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5G実現に向けたドコモの展望 - ITU-AJ
特 集 第5世代移動通信システムの展望 5G実現に向けたドコモの展望 きしやま 株式会社NTTドコモ 5G推進室 主任研究員 よしひさ 岸山 祥久 1.はじめに を皮切りに本格的な5Gの標準化議論が開始されている。 今日、スマートフォンやタブレット端末の普及によって、 ドコモでは、LTEの商用サービスを開始した2010年頃か いつでもどこでも気軽にインターネットを通じたサービス ら5Gの検討を開始し、技術コンセプトの提案や、伝送実験、 やアプリ、動画や音楽などが楽しめるようになったが、よ 標準化議論をリードするなど、様々な研究開発活動を進め り高度なサービスへの需要はますます高まっている。また てきた。本稿では、2020年での5G実現を見据えたドコモ 2010年以降、移動通信のトラフィック量は急激に増加して の展望とともに、こういった取組みの概要を述べる。 きており、通信事業者には、増加したトラフィックを収容 しつつより優れた品質でこれらのサービスを提供するモバ 2.5G実現に向けたコンセプト イルブロードバンド(MBB:Mobile Broad Band)の実 2.1 5G技術コンセプト 現が期待されている。さらに、あらゆるモノが無線でネッ 移動通信の世代とは関係なく、2Gや3Gでもスマートフォ トワークに接続するIoT(Internet of Things)関連のビジ ンが利用できるように、5Gで提供するサービスの多くは ネスが近年非常に注目されており、通信事業者にとって、 4Gでも提供可能であると考えられる。しかしながら、同じ IoTによって開拓される新領域のサービスを支えるインフ サービスであっても通信技術の向上によって、より快適に、 ラ(基盤)の提供は、今後ますます重要になってくるもの より様々な環境で楽しめるようになる。将来的には5Gの通 と考えられる。 信品質を前提とした新しいサービスも誕生し、いつしか このような背景を元に、第4世代(4G)であるLTE及び 5Gは普通のこと(いつか、あたりまえになること)になっ LTE-Advancedの次世代となる第5世代の移動通信システム、 ていくのだろうと考えられる。 すなわち「5G」の早期実現に対する期待が近年非常に高 5Gの時代である2020年代のキラーサービスを予測するこ まっている。移動通信システムの標準化団体である3GPP とは困難であるが、現状想定され得るサービスは、図1に (3rd Generation Partnership Project) で は、2015年9月 示す2つのトレンドに大別できる。すなわち、高精細動画ス に「3GPP RAN Workshop on 5G」会合を開催し、これ トリーミング(4K/8K動画) 、拡張現実感(AR:Augmented ■図1.5Gで想定される様々なサービス 12 ITUジャーナル Vol. 46 No. 9(2016, 9) Reality) 、触覚や体の動きなどの音や映像以外のメディア また、センチメートル波(3-30GHz)やミリ波(30GHz 通信(触覚通信)などMBBサービスの拡張と多様化、 及び、 以上)など、これまで移動通信で使われてこなかった高周 あらゆるモノが機器間通信(M2M:Machine to Machine) 波数帯においては、十分なカバレッジを確保しつつ性能改 等によって無線でネットワークに接続するIoTである。 善を図るため、無線パラメータの最適化や多数のアンテナ これら将来のサービスを実現するための無線アクセス技 素子を用いるMassive MIMO技術[1]などを適用するNew 術の発展において、取り得るアプローチとして2つの方向 RATの導入が必要である。将来的にはNew RATを既存周 性がある。すなわち、1つはLTE及びLTE-Advancedをさ 波数帯にも適用していくことが考えられるが、eLTE的な らに進化させていくアプローチ、もう1つは全く新しい無線 アプローチに比較して相応のゲインが必要である。 アクセス技術(RAT:Radio Access Technology)を導入 するアプローチである。前者は既存LTEシステムとの後方 2.2 段階的な5G技術導入のアプローチ 互換性(バックワードコンパチビリティ)を保持しながら このようなeLTEとNew RATの組合せからなる5Gの展開 継続的に進化するものであるのに対し、後者はLTEとの後 シナリオの例を図3に示す。2020年を目指す最初の5G導入 方互換性を維持するよりも、性能改善を優先させるアプ 時においては、大容量化が必要な都市部エリアなどを中心 ローチである。 に5Gすなわち、eLTE及びNew RATを展開する。ここで、 図2に示すように、ドコモの5Gの定義に対する考えは、 eLTEとNew RATは、キャリアアグリゲーションやDual 継続的なLTE/LTE-Advancedの進化(eLTE:enhanced Connectivity技術[2]によって協調し、カバレッジを確保し LTE)と新たに導入されるRAT(New RAT)との組合せ つつ大容量化を実現する。将来的には5Gの展開エリアは である。eLTEによって基本的なカバレッジエリアやブロー 都市部から郊外エリアまで幅広く展開され、ミリ波などの ドキャストなどのサービスを提供しつつ、幅広い周波数帯 非常に高い周波数帯も必要に応じて追加されていくように を用いた広帯域化に適したNew RATによって飛躍的な高 なることも想定される。以降、このような2020年以降にお 速・大容量化などの性能改善を実現するコンセプトである。 ける5Gの進化を「5G+」と呼ぶ。 5Gでは、既存の周波数帯でもシステム容量を改善すること New RATの導入を2020年に実現するためには、3GPPに ができる非直交アクセス(NOMA:Non-Orthogonal Multiple おける最初の規格の標準化を2018年中には完了する必要 Access) や、低遅延化を実現するための無線フレーム設 がある。一方、ITU-Rの5G (IMT-2020)の要求条件を満 計など、周波数帯によらず適用可能な無線アクセス技術も たす無線インタフェース規格の標準化は、ITU-Rのスケ 提案されている。これらの技術を既存周波数帯に適用する ジュールに沿って3GPPでは2019年末頃までに完了してお 場合、特に5Gの導入初期ではLTEとの後方互換性を保持 けば間に合う。従って、段階的な技術導入(前者が5G、 することが望ましく、eLTE的なアプローチが有望である。 後者が5G+に相当)のアプローチが有効であり、3GPPへ [1] ■図2.ドコモの5Gの技術コンセプト ITUジャーナル Vol. 46 No. 9(2016, 9) 13 特 集 第5世代移動通信システムの展望 ■図3.5Gの展開イメージ ■図4.5Gの導入と継続的な進化 も国内外の複数企業の連名で提案し、コンセンサスが得ら に関する機能、例えば超多数のM2M端末をサポートする れている 。ここで、比較的短期間で最初のNew RAT規 ための機能などをサポートする方向性が有望だと考えられ 格を完成させるためには、最初から多くの機能を盛り込む る。将来的には、5G+においてNew RATにも多くの機能 ことよりも、 将来的な拡張性(フォワードコンパチビリティ) が盛り込まれ、5G時代の未知のサービスを含む多種多様な を重視した基礎設計をしっかり行うことを優先する必要が サービスやシナリオに対応していくものと考えられる。 [3] ある。また、図4に示すように、5G+は5Gとの互換性を保 持しながらの連続的な進化であるべきである。これは4G 3.ドコモの5Gへの取組み のLTEとLTE-Advancedにおける互換性の関係と同様で 3.1 技術検討とシミュレータ試作 ある。 ドコモでは、LTEの商用サービスが開始された2010年頃 図5に、2020年の導入をターゲットとした無線アクセス技 から5Gに関する検討を開始し、 FRA(Future Radio Access) 術の候補を示す。前述したように、5GではMBBの拡張と という名称で次世代移動通信システムの要求条件や技術 IoTの双方がサービスのトレンドとして考えられている。ま コンセプトを提案した[4][5]。ドコモとして「5G」という名称 た、5Gは大容量化が必要な都市部などから順次エリアを拡 を最初に用いたのは2013年10月に開催された「CEATEC 大していく展開となることが想定される。従って、2020年 JAPAN 2013」という展示会においてであり、5Gの技術コ の初期導入の段階では、New RATは都市部などで要求さ ンセプトを可視化しつつ、5Gの大容量化技術を評価する れる高速・大容量といったMBBの拡張をサポートし、それ ことができるリアルタイムシミュレータを開発し、当展示 を補う形で、面的なカバレッジを有するeLTEが様々なIoT 会における総務大臣賞を受賞した。2014年9月には、この 14 ITUジャーナル Vol. 46 No. 9(2016, 9) ■図5.5Gにおける無線アクセス技術の候補 ■図6.5Gシミュレータ伊勢志摩バージョン ■図7.20Gbpsの通信容量を達成した屋外実験の様子 ような技術コンセプトをドコモ5Gホワイトペーパーとして との協力による5G実験を開始し、2015年7月には「5G Tokyo 公開した 。 Bay Summit 2015」の開催とともに実験協力を拡大し、現 5Gリアルタイムシミュレータの試作は、5Gの大容量化技 在までに計13社との5G実験に向けた協力を合意するに 術が様々な環境で有効であることを示すため、 東京(新宿) 至っている[9]。本年2月には、エリクソン社との共同実験 版、スタジアム版、ルーラル(田舎)版とバージョンアップ により、15GHz帯を用いた屋外環境での通信実験によって、 してきた(東京版とスタジアム版をYou Tubeにて動画公 2ユーザ合計で20Gbpsを超える5Gマルチユーザ通信実験 ) 。最新版は、2016年G7サミットが開催された伊 に世界で初めて成功した[10]。図7に20Gbpsの通信容量を実 [1] 開中 [6] [7] 勢志摩のバージョンであり、図6に示すように、バス、電車、 現した屋外実験の様子を示す。基地局アンテナから複数 船といった様々な乗り物に5Gの伝送品質が提供される様 のビームで2台の移動局装置に対し、同時に同一周波数 子をデモするシミュレータとなっている。 (800MHzの帯域幅)を使用したデータ送信を行い、受信 時最大20Gbpsを超える通信容量の無線データ通信を実現 3.2 5G伝送実験 した。 5Gの伝送実験としては、2012年12月に東京工業大学と 現在、ベンダー各社とともに取り組んでいる5G伝送実 の共同研究で、世界初の屋外移動環境での10 Gbps伝送に 験を大別すると、①既存のセルラバンドを含む幅広い周波 成功した 。さらに、2014年5月より世界の主要ベンダー 数帯に適用可能な周波数利用効率改善技術に関する実験 [8] ITUジャーナル Vol. 46 No. 9(2016, 9) 15 特 集 第5世代移動通信システムの展望 協力、②ミリ波帯を含む高周波数帯の活用のための無線イ 予定である。図8に、2016年5月に開催された「5G Tokyo ンタフェース設計及び超多素子アンテナによるMassive Bay Summit 2016」における、これら5G実験協力の展示 MIMO伝送技術に関する実験協力、③5G端末デバイスの の様子を示す。 検討に向けたキーデバイス(チップセット)ベンダーとの 2020年の5G導入に向けて想定しているスケジュールを 実験協力、④5G無線伝送技術及び超高周波帯での無線装 図9に示す。伝送実験については、2017年以降、5Gの周波 置の性能を評価するための測定技術に関する測定器ベン 数帯として有望な候補である4.5GHz帯や28GHz帯を中心 ダーとの実験協力に分類される(表参照) 。①については、 とし、無線技術の検証とともに、サービスやアプリケーショ ブロードバンド通信やM2Mなど、様々なアプリケーショ ンと連携したよりシステム的な実験を進めていく予定であ ンに適した無線伝送方法や信号波形の設計をはじめ、超 る。3GPP標準化では、New RATのPhase I仕様が2018年 高密度に配置した光張出しスモールセルによるシステム容 半ばまでに、Phase II仕様が2019年中に完成される予定で 量の増大化技術やMIMO伝送におけるさらなる周波数利用 ある。ドコモでは、これら3GPPの標準仕様に準拠した5G 効率の向上など様々な要素技術の検証を対象としている。 (及び5G+)を2020年から順次導入すること目指していく。 ②については、現在利用されている周波数よりも高い、例 えば6GHzを超える周波数を有効活用するための広帯域移 4. おわりに 動通信技術、具体的には高周波数帯における電波伝搬損 本稿では、さらに高速・大容量なMBBや、あらゆるモノ 失の補償に有効な超多素子アンテナを用いた高速大容量 が無線でネットワークに接続するIoTといった、様々なサー 伝送技術やミリ波帯の移動通信への応用を目指した要素 ビスを実現可能とする次世代移動通信システム5Gの研究 技術の検証を行っている。③については、小型・低消費 開発の取組みの概要について、世界動向を交えつつ解説 電力の5Gデバイス実現に向けた試作に関連した実験を行 した。ドコモでは2020年での5Gサービスの実現、及びそ う予定である。④については、ミリ波帯における電波伝搬 れ以降の継続的な5Gの発展(5G+)に向けて、研究開発 の解明や超多素子アンテナにより構成されるアクティブア と標準化を推進していく。 ンテナシステムの無線性能の評価手法に関する実験を行う ■表.世界主要ベンダーとの5G実験協力概要 16 ITUジャーナル Vol. 46 No. 9(2016, 9) ■図8.「5G Tokyo Bay Summit 2016」の様子 ■図9.5G導入に向けたスケジュールの想定 参考文献 [1] ドコモ5Gホワイトペーパー、2014年9月。 https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/technology/ whitepaper_5g/ [2] 内野ら、 “さらなる高速大容量化を実現するキャリアアグ リゲーション高度化およびDual Connectivity技術, ”NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル、Vol.23、No.2、pp.35-45、 2015年7月。 [3] 3GPP RWS-150036,“Industry vision and schedule for the new radio part of the next generation radio technology,” RAN Workshop on 5G, Sep. 2015. [4] 中村ら、 “LTEの発展と将来無線技術の展望, ”信学技報、 vol.111、no.451、RCS2011-334、pp.107-114、2012年3月。 [5] Y. Kishiyama,“LTE enhancements and future radio access,”Seminar on Future Wireless Technologies, Nov. 2010. [6] docomo 5G リアルタイムシミュレータの紹介: https://www.youtube.com/watch?v=75R2TU4w0IE [7] docomo 5Gリアルタイムシミュレータ(スタジアム版)の 紹介: https://www.youtube.com/watch?v=UVE3BN-9nmg [8] 報道発表資料: “超高速移動通信の実現に向けた屋外伝 送実験で世界初の10Gbps信号伝送に成功, ”2013年2月。 [9] 報道発表資料: “世界主要ベンダーとの5G実験を拡大, ” 2015年7月。 [10]報道発表資料: “世界初、屋外環境で通信容量20Gbpsを 超える5Gマルチユーザ通信実験に成功, ”2016年2月。 ITUジャーナル Vol. 46 No. 9(2016, 9) 17