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第362号(2015年11月30日発行)
北里大学医学部ニューズ 第12回医学部ニューズ写真コンテスト応募作品「相模原キャンパスの夕焼け」 (松前ひろみさん)2013年11月撮影 CONTENTS ■教授就任挨拶……………………………………………………2,3 ■平成27年度文部科学省科学研究費助成を受けて… …………4~15 ■北海道・八雲牧場実習と 熊本県・小国町農村体験実習について………………………16~22 ■教育研究単位紹介 微生物学…………………………………23 ■部活紹介 囲碁将棋同好会……………………………………24 2015.11 No.362 教授就任挨拶 堺 隆 一 (教授・生化学) 本年10月1日付で生化学教授に就任いたしました堺隆一 し整理して、その重要性と面白さが学生に伝わるような形 と申します。どうぞよろしくお願いいたします。 で学生の教育に携われればと思います。 私は1985年に東京大学医学部を卒業した後、当初は研修 経験期間は短かったとはいえ、もともとは内科臨床医で 医として内科を回り、高久史麿教授の東大病院第3内科に あり、臨床面からの疾患の特徴や問題点を理解しやすい立 入局しました。その後、1990年に自治医科大学に平井久丸 場にあると思います。これまでの研究対象の癌についてい 教授が開設された分子生物学講座に助手として移り、がん えば、癌の脅威が社会的問題として取り上げられ、ますま 遺伝子産物として世界中で研究が進められていたSrcチロ す癌対策の重要性が増す今日この頃です。医学部の学生が シンキナーゼの基質分子の研究に専念しました。ここで新 将来どのような臨床科に進むことになっても癌に苦しむ患 しいSrcの基質分子として細胞接着や細胞運動のシグナル 者さんに出会い、その治療法を考えなくてはならなくなる に関わるCasタンパク質の精製・クローニングならびに機 機会があるでしょう。先進治療法を積極的に取り入れてい 能解析まで進めることができました。1995年にはその研究 く際に、そして治療中の患者さんと向き合う際に、医者の の関連でシグナル伝達の第一人者Tony Pawson博士の元 側がきちんと癌とその治療について理解して新しいことを に留学し、カナダのトロントで3年半ほどポスドク生活を 見出そうとする、所謂リサーチマインドを持ってあたるこ 送りました。留学中は主にシグナル伝達分子のノックアウ とが患者さんにとっても重要なことだと思います。医学部 トマウス作成による機能解析といった発生工学的手法を の中で生化学教育に携わる者としては、学生が研究分野に 使った研究を行っていました。 進まなくてもリサーチマインドを忘れない臨床医となるよ 1999年に帰国して国立がんセンター研究所に戻り、2002 う、疾患につながる生化学の教育を目指したいと考えてい 年からはグループを率いて転移・浸潤に関わるタンパク質 ます。 の研究をスタートしました。転移・浸潤の鍵を握るリン酸 また研究においては、医学部の基礎部門に属する研究者 化蛋白質を探索し同定を進めるうちに、当初から研究して も、自由な発想で根源的なブレークスルーを目指す一方で、 いるSrcファミリーのチロシンキナーゼの基質分子群の役 疾患の理解やその治療につながる研究の方向性を失わない 割に戻り、その分子群を標的とした新規治療法の創出が現 ことは極めて重要であると考えています。ただ私見を述べ 在でもメインテーマとなっています。国立がんセンターは れば、最近は短期間で応用に結びつく研究や事業のみに研 2010年に独立行政法人化されましたが、国立がん研究セン 究費が集中する傾向が行き過ぎていて、これが続くと次の ターと名前を変えてからは、年々後期臨床開発を主たる目 世代の研究者離れを助長し、ひいては日本の医学の衰退へ 的とする機関へ推移し、研究所も何度か組織改編されまし とつながるような気がしてなりません。医学研究者として た。自分のグループも難治進行がん研究分野という名称に 社会の要請に応えることを常に意識しつつ、質の高いオリ なり、研究テーマこそ一貫して変えていないものの、これ ジナルな医学研究が日本の将来のために重要であることを からの方向性は変わらざるを得なくなっています。 訴え、自ら目指していきたいと考えています。 そのような状況で、これまでの医学研究の中で得た知識 最後になりますが、これまで国立がん研究センターで や経験を若い学生や研究者と共有できる場を持ちたいとい 培った「臨床へのアウトプットを見据える」考え方を活か う意欲がしばらく前から強くなり、北里大学の教授選考に して、北里大学において病院と基礎講座との架け橋になる 応募させていただきました。生化学という学問は学生時代 ように努力していくつもりです。北里大学病院における臨 からもっとも馴染みが深い分野であり、研究を始めてから 床研究やトランスレーショナルリサーチについても、お力 はタンパク質やシグナル伝達を扱う分野の研究者として生 になれることがあれば何でも協力させていただきたいと 化学とは常に関わりがあったわけですが、この広範な領域 願っております。教室の方々、医学部の先生方と協力して の教育に突然関わることになるのは、正直不安や心もとな 教育・研究に全力を尽くす所存ですので、どうぞよろしく さも感じます。生化学の教員の皆様に手助けいただきなが お願いいたします。 ら、せっかくの機会ですから一から最新の知識を学びなお − 2 − 教授就任挨拶 竹 内 康 雄 (教授・腎臓内科学) 平成27年10月1日付にて医学部腎臓内科学主任教授を拝 と思います。腎臓内科で扱う分野は腎炎、腎不全に加え電 命いたしましたのでご挨拶申しあげます。本学医学部入学 解質や内分泌異常、輸送体研究など多方面に富んでおりま から今日に至るまで北里大学にお世話になり、数えきれな す。このような分野にも携わっていきたいと思いますので、 いくらい多くの皆様からのご支援を頂いての就任でござい 若手の先生方、大学院生や医学部生の皆様には、色々な角 ます。誌面をお借りしまして心より御礼を申し上げます。 度から研究に携わっていただきたいと思います。多忙な中 腎臓内科学は開学当時、木川田隆一、和泉徹教授の下、 ではありますが、継続が大切であり、研究をみんなで楽し 循環器内科学、血液内科学ともに内科学Ⅱの一員として出 んでいければ、と思っております。 発いたしました。その後、東原正明教授の下で血液内科学 私は北里出身ですので、学生時代から北里の教育を受け と共に内科学Ⅳを経て、鎌田貢壽教授の下で独立した診療・ てきました。臨床現場や研究(学生医学論文などはとても 教育単位となりました。 良いカリキュラムです)を低学年から経験すること、臓器 診療では開院当初より、①腎生検による腎炎の診断治療、 系別の教育方法や臨床実習の充実など、北里大学には他大 ②神奈川県の透析治療の中心としての活動、③全国でもほ 学にはない良い点が多くありました。これらのカリキュラ とんどなかった泌尿器科、外科、内科の連携体制による腎 ムも改訂や見直しが必要な時期に差し掛かっております。 移植診療が継続されてきました。私自身も平成3年の入局 医学部が分野別国際認証取得に向けて動く中、最も重要な から今日まで “腎炎~透析~腎移植” を三位一体として行っ 項目は臨床実習の見直しです。現在の臨床実習ではまだ学 て参りました。これらの良き伝統を更に発展させるのは言 生の受け身の要素が多いため、実習時間も多くなりますが、 うまでもないことですが、今後の社会情勢や医療体制の将 より多くの患者さんに触れてもらい、現場から臨床各論を 来構想から、密接な地域診療連携や医療施設の規模に応じ 学べる内容に変えていければ、と思っております。 た役割分担の明確化が望まれます。当科運営の方針として、 ここまで、臨床、研究、教育について簡単な抱負、目標 ①より専門的に特化した外来診療体制、②入院診療の質、 を述べさせていただきました。すべての根幹には、若い先 量の強化を行って参ります。そのためには相模原周辺を含 生達や学生の皆さんが優れた医師、研究者として巣立って めた広域の病診連携体制の構築が必須であり、現在その準 欲しい、との気持ちがあります。世界一線で活躍する方、 備に入っております。 医療僻地で地域を支える方、人それぞれの道があると思い 研究面では、現在進行形のテーマとして、①難治性ネフ ます。一人ひとりが活躍できるように、卒後の臨床現場、 ローゼ症候群の発症機序と病態、②慢性腎臓病の進行抑制、 国内や国外での研究留学、教育に関する研修など自分が得 ③同種及び自己免疫寛容誘導による難治性病態の治療研究 てきたものを後輩の先生方や学生の皆さんにお伝えしてい の3つがございます。いずれも疾患モデル動物を用いての きたいと思います。今後ともご指導、ご鞭撻の程どうぞよ 研究で、まだ始まったばかりのものもありますが、参画し ろしくお願い申し上げます。 てくれる若手も出てきており、これからの発展になろうか − 3 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 山 森 早 織 (講師・生化学) この度、科学研究費補助金助成(基盤研究C)に「SNAP- でSNAP-25がリン酸化されること、(ii)SNAP-25のリン 25のリン酸化のストレス反応での役割の解明」が採択とな 酸化が刺激依存的なドーパミンの放出を増強する可能性が りました。研究助成を受けるにあたり、ご助言やご協力を あること、(iii)遺伝子操作でSNAP-25のリン酸化部位を いただいた先生方にこの場をお借りしてお礼を申し上げま 欠失させたマウスは強い不安様行動を示し、慢性ストレス す。ここに研究の背景や目的についてご報告させていただ により拒食に陥ることなどを見出してきました。今回の研 きます。 究では、これらの発見を基にして、脳や副腎でのSNAP-25 精神障害は、ストレスに起因して発症あるいは増悪する のリン酸化が、ストレス機構でどのような意義をもつのか ことが知られています。近年では様々なストレス要因が増 を明らかにしていこうというのが目的です。 えてきており、ストレスへの反応機構や適応機構を解明す 私は基礎系の教員として、教育と研究に携わらせていた ることがとても重要になってきています。脳の種々の回路 だいております。今までは多くの研究費を獲得されてきた でストレスが感知・統合・判断されると、末梢器官を通じ 高橋正身教授のもとで研究させていただいており、大変恵 て体内の機能や行動の変化が現れます。ストレスには心理 まれていたのですが、月日は早いもので昨年度末にご定年 的なものや身体的なものなど様々な種類がありますが、そ により退職されてしまいました。昨年あたりは、来年はど の種類や程度によっても、関わる経路や表現型に違いがあ うなるかなと少々不安に思いつつも、とにかく今を頑張る る可能性が示唆されてきています。しかしながら、ストレ しかないかという気持ちで励んでおりました。このたびは ス反応は全身に関する反応であるため、その全貌を明らか 幸運にも採択となり、まだまとまっていなかった研究を継 にすることはなかなか容易ではありません。分子レベルか 続できることに安堵すると同時に、貴重な研究費を頂いた ら行動レベルまでの総合的な解析を可能とする、顕著なス という責任に身が引き締まる思いです。 トレス障害を示すモデルマウスを用いることが、この問題 今後、計画通りではなく予想外のことも出てきて思案す 解決の一つの突破口となるものと考えられます。私たちが ることも出てくると思いますが、チャンスを大切にして一 解析を進めてきたSNAP-25変異マウスは、顕著な不安症状 歩ずつ問題解明に努めていきたいと思います。教室の皆様 やストレス脆弱性を示しており、これを手がかりにストレ はじめ、ご近所の研究室の皆様、ご関係者の皆様から、こ スへの反応機構や適応機構の解明に近づけるのではないか れからも色々なご助言をいただけますと幸いです。 と期待しています。 最後になりましたが、日頃から多くの皆様にご協力頂き、 私の注目するSNAP-25という分子は、脳や副腎に発現 大学がバックアップして下さっていることにとても感謝し し、神経伝達物質やホルモンの開口放出および細胞膜への ております。そして北里で研究に携わる皆様に、これから イオンチャネルの組み込みに不可欠なタンパク質です。私 もさらなる幸運が訪れることをお祈りしています。 たちはこれまでに、 (i)ストレスを加えるとマウスの脳内 − 4 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 細 野 加奈子 (助教・生理学) この度「炎症時のリンパ管新生を増強する細胞特異的ト 化された単球やマクロファージにも存在することが報告さ ロンボキサン受容体シグナルの解析」という研究課題で科 れており、こうした炎症時に関わる細胞から産生される 学研究費(基盤研究C)の助成を受けることができました。 TXによって血管新生だけでなく、リンパ管新生にも関与 助成を受けるにあたりご助言、ご協力下さいました諸先生 する可能性が十分に考えられました。一方、がん性腹膜炎 方、関係者の皆様に感謝申し上げます。当該研究テーマに などをはじめとする慢性的な腹膜炎では重度の腹水を認め ついてご紹介させていただきます。 ます。多くの炎症細胞を含む腹腔の間質液は、主に横隔膜 リンパ管は血管から漏出した間質液や組織の老廃物を吸 のリンパ管を介し中枢へドレナージされますが、特に横隔 収し、集合リンパ管を介して血管系へと還流・再循環させ、 膜筋層部の腹膜側リンパ管は腹水を排出するための中心的 組織液の恒常性を維持しているだけでなく、末梢臓器とリ ルートであり、腹腔から悪性腫瘍が転移するルートとして ンパ節、そしてリンパ節同士をつなぎ、体内に侵入してき も重要であることが知られています。そこで今回、マウス た細菌などの非自己物質を免疫系により認識・排除する免 腹膜炎モデルを作成し、腹膜炎時のリンパ管新生を増強す 疫系ネットワークを司る重要な器官です。最近の研究では、 るトロンボキサン受容体シグナリングの役割をfloxマウス 腹膜炎や創傷治癒、慢性気道炎症など様々な病的炎症や悪 を用いて解明することを計画しました。 性腫瘍の転移などで血管新生とともにリンパ管新生の誘導 リンパ管の生体内生成機構や機能調節に関する研究は、 が観察されており、炎症反応とリンパ管新生がリンクし、 現在も次々に新しい発見が続く研究領域です。リンパ管は、 炎症反応を制御するとリンパ管新生の制御につながること 過剰な細胞外液のドレナージという働きだけでなく免疫系 が大いに期待されます。 にも大きな働きを持つことが示されており、さらに悪性腫 これまでの研究から、アラキドン酸から合成される脂質 瘍のリンパ行性転移やリンパ浮腫などの病態の解明のため 炎症メディエーターが、がんや慢性増殖性炎症時の血管新 にリンパ管システム形成の分子基盤を解明することは重要 生を増強することが明らかとなっており、加えてリンパ管 であると考えます。この研究は腹膜炎における横隔膜のリ 新生でも、シクロオキシゲナーゼ(COX)-2依存性、内因 ンパ管新生の分子薬理学的、分子病理学的メカニズムに 性プロスタグランジン(PG)E2依存性にリンパ管新生増 TX-TP受容体シグナリングの視点からアプローチしたも 強因子(VEGF-C/D)を誘導してリンパ管新生増強作用を のであり、リンパ管新生におけるTX-TP受容体シグナリ 発揮していることがわかってきました。一方で、PGと同 ングの役割の解明が慢性腹膜炎における痛みや腹水貯留な じくCOX-2の働きにより合成されるトロンボキサン(TX) どの症状緩和に貢献するのみならず、リンパ管新生を基盤 は、TP受容体を介して強力な血小板凝集作用や細動脈収 とする病態治療に役立つものと考えております。今回獲得 縮作用を引き起こすことが知られていますが、最近の検討 した科研費を有効に活用させていただき、基礎研究を通じ からTXがリンパ管新生を増強する可能性を見いだしまし てさらなる医学の発展のため努力を重ね、研究に励んでま た。TXの合成酵素は血小板のみならず、胸腺細胞や活性 いります。今後とも様々なご指導を宜しくお願い致します。 − 5 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 高 橋 博 之 (講師・病理学) この度「進行期直腸癌のβ-カテニン/EMT誘導癌幹細胞 された症例を用いて、外科的手術標本の詳細な病理組織形 化による化学・放射線療法の耐性機構」という研究課題で 態や免疫染色による詳細な観察に基づき、培養細胞を用い 科学研究費(基盤研究C)の助成を受けることが出来まし た分子病理学的研究に発展させ、以下の内容を計画してい た。多大なご指導を頂きました三枝信教授、ミーティング ます。①腫瘍組織内のβ-カテニン/EMT誘導がん幹細胞化 でアドバイスを頂きました諸先生方、日頃実験の手技など 機構を同定し、②NCRT耐性機序との関連性を明らかにす を教えてくださいます技術員の方々、ならびに協力してく る。③β-カテニン/EMT依存性がん幹細胞の遺伝子発現プ ださる教室の皆様に心から感謝申し上げます。 ロファイル解析から、その抗癌剤耐性を導く責任分子を網 平成22年12月から北里大学医学部病理学教室で三枝教授 羅的に検索する。最後に、④病理組織標本で、β-カテニン にご指導頂き、子宮のポリープ状異型腺筋腫や胃の高分化 /EMTがん幹細胞の可視化による予後予測システムの確立 型管状腺癌の組織形態変化にβ-カテニンが重要な役割を果 と新しい治療パラダイムの構築へ展開する。細胞接着性を たしていることを証明することが出来ました。病理診断で 示す上皮と細胞移動能が亢進した間葉細胞とは形態が異な は形態の違いから癌の組織型や分化度などを分類します。 ることから、癌におけるEMTも病理組織学的にとらえら 以前臨床の先生に何かの病理組織像を多少張り切ってご説 れる可能性があります。EMT成分の一部は、buddingと 明させて頂いている時に、 「その組織形態の変化にどんな いう少数の腫瘍細胞の集簇からなる病変として認識されて 意味があるのですか?」と質問され、冷や水を浴びせられ います。 β-カテニン、EMT、がん幹細胞と関連する病理 た思いをした記憶があります。病理診断に必要な膨大な知 組織形態を同定することが出来れば、がん幹細胞形質とし 識を詰め込むことのみに執着し、そのような発想を持つこ ての化学放射線療法抵抗性の性質を有する腫瘍細胞成分の とがなく、そのご質問にお答えすることは出来ませんでし 多寡によりNCRT効果を予測することが出来ると期待して た。重要な病理組織形態の変化について分子病理学的に発 います。 見、証明していく研究を三枝教授にご指導頂き、このよう 三枝教授にご指導頂いて科学研究費助成の申請書が出来 な研究方法があったのかという驚きとともに、このような 上がった時には、研究の内容や計画された実験などが私の 研究が病理医にとって最もふさわしいのではないかと、と 実力をはるかに超えるとても素晴らしいものになっており、 ても意義を感じております。 感動しました。研究課題が採択された時にはやはりうれし 進行大腸癌の治療は根治的切除が主流ですが、進行期 さが殆どではありましたが、果たして自分にこのような高 直腸癌に対して術前化学放射線療法(NCRT)が施行され 度なことが出来るだろうかという不安もほんの少しよぎり た外科手術標本の診断をする機会があり、症例によって ました。最近、これまでに経験のない新たな実験手技を教 はNCRT無効症例も存在します。この原因として自己複製 えて頂きました。私はかなり不器用なので実験は失敗ばか 能・多分化能を特徴とするがん幹細胞に注目しました。最 りですが、病理学教室の皆様にご協力を頂き、とても刺激 近、がん幹細胞化に、β-カテニン系と上皮間葉転換(EMT) 的で充実した日々を過ごしています。研究を進めるにあた の関与が指摘されています。また、がん幹細胞は、抗癌剤 り、一人ではすぐに壁にぶち当たり、方向を見失ってしま や放射線に対して強い耐性を示し、腫瘍の再発・転移の根 いますが、そのような時にはいつも進むべき適切な道を示 幹となるとの報告があります。これらのことから、直腸癌 しご指導くださいます三枝教授や、ご協力くださいます皆 のがん幹細胞制御機構の解明は、NCRT効果予測や新しい 様に深く感謝しております。今後ともご指導、ご鞭撻の程、 治療パラダイムの構築に繋がる重要な課題であると考えら どうかよろしくお願い申し上げます。 れました。本研究は、進行期直腸癌に対してNCRTが併用 − 6 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 松 本 和 将 (診療准教授・泌尿器科学) 欧米において、罹患率や死亡率の多い癌腫には多くの研 削減の有効な一方法であり、腫瘍関連蛋白質の検出は個別 究費が投入され、多くの科学者が研究に参加している。膀 医療体制確立にとっても意義のあるものと考えている。 胱癌や腎盂尿管癌を含む尿路上皮癌は、罹患率や死亡率は 膀胱癌関連蛋白質としてplakinfamily、S100familyなど 低位でorphan diseaseとして敬遠される傾向にあり、泌尿 を同定し、膀胱癌の臨床病理学的所見や予後との相関関係 器癌の中でも前立腺癌や腎細胞癌と比較し、ここ十数年 を見出してきた。本研究で得られる蛋白質や抗体は、癌領 breakthroughが出ていなかった。ところが昨年、シスプ 域では報告されていない分子が多く含まれており、その分 ラチン耐性進行再発膀胱癌に対して、悪性黒色腫や肺癌に 子と臨床的背景・化学療法の奏効率・放射線の感受性との 用いられるPD-1抗体およびPD-L1抗体の有用性が散見され 相関および予後を含めた検討を行い、治療アルゴリズムの 始めた。今まで尿路上皮癌に対する有用な分子標的薬は全 作成、個別医療の確立を目指している。また、研究支援セ くと言って良いほど報告されていないため、PD-1および ンターのご協力をいただき、今までに膀胱癌関連蛋白質に PD-L1は期待されている。しかしその有用性の反面、極度 ついて特許取得2件、出願4件を行ってきた。 に高額な医療費が必要とされ、欧米においても問題となっ また、久留米大学との共同研究で、個人個人に対応した ている。本邦では、2025年問題と称される国民皆保険と医 テーラーメイド癌ペプチドワクチン療法を進めており、シ 療費の関係が懸案事項となっている一方で、研究費に関し スプラチン耐性進行再発膀胱癌への第Ⅱ相無作為化比較試 て、新聞などでは希少分野にも助成金の交付が長年続いて 験やホルモン不応性前立腺癌へのカクテルワクチンを用い おり、研究を支えてきた経緯があるとのことである。この た第Ⅲ相無作為化比較試験を行った。いずれの臨床試験も たび平成27年度より「膀胱癌における血清蛋白質の網羅的 ワクチン群での有用性を認めており、今後さらにPhaseを 解析と診断スクリーニング法の確立」に対して科学研究費 重ねる予定である。将来的に本研究で見出された蛋白質を 補助金(基盤研究C)を獲得することができた。大変光栄 用いて、ペプチドワクチン療法への応用を含む新規医療へ なことであり、さらに本稿執筆の機会をいただいたので概 の導入も行えればと考えている。 説したい。 尿路上皮癌の一般的な治療方法として手術、化学療法、 放射線療法が挙げられる。しかし、治療に対する奏効率は 芳しいものではなく、膀胱癌での全摘除術の5年生存率は pT1(筋層非浸潤癌)で約75%、pT4(前立腺や子宮への 局所浸潤癌)では約25%である。化学療法はシスプラチン を中心として構成され、手術不能例や有転移症例に対して 主として行われるが、完全寛解は10%に及ばず、平均余命 も約14か月である。さらに現治療ガイドラインでは一次治 療の規定のみで、初期治療が無効になった場合、経過観察 のみとなることも少なくない。また、腎盂尿管癌に至って は腎腫瘍の5%と症例数が少ないこともあり、疫学研究す ら進んでいないのが現状である。この一因として無症候性 血尿が出現し初めて診断されること、特異的腫瘍マーカー 掲げた目標は容易には達し得ないが、使命と心得、貴重 が存在せず、検出および経過観察においても画像診断のみ な税金を無駄にすること無く、北里オリジナルを目指し、 で行われているため、と考えられる。腫瘍特異的マーカー 実臨床に還元できるよう前進させたいと思っている。本研 を同定することは尿路上皮癌のみならず、様々な癌種にお 究は、多くの諸先生方、大学院生・学生・技術員・秘書の方々 いても次世代に向けた重要な課題となっている。また、早 に多大なるご協力をいただいた上で成り立っている。この 期発見・早期治療ならびに個別治療アルゴリズムは医療費 場を借りて厚く御礼申し上げたい。 − 7 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 石 井 大 輔 (講師・泌尿器科学) この度、 「マウス腎移植モデルと抗体関連型拒絶反応に り、年々増加しています。腎移植は大きな手術と術後の免 おける抗CD20モノクローナル抗体と抗TNFモノクローナ 疫抑制剤を必要としますが、透析と比較して時間的拘束が ル抗体について」というテーマで平成27年度文部科学省科 少なく、10年生存率も約80%を超える腎代替療法のひと 学研究費助成を受けることが出来ました。助成を受けるに つです。本邦での腎移植は生体腎移植が約1,400例、献腎 あたりまして、御協力、御指導頂きました皆様にこの場を 移植は約200例で、献腎の待機年数は15年を超えています。 お借りしてお礼申し上げます。 2010年には改正脳死移植法案が施行され、脳死患者からの 本研究は、マウスでの腎移植モデルおよび抗体関連型拒 移植は増加しましたが、全体的な増加には至っていません。 絶反応の確立と、拒絶反応に対する抗CD20モノクローナ 生体腎移植は健康な親族からの腎臓の提供が必要です。日 ル抗体ならびに抗TNFモノクローナル抗体の有用性を検 本では心停止や脳死になったときに臓器提供を行う献腎移 証することを目的としております。現在、腎移植後の細胞 植が非常に少なく、待機年数の長期化につながっています。 関連型拒絶反応に対する治療法はある程度確立されており、 臓器の提供数は先進国の中でもダントツに少なく韓国の3 1980年代のカルシニューリン阻害剤の登場以降は飛躍的に 分の1程度しかありません。増加させるためには臓器提供 生着率が改善しました。日本での5年生着率は90%を超え の意志の表示と救命救急や脳神経外科の先生の協力が必要 ています。しかしながら、抗HLA抗体が関与する拒絶反応 です。臓器提供の増加に向けて普及推進活動やセミナーの は、急性細胞性拒絶反応とは異なり治療に難渋することが 開催などを行っていますが、提供された貴重な臓器を少し 多く、この病態に対する治療法はまだ確立されていないの でも長く生着させて行くことも今後の課題の一つと言えま が現状です。抗体関連型拒絶反応マウス実験モデルを用い す。移植後期間が長くなってくると抗HLA抗体が発生す て、マウスのケモカインレセプターの一つであるCCR5を ることが知られており、この抗体による拒絶反応を少しで ノックアウトすることにより、心臓移植後に抗体関連型拒 も減らすことが可能になれば、腎移植の成績がさらに改善 絶反応が観察できるようになりました。これに対しマウス することが期待されます。 の腎移植モデルは技術的に作成が困難でしたが、2006年か 本研究では、マウスの腎臓移植という難しい技術が必要 ら2009年までのクリーブランドでの基礎研究留学中にその です。マウスの腎臓は非常に小さく顕微鏡下に行わなけれ 作成に携わる機会を得て、マウス同種腎移植モデルの良好 ばなりません。血管吻合も普段の泌尿器科の臨床の現場で な生着率を達成することが可能となりました。そのため本 は使用しない10-0の縫合糸を使用して、大豆ほどの腎臓を 研究において、抗体関連型拒絶反応のマウスモデルの作成 腹部大動脈と下大静脈に移植します。今回の研究は米国オ とその治療機序について解明することを目的としています。 ハイオ州のクリーブランドクリニックに留学し、技術を会 私は現在、泌尿器科のなかで特に腎不全外科としての領 得することができたために可能な研究です。留学中に得た 域で慢性腎不全患者に対する腎臓移植、透析に関連するブ 技術と知識、人間関係は何年たっても様々なところで良い ラッドアクセス、透析腎癌などを中心として診療にあたっ 影響を及ぼしてくれています。ノーベル賞を受賞された大 ております。本邦の維持透析は生存率や合併症など世界と 村智特別栄誉教授のような偉大な研究には遠く及びません 比較して非常に良好な成績ですが、10年生存率は約40%で が、少しでも多くの患者さんの予後が改善できるようにな あり、時間的な制約も加わり毎回の穿刺など決して楽な治 ればと思い、臨床と研究を続けていきたいと思います。 療法ではありません。維持透析患者数は30万人を超えてお − 8 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて -より精度の高い頭頸部癌手術を目指して- 宮 本 俊 輔 (講師 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学) この度、 「5-アミノレブリン酸による蛍光ナビゲーショ 入した頭頸部癌マウスモデルを作成するテーマを与えられ ンは頭頸部癌の切除精度を向上させるか?」という研究課 たことです。それを用いて、蛍光イメージング下で腫瘍切 題で文部科学省科学研究費(基盤研究C)に申請し、幸運 除した群で有意に生存期間が延長することを報告しました。 にも採択されました。ここにご報告させていただきますと 2012年からは、文部科学省科学研究費(若手研究B)の助 ともに、お世話になっております関係者の皆様には感謝申 成をいただき、インドシアニングリーン(ICG)の蛍光を し上げます。 発する特徴を利用した頭頸部癌センチネルリンパ節の同定 私は、頭頸部癌の治療、とりわけ手術療法を専門として に関する研究をしております。ただし、これは腫瘍そのも おります。しかし、経験を積んで尚、思った通りに切除で のではなく、リンパ節を光らせる技術です。腫瘍自体を蛍 きたと感じたにも関わらず再発を経験することがあり、そ 光発光させる方法を求めていましたところ、ポルフィリン んな時はもっと良い切除線があったのではないかと無力感 前駆体である5-アミノレブリン酸(ALA)が腫瘍特異的に に打ちひしがれます。本研究は、手術における主観と実際 蓄積する特徴を持ち、脳悪性腫瘍に臨床応用されているこ の結果とのズレを最小限にするにはどうしたらよいのか? とが分かりました。頭頸部癌でも培養細胞レベルでは特異 という考えから着想するに至りました。 的に蓄積することは報告されていますが、実際の症例で有 頭頸部では、比較的狭い領域の内部を鼻腔や口腔、咽頭、 効な蛍光が捉えられ、切除精度向上に寄与するのかどうか 喉頭が占め、その周囲に頸動静脈や脳神経、頭蓋底が存在 は明らかでありません。今回いただきました助成金を用い し、さらに正面上側の体表は顔面となっています。これら てそれを明らかにし、研究成果を少しでも実学に還元する の部位に発生した病変の切除は、会話や食事、呼吸などへ ことが責務と考えております。 の影響や容貌変化をもたらしQOLを低下させるだけでな 最後に、これから科研費申請を考えている若い先生方へ、 く、時には生命に関わります。一方、癌はしばしば肉眼で 私が留意した点を挙げさせていただきます。まずは、申請 判別不能な進展やリンパ節転移を来すため、肉眼的病変周 に求められる形式や内容を知ることが重要です。前回は 囲に安全域として正常組織を付けた切除やリンパ節郭清が ネットで、今回は羊土社から出版されている「科研費獲得 行われます。したがって、切除範囲を広げるほど癌を取り の方法とコツ」 (児島将康著)で書き方のポイントを把握 残す可能性が減りますが、合併症は増え重篤化します。術 して、入念に計画と文章を推敲しながら申請書を作成しま 者は、それらの釣合いを考えて切除線を判断する必要があ した。したがって、時間が掛かることにも留意が必要です。 りますが、どんなに経験があり視力が良くても、微小な病 私は2回とも既に素案はあった上で1か月前から取り掛か 変を見るには限界があり、ここに主観と結果とのズレが生 り、臨床をやりながら夜間や休日に頑張って、何とか申請 じます。そこで、見えがたい対象物を光らせて捉えやすく 書を作りました。また、採択された場合、研究実施には倫 する技術であり、近年基礎研究から臨床にも適用が拡がり 理委員会への申請が必要となり、承認までには時間を要し つつある蛍光イメージングに注目しました。 ます。4月に採択されたらすぐに倫理委員会への申請が出 そもそものきっかけは、2009~2011年に米国ペンシルバ 来るように準備しておくことも重要であると思います。少 ニア大に留学した際に、緑色蛍光蛋白(GFP)遺伝子を導 しでも今後の参考になれば幸いです。 − 9 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 神 谷 和 孝 (准教授・眼科学) この度、「SmallIncisionLenticuleExtraction(SMILE) 乱視を正確に治すことが可能です。ドライアイにもなりに 手術のエネルギー設定の最適化と角膜、眼表面、視機能に くく、見え方の質も優れており、次世代の角膜屈折矯正手 及ぼす影響の検討」という研究テーマで科学研究費補助 術として期待されています。今回の研究の最終的な目標は、 金(基盤研究C)の助成を受けることとなりました。この もっともっと患者さんの視機能や満足度を高めて、困って 研究は、SMILEという新たなテクノロジーの安全性・有 いる多くの患者さんにもっともっと “SMILE☺” を取り戻 効性の更なる向上に貢献し、患者さんの満足度を高めるこ してもらうことです。 とを目的として考えました。少しだけ専門的な話をします この分野において世界的な先駆者である清水公也教授を と、フェムトセカンドレーザー(写真左)は、近年最も進 はじめ、角膜・屈折矯正グループの五十嵐章史講師、小橋 化を成し遂げたレーザーテクノロジーの一つです。任意の 英長先生、高橋正英先生に改めて深謝申し上げたいと思い 深さや方向で自由自在に角膜組織をアレンジできます。こ ます。日常臨床での診療は、近視や乱視を治して眼鏡やコ れを屈折矯正手術に応用したのがSMILEという手術です。 ンタクトレンズから患者さんを解放すること、見え方の質 約3mmの小切開創からシート状に加工した角膜片を引き を落とさずに角膜の病気を治すことを目指しており、フェ 抜くだけの手術なので(写真右)、レーシックと比較して、 ムトセカンドレーザーを用いた角膜移植手術も多数例行っ フラップを作る必要がなく、エキシマレーザーで角膜を削 ています。角膜疾患でお困りの方や眼鏡やコンタクトに不 ることもないので、傷の治りにバラつきが少なく、近視や 満を抱いている方は気軽にご相談いただければと思います。 フェムトセカンドレーザー装置の外観 新病院の眼科外来に導入されています。 SMILE手術の実際 小切開創からシート状に加工した角膜片を引き抜いています。 − 10 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 長 尾 和 右 (助教・分子遺伝学) この度「新規遺伝子編集ツールを用いた遺伝病患者由来 ころとなっています。 がん細胞の作製」という研究課題で科学研究費補助金(若 そこで本研究課題では、高発がん遺伝病であるNBCCS 手研究B)の助成を受けることができました。助成を受け 患者由来細胞をCRISPR/Cas9システムを用いて遺伝子編 るにあたり、ご助言とご協力を下さった方々に、この場を 集し、がん化を促進させることを目標としました。作製し お借りしてお礼を申し上げます。 たがん化細胞をマウスに移植して実際に腫瘍を形成させ、 研究課題にあります新規遺伝子編集ツールは、2013年 薬剤スクリーニングに使用することで、よりin vivoでの に論文掲載されたCRISPR/Cas9システムを指しています。 薬効を反映したスクリーニングが可能になると考えており このシステムは本来真正細菌や古細菌といった微生物が ます。ならば、がん患者から摘出した腫瘍をマウスに移植 もっている獲得免疫機構で、ファージなどのウイルスが2 し薬効を確認すればいいのでは?と思われるかもしれませ 度目以降に感染した際、ウイルスのDNAを二本鎖切断す ん。しかし、一般的に腫瘍に含まれる細胞は遺伝的に均一 ることで宿主を防御しています。このシステムを改変し、 ではなく、がん化の大元となった突然変異(ドライバー変 培養細胞などの真核細胞で機能するようにしたものが遺伝 異)と、その後に生じたがん化とは関係のない変異(パッ 子編集ツールとして利用され、普及を見せ始めています。 センジャー変異)が存在しています。本研究課題はパッセ 当研究室ではこのシステムを用いて基礎実験を行い、ノウ ンジャー変異の蓄積していない、様々な遺伝的背景を持つ ハウを蓄積してきました。 がん細胞を作製し、薬剤のスクリーニングに利用するとい その一方で、当研究室は以前より母斑基底細胞癌症候群 う点が評価されたのではないかと考えております。 (NBCCS、別名ゴーリン症候群)患者の遺伝子解析を行っ 科学研究費補助金若手研究は、39歳以下の研究者で2回 ております。NBCCSは基底細胞癌、髄芽腫などの好発を までという制限がありますが、年齢制限内に2度目の助成 特徴とする遺伝子病で、がん抑制遺伝子であるPTCH1遺 を受けることができました。ホッとする一方で、次回から 伝子に突然変異が生じた結果、ヘッジホッグシグナル伝達 は採択率の低い基盤研究への応募が待っており、身が引き が異常に亢進することによって生じます。このシグナル伝 締まる思いです。今までに採択されなかった年度の申請書 達系に関わる遺伝子の突然変異は大腸癌、肺癌などの多く を改めて読み直してみますと、説明が細かすぎてその分野 の腫瘍でも報告されており、このシグナル伝達系を標的と の専門家以外にはわかりにくい内容になっていたような気 する分子標的薬がオーダーメイド医療として注目されてい がしています。科研費獲得フォーラムで講演された先生方 ます。中にはFDAの認可が下り、アメリカ合衆国で臨床 がおっしゃられているように、 「審査員は専門家ではない」 応用が始まっている薬剤もありますが、副作用が強い、胎 という点に留意して継続して助成を受けられるように、研 児に奇形が生じる懸念など、まだ問題点も多く、新たな薬 究面でも執筆面でも精進していく所存です。 剤、あるいは変異型に特化した標的薬の開発が待たれると − 11 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 前 田 一 輔 (助教・法医学) この度、 「心筋症および心肥大を伴った心臓性突然死の をコードする遺伝子やそのスプライシングを制御する遺伝 原因遺伝子解析」という研究テーマで科学研究費補助金 (若 子を5つ選択し、エクソーム解析および遺伝子発現解析を 手研究B)を受けることが出来ましたのでご報告致します。 行うことで心臓肥大と遺伝子異常の関係について明らかに 本助成を獲得するにあたり、ご助言・ご指導いただいた先 することを目標としています。最近では次世代シーケン 生方や研究室のスタッフの協力あってのことだと強く感じ サーの開発により、複数の遺伝子を一斉に解析することが ております。この場をお借りして深謝いたします。 可能になったことから、本研究で得られた成果を基盤に遺 突然死の死因究明は、法医学分野でしか行われていない 伝子解析による死因診断の可能性も視野にいれています。 特異的な実務であり、重要な責務の一つです。法医学にお さらには、ご遺族に解析結果をフィードバックすることで ける死因究明方法としては、検案と解剖の2種類が存在し 予防医学的にも貢献できると考えています。 ます。検案は解剖せずに外表や体液採取による諸検査から 今回私は、初めて科研費を獲得することができましたが、 死因を推定するものです。近年では、CTを用いた死後画 そのために何をしたかというと、毎年行われている科研費 像検査を行うことで心タンポナーデや脳出血など、明らか 獲得フォーラムに参加したり、前年度に新規採択された先 な病変が確認出来た場合には、ご遺体にメスを入れること 生方の研究計画調書を閲覧したり、研究室の先生に添削し なく、死因を診断することが可能となっています。神奈川 ていただいたりと誰しもが行っている普通のことをやりま 県下における解剖には、犯罪性が疑われる際に行われる司 した。ただ、私の周りには仲の良い同年代の若手研究者が 法解剖、犯罪性が疑われずとも警察として詳細な死因検索 何人かいて、皆すでに科研費を獲得しておりましたので、 を依頼する権限解剖、外表や諸検査のみでは死因診断材料 かなり刺激(焦りもありました)になっていたことは確か が不十分で遺族から承諾を得て行う承諾解剖があります。 です。特に学生の頃から憧れているある先生は、科研費を 我が法医学教室でも日々、突然死したご遺体について死 絶対獲ると宣言し、前年度にしっかりと研究助成を受けて 因究明を行っておりますが、その多くは心臓性突然死によ いましたので、負けないようにと自身を奮い立たせる要因 るものです。しかし、心臓性突然死の中にはマクロでも明 になっていたと思います。申請書の記載方法も重要な項目 らかな冠状動脈血栓症による急性心筋梗塞や弁膜症がある の一つなのは言うまでもありませんが、研究分野も異なる 一方、冠状動脈に病変がなく、心肥大や心拡張を伴った心 同世代でリサーチマインドの高い研究者との意見交換も新 筋症や諸臓器に著変は認められず、致死性不整脈で亡く たな発見や刺激を与えられますので、そういった仲間を作 なったと推定され、解剖しても死因の判断に苦慮するよう ることもよい結果を生むように感じます。 なことも少なくありません。この心筋症や心室性不整脈を このように研究機器のみならず、周りの研究者について 主体とするQT延長症候群やBrugada症候群などは多くの も恵まれた研究環境下に身をおくことができていますので、 遺伝子異常が報告され、原因遺伝子の特定が進んでいます。 今回の科研費獲得を励みにより充実した研究成果が出せる 今回の研究課題では、解剖事例で心筋症を含む原因不明 よう日々精進していく所存です。今後とも宜しくお願い致 の心臓肥大を伴った症例について、心サルコメア構成蛋白 します。 − 12 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 内 藤 正 吉 (助教・腎臓内科学) この度「ネフリン障害性巣状糸球体硬化症マウスモデル 込んだベクター遺伝子を直接動物に免疫する方法です。従 におけるボーマン嚢前駆細胞の解析」が、科学研究費補助 来の免疫法は、目的の抗体を得るために大量の蛋白質を精 金助成(若手研究B)に採択されました。関係者各位に感 製する必要があるにもかかわらず、膜蛋白を認識する抗体 謝をお伝えしますとともに、ここに皆様にご報告いたします。 を効率よく作成することができませんでした。しかし、遺 今回の応募研究は、腎臓内科学メンバーが私の大学院時 伝子免疫法では少量の遺伝子から膜蛋白を認識する抗体を 代に行った研究を発展させて作成したモデル動物を、私 効率よく作成できる利点があります。このことから、腎臓 の留学時代の研究に応用したものです。このような研究 内科学の青山東五先生はフィンランド型先天性ネフローゼ を組み立てることができたのも、大学院時代にご指導頂 症候群の責任遺伝子でポドサイトに特異的に発現する膜蛋 いた鎌田貢壽先生、青山東五先生、留学先をご紹介いた 白であるネフリン蛋白に対する抗ヒトネフリン抗体の作成 だいた竹内康雄教授、留学時代にご指導いただいたStuart 法を確立しました。私は青山先生からその方法をご指導い Shankland先生、歴代の腎臓内科学大学院生や、日々励ま ただき、遺伝子免疫におけるDNAシグナル配列の役割を していただいている腎臓内科学メンバーの皆様のおかげで 解析しました。また、その結果得た抗体を利用して、2011 あります。この場を借りて皆様に御礼させていただきます。 年に日本腎臓学会総会会長賞を受賞しました。さらに、こ さて、研究の話を少しさせていただきます。 の方法を大学院生たちがラットやマウスに応用することで、 慢性腎疾患患者数は世界的に増加しており、血液透析患 ネフリン障害型ネフローゼ症候群モデル動物の作製に成功 者の増大による莫大な医療費が問題となっています。慢性 しました。そこで、このモデルマウスを解析したところ、 腎疾患の進行には糸球体上皮細胞(ポドサイト)の減少が PECs前駆細胞が実際に存在する可能性を強く示唆する結 関係しています。このポドサイトは増殖しないとされてい 果が得られました。このことから、私は現在、PECs前駆 る一方で、軽度の糸球体障害モデルでは一時的にポドサイ 細胞を誘導する方法を模索することで、今後多くの方々が ト数が減少した後に回復することが知られています。その 腎不全の進行を抑え、血液透析をせずに生活することがで 理由は長らく不明でしたが、ポドサイトとボーマン嚢壁細 きる道を開くべく精進しております。 胞(parietalepithelialcells:PECs)は同じ前駆細胞から分 今年、ノーベル賞を受賞した北里大学特別栄誉教授の大 化することから、最近PECsが前駆細胞として働き、ポド 村智先生は、人のために少しでも何か役に立つことはない サイトを補充する可能性が考えられています。現在、iPS か絶えず考えていると仰られていました。我々臨床医も患 細胞による再生医療が注目されていますが、残念ながら腎 者様のため、何かできることがないか考えています。日々 臓の再生医療の実用化にはまだまだ時間がかかります。そ の日常診療は大変忙しく、また魅力的なものです。しかし、 こで腎不全の進行を抑えるための新たな治療標的として、 研究の視点というものは自分の視野を広げ、大きな夢を得 腎臓にもともと存在する前駆細胞を誘導することが現実的 ることだけではありません。人のために少しでも役に立つ であると考えられる点で、PECs前駆細胞は注目されてい 可能性があります。このようなことを学ぶことができたの ます。しかし、遺伝子改変動物が多く存在するマウスに実 も、ひとえに北里大学で受けてきた教育と仲間達のおかげ 用化されているポドサイト障害モデルはほとんどないため、 です。皆様に改めて感謝の意を示すとともに、このご恩を PECs前駆細胞の機能解析を行うには限界がありました。 少しでもお返しできるよう、引き続き邁進していかなけれ 我々の研究室では、遺伝子免疫法を用いたモデル動物の ばならないと、改めて気を引き締めております。 作成を行ってきました。遺伝子免疫法とは、DNAを組み − 13 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて 宮 城 正 行 (助教・整形外科学) この度、平成27年度文部科学省科学研究費助成(若手研 ために “骨粗鬆症と痛み” に関する基礎研究を開始いたし 究B)をいただきましたのでご報告いたします。今回助成 ました。上述しました通り、私は骨粗鬆症由来の痛みのメ いただきました研究テーマは「高齢者運動器不安定症由来 カニズムに関して、局所に起こる炎症性サイトカインや各 腰痛を惹起する神経侵入制御因子同定と新規治療シーズ探 種成長因子の発現上昇と異常な微小神経の侵入が原因では 索」です。高齢者運動器不安定症とは、骨粗鬆症やサルコ ないかと考えております。しかし、平成25年のNature誌 ペニアをバックグラウンドに持つ高齢者の運動器疾患であ において、神経再生で注目されるセマフォリン蛋白を欠損 り、これらの患者さんはしばしば漠然とした疼痛(特に腰 させると、骨へ侵入する感覚神経が抑制され、骨粗鬆症と 痛)を訴えます。本研究は、現在充分に解明されていない なること、さらには、骨内の感覚神経が骨代謝を調節し、 骨粗鬆症やサルコペニア由来の “痛み” のメカニズムに着 骨粗鬆症の発症や骨の再生に関わっていること(Nature. 目しました。 2013 497 : 490-3.)が報告され、疼痛を伝えるはずの感覚神 私は、平成26年4月に北里大学に着任する前は、千葉大 経が骨粗鬆症椎体には減少している可能性が示唆されまし 学に所属しており、腰痛や膝関節痛といった運動器疼痛メ た。私は、このdiscrepancyを解消すべく、骨粗鬆症由来 カニズムの基礎研究、臨床研究に携わってまいりました。 の疼痛メカニズムの解明を目指していく所存です。また、 特に椎間板由来の腰痛の基礎研究を積極的に行っており、 同時に、骨粗鬆症患者さんがしばしば併発する筋肉減少症、 変性椎間板内には、炎症性サイトカインや各種成長因子の サルコペニアと痛みの関係についても、同様のアプローチ 発現が上昇し、支配感覚神経の感作が起こること(World で研究を進めていきたいと考えております。 Forum for Spine Research 2010 Best oral presentation 最後に、常日頃より私の基礎研究を統括し、ご支援、ご award受賞) 、変性椎間板内においては、メカニカルスト 助言をいただいております髙相晶士教授、高平尚伸教授、 レスにより微小神経の傷害と再生を繰り返すこと(国際腰 井上玄准教授、実際に基礎研究のご指導を頂いております 痛学会(ISSLS)2012 prize受賞)、変性椎間板や椎間板ヘ 内田健太郎先生、ともに切磋琢磨している藤巻寿子先生を ルニア内部には神経伸長が多く起こり、腰痛の原因となる はじめ整形外科研究室の大学院の先生方、私のような新参 こと(ISSLS 2014 prize受賞)などを明らかにしてきまし 者をいつも温かい目で見守ってくださる北里大学整形外 た。これらの研究結果から、椎間板由来の腰痛だけでなく、 科同門会の先生方、研究助成の応募に際し、いつも迅速か 運動器に起因する疼痛は、局所に起こる炎症性サイトカイ つご丁寧に対応してくださる医学部総務課研究振興係の ンや各種成長因子の発現上昇と異常な微小神経の侵入が主 皆様にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。まだま な原因となる可能性が示唆されました。 だ医師としても研究者としても未熟者ではございますが、 今回、北里大学に着任し、髙相晶士教授より “骨粗鬆症” 今後ともご指導ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願い申し という研究テーマをいただき、今までの研究手法を生かす 上げます。 − 14 − 平成27年度 文部科学省科学研究費助成を受けて -良好な視覚の質の提供を目指して- 小 橋 英 長 (助教・眼科学) この度「正常眼・眼疾患における高次収差と前方・後方 な視機能評価をする計画に至りました。屈折矯正手術分野 散乱が視機能に及ぼす影響の検討」が、科学研究費補助金 においては、術後高次収差の増大に伴い、視機能低下を来 助成(若手研究B)に採択されました。今回助成を受ける たしますが、散乱も影響すると考えております。また顆粒 ことができたのは、日頃から御指導頂いている先生方のお 状・帯状角膜変性症、角膜全層・内皮移植術後、ドライア かげであり、この場をお借りして感謝申し上げます。 イ患者などの眼疾患においても、高次収差や散乱の影響に 私は、医師10年目、眼科医8年目であり、主に大学病院 よって視機能低下を来たすことが報告されておりますが、 と関連病院で臨床を中心に勉強をしてきました。現在は角 高次収差と散乱の関連性についてはこれまでに研究されて 膜・屈折矯正班に属して診療にあたっています。眼科医を おりません。従って、多岐にわたる眼疾患において高次収 目指したきっかけは、学生時代より屈折矯正手術に興味が 差と散乱が視機能に及ぼす影響を明らかにすることで、詳 あったことです。そのため屈折矯正手術を習得するには、 細な視機能評価が可能になり臨床的に有意義であると考え 清水公也教授のもとで修練するしかないと判断し、他大学 ます。さらに、散乱には光の進行方向に発生する前方散乱 より当眼科に入局した次第です。実際に私は正視であり、 と逆方向に発生する後方散乱がありますが、より視機能に 眼鏡・コンタクトレンズで矯正したことがありません。裸 影響を及ぼす因子は前方散乱であり、後方散乱はあまり寄 眼で生活することに何ら違和感を覚えませんが、遠視矯正 与しないと考えられております。しかしながら、散乱(特 の眼鏡を試しにかけてみると、近視の人はこんなに見えづ に前方散乱)の定量化が困難であったため、詳細な検討は らいのだと実感できます。マイナス10 diopter以上に及ぶ これまでになされておりません。そこで正常眼と眼疾患に 最強度近視の患者さんに屈折矯正手術を施した際、「朝起 おける高次収差と前方・後方散乱が視機能に及ぼす影響を きて眼鏡をかけないで見える世界に感動しました」という 検討し、疾患毎にどの因子が視機能に最も寄与するのか明 意見をよく伺います。これが臨床へのモチベーションアッ らかにすることによって、さまざまな眼疾患の病態理解を プにつながり「もっといい治療ができないのか?」と自問 深めて、視機能や患者満足度の向上に貢献し得るとの発想 します。LASIK手術は2008年に国内で約45万件も行われ、 に至りました。 ピークを迎えましたが、昨今の景気の低迷や2013年の消費 今回、科研費について何も分からなかった私でしたが、 者庁からの注意喚起によって、残念なことに屈折矯正手術 助成を受けることができました。これも偏に清水公也教 は現在、縮小傾向にあります。しかし、眼鏡・コンタクト 授、神谷和孝准教授、五十嵐章史講師のご指導の賜物であ レンズから解放されたいと願う母集団が常に存在すること、 り、厚く御礼申しあげます。当たり前のことですが、研究 当教室で開発されたICL KS-AquaPORT(Shimizu et al. 費は獲得が目的ではなく、研究を遂行して眼科医療に貢献 BrJOphthalmol2012)を用いた手術方法が確かなもので することが目的であると考えます。また優秀な研究・論文 あると考えると、今後の屈折矯正手術にも希望の光が見え は「一番じゃなきゃダメです」 (死語ですね!) 。従って国 ていると確信しております。 内外のライバル研究者よりもスピード感を持って研究を遂 このように現在の眼科医療は、良好裸眼・矯正視力を提 行する覚悟が必要です。その研究を加速してくれるのも科 供することが当然のように求められる時代に入りました。 研費のサポートがあるからだと思います。今回の科研費を そこで更に良好な視覚の質を提供できないのかと考えて、 通じて一人でも多くの後輩たちが「自分も科研費に挑戦し 視力検査だけでなく、コントラスト感度、高次収差、散乱 たい」と刺激を与えることが出来たら幸いです。今後とも の測定が重要であるため、眼疾患、特に角膜疾患別に詳細 御指導、御鞭撻の程よろしくお願い致します。 − 15 − 北海道・八雲牧場実習と 熊本県・小国町農村体験実習について 齋 藤 有紀子 ⎛准教授・医学教育研究開発センター⎞ ⎝ 医学原論研究部門 ⎠ 1年次の八雲牧場実習は今年で9年目、小国町農村体験 三郎記念館の維持管理など、多くの事業を展開している。 実習は3年目を迎えた。医学原論演習の一環として3泊4 共通するのは、自然・地域・人とていねいに向き合って 日、希望学生が北里ゆかりの施設に赴く。今年は八雲59名、 きた歴史と、生き方に通じる理念である。学生はその懐に 小国29名(他の学生31名は同時期に相模原で倫理演習に参 飛び込み、世代の異なる人と言葉を交わし、知らない作業 加した)。 と格闘しながら、五感を通して自分や社会と出会う。言葉 八雲牧場は獣医学部附属施設であり、代々の牧場長(獣 にならない学びがある。 医学部教授)が資源循環型有機畜産実現の理念を継承し、 プログラムを毎年改訂し練り上げてくださる牧場・農村 職員一丸となって大事に作り上げてきた。熊本県小国町は の皆さま、門外の者にわかりやすくお話くださる講師の皆 学祖のふるさとであり、北里柴三郎博士の「学習と交流」 さま、学生の不安な様子をそっと見守ってくださる引率の 精神のもと、九州ツーリズム大学、農家民泊体験、北里柴 皆さまに心から感謝申し上げます。 八雲牧場実習を終えて 天 野 英 樹 (講師・薬理学) 本年4月から医学部の1年B組クラス主任を拝命し、8 部で学ぶ人獣共通感染症の講義は1コマしかなく、獣医を 月19日から3泊4日で北海道・八雲牧場実習に参加させて 志していた自分は食い入るように聞きました。 頂きました。高校時代に動物園に勤務することを夢見て獣 2日目の昼食は学生達で焼きそばを作りました。積極的 医学部への進学を望んでいた自分にとって、この実習への に参加する学生としない学生に分かれ心配しましたが、3 参加は大変楽しみでした。 日目の夕食で北里八雲牛のバーベキューを行ったところ、 八雲牧場は、函館空港からバスで約3時間の距離にあり 前日とは違って、学生達は自分の仕事を見つけ積極的に参 ます。牧草の生産・肉用牛の繁殖・肥育までの一貫した体 加できるようになり、その変化に感動しました。またこの 系のもとで、畜産並びに家畜の衛生対策などの実践、畜産 実習を通して教職員間の親睦を深めることができ、大変有 学、獣医学に関する全般的教育を推進することを目的とし、 意義な時間を過ごすことができました。 昭和51年に畜産学部(現・獣医学部)附属牧場として開設 今回の実習は天気に恵まれ、誰一人として怪我も無く無 されました。一切の化学肥料、農薬を使用せず、完全に有 事に終えることができたことは引率する側として嬉しかっ 機的管理された自給飼料100%の粗飼料だけで牛を飼養し、 たです。これも一重に寳示戸牧場長をはじめとする牧場の 究極の赤身牛肉生産を実践している牧場です。 職員の方々のおかげです。この場をお借りし、厚く御礼申 実習の目的は自然・生命にふれ、共同生活を通して、人 し上げます。 間性豊かな医師となる礎を築き、農医連携を学ぶことです。 尊敬する先輩医師が、 「良い医師は引き出しが多い、い 牧場では携帯電話が繋がらないと聞いていましたが、本当 ろんな経験をしろ」と話していたことを思い出します。今 に電波が消えたことには驚きました。SNSに浸っているで 自分には直接関係ないと思われることでも人の話を聞き、 あろう学生だけでなく、自分もなんだか違和感がありました。 経験を積み重ね、心に止めて引き出しに入れておく、それ 寳示戸雅之先生や牧場の職員の方々の実習、講義を通し がいつか役立つことがあるはずです。今回の実習が、これ て、農医連携の取り組みの意義、その重要性を認識しまし から医師を志すスタートラインに立った学生達の引き出し た。この実習の中で人獣共通感染症の講義を久しぶりに拝 の一つとなり、良い医師に近づく一歩になったことを願い 聴し、引き出しにしまっておいた記憶が蘇りました。医学 ます。 − 16 − 北海道・八雲牧場実習に参加して 中 原 善 朗 (助教・呼吸器内科学) 平成27年4月より医学部呼吸器内科学に着任いたしまし 療行為の質と患者さんの安全性を向上させるために、米国 た中原善朗と申します。今年の北海道・八雲牧場実習に、 において作成されたチーム戦略で、現在では世界標準の 医学部1年生とともに参加させていただきました。私は、 患者安全推進ツールとなっています。Team STEPPSでは、 北里大学の卒業生ではないため、大学の歴史や関連施設等 多職種で構成されるチームが ①リーダーシップ、②状況 についてよく知りたいと思ったこと、もともと鹿児島県出 モニタリング、③相互支援、④コミュニケーションという 身の田舎育ちで自然が好きだったことから、今回の実習へ 4つの技能を会得・実践することで、医療行為に関する認 の参加を希望しました。 識、理解、知識などをメンバー間で共有し、チームとして この実習を通して感じたのは、プログラムにとても工夫 安全で有益な知識・考え方、態度、成果を得ることを目的 が凝らされており、八雲牧場のスタッフの方々の学生の教 としています。この牛追い体験実習には、その全ての要素 育に対する熱意と愛情が端々に感じられる内容であったと が詰まっており、将来医師として働く学生達が、早い段階 いうことです。フィールドワークや釣り、頭絡作り、生薬 でこのようなトレーニングを受けることは大変有意義なこ の講義や地元の酪農家の方の講演など盛りだくさんの内容 とだと思いました。 でしたが、なかでも印象に残ったのは、この実習の一番 このように大変工夫が凝らされた素晴らしい実習ではあ のメインイベントといってもいい、牛追い体験実習でし りますが、学生側がその意義を十分に理解し、4日間の実 た。これは、学生がグループを作り、決められた大きさ 習で最大限に学ぶことが出来たかというと、まだまだ足り の柵を作成し、その柵の中に牛を追い込むスピードを競 ないと思っています。今後は、実習に行く前の事前学習等 うといったものなのですが、決して簡単な作業ではあり を充実させ、牧場のスタッフの方々の熱意と愛情に応える ません。学生達が汗だくになって取り組むのを見ながら だけのものを得て帰れるよう、今回感じたことをフィード 思ったのは、我々の臨床の現場でも最近注目され始め、当 バックし、来年につなげていくのが我々教員の使命だと改 院でも多職種が参加した実習を行っているTeam STEPPS めて感じております。 (Team Strategies and Tools to Enhance Performance 最後に、寳示戸雅之先生をはじめ、牧場スタッフの方々、 and Patient Safety)に大変良く似ているということです。 医学原論研究部門の齋藤有紀子先生に厚く御礼申し上げ このTeam STEPPSは、良好なチームワークを確立し、医 ます。 牛追い体験実習 − 17 − 北海道・八雲牧場実習報告 第1学年 久原 章弘 ロボロになり自分もボロボロになっていることに気付いた 3泊4日に及ぶ八雲牧場実習が無事に終わった。兎にも 農に転換した初めのころ、牛が自分から草を食べようとし 角にも無事に何事も問題なく終わって良かったと思う。電 ないことも印象的だった。生物には本能が備わっており、 子機器で囲まれ、それ無しでは生活が成り立たない時代に それに従うものだと考えていた。最終的にはその本能に 3日間もスマホに手を触れなかったことに驚いている。最 従ったのか、草を食べ始めたと聞いて安心した。私は、過 初はどんな風になるのかと心配していたが、何とかなった。 度な扱いはその生物の本能や能力を鈍らせるものではない 私は人間やろうと思えば何とかなるんじゃないかと感じた。 かと考えた。話全体を聞いて放牧酪農がどれだけ正しいの 八雲牧場で私は初めて生きている牛を見て、触って、匂 か理解した。しかし悲しいことに、現実的には厳しく成功 ことを聞いたときは共感した。そして介護酪農から放牧酪 いを嗅いだ。一個体の体重が700キロの生物も初めてみた。 する酪農家は少ない。それは仕方のないことじゃないかと 当たり前だが、牛が生きていることを実感した。そしてそ 思った。なぜなら、放牧酪農には金と土地が必要だからだ。 れは我々人間が生きる為に生かされていることも感じた。 国土が狭い日本では北海道くらいしか放牧酪農できない。 人間の手が加わっていない土地はない。八雲牧場は牛肉の また、生産効率も下がるため、自分たちと牛たちを養うた 生産目的も焦点に置かれているし、研究だって行われてい めの財力も必要となる。理想は素晴らしいのだが、地に足 る。究極的には全て人間の為である。効率性が求められて がついた考えを実行しなくてはならない。そのジレンマを いる現代で無肥料・無農薬を貫く姿勢には深い感銘を受け 私は感じ、日本の食糧問題について興味がわいた。世界の た。講話の一部でバッタが突然大発生したとき人の手のみ 人口は増えているが日本の人口は減っている。国産牛肉を でバッタを捕獲する人海戦術には驚いた。敷地面積が370 日本のみで消費すれば余ると考えがちだが、生産者自体も ヘクタールの広大な土地をよくもやったものだと思った。 減ってしまう。また、現実的には輸出は避けられない。農 そこに八雲牧場関係者の八雲牧場と牛に対する思いがよく 業というのは人間が生きるための術である。八雲牧場実習 伝わってきた。 で私は理想と現実の間を埋めるむずかしさを感じ、生命を 地元の酪農家の小栗さんのお話も印象的だった。牛がボ もらって生きていることを深く自覚した。 第1学年 畑 恵美 実習ではいくつかの講義も受けた。及川哲郎先生からの 動物が好きなので北海道の自然の中で牛と戯れたいと思 学受験の時に少し読んだので興味があった。漢方医学は い、八雲牧場実習を選択した。実際にはそれだけでなく食 オーダーメイド治療を指向し、患者の症状をいかに取り除 糧問題や環境問題、命に対する向き合い方について考える くか、QOLをいかに高めるかを重視する。対症療法中心 大変良い機会となった。日本のように多くの窒素を輸入し である西洋医学に加えることで医療を向上させていくのに て余剰窒素を発生させながら食糧自給率が低い国がある一 は、大きな意味があると思った。また、いただいたフレッ 方で、世界では食糧が足りていないというのは大いなる矛 シュミントティーとシソジュースは美味しかった。 盾であるという。解決策は食糧を自給することであり、そ 最も印象に残った体験は、やはり牛と直接触れ合ったこ れを実現しているのが外部からの窒素投入を極力減らした とである。牛追いは牛を入れる柵をつくるのにまず苦労し 食料生産を行う八雲牧場である。八雲牧場は一般の牧場と た。皆で協力してなんとかつくりあげたのだが、同じ班の は違い、資源循環型畜産を行っている。牛の排泄物が土へ 人達が色々と意見を出し合っているのをみて、正直なとこ かえり、その養分が牧草を育て、牧草が牛の飼料となる。 ろ感心もした。協力しあうことの大切さを学んだり、達成 シロクローバーの根粒菌のはたらきで空気中の窒素ガスを 感を感じたりするのと同時に将来、医療を行う時に積極的 直接とりこみ、牧草に移譲して生産性を維持している。牧 に行動できる頼りになる医師になりたいと思った。牛の部 場を訪れてみてその草原の広大さ、牛の自由さに驚いた。 位の名称を教えてもらう時に牛を触ることもできた。すべ 根粒菌も生えているクローバーをとって見ることができた。 すべとしていて可愛かった。そして夕食のバーベキューで このように広々とした環境で草を食べながら生活すること は北里八雲牛を食べた。赤身のヘルシーなお肉で美味し のできる牛たちは幸せだろう。そんな幸せな牛たちは人に かった。牛と触れ合った後に肉を食べると何よりそのあり も地球にも日本の農業にも優しいのだという。 がたみを強く感じた。命を食べているのだという実感が お話は生薬と漢方についてだった。統合医療については大 − 18 − あった。トラックで牛が出荷されるのを見届ける時、牛は 命のありがたみを感じて大切に食べたいと思った。そして かわいいけれど家畜というのは食べるために育てる存在で 手間暇をかけて育てている牧場の方たちへの感謝をもって あり、その運命にあるのだとおっしゃっていたのが心に 食べたいと思った。この気持ちを一時的なものにするので 残った。私はこれからも肉を食べて生活していく。その現 はなく今後も忘れないでいたい。 実から目をそらし、かわいそうだと思うのではなく、その 間近で見る牛の姿に興奮 2015.11 No.362 − 19 − 北里大学医学部の学生を受け入れて 一般財団法人学びやの里 事務局長 江 藤 理一郎 (熊本県小国町) 2015年9月1日、今回で3年目となる北里大学医学部1 各農家では、丸2日間、野菜の収穫や草刈り作業だけで 年生29名の農村実習がスタートしました。お昼過ぎに北里 なく、ジャージー牛の酪農体験、チェンソーや斧を使って 柴三郎記念館に隣接する木魂館に到着すると、学びやの里 の林業体験、冬に備えての加工品づくり、作業が終わると の活動や農村体験についての説明を、中学生の体験の様子 町内観光、そして夜は一緒に夕食づくりや夜の星空観察な を映したDVDを交えてお話しさせていただきました。翌 ど様々な体験ができたことと思います。 日は、朝から学祖・北里柴三郎博士の記念館を見学し、阿 体験を終えての退村式にてうるるんの涙こそほとんど見 蘇医療センターの病院長の講話をはさんでいよいよ農泊体 られませんでしたが、とても自信に満ちた顔つきで、小国 験の受け入れ式となりました。初めて会う受け入れ農家の 町での2泊3日が充実したものであったことがわかりまし 方々を前に、緊張した面持ちの学生たちとは対象的に、年 た。この体験を通して、将来地域医療に携わってみたいと 間60名以上の中学生を受け入れている農家の方々は、久し いう学生や小国町の医療をリードしてくれる学生が誕生す ぶりの大学生の受け入れにニコニコと楽しみにしている様 ることを願っています。 子がとても印象的でした。 最後になりましたが、この度の北里大学特別栄誉教授大 そもそもこの医学部1年生の農村実習は、毎年小国町を 村智先生のノーベル生理学・医学賞受賞を心からお喜び申 中心に開催されている学校法人北里研究所の教職員の『北 し上げます。北里大学の学祖である北里柴三郎博士は、ジ 里柴三郎のルーツを辿る研修旅行』に、4年前に医学部准 フテリア血清療法をドイツの医学者ベーリング博士と共同 教授の齋藤有紀子先生が第1回目の研修団の一員として参 開発され、ベーリング博士はこの功績により第1回のノー 加され、その際に小国のうるるん体験(農泊体験)につい ベル賞を受賞しましたが、北里博士は多大な貢献にもかか てお話をさせていただいたのがきっかけで、以来3年続け わらず選ばれませんでした。それからおよそ100年の時を て体験していただいているものです。受け入れ農家は、 しっ 経て、北里博士の精神を受け継がれた大村先生の受賞は、 かり農作業のお手伝いができ、その作業の意味を理解し、 日本の医学の発展として大きな意義があると思います。今 大人の会話ができる北里大学医学部の学生の来町を毎年首 後の北里大学のさらなる発展を祈願いたします。 を長くして待っています。 − 20 − 引率者の目に映った 小国町農村体験実習 辻 尚 利 (教授・寄生虫学) 熊本空港に第1学年29人と共に到着した時だった。小国 には率直に救われた感があった。その後、収穫野菜の出荷 町引率の経験豊富な教員から、「ここを発つ時には、学生 作業をご家族と微笑みながら取り組んでいる姿を見た一方 さん皆笑顔で帰路に就くんです」と言われた。笑顔で帰るっ で、男子学生にあっては、2人1組で丁寧に玄米ぽんせん てどういうことなのか。医学生の農村体験実習に、はてな 作りに取り組む姿、背丈以上ある雑草を必死になって刈り マークが灯った。 込む姿、どれも目標に向かっての進化途中の様子を見て取 実習初日の朝、体験風景のビデオ上映、受け入れ農家さ ることができた。そして、北里家先祖伝来の「北里柴三郎 んの紹介、実習中の注意事項などの説明を受け、農家さん の歩いた道を・・・」を直に体験した学生、小国に伝わる 宅への出発の時が来た。車列には憂鬱さが漂っていた。引 森林・風呂文化を肌で体験した学生からは、どれも学ぶこ 率者として、この重苦しい気持ちが終日に亘ることを覚悟 との大切さがひしひしと伝わってきた。明日、当たり外れ した。 の一面的な見方を凌ぐものを、持ち帰って来てくれそうな 午後、実習を受け入れてくださった農家全14軒に向けて、 期待感が込み上げてきた。 引率者訪問が始まった。納屋での収穫野菜の袋詰め、生活 実習3日目の最終日、全学生が合宿地に戻ってきた。皆 燃料用の薪割り、天然木からの割り箸作り、栗・ブルーベ 揃って満足感を漂わせながら、思いもしなかった輝く素敵 リーの収穫と加工、ジャージー牛の飼育、農家ごとに特色 な笑顔を見せてくれた。小国町に来てずっと脳裏にあった のある作業風景が目に飛び込んできたが、学生の表情は今 空港での一言がやっと解った。これまでに多くの大学、国 一つ冴えないように感じた。どれも初めての体験に違いは で野外実習、フィールドトリップなるものを幾度もこなし ないが、初日7軒で見た学生の表情を思い出すとこの上な てきたが、今回のように学生の成長をここまで目の当たり く心配になった。さらに、その表情は、学生の置かれた居 にできたのは初めてであった。赴任当初から願っていた学 宅、作業場によっても人それぞれで不安が込み上げてきた。 祖生誕の地への訪問も叶い、実に、引率者冥利に尽きる実 実習2日目、最初の訪問宅でまず、和気藹藹と漬物のパッ 習であった。引率の機会を与えて下さった関係者の皆様に ク詰めを手伝う様子が飛び込んできた。引率者に気づき、 心より御礼申し上げます。 すぐさま近寄り、昨晩の出来事を話し始めてくれた。これ 小国町農村体験実習報告 伐採する。この周期は60年かかるそうなので、高校生の時 第1学年 川角 佑 に植えて80歳ごろ伐採できる計算になる。今までこのこと 9月1日から4日の小国町農村体験実習を通して、私は2 を私は知らなかったので、林業の後継者は決して若い人で つのことを得た。それは、山や川などの自然の大切さを理 ある必要はないのではと思い、後継者問題に悩む林業の方 解できたこと。また医師にとってコミュニケーションは大切 の気持ちが理解できなかった。しかし、60年かかるならば であり、ネットなど機械を通さないコミュニケーションの重 確かに若い人でなければいけないと理解でき、また後継者 要性を再認識できたことである。 がいないことから間伐ができず、山が荒れてしまうことに胸 まず、自然の大切さについてである。受け入れ農家であ が痛んだ。このことを知ったからには間伐材が使われてい る北里さんの家では林業を営んでおり、木材が生産される る箸を使うなど、私たちにできることを進んで実践していこ までの大まかな流れを教えていただいた。小国杉は、木を うと思う。 植え付ける土を拵える「床拵」 、そして挿し木によって「植 次に、人と人とのコミュニケーションについてである。木 え付け」を行った後、14、15年間ほど草を刈る「下刈り」 魂館での甲斐豊先生の講義では脳卒中について学び、その を行う。その後、節の無い木材を作るためや風通しを良く 中で私は、脳梗塞の治療法の1つである血栓溶解療法(t-PA するために枝を切り落とす「枝打ち」 、そして低木などを切 治療)に最も興味を持った。なぜならt-PA治療は脳梗塞発 り捨てる「除間伐」 、成長した木なども切り落としよりよい 症4.5時間以内に完了させる必要があり、そのわずかな時間 木だけを残す「間伐」を3、4回行うことによってようやく で病院内をt-PA治療に対応できるように指示をし、家族に − 21 − t-PA治療についての利点と欠点を述べ、治療への同意をも の情報や、受け入れ先の北里さんの家族について、また去 らわなければならない、などの様々な人とのコミュニケー 年実習に来た先輩たちの話についてなど本当に様々な話を ションが必要とされる。例に挙げたものの一つでもおろそか した。確かにネット社会になり近くにいない人とも簡単に連 にするだけで患者の生命を危険にさらしてしまうため、非 絡が取れるようになったが、近くにいる人とどれだけコミュ 常にコミュニケーションが重要だということが再認識でき、 ニケーションが取れるか、また取ろうとする努力を持たなけ これからもコミュニケーション能力を磨こうと思った。 ればいけないことを再認識した。 また、受け入れ先の農家にはスマホを持っていくことを 以上の2点が、今回の実習で得たものである。最後に、 許可されたが、3日の間には目覚まし時計としての利用以 引率していただいた先生方や学びやの里の職員の皆さま、 外では使用することが一切なかった。なぜなら、ネットを そして未熟な私を受け入れていただいた北里さんに感謝い 使う必要もないくらいたくさんの話をしたからだ。北里柴三 たします。 郎家の歴史についてネットなどとは比べ物にならないほど 第1学年 坂本 昂平 いた。そんな中での昼食がとても印象に残っている。お母 さんが用意してくださった、大きな二段の重箱にぎっしり詰 私たちが2泊3日でお世話になった中野さんのお宅は、 まったお弁当を、ほぼ2人で平らげてしまった。あんなに 小国町の中でも標高の高いところにあり、別荘を連想させ 美味しいと感じたことは、今までに無かったかもしれない。 るようなログハウスに、夫婦とお婆さんの3人と犬2匹が暮 このほかにも、家の周辺の山道を散策したり、トラックに らしていた。皆気さくな方で、 私たちを温かく迎えてくださっ 乗って田舎の風を感じたり、貸し切り状態の温泉で星を眺 た。2匹の犬も人懐っこく、長年の犬嫌いを克服すること めたりと、小国町ならではの農村生活を満喫することがで が出来たほどであった。中野さんは多種多様な植物を商業 きた。私の当初の目的の一つに、農業を通じてコミュニケー 用ではなく家庭用に栽培し、私たちの滞在中にもそれらを ションをとる姿を見ることがあった。しかしそれは残念なが 食卓に出してくださった。中でもシイタケは肉厚で歯ごたえ ら果たせなかった。というのもご近所さんのお宅まで歩い がよく、とても美味しかった。 て30分ほどかかるからである。しかし、一つ言えることは、 私たちに課せられた仕事は、草刈りであった。エンジン 小国町の方々は皆人柄が良いということである。見知らぬ 式の重い草刈機を背負い、雑草が生い茂った空き家周辺を、 私たちに対しても、すれ違う人は皆挨拶をしてくださった。 私たちとお父さんの3人で一気に刈り取った。これが大変 このことから農業が人を豊かにするということの確証が得 な作業で、数日前の台風の影響で足場が沼と化し、また大 られた。 量のがれきやゴミがあちこちに散乱していたために、草刈 農業体験のほかにも、この実習ではさまざまなことを行っ りはそれらを拾うところから始まった。更にこの日は皮肉に た。特に2日目の阿蘇医療センターの甲斐豊先生の講話で も良い天気で、標高が高い分、直射日光が容赦なく降り注 は、ご自身の専門でもある脳血管の障害について学んだ。専 いでいた。私は開始から1時間足らずで汗だくになり、それ 門的な事柄を多く話して下さり、大変勉強になった。症状の からシャツとズボンが汗を吸わなくなるのには、大して時間 早期の対処につながるFASTはしっかりと覚えたいと思う。 がかからなかった。水を飲んでも喉が潤うことは一向に無 この実習で学んだことのすべてを胸に止め、将来に役立 く、汗まみれ泥まみれになりながら、草刈りに悪戦苦闘して てていきたい。 − 22 − 教育研究単位紹介 微生物学 林 俊 治 (教授・微生物学) 北里大学の学祖である北里柴三郎先生の専門は微生物学 んで実験室を大改造するお金もありませんので、日曜大工 であり、北里大学の全学部および北里生命科学研究所に微 をやったり、旧北里大学病院で廃棄した機材をかき集めた 生物を扱う研究室があります。その中で、医学部の微生物 りして、実験室の整備を行ってきました。その結果、かな 学単位に林俊治が第4代教授として就任し、そろそろ2年 り病原性の高い微生物も扱えるようになり、先日、ボツリ が経過しようとしています。 ヌス菌を扱うためのお墨付きを厚生労働省からいただくこ 基礎医学を担当する部署の仕事は、主に教育と研究です。 とができました。 教育において、微生物学単位は細菌学とウイルス学の講義 研究内容としては、細菌の抗菌薬耐性や病院環境中にお と実習を担当しています。細菌学とウイルス学を二教室体 ける細菌汚染の調査など、臨床に関連した研究を主に行っ 制で教育している大学と比べると、割り当てられている講 ております。しかし、現在のところ、臨床の教室との共同 義のコマ数は十分とは言えませんが、学生諸君が卒後に感 研究ができておりません。是非、臨床の先生たち、特に若 染症診療で困らないだけの知識を与えるべく努力しており い先生たちと共同研究を組みたいと考えております。 ます。幸い、学生の皆さんによる授業評価では高い評価を 教育と研究以外では、院内感染対策の支援も微生物学単 いただき、ひと安心しております。 位の重要な仕事だと考えております。しかし、こちらの方 正規の講義とは別に、共用試験対策の微生物学ゼミを放 はまだ十分に仕事が出来ておりません。幸い、北里大学病 課後に開いております。たかが試験対策、されど試験対策 院は大きな院内感染トラブルを抱えてはおりませんが、院 です。共用試験だけでの留年というのは学生にとっても教 内感染が病院経営に大打撃を与えた例は少なくありません。 員にとっても嫌なものです。今年の4年生には共用試験に 院内感染が制御困難になった時は、いつでも呼んでいただ 全員合格していただきたいと考えております。 きたいと考えております。 医学部以外の学部における教育では、医療衛生学部の学 次世代の微生物学者の育成も重要な仕事であると考えて 生への講義、看護学部のキャリア開発・研究センター(認 おります。残念なことに、医学部出身の微生物学研究者は 定看護師を養成するための教育コース)の講義・実習を引 非常に少ないのが現状です。ですから、北里大学医学部の き受けております。 卒業生の中から次世代の研究者を育てたいと思います。し 研究においては、実験そのものより実験室の整備がこの かし、微生物学は、医学部出身者が卒後すぐに研究を始め 2年間の最優先課題でした。微生物学という学問の特殊な る分野ではないと考えております。むしろ、臨床で数年間 点は、研究自体が感染リスクを伴うという点です。野口英 働き、感染症で苦労した経験を持ったうえで、研究を始め 世の例を挙げるまでもなく、研究中の感染事故で死んだ微 る分野だと思っています。そして、研究の成果を持って臨 生物学者は少なくありません。したがって、病原性の高い 床診療に復帰してもよいし、そのまま微生物学の研究を本 微生物を安全に扱うための実験室整備が当面の目標でした。 業にしてもよいと思います。臨床の若い先生の中で、感染 残念ながら、医学部M1号館の微生物学実験室はかなり老 症診療で壁にぶつかり、その壁を越えるために研究をして 朽化しており、安全管理という面ではお世辞にも理想的と みたいとお考えの方がおりましたら、是非、微生物学単位 言える部屋ではありませんでした。かといって、業者を呼 の門を叩いていただけたらと思います。 微生物学スタッフ − 23 − 「国際ソロプチミスト」をご存知ですか。これは、4 つの連盟(アメリカ連盟:日本が参加、 ヨーロッパ連盟、グレートブリテン&アイルランド連盟、サウスウェストパシフィック連 盟)で構成され、人権と女性の地位を高める活動をしている世界的な奉仕団体です。ソ ロプチミストという語は、2 つのラテン語“soror ソロ(姉妹) ” と“optimaオプティマ(最 良) ” とから作られ、 「女性にとって最良のもの」という意味です。活動の中では、より豊 かな生活の実現及び国際相互理解の促進に寄与する事業として、女性研究者賞、ドリー ム賞、社会貢献賞、ボランティア賞等を設けています。その中の女性研究者賞に、今年度、 本学の教員が、町田のクラブから推薦されました。惜しくも受賞は逃しましたが、推薦し た町田のクラブからクラブ賞が贈呈されました。応募してみようかなと思われる方は、医 学部総務課庶務係までご連絡ください。 (Ⅰ・Ⅰ) 部活紹介 囲碁将棋同好会 岩 楯 洋 祐 第3学年 私たち囲碁将棋同好会は、昨年から活動を始めた同 学生の参加がありました。また、将棋の勝又清和プロ 好会です。部員は1年生から6年生まで約40名おり、 をお招きしての将棋教室を開催しました。入院患者さ そのほとんどが他の運動部との兼部です。囲碁の高校 んがプロと嬉しそうに将棋を指す姿を拝見し、さらに 全国大会優勝者や医療衛生学部など他学部の部員もお 奥様から「主人は将棋がとても好きなのでこの催しを り、年齢も様々で最年長は40歳を超えることから、そ 喜んでいます。手術前の気晴らしになっていると思い の顔ぶれの豊富さが特徴の一つです。 ます」という言葉を頂いたのが印象に残り、私たちの 私たちは、普段の活動や夏休みの東日本医学生将棋 活動の励みにもなっています。 大会への参加に加え、小児病棟での将棋教室や大学病 このような活動を行えるのも、病院の先生方をはじ 院のけやき広場をお借りしての交流会を開催していま め看護師や職員の方々、医学部学生課をはじめとする す。昨年のけやき広場での交流会では、職員の方々や 職員の方々など多くの皆様にお力添えを頂いた結果で 入院患者さんに加えて群馬大学や埼玉医科大学などの す。この場をお借りして御礼申し上げます。 編 集 後 記 11月に入り、街で「カボチャ」や「オバケ」を見かけなくなっ たなあと思っていると、ちらほらと「もみの木」が現れ始め、 気がつけばあちらこちらでクリスマスのイルミネーションが 始まっています。関東ではまだ冬の実感はありませんが、札幌 では44センチの積雪を記録し、11月としては62年ぶりの大雪に なったそうです。少しずつ冬が近づいていますが、医学部ニュー ズ11月号では、まだ夏真っ盛りの北海道八雲牧場で行われた実 習や、熊本県小国町での農村体験実習の様子が報告されていま す。普段は便利な生活に浸っている学生たちが、スマホの電波 も届かない大自然の中で、農医連携を目的とした3泊4日の実 習に臨みました。学生たちの報告を読んでいると、スマホのな い生活に戸惑い、初めて見る巨大な牛と悪戦苦闘しながらも、 大自然を楽しんだことが手に取るように伝わってきます。また、 農村体験実習では、地元の方々のお宅で寝食を共にしながらお 手伝いをすることで、農村の実情にふれることができたようで す。世代の違う方々とのコミュニケーションに苦労したようで すが、それをきっかけに医師にとってのコミュニケーション能 力について考えてくれました。いずれの実習報告でも、ただ課 題をこなすだけではなく、いろいろなことを感じ、考え、解決 策を見つけようとする積極的な姿勢が感じられ、キャンパスで は味わえない実習の体験がとても有意義だったことが分かりま す。今回の実習が医学的知識に結びつくわけではありませんが、 知識や経験の幅が広がり、人間性を豊かにしてくれたと思いま す。最近、Dr.コトーのモデルとなった瀬戸上健二郎医師が退職 されることが話題になっていましたが、彼のような人間味あふ れる医師を目指して欲しいものです。(H・F) 医学部ニューズ〔第362号〕 http://www.med.kitasato-u.ac.jp/ - 未 来 科 学 の 創 造- 2012年北里大学創立50周年 ●発行責任者 東 原 正 明 2014年北里研究所創立100周年 ●編集責任者 村 雲 芳 樹 〒252-0374 相模原市南区北里1-15-1 北里大学医学部内 医学部ニューズ編集委員会 TEL.042-778-8704 (直通) FAX.042-778-9262 E-mail [email protected] ●発 行 日 平成27年11月30日発行