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小さな進化と大きな進化 - C
小さな進化と大きな進化∗
経済進化の基本的特徴に関する一考察
近畿大学経済学部 谷口和久
2013 年 1 月
目次
1
小さな進化
1.1
1.2
1.3
2
3
1
選択による進化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
経済現象にみられる選択:商品 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
不可知であるということ:U-Mart 実験に見る価格形成 . . . . . . . . . . . . . . .
大きな進化
1
3
3
2.1
自己形質転換による進化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5
5
2.2
経済現象における自生的秩序:市場と貨幣 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
まとめ
7
はじめに
生物学は学問そのものの目標が生物進化の解明にあり,生物学者の中には生物が進化することに
異を唱える者はいないという1 。だが,進化そのものに異を唱える生物学者はいないかもしれない
が,そのメカニズムの理解に関しては 1 枚岩ではない。本稿では進化的現象を,選択による進化と
自己形質転換による進化に二分し,それぞれについて考察する。
小さな進化
1
1.1
選択による進化
進化的メカニズムに関して,もっとも広く受け入れられているのはダーウィンによって初めて明
白に述べられた「選択」を中心にした進化である。ダーウィンは,品種改良によって新種が誕生
することを説明し,自然界でもそのような新種が出現して,それが環境に適応し (生存競争に勝っ
∗ 本稿は科学研究費補助金 (課題番号 22530191) の助成を受けたものである。This work was supported by Grandin-Aid for Scientific Research (Research No.22530191).
1 『進化学』 [11] の序文には,
「生物学は進化を『進化論』という一つの考えや思想としてではなく,事実としてとらえ
てその要因や道筋を解明しようとしている」という記述がある。
1
て),子孫の生存率に相違の生じることで新しい種が広まることを示した2 。しかし,ダーウィンが
『種の起源』を発表した 1856 年には遺伝をつかさどる遺伝子は発見されていなかった。もちろんそ
の遺伝子が DNA であることも分かっていなかった。
ダーウィンのいう selection は淘汰とも訳されている。選択であるから選択には「する側」と「さ
れる側」がある。経済学では選択というと,choice を思い浮かべるから,選択する側の意思や意
図が意識されて,能動的で主体的な印象を受ける。生物進化では選択 selection する側に,これと
いった意思決定を行う主体はない。それは環境という言葉で一括りにされる外界のことで,選択さ
れる側がこの外界に対して意識的・能動的に影響を及ぼすことはほとんどない。選択される側はな
んらかの個体や集団で,個体の世代交代に際して対立遺伝子の頻度が増減する (遺伝子浮動)。遺伝
子浮動はランダムにおこり,表現型に変異が生じる。この変異が環境への適応度の相違となり子孫
の生存率が異なるようになる。遺伝子浮動はランダムに生起するから,環境に適応するものもあれ
ば,不適応なものもできる。ある形質が世代を経て伝わりその形質が世代間で変化するが,その変
化の起こる方向は定まっていない。生存に有利な遺伝子は集団のなかに普及しその集団全体が変化
する。この遺伝子の (突然) 変異,複製と保持,選択そして普及 (あるいは拡散)によって,種全体
が漸次的に変化していく。跳躍のような飛躍的変化はない。現代では,例えばジャーナリスティッ
クな作品を次々と発表しているドーキンスがこの選択による漸次的進化を主張している。
普遍ダーウィニズム
ダーウィニズムは,複製 (突然変異)・選択・普及が進化の基本原理 (あるいは基本要素) と考えて
いるが,普遍 (一般) ダーウィニズムはこのダーウィンの基本原理がどのような世界でも成立する
という考えである。すなわち,ドーキンスの唱えた普遍ダーウィニズム Universal Darwinism は
ダーウィン進化論は,生命体であればそれがどこにあっても,例えば地球以外の他の惑星にあって
もあてはまり,その生命の存在と形態を説明できるというものである。ホジソンらの唱える一般
ダーウィニズム General Darwinism もほぼこれと同じである3 。
だが経済進化に関して,ダーウィニズムの普遍性を受け入れていても,生物進化のメカニズムを
どこまで経済現象に類推するかをめぐっては議論がある。例えば,獲得形質が遺伝するとしたラマ
ルク説は生物の遺伝では否定されている。これに関して,ホジソンは社会現象ではダーウィニズム
と矛盾せずにラマルク説は並立するとする。獲得形質が遺伝することを示すには,表現型の変化が
遺伝子型の変化に還元されるメカニズムの説明が必要であり,その際に表現型 (相互作用子) と遺
伝子 (複製子) が何であるかを見極めなければならない4 。
ネルソンは普遍ダーウィニズムを受け入れているが,その立場はホジソンとは異なる。そもそも
ダーウィンが自説を発表したときには,表現型と遺伝子型の区別もなくラマルク的な遺伝を否定で
きなかったとし,経済進化における生物進化概念の過度の適用や類推をやめるべきであると主張し
ている5 。
2 ダーウィン [2] 『種の起源』では,
「自然選択」という言葉は頻出するが,
「進化」という言葉は意識して読んでも見つ
けるのはむつかしい。
3 Hodgson and Knudsen [9] では,
「普遍」では全てを覆うことになるが,ダーウィン原理は,複雑なシステムにのみ
適応させるべきであるとして「一般」を用いていると説明する (p.10.) が,経済学者はよほど General という言葉が好き
なのであろうか。
4 例えば,Hodgson [6] など。
5 Nelson [10]
2
1.2
経済現象にみられる選択:商品
人間社会には膨大な種類の商品が登場したが,同時に消えていった商品の種類も膨大である。中
世の絵画によく見られるように,当時の人々が日々の暮らしに使っていた室内の調度品の種類と,
現在の我々の身の回りにある品々を比べてみれば一目瞭然である。とりわけ市場経済が支配的に
なってからはこの傾向が著しい。ある商品が市場から消えてしまう理由を説明するには,商品に選
択がはたらくと考えられよう。選択によって商品の進化が理解できる6 。
生物界では将来の環境の変化は全く予測がつかず,ランダムに生じた表現型が有利になるか不利
になるかは出たこと勝負であって,あらかじめ決まっている訳ではない。将来の環境が分からない
から結果的に選択という進化的現象がおこる。だが,一つ一つの商品は設計によって出来たもので
あり明らかに人工物である。商品には目的があり,その商品の開発段階から目的をもって設計され
る。将来も売れ続けてほしいという人間の願いや意図が介入している。そのような目的を持って設
計された人工物に選択圧力が働く。
ランダムに生成するわけではない人工物であるにも,選択の力が働くのはなぜか。それは,商品
を作る人間には将来のことが分からないからである。人間が全知全能で未来を知ることができるの
であれば,選択圧力のかからないものを作ることができるであろう。巨大なニッチを (もうそれは
ニッチ niche ではないのであるが) 探して,そこで売れる商品を生産すればよい。だがそれはでき
ない。人間にとって将来が分からないということが,設計された人工物であっても進化的にならざ
るをえない理由である。
将来が不可知であることは経済学では一般的に言われるが,その意味はオーストリア学派の言説
から理解されなければならない。不確実で将来が分からないということは,単に欠けている知識の
存在を意味するのではない。それは確率的に記述することすら出来ないものである7 。例えば,自
動車事故の確率を統計的に算出し,支払う保険金額を計算することはできる。しかし,その事故の
確率を計算する際に参照するのは過去の事例データである。ある範囲内 (保険会社が倒産しない範
囲) に保険金額を決めることはできるが,起こることをすべて列挙できるわけではない。もし,人
類のもてる知識の総量というものが,例えばビット数などで測定可能だとすれば,それは増大して
いるであろう。だがその知識量の増大によって未知の知識量が減少することはない。知識の増大は
未知の知識の領域の増大を伴う。将来を知ることができない,不可知であるという意味は,情報の
ある種の形態 (つまり欠如) を意味するのではない。したがって将来が決して知り得ないという状
態のもとでは,設計によって作られた人工物であっても,進化的にならざるをえない。将来が確定
していれば,商品はその確定した点に向かって一斉に生産されるであろうから,競争や選択も生じ
ないし,そもそも競争にはならない。
1.3
不可知であるということ:U-Mart 実験に見る価格形成
不可知であることが価格形成にどのようにはたらいているか,U-Mart 実験の事例から見てみよ
う8 。
第 1 図と第 2 図は 2006 年から 2012 年までの過去 7 年間にわたっておこなわれた実験のほんの
一例である。参加者は筆者の演習に参加する学生であるが,毎年の参加メンバーは異なる。参加者
6 塩沢
[12] は,商品の他にも,組織,技術,制度,行動,システム,知識の例をあげて進化的現象が見られることを述
べている。これらの中には,外部との物理的な境界があって,エージェントや世代といったもので括られるものもあるし,
それが難しいものもある。
7 オドリスコルとリッツオ [3]
8 U-Mart については,Taniguchi [14] など。
3
数は最も少ない年で 9 名,多い年で 22 名である9 。参加者は人間に加えて 19 個体のコンピュータ
プログラムマシンで,このマシンは同じものである。また,現物価格の系列も同じである。与えら
れている現物価格系列とコンピュータプログラムマシンは同じであるから,人間全体の集団からす
れば,実験の環境は同一である。ただし,個々の人間は毎年異なる。表示される先物価格の系列が
その実験で生成された結果であるが,同じ価格系列は存在しない。これはほんの一例であるが,過
去の実験をすべて網羅的にしらべても同じ系列は存在しない。ただし,類似のパターンは見られる
こともある10 。
U-Mart Experiments: 2006-2012
12000
10000
8000
SpotPrice
Future 2006
Future 2007
n
e
Y 6000
Future 2008
Future 2009
Future 2010
Future 2011
4000
Future 2012
2000
0
1
4
7
11
14
17
21
24
27
31
図 1: 全体図 (横軸 day)
当たり前といえば当たり前である。しかし,その理由を少し述べておきたい。
まず売買が行われるには,個々の市場参加者がそれぞれ異なる予想をしていなければならない。
実際,全員が同じ予想であれば,売りか買いの一方の注文しか存在せず,よって売買は実現しな
い。売買が実現しなければ市場で約定価格は表出せず,その場の市場参加者や取引所の約定価格に
注視している潜在的市場参加者にも価格は見えない。約定価格は存在せず,市場が存在する理由も
なくなる。
提示される売買注文価格には人間の多様な主観が入っている。悲観的な者もいれば楽観的な者も
いる。リスクを取ることのできる者もいればできない者もいる。したがって異なる注文価格が市場
に出現する。これらの取引参加者の価格の出し方は様々で他者は予測できない。ある取引者が勝て
る (と信じる) 予測を行ってそれに基づく注文を出したとしよう。すると,その注文を知った他の
取引者はその後の発注を予測して,当初と異なる発注を行うであろう。すると当初の取引者は次の
売買の際にあたって,勝てると信じた予測を変更しなければならない。参加者が多数になれば,こ
の連鎖は無限に続き発注時間内にはたちどころに対応できなくなる。
9 人間の参加者数は,2006 年 9 人,07 年9人,08 年 13 人,09 年 14 人,10 年 20 人,11 年 19 人,12 年 22 人であ
る。
10 谷口 [16]
4
U-Mart Experiments: 2006-2012
2500
2400
2300
SpotPrice
Future 2006
2200
Future 2007
n
e
Y
Future 2008
Future 2009
2100
Future 2010
Future 2011
Future 2012
2000
1900
1800
1
4
7
11
14
17
21
24
27
31
図 2: 拡大図 (横軸 day)
必勝法というものがあるのならば,その方法に基づいて取り引きを行えば必ず儲かるはずであ
る。だが,先物市場のようなゼロサムゲームであれば,全員が損をしないのであれば誰も勝つこと
はできない。必勝法というものがあるとしても,全員がそれを取れば勝つ者はいなくなる。利得を
獲得できないのであれば,市場に参加する意味がない。よって市場参加者はいなくなる。つまり,
必勝の戦略というものがあれば,それは市場そのものが成立しなくなるのである。逆に言えば,市
場が存在しているという事自体が,完全な予測の出来ないことを示しており,したがって利潤機会
が存在していることになる。将来が分からないから価格が生成される。それが市場が存在し続ける
理由のひとつであろう。
大きな進化
2
2.1
自己形質転換による進化
進化を選択に依存させるのではなく,それ自身の「偶然による変異」に依るとする立場がある。
日本の今西錦司はこれを「変わるべくして変わっていく」と述べた11 。生物学ではグールドが有名
で,自然選択による漸次的な進化を主張するドーキンスと対立するのでよく知られている。グール
ドはカナディアンロッキーのカンブリア紀の頁岩 (バージェス頁岩) の化石の調査から (彼自身が調
査したのではないが),カンブリア紀に種の爆発的出現のあったことを示した12 。このカンブリア
紀に起こった大きな変化は,突然におこり沢山の種が爆発的に誕生した。しかもその出現は偶然で
あるだけではなく,種全体としてみればその種の寿命内では,ほとんど変化しなかった。このよう
11 今西は日本に来ていたハイエクとの対談で,
「なにも適応とか自然選択とかいうものをもってこんでも,変わっていっ
たということは事実やないか。そこら辺から私は進化というものは,変わるべくして変わっていく,というのです (p.57.)
」「進化というものはある程度まで種自身の自己運動があらわれているんやないか (p.59)」と述べている。今西 [5]
12 グールド [4]
5
な急激な変化と一定の状態が繰り返されることから「断続平衡説」と名前がついている。カウフ
マン [7] によれば,
「自己組織化」する複雑な現象に見られるものである。生物は「遺伝的な適応高
地」に向かって進化するが,このとき自然選択による進化には変化に限界があり,あるときに爆発
的変化が生じて,その後に比較的小さな変化に変わっていくというものである13 。
ヴィットは,進化の起こる領域に依存しない進化的現象の実在論的存在を唱え,進化はダーウィ
ン進化論の説明できる範囲を超えて起こっているとする「連続仮説」を主張している。そして進化
現象を選択には依存せず,システムの時間を通した自己形質転換と定義する14 。
選択を重視する立場であれば,選択の行われる外部環境は何であるのか,選択の働く対象は何で,
複製子 (遺伝子) は何であるか,また,そこから遺伝型や表現型はどのようなものかなど,議論は
続く。だが自己形質転換や自己組織化による進化的現象では,突然変異と普及が解明の鍵になる。
問題の焦点から遺伝をつかさどる複製子が除かれるから,宇宙や銀河系の進化から,生物,言語,
行動ルールなど,領域に依存しない一般的で抽象的な現象としての進化が考察可能な対象となる。
2.2
経済現象における自生的秩序:市場と貨幣
社会一般には進化といえば生物界のことだと理解されている。だが進化的な考えは生物学に始ま
るのではない。全体が設計されたのではなく,自然の結果として生じたものであるという意味での
進化的概念は,経済学の父といわれるアダム・スミスよりもはるかにさかのぼりスコットランド
啓蒙学派のマンデビルやヒュームに始まる15 。ダーウィンが,進化理論の着想から発表に至るまで
20 年近い長い期間のあったことは知られているが,
「太陽の下に新しいものはない」とするニュー
トン的世界観に挑戦して自説を公開するには,当時のイギリスの新興階級の勃興を自然界の理解に
結びつける必要があった16 。ダーウィン自身が自由放任の社会哲学からの影響を受けており,進化
的概念は生物学の独占的概念ではなかった。このように進化的概念が経済学に着想されたのは,経
済学者が市場の成り立ちや仕組みを考えて,それが自生的秩序であることに早くに気づいていたか
らであろう。
市場が存在するための前提から述べよう。市場においては市場参加者による「交換」がなされ
る。よって交換の実現が市場の前提である。交換が行われるには,交換の行う当事者間に「個別的
所有」の概念が存在していなければならない。欲望の満足のために交換は行われるが,欲望を充足
させるだけであれば窃盗・強奪によっても可能である。窃盗という言葉があること自体,すでに所
有概念の存在を意味している。また交換がなされるには,
「個別的所有」の概念とともに「強制の
ない自由」と「道徳 (行動ルール)」が必要である。この三者はそれぞれが存在するには互いに他の
概念を必要とするから,ほとんど同時に人間社会に誕生していたはずである17 。
「個別的所有」
「強
制のない自由」「道徳 (行動ルール)」の出現したところで交換が行われ,かつ広がった。ホモサピ
エンスがアフリカを出て地球上に広がっていったとされる約 5 万年前に,すでに交換の痕跡が発見
されているから,所有,自由,道徳の起源もそれくらいまで遡るのであろう18 。
交換が行われ市場の成立とともに「一般的通用交換手段」が誕生した。貨幣の誕生である。はじ
まりは具体的な物品で,例えば,塩,穀類,毛皮,安息香酸,タバコ,など分割可能な稀少資源な
どで常に需要の見込めるものであった。やがて貴金属から鋳造貨幣,そして国家による管理通貨へ
13 カウフマン
[7] 米沢富美子監訳 第8章
[19],谷口 [13] 参照
15 Nelson [10] p.494-7.
16 Witt [18] p.21.
17 谷口 [15] 参照
18 クライン [17]
14 Witt
6
と発展した。現代の貨幣はすでに電子化されつつある。しかし,貨幣は市場性の高い商品から,自
生的に誕生したものであり,抽象的ではあるが商品であることに変わりはない19 。貨幣の誕生はさ
らに市場を拡大させて,人間は市場によって,見ず知らずの人間の知識を有効つかうことのできる
ようになったのである。
このように,交換の実現と市場の発展そして貨幣の誕生は,すべて人間の意図的な設計によって
作られたものではなく自生的に生成した秩序である。ハイエクは存在するものを,自然に生成した
ものと人工的に作られたものに二分類するのではなく,人間の設計によるのではないが,人間の活
動の結果として生じたものを第三の範疇として加え三つに分類した。市場や貨幣はこの第三の分類
に属する。すなわち,人間がいなければ存在しなかったであろうが,人間が作ろうと意図して作っ
たものではない。それらは,自生的に秩序を形成しており,設計によらないものであるから,いく
らでも複雑になることができる。市場や貨幣は痛みのような個人の心理的生理的現象ではなく,客
観的な存在であるが,自然界に存在するものでもない。個々人の心理的現象ではないから,一人の
人間の存在の有無とは関係なく存在するが,人間がいなくては存在しない。したがって,これらが
進化経済学の研究対象となる。
3
まとめ
経済進化の定義は厳密には難しい。選択を重視するのか,断続平衡のようなことを考えて,自己
形質転換を重視するのか。選択を重視するといっても生物進化のメカニズムをどこまで経済進化の
説明に援用するのか。経済進化では外部環境と考えていたものが,その当該環境にいるエージェン
トによって改変されてしまうこともあるから,単純に外部の環境といえないこともある。
本稿では,選択が働くことで生じる進化を小さな進化と呼んだ。商品生産などの人間の意図が反
映されるような現象でも,将来が不可知であることから,選択がはたらき進化的な現象が生じる。
経済現象が進化的過程を経る一つの要因は,この人間の限界にある。時間の流れの中に在って,将
来のことを知ることができないという人間の限界が選択による経済進化の原因であると考えた。ま
た,選択によらない自己組織化による進化を大きな進化と呼んだ。自己組織化も時間の経過の中で
生じる進化的現象であるが,人間の設計によってできるものではない。市場や貨幣のような壮大
な仕組みによって,不確かな将来はある程度確かなものになったが,それは自生的に誕生したので
あって,人間の意図や設計からできたものではない。
しかし,選択が働いて小さな進化をする商品であっても,誕生期には大きな進化的現象が見ら
れる。新しい商品が誕生した時には様々な種類が誕生する。例えば,時計はかつては左回りもあっ
た。車が誕生した時にはアクセルやブレーキの位置も多様であった。登場したばかりの自転車には
様々な形があった20 。一般的には,この大きな進化が起こった後に,選択圧力がかかり小さな進化
が起こると解釈されるが,その小さな進化のなかから再び大きな進化がおこる。この小さな進化的
現象と大きな進化的現象の関係はどのようなものであろうか。そもそも選択の働く対象には多様性
がなければならない。対象に多様性がなければ選択による進化現象の説明はできないのであるが,
では,なぜ多様性が生じるのであろうか。
経済現象は生命現象と異なり,観察者自身が観察対象に含まれており,なおかつその対象も組織
された複雑なものである。経済進化の説明が,すでに解明されている生命進化の結論にあまりに依
存すると,生物学における学問上の成果だけではなく誤謬も経済学に波及する可能性がある。例え
ば,遺伝のメカニズムに関しても,遺伝を発現する遺伝子の種類はすでにあって,それの発現の順
19 メンガー
20 Arthur
[8]
[1]
7
序の相違によって,異なる種が誕生しているという事実の発見,あるいは重複遺伝子のはたらきに
よって変異が起こる確率が高くなるなどの発見もある。そのような新しい発見はそれまでに発見さ
れた事実に関しての誤りの発見である。あまりに生物学の発展に依存した議論は避けるべきであ
ろう。
(以上)
参考文献
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[12] 進化経済学会編. 『進化経済学ハンドブック』. 共立出版, 2006.
8
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[15] 谷口和久. 『生産と市場の進化経済学』. 共立出版, 2011.
[16] 谷口和久. 「価格と価格情報の伝搬‐人工市場実験による市場過程の観察‐」. 『進化経済学
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[17] Richard G. Klein with Blake Edgar. The Dawn of Human Culture. John Wiley and Sons,
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[18] Ulrich Witt. “Bioeconomics as Economics from a Darwinian Perspective”. Journal of Bioeconomics, Vol. 1, pp. 19–34, 1999. Reprinted in Ulrich Witt editor.,The Evolving Economy,
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[19] Ulrich Witt. The Evolving Economy. Edward Elgar, 2003.
9
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