ
れ故、我々の発現解析は世界初の ncRNA のゲノムレベルでのデータであるともいえる。
このような状況で、本プロジェクトでは以下の解析を試みた。
1)最新のゲノム・cDNA 配列情報を用いて今まで行ってきたマウスのみならず、ヒトにお
いても情報科学的に SAT 解析を行い、より多くの SAT 遺伝子対の同定をする。
2)上記情報科学的なデータに基づき、ゲノムレベルでのカスタムマイクロアレイを作製
し、主要組織において発現データの収集、解析を行う。
3)配列レベル、及び発現レベルにおいて(機能性解析への第一歩として)ヒト・マウス間
の相同性解析を行う。
4)疾患及び対応する正常サンプルを用いて疾患特異的に変動する内在性アンチセンス
RNA を同定する。
5)内在性アンチセンス RNA が近傍のゲノム修飾(ゲノムのメチル化)に影響を及ぼし、ひ
2.3.104
公開版
いてはセンス鎖 RNA 発現に影響する報告があるため、SAT 遺伝子座近傍のゲノムメチル
化を解析するためのマイクロアレイを作製、データの収集を行い、アンチセンス転写
との関連を解析する。
6)特定の SAT 遺伝子座を選定し(できれば疾患に関わる遺伝子座)、SAT の発現様式を詳
細に解析することにより、機能性解析を開始する。
7)マイクロアレイ解析で蓄積したゲノムレベルでの発現データ、ゲノムメチル化データ
をベンチの実験科学者が利用しやすいビューワーを開発する。
2.3.2.3.1.研究の成果
2.3.2.3.1.1.マイクロアレイ解析に先立つ条件検討
(1)マイクロアレイ解析は通常 2 つのサンプル間の比較を目的とする場合が多く、2 カ
ラーシステムで行うことが多かったが、今回は多くのサンプルデータの蓄積・解析を
目的としているため、1 カラーシステムを採用することとした。その際、過去に蓄積
したデータとの整合性を保つため、2 カラーシステムと 1 カラーシステムの相関解析
を行い、問題がないことを確認した。
(2)ヒト疾患サンプルの品質に関する検証
ヒト疾患サンプル解析には肝臓及び大腸腫瘍とその周辺の正常組織を用いたが(筑波
大学消化器内科よりのサンプル)、手術中の採取の状況、その後の保存状態などによ
り品質に相当ばらつきがある。アジレント社のバイオアナライザーを用いて、サンプ
ル RNA 中のリボソーム RNA の品質を指標として、アレイ解析として使用可能性の検定
を行い、おおむね 4 割程度のサンプルがアレイ解析に適する品質を有していることを
示した。
2.3.2.3.1.2.情報科学的な SAT 遺伝子、ncRNA 候補遺伝子の抽出
(1)H-invitational、FANTOM3、NCBI RefSeq、NCBI UniGene に登録されている転写産物
の配列をゲノム上にマッピング(配列相同性検索によりゲノム上の位置を特定)し、ゲノ
ム上の近傍にマッピングされた転写産物同士をクラスタリングすることにより(図 1)、SAT
遺伝子の抽出(ヒトおよびマウス)を行った。その結果、ヒトで 3,524 個、マウスで 5,351
個の SAT 遺伝子対を抽出した。またこれら SAT の詳細な情報(ゲノム上の位置やエキソン・
イントロン構造)を管理し、解析に使用するための内部データベース(プログラミング言語
Perl の nstore 形式や Python の pickle 形式)を構築した。
2.3.105
公開版
Se1
Se2
Se1
Se2
A1
B1
Genome
Genome
C1
List of mapped
transcript
D1
An1
An2
An1
An2
E1
N2
Sort and cluster each mapped
transcript
Make SA pair by each cluster
Categorize SA transcript pairs
inside each cluster pairs
Se1
Se1
new An2
new An2
An1
An1
Detect new clusters
from SA category
Detect new clusters
from each cluster pairs
Se1
List of SA
transcripts
An1
Chose longest transcript from
each clusters as the
representative SA transcript*
図1.転写産物のゲノムへのマッピング、SAT の抽出法の概要
(2)転写産物の配列のうち、コード領域としての配列上の特徴を持っておらず、タンパ
ク質との相同性も低いものを ncRNA と考えその抽出を行い、
ヒトで 5,422 個、マウスで 4,519
個の候補を得た(シンテニー解析に基づく候補に関しては後述)。
ヒト
マウス
cDNA ベースのセンス-アンチセンスペア抽出による cDNA 数
12,306
15,274
シンテニー解析に基づくペア候補抽出による cDNA 数
10,197
6,774
ncRNA 候補数
5,422
4,519
合計
27,925
26,567
2.3.2.3.1.3.カスタムマイクロアレイ(発現解析用)の作製
上記 SAT 遺伝子ペア、ncRNA、更に腫瘍関連遺伝子(oncogenes)、ゲノム刷り込みを受け
る遺伝子(imprinted genes)、oncogenes/imprinted genes を人工的に逆鎖にした配列
(artificial antisense 配列:AFAS 配列)、情報科学的にアンチセンス転写産物が同定さ
れていない遺伝子などの配列を整理・管理し、マイクロアレイ用プローブ選定ツール
“OligoWiz”を用い、プローブ配列の設計を行い、マイクロアレイを作製した(44k マウ
ス及びヒトカスタムマイクロアレイ、アジレント社製)。
(以降、AFAS 配列に対して設計さ
れたプローブを AFAS プローブと呼ぶ。)
2.3.106
公開版
2.3.2.3.1.4.マイクロアレイ(発現解析用)のハイブリダイゼーション
プロジェクト採択以前にアジレント社製の 11k フォーマットにおいてカスタムマイクロ
アレイを作製していたため、上記 44k フォーマットにおけるアレイが完成するまで、11k フ
ォーマットのアレイを用いてハイブリダイゼーションを行い、先行してアレイ解析を行っ
た。また、ポリ A 鎖のない RNA も標的とするため、ハイブリダイゼーションは常に oligo dT
プライミングと random プライミングの両方で行い、データを取った。
(1)マウス(11k)
・12 正常組織、培養細胞
・2 乳がんサンプルと 1 正常乳腺
(2)ヒト(11k)
・5 正常組織
・大腸がんと正常部位のペア(6 患者)
・肝臓がんと正常部位のペア(5 患者)
(3)マウス(44k)
・13 正常組織サンプル
・培養細胞(ES 細胞、線維芽細胞など)
・発生分化
精巣内での germ cell 発生分化過程 3 ポイント
ES 細胞から神経細胞への in vitro 発生分化 5 ポイント
・細胞内分画(3T3 細胞、核内/細胞質)
・ Dicer ノックアウト細胞とそのコントロール
・ 疾患
軸索変性疾患モデルマウスの脳サンプルとコントロール
乳がんモデルマウス GRS の乳がんとコントロール(乳がんは 7 サンプル)
乳がんモデルマウス SHN の乳がんとコントロール(乳がんは 2 サンプル)
・RNA Polymerase II 阻害 (Pol II 以外で転写される ncRNA 検索のため、3T3 細胞)
・RNA Polymerase III 阻害(Pol II 以外で転写される ncRNA 検索のため、3T3 細胞)
・単為発生胚とそのコントロール(インプリント遺伝子解析のため)
・脳由来低分子 RNA (20-40nt 分画、40-100nt 分画)
(4)ヒト(44k)
・14 正常組織サンプル
・大腸がんと正常部位のペア(16 患者)
・肝臓がんと正常部位のペア(9 患者)
2.3.107
公開版
2.3.2.3.1.5.アレイデータの発現解析のまとめ
(1)ヒト 11k アレイによる疾患サンプルの解析
特に興味深いものは腫瘍組織におけ
る AFAS 配列プローブの発現である。ア
レイ作製の項目で説明したように AFAS
配列は、アンチセンス遺伝子のあるなし
にかかわらず、人工的に oncogene の反
対鎖配列を設定したもので、通常の cDNA
配列データを利用する限りプロー
ブを設定できない配列を多く含み、常識
的には発現が見られないはずである。そ
れにもかかわらず疾患サンプルにおい
て発現がみられ、しかも、正常と疾患サ
ンプルでは正反対の発現を示すものが
発見された(図 2)。
各サンプル群は正常部分の組織と腫
瘍部分の組織からなり、正常部分組織
からの RNA を用いてアレイ解析をし
たところ、6サンプル全てにおいて、
oncogene (CDK4) の反対鎖に人工的に
図2.ヒト腫瘍における AFAS の発現
設定した AFAS 配列プローブに対する発現の方が高かった(図2)。ちなみに CDK4 の反対鎖
には遺伝子はおろか、EST さえも存在しなかった。
一方、腫瘍部分サンプルを用いた解析では、全く正反対の結果が得られた(図2)。縦軸
のシグナルは、発現量をあらわし、500 以上あれば通常ノーザンブロット上で容易にバンド
が検出されるレベルである。
この結果は random プライミング法により RNA サンプルをラベルしたものである。AFAS 配
列方向に EST すら発見されていないのは、ポリ A 鎖のついた RNA がこの遺伝子座領域に存
在しない為と思われ、random プライミングによりラベルしたため、このように特徴的なセ
ンス−アンチセンス RNA 発現パターンが得られたものと考えられる。ちなみに通常の oligo
dT プライミング方を用いた場合はアンチセンス RNA は全く検出されなかった(図2におけ
る赤色の棒グラフの値は全てのサンプルにおいてほぼ 0 であった)。
上記結果を受け、我々はさらに正常サンプルと癌サンプルで SAT の発現比の逆転の程度
を測る指標を開発し、これを用いて random プライミング法を用いたとき、発現が逆転する
ようなペア 44 個を抽出した。さらにこれらのセンス・アンチセンス RNA の発現比のクラス
2.3.108
公開版
タリングを行った(図 3)。oncogene/AFAS 配列の比が高いほど緑色になり、低いほど赤色に
なっている。すなわち、random プライミング法を用いた発現解析において、腫瘍では
oncogene の発現が高いが正常組織部分では AFAS の発現が高いものを集めて示している。一
方、oligo dT プライミング法を用いたとき、同じ 44 ペアの発現比がどのようなパターンを
示すかを調べたところ、ほとんどのペアでセンス側の発現の方が高いことが分かった。セ
ンス側の裏から発現する RNA の多くはポリ A 鎖を持たないことがここでも示唆される。
オリゴ-dT
各正常
サンプル
ランダム
対応する 各正常
腫瘍サン サンプル
プル
対応する
腫瘍サン
プル
図3.ヒト腫瘍と正常組織の発現比較のクラスタリング
(2)ヒト 11k アレイとマウス 11k アレイデータを用いたヒト・マウス SAT 間の発現比較
解析
マイクロアレイを用いた解析では、ヒトとマウスの両種で共通に観測された 291 個の SAT
のうち、33%で類似した遺伝子発現パターンが観測された。また両鎖における相対的な発現
量が精巣特異的に逆転するものが多く観測された。さらに in situ hybridization によっ
て、精子形成期に応じて発現量が逆転してゆく SAT が存在することが確認された。我々は
さらにこの中から興味深い SAT を選んでノーザンブロットを行った。その結果、SAT 間のエ
クソンがゲノム上で重なっている領域の一部から small RNA が発現していることが観測さ
れた(siRNA や miRNA とは異なる 50-100nt 程度の RNA)。発見の確率から考えて、これら新
2.3.109
公開版
規低分子 RNA の存在は普遍的であると予想される。これまでゲノムワイドな SAT の解析は
配列レベルに限られていたが、本解析では発現というより高次なレベルから SAT の解析を
行い、発現制御に関連するような SAT の新規特徴を抽出することができた。
(3)マウス 44k アレイを用いた発現解析
マウス 44k アレイ発現データにおいては、AFAS の解析を中心におこなった。本手法は、
最終的には、特定の遺伝子群(例えばがん関連遺伝子や、シグナル伝達系に関わる転写因
子群など)に適用することによって、それらの発現制御に関わるアンチセンス転写の有無
を網羅的に一度に把握するという応用可能性がある。一部は先行してヒト 11k アレイを用
いて AFAS 配列も用いたアンチセンス RNA 解析を行ったが、ここではマウスを用いて、AFAS
配列を用いた発現解析の基礎的な検証を行った(マウスの方が実際の組織での発現を in
situ hybridization で検討するなど、その後の解析で便利なため)。その前段階として、cDNA
配列がとれていない場合でも、アンチセンス転写の発現シグナルを得ることができるのか
を確認するために、ヒト-マウス間のゲノムシンテニー情報をもちいた解析をおこなった。
具体的には、ヒトにおいて cDNA によって予測される SAT のうち、マウスゲノムとのシンテ
ニー領域に存在し、マウスゲノム上ではセンス−アンチセンス転写産物(SAT)として予測
されていないものを対象とした。
正常 13 組織の発現データにおいては、一部の AFAS プローブから一定以上のシグナルを
観察することができた(図 4)。アレイ間ノーマライズに用いた平均値以上のシグナル値を
示す AFAS プローブは oligo-dT プライミング、random プライミングそれぞれ 4.7%、23.4%
図 4.マイクロアレイ解析における AFAS プローブのシグナル強度の確認
であり、random プライミングのほうがより高いシグナル値になるという結果を得た。この
ことはシグナル値の平均においても見られ、同じ遺伝子群のセンス鎖に設計したプローブ
2.3.110
公開版
では、oligo-dT プライミングのほうが random プライミングよりも値が高かったため、アン
チセンス転写産物が poly(A)-negative であるという知見に合致する結果を得た。また、ゲ
ノムシンテニー情報によって絞り込んだ AFAS プローブのシグナル値平均を、そもそもアン
チセンス鎖に cDNA や EST のない遺伝子群(ネガティブコントロール)における AFAS プロ
ーブのシグナル平均と比較すると、oligo-dT プライミング、random プライミングいずれの
場合においても、前者のほうの平均値が高かったことから、ゲノムシンテニー情報をもち
いる方法によって、cDNA 配列で予測できないアンチセンス転写産物が濃縮されてきている
ことを示唆している(今後、新規のアンチセンス転写産物の予測の向上に寄与する可能性
がある)。
正常組織をもちいた AFAS の解析によって得られた新規のアンチセンス転写産物候補のう
ち、10 個程度を in situ hybridization 解析のために選定した。その際、二組織間で比較
し、random プライミングのみでセンスとアンチセンスの発現に逆転のあるものを中心に選
定した(図 5)。
図5.AFAS プローブによる新規アンチセンス RNA 発現同定の2つの例。Te:精巣、In:小腸、Br:
2.3.111
公開版
図6では in situ hybridization で実際に AFAS プローブによって組織における発現が確
認された例を挙げた。興味深いことに精子の発生過程(パキテン期 → 円形精子細胞 → 伸
長精子細胞)において、センス鎖は発生が進むにしたがって発現が減少し、アンチセンス
鎖の発現は逆の発現パターンを示した(図 6)。
図6.AFAS 転写産物の組織での発現例
(A) 精巣内におけるセンス鎖とアンチセンス鎖(AFAS)の発現。精巣内における精子形
成過程の模式図を写真の右横に示す。(B) 精子形成過程に従って分画したサンプルを用
いたアレイ解析の結果。センス鎖とアンチセンス鎖(AFAS)の発現が逆転している。
同様の解析を乳がんモ
デルマウス(GRS)を用
いて行い、腫瘍特異的
な新規 AFAS 転写産物を
同定し、in situ ハイブ
リダイゼーションによ
り組織内での発現を確
認した。がん組織で発
現が上昇している新規
AFAS 転写産物のアレイ
データと in situ ハイ
ブリダイゼーションの
例を図 7 に示した。
図7 乳がんモデルマウス
(GRS)における AFAS 転写
産物の発現例
(上)腫瘍に特異的に発現
上 昇 が 見 ら れ る AFAS
RNA。(右)実際の乳がん
腫 瘍 組 織 に お け る AFAS
RNA の発現。
2.3.112
公開版
2.3.2.3.1.6.SAT 遺伝子座に見られる低分子 RNA を標的とした発現解析
(1)マイクロアレイ解析とノーザン解析
SAT 遺伝子のエクソン同士が重なる領域から新規低分子 RNA が検出されることをうけて、
低分子 RNA(40-100nt 分画、マウス脳由来)をターゲットとして 44k マイクロアレイを用
いてハイブリダイゼーションを行った。発現の高かった上位 26 プローブに関して、マイク
ロアレイ上のプローブ配列(60mer)と同じ配列のオリゴプローブを用いてノーザン解析を
行ったところ、11 プローブ(42.3%)においてノーザンブロット上に 50-100nt 程度のシグ
ナルを認め、その存在の普遍性が確認された。
(2)低分子 RNA の網羅的配列決定
上記、ノーザン解析からの低分子 RNA 存在の普遍性の結果を受けて、マウス脳低分子 RNA
(40-100nt 分画)の Roche GS20 によるパイロット配列決定を行った。この分画ではほとん
どが tRNA 由来と予想されたが、それを見込んだ上で試みた。
43,049 リードの配列が得られ、
両端にアダプターの残る配列を選定し、重複を含む 33,125 配列をその後の解析対象とした。
配列長は、20 塩基、40 塩基、60–80 塩基周辺にピークをみることができた。既知 RNA 配列
(注)への相同検索の結果、大半は tRNA、rRNA、snoRNA、snRNA と相同な配列であったが、
8%(2807 配列)は既知 RNA 配列との相同性は見られなかった。既知 RNA と相同でなかった
2807 配列は、ゲノム上にマッピングすると 214 個の転写単位に由来しており、既知 mRNA
(RefSeq)、UniGene に登録された EST 配列と相同なものは、それぞれ 39 個、42 個だった。
UniGene に登録された EST 配列に対して相同性がないものは、遺伝子間領域から発現する
small RNA である可能性がある。
(注)既知 RNA 配列セットとは、Rfam、miRBase 中のマウス miRNA、NCBI RefSeq 中で ID が
NR ではじまるもの、マウスミトコンドリア DNA(NC_005089)の tRNA、rRNA を統合したも
の(全 34072 配列)をさす。
2.3.113
公開版
2.3.2.3.1.7.遺伝子のエピジェネティックな発現制御に関わるアンチセンス
RNA の解析
(1)SAT 遺伝子座近傍のゲノムメチル化と SAT 発現との関連の解析
アンチセンス RNA の転写がセンス鎖遺伝子のプロモータ領域の CpG アイランドのシトシ
ンをメチル化することにより、センス鎖遺伝子の発現を抑えていると考えられている例が
知られている。同様の役割を有する可能性があるアンチセンス RNA をスクリーニングする
ため、SAT 遺伝子の発現
マイクロアレイと並行的
に SAT 遺伝子座近傍の
CpG アイランドのメチル
化を解析できるアレイ
(MeDIP アレイ)を設計
し、マウス正常組織(1
2組織)及、培養細胞、
乳がんサンプルにおける
データを取得した。
図 8 にその例を示した。
肝臓や腎臓ではアンチセ
ンス鎖の発現が高く、逆
にセンス鎖の発現が低く
なっており、それに伴っ
て CpG 領域のメチル化が
特に肝臓で高くなってい
る。MeDIP アレイによる
シグナルと実際のゲノム
メチル化の状態の相関は
Bisulfite シーケンスに
より確認している。
また、培養細胞を用い
た時のゲノムメチル化の
図8 SAT 遺伝子座とその周辺の CpG アイランドのメチル化
状態の例。
(上段)SAT 遺伝子のゲノム構造。
(中段)SAT 遺
伝子座近傍の CpG アイランド領域の拡大とゲノムメチル化状
態のグラフ。縦軸が高いほど高メチルを現す。
(下段)SAT 遺
伝子の各組織における RNA 発現(発現アレイによる)。
データと SAT 発現解析デ
ータの両方を解析することにより、Mex3a 遺伝子座においてはアンチセンス鎖発現とゲノム
メチル化の相関が得られた。そこでアンチセンス RNA を強制発現させたところ、センス鎖
発現が有意に低下した(アンチセンス強制発現後にセンス鎖の RNA 量が約4割に減少)。こ
の減少におけるゲノムメチル化の係わりに関する解析は今後の課題である。
2.3.114
公開版
(2)Ube3a 遺伝子座におけるアンチセンス転写とゲノム刷り込み現象の解析
Ube3a 遺伝子は Angelman 症候群(重度の精神遅滞・てんかん・ 失調歩行などを主徴と
する奇形症候群)の原因遺伝子であり、ゲノム刷り込み遺伝子(母方もしくは父方からの
どちらか片方の対立遺伝子しか発現していない遺伝子)でもある。遺伝子自体は2つある
にも関わらず、1つの遺伝子しか発現していないため、疾患の原因になりやすい。Ube3a 遺
伝子は更に特異な発現をしており、脳以外では2つの対立遺伝子が発現しているが、脳で
のみ(神経細胞と報告されている)母方の遺伝子のみの発現が見られる。Ube3a 遺伝子座で
は超長鎖のアンチセンス RNA 発現が知られており、我々はこのアンチセンス RNA 発現がゲ
ノム刷り込みに関与していると考え、Ube3a 遺伝子発現制御を最終目的として、解析を開始
した。
通常、ゲノム刷り込みは生殖細胞の発生過程で刷り込まれるため、その刷り込み過程の
解析が困難である。しかし、組織特異的なインプリントであれば ES 細胞をその組織に in
vitro で発生分化させることにより、ゲノム刷り込みが確立する過程の再現が可能となる。
ES 細胞の神経細胞への発生分化は既に確立されているが、マウス ES 細胞研究においては主
に近交系マウス 129 由来の ES 細胞が使われている。129 などの純粋に近交系由来の ES 細胞
は対立遺伝子間に多型がないため、対立遺伝子の区別(母方由来か父方由来かの区別)が
できない。
そこで我々は標準的なマウス近交系(現在ゲノム配列データが公開されている)C57BL/6J
(以降、B6)と B6 に対して多くの多型を有する日本産野生マウス由来の MSM/Ms(以降、MSM)
間のハイブリッド ES 細胞を樹立し、様々な条件設定を加味することにより、神経細胞特異
的なゲノムインプリントを刷り込むことができる発生分化系確立に成功した。我々の系で
は生体での発生により近い状態を維持し、その後の再生医療などへの応用も考慮し、レチ
ノイン酸付加などはしていない。
この神経細胞への分化系において、Ube3a が母方発現にスイッチする際に父方からのアン
チセンス RNA 発現が約 1000 倍上昇することを突き止めた(Ube3a 遺伝子座アンチセンス鎖
上の2ポイントにおいて確認)。そこで以前我々が作製した Ube3a 遺伝子座近傍の SNP アレ
イを利用して、ES 細胞から神経細胞へと分化する過程におけるアンチセンス鎖のゲノムレ
ベルでの発現状況を解析した。この SNP アレイでは Ube3a 遺伝子座アンチセンス鎖上の 379
もの SNP の位置において一気に母親・父親由来の発現の区別が可能である。その結果、神
経幹細胞から神経突起を伸ばす時期に急速に父方染色体からのみ、Ube3a 遺伝子座全体にわ
たってアンチセンス RNA の発現が急上昇することが確認された。
今後の方向性は、このアンチセンス鎖転写がエピジェネティックな変化を伴うのか、ま
た、アンチセンス転写の発現を強制的に変えることにより Ube3a 遺伝子自体の発現様式を
変えることができるのかなど、Angelman 症候群疾患原因究明へつながる解析が可能である。
2.3.115
公開版
2.3.2.3.1.8.マイクロアレイデータのビューワー化
マイクロアレイの発現データやゲノムメチル化のデータを各 SAT 遺伝子対、サンプルの
種類ごとにセンス鎖とアンチセンス鎖の発現比較が一目で判明するようなビューワーを作
製した。主にベンチで実験をする研究者を対象としている(図9)。
図9 アンチセンスビューワーのスクリーンショット
マイクロアレイ上の SAT 遺伝子座及び AFAS 配列の発現情報とゲノム上での
SAT 遺伝子の構造、ゲノムメチル化データの情報がまとめられている。棒グラ
フではセンス鎖(青色)アンチセンス鎖(赤色)の様々なサンプルでのセンス/
アンチセンス発現比が一目で判明できる。
各個人の PC 上で(スタンドアローンで)Java で動くように設計されているため PC の OS
は問わない。現時点では共同研究ベースでいつでも提供可能である。機能を省略化した雛
形バージョンのビューワーは論文発表済みで、以下のサイトで閲覧が可能である。
http://www.brc.riken.jp/archives/Kiyosawa/HMG08/
http://www.brc.riken.jp/archives/Kiyosawa/BMC_Genomics09/
2.3.116
公開版
2.3.2.3.2.まとめ
本プロジェクトの研究において、情報科学的なアプローチで網羅的に内在性アンチセン
ス RNA を同定し、それら情報をもとにマイクロアレイを作製し、実際の組織において数千
対にも及ぶアンチセンス RNA が実際に組織、細胞内で発現していることを証明した。
また、ヒト・マウスの両方における解析を行うことにより、両種で保存されたアンチセ
ンス RNA を同定した。異なる種間における保存性は機能性解析への第一歩となるデータで
ある。
人工的にアンチセンス鎖を同定するプローブ(AFAS プローブ)を設定し、ラベル法に
random プライミング法を用いることにより、今までゲノム・cDNA データによっては検出さ
れないアンチセンス RNA を検出することに成功し、アンチセンス転写がゲノムレベルで普
遍的におきていることをしめし、更にこれら AFAS プローブで検出される新規アンチセンス
RNA にも疾患特異的は発現をするものが数多く存在することを証明した。
アンチセンス転写とゲノムメチル化の相関を解析するため、SAT 遺伝子座近傍のゲノムメ
チル化のデータを取得し、相関のある遺伝子座を同定した。
SAT 遺伝子の発現情報、ゲノムメチル化情報の可視化のためのビューワー、及びデータ解
析の基盤となる情報科学的な解析手法を確立した。
内在性のアンチセンス RNA の網羅的な発現解析の後にはいくつかの SAT 遺伝子座におい
て個々の遺伝子座におけるアンチセンス RNA 機能解析が望まれるが、内在性のアンチセン
ス RNA の多くは cDNA として単離された形で細胞内に存在していないことも多く、ポリ鎖の
無い RNA の場合も多い。その為、転写単位の同定が難しく、機能解析を行うには遺伝子座
ごとの詳細な転写単位の同定から行う必要があることも判明した。
その為、本プロジェクト期間内ではアンチセンス転写そのものの特徴、及び新規アンチ
センス RNA の発見、その中でも疾患特異的なアンチセンス RNA の同定など、トランスクリ
プトーム解析を主とした。
特定の遺伝子座(Ube3a 遺伝子座)において、アンチセンス RNA とセンス鎖遺伝子のエピ
ジェネティックな発現制御の関連を示唆するデータを得た。
新規アンチセンス RNA 同定自体のプラットフォーム、方法などは確立したので、今後希
望の疾患及び様々な生命現状を対象としたアンチセンス RNA の同定が可能となった。我々
の開発したプラットフォームは既にマイクロアレイ解析受託会社にライセンスされている。
このプラットフォームを利用した場合のデータのビューワー化も可能である。
2.3.117
公開版
Ⅳ.実用化の見通しについて
研究開発項目①「機能性 RNA の探索・解析のためのバイオインフォマティクス技術の開発」
①-1「機能性RNAに特化したバイオインフォマティクス技術の開発」で開発された2次構
造を考慮した RNA 配列情報解析技術を用いたソフトウェアは、今後の核酸医薬開発に大きな力
を発揮するものと期待される。特に、動的計画法を駆使したソフトウェアによって、核酸分子
間の相互作用とその位置の予測精度が向上するため、既に核酸医薬の開発に協力している。ま
た、正確な2次構造予測が可能となったことにより、2次構造予測に基づく立体構造解析が可
能となりつつあり、タンパク質との相互作用も含む創薬研究が加速されることが期待される。
①-2「ゲノム配列からの機能性RNAの網羅的予測」で開発された予測機能性 RNA のカスタ
ムマイクロアレイ(日立ソフトエンジニアリング(株))は、今後 RNA 創薬のための解析ツール
として価値があり、新規技術による改良を加えながら、商品化の方向を検討する予定である。
①-3「機能性RNAデータベースの構築」で開発された機能性 RNA データベースは、単に機
能性 RNA だけでなく、ゲノム中の様々な因子を網羅的に解析するための情報基盤として機能し
ており、①-1で開発された情報解析技術と組み合わせて、エピゲノム解析、個人ゲノム解析
などに活用することが可能である。
研究開発項目②「機能性RNA解析のための支援技術・ツールの開発」
②-1「RNAのマススペクトロメトリー法の開発」で開発されたRNAマススペクトロメトリ
ー(RNA-MS)はcDNA解析に頼らない全く新しいRNAの解析技術であり、機能性RNAの基礎研究の
みならず、核酸医薬の品質管理や薬物動態にも十分に応用可能な技術として応用可能な手法で
ある(東大)。RNA-MSデコンボリューション(東大著作物登録)、CIDチェッカー(国際出願)、
RNAマスフィンガープリント法(国内出願)、往復循環クロマトグラフィー(国際出願)など
主要な関連技術を確保しており、国内の企業を中心に技術移転を進めていく予定である。特に
MSメーカー、製薬企業、臨床試験受託機関との連携を予定している。
②-2「機能性RNAの高感度検出システムの開発」では、多重伸長反応(MPEX)法や光化学
反応法を利用した新規の手法を開発した。MPEX 法に関しては miRNA をプロファイリングするた
めのマイクロアレイを開発し商品化へのめどをつけた(DNA チップ研)。
③-3「RNAの新規合成基盤技術開発と化学分子設計」では、「CEM アミダイト合成法の確
立」により原料アミダイトの大量合成が可能となり、世界最長の RNA の合成に成功し、H19 年
度より CEM 法による研究用試薬としての RNA 合成事業を開始した。さらに、核酸医薬品の原料
合成を目指して、グラムスケールでの核酸製造法を確立し、核酸製造メーカーに対して新規 RNA
合成法の技術移管を行った。今後 CEM 法は、長鎖 RNA の世界的な標準合成法の一つとなること
- 15 -
公開版
が期待できる(日本新薬)。長鎖 RNA、修飾 RNA の需要は、世界の RNA 研究が進展するにつれ
て年々増加しており、試薬、診断薬、および核酸医薬品への利用が考えられる。これらの成果
は、核酸を医薬品として応用する上での基盤技術として産業発展に役立つものと考えている。
研究開発項目③「機能性RNAの機能解析」
③-1「 ヒト疾患に関連する機能性RNAの迅速で高効率な同定」では、腫瘍増殖抑制活
性を示す miRNA を複数見出しており、核酸医薬として先行する siRNA で開発されつつある
リポソームをはじめとする各種のデリバリー技術を用いて、全身投与で有効な抗癌剤への
展開ができると期待される。マスト細胞の脱顆粒を制御することを見出した miRNA につい
ては、免疫・アレルギー分野の治療薬としての応用が考えられる。この分野もデリバリー
は重要であるが、喘息であれば吸入剤、アトピー性皮膚炎であれば塗布剤としての開発も
考えられ、全身投与を目指す抗癌剤等に比べると局所投与で済むこれらの薬剤の方がハー
ドルは低い可能性もある。脱顆粒の促進に関与する miR-F については、抑制剤としての開
発が考えられるが、これについてはまもなく完成するノックアウトマウスの表現型を見て
実用化の可能性を見極めていきたい。(協和発酵キリン)
本研究から、マウス、ヒト共に ES 細胞で特異的に発現する miRNA 群の一部が iPS 細胞
の樹立効率の上昇に関与していることがわかった。医薬品としてではないが、miRNA を iPS
細胞の樹立効率の改善や、既に報告されている初期化因子の代替として用いることが可能
となれば、ゲノム DNA を傷つけることなく、必要な時期に一過性に発現させることによっ
て、より高い多能性をもった良質な iPS 細胞を作成する一つの方法として用いることがで
きると期待される。本研究で、miRNA の発現プロファイリングと ES/iPS 細胞の性質との関
連性を示すことができた。通常の遺伝子発現、ジェネティクス、エピジェネティクスと合
わせて、miRNA の発現プロファイリングも iPS 細胞の質の判定基準の一つとして有用であ
ることが期待される。(京都大)
③-2「 機能性RNAに関する基盤的知見の獲得とそれを基にした機能性」では、疾患と
接点を持つ長鎖 ncRNA が見いだされた。まず第一に核内構造体形成を行う MENε/β ncRNA と
共にパラスペックル構造を形成するタンパク質の中には、10 種類の疾患関連タンパク質が
含まれている。多くのものは、癌、白血病の原因となるものであり、その他に神経変性疾
患、精神疾患、生殖器系の疾患などユニークなものも含まれている。そのうちの一つは、
昨年家族性の神経変性疾患の原因遺伝子として同定された因子であり、この因子が
MENε/β ncRNA と共にパラスペックル構造構築に関わっていることが、この因子の RNA 干渉
実験や ncRNA との共発現実験によって明らかにされている。U7 snRNA と相互作用しヒスト
ン遺伝子の発現抑制を行っている U7BP1 の遺伝子 SNP は、冠動脈新疾患や突発性心筋梗塞
のリスクと相関があることが示されている。また U7BP1 は、アデノウィルスの E1B 55kDa
と相互作用しウィルス遺伝子の発現を促進していることも示されている。これらの RNA の
- 16 -
公開版
機能を人為的に制御する可能性を検討すべき点であると考えている。(産総研)
また数多くの組織特異的 ncRNA の中から個別解析した Hep-ncR1 は、肝臓特異的な ncRNA
であるが、この発現は肝細胞癌組織ではほぼ完全にサイレンシングされることが示された。
特に新潟大学医学部との共同研究で、様々な悪性度の肝細胞癌サンプルを用いて発現解析
を行ったところ、極めて初期の癌組織において発現低下が起こっていることが明らかにな
った。よって肝細胞癌の診断マーカーとして有望な RNA 分子であると考えられる。(産総
研)
また本研究において、人工的にアンチセンス鎖を同定するプローブ(AFAS プローブ)を
設定し、ラベル法に random プライミング法を用いることにより、今までゲノム・cDNA デ
ータによっては検出されないアンチセンス RNA を検出することに成功し、これら AFAS プロ
ーブで検出される新規アンチセンス RNA に疾患特異的は発現をするものが数多く存在する
ことを証明した。開発した AFAS プローブは既にマイクロアレイ解析受託会社にライセンス
されている。(理研)
- 17 -
Fly UP