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平成 16 年度 京都府現職教育職員長期研修 研究課題 小学校図画工作科の学力を保障する IT 活用 − 絵画制作における構図決定を支援する学習指導 − 研修報告書 研修期間 自 平成 16 年 10 月 1 日 至 平成 17 年 3 月 31 日 京 都 教 育 大 学 附属教育実践総合センター 指導教官 佐々木 京都府舞鶴市立余内小学校 真理 佐 藤 景 子 はじめに 思いを形にする「表現」の手段は文学や音楽などさまざまあるが、特に絵に表すこと は視覚に働きかけ直感的に伝え合う力を持つ。絵にすることで、感情やものの見方といっ た自分の内面を外の世界に表出させ、見る人との間でさまざまな解釈が生まれる。もし絵 を描くことを苦痛に感じるとしたら、その理由のひとつとして「描きたいことやものが思 うように描けない。」ということが挙げられるのではないだろうか。 教育の場では、平成 10 年改訂の学習指導要領(平成 14 年度から実施)により、小学校 図画工作科の総授業時数は 418 時間から 358 時間に減った。これまでも制作時間が十分確 保できているとはいえなかったが、授業時間数はさらに削減された。子どもたちが対象物 に心を通わせ、思いをふくらませ、自らの手で作品をつくりだす喜びを感じることができ るようにするには、どのような方略が必要であろうか。また、生涯にわたって表現したり 鑑賞したりすることを楽しめるようにすることが子どもたちに必要な生きる力であると考 えるならば、図画工作科においてどのような指導が可能であろうか。それらの問いに対し て、学習効果を高める道具として IT を活用することができないかと考えた。 特に高学年の子どもたちに、絵を描く時、「描きたいものがない。」「どうやって描いたら いいかわからない。」「描きたいけれど思うように描けない。」という声を聞くことが多い。 自由に思いを巡らせてすいすい描くことができるのは一部の子どもたちで、多くは構図決 定の段階で悩んでいる。 そこで、「描きたいものがない。」という悩みには、デジタルカメラを使い、液晶画面を 通してどの部分を切り取って描くかを自ら選べるようにすれば、「何を描くか」、 「何に面白 さを感じたか」といった自分の描きたい思いがはっきりすると考えた。 次に、「どうやって描いたらいいかわからない。 」「描きたいけれど思うように描けない。」 という悩みには、描画ソフトウェアのレイヤー機能を使って写真をなぞって描けば、もの の形をよく見ることと立体を平面で表す際の形の投影法を学ぶことができると考えた。さ らに、描画ソフトウェアのさまざまなペンツールや色の選択は、絵の具と違い何度でもや り直すことができるので、自分の納得のいく表現に近付けられると考えた。 パソコンを使って絵が描けることはだれもが知っている。マウスをクリックしてドラッ グすればすぐさま画面に形ができ、描くことが楽しく感じられる。しかし、教育の場で用 いられているソフトウェアは十分な描画機能を備えていないことが多く、描いているうち にだんだん飽きてしまいがちである。特に小学校においては、パソコンを本格的に絵を描 く道具としてイメージしにくいのが現状ではないだろうか。そこで、描画に適したソフト ウェアを探してその特性を生かせば、「描きたいものを描く」ことや、「思った以上に満足 感のある」絵を描くことが可能であると考えた。 第 1 章では、絵を描く道具としてパソコンや周辺機器をどのように活用すればよいか、 また実証授業の計画について述べる。 第 2 章では、実証授業に参加した被験者の描画中の様子やアンケートの結果から、一人 一人のケースについて分析を行なう。これらを通して、絵を描く道具としてのパソコンの 可能性について考察を試みる。 パソコンで絵を描くことが目的ではない。また、パソコンで描く絵がすべて素晴らしい わけでもない。しかし、パソコンを使うことで、これまで絵を苦手としてきた子どもたち が絵を描く喜びを感じたり、表現の幅が広がったりするのであれば、大いに活用すべきで あろう。図画工作科の「表現及び鑑賞の活動を通して、つくりだす喜びを味わうようにす るとともに造形的な創造活動の基礎的な能力を育て、豊かな情操を養う。」という目標に向 かって、指導のひとつの形態として提案したい。 小学校図画工作科の授業時数の新旧比較 学 年 平成元年改訂 1 2 3 4 5 6 68 70 70 70 70 70 (2) (2) (2) (2) (2) (2) 68 70 60 60 50 50 (2) (2) (1.7) (1.7) (1.4) (1.4) 計 418 平成 10 年改訂 358 ( )内の数字は、週当たりに換算した授業時数 目 次 はじめに 第1章 学習システムの構築 第1節 周辺機器 1 第2節 実証授業 6 1 実証授業計画 6 2 記録に用いた道具 6 3 アンケートの作成 8 4 テキスト類の作成 13 5 パソコンを使った描画の方法 13 第2章 実証授業を通して Y さんのケース 31 I さんのケース 38 N さんのケース 45 H さんのケース 52 K さんのケース 60 S さんのケース 67 C さんのケース 73 7人のケースから 80 おわりに 第1章 学習システムの構築 パソコンを使って絵を描くことは、これまでにも教育の場で取り入れられてきた。そ の多くは、マウスの扱いやパソコン操作に慣れる目的であった。その理由として、絵を 描くには機能が限られており、できた作品もどこか不自然で美術教育の教具として用い るには不十分な印象があったことは否定できない。しかし、今や高機能の描画ソフトウ ェアが市販されたり、web 上で無料でダウンロードできたりして、誰でもパソコンを使 ってまるで絵筆で描いたような満足感のある絵を描くことができる環境が整ってきた。 美術教育の教具として、パソコンや周辺機器をどのように活用できるか、今回の学習 システムの構築を通して考察したい。 第1節 周辺機器 パソコンを使って絵を描くために、以下の環境を整えた。 パソコン OS は Microsoft 社製 Windows Me を使用し、描画の道具としてマウスとペンタブレ ットを用意した。 プリンタ カラー印刷が可能なレーザープリンタを使用した。デジタルカメラで撮影した写真や 制作した作品をプリントアウトできる。レーザープリンタは、レーザー光を利用して感 光体にトナーを付着させ、それを熱と圧力で紙に転写して印刷を行なう。その仕組みは、 コンピュータから送られてくるデータをページ単位で画像イメージに組み立て、そのイ メージに従ってドラムと呼ばれる感光体にレーザーを照射し、トナーを付着させる。こ れを熱してトナーを溶かし、紙に押し付けて印刷を行なうものである。 1 用紙 市販のハガキ用紙を使用した。写真用紙、光沢紙、マット紙など種類は多く、仕上が りが違うので用途に合わせて選択する必要がある。 図 1-1-1 描画作業風景 2 デジタルカメラ デジタルカメラは、フイルムの代わりに CCD(Charge Coupled Device、電荷結合 素子)という受光センサーで画像を記憶し、メモリースティックやスマートメディアな どの記録メディアに画像が書き込まれる。書き込まれるデータフォーマットは、ほとん どのデジタルカメラが JPEG(Joint Photographic Experts Group)といわれる形式を とっており、JPEG 形式は撮影データを圧縮することでデータ量を軽くするというメリ ットがある。デジタルカメラは、撮影目的に合わせて画像サイズ(画素数)と画質(圧 縮率)を選ぶことができる。画像サイズとは、画像を構成する画素(ピクセル)の数を 横×縦で表示したものである。画素数が多いほど大きい画像サイズになり、大きな用紙 にも細密にプリントできるが、記録するデータ容量は大きくなり、記録できる枚数が少 なくなる。今回は撮影枚数を増やすため、画像サイズを 640×480 に設定した。パソコ ンに画像を取り込む時、記録メディアをそのままパソコンのドライブに挿入できない場 合は、それぞれの記録メディアに対応したリーダーが必要である。リーダーの例を図 1-1-2 に示す。 図 1-1-2 メモリースティックとリーダー 3 ソフトウェア パソコンで絵を描くために必要なデジタル画像編集ソフトウェアは数多く市販され ている。代表的なものには Adobe 社製 Photoshop がある。 デジタル画像編集ソフトウェアの多くはレイヤー機能を備えている。レイヤーとは、 キャンバスの上に重ねる透明のシートのようなものである。一般にわたしたちが絵を描 く場合は 1 枚の紙にすべてを描くが、レイヤー機能を使って描く場合は、複数のレイヤ ーに分けて描き、これらのレイヤーを重ねると合成された 1 枚の絵になった状態で表示 される。レイヤーごとに絵の修正をすることができ、レイヤーの順番を入れ替えること も可能である。 今回は、フリーソフトウェア Pixia(http://homepage2.nifty.com/~maru_tacmi/)を 使用した。Pixia は Windows で動作するフルカラー専用ペイントツールである。この サイトで Pixia プログラム本体をダウンロードし、パソコンにインストールする。Pixia の対応最低スペックは以下の通りである。 OS Windows 98 / Windows Me / Windows 2000 / Windows XP 画面の解像度 800x600 以上 画面の色 ハイカラー以上(16/24/32 ビット表示のいずれか) 図 1-1-3 Pixia を使っての描画画面 4 パソコンに取り込んだ画像を閲覧したり、トリミングを行うために統合画像ビュアー のフリーソフトウェア、Vix(http://www.katch.ne.jp/~k_okada/vixintro/)を使用した。 デジタルカメラを縦に構えて撮った画像は、パソコンに横向きに取り込まれるので閲覧 しにくい。しかし、Vix を使えば画像を簡単に回転して縦向きで上書き保存することが できる。 図 1-1-4 Vix を使って画像の向きを変えて保存する 鑑賞コーナー プリントアウトした作品を壁に飾り、作品をいつでも鑑賞できるようにした。 図 1-1-5 鑑賞コーナー 5 第2節 1 実証授業 実証授業計画 全 6 時間の実証授業計画を表 1-2-1 に示す。実証授業は 2 時間ずつ 3 次に区切り、 第 1 次はデジタルカメラを使って描きたい風景を撮影し、第 2 次でパソコンに取り込ん だ画像をもとに線画をおこし、第 3 次でパソコンを使って彩色するという内容で計画し た。実証授業は1人ずつ個別に行ない、7 人全員が終了するまで約 3 週間にわたって実 施した。被験者に選んだのは、小学校・高等学校の現職教諭や教職を目指す大学院生の 7 名で、年齢と性別は以下の通りである。 Y さん 20 代 女性 I さん 30 代 女性 N さん 20 代 男性 H さん 30 代 女性 K さん 40 代 男性 S さん 30 代 女性 C さん 30 代 女性 図 1-2-1 2 実証授業風景 記録に用いた道具 デジタルビデオカメラ 被験者の手元と画面を記録するために使用した。DV テープに録画したものを DVD −R に保存し、記録資料として役立てた。 6 血圧測定器 * 橋口(1998)によれば、積極的に取り組もうとするヤル気の緊張時には最高血圧(収 縮期)が上昇し、不安感が強い緊張時には最低血圧(拡張期)が上昇することが示され ている。そこで、被験者の描画前・描画中・描画後における血圧 2 値を測定し、緊張の 度合いを把握しようと試みた。 図 1-2-2 * 血圧測定器の装着 橋口泰武:緊張時における心理的コンディションに関する研究,日本大学理工学部一般教育教室彙 報第 63 号,1998.3 7 3 アンケートの作成 被験者が絵を描くことにどのくらい関心があるのか把握するために、授業前にアンケ ートをとった。使用したアンケート用紙を図 1-2-3 に示す。これは 9 つの質問項目から 成り、次のような内容で構成した。問 1 と問 2 は絵を描くことへの好嫌度、問 3 は描 画に対する関心・意欲、問 4 は創意工夫の態度、問 5 は制作の満足感、問 6 はパソコ ンで描画した経験、問 7 はパソコンで描画する時の道具の種類、問 8 は鑑賞への興味・ 関心、問 9 は作品への愛着について尋ねた。 また、授業後にはパソコンを使った一連の描画作業について感性評価を実施した。使 用したアンケート用紙を図 1-2-4 に示す。 完成評価の項目は、「描き心地について」「表現について」「学習内容について」の 3 つのカテゴリーに分け、美術教育関係のホームページや文献から 15 組の形容語を集め、 対になるように配した。アンケート用紙の作成に際しては、形容語対の順番を入れ替え た。被験者には線画作業後と彩色作業後の 2 回、同じアンケートに回答してもらい、パ ソコンを使って絵を描く際の気持ちの推移を把握できるようにした。 さらに、実証授業後に被験者の絵を描くことに対する意識を把握するため、アンケー トをとった。使用したアンケート用紙を図 1-2-5 に示す。アンケート項目は 11 項目か ら成り、問 1 は絵を描くことへの好嫌度、問 2 は描画に使用した道具、問 3 はデジタ ルカメラ活用の効果、問 4 と問 5 と問 6 はパソコンを使って絵を描く方法の評価、問 7 は描画時の工夫、問 8 は制作の満足感、問 9 は鑑賞への興味・関心、問 10 は作品への 愛着、問 11 はパソコンを使って描画することへの意欲について尋ねた。そのほか、自 由記述シートを 1 枚添付した。図 1-2-6 に示す。 8 授業後アンケート(1) 次の①∼⑮の様子を表す言葉のペアを見て、今回の授業を受けたあなたの気持ちに 1番近いと思われるもの1つだけにチェックを入れてください。 「非常によくあてはまる」場合には3の□に 「かなりよくあてはまる」場合には2の□に 「ややあてはまる」場合には1の□に 「どれも同じくらい。または当てはまらない」場合には0の□に 3 2 1 0 1 2 3 ① のびのびした □ □ □ □ □ □ □ 萎縮した ② もたもたした □ □ □ □ □ □ □ すいすい描ける ③ 大胆な □ □ □ □ □ □ □ 繊細な ④ 緊張する □ □ □ □ □ □ □ リラックスできる ⑤ めりはりのきいた □ □ □ □ □ □ □ やわらかい ⑥ 時間がかかる □ □ □ □ □ □ □ はかどる ⑦ なめらかな □ □ □ □ □ □ □ ぎこちない ⑧ リアルな □ □ □ □ □ □ □ 不思議な ⑨ 広がりのある □ □ □ □ □ □ □ 限りのある ⑩ 意のままになる □ □ □ □ □ □ □ ついてこれない ⑪ 夢中になる □ □ □ □ □ □ □ つまらない ⑫ はなやかな □ □ □ □ □ □ □ 落ち着いた ⑬ むずかしい □ □ □ □ □ □ □ わかりやすい ⑭ かたい □ □ □ □ □ □ □ やわらかい ⑮ しっくりなじんだ □ □ □ □ □ □ □ 新鮮な 図 1-2-4 感性評価アンケート 10 ご意見、ご感想をご自由にお書きください 図 1-2-6 自由記述シート 12 4 テキスト類の作成 実証授業で使用する電子スライド教材 2 種「どう、えがく?」 「デジタルカメラの使 い方」と、テキスト 2 種「パソコンを使って絵を描こう!」 「いろいろな表現を楽しも う」を作成した。被験者には、これらを提供してデジタルカメラの使い方やレイヤーの 仕組み、描画作業の手順などを説明した。テキストは、被験者の手元に置いていつでも 操作手順を見直せるようにした。使用した電子スライド教材 2 種とテキスト 2 種につい て章末資料に示す。 5 パソコンを使った描画の方法 フリーソフトウェア Pixia を使って描画する方法を解説する。詳しくは、章末資料に 小学生向けのテキストをつけた。パソコンを使って絵を描く方法は次の手順で行った。 ・ デジタルカメラで撮影した画像をパソコンに取り込む。 ・ 取り込んだ画像を拡大、縮小、トリミングし、構図を考える。 ・ なぞった線が見えやすいように画像の色を薄くする。 ・ 画面のキャンバスに貼り付ける。 ・ レイヤーを追加し、画像の形をなぞって線で描く。 ・ 線画を保存する。 ・ 線画を呼び出し、パレットから色を選び着色する。 ・ 完成した作品を保存する。 13 表 1-2-1 授業のおおまかな流れと必要なものについて 時間 学 習 内 容 1・2 時間目 ■留意点 授業前アンケート ・ パワーポイント「どうえがく?」を見て絵をかく意欲を持つ。 ・ パワーポイント「デジタルカメラの使い方」を見てデジタルカメラの正しい使い方を知る。 ・ デジタルカメラで自分の心が動いたものの写真を撮る。(大学構内) ・ 撮った写真をパソコンに保存する。(ファイル名「写真」で自分の名前のフォルダに保存) 血圧(平常時) ・ ・ ・ ・ ・ ・ A コース(パソコンを使う) 3・4 時間目 ・ 15 分おきに保存する。 (ファイル名「線画 15」「線画 30」 「線画 45」と分単位をつけ個人のフォルダに保存する) 血圧(30 分後) 血圧(線画完成) ハガキに印刷する。 授業後アンケート(1) 5・6 時間目 ・ 下絵に描画ソフトを使って色をつける。 A・ソフト「vix」「pixia」 (CD に保存または PC にインストール) 血圧(平常時) A・タブレット 1 ・ 撮った写真をもとにして、トレーシングペーパーを使 A・プリンター ってハガキに写す。または写真を参考にしてフリーハン B・トレーシングペーパー ドで下絵をかく。 血圧(10 分後) B・鉛筆、消しゴム A,B・パソコン、ハガキ ・ 15 分おきにデジタルカメラで作品の途中経過を撮影 A,B・ビデオ、血圧計、タイマー する。 ■デジタルカメラで撮影した写真を保存 血圧(30 分後) 血圧(下絵完成) (ファイル名「線画 15」「線画 30」「線画 45」と分単位をつけ個人のフォルダに保 存する) 授業後アンケート(1) 血圧(平常時) A・ソフト「pixia」 (CD に保存または PC にインストール) 血圧(10 分後) B・スキャナ B・カラーペン、クレヨン、色鉛筆 ・ 15 分おきにデジタルカメラで作品の途中経過を撮影 する。 血圧(30 分後) 血圧(完成) B・絵の具セット2 A,B・パソコン・ハガキ A,B・感想用紙、授業後アンケート ・ 完成した作品をスキャナで読み込み、保存する。 A,B・ビデオ、血圧計 ■デジタルカメラで撮影した写真を保存 ・ 作品を鑑賞して感想を書く。 授業後アンケート(1)(2) (ファイル名「彩色 15」「彩色 30」「彩色 45」と分単位をつけ個人のフォルダに保 存する) 血圧(平常時) 血圧(10 分後) ・ 15 分おきに保存する。 (ファイル名「彩色 15」「彩色 30」 「彩色 45」と分単位をつけ個人のフォルダに保存する) 血圧(30 分後) 血圧(完成) ・ 完成した作品をパソコンに保存し、印刷する。 ・ ・ 授業前アンケート パワーポイント 「どうえがく?」 「デジタルカメラの使い方」 (CD に保存または PC にインストール) デジタルカメラ 2 台 パソコン 2 台 ソフト「vix」 (CD に保存または PC にインストール) 血圧計 B コース(手で描く) 血圧(平常時) ・ 「パソコンを使って絵をかこう」のプリントを見ながら線画をパ ソコンでかく。 血圧(10 分後) ・ ・準備物 作品を鑑賞して感想を書く。 授業後アンケート(1)(2) 下絵に好きな画材で色をつける。 1 こんなに便利なデジタルカメラ デジタルカメラの使い方 • とったらすぐに見られる • 失敗したらとり直せる さつ えい ー 撮影が楽しくなるコツ ー 大事に使おう • ストラップをつけてカメラを落とさないようにする • とった写真の保存や加工ができる デジタルカメラの構え方 両手で持つ わきをしめる (首からかける、手首に通す) • 水や雨でカメラをぬらさない http://www.asahi-net.or.jp/~EV2K-WTNB/super/super.htm#kamae • 砂やほこりの多いところでは使わない 人差し指と親指で しっかり支える • 太陽に向けてとらない しっかり持って 手ぶれを防ごう http://www.asahi-net.or.jp/~EV2K-WTNB/super/super.htm#kamae 風景探しのポイント 楽しくなるさつえいのコツ <もくじ> • たくさん動いて、 一番いいと思う 角度をさがそう • たて、よこ選んでとる • 主役を引き立たせてとる はい けい •背景はすっきりと (とりたいものをはっきり) • 目線を変えてとる • 遠近感のある写真をとる 2 たて、よこ選んでとる いつも横ばかりで とっていませんか? たての線が多い時は、 デジカメもたてにかまえて とると力強さが出てきます 主役を引き立たせてとる デジカメにあるこんなボタンを見つけてね! ※見つからない時は説明書を読みましょう W(広角) T(望遠) マクロモード たて よこ ズームボタン • これらを使えば、思いきり近付いてとれます 主役を引き立たせてとる ふつうに近付いて とると・・・ 主役を引き立たせてとる 2枚の写真で、手前にあるみかんの大きさは同じです みかんの位置は変えていません どこがちがうでしょう? どんな印象になるでしょう? ぼやけます マクロモードにして 近付いてとると・・・ くっきりとれました ※使っているデジカメによって何cmまで近付けられるかちがいます。 ピントが合うようにきょりをとりましょう。 主役を引き立たせてとる こんな方法でとれます ○おくゆきが 出ます △背景にたくさん のみかんが写り、 すっきりしません ○おくのみかんが 近づいて食べたく なります △ぼけやすいので を使いましょう 目線を変えてとる この1本の木・・・ あなたならどの部分をとりますか? 3 目線を変えてとる 目線を変えてとる カメラをぐっと近付けて、 心が動いた部分を 切り取ってみよう 下を見ると・・・ 木から落ちた葉が こんなにあったよ 見上げると・・ みき 幹がうろこみたい いきお 勢いを感じるね 遠近感のある写真をとる このように 手前にあるもの (近景)がぼけてし まうのは・・・ ピントの 中心点 遠近感のある写真をとる いったん デジカメをずらして 手前にある葉に 中心を合わせます そのままシャッターを 半分だけ おします (画面に が 出るものが 多い) とりたい 構図が 決まったら・・・ 半押しのまま、 最初の構図の ところにデジカ メを動かして、 シャッターを 深くおします ピントの 中心点 デジカメは 手前にあるものではなく、 まん中にあるものに ピントを合わせるからです 遠近感のある写真をとる すると・・・ 遠近感のある写真をとる 道が続く場所でさつえいしてみよう 近景の葉と枝の間から遠景のほこらがかすんで見え、 より遠近感のある写真になりました おく ゆき 自然に奥行が出てくるね! 1 心が動いた時・・・ どう、えがく? 絵の組み立てを考えよう! とっても寒そう なんて きれいな色 なんだろう・・ うわっ、 おもしろい形! 力強いなあ 見ていると ほっとする この景色を心に ずっと残しておきたいな さあ、絵をかこう! でも・・・ その感動を伝えるために・・・ 頭の中と同じ ようにかければ いいなあ・・・ どうやってかい たらいいの? 絵は 苦手だし・・・ 構図を考えよう! 「構図を考える」とは・・・ 構図によって伝わり方がちがってくる (その1) くらべて見てください・・・ 気持ちが伝わるように 絵の組み立てを考えること えがくものの大きさ、位置、数、組み合わせは 見る人にさまざまな感情を引き起こします 同じコスモスをかいても印象がちがいますね 2 構図によって伝わり方がちがってくる(その2) 見上げた 背景を入れた 目の高さで見た 同じ木なのに ちがって見えるね 本当の大きさよりも大きく したり小さくしたりすると・・ 主役はどれかな? 主役とわき役 大小の差 http://www.edu-c.pref.kumamoto.jp/ws/kmtartws/index2.htm http://www.edu-c.pref.kumamoto.jp/ws/kmtartws/index2.htm http://www.kairyudo.co.jp/ http://www.kairyudo.co.jp/ 見上げる・見下ろす これらの絵は どこから見て いるのだろう? http://www.edu-c.pref.kumamoto.jp/ws/kmtartws/index2.htm http://www.kairyudo.co.jp/ 遠景と近景 手前にあるもの と遠くにあるもの を見つけよう! http://www.edu-c.pref.kumamoto.jp/ws/kmtartws/index2.htm http://www.kairyudo.co.jp/ 3 下絵ができるまで こうやって絵を組み立てると 表したいことがはっきりするね! デジタルカメラを持って・・・ さあ、でかけよう! 画像をとりこんで 形をなぞる 1 パソコンを使って絵をかこう! 用紙を選ぶ 「新規作成」をクリックします。 右側にある「リスト(S)」をクリッ クして、自分の絵に合わせて用紙を 選びます。 今回は、自分の絵に合わせて「ハガ キ横」または「ハガキ縦」を選びま しょう。 写真をよび出す 「開く」をクリックします 「マイドキュメント」 フォルダの「実証授業」 →「自分の名前」フォ ルダから、写真をクリ ックしてよび出します 2 写真をはりつける 写真が大きすぎる時は「拡大率マイナス」を何 度かクリックして、ハガキのサイズに合わせる と見やすくなります。 線でなぞりやすいように、写真の色をうすくし ます。 「表示」から「フィルタ」を選び、「ふ∼か」 の「ハイライト効果」をクリックします。 写真をコピーしてはりつけるために、 「編集」から「コピー」を選びます。 写真のウインドウの「閉じる」をクリックすると 下のような表示が出ますので、「いいえ」をクリ ックします。 「編集」から「貼り付け」を選び、クリックします。 3 これで白いキャンバスに写真がのりました。 このカーソルを上下左右に動かして、 位置を決めます。 写真の上で右クリックをし、 「このレイヤに貼り付け」を選びます。 レイヤーを追加する 画面右下にある「編集」から「追加」 を選び、「フルサイズ(F)」でOKを 押します。 すると、新しいレイヤーができます。 レイヤーとは、とう明のシートのようなものです。 次は、写真にこのシートをかけて線をなぞっていき ます。 4 線画をかく 画面上のフリーハンドをクリックします。 ペンの種類や色、太さを選びます。 はじめは のところを選んで、 慣れてきたら自分でいろいろなペ ンをためしてみましょう。 マウスでドラッグしながらかいていきます。 ここで大切なことは、「ゆっくりとマウスを動かす」 ということです。画面をよく見てあわてずなぞるこ とによって、形のひとつひとつのおもしろさに気付 きながらかいていきましょう。 もし、線を消したい時は次のボタンを使いましょう。 1つ前の動作にもどる けしゴムのように選んだところを消せる 写真に写っていなくてもかきたしたり写真をもとに して自分で想像してかいたりすることもできます。 線画で大切なことは、「よく見る」ことと「線を選ぶ」 ということです。 5 線がかけたら、写真のレイヤーをクリックします。 「画像」から「白紙作成(C)」を選び、クリック します。色は「白」を選びます。 すると、このように 線画だけになりました。 保存する 15 分ごとの保存の仕方 「ファイル」から「名前をつけて保存」 をクリックします。 「マイドキュメント」→「実証授業」 →「自分の名前のフォルダ」の中に、 15 分後なら「線画 15」、30 分後なら 「線画 30」とファイル名をつけて保存 します。 ファイルの種類は「標準[*.pxa] 」にし て、保存します。 完成後の保存の仕方 ファイル名「完成」で、ファイルの種類 を「JPEG[*.jpg] 」にして保存します。 1 よく使うツールバー 絵をかく時 かこった場所 色を流しこむ ペンと消しゴム ペンのタッチ(ぼかす、こする、かきまぜる など) をクリックして選ぶこともできる 絵の具の色 (左の数字をクリックすると、ほかの色が出る) 絵の具の色 (色の上でクリックして選ぶ) 選んでいる色 ペンの太さ ペン先の種類 レイヤー (とう明のシートがどの順番で重なっているかわかる) 2 レイヤーについて レイヤーとは、とう明なシートと考えましょう。 作ったレイヤー レイヤーの順番は、 で指定して ドラッグすると 変えられます。 できた作品 何まい重ねても 何もかいていないところは 下のレイヤーが すけて見えます。 それぞれのレイヤーで まったく同じ場所に ちがう色(青、赤、黄)が ぬってあっても、 レイヤーをすべて重ねて みると、一番上のレイヤー の色(黄)しか見えません。 3 色を混ぜる まぜたい色を出します ここをクリックしてから、色 の上でカーソルを動かします こんなところで使えそう! ・ 青空の雲のまわりをぼかす ・ 背景でだんだん色を変化させる ・ 光の向きを考えてかげを作る・・・など 4 流しこみ 見た目には変わりませんが、 下絵の上にレイヤーを1まい 追加します。 <領域外の表示>を2回おします。 (画面は変わりません) <領域ー閉領域>をおします 色を流しこみたい場所でクリックすると、 そこだけ白くなります 同じ色で流し込みたい部分がほかにも あれば、シフトキーをおしながらクリッ クすると、同時に選択されます 流しこみたい色を選んでから <塗りつぶし>をクリックします 5 ポスター風 完成作品 レイヤー <一番下のレイヤー> 写真をはり付けたもの <下から2番目のレイヤー> 写真の上からなぞった線画 <下から3番目のレイヤー> 線画以外の部分に色をつけたもの <一番上のレイヤー> 線画の色を変えたもの 第2章 実証授業を通して 実証授業に協力を得た7人の被験者について、デジタルカメラでの撮影時、対象物の 選択時、線画・彩色作業時の 15 分ごとの様子を順に記録した。最後に、これらのケー スからわかったことを述べた。 Yさんのケース デジタルカメラを使っての撮影で、京都教育大学の卒業生であるYさんは、慣れ親し んだ構内を回りながら、67 枚の写真を撮った。この日はおだやかな曇り空で、撮影に 適していた。Yさんはカメラを構えながら、 「デジタルカメラって適当にしか撮らない。 (パソコンに)取り込んで、後で処理したらいいわって考えてしまう。一眼レフなら考 えて撮るけれど。」と、自分のこれまでの撮影の仕方を振り返っていた。Yさんはひと つの被写体をじっくりと観察し、角度を変えて何枚か撮っていた。面白そうな形を見つ けては、 「これは何だろう。 」と興味深くデジタルカメラを向け、接写したり仰ぎ見たり して、誇張した表現を楽しんでいた。近景の被写体を目立たせて撮影した時、「これぐ らい離れていたら結構手前だけはっきりと撮れますね、面白い。」と、撮影終盤にはデ ジタルカメラの使い方に慣れてきた様子だった。Yさんは、「絵を描くだけでなく、カ メラへの興味や楽しさも広がると思いました。」とアンケートに記述している。 Yさんは、植物の不思議な造形に心を惹かれた写真の中で、堅い木の皮から萌え出た 柔らかい芽が印象的な 1 枚を選び、絵を描くことにした。 「絵を描くことが好きで、描きたいアイデアやイメージが次々にわいて広がる。」と いうYさんは、パソコンを使ってマウスやペンタブレットで絵を描く経験が少しあり、 絵を描くことに関心が高かった。 Yさんの線画作業中の血圧 2 値の時系列変化を図 2-1-1 に示す。また、Yさんの線画 完成までの過程を図 2-1-2 に示す。 描画前は、最高血圧が 112mmHg で平常時の 125mmHg より低く、最低血圧が 67mmHg で平常時の 70mmHg より低いことから、緊張度は低く、くつろいだ状態で 描画に臨んでいたと推察される。 31 描き始め 10 分後には、最高血圧が 119mmHg に上がり、最低血圧が 71mmHg に上 がっていることから、積極的に描画作業を取り組む一方で、ストレスを感じている様子 がうかがえる。この時、Yさんはペンタブレットを試してみたが、「やっぱりマウスの 方がいいですね。筆先が安定しない。ペンの方が描きやすいと思ったけれど・・・。」 と言ってマウスに持ち替えて描画することに決めた。 15 分後の絵を見ると、葉の複雑に重なった部分を注意深く丁寧になぞっている。Y さんは写真を拡大して、葉の裏返った様子や丸みを帯びた線を細密に描こうとしていた。 Yさんは画面をじっと見つめ、とても集中して描画していた。この時の気持ちをYさん は、 「マウスを使って線をなぞるのは、ぎこちなく、なかなか操作が難しく感じました。」 とアンケートに記述している。 30 分後には、最高血圧が 120mmHg でわずかに上がり、最低血圧が 71mmHg で 15 分前と変わらないことから、落ち着いた状態で集中して描いている様子がうかがえる。 30 分後の絵を見ると、葉の部分をより正確に描写し、木の部分は色を変えて描いてい ることから、線の選択が自由にできるようになっていることがわかる。Yさんは、描画 開始から 30 分で線画を完成させた。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 経過時間 30分後(完成) 平常時 描画前 10 分後 30 分後(完成) 125 70 112 67 119 71 120 71 図 2-1-1 Yさんの線画作業中の血圧2値の変化 32 もとにした写真 15 分後 30 分後(線画完成) 図 2-1-2 Yさんの線画完成までの過程 33 次時は同様のソフトを使ってこの下絵に彩色した。Yさんの彩色作業中の血圧 2 値の 時系列変化を図 2-1-3 に示す。また、Yさんの彩色完成までの過程を図 2-1-5 に示す。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 10分後 30分後 完成後 経過時間 測定時 H 測定時 L 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 125 70 136 72 112 71 115 70 109 65 図 2-1-3 Yさんの彩色作業中の血圧2値の変化 描画作業前の最高血圧は 136mmHg で平常時の 125mmHg より高く、最低血圧は 72mmHg で平常時の 70mmHg よりわずかに高いことから、Yさんは彩色作業に積極 的な気持ちで臨んでいたことがうかがえる。 描き始め 10 分後は、最高血圧が 112mmHg に下がり、最低血圧は 71mmHg に下が っていることから、気持ちが落ち着き描画作業に集中していると察せられる。 15 分後の絵を見ると、それぞれの葉の色を変えて彩色している。線で囲まれた葉の 部分ごとに範囲を指定し流し込みの手法で彩色している。手前の葉はまわりの色を混ぜ 合わせ、新しい葉の柔らかさを表現している。 30 分後は、最高血圧が 115mmHg に上がり、最低血圧が 70mmHg に下がっている 34 ことから、リラックスした状態で積極的に彩色作業に向かっていることがうかがえる。 30 分後の絵を見ると、葉の先の部分の色を濃くしてアクセントをつけたり、木の部分 の彩色をすすめたりしている。葉の上にこげ茶色の太い線がはみ出しているが、これは 葉のレイヤーに描いてしまったためである。 45 分後の絵は、60 分後の絵を上書きしてしまったので記録にないが、Yさんは葉の 部分の修正をするため、保存してあった彩色 15 分後の絵を呼び出してもう一度描き直 していた。 60 分後の絵を見ると、新たに描いた木の部分と背景ができている。背景は、黄緑色 を点々と置いてまわりの色となじませた後、白色を部分的に置き、マウスをくるくると 回転させて黄緑色と混ぜ合わせる方法で描いていた。Yさんは葉のレイヤーをはずし、 木の色のレイヤーを作って線画のレイヤーだけを重ねて画面に表示させることで、アク ティブ(選択中)にしているレイヤーをはっきりさせて描いていた。Yさんは葉の色の 上に木の色を描いてしまったアクシデントをきっかけにして、レイヤーの理解がすすみ、 写真にこだわらずに思い切った表現を楽しんでいる様子だった。Yさんは、「操作の方 法がわかると、いろいろと試して発見があり楽しかったです。はじめは写真を意識して いましたが、途中からは想像の世界で夢中になりました。」とアンケートに記述してい る。 75 分後の絵を見ると、葉脈や木肌の線を描き加え、画面が一段とひきしまった。 90 分後、Yさんの絵が完成した。題は『赤い芽と幹と』である。明るい外の世界に これから伸びていこうとする芽が生き生きと表現された作品である。 パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価を図 2-1-4 に示す。 Yさんは表現について、線画作業後は「かたい」感じが「ややあてはまる」と答えて いたが、彩色作業後は「やわらかい」感じが「非常によくあてはまる」と答えている。 また、線画作業後は「繊細な」感じが「かなりよくあてはまる」と答えていたが、彩色 作業後は「大胆な」感じが「かなりあてはまる」に変化している。作業に慣れると主体 的に操作を試し、自分の思うように表現することを楽しめたのだろう。Yさんは「時間 はかかってしまいましたが、楽しさは十分味わうことができました。」と感想を述べて いる。 35 線画作業後 (+) 3 2 1 0 1 2 3 (−) 彩色作業後 描き心地について ① すいすい描ける もたもたした ② めりはりのきいた やわらかい ③ なめらかな ぎこちない ④ 意のままになる ⑤ 新鮮な ついてこれない しっくりなじんだ 表現について ⑥ のびのびした 萎縮した ⑦ 大胆な ⑧ リアルな ⑨ はなやかな 落ち着いた ⑩ やわらかい かたい 繊細な 不思議な 学習内容について ⑪ リラックスできる ⑫ はかどる ⑬ 広がりのある 限りのある ⑭ 夢中になる つまらない ⑮ わかりやすい むずかしい 図 2-1-4 緊張する 時間がかかる パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価 絵を描く時に、筆のタッチを変えたり納得する色作りをしたりして工夫をしていると いうYさんは、パソコンを使っての描画作業でも同じように工夫ができたと制作後のア ンケートで答えている。自分の作品については「思った以上によくできたと思う。家に かざりたい。」と気に入った様子であった。パソコンを絵を描く道具の一つとしてとら えたYさんに、今後も多様な表現が生まれることを期待したい。 36 15 分後 30 分後 60 分後 75 分後 90 分後(完成) 『赤い芽と幹と』 図 2-1-5 Yさんの彩色完成までの過程 37 Iさんのケース デジタルカメラを使っての撮影で、Iさんは実践センター付近のメタセコイヤの木か ら撮影を開始した。「この木ってすごいと思うんですよ。」「この並木の感じ、これがす ごくいいかもしれない。」とつぶやきながらメタセコイヤの木を被写体に、いろいろな 角度から眺め、デジタルカメラのズーム機能を使うなどして 2 枚撮影した。Iさんは自 宅の庭でも植物を育てているという。そのせいか、建物よりも観葉植物や水仙の花など を多く撮影した。はじめIさんはカメラの機能をいろいろ試しながら撮影することに意 識が集中していた。しかし、中ごろになると撮った写真をもとに絵を描くことを意識す るようになり、 「あの木、難しいかな。」 「わたしが描けるもの・・・ (を探そう)。」と慎 重に被写体を選ぶようになっていった。この日は 2 月の風の強い日であったため撮影を 早々に引き上げたが、遠近感を意識したものやカメラの向きを変えるなど撮影者の意図 を感じさせる 13 枚が撮影された。 Iさんは描きやすそうな水仙の花か、気に入ったメタセコイヤの木を描くか迷ってい たが、最終的にはメタセコイヤの木の写真を選んだ。さらにこの写真を必要な部分だけ トリミングして描くことにした。Iさんは、「画面上で何枚かの写真の中から比較して 選択できるので、本当に描きたいテーマを選ぶことができた。」とアンケートで答えて いる。 「絵は昔から苦手で自らすすんで絵を描くことはなかった。 」という I さんは、パソ コンで絵を描くことは初めての経験であった。I さんにとって、自分が得意でないこと に初めての方法で取り組むことは、相当ストレスを感じていたであろうと推察される。 I さんの線画作業中の血圧 2 値の時系列変化を図 2-2-1 に示す。また、I さんの線画 完成までの過程を図 2-2-2 に示す。 描画前は、最低血圧が 74mmHg で、これは平常時の 70mmHg よりも高いので、不 安な気持ちで描画に臨んだと考えられる。しかし、描き始め 10 分後には最低血圧が 61mmHg に下がり、最高血圧が 109mmHg に上がっていることから、不安感がおさま り積極的に作業にとりかかっている様子がうかがえる。 15 分後の絵を見ると、斜め方向の線が階段状に屈曲している。I さんはマウスで絵を 描くのは初めてで、 「マウスで線を描くとユラユラして上手く描けなかった。 」とアンケ ートに記述している。I さんにとってかなり描き辛かったことを物語っている。 38 30 分後には、最高血圧が 91mmHg にまで下がり、描画作業に慣れてきた様子であっ た。このころには、I さんは操作がしやすいようにマウスを持った右手に左手を添えて 描いていた。30 分後の絵を見ると、太い線で枝を描いているが、角のあるかたい線か ら徐々に長く滑らかな線がマウスで描けるようになってきているのがわかる。 45 分後には、線の太さを整え、写真をもとに木の輪郭を忠実に描いている。この時 の気持ちについて I さんは、「30 分も描いているうちに随分慣れ、かなりスムーズに描 けるようになった。 」とアンケートに記述している。 完成後は、最低血圧が 58mmHg と最も下がり、最高血圧が 108mmHg に上がってい るので、初めてパソコンで描いた線画が完成したことに喜びを感じたと考えられる。I さんが授業後のアンケートで、パソコン操作について「もたもたした・ついてこれない・ 緊張する・時間がかかる・むずかしい・かたい・ぎこちない」という印象が「非常によ くあてはまる」と答えていることをみると、努力をして描画作業に取り組んでいたこと がわかる。それゆえに完成後の喜びにつながったのであろう。完成後の作品は、写真に 写っていない枝を自分で付け加えて生命力を感じさせるメタセコイヤの木に仕上がっ ている。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 105 70 107 74 109 61 91 66 108 58 図 2-2-1 I さんの線画作業中の血圧2値の変化 39 15 分後 もとにした写真 45 分後 50 分後(線画完成) 図 2-2-2 I さんの線画完成までの過程 40 30 分後 次時は同様のソフトを使ってこの下絵に彩色した。I さんの彩色作業中の血圧 2 値の 時系列変化を図 2-2-3 に示す。また、I さんの彩色完成までの過程を図 2-2-5 に示す。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 105 70 102 67 106 65 99 63 110 75 図 2-2-3 I さんの彩色作業中の血圧2値の変化 描画前の最高血圧は 102mmHg、最低血圧は 67mmHg で、どちらの値も平常時の最 高血圧 105mmHg、最低血圧 70mmHg よりも下がっている。これは、マウスで初めて 絵を描いた前回のような不安感がなくなり、落ち着いた状態で彩色作業に臨んだと考え られる。 描き始め 10 分後は、最高血圧が 106mmHg に上がり、最低血圧は 65mmHg に下が っていることから、描画作業に前向きな気持ちで集中していると考えられる。 15 分後の絵を見ると、線画を生かし、はみ出さずに色をぬることができる流し込み の手法で、幹と枝を描いている。また、枝は幹の色に調和する色を選んで描いている。 41 30 分後は、最高血圧が 99mmHg に下がり、最低血圧が 63mmHg に下がっているこ とから、少し疲れが見られる。30 分後の絵を見ると、たくさんある枝の 1 本 1 本に根 気強く、同じ色が重ならないように流し込みの作業をしていることがわかる。また、流 し込みができない 1 本線で描かれた枝には線画の上からペンで色をつけている。 45 分後の絵では、幹の色使いに変化が見られる。こげ茶一色だったのが黄土色や紫 色など重ねている。このことで、木の表面がより立体的に見える。枝の色と同じ色を使 って幹との一体感を出している。I さんは何度もマウスで幹の部分を往復してこすった り色を混ぜたりの作業を繰り返し、木の皮の重なった質感を表現していた。特に開始か ら 30 分以降は思い切った色を使ったり技法を試したりしていた。試行錯誤する中で自 分らしい表現を見つけていくIさんだった。 60 分後の絵では、引き続き幹の部分に手を加えるとともに、枝の線画に沿って上か ら描き足して太くしたり、線画にない部分も付け加えたりして幹と枝が自然につながる ように注意深く描いている。この時ほぼ木の部分が完成し、あとは背景を残すのみとな った。 75 分後、Iさんの絵が完成した。題は『青空とメタセコイヤ』である。この絵で I さんが特に気に入っているという背景の雲は、写真を参考にしながら形をとり、空と雲 の境目にぼかしを何度も取り入れて描いて自然な仕上がりになっている。背景と木のレ イヤーを重ねた瞬間、 「イメージ的にいいような気がします。背景は気に入っています。 これ(写真)に似ているでしょう。」とIさんは満足そうに語っていた。完成後の最高 血圧が 110mmHg に上がっていることからも、達成感を感じていることがうかがえる。 パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価を図 2-2-4 に示す。 I さんは、パソコン操作について「のびのびした」感じが「非常によくあてはまる」 、 「なめらかな・リアルな・広がりのある・夢中になる」感じが「かなりよくあてはまる」 と答え、前回「非常によくあてはまる」と答えていたマイナスの印象については「どれ も同じくらい。またはあてはまらない」か、対極にある「すいすい描ける・意のままに なる・リラックスできる・やわらかい・なめらかな」の方向に向かっていた。 42 線画作業後 (+) 3 2 1 0 1 2 3 (−) 彩色作業後 描き心地について ① すいすい描ける もたもたした ② めりはりのきいた やわらかい ③ なめらかな ぎこちない ④ 意のままになる ⑤ 新鮮な ついてこれない しっくりなじんだ 表現について ⑥ のびのびした 萎縮した ⑦ 大胆な ⑧ リアルな ⑨ はなやかな 落ち着いた ⑩ やわらかい かたい 繊細な 不思議な 学習内容について ⑪ リラックスできる 緊張する ⑫ はかどる ⑬ 広がりのある 限りのある ⑭ 夢中になる つまらない ⑮ わかりやすい むずかしい 時間がかかる 図 2-2-4 パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価 初回のアンケートで自分の作品の出来ばえについて「思ったように完成せず不満が残 ることが多い。」と答えていたIさんだったが、制作後のアンケートでは「思った以上 によくできたと思う。作品を家に飾り、パソコンを使ってまた描きたい。」 「自分なりに おもしろい絵が描け、満足した。」と答えており、絵を描くことに対して前向きな気持 ちが出てきたようである。 43 15 分後 30 分後 60 分後 75 分後(完成) 『青空とメタセコイヤ』 図 2-2-5 I さんの彩色完成までの過程 44 45 分後 Nさんのケース デジタルカメラを使っての撮影で、Nさんは、撮影開始直後から構内に駐車中の 1 台の車に注目し、体を傾けるなどして 3 方向から撮影した。撮影に選んだ車種は、車が 大好きだというNさんが前から気に入っていたものだという。Nさんはユニークな視点 の持ち主で、グランドの片隅に置かれたハードルには「さみしく出番を待っている」、 人影のないグランドには「選手を待つグランド」とその場で題名をつけ、1 列に並んだ ごみ箱を斜めに配して遠近感を出したりブロックのかたまりをテトリスゲームの形に 見立てたりして撮影を楽しんでいた。デジタルカメラの扱いにはすぐに慣れ、マクロ機 能を使って葉脈や幹の模様の面白さを捉え、撮影終盤には大木を下から見上げる迫力あ る構図で撮影した。この日は冬の穏やかな晴れの天気で、光を上手く取り入れた作品な ど 28 枚が撮影された。 Nさんは自分の好きな車を撮った 3 枚の写真のうち、斜め前からアップで撮影したも のを選んだ。撮影終盤にいろいろな角度から 6 枚撮影した大木も候補に挙がっていたが、 自分の気に入っている車を是非絵にしたいということで、この 1 枚が選ばれた。 「絵が下手で苦手だが、図工の時間に絵を描くのは好きだった。」というNさんは、 撮影時の視点の独特さからも、思い浮かんだアイデアを形にしていく過程を楽しむこと ができる人だと察せられた。パソコンは日常的に使っており、マウスで絵を描いた経験 も少ないがあった。 Nさんの線画作業中の血圧 2 値の時系列変化を図 2-3-1 に示す。また、Nさんの線画 完成までの過程を図 2-3-2 に示す。 描画前の最低血圧は 91mmHg で、これは平常時の 82mmHg よりも高いので、不安 な気持ちで描画に臨んだと考えられる。しかし最高血圧が 133mmHg で平常時の 131mmHg よりわずかに高いことから、期待感も同時にもっていたことが察せられる。 前時のデジタルカメラでの撮影後、自分の思い入れのある車を絵にするということで、 Nさんは描画を楽しみにしている様子であった。 描き始め 10 分後には、最低血圧が 70mmHg に下がっていることから、日常的に使 っているマウスでの作業にすぐに慣れ不安感がおさまったと考えられる。Nさんは、解 説書で作業手順を確認しながら描いていた。最高血圧は 114mmHg に下がり、注意深 く作業に取り組んでいたことがうかがえる。 45 15 分後の絵を見ると、車の輪郭を丁寧になぞっていて、とりわけカーブの線がなめ らかである。この時点で車のおおよその形がとれており、Nさんはマウスを操作して線 を描くことに対して早い段階で慣れたと考えられる。 30 分後には、最高血圧が 114mmHg から 126mmHg に上がり、平常時の 131mmHg に近づいた。このことから、完成に近づいて意欲が高まってきていると考えられる。最 低血圧は 70mmHg から 72mmHg にわずかに上がったが、平常時の最低血圧 82mmHg より低いことから、リラックスした状態を維持していると考えられる。30 分後の絵を 見ると、車の輪郭をさらにくわしく描いている。この時、Nさんは何度も画面の写真を はずしては線画だけの画面にし、自分で書いた線を確かめていた。 45 分後に、Nさんの線画が完成した。最低血圧は 71mmHg で、描き始め 10 分後か ら完成までわずかな変動はあったものの平常値 82mmHg より低い値を維持しており、 安定した気持ちで描いていたと考えられる。しかし、最高血圧は 126mmHg から 107mmHg に下がり、写真に忠実な線画を描いていたNさんの疲れがうかがえる。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 131 82 133 91 114 70 126 72 107 71 図 2-3-1 Nさんの線画作業中の血圧2値の変化 46 もとにした写真 15 分後 30 分後 45 分後(線画完成) 図 2-3-2 Nさんの線画完成までの過程 47 次時は同様のソフトを使ってこの下絵に彩色した。Nさんの彩色作業中の血圧 2 値の 時系列変化を図 2-3-3 に表す。また、Nさんの彩色完成までの過程を図 2-3-5 に示す。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 131 82 125 81 108 69 112 71 124 78 図 2-3-3 Nさんの彩色作業中の血圧2値の変化 描画前の最高血圧は、平常時の 131mmHg より低い 125mmHg で、最低血圧は平常 時に極めて近い 81mmHg であったことから、緊張せずに彩色作業に臨んだと考えられ る。 描き始め 10 分後は、最高血圧が 108mmHg に下がり、最低血圧も 69mmHg に下が っていることから、リラックスした状態であったと考えられる。この時は、流し込みの 作業を確実にするために前時に描いた線画に線を付け足す作業と流し込み作業をして いたため、目的がはっきりした状態で描画作業に取り組んでいたといえる。 15 分後の絵を見ると、パーツごとに色を変え光沢も描き加えている。Nさんは写真 を何度も見ながら丁寧に作業をしていた。 30 分後には、最高血圧が 112mmHg に、最低血圧も 71mmHg にやや上がったもの 48 のさほどの変化は見られないことから、引き続き集中して彩色作業に取り組んでいたと いえるだろう。このころには、流し込みの作業も慣れた様子で行っていた。 45 分後の絵を見ると、輪郭線のオレンジ色が印象深い作品になっているが、これは 写真のレイヤーに色を流し込んだためである。Nさんにとって予期しないハプニングで あったが、このオレンジ色のレイヤーを重ねないことでもとの絵に戻すことができるの で、車の色は直さずにすんだ。Nさんはアンケートで「パソコン上での操作なので、何 度でもやり直しがきくことから、失敗をおそれず、できる。 」と答えている。 60 分後の絵では、光沢やタイヤの溝にぼかしを入れてより自然な感じを出し、背景 はグラデーションの流し込みを行っている。背景に何も描かれていなくても、このグラ デーションの流し込みを行えば、一瞬でガラリと印象を変え主役を引き立たせることが できる。Nさんの作品がより立体的で印象深くなった。また、ライトの反射する複雑な 光は、白をうまく使って描いている。 65 分後、Nさんの絵が完成した。題は、 『右斜め 45 度』である。完成後の最高血圧 が 124mmHg に上がっていることから、ポジティブな傾向がでてきたと推察される。 Nさんは、 「最後まで楽しく絵を描くことができました。 」と感想を述べていた。Nさん は描画中、写真を忠実に再現しようと努力し、黙々と作業をこなしていた。集中力を持 続させた理由の一つは、自分の描きたい車への思いもあったことだろう。 パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価を図 2-3-4 に示す。 特に、彩色作業後にパソコンで絵を描く表現について「はなやかな」印象をもってい るが、Nさんの作品を見ると、新車のようにつややかで都会的な作品に仕上がっている。 白が映える描き方は、絵の具では色が濁ったり水加減が難しかったりするが、パソコン ならその心配は一切ない上、たとえ失敗したとしてもやり直すことができる。学習内容 について、線画作業後は「時間がかかる」感じが「非常によくあてはまる」と答えてい たのが、彩色作業後に「ややあてはまる」に転じているが、作業の経験を重ねるうちに マウスの操作やレイヤーを使って描くことへの理解が深まったと考えられる。このこと についてNさんは「パソコン操作の基礎・基本ができていることが前提で、ソフトウエ アの使い方やレイヤーの機能を理解することが重要だと感じます。 」と記述している。 49 線画作業後 (+) 3 2 1 0 1 2 3 (−) 彩色作業後 描き心地について ① すいすい描ける もたもたした ② めりはりのきいた やわらかい ③ なめらかな ぎこちない ④ 意のままになる ⑤ 新鮮な ついてこれない しっくりなじんだ 表現について ⑥ のびのびした 萎縮した ⑦ 大胆な ⑧ リアルな ⑨ はなやかな 落ち着いた ⑩ やわらかい かたい 繊細な 不思議な 学習内容について ⑪ リラックスできる ⑫ はかどる ⑬ 広がりのある 限りのある ⑭ 夢中になる つまらない ⑮ わかりやすい むずかしい 図 2-3-4 緊張する 時間がかかる パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価 初回のアンケートで「これまで自分で書いた作品で気に入ったものはあまりない」と 答えていたNさんだったが、制作後のアンケートでは、「思った以上によくできたと思 う。作品を家に飾り、またパソコンで絵を描きたい。」と答えている。もともとパソコ ン操作が得意なNさんなので、この機会に是非表現の幅を広げていってほしいと思う。 50 15 分後 30 分後 45 分後 60 分後 65 分後(完成) 『右斜め 45 度』 図 2-3-5 Nさんの彩色完成までの過程 51 Hさんのケース デジタルカメラを使っての撮影で、Hさんは「今まで風景全体を見ようとしていたが、 今回は違う視点に立ってみたい。」と、被写体を見つけることに大変意欲的であった。 面白そうだと思う色と形を探してカメラを向け、マクロ機能を使って接写に挑戦したり 角度を変えたりして撮影していた。Hさんは撮影を通して季節の移り変わりも感じてい た。Hさんはデジタルカメラの液晶画面を見ながらいいと思う構図を見つけ、シャッタ ーを押していた。「(切り取った風景が)額に入るみたいやなあ。だからすごくかっこ よく見える。」「でもこれ(液晶画面)で見たらもうひとつやなあ。」と、目で見ている 風景とデジタルカメラを通して見る風景が違うことを実感していた。この日は撮影に適 していると言われる曇り空であった。植物を中心に被写体を大きく捉えた作品など 64 枚が撮影された。 Hさんは植物の緑の葉が美しい何枚かの写真のうち、若草色の新しい葉が印象的な 1 枚を選び、絵を描くことにした。 絵を描くことが好きでパソコンで絵を描いた経験が少しあるというHさんは、描画作 業を楽しみにしていた。その一方で、絵を描く時に「どんな工夫をしたらいいかわから ず、いやいや描いてしまう。」「描きたいけれどうまくいかなかったらいやだ。」と思う と事前のアンケートで答えていた。 H さんの線画作業中の血圧 2 値の時系列変化を図 2-4-1 に示す。また、H さんの線 画完成までの過程を図 2-4-2 に示す。 描画前は、最高血圧が 109mmHg、最低血圧が 71mmHg で、これは平常時の血圧の 値とほぼ同じである。緊張や不安を感じずに描画作業に臨んだと考えられる。描き始め 10 分後には、最高血圧が 107mmHg、最低血圧が 70mmHg と少し下がっていること から、リラックスした状態で描画作業にとりかかっている様子がうかがえる。 15 分後の絵を見ると、なめらかな線で主役の若葉を描いている。線画の段階から自 分で選んだ色と太さで描いており、若葉と周りの葉の違いを意識している。H さんは「形 をとるには大変勉強になって、こんな形をしていたのかと改めてわかった。」とアンケ ートに記述している。H さんは、よく見えるように画面を拡大したり、ゆっくりしたス ピードでマウスを動かしたりして丁寧に形をとっていた。この作業中 H さんはソフト の使い方についてよく質問をしており、意欲的に作業に向かっている様子が感じられた。 52 30 分後には、最高血圧が 99mmHg に下がり、最低血圧が 73mmHg に上がっている ことから、少し疲れが見られる。30 分後の絵を見ると、背景に複雑な木の枝を根気強 く描き込んでいることがわかる。H さんは、それまで右側に置いていたマウスを画面の 手前に持ってきて左手をマウスパッドに添え、自分の描きやすいように位置を変えて描 画作業を行うようになった。 45 分後の絵を見ると、校舎を斜めの線で描いて遠近感を出している。この線がある ことで、絵に奥行きが出てきた。 完成後は、最高血圧が 112mmHg に上がり、最低血圧も 75mmHg に上がっているこ とから、H さんが完成を目指して気力を高め努力していたことが察せられる。完成した 時、H さんは「ヨーロッパの景色みたい。気に入っています。」と話していた。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 109 72 109 71 107 70 99 73 112 75 図 2-4-1 H さんの線画作業中の血圧2値の変化 53 もとにした写真 15 分後 30 分後 45 分後 48 分後(線画完成) 図 2-4-2 H さんの線画完成までの過程 54 次時は、同様のソフトを使ってこの下絵に彩色した。H さんの彩色作業中の血圧 2 値の時系列変化を図 2-4-3 に示す。また、H さんの彩色完成までの過程を図 2-4-5 に示 す。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 109 72 110 72 99 72 95 67 109 73 図 2-4-3 H さんの彩色作業中の血圧2値の変化 描画前の最高血圧は 110mmHg、最低血圧は 72mmHg で、平常時の血圧の値とほぼ 同じであることから、前回と同様、緊張や不安を感じずに描画作業に臨んだと考えられ る。 描き始め 10 分後は、最低血圧は変わらず最高血圧が 99mmHg に下がっている。落 ち着いた状態で、描画作業に早くから慣れている様子がうかがえる。 15 分後の絵では、葉を中心に範囲を指定して白く色をぬいているように見える。こ の絵は、線画のレイヤーを間にはさんで空色の背景のレイヤーと白い葉のレイヤーを重 ねて作られている。H さんは「空の色から色をぬこうと考えて、白を塗った。 」と言っ ていた。色をぬくために背景の空とは別のレイヤーに白色を描いてしまったので、見た 55 目は葉の部分だけ色がぬけているが、実際は上から白色の葉のレイヤーを重ねて作られ ている。あらかじめレイヤーの色を透明に設定してあったため、白色を置かないと色が ぬけたように見えなかったと考えられる。 30 分後の絵を見ると、白色の部分が増えている。この時、H さんは「なかなかうま くいかない。」とつぶやいていた。アンケートでも「レイヤーを理解しているようで、 実はできていないことがわかった。わかるまでは、少し嫌気もさしそうなので、練習が いるなと思った。 」と書いている。最高血圧は 95mmHg に下がり、最低血圧は 67mmHg に下がっていることから、気持ちがあまり前向きでなかったことが推察される。 45 分後の絵を見ると、緑の地面と空の雲が描き加えられている。白い雲は空のレイ ヤーに描かれており、背景として1つのレイヤーにまとめられたことがわかる。 60 分後の絵を見ると、これまで部分ごとに1色でぬり分けていたが、地面の緑にぼ かし効果を入れてやわらかく表現している。このころからレイヤーの理解がすすみ、 「ひとつずつぬっていこうと思って。次(のレイヤーに)は壁を塗る。 」という H さん の発言からも、レイヤーの特徴を生かして作業しようとしていることがうかがえる。 75 分後の絵を見ると、さらに色を重ねて描き込んでいることがわかる。緑にアクセ ントの黒を入れたり、木の色だけのレイヤーを作ったりと、完成に向けて意欲的に取り 組んでいる様子だった。 90 分後の絵を見ると、白く塗ってしまった葉にレイヤーを重ねて緑色を新たにぬっ ている。この時、葉脈にそって意図的にぬり残し、下の白い部分を生かすという工夫を している。この時点で H さんのレイヤーの数は 7 枚になる。まとまりごとにレイヤー を追加して描くという意識ができている。 105 分後の絵を見ると、ひときわ若葉の色を目立たせ、背景の木々の緑はペン先を変 えて葉のしげった様子を表している。 111 分後、H さんの絵が完成した。題は『春の日差し』である。最後に一番表したか った若葉のつややかな感じを、粒子のような表現で緑に重ねて描いている。111 分とい う長い時間、集中力を維持して制作に取り組み、完成に向けて頑張った H さんの力作 である。試行錯誤しながら身につけたパソコン操作への理解が、その後の制作意欲の支 えとなったと考えられる。30 分前に比べ、最高血圧は平常値と同じ 109mmHg に上が り、最低血圧も平常時の 72mmHg に近い 73mmHg に上がっており、前向きな気持ち が出てきたことが推察される。 56 線画作業後 (+) 3 2 1 0 1 2 3 (−) 彩色作業後 描き心地について ① すいすい描ける もたもたした ② めりはりのきいた やわらかい ③ なめらかな ぎこちない ④ 意のままになる ⑤ 新鮮な ついてこれない しっくりなじんだ 表現について ⑥ のびのびした 萎縮した ⑦ 大胆な ⑧ リアルな ⑨ はなやかな 落ち着いた ⑩ やわらかい かたい 繊細な 不思議な 学習内容について ⑪ リラックスできる ⑫ はかどる ⑬ 広がりのある 限りのある ⑭ 夢中になる つまらない ⑮ わかりやすい むずかしい 図 2-4-4 緊張する 時間がかかる パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価 パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価を図 2-4-4 に示す。 H さんは描き心地のすべての項目で線画作業後より彩色作業後にマイナスの評価に 転じ、学習内容についても「時間がかかる」 「むずかしい」が「かなりよくあてはまる」 と答えている。これは、彩色作業時にレイヤーの使い方についての試行錯誤が繰り返さ れ長時間の作業になってしまったことが原因のひとつと考えられる。 57 15 分後 30 分後 45 分後 60 分後 75 分後 90 分後 58 105 分後 111 分後(完成) 『春の日差し』 図 2-4-5 Hさんの彩色完成までの過程 初回のアンケートで自分の作品の出来ばえについて「思ったように完成せず不満の残 ることが多い。 」と答えていた H さんだったが、制作後のアンケートでは「ほぼ思い通 りに完成できて充実感がある。 」と答えていた。H さんは「色をぬる時は、今まで 1 枚 の紙に重ねてぬるという意識があるので、レイヤーの理解に手間取った。あと、どこに 色をぬっているか混乱した。色を作るのに加減ができない点はパソコンの弱い所かもし れない。パソコンも絵を描くツールとしてはいいと思った。でも楽しくさせてもらえま した。」と感想に書いていた。完成までにレイヤーの扱いに苦労があったが、 「パソコン を使って絵を描くことを時々はしたい。」と、前向きに考えている様子であった。 59 K さんのケース デジタルカメラを使っての撮影で、K さんは偶然出会った知り合いに声をかけて撮影 を開始した。K さんは、人物を描くことがあまり得意でないと言い、「一度、人物を描 いてみたい。」と意欲をもっていた。Kさんは、知り合いがたまたま通りがかるという 絶好の機会を逃すことなく、撮影した。この日は青空が広がり、穏やかな天気で撮影に 適していた。Kさんは風景の写真をあまり撮ったことがなく、視点を変えて撮るという ことが難しいと言っていた。構内をあまり歩いたことがなかったというKさんだったが、 意欲的に被写体を探し、合計 21 枚撮影した。 K さんは絵に描くモチーフの候補として、すいせん、はと、人物の 3 枚の写真に絞り 込んだが、最終的には以前から描いてみたかった人物の写真を選んだ。 K さんは、日常的にパソコンを使っており、マウスで絵を描く経験が少しあった。し かし、絵を描くことに関しては「少しきらいで、描く時には何かを見て描くか、描くた めのヒントがほしい。 」という意識をもっていた。 K さんの線画作業中の血圧 2 値の時系列変化を図 2-5-1 に示す。また、K さんの線画 完成までの過程を図 2-5-2 に示す。 描画前は、最高血圧が 134mmHg で平常時の 137mmHg よりやや低く、最低血圧が 92mmHg で平常時の 91mmHg にほぼ近い値であった。このことから、パソコン操作 を得意とする K さんは、落ち着いた状態で描画作業に臨んだと考えられる。描き始め 10 分後には、最高血圧が少し上がって 138mmHg で平常時の 137mmHg にほぼ近い値 になっているが、最低血圧は 73mmHg に下がっていることから、短時間のうちに作業 に集中していたことがうかがえる。 15 分後の絵を見ると、顔の輪郭が丁寧に描かれている。まず、K さんは写真を拡大 し、人物が印象的になるように中心からやや右にずらして写真を配した。撮った写真を 画面上で操作し、適した構図を考えた。その後、マウスで顔の輪郭線をなぞる作業を始 めた。 30 分後には、最高血圧が 154mmHg に上がっていることから、積極的に描画作業に 取り組んでいることがうかがえる。30 分後の絵を見ると、髪の毛の流れを描き加え、 服のしわや背景のブロックまでよく見て描いている。線がとてもなめらかなことから、 K さんはマウスを使っての描画作業にすぐに慣れたと考えられる。Kさんは、画面を拡 60 大して細部までよく見て描き、描いた後は写真のレイヤーをはずしてなぞった線を確認 するという作業を繰り返して描いていった。そして、ある程度細部が描けると画面を縮 小して全体のバランスを確かめていた。目や鼻など顔の部分については、薄い色に変え て特に慎重に描いていた。 45 分後の絵を見ると、背景の草木が描きこまれている。繁みの部分は、マウスで細 かくクリックして描いたり、草の方向にそって色を変えて描いたりして、細かな描写を している。広々とした外の雰囲気が伝わってくるような背景に仕上がった。 完成後は最高血圧が 121mmHg に下がっていることから、マウスを使って描画する ことに対して少し新鮮な気持ちが薄れ、落ち着いた状態で線画を完成させたのではない かと考えられる。 mmHg 160 140 血圧値 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 137 91 134 92 138 73 154 82 121 78 図 2-5-1 Kさんの線画作業中の血圧2値の変化 61 もとにした写真 15 分後 54 分後(線画完成) 45 分後 図 2-5-2 Kさんの線画完成までの過程 62 30 分後 次時は同様のソフトを使ってこの下絵に彩色した。Kさんの彩色作業中の血圧2値の 時系列変化を図 2-5-3 に示す。また、Kさんの彩色完成までの過程を図 2-5-5 に示す。 mmHg 160 140 血圧値 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 137 91 132 83 137 90 138 77 141 100 図 2-5-3 Kさんの彩色作業中の血圧2値の変化 描画前の最高血圧は 132mmHg、最低血圧は 83mmHg で、どちらも平常時の最高血 圧 137mmHg、最低血圧 91mmHg より下がっている。リラックスした状態で彩色作業 に臨んだと考えられる。 描き始め 10 分後は、最高血圧が 137mmHg に上がり、最低血圧が 90mmHg に上が って平常時の値に近いことから、気分がのって調子よく描き始めていると考えられる。 15 分後の絵を見ると、背景のブロックと服の部分から描き始めている。Kさんは、 範囲を指定し色を流し込んで彩色する方法を試しているようだった。 30 分後は、最高血圧が 138mmHg でほとんど変化がなく、最低血圧が 77mmHg に 63 下がっていることから、描画作業に集中していると考えられる。この時、Kさんは顔の 部分を拡大し、写真の肌色と見比べながら丹念に色を置く作業をしていた。それが終わ ると、髪の毛を太めの線で 1 本ずつ流れにそって描いていた。色を流し込んで広くぬる 所と、線の流れを生かして描く所とを考えて彩色作業をしていた。 45 分後の絵では、陰影をつけて立体感を出そうとしている。服の色のわずかな変化 や顔の影の部分に注意を払って描き、髪の毛のつやは色を変えて表現している。ところ が眉毛を描こうとした時、髪の毛よりも眉毛が上に重なってしまい、その修正のために Kさんは解説書を何度も見ていた。小学校の現職教諭であるKさんは、アンケートに「ソ フトの操作は慣れるとできそうですが、レイヤーの概念など小学生には少し難しいかな という部分もありました。 」と記述している。 60 分後の絵では、背景の彩色が進んでいる。背景の色だけ別のレイヤーを作って描 いている。Kさんは、 「レイヤーのことがわかってきました。だいぶ慣れてきましたね。」 と言い、写真の色にこだわらずに明るい色を使い、人物の元気な表情によく合った背景 に仕上げていた。 75 分後の絵では、背景のレイヤーを人物のレイヤーの下に移動させたので、人物と の境目がはっきりしている。 83 分後、Kさんの絵が完成した。題は『笑顔美人』である。人物を描いてみたいと いうKさんの意欲が丁寧な線に表れており、人物の笑顔を引き立てる背景は春のように やわらかな雰囲気に仕上がっている。完成後の最高血圧は 141mmHg にやや上がり、 最低血圧は 100mmHg に上がっていることから、完成後の達成感と共に、レイヤーの 使い方に迷ったストレスをいくらか感じていたのではないかと推察される。 パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価を図 2-5-4 に示す。 Kさんは表現について、彩色作業後「やわらかい」感じが「かなりよくあてはまる」 と答えている。Kさんの作品は、線の滑らかさや色の柔らかさが印象的である。また、 学習内容について、彩色作業後「広がりのある」感じが「かなりよくあてはまる」と答 えている。しかし、彩色作業後には「時間がかかる」感じが「かなりよくあてはまる」 と答えており、描画作業にストレスを感じていたことがわかる。Kさんは、アンケート に「クラブ活動などで試しにやってみて、実際に使ってみたいなと思いました。」と感 想を述べ、教育の場でパソコンを使って絵を描くことについて、どれくらい可能性があ るかを考えている様子だった。 64 線画作業後 (+) 3 2 1 0 1 2 3 (−) 彩色作業後 描き心地について ① すいすい描ける もたもたした ② めりはりのきいた やわらかい ③ なめらかな ぎこちない ④ 意のままになる ⑤ 新鮮な ついてこれない しっくりなじんだ 表現について ⑥ のびのびした 萎縮した ⑦ 大胆な ⑧ リアルな ⑨ はなやかな 落ち着いた ⑩ やわらかい かたい 繊細な 不思議な 学習内容について ⑪ リラックスできる ⑫ はかどる ⑬ 広がりのある 限りのある ⑭ 夢中になる つまらない ⑮ わかりやすい むずかしい 図 2-5-4 緊張する 時間がかかる パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価 初回のアンケートで自分の作品の出来ばえについて「思ったように完成せず不満が残 ることが多い。」と答えていたKさんだったが、制作後のアンケートでは「ほぼ思い通 りに完成できて充実感がある。作品を家に飾り、時々パソコンで絵を描きたい。」と答 えており、パソコンで絵を描くことを表現のひとつとして考えているようだった。 65 15 分後 30 分後 60 分後 75 分後 45 分後 83 分後(完成) 『笑顔美人』 図 2-5-5 Kさんの彩色完成までの過程 66 Sさんのケース デジタルカメラを使っての撮影で、Sさんはメタセコイヤの並木から撮影を始めた。 Sさんは、1年近くを過ごした大学の思い出深い景色を写真に残しておきたいという思 いがあったようだ。デジタルカメラを構えながら、「いろんなものが新鮮に見えるね。 こうして見ると、いろいろなものが目新しく見える。」 「実際の色調とちがうね。この(液 晶)画面の中でものを見るという感じだね。」「ひとつのものに焦点を絞って撮るという ことをこれまでしてこなかった。」と話し、撮影に大変興味をもった様子だった。この 日は、少し晴れ間の見える曇り空で撮影に適していた。Sさんは好きな水仙の花に目を 向け、香りを楽しみながらマクロ機能を使って撮影したり、被写体の配置を考えズーム 機能を使って遠近感を出したりして、合計 30 枚を撮影した。 Sさんは、遠近感のあるメタセコイヤの並木やさざんかを手前に配した写真を候補に 上げていたが、好きな水仙の花が縦に並んだ写真を選び、絵に描くことにした。 「絵を描くことが好きで、描きたいアイデアやイメージが次々にわいて思いが広が る。」というSさんは、パソコンでマウスを使って絵を描く経験が少ないがあった。今 回のパソコンを使って絵を描くことについて、興味をもった様子だった。 Sさんの線画作業中の血圧2値の時系列変化を図 2-6-1 に示す。また、Sさんの線画 完成までの過程を図 2-6-2 に示す。 描画前は最高血圧が 107mmHg で平常時の 106mmHg とほぼ同じで、最低血圧が 56mmHg で平常時の 64mmHg より低いことから、リラックスした状態で描画に臨ん だと考えられる。しかし、描き始め 10 分後には、最高血圧は変わらず、最低血圧が 66mmHg に上がっていることから、描画作業にストレスを感じていることがうかがえ る。 15 分後の絵を見ると、花の部分の描写がほぼ終わっている。早い段階で要領を得て マウスで描く感覚をつかんでいると考えられる。しかしSさんは描き始めたころ、マウ スで描くことについて尋ねると、 「慣れないねえ、なかなか難しい。 」と答えている。こ のストレスが、先に述べた 10 分後の最低血圧の上昇に表れたのではないかと考えられ る。Sさんは画面上の写真だけでなくプリントアウトした写真も手元において、見比べ ながらよく見て描いていた。マウスの使い心地についてSさんは、「なかなか線がまっ すぐ引けないから大変な感じ。びりびりっとした線は得意だけどしゅっとした線をどう 67 描くか悩んでます。 」と言っていた。 30 分後には、最高血圧が 109mmHg に上がり、最低血圧が 60mmHg に下がってい ることから、気持ちが落ち着いた状態で積極的に描画作業をしていたと察せられる。S さんは、プリントアウトした写真を時々見ながら、細部がよく見えるように画面を拡大 して描いていた。葉の部分は、写真にないところを描き足したり方向を変えたりして描 いている。背景は何も描かず、水仙の存在感が強調されるシンプルな線画になった。こ うしてSさんは、早くも 30 分で線画を完成させた。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 図 2-6-1 10分後 経過時間 30分後(完成) 平常時 描画前 10 分後 30 分後(完成) 106 64 107 56 107 66 109 60 Sさんの線画作業中の血圧 2 値の変化 68 もとにした写真 15 分後 図 2-6-2 30 分後(線画完成) Sさんの線画完成までの過程 次時は同様のソフトを使ってこの下絵に彩色した。Sさんの彩色作業中の血圧 2 値の 時系列変化を図 2-6-3 に示す。また、Sさんの彩色完成までの過程を図 2-6-5 に示す。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 106 64 104 67 106 65 107 69 108 64 図 2-6-3 Sさんの彩色作業中の血圧2値の変化 69 描画前の最高血圧は 104mmHg で平常時の 106mmHg より低く、最低血圧は 67mmHg で平常時の 64mmHg より高いことから、少し不安な気持ちで描画作業に臨 んだと考えられる。 描き始め 10 分後は、最高血圧が 106mmHg に上がり、最低血圧が 65mmHg に下が っていることから、描画作業に調子がのってきて、リラックスした状態であったと推察 される。 15 分後の絵を見ると、背景を先に決めて絵全体のイメージを作っていることがわか る。Sさんは背景に何も描かなかったので、色の配色によって絵の雰囲気をガラリと変 えることができる利点を生かして、自分の思い描いたイメージに合う 4 色で背景にグラ デーションをつけた。 30 分後は、最高血圧が 107mmHg に上がり、最低血圧が 69mmHg に上がっている ことから、描画作業に楽しさを感じている半面、緊張していた状態であったと考えられ る。30 分後の絵を見ると、水仙の花の彩色がほぼ出来上がっている。Sさんは範囲指 定と流し込みの手法を使って描いているが、慣れるまで注意を要するので、それが最低 血圧の上昇に表れたのではないかと考えられる。Sさんは「がんばっちゃうな、かなり。」 と少し疲れた様子で語っていた。 45 分後の絵を見ると、1 色でぬり分けた部分に明暗の調子をつけている。Sさんは ペンの太さやペン先の種類をいろいろ試し、色の濃淡を調整して慎重に描いていた。 60 分後の絵を見ると、色をなじませて自然な感じを出している。このころには、写 真をほとんど見ずに画面の絵に向き合い、自分のイメージに合った色や調子を考えて描 いていた。 75 分後の絵では、白色だった花弁に淡い色で調子をつけている。Sさんは「凝りだ すと果てしなくしてしまう。」と、パソコンを使った表現に夢中になっていた。 86 分後、Sさんの絵が完成した。題は『春の香り』である。線画のレイヤーを一番 上に移動し輪郭をはっきりさせることで、画面が引き締まり水仙の凛とした感じが出て いる。全体的に春の訪れを感じさせる柔らかな色で、今にも水仙の香りがしてくるよう な作品に仕上がった。 パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価を図 2-6-4 に示す。 15 項目中 11 項目で、線画作業後より彩色作業後に感性評価がプラスの方向に変化し ている。 70 線画作業後 (+) 3 2 1 0 1 2 3 (−) 彩色作業後 描き心地について ① すいすい描ける もたもたした ② めりはりのきいた やわらかい ③ なめらかな ぎこちない ④ 意のままになる ⑤ 新鮮な ついてこれない しっくりなじんだ 表現について ⑥ のびのびした 萎縮した ⑦ 大胆な ⑧ リアルな ⑨ はなやかな 落ち着いた ⑩ やわらかい かたい 繊細な 不思議な 学習内容について ⑪ リラックスできる ⑫ はかどる ⑬ 広がりのある 限りのある ⑭ 夢中になる つまらない ⑮ わかりやすい むずかしい 図 2-6-4 緊張する 時間がかかる パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価 特に描き心地について、「もたもた」した感じが「ややあてはまる」から「すいすい 描ける」感じが「かなりよくあてはまる」に変化していることから、彩色作業がパソコ ンで容易にできることを実感したようだ。また表現について、「萎縮した」感じが「や やあてはまる」から「のびのびした」感じが「かなりよくあてはまる」に変化し、パソ コンで彩色することに好ましい感じをもっていることがうかがえる。小学校の現職教諭 であるSさんは、「絵を描くのに抵抗のある子にとっては、いろいろやりなおしができ るのでよいと思います。背景処理も楽でした。」と感想を述べている。もともと絵を描 くことが好きなSさんは、これからパソコンを絵を描く道具のひとつとして活用してい くことだろう。 71 15 分後 30 分後 60 分後 75 分後 45 分後 86 分後(完成) 『春の香り』 図 2-6-5 Sさんの彩色完成までの過程 72 C さんのケース デジタルカメラを使っての撮影で、Cさんは構内だけでなく大学周辺道路まで出て、 広範囲にわたって被写体を探した。「デジタルカメラを持ったら、何か面白いものを撮 りたいと思える。人が気付かないようなところを撮ろうとするから、いろんな発見があ る。」と言い、生活科や理科でも季節や生き物の発見をするのにデジタルカメラが使え そうだと考えた。木の洞の部分をマクロモードで撮った時には、「マクロでわけのわか らないものを撮って、そこからイメージを広げて描くこともできそうだ。」と早くも絵 を描く意欲が感じられた。Cさんは、遠近感や奥行きなどをデジタルカメラを使って学 ぶのは有効だと実感したという。この日は曇り空で撮影に適していた。Cさんは、見上 げる構図や遠近感のある写真など 36 枚を撮影した。 Cさんは、木々に囲まれた池の写真を選んで絵にすることにした。「本当は濁った池 だけれど、写真で見るとそうは見えない。絵にしたらよさそうだ。 」と考えたそうだ。 「絵を描くことが好きで、描きたいアイデアやイメージが次々にわいて思いが広が る。」というCさんは、パソコンでマウスを使って絵を描く経験が少ないがあった。今 回の描画作業にはとても興味をもっていた。 Cさんの線画作業中の血圧 2 値の時系列変化を図 2-7-1 に示す。また、Cさんの線画 完成までの過程を図 2-7-2 に示す。 描画前は最高血圧が 122mmHg で平常時の 118mmHg より高く、最低血圧は 72mmHg で平常時の 71mmHg とほとんど変わらないことから、期待感をもって描画 に臨んだと考えられる。 描き始め 10 分後は、最高血圧が 112mmHg に下がり、最低血圧が 74mmHg に上が っていることから、落ち着いた状態であるが少し不安を感じていることがうかがえる。 15 分後の絵を見ると、早くもペンの色を変えて下絵作りをしている。Cさんは、写 真のレイヤーをはずして自分の描いた線を確認するという作業を何度も繰り返して注 意深く描いていた。図 2-7-2 の 15 分後に描かれている手前の植物は、この時描いた線 画の色がそのまま完成の絵で残っている。Cさんは、仕上がりのイメージをもちながら、 ペンの色を使い分けていることがわかる。 30 分後には、最高血圧が 117mmHg に上がり、最低血圧が 75mmHg に上がってい る。緊張感を保った状態ではあるが描画作業に気分がのってきている様子が察せられる。 73 30 分後の絵を見ると、下絵のおおよそができており、色も自在に使い分けて描いてい る。 45 分後の絵を見ると、さらに細密に描き込んでいることがわかる。マウスの扱いに は慣れた様子でテンポよく動かし、描く線にあまり迷いがなかった。線画の段階で違う 色で描き分けることで、完成後の雰囲気を先取りして描いているようにも見えた。 完成後は、最高血圧が 114mmHg に下がり、最低血圧は 75mmHg で変わらないこと から、リラックスした状態で線画を完成させたことがうかがえる。完成した 56 分後の 絵を見ると、近くの景色は写真を参考にして似た色で描き、遠くのものは淡い灰色で描 いており、意図的に色を使い分けていることがわかる。Cさんは、何をどう描くかとい うイメージをもちながら、計画的に線画を完成させたと考えられる。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 118 71 122 72 112 74 117 75 114 75 図 2-7-1 Cさんの線画作業中の血圧2値の変化 74 もとにした写真 15 分後 30 分後 45 分後 56 分後(線画完成) 図 2-7-2 Cさんの線画完成までの過程 75 次時は同様のソフトを使ってこの下絵に彩色した。Cさんの彩色作業中の血圧 2 値の 時系列変化を図 2-7-3 に示す。また、Cさんの彩色完成までの過程を図 2-7-5 に示す。 mmHg 140 120 平常時H 平常時L 測定時L 測定時H 血圧値 100 80 60 40 描画前 測定時 H 測定時 L 10分後 30分後 経過時間 完成後 平常時 描画前 10 分後 30 分後 完成後 118 71 116 72 111 78 111 71 112 70 図 2-7-3 Cさんの彩色作業中の血圧2値の変化 描画前の最高血圧は、116mmHg で平常時の 118mmHg より低く、最低血圧は 72mmHg で平常時の 71mmHg より低いことから、落ち着いた状態で描画に臨んだと 考えられる。 描き始め 10 分後は、最高血圧が 111mmHg に下がり、最低血圧が 78mmHg に上が っていることから、描画作業に集中しているが、少しストレスを感じている状態である と考えられる。 15 分後の絵を見ると、池や草むら、地面など広い範囲でぬれるところを選んで描い ている。この時、Cさんはレイヤーを2つ追加している。一番下に池と草むらのレイヤ 76 ーを作り、その上に手前の地面と池の向こうの並んだ石を描いている。描くものの前後 関係を考え、レイヤーを有効に使って手順を考えて描いていることがわかる。 30 分後は、最高血圧が 111mmHg で変わらず、最低血圧が 71mmHg に下がってい ることから、不安がなくなってリラックスした状態で描画作業をしていたことがうかが える。30 分後の絵を見ると、木やまわりの葉に彩色し、石の陰や木肌の色の違いを描 き込んでいる。ここでもCさんはレイヤーを 2 枚追加している。木の周辺にある葉の緑 を描いたレイヤーと、それより前に見えている濃い葉のレイヤーである。2 本の木の色 は新たなレイヤーでなく地面のレイヤーに一緒に描いた。 44 分後、Cさんの絵が完成した。題は『池のほとり』である。完成後は、最高血圧 が 112mmHg でわずかに上がり、最低血圧は 70mmHg でわずかに下がっていることか ら、緊張せずリラックスした状態で彩色作業を終えたと考えられる。Cさんが 44 分と いう早い時間で彩色を終えたのは、線画の段階で色を使って描くことで全体の色彩のイ メージを思い描いていたことが理由のひとつとして挙げられるだろう。Cさんの絵は、 「垣間見る」構図で、2 本の木の間から見える池に注目させ、その後並んだ石をたどっ て奥の草むらへと視線が導かれる。静かで穏やかな印象の絵に仕上がっている。 パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価を図 2-7-4 に示す。 Cさんは学習内容について、線画作業後に「時間がかかる」感じが「ややあてはまる」 と答えていたが、彩色作業後は「はかどる」感じが「ややあてはまる」と答えている。 Cさんはレイヤーをうまく使うことで作業内容をシンプルに整理し、不安を感じること なく計画的に描画できたと考えられる。また、描き心地について彩色作業後に「すいす い描ける」感じが「ややあてはまる」と答えているが、さまざまなペンの種類を試すう ちに、マウスの扱いに慣れていったと考えられる。 77 線画作業後 (+) 3 2 1 0 1 2 3 (−) 彩色作業後 描き心地について ① すいすい描ける もたもたした ② めりはりのきいた やわらかい ③ なめらかな ぎこちない ④ 意のままになる ⑤ 新鮮な ついてこれない しっくりなじんだ 表現について ⑥ のびのびした 萎縮した ⑦ 大胆な ⑧ リアルな ⑨ はなやかな 落ち着いた ⑩ やわらかい かたい 繊細な 不思議な 学習内容について ⑪ リラックスできる ⑫ はかどる ⑬ 広がりのある 限りのある ⑭ 夢中になる つまらない ⑮ わかりやすい むずかしい 図 2-7-4 緊張する 時間がかかる パソコンを使った一連の描画作業についての感性評価 もとより絵を描くことが好きで、時間がかかっても丁寧に描くことを大切にしている というCさんは、制作後のアンケートで「筆のタッチを変えたり納得する色作りをした りして工夫をした。 」と答えている。また、小学校の現職教諭である C さんは、「コン ピュータを使うということは、それだけで子どもの興味・関心をひきつけることができ ると思うので、 “絵を描く”と聞くだけで苦手意識から何もできずにいる子にとっては、 絵画に対するハードルが低くなるのではないかと思う。」と、実際に教室でパソコンを 使うことの利点について考えていた。 78 15 分後 30 分後 44 分後(完成) 『池のほとり』 図 2-7-5 Cさんの彩色完成までの過程 79 7 人のケースから 第 2 章の実証授業を通してわかったことは、次の通りである。 デジタルカメラによるモチーフ探し ・ 被験者はデジタルカメラを構えることで、面白いものを探そうとしたり、ものをよく見 ようとしたりしていた。これは、液晶画面の中で風景を切り取って見ることになるので、 自分の撮りたいものが精選でき、「何を撮りたいのか」、「何に心動かされたのか」が心 の中で整理され、被写体に働きかける心の動きが自然に生まれたのだろう。 ・ 被験者は、心のおもむくままにたくさんの写真を撮ることができた。デジタルカメラは 撮った写真をその場で確認し撮り直すことができるので、失敗をおそれず撮影すること ができ、学習意欲を維持することができたと考えられる。 ・ どの被験者も主題のはっきりした作品ができた。これは、デジタルカメラのズーム機能 やマクロ機能を使うことで、おのずと被写体を強調することができたからであろう。ま た、撮った写真を後からトリミング、拡大、縮小することができるので、自分の描きた いイメージにより近付けることができたと考えられる。 ・ その被験者も自分の描きたいものを描くことができた。撮った写真をパソコンの画面で 見直すことができ、その中からよりよいものを取捨選択することができたからであろう。 また、写真をもとにしてなぞって描くので、複雑な被写体であっても描いてみようとい う意欲がそがれなかったからと考えられる。 ・ 撮影中、被験者が何度か撮り直しても思うように写真が撮れないことがあった。これは、 デジタルカメラの扱いに慣れるまでには個人差があることと、目で見た風景と液晶画面 で切り取った風景とでは、感じ方に違いがあるためと考えられる。 描画ソフトウェアによる線画作成 ・ どの作品も、細かいところまでよく見て描写できていた。これは写真をなぞるという行 為が、被写体をよく見なければならないので、形のとり方や遠近による画面の位置関係 の違いがあいまいにならなかったためと考えられる。 ・ 描画中は、どの被験者も画面に集中して手を休めることがなかった。写真をなぞるとい う作業は、することがはっきりしているので作業の見通しが立ちやすく、長時間学習意 80 欲を維持することができたと考えられる。 ・ はじめはどの被験者もマウスやペンタブレットで描くのに慣れないで苦心している様 子であった。これは、手に持っているマウスやペンタブレットと描画された画面は離れ ており、意思を画面に反映させる手ごたえが、これまでなじんできた鉛筆やペンなどと は違っていたからだと考えられる。 描画ソフトウェアによる彩色 ・ レイヤーの扱いに失敗した被験者は、15 分ごとに保存していた画像を呼び出して彩色 作業をやり直すことができた。このことから、パソコンを使って絵を描く場合、作業の 失敗やデータの破損に備えて保存を一定時間ごとに行なっていくこと大切であろう。 ・ 被験者の多くは、レイヤー機能を理解し使いこなすまでに時間がかかった。このことか ら、指導の際にはレイヤー機能について具体物を提示するなど理解が深まるような指導 の工夫をする必要があることがわかった。 ・ 発色が美しく、明るい印象の作品が多い。これは、思うような色にならなかった時に絵 の修正が簡単にできたことや、いろいろ試した後で最終的に一番よいと思う色で彩色す ることができたからであろう。 そのほか ・ ほとんどの被験者は自分の作品を気に入り、家に持って帰って飾りたいと感想を述べて いた。被験者には授業後、ハガキに印刷した作品と作品にいたるまでのデータを保存し た CD−R を渡した。これは、パソコンで描いた絵は編集可能な画像データであるため、 大きく引き伸ばしたり、用紙以外のものにプリントしたりと加工が可能であるからでき たことである。 81 文 献 内田広由紀:構図エッセンス,視覚デザイン研究所,全 124 項,1983 山口高志:2 週間でマスターする風景写真の基本構図 CAMERA MOOK,全 144 項,2001 張弛:パソコンで上手に描ける 鈴木誠:学ぶ意欲の処方箋 藤澤英昭 完璧な構図決定,GAKKEN 素敵な風景画,技術評論社,pp.90‐102,2003 やる気を引き出す 18 の視点,東洋館出版社,全 188 項,2002 水島尚喜:小学校学習指導要領 Q&A ∼解説と展開∼ 全 163 項,1999 Web ページ 文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp/ Web こども美術館∼美 NASSE∼ http://www.edu-c.pref.kumamoto.jp/ws/kmtartws/index2.htm 開隆堂出版のウェブサイト http://www.kairyudo.co.jp/ Pixia ホームページ http://homepage2.nifty.com/~maru_tacmi/Vix ホームページ http://www.katch.ne.jp/~k_okada/vixintro/ 図画工作編,教育出版, おわりに 本研究では、小学校図画工作科の絵画制作において、IT を活用した指導の一例をとりあ げた。授業時間削減の中、図画工作科で基礎・基本をいかに身に付けさせていくか、その ために IT を活用する場合を考え、実証授業を行なって本稿をまとめた。 本研究で、絵画指導においては、子どもたちにとって何をすればいいかはっきりわかっ ていること、自分の意思で思うように描画方法を取捨選択し、試行錯誤できる場のあるこ とが、制作の楽しさに通じていくことが明らかになった。IT を活用することでこれらの場 を提供することができ、絵を描くことが得意な一部の子どもたちだけでなく、そうでない 子どもたちにも新たな表現の可能性を開く一助になればと願う。忘れてはならないのは、IT の活用を目的とする美術教育ではなく、表現のひとつの選択として IT の活用を考えて指導 に役立てることである。限られた時間でも子どもたちが満足して制作できるように、学校 の場に戻ってもさらに研修に励みたい。 最後に、本研修報告書作成にあたり、研究主題の検討から構成まできめ細かくご指導し ていただいた京都教育大学附属教育実践総合センター助教授佐々木真理先生をはじめ、京 都府教育委員会指導主事田中太郎先生、京都教育大学附属教育実践総合センターの先生方、 そして実証授業を行なうにあたり、快くご協力いただいた Y 先生、I 先生、N さん、H 先 生、K 先生、S 先生、C 先生(個人のプライバシー保護のため、仮名にしております)に対 しまして、心からお礼申し上げます。 本当にありがとうございました。 平成 17 年 3 月 31 日 平成 16 年度京都府現職職員長期研修生 京都教育大学 附属教育実践総合センター 舞鶴市立余内小学校 教諭 佐藤 景子 指導教官から 貴女には、半年間、教育実践総合センターで、メディア教育・情報教育の分野から、 「小学校図 画工作科の学力を保障する IT 活用 −絵画制作における構図決定を支援する学習指導−」につい て研究していただいた。 学校教育の場で、インターネットやコンピュータは子ども達の学習を助け、先生の授業を やりやすくするものでなければいけない。そして、インターネットやコンピュータは単なる 「道具」や「教具」であってはいけない。インターネットやコンピュータは子ども達や先生 の良き「パートナー」となるためにはどのような機能を備え、どのような授業構成で利用す ればいいのか、というのが、彼女に課せられた半年間の研究の視点であった。 私は絵を描くのが苦手である。絵心はあるのに絵筆が思うように動かない。しかし、絵画 を眺めるのは好きだし、彫刻刀やカッターナイフで模様などを刻んで描くのは得意である。 というように、各人それぞれ道具によるこだわりがあるのが通常である。だから、学校教育 の場で、絵筆による描画の能力をもって「絵心」と評価されてはたまらない。 本研修報告書で提案されているコンピュータを利用した描画支援教育システムは、絵心は あるのに絵筆が思うように動かない子ども達や、その子ども達をどうやって指導しようかと 悩める先生への福音となるものである。 コンピュータで描いた絵なんかに魂は吹き込めないと豪語される芸術家の先生方もまだま だ多い。美術教育は芸術家を育成するだけのものではなく、万人が芸術を楽しみ、万人の生 活を豊かにするためのものである。いままで、絵筆でうまく絵が描けなかった子どもがコン ピュータを使って意のままに絵が描けたら、それはそれは素晴らしいことである。はがきに 印刷して、茶の間や勉強机の前に飾っておきたくなるだろう。 今回は、研究の準備の過程では、彼女は、デジタルカメラの操作の習得、適当な描画ソフ トウェアを選ぶための情報収集とソフトの試用、そして、制作サンプルの準備、操作テキス ト2種・解説用電子スライド2種など数多くのものを準備した。また、実証実験の過程では、 描画作業中に刻々変化する作業者の意識を捉えようと、インタビューやアンケートを何回も したり、何時間にもわたる作業記録ビデオからビデオ起こしをしたり、作業中に血圧計で何 回も血圧を測ったりという、こつこつとした一連の努力には敬服している。 できあがった研修報告書や操作テキストはわずかな頁であるが、斬新なアイデアとアドバ イスで一杯である。図画工作や美術の授業を改善したいと考えている先生、コンピュータの 授業でなにか楽しく記念になる作品をと考えている先生などに、ぜひご一読いただきたい。 この研修報告書と操作テキストが京都府の学校に流布され、絵を描く楽しみを一人でも多 くの子ども達が感じ、子ども達と先生との絆を強める教育メディアとして利用されることを 願っている。 学校に戻っても、京都府の教育を担う教育専門職者として、全ての教育活動に、日々精進 されるよう願っている。 貴女のさらなる活躍を期待する。 平成 17 年3月 31 日 京都教育大学 附属教育実践総合センター 助教授 佐々木 真理