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たばこの需要の価格弾力性

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たばこの需要の価格弾力性
たばこの需要の価格弾力性
1150477
宮井
達矢
高知工科大学マネジメント学部
1.
概要
から順に市場から退出し、現在では弾力性が低い人しか市場
現在、消費税増税やたばこ税の増税によってたばこ価格の
に残っておらず、市場全体としても、弾力性が低くなってし
値上がりが頻繁に行われている。日経トレンディネットで、
まったということである。需要の価格弾力性とは「価格が 1%
経営コンサルタントの鈴木貴博さんが次のような意見を述べ
変化すると需要が何%変化するか」を表す指標である。本研究
ている。
では、日本たばこ協会が公表しているデータを用いてたばこ
1998 年に増税で、マイルドセブンの価格を 220 円か
需要の価格弾力性経年変化を調べ、
「昔は弾力性が高かったが
ら 250 円に値上げしたところ、1999 年の税収はやや
今は低い値になっている」ということが本当に観察できるの
増えた。しかしその後、禁煙する人が増えたとみえて、
か検討していく。
2000 年から 2002 年にかけて税収は減少した。そこで
2.
2003 年に増税したところまた禁煙する人が増え、
背景
現在、たばこ価格は値上がりの一途をたどっている。たば
2005 年の税収は減少した。2006 年の増税でかろうじ
こ税は 2003 年 7 月、2006 年 7 月、2010 年 10 月と 2000 年
て増えた税収も、2009 年には激減し、いよいよ国税と
代では 3 回増税された。2014 年 4 月には消費税の増税により
地方税をあわせた税収が「2 兆円を割り込んでしまう
たばこの小売価格は値上げされた。今後も消費税 10%の引き
か?」というところまできていたのだ。これは厚生労
上げによりたばこ価格が値上がりする可能性がある。政府の
働省の「喫煙人口を減らしたい」という目的にはかな
方針としては「国民の健康の観点から、たばこの消費を抑制
っているのだが、安定した税収がほしい財務省にとっ
するため、将来に向かって税率を上げていく必要がある。」と
てはよくない結果だった。そしてこのトレンドのまま
述べている。普通の増税とは違ってたばこ税の増税はたばこ
であれば、たばこ税の値上げに財務省は難色を示して
を買わない側の人間からの賛同が得られやすく、普通の増税
いたはずなのだ。ところが 2010 年のたばこ税の大幅
より増税を行いやすい。2012 年の日本の喫煙率は 20.7%であ
増税でこのトレンドは逆転してしまった。この数十年
る。つまり 8 割の人間がたばこを吸わないので、喫煙者は立
来、世の中は喫煙者にとってどんどん肩身が狭い世界
場が悪い。立場の良さを利用して税率を引き上げ、税収を増
になってきた。そのため生半可な喫煙者のほとんどは
やそうという考えが本心に見えるが実際には税収 UP につな
禁煙してしまい、今や残っているのは筋金入りの喫煙
がっているとは言えない(図 1-1)。図 1-1 からたばこ税を増税
者しかいない。高齢となった私の父などは、もはやた
した年や翌年は、税収は上がっているが、その次の年からは
ばこを吸わない人生など考えられないという状態だ。
減少傾向になっているのが分かる。
たばこがいくら値上がりしても、生活態度を改めるわ
けにはいかない。そういった人たちがタバコの価格弾
力性を 1 よりも下に下げているようなのだ。(日刊ト
レンディネット 2013 年 03 月 11 日 たばこ増税の不
都合な真実より)
つまり鈴木貴博さんの意見は 1998 年以前の増税が繰り返さ
れる前の日本においては、たばこ需要の価格弾力性が 1 を超
えている消費者も存在し、市場全体としての弾力性が高く維
持されていたが、度重なる増税により、弾力性が高い消費者
図 1-1 たばこ税額の推移
(JTホームページより)
減少傾向になっているのは喫煙率が減少しているからである
(図 2-2)。たばこ税の増税があった年はたばこを買い貯める人
がいる可能性やなかなか禁煙できない人がいる可能性があり、
変化している年と変化していない年があるが、その翌年から
は減少している。2 つの図から税収を増やすためのたばこ税
増税ではないことがわかる。鈴木貴博さんが述べている意見
ではこれから喫煙習慣者の推移は横ばいに近づくという考え
だが、そういった様子は現在見られない。
・需要の価格弾力性について
需要の弾力性とは価格が 1%変化すると需要が何%変化する
か表す指標であり、定義は
需要の価格弾力性=-
需要の変化率
価格の変化率
である。
需要の変化率=
図 2-2 喫煙者週間の推移
3.
価格の変化率=
(厚生労働省ホームページより)
目的
本研究は、鈴木貴博さんが述べている意見について考察し、
需要量の変化
×100
当初の需要量
価格の変化
×100
当初の価格
需要の変化率と価格の変化率は上の式によって求められる。
(価格と需要量の動きは反対の動きをするため定義にマイナ
たばこの需要の価格弾力性を計算して鈴木貴博さんの意見正
スをつけることで需要の価格弾力性がプラスの値として求め
しいのか、まだ今後たばこの需要はどのようになるのか考察
られるようにしている)
する。
4.
研究方法
弾力性の値が 1 を超えると「価格が 1%変化すると需要はそ
れより大きく変化する」ことを意味するので、弾力的である
本研究は、年度別たばこ販売実績(数量・代金)推移一覧のデ
と言い、1 を下回ると「価格が 1%変化しても需要の変化はそ
ータを使う。年々の消費者物価指数を計算し、たばこの実質
れより小さい」ことを意味するので非弾力的であると言う。
販売価格をもとめ、そこからたばこの需要の価格弾力性を計
需要の価格弾力性が弾力的であれば、値上げを行うと需要が
算し、グラフを作成する。その結果から、鈴木貴博さんが述
減少し、非弾力的であれば、値上げを行っても需要はあまり
べている意見と比較する。鈴木さんの意見を考えてみる。増
変化しない。
税を行うたびに生半可な喫煙者はいなくなっていくので年々、
※例えばお菓子1個 100 円で販売すると 1 日に 100 個売れる
たばこの需要の価格弾力性は非弾力的になっていくという考
が、120 円に値上げを行うと 1 日に 90 個しか売れなくなった。
えである。つまり、下図のような右下がりの曲線で 0 に近づ
この場合需要の変化率は 100 個→90 個になったので-10%、
いていくというグラフになる。下図と私が作った図を比較し
価格の変化率は 100 円→120 円になったので 20%になる。よ
て鈴木さんの意見について考察する。
って価格弾力性は 0.5 となり値上げを行っても需要はあまり
変化しないという結果になる。
5.
結果
5.1 増税が行われた年とその翌年の需要の価格弾力
性
1997 年 4 月(消費税)、1998 年 12 月(たばこ税)、2003 年 7
月(たばこ税)、2006 年 7 月(たばこ税)、2010 年 10 月(たばこ
使って、実質のたばこ 1 箱代金を求めている。表を見ると実
税)の増税が行われた。価格が変化する前の年から翌年にかけ
質価格を見てもたばこの代金は年々上昇していることがわか
ての需要の価格弾力性を求める (1998 年の増税は 12 月に行
る。
われたため 1998 年から 1999 年にかけての弾力性を計算して
鈴木貴博さんの意見を振り返ると、「1998 年以前の増税が
いる)。その年の消費者物価指数を計算しその値をもとに実質
繰り返される前の日本においては、たばこ需要の価格弾力性
的なたばこの代金を出して需要の価格弾力性を求めた。それ
が 1 を超えている消費者も存在し、市場全体としての弾力性
を表にまとめ、グラフを作成する。
が高く維持されていたが、度重なる増税により、弾力性が高
年度 販売数量 販売代金 消費者物価指数 実質販売代金 実質たばこ1箱代金 需要の価格弾力性
1996 3483 39992
101.2 40471.904 232.3968073
4月消費税増税 1997 3280 38971
103.1 40179.101 244.9945183 1.075179764
12月たばこ特別税創設 1998 3366 40899
103.7 42412.263 252.0039394
前年度のたばこ税 1999 3322 42600
103.4 44048.4
265.192053 0.249783195
2002 3126 40187
101 40588.87 259.6856686
7月たばこ税
2003 2994 40660
100.7 40944.62 273.5111556 0.793144834
2005 2852 39694
100.4 39852.776 279.4724825
7月たばこ税
2006 2700 39820
100.7 40098.74 297.0277037 0.848451091
2009 2339 35460
100.7 35708.22
305.328944
10月たばこ税
2010 2102 36163
100
36163 344.0818268 0.798329329
い消費者から順に市場から退出し、現在では弾力性が低い人
しか市場に残っておらず、市場全体としても、弾力性が低く
なってしまったということである。」という意見である。
1997 年の価格弾力性の値は 1 を超えており、それ以降は 1
より下を推移している。この点を踏まえれば、鈴木貴博さん
の意見とデータは整合性があることがわかる。しかし、1999
年から 2003 年にかけて弾力性は上昇し、さらにそれ以降は
横ばい傾向が続いていることから「弾力性が高い消費者から
順に市場から退出し、現在では弾力性が低い人しか残ってい
需要の価格弾力性
ない」という意見とは整合性で無いように見える。しかし、
1999 年以降は、弾力性が 1 を下回っているのは事実であり、
1.8
1.6
1.4
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
これは「価格が 1%上昇しても需要はそれほど変化しない」
ことを表しており、税収を増やすための増税が今後も有効で
あることを示唆している。しかし、以下の 5.2 節の月次デー
タを使ったより詳しい検証によると、増税によって禁煙をし
1997
1999
2003
2006
2010
私が作ったグラフを見てみると、1997 年は価格弾力性の値
ようとする人々の行動が観察でき、いつまでも税収を増やす
ための増税が有効というわけではないことが示唆される結果
が 1 を少し上回っているが、それ以降は 1 より低い値で推移
となっている。
している。
5.2
たばこの銘柄の 1 つを例にあげて考えてみる。毎年一番多
2006 年~2014 年の増税が行われた年の月とそ
の翌年の月の需要の価格弾力性
く売れている銘柄はセブンスターである。セブンスターの価
5.1 では 1 年を通しての需要の価格弾力性を求めたが 5.2
格を見ながら考察していく。セブンスターの値段は 1997 年
では増税が行われた月周辺で弾力性を求める。2006 年(7 月た
の消費税増税で 220 円→230 円、1998 年たばこ特別税創設で
ばこ税)、2010 年(10 月たばこ税)、2014 年(4 月消費税)が増
は 230 円→250 円、2003 年たばこ税増税では 250 円→280
税された。この月周辺の需要の価格弾力性を求める。(2014
円、2006 年たばこ増税では 280 円→300 円、2010 年たばこ
年 7~9 月の消費者物価指数はデータが無かったため 100 とす
税増税では 300 円→440 円というような値上げになっている。
る)
2010 年までの増税では 20 円程度で増税している。しかし、
2010 年の増税では 140 円という多額の増税が行われた。以上
がセブンスターの小売価格の変化である。このようにたばこ
の名目価格は年々変化してきたが、この価格を使って需要の
価格弾力性を求めても物価水準の違いが考慮に入れられてい
ないため、正しい検証ができない。そこで消費者物価指数を
年度
販売数量 販売代金 消費者物価指数 実質販売代金 実質たばこ1箱代金 需要の価格弾力性
2006年4~6月
826 11501
100.7 11581.507 280.4238983
2007年4~6月
659 9961
100.7 10030.727 304.4226707
3.214541
2010年1~3月
443 9216
100
9216 416.0722348
2011年1~3月
465 9663
99.7 9634.011 414.3660645
11.4903
2013年7~9月
500 10355
100
10355
414.2
2014年7~9月
480 10279
100
10279 428.2916667
1.266386
まとめた表を見てみると、どの年のたばこの小売価格が値
いて考察した。鈴木貴博さんの意見は「1998 年以前の増税が
上がりした月周辺は弾力的になっている。2010 年 10 月に行
繰り返される前の日本においては、たばこ需要の価格弾力性
われたたばこ税の増税では 11.4903 という非常に弾力的な数
が 1 を超えている消費者も存在し、市場全体としての弾力性
値がでている。つまり、たばこの価格が 1%上昇すると、需要
が高く維持されていたが、度重なる増税により、弾力性が高
量が 11.4903%減少するという結果がでている。5.1 で書いた
い消費者から順に市場から退出し、現在では弾力性が低い人
が、2010 年の増税はセブンスターでは 140 円と大増税である。
しか市場に残っておらず、市場全体としても、弾力性が低く
3 か月の間で見てみると非常に弾力的であるが、年を通して
なってしまったということである。」というものである。この
見ると 0.8 と非弾力的である。他も年を通して見ると 0.8 程
意見について考察した。
度で非弾力的になっている。月周辺で見ると弾力的になって
結果、鈴木貴博さんの意見は一概には正しいとは言えない
いるが年を通して見ると非弾力的なのはなぜか。2010 年の出
ということが考えられた。価格弾力性の値は 1 よりは低い値
来事について考えてみる。
で推移していたが 0 に近づいていっていると一概には言えな
2010 年の夏は記録的猛暑であり、6 月から 8 月の平均気温
かった。1997 年から 1999 年では価格弾力性の値は 1 から 0.2
は記録を取り始めた 1898 年以降では最高だった。その影響
と推移していたが、そこからは 0.8 程度の値で推移し続けて
で農作物の生育に影響が出て農作物の値上がりにつながった。
おり 0 に近づいて行ってはいなかった。2010 年に行われた
2010 年のたばこ税増税は 10 月なので、農作物にお金がかか
100 円以上の大増税でも需要の価格弾力性の値は、前に増税
り多少はたばこを辞める原因になるかもしれないが大きく影
を行われた 2006 年とほとんど変化がなく、鈴木さんの意見
響しているとは考えにくい。他にも様々な出来事があったが、
である「今や残っているのは筋金入りの喫煙者しかいない。」
たばこ増税以外にたばこを辞める原因になりそうな出来事は
という意見は正しいように思えた。しかし。5.2 で増税が行わ
なかった。ということは、たばこを辞める原因になるのはた
れた年の月とその翌年の月の需要の価格弾力性について考察
ばこ税増税が 1 番大きな要因だと考えられる。たばこは依存
すると、たばこ税の増税によって禁煙をしたいが、たばこ依
性が高いので、増税が行われて辞めようと思い禁煙を始める
存によって辞められないという人が多いと考えられた。つま
が、辞められずまた喫煙を始めている人が多くいると考えら
り、鈴木貴博さんは「たばこがいくら値上がりしても、生活
れる。そういった人が月周辺の価格弾力性を弾力的にしてい
態度を改めるわけにはいかない。そういった人たちがタバコ
るのだが、年を通してみると、一時的には禁煙をするのだが
の価格弾力性を 1 よりも下に下げているようなのだ。」と述べ
辞められず、価格弾力性を非弾力的にしているのだと考えら
ているが、5.2 で作成した表と 5.1 で作成した表を比較すると
れる。
価格弾力性を 1 よりも下げている人は存在するが、今後、増
5.1 で鈴木貴博さんの意見で「弾力性が高い消費者から順に
税が繰り返し行われても禁煙をしないという人が多く存在す
市場から退出し、現在では弾力性が低い人しか残っていな
るとは考えにくい。増税が行われた月周辺は価格弾力性の値
い。」について考えたが、5.2 で作成した表を見てみると、た
は 1 を超えているので禁煙をしたいという人は多く存在する
ばこ税の増税によってたばこの小売価格が上がり、たばこを
と考えられる。
辞めたいので禁煙に挑戦するのだが、たばこ依存によって辞
以上から、鈴木貴博さんの意見は正しい部分もあるが、一
められないという人が多くいると考えられるので、現在はた
概にはそうは言えないという結果になった。
ばこの価格が 450 円でも喫煙を行っているが今後値上がりを
引用文献
繰り返すと禁煙に取り組もうとする人が増えると考えられる
ので需要の価格弾力性は 0 には近づいていかないと考えられ
る。
6
まとめ
本研究のまとめを行う。本研究では日経トレンディネット
で経営コンサルタントの鈴木貴博さんが述べている意見につ
[1] 厚生労働省最新たばこ情報
http://www.health-net.or.jp/tobacco/front.html
[2] 日経トレンディネット 2010 年 03 月 11 日
増税の不都合な真実」
「たばこ
[3] 日本たばこ協会ホームページ http://www.tioj.or.jp/
[4] ミクロ経済学 p131~p144
ロビンウェルス=著
ポール・クルーグマン、
[5] JT たばこワールド
http://www.jti.co.jp/tobacco-world/index.html
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