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懲戒処分と企業の留意点(6)

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懲戒処分と企業の留意点(6)
東京経協 実務シリーズ No 2011-1-006
懲戒処分と企業の留意点 (6)
3.
懲戒処分を実施するにあたっての留意点
Q12.懲戒解雇に相当する問題を起こした労働者に穏便に自らやめてもらおうと考えて
います。「退職しなければ、懲戒解雇にする」といって退職を促す(退職勧奨す
る)ことは問題ないでしょうか。
A12.「退職届を出さないと、懲戒解雇になって退職金も支払われない」 などと言って
退職勧奨した場合、それによって退職の合意を得ても、あとで錯誤無効だとか、詐欺・
強迫による取り消しを主張され、客観的に懲戒解雇が可能であったかどうかが裁判上
の争点となってしまいます。この点は、退職勧奨にあたって留意が必要です。
参考となる裁判例としては、学校行事を欠勤し登山大会に参加したことが、懲戒解
雇に該当する旨の退職勧奨を受けてなされた高校教諭の合意退職が錯誤により無効と
された徳心学園(横浜高校)事件(横浜地決平 7.11.8)があります。
ただ、懲戒解雇の可能性がある、もしくはそれを含む重大な処分を検討せざるを得
ないことを示したからといって、直ちに錯誤等の主張が認められるわけではありませ
ん。
まとめ
・退職勧奨にあたって、勧奨に応じないと懲戒解雇となる旨を確定的に示し、それによ
って退職の合意を得たとしても、 労働者から錯誤による無効や詐欺・強迫による取 り
消しを主張された場合には、客観的に懲戒解雇が可能で あったかが裁判上の争点とな
り、退職の意思表示が無効・取消されうる。
・しかし、懲戒解雇の可能性がある、もしくはそれを含む重大な処分を検討せざるを得
ないことを示したとしても、直ちに無効・取り消されうるものとなるわけではない。
1
Q13.懲戒処分を決定するまで労働者に自宅待機を命ずることはできるでしょうか。
A13.
(1)自宅待機命令の趣旨
業務上横領や職場内での暴行など重大な懲戒処分に該当する行為が行われたと考
えられる場合、懲戒処分を行う前段階で労働者の出勤を制限する措置をとることがあ
ります。
ここでの自宅待機は、懲戒処分のための事実関係の調査および処分を決定するまで
に時間がかかることから、その間の暫定的措置として行うものです。いわゆる懲戒処
分として行う出勤停止とは区別して考えてください。
(2)自宅待機命令の適法性
暫定的に行う自宅待機命令が違法かどうかについて ですが、前提として労働者に
は原則として就労請求権がないと解されています。働くことは労働者の義務であって、
権利ではありません。したがって、使用者が労働者の労務提供を受けとらないとか、
あるいは業務命令をもって自宅待機を命じたとしたとしても、それが直ちに違法とな
るわけではありません。
当然、組合蔑視からとか、不当 な目的で行われたものであれば、違法な行為とし
て損害賠償義務が生じる可能性があります。また、職場に混乱が生じるなど業務上の
必要性がないにもかかわらず、そうした措置を行えば、違法の問題を生じます。
(3)自宅待機命令と賃金支払い
一方で、自宅待機中、賃金を払う必要があるのかどうか、という問題があります。
①日通名古屋製鉄作業事件(名古屋地判平 3.7.22)
この点については、自宅待機の措置の法的性格、それと労基法第 26 条の休業
手当の規定、民法の危険負担の規定の解釈・適用と関連する問題となるのですが、
わかりやすい判断基準を示した裁判例が日通名古屋製鉄作業事件(名古屋地判平
3.7.22)です。
これは同僚に暴行を働いた労働者に対して、懲戒処分を決定するまで 5 日間の
自宅待機が命じられ、その間の賃金が控除されたため、労働者がその間の賃金の
支払いを求めたという事件で、結果として自宅待機期間中の賃金の支払い請求が
認められました。
裁判所は、「自宅謹慎は、それ自体として懲戒的性質を有するものではなく、
当面の職場秩序維持の観点から執られる一種の職務命令とみるべきものであるか
ら、使用者は当然にその間の賃金支払いを免れるべきものではない。そして、使
用者が右支払い義務を免れるためには、当該労働者を就業させないことにつき、
不正行為の再発、証拠隠滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存するか、又
はこれを実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在することを
2
要すると解すべき」としています。
このように裁判所は、一定の場合に使用者の賃金支払い義務が免除される場合
があることを認めていますが、結論としては、この事例では 「緊急かつ合理的な
理由」も「懲戒規定上の根拠」もないとして賃金支払い請求を認めています。
②JR東日本大宮支社事件(東京地判平 15.12.1)
一方で、賃金支払いの必要はないとしたのが、JR東日本大宮支社事件(東京
地判平 15.12.1)です。この事件は、自動販売機から7万円が不足する事態が発
生し、現金を盗んだと疑われる駅員に対して、懲戒処分が決定されるまでの間、
就業を停止した措置が有効と判断されたものです。同出勤停 止の措置は、就業規
則の規定に基づく措置として行われ、当該期間中は1日につき平均賃金の6割の
給与が支給されていました。
裁判所は「被告が、本件就業制限をした当時、原告に対し引き続き現金を取り
扱う出札業務に従事させると職場秩序の維持の観点から問題がある上、証拠隠滅
のおそれもあることは否定できない。したがって、本件就業制限は、職場管理上
やむを得ない措置であると認められ、これが原告の名誉、人格等を侵害する違法
な行為に当たるとは認められない。…したがって控除部分の未払い請求は理由が
ない」という判断をしています。
この事案では、自宅待機を命じた時点で駅員が業務上横領の事実を認めていた
ことが前提としてあります。そういった駅員を引き続き業務につけるわけにはい
かないだろう、ということからやむを得ない措置と認められています。
③自宅待機中の賃金不支給の規定
ただし、こうした労働者が横領の事実を認めている場合は限られるでしょう。
懲戒処分をする場合の自宅待機の措置については、賃金を支給した上で行った
ほうが、実際上トラブルが少ないでしょう。ただ、業務上横領が疑われる人に、
懲戒の処分前とはいえ賃金を支払うのは実際に抵抗はあります。
その場合、就業規則の規定で、懲戒前の自宅待機の措置について規定しておく
ことが考えられます。懲戒解雇や諭旨解雇といった重大な懲戒事由が合理的に疑
われる場合、調査のため、あるいは職場混乱防止のため必要な一定の期間、自宅
待機を命じその間の賃金を支払わないと規定します。ただし、そのような規定が
あっても実際の適用場面では合理性、必要性が求められる点は踏まえておくべき
です。
④自宅待機中の賃金減額の合意
トステムシステム事件(東京地判平 19.6.22)は、自宅待機期間中の賃金減額の
可否が争われた事例です。会社は、自宅待機中の給与を 40%減額する合意があっ
たと主張したのですが、裁判所は、
「給与の大幅減額という生活に重大な影響を及
ぼすべき事項であるにもかかわらず、その同意を明らかにする書面は作成されて
いない」等の事情から合意の成立を認めませんでした。
自宅待機中の賃金控除を、合意をもって行う場合は明示の 合意が必要であると
3
考えておくべきです。
まとめ
・ 懲戒の前段階で暫定的に労働者の出勤を制限する自宅待機を命じても直ちに違法とな
るものではない。
・自宅待機期間中の賃金不払いは、「証拠隠滅のおそれなど緊急かつ合理的な理由が存す
るか、実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在する場合以外には
認められない」とした裁判例がある。
・自宅待機期間中の賃金を不支給とするには 、就業規則に自宅待機の措置について規定
しておくとか、減額の合意をとる等が考えられる。
(完)
【本「実務シリーズ」に関するお問い合わせ先】
東京経営者協会 経営・労働部(渡邉)
〒100-0004 東京都千代田区大手町 1-3-2 経団連会館 19 階
TEL:03-3213-4700(代)
FAX:03-3213-4711
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東京経協 実務シリーズ「懲戒処分と企業の留意点」発刊一覧
号
数
1-001
項
目
Q1. 従業員を懲戒処分する場合、どのようなことに注意が必要なのでしょうか。何か法律上の制限
はあるのでしょうか。また、懲戒処分一般について留意すべき点があったら教えてください。
Q2. 飲酒運転(酒気帯び・酒酔い運転)で懲戒処分をする際にどのような点に留意すればよいでし
ょうか?
1-002
Q3. 飲酒運転(酒気帯び・酒酔い運転)で懲戒解雇処分をしようと思います。退職金は不支給でよ
いのでしょうか。また、飲酒運転(酒気帯び・酒酔い運転)について、その他留意すべき点が
あれば教えてください。
Q4.痴漢行為を理由に懲戒解雇できるでしょうか。その際、退職金は全額不支給としてよいでしょ
うか。参考となる裁判例があれば紹介してください。
1-003
Q5. 従業員が会社に無許可でアルバイト(兼業)をしていました。懲戒処分にできますか。
Q6. 職場での私用メールを理由に懲戒解雇にできるでしょうか。参考となる裁判例はありますか。
1-004
Q7. 従業員の電子メールを会社で調査することは許されるでしょうか。調査する場合、就業規則の
規定が必要でしょうか。その他、電子メール等の調査について留 意すべき点があれば教えてく
ださい。
Q8. 労働者が経歴を詐称していたことが判明しました。懲戒解雇することができるでしょうか。
Q9. 内部告発をした社員がいます。懲戒処分することはできますか。
1-005
Q10.会社の機密を漏らしたり(秘密漏洩行為)、会社と同じ仕事をして報酬を受け取っている(競
業行為)社員を懲戒処分にすることはできますか。退職後の競業行為は禁止できますか。
Q11. 競業行為が違法となるか、懲戒できるかなどについて、参考となる裁判例があれば教えてく
ださい。この問題について、実務 上、どのようなことに気をつければよいでしようか。
1-006
Q12. 懲戒解雇に相当する問題を起こした労働者に穏便に自らやめてもらおうと考えています。
「退
職しなければ、懲戒解雇にする」といって退職を促す(退職勧奨する)ことは問題ないでしょ
うか。
Q13. 懲戒処分を決定するまで労働者に自宅待機を命ずることはできるでしょうか。
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