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Ⅲ.研究開発成果について - 新エネルギー・産業技術総合開発機構
ナノコーティング技術 Ⅲ.研究開発成果について 事業原簿 1. 事業全体の成果 1.1 成果の概要 1.1.1 ナノコーティング・プロセシング技術】 (A)新規熱プラズマスプレー技術開発 多機能・高性能な次世代熱遮蔽コーティングを目標に、ハイブリッドプラズマトーチ 2 基を装備した 300kW 級の出力をもつ Twin-hybrid plasma system を開発し、熱プラズマ溶射と物理気相堆積(PVD)プ ロセスの統合によりナノーミクロレベルで組織複合化プロセス技術を確立した。入力 100kW で、100µm 大粒径 YSZ 粉末 10g/min の投入速度にて、完全溶融状態スプレーを実現し、50~150µm/min の堆積速度 にて熱伝導率 0.7W/mK を達成する 650µm 厚の複合皮膜を実現した。PVD 合成特有の柱状組織、複合さ れた中間的組織を有する皮膜に至る多様な皮膜作製を確認した。 三層の複合化皮膜による多機能多層熱遮蔽コーティングの実現を図り、最下層界面近傍では大粒径溶 射スプラット構造が堆積したボンドコートとの良好な接合関係を得、ポーラス中間層では熱処理前後で の極めて高い熱的安定性・耐焼結性を実現した。最表面層では硬度 30GPa、換算ヤング率 250Gpa を確 認し、電子ビーム蒸着膜の 2 倍以上の強度と、機械的耐衝撃特性にも優れる特徴を得た。1W/mK 程度 の熱伝導度を実現し、1200℃、130 時間の等温加熱試験で、剥離が全く観察されない優れた接合性と、 180 回の熱サイクル試験に耐える多層コーティングを実現した。多層コーティングは赤外光に対して、 高い反射率、吸収係数が確認された。 (B)高速PVD 技術開発 ナノ構造制御したセラミックス膜を高速で合成するため、 150kW の強力出力電子銃、 出力精密制御機構、 基板回転・加熱機構等を備えたEB-PVD を開発し、500μm/hの高速成膜とナノポア・ナノギャップなど のナノ構造制御を両立させた。ジルコニア(YSZ)膜を合成する時の、電子ビーム出力、基板運動、回 転速度などの合成条件を詳細に検討し、ナノ構造制御におけるこれら因子の影響を明らかにした。 0.5W/(m・K)の低熱伝導率の結果を得た。 EB-PVD による TBC を発電用ガスタービン部材などの大型複雑形状部材へ適用するために、搭載可能 な基材寸法・重量を増加した大型基材回転装置を設計・開発した。さらに、発電用ガスタービン動翼のよ うに熱容量の分布に偏りがある部材に適した、電子ビーム照射による基材加熱技術を開発した。この装 置・技術を用いて発電用ガスタービン動翼を模したダミーブレード基材への YSZ 成膜試験を実施し、成 膜中の基材温度などの熱環境、翼部における膜厚分布・膜被覆性などの問題点があるものの、発電用ガス タービン部材に対しても EB-PVD による TBC を適用できる可能性が高いことが示された。 (C)高速CVD 技術開発 遮蔽コーティングに応用しうる、MOCVDおよび高速成膜レーザーCVD 法の開発を進めた。MOCVD では、装置構成の最適化と原料化合物の選定によって108μm/h、レーザーCVDでは、高強度レーザーを 大面積に照射することによって、660μm/hの成膜速度を達成した。高速合成したYSZコーティングは、 (200)配向の柱状晶組織で、多数のナノポアが結晶粒界および粒内に生成した。このようなナノポアの生 成と密度の低下によって、熱伝導度0.6~0.7 W/mKとなった。CVDによるYSZ膜は結晶性が高く、1473 K での熱処理によっても微細構造の変化はほとんどなく、ナノポアも消失しないため、低熱伝導度の上昇 もわずかであった。このような高速CVD技術が、YSZ遮熱コーティングだけではなく、他の機能性コー ティングへの応用も可能であることを明らかにした。レーザーCVDでは、チタニア光触媒コーティング、 3-1 アルミナ高硬度コーティング、イットリア耐プラズマコーティング、ジルコニア―貴金属ナノコンポジ ット触媒コーティングなどを、従来法に比べて10~1000倍の成膜速度で合成できる。 1.1.2 ナノコーティング材料機能・構造の設計・制御技術 (A)低熱伝導度化の構造設計・制御 EB-PVD 法で成膜した La-Hf 添加ジルコニア(YSZ)皮膜は、ナノポア・ナノギャップ等のナノ組織 を含み、組織の焼結をも抑制しうる。開発 TBC の初期の熱伝導率は 0.5W/mK と従来の YSZ の 1/3 程度 であり、また 1500℃における熱処理後でも熱伝導率は 1W/mK 程度を維持していた。YSZ との積層化に より優れた遮熱特性と耐熱サイクル特性を示す TBC が得られた。 (B)熱的安定性の構造設計・制御 YSZより優れた新耐熱コーティング材料として、ハフニアコーティングを検討し、200μmの柱状晶組 織皮膜を開発した。熱伝導率は高温下でも1.2 W/mK、耐熱サイクル性は現用の溶射TBCの約3倍、遮 熱特性はYSZの1.3倍、耐FOD性も問題が無かった。ハフニア皮膜は次々世代1,700℃級ガスタービン の実現にも寄与すること、および発電の高効率化とCO2削減に結びつくものである。 (C)界面特性向上の構造設計・制御 熱遮蔽コーティング(TBC)においてトップコートの剥離を防止するため、YSZ トップコートとボン ドコートの界面へ酸素透過防止性の高い α-Al2O3 の Interface 層を適用し、高耐剥離性・耐酸化性として、 1100℃、200h で TGO 厚さの 40%減を達成した。熱サイクル特性として、従来材と同等以上、バーナー リグ試験で従来材の 2 倍以上の剥離寿命を達成した。 高付着強度工具用皮膜として、超硬合金基体/WC/ TiN/TiCN の開発を行い、残留応力 20%減の実用的 な工具用皮膜を実現した。熱 CVD により中間層として WC/TiN 積層皮膜を作製したものは、界面構造 を制御することで被覆切削工具における基体と硬質皮膜間の耐剥離性が向上することを確認した。TiN 単層皮膜を中間層として用いる現行品以上の付着強度を示した。 ナノコーティングの電極膜への適用として、固体電解質基材上へのペロブスカイト酸化物電極膜を合 成した。EB-PVD 法を用い、8YSZ-LSM の界面構造制御および LSM 膜の組織制御により電気的特性を 向上することができた。 (D)電子顕微鏡によるナノ構造解析 4YSZ-5mol%La2O3 膜(熱伝導率 0.5W/(m·K))を 1200℃×50 時間の大気暴露を行い、透過型電子顕微鏡 (TEM)により 4YSZ-5mol%YSZ-La2O3 柱状粒子の微細構造を詳細に観察した。4YSZ-5mol%La2O3 柱状晶 に連続的に配列した多数のナノポアを観察した。さらに、数 10nm から 100nm 程度の LaZrO 粒子が析出 し、柱状粒子内部に均一に分布していた。連続的に配列した多数のナノポアや LaZrO 粒子の分布は、 YSZ-La2O3 複合酸化物の低熱伝導率を担うナノ構造の一つであると考えられる。 遮熱コーティング材料(YSZ)を TEM 内で最大 1150℃まで昇温し、その場観察する技術を確立した。電 子顕微鏡内は真空であり、実使用環境下と異なる雰囲気であるが、YSZ のナノギャップの構造変化や TGO の構造が変化することをとらえることができた。 1.1.3 ナノコーティングパフォーマンスの解析・評価技術 (A)ナノコーティング界面の計算科学による界面力学特性の評価・解析 3-2 金属/酸化物界面の機械的性質を評価・設計するためのフルマルチスケール計算技術として、有効原 子間ポテンシャルを金属/アルミナ界面について開発した。界面の安定構造、結合性、引っ張り強度・ 破壊の第一原理計算から、界面の結合性や強度が界面 stoichiometry と相対並進(界面の配位数や原子配 列)に大きく依存することが判明した。ミクロスケールの第一原理計算,メゾスケールの分子動力学計 算,メゾスケールとマクロスケールをつなぐ準連続体有限要素法の三つからなるフルマルチスケールシ ミュレーションを構築した.原子モデルを用いて得られたマクロスケール挙動から,ボイドを含む金属 /アルミナ界面の破壊モードについて分子動力学シミュレーションを行い、目標であるナノ-マクロ (nm~m)のフルマルチスケール計算機シミュレーションによるコーティングと基材及び界面の特性解 析・評価技術を確立した。 (B)コーティング寿命・特性・信頼性評価 EB-PVD法等によって合成した本プロジェクト開発のナノコーティング材料について1400℃級の実使用 模擬環境下での損傷・劣化の加速試験やコーティング特性変化評価試験を実施し、目標である 1400℃級、 力・熱負荷環境下でのコーティング及び界面劣化モデル・寿命予測方法を確立し、現用評価システムよ りも短時間で評価可能なシステムを完成した。そして本結果を①および②の研究開発項目にフィードバ ックして、ナノコーティング材料・プロセス開発の成果を促進させた。 (C)コーティング健全性及び非破壊検査 TGO の残留応力および TBC 残留応力測定については、900℃、1050℃において 4000 時間までの大気暴露 処理について、暴露時間に伴い界面残留応力は減少した。TBC の界面剥離き裂の進展予測技術については、 Barb 試験に基づき、 TBC の界面き裂が安定的に進展する試験条件、 界面エネルギー開放率の測定を可能とし、 TGO の有無にあまり影響を受けない結果を得、界面エネルギー開放率に着目した界面剥離進展予測について 技術的目処が得られた。蛍光分光を利用した TBC の非破壊検査技術は、TBC の界面の劣化と内部剥離状況を 検出し、TBC の内部剥離欠陥の危険性を判定する手法としての有効性が確認できた。 1.1.4 異種材料界面に関する材料ナノテクノロジー技術の体系化 ナノコーティング技術動向、コーティング技術の応用分野等の調査した。また、現状のコーティング技 術に関わる課題やニーズを踏まえ、将来のナノコーティング技術の実用化に向けて今後調査すべき市場 分野と課題を抽出した。ナノコーティングの代表的な応用または適用可能性分野として抽出された機能 性膜、耐熱・耐食・耐磨耗性膜、ガスタービン、太陽電池、燃料電池についてナノコーティング技術の 適用の現状と課題について調査すると共に一部についてはその市場性についても考察した。ナノコーテ ィング技術の波及効果(プロセスコスト)について調査研究を行った。達成目標である、研究項目①、 ②で得られるコーティング材料のプロセス条件や組織と健全性、信頼性の関連性についてデータベース を構築した。ナノコーティング開発材料の各種プロセスによるナノ構造および特性・性能データを中心 としたナノコーティング技術の体系化を推進し、コーティング工学の有効性を明らかにした。 3-3 1.2 基本計画に対する達成度 ① ナノコーティング・プロセシング技術 ①-A 東京大学大学院工学系研究科 ①-B (財)ファインセラミックスセンター ①-C 東北大学金属材料研究所 酸化物セラミックス等のコーティング膜合成において、高速でしかもナノ構造制御が可能な新コーテ ィングプロセスの基盤技術を確立する。 具体的には、以下の目標を達成する。 目標達成度 ①-A 新熱プラズマスプレー開発 項目 達成値 (1)直流・高周波ハイブリッ 自公回転式基盤ホルダ使用時に 3000μm/h、水冷固定基 ドプラズマスプレー装置を開発 板ホルダ使用時に 9000μm/h の成膜速度を達成した。熱 2 し、約50cm の面積で 500μm/h プラズマ PVD により 20~40nm のナノ粒子からなるコー の合成速度と50nmオーダーのナ ティングを実現した。 達成度 ◎ ノ複合構造形成を実現する。 ①-B.高速 PVD 開発 項目 達成値 達成度 (2)マルチソース型のEB-PVD 100 cm2 の面積で成膜速度 500μm/h を達成した。数 nm 装置を開発し約25cm2の面積で ~数十 nm のナノポア・ナノギャップが複合した構造を 100μm/hの合成速度と50nmオー 有する羽毛状構造膜合成を達成した。 ◎ ダーのポア・粒子分散構造を実 現する。 ①-C.高速 CVD 開発 項目 達成値 達成度 (3)金属有機物原料使用の高 熱 CVD 法で 110μm/h、3cm2 の面積で、レーザーCVD 法で 速CVD装置を開発し、約3cm2の面 660μm/h の成膜速度を達成した。10-20nm のポアの分散 積で50μm/hの合成速度、50nm 構造を有する YSZ 膜の形成を達成した。 オーダーのナノ積層構造形成を 達成する。 3-4 ◎ ② ナノコーティング機能・構造の設計・制御技術 (財)ファインセラミックスセンター 三菱重工業(株) (株)東芝 (独)産業技術総合研究所 (株)IHI 三菱マテリアル(株) 日本特殊陶業(株) 大阪大学 酸化物セラミックス等のコーティング膜について、高熱遮蔽性や高温安定性、高耐剥離性、高耐酸化 性等を目指したコーティング膜・界面のナノ構造設計・制御技術を確立する。 具体的には、以下の目標を達成する。 目標達成度 項目 達成値 達成度 (1)50nmオーダーのポア・粒 ・EB-PVD により作製した ZrO2-HfO2-Y2O3-La2O3 系膜 子分散等のナノ複合構造化によ で発達した羽毛状構造とナノ粒子分散構造を実 り、1.0W/(m・K)以下の低熱伝導 現し、0.5W/mK の低熱伝導率を達成した。 ◎ 率化を達成する。 (2)大気中で1400℃級(表面 EB-PVD により作製した ZrO2-HfO2-Y2O3-La2O3 系膜 温度)におけるナノ構造の熱的 で、1500℃熱処理後の熱伝導率 1W/mK(熱処理前 安定性の実現を図る。 0.5W/mK)と、高い熱的安定性を達成した。 (3)50nmオーダーのナノ複合 EB-PVD により成膜した HfO2 添加アルミナ皮膜に 構造化・積層構造化により、室 より、1100℃×200h大気中酸化試験で TGO 厚の 温~800℃級(界面付近温度)に 40%減を達成、従来材と同等以上の熱サイクル寿 おける高耐剥離性と高耐酸化性 命・従来材の 2 倍以上のバーナーリグ剥離寿命を を実現する。 達成。 (4)約1000℃でのその場観察 TEM により YSZ 膜を 1150℃で観察し、ナノギャッ 技術を確立する。 プの消失確認など、高温でのその場観察技術の開 発に成功した。 3-5 ◎ ○ ○ ③ ナノコーティング・パフォーマンスの解析・評価技術 東京大学国際・産学共同研究センター 東京大学生産技術研究所 東京大学大学院工学系研究科 (独)産業技術総合研究所 (独)物質・材料研究機構 川崎重工業(株) 目標達成度 項目 達成値 達成度 (1)ナノ-マクロ(nm~m) 第一原理計算(ミクロ),分子動力学計算(メゾ),準 のフルマルチスケール計算機 連続体有限要素法(メゾ~マクロ)の三つからなる シミュレーションによるコー フルマルチスケールシミュレーション界面モデル ティングと基材及び界面の特 を構築した。 ○ 性解析・評価技術を確立する。 (2)1400℃級、力・熱負荷環 TBC システムの熱機械疲労特性を調べることによ 境下でのコーティング及び界 り、TBC 層の急速な剥離進展を予測する基礎技術を 面劣化モデル・寿命予測方法を 開発した。TGO 層応力値による TBC 材料の損傷の定 確立し、 現用評価システムより 量化に成功した。TBC システムの剥離の条件を求め も短時間で評価可能なシステ るためのパラメータとして界面剥離エネルギー解 ムを完成する。 放率を求める手法を開発した。 ◎ (3) 1400℃級擬似環境試験と 熱機械疲労試験機、蛍光応力測定装置などを用い 非破壊検査技術を組み合わせ て、TGO 残留応力値の熱負荷時間依存性を調べるこ た損傷・劣化のその場検出と とにより、TBC システムの健全性を非破壊で評価で コーティング信頼性保障シス きる技術の基礎を確立した。TGO の残留応力および テムを構築する。 TBC の界面力学特性に着目した健全性評価手法を 開発した。 3-6 ◎ ④ 異種材料界面に関する材料ナノテクノロジー技術の体系化 東京大学国際・産学共同研究センター (財)ファインセラミックスセンター (社)ファインセラミックス協会 目標達成度 項目 達成値 達成度 (1) ナノコーティングに係わ 編纂終了、出版準備中 るプロセス技術や設計・制御技 ○ 術、並びに、評価技術に関する 「コーティング工学」 を確立す る。 (2) 研究項目①~③で得られ 各種手法、各種材料で作製した試験片の熱伝導率・ るコーティング材料について、 熱サイクル特性についてデータベースを構築した。 ○ プロセス条件や組織と健全性、 信頼性の関連性についてデー タベースを構築する。 3-7 1.3 研究成果の集計 研究開発項 研究機関 査 プ 講 解 著 口 特 新 そ 外 目 読 ロ 演 説 書 頭 許 聞 の 部 あ シ 論 発 出 発 他 表 る ー 文 表 願 表 発 彰 論 デ 文 ィ 表 ン グ テーマ① テーマ② 東京大学大学院工学系研究科 52 16 30 17 2 126 0 1 7 8 東北大学金属材料研究所 47 5 0 5 1 108 1 1 7 9 47 7 0 22 3 163 32 24 40 4 産業技術総合研究所 11 6 0 8 1 43 3 0 6 0 再委託等の国立大学法人(大阪大学) 15 3 7 4 0 52 0 0 3 1 23 4 18 0 0 132 1 0 15 0 産業技術総合研究所 12 6 4 4 2 68 0 0 2 0 東京大学大学院工学系研究科 25 0 0 3 1 42 0 0 0 0 ファインセラミックスセンター集中研 (JFCC、東芝、IHI、三菱マテリアル、日本特 殊陶業、三菱重工業) テーマ③ 東京大学国際・産学協同研究センター集中研 (センター、生産技術研究所、物質・材料研 究機構、川崎重工業) 1 全体 232 合計 3-8 47 59 64 4 10 734 37 26 80 26 2.研究開発項目毎の成果 2.1 ナノコーティング・プロセッシング技術 2.1.1 熱プラズマスプレーによる新規ナノコーティング開発 2.1.1.1 目的 本研究では、ハイブリッドプラズマトーチ 2 基を装備したプラズマ堆積装置を開発・駆使して、多様 な機能を有する次世代熱遮蔽コーティングの設計・プロセス開発を目標としてきた。特に、熱プラズマ 溶射と物理気相堆積(PVD)プロセスを統合することにより実現する、ナノーミクロレベルで組織複合化 プロセスを主に 1)プラズマスプレーによる組織複合化基本原理 2)ツイントーチシステムによるナノーミクロ組織複合化制御 3)マルチコーティング(多層)化技術指針の導出 4)ローディング効果と熱プラズマ PVD 組織との相関及び当該工学的基礎確立 5)皮膜組織と熱・機械・光学特性との相関及び多機能皮膜堆積技術開発 の観点より系統的に進めてきた。H15 年度までの主な成果として、イットリア安定化ジルコニア(YSZ) 原料粉末径、粉末供給速度及びプラズマ入力により、典型的な溶射皮膜から原料粉体の完全蒸発を基本 とする PVD 合成特有の柱状組織、更に両組織が複合された中間的組織を有する皮膜に至る多様な皮膜を 作製しうることを確認した。特に PVD 堆積に関しては条件の制御により一般に EB-PVD にて観察される柱 状組織ばかりでなく更に特殊な組織形態をも従来に比して 10〜60 倍程度高速で創り出すことが可能で あることも判明した。これらの個々堆積過程における知見を基に、ツイントーチを利用した積極的な複 合化を試みた結果、粉体供給速度により PVD 層厚みを制御できることを確認し、プラズマスプレーによ る溶射/PVD 複合組織形成に関わる基本原理を提示した。そこで H16 年度より、熱・機械・光学特性等の 多様な機能を有するマルチコーティング開発に向けた複合化プロセスの高度化並びに実用化基準として の高スループット化に影響を与えるローディング効果と熱プラズマ PVD 組織との相関を明らかにして、 当該技術の工学的基礎を確立する事を目的とした。 2.1.1.2 複合化プロセスの高度化 (1) 溶射プロセスシミュレーション プラズマ投入粉末の大粒径化は溶射プロセスの高スループット化だけでなく、高温液滴の熱容量増大 に起因すると考えられる効果により膜の密着強度も向上する特長が経験的に知られている。しかし、大 型粒子の完全溶融には十分な熱量がプラズマより与えられなくてはならず、投入に際してプラズマ温度 の低下、これに伴い粒子溶融状態に変化が生じる。一方で気相物理蒸着(PVD)過程を実現するためには投 入粒子を完全に蒸発状態としなくてはならず、同様に投入粉末サイズ並びに投入量が粒子加熱過程には 大きく影響を与える。そこでプラズマ発生並びに粉体の加熱履歴、溶射粒子の変形凝固に関する数値解 析予測を援用しつつ、ハイブリッドプラズマ入力、ガス流量、ガス組成のプラズマ温度及び流速、投入 原料粉末の溶融・蒸発過程への影響を明らかにし、本複合化プロセス制御を意図した。 図 2.1.1-1 にハイブリッド型プラズマトーチにより発生させたプラズマの温度及びガス線速分布のプ ラズマ入力依存を示す。何れの入力条件においても 5000K 以上の高温領域が 5cm 直径のプラズマトーチ 内に広範に実現し、トーチ中心軸には直流プラズマトーチによる高温高速プラズマジェットが重畳され ている状態が確認される。入力の増加に伴い、プラズマ体積はコイル位置、トーチ出口近傍においても 拡張し、ガス線速はトーチ位置で 250m/s に達している。100kW の場合、トーチ出口でも 156m/s の高速 3-9 図 2.1.1-1 プラズマ温度(左)・速度(中央)・粒子飛行熱履歴(右)のシミュレーション結果 (上段(a):RF60kW、下段(b):RF100kW) 度となり、60kW へ入力を減少させるに伴い単調に減少するものの 138m/s が得られることが判明した。 原料粉末粒子投入に伴うプラズマより粒子への熱移動のため、プラズマ温度は低下する。特に大粒径 粉末或いは粉末供給量が多い場合には顕著となり、結果的に個々粒子の加熱過程に与える影響も無視で きなくなる。そこで図 2.1.1-1 のプラズマ条件にて、本「ローディング効果」を加味した場合の粒子加 熱・飛行履歴を計算した結果、プラズマ中心軸近傍温度は低下し、粒子加熱速度も減少することが確認 された(図 2.1.1-1 中右図) 。60kW 入力の場合、比較的大きなサイズ並びに球形度(sphericity)が高く ない粒子は、プラズマ軸中心近傍の低温部を通過し、プラズマ内部での滞留時間も短くなり、完全溶融 状態には達しなかった。しかし球形度の高い粒子はプラズマ内高温部を通過することにより、完全溶融 状態になることが確認された。 図 2.1.1-2 プラズマトーチ出口における粒子温度・速度のサイズ依存シミュレーション結果 ( (a):粒子温度、(b):粒子速度) 3-10 一方、100kW まで入力を増加させたところ、異なる球形度(0.8-0.9)、サイズ(63-88µm)全ての投入粉 末粒子が完全溶融することが確認された。同時に蒸発も著しくなり、プラズマトーチ出口における粒子 サイズは投入粉末粒子のそれに比べて小さくなることが判明した。図 2.1.1-1.2 にトーチ出口における 粒子温度と流速分布の粒子サイズとの相関をまとめた。100kW 入力の場合、全ての粒子は完全に溶融状 態にあるものの、比較的大きな粒子は小さな粒子に比して温度にばらつきを有することが分かる。これ は投入時に大粒径粒子ほど加速されにくく、プラズマ内部での位置による蒸発量の違いの結果としてサ イズ変化が顕著に表れたものと考えられる。 そこでトーチ出口での粒子サイズがほぼ維持され基板に到達、衝突・変形・凝固過程が進行すると仮 定して、粒子扁平率を数値的に見積もった結果を図 2.1.1-3 に示す。大きな粒子ほど、粒子温度が高い ほど、また衝突粒子速度が速いほど扁平率が大きくなり、一般に確認される扁平率 2〜3 よりも大きな5 近い値にまで増加しうることが判明した。この扁平率はレイノルズ数の 0.24 乗に比例(係数 0.76)し ており、既往の実験より得られる経験則でほぼ記述される。一方、ハイブリッドプラズマ装置を用い、 基板温度 723K 程度にて溶射した粒子の粒子サイズと偏平率の関係を調査し比較すると (図 2.1.1-3 (右) ) 、 極めて良い一致を示しており、特に比較的小さな粒子は高温、高速状態にて基板に到達していることが 分かる。特筆すべきは、100µm レベルの大きな粒子でも計算予測されるとおりに大きな偏平率を示して いる点であり、大型粒子の溶射によりより均質な組織形成の可能性が高くなることを示唆している。 図 2.1.1-3 大型溶融粒子の扁平率のサイズ依存性(左:計算結果、右:実験結果) 種々サイズのスプラットの断面組織観察より、クラック密度を測定した結果を図 2.1.1-4 に示す。基 板温度が 823K の場合、クラック密度はスプラットサイズの増加と共に 100µm 平方辺り 3 から 9 箇所にま で増加するが、スプラット形が 250-300µm 程度以上になると減少してゆく傾向が確認された。一方、923K の基板温度の場合には、スプラットサイズによらずクラック密度は相対的に低い値を維持し、3.5 から 2 程度となった。クラック密度は変形凝固過程において発生する応力を反映したものと考えられる。即ち、 粒子変形時に最大直径まで広がったスプラットが表面張力のために粒子中心へリバウンドする際に、ス プラット基板間の密着度の程度によってスプラット変形が束縛され、結果的にクラック発生につながる と考えられる。上述の通り、大型粒子ほど密着強度が高いことが経験的に知られており、大型粒子ほど クラックが生じやすくなっているものと定性的に説明される。従って、基板温度が高い場合には、スプ ラット直下の基板表面に局所溶融が生じ、これが引っ張り応力を緩和することから、クラック密度が低 下したものと考えられる。結果的に、入力 100kW では 100µm に近い大粒径 YSZ 粉末も 10g/min の投入速 度にて完全溶融状態にてスプレーさせることが可能であり、基材と接合界面強度が増大すること、基板 温度の制御によりクラック密度も低減させうることを確認した。 3-11 図 2.1.1-4 クラック密度のスプラットサイズ依存性 (2) 熱プラズマ PVD の高度化 多層コーティングによる TBC の高機能化を意図して、熱プラズマ気相合成(PVD プロセス)で実現し うる様々な特異組織構造を体系的に調査、特に PVD プロセスの中核を成すローディング効果の数値解析 と平行して、粉末入力、ガス流量、ガス組成、圧力、粉末供給率の PVD 組織への影響を精査し、当該プ ロセスの高度化を検討した。 前述のシミュレーションコードを基本として、粉末供給量変化に伴う粒子完全蒸発の制御性を、特に トーチ出口において投入 YSZ 粉末が完全蒸発できる条件を導出した。なおプラズマ入力にはハイブリッ ドプラズマ装置にて定常的に操作可能な入力値 100kW、投入粒子サイズには一般に購入可能な直径 25µm の粉末、球形度もばらつきがない状態を仮定して計算を行った。また、低熱伝導度材料 YSZ の加熱過程 ではあるが、検討する粒子サイズが小さいことからビオ数も小さくなるため、粒子内温度分布は一定で あるニュートニアンを仮定した。 図 2.1.1-5 には、トーチ出口において完全蒸発を実現しうる最大の粉末供給量のプロセス圧力依存性 を YSZ と Ni を比較した結果を示す。いずれの粉末の場合にも、圧力の上昇に伴い最大粉末供給量は増加 し、500Torr あたりで飽和する傾向が確認された。完全蒸発を実現しうる最大粉末供給量を比較すると、 YSZ の場合、250Torr では 2g/min 程度であるが 500Torr では約 4.5 倍に増加させうることが分かる。一 般に圧力の上昇に伴いプラズマ温度も上昇する。しかし同時に DC プラズマジェットの到達距離は短くな る。その結果、一定の粉末供給量及びプラズマ入力条件においても、これらが 500Torr 前後でバランス して最大粉末供給量が飽和したものと考えられる。なお、今回の計算では粒内温度分布、放射光の影響、 蒸発気体のプラズマ温度までの加熱項を考慮に入れておらず、得られた結果は実際よりも蒸発能力を若 干高く評価している可能性がある。従って、実際の 100kW 入力のプラズマによる完全蒸発能は計算値の 70~80%程度であると考えられる。 また今回の計算において重要な知見として、熱容量が異なる材料の投入においても最大粉末供給量の 圧力依存の傾向が同じである点にある。YSZ に比して融点が低く、また完全蒸発までに必要とされる熱 量総和も小さな Ni(YSZ の 8 割程度)においても、図 2.1.1-6 に示すように最大粉末供給量も 0.8〜0.6 程度にあることから、異種材料の完全蒸発を制御する際の指針となると考えられる。なお、トーチ内部 3-12 における蒸発体積割合(全蒸発量に対するプラズマ位置における蒸発量の比)を計算したところ、圧力 が低い時にはトーチ入り口近傍にて直ちに蒸発する量が多く、大気圧では出口近傍で蒸発する割合が多 くなる傾向があるように見受けられた。粒子加熱の軌跡が圧力により異なることも一因であり、実際の プロセス時にはキャリアガス流量をプロセス圧力に合わせて制御することにより、粒子が高温領域を辿 り、より均一な蒸発状態を作り出すことができるものと考えられる。 図 2.1.1-5 プラズマトーチ出口での投入粒子完全蒸発を達成する粉末供給量の プロセス圧力依存のシミュレーション結果 図 2.1.1-6 材料種によるローディング効果のシミュレーション結果 上述の計算結果をふまえ、図 2.1.1-7 に示すプラズマスプレー装置と 2 種類の基板ホルダを適宜使用 して、2g/min の粉末供給量、300Torr、500Torr のプロセス圧力にて堆積を行った。特にレイノルズ数が 10~100 近傍の本条件下での drag force はプラズマガス線速に大凡比例することから、プラズマガス流 量は 100slm として、蒸発に関わる投入粒子のプラズマ内部での滞留時間を長くするように条件を設定し た。 3-13 図 2.1.1-7 ツインハイブリッドプラズマシステム堆積部模式図(左)及び 水冷基板ホルダ(右上)と自公回転式基板ホルダ(右下) 回転式基板ホルダを使用しグラファイト基板上に堆積された YSZ の破断面組織を図 2.1.1-8 に示すよ うに、極めてポーラスな羽毛状組織を呈した。300Torr の場合、100nm 前後の粒子からなるカリフラワー 状の組織となり(a,b)、圧力が 500Torr の時には、より微細な 20~40nm 程度の粒子からなる組織を形成さ せることができた。上述の計算によって、圧力の増加と共に完全蒸発を実現する最大粉末供給量は 500Torr まで増加する点、並びに本実験での供給量は計算による最大粉末供給量の 1/5 程度である点を 考慮すれば、圧力の増加によりプラズマ高温領域がトーチ出口下部にまで広がり、気相状態にある YSZ 蒸気が直ちに凝縮を始めることなく、過剰な凝集を抑制して基板に堆積されたものと考えることができ る。 図 2.1.1-8 プロセス圧力変化に伴うコーティング断面羽毛状組織変化 (a,b:300Torr、c:500Torr、回転式基板ホルダを使用) 回転式基板ホルダの利点として、連続的な気相合成を抑制することが可能となり、優先方位への結晶 成長とはならずナノ粒子により構成されるコーティングに制御されやすい。一方、水冷冷却式固定基板 ホルダを使用して堆積を行った場合には、550µm 厚以上のコーティングを 3.5 分の短時間の堆積 (150µm/min)にて達成することができた。図 2.1.1-9 に断面組織を示す。組織は極めて緻密であり、数 10nmオーダーでファセット面が顕れており、 明確に気相状態を介した組織形成過程を示唆している (a) 。 3-14 研磨後の断面組織からは極めて少量の空隙のみが確認される緻密な組織であった(b)。この組織を有する コーティングを 50%フッ化水素酸により 5 分間のエッチングを行ったところ、特徴的な井桁構造組織が 確認され、更に各井桁結晶粒のサイズは基板界面からコーティング表面に従って 5µm から 10µm 以上へと 大きくなっていた(c)。明らかに YSZ 自体が堆積中にも熱遮蔽の効果を示し、コーティング上部での結晶 粒の粗大化を促進した結果であると考えられる。 図 2.1.1-9 水冷基板上高緻密コーティングの断面組織 (a: 破断面、b:研磨後、c:エッチング後) X 線回折により極めて微量な t、c 層も確認されるが、高分解能透過型電子顕微鏡による明視野並びに 格子像を図 2.1.1-10 に示すように、単斜晶(monoclinic)を含まない t’相よりなる双晶バリアントが [11-0]面を有する界面で密接に繋がっていることが明確に確認される。EDS 分析の結果、平均組成は 5mol%Y2O3 であり、この組成領域での c 相から t 相への変位型(displacive)変態時に t’相が顕れるこ とに対応する。本組織を呈するコーティングの熱伝導度は 1.9W/mK と若干高い値を示しており、TBC と しての熱遮蔽層として適しているとは言い難い。 しかし、 ナノ、 マイクロ硬度はそれぞれ、 27.85、 12.32GPa (換算ヤング率250GPa 前後) と極めて高い値を示しており (電子ビーム蒸着膜と比して2 倍以上の強度) 、 機械的耐衝撃特性にも優れる特徴であることから、マルチレイヤーコーティングにおける耐傷性機能を 有する表面層として有望であるとできる。 図 2.1.1-10 高分解透過型電子顕微鏡による井桁状組織(a:暗視野像、b:双晶バリアント粒界) 3-15 以上の溶射・PVD 高度化の結果を基に、ローディング効果とプラズマ/基板間距離、基板温度による基 板直上での超速凝縮過程の加熱・蒸発過程の練成的な制御を意図し、プラズマトーチ 2 基各々に溶射と PVD プロセスの役割を持たせた溶射・PVD プロセス統合の結果、50µm/min を超える堆積速度にて熱伝導 率 0.7W/mK を達成する 650µm 厚の複合皮膜を実現した。 2.1.1.3 マルチレイヤーコーティング 種々機能を有する皮膜を積極的に複合制御した多機能多層熱遮蔽コーティング実現を目指し、各層の 堆積時のプラズマパラメータを組織・熱・機械的特性と対比しつつ最適化を図った。多層熱遮蔽コーテ ィングのプロトタイプとして、今回検討した 3 層マルチレイヤーコーティングの概念図を図 2.1.1-11 に 示す。NiCoCrAlY 系ボンドコート層を堆積したインコネル基板上に、低熱伝導化を意図した多孔質なコ ーティングを mid 層として中間に挟む形で、高強度であり YSZ トップコートとの密着性を高めるために 緻密な bottom 層を下部に、再表面には耐衝撃性と反応性ガス進入防止も意図して高緻密な層を設ける。 トップコート中の各層は、mid 層は PVD プロセスを用い、bottom 層には比較的大きな粒子を用いた溶射 を適用し、再表面層の高緻密組織形成には PVD 或いは溶射を適用する。これにより、トップコート間の 密着性だけでなくコーティング全体としての密着性と熱的特性に機械的・光学機能も考慮に入れること が出来る。なお、溶射・PVD の複合プロセスでは、極めて数多くの制御パラメータが相互に関連し合う ことから、予備実験にて様々な分野に於いて品質向上のために多用されるタグチメソッドを適用して、 堆積圧力、温度及び各層の組織と厚さの相関を体系的に調査した。 図 2.1.1-11 3 層熱遮蔽コーティングの概念図 図 2.1.1-12 3 層コーティングの断面全景及びボンドコート、bottom、top コートの断面組織図 3-16 図 2.1.1-12 に 3 層コーティングの断面全景及びボンドコート、bottom、top コートの断面組織図を示 すように、トップコート中の中央部が上部・下部に対して比較的ポーラスな状態にある3層コーティン グが堆積されていることが分かる。明確には区別できない組織は逆に高い密着性を連想させる。当該コ ーティングでは Top、bottom 層共に溶射により堆積を行ったが、いずれの倍率組織写真からもほぼ類似 の高緻密な組織が堆積されていることが確認される。また、最下層界面近傍において大粒径溶射スプラ ット構造がインプロセスで堆積したボンドコートとの良好な接合関係が確認され接合強度を向上させて いることも判明した。 一方、異なる粉末供給量により堆積させた種々mid 層の組織を図 2.1.1-13 に示す。低粉末供給量の場 合(a)、投入粉末粒子が全て完全蒸発されて堆積された状態を示すサブミクロンサイズの結晶粒が同程度 の小さなギャップにより構成され、局所的に過剰なナノ粒子の凝集も確認される。自明ではあるが、 EB-PVD により作製された気相合成組織とは異なるポーラスな組織を呈している。粉末供給速度を増加さ せると、スプラット組織も確認され、粒子間のギャップも若干大きくなった(b)。更に供給量を増やすと (c)、ローディング効果によって、溶融状態のまま基板に到達したことを連想させる微小な溶融粒子が多 く確認されるようになる。サブミクロンサイズのギャップは減少してゆくように見られるが、逆に数ミ クロンサイズの比較的大きなギャップが形成され始めた(図中矢印) 。この組織を反映して、これらのポ ーラス mid 層のマイクロビッカース硬度は (a)と(c)の特徴的なポーラス組織では 92、71GPa 程度であっ たのに対して、(b)組織では 591GPa の高い硬度を示した。なお、補足的な結果として、これらのポーラ ス組織は高緻密 bottom 層上に堆積を行ったが、 bottom 層厚みによる組織への明確な影響は確認されず、 40~100µm 程度の緻密な YSZ 下部層は mid 層堆積に際して基板温度を変化させる要因には無いことが判明 した。 図 2.1.1-13 粉末供給量変化による種々mid 層断面組織(a:3g/min,b:4.5g/min,c:6g/min) 堆積後のコーティングの各層の XRD 回折を調査した結果、何れの層においても t’相のみより構成さ れる膜であった。一方、図 2.1.1-14 に示すように、1200℃で 20 時間の大気雰囲気下での等温熱処理を 行った後においても他の相へと変態することなく t’相を維持していた。なお、今回の熱処理において、 4.5g/min 並びに 6g/min での mid 層を堆積させたコーティングは 20 時間を過ぎた時点で剥離する結果と なったが、剥離はトップコートとボンドコート層間では無く、mid 層と bottom 層間に現れており、低粉 末供給量で得られる組織は密着性が相対的に高い特長を有するとできる。そこで他の手法により作製さ れた YSZ コーティングの熱処理に伴う相変態の現れる条件を時間・温度にて比較をした結果を図 2.1.1-15 に示すように、一般に 1200℃程度では 100 時間程度で変態が開始しており、本手法により作製 されたコーティング組織が相変態に伴うコーティング破壊等において優位にあるとできる。 3-17 図 2.1.1-14 マルチレイヤーコーティングの各層の 1200℃、20 時間熱処理後(a)及び 3g/min の粉末供 給量で堆積させた mid 層を有するコーティングの熱処理に伴う(b)X 線回折結果 図 2.1.1-15 熱処理に伴う相変態開始条件比較 図 2.1.1-16 熱処理に伴うトップコート/ボンドコート間界近傍の断面組織変化 (a:0h、b:20h、c:130h 熱処理後) 熱処理に伴うトップコートとボンドコート近傍の組織変化を調べた結果を図 2.1.1-16 に示す。mid 層 のポーラスな組織は若干焼結され、20 時間程度で空隙のサイズが大きくなるものの、130 時間後にも完 全にギャップが閉じることなくポーラスな状態を維持していることが分かる。一方、トップコートとボ ンドコート間には TGO 層が 20 時間程度で確認される。しかしながら、130 時間の熱処理後も TGO 層厚み の著しい増加は確認されなかった。現象論的には、ポーラス組織を含むものの、トップコート中の緻密 3-18 な top、bottom 層が空隙を通過して供給される過剰な酸素導入を抑止していることが一因と考えられる。 詳細な調査を待たなければならないが、結果的に、ポーラスな中間層では熱処理前後での相変化並びに 著しい皮膜微細組織の変化も確認されない極めて高い熱的安定性・耐焼結性が明らかとなった。 図 2.1.1-17 種々mid 層組織を有するマルチレイヤーTBC の堆積直後と 20 時間等温熱処理後の熱伝導度 比較(図中サイズは bottom 層厚みを示す) 図 2.1.1-18 等温保持熱処理(1200℃、130 時間)に伴うマイクロ硬度、密度及び熱伝導度変化 そこでマルチコーティング全体としての熱的特性を調査した。図 2.1.1-17 に mid 層堆積時に粉末供給 量を変化させ異なるmid 層組織を有するコーティングの20 時間の等温熱処理前後での熱伝導度の変化を 3-19 示す。mid 層組織の違いによる顕著な熱伝導度の変化は確認されないものの、何れのコーティングにお いても、堆積直後並びに 20 時間熱処理後にも、おおよそ 1W/mK 程度の極めて低い総括的熱伝導度を実現 した。また bottom 層厚の増加によりコーティング全体(500µm 厚)に占める高緻密層の体積が相対的に 増加するために若干の熱伝導度の増加が確認されるが、何れの mid 層を有するコーティングにおいても 全体としての熱伝導度を著しく増加させるものではないことが分かった。 また低粉末供給量3g/min でmid 層を堆積したコーティングの1200℃、 130 時間の等温加熱時における、 各層のマイクロ硬度、見かけ密度、コーティングとしての熱伝導度の熱処理時間依存性を図 2.1.1-18 に 示す。Top、bottom 層は図 2.1.1-12 に示すように緻密であり高い硬度は熱処理時にもど変化をしていな いことが分かる。一方で、ポーラスな mid 層は、図 2.1.1-16 で確認されるように 20 時間を過ぎた辺り より空隙が若干焼結される状態を反映して、若干量の硬度の増加が確認された。しかし 130 時間の等温 熱処理でも熱伝導度は殆ど変化無く 1W/mK の値を維持しており、また熱サイクル試験でも 180 回の加熱 冷却にも耐える多層コーティングを確認した。以上から、低粉末供給量で作製したポーラス mid 層を有 するコーティングは長時間高温熱処理においても低熱伝導度を維持しつつ比較的高い耐剥離能を有する ことが判明した。 2.1.1.4 熱遮蔽コーティングの光学特性 次世代熱遮蔽コーティングは、1500℃を超える高温度での使用を想定して、強度、密着性、耐傷性の 機械的特性と熱伝導を効果的に低減させる熱的特性に加えて、高温度では無視できない輻射加熱を抑制 する光学的特性も要求される。とくに YSZ は赤外光波長近傍の光に対して透明であることから、ボンド コート及び基材への輻射加熱抑制は特に重要となる。そこで YSZ トップコートの組織を制御することに より、効果的に赤外光を反射或いはコーティング内で吸収・散乱させボンドコートまで届かせない光学 特性を付加する可能性を検討した。図 2.1.1-19 に粒径 63〜88µm の大型粉末および 5〜15µm の微細粒子 を用いた溶射皮膜と PVD により作製したコーティングを 1200℃、5 時間大気雰囲気下にて熱処理を施し た後の断面組織を示す。大型粒子を用いた溶射皮膜では平板状のスプラットが積層した典型的な組織を 呈する。微細粒子の溶射では各スプラットサイズも小さくなり、局所的にスプラット間に作られる空隙 も小さくなることが確認される。一方、PVD により作製されたコーティングは明らかに異なる縦型の結 晶粒より構成され、更に各々の結晶粒内にはファセット性を帯びた platelet な組織となっている。前述 の通り、1200℃、5 時間の熱処理ではいずれのコーティングも t’相であり、またプラズマ堆積時には水 素添加により微量ながらも確認される酸素欠損、還元状態も、本熱処理により完全に酸化された YSZ と なった。 図 2.1.1-19 1200℃、5 時間の熱処理後の光学測定に使用したコーティングの断面組織 (左:大型粒子溶射皮膜 S1、中央:小型粒子溶射皮膜 S2、右:PVD 皮膜 S3) 3-20 そこでこれらの YSZ トップコートのみを基板より取り出し、フーリエ変換赤外分光装置により赤外光 の反射・透過挙動を評価した。はじめに入射赤外光に対して円錐度(conicity)が 40˚ をもつ対物レンズ により計測を行った(およそ 10µm 直径のビーム照射面) 。そのため、入射ビーム軸とほぼ同じ方向に透 過・反射される成分を主に検出することになる。この結果を図 2.1.1-20 に示す。 いずれの試料においても透過率に比して反射率の方が小さく 10%程度の値となり、コーティング厚み による反射率の変化は小さいことが確認されるが、大型粒子比べ、微細粒子を用いた溶射皮膜の方が若 干ではあるが反射率は高く、PVD 皮膜は更に高く 20%程度にまで達している。一方、透過率は膜厚の増加 により著しく減少する様子が確認される。また溶射被膜における投入粒子サイズによる透過率の変化は 殆ど確認されないが、PVD 皮膜では溶射皮膜に比して反射率が若干大きくなるものの、計測した波長領 域では透過率も若干高い値を示していた。この結果は溶射被膜ではコーティング内部での散乱・吸収の 図 2.1.1-20 種々組織を有するコーティングの赤外光反射(左)・透過(右)強度の波長依存性 効果が大きく、PVD 皮膜では高緻密な特徴を反映して散乱の程度は相対的に小さい傾向にあることを示 唆している。なお、単結晶 YSZ と比較して長波長領域にて透過率が高いことは、膜厚の違いとともに、 いずれの皮膜内部の空隙が関与していることも示唆している。 3-21 一方、入射赤外線の照射領域を 10mm 程度にまで拡大し、更に積分球検出器を用いることで、より広範 なコーティング面からの反射・散乱・透過光も検出してコーティングの光学特性をより実際に近い状態 にて計測をした。その結果を図 2.1.1-21 に示す。反射率測定においては表面及び表面近傍のコーティン グ内部の散乱成分が表面近傍組織の影響を大きく受けるために若干ノイジーな計測スペクトルとなって はいるものの、円錐型レンズを用いた検出器にて測定された試料依存の傾向が、より顕著に確認される。 即ち、溶射被膜では微細粒子を用いるほど短波長での反射率が増加しており、更に PVD 組織では 7µm 波 長程度まで 40%近い高い反射率が得られている。明らかに表面近傍の荒い組織形態を反映して、入射光 方向だけではなくあらゆる方向に乱反射される光が多いことを示唆しており、この傾向が縦型結晶粒よ り構成されている PVD 組織ほど顕著に表れていることを示している。一方、円錐型対物レンズによる検 図 2.1.1-21 積分球型赤外光検出器を使用した場合の反射(左)・透過(右)強度の波長依存性 (上段: S1、中央: S2、下: S3、図中サイズはコーティングの厚み) 3-22 出と積分球での計測による透過率を比較すると、溶射被膜での同程度の厚みのコーティングでは積分球 による計測により透過率が増加しており、赤外光ビーム入射軸以外の方向への透過成分が多いことが伺 える。これに対して、PVD 組織の場合には、逆に半ば透過率が減少しているように見受けられる。これ は円錐型レンズを用いた場合には赤外光の照射面が小さく局所的にコーティング内部で散乱されない結 晶粒を主として透過していたと考えられ、より広範な領域の平均値としては縦型の結晶粒間の粒界等に て散乱され透過される光は相対的に減少することを示すと考えられる。しかしながら、溶射被膜と PVD 組織を比較すると、同程度の厚みでは PVD 被膜に比して溶射被膜の方が透過率は小さくなっており、後 者の被膜内部での散乱・吸収効果が高いこと、特に大型粒子を用いた溶射ほど透過率を低減させること ができることが判明した。 そこで本プラズマスプレーにより作製された被膜の反射率及び透過率を他の手法により作製された YSZ コーティングと比較した結果を図 2.1.1-22 に示す。反射率は典型的な大気圧溶射被膜 APS に比して 本プロセスで作製した溶射被膜の方が高く、一般的な EB-PVD のそれに近い値を示している。特に熱プラ ズマスプレーPVD によるコーティングの反射率は EB-PVD よりも高い値となっており、赤外光反射効果と して、他の手法よりも優位にあることが判明した。他方、透過率に関しても、同程度の厚みを有する溶 射被膜よりも本手法により作製した被膜の法が低減させることができており、赤外光散乱・吸収による 遮断効果においても優位にあるとできる。従って、top 層の最表面層には特徴的な高緻密 PVD 組織を設 け、赤外光を効果的に反射させると共に、その下部に大型粉末粒子を用いた溶射層を作製することによ りコーティングを透過する赤外光を効果的に散乱・吸収し、結果的にボンドコート・基材まで到達する 赤外光を抑制させる機能を盛り込むことができるといえる。またポーラスな PVD 層は微細粒子をスプレ ーした組織と類似の内部散乱・吸収が著しい光学特性が期待される。前述の通り、大型投入粉末粒子の 溶射層は機械的特性にも優れ、高緻密 PVD 層は耐傷性・硬度に、ポーラス PVD 層は低熱伝導度化の特徴 を有することからも、前項で提案したマルチコーティングが、高温環境下利用に際して顕在化する輻射 加熱をも効果的に低減しうる光学特性も付加された、多機能熱遮蔽コーティングとしてのポテンシャル を秘めているとできる。 図 2.1.1-22 積分球型赤外光検出器を使用した反射(左)・透過(右)率の種々コーティング間の比較 (S4: EB-PVD、S5:APS、図中サイズはコーティングの厚み) 3-23 2.1.1.5 まとめ 本研究により、汎用技術をベースにした技術展開によって、実用化基準を十分に満たす超高速堆積速 度を維持しつつも高緻密組織と様々なポーラス組織を有機的に組み込んだ新たな多層熱遮蔽コーティン グを実現し、低熱伝導度と同時に輻射加熱を低減し且つ機械的強度にも優れた多機能コーティングを実 証することができた。本質的に PVD 組織が堆積される低圧プロセスでは高堆積効率、高速堆積を望むこ とは難しいが、本プラズマスプレーPVD 法ではプラズマ流による高密度供給、プラズマ/基板境界で形成 されるクラスターを前駆体とした堆積機構の特長を反映して、上述の種々のプラズマ PVD 組織を有する コーティングが堆積速度約 50~150µm/min(EB-PVD に比して 10~30 倍高速)で実現している。従って、 種々機能と要件を両立しうる次世代耐熱コーティングのプロトタイプを提示し得た点は、当該産業の製 造技術将来方針になると共に、更なる技術の精緻化、最適化により、エネルギー、環境から経済性に至 る当該コーティングが関わるあらゆる方面での飛躍的な展開を予測するのは難くない。加えて、関連す る学術的基礎に基づいた技術開発であることからも、本研究テーマ以外の様々な応用分野・材料へも展 開可能な新たな基幹コーティングプロセス指針を示し得た点、極めて重要な成果であり、新たな産業創 出効果も期待される。 3-24 2.1.1.6 AEによるプロセス評価 (1) 緒言 近年、各種機械設備に用いられる材料の使用環境は、高性能化・高効率化のためにますます苛酷に なってきており、用途によっては金属単体での使用に限界がある。そこで、様々な表面改質技術の中 でも、高温における耐熱性、耐摩耗性や耐食性を大幅に改善することができる溶射技術に注目が集ま っている。しかし、溶射法に用いるパラメータが多岐にわたるために、コーティング形成に影響を及 ぼす因子を単純に決定できない。したがって、溶射技術の信頼性向上のためには、溶射パラメータと コーティング特性の関係を定量的に評価する手法が必要である。そこで、膜厚や予熱温度を変化させて 作製した皮膜が、冷却中に損傷する様子を AE(アコースティック・エミッション)法により計測した。 しかし、従来の AE 法は接触式であるため、プラズマ溶射のような高温のプロセスに適用するには限界が ある。そこで、レーザー干渉計をセンサに用いた、非接触式のレーザーAE 法を開発された。この方法は 非接触であるのみならず、温度環境の影響を受けず、速度の絶対値を測定可能であるという利点を持つ。 測定された AE と膜厚や温度の状態を、有限要素法を用いた熱応力の計算と比較することで、アルミナコ ーティングの損傷のクライテリアを評価することが本研究の目的である。 (2) 方法 (a) 溶射条件 実験で用いたプラズマ溶射装置はプラズマダイン社製で、45kW 級溶射ガンは SG-100 型である。溶射 ガンは垂直方向に設置し、垂直下向きに溶射できるようにした。ガス下に置いた試料に向かって溶射さ れる。バレルはストレート内径 11mm で 8inch 長さのものを用いた。 基材として直径 30mm、厚さ 5mm である SUS304 円板試料を用いた。計測の感度を得るため、事前に片 面を研磨し、鏡面仕上げを行った。さらに、もう片面に対して研磨剤粒度#36(JIS R6001)を用いてグリ ッド・ブラストを行った。実験を行う前に Ni-20Cr(Praxair 社製, 1262F)を用いて、ブラスト面に対し てボンドコートの溶射を行った。基材を治具に固定し溶射を行った。この結果、多少のばらつきはある ものの、150µm 程度のボンドコート皮膜が形成された。このボンドコート溶射済みの試料に対して、ト ップコートの溶射を行いその際の AE 計測を行った。なお、トップコートの材料として、ホワイトアルミ ナ(昭和電工, K-16T)を用いた。 本研究で変化させた溶射条件は、トップコート厚さ、予熱温度である。溶射ガンが試料の上を 1 回通 過するのを 1 パスと数えたとき、1 パス辺りの皮膜厚さは約 75µm、60µm となった。 (b) AE 計測 Fig.2.1.1-23 に示すように、計測装置は試料を固定するための治具、ミラー台、干渉計と復調器、お よび波形計測装置で構成される。治具はアルミニウムの箱であり、天板にレーザーを通すための穴が開 いている。また、プロセス時のガスフローで試料が動かないように、4 点の点接触で試料を固定した。 ステージから伸びた 4 つのアームには、それぞれミラーが取り付けられるようにした。また、それぞれ のアームは水平に一方向と、角度に自由度を持つ。 予熱するものについては、溶射ガンを粉末の供給を行わない状態でストロークさせることにより所定 温度まで基材表面を予熱した後、トップコートの溶射を行った。溶射終了後、溶射装置の停止を確認し てから室温まで冷却される過程で発生する AE を、ヘテロダイン干渉計(AT-0022,グラフテック社製)を センサに用いて検出した。復調器にはローノイズ復調器 AT-3600S を用いた。ノイズレベルを低減させる 3-25 ため、HPF 50 Hz、LPF 200 kHz にて検出を行った。出力波形はサンプリング周波数 10 MHz で AE 解析装 置 DCM(JT Toshi, Ltd, 現東京衡機製造所)で収録した。なお、溶射室内の騒音による影響を避けるため、 溶射終了後ロボットや排気ダクト、コンプレッサ等の電源を停止させた後収録を行った。なお、計測を 行うにあたって、AE を判別するためのしきい値は、128mV とした。 プロセス中における試料温度の計測のために、熱電対を試料側面に空けた 1.8mm 径の穴に通し、中心 部に接触させた。熱電対はアルメル・クロメル熱電対(K 熱電対)を用い、データロガー(NR-1000, Keyence) に接続して温度データを収集した。 Powder Arc Gas Plasmadyne Plasma Gun (SG-100DH) NC Controller PC (DCM / Thermo) Data Logger Ceramic Cover Wave Memory Mirror Stage Heterodyne Interferometer (He-Ne Laser) Fig.2.1.1-23 レーザー計測システム (c) 有限要素法を用いた冷却中における熱応力解析 高温環境下におけるレーザーAE 計測で得られた動的な計測を十分に生かすためには、動的な解析によ る評価が必要と言える。有限要素法を用いた伝熱解析には定常伝熱解析と非定常伝熱解析が存在する。 定常伝熱解析とは、与えられた境界条件のもとでの長期応答を求めるもので、解析で定義する時間スケ ールは実時間と関係なく重要でない。非定常伝熱解析とは、熱容量や潜熱の影響を考慮して時刻歴応答 を求めるものであり、この場合の時間スケールは実時間と一致する。溶射プロセスを再現するためには、 非定常伝熱解析を行い、実験の際の時間依存の温度場をシミュレートする必要がある。そのため本研究 では非定常伝熱解析を行った。定常伝熱解析を行う際に必要な物性値は熱伝導率および外界との熱の出 入りの指標となる熱伝達率のみであるのに対し、非定常伝熱解析においてはこの他に比熱および密度が 必要となる。なお本研究ではソルバーに有限要素コード ABAQUS を用いた。 (3) 結果 (a) AE 計測結果 コーティング厚さ 525µm を超えた試験では全ての試料で AE が計測された。予熱をかけた場合、350℃ では大きな変化は見られなかったが、500℃までかけた場合、450µm の試験でも AE が観察され、はく離 が生じた。予熱をかけた場合、最高温度は上昇したが、AE 温度で見るとほぼ全ての実験で 100℃前後で 3-26 AE が出た事が分かる。振幅の大きい AE 波形については、低周波が含まれる、ないしは低周波波形であ ったが、振幅が小さい場合は高周波波形が得られた。 1 チャンネル計測システムを拡張し、4 チャンネル化を行った。Fig.2.1.1-24 に示すように全てのチ ャンネルで比較的良好な感度において AE を計測することが出来た。Fig.2.1.1-25 は予熱 500℃の場合の 温度変化に対する AE 挙動である。膜厚 600µm の実験条件の結果を示している。予熱無しの場合と同様冷 却が進むと AE が多数発生したが、予熱なしにおける同膜厚の結果と異なり、AE は断続的に発生するの ではなく、ごく短い時間で集中して発生したことがわかる。また、複数回に分けて集中して AE が発生し ている様子も観察された。 Fig.2.1.1-26 の左のグラフは時刻-温度と発生した AE の関係を示す。位置標定との比較のために AE の集合をピンク色のダイヤで、それ以降の AE を紫の三角で示している。他の予熱をかけたときと同様、 短い時間に AE が集中して検出されたことがわかる。また、その集中した時間も、膜厚が薄い場合は複数 回に分けているのに対して、膜厚が厚い試験においてはほぼ一回に集まっていることも特徴として挙げ られる。 (b) 観察結果 AE が発生しているものについては、最終的に全ての試料でアルミナがはく離した。はく離面の基材側 にはアルミナの薄い層が残っていることも確認された。Fig.2.1.1-27 は予熱 350℃、膜厚 375µm の試料 の SEM による断面写真である。試料をファインカッターで切断後、1mm で鏡面研磨し、Pt-Pd スパッタリ ングを施してある。本研究では AE が発生したものについては全てはく離してしまったため、AE が発生 しなかったものについてのみ、成膜状態を見るために SEM 観察を行った。この結果、アルミナ-アルミナ 3 3 2ch Velocity / mm/s Velocity / mm/s 1ch 1.5 0 -1.5 1.5 0 -1.5 -3 -3 0 100 200 300 400 0 100 Time / s 200 300 3 3 4ch 3ch 1.5 Velocity / mm/s Velocity / mm/s 400 Time / s 0 1.5 0 -1.5 -1.5 -3 -3 0 100 200 300 400 Time / s Fig.2.1.1-24 0 100 200 Time / s 4ch 計測の波形例 3-27 300 400 界面で空孔率が高い部分が見られた。 Temperature, T / K AE Event ◆ 700 4 800 400 2 200 1 0 900 1800 2700 Temperature / ℃ 3 3 500 400 2 300 200 1 100 0 0 3600 0 600 Time / s 1200 Velocity / mm/s 600 0 4 1-3-4 600 Velocity / mm/s Temperature / ℃ 1-3-3 0 2400 1800 Time / s Fig.2.1.1-25 予熱 500˚ C の場合の温度-AE プロット y 700 Temperature / ℃ 400 2 300 200 Velocity / mm/s 3 500 11 30 4 600 16 1 1 13 9 15 3 4 6 8 2 10 12 14 7 5 100 0 0 600 1200 1800 x 0 2400 Time / s 30 Fig.2.1.1-26 温度履歴-AE グラフ(左)と、AE 発生位置(右) 100μm 50μm Fig.2.1.1-27 予熱 350℃, 膜厚 375µm 試料の SEM 断面写真 3-28 (c) 熱応力解析結果 Fig.2.1.1-28 はトップコートのエッジ部分における最大主応力のコンタープロットである。時間は冷 却開始を 0 秒としている。この図に示されるように、コーティングの端部より、やや内部において応力 の集中が見られることがわかる。これは、実験結果の位置標定より求められた AE 発生位置に良く一致し ていることが分かる。そこで、最大主応力の中でも、1 層目と 2 層目のアルミナ-アルミナ界面の最大応 力値を評価した。 Fig.2.1.1-29 はアルミナ-アルミナ界面のノードでもっとも応力が高かった点の最大主応力のグラフで ある。予熱無しから予熱 500˚ C までの4段階でそれぞれ評価している。また、AE が発生した時の、最 大値からの温度差(ΔT = TMax - TAE)に対応する応力に対して記号(●)を打ってある。図に示されるよう に、冷却が進むにつれて単調に増加するが、一定の冷却が進むと一定値になることがわかった。ここで、 AE が発生した応力値は、その全てが約一定値以上にあることが分かった。さらに各予熱温度で AE が発 生した最小の応力値に対して点線を引いた。このように、予熱を掛けた場合、温度が上がるにつれて応 力値は上昇する傾向が分かった。同じ予熱温度ではほぼ同じ応力で AE が発生していること、予熱温度が 上昇することによって AE が発生する応力が増加することが分かる。これらの結果は、有限要素解析と AE 法の組み合わせにより、アルミナコーティングの破壊のクライテリアを導出できることを示すばかり でなく、予熱がコーティングの強度特性にどう影響しているのかを示しているといえる。 300s 1000s 3600s Fig.2.1.1-28 最大主応力のコンタープロットの変化 3-29 膜厚(μm) 予熱無し 50 750 600 525 450 375 40 30 20 10 0 0 600 1200 1800 Maximum Principal Stress / MPa Maximum Principal Stress / MPa ● First AE Event 予熱200℃ 50 600 525 450 40 30 20 10 0 2400 0 600 600 525 450 40 30 20 10 0 600 1200 1800 2400 Maximum Principal Stress / MPa Maximum Principal Stress / MPa 膜厚(μm) 予熱350℃ 0 1200 1800 2400 Time / s Time / s 50 膜厚(μm) 予熱500℃ 50 膜厚(μm) 600 525 450 40 30 20 10 0 0 Time / s 600 1200 1800 2400 Time / s Fig.2.1.1-29 膜厚に対する最大主応力の変化 (4) 結言 本研究では、レーザーAE 法を用いて、プラズマ溶射皮膜の冷却時割れの計測を行った。さらに、有限 要素法による非定常熱応力解析を行うことで、皮膜の強度特性を評価した。その結果、次の知見を得た。 レーザーAE 法により、アルミナ皮膜の冷却中における割れの検出を行うことができた。予熱の有り無 しによって、AE 発生のばらつき方に違いが見られた。また、一定膜厚以下では AE が検出されなかった。 多チャンネル計測を行うことで、アルミナ皮膜の割れの位置を評価することができた。特に AE が発生 し始める初期の位置は、端部に多く発生していることがわかった。また、時刻と位置及び大きさの情報 により、割れのプロセスを視覚的に表現することが出来た。 有限要素法により、最大主応力の評価を行った。最高温度からの温度差と膜厚により実験値と解析値 を整理すると、同じ予熱温度であればほぼ一定の応力で AE が発生していることが分かった。また、予熱 温度を上昇させると、AE が発生する応力値も上昇することが分かった。これは、アルミナコーティング の破壊のクライテリアや予熱の効果を示すものである。 本研究の手法は、コーティングの破壊挙動の評価及び破壊のクライテリア導出の一助となると考えら れる。一方で、課題として、アルミナ以外の材料への適用や 6 チャンネル計測をすることによる立体的 な AE 位置の標定、粉末供給量を変化させたときの挙動の違いの評価などが考えられる。特に粉末供給量 を変化させた場合、今回のようなアルミナ-アルミナ界面の応力値も変化するため、結果は異なると考え られる。その上で AE と応力の対応関係が取れるのであれば、本手法の妥当性の確認となると考えられる。 3-30 2.1.2 高速PVD技術開発 2.1.2.1 目的 最近、米国・欧州において、電子ビーム物理蒸着(EB-PVD)によるイットリア安定化ジルコニア(YSZ) 等の熱遮蔽コーティング(TBC)に関する研究が活発化している。EB-PVD 法で合成されたセラミック遮熱 層の熱遮蔽特性を飛躍的に向上させるためには、柱状・羽毛状構造におけるナノポア・ナノギャップなど のナノ構造のサイズ、形状、分布、配置などを精密制御するためのナノ構造制御技術の開発が急務であ る。また、EB-PVD による TBC をガスタービン動翼・静翼などの実部材に適用するためには、基材温度 の制御、複雑形状基材への被覆性など、実用化技術の研究が不可欠である。 平成 15 年度までの成果として、ナノ構造制御技術の開発において、その基盤となる膜構造形成機構に ついて、EB-PVD における成膜条件(電子ビーム出力、基材予熱温度、基材回転速度など)の制御によ り、膜の気孔率、配向を制御可能であること、基材回転速度・回転方向により、柱状晶の形態を制御可能 であること、などを示した。また、実用化研究として、複雑形状部材の被覆性、基材温度制御について 検討するとともに、エンジン動翼への成膜試験を実施し、EB-PVD 法が航空機エンジン用部品などの小 型の複雑形状部材へのコーティングに対して非常に有効であること、を示した。航空機エンジン用部材 は、大きさ数 cm~10cm 程度、重量数百 g~1kg 程度と比較的小型であるため EB-PVD の適用が非常に有 効であり、EB-PVD により施工した TBC は既に米国、欧州で実用化されている。本プロジェクトにおい ても、航空機エンジン部材へのコーティングに取り組んでおり、平成 15 年度までに、モデル動翼への成 膜試験を実施し、膜厚の均一性など、EB-PVD の有効性を示している。 EB-PVD による TBC の更なる実用化のためには、航空機エンジン用部材に加えて、エンジン部材より も大型の発電用ガスタービン部材に対しても適用して、その有効性をアピールする必要がある。平成 16 年度以降、航空機エンジン用部材については、二重翼構造を有するモデル静翼へのコーティングなどを 実施し、マスキング技術の開発や、溶射では非常に困難な翼重なり部への成膜が可能であること、良好 な膜厚分布を実現可能であることなどを確認し、航空機エンジン用部材へのコーティングにおける EB-PVD の優位性を示した。その詳細については3-(2)-8)に記載する。しかし、発電用ガスタ ービン部材は、最も小さい一段動翼でも全長 30cm 程度、最大径 20cm 程度、重量 10kg 程度と、非常に 大きく、重いため、JFCC 所有の EB-PVD 装置では、スティング機構に起因する基材寸法・重量の制約に より、そのままでは対応できない。そのため、大型部材への成膜に対応するための EB-PVD 装置用大型 基材回転装置の設計・開発と、電子ビーム照射による基材加熱技術の開発を実施した。さらに、それらを 使用した大型部材への YSZ 成膜試験結果について報告する。 2.1.2.2 方法 JFCC 所有の EB-PVD 装置は、搭載可能な基材重量の上限が 5kg(スティング取付用治具含む) 、基材 の最大径 12cm と、比較的小型の部材にしか対応できない。発電用ガスタービン部材は最も小さい一段 動翼でも全長 30cm 程度、最大径 20cm 程度、重量 10kg 程度と、非常に大きく、重い。治具を含めると、 総重量 20kg 程度になるため、JFCC 所有の EB-PVD 装置では対応不可能である。そのため、大型基材に 対応可能な大型基材回転装置の設計・開発を実施した。発電用ガスタービン部材などの大型部材への成膜 に対応可能にするために、大型基材回転装置を設計・開発した。主な仕様を表 2.1.2-1 に示す。発電用ガ スタービン部材に十分対応可能である。図 2.1.2-1 に、大型基材回転装置の外観写真を示す。ドアを兼ね たハウジングの中央に回転軸が、回転軸の下部に、基材から外れた電子ビームが成膜室底部を照射する のを防ぐ銅製水冷電子ビームコレクター兼シャッター板、が設置されている。 3-31 表 2.1.2-1 大型基材回転装置の主な仕様 搭載可能な基材の重量 最大 20kg 搭載可能な基材のサイズ 最大φ200mm 300mm 回転軸/蒸着源間距離 基材回転速度 -60~60rpm 制御可能な運動 一定方向の回転、周期的に方向を逆転する回転 回転軸の水平ストローク 250mm(手動で移動可能) 温度測定 N 型熱電対×1 シャッターのストローク 200mm(固定) 図 2.1.2-1 大型基材回転装置の外観 大型基材回転装置の使用時は、既存の予備加熱室が使用できないため、電子ビーム照射による基材加 熱技術の開発について検討した。さらに、ダミーブレードへの YSZ 成膜試験を実施した。 (1) 電子ビーム照射による基材加熱技術の開発 大型基材回転装置を使用する際には、既存の予備加熱室による加熱ができないため、蒸着用の電子銃 を利用した、電子ビーム照射による基材加熱技術について検討した。図 2.1.2-2 に示すダミーブレードを 用いて加熱試験を実施した。ダミーブレードは、発電用ガスタービン動翼を治具で保持した状態を模し た寸法・重量で作られている。airfoil(翼)部は、IN738LC 製、寸法 100mm×160mm×(4-18)mm、root (根元)部は SUS304 製で、寸法 50mm×160mm×180mm、総重量は約 20kg である。図 2.1.2-3 に示す ように、airfoil 部に 4 本、root 部に 2 本、合計 6 本の熱電対を設置して、ダミーブレードの温度分布を測 定した。表 2.1.2-2 に示す条件で、電子ビームによる基材加熱試験を実施した。 3-32 表 2.1.2-2 主な電子ビーム加熱条件 電子ビーム出力 5~12kW 電子ビーム走査パターン 3 種類 a) airfoil の 1 個のパターンのみ b) airfoil、root の 2 個のパターンに分割 c) tip(airfoil 先端) 、airfoil、root の 3 個のパターンに分割 Root 部 Airfoil 部 図 2.1.2-2 ダミーブレードの外観 ③ ⑥ ① ⑤ ④ ② ① ② ⑥ ⑤ ③ ④ Root 部 Airfoil 部 図 2.1.2-3 ダミーブレードの温度測定位置 (2) ダミーブレードへの YSZ 成膜試験 加熱試験に用いたダミーブレードへの YSZ 成膜試験を実施した。主な成膜条件を表 2.1.2-3 に示す。 表 2.1.2-3 主な成膜条件 45kW 電子ビーム出力 15rpm 基材回転速度 1Pa 酸素分圧 900s 成膜時間 3-33 2.1.2.3 結果および考察 (1) 電子ビーム照射による基材加熱技術の開発 Airfoil 加熱の目標温度を、GE のスペックシートを参考に 900~950℃として、電子ビーム加熱による 加熱試験を実施した。これは、我々が標準条件としている電子ビーム出力 45kW における基材温度と一 致するため、適切な温度と考えられる。最初に、ダミーブレード全体を均一に加熱するための電子ビー ム照射パターンについて検討した。検討した照射パターンの概略を図 2.1.2-4 に示す。 root airfoil airfoil a)airfoil の 1 個を使用 b)airfoil、root の 2 個を使用 root airfoil tip c)tip、airfoil、root の 3 個を使用 図 2.1.2-4 加熱に使用した電子ビーム照射パターン a) airfoil の 1 個のパターンを使用 最初に、airfoil 部のみに電子ビームを照射するパターンを用いて加熱した。電子ビーム出力を 10kW ま で上昇させると、先端から中央部にかけては短時間で 1000℃以上に上昇したが、airfoil の根元は 300℃程 度までしか上昇しなかった。熱容量の大きい root 部は加熱していないため低温であり、root 部に接する airfoil 部の根元は root 部から冷却されたためと考えられる。 b) airfoil、root の 2 個のパターンを使用 電子ビーム照射パターンを airfoil 部と root 部の 2 個に分割して、root 部も加熱するようにした。電子 ビーム出力 11kW の時に、airfoil の中央から付け根にかけては 950℃程度、root 部の温度は 700℃以上に なったが、先端部の温度が 800~850℃まで低下した。Root 部へ電子ビーム照射したため、airfoil 部への 電子ビームによるエネルギー入力が減少したことにより、airfoil 部の先端から放射により熱が逃げてしま 3-34 ったためと考えられる。 c) tip(airfoil 先端) 、airfoil、root の 3 個のパターンを使用 airfoil の先端部(tip)を加熱するためのパターンを追加し、tip、airfoil、root の 3 個のパターンにより 加熱した。電子ビーム出力を 12kW とし、各パターンに対する電子ビームの滞在時間を制御し、最終的 に tip 24%、airfoil 18%、root 59%とすることにより、図 2.1.2-5 に示すように、airfoil 全体を 900~950℃に 加熱することが可能となった。 以上より、基材全体を均一に 900~950℃まで加熱するためには、3 分割したパターン c)の使用が有効 であることが分かった。 b) Substrate temperarure / ℃ Substrate temperarure / ℃ a) 1200 ④ 1000 ⑥ ③ 800 600 ⑤ 400 200 ② 0 500 600 ① 700 800 1000 ⑥ ⑤ ② 900 ③ ④ ① 800 700 600 7500 7600 7700 7800 Time / sec. Time / sec. Substrate temperarure / ℃ c) 1000 ③ ⑥ ⑤ 900 ④ ② ④ ① 800 ① ⑥ 700 600 10300 ② Root 部 ⑤ ③ Airfoil 部 ダミーブレードの温度測定位置 10400 10500 10600 Time / sec. 図 2.1.2-5 各パターンにより加熱した基材の温度分布 (2) ダミーブレードへの YSZ 成膜試験 電子ビーム照射によってダミーブレードの airfoil 全体を均一に加熱するための基礎技術が確立できた ので、ダミーブレードへの成膜試験を実施した。成膜時に基材回転できるように熱電対は 1 本のみ使用 し、プラットフォーム端から 40mm の部分に先端が位置するように挿入して、温度測定した。熱電対が 1 本しか使用できないため、部材の温度分布の確認は赤熱の様子を目視することにより実施した。 2.1.2.3(1)節の結果を踏まえて、基材加熱を以下の手順で実施した; I. 3 個のパターンのうち、root と airfoil を使用して加熱を開始する。熱容量の大きい root の比率を高く 3-35 する。 II. root 部の温度が上昇したら、airfoil 部を均一化するため airfoil の比率を高くする。 III. airfoil 先端からの放射による熱の逃げを防止するために tip のパターンを使用する。 IV. 各パターンの比率を調整してダミーブレード全体の温度を均一化する。 これにより、airfoil 全体が 950℃程度に均一に加熱されたのを確認してから、成膜を実施した。しかし、 電子ビーム照射を基材から蒸着源インゴットに移動してインゴットの溶融・蒸発を開始すると同時に、基 材温度が低下し始め、成膜終了時には約 700℃まで低下してほぼ定常状態に達した。これは、電子ビー ムコレクタ兼シャッターとして使用している水冷銅板が成膜室内の冷却源として働いたために、成膜室 内温度が約 420℃と通常の成膜時(約 800℃)よりもかなり低くなったため、基材から熱エネルギーが放 射により周囲に散逸したことにより温度低下したためと考えられる。 成膜後のダミーブレードの外観を図 2.1.2-7 に示す。目視では、airfoil 部全体に均一に成膜できている と判断された。従って、上述した成膜中の温度低下の問題を解決することにより、今回開発した大型基 材回転装置を使用した発電用ガスタービン部材への EB-PVD による TBC 適用が十分可能であることが 示されたと考える。 Substrate temperarure / ℃ 1000 900 成膜終了 800 インゴット溶融開始 (基材加熱終了) 700 600 5000 5500 6000 6500 7000 7500 8000 Time / sec. 図 2.1.2-6 基材加熱から成膜終了までの基材の温度履歴 図 2.1.2-7 YSZ 成膜後のダミーブレードの外観 3-36 2.1.2.4 まとめ EB-PVD により発電用ガスタービン部材などの大型複雑形状部材へ成膜するために、大型基材回転装 置を設計・開発するとともに、電子ビーム照射による基材加熱技術を開発した。この装置・技術により実 施した発電用ガスタービン動翼を模したダミーブレード基材への YSZ 成膜試験結果から、発電用ガスタ ービン部材に対しても EB-PVD による TBC を適用できる可能性が高いことが示された。 2.1.2.5 今後の課題(とくに実用化にむけて) 本年度までの研究によって、装置的には発電用ガスタービン部材へのコーティングに対応可能である ことが確認できたが、基材温度制御に関する問題が残っている。具体的には、予備加熱により昇温した 基材温度を成膜中も保持すること、である。そのための方法としては、成膜室内に配置したセラミック 蓄熱材への電子ビーム照射による成膜室温度の高温化および保持、基材加熱からインゴット溶融・蒸発お よび所定の電子ビーム出力への設定への移行時間の短縮、が挙げられる。さらに、基材に照射する電子 ビームパターンの最適化による部材温度の均一化および昇温時間の短縮も必要である。 さらに、EB-PVD では、蒸発源(インゴット)の位置と蒸気流の方向性が変えられないため、基材の 移動・回転によって基材全体に膜を形成させる必要があるが、この時に、当然のことながら基材の体積 効果や形状(とくに蒸気の入り込み)の影響が生じることが予想されるため、それらについても検討す る必要がある。 これらの問題を解決して初めて、EB-PVD による TBC の大型の発電用ガスタービン部材への適用が可 能になると考えられる。 3-37