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1 学校法人専修大学事件 - livedoor Blog
学校法人専修大学事件(東京高判平 25.7.10 労働判例 1076 号 93 頁)基本事項の確認
立正大学法学部非常勤講師:松井良和
一 同事件の問題整理
X は頸肩腕症候群に罹患し,中央労働基準署長より「業務上の疾病」に該当すると認
定。労災保険法上の療養補償給付と休業補償給付の支給決定を受ける。
⇓
Y は勤務員災害補償規定に基づき X を休職に付していたものの,休職期間満了後も復
職は不可と判断し,打切補償を支払って,X を解雇する。
⇓
解雇の有効性が問題に。
労基法の各条文と争点の整理
①労基法 19 条は,業務上の負傷又は疾病の休業期間中とその 30 日間の解雇を禁止。
②同条ただし書きに例外として,同法 81 条の打切補償を支払う場合に解雇禁止が解除
される。
③同法 81 条は,
「第 75 条の規定によって補償を受ける労働者」が療養開始後 3 年を経
過しても負傷又は疾病が治らない場合に,打切補償の支払について定める。
④同法 75 条では,使用者による療養補償を定めており,労働者が業務上負傷又は疾病
にかかった場合に,使用者は必要な療養を行うこと又は必要な療養の費用を負担しな
ければならないと定める。
・③の打切補償に関して,同法 81 条は,
「第 75 条の規定によって補償を受ける労働者」
について定めるのみで,X のように労災保険法上の給付を受けていた労働者について
は何ら定めていない。
→同法 75 条の療養補償は,使用者自身が労働者に必要な療養を行うこと,又は必要
な療養の費用を負担することを定めたもの。
・そのため,X のように労災保険法上の給付を受けていた労働者に対しても,療養開始
後 3 年を経過した後に打切補償を支払うことで,同法 19 条 1 項ただし書きの適用に
より,使用者は労働者を解雇することが出来るかが問題となる。
※上記の点に関して,労働者が業務上災害に遭遇した場合,労基法上の災害補償ではな
く,労災保険法上の給付を受けるのがほとんどである。しかし,条文上,同法 81 条
1
は使用者自身が費用を負担して療養補償を行った場合に打切補償の支払を定め,また,
打切補償の支払により同法 19 条 1 項ただし書きに基づき解雇制限が解除されること
になっているため,労働者が労災保険法上の給付を受けていた場合,大きな問題にな
る。
二
1
労災保険法上の給付
概要
目的:①業務上又は通勤による労働者の負傷・疾病・障害・死亡等に対して迅速・公正な
保護をするために必要な保護をするため必要な給付を行い,②労働者の社会復帰の
促進,③当該労働者及びその遺族の援護,④労働者の安全及び衛星の確保等を図り,
労働者の福祉の増進に寄与する(労災保険法 1 条)
。
→こうした目的のため,同法に定められた各給付が行われる。
・労災保険制度は,政府が管掌し(同法 2 条)
,労働者を使用する事業は一部を除き強
制適用事業となる(同法 3 条)
。
※労災保険法上の労働者とは,労基法上の労働者と一致した概念であると解されている。
Cf:横浜南労基署長事件 1:労基法 9 条所定の労働者と同一に解すべき。
2
業務上災害の概念
○労災保険法 7 条 1 項 1 号によると,業務上災害とは「労働者の業務上の負傷,疾病,障
害又は死亡」である。
・業務上といえるためには,労働者の業務と負傷等との間に相当因果関係が肯定されな
ければならない。
・行政解釈によると,業務上災害といえるためには,「業務遂行性」と「業務起因性」
の 2 つから判断されることになる。
業務遂行性:労働者が事業主の支配ないし管理下にあること
業務起因性:事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認め
られること
3
保険給付の概要(一部抜粋)
①療養補償給付:業務災害による傷病によって療養するときの給付
②休業補償給付:業務災害による傷病の療養のため労働することが出来ず,賃金を受けら
れないときの給付
1
最一小判平 8.11.28 労働判例 714 号 14 頁。
2
③障害補償年金:業務災害による傷病が治ゆした後(症状が固定した後)に障害等級第 1
級から第 7 級に該当する障害が残るときの給付
④遺族年金:業務災害により死亡したときに遺族に支給される給付
⑤葬祭料:業務災害によって死亡した人の葬祭を行うときの給付
三 労基法 19 条の解雇制限
労基法 19 条:
「使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり療養のために休業する期間及
びその後 30 日間並びに産前産後の女性が第 65 条の規定によって休業する期間及びその後 30 日
間は,解雇してはならない。ただし,使用者が,第 81 条の規定によって打切補償を支払う場合又
は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合においては,この限
りではない。②前項但書後段の場合においては,その事由について行政官庁の認定を受けなければ
ならない。
」
1
労働能力喪失時の解雇制限
○使用者は,労働者が業務上の負傷・疾病にかかり療養するために休業する期間とその後
30 日間,労働者を解雇してはならない。
趣旨:労基法 19 条は,労働者が解雇後の就業活動に困難を来すような一定の期間につ
いて解雇を一時制限し,労働者が生活の脅威を被ることのないよう保護している 2。
→労災・職業病による休業は,広い意味で使用者の責任によること,そして労働者が
労働能力を喪失した期間中に解雇されると次の就業先を探すのが困難であること
を考慮した規定とされる 3。
解雇制限の期間:本条で解雇が制限される期間は,業務上の傷病の他,産前産後のため
労働能力を喪失している期間と労働能力の回復に必要なその後の 30 日である。
※労災・職業病による休業期間とは,治療のための期間であり,症状が固定した後は解
雇が禁止されないとの指摘もある 4。
2
「業務上」の意味
○同条にいう「業務上」の意味については,労働災害補償制度と同一と解されている。
Cf.医療法人社団こうかん会(日本鋼管病院)事件 5:解雇制限の対象となる「業務上」
の疾病とは,労基法 75 条以下や労災保険法上の「業務上」と同義に解するのが相当。
2
3
4
5
厚生労働省労働基準局編『平成 22 年度版労働基準法上』
(労務行政・2011 年)264 頁。
荒木尚志『労働法』
(日本評論社・2008 年)412 頁。
荒木尚志・前掲書 3)412 頁
東京地判平 25.2.19 労働判例 1073 号 26 頁。
3
東芝(うつ病・解雇)事件 6
〔判旨〕
「……解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは,労働災害補償制度における「業務上」の疾
病かどうかと判断を同じくすると解される。そして,労働災害補償制度における「業務上」の疾病
とは,業務と相当因果関係のある疾病であるとされているところ,同制度が使用者の危険責任に基
づくものであると理解されていることから,当該疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化し
たと認められる場合に相当因果関係があるとするのが相当である。
」
→労災保険法と同様,業務と疾病との間に相当因果関係があることが必要。
3
「解雇してはならない」の意味
○解雇制限期間中は,1 項ただし書きの除外事由がない限り,労働者を解雇することは出
来ない。
・禁止されているのは「解雇」であり,労働者の任意退職や定年退職等は該当しない 7。
・解雇禁止の意味についてかつて問題とされていたのは,解雇制限期間中,解雇予告す
ることが出来るかという点。
→労基法 19 条に定める期間については,その期間中の解雇の意思表示を禁止したも
のと捉え,期間経過後にはじめて解雇の意思表示を認めるのが正しいとされる 8。
4
解雇制限の解除
○労基法 19 条 1 項ただし書きは,例外として使用者が労基法 81 条の打切補償を支払った
場合は,使用者は労働者を解雇することが出来ると定めている。
・同条の趣旨については行政上,判例上もほとんど言及がない。
アールインベストメントデザイン事件 9
〔判旨〕
そして,同項但書は,さらにその例外として,労働基準法 81 条に定める打切補償を支払う場合に
は,
「労働基準法 19 条 1 項本文の解雇制限に服することなく労働者を解雇することができるもの
と定めているものである。
」
・立法当時の労働基準法の解説においては,
「解雇制限の結果不当に労働契約が引き延
ばされる事を防止するため,第 81 条の規定により療養開始後 3 年を経過してもなお
らない場合に打切補償を行ふときは例外として解雇を認める事とし,また天災事変そ
の他やむを得ない事由によって事業廃止のやむなきに至った場合には行政官庁の認
東京地判平 20.4.22 労働判例 965 号 5 頁。
厚生労働省労働基準局編・前掲書 2)280 頁。
8
厚生労働省労働基準局編・前掲書 2)280 頁。
9
東京高判平 22.9.16 判例タイムズ 1347 号 153 頁。
6
7
4
定の下に解雇を認めることとした。
」との説明がある 10。
・なお,19 条 1 項ただし書きは,解雇制限を解除することを定めているに過ぎず,打切補
償を支払ったことで当然に解雇が有効になるわけではない。
→しかし,前掲アールインベストメントデザイン事件で裁判所は,「……上記のような
労働基準法各条の解釈に照らすと,打切補償の要件を満たした場合には,雇用者側が
労働者を解雇することを言俊,業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたと
いうような,打切補償制度の濫用ともいうべき特段の事情が認められない限りは,解
雇は合理的理由があり,社会通念上も相当と認められることになるというべきであ
る。
」と述べている。
四
打切補償制度
労基法 75 条:
「労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかった場合においては,使用者はその費用で
必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
」
労基法 81 条:
「第 75 条の規定によって補償を受ける労働者が,療養開始後 3 年を経過しても負傷
又は疾病がなおらない場合においては,使用者は平均賃金の 1200 日分の打切補償を行い,その後
はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
」
○労働者が業務上負傷,疾病にかかった場合,使用者は療養を行い,又はその費用を負担
する(同法 75 条)
。
・療養の範囲は労基法施行規則 36 条に定められ,①療養,②薬剤又は治療材料の支給,
③処置,手術その他の治療等がある。
→ただし,労基法 84 条 1 項には,労災保険法に基づいて労基法の補償に相当する給
付が行われた場合には,使用者は補償の責を免れると定められている。
○労基法 75 条の療養補償を行う場合,労働者の負傷又は疾病が 3 年を経過しても治らな
ければ,使用者は平均賃金の 1200 日分の打切補償を支払うことが出来る(同法 81 条)
。
・打切補償制度の趣旨については,工場法施行令等を参考にして,「業務上の負傷又は
疾病にかかった者が長期に渉ってなほらないときは労働者にとっても又使用者にと
っても不便なことが多い」ことから定められたものとされている 11。
※工場法では打切扶助の趣旨につき,使用者の長期の費用負担は「相当苦痛とすると
ころであり或いは苦痛とせなくても長期の不確定なさおうした状態の関係より何ん
とか手を切りたい希望もあ」り,労働者側も「徒に扶助を受けているのは心苦しいこ
10
11
寺本廣作『労働基準法解説』
(時事通信社・1948 年)192,193 頁。
寺本廣作・前掲書 10)335 頁。
5
ともあらうし」
,農業や小売業を始め「心静かに療養を続けたい希望もある」とされ
る 12。
・前掲アールインベストメントデザイン事件においては,「この打切補償とは,業務上
の負傷または疾病に対する事業主の補償義務を永久的なものとせず,療養開始後 3 年
を経過したときに相当額の補償を行うことにより,その後の事業主の補償責任を免責
させようとするもの」とされる。
⇒裁判例では,使用者の補償義務を免責する点に言及されているが,立法時及び工場法
施行令では,労働者側の便宜も図るために設けられた制度であると説明される。
○なお,労災保険法 19 条によると,療養の開始後 3 年を経過した日に傷病補償年金を受
けている場合,3 年を経過した日において労基法 81 条の打切補償を支払ったものとみな
すと定められている。
12
矢野兼三『工場災害扶助論(工場扶助法令解説)
』
(三省堂・1931 年)240 頁。
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