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バランスシート調整と景気

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バランスシート調整と景気
今月の視点
バランスシート調整と景気
みずほ総合研究所 金融調査部 部長 泰松真也
経済見通し
2016年までの内外経済中期見通し
─「米国に頼れない時代」、日本はまだ「持っている」国 ─
政策動向
被災地の復興計画の特徴と課題
─ 持続可能な街づくりの指針としては不十分 ─
欧州動向
「第二段階」に突入した欧州債務問題
─ 問われるユーロ圏の政治的な意思 ─
米州動向
ブラジル経済とソブリンリスク
─ 世界的なリスク回避志向の高まりに耐えられるか─
海外通信
ハロウィン商戦にみる米国個人消費の現状
─ 意外と底堅い消費者の購買意欲 ─
今月のキーワード
B‒1グランプリ
今月の視点
バランスシート調整と景気
経済見通し
2016年までの内外経済中期見通し
─「米国に頼れない時代」、
日本はまだ
「持っている」国 ─
政策動向
被災地の復興計画の特徴と課題
─ 持続可能な街づくりの指針としては不十分 ─
欧州動向
「第二段階」に突入した欧州債務問題
─ 問われるユーロ圏の政治的な意思 ─
米州動向
ブラジル経済とソブリンリスク
─ 世界的なリスク回避志向の高まりに耐えられるか ─
海外通信
ハロウィン商戦にみる米国個人消費の現状
─ 意外と底堅い消費者の購買意欲 ─
今月のキーワード
B‒1グランプリ
みずほリサーチ November 2011
みずほ総合研究所のホームページでもご覧いただけます。
http://www.mizuho-ri.co.jp/research/economics/research/
本資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。
本資料はみずほ総合研究所が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、
確実性を保証するものではありません。また、
本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
今月の視点
バランスシート調整と景気
米国経済の低迷長期化が予想されている。これには家計の過剰債務を背景とする
バランスシート調整の影響が色濃く残るためとの見方が多い。本稿では日本のバ
ブル崩壊後のバランスシート調整を振り返って、その特徴を考察するとともに、
現在の米国のバランスシート調整について展望してみたい。
みずほ総合研究所 金融調査部 部長 泰松真也
性もある。バランスシート悪化を背景とする財務行
マインドの悪化が需要に強く影響
動保守化の動きは、規模の小さい企業でより顕著に
みられた。中小企業の自己資本比率は 90 年代半ばま
まず日本について振り返りつつ、バランスシート
で 10%台前半で横ばい圏の推移となっていたが、そ
調整の特徴について考える。日本では 1980 年代後半
の後急速に上昇して 2000 年代半ばには約 20%に達
のバブルが崩壊した後、企業の過剰債務が問題とな
した。
り、設備投資比率(設備投資÷GDP)は2000年代半ば
まで低下傾向をたどるなど投資の抑制が続いた。
バランスシートの悪化が投資削減につながるの
このようにバランスシート悪化から投資削減への
経路では、媒介としての「マインド」の慎重化が強く
影響すると考えられる。
は、債務負担の大小が企業の投資に対するリスク許
また、バランスシート調整の特徴として、資産価格
容度に影響するためと考えられる。投資判断が当該
下落を起点とした負のスパイラルを内包しているこ
プロジェクトの限界収益と費用との比較で決定され
とがある。すなわち、企業の債務圧縮に向けた資産売
るとの考えに立てば、バランスシートの悪化は投資
却が資産価格の更なる下落を招いてバランスシート
へ影響を及ぼさない。しかし、企業は債務負担の高さ
調整圧力を一段と強める。日本の地価は 2000 年代半
など財務全般を考えて、投資マインドを慎重化させ
ばまで下落が続いたが(6 大都市商業地地価)、これ
た。また、わが国では企業全体の信用力に基づく貸出
がバランスシートの悪化圧力となり、投資を長期に
が広く行われてきたため、バランスシート悪化を考
渡って下押しした。
慮した設備資金の供給サイドの与信行動も投資に影
響を及ぼしたと考えられる。
さらにバランスシート調整の影響を詰めていく
と、90 年代前半以降の長期に渡る投資低迷がバラン
一方、今般のグローバルな金融危機後の金融規制
スシート調整にどの程度よるのか、といった問題が
強化に向けた動きにみられるように、バブル崩壊後
あろう。バブル崩壊後、わが国企業は、債務・設備・雇
は金融制度が変更されやすい。わが国でも、90 年代
用のいわゆる「三つの過剰」が問題だった。そこでは
後半に金融機関の資産内容の把握向上のための制度
バランスシート調整の影響とともに通常の景気後退
が導入され、貸出資産等に対する定量的な評価制度
期にみられるストック調整の影響もあった。一方で、
が整備されたが、これにより企業が財務悪化を回避
設備抑制が長期化したのには、バランスシート調整
する姿勢を強め、それが投資削減につながった可能
に起因する設備の削減が潜在成長率の低下を通じて
1
今月の視点
ストック調整を深化させた面もあったとみられる。
シート悪化に起因する消費削減が企業収益悪化を通
以上みてきたように、バランスシート調整下の景
じて家計所得の悪化につながれば、実際の所得の悪
気は、①バランスシート調整自身が負のスパイラル
化が消費削減に結びつくからだ。最近の消費の弱さ
効果を内包していること、②バランスシート調整が
は、貯蓄率がおおむね横ばいで推移する下、所得の落
通常の景気後退メカニズムに波及しやすいことなど
ち込みによりもたらされている。
から、不況が長期化しやすく、需要へのマイナスの影
響が大きいと考えられる。
米国家計のバランスシート調整は
「逆資産効果」などにより消費に影響
米住宅市場の不確定要因はなお残存して
おり、調整終了が展望できる状況にない
最後に日本の経験も踏まえて、米国の家計バラン
スシート調整の先行きについて考えてみたい。
次に最近の米国の家計のバランスシート悪化によ
る消費への影響についてみていく。
まず、第一に、バランスシート調整では資産価格
動向が重要となるが、住宅価格の下げ止まりはなお
まず、消費が所得によって決定されるといった簡
不確実で、バランスシート調整が一段と強まる可能
単な消費関数を考えれば、バランスシートが悪化し
性がある。住宅の空き家率は 14%、住宅価格が住宅
ても所得が不変であれば消費は影響を受けない。家
ローン残高を下回る「含み損」を抱えた住宅が 1,000
計は企業のように不動産価格下落によって損失を計
万件超など住宅市場の不確定要因は多く、価格の下
上することも不要だ。
落要因はなお残存している。
ただし、金融危機後の個人消費は弱い状況にあ
第二に、バランスシート悪化と消費削減の媒介と
り、所得の回復は力強さに欠けるとともに貯蓄率は
してのマインドだが、ミシガン大学消費者信頼感指
2000 年代前半と比べて高い水準となっている。バラ
数が金融危機後、低水準で推移しており、マインドの
ンスシートの悪化が貯蓄率上昇を通じて消費を抑制
低迷が需要の落ち込みを強める可能性がある。この
しているが、これを説明するのは「逆資産効果」だ。米
点、マインドの悪化は住宅価格の低下につながりや
国では従来から家計の純資産額と貯蓄率の間には逆
すいことにも注意が必要だ。
の相関関係がみられ、今回局面でも純資産の減少が
貯蓄率の上昇につながった。
第三に、金融制度の面では、米住宅市場の特徴であ
るローン証券化や公的関与の面で修正が図られよう
また、貯蓄率の上昇についてはホームエクイティ
としている。基準に満たないローンを証券化する場
ローンなど住宅資産を担保としたローンからの資金
合には証券化業者は一定量のリスク保有が義務付け
のアベイラビリティが低下したことにもよる。米国
られる規制の導入作業が進められているほか、政府
では住宅の純資産額を担保とするローンの充実等に
支援住宅機関(GSE)についても役割の縮小が検討
より、住宅価格の上昇を現金化して消費に充当する
されている。いずれも市場の健全化・回復を目指した
動きが広がり個人消費を押し上げていた。しかし、住
ものだが、住宅市場の軟着陸を視野に入れた取り組
宅価格下落によってその押し上げ効果が剥落して貯
みが求められよう。
蓄率の上昇につながった。さらに、消費マインドの低
日本の過剰債務問題はおおむね 2000 年代半ばに
迷は家計の期待所得を低下させており、過剰債務を
終了したとみられる。2000 年代半ばは、都市圏商業
抱えるなかで所得低下に見合う水準以上に消費を抑
地地価の反転がみられたほか、不良債権問題の終息
制して貯蓄率を押し上げた面もあろう。
など市場の不確定要因が解消して不安感が後退した
ただし、バランスシート調整による消費削減効果
は貯蓄率上昇のみに現れるものではない。バランス
2
時期だ。これらを踏まえると米国のバランスシート
不況は終了が展望できる状況にないと考える。
経済見通し
2016年までの内外経済中期見通し
─「米国に頼れない時代」
、
日本はまだ
「持っている」
国─
みずほ総合研究所は、2016 年までの内外経済の中期見通しを策定した。世界はこ
れから「米国に頼れない時代」になる。欧米低成長シフトの下で世界経済の不均衡は
縮小に向かうが、それは「縮小均衡」の姿であり、グローバルなフリクション(摩擦・
衝突)が強まるリスクを内包する。日本も多くの難題に直面しているが、日本がまだ
「持っている」ものは少なくない。日本は弱みを補い強みを生かす戦略の再構築で、震
災復興を梃子に新たな成長の源泉獲得を目指すことが必要だ。
世界は「米国に頼れない時代」に
今回の中期展望において、みずほ総合研究所が基
本軸に据えたシナリオは、
「これから先世界は、唯一
の基軸通貨国として経常赤字を垂れ流し続け、世界
最大の需要家として主役を演じてきた米国に、これ
までのようには頼れなくなる」というものである。
「米国に頼れない時代」
というとやや強すぎる響きが
あるかもしれないが、
後述するように、米国経済の調
整圧力はなお強く、その解消には良くみても今後 5
年程度の期間は要することになると思われる。その
間は、危機後のグローバル経済がよりサステナブル
(持続可能)な成長を取り戻すために忍耐強く受け入
れねばならない「治癒
(ヒーリング)」の時間が続くこ
とになるだろう。
今後 5 年程度を展望すると、米国は、①住宅市場の
ストック調整、②家計のバランスシート調整、そして
③財政収支(財政赤字)
の調整という三つの調整圧力
が引き続き残存するなかで、低成長を余儀なくされ
そうだ。住宅市場では空き家率が依然として 14%と
高水準にとどまるなど根強いストック調整圧力が
残っており、予測期間内は住宅価格も底ばいに近い
状況が続くだろう。現在、実に 1 千万件を上回る住宅
ローンが「アンダーウォーター」、すなわち住宅資産
の価値が住宅ローンの残債を下回る「含み損」状況に
ある。こうした状況が長引くなかで、家計は引き続き
バランスシート修復のために消費を抑制せざるを得
まい。1970 年代、
80 年代、
90 年代と、いずれの 10 年間
でもおおむね年平均 3%台半ばの伸びをみせてきた
米国の個人消費だが、今後 5 年間は、せいぜい 2%弱
の伸びにとどまることになるだろう。
GDP の 7 割を占める消費の弱さに、緊縮財政によ
る下押しも加わり、米国経済の成長率は当面 1%台
の低成長が続くと予測する。雇用の回復力も脆弱で、
失業率は緩やかに低下するも 2016 年時点でも 7%程
度の高水準にとどまろう。こうしたなかで、金融政策
の歴史的な超緩和スタンスは長期化し、利上げを伴
う「出口」への踏み込みが可能になるのは早くとも予
測期間の後半になるだろう。
欧米経済の成長率シフトダウン
また、米国以上の難題を抱えているのが欧州であ
る。欧州連合(EU)は、深刻化する債務問題への対応
として、ギリシャ向け支援の期間延長等を含む大幅
見直しや、欧州金融安定化基金(EFSF)の拡充、欧州
銀行の資本増強、などを柱とする「包括戦略」に大枠
合意した。しかしユーロ圏各国が果たして危機の収
束に向けて足並みを揃えて協調行動を取ることが本
当にできるのかというと、これまでの経緯を見る限
り心許ない。また、財政統合なき通貨・金融統合とい
うユーロ圏が抱えてきた根本的な問題に対するベス
トの解決策は容易には見いだせず、かといって何が
セカンドベスト(次善解)かについての認識共有も簡
単には得られないだろう。このため、欧州もまた、立
ち直るまでには相当に長い期間を要することになる
可能性が高く、低成長が思いのほか長引くことにな
るのではないかと思われる。
このように、今後 5 年間においては欧米経済の
低成長化が明らかになるだろう。欧米の成長率は、
2012年から2013年にかけて低下した後、循環的にや
3
経済見通し
や持ち直した後もその水準はかつてほどには高まら
ず、趨勢的な成長率のシフトダウンが生じることに
なると予測している(図表1)
。
欧米の低成長シフトによって、新興国、特に欧米向
け輸出への依存が高い NIES 諸国の成長も下押しさ
れることになるだろう。中国は、2012 年までは第 12
次 5 カ年計画の始動や中央・地方指導部の交代とい
う政治イベントもあるなかで、総じて高水準の投資
が続くものの、2013 年頃からは投資の息切れが出始
め、成長率は緩やかに鈍化することになりそうだ。ア
ジアを含めた新興国の成長テンポの相対的な高さに
よって、世界経済が支えられる構図自体は続くとみ
られるものの、世界全体としても相応の成長率のシ
フトダウンは避けられないだろう。グローバル経済
は、購買力平価ベースでみたウエートが大きい中国
の高成長に支えられる格好で、大幅な低迷は避けら
れようが、それでも今後 5 年程度の成長率のトレン
ドはせいぜい 3%台半ばといったところではなかろ
うか。危機前のバブル期にみられた 5%台の成長に
は遠く及ばず、4%台にも届かない成長が当面続く
というのがメインシナリオである(図表 2)。もっと
も、世界経済のサステナビリティ(持続可能性)を考
える上では、むしろその程度のペースが本来あるべ
き水準なのかもしれない。
グローバルなフリクション(摩擦・衝突)が
強まる
この結果、金融危機の根源的な問題とも指摘され
てきたグローバルなインバランス(経常収支の不均
衡)は、徐々に改善に向かうことになるだろう。ただ
し、それは世界全体のパイの拡大テンポが鈍るなか
●図表1 欧米経済の成長率シフトダウン
(%)
5
予測
4
3
2
1
0
▲1
▲2
▲3
▲4
1992
96
2000
04
08
12
16
(年)
(注)米国とユーロ圏の合計
(2010年購買力平価ウエートで加重平均)
。
(資料)IMF、みずほ総合研究所
4
での不均衡縮小であることに注意が必要だ。パイの
拡大テンポが鈍ってくるなかでは、パイの奪い合い
やけん引役の押し付け合いといった、国家間の利害
対立が頻発することになりうる。収益源としての新
たな芽が生まれればそれに対する争奪戦も生じやす
くなる。欧米が、自国の低成長化の下で新興国の需
要を当てにする姿勢を一段と強め、他方で新興国は
欧米の需要を当てにできないという状況が続けば、
2010 年夏場に高まった「通貨安戦争(カレンシー・
ウォー)」問題のように、お互いの政策運営や経済戦
略に対する不満が衝突する場面が頻発するリスクも
高まることになる。欧米低成長化と縮小均衡シナリ
オの下では、グローバルな内向き志向とフリクショ
ン(摩擦・衝突)がここかしこで顕在化し、世界経済や
国際社会が揺れ動き不安定化することが、大きなリ
スクになるだろう。
日本の対応∼弱みを補い強みを生かす
戦略再構築を
以上のようなグローバル環境の変化は、日本経済
にとっては、当然ながら追い風とはなるまい。輸出は
新興国向けを中心に緩やかな拡大こそ維持するもの
の、欧米向け輸出は伸び悩むことになるだろう。もっ
とも、欧州発金融危機や世界同時不況などの大きな
外部ショックが回避されるとの前提の下では、日本
経済の緩やかな成長自体は続くと予測している(図
表3)。家計部門については、労働力人口の減少・高齢
化を背景に、名目賃金が徐々に上昇していく公算で
ある。その下で個人消費は緩やかな拡大を見込む。
もっとも、2014年度と2016年度については消費税率
が引き上げられることでやや落ち込むとの想定を置
いている。また、企業部門に関しては、国内需要に対
する期待成長率がなかなか高まらないなかで、設備
投資がキャッシュフローの範囲内にとどまる状況は
まだ続くとみられるものの、他方で設備投資は現在
中期的な拡大局面にあるとみられることから、緩や
かな投資の増加基調自体は続くと予想される。政府
部門に目を転じると、復興需要のピークは 2012 年度
になりそうだ。財政に関しては、消費税率の引き上げ
(2014 年度+ 2%、2016 年度+ 3%)によって、プライ
マリーバランス赤字の 2010 年度比半減は 2016 年度
に達成されると見込んでいる。以上のような各部門
の動向のもと、実質 GDP は緩やかな増加を続け、デ
フレギャップも徐々に縮小に向かうことになる。と
はいえ、2016 年度時点ではギャップの完全な解消に
は至らない。デフレ脱却は 2017 年度以降に持ち越さ
れよう。
「厳しい財政事情」、
「諸外国とりわけ近隣アジア諸
国と比較したビジネスコストの高さ」、
「加速する少
子高齢化」、等々、震災前から日本が抱えていた課題
は数多い。そして、
金融危機からの立ち直りが必ずし
も十分でなかったところに、東日本大震災の発生に
よって日本は新たな試練に見舞われた。
しかし、例え
ば東北・北関東地方が被害を受けたことによって世
界的なサプライチェーンに影響が及んだ事実は、こ
のエリアで生産されていた製品がそれだけ競争力を
有していたことを示している。
つまり、こうした地方
圏にも技術力が高く、世界のサプライチェーンに重
要な位置を占める企業があるという、日本産業の厚
みが実証されたともいえる。
今回の震災では、迅速な
復旧に成功したことで、むしろ日本企業に対する信
頼性が高まった面もあるだろう。世界に誇る高い技
術力、財政破綻に瀕した南欧諸国とは対照的に潤沢
な民間部門の貯蓄と世界一の対外純資産、金融危機
後のバランスシート調整に苦しむ欧米と異なり健全
な企業・金融セクター、さらに震災後に世界を感嘆せ
しめた国民の忍耐強さや従来からの強みである勤勉
な労働力などの優れた人的資本、等々、日本が誇るべ
き強みは少なくない。その意味で、日本はまだ「持っ
ている国」なのである。世界的な環境変化・潮流変化
を踏まえつつ、日本は震災復興を梃子として、弱みを
補い強みを生かす戦略を再構築し、新たな成長の源
泉獲得を目指すことが重要だ。
みずほ総合研究所 経済調査部
部長 矢野和彦
[email protected]
●図表2 2016年までの世界経済見通し
(単位:前年比、%)
暦年
2009
(実績)
世界実質GDP成長率
▲0.7
日米欧アジア計
▲0.1
日米ユーロ圏
▲4.2
米国
▲3.5
ユーロ圏
▲4.3
日本
▲6.3
アジア
6.1
NIES
▲0.7
ASEAN5
1.7
中国
9.2
インド
7.0
WTI原油価格(ドル/バレル)
62
為替(円/ドル)
93.6
為替(ドル/ユーロ)
1.39
為替(人民元・ドル)
6.831
2010
(実績)
5.1
5.3
2.7
3.0
1.8
4.0
9.3
8.4
6.9
10.4
8.9
79
87.7
1.33
6.769
2011
(予測)
3.5
3.9
1.3
1.6
1.7
▲0.4
7.8
4.5
5.2
9.4
7.8
92
78
1.37
6.251
2012
(予測)
3.5
3.8
1.4
1.4
1.0
2.3
7.5
3.9
5.2
9.1
7.3
83
78
1.29
5.938
2013
(予測)
3.0
3.3
1.1
1.2
0.9
1.4
6.5
0.7
3.8
8.6
6.8
83
73
1.25
5.701
2014
(予測)
3.3
3.5
1.2
1.6
1.1
0.3
7.1
3.3
5.2
8.2
7.5
85
76
1.24
5.587
2015
(予測)
3.7
4.0
1.9
2.4
1.4
1.8
7.2
3.7
5.6
8.2
7.8
89
85
1.20
5.587
2011
(予測)
0.5
0.8
0.4
▲0.2
1.2
1.8
1.9
1.8
2.4
▲0.2
1.1
3.6
▲1.1
▲1.5
▲0.6
▲3.0
2012
(予測)
2.0
1.6
1.9
0.9
4.8
3.7
0.7
0.6
1.6
0.5
5.2
3.3
1.8
▲0.2
▲0.5
▲2.4
2013
(予測)
1.4
1.3
1.7
1.4
1.0
11.5
▲0.1
0.9
▲5.4
0.2
2.2
1.6
1.3
▲0.1
▲0.1
▲1.7
2014
(予測)
0.3
▲0.1
▲0.2
▲0.6
4.0
▲13.0
0.3
0.9
▲2.8
0.3
3.2
2.0
0.8
0.5
0.8
▲2.2
2015
(予測)
1.8
1.7
2.1
1.5
4.0
3.5
0.4
0.8
▲2.4
0.2
3.4
3.5
1.6
▲0.2
0.2
▲1.2
2016
(予測)
3.6
3.9
1.7
2.2
1.5
0.4
7.2
3.2
6.1
7.9
8.2
93
90
1.15
5.531
(資料)IMF、
HAVER Analytics、
みずほ総合研究所
●図表3 2016年度までの日本経済見通し
(単位:前年比、%)
年度
実質GDP
内 需
民 需
個人消費
設備投資
住宅投資
公 需
政府消費
公共投資
外 需(寄与度)
輸出
輸入
名目GDP
GDPデフレーター
内需デフレーター
GDPギャップ
(%)
2009
(実績)
▲2.4
▲2.7
▲4.9
▲0.0
▲13.6
▲18.2
5.1
3.5
14.2
0.3
▲9.6
▲11.0
▲3.7
▲1.3
▲2.2
▲5.3
2010
(実績)
2.3
1.6
2.1
0.8
4.2
▲0.3
0.1
2.2
▲10.0
0.9
17.0
10.9
0.4
▲1.9
▲1.2
▲3.4
2016
(予測)
0.4
▲0.0
▲0.0
▲0.7
3.0
▲4.0
0.0
0.7
▲4.2
0.4
3.4
1.5
1.4
1.0
1.4
▲1.7
(資料)内閣府、みずほ総合研究所
5
政策動向
被災地の復興計画の特徴と課題
─ 持続可能な街づくりの指針としては不十分 ─
被災地では復興計画作成が進んでいる。宮城県、岩手県の復興計画は固まり、福島県
は復興ビジョンを策定した。また市町村単位の復興計画も徐々に具体像が明らかに
なっている。しかし、国の財政負担に全面的に依拠する公共事業がかなり目立つ一
方、産業振興策は具体性に乏しく、持続可能な街づくりに大きな不安が残る。
復興に向けた自治体の行動計画は、一般的に復興
計画と復興事業計画で構成される。このうち、復興計
画は通常、復興に向けての基本理念と復興の具体的
な施策が記される。東日本大震災の主要被災地であ
る宮城県・岩手県・福島県では、前 2 者が復興計画を
作った。また福島県は、全ての施策を網羅していない
ものの、主要施策を記した「復興ビジョン」を作成し
た。これらの県では、今後、復興計画を基に、施策の下
位概念にあたる「事務事業」の詳細な計画が記される
「復興事業計画」を策定し、それぞれの県での復興が
ようやく始まることになる。そこで、明らかになって
いる 3 県の復興計画と復興ビジョンから、復興の特
徴や課題を探る。
復興計画の基本理念は似通っている
3 県の復興計画の基本理念と計画期間の一覧は図
表 1 の通りである。これらをみると、3 県の復興計画
がかなり似通っているのがわかる。計画期間は 3 県
とも 8 ∼ 10 年である。復旧を経て復興を目指す点で
も 3 県は基本的に同じである。また東日本大震災の
後ということもあり、安全・安心対策が3県ともに大
きく取り上げられている。さらに、個々の県民の生活
を重視し、復興の主体として県民に期待する点でも、
3県は似通っている。
図表 1 には阪神・淡路大震災(1995 年)後の兵庫県
の復興計画を合わせて掲載した。阪神・淡路大震災の
被災地は主に被災前から人口増加が続いていた都市
部であり、一方、東日本大震災の被災地は被災前から
人口減少が顕著であった。このように被災地の特徴
は大きく異なり、将来のあるべき姿も違うように思
われるものの、復興計画は似ているのがよくわかる。
復旧色がやや強い岩手県、復興色がやや強
い宮城県・福島県
3 県の復興計画の特色をあえて探すとすれば、岩
6
手県は復旧色がやや色濃く、宮城県・福島県は復興色
がやや強いと思われる。例えば、岩手県の復興計画
は、防災面で復旧にとどまらないことを明記してい
るものの、
「はじめに」にて「被災者が一日でも早く元
の生活に戻ることができる住環境の整備や雇用の確
保」を目指すと記すなど、復旧をにじませる表現が目
立つ。
一方、福島県の復興ビジョンは「『復興』とは、今回
の災害の教訓を踏まえた新たな視点に立って、本県
をこれまで以上に良い状態にしていくこと」
とし、復
興をやや強く打ち出している。例えば、原発に依存し
ない街づくりが目標とされている。さらに「人口減
少・超高齢社会への対応は、わが国全体がいずれ立ち
向かわなければならない課題」と指摘し、福島県も
「ふくしまの未来を見据えた対応」が必要であると記
している。
このような復興への意欲は、宮城県の復興計画で
より強くうかがえる。例えば「『復旧』にとどまらない
抜本的な『再構築』」として、農林水産業の改革が復興
計画で記されている。さらに日本全体が抱える課題
に先んじて対応する「復興モデル」を目指すとされて
いる。この点で宮城県の復興計画は阪神・淡路大震災
後の兵庫県に非常に似ている。兵庫県は「創造的復
興」を掲げ、
「高齢化・成熟化の進む21世紀に向けて」
「先導的な復興事業」を成し遂げようと、復興計画を
作成したからである。
持続的な街づくりに大きな不安が残る
東日本大震災の被災地は、被災前から少子高齢化
や人口減少など様々な課題を抱えていた。福島県の
復興ビジョンが「人口減少・超高齢社会の本格的な到
来は、従来から懸念されていた事態であるが、残念な
がら今回の災害によりその流れが速まりかねない状
況」と述べているように、東日本大震災が被災地の課
題をより大きなものにした可能性は高い。復興を目
指すなら、被災地は震災前からの課題を克服し、持続
可能な地域に変貌する必要がある。
しかし、それらの課題は被災地が被災前から長い
間、抱えてきたものであり、容易に解決できるもので
はない。今回の復興計画や復興ビジョンで示された
施策程度ではそれらが解決するとは考えにくい。最
も産業振興に意欲的と思われる宮城県の具体的な施
策では、沿岸漁業の漁業権を企業にも与える「水産
業復興特区」構想や法人税の 10 年間免除などを行う
「東日本復興特区」が代表例であるが、それらの効果
は不透明である。前者は漁業協同組合関係者から強
い反発を受けて導入そのものが危うく、また後者は
企業誘致のためにこれまで各地で各種税負担軽減策
がとられてきたが、その効果は立証されていない。一
方で、財源のほとんどを国に依存する公共事業はど
の復興計画でも目立つ。例えば、市街地の高台移転や
防潮堤の整備には莫大な費用がかかるが、被災地負
担をゼロにする方向で国は支援策を考えている。こ
のような状態では持続可能な街づくりに向けて大き
な不安が残る。
被災地が従来から抱えてきた課題解決に向けて、
宮城県知事は「既得権の打破」を叫ぶが、復旧を経て
復興を目指す「二段階論」では、既得権を持つ者の復
旧を望む声を無視できず、阪神・淡路大震災以来、繰
り返されてきた中途半端な復興となるであろう。例
えば、北海道南西沖地震の奥尻町では住民一人あた
り数千万円におよぶ復興費をかけながら、今では日
本有数の人口減少に苦しんでいる。阪神・淡路大震災
後の兵庫県も、産業振興が必ずしもうまくいってい
ない。真に復興を目指すには、震災復興の基本のよう
にいわれる復旧を経て復興に至る二段階論を脱し、
地域の課題を謙虚に見つめ、
「白紙に絵を描く」よう
なアイデアを内外から多数求め、民間を含む投資資
金によって復旧を経ない復興を目指す、くらいの大
胆さが必要ではないだろうか。
みずほ総合研究所 政策調査部
主任研究員 岡田 豊
[email protected]
●図表1 復興計画や復興ビジョンの特徴
基本理念、基本原則など
期間
年
岩手県
年
宮城県
年
福島県
○
「兵庫2001年計画」
の理念に基づく先導的な復興事業を、
この地域において推進する。
○高齢化・成熟化の進む21世紀へ向けて、
一人ひとりが主体的に自らの生活を創造しながら、
共生する社会づくりを進める。 10
○この地域のもつ文化的風土の上にたって、
外国に開かれた街づくりを進める。
○自然への畏敬の念をもち、
自然と共生しながら、
命を守り育む、
アメニティー豊かな都市づくりを進める。
年
参考・兵庫県
○
「安全」
の確保
津波により再び人命が失われることのないよう、多重防災型街づくりを行うとともに、災害に強い交通ネットワークを構
築し、
住民の安全を確保する。
○
「暮らし」
の再建
住宅の供給や仕事の確保など、地域住民それぞれの生活の再建を図る。さらに、医療・福祉・介護体制など、生命と心身の健
8
康を守るシステムや教育環境の再構築、
地域コミュニティ活動への支援などにより、
地域の再建を図る。
○
「なりわい」
の再生
生産者が意欲と希望を持って生産活動を行うとともに、生産体制の構築、基盤整備、金融面や制度面の支援などを行うこ
とにより、地域産業の再生を図る。さらに、地域の特色を生かした商品やサービスの創出や高付加価値化などの取り組み
を支援することにより、
地域経済の活性化を図る。
○災害に強く安心して暮らせる街づくり
今回の災害の原因や被害を検証し、空間的な暮らし方や歴史的観点を踏まえたハード・ソフト両面の対策を講じることに
より、
同等の災害が起こっても人命が失われることのない、
災害に強く安心して暮らせる街づくりを目指します。
○県民一人ひとりが復興の主体・総力を結集した復興
未曽有の大災害で犠牲になった方々への追悼の思いと、宮城・東北・日本の絆を胸に、県民一人ひとりが復興への役割を自
覚し主体となるとともに、
国・県・市町村・団体等が総力を結集して、
県勢の復興とさらなる発展を図ります。
○
「復旧」
にとどまらない抜本的な
「再構築」
10
被災地の「復旧」にとどまらず、これからの県民生活のあり方を見据えて、県の農林水産業・商工業のあり方や、公共施設・
防災施設の整備・配置などを抜本的に
「再構築」
することにより、
最適な基盤づくりを図ります。
○現代社会の課題を解決する先進的な地域づくり
災害からの復興を図っていく中で、人口の減少、少子高齢化、環境保全、自然との共生、安全・安心な地域社会づくりなど、
現代社会や地域を取り巻く諸課題を解決する先進的な地域づくりを目指します。
○壊滅的な被害からの復興モデルの構築
震災から10年後(平成32年度)には、新たな制度設計や思い切った手法を取り入れた復興を成し遂げることにより、壊滅
的な被害からの復興モデルを構築します。
○原子力に依存しない、
安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり
・原子力に依存しない社会を目指す。
そのため、
再生可能エネルギーを飛躍的に推進。
・何よりも人命を大切にし、
安全・安心して子育てのできる環境整備、
健康長寿の県づくりを通じて原子力災害を克服。
○ふくしまを愛し、
心を寄せる すべての人々の力を結集した復興
・被害を受けた県民一人ひとりの生活基盤の再建が復興の基本であり、
復興の主役は住民。
10
・県民、
企業、
民間団体、
市町村、
県など、
あらゆる主体が力を合わせて復興を推進。
○誇りあるふるさと再生の実現
・本県に脈々として息づく地域のきずなを守り、
育て、
世界に発信。
・避難を余儀なくされた県民を含め全ての県民がふるさとで元気な生活を取り戻すことができた日にこそ、ふくしまの
復興の第一歩が記されるという思いを県民すべてが共有。
(資料)各種復興計画・復興ビジョンによりみずほ総合研究所作成
7
欧州動向
「第二段階」に突入した欧州債務問題
― 問われるユーロ圏の政治的な意思 ―
ユーロ圏当局の政策対応に対する不信感が広がったことでイタリア、スペインへの
財政懸念が高まり、フランスの格下げ懸念や「欧州金融安定化基金(EFSF)」の信用
力低下にもつながっている。
債務問題の更なる蔓延を阻止するには、ユーロ圏当局が
断固たる姿勢を示し、政策への信認を取り戻すことが必要である。
務問題が深刻化したことも挙げられている。
つまり、
「次のステージ」に進んでしまった
欧州債務問題
ギリシャのデフォルト・リスクが高まったことで財
政懸念がギリシャ以外の国にも波及し、国債利回り
の上昇に直面したイタリアやスペインは格下げを余
夏場以降、ユーロ圏債務問題は一段と広がり、
「第
儀なくされたのである。
二ステージに突入した」と評されている。今まではギ
リシャやアイルランド、ポルトガルといった小国の
ユーロ圏当局が自ら招いた財政不安の拡大
財政問題にとどまっており、ユーロ圏でコントロー
ルすることは十分可能と思われた。この 3 カ国の名
ユーロ域内で財政懸念が波及した理由には、ユー
目 GDP は約 5,500 億ユーロと、ユーロ圏全体の 6%、
ロ圏当局の対応に対する不信感の強まりを指摘でき
ドイツの 5 分の 1 程度に過ぎないためである。しか
る。7 月 21 日のユーロ圏緊急首脳会議でギリシャへ
し、財政懸念はイタリア、スペインというユーロ圏の
の追加支援策や欧州金融安定化基金(EFSF)の機能
大国にも広がった。両国の 10 年物国債とドイツ国債
拡充案に合意したが、その後、一部諸国の政府関係者
との利回り格差は 4%ポイント近くに達しており、
からはその合意を反故にするような発言が公然と出
警戒領域に入ったと言える。ギリシャやアイルラン
始めた。加えて、ユーロ圏 17 カ国全ての足並みを揃
ドなどの事例では、利回り格差が 4%ポイントを上
えることの難しさも露呈した。ユーロ圏の小国・スロ
回ると利回り格差の拡大ペースが加速し、その後、救
バキアでは、EFSF の機能拡充案に関する議会承認
済に迫られたという経緯がある。
が否決されるという事態が生じた。その後、可決され
イタリアはGDP比100%を超える政府債務を抱え
たが、こうした一連の出来事により、一部諸国におけ
ると共に、構造問題への取り組みの遅さや政治の不
る高債務国支援への根強い反発や、債務問題への大
安定さが投資家の懸念を招いている。スペインでは
胆な対策を実行することの政治的なハードルの高さ
不動産バブル崩壊の後遺症を抱えているため、金融
が明らかになってしまった。
機関の潜在的な不良債権問題や景気回復の遅れによ
る将来の政府債務増大が懸念されている。
ユーロ圏における政策実行過程の複雑さや要する
時間の長さは今に始まったことではない。ユーロ圏
10 月に入ると、両国は主要格付け機関から相次ぎ
が何らかの政策を実行するためには17の主権国家そ
格下げされ、格付け見通しも「ネガティブ」
(今後、格
れぞれで法制化・議会承認の手続きが必要だからで
下げの可能性が高いことを示す)に据え置かれた。格
ある。振り返れば、共通通貨の構想は 1970 年代にさ
下げ理由として、両国の抱える問題に加えて、欧州債
かのぼり、90 年代初頭にユーロ導入に向けた枠組み
8
が固まり、実際にユーロが流通するまで更に 10 年近
くを経た。
欧州の時間軸は10年単位とさえ言える。
しかし、財政懸念が周辺国への「伝染」を引き起こ
ユーロ圏の政策対応に対する信認確立が
喫緊の課題
し、金融システム不安にまでつながっている状況下、
上述のような「欧州時間」を許容できる余裕はない。
政策対応への信認が一段と低下すれば、追加対策
対応の遅れ・混乱による財政懸念は支援する側の中
を打ち出してもその効果は半減し、金融不安を止め
心であるユーロ圏第 2 位の大国・フランスにまで及
るには手遅れということにもなりかねない。ユーロ
びつつある。ユーロ圏高格付け国の中では最も格下
圏当局に求められることは、債務問題に直面する
げリスクが高いと見なされていた中、10 月 17 日に
ユーロ圏の「仲間」を守るという断固とした覚悟・姿
ムーディーズ・インベスターズ・サービスはフランス
勢を速やかに打ち出すことである。10 月末にかけた
の格付け見通しを向こう 3 カ月以内に見直す可能性
ユーロ域内での議論を経て、高債務国支援の枠組み
を表明した。
にユーロ域外から資金を呼び込む方針が打ち出され
こうした状況を受けて、高債務国支援の枠組みの
たことは支援規模を拡充できる点で前向きな材料で
中核である EFSF の信用力にも悪影響が及んでい
ある。しかし、これだけでは不十分であり、EFSF へ
る。EFSFは高格付け国の保証が裏づけであり、フラ
のユーロ圏各国の政府保証を大幅に増額することも
ンスへの財政懸念の高まりを受けてEFSF債の利回
必要だろう。どのようなコストを払ってでも欧州債
り格差は大幅に拡大した(図表 1)。他方、EFSF と同
務問題に対処するという政治的な強い意志が示され
様にトリプル A 格付けを有し、高債務国支援のため
なければ、ユーロ域外からの支援、特に民間資金の流
に発行された欧州委員会(EC)債の利回り格差はさ
入には期待できない。
ほど拡大していない。欧州連合(EU)予算という財政
政府保証を引き上げれば、支援する側の負担(偶発
的裏付けを持つEC債に対して、
EFSF債はユーロ圏
債務)が増すため、財政ポジションの悪化要因となり
各国間の取り決めに基づく政府保証が裏づけであ
得る。一方、高債務国支援の確たる枠組みが整い、個
る。つまり、ユーロ圏当局の政策対応、高債務国支援
別国を狙う投機的な動きを抑制できれば、金融市場
の枠組みに対する不信感が広がったことで、保証の
が安定化し、景気下振れや財政ファイナンスのリス
履行可能性にも疑念が生じつつあると考えられる。
クは大きく後退すると期待される。また、仮に支援す
る側であるフランス等の格下げを招き、そのために
EFSF による資金調達コストが上昇しても、有効な
●図表1 EFSF債利回り格差の推移
対応を打ち出せずに金融不安が深刻化することのコ
(ドイツ国債利回りとの格差、ベーシスポイント)
ストに比べれば小さいだろう。
160
140
EFSF債
EC債
フランス国債
過去3回発行されたEFSF債の購入主体を見ると、
各国政府や政府系ファンド(SWF)が4割前後を占め
120
ていた。そうした主体にとって重要なことは、
「格付
100
けがトリプルAであること」よりも、ユーロ圏が高債
80
務国を支援し続けるという
「政治的な意思」を明確に
60
することではないだろうか。ユーロ圏が取り組まな
40
くてはならない課題は多いが、
第一にすべきことは、
20
失った信認を再び取り戻すことである。
0
2011/2
11/4
11/6
11/8
11/10
(年/月)
(注)1.いずれも5年物。
2.EFSF債とEC債はアイルランドへの金融支援が目的
(2011年1月に発行)
。
(資料)
Bloomberg
みずほ総合研究所 市場調査部
シニアエコノミスト 中村正嗣
[email protected]
9
米州動向
ブラジル経済とソブリンリスク
─ 世界的なリスク回避志向の高まりに耐えられるか ─
ブラジル経済は、欧米の債務問題や景気失速懸念による世界的なリスク回避志向の
高まりに大きく揺さぶられている。ブラジルの財政・債務状況は相対的に良好で危機
対応余力も大きいとみられるが、
「新興国売り」が加速する場合、ブラジルからの資金
流出とアジア新興国の景気失速という二つのリスクに警戒が必要だ。
リーマン・ショック後の景気後退からいち早く脱
したブラジル経済は、2010年には7.5%の高成長を達
成した(図表 1)。しかし、財政・金融引き締め政策や
レアル高による輸出鈍化により、2011 年に入り成長
ペースは減速している。一方で、インフレ率は 7.2%
(8 月)とインフレ目標(4.5%± 2%)を上回っていた
が、世界経済の減速波及を理由に、金融政策は 8 月末
に突然利下げに転換した。おりしも、欧米の債務問題
や景気失速懸念を背景に世界的なリスク回避志向が
高まっていたこともあり、7 月に最高値を更新した
レアル相場は 9 月には 2 年ぶりの安値に急落するな
ど、ブラジル経済を巡る潮目は大きく変化している。
ブラジル経済は、欧米で高まるソブリンリスク(政
府債務の返済能力など国の信用リスク)を警戒した
金融市場の混乱に対する耐性を再び発揮し、成長軌
道を維持することができるのだろうか。
相対的に良好なブラジルの財政・債務状況
ブラジル自身の財政・債務状況は、欧米に比べて相
対的に良好であると考えられる。リーマン・ショック
後のブラジルの金融危機対応は、主として金融緩和
政策によるものだった。減税等も実施され、財政収支
は一時的に悪化したものの、利払い費を除くプライ
マリー収支は黒字を維持している(図表1)。
金融危機後の景気対策により、欧米の政府債務が
急膨張したのに対し、ブラジルではほぼ横ばいで推
移してきた。2011 年の一般政府債務残高対 GDP 比
は 65.0%(国際通貨基金予測)と、一般的に望ましい
とされる 60%の目安を超えているが、米国の 100%、
ユーロ圏の88.6%をはるかに下回っている(図表2)。
加えて、ルセフ政権は、2011 年度予算について 501
億レアル(対 GDP 比約 1.2%)の歳出削減策を打ち
出し、財政規律を重視している。米格付け機関ムー
●図表1 金融危機前後のブラジルの主要経済指標
2007
成長率 実質GDP
物価
消費者物価指数
経常収支
対外収支
資本収支
外貨準備高
財政
2008
2009
2010
2011
前年比、%
6.1
5.2
▲0.6
7.5
前年比、%
3.6
5.7
4.9
5.0
3.1
7.3
百万ドル
1,551
▲28,192
▲24,302
▲47,365
▲50,676
対GDP比、%
0.1
▲1.7
▲1.5
▲2.3
▲2.2
百万ドル
88,330
28,297
70,172
98,543
130,947
期末値、百万ドル
180,334
193,783
238,520
288,575
349,708
プライマリー収支
対GDP比、%
3.3
3.4
2.0
2.8
3.8
政府債務残高
対GDP比、%
65.2
63.6
68.1
66.8
65.0
Ba1
Ba1
Baa3
Baa3
Baa2
ソブリン格付け(ムーディーズ)
(注)1.2007∼10年は暦年。2011年については、実質GDPが4∼6月期、物価、外貨準備、金利、為替、株価は9月、経常収支・資本収支は1∼8月累計年率
換算、他は8月のデータ。
2.プライマリー収支は、利払い費を除く財政収支(過去12カ月累計)。
3.政府債務残高は、国際通貨基金(IMF)
発表の一般政府債務。2011年は予測値。
4.ムーディーズのソブリン格付け「Baa2」の定義は「財務の安全性が適当。ただし信用力を支える何らかの要素が不足しているか長期的に見て
不確実であるとも考えられる」。2011年6月20日にBaa3からBaa2に一段階引き上げ。
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
、ブラジル中央銀行、IMF、
Bloombergほか
10
ディーズ・インベスターズ・サービスはこうした姿勢
を評価し、6 月にブラジルのソブリン格付けを一段
階(Baa3→Baa2)
引き上げた。
財政・債務状況からみれば、欧州の債務問題がブラ
ジルに直接飛び火する可能性は限定的だ。世界的な
金融危機・景気後退が再発した場合でも、財政政策に
よる対応余力は大きいといえ、長期的には成長軌道
を維持できる可能性が高い。
高まる海外からの資金流入依存
しかし、リスク回避志向の動きが強まり、
「新興国
売り」が加速する場合、ブラジルからの資金流出とア
ジア新興国の景気失速という二つのリスクに警戒が
必要だ。
金融危機後、ブラジルは海外からの資金流入への
依存を強めている。レアル高に伴い貿易黒字が縮小
する一方で、所得収支やサービス収支の赤字が拡大
し、経常赤字は対 GDP 比 2%超に達している。一方
で、資本収支は経常赤字の 2 倍を超える黒字を計上
している。資金流入の内訳を見ると、直接投資と共に
証券投資の寄与も大きい(図表 3)。逃げ足の速い証
券投資は、リーマン・ショック時に大幅な売り越しに
転じ、資本収支は赤字に転落した。また、ギリシャ危
機の波及により信用不安が広がっているスペイン
の金融機関が、ブラジルの対外金融機関借り入れの
37.0%
(2011 年 6 月末)を占めていることもリスク要
因といえる。
ただし、資金流出時の備えは拡充されている。外貨
準備は2007年末の約1.8倍の約3,500億ドル(2011年
9 月末)に増加しており、短期的に外貨繰りに窮する
事態は想定しにくい。また、利下げに転じたとはい
●図表2 米欧とブラジルの政府債務
え、相対的な高金利がブラジルへの投資需要を下支
えするとみられる。
アジア新興国の景気減速もリスク要因
ブラジル経済は輸出依存度(輸出対 GDP 比、2010
年)が11.2%(新興国全体33.1%)と低く、海外需要の
減速に対する耐性は基本的に強いと考えられる。し
かし、「 新興国売り 」 がアジア新興国の景気失速と資
源価格の大幅調整をもたらすような事態に発展すれ
ば、ブラジル経済のダウンサイドリスクも高まる。
ブラジルの輸出構造は、金融危機前後で大きく変
化している。仕向け地別に見ると、2007 年時点では
米国向けが全体の 16.1%で最大のシェアを占めてい
たが、2010年には中国向けが15.6%と米国(9.8%)に
取って代わり、中国を含むアジア向け(28.5%)が中
南米域内向け(20.8%)を上回るようになった。財別
では、レアル高による工業品の輸出競争力低下や資
源価格の高騰を背景に、2007 年時点では 32.8%だっ
た 1 次産品のシェアが、2010 年には 45.5%と工業品
(40.2%)
を逆転している。
近年のブラジル経済の繁栄は、ルラ前政権の経済
政策の功績であると同時に、資源価格の上昇の恩恵
によるところも大きい。金融危機後のアジア新興国
向け 1 次産品への輸出依存度の高まりにより、ブラ
ジル経済は資源価格変動の影響をさらに受けやすく
なっている点には留意が必要だ。
みずほ総合研究所 政策調査部
主任研究員 西川珠子
[email protected]
●図表3 ブラジルの対外収支
(億ドル)
(%)
110
500
ブラジル
米国
ユーロ圏
100
100.0
400
300
88.6
90
200
100
80
0
70
65.0
▲200
60
50
▲100
▲300
2007
08
09
10
11
(年)
(注)2011年は予測値。
(資料)
IMF「World Economic Outlook Database」
▲400
2007
直接投資
証券投資
借り入れ・その他投資
資本収支
経常収支
08
09
10
11
(年/四半期)
(資料)
ブラジル中央銀行
11
海外通信 from New York
ハロウィン商戦にみる
米国個人消費の現状
― 意外と底堅い消費者の購買意欲 ―
インドが急速に悪化しただけに、小売り各社はその
ハロウィンの憂鬱...
今年もハロウィンの季節がやってきた。筆者の子
動向を従来以上に気にかけている。
予想以上に旺盛なハロウィン関連の購買意欲
供が通うニューヨーク近郊の小学校では、毎年、幼児
そのハロウィン消費だが、今のところ、弱含む兆候
部(日本の年長組に相当)から 5 年生まで全校生徒が
仮装して学校の周囲を練り歩く、ハロウィンパレー
はまだみてとれない。
実際、全米小売業協会が実施したアンケート調査
ドが開催される。
恒例行事とはいえ、パレードを前に、決まって悩ま
では、
「衣装を購入する予定あり」と回答した割合が
されるのが衣装選びだ。昔は、吸血鬼やゾンビ、魔女
65.0%と前年から 2.9%ポイント上昇し、過去最高を
などが定番だったが、ここ最近は、映画やテレビ、ビ
記録した。また、衣装代にその他支出を加えた一人当
デオゲームのキャラクターが次々と登場し、消費者
たり平均支出予定額も、調査開始以来、初めて 70 ド
の選択の幅は広がる一方。消費者にとって、選択肢が
ルの大台にのるなど、消費者の購買意欲は大方の予
増えるのは望ましいことだが、増えすぎるのも考え
想とは裏腹に旺盛だ(図表)。
もちろん、先行き不透明感が根強い中で、計画が実
ものだ。事実、街のコスチュームショップでは、スパ
イダーマンやバットマン、シンデレラや白雪姫など、
行に移される保証はない。ただ、現時点でマインド悪
ヒーロー・ヒロインの衣装を前に、思案に暮れる親子
化の影響を過度に織り込むのも、また現実を見誤る
の姿をよくみかける。もちろん、わが家も例外では
可能性がある点には注意が必要だろう。
ない。あれこれと、さんざん迷った揚げ句、人気ビデ
オゲームのキャラクターにしようと決めたのは、パ
みずほ総合研究所 ニューヨーク事務所
レード開催日間際のことである。
シニアエコノミスト 太田智之
[email protected]
関連消費は60億ドル。
年末商戦の行方占う
●ハロウィン関連の一人当たり平均支出予定額
なお、ハロウィン関連の支出は、衣装だけにとどま
らない。カボチャやがい骨の飾り物、キャンディーに
(ドル)
72.3
70
グリーティングカードなど、その規模はざっと 60 億
ドル(約4,600億円)に達するといわれている。大型小
売店などでは、こうした需要を取り込もうと、ハロ
60
50
ウィン専用の特設コーナーが設置されるほどだ。
また 10 月のハロウィン関連売上高は、11 月から本
格化する年末商戦の先行きを占う意味でも注目度が
高い。とりわけ今年は、債務上限引き上げを巡る混乱
や欧州債務問題の拡大などから、夏場以降、家計のマ
12
40
0
2005
06
07
08
09
10
11
(年)
(資料)BIGresearch「Halloween Consumer Intentions and Actions Survey」
B‒1グランプリ
Q:
「B‒1 グランプリ」とは何で
すか
10 の参加団体で、2 万人の来場
効果で、観光客が急増しています。
者でしたが、2010 年には 46 の
2010 年優勝の甲府鳥もつ煮の甲
A:
「B級グルメ」のイベントの一つ
参加団体数で、44 万人が来場し
ま し た。 こ の よ う に、B‒1 グ ラ
府市では大会翌日から観光客が殺
どでした。
します。地域限定の B 級グルメで
ンプリは巨大化しています(図
表)
。2011 年の B‒1 グランプリ
地域活性化を図る動きは全国各地
は 11 月 12、13 日に姫路にて開
士宮やきそばは B 級グルメで最も
です。B 級グルメは、安価で住民に
日頃から愛されている食べ物を指
到し、売り切れた店が続出するほ
また、過去 2 回の優勝を誇る富
にありますが、その一つである「B
催されますが、会場が新幹線停車
成功している例です。富士宮市に
級ご当地グルメでまちおこし団体
駅そばというアクセスの良さ、近
は今も多数の観光客が押し寄せ、
連絡協議会」
(通称:愛 B リーグ。
畿圏で初めての開催、過去最高の
また関連の食品やグッズまで販売
2006 年発足)が、地域色あふれる
参加団体数などから、過去最高の
されるほどの大人気です。その結
B 級グルメの日本一を決めようと
来場者数が期待されています。
果、富士宮やきそばが毎年数十億
いう趣旨で開催するイベントが
B‒1グランプリです。
円の経済効果を富士宮市にもたら
つに集う形で、毎年秋に開催され
Q:巨大化した B‒1 グランプリ
の経済効果は大きいので
しょうか
ます。来場者は会場で受け取った
A:来場者数やそれを取り上げる
Q:好調な B‒1 グランプリです
が、何か課題はありますか
箸を気に入った B 級グルメに投票
メディアの多さを考えると、開催
A:会場の混雑がひどく食べ比べ
します。投票された箸の重量の最
するだけで経済効果は何十億円に
が難しいことから、上位進出のた
も重い B 級グルメがその年の日本
も上る可能性があるでしょう。例
めに来場者の関心を引こうと、出
一です。なお近年は、過去に日本一
えば 2010 年の厚木の大会は、実
展団体のパフォーマンス合戦が目
に輝いた B 級グルメは投票対象で
行委員会の算出によると、開催 2
立つようになっています。また近
はないため、毎年、新たなB級グル
日間の経済効果が36億円で、さら
年、新しく創作される B 級グルメ
メ日本一が誕生しています。
に多数のメディアに取り上げられ
の出展が徐々に増えていますが、
近年は B 級グルメのご当地の一
していると言われています。
たことで厚木市の観光客が増える
質の面で問題を抱えるものが散見
Q:これまでの B‒1 グランプリ
はどのような結果でしたか
ことによる経済効果も数十億円に
されます。例えば、地域の特産品を
上るとしています。
誰にでも人気のある焼きそばやカ
A:B‒1 グランプリは 2006 年に
また成績上位の B 級グルメのご
レーなどに加えたようなものは、
初めて開催されました。その時は
当地では、多数のメディアの報道
イベントで目新しさから人気と
なっても、よほど工夫しない限り
●これまでのB‒1グランプリの概要
開催年
2006
2007
2008
2009
2010
2011
開催地
参加団体数
(開催地のB級グルメ)
青森県八戸市
10
(八戸せんべい汁)
静岡県富士宮市
21
(富士宮やきそば)
福岡県久留米市
24
(久留米やきとり)
秋田県横手市
26
(横手やきそば)
神奈川県厚木市
46
(厚木シロコロ・ホルモン)
兵庫県姫路市
63
(姫路おでん)
リピーターを獲得しにくく、持続
来場者数
(万人)
優 勝
2
富士宮やきそば
25
富士宮やきそば
20
厚木シロコロ・ホルモン
27
横手やきそば
44
甲府鳥もつ煮
?
?
的な地域活性化につながりにくい
と考えられます。B ‒ 1 グランプリ
はB級グルメの「おいしさ」を競う
という本来の趣旨が生かせるよう
に改善すべきでしょう。
みずほ総合研究所 政策調査部
(資料)B-1グランプリのサイト(http://b-1grandprix.com/)
を基にみずほ総合研究所作成
主任研究員 岡田 豊
yutaka.okada@mizuho‒ri.co.jp
みずほリサーチ
第 116 号 2011 年 11 月 1 日発行
発行:みずほ銀行・みずほコーポレート銀行・みずほ総合研究所
編集:みずほ総合研究所 TEL:03-3591-1400 製作:株式会社 白橋
ISSN 1347-2488
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