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プラズマ有機薄膜を用いたニオイセンサ

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プラズマ有機薄膜を用いたニオイセンサ
ニオイ
ユビキタスサービスを支える先進ハードウェア技術
プラズマ有機薄膜
ケモメトリクス
特
集
プラズマ有機薄膜を用いたニオイセンサ
ニオイは音,映像だけで伝えられない臨場感や環境などを伝達する新しい
コンテンツです.ここでは,空気中の揮発性物質の混合物である「ニオイ」
せ や ま
み ち こ た て あきゆき
瀬山 倫子 /館 彰之
を実際に捕捉し,電子情報化する装置であるニオイセンサについて,その基
NTTマイクロシステムインテグレーション研究所
本概念と構成,性能を解説します.
ニオイ情報の重要性
人は揮発性の物質と大気成分との
混合物を鼻で捕らえ,ニオイとして検
知します.このニオイの情報は,その
ミュニケーションの実現や新サービス
余りのDNAで定義されるニオイ受容
を生み出す可能性を秘めていると考え
体と呼ばれるタンパク質がニオイ物質
られます.
を選択的にとらえると考えられていま
(2)
嗅覚に倣ったニオイセンサの仕組み
す .ニオイ受容体はニオイ物質の分
子レベルの構造差に対しても敏感で
人が置かれた環境や状態にかかわる位
ニオイを電子情報化してネットワー
す.ニオイ物質とニオイ受容体とが選
置や画像以外の多くの情報を含んでい
クへ入力するデバイスがニオイセンサ
択的に結合すると,Gタンパク質が酵
ます.例えば,コーヒーの香りが漂う
です.ニオイセンサは,図2に示すよ
素を刺激し,刺激伝達物質である環
部屋にいる,キンモクセイの香りのす
うに,数十万種ともいわれるニオイ物
状アデノシン-リン酸(cAMP)によっ
る木立にいる,あるいは油臭い修理工
質を識別する嗅覚システムをモデルと
てイオンチャネルが開き,細胞の膜電
場にいる,といったことです.アロマ
しています.人の嗅覚システムでは,
位が変化する神経シグナルが発生しま
テラピーで利用されるニオイの生理作
鼻上部の嗅細胞にある,わずか347 種
す.ニオイセンサにおいても,ニオイ物
用についても科学的に実証されてきて
おり,生活の中のニオイ環境が注目さ
(1)
臨場感通信
れ始めています .一方で,人が不快
と思うニオイの種類や強さの程度は個
家庭
自然
臨場感通信
ニオイの利用
人レベルで異なります.焼き鳥店から
漂うニオイが隣の住民の苦痛となるこ
ニオイセンサ
ともあります.ニオイ環境アセスメン
トを目的としたニオイを客観的にモニ
タする技術への要求もあります.また
ニオイセンサ
安全確認
健康情報
呼気
汗
公園
ニオイセンサ
企業
商品紹介 ニオイセンサ
警備会社
病院
ニオイセンサ
人から発生する口臭や体臭は健康状
やきとり
態を表す物質を含んでおり,血液や尿
ニオイセンサ
より簡単にサンプリングできる生体モ
ニタ用サンプルとしても期待されてい
個人環境
悪臭 ニオイセンサ
現場
環境
ます.このように,ニオイ情報は,図
1にも示すような生活のいろいろな場
図1 ニオイセンサを用いるニオイ情報の流通
面で発信されており,より感覚的なコ
NTT技術ジャーナル 2003.12
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ユビキタスサービスを支える先進ハードウェア技術
ニオイ受容体
Gタンパク
酵素
ニオイ物質
嗅覚システム
鼻上部
嗅細胞
大脳新皮質
糸球体
環状アデノシンリン酸(cAMP)
イオン
チャネル
脂質膜
ニオイセンサ
=
判別
脳
大脳
辺縁系
膜電位変化
=神経シグナル
センサ素子/センサモジュール
+
センサシグナル
センサA
吸着膜A
特徴量
Aa,Ab,・・・
ニオイ物質
吸着膜B
コンピュータ
化学空間
識別マップ
判別
センサB
ニオイ
Ba,Bb,・・・
吸着膜C
センサC
Ca,Cb,・・・
パターンマッチング
(ケモメトリクス)
ニオイ物質
トランスデューサ
親和性の高いニオイ物質
を優先的に吸着
図2 ニオイセンサの仕組み
質を捕捉することで電気的シグナルを
タを抽出し,それらを識別マップとし
極を形成した基本振動周波数9 MHz
発生するセンサ素子を用います.さら
てデータベース化しておきます.ニオイ
の振動子は,②に示すようにナノグラ
に,ニオイ物質に対して異なる電気的
センサが未知のニオイを計測すると,
ムの質量変化を検出できる高感度なト
シグナルを発生する複数のセンサ素子
そのセンサ応答の特徴量を抽出して,
ランスデューサです.
をアレイ化したセンサモジュールを作
記憶してあるデータベースのニオイマッ
△f=−2 fo △m/A(ρq μq )
製し,ニオイ物質を識別する機能を持
プとマッチングを行って判別します.こ
・・・①
たせることができます.
のような化学的な情報に基づくパター
fo:基本振動周波数,A:電極面
2
1/2
ところで,ニオイは同じ時刻・場所
ン生成やマッチングを行う手法はケモ
積,ρ q :水晶の密度,μ q :水晶
にいない人にどのように伝えることが
メトリクスと呼ばれ,その中でセンサ
のずれ弾性率
できるでしょうか? ニオイには光の
素子の検出原理に適した方法を用いま
△f [Hz] = −1.05 △m [ng]
波長(ナノメートル)や音の周波数
す.
・・・②
(ヘルツ)に相当する単位はありませ
ん.私たちはニオイを鼻で嗅いで「判
センサ素子とセンサモジュール
有機吸着膜は,生体系材料(アミ
ノ酸,糖,核酸塩基など),合成ポリ
断」し,あるニオイを,「○○のよう
NTTマイクロシステムインテグレー
な」とか,「軽い」「重い」など,すで
ション研究所では,プラズマプロセス
に分類される種々の有機固形材料を
に記憶されているニオイ情報や別の感
で作製する有機薄膜を吸着膜として,
原料として作製しています.原材料の
覚の言葉を使って表現することができ
水晶振動子に組み合わせた,ニオイ物
有機物は,プラズマ中の電子,光,イ
ます.ニオイセンサの「ニオイ識別」
質をとらえるセンサ素子を開発してい
オンにより活性化され,それらの有機
も同様に行われます.アレイ化された
ます.吸着量(△m)と水晶振動子
物どうしの新たな結合の生成によりポ
センサ素子によってあらかじめ種々の
の共振周波数変化(△f)の関係は①
ニオイを測定し,各々のセンサからの
のS a u e r b r e y 式で表されます.直径
電気的シグナルを特徴づけるパラメー
約8 mmのATカット の水晶に金属電
48
NTT技術ジャーナル 2003.12
*
マー(オレフィン系,フッ化物系など)
* ATカット:水晶片の結晶軸からの切り出し角
度.周波数温度特性が良好な厚みすべり振動
モードの振動子が得られます.
特
集
リマー化し,原材料の分子構造と関連
ニオイ物質
プラズマ
有機薄膜
した構造を持つプラズマ有機薄膜が形
成されます.このプラズマ有機薄膜は
水晶振動子の上に密着した状態で形
センサモジュール
コンピュータ
水晶振動子
シリアル
インタフェース
成され,密な構造体であるにもかかわ
らず柔軟なポリマーとしての特徴も併
ガソリン
(濃度3 ppm オクタン相当)
200
異なる各種材料から作製したプラズ
マ有機薄膜を水晶振動子上に形成し,
それらを複数アレイ化して,センサモ
(3)
ジュールを作製しています .センサ
モジュール1つにはセンサ素子8個が
接続可能で,これらのほかに吸着膜を
被覆していない水晶振動子を基準とし
160
ディーゼル油
(濃度0.1 ppmオクタン相当)
トリメチルベンゼン
(0.5 ppm)
120
△f/Hz
せ持っています.
80
吸着量
40
0
0
Langmuir
△f=a[1ーexp(ーt /τ)]・・・提案型モデル
時定数
ヘキサデカン(3 ppb)
t:時間
30
60
90 120 150 180 210 240
時間(分)
図3 プラズマ有機薄膜を用いたニオイセンサシステムと石油系成分へのセンサ応答
て搭載しています.回路基板は,発振
回路,測定回路,およびデータ送出用
立体構造が異なる光学異性体を異な
のインタフェースを含んでいます.各々
るニオイとして認識することがありま
の水晶振動子は個別の発振回路を持
す.天然,人工の香料にも光学異性
ち,マルチプレクサにより切り替えな
体が含まれることが多く,それが微妙
がら共振周波数変化を計測し,シリア
なニオイの違いと関係します.そこで,
ルインタフェースによりコンピュータへ
高精度のニオイ識別を実施するため,
と出力されます.センサモジュールを
プラズマプロセスの原材料に光学異性
複数接続して利用することも可能です.
体であるアミノ酸を用いた薄膜を開発
センサ応答と特徴量の抽出
センサ素子がニオイ物質を吸着する
と,共振周波数は式 ② に従って変化
油っぽい
ニオイ
爽やかな
レモンのニオイ
(ー) -リモネン
(+) -リモネン
し,柑橘類のニオイに多く含まれるリ
水素
炭素
モネンや,木の香りに含まれるピネン
などの光学異性体に対し選択性を持
つセンサ素子も開発しました.
図4 光学異性体とニオイ
していきます.ポリエチレンを原料と
センサ応答は,観測初期の変化率
するプラズマ有機薄膜を被覆したセン
が大きく,時間が経過するとともに小
サ素子を用いて石油系の揮発成分を
さくなる傾向があります.これはニオ
プラズマ有機薄膜へのニオイ物質の
測定した場合の応答の時間変化を図
イ物質のプラズマ有機薄膜への吸着
吸着速度や量は,ニオイ物質と吸着膜
3に示しています.グラフの↑で示し
が,図3のLangmuir提案型モデルで
のそれぞれの分子レベルの性質と関係
た時間30分に,センサモジュールへニ
表現されることを示しています.図3
した相互作用によって変化します.時
オイ物質を流し始めています.ニオイ
グラフの↓の時間210分では,ニオイ
間/応答曲線をLangmuir提案型モデ
物質を吸着し,増加した質量に対応
物質が含まれていない空気をセンサモ
ルにフィッティングし,時刻tにおけ
する周波数変化が正となるようにグラ
ジュールに送り始めています.このよ
る吸着量と時定数を出し,これをセン
フに表示しています.このように数
うに,センサ素子が接触している空気
サモジュールのセンサ素子ごとに行い,
ppbレベルのニオイ物質まで検知でき
に含まれるニオイ物質の濃度を大きく
測定対象であるニオイを特徴づけるパ
る高感度なセンサ素子を開発しました.
減少させると,ニオイ物質はプラズマ
ラメータとします.
また人のニオイ受容体は三次元的な
有機薄膜から脱着します.プラズマ有
分子構造を識別しており,分子量や分
機薄膜を用いたセンサ素子は,繰り返
子式が同じであっても,図4のような
しニオイの測定に利用することができ
ます.
ニオイの識別
ニオイの識別のデータベースとなる
NTT技術ジャーナル 2003.12
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ユビキタスサービスを支える先進ハードウェア技術
ケーション開発に取り組んでいきます.
ローズウッド
セダー
3
2
主 1
成 0
分
2−1
−2
−3
−3
スターアニス
ビャクダン
パイン
ユーカリ
3
2
主
成 −3 −2
分
2
1
−1 0
−1
1
2
3
グレープフルーツ
ライム
レモン
ベルガモット
オレンジ
マンダリン
プティグレイン
−1 0
1
2
3
主成分1
(a) 木の香りのニオイマップ
15
3 10 6 5
1
1
1
物質の測定技術に加え,ニオイの情
報化に必要な広く共通する表現法の
探索も必要と考えています.
■参考文献
−2
−3
−2
またニオイセンサ研究により,ニオイ
主成分1
(b) 柑橘系のニオイマップ
アセトン
ブタノン
メタノール
エタノール
トルエン
ベンゼン
(c) 学習ベクトル量子化法によるマップと判別
(1) 谷田貝:“香りと環境,
”フレグランスジャー
ナル社,2003.
(2) 佐藤:“ニオイの電子情報化,”日経バイオ
ビジネス,6月号,p.73,2003.
(3) 中村・杉本・桑野:“プラズマ有機薄膜を用
いた化学センシングシステムの研究開発,”
NTT R&D,Vol.45,No.9,pp.893-900,1996.
(4) 瀬山・杉本・宮城:“高感度水晶振動子式セ
ンサのニオイ識別と室内大気質モニタリング
適用への基礎検討,”環境化学,11, pp.233243,2001.
(5) 桑野:“情報センシング技術による地球環境
保護への貢献,
”NTT技術ジャーナル,Vol.9,
No.2,pp.13-18,1997.
図5 ニオイマップと学習ベクトル量子化法による判別
マップは,応答を特徴づけるパラメー
とを対応させる学習プロセスを高速に
タの主成分分析によって生成します.
行うことができます.ニオイセンサは,
人間が似たようなニオイと感じ,共通
ある単位時間ごとの応答に対応するパ
したニオイ物質が含まれている木の香
ターンベクトルと,学習済みのパター
りや柑橘系のニオイについて異なる濃
ンベクトルとをマッチングさせ,もっと
度で発生させ,それぞれのニオイに対
も「似ている」パターンベクトルに対
する応答から作成したマップを図5に
応するニオイであると判断します.図
示します.香りはいずれも天然物から
5(c)では,ニオイマップのマス目のカ
抽出されたエッセンシャルオイルから発
ウント数が単位時間ごとに増加してい
生させています.プラズマ有機薄膜を
くことで,ニオイセンサの判断結果を
用いたセンサ素子は,人の嗅覚しきい
示しています.
値レベルの低い濃度から検出すること
このように,ニオイセンサは,測定
が可能です.図5(a),(b)のマップで
対象となるニオイを含む測定範囲を想
は,ほとんどのニオイが種類ごとにプ
定したマップを作製し,学習プロセス
ロットが分離されています.プラズマ
を実施することで,精度の高い識別が
有機薄膜を用いるセンサ素子は,各々
可能なアプリケーションを開発するこ
のニオイを特徴づけるニオイ物質に選
とができます
択性を持ち,ニオイの識別能力を持っ
(4)
ていることが確認されました .
(5)
.
今後の展開
ニオイの判断は,Kohonenが提案
プラズマ有機薄膜を用いたセンサ素
したニューラルネットワークの1つ,学
子を用いて,光学異性体も含めた種々
習ベクトル量子化法を用いて行いま
のニオイを識別する機能を持つニオイ
す.この方法では,センサ応答の特徴
センサを開発しました.今後,ユビキ
量(吸着量,時定数)からなる「パ
タスサービスに適したニオイセンサと
ターンベクトル」とニオイ識別マップ
して,システムのマイクロ化,アプリ
50
NTT技術ジャーナル 2003.12
(左から)瀬山 倫子/ 館 彰之
ニオイ情報を通信に活用できる性能と応
用しやすさを備えたセンサデバイスの開発
を目指しています.
◆問い合わせ先
NTTマイクロシステムインテグレーション研究所
ユビキタスインタフェース研究部
バイオセンシング研究グループ
TEL 046-240-3046
FAX 046-240-4728
E-mail [email protected]
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