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平成27年度アジア産業基盤強化等事業(収益指向型 BOPビジネス推進
平成27年度アジア産業基盤強化等事業(収益指向型 BOPビジネス推進事業) 最終報告書 平成 28 年 1 月 1 平成27年度アジア産業基盤強化等事業(収益指向型BOPビジネス推進事業) 最終報告書 ― 目 次 ― はじめに 本調査の背景と目的 ................................................................................................................. 4 第1章 BOPビジネスの現状 ................................................................................................................. 5 1-1.BOP市場の現状 ......................................................................................................................... 5 1)BOPビジネスに取り組む背景 ..................................................................................................... 5 2)世界におけるBOP市場の変化 ..................................................................................................... 9 1-2.世界におけるBOPビジネスに関する議論 ........................................................................... 16 1-3.日本企業によるBOPビジネス推進状況と課題 ................................................................... 22 1)日本企業によるBOPビジネスの推進状況 ............................................................................... 22 2)BOPビジネスに対する誤解と実態 ........................................................................................... 25 3)日本企業にとってのBOPビジネスの重要性 ........................................................................... 27 4)日本におけるBOPビジネスの課題 ........................................................................................... 29 第2章 収益指向型BOPビジネスの考え方 ....................................................................................... 31 2-1.収益指向型BOPビジネスの類型化 ....................................................................................... 31 第3章 BOPビジネスの成功要因・課題の分析 ............................................................................... 48 3-1.各モデルに対応する成功要因と課題 ....................................................................................... 48 1) 各モデルに対応する成功要因と課題 ................................................................................... 48 (1) 調達対応・グラント活用モデル ....................................................................................... 48 (2) ホールピラミッドモデル ................................................................................................... 50 (3) 伝統的市場先取モデル ....................................................................................................... 52 (4) プラットフォーム構築・活用モデル ............................................................................... 54 (5) 成熟市場による購買力活用モデル ................................................................................... 57 2) モデル別成功要因のチェックリスト ................................................................................... 59 3-2.モデル横断で共通する成功要因・課題 ................................................................................... 60 1)モデル横断で共通する課題としての成長市場のダイナミックな変化への対応 ................... 60 (1) BOPビジネスの成功・失敗に影響を及ぼす市場環境のダイナミックな変化 ....... 61 (2) 市場環境のダイナミックな変化に対応するための成功要因と課題 ........................... 63 (3) 戦略の構成要素ごとの政策課題 ....................................................................................... 66 2) モデル横断で共通する成功要因のチェックリスト ........................................................... 67 図表・56 モデル横断で共通する成功要因のチェックリスト ....................................................... 67 第4章 求められる政策の方向性 ........................................................................................................... 68 4-1.有識者研究会の実施概要 ........................................................................................................... 68 1)研究会の構成 ................................................................................................................................... 68 2)研究会のアジェンダ ....................................................................................................................... 69 4-2.有識者研究会の実施概要 ........................................................................................................... 71 1) 課題への対応の方向性に関する全体像 ............................................................................... 71 (1) BoP Global Network Summit 等の国際イベントへの日本企業の参加促進 ............... 71 (2) ウェブサイト・国内イベントを通じた情報発信 ........................................................... 71 2 (3) 経済団体等を通じた経営陣に対する啓発活動 ............................................................... 72 (4) ジェトロ等による包括的な支援 ....................................................................................... 72 (5) 伝統的市場におけるテストマーケティング支援 ........................................................... 72 (6) 既存技術協力策の活用 ....................................................................................................... 72 (7) ジェトロ等の現地拠点による情報収集・マッチング ................................................... 72 (8) 新規ビジネス経験を有する人材の発掘 ........................................................................... 72 2) 名称と定義の見直し ............................................................................................................... 73 3) 成功事例創出に向けた支援のあり方 ................................................................................... 76 (1) 成功事例創出に向けた支援の考え方 ............................................................................... 76 (2) 事業展開のステップごとに果たすべき国内アドバイザーの役割 ............................... 77 5.まとめ ................................................................................................................................................... 79 3 はじめに 本調査の背景と目的 BOP ビジネスは、将来の中間層市場の獲得に対する先行投資として、早期の取組が期待されて いるものの、高いリスクや長期的なリターンの不確実性から、多くの日本企業が十分実施出来て いないのが実状である。 経済産業省では、企業が抱える課題として、①会社の方針、②パートナー/人材、③資金の3 点を挙げ、調査事業を実施しており、昨年度は「人材ネットワーク構築による BOP ビジネス推進 の可能性」についての調査報告をまとめた。本年度は、 「収益指向型 BOP ビジネスの推進」をテ ーマとし、 「①会社の方針」による課題に着目する。 本調査では、企業ヒアリングを通じて、長期的な企業収益や本業の事業拡大と BOP ビジネスの 関係を整理、収益指向型 BOP ビジネスの理論を構築することで、適切な社内資源の投入を促すよ うな経営戦略への提言を行う。 また、これまで BOP ビジネスとされてきた事業の他に、新興市場の開拓などの通常ビジネスの 展開が、結果的に社会課題の解決に貢献している事業も調査対象に含め、事業の成功要因や失敗 要因を分析、今後の BOP ビジネスに対する政策の方向性を検討する。 4 第1章 BOPビジネスの現状 1-1.BOP市場の現状 1)BOPビジネスに取り組む背景 先進国の経済成長の伸び悩み、そして新興国・途上国の急速な経済成長により、世界経済の 重心は欧米からアジア・アフリカを中心とした地域へと移りつつある。こうした新興国・途上 国の急速な経済成長の土台となっているのが、人々の所得増加による市場の拡大である。特に、 MOP 層市場の拡大は著しく世界中の企業が新興国・途上国で急拡大する MOP(中間層、ボリ ュームゾーン)市場における事業拡大に注力している。こうした状況の中で、将来の MOP 市 場の獲得と現地の社会的課題の解決を両立させるビジネスとして BOP(Base of the Economic Pyramid)ビジネス1が企業から注目されるようになり、日本企業の早期の取り組みが期待され ている。これまで BOP 層は 40 億人いるとされ、その総所得は5兆ドル(2005 年の国際ドル換 算)という巨大市場を生み出しているとされてきた。経済産業省委託事業「平成 23 年度アジア 産業基盤強化等事業(BOP ビジネス支援センターを通じた支援のあり方に関する調査)報告書」 (野村総合研究所、2012)においては、この BOP 層に関して 2005 年から 2030 年までの人口変 化に着目して人口推計と市場推計を実施している。この報告書においては、まず国連の推計に 基づき世界人口が「2010 年から 2030 年で 69.1 億人から 83.1 億人に増加することが見込まれ」 ているとされ、さらに野村総合研究所の推計に基づき、 「BOP 市場は 2030 年には 2005 年比の 半分程度まで減少し、2.5 兆ドル程度の市場規模になることが見込まれる」とされている。そし て、BOP 市場が縮小していく中で、MOP 層市場は「2030 年には 2005 年比の3倍以上に拡大し、 55 億人・70 兆ドルの超巨大市場が形成」されるとしている。すなわち、2030 年時点の MOP 層 の内、 「約6割は元 BOP 層で構成される」とされている。(図表1、2) 従って、企業が将来の MOP 層市場を獲得するための一つの有効な手段として、BOP ビジネ スを通じて現時点での BOP 層が抱える社会的課題を解決することで、BOP 層の所得向上を実 現し市場を創造すると同時に、BOP 層との信頼関係を構築し、将来の MOP 層市場における競 争優位性を築き上げることがあげられる。 BOP という表現については、当初は Bottom of the pyramid の略称とされていたが、Bottom という表現に対す る批判が相次いだため、現在の Base of the economic pyramid が用いられることが多くなった。他に、インクルー シブ・ビジネスやソーシャルビジネスと呼ばれることも多い。なお、本書では、BOP という表記を主に用いるが 学術界を中心に BoP という表記を用いることも多いため、文献の引用等において執筆者が BoP という表記を用い ている際は、それに準拠した表記にしている。 1 5 図表・1 世界の階層別人口・市場推計 (億人) 90.0 3.4 億人 80.0 3.8 億人 ToP 3.0 億人 2.6億人 2.3億人 70.0 2.0億人 17.8 億人 60.0 16.3億人 21.3 兆ドル 50.0 23.2 兆ドル 8.0億人 10.4 兆ドル 40.0 19.7億人 25.8 兆ドル 19.0億人 20.0 億人 26.1 兆ドル 19.7 億人 25.7 兆ドル 24.7 兆ドル 15.4億人 22.4億人 20.1 兆ドル 29.2 兆ドル 28.9億人 35.2億人 37.8 兆ドル 45.9 兆ドル MoP 30.0 46.6億人 20.0 4.9 兆ドル 41.0億人 4.3 兆ドル 36.0億人 3.8 兆ドル 10.0 31.7 億人 27.8億人 3.3 兆ドル 2.9 兆ドル 2020 2025 24.4億人 BoP 2.6 兆ドル 0.0 2005 2010 2015 2030 (年) ToP層(年間所得20,000ドル以上) 継続的なMoP層(年間所得3,000ドル以上20,000ドル未満) BoP層から移行したMoP層(年間所得3,000ドル以上20,000ドル未満) BoP層(年間所得3,000ドル未満) 出所)知的資産創造 2012 年1月号「新興国・途上国における王道戦略としての BoP ビジネスの 実践(上) 2030 年の 55 億人・70 兆ドル市場に向けて」, 野村総合研究所, 2011 年 図表・2 世界の階層別人口・市場推計(市場構成の変化イメージ) ToP層:3億人 ToP層:2億人 MoP⇒MoP層:33億人 MoP層:16億人 BoP⇒MoP層:22億人 BoP層:47億人 BoP層:24億人 2005年 2030年 出所)知的資産創造 2012 年1月号「新興国・途上国における王道戦略としての BoP ビジネスの実践 (上) 2030 年の 55 億人・70 兆ドル市場に向けて」, 野村総合研究所, 2011 年 6 既に現実として、これまでこうした BOP ビジネスの重要性は、将来の人口予測を元に語られて きた。しかし、日本で BOP ビジネスが注目され始めた 2009 年以降 5 年間にわたって、BOP 層の 所得向上による MOP 市場の拡大が実際に起きていることがわかり、BOP ビジネスの重要性の裏 付けがなされてきている。本調査においては、ユーロモニターにて所得階層別の世帯割合のデー タが取得できる国を対象にアフリカ 8 カ国(ケニア、カメルーン、アルジェリア、エジプト、モ ロッコ、チュニジア、南アフリカ) 、アジア 8 カ国(中国、インド、パキスタン、インドネシア、 マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)における所得階層別人口の推移を推計2した。なお、 所得階層の区分としては、経済産業省「新中間層獲得戦略」 (新中間層獲得戦略研究会、2012)を 元に低所得層、下位中間層、上位中間層、高所得層の 4 区分とした。ユーロモニターのデータで は世帯当たりの可処分所得で所得階層が区分されているため、このうち低所得層と下位中間層の 大部分が BOP 層に該当するものと考えられる。 まず、アフリカ 8 カ国においては、まず 2009 年から 2012 年においては、全層において均一に 人口増加をしているため、階層別の割合にはほぼ変化はない。(図表3、4、5)しかしながら、 世界的な傾向として言えることだが、人々は所得が低いうちは子どもを労働力として捉えるため 多く産み、所得が高くなるにつれて今度は教育等の投資対象としてみなすために産む人数を限る 傾向がある。そのため、上位中間層以上においては、世界的に人口が自然増しにくく、下位中間 層以下では逆に自然増しやすい。特に、子どもを労働力として捉えることが多い新興国・途上国 においてこの傾向が強い。こうした観点から考えると、上位中間層や高所得者層の人口が増加し ているということは、下位中間層が所得向上し、上位中間層に移行しているといった現象が起き ていると考えることができる。 図表・3 アフリカ 8 カ国における所得階層別人口の推移 180,000 160,000 140,000 120,000 100,000 80,000 60,000 40,000 20,000 2009 2010 2011 2012 2013 2014 低所得層: ~US$5,000 (PPP) 下位中間層:US$5,000 (PPP)~US$15,000 (PPP) 上位中間層:US$15,000 (PPP)~ US$35,000 (PPP) 高所得層:US$35,000 (PPP)~ 出所:Euromonitor International、UN Population Division データを元に NRI 作成 本調査では世帯当たりの人口は均一だという前提を置くことで、ユーロモニターの所得階層別の世帯割合に、 UN Population Division”World Population Prospects:The 2015 Revision”の各国人口の推移をかけ合わせること で推計を行っている。 2 7 図表・4 所得階層別人口の推移 単位:千人 低所得層: ~US$5,000 (PPP) 下位中間層:US$5,000 (PPP)~US$15,000 (PPP) 上位中間層:US$15,000 (PPP)~ US$35,000 (PPP) 高所得層:US$35,000 (PPP)~ 全体 2009 69,347 152,286 139,162 62,831 423,625 2010 74,090 158,406 137,972 62,321 432,789 2011 71,610 162,107 143,121 65,504 442,343 2012 76,533 164,268 142,974 68,471 452,246 2013 62,501 158,151 156,049 85,694 462,396 2014 59,100 157,504 164,973 91,070 472,647 出所:Euromonitor International、UN Population Division データを元に NRI 作成 図表・5 所得階層別人口割合 2009 16.4% 35.9% 32.9% 14.8% 低所得層: ~US$5,000 (PPP) 下位中間層:US$5,000 (PPP)~US$15,000 (PPP) 上位中間層:US$15,000 (PPP)~ US$35,000 (PPP) 高所得層:US$35,000 (PPP)~ 2010 17.1% 36.6% 31.9% 14.4% 2011 16.2% 36.6% 32.4% 14.8% 2012 16.9% 36.3% 31.6% 15.1% 2013 13.5% 34.2% 33.7% 18.5% 2014 12.5% 33.3% 34.9% 19.3% 出所:Euromonitor International データを元に NRI 作成 また、2012 年~2014 年においては、低所得層、下位中間層の割合が減り、上位中間層、高所得 層の人口割合が明らかに増加している。これは、先述の各層の人口の自然増の傾向を考えると、 より多くの低所得層、下位中間層の人々が上位中間層以上の層に移行していることを表している。 このことから、アフリカにおいては、年によって移行人数の多寡はあるものの、確実に BOP 層が MOP 層に移行してきていると考えられる。 他方で、アジア 8 カ国においては、2009 年から 2014 年において、一貫して低所得層、下位中 間層の割合は減り続け、上位中間層、高所得層の割合が増加し続けている。 (図表6、7、8)こ のことから、アジアにおいてはアフリカよりも急速に BOP 層から MOP 層への移行が起こってい るということが分かる。 図表・6 アジア 8 カ国における所得階層別人口の推移 1,600,000 1,400,000 1,200,000 1,000,000 800,000 600,000 400,000 200,000 2009 2010 2011 2012 2013 2014 低所得層: ~US$5,000 (PPP) 下位中間層:US$5,000 (PPP)~US$15,000 (PPP) 上位中間層:US$15,000 (PPP)~ US$35,000 (PPP) 高所得層:US$35,000 (PPP)~ 出所:Euromonitor International、UN Population Division データを元に NRI 作成 8 図表・7 アジア 8 カ国における所得階層別人口の推移 単位:千人 低所得層:~ US$5,000 (PPP) 下位中間層:US$5,000 (PPP)~US$15,000 (PPP) 上位中間層:US$15,000 (PPP)~ US$35,000 (PPP) 高所得層:~US$35,000 (PPP) 全体 2009 442,506 1,487,769 997,630 298,370 3,226,276 2010 391,734 1,453,675 1,075,029 339,380 3,259,818 2011 343,647 1,380,481 1,165,543 403,727 3,293,397 2012 304,475 1,325,932 1,234,223 462,316 3,326,946 2013 273,252 1,266,075 1,295,118 525,897 3,360,341 2014 240,707 1,189,985 1,357,083 605,642 3,393,416 出所:Euromonitor International データを元に NRI 作成 図表・8 アジア 8 カ国における所得階層別人口割合 2009 13.7% 46.1% 30.9% 9.2% 低所得層:~ US$5,000 (PPP) 下位中間層:US$5,000 (PPP)~US$15,000 (PPP) 上位中間層:US$15,000 (PPP)~ US$35,000 (PPP) 高所得層:~US$35,000 (PPP) 2010 12.0% 44.6% 33.0% 10.4% 2011 10.4% 41.9% 35.4% 12.3% 2012 9.2% 39.9% 37.1% 13.9% 2013 8.1% 37.7% 38.5% 15.7% 2014 7.1% 35.1% 40.0% 17.8% 出所:Euromonitor International データを元に NRI 作成 このように、BOP 層の所得向上による MOP 市場の拡大は実際に起きており、MOP 市場の拡大 によるビジネスチャンスは増加し続けている。従って、将来の MOP 市場での競争優位性を高め るために BOP ビジネスを推進すると言った考え方は予測を元にした机上の考えではなく、実際の アジア・アフリカにおける人々の所得向上により生まれてきている市場を獲得するための現実的 な戦略だと言える。 2)世界におけるBOP市場の変化 日本企業のグローバル化が進むにつれて重要度が増している BOP 市場だが、先述した通り BOP 市場が MOP 市場に移行する速度や移行の仕方は国によって異なってくる。本調査においては、 アジア、アフリカの主要国として、インド、バングラデシュ、南アフリカ、ケニアの 4 カ国で現 地調査を行い、実際に各国で BOP ビジネスを行っている企業やそれを支援する機関へのヒアリン グ調査により、各国の BOP 市場の変化を把握した。 (図表9)結論としては、各国において、ヒ アリング対象の組織は BOP 層が MOP 層へと移行し新たな市場が誕生し始めていることを実感し ていることが分かった。そして、既に海外企業は、それがビジネスチャンスだと認識し行動を起 こしており、競争が過熱している MOP 層以上の市場を獲得するためにも BOP 層に対する早期の 取り組みをより重視してきていることが分かった。なお、各国での BOP 市場の現状を次頁以降で 紹介する。 図表・9 アジア、アフリカの主要国における BOP 市場の現状(概要) 調査対象国 BOP市場の現状(概要) インド 携帯等の普及によるIT化、都市の拡大によって、BOP層に豊かな生活に関する情報が行き届く ようになっており、BOP層が家では質素に外では派手にという支出配分の見直しを行っているこ とから結果としてBOP市場がMOP市場に移行している バングラデシュ BOP層の所得について、BOPビジネスを推進する企業は所得は向上し確実に変化が始まりつ つあるものの、「その速度はインドと比較すると緩やかだ」と認識している。 南アフリカ 金融サービスの浸透によって一時的にBOP市場が拡大したが、景気の悪化と共に、支払が出 来ない顧客の増大や金融機関の貸し渋り・審査の厳密化によって、その市場は急速に悪化して いき、市場が急速に縮小した。 ケニア ケニアではインドと同様急速なITの発展・都市化が影響し、BOP市場の成長が実現し始めてい る。それだけではなく、エムペサを始めとする携帯送金網、ガソリンスタンド等の全国を網羅する 流通インフラ網の発展により、MOP/BOP双方の市場をターゲットとする企業が増えつつあり、 MOP/BOPはセグメンテーションの考え方にすぎないと言う状況に達しつつある。 9 (1)インド インドは、2010 年において約 12 億人の人口を有する大国であり、農村人口比率は約 76%と巨 大な農村人口を有する国である。世界銀行・IFC の Global Consumption Database3においては、 2010 年時点での各国の所得階層別の人口や支出に関するデータを公表している。このデータベー スでは、1 日一人当たりの消費額で所得階層を分類しており、Lowest 層を 2.97 ドル(年間 1084.05 ドル)以下の収入、Low 層を 2.97 ドルから 8.44 ドル(年間 1084.05 ドル~3080.6 ドル) 、Middle 層を 8.44 ドルから 23.03 ドル(年間 8405.95 ドル以上)としている。すなわち、Global Consumption Database によれば、BOP 層の中でも 1 日約 3 ドルの消費を行う Lowest 層と 1 日約 3~9 ドルの消 費を行う Low 層がいるとしている。そして、このデータベースに基づくとインドにおいては、 Lowest 層のほとんどが農村部にいる一方で、Low 層以上はその多くが都市部にいるとされてい る。インドは地方分権化が進んでおり、一つ一つの州に数多くの都市が存在する。他方で都市間 をつなぐ道路沿いには農村が密集して存在している。そのため、BOP 層の大多数が Lowest 層で 農村部に多く住んでいる一方で、BOP 層の中でも所得向上し Low 層になった際には多くの BOP 層が近隣に移り住むと言う構造になっていると言える。 (図表 10、11) 図表・10 2010 年におけるインドの BOP 市場の状況 Higher 層 Middle 層 Low 層 Lowest 層 出所:世界銀行・IFC「Global Consumption Database」データを元に NRI 作成 3 http://datatopics.worldbank.org/consumption/ 10 2010 年 全体人口:人 都市部人口: 人 農村部人口 :人 支出総額: $PPP(Million) 図表・11 インドにおける各層の人口と支出総額 Lowest Low Middle 全体 1,224,614,327 1,031,494,918 175,193,354 17,661,772 Higher 264,282 378,773,211 222,682,182 138,265,967 17,560,779 264,282 845,841,116 808,812,736 36,927,387 100,993 0 1,021,321.40 615,954.34 319,096.68 83,142.34 3,128.03 出所:世界銀行・IFC「Global Consumption Database」データを元に NRI 作成 また、現地でのヒアリング調査によって、インドにおける BOP 市場は着実に MOP 層市場へと 移行していることが確認された。ヒアリング結果においては、BOP ビジネスを推進している企業 等は、インドでは BOP 層の所得は 10~15%程度しか向上しておらず、所得や支出ベースで BOP 市場が MOP 市場に移行していることを判断するのは不可能だと認識していることが分かった。 他方で、携帯等の普及による IT 化や都市の拡大によって、BOP 層に豊かな生活に関する情報が 行き届くようになっており、BOP 層が「家では質素に外では派手に」という支出配分の見直しを 行っていることから結果として BOP 市場が MOP 市場に移行していると認識されている。 (図表 12) 図表・12 インドにおける BOP 市場の変化 2011年 2015年 TOP TOP MOP MOP IT 欲求 都市化 BOP BOP (2)バングラデシュ Global Consumption Database に基づくと、バングラデシュにおいては 2010 年時点で Lowest 層のほとんどが農村部にいるのはインドと同様だが、Low 層以上は都市部にも、農村部にも多く 居住している。バングラデシュは人口密度が高い国であるため、インドほど多く都市が存在して いない。 (図表 13、14)そのため、インドと比較すると、Low 層であっても農村部に住み続ける といった選択肢を選ぶ人々が多いのだと推測される。 11 図表・13 2010 年におけるバングラデシュの BOP 市場の状況 Higher 層 Middle 層 Low 層 Lowest 層 出所:世界銀行・IFC「Global Consumption Database」データを元に NRI 作成 図表・14 バングラデシュにおける各層の人口と支出総額 2010 年 全体人口:人 都市部人口: 人 農村部人口 :人 支出総額: $PPP(Million) 全体 148,692,131 Lowest 126,677,484 Low 21,365,440 Middle 632,751 Higher 16,456 41,476,182 27,284,896 13,655,201 519,630 16,456 107,215,948 99,392,587 7,710,240 113,121 0 123,239.35 84,156.26 36,262.74 2,648.11 172.23 出所:世界銀行・IFC「Global Consumption Database」データを元に NRI 作成 現地でのヒアリング調査においては、バングラデシュにおける BOP 市場はインドと同様に着実 に MOP 層市場へと移行していることが確認された。しかし、実際にバングラデシュにおいて BOP ビジネスを推進している企業の認識としては BOP 市場が MOP 市場へ移行する速度については、 インド市場よりも緩やかだと認識されていることも同時に分かった。 (図表 15)その原因として は、インドよりもバングラデシュの方が、「IT 関連企業が少なく情報産業が十分に成熟していな い」 、 「大きな都市が少なく都市化のスピードが緩やかである」ことがあげられ、結果として近代 化による人々の消費意欲も緩やかにしか増大していないことがあげられた。 12 図表・15 バングラデシュにおける BOP 市場の変化 2011年 2015年 TOP TOP MOP MOP IT 欲求 都市化 BOP 情報産業が十分 に成熟していない BOP 大きな都市が少 なく都市化のス ピードが緩やか (3)南アフリカ Global Consumption Database に基づくと、南アフリカにおいては 2010 年時点で他国と比較す る中では既に多くの Middle 層、Higher 層が存在する。また、Middle 層、Higher 層が都市部だ けではなく農村部にも存在している。そのため、既に BOP 層から MOP 層への移行は十分に進ん でいる状況であることが分かる。(図表 16、17) 図表・16 2010 年における南アフリカの BOP 市場の状況 Higher 層 Middle 層 Low 層 Lowest 層 出所:世界銀行・IFC「Global Consumption Database」データを元に NRI 作成 13 2010 年 全体人口:人 都市部人口: 人 農村部人口 :人 支出総額: $PPP(Million) 図表・17 南アフリカにおける各層における人口と支出総額 Lowest Low Middle 全体 49,991,300 19,942,043 16,658,579 7,888,488 Higher 5,502,190 30,767,645 7,997,811 10,822,764 6,733,446 5,213,623 19,223,655 11,944,231 5,835,814 1,155,042 288,567 198,925.69 14,463.35 33,777.37 44,258.02 106,426.95 出所:世界銀行・IFC「Global Consumption Database」データを元に NRI 作成 現地でのヒアリング調査によって、南アフリカでは金融サービスの普及によって一時的に増大 した BOP 市場が国全体の景気の悪化と共に急速に縮小するという現象が起きていることが分か った。 (図表 18)南アフリカは金融業が発達している国であり、南アフリカがワールドカップに よって注目された 2010 年前後においてはソニーの大型オーディオ機器が家具屋での割賦販売に より BOP 層を顧客に取り込み成功を収める等、金融サービスによって増大した BOP 市場での事 業拡大を実現する企業が一時的に増えた。しかし、景気の悪化と共に、支払が出来ない顧客の増 大や金融機関の貸し渋り・審査の厳密化によって、その市場は急速に悪化していき、市場が急速 に縮小するという現象が起きた。このことから金融サービスのみによって BOP 市場の消費を増大 させることは企業の持続的成長にも、社会の発展にも望ましくなく、BOP 層が所得向上し MOP 層に移行するといった動きを促進させることによって企業が持続的な成長を遂げるといった BOP ビジネスの普及の方が望ましいということが分かった。 図表・18 南アフリカにおける BOP 市場の変化 2011年 2015年 TOP TOP MOP MOP 金融 欲求 金融 BOP 欲求 BOP (4)ケニア Global Consumption Database に基づくと、2010 年時点でケニアにおいては Low 層の都市部に すむ人口と農村部に住む人口との差が他国に比べると少ないことがわかる。 (図表 19、20)すな わち、都市部のスラム地域が多く、農村部で農業に従事する人だけではなく都市部のインフォー マルセクターで働く人口が他国よりも割合として多いことが推測される。このことから、ケニア に進出する企業にとっては、市場進出の比較的初期段階から BOP 層との接点が生じる可能性があ ると考えられる。 14 図表・19 2010 年におけるケニアの BOP 市場の状況 Higher 層 Middle 層 Low 層 Lowest 層 出所:世界銀行・IFC「Global Consumption Database」データを元に NRI 作成 図表・20 ケニアにおける各層における人口と支出総額 Lowest Low 2010 年 全体 40,512,682 33,862,414 5,804,069 全体人口:人 都市部人口: 9,549,244 5,051,424 3,712,532 人 農村部人口 30,963,438 28,810,989 2,091,537 :人 支出総額: 33,576.54 17,542.38 10,688.87 $PPP(Million) Middle 742,005 Higher 104,194 681,093 104,194 60,912 0 3,945.45 1,399.84 出所:世界銀行・IFC「Global Consumption Database」データを元に NRI 作成 現地でのヒアリング調査によって、ケニアにおいては、BOP 市場が着実に MOP 市場へと移行 していることが分かった。ケニアではインドと同様急速な IT の発展・都市化が影響し、BOP 層 の MOP 層への移行が実現し始めている。 (図表 21)それだけではなく、ボーダフォングループの ケニア子会社であるサファリコムが推進する携帯送金サービス M-PESA を始めとする携帯送金網、 ガソリンスタンド等の全国を網羅する流通インフラ網の発展により、MOP/BOP 双方の市場をタ ーゲットとする企業が増えつつある。こうした現象により、ケニアで事業を推進する企業にとっ て、MOP/BOP は一つのセグメンテーションに関する考え方にすぎないと言う状況に達しつつあ ると言える。 15 図表・21 ケニアにおける BOP 市場の変化 2011年 2015年 TOP TOP MOP MOP IT 欲求 都市化 BOP BOP 携帯送金網やガソリンスタンドの流通網化による MOP/BOP共通のプラットフォームにより、多くの 企業が市場全体に目を向け始めている 1-2.世界におけるBOPビジネスに関する議論 BOP 層の MOP 層への移行が着実に進んでいる中で、世界における BOP ビジネスの議論も変化 してきている。1999 年に BOP ビジネスが初めて提唱されて以来、様々な企業が BOP ビジネスに 取り組んできたため、それらの取組のレビューにより、BOP ビジネスの概念を再考する動きが出 てきているのである。 こうした近年の議論においては、①「BOP ビジネスの収益性の向上」 、②「BOP ビジネスと企 業戦略の融合」 、③「持続可能な開発の重視」 、④「事業のスケールアップ」 、⑤「エコシステムの 構築」の 5 つがキーワードとなっている。 この 5 つのキーワードの関係を整理するとすれば、①「BOP ビジネスの収益性の向上」が BOP ビジネスの成否を握るカギであり、①「BOP ビジネスの収益性の向上」を成し遂げるために、② 「BOP ビジネスと企業戦略の融合」 、③「持続可能な開発の重視」 、④「事業のスケールアップ」 がもとめられている。また、②「BOP ビジネスと企業戦略の融合」 、③「持続可能な開発の重視」、 ④「事業のスケールアップ」を実現するためには、単独の企業の取組を越え、⑤「エコシステム の構築」に取り組む必要があると言った考え方となる。 まず、①「BOP ビジネスの収益性の向上」においては、BOP ビジネスがビジネスであるがゆえ に避けて通れない議論であり、企業のグローバル化が進む中で、議論の重要性がより一層増して きている。例えば、コーネル大学サミュエル・カーティス・ジョンソン経営大学院シニア・エク ステンション・アソシエートのエリック・シマニス氏とイサカ大学スクール・オブ・ビジネス助 教授であるダンカン・デューク氏による論文「社会貢献を越えて BOP 市場を制するビジネス機 会マップ」(2012)においては、両氏は「新興国市場の BOP 層を対象とした新規事業に乗り出した ものの、ミッションだけが先行して採算が取れずに、尻すぼみになってしまうケースは後を絶た ない」ことが問題視されている。その背景として、企業が貧困等の社会課題の解決に固執し過ぎ た結果、既存の事業領域や自社の強みから離れた事業に取り組んでしまっているということがあ げられる。こうした問題に対して両氏は企業に対して、既存事業の延長上にあるビジネスとして BOP ビジネスを捉えなおすことの重要性を訴えている。両氏が提唱している「9 つのビジネス機 会」においては、自社が取り組むビジネスに対して「顧客の習熟度」と「バリューチェーンの変 更」の2軸を用いて事業の位置づけを見直すことが提案されている。 (図表 22)すなわち、企業 16 がより接点が多い顧客とともに既存バリューチェーンを上手く活用して BOP ビジネスを創造し ていくことが重要だということである。日本においては、BOP ビジネスが持つイノベーションや 社会課題解決という要素が注目されすぎたため、企業がこれまで接点の少なかった顧客と共に既 存バリューチェーンとは関係の薄い BOP ビジネスの創造に取り組むといった動きが少なくなか った。例えば、既存事業において全く接点がなく、自社のバリューチェーンが活用できない国に おいて、いきなり農村部の BOP 層にアプローチをして既存市場においても展開していない新たな 製品・サービスを提供しようとする企業も少なくなかった。そうした取組は当然のことながら、 既存のバリューチェーンを全く活用できないがゆえにコストやリスクが高くなり、同時に新規事 業であるがゆえにそのコストやリスクをカバーできるほどの規模の売上を確保できないため、事 業として成立させることが非常に難しい。そのため、収益性という観点から、事業化をあきらめ る企業も存在した。他方で、BOP ビジネスを既存事業の延長上として捉え、既存リソースを活用 することができれば、投資額は5万ドル以下に抑えられ、損益分岐も1~3年という比較的短期に 達成が出来ると言うのが両氏の見解である。 図表・22 9つのビジネス機会 顧 客 の 習 熟 度 既存事業の延長 上にあるBOPビ ジネス 新製品の開発 新しいビジネ スモデルの開 発 新規市場の創出 商品の再設計 新規チャネル の構築 未開発地域市 場への拡大 ターゲット・マ ーケティング 既存チャネル の拡大 競合他社の市 場を奪取 これまで日本企 業がイメージし ていたBOPビ ジネス バリューチェーンの変更 成熟市場への投資 投資額:5万ドル以下 損益分岐:1~3年 成長市場への投資 投資額:20万ドル以下 損益分岐:4~7年 未開拓市場への投資 投資額:50万ドル以下 損益分岐:10年以上 出所:エリック・シマニス他「BOP 市場を制するビジネス機会マップ」を元にNRI追記 このように、世界においてはもちろんのこと、日本においても改めて BOP ビジネスを既存ビジ ネスの延長として捉えなおし、収益性を向上させていくことが重要だという認識を広げていくと ともに、新興国・途上国での成長戦略として捉えなおすことが必要だと考えられる。 また、このように BOP ビジネスを捉えなおすことは、これまで BOP ビジネスとして認識され てこなかった、企業のグローバル化により企業が自主的に進めてきた、通常の事業の海外展開な ども BOP ビジネスとして含まれる可能性があることを意味する。企業が新興国・途上国に進出し、 その国での継続的な成長のために事業展開地域を拡大し、同時に新たな市場を創造するために、 17 事業のボトルネックとなる社会課題を解決していく。こうした日本企業が通常の事業を拡大して いく上で、結果として社会課題を解決していくといった取組についても、BOP ビジネスに含まれ ることとなる。 次に、②「BOP ビジネスと企業戦略の融合」、③「持続可能な開発の重視」 、⑤「エコシステ ムの構築」である。Fernando Casado Cañeque、Stuart L. Hart 両氏が編著者である「BoP3.0 Sustainable Development through Innovation and Entrepreneurship」 (2015)においては、BoP ビジネスが BoP1.0、BoP2.0、BoP3.0 と発展してきており、今後 BoP3.0 を推進することが企業の 利益を拡大するためにも、社会課題を解決するためにも望ましいということが提言されている。 BoP1.0 は企業が自社の事業拡大のために BoP 層を消費者としてのみ捉え、小分け、小型化した製 品等を販売するといった市場探索型のビジネスモデルであり、BoP2.0 は BoP 層を消費者であり、 生産者であり、ビジネスパートナーでもあると捉え、BOP 層と共に BOP ビジネスを共創してい く市場創造型のビジネスモデルである。そして、本書において提唱された BoP3.0 は、BoP1.0、 BoP2.0 があくまでも一つの企業や一つのビジネスに限った話であったことから、複数の事業者・ 組織が協力し合い BoP 層と共にビジネスのエコシステムを創造するというビジネスモデルである。 (図表 23)また、これまで BOP ビジネスにおいて重視されてきた貧困削減というテーマから持 続可能な開発へと視点を広げることも提唱されており、まさに持続可能な地域・国・産業づくり を通じて事業の収益性と社会インパクトを高めていくモデルとして BoP3.0 の提唱がなされてい る。 (図表 24)また、本書では、企業は BoP ビジネスによる社会課題の解決という目的に固執し てはならず、そもそも自社が有しているミッションを見つめ直した上で企業の立場からなぜ BoP ビジネスを行わなくてはいけないのかといった理由を明確にし、企業にとっての本当の目的を明 らかにすることが必要だと提言されている。そうすることで、初めて企業は経営戦略の一部とし て BoP ビジネスを推進することができるのだと言える。 図表・23 BoP1.0 企業が主体 企業 BoP1.0 、BoP2.0、 BoP3.0 の違い BoP2.0 企業とBoPが主 体 企業とBoPが内 包されるエコシス テムが主体 BoP3.0 持続可能な地域・国・産業 企業 BOP チーム メーカーA サービス事業者B BoP NGO NGO 物流企業C 政府 貧困 BoP層 企業が自社の事業拡大の ために、NGO等を通じて BoP層に対して小分け・小 型化した製品等を販売する。 NGO BoP層 企業のBoPビジネス担当が貧困削 減という目的のために、BoP層と原 則一対一の関係で推進するビジネス。 BoP層と協力体制を構築することで、 バリューチェーンの欠損を補う。また、 展開の円滑化のため、現地をよく知 るNGOに協力を仰ぐ。 18 様々なセクターがBoP層と共に持続可能な 地域・国・産業の創造を目指す。そのために、 その地域・国・産業に存在する、または関わ る組織が有するリソースを最大限に活用す る。また、企業はその地域・国・産業で自らの ミッションを成し遂げる為の事業を展開する。 図表・24 BoP2.0 と BoP3.0 の比較 BoP2.0 BoP3.0 Protected space Purpose and mind-set Co-creation Open innovation Stand alone Innovation ecosystem From To Extended distribution Innovation for the last mile NGO engagement Cross-sector partnership networks Poverty alleviation Sustainable development 出所:Fernando Casado Cañeque、Stuart L. Hart 他「BoP3.0 Sustainable Development through Innovation and Entrepreneurship」を元に NRI 作成 また、 「BoP3.0 Sustainable Development through Innovation and Entrepreneurship」と同様に ②「BOP ビジネスと企業戦略の融合」 、③「持続可能な開発の重視」、⑤「エコシステムの構築」 という観点では、G20 によって、2015 年 11 月にトルコのアンタルヤで開催された G20 サミット において「G20 インクルーシブ・ビジネス4に関する要請」がなされ、行動要請の一環として「G20 インクルーシブ・ビジネス枠組み」(G20 DEVELOPMENT WORKING GROUP ,2015)への G20 に よる賛同が行われた。この枠組みは、G20 と非 G20 政府、企業および国際金融機関に対し、イン クルーシブ・ビジネスを促進、支援するための政策オプションを提示するものであり、この枠組 みの中でもインクルーシブ・ビジネスモデルとそれに類似する活動を比較した上で、企業による 本業を通じたインクルーシブ・ビジネスの推進に関する必要性が改めて明示されている。 (図表 25) 図表・25 インクルーシブ・ビジネスモデルとそれに類似する活動の比較 出所:G20 DEVELOPMENT WORKING GROUP「G20 INCLUSIVE BUSINESS FRAMEWORK」 BOP ビジネスの別称。Inclusive growth といった開発用語に関連して援助機関を中心に用いられる用語。BOP ビジネスの先進事例とされるユニリーバもインクルーシブ・ビジネスという用語を公式に使い始めている。日本 語では、包括的なビジネスを意味する。 4 19 また、同枠組みでは、インクルーシブ・ビジネスにおいて、2015 年 9 月に国連において世界各 国が合意した SDGs(Sustainable Development Goals)の達成を目指すことの重要性が改めて提 示されている。 (図表 26) 図表・26 SDGs(Sustainable Development Goals)の 17 の目標 出所:UNDP ウェブサイト5 さらに、SDGs の 17 の目標のように多岐にわたる社会課題に対応していくためには、様々なス テークホルダーが連携することが必要だとされ、エコシステムの創造が開発面においても重要で あることが明記されている。(図表 27) 図表・27 インクルーシブ・ビジネスのエコシステム 出所:G20 DEVELOPMENT WORKING GROUP「G20 INCLUSIVE BUSINESS FRAMEWORK」 5 http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sdg/post-2015-development-agenda.html 20 最後に、④「事業のスケールアップ」である。ミシガン大学教授 Ted London 氏の新著「The Base of the Pyramid Promise Building Businesses with Impact and Scale」(2016)では、④「事業のスケ ールアップ」 、⑤「エコシステムの構築」の重要性が提唱されている。 また、BOP ビジネスの展開範囲を拡大していくためには、エコシステムを構成する企業のパー トナーとして「Facilitate Enterprise Activity」 、 「Enhance Enterprise Resources」 、 「Facilitate Market Transaction」 、 「Enhance Market Environment」といった 4 つの役割を果たすパートナーの支援が 必要であると提唱されている。 エコシステムの形成は、BOP ビジネスが継続的に事業として成長を続けるためには重要な要素 だと言える。先に述べたように、南アフリカでは金融サービスによって一時的に BOP 市場が拡大 したが、景気が悪化するとともに急激に BOP 市場が縮小するという現象が起きた。これは、BOP 市場における金融サービス基盤が十分に整っていなかった結果だと考えられる。マイクロファイ ナンス等の金融サービスを活用することで、BOP 層の消費を活性化させることはできるが、他方 でリスク管理等を含めたエコシステムが形成されていなければ、BOP 層の消費が膨らんでいくに つれて事業の継続性が保てなくなるリスクも増大する。これに対して、グラミン銀行や BRAC と いった組織がマイクロファイナンス市場の拡大を牽引してきたバングラデシュでは、BOP 層に対 する金融サービス提供により BOP 層の消費を増大させるだけではなく、細かな顧客管理により、 家計の破綻を防ぐ仕組みを構築することで、BOP 市場の持続可能な成長を促進させるエコシステ ムが形成されつつある。例えば、グラミングループではマイクロファイナンスやそれを組み合わ せた事業を行う際に、週に一度の BOP 層個別訪問を必須とし、随時顧客のステータスに関する情 報のアップデートを行うことで、消費の増大による家計の破綻を事前に防ぐことで事業の継続性 向上を実現しているのである。 (図表 28) 図表・28 バングラデシュにおけるエコシステムの形成 持続可能な成長を促進させる エコシステム BOP層向け 製品提供企業 ToP層 増大した消費に対する 製品提供 金融サービスによる 消費増大 BOP層向け 金融サービス提供企業 MoP層 BoP層 顧客管理による 消費抑制 そのため、企業のみならず、企業活動を支える産業全体の発展度合いが BOP ビジネスによる収 益創出に関する持続性や社会課題解決効果を高めていくのだと考えられる。すなわち、日本企業 になじみがある言葉で表現し直すとすれば、収益向上のためにも企業は国づくり・地域づくり・ 産業づくりに貢献していくことが重要だという認識が高まってきているのだと言える。 以上のような世界での BOP ビジネスの議論を取りまとめると、BOP ビジネスにおいて、以下 21 のような考え方が重要になってきていると言える。 ① BOP ビジネスにおける過去の失敗事例に基づくと、BOP ビジネスを特別な事業ではなく、 通常の事業の延長上にとらえることが必要であることが分かってきた。 ② BOP ビジネスには、企業がこれまで BOP ビジネスとして認識してこなかった、企業のグロ ーバル化を通じて企業が自主的に進めてきた通常の事業の海外展開なども、結果として社 会課題を解決しているのであれば BOP ビジネスとして含まれる。 ③ BOP ビジネスにおいて、収益性や社会インパクトを継続的に向上するためには、エコシス テムの構築という観点から国づくり・地域づくり・産業づくりを視野に入れる必要がある。 1-3.日本企業によるBOPビジネス推進状況と課題 1)日本企業によるBOPビジネスの推進状況 日本においては、2009 年が「BOP ビジネス元年」と言われ、経済産業省、JICA、JETRO 等 の政府関連組織や、UNDP 等の国際機関による BOP ビジネス推進のイニシアティブが次々に 本格始動・拡大を始めた。こうした日本政府機関等からの後押しにより、日本企業の中にも BOP ビジネスに取り組む企業が現れ始めた。実際に、日本政府の支援を受け、BOP ビジネスに取り 組み始めた企業数は既に 100 社を超えている。 他方で、日本企業の新興国・途上国市場への進出が欧米企業よりも一歩遅れていることから、 BOP ビジネスを既存事業の延長上に捉えるといった意識が日本企業には希薄である。例えば、 欧州においては、昔から企業にとって持続的な成長をするためには海外での事業拡大が必須だ と考えられてきた。なぜならば、欧州は各国の人口が少ないため、国内市場の規模が限られて おり、企業が成長するためには他国市場への進出が必要不可欠だからである。また、新興国・ 途上国とは旧宗主国と植民地という歴史的な背景から親密な関係を築きあげている国も多く、 先進国だけではなく、新興国・途上国での事業拡大についても推進する企業が多く存在してい る。 こうした欧州企業と比較して、日本企業はこれまで国内に豊かな市場を有しており、その市 場が成長をし続けてきたため、企業の成長を海外展開に求める必要は必ずしもなく、結果とし て最近になるまで新興国・途上国への進出が重視されることはなかった。こうした歴史的な背 景が影響し、特に欧州を中心とした国々の企業における新興国・途上国市場への進出は日本企 業よりも一歩進んでおり、その中で既存事業と BOP ビジネスの融合といった考え方が意識され 始めていたのだと考えられる。 「ドイツ企業のインド戦略」(日本貿易振興機構(ジェトロ)、2014)によると、日本と同様 に輸送機器産業や機械産業が国の基幹産業となっているドイツにおいては、2014 年時点におい てインドに日本企業の 2 倍に上る約 1,800 社のドイツ企業が存在しているということである。 こうした中でドイツ企業は日本企業に先んじて新興国・途上国市場における BOP 市場の重要性 を認識し、既存の事業と BOP ビジネスとの関係性についても認識が進んでいると考えることが できる。 例えば、インドでの歴史が長く国内での知名度も高いシーメンスは、X線機器等の医療機器 や小規模空港向けの荷物コンベアシステムを始めとしたローエンド市場向けの製品を SMART 製品と名付け、展開している。SMART とは「使い勝手がシンプル(Simple-to-use)」、「メンテナ 22 ンスが容易(Maintenance-friendly) 」 、 「手ごろな価格(Affordable)」 、「信頼できる(Reliable)」 、 「市場にタイムリーに対応(Timely-to-market) 」の頭文字をとった造語であり、欧州で販売さ れる製品より最大で約 40%安い価格で販売されている製品である。インドは SMART 製品生産 のハブとして位置づけられており、インド国内で SMART 製品が製造されるとともに、既にバ ングラデシュを始めとする海外への展開が始まっている。 他方で、日本企業は、新興国・途上国市場への進出が他国と比較して遅れたこともあり、一 般的な日本企業の BOP ビジネスに対する認知度は低く、また魅力を感じている企業も少ない。 国際協力機構(JICA) ・電通の調査6によれば、BOP ビジネスの認知状況は、「名前を聞いた ことがある程度」まで含めると 61.8%と多い。特に、大企業の認知は中小・ベンチャーに比べ 11%以上高い。ただし、 「既に取り組みをしているので詳しく知っている」が 4.6%、 「取り組 みはしていないが詳しく知っている」が 10.7%と、内容まで理解している企業は 15.3%にとど まる。 (図表 29) 図表・29 企業による BOP ビジネスの認知程度 出所:国際協力機構、電通「我が国企業による BOP ビジネスの普及促進と更なる連携強化のための調査業務」報告書 また、BOP ビジネスに対し魅力を感じる企業は 12%にとどまり(全体。大企業 17%、中小 11%) 、44%(全体。大企業 43%、中小 48%)は魅力と感じていない。 (図表 30) 6国際協力機構、電通「我が国企業による BOP ビジネスの普及促進と更なる連携強化のための調査業務」報告書,2015 23 図表・30 企業にとっての BOP ビジネスの魅力度 出所:国際協力機構、電通「我が国企業による BOP ビジネスの普及促進と更なる連携強化のための調査業務」報告書 また、BOP ビジネスに対しては、危険度が高く、関わりたくないイメージが強い。具体的に は、 「自社が扱っている製品・サービスとは関係がないと考えている」(24.4%)、 「不安定な要素 が大きすぎる分野だと考えている」(23.1%)、 「投資額を回収できないリスクが高いと考えてい る」(21.2%)という結果になっている。そのイメージを反映してか、「有望な成長分野」だと考 えている企業が 17.6%いる一方、「いち早く取り組むべき分野」と考えている企業は少なく、 「小さな投資から始める分野」(18.7%)、 「CSR に対する取り組みとして有効」(16.6%)と考える 会社も少なくない。 (図表 31) 図表・31 企業が有する BOP ビジネスのイメージ 出所:国際協力機構、電通「我が国企業による BOP ビジネスの普及促進と更なる連携強化のための調査業務」報告書,2015 24 このことから、日本企業による BOP ビジネスへの取り組みが他国企業に比べて遅れているのだ と考えられる。 特に、 BOP ビジネスに対する誤解から企業が BOP ビジネスの魅力を感じておらず、 結果として BOP ビジネスを企業全体の経営戦略に組み込んでいる企業が少ないため、日本企業に おいてはまず企業の意識を変革していくことが重要な課題だと言える。 他国企業の先進事例においては、既に BOP ビジネスが新興国・途上国事業を成長させる重要な 主要事業へと成長させている企業が現れ始めている。例えば、ボーダフォングループのケニア現 地法人であるサファリコムが代表的な事例としてあげられる。サファリコムはイギリス政府機関 DFID の支援を受け開発した携帯送金事業のエムペサ事業を推進することで、ケニアにおける農村 部と都市部双方における送金を安価かつ安全に行える仕組みの構築に貢献すると同時に、企業全 体の急成長を実現させている。ケニアにおいては、携帯送金サービスであるエムペサは既に金融 インフラとしてその地位を確立しており、それがサファリコムの携帯電話事業全体の成長を促進 させている。サファリコムのアニュアルレポート7によると、エムペサは 2011 年に 117.8 億シリン グ、2012 年に 168.7 億シリング、2013 年に 218.4 億シリング、2014 年に 265.6 億シリング、2015 年には 326.3 億シリングと急成長している。また、アニュアルレポートにおいて、経営陣がエム ペサ事業はサファリコム全体の収益の内 2 割を占めており、自社の急成長を支える原動力になっ ていると発言している通り、企業全体の事業拡大を支える基幹事業として機能している。実際、 ボーダフォングループはケニアでの成功事例を元に他国での携帯電話市場を拡大するためにエム ペサ事業を導入するという横展開を進めており、近年ではタンザニア等の近隣地域においてもそ の取組は成功を収めつつある。 このように、既に他国企業では BOP ビジネスを企業全体の経営戦略に組み込むことで、新興 国・途上国市場における継続的な成長を実現させている例が生まれ始めている。そのため、日本 企業においても、BOP ビジネスを新興国・途上国市場における継続的な成長を成し遂げるための 重要な要因としてみなし、事業の推進に力を入れていくことが求められる。 2)BOPビジネスに対する誤解と実態 日本においても先進的に BOP ビジネスに取組み続けている企業が数は限られてはいるものの 存在している。そのため、本調査においては、日本企業から見た BOP ビジネスに対する誤解と実 態を整理することにより、一般的な企業の認識を先進的な企業が持つ認識に近づけることが必要 だと考えた。そこで、JICA・電通による一般企業へのアンケート結果8と、本調査において独自に 実施した「持続的に BOP ビジネスを推進している日本企業」へのインタビュー調査の結果を比較 して、BOP ビジネスに対する誤解と実態を整理した。(図表 32) 7 http://www.safaricom.co.ke/investor-relation/financials-and-reports/annual-reports 8国際協力機構、電通「我が国企業による BOP ビジネスの普及促進と更なる連携強化のための調査業務」報告書,2015 25 図表・32 BOP ビジネスに対する誤解と実態の抽出方法 既に実施済みのJICAによ るアンケート調査結果から 抽出 一般的な企業群 持続的にBOPビジネスを 推進している日本企業へ のインタビュー調査に基づ いて整理 持続的にBOP ビジネスを推進 している日本企 業群 まず、JICA のアンケート結果に基づいた一般的な企業の認識は以下のとおりである。9 BOP ビジネスの名前の認知はある程度あるが、内容についての理解は低い。 CSR や広報のための事業であり、事業部の人たちは関係ないと考えている。 消費者向けの小分けビジネスで“儲からない”、新規事業として取り組みには“事業規模が 小さい”と考えている。 新興国・途上国及び BOP 層の知見がないため、事業構築が難しいと考えている。 これに対して、持続的に BOP ビジネスを推進している日本企業の認識は以下の通りである。 事業の持続可能性を重視する際には事業として社会課題を優先する考え方ではなく、収益 重視の事業を進めた結果として社会課題を解決するといった考え方が重要である。(⇒収 益の創出を重視) BOP ビジネスという言葉は社内での理解が得にくいが、「新興国における事業を通じた共 存共栄」 、「(新興国での)理念を実現するための事業」という表現であれば、社内で理解 が得られやすい。 (⇒通常のビジネスの延長上に位置づけ) BOP ビジネスを継続的に推進している企業は、「たまたま顧客が BOP 層であった」、 「競合 が既に実施しておりやらざるを得なかった」、「通常の事業として始めたが国際的な認知を 高めるために見せ方を変えただけである」という理由で BOP ビジネスを始めている。 (⇒ 通常のビジネスの延長上に位置づけ) 実際に、BOP ビジネスを推進している企業は、「伝統的市場でのビジネスは近代的市場よ りも競合を排除できるため利益率が高い」、「ほとんどの企業が参入していない時代からビ ジネスをすることで大口顧客との安定的な取引を行えている」といったメリットを感じて いる。 (⇒国際競争力向上のために上手く活用) 9国際協力機構、電通「我が国企業による BOP ビジネスの普及促進と更なる連携強化のための調査業務」報告書 26 すなわち、一般的な企業は BOP ビジネスを採算度外視の小規模ビジネスや CSR 事業とみている のに対し、実際に BOP ビジネスに取り組み続ける企業は、 「通常のビジネスの延長上に BOP ビジ ネスを位置づけ」 、 「収益の創出を重視」するとともに、BOP ビジネスという概念を「国際競争力 強化のために上手く活用」しようとしていることがわかった。 このことから、今後日本企業が新興国・途上国での競争力を得ていくためには、BOP ビジネス に関する理解促進により、一般的な企業の誤解を払拭し、BOP ビジネスに取り組む企業の数を増 やすことが必要なのだと言える。 3)日本企業にとってのBOPビジネスの重要性 日本の一般的な企業の中に、上記のような BOP ビジネスに対する誤解が存在する一方で、ここ 数年日本企業のグローバル化が進むにつれ、日本企業にとっての BOP ビジネスの重要性は増して きている。エリック・シマニス氏、ダンカン・デューク氏が提唱するように、BOP ビジネスの収 益性を高めるためには、BOP ビジネスを既存の事業の延長上に捉えていくといった視点が必要と なる。 そういった意味では、ここ数年の日本企業のグローバル化の視点により、ようやく日本企業が 事業や事業の周辺領域において BOP 層との接点を持つ回数が増え、結果として BOP ビジネスを 必要とする状況が増えてきたのだと言える。すなわち、日本企業にとって BOP ビジネスが自社の グローバル事業の拡大を促進させるための手法として有効な一手になりつつあるのだと言える。 実際に、近年日本企業による新興国・途上国に対する進出は加速している。現在、日本の製造 業においては、大企業・中小企業ともに、海外事業の拡大は重要な課題となっており、日本企業 の海外売上高比率は増加傾向にある。 「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 2014 年度海外直接投資アンケート調査結果(第 26 回) 」(JBIC,2014)によると、日本の製造業に対する アンケート調査(回答企業数 617 社)を元に製造業の海外売上高比率の推移をみた際に、リーマ ンショック後に海外売上高比率は伸び悩んだものの、2011 年以降は順調に増加し続けていること が分かる。 (図表 33) 図表・33 日本の製造業の海外売上高比率の推移 40 % 38 38.8 37.5 36 34 34.7 33.5 32 34 34.2 34.7 35.4 34.2 30 28 26 29.1 27.9 24 22 20 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 出所:JBIC「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 2014 年度海外直接投資アンケート調査結果(第 26 回) 」を 元に NRI 作成 27 また、中長期的(今度 3 年)有望事業展開先としては、新興国各国が上位に並んでおり、日本 企業が新興国を中心に海外事業を拡大していっていることが想定できる。 (図表 34) 図表・34 中長期的(今度 3 年)有望事業展開先 順位 2011年度調査 2014年度調査 1 中国 インド 2 インド インドネシア 3 タイ 中国 4 ベトナム タイ 5 ブラジル ベトナム 6 インドネシア (同数5位) メキシコ 7 ロシア ブラジル 8 米国 米国 9 マレーシア ロシア 10 台湾 ミャンマー ※順位は国名を選択した社数順となっている 出所:JBIC「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 2014 年度海外直接投資アンケート調査結果(第 26 回) 」を 元に NRI 作成 こうした日本企業による海外進出の加速により、既に多くの日本企業が新興国・途上国に進出 済みであり、新興国・途上国での事業も拡大段階に入ってきていると考えられる。なぜならば、 海外売上高を高めるためには、展開国数を増やすだけではなく、展開国における成長市場に力を 注ぐことが重要となるためである。すなわち、日本企業の中には新興国・途上国の大都市首都圏 中心の事業から中小都市・郊外・スラム街・農村へ展開することで事業を拡大し始める企業が現 れ始めていると考えられる。図表 35 は、製造業における一般的な新興国・途上国進出ステップを 4 段階で表したものだが、一般的に日本の製造業は販売代理店を通じた輸入販売から新興国・途 上国での事業を開始(STEP1)し、その後輸入販売での販売量が増加していった段階、もしくは 市場規模が十分に拡大した段階で現地拠点を設立しマーケティング・アフターサービスを強化 (STEP2)する。STEP2 までは、販売代理店の展開地域や大都市首都圏等の成熟市場を有する地 域を中心に事業を拡大するが、それだけでは事業拡大に限界がある。そのため、国内拠点の増加 や展開する事業数の増加により、事業拡大に取り組み始める。(STEP3)次に事業拡大のために、 企業は近隣国へ展開、もしくは中小都市・郊外・スラム街・農村への展開を視野に入れる。そし て、最終的には、生産拠点を設立、もしくは更に推進する事業数を増やすか、もしくは近隣地域 全域・国内全域への展開地域の拡大を行うことで、より事業拡大を促進する(STEP4)こととな る。こうした一般的な新興国・途上国の進出ステップに照らし合わせると、既にインド等多くの 企業が進出済みの市場においては、日本企業でも STEP2 は達成済みの企業が現れ始めており、 STEP3 や STEP4 に達するために試行錯誤する企業の数が増えてきていると考えられる。 28 図表・35 製造業における一般的な新興国・途上国進出ステップ STEP1 STEP2 STEP3 STEP4 進出形態 販売代理店を通じた 輸入販売 現地拠点を設立し、 マーケティング・アフ ターサービス強化 国内拠点の増加 もしくは 複数事業並行展開 生産拠点を設立 もしくは、複数事業並 行展開 展開地域 販売代理店の展開地 域のみ 主に大都市首都圏等、 国内の成熟都市のみ 近隣国へ展開 もしくは 中小都市・郊外・スラ ム街・農村へ展開 近隣地域全域に展開 もしくは 国内全域での展開 従って、日本企業がグローバル化を加速させるために、競争が過密する都市部富裕層・MOP 層 のみに注目するのではなく、BOP 層が MOP 層に移行することによって誕生する市場に注目する ことの重要性が増してきている。 上記のように、日本企業の新興国・途上国市場への進出が進むにつれ、既存の事業の視点にお いても BOP ビジネスが事業拡大の選択肢の一つとして視野に入ってくることとなる。また、日本 企業が BOP 市場で事業を展開することによって BOP 市場に関する情報が日本へと多く入ってく るようになると考えられる。そうなれば、現時点では新興国・途上国市場に進出していない企業 にとっても、BOP 市場が魅力的な市場であることが認知され、現地パートナーとのパートナーシ ップの形成を通じた BOP ビジネスが、新興国・途上国市場への進出に関する一つの選択肢として 認識されるようになってくることだろう。 このような状況の変化により、日本においても一般的な企業が BOP ビジネスに抱く誤解を払拭 し、先進企業が持つ「通常のビジネスの延長上に BOP ビジネスを位置づけ」、 「収益の創出を重視」 するとともに、BOP ビジネスという概念を「国際競争力強化のために上手く活用」しようとする という認識を広めていく素地が出来てきたと言える。 4)日本におけるBOPビジネスの課題 このように、日本企業にとっての BOP ビジネスの重要性が高まる中、日本における BOP ビ ジネスの課題としては、BOP ビジネスへの誤解を助長している悪循環の解消があげられる。 現在、先述した日本企業の BOP ビジネスに対する認識から考えると、日本における BOP ビ ジネスの現状として、「成功事例が少ない」→「BOP ビジネスが採算度外視のビジネスだと いう認識が広がる」→「BOP ビジネスに取り組む企業が少ない」→「成功事例が少ない」と いう悪循環が生まれてしまっていると考えられる。 (図表 36) 29 図表・36 BOP ビジネスに関する悪循環と求められる好循環 日本におけるBOPビジネス に関する悪循環 今後求められる好循環 成功事例が 少ない 成功事例の 創出 BOPビジネ スに取り組む 企業が少な い BOPビジネ スが採算度 外視のビジネ スだという認 識が広がる BOPビジネ スに取り組む 企業の増加 BOPビジネ ス(収益指向 型)に関する 認識の浸透 そのため、将来的に日本企業が新興国での競争力を得ていくためには、BOP ビジネスに関 する理解促進により、BOP ビジネスに関する日本企業の誤解を払拭し、BOP ビジネスに取り 組む企業の数を増やすとともに、より多くの成功事例を創出するといった好循環を生み出す ことが必要である。 実際に、日本企業の中でも、良品計画が IFC によるインクルーシブ・ビジネス・リーダー 賞といった国際的な BOP ビジネスに関する賞を受賞する企業が現れる、UNDP による Business Call to Action において MDGs の解決に向け事業を通じて貢献することを経営陣が 宣言する企業数が増加する等、世界的にも注目される活動を推進する企業が増えてきている。 (図表 37) 図表・37 Business Call to Action 参加企業例 企業名 事業概要 健康と美容の生活習慣改善活動で、バングラデシュの農村女性の健 資生堂 康と衛生を改善し、雇用を創出 損保ジャパン日本興亜 「『天候インデックス保険』で東南アジアの小規模農家の強靭性を グループ 高める サラヤ ウガンダの医療現場でアルコール手指消毒を普及し、感染症を予防 アフリカとアジアの無電化地域にソーラーランタンの明かりを提 パナソニック 供し、温室効果ガスを削減 味の素 ガーナにおける栄養改善の推進 良品計画 カンボジア、ケニア、キルギスの手工業者の商品開発を支援 中東とアジアの 3600 万人の低所得層の女性に手ごろな価格で衛生 ユニ・チャーム 用品を提供 『プレオーガニックコットン(POC)プログラム』でインド農家を 伊藤忠商事/クルック 支援 住友化学 蚊帳の現地生産を推進するとともにアフリカの未来に投資 出所:UNDP ウェブサイト10 10 http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/partnerships_initiatives/privatesector/privatesector5.html 30 こうした先進的な企業の存在や彼が有する BOP ビジネスに関する考え方に関して、国内・ 海外双方で情報発信による啓発を行うことにより、悪循環を好循環へと変化させていくきっ かけを生み出すことができるのではないかと考えられる。 第2章 収益指向型BOPビジネスの考え方 2-1.収益指向型BOPビジネスの類型化 今回の調査では、 BOP ビジネスを持続的に推進している企業やその企業のパートナーに対して、 事業の成功要因やこれまでの事業の変遷からの学びに関して、合計 53 組織への国内外でのヒアリ ングを実施した。これらのヒアリング調査の結果に基づき、日本・アジア・アフリカで収益をあ げている収益指向型 BOP ビジネスをビジネス形態別に5つのモデルに分類した。 (図表 38) 図表・38 収益指向型 BOP ビジネスの類型化 BOP層との接点 ビジネス形態(取引形態分類) B2G(一部B2B、B2X2C含む) BOP市場への販売 B2C(一部B2B含む) BOP層と連携して生産 BOPビジネスのモデル分類 1 調達対応・グラント活用モデル 2 ホールピラミッドモデル 3 伝統的市場先取モデル 4 プラットフォーム構築・活用モデル 5 成熟市場による購買力活用モデル (1) 調達対応・グラントモデル ① モデル概要と特徴 国際機関や海外政府による調達への対応による安定的な収益源の確保、公的機関のグ ラントや民間企業の CSR 資金を活用して事業の継続性を高めるモデルである。従来は 国際調達等において日本企業が調達やグラントに対する公募に応募しても、案件採択 の可能性は低く、採択されても利益率が低いとされることが多かった。それに対して、 このモデルでは、国際機関や海外政府、企業の調達・グラントの意思決定者に対する ロビーイング等を通じて案件へのスペックインを行うことで安定的な取引と個別案件 の収益性の向上を行うことを特徴としている。 31 ② 企業事例 調達対応・グラントモデルを推進している企業の事例としては、GE があげられる。 GE は、インフラストラクチャー、金融、メディアという 3 つの事業分野を柱に発電所、 運輸、ヘルスケア関連の事業等を推進しているコングロマリット企業である。BOP ビ ジネスという観点では、農村部の電化事業、ヘルスケア事業に取り組んでいる。こう した GE を始めとする重電メーカーがアフリカでの事業拡大を促進させる上で重視し ているのが、現地政府とのパートナーシップを通じた政府調達案件へのスペックイン である。GE は、アフリカにおいて特に経済成長著しい国において、アメリカ政府や現 地金融機関と共に、現地政府機関とのプロジェクト組成、投資、市場創造に関する MOU(覚書)を締結している。アフリカにおいて、国の発展に大きな影響を与える発 電・運輸・水道関連の市場といったまさに GE の主戦場における顧客候補は現地政府、 国有企業、もしくは民営化した国有企業の場合がほとんどである。そのため、それら の市場を管轄する、もしくは国全体の成長計画を立案する役割を担う現地政府機関が 投資の意思決定を左右することが多い。また、アフリカにおいては、まだ民間企業が 未成熟な状態であるため、事業を拡大させていくためには、政府による調達案件や入 札案件に対応することで安定的な収益を確保することが必須となる。 図表・39 GE の売上推移と中東・アフリカ地域における売上と売上比率 160 149.6 147.4 147.3 140 120 12.0% 9.2% 8.1% 7.4% 148.6 10.5% 146 10.0% 8.1% 8.0% 100 80 6.0% 60 3.6% 2.0% 40 20 0 11.9 11.1 1 1.0% 12 1.5 2010 2011 2012 0.7% 3 4.0% 2.7% 13.5 5.2 15.6 2013 2014 2.0% 4 0.0% GE売上(10億ドル) 中東アフリカ売上(10億ドル) アフリカ売上(10億ドル) 中東アフリカ売上(割合:%) アフリカ売上(割合:%) 出所:GE アニュアルレポートを元に NRI 作成11 GE はこうした状況をよく把握しており、各国政府機関との MOU を締結し、政府の プロジェクト組成・推進に協力することで、自社の事業機会の増加に努めている。政 府機関の運営能力が未発達である国が多いアフリカにおいては、こうした取り組みは 非常に効果的である。特に、GE は現在環境分野を対象にした「エコマジネーション」 と医療分野を対象とした「ヘルシーマジネーション」といった二つのイニシアティブ 11 http://www.ge.com/investor-relations/investor-services/personal-investing/annual-reports 32 に経営資源を集中させ、世界の課題解決に貢献することに注力しており、これら二つ の領域に関して、アフリカ各国は課題を多く有している。GE はそうした状況下におい て、自社ができる限り有利になるために各国政府との MOU を結ぶという営業活動に 注力していると考えられる。 実際に GE はガーナにおいて 2013 年に MOU を結んだ後に、2014 年末までに Vscan を 400 機提供、その後 1,600 機を追加提供している。Vscan は、GE が開発した携帯型 の超音波画像診断装置である。 (図表 40)通常は 1000 万円以上する高価で大きな超音 波診断装置を、スマートフォンサイズに小型化した上で約 1/10 まで低減させた製品で ある。Vscan はもともとインドのバンガロールのマニパル病院からアイデアが提起さ れ、 「診断器具が聴診器と体温計だけというインドの田舎で、携帯電話のように使える 診察器具があれば、大きな需要があるのではないか」12という観点で開発されたが、発 売後に大きな反響があり、日本を含む先進国や途上国、あわせて 100 以上の国で使わ れるようになった製品である。 GE は、政府に MOU を通じてスペックインすることでこうした製品の普及を進めて いる。 (図表 41)医療機器というのは、トレーニングに時間がかかり、また医療技術 とも強く関連していることから、一度使用し始めると代替製品が登場したとしても切 り替えが難しい。そのために、スペックインという要素は事業において非常に重要な 要素となり、一度スペックインしてしまえば営業コストも下がるために収益性も高ま る。GE は政府との MOU という手法を用いて案件へのスペックインを行うことで医療 分野における政府や政府関連の医療機関との安定的な取引と個別案件の収益性の向上 を行っていると言える。 図表・40 Vscan 製品外観13 25 年度アジア産業基盤強化等事業(国内外企業の新興国市場獲得の実態に係る調査) 」 http://gecommunity.on.arena.ne.jp/Vscan/about/about2.html 12経済産業省「平成 13 33 図表・41 GE によるアフリカ各国政府との MOU 現地政府以外のパートナー MOUの対象となっている領域例 エチオピア USADF、USAID ヘルスケア、エネルギーマネジメント、 輸送、航空、オフグリッドエネルギー ナイジェリア USADF、USAID ヘルスケア、オフグリッドエネルギー、 製造業、航空、輸送、エネルギー、航 空 ケニア USADF、USAID、Kenya Commercial Bank ヘルスケア、エネルギー、航空、輸送、 人材育成、オフグリッドエネルギー ガーナ USADF、USAID オフグリッドエネルギー、エネルギー リベリア USADF、USAID オフグリッドエネルギー タンザニア USADF、USAID オフグリッドエネルギー アンゴラ USADF、USAID 鉄道、航空 出所:小池・平本「アフリカ進出戦略ハンドブック」(2016) 顧客とは 15 年以上取引を行ってきており、強い信頼関係が構築されている。そのため、安 価な中国製品に負けることなく、取引を継続していくことが出来た。(エネルギー) BtoG ビジネス構築のためには海外政府・国際機関等の調達担当がいる国にロビーイング担 当の海外スタッフを活用することが重要。(保健衛生) 競合他社に先駆け、新たな社会課題にも効果的な次世代の製品を開発した。こうした問題 に対する解決力、実行力は自社ならではのものだと思うし、開発力を活かして(スペック インを通じて)収益創出が実現できればよいと考えている。(保健衛生) 既存製品のみならず、他製品などを組み合わせることが総合的な社会課題の解決には有効 である中で、自社は全ての製品を持っており、さらにはここ最近新製品を複数開発してい る。一部製品は専門技術者が取り扱うため、技術者への教育、トレーニング等が必要とな るが、これらのポートフォリオを活用することで、トータルに問題解決を行っていく(こ とでスペックインを進めていく)。(保健衛生) 公共入札における競争環境において、競合が増加し、結果として収益率が下がっている。 (保 健衛生) (民間企業の CSR 担当組織を顧客とした事業については、顧客となりうる)企業の CSR 活 動との連携において、各企業の製品と自社が解決する社会課題がどのような関係にあるの かを明確にし、価値を共有することが重要である。(耐久消費財)。 34 (2) ホールピラミッドモデル ① モデル概要と特徴 BOP 層と同様に MOP 層・富裕層をメイン顧客と位置づけ、それぞれのビジネスの シナジーを追求することで短期的な収益と中長期的な収益の創出を実現するモデルで ある。従来は、BOP 層に BOP 層向けの製品を販売する企業が多かったが、その場合 BOP 層にとって BOP 層向けの製品は貧困の象徴と捉えられ、口コミ効果が期待でき ないのが実態である。そのため、このモデルでは、デザイン・ブランド面で MOP 層 が欲しがる製品を MOP 層・BOP 層双方に対して販売することで、MOP 層向け事業に よる収益向上と共に BOP 層の口コミ効果を高めることを特徴としている。 ② 企業事例 ホールピラミッドモデルを推進している企業の事例としては、Godrej and Boyce 社 があげられる。Godrej and Boyce 社はインドのゴドレジ財閥のグループ企業であり家 電用品等を販売している企業である。Godrej and Boyce 社では、2010 年にチョットク ールという名称の半導体冷蔵庫を開発し、BOP 層向けの販売を開始している。(図表 42)チョットクールは 43 リットルの半導体冷蔵庫で、コンプレッサーも冷媒も利用せ ず、12 ボルトの直流電圧で機能し、バッテリーでもインバーターでも太陽エネルギー でも機能する製品である。また、重要は 7.8 キログラムで簡単に持ち運ぶことが出来、 一般的な家庭環境下で食品を 5~15℃で新鮮に保ち、冷やすことができる。価格は 3250 ルピー~3500 ルピーと低価格であり、インドにおける最安価格帯の冷蔵庫でも 6000 ルピーもすることから考えると、BOP 層にとっても手に届く価格帯の製品となってい る。 図表・42 2010 年時点のチョットクール 出所:JICA ウェブサイト14 当初、チョットクールは女性起業家や郵便局を通じて農村部で販売された。しかし、 Godrej and Boyce 社は 2014 年に本事業を再スタートしている。製品はデザイン性が高 いものに改良され、消費者に欲しいと思ってもらえることを重視した製品となった。 (図表 43) 14 http://www.jica.go.jp/india/office/information/event/2010/100526.html 35 また、オンラインで製品が購入でき、デザインもオンライン上で自分用にカスタマ イズできるような工夫を凝らした。The Hindu BusinessLine 誌15において Godrej and Boyce 社のエグゼクティブバイスプレジデントである G Sunderraman 氏は、「所得の 低い人々の憧れは所得の高い人々から生まれるため、所得の高い人々が購入しないの であれば、所得の低い人々は購入をしない」と語っている。Godrej and Boyce 社はイ ンドの社会課題を解決するためにチョットクールを開発した。所得の低さや電気への アクセスの無さからインド人の 80%以上が冷蔵庫を利用していないという現状を問題 視し、チョットクールによって、BOP 層が牛乳を保存したり、野菜や果物を傷むこと なく保存したり、数本の冷たい水を得ることを通して彼らの日常生活を著しく向上さ せることを目指したのである。 しかし、BOP 層のニーズを把握し、そのニーズに適した製品を開発しても、BOP 層 が欲しいと思う製品でなければ、普及することはない。Godrej and Boyce 社は、チョ ットクール事業を進める中で、それに気付き、まずは MOP 層が欲しがる製品として 普及させ、結果として BOP 層が欲しがり、BOP 層にも製品が普及し、結果として社 会課題が解決されるといった戦略に切り替えたのである。 図表・43 2014 年に再スタートした際に販売されたチョットクール 出所:chotukool ウェブサイト16 開発当時、広告投資を控えて代わりに口コミによって製品を広めていこうと考えていた。 しかし、「貧しい人向けの製品」というイメージが定着してしまったため、購入者が購入し たことを口外せず口コミが発生しなかった(耐久消費財) 中間層市場への製品販売を同時に進めていくことで、BOP 層向けの事業に必要な資金を確 保していくことを進めている。(耐久消費財) 貧しい人も裕福な人も欲しいものの根本は同じ(耐久消費財) 15 http://www.thehindubusinessline.com/companies/godrejs-chotukool-fridges-to-flaunt-heritage-art-designs/art icle6301413.ece 16 https://www.chotukool.com/ 36 製品レンジを広く持つことにより,範囲の経済性を追求することができる。(耐久消費財) 地理的に拡大して行くことも重要ではあるが, (中間層・BOP 層が共存している地域におい ては)一つの地域での市場シェアを高めることでその地域の流通チャネルが効率的に活用 できるようになるため,地域を限定し,集中して販売を行うことが特に重要だと認識して いる。(耐久消費財) (3) 伝統的市場先取モデル ① モデル概要と特徴 近代化されていないキオスク等を始めとした伝統的市場において集客力のあるチャネ ルや販売代理店の囲い込みや技術支援・人材育成を通じた集客力向上に結び付く経営 支援により、競合を排除し、高い収益率の市場を獲得するモデルである。従来は農村 において女性起業家を通じた製品の販売を行う企業が多かったが、それは最初の一手 としては効果があっても継続していくと結局はコストが多くかかってしまい、収益性 という観点から事業の魅力度が低くなってしまう。そのため、このモデルでは、多く の顧客を有する多種多様な製品を常備するキオスクにおいて、1カテゴリー1製品を 厳守させることで競合他社を排除し、事業の利益率を高めることを特徴としている。 ② 企業事例 伝統的市場先取モデルを推進している企業の事例としては、マンダム、日清食品、江 崎グリコがあげられる。これらの企業は、アニュアルレポートやその他公式な対外発 表において伝統的市場や伝統的取引(トラディッショナルトレード)から得られる収 益等の成果や今後関連した取組を強化する姿勢を示している。すなわち、経営者が全 社の海外戦略として伝統的市場の獲得を重視している企業だと言える。 また、上記以外の企業では、資生堂がバングラデシュの女性の美容、そして宗教的 なニーズに応えた手頃な価格の「Les DIVAS」というスキンケア商品(洗顔料 2.57、 保湿ジェル 1.93、日やけ止め 2.57 米ドル)を開発し、JITA バングラデシュという伝統 的市場先取モデルの推進を支援する現地企業と連携し始めている事例があげられる。 JITA バングラデシュは、国際協力 NGO であるケア・インターナショナルとダノン・ コミュニティーズの支援によって運営されている社会的企業で、同社のネットワーク に所属する現地の女性が資生堂のスキンケア商品の販売を担っている。この JITA バン グラデシュは、NGO の立場から BOP ビジネスを推進する特定企業を女性起業家に活 躍してもらうことで支援するという従来の手法ではなく、営利企業として複数の企業 の製品を流通させていくと言ったマーケティング機能のアウトソーシングを請け負う 企業である。JITA バングラデシュは、12,000 以上の女性に就業機会を提供すると同時 に、農村地域に 1,000 店の流通ハブを設立することで、200 万人に対する流通網を構築 し、企業の流通網拡大に貢献することを目的に事業を推進している。JITA は、最終的 には女性起業家を消費者との接点としているものの、流通に必要な機能ごとにハブと して製品保管機能を担うキヨスク経営者、オピニオンリーダーとしてプロモーション 機能を担う営業マン、製品を販売する役割を担う女性起業家を配置することで、農村 流通の効率化と複数企業の製品の販売促進を実現している。 (図表 44) 37 図表・44 JITA Bangladesh による複数企業の製品の販売 出所:JITA Bangladesh ウェブサイト17 こうした取組は、これまで多くの企業で採択されてきた女性起業家による BOP ビジ ネスの製品販売を行うと言った手法が持っていた起業による女性の社会進出促進とい う社会的効果を取り込みながら、各企業による個別製品の女性起業家を通じた個別流 通が持つ非効率な側面を改善したものだと捉えられる。 (図表 45) 図表・45 農村流通の発展 従来 現在 企業 企業A 企業B 企業C 農村向け 小売流通企業 NGO キヨスク経営者 (保管) BOP 女性訪問販売員 (販売) オピニオン リーダー (プロモーション) BOP また、現時点ではキオスク等の伝統的小売業が存在しない農村地域において、将来 の伝統的小売店を立ち上げるための礎になる取り組みであり、資生堂のようにこうし た取組にいち早く参画していくことで、今推進している事業を今後農村地域に広がっ ていく伝統小売店を通じた利益率の高い事業へと成長させていくことができるように なると考えられる。 17 http://www.jitabangladesh.com/ 38 利益の改善で最も重要なのは、チャネルである。ディストリビューターにおいても単一の 製品だけを扱っていては、収益性は高くならない。様々な製品を販売しており、人々が集 まってくるチャネルを構築し、そこを通じて販売していく必要がある。(エネルギー) 専門のチャネルではなく、複数の製品・サービスを提供するチャネル網を構築することが 収益性向上には必須である。これは、multiple channel model と言われている。 (耐久消費財) 伝統小売業の方が近代小売業よりも収益性が高く費用をコントロールしやすい。(消費財) 伝統市場では、店舗が狭いため一つのカテゴリーに一つの商品しか置かない。カテゴリー 内で最も動きの早い商品(ヒット商品)を品揃えし販売する。ヒット商品が多数店舗に配 荷されれば収益性は高い。また、商品切り替えにはせっかくついている顧客が離れてしま うという観点で店舗側に大きなリスクが存在するため、参入障壁が高い。(消費財) 伝統市場は小選挙区制。先に手をあげて独占したら、他の企業は入れない。そのため、利 益は高くなる。(消費財) 伝統市場は近代市場に比べて、5 つのメリットがある。それは、①代理店のネットワークを 活用し 1 つ 1 つ地道に導入展開しパイを確実に広げることが出来る、②陳列や企画自由度 も高く、双方の信用がビジネスの柱となる、③強い関係がビジネスに比例する、展開自由 度と許容度が大きい、④リベートが小さい、⑤ビジネスリスクとロスが小さい(消費財) (4) プラットフォーム構築・活用モデル ① モデル概要と特徴 携帯送金、国内全域を網羅した物流網等、多くの事業者により活用されるプラットフ ォームを構築、もしくは構築されたプラットフォームを活用し新しい事業を推進する ことで、幅広く顧客にアプローチし収益をあげるモデルである。従来は、BOP 市場に おいて事業を拡大するには、物流網や金融システム等、自社の事業専用のビジネスイ ンフラを設立する必要があり、そのための初期投資が高いため事業拡大に対するリス クが高いとされてきた。それに対して、このモデルでは、既に存在する他社が有する ビジネスインフラを積極的に活用する、もしくは自社が有するビジネスを積極的に他 社に活用させることで、投資対効果を高めることを特徴としている。 ② 企業事例 プラットフォーム構築・活用モデルを推進している企業の事例としては、情報通信 分野の事例としてボーダフォングループのサファリコム、情報通信以外の分野の事例 として会宝産業があげられる。 サファリコムは、先述した通り、ボーダフォンのケニア子会社であり、エムペサと いう自らが構築した携帯電話を活用した送金の仕組みを通じて様々な製品の販売促進 をしている。ボーダフォンがイギリス政府の支援を受け、ケニア政府と共に開発した 39 エムペサという銀行に口座を有していない人でも使えるサービスは非常に画期的なサ ービスであり、既にケニアを始めとしたアフリカ各国の基本的なビジネスインフラと して利用されるようになっている。そして、ボーダフォンは、エムペサという送金プ ラットフォームを更に活用しようと、他社企業や現地のベンチャーと連携することに より、新しいサービスの展開を促している。 例えば、エムコパというサファリコムからスピンアウトしたベンチャーは、ソーラ ーランタンの販売を主としている米 d.light desing と連携し、太陽光発電装置と家の中 の照明器具のセットを販売している。現在は d.light desing との提携は解消したものの、 彼らは製品に認証装置を付け、エムペサを通じてプリペイドで電力料金を支払うと、 認証装置の認証が下り、照明器具が機能する仕組みを独自に構築している。この仕組 みは消費者に対する初期投資を下げ、ランニングコストで下げた分の利益をカバーす ることを狙った仕組みである。 他にも、Kopo Kopo は 2011 年に設立され、ケニア、タンザニア、ルワンダで既に 12,500 社の利用企業を確保しているベンチャーも注目されている。Kopo Kopo は、エ ムペサを始めとした携帯電話を活用した送金システムを活用し、中小企業向け企業間 取引支援サービスを推進している。アフリカでは、中小企業が多い一方で、彼らを支 援するサービス事業者は少ない。他方で、エムペサを始めとする携帯送金サービスを 企業間取引に活用する中小企業は急速に増加してきている。そのため、Kopo Kopo は 企業間で安心して送金でき、送金履歴等のデータを一覧できるようなサービスやクレ ジットカードと同様の信用取引、従業員への給与支払い、さらには携帯の SMS(ショ ートメッセージ)を利用したマーケティング支援サービスを提供することで、中小企 業を支援するプラットフォームを構築している。 このように、エムペサのような現地特有の独自の決済機能を構築することで、通常 はアプローチしにくい消費者に対するアプローチが容易となり、そのプラットフォー ムの活用を通じて自社の業界を越えてビジネスチャンスを広げて行くことができる。 他方で、会宝産業は自動車リサイクルという分野でプラットフォームを構築してい る。会宝産業は、静脈産業のパイオニアとして、使用済自動車を正しく解体し、資源 として活用することに取り組んでいる。静脈産業とは、作ったものを循環させる産業 のことであり、ものを製造する動脈産業の対義語として用いられる。会宝産業は、海 外に自動車部品を輸出する自動車リサイクルネットワークを構築することで、世界 74 カ国に対する販売を実現し、売上に占める輸出の割合は 75%を超える。いまやアジア・ アフリカを始め世界中のどの国でも日本車が多く走っている。アフリカのような発展 途上の国においては、そのほとんどが中古車であり、整備・修理に用いる部品も中古 部品が扱われることが多い。こうした中古部品を取り扱っているのは現地のバイヤー であり、バイヤーの顧客にはタクシーやトラック・バス等の個人事業主や零細企業が 含まれる。しかし、世界の中古自動車部品市場においては、日本企業が絶対に扱わな いような耐用年数をすぎた日本製の中古部品が出回っている。そして、中古自動車部 品市場ではこれまで中古部品の品質を見極められるかどうかはバイヤーの目利き力に かかっていた。そのため、目利き力・交渉力が無いバイヤーや最終顧客が悪い品質の 部品を高く買わされるといった状況や、品質の良い中古部品であっても、購入後に品 質の問題が発覚したことに備えて低めの価格で取引をされるという状況が起きていた。 40 また、品質の悪い中古部品のスクリーニングが行われないために、最終顧客が中古部 品の品質に起因する交通事故に見舞われることも少なくなかった。このように、これ まで、中古自動車部品市場は、品質が良くても、悪くても、それが価格には反映され ず、安全性も担保されていない透明性が低い市場であった。こうした状況に対して、 会宝産業は、 「JRS(Japan Reuse Standard) 」と「中古部品オークション」といった仕 組みを活用したプラットフォームを構築することで、中古部品市場において、誰もが 品質の良い部品は高く、品質の悪い部品は安く取引ができ、粗悪品は取引がなされず 部品としてではなくスクラップとして取引されるようにする仕組みを構築した。 まず、 「JRS」とは、誰もが中古部品の品質を把握できるようにする仕組みであり、 会宝産業独自の品質表示規格である。JRS では、例えばエンジンに対して内部のオイ ル汚れや年式、始動状態などを5段階で評価し、タグにつけて表示をしている。 (図表 46) 図表・46 JRS のタグ 出所:会宝産業提供資料より こうした中古部品の見える化を実現した「会宝ブランド」の確立により、海外のバ イヤーが持つリスクを削減し、結果として、販売量の増大と日本の中古部品の信頼性 回復を実現した。また、ケニアにおいては、現地企業との合弁会社である Maeji Kaiho International 社を通じ BOP 層が多く集まる地域において、JRS で品質評価をされタグ 付けされたエンジンを直接最終顧客に販売している。 また、会宝産業では、JRS を世界の中古自動車部品市場に普及させるため、JRS をベ ースに国際規格に準拠した公開仕様「PAS777」の発行を実現した。将来的には、ISO 化を実現し、アフリカを始めとした様々な途上国において、各国政府の規制に組み込 むことで、品質の高い中古車部品市場の確立を目指している。こうした業界のグレー ゾーンに切り込んだ取り組みは、今後日本企業が BOP ビジネスを推進する際に中古市 場との関係を深めて行く上で参考にすべき取り組みだと考えられる。 次に、 「中古部品オークション」とは、数千の中古部品業者が集まる世界最大の物流 拠点である UAE・シャルジャに設立されたオンライン入札の部品オークションである。 41 会宝産業が 2014 年 7 月に現地法人を通じて同年 12 月から週に 1 回開催している中古 部品オークションは、先述した PAS777 を用いた公正な部品価格マーケットを実現す るための仕組みである。 (図表 47)従来は、自動車部品には品質による価格差がつき にくい状況であったが、オークションにおいて PAS777 による品質評価の違いで異な る価格での入札が行われることで、高品質なエンジンには高値が付くという状況が生 じる。これまで、中古部品の品質評価は主に会宝産業の売上向上に貢献していたが、 この仕組みの確立によって、会宝産業の利益率向上が実現するとともに、日本からの 中古部品の輸出全体に対する付加価値向上にもつながると考えられる。アフリカ市場 においては、中東から自動車部品を調達する地場企業も多く、中東にこうした仕組み を作ることは、会宝産業のアフリカ事業の拡大に大きく寄与すると考えられる。 図表・47 シャルジャオークション会場 出所:会宝産業ウェブサイト18 また、こうした市場に日本の中小企業が参入する障壁を下げるために、供給側の自 動車リサイクル企業向けに「KRA(KAIHO Recyclers Alliance)システム」というプ ラットフォームも設立している。「KRA システム」とは、自動車リサイクルにトレー サビリティを導入するためのシステムである。このシステムを用いることで、使用済 み自動車から取り出した部品一つ一つに対して、仕入れから販売までの情報を一気通 貫で管理することができる。会宝産業は、このシステムを 5 社の KRA ネットワーク企 業に導入することで、企業の枠を超えた中古部品販売事業における経営効率の改善を 実現している。そして、これらはすべて KRA システムに情報が集約され、 「会宝ブラ ンド」の部品として出荷されている。その他に、競合他社をアライアンス先企業と捉 え、バイヤーの紹介や、コンテナ積込管理、貿易書類作成、資金回収などの業務を代 行する商社機能を備えることでネットワークの強化に努めている。もちろん、販売代 18 http://kaihosangyo.jp/ 42 行をする場合には個別バイヤーとの取引だけではなく、先述した中古部品オークショ ンを通じた販売も行われる。これらの取組を核としたネットワークの構築により、国 内の車輛調達基盤を拡大し、海外需要の高まりに対応できる体制を整え、結果として 中小企業一社では難しい途上国の急成長にあわせた継続的な成長を実現している。 会宝産業は、こうしたプラットフォームの創造・活用により、透明性の低い市場に おける透明性の向上を実現し、中古部品の利用者である新興国・途上国の MOP 層、 BOP 層、バイヤー、日本の中小企業等の全てのステークホルダーが安心して中古部品 市場に関われるようになる仕組みを作り、それを自社の継続的な成長につなげていっ ているのである。 既にモバイルペイメントのインフラとなっているエムペサをベースにして展開することに よって効率的に取扱店を増やすことに成功した。特に IT 業界では規模の拡大が重要な要素 としてあげられるが、このサービスを普及・拡大していくうえで顧客獲得のコストが重要 になると認識している。(情報通信) 送金や決済といったビジネスの要となるサービスを供給することによって、様々な企業と パートナーシップを構築することができ、それぞれから手数料などを徴収できる。(情報通 信) パートナーの既存のリソースを積極的に活用していくことが事業規模拡大において重要な 取組となる。(耐久消費財) プラットフォームを構築するには、一部の人が行っていたことを誰もが行えるようにする ことが大事である。(耐久消費財) 当初実施したのは起業家が販売を行い口コミの力で販売を拡大していくモデル(地方から 都市部へ広げるモデル)であったが、上手くいかなかった。その経験を活かして、現在は 現地パートナー(全国に販売網を持つ小売大手)が販売を行うモデル(都市部から地方へ 広げるモデル)を展開している。(エネルギー) ターゲットとなる女性が集まるヘアサロンでお客さんにお茶を沸かすなどデモンストレー ションをしながらプロモーションと販売をしていく。(エネルギー) ガソリンスタンドや携帯電話の通信ネットワークなど、既存のインフラを活用することに よって効率的なサービスを供給している。直営の店舗や販売代理店を通じてディストリビ ューションをせず、既存のネットワークを活用するため、投資額が最小で済んでいる。(エ ネルギー) 43 (5) 成熟市場による購買力活用モデル ① モデル概要と特徴 日本市場を始め、成熟市場での既存顧客を中心に売り先を確保した上で、新興国・ 途上国で原材料または製品製造のための技術支援を通じて安価で質の高い製品を確保 し、成熟市場での販売により収益をあげるモデルである。従来から、技術協力等によ り BOP 層の生産効率を高めるといった活動は行われてきたが、生産効率の向上が実現 しても販売先の確保が上手くいかず、結果的に事業化が困難となってしまうことがあ った。これに対して、このモデルでは、日本等の成熟市場で既に顧客網を有する企業 が、その購買力を前提に顧客のニーズが高いと考えられる製品の生産を BOP 層と共に 行うことで安定的な収益の確保を行うということを特徴としている。 ② 企業事例 成熟市場による購買力活用モデルを推進している企業の事例としては、フロムファ ーイーストがあげられる。フロムファーイーストは、「美容室向け商品の製造販売、一 般向け美容商品の製造販売」を事業として推進している大阪に本社を有するベンチャ ー企業である。フロムファーイーストは、カンボジアで植林をし、洪水抑制を行うと ともに、植林した樹木から得られる葉・実・油等の原料を用いたシャンプーや石鹸、 ヘアカラー剤等の美容関連消費財を日本市場向けに販売し、日本市場で得た利益をよ り広範囲の植林へ再投資していくといった循環型のビジネスを推進している。また、 最終的には、現地において安定的な製造体制が構築できた後に、シェムリアップ市内 の観光客や現地美容室を通じた富裕層・MOP 層向け販売も現地で行うことで、その循 環を強めて行くことを目指している。 こうした事業を推進している背景としては、気候変動の影響による社会課題の増大 が存在する。例えば、カンボジアでは、気候変動の影響で洪水の被害が年々多くなっ てきている。農作物を流されたり、財産を流されたりすることで、BOP 層の生活が一 層苦しくなっている。その原因の一端を担っているのがカンボジアでの大量の森林伐 採である。フロムファーイーストによる現地調査によって、洪水被害を抑制してくれ る森林がない地域ほど、BOP 層の生活が不安定になっていることが分かった。そのた め、ただ単に原材料を調達するのではなく、BOP 層の住む地域や BOP 層が有する農 地を守るための森を広げていくことで、原材料の持続的な調達と洪水被害の抑制を両 立することを目指している。 フロムファーイーストのビジネスの具体的な構造は以下の通りとなる。まず、フロ ムファーイースト・IKTT(クメール伝統織物研究所)・コズミックの 3 社から構成す るコンソーシアムにより、プロジェクトを進めて行く。まず、フロムファーイースト がコズミックから牡蠣殻を原材料とした土壌改質剤を購入し、シェムリアップ近郊の 農村を管理している現地 NGO である IKTT に無償提供をする。その後、コズミックが IKTT に土壌改質剤を用いた農業手法に関する指導を行い、IKTT がモリンガやココナ ッツ、インディアンアーモンド等の栽培を行う。フロムファーイーストは、IKTT が植 物から抽出した原料(液や粉末)を購入し、日本でシャンプーや石鹸、ヘアカラー剤 の原材料として使用し、日本市場で高付加価値製品として販売を行う。そこで得た利 益を、土壌改質剤や栽培植物の種、栽培に係る人件費等に再投資をし、植林面積の拡 44 大を行い、安定的な原材料の供給体制を確立させる。 フロムファーイーストは、BOP ビジネスを始める前は美容商材のエクステを主に販 売する企業であった。また、代表取締役である阪口竜也氏は大手美容室チェーンの経 営に参画していた経験を有しており、こうした既存の販売網や人脈を活用して、売り 先を確保した上で BOP ビジネスの立ち上げに取り組んだ。 また、フロムファーイーストは既存の顧客に依存することなく、その顧客を軸にし ながらも、早期の段階で製品のテスト販売を行うことで、自社の新たな製品に対する 購入意欲が高い新たな顧客網を開拓していった。また、テスト段階においては、事業 化のめどをつけることを優先した展開手法を採用した。具体的には、最初は現地で栽 培した植物から抽出した原材料ではなく、原材料の提供に関する事業を既に行ってい る別の企業から同様の原材料を調達し、OEM 企業へ生産委託を行い、製品を開発し、 それをテスト販売する中で事業性を見極め、その後現地で栽培した植物から抽出した 原材料に置き換えていくといった手法を採用したのである。こうした手法を用いるこ とで、迅速に製品に対する顧客ニーズを把握し、事業化を実現するのに必要な製品を 開発することに成功した。 最初に、発売をしたのは、ココナッツオイルであり、土壌改質剤によって成長を促 進させたカンボジアのココナッツを用いて製造した製品である。近年、ココナッツオ イルは日本市場においてブームとなっており、多くのメディアで取り上げられていた。 実際に、このブームに乗って、フロムファーイーストの取組がメディアに取り上げら れた。他方で、こうした美容商材は成熟市場において、ブームの移り変わりに応じて 売れる商品が入れ替わっていく。ココナッツオイルに関しても、現在は同市場への数 多くの企業参入による競争過多とブームの冷え込みによる需要低下により、急速に製 品販売の収益性が低下してきている。 フロムファーイーストは、こうした美容商材市場の特性を理解しており、ココナッ ツオイルの次に注目されると見込まれているモリンガを活用した美容商材の事業化に 早くから通り組んできた。 (図表 48) 図表・48 ココナッツオイルとモリンガオイル 出所:みんなでみらいをウェブサイト19 19 http://minnademiraio.net/ 45 モリンガは成長が早い植物でもあるため、現地での植林に関しても非常に効率的に 行うことができる。既に、モリンガタブレット、モリンガオイルはテスト販売が行わ れており、その売れ行きが良いために、大手流通チェーンであるイオングループの複 数店舗で取り扱われ、現在取扱店舗が急増している状況である。また、モリンガの成 長が早いためにカンボジアで抽出した原材料を活用した製品の販売も早期に実現する 予定である。 「出口」(売り先)をきちんと作っていくことが重要である。(消費財) 売上を安定的に拡大していくためには、ブームに依存するのではなく、規制(市場)の確 立や製品の国際的な位置づけの確立が必要となってくる。(消費財) 途上国の農村の人の中には所得向上を強く望まない人もいる。他方で、現地の人々は困っ ている人がいたら助け合って生きていくことをすごく大事にしている。そのため、自らが 多く働くことで、村の課題が解決され、子どもたちの健康が守られ、村の未来を守ってい くことができるという仕組みを作ることで、結果として農村の人々のコミットメントが強 くなっていった。(消費財) 売り先として、製品を購入してくれる成熟市場の事業者との契約を確保することが最も大 事である。途上国の人々を支援し製品を販売することで所得向上を促すことを目的とした プロジェクトは世の中にたくさん存在する。しかし、最初の段階で売り先を確保していな いために、結果として持続可能な取組にならない。本事業は売り先を確保した上で進めて いるため、現地の生産性が向上されれば、製品を確実に購入することができる。結果とし て、ビジネスモデル全体において収益が創出されることとなる。(消費財) 社会的な取り組みであるがゆえに、現地パートナーを他の調達先よりも優遇すると言うこ とはしない。最初のうちは、段階的に生産工程を改善していくこともするが、一定期間で 生産工程が改善されたら、他の調達先と同様に契約を見直していくことが望ましいと考え ている。(消費財) 一番大事なことは良い作り手の製品を自社が既に関係を有しているお客様に購入してもら うことだと考えている。それによって、お客さまも満足し、作り手も継続的に収入を得る ことが出来、事業性も高まる。(消費財) なにか特別なことをするのではなく、自社の身の丈に合った本業をベースとした取組を行 っていくことが大事である。(消費財) 現地でパートナーを支援してくれる人・組織がいることが望ましい。通常であれば、今回 の事業の対象国から製品を調達すると言うことは思いつかないが、本事業ではしっかりと 46 現地パートナーの継続的な製造工程の改善を支援してくれる人・組織が存在するので、事 業化をすることができた。(消費財) 美容商材等の原材料は先進国では貴重で高価に扱われるが、途上国では安価に入手するこ とができる。特に、自ら栽培に係ることで、調達費用を下げることができる。美容商材等 の製品は先進国ではブランドが重要であり、価格を安くすると逆に品質を疑われ事業がう まく拡大しない可能性がある。こうした先進国市場と途上国市場の違いを上手く活用し、 社会課題を解決することが望ましい。(消費財) 47 第3章 BOPビジネスの成功要因・課題の分析 3-1.各モデルに対応する成功要因と課題 BOP ビジネスにおける収益性を改善するためには、企業が自社のビジネスに適した収益指 向型 BOP ビジネスを選択し、モデル毎の成功要因を自社のビジネスに取り込んでいくことが 必要である。 以下に各モデルに対応する成功要因と課題を記載する。 1) 各モデルに対応する成功要因と課題 (1) 調達対応・グラント活用モデル ① 成功要因 調達対応・グラント活用モデルにおける成功要因は、 「SDGs 制定等に紐づく資金・人材の 動向把握」と「調達やグラントの意思決定者との綿密なコミュニケーション・ロビーイング」 である。まず「SDGs 制定等に紐づく資金・人材の動向把握」だが、政府や国際機関による 調達やグラント、民間企業の CSR 活動と連携した BOP ビジネスを行うには、関連する世界 動向を把握することが重要となる。例えば、2015 年度においては、国際開発、気候変動とい う二つの領域における大きな動きがあった。先述した通り、国際開発においては、2015 年が MDGs の最終年であったため、新たな目標として SDGs が制定され 17 の目標が設定された。 これまで MDGs の達成に向け、各国政府や国際機関等による資金や人材等のリソースが投入 されたが、今後は SDGs の達成に向け資金や人材等のリソースの投入がなされることとなる。 また、COP21 においては、全ての締約国による CO2 等削減への取組を前提とする 2020 年以 降の法的枠組みを定めたパリ協定が採択された。それに関連して、COP21 の前には気候変動 の緩和・適応に関する活動を加速させるための資金の運用が開始された。具体的には、緑の 気候基金(GCF)という日本が 15 億ドルの拠出を行い、拠出取決め署名済みの総額が 54 億 7千万米ドルに達した巨大な基金による投融資が開始された。 このように国際開発、気候変動という二つの領域において重要な国際的合意が行われる中 で、どこに資金や人材等のリソースが向かうのか、そのリソースの配分を決めるのは誰にな るのか、といった動向を把握することが必要となる。そのためには、そういった情報が集ま る場所に自社が顔を出せるようにすることが必要となってくる。具体的には、自社が情報発 信者となり、国際会議等の場に出席する資格を持つことで、キーパーソンの特定、そしてキ ーパーソンとの信頼関係の構築を可能にしていくことが必要である。 そして、その次の段階として、 「調達やグラントの意思決定者との綿密なコミュニケーショ ン・ロビーイング」が必要となってくる。特に調達対応・グラント活用モデルとしては、ス ペックインが重要である。上記のとおり、キーパーソンを特定し、そしてキーパーソンとの 信頼関係の構築を行った上で、キーパーソンの立場に立った提案を行っていくことが必要で ある。調達・グラントに関しても当然ながら、それぞれに目的が存在し、意思決定者が所属 する組織にもミッションが存在する。キーパーソンがどのような課題を重要だと考えている のか、また企業側のどのような動向に興味・関心を示すのか等、キーパーソンとのコミュニ ケーションを重ねることによって、こうした調達・グラントの背景を理解し、その上で自社 48 の独自性を発揮できるような提案を行っていく必要がある。当然、自社だけではキーパーソ ンが有する課題に対応しきれない場合もある。その際は、自社では対応できない個所を補完 できるパートナーとの連携を行い、改めて提案をおこなっていくことが必要である。こうし たスペックインを行うことができれば、例えば参加者が限られる公募にも参加者として指定 を受けることができるようになり、また広く公開される公募においても自社の強みを十分に 発揮することができるようになるため、調達対応・グラント活用の機会が増え、事業の収益 性が増すとともに事業の安定性を向上させることができるようになると考えられる。 ② 課題 日本企業が上記の成功要因を自社のビジネスに取り込むためには、5つの課題が存在する と考えられる。それは、 「継続的な技術革新」、 「製品・サービスのパッケージ化」、 「自社の提 案が有する多様な側面の理解」、 「AM(アカウントマネージャー)の設置」、「国際的な情報 発信」である。 まず、調達対応・グラント活用において、自社のみが発揮できる強みを築き上げることが 必要である。いかに関係機関のキーパーソンを把握し、コミュニケーションを重ねたとして も自社に他社よりも優れた社会課題を解決する能力が備わっていなくては意味がない。その ためには、 「継続的な技術革新」 、 「製品・サービスのパッケージ化」という二つの手法で自社 独自の強みを構築することが必要である。「継続的な技術革新」によって他社が有していない 技術を活用した製品を開発できれば、スペックインの際にその独自技術を活用した提案を行 うことが出来るし、そうした技術を有していなかったとしても「製品・サービスのパッケー ジ化」によって複数の製品・サービスを組み合わせた解決策の提案ができれば、一つの製品・ サービスしか有していない他社と比較して優位性を保つことができる。 また、 「自社の提案が有する多様な側面の理解」についても進めていく必要がある。先述し た通り、SDGs における 17 の目標や COP21 での議論を踏まえた気候変動関連の課題等、様々 な課題に対して資金や人材等のリソースが投入されている。そのため、自社の提案がこれら の様々な課題とのどのような接点を有しているのかを理解する必要がある。世界が抱える多 様な課題は複雑に関係し合っている。従って、一つの解決策が複数の課題に対応できる可能 性がある。例えば、貧困解決のための提案が、実は気候変動対策のための提案としても価値 が高いという事例は多く存在している。そうした観点から、自社の提案が有する多様な可能 性を引き出し、各課題の視点に立ってコミュニケーションの仕方・提案の仕方を変えていく ことができれば、提案をした際に価値を認めてもらうことができる関係機関の数を増やして いくことができる。 次に、関係機関のキーパーソンに自社の独自性や提案の価値をアピールしていく「AM(ア カウントマネージャー)の設置」することが重要だ。すなわち、キーパーソンとのコミュニ ケーションを定期的に行う担当者を設置する必要がある。もちろん、その際にはキーパーソ ンが所属する組織の考え方やその組織が立地している国・地域の文化を理解している人物が 担当者になることが有効である。 また、特定のキーパーソンとのコミュニケーションを深めるとともに、 「国際的な情報発信」 を積極的に行うことで、調達やグラント活用に関する引き合いを増やしていくことも同時に 必要である。特に、日本企業は実際に途上国の社会課題を解決していたとしても、 「自分たち はただ事業を進めていただけで、結果として社会課題が解決されただけ」として、自らの成 49 果を対外的にアピールすることを好まない傾向がある。もちろん、BOP ビジネスを推進する 際には、事業の収益性を重視し、社会課題は結果として解決されるものだと認識しておくこ とは、BOP ビジネスを既存事業の延長上として位置づけるために非常に重要な考え方だと考 えられる。しかし、実際に社会課題を解決した際にその成果を国際的にアピールしていくこ とは、自社の収益増大のためにも社会課題の更なる解決のためにも、非常に有効な手法だと 考えられる。そして、そのためには、海外企業のように自社の取組が社会にどのようなイン パクトを与えられる事業なのかを考え、目標を立てておくことが重要である。以前は、 「確実 に達成できない目標を国際的に宣言するということはリスクが高すぎる」とする日本企業が 多かったが、最近では先述したように、UNDP による Business Call to Action における日本 企業の参加数が増加してきており、事前に社会課題解決の目標値を宣言する企業も多くなっ てきた。こうした目標値は世界的にはあくまでもその時点での目標値であり、明確な理由が あれば見直しを行っていくことも許容されるのが通常である。国際的には、目標値を宣言す るというのは、それを確実に企業に順守させると言うことが重要なのではなく、目標値を宣 言することで企業の考えを数値という表現手法で世界的に分かりやすく伝え、その目標値実 現に向け、世界中の資金や人材等のリソースに対する企業への求心力を高めることが重要だ と考えられている。従って、日本企業は見えないリスクに恐れることなく、自社の取組に誇 りを持ち、国際的なコミュニケーションを積極的に行っていくことが重要だと考えられる。 また、上記のような日本企業の活動を支援するための政策的な課題としては、 「日本の成功 事例のアピールによる引き合い増大」と「SDGs 等の関連動向に関する啓発」があげられる。 「SDGs 等の関連動向に関する啓発」とは、上記のような国際的な資金や人材等のリソース の動向に関する情報を日本政府機関が積極的に企業へ情報発信していくことを指す。それに より、企業が関連機関のキーパーソンの特定を行うことが容易になることだろう。また、 「日 本の成功事例のアピールによる引き合い増大」とは、日本政府機関が国際会議の場等で日本 企業が発表する機会を設けることで、日本企業が国際的なコミュニケーションを行う場を増 やしていくことを指している。日本企業がいかに国際的なコミュニケーションの重要性を理 解したとしても、そうした機会が少なければ、引き合いの数を増やしていくことはできない。 従って、日本政府機関が既存の支援先の企業の取組に関して、国際的に発表をしたり、企業 が自ら発表を行う機会を増やしたりすることにより、企業の活動の後押しを行うことが有効 だと考えられる。 (2) ホールピラミッドモデル ① 成功要因 ホールピラミッドモデルにおける成功要因は、 「MOP 層向け事業で得た利益による BOP 層 向け投資資金の確保」と「MOP 層向け事業と BOP 層向け事業の連携による BOP 層の口コミ 促進」である。まず、 「MOP 層向け事業で得た利益による BOP 層向け投資資金の確保」は、 同じコンセプトの事業を MOP 層向けに展開することで、結果として BOP 層向け事業の収益 性を高めることができるということである。 新興国・途上国においては社会インフラが十分に発達している地域は少ない。そのため、 MOP 層と BOP 層が同じ社会課題を抱えていることも少なくない。すなわち、同じコンセプ トの製品が MOP 層、BOP 層双方に対して価値を持つことが多い。そうした場合、製品を開 発するきっかけとなった問題意識に BOP 層が有している社会課題の解決があったとしても、 50 MOP 層向けの事業を BOP 層向け事業よりも先に始め、MOP 層向け事業で安定的な利益を確 保した上で、その利益を元に BOP 層向け事業を推進し始めることが望ましい。MOP 層向け 事業で利益を確保していれば、BOP 層向け事業の立ち上がりが遅かったとしても忍耐強い取 組ができるし、何よりも社内的にも量・質両側面において十分なリソースを活用することが できる。また、MOP 層向け事業のために構築した製造施設や研究開発施設、流通網等の経営 資源も活用できるため、範囲の経済という観点から BOP 層向け事業の収益性を高めることも できる。 次に、 「MOP 層向け事業と BOP 層向け事業の連携による BOP 層の口コミ促進」は、企業 が MOP 層向け事業を通じて BOP 層へ製品に対する憧れを与えることができれば、BOP 層の 口コミ効果が高くなり、収益性が高まるということである。BOP ビジネスにおいては、BOP 層の社会課題を解決することを重視するがゆえに、BOP 層のニーズや考えのみに注目をして しまう。しかし、それでは BOP 層の購入意欲を刺激することや、購入後の口コミによる販売 促進を期待することはできない。なぜならば、先の Godrej and Boyce 社の事例からもわかる とおり、BOP 層向けに開発された製品は、BOP 層にとっては自分たちの貧しさの象徴であり、 購入したいという憧れをもつ製品ではなく、また購入しても周囲の人に購入したことを知ら れたくないと思う製品だからである。そのため、BOP 層に購入したいという憧れをもっても らうためには、まず MOP 層の人々にも欲しいと思っている製品だというブランド力をつけ ることが必要である。具体的には、製品の品質や価格だけではなく、製品のデザイン等にも 力を入れ全ての人々に受け入れられる製品を開発する必要がある。先進国で販売している製 品の機能を減らすことで価格を下げ BOP 層に製品を普及させようとしても BOP 層には受け 入れられることは難しい。他方で、BOP 層向けに特化した製品を開発し、それを普及させよ うとしても同じく BOP 層に受け入れられることは難しい。それよりも MOP 層、BOP 層全て の層に受け入れられる製品を作り、MOP 層向け事業から始め製品の普及を通じたブランド構 築を行っていくことこそが、BOP 層に社会課題を解決する製品を普及させるために有効な手 段だと考えられる。 ② 課題 日本企業が上記の成功要因を自社のビジネスに取り込むためには、3つの課題が存在する と考えられる。それは、 「海外事業担当組織や現地法人との連携、協働推進体制の確立」、 「な ぜ BOP ビジネスを推進するのかといった理由の明確化」、 「製品範囲の拡大」である。まず、 「海外事業担当組織や現地法人との連携、協働推進体制の確立」だが、MOP 層向けの事業を 展開するためには、自社内の既存組織との連携が必須となる。具体的には海外事業担当組織 や現地法人との連携が必要となる。しかしながら、海外事業担当組織や現地法人は、高い数 値目標を課せられながら、限られたリソースしか活用できないといった場合が多い。そのた め、推進する BOP ビジネスがいかに自社にとって重要なのか、そして海外事業担当組織や現 地法人の数値目標達成のために役に立つのかを説明し、理解してもらうことが必要となって くる。そのためには、 「なぜ BOP ビジネスを推進するのかといった理由の明確化」、 「製品範 囲の拡大」が必要となってくる。まず、 「なぜ BOP ビジネスを推進するのかといった理由の 明確化」については、社会課題の解決という目的のみに目を向けるのではなく、企業全体の 経営戦略としてなぜいまこのタイミングで BOP ビジネスを推進しないといけないのかとい った理由を明確にしなくてはならない。そして、その際には、非財務的で中長期的な視点か 51 らの理由だけではなく、海外事業担当組織や現地法人が推進する既存事業の現状を理解する、 もしくは理解している人物と共に、既存事業における BOP 層との接点や、BOP 層がいかに 既存事業の拡大に重要なのかといった視点から理由が整理されている必要がある。また、そ のうえで「製品範囲の拡大」により、BOP 層だけではなく、既存事業の対象となる MOP 層 向けの製品を開発し、そこで成果を上げることにより、比較的短期間で上記の理由を実績の 数値によって裏付けていくことが必要である。 BOP ビジネスは、新興国・途上国市場における事業の中でも最も難しい事業である。その 難しい事業を成功させるためには、上記のような既存事業への貢献を実行する過程で培われ る経験や構築されるネットワークが必須だと考えられる。そういった意味で、これら 3 つの 課題を乗り越えられるかどうかは、自社の BOP ビジネスにホールピラミッドモデルを組み込 むことにより収益化を実現できるかどうかを判断するための試金石にもなると考えられる。 上記のような日本企業の活動を支援するための政策的な課題としては、「既存中小企業支 援策と BOP 支援策との連携」があげられる。BOP ビジネスの推進担当者は、BOP ビジネス が社会課題の解決を実現するといった社会的側面を有しているために、政府関係機関や国際 機関等と接点を有している場合が多い。そのため、日本政府側が MOP 市場を対象とした日 本企業の海外事業を支援する既存の様々な制度を企業の BOP ビジネスの推進担当者を通じ て企業に提供していくことができれば、その企業によるホールピラミッドモデルの取り込み を後押しすることができる。特に、中小企業にとっては BOP ビジネスと海外事業の担当者が 同一人物であることが多いため、こうした取組の効果は高いと考えられる。近年、中小企業 の海外進出を促すための支援策が増加してきており、非常に手厚い支援が受けられるように なってきている。 大企業も中小企業と連携すれば利用可能な制度も多く、制度によっては BOP ビジネスとの親和性が高い制度も存在する。そのため、日本政府側の各制度担当者が連携を 取ること、そして、既存中小企業支援策と BOP ビジネス支援策双方の支援対象や運用方法の 見直しを行うことで、MOP 市場、BOP 市場双方を対象としたビジネスを支援できるように していくことが必要だと考えられる。 (3) 伝統的市場先取モデル ① 成功要因 伝統的市場先取モデルにおける成功要因は、 「特定地域における自社製品の浸透率の向上 」である。特定地域において自社製品の浸透率を向上させることは、競合の排除と範囲の 経済の追求という両側面において企業の収益性を高めることにつながる。すなわち、特定地 域における自社製品の浸透率を高めることにより、市場を独占するとともに、既存の経営資 源を活用することで収益率を高めることができる。特定地域において、多くの人が自社の製 品を使用し始めれば、その製品は特定地域の伝統的市場において必ず売れるヒット商品にな るため、1カテゴリー1 アイテムという仕組みを有する伝統的市場において、競合を排除し、 自社製品だけが棚に置かれ続けるといった状況を作ることが可能になる。農村においても、 人口の多い村や平均所得が高い村にのみアプローチしていく、現在のパートナーがアクセス 可能な農村の身にアプローチしていくといった手法ではなく、そういった場所を核に地域全 体の浸透率を向上させていくと言った考え方が必要となってくる。そのためには、まずは自 社の製品が売れているという状態をその地域全体で認知させていくことが必要である。従っ て、ホールピラミッドモデルと同様に特定地域において最も発展し、周囲への影響力が高い 52 農村から浸透率を高め、特定地域における自社の製品への憧れを形成し、その後地域全体へ と普及させていくといったステップを踏むことが望ましい。 ② 課題 日本企業が上記の成功要因を自社のビジネスに取り込むためには、2つの課題が存在する と考えられる。それは、 「求心力を持ったチャネルの特定・活用」 、 「他業種との連携によるチ ャネルの成長促進」である。まず、 「求心力を持ったチャネルの特定・活用」については、先 述したように特定地域における自社製品の浸透率を高めるために、周囲への影響力が高い農 村での浸透率を高めることが必要であり、さらにその農村で生活する人が集まるようなチャ ネルの特定・活用が必要だということを意味している。こうしたチャネルを特定するために は、人々の生活実態調査を行い、どのような製品をどこで購入しているのかを把握する必要 がある。その際に、自社製品に関連した購買活動のみを調査してはいけない。調査すべきは その地域において求心力のあるチャネルがどこにあるのかといったことであり、そのあとに そのチャネルで自社の製品を積極的に販売してもらえるのかを検討しなくてはならない。こ うした求心力のあるチャネルを探すための手法は二つある。一つは、その地域で最も憧れを 抱かれており、実際に使用する人々が一定数いる、もしくは増え始めている製品を販売して いるチャネルを把握することである。例えば、ユニリーバやコカコーラのような外資企業は 農村に製品を普及させることに成功している。こうした企業の製品が置いてあるチャネルを 把握するといった考え方が有効である。もう一つは、人々が良く通うレストランや美容室の ようなサービスを提供する店舗、さらには、耐久消費財であれば、そのメンテナンスをどこ でやっているのかといった視点でチャネルを把握することである。販売店舗だけが求心力を 持っているチャネルではないことに注意したい。こうした求心力を持っているチャネルを通 じて製品を提供することができれば、自社製品の浸透率を高めることができるようになるだ ろう。 次に、 「他業種との連携によるチャネルの成長促進」だが、上記のように求心力を持ったチ ャネルであってもそれが特定目的のためだけに人々が集まるチャネルである場合、上手く販 売促進につながらない場合が多い。なぜならば、チャネルを管理しているオーナーのインセ ンティブが少なく、そのチャネルに集まってくる人々の関心も薄いためである。従って、そ うした店舗を多種多様な製品・サービスを扱う店舗へと成長させていくことが必要となって くる。多くの種類の製品が置いてあるから人が集まるし、チャネルのオーナーの収入もあが る。そして、利用者にとっては、多くの種類の製品が置いてある便利なお店という認識が広 がっていき、その結果として製品が売れるようになる。こうした現象を生み出すためには、 自社の製品のみではなく、他業種の企業と連携をしてチャネルの成長促進を行う必要がある だろう。その際は、特にその地域で既に憧れを持たれている製品を有している企業との連携 が望ましい。そして、チャネルのオーナーや従業員が所得向上だけではなく、特定地域の発 展のために自らの店舗を成長させていくといったマインドセットを持てるように支援をし、 そういったチャネルの運営に必要な技術を持てるように支援をすることが望ましい。 上記のような日本企業の活動を支援するための政策的な課題としては、「伝統的市場にお けるマーケティング促進」と「販売/アフターサービス関連の技術支援/人材育成」があげ られる。まず、 「伝統的市場におけるマーケティング促進」についてだが、日本企業がいきな り伝統的市場に飛び込んで行けと言われても、良く知らないがゆえにそれを実行するための 53 意思決定が出来ない。そのため、一定期間日本政府機関の支援制度によって販売代行ができ るような仕組みや、その期間が過ぎた後に更に追加で一定期間複数店舗において販売し続け られるような仕組みが必要となってくる。こうした仕組みにおいては、どのチャネルでもよ いのではなく、先述したような求心力のあるチャネルを利用することが重要である。こうし た中で、先進企業のように近代的市場よりも伝統的市場の方が優れている点があることを認 識することができれば、日本企業もより積極的に伝統的市場にアプローチするようになるだ ろう。次に、 「販売/アフターサービス関連の技術支援/人材育成」に関しては、上記のよう な日本企業によるチャネルの成長促進を支援することが有効である。官民連携により新興 国・途上国に求心力があり、多種多様な製品を取り扱うことができるチャネルを構築するこ とができれば、そこを核とした日本企業による伝統的市場に対するアプローチもますます容 易になると考えられる。 (4) プラットフォーム構築・活用モデル ① 成功要因 プラットフォーム構築・活用モデルにおける成功要因は、 「多くの事業者が活用するプラッ トフォームの早期立ち上げ」、「利用者が急増している、もしくは大多数が利用しているプラ ットフォームの活用」である。まず、 「多くの事業者が活用するプラットフォームの早期立ち 上げ」だが、プラットフォームを構築することを検討する立場にある事業者は、対象となる 新興国・途上国に該当するプラットフォームが十分に構築される前に自ら構築をすることが 望ましい。新興国・途上国には様々なビジネスインフラが欠如しており、そのために人・モ ノ・カネが円滑に流れず、結果として多くの企業にとって事業拡大のボトルネックになって いる。従って、事業拡大に寄与するビジネスプラットフォームをいち早く立ち上げることに より、その後プラットフォームの利用企業とのパートナーシップにより、自社の先進国での 事業領域を超えた様々な事業領域において事業の拡大を見込むことができるようになるだろ う。 また、既に立ちあがっているプラットフォームを活用し事業を推進することを検討する企 業にとっては「利用者が急増している、もしくは大多数が利用しているプラットフォームの 活用」を行うことが望ましい。日本にいるとなかなか把握しにくいが、新興国・途上国の現 場にいると、多くの人が利用し始めているプラットフォームの存在を日常の生活や事業者間 での対話から耳にすることが多くなってくる。こうしたプラットフォームは情報通信に限っ た話ではない。全国に展開しているガソリンスタンドやスーパーマーケット、大手物流企業 による運送サービス等、現地で浸透しているプラットフォームは様々な携帯で存在している。 重要な点は、そのプラットフォームが自社の顧客になりうる人々へのアプローチを多く有し ているかどうかである。もし、自社の潜在顧客へのアプローチを有しているプラットフォー ムを活用することができれば、BOP ビジネスの早期事業化も実現できる。新興国・途上国の 成長が著しいことは誰もが知っているものの、急速な成長に伴って上記のようなプラットフ ォームが急速に登場し始めており、それが自社のビジネスに上手く活用できる可能性を持っ ているということは、現地に住んでいない限りなかなか想像がつきにくい。BOP ビジネスを 立ち上げる際には、自社のリソースにこだわりすぎず、有効利用できるものを意欲的に探索 することが望ましい。 54 ② 課題 日本企業が上記の成功要因を自社のビジネスに取り込むためには、6つの課題が存在する と考えられる。それは、 「世界的に利用者が急増し始めているプラットフォームに関する国際 動向の把握」 、「特定国で浸透しているプラットフォームの横展開の検討」 、「一部の人が行っ ている成功事例を標準化したプラットフォームの構築」、「既存の顧客接点の活用、プラット フォームの利用者との接点を既に有している組織との連携」、「市場への土着化」である。ま ず、プラットフォームを構築する視点、活用する視点の双方にとって重要なのが、「世界的に 利用者が急増し始めているプラットフォームに関する国際動向の把握」である。プラットフ ォームを構築、活用しようとするのであれば、携帯送金や e-commerce、電子決済のように世 界的にプラットフォームとしての活用が急速に広まっている仕組みの動向を把握することが 望ましい。最初は、自社の事業領域に関係なく、世の中のメガトレンドとしての動向を整理 し、その後、特に注目すべき動向を絞り込んでいくことが有効である。絞り込んだ後は関連 する投資資金の動向や世界的な賞を獲得している企業・起業家の情報について定期的に収集 するとともに、それを客観的な視点でシンクタンクやコンサルティング企業、国際機関がど のように評価をしているのかについても情報収集しておくことが必要である。その後、対象 となる国において、そうした情報がどれほど共有され始めているのか、国内で関連情報を発 信している有識者・企業がどの程度注目されているのか、といった観点から情報収集をする ことが必要である。こうした活動を通じて、複数の注目されるプラットフォームに対して自 社なりの意思決定に役立つ先行指標を作成しておくことで、自社自らプラットフォームを構 築する、もしくはその土台になりうる先進企業への M&A のタイミングを計ることができる ようになるだろう。また、各プラットフォームの利用者の増加状況や他社との連携による新 規サービス立ち上げ状況、各プラットフォーム運営企業へのヒアリングを通じたオフィスの 雰囲気等を把握しておくことで、プラットフォームを活用したビジネスを立ち上げるタイミ ングについても検討することができるようになるだろう。 また、その上で、プラットフォームを構築するという視点においては、 「特定国で浸透して いるプラットフォームの横展開の検討」 、「一部の人が行っている成功事例を標準化したプラ ットフォームの構築」、「既存の顧客接点の活用、プラットフォームの利用者との接点を既に 有している組織との連携」を行うことが望ましい。 「特定国で浸透しているプラットフォーム の横展開の検討」というのは、まさに先述した「世界的に利用者が急増し始めているプラッ トフォームに関する国際動向の把握」の中で注目したプラットフォームの横展開を考えると 言うことである。ただし、ただ横展開をすれば上手く行くと言うことではない。展開対象と なる国において成功の阻害要因があるかどうかを確認しなくてはならない。例えば、サファ リコムが展開するエムペサ事業についても、ケニアで成功した後に南アフリカに横展開した が、上手くいかなかった。最も大きな要因として考えられるのは、南アフリカは既に金融市 場が成熟しており、金融に関する既得権益を得ている金融機関が存在し、また関連する規制 が整備されていたことである。もちろん、ボーダフォンは南アフリカにおいては子会社のボ ーダコムを通じて現地大手金融機関と連携したサービスとして携帯送金事業を開始したが、 それでも上手くはいかなかった。プラットフォームを構築する際には、こうした利害関係者 が少なく、関連した法整備がなされていない方が進めやすいが、他方で、プラットフォーム を構築し、利用者が増えた後に法整備がなされ、事業を進められなくなるというリスクも存 在する。ボーダフォンがケニア政府との合弁でサファリコムを立ち上げたように、上記のよ 55 うなリスクに十分に対応できるような対策も事前に考慮しておく必要がある。 また、既に存在するプラットフォームを横展開するのではなく、そのプラットフォームの 考え方や仕組みを参考に別の事業領域において新たにプラットフォームを構築するといった 場合には、「一部の人が行っている成功事例を標準化したプラットフォームの構築」、「既存 の顧客接点の活用、プラットフォームの利用者との接点を既に有している組織との連携」と いった視点が重要となる。プラットフォームというのは多くの利用者が共通して活用できる サービス基盤であるため、それを構築するためには、これまで対象の市場において一部の人 だけが知っている成功の手法を探し出し、それを汎用化することで誰もが実行できるような 仕組みを構築することが有効である。そのため、自社の事業領域において、判断がつきにく いグレーゾーンが存在したり、人脈や経験といった特定の個人に紐づく要素が成否に大きな 影響を与えたりする部分を探し出し、それを標準化するといったプロセスを取ることが必要 である。また、実際にプラットフォームを立ち上げる際には、多くの人々に始めから利用し てもらうということがその後使い続けてもらえるプラットフォームになるかどうかに影響し てくる。そのため、 「既存の顧客接点の活用、プラットフォームの利用者との接点を既に有し ている組織との連携」といった視点において、最初から利用者を巻き込める体制を構築して おくことが必要となってくる。 他方で、プラットフォームを活用するという視点においては、「市場への土着化」が重要と なる。先述したように、プラットフォームを活用した新たなビジネスを立ち上げるためには、 まずどのプラットフォームが人々の生活や事業者間の取引に根付いているのかを理解するこ とが必要である。そして、それは現地に密着した視点を持たない限り、理解することは難し い。現地に足繁く通うか、もしくは現地に拠点を構えるかといった覚悟が必要となってくる。 実際に、プラットフォームを活用し事業を成長させている、もしくは今後しようとしている 企業のオフィスを訪問すると、事業の立ち上げや新たな製品のテストマーケティングをする 対象としているモデル地区の近隣にオフィスを構えていることが多い。そして、頻繁にモデ ル地区に足を運び、生活状況の把握を行っている。プラットフォームは誰もが利用できる機 会を持っている仕組みであるため、現地で浸透しているプラットフォームであれば、それを 活用しようと考える企業も多く存在する。そういった環境の中で、プラットフォームを優先 して活用する機会を得るためには、現地に土着化しプラットフォーム運営者ですら有してい ない情報や経験を共有していくことが必要となる。そういった観点からも「市場への土着化」 を重視することが望ましい。 また、上記のような日本企業の活動を支援するための政策的な課題としては、「産業創造に 活用できるプラットフォームの動向把握と連携促進」があげられる。あらゆる企業が上記の ようにプラットフォームに関する国際的な動向を把握したり、現地に土着化したりすること ができればよいが、企業にとってはそういったことをこれまで行ってきていないがゆえに、 最初の一歩が難しいという状況が存在する。そのため、日本政府が在外公館や海外拠点を有 する日本政府機関を通じて、関連の情報を収集したり、既存の情報を整理し直したりするこ とで、日本企業にそれらの情報を共有していくことが必要だと考えられる。また、プラット フォームの運営企業に対するヒアリングも積極的に行い、日本企業との橋渡し窓口を特定し ておくことも有効だと考えられる。その際には、プラットフォーム利用者の増加による社会 への悪影響にも目を向けた上で、日本政府機関が日本企業との連携を促進させることが現地 の産業創造・拡大につながりうるプラットフォームに対象を絞り込み、動向把握・連携促進 56 を行っていくことが必要である。 (5) 成熟市場による購買力活用モデル ① 成功要因 成熟市場による購買力活用モデルにおける成功要因は、 「売り先の確保」 、 「既に現地にて人 材育成を行っている組織・人との連携」、「日本企業の品質を確保するため人材育成プログラ ムの推進」である。 まず、 「売り先の確保」だが、新興国・途上国の BOP 層に対する技術支援を通じて、彼ら と共に製品を製造して先進国のような成熟市場で販売を行うといったプロジェクトは非常に 多く存在するものの、製品が出来上がってから販売先を探すというプロセスでプロジェクト を進めている場合が多く、結果売り先が見つからず、プロジェクトの目的が達成されないと いう状況に陥ってしまうプロジェクトも多く存在する。それは、売り手側の論理で作り上げ られたビジネスモデルであるためである。そのため、事業化を実現し、収益を高めるために は、買い手側の論理を組み込まなくては事業化を実現することは難しい。すなわち、最初に 販売先を確保した上で、その販売先のニーズに適合した製品を製造していくといった進め方 を組み込むことが必要となってくる。 次に、 「既に現地にて人材育成を行っている組織・人との連携」だが、上記のとおり、販売 先を確保した上で、販売先のニーズに適した製品を一緒に製造してくれる組織・人を探し出 す必要がある。その際には、0から自分で探しだすのではなく、既に JICA の技術支援プロジ ェクト等で製造に関する人材育成や技術移転が行われている組織・人を探し出すことが有効 である。 最後に、 「日本企業の品質を確保するため人材育成プログラムの推進」だが、上記のような 現地パートナーを選定した上で、販売先が満足できる品質を保つための人材育成プログラム を推進する必要がある。既に人材育成や技術移転が行われている組織・人であっても、日本 のような成熟市場向けに製品を販売するとなると、より一段上の技術を身につける必要が出 てくる。そのため、自社が求める品質を明確に提示した上で、その品質を守るための技術支 援を行うことが必要である。 ② 課題 日本企業が上記の成功要因を自社のビジネスに取り込むためには、4つの課題が存在する と考えられる。それは、 「売り先との信頼強化」 、 「特定の製品への固執からの脱却」 、 「特定の 製品の国際的な位置づけの確立」 、 「土着化による品質向上」である。まず、 「売り先との信頼 関係」だが、これは売り先を確保して、製品を製造して、いざ販売する時に売り先が結局買 ってくれないという状況を避けるために必要なことである。売り先との信頼関係を構築する ためには、まず関連した製品に対する実績を作り上げることが必要である。すなわち、BOP 層と共に製造した製品をいきなり取引するのではなく、BOP ビジネスを立ち上げる前に既に 技術が確立した製造元から調達した同様の製品を取引し、それを販売することで製品の品質 等に対する信頼度を高めておくことが必要である。そして、その製品のトレーサビリティを 高める、調達コストを下げるといった BOP ビジネスに取り組むことが事業の収益性向上のた めに必要だという理由を明確にしたうえで、BOP ビジネスに取り組み始めることが必要であ る。 57 次に、 「特定の製品への固執からの脱却」だが、成熟市場においては製品需要がブームによ って左右されることが良くある。特に、日本市場における消費財市場にはそのような傾向が 強い。そのため、一つの特定の製品に固執をしていると一時期は成功したとしても事業が継 続的に成長していくということが難しくなる。従って、先述したフロムファーイーストの事 例のように製品のラインナップを複数持っておき、それを組み合わせて販売していくことで、 安定的な販売拡大を行えるようにする必要がある。また、特定の製品を販売していくことに 専念したいということであれば、 「特定の製品の国際的な位置づけの確立」が必要である。す なわち、日本でブームが終わったら、次にヨーロッパ、その次は米国といったように、販売 拡大の対象となる成熟国を次々に変えていくことで、事業の安定性を向上させると言う手法 が考え得る。こうした取組において重要なのは関連する認証や基準作りに積極的に参画する ことである。特にエシカル商品・オーガニック商品等のような製品を扱うのであれば、国際 的な認証や基準作りに参画しておく、もしくは関連機関との信頼関係を構築しておくことで、 国際的な横展開を行っていくことが容易になることだろう。最後に、 「土着化による品質向上」 だが、成熟国で受け入れられるような製品を製造するには、最終的には徹底的な品質向上が 必要となる。他方で、製造にたずさわる BOP 層にとって品質向上は必ずしも重要ではない。 品質向上の結果、 製品が売れるようになり、 自分たちの所得が向上するといった考え方も BOP 層にとっては素直に受け入れにくい考え方である。なぜならば、BOP 層にとって従来の手法 を捨て去り、新たな考え方を受け入れるということは、コミュニティ内の信頼関係を壊しか ねないリスクが大きい行動だからである。そのため、品質向上を行うためには、土着化が必 須となる。すなわち、現地の人々と生活を共にし、そのなかで現地の人々が困っていること を理解し、それを解決し、子どもたちの将来が豊かになるような仕組みづくりと品質向上の 取組を結び付けていく必要がある。コミュニティを重視する BOP 層は自分だけの所得向上の ためだけに努力するよりも、コミュニティ全体を豊かにするために努力することを重視する。 BOP 層が何を望んでいるのか、どうしたら本当に BOP 層のためになるのか、それを熟考し、 BOP 層と対話を繰り返した上で、品質向上の取組を進めていくことが望ましい。 上記のような日本企業の活動を支援するための政策的な課題としては、 「現地人材の育成」 があげられる。特に、先述したような BOP 層に品質上向上の重要性を理解してもらうための 取組については、日本企業が取り組んだとしても、簡単に進められるものではない。そのた め、日本企業側の考え・価値観も理解できるし、現地のコミュニティの考え・価値観も理解 できるような仲介者が必要となる。理想的には、双方の考え・価値観が分かった上で日本企 業側に立てる仲介者と同じく双方の考え・価値観が分かった上でコミュニティ側に立てる仲 介者が両方いることで、ステークホルダー間の信頼関係を結びつけていくことが望ましい。 そのためには、日本政府が現地人材を育成するということを目的に技術者を現地に派遣をし、 その技術者が現地に土着化し、コミュニティと日本企業を仲介する窓口になることが望まし い。日本政府による技術支援プロジェクトはこれまでに数多く行われてきたし、現在でも非 常に多くの国・地域でプロジェクトがすすめられている。今後はそうしたプロジェクトの成 果の有効利用を考えるとともに、最初から日本企業と連携することを技術支援プロジェクト に組み込んでいくことが必要となってくる。 58 2) モデル別成功要因のチェックリスト これまで記載してきたモデル別の成功要因・課題を元に BOP ビジネスの収益性を高めるため のチェックリストを作成した。 (図表 49) 図表・49 モデル別成功要因のチェックリスト モデル名 成功要因 課題(チェックポイント) 継続的な技術革新を行い、自社の独自性を築いているか? 複数の製品・サービスをパッケージ化することで、自社の独自性 を築いているか? (1) 調達対応・グラント活用モデル ・SDGs制定等に紐づく資金・人材の動向把握 自社の提案が有する多様な側面の理解したうえで、表現手法を ・調達やグラントの意思決定者との綿密なコミュニ 変え、各機関に提案を行っているか? ケーション・ロビーイング AM(アカウントマネージャー)を設置し、キーパーソンに対する定 期的なコミュニケーションを行っているか? 国際的な情報発信により、引き合いの増大に努めているか? 海外事業担当組織や現地法人との連携を進め、協働推進体制 の確立しているか? (2) ホールピラミッドモデル ・MOP層向け事業で得た利益によるBOP層向け 投資資金の確保 なぜBOPビジネスを推進するのかといった理由を自社の経営戦 ・MOP層向け事業とBOP層向け事業の連携によ 略の観点から明確にしているのか? るBOP層の口コミ促進 MOP層・BOP層双方に製品を提供できるように製品範囲を拡大 しているか? 求心力を持ったチャネルの特定・活用を行っているか? (3) 伝統的市場先取モデル 特定地域における自社製品の浸透率の向上 他業種との連携し、チャネルの成長促進をおこなっているか? 世界的に利用者が急増し始めているプラットフォームに関する国 際動向の把握を行っているか? プラットフォームを構築する場合、特定国で浸透しているプラット フォームの横展開を行おうとしているか? (4) プラットフォーム構築・活用モデル 「多くの事業者が活用するプラットフォームの早期 プラットフォームを構築する場合、一部の人が行っている成功事 立ち上げ」、「利用者が急増している、もしくは大多 例を標準化したプラットフォームを構築しようとしているか? 数が利用しているプラットフォームの活用」で プラットフォームを構築する場合、既存の顧客接点の活用や、プ ラットフォームの利用者との接点を既に有している組織との連携 を行っているか? 市場への土着化により、人々のプラットフォームの利用状況を把 握しているか? 販売実績を元に、売り先との信頼強化に努めているか? 成熟市場における需要の変化に対応するために、特定の製品へ の固執から脱却し、製品ラインナップを増やしているか? 「売り先の確保」、「既に現地にて人材育成を行っ (5) 成熟市場による購買力活用モデル ている組織・人との連携」、「日本企業の品質を確 特定の製品を重視する場合、その製品の国際的な位置づけを確 保するため人材育成プログラムの推進」 立し、他の成熟市場に対する横展開を視野に入れているか? 土着化を通じて、BOP層の視点から品質向上の重要性を認識し てもらえる仕組みを構築しているか? 59 3-2.モデル横断で共通する成功要因・課題 1)モデル横断で共通する課題としての成長市場のダイナミックな変化への対応 これまで記載してきたとおり、BOP ビジネスの収益性を高めるためには、モデル別の課題 に対応するとともに、モデル横断で共通する成功要因を自社の事業に取り込んでいく必要が ある。 モデル横断で共通する課題としては、成長市場のダイナミックな変化に対応することであ る。BOP 市場は、急速に成長を遂げており、それゆえに市場環境がダイナミックに変化をす る。そのため、継続的に BOP ビジネスを成長させていこうとした場合に、市場のダイナミッ クな変化に対応し自社の事業を発展させていくことが必要となる。具体的には、ビジネスモ デル・組織・パートナーシップを柔軟に市場の変化に対応させていくことが必要である。 国内外の BOP ビジネスの先進企業へのヒアリングを元に、各企業の BOP ビジネス展開の 変遷を分析すると、実際に市場環境のダイナミックな変化が各社の BOP ビジネスの成功・失 敗に大きな影響を与えていることが分かった。そして、こうした変化を乗り越え、BOP ビジ ネスを成功へと導いた企業は BOP ビジネスの戦術(アクション)は収益指向型 BOP ビジネ スのモデルによって異なるものの、共通の成功要因として市場環境の変化に自社の戦略(ビ ジネスモデル・組織・パートナーシップ)を変化させながら拡大・発展させていることが分 かった。 (図表 50) 一般的に企業の経営者が戦略に関する意思決定を行い、事業部が戦術(アクション)に関 する意思決定を行うという役割分担をしていることを前提とするならば、事業部が収益指向 型 BOP ビジネスのモデル毎に異なる戦術(アクション)に関する成功要因の取り込みを行う と同時に、経営者がモデル横断で共通する成功要因を取り込むために戦略に対する意思決定 を行っていくことが必要になってくると考えられる。 図表・50 成長市場のダイナミックな変化への対応 市場環境 P olitical E conomic 戦略 戦術(アクション) B usinessmodel O rganization 収益指向型BOPビジネス のモデルによって異なる S ocial T echnological P artnership ※本資料におけるBusinessmodelとは、企業が自社のミッションを達成するために各市場で構築する仕組みであり、企業とステークホル ダー間の「モノ」・「カネ」の流れ方を表すものとする。 60 (1) BOPビジネスの成功・失敗に影響を及ぼす市場環境のダイナミックな変化 国内外の BOP ビジネスの先進企業へのヒアリングの結果から把握した BOP ビジネスの成功・ 失敗に影響を及ぼす市場環境のダイナミックな変化は、①政治・政策的(Political)な側面、②経 済的(Economic)な側面、③社会的(Social)な側面、④技術的(Technological)な側面、とい った4つの側面から整理することができる。以下に、各側面において BOP ビジネスの成功・失敗 に大きな影響を及ぼす主な変化と、実際に起きた現象と企業の対応の事例を記載する。 ① 政治・政策的(Political)な側面において BOP ビジネスの成功・失敗に影響を及ぼす変 化 政治・政策的(Political)な側面においては、先進企業ヒアリングから主に ・既存政策変更/新たな政策の施行 ・公共投資の増大 ・公共サービスの拡大 といった変化が BOP ビジネスの成功・失敗に大きな影響を及ぼすことが分かった。 また、ヒアリング対象となった企業の BOP ビジネスに関連して実際に起きた変化と企業の対応 の事例としては、以下の4つがあげられる。 (図表 51) 図表・51 政治・政策的(Political)な側面において実際に起きた変化と企業の対応の事例 実際に起きた変化 先進企業による対応 顧客となる小規模・中小事業者の組合組織化 組合への販売促進(耐久消費財) に関する法規制の施行 公共調達における優遇資格の設置 優遇資格の確立による大手流通チェーンへの交 渉力向上(消費財) 現地政府による類似の無償サービスの開始 既存サービス事業の成長スピード減速(情報通 信) CSR 活動の義務化 企業の CSR 組織に対する販売促進(耐久消費財) ② 経済的(Economic)な側面において BOP ビジネスの成功・失敗に影響を及ぼす変化 経済的(Economic)な側面においては、先進企業ヒアリングから主に ・MOP 層の増大/BOP 層の所得向上 ・中小企業の増加 ・民間企業によるインフラ整備/金融サービス/流通チャネル等のビジネスインフラの整備 といった変化が BOP ビジネスの成功・失敗に大きな影響を及ぼすことが分かった。 また、ヒアリング対象となった企業の BOP ビジネスに関連して実際に起きた変化と企業の対応 の事例としては、次の6つがあげられる。 (図表 52) 61 図表・52 経済的(Economic)な側面において実際に起きた変化と企業の対応の事例 実際に起きた変化 先進企業による対応 携帯送金サービスの普及 携帯送金をベースとした新規事業の開発(情報 通信) 中小企業による商取引の増大 商取引のリスク削減を実現するサービスの開発 (情報通信) 流通インフラとしてのガソリンスタンドの 増加 ガソリンスタンドをチャネルとした新サービス の開発(耐久消費財) グローバルブランドへの関心の増大 グローバルブランドのアピールによる認知度の 向上(耐久消費財) 食品/流通企業による現地調達の増大 自社製品の活用により生産された製品の安定的 な販売先の確保(設備機器) 企業の成長による CSR 活動の増大 企業の CSR 組織に対する販売促進(エネルギー) ③ 社会的(Social)な側面において BOP ビジネスの成功・失敗に影響を及ぼす変化 社会的(Social)な側面においては、先進企業ヒアリングから主に ・携帯電話を通じた情報格差の解消 ・BOP 層の消費意欲の向上 ・都市人口の増大と都市の拡大 といった変化が BOP ビジネスの成功・失敗に大きな影響を及ぼすことが分かった。 また、ヒアリング対象となった企業の BOP ビジネスに関連して実際に起きた変化と企業の対応 の事例としては、以下の2つがあげられる。 (図表 53) 図表・53 社会的(Social)な側面において実際に起きた変化と企業の対応の事例 実際に起きた変化 先進企業による対応 BOP 層による MOP 層向け製品の購入活動の 拡大 BOP 層と MOP 層に共通する製品の開発(耐久 消費財、消費財) 都市の拡大による郊外/農村の近代化 農村開発と連携した特定地域での製品普及率 の増加(医療、消費財) 62 ④ 技術的(Technological)な側面において BOP ビジネスの成功・失敗に影響を及ぼす変化 技術的(Technological)な側面においては、先進企業ヒアリングから主に ・IT 技術の普及 といった変化が BOP ビジネスの成功・失敗に大きな影響を及ぼすことが分かった。 また、ヒアリング対象となった企業の BOP ビジネスに関連して実際に起きた変化と企業の対応 の事例としては、以下の2つがあげられる。 (図表 54) 図表・54 技術的(Technological)な側面において実際に起きた変化と企業の対応の事例 実際に起きた変化 先進企業による対応 e-コマースの普及 チャネルの増加によるサービス提供地域の拡大 (情報通信) 農村部へのスマートフォンの普及 無償の公共サービスに対するスマートフォンを 用いた技術的優位性のある新サービスの開発 (情報通信) (2) 市場環境のダイナミックな変化に対応するための成功要因と課題 市場環境のダイナミックな変化に対応するための成功要因としては、 「Businessmodel:ビジネ スモデル」 、 「Organization:組織」 、 「Partnership:パートナーシップ」という戦略の3つの構成要素 において、市場環境の変化に柔軟に対応していくことが求められる。以下に、戦略要素ごとの成 功要因と先進企業の活動事例を示す。 ① Businessmodel:ビジネスモデル Businessmodel:ビジネスモデルという視点において、市場環境のダイナミックな変化に対応す るための成功要因としては、 「製品・ビジネスモデルの市場への提供サイクルの迅速化」があげら れる。 BOP ビジネスにおいては、BOP 層のニーズや競合企業が提供する製品が市場環境と共に迅速に 変化していくため、ビジネスモデルや製品が確立しないうちに市場に投入し、フィードバックを 受けながら、ビジネスモデルや製品を改善していくといったサイクルの迅速化が事業の継続的な 成長に強く結び付いている。 BOP 層のニーズについては現地企業であっても十分に理解することは難しく、しかもニーズを 把握できたとしてもそのニーズは BOP 層のライフスタイルの変化に対応し変化していく。 そのため、製品・ビジネスモデルを企業内で温めて成長させるのではなく、確立していない段 階で市場に投入し、素早くブラッシュアップしていくことが必要となる。例えば、プロトタイプ であれば、耐久消費財であっても少なくとも 1 年に 1 度、多くて2~3カ月に一度のバージョン アップをする等の工夫が必要となる。 また、企業が上記の成功要因を自社に取り込む為の課題としては、 「ビジネスモデルの確立を目 的とした他社製品の活用」 、 「既存製品/既存技術/既存インフラの積極的な活用」の 2 点があげ られる。 「ビジネスモデルの確立を目的とした他社製品の活用」については、自社製品を開発する 63 前に他社製品の活用によりビジネスモデルだけを検証することで、ビジネスモデルの検証を迅速 化することを指す。また、 「既存製品/既存技術/既存インフラの積極的な活用」については、自 社の技術等にこだわらず、既存技術で最も自社のビジネスモデルに最適な技術を活用することで、 コスト削減による事業の持続性向上、製品開発や事業化の効率化を実現するということを指す。 既に市場でベストセラーになっている製品を活用した新規事業の立ち上げと展開結果を元 にした自社製品の開発(情報通信) 汎用製品としての中国製鉄パイプを原材料として活用した製品の開発(設備機器) ② Organization:組織 Organization:組織という視点において、市場環境のダイナミックな変化に対応するための成功 要因としては、 「迅速な体制変更を実現するための権限の移譲とリソースの確保」があげられる。 市場環境の変化を BOP ビジネスの障害にするのではなく、ビジネスチャンスにするためには、 迅速な体制変更が必要となる。具体的には、ビジネスモデルが変化した際に、それに合わせて事 業に適切な人材も変わるため、迅速に体制変更を実行するために、現地に体制変更や人材採用に 関する権限を委譲し、必要なリソースを迅速に自社に取り込むことが必要である。 企業が上記の成功要因を自社に取り込む為の課題としては、 「経営者の意識啓発」、 「新規ビジ ネスに対する投資組織と役員派遣のための人材バンクの設立」 、 「柔軟な変化に応じられる起業家 /大企業役員・管理職経験者/エシカルな財務担当のチームへの取り込み」 、「新興国でのマネジ メント経験者の積極的な活用」の4点があげられる。 「経営者の意識啓発」については、BOP ビジネスが既存事業の延長上に存在し、新興国・途上国 における事業成長の可能性を秘めた事業であること、そして新興国・途上国市場は絶えず変化し 続け、その度に適切なビジネスモデルやそれを推進するための体制が変わることを経営陣に認識 してもらうことを指す。また、 「新規ビジネスに対する投資組織と役員派遣のための人材バンクの 設立」については、市場環境が変化したことによって生じたビジネスチャンスに素早く対応して いくために、あらかじめ自社内にベンチャーキャピタル等を始めとする投資の仕組みを作り上げ ておくことや、投資先のベンチャーに対して自社の従業員を役員として派遣することで変化した 市場環境における事業立ち上げの経験を自社に取り込むことを指す。 「柔軟な変化に応じられる起 業家/大企業役員・管理職経験者/エシカルな財務担当のチームへの取り込み」については、市 場環境に柔軟に対応してビジネスモデルを変化させられる起業家、ビジネスモデルや組織が変更 した際に組織的な仕組みを構築できる大企業役員・管理職経験者、様々なリスクに対応できる倫 理観を備えた財務担当を BOP ビジネスの推進体制に組み込んでおくことを指す。最後に、 「新興 国でのマネジメント経験者の積極的な活用」については新興国でのマネジメント経験者を積極的 に他の新興国・途上国の開拓に活用することで、市場の変化に対して迅速に意思決定を行える体 制を構築することを指す。 ベンチャーキャピタルの設立による新規ビジネスの立ち上げ支援(耐久消費財) 世界における最適な人材の積極的な採用(耐久消費財) 中国市場/インド市場経験者のケニア拠点長としての配置(耐久消費財) 64 ③ Partnership:パートナーシップ Partnership:パートナーシップという視点において、市場環境のダイナミックな変化に対応する ための成功要因としては、 「多種多様な潜在的パートナーとの関係構築」があげられる。BOPビ ジネスは日本企業にとって自社単独で推進できる事業ではなく、必ず現地に根付いたパートナー と共に推進することが必要となる。そのため、市場環境の変化に応じて、ビジネスモデルや自社 の体制が変更になった際には、パートナーシップについても柔軟に変化をさせていくことが必要 となる。そのためには、多種多様な潜在的パートナーとの関係構築を行っておき、市場環境が変 化した際に、変化後の市場環境やビジネスモデルに対して、適切なパートナーへのアプローチを 行うことが必要となる。 企業が上記の成功要因を自社に取り込む為の課題としては、 「パートナーシップ担当の設置に よる外部組織との連携促進」 、 「オープンイノベーションを推進するためのプラットフォームの創 造による外部起業家とのパートナーシップの積極的な受け入れ」、 「世界的な人脈を活用するため の世界中のカンファレス等への参加」 、 「求心力を持つチャネルへの積極的な先行投資」の 4 点が あげられる。 「パートナーシップ担当の設置による外部組織との連携促進」については、社外の様々な組織 との密なコミュニケーションを行い、多くの組織との信頼関係を構築できる人物をパートナーシ ップ担当として社外との窓口として配置することを指す。「オープンイノベーションを推進する ためのプラットフォームの創造による外部起業家とのパートナーシップの積極的な受け入れ」に ついては外部起業家からパートナーシップに関する提案をしてもらうために、オープンイノベー ションを推進するということを目的とした社外提案の受け入れ窓口を設置することを指す。「世 界的な人脈を活用するための世界中のカンファレス等への参加」については、世界で活躍する起 業家や企業・国際機関・非営利組織等に所属しているキーパーソンとの接点を増やすために、世 界中の国際的なカンファレンスに積極的に参加することを指す。最後に、 「求心力を持つチャネル への積極的な先行投資」については、ビジネスモデルや取り扱う製品・サービスが変更しても顧 客へのアプローチを維持しつけられるような求心力を持つチャネルとの信頼関係の構築や成長支 援のために積極的に先行投資を行っておくことを指す。 NGO とのパートナーシップ促進に向けた援助機関の NGO 支援担当の採用(消費財) プラットフォームを活用した新規サービスの開発者への支援(情報通信) BoP Global Network を始めとした世界的なカンファレンスへの積極的な参加と対外発表の 促進(耐久消費財) 美容室やガソリンスタンドへの設備の設置(耐久消費財) トップシェア企業の販売代理店の隣に新規販売代理店を設置(耐久諸費剤) 65 (3) 戦略の構成要素ごとの政策課題 また、上記のような日本企業の活動を支援するための政策的な課題としては、次の5つがあげ られる。 (図表 55) 戦略の構成要素 図表・55 戦略の構成要素ごとの政策課題 政策的な課題 Businessmodel:ビジネスモデル 途上国で訴求力のある製品やそれを有している企業・人材との ネットワーク強化 新規ビジネスに関する経験豊富な人材の確保 Organization:組織 新たな名称・定義に基づく BOP ビジネスに対する経営者の理 解促進 ネットワーク組織の活用による企業間の連携促進 Partnership:パートナーシップ 日本企業の成功事例に関する国際的な情報発信 集客力のある場所に関する情報収集/ネットワーク強化 66 2) モデル横断で共通する成功要因のチェックリスト これまで記載してきたモデル横断で共通する成功要因・課題を元に BOP ビジネスの収益性を高 めるためのチェックリストを作成した。 (図表 56) 図表・56 モデル横断で共通する成功要因のチェックリスト モデル横断で共通する成功要因に関す る視点 成功要因 課題(チェックポイント) ビジネスモデルの確立を目的とし、自社製品を開発する前に他社製品の 活用等により早期のビジネスモデルの検証を行っているか? ①Businessmodel:ビジネスモデル 製品・ビジネスモデルの市場への提 供サイクルの迅速化 既存製品/既存技術/既存インフラを積極的に活用していくことによっ て、効率的な製品開発や事業化を行っているか? 市場の変化に柔軟に対応していくことを許容してもらうために、経営陣に 対して市場の特性に関する理解を促す啓発活動を行っているか? ②Organization:組織 迅速な体制変更を実現するための 権限の移譲とリソースの確保 新規ビジネスに対する投資組織や役員派遣のための人材バンクを社内 に設立する等、ビジネスモデルの変化に柔軟に対応することができる体 制を構築しているか? 柔軟な変化に対応できる起業家、ビジネスモデルや組織が変更した際 に組織的な仕組みを構築できる大企業役員・管理職経験者、様々なリ スクに対応できる倫理観を備えた財務担当をチームに加えているか? 新興国でのマネジメント経験者を積極的に活用することで、市場の変化 に対して迅速に意思決定を行える体制を構築しているか? パートナーシップ担当の設置により、外部組織との連携を促進している か? ③Partnership:パートナーシップ 多種多様な潜在的パートナーとの関 係構築 オープンイノベーションを推進するためのプラットフォームを創造すること で、外部起業家とのパートナーシップの積極的な受け入れを行っている か? 世界的な人脈を構築し活用するために、世界中のカンファレス等への参 加を積極的に行っているか? 求心力を持つチャネルとの信頼関係の構築、求心力を強化するための 成長支援のために、積極的に先行投資しているか? 67 第4章 求められる政策の方向性 4-1.有識者研究会の実施概要 本調査においては、収益指向型 BOP ビジネスのための政策の方向性を検討することを目的に、 政府関係機関・外部有識者による収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会を立ち上 げ、全5回の研究会を開催した。 1)研究会の構成 収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会は、学識者、民間企業・団体、政府機関 等による委員で構成した。 (図表 57) 図表・57 収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会 委員名簿 (座 長) 大石 芳裕 明治大学経営学部 教授 (委 員) 池上 重輔 早稲田大学商学学術院総合研究所 WBS 研究センター 准教授 石井 淳子 独立行政法人日本貿易振興機構ビジネス展開支援部 総括審議役 大野 泉 政策研究大学院大学国際開発戦略研究センター 教授 岡田 正大 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 教授 阪口 竜也 フロムファーイースト株式会社 代表取締役 西郡 俊哉 国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所 広報・渉外スペシャリスト 馬場 隆 独立行政法人国際協力機構民間連携事業部連携推進課 課長 水野 達男 認定 NPO 法人 Malaria No More Japan 専務理事 鎗目 雅 東京大学大学院科学技術イノベーション・ガバナンス特任准教授 (五十音順、敬称略) 68 2)研究会のアジェンダ 収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会(全5回)は以下の日程、議事で開催し た(開催日順に整理) 。 第1回収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会 <開催日時>平成 27 年9月 25 日(金曜) 14 時 00 分~15 時 30 分 <議事> 1.開会 2.経済産業省挨拶・座長挨拶 3.研究会の方針・進め方について 4.議題 (1)本研究会の検討の方向性 (2)我が国企業へのヒアリング進捗報告 5.閉会 第2回収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会 <開催日時>平成 27 年 10 月 28 日(水曜) 10 時 00 分~12 時 00 分 <議事> 1. 開会 2. 議題 (1)第1回研究会での議論を踏まえた議論の前提条件と検討の視点 (2)BOP ビジネスに関する環境分析 (3)企業事例の紹介と企業から見た政策ニーズに関する議論 3.閉会 第3回収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会 <開催日時>平成 27 年 11 月 27 日(金曜) 10 時 00 分~12 時 00 分 <議事> 1. 開会 2. 議題 (1)海外調査結果速報 (2)企業事例の紹介と企業から見た政策ニーズに関する議論 (3)これまでの検討の取りまとめと今後の政策検討について 3.閉会 69 第4回収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会 <開催日時>平成 27 年 12 月 21 日(月曜) 10 時 00 分~12 時 00 分 <議事> 1. 開会 2. 議題 (1)ご提案いただいた政策案のサマリー (2)第3回有識者研究会課題に関する各委員によるご発表 (3)政策の重点化・とりまとめに関する議論 3. 閉会 第5回収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会 <開催日時>平成 28 年 1 月 13 日(水曜) 10 時 00 分~12 時 00 分 <議事> 1. 開会 2. 議題 (1)政策提言の方向性(案)の発表 (2)政策提言の方向性(案)に対する御質問・御意見 3. 閉会 70 4-2.有識者研究会の実施概要 1) 課題への対応の方向性に関する全体像 これまでの調査からモデル別課題とモデル横断の共通課題が抽出された。それぞれの課題に対 して第 5 回収益指向型 BOP ビジネス推進事業に係る有識者研究会において報告された対応の方向 性(案)を以下に記載する。(図表 58) 図表・58 各課題への対応の方向性(案)に関する全体像 課題 対応の方向性(案) BoP Global Network Summit等の国 際イベントへの日本企業の参加促進 ・日本の成功事例のアピールによる引き合い増大 ・SDGs等の関連動向に関する啓発 ウェブサイト・国内イベントを通じた情 報発信 ・既存中小企業支援策とBOP支援策との連携 モデル別 課題 経済団体等を通じた経営陣に対する 啓発活動 ・伝統的市場におけるマーケティング促進 ・販売/アフターサービス関連の技術支援/人材育成 ・産業創造に活用できるプラットフォームの動向把握と連携促進 ・現地人材の育成 ジェトロ等による包括的な支援 伝統的市場におけるテストマーケティ ング支援 ・途上国で訴求力のある製品やそれを有している企業・人材とのネットワーク強化 既存技術協力策の活用 ・新規ビジネスに関する経験豊富な人材の確保 共通 課題 ・ネットワーク組織の活用による企業間の連携促進 ジェトロ等の現地拠点による情報収 集・マッチング ・集客力のある店舗等の場所に関する情報収集/ネットワーク強化 ・新たな名称・定義に基づくBOPビジネスに対する経営者の理解促進 新規ビジネス経験を有する人材の発 掘 (1) BoP Global Network Summit 等の国際イベントへの日本企業の参加促進 モデル別の課題である調達対応・グラント活用モデルにおける課題としての「日本の成功事例 のアピールによる引き合い増大」 、 「SDGs 等の関連動向に関する啓発」、 そして共通課題である「途 上国で訴求力のある製品やそれを有している企業・人材とのネットワーク強化」、「ネットワーク 組織の活用による企業間の連携促進」への対応策としては、「BoP Global Network Summit 等の国 際イベントへの日本企業の参加促進」が有効だと考えられる。 (2) ウェブサイト・国内イベントを通じた情報発信 モデル別の課題である調達対応・グラント活用モデルにおける課題としての「SDGs 等の関連 動向に関する啓発」 、そして共通課題である「ネットワーク組織の活用による企業間の連携促進」、 「新たな名称・定義に基づく BOP ビジネスの経営者の理解促進」、 「ウェブサイト・国内イベント を通じた情報発信」への対応策としては、「ウェブサイト・国内イベントを通じた情報発信」が有 効だと考えられる。 71 (3) 経済団体等を通じた経営陣に対する啓発活動 共通課題である「新たな名称・定義に基づく BOP ビジネスの経営者の理解促進」への対応策と しては、 「経済団体等を通じた経営陣に対する啓発活動」が有効だと考えられる。 (4) ジェトロ等による包括的な支援 モデル別の課題であるホールピラミッドモデルにおける課題としての「既存中小企業支援策と BOP 支援策との連携」への対応策としては、「ジェトロ等による包括的な支援」が有効だと考え られる。 (5) 伝統的市場におけるテストマーケティング支援 モデル別の課題である伝統的市場先取モデルにおける課題としての「伝統的市場におけるマー ケティング促進」への対応策としては、 「伝統的市場におけるテストマーケティング支援」が有効 だと考えられる。 (6) 既存技術協力策の活用 モデル別の課題である伝統的市場先取モデルにおける課題としての「販売/アフターサービス 関連の技術支援/人材育成」 、成熟市場による購買力活用モデルにおける課題としての「現地人材 の育成」への対応策としては、 「既存技術協力策の活用」が有効だと考えられる。 (7) ジェトロ等の現地拠点による情報収集・マッチング モデル別の課題であるプラットフォーム構築・活用モデルにおける課題としての「産業創造に 活用できるプラットフォームの動向把握と連携促進」 、共通課題としての「途上国で訴求力のある 製品やそれを有している企業・人材とのネットワーク強化」、「集客力のある店舗等の場所に関す る情報収集/ネットワーク強化」 、「ジェトロ等の現地拠点による情報収集・マッチング」への対 応策としては、 「ジェトロ等の現地拠点による情報収集・マッチング」が有効だと考えられる。 (8) 新規ビジネス経験を有する人材の発掘 共通課題である「新規ビジネスに関する経験豊富な人材の確保」への対応としては、 「新規ビジ ネス経験を有する人材の発掘」が有効だと考えられる。 上記8つの対応の方向性(案)は既存の制度の活用を念頭において考案された。実際に、現在 各課題に対応するための支援制度自体については既に存在しており、有効に活用している企業が 少ないために課題が解決されていないと考えられる。その理由として、こうした既存制度は公募 形式を取り企業からの提案を募る、相談窓口を設置し企業からのアプローチを待つといった受け 身的な仕組みになっており、有効に活用できる企業を自ら発掘していくような能動的な制度にな 72 っていないことがあげられる。 先述した通り、日本における BOP ビジネスの現状として、「成功事例が少ない」→「BOP ビジ ネスが採算度外視のビジネスだという認識が広がる」→「BOP ビジネスに取り組む企業が少ない」 →「成功事例が少ない」という悪循環が生まれてしまっているという現状においては、BOP ビジ ネスに取り組む企業が少ないために、支援制度が受け身的な仕組みである限り、制度を利用しよ うとする企業数を増加させることはできない。 そのため、有識者委員会においては、まずはこうした悪循環を解消するための取組として、「名 称と定義の見直し」による BOP ビジネスに関する誤解の払拭を行い、BOP ビジネスに取り組む 企業数を増やすことが望ましいとの方向性が示された。 また、悪循環を解消させるためには、あわせて成功事例を増加させることが必要である。その ため、有識者委員会においては、成功事例創出に向けた新たな支援施策として、国内アドバイザ ー制度の設定を行うことで、成功事例へと成長する可能性が高い企業を発掘し、その企業に対し て国内アドバイザーを介して既存制度の有機的な連携・活用を促していくことが有効ではないか という方向性が示された。 2) 名称と定義の見直し 先述した通り、現状の BOP ビジネスという名称や定義が与える印象が、企業の BOP ビジネス への入り口を狭めてしまっている。そのため、名称と定義を見直し、それを新たに普及させるこ とで企業の意識変革を行うことで、BOP ビジネスに関する誤解を払拭し、BOP ビジネスに取り組 む企業の数を増やしていくことが必要である。 BOP ビジネスの名称については、既に BOP ビジネスという名称が浸透していることを考慮し つつも、日本企業の実態に照らした収益型のビジネスとして認識できるような名称・定義に変更 するという案が有識者研究会に提示された。そして、基本的な考え方については研究会において 了承されたが、名称・定義の確定においては、後述する留意点を踏まえた上で、産業界からの意 見も取り入れながら、検討を進めていくこととなった。なお、名称(案)は、作成する際に以下 の要素を表現することを重視し検討を進めた。 ・英語のみの表現では、意味を共有することが難しいため日本語で表現をする ・他方で、これまでの啓発活動の成果を考え、BOP という表現は残す ・BOP という表現を残す一方で、BOP ビジネスに対する誤解を払拭するために新しいバージョ ンになったことを示す ・日本企業がこれまで新興国・途上国で実践してきた貢献のあり方として産業創造という表現 を採用する ・ecosystem、inclusive 等の英語表現に通ずる日本語として産業創造という表現を採用する また、有識者研究会において以下のような留意点が委員から提示された。 ・名称は名称を普及する際のコミュニケーションプランを踏まえながら、改めて検討を行う必 要がある ・企業の啓発・企業へのマーケティングといった観点からコミュニケーションの専門家と名称・ コミュニケーションプランともに協議を行うことが必要である ・ 「産業創造」という言葉については、グローバルの潮流とは異なる概念なので、どういった思 73 いがあるのかを国内外にきちんと発信していく必要がある 有識者研究会にて提示された名称(案) 、定義については、以下のとおりである。 ①名称(案) 産業創造ビジネス(BOP3.0 ) ②定義 ・主に途上国における BOP 層を対象に(消費者、生産者、販売者のいずれか、またはその組み 合わせ) 、収益性を確保した持続的なビジネス。 ・持続的なビジネス展開の結果として、現地における様々な社会的課題(水、生活必需品・サ ービスの提供、貧困削減等)の解決に資する。 ・従来、日本企業が強みとし、積極的に行ってきた新興国における産業創造は、自社の利益の 創出・増大と産業発展を通じた現地の社会課題の解決を実現する取り組みであり、持続的な BOP ビジネスと言える。 (注)途上国におけるビジネスにおいては、収益性確保の観点から、BOP 層のみをターゲット とするのではなく、MOP 層以下の幅広い層も対象とする。 なお、上記の名称(案)に関して、有識者研究会において留意点としてあげられた産業創造と いう用語について、本報告書においては関連事例として以下にマルチスズキの事例を記載するこ とで、その重要性について示すこととする。 日本企業は、これまで新興国・途上国市場において産業創造を行うことで競争力を高めてきた。 実際にマルチスズキはインドで BOP 層の多い農村地域での産業創造にも取り組み成功を収めて いる。収益指向型 BOP ビジネスを推進する際には、こうした日本企業のこれまで培ってきた強み を活かしたビジネスを展開することが必要である。 新興国・途上国市場においては、日本企業を含めた外資企業が事業を拡大し続けることは、そ の国の人々から批判対象になるリスクを高めることにも直結する。そのため、日本企業は新興国・ 途上国市場において事業を行う際には、 「現地でビジネスをさせていただく。ビジネスをさせてい ただく代わりに現地経済に資する」という考え方をすることが必要となる。すなわち、新興国・ 途上国市場における事業拡大を通じた収益の増加と現地における産業の創造といった両輪を回す ことが、新興国・途上国市場における継続的な成長には必要になってくるのである。 例えば、マルチスズキは、インドにおける自動車産業発展のための取組として、現地の職業訓 練校と連携した人材育成を行っている。具体的には、整備や板金塗装のような自動車業界に関連 する技術を養成するコースを設立するため、ディーラーと共にインド全国に渡って複数の ITI(職 業訓練校) と技術提供を行っている。 既に 2014 年度において 21 の州で 98 の ITI と提携しており、 延べ 5,500 人以上の生徒が訓練を受けている。20こうした自動車産業の発展の取組は、マルチスズ 20 スズキ 環境・社会レポート 2015,http://www.suzuki.co.jp/about/csr/report/2015/pdf/2015_envj_07_01.pdf 74 キの事業拡大に結びついている。実際に、マルチスズキはインドにおける乗用車市場が伸び悩ん でいる中でも、農村での事業拡大を行うことにより、持続的な売上向上を実現している。(図表 59) 図表・59 マルチスズキの売上と国内売上における農村比率 600,000 500,000 35% 26% 28.20% 25% 28% 508,022 20% 400,000 32% 445,235 16% 300,000 200,000 361,282 371,272 364,139 289,585 5.10% 100,000 3.90% 1.30% -6.10% 0 2010 2011 2012 マルチスズキ売上(百万ルピー) 2013 2014 40% 35% 30% 25% 20% 15% 10% 5% 0% -5% -10% 2015 インド乗用車市場成長率 国内売上における農村比率 出所:マルチスズキアニュアルレポートを元に NRI 作成21 マルチスズキの経営トップであるバルガバ会長もマルチスズキが成長を続けることができた理 由として農村地域での売り上げ増加をあげている。このように、自動車産業が発展しない地域に、 人材育成を通じた産業創造を行うことは、現地の人々に企業活動を受け入れてもらえるだけでは なく、最終的には自社の持続的な成長を支える他社にはない強みになると考えられる。 図表・60 マルチスズキの経営陣による意識 2013年にマルチスズキ バルガバ会長がWSJにて語った言葉 「マーケティング部門がおよそ5年前から始めた 農村地域での販売促進が窮地を救ってくれた」 「それがなければ、インド経済と産業が直面し ているのと同様の窮地に追い込まれていただろ う」 「マルチが成長を続けることができた唯一の理 由は、農村地域での売上増加だ」 出所:THE WALL STREET JOURNAL22 21 http://www.marutisuzuki.com/annual-reports.aspx 75 日本企業は、新興国・途上国市場への進出が遅く、意思決定も遅いという評価を受けることが ある。他方で、日本企業は一度意思決定をすれば、その後はじっくりと現地と共生しながら事業 を成長させていくという評価を受けることもある。意思決定が遅いと言うのは、一時的には日本 企業の悪い評価につながるかもしれない。しかし、新興国・途上国市場を訪問した際に、日本企 業の評価は良いことの方が多い。それは、上記した通り、日本企業が進出した際には、社会と共 生しながら産業創造に貢献し、自社のみならず業界全体が成長していけるように最大限の努力を 行う姿勢を持ち、その姿勢が現地において高く評価されているからだと考えられる。従って、BOP ビジネスを推進する際にも、このような日本企業の産業創造を通じた社会との共生といった考え 方を重視し、日本企業の強みを活かした BOP ビジネスのあり方として、世界に広くアピールして いくことが重要なのだと言える。 3) 成功事例創出に向けた支援のあり方 (1) 成功事例創出に向けた支援の考え方 先述した通り、有識者研究会においては、悪循環を好循環へと変化させるために、有望案件を 発掘し、成功事例を創出していく仕組みが有効ではないかという方向性が示された。 具体的には、有望案件の発掘にあたっては、国内 BOP アドバイザー(関連政府機関/連携民間 団体等)を通じて能動的に掘り起こしを行っていくことが望ましい。 (図表 61)その際、国内 BOP アドバイザーには、収益指向型 BOP ビジネスの立ち上げ経験者を配置することを想定している。 なお、国内 BOP アドバイザーについては、地方の有力企業の発掘も視野に入れ、各地域での配置 を想定する。国内 BOP アドバイザーは、自らの経験・人脈を最大限に活用し、成功すると見込ま れる案件の発掘から、実際に事業が立ち上がるまでの支援、事業化のための資金提供者への仲介 までを一貫して支援することが望まれる。 図表・61 国内 BOP アドバイザー制度のイメージ 収益指向型BOPビジネス 立ち上げ経験者(OB) 既存の支援策の適用対 象の拡大 日本政府機関 ・課題に対応した既存支援策をツールとした事 業の立ち上げ・拡大に関するアドバイザー ・有望企業/リーダの発掘・育成 国内BOPアドバイザー (関連政府機関/連携民間団体等) 業務委託 発掘・支援 担当者 22 企業 リーダー http://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702303745204579279003895471492 76 (2) 事業展開のステップごとに果たすべき国内アドバイザーの役割 国内アドバイザーにおいては、事業化のプロセスを一貫してアドバイスすることが望ましい。 そのため、事業展開のステップごとに求められる国内アドバイザーの役割を以下に整理する。 (図 表 62) 図表・62 事業展開のステップごとに果たすべき国内アドバイザーの役割 【 事 業 展 開 の ス テ ッ プ 】 【 国 内 ア ド バ イ ザ ー の 役 割 】 2.事業化段階 1.事業計画検討段階 3.確立・拡大段階 事業化詳細設計 案件組成 マーケット サーベイ ・マーケティング、チャネル、ロジ、PRの計画 等 事業化 基本設計 事業環境整備 本格展開 評価 横展開 ・原材料確保のためのサプライヤー支援、人材育成等 ・商品仕様想定 ・途上国情報整理 ・対象地域候補地抽出 ・ターゲット価格想定 等 ・利用者ニーズ把握 ・パートナー発掘 等 ・自らの人脈等を用いつつ、BOPビジネスの担 い手をなる企業・事業を発掘する ・企業経営陣に対する啓発活動 ・事業コンセプトや事業計画の見直し ・現地F/S調査等の活用したほうが良い政策支援 の選定と応募の支援 試行展開 ・商品等の評価、改良→販売計画策定 ・パートナー特定 等 ・現地コーディネーター等、企業が活 用したほうが良い政策支援の選定と 応募の支援 ・事業拡大期に企業が活 用可能な政策支援の選定 と応募の支援 ・企業が現地で行う活動に関するアド バイス(接点を持つべき人物の紹介 等)や現地調査結果に基づく事業仮 説の修正に関するアドバイス ・事業拡大に向けた体制や 事業 計画の見直し、資 金確保に関するアドバイ ス ・企業が現地で行うF/S調査に関するアドバイス (接点を持つべき人物の紹介等) ・現地調査結果に基づく事業仮説の見直し ① 事業計画検討段階 i. 自らの人脈等を用いつつ、BOP ビジネスの担い手をなる企業・事業を発掘する まず、国内アドバイザーは自らの人脈や経験を元に、BOP ビジネスの担い手 となる企業・事業を発掘する。国内アドバイザーが自ら目利きをし、事業化が 現実的だと考える企業・事業を発掘し、自ら支援することにより、事業化の確 率を高めることができる。 ii. 企業経営陣に対する啓発活動 実際に、企業・事業が BOP ビジネスの事業化に向けて進み始める前に、推進 する企業の経営陣へと BOP ビジネスの啓発が進んでいない場合は、国内アドバ イザー自らその啓発活動を行うか、もしくは社内担当者による経営陣への提案 活動を支援する。 iii. 事業コンセプトや事業計画の見直し 国内アドバイザーは自らの経験に基づき、事業コンセプトや事業計画を見直 す。その際に、必要な能力が企業側に欠けている場合は、それを補完するとと もに、事業化段階においてそれを補完できるパートナーシップを構築できるよ うに、パートナー候補を選定する。 77 iv. 現地 F/S 調査等の活用したほうが良い政策支援の選定と応募の支援 事業化を進める中で、既存の中小企業支援制度や BOP ビジネス支援制度の中 から、適した制度を選定し、応募の支援を行う。なお、必要に応じて関連機関 の窓口への仲介を行う。 v. 企業が現地で行う F/S 調査に関するアドバイスや(接点を持つべき人物の紹介 等)現地調査結果に基づく事業仮説の見直し 企業が行う現地調査についても、企業からの定期的な報告に対して、フィー ドバックを行っていく。 ② 事業化段階 i. 現地コーディネーター等、企業が活用したほうが良い政策支援の選定と応募の 支援 既に新興国・途上国にはジェトロにより BOP ビジネスを支援する現地コーデ ィネーターが設置されている。こうした現地コーディネーターとの連携をしな がら、事業化段階においても、企業が活用したほうが良い政策支援の選定を行 い、応募の支援を行う。 ii. 企業が現地で行う活動に関するアドバイス(接点を持つべき人物の紹介等)や 現地調査結果に基づく事業仮説の修正に関するアドバイス 事業化段階においても、企業からの定期的な報告に対して、フィードバック を行っていく。また、必要に応じて、事業の大幅な見直しも提案していく。そ の際、新たに連携すべきパートナーの選定や採用すべき人材の紹介も行う。 ③ 確立・拡大段階 i. 事業拡大期に企業が活用可能な政策支援の選定と応募の支援 確立・拡大段階においても、企業が活用したほうが良い政策支援の選定を行 い、応募の支援を行う。また、国際的な場で自ら情報発信をする、もしくは企 業による情報発信を支援することで、新たな政策支援を受けやすくする ii. 事業拡大に向けた体制や事業計画の見直し、資金確保に関するアドバイス 確立・拡大段階においては、企業が必要とする人材や体制が異なってくるこ とが想定される。そのため、必要な人材やパートナーの発掘についても実施す る。また、確立・拡大段階になると企業にアプローチしてくるパートナー候補 の数も増加する。そのため、こうしたパートナー候補に対する目利きを行う。 なお、企業が事業拡大期に必要となる資金に対しても、資金拠出者の候補を自 らの人脈を用いて選出して、仲介を行うことで、資金調達のきっかけを作る。 78 5.まとめ 本調査を通じて、BOP ビジネスに関する日本の状況、世界の状況を改めて分析することで、BOP ビジネスにおける収益確保の重要性を改めて整理することが出来た。そして、日本においては、 先述した通り、一般的な企業は BOP ビジネスを採算度外視の小規模ビジネスや CSR 事業とみて いるのに対し、実際に BOP ビジネスに取り組み続ける企業は、「通常のビジネスの延長上に BOP ビジネスを位置づけ」 、 「収益の創出を重視」するとともに、BOP ビジネスという概念を「国際競 争力強化のために上手く活用」しようとしている、といった認識の違いが生じてしまっているこ とが浮き彫りとなった。 上記のような一般的な日本企業の BOP ビジネスに対する認識から考えると、日本におけるBO Pビジネスの現状として、 「成功事例が少ない」→「BOP ビジネスが採算度外視のビジネスだと いう認識が広がる」→「BOP ビジネスに取り組む企業が少ない」→「成功事例が少ない」という 悪循環が生まれてしまっていると考えられ、この悪循環を「成功事例の創出」→「BOP ビジネス (収益指向型)に関する認識の浸透」→「BOP ビジネスに取り組む企業の増加」→「成功事例の 創出」といった好循環に変えていくことが必要である。 そのために、本調査においては、国内外の先進事例に対する調査、有識者研究会による検討を 通じて、既存の施策を活用しつつも、BOP ビジネスの名称や定義を見直し、啓発活動を行うこと によって BOP ビジネスに取り組む企業を増やすことを目指すことが望ましいと言う結論を導き 出した。また、成功事例を創出するためには、収益指向型 BOP ビジネスの立ち上げ経験者に国内 アドバイザーに就任してもらい、有望案件の発掘から事業化支援までを一貫して行ってもらうこ とが有効だといった政策の方向性が示された。 このように本調査において明確に提示された政策の方向性に基づき、今後具体的な政策が推進 されることで、上記のような悪循環が解消され、好循環が生まれることを期待したい。 79