Comments
Description
Transcript
H25年度・牧港補給地区まちづくり活動支援業務(報告書)[PDF
牧港補給地区 まちづくり活動支援業務 (平成25年度) 報 告 書 平成 26 年 3 月 浦添市 目次 1.業務の目的 1−1 業務の目的 ····························································································································· 1 1−2 業務の概要 ····························································································································· 1 2.勉強会の開催 2−1 第1回勉強会 ·························································································································· 2 2−2 第2回勉強会 ·························································································································· 4 2−3 第3回勉強会 ·························································································································· 11 ≪参考資料≫ 第1回勉強会資料 ······························································································································ 19 第2回勉強会資料 ······························································································································ 35 講演会資料 ······························································································································ 42 第3回勉強会資料 ······························································································································ 54 講演会資料 ······························································································································ 64 まちづくりニュース(第2号) ·············································································································· 72 1.業務の目的 1−1 業務の目的 浦添市では、平成 8 年に策定した「牧港補給地区跡地利用基本計画」の見直し作業を進め、 平成 24 年度に新たな基本計画を策定した。 今後は、引き続き、事業化に向けた各種取組を推進し、返還後の早期整備を目指すこととし ている。 また、本地区における今後の跡地利用を見据え、地主会の将来を担う若手の代表者による組 織「チームまきほ21」が平成 24 年度に結成され、昨年度は5回にわたる勉強会が開催された。 今年度も、地主た市民のまちづくり活動に対し、勉強会や意見交換等を通じて、本地区の事 業化に向けた合意形成や、人材育成、組織強化などの各種取組を支援する。 1−2 業務の概要 (1) まちづくり活動への支援 ・勉強会を3回実施 ・現地視察 等 (2) まちづくり活動の情報発信 地権者への情報発信支援として、活動、支援の内容について、広報誌を発行。 (3) まちづくり活動支援対象 浦添市軍用地等地主会では、牧港補給地区返還後 の跡地整備推進に資すために、本会の補助機関とし て地権者やその関係者の子弟などの若手で構成する 「チームまきほ21」が組織された。平成 25 年度も 引き続き、当機関を支援した。 ■チームまきほ21 委員名簿(五十音順:敬称略) 1 仲西 太(宮城) 2 比嘉 敬(小湾) 3 又吉 教彦(仲西) 4 宮城 祥(城間) 5 宮城 直人(屋富祖) 6 宮城 政司(小湾) 7 與座 修(城間) ( )内は出身字名 1 2.勉強会の開催 2−1 第1回勉強会 (1)実施概要 ア 開催日 平成 26 年 1 月 29 日(水) イ 勉強会のテーマ ・現在の状況について ・平成 24 年度のおさらい ・今年度の活動について ウ 参加者 会 員: 5 名(仲西委員、比嘉委員、又吉委員、宮城(政)委員、與座委員) 事務局: 4 名 (2)勉強会の内容 ≪現在の状況について≫ <返還時期> ・平成 25 年 4 月に日米両政府から発表された「沖縄における在日米軍施設・区域に関する統合計 画」では、牧港補給地区(キャンプ・キンザー)が4分割で返還されることが示された。 ①北側進入路(約1ha)は平成 25 年 8 月 31 日に返還済。 ②第5ゲート付近の区域(約 2ha)は平成 26 年度またはその後に返還可能。 ③残りは2分割で海側の低地部分(約 142ha)が平成 36 年度またはその後、陸側の倉庫部分 (約 129ha)が平成 37 年度またはその後に返還可能。 ・第5ゲート付近の区域は平成 25 年 7 月 11 日に日米合同委員会で返還が合意されている。 <要請活動の状況> ・浦添市は一括返還を求めて要請活動を行っており、平成 25 年 8 月には防衛省と外務省に対して 細切れ返還ではなく一括返還を要請。9月には地主会から防衛省に対して要請。 ・平成 26 年 1 月 21 日∼22 日には浦添市議会と浦添市が内閣総理大臣、防衛大臣、外務大臣及び 沖縄担当大臣に対して一括返還を要請。 <特定駐留軍用地の指定> ・平成 24 年 5 月 25 日に牧港補給地区が、跡地利用特措法に基づく「特定駐留軍用地」に指定さ れたことにより、 「土地の取得の円滑化のための措置」が講じられ、土地の先行取得により土地 が買い取られる場合の譲渡所得が 5,000 万円特別控除の対象となる。 2 <給付金制度の拡充> ・給付金制度が拡充され、返還日から支障除去の期間は補償金、引渡しから3年間は給付金が支 給され、引渡しから3年以内に区画整理事業が認可された場合に限り、政令に定められる期間 は特定給付金が支給されることになる。 ≪平成24年度のおさらい≫ ・平成 24 年度に行った勉強会の内容(都市計画や区画整理など)についておさらいし、理解を深 めた。 (※参考資料を参照) ≪今年度の活動について≫ ・事務局より、内閣府沖縄総合事務局が実施している「駐留軍用地跡地利用に関する市町村支援 事業」のメニューである「アドバイザー派遣」制度を活用した講演会を実施し、今後の跡地利 用策定に向け、更なる知識の習得に取り組みたいことを提案した結果、委員からは、現在進行 中のアワセゴルフ場跡地の事例について希望があったため、第2回勉強会において、アワセゴ ルフ場の跡地利用に関する講演会を開催する。 3 2−2 第2回勉強会 (1)実施概要 ア 開催日 平成 26 年 2 月 20 日(木) イ 勉強会のテーマ ・まちづくり講演会 ウ 参加者 会 員: 5 名(仲西委員、比嘉委員、又吉委員、宮城(直)委員、宮城(政)委員) 事務局: 5 名 エ 講演会テーマ テーマ: 「地権者の軍用地跡地利用への参画と展開」 講 師:高嶺 晃 氏 駐留軍用地跡地利用プロジェクト・マネージャー(北中城村政策調整官) (2)講演会の内容 (小禄金城地区の状況) ・昭和 49 年に返還合意され、昭和 55 年に返還されたが、その間の時代背景として、軍用地跡地 利用はその時々の政治や経済が大きく反映する。 ・1970 年代は高度経済成長の時代であったが、オイルショックにより「定住圏構想」という低経 済成長に向かう時代で、そういう時期に返還された小禄金城地区は「定住圏構想」を土台にし た街ができている。 ・戦前は農業や漁業などの第1次産業、第2次産業に関わっていたが、約 8 割を軍用地として接 収されたことにより、軍用地から派生する廃棄物等のリサイクルやクリーニング、風呂屋等の 3K(きつい・汚い・危険)と言われるものを求めて第3次産業に転換していき、その意識が 土地区画整理事業では、自分たちが住みたい街づくりをしたいということで、 「定住圏構想」に マッチした、商業的ではない住宅を中心にした街づくりをしたいという意向であった。 ・意向調査では約 7 割の方がそこに戻って住みたいという意向で、閑静な住宅地とそれに相応し い近隣商業で整備した方が良いという意向であった。 ・センター地区はインフラ整備(ガスや上下水道)が終わっていたが、既に建築されていた建物 を補償し、補助金を返還してまで大きな街区に変更した。 ・その街区に地元の人たちが出資して設立した会社が店舗を建設し、ジャスコ(当時)に賃貸し た。 (土地や床から賃借料収入があった。 ) ・初代の地権者は高齢者が多く、街づくりを説明しても納得してもらえなかったため、小禄地域 の建築士会にも協力してもらい、地主会の会則にも地主と同等の発言権を明記してもらうこと 4 で計画を進めて行った。 (那覇新都心地区の状況) ・小禄金城地区と同様に昭和 49 年に返還合意されたが、全面返還されたのは昭和 62 年で、最初 の部分返還から約 12 年かかって全面返還されるが、それまで手付かずの状態で、いろいろな計 画が出てきたが中々まとまらず、その間に最初に返還された部分がゴミ捨て場になっていた。 ・返還合意された翌年に跡地利用の計画がスタートしたが、当初は地主の合意を得ないまま中央 部に 113ha の公園を配置し、残りを住宅とする計画を沖縄県が策定していた。 ・その後計画はどんどん変化していき、当初は外からの通過交通を排除して独立した街づくりを 計画していたが、広域の計画に変わっていった。 ・再開発地区計画によりモノレール駅から商業施設の中を通り、博物館につながる2号施設を計 画し、商業施設が閉店後も通過できるようにしている。 ・中環状線沿いの施設は道路から 4mの壁面後退(セットバック) 、その他も道路の幅員によって 壁面後退を行い、公開空地の確保を誘導している。 ・シビックコア地区整備計画で、公共的な施設(合同庁舎、沖縄公庫、ハローワーク、NHK等) を優先的に建築できる制度で地区全体の施設の先導的役割を誘導していった。 (アワセゴルフ場地区の状況) ・平成 2 年に返還合意され、平成 22 年に全面返還された。当初はゴルフ場や大学院大学の誘致な ど、減歩されない方法で軍用地代に代わる収入を得ようと考えていた。 ・平成 18 年頃から内閣府の推進費調査とともにプロジェクト・マネージャーとして派遣され、そ の頃から立入り調査、イオンと協定の締結、準備組合の立ち上げを行った。 ・意向調査では約 7 割が貸したいという意向であったため、意向調査の結果から平成 2 年頃には ゴルフ場を残したまま周辺も含めてリゾートを計画し、平成 15 年頃は大学院大学にそのまま貸 せることを計画していた。 ・平成 18 年頃には土地区画整理事業で整備する計画に変わったが、緑地も含むと減歩率が 50% を超えていたことから、減歩率を下げるために、区画道路を外して大街区をつくり、それを貸 せることを検討してきた。 ・平成 13 年に策定された都市マスタープランではほとんど第1次産業を想定したプランであった が、大多数の地主が貸したい意向があること、限られた時間で跡地利用をしなければいけない ことから、計画そのものをドラスティックに変える必要があり、平成 20 年にアワセ地区を周辺 と一体的になった広域的な交流拠点とした都市マスタープランに変更した。 ・地区東側の緑地を含むことにより高減歩率となることから、地主間でも地区に含むかどうかで 意見が分かれたが、平均減歩率が約 38%の中で、その部分の地主は減歩率が 50%∼80%になる ことを条件に地区に含め、緑地の活用方法を検討した結果、通常の区画整理事業では緑地は 3% あれば良いがアワセは約 13%となっている。 ・区画整理前の土地を地帯的に色分けし、区画整理後の土地評価と対比しながら、おおよその減 歩率がどの程度になるか示した。 ・イオンに貸せる部分の換地は共同利用を前提に県内で初めて短冊換地にして、自己利用できな 5 いように工夫した。 ・事業費に充てる保留地もバラバラに配置すると売却に時間がかかることから、一括で売却する ことを想定してある程度集約した保留地を設定した。 ・当時の軍転法では返還後の給付金が 3 年までしか給付されなかったため、3 年以内に街づくり をするには保留地を早く売却する必要があり、まとめて貸せる街区とまとめて売却する保留地 を設定し、まとめた保留地を徳洲会に売却することにより、保留地面積の 60%が処分できた。 ・不発弾調査と文化財調査も地区をメッシュで区分して、防衛局とも調整し、不発弾調査が終わ ったところから順次文化財調査も実施し、事業期間を短縮する方法をとった。 ・環境影響調査も県条例の対象となる面積であるため調査を実施したが、貴重種はゴルフ場部分 ではなく周辺に多かったことから、周辺は保全することにした。 ・都市マスタープランの変更により、中部圏の交流拠点としての役割を出すため、 「健康」 、 「環境」 、 「観光」という3つのKと、その後「防災」というキーワードを追加したまちづくり方針を設 定しいる。 ・アワセ地区にも那覇新都心地区と同様に帯状公園をつくり緑地につなげているが、帯状公園は 沖縄で一番風が通る東南の方向に設定し、沖縄の風水を土地利用で活かした配置となっている。 また、地区内には防災拠点としてアリーナも計画している。 ・イオンの施設を計画するときに、徳洲会、アリーナ、公園の有機的なつながりのために2号施 設として、通常はクローズドモールとなるが、オープンモールでいつでも人が通れるようにす るためにイオンと調整を行った。 ・これだけの規模の商業施設をつくると周辺の商業施設に大きな影響があるため、イオンでも初 めての観光型のリゾートモールとして 2 割∼3 割が飲食店で、残りは日用品ではなく、ショッ ピングを中心にしたテナントや商品を計画している。 ・本土の観光客が買う商品が限られ、年々減っている状況であるため、観光立県として観光客を リピーターとするためには、ここにしかない商品を揃え、日常の延長上のショッピングセンタ ーではなく、観光客がくる、あるいは留まるものでないといけない。 ・幕張モール、ディズニーランド、大阪のUSJなど何度も足を延ばす施設が沖縄には少なく、 沖縄の観光地は海洋博と首里城の2つだけである。 ・レンタカーの動きを見ても中部圏のコザから東側にはほとんど行っていない状況で、那覇から 北谷を通って海洋博に行くルートになっている。そういうことから中部圏の新しい核にして東 海岸側に広がりが持てる拠点にしたい。 <質疑応答要旨> ・アワセは、旧軍転法の時代で給付金も 3 年間の支給であったため、地主もそれ以上支給されな いことは覚悟していた。 ・合意形成は手綱が緩めば進められるものではなく、ハードルや障害があると皆がまとまろうと する。アワセの場合は緑地部分も含んで事業を行うことにしたが、新法が適用されていれば緑 地部分は放っていても給付金が支払われるため、なかなかまとまらなかったと思う。 ・合意形成はまとめ役の求心力やいろんな条件もあり、必ずしも新都心や小禄金城、アワセの事 例がキンザーの合意形成にあてはまるものではなく、新しい合意形成のやり方があるのではな 6 いか。 ・アワセの場合は、約 98%がもともとの地主が所有していたため、地縁とか長い付き合いの中で 方向性を決めてきたが、これからの軍用地跡地は投機的に土地を買った人もいるため、そうい ったまとまり方は難しい時代に入ってくると思う。 ・小禄金城では地元の人が多かったが、新都心では地主以外のいろいろな人が買っていたので合 意形成が難しかった。そういった面ではアワセの場合は合意形成がやり易かった。 ・アワセの合意形成期間は、現計画になってから 4∼5 年ぐらいで、平成 18 年度からプロジェク ト・マネージャーとして派遣されているが、最初に都市マスタープランを約 1 年かけて変更し た。 ・企業誘致には、土地利用の方向性を示さないと企業とも話ができないため、土地利用を示した 上で土地をまとめることの必要性を地主に提案した。 ・通常、環境アセスだけで約 2 年、文化財調査や不発弾調査にも約 2 年かかるため、アワセでは 平成 22 年 7 月に返還されてから、平成 25 年 3 月の引渡しまでに返還前の立入り調査や、周辺 部分調査を行うことで、約 3 年ですべて完了させ、区画整理組合の設立や事業の認可を受け、 事業着手したのが平成 25 年 8 月で、その後約 4 ヶ月で造成を行った。 ・アワセの場合は給付金が支給されなくなる、返還から 3 年で街開きをすることを目標にしてき たが、 、平成 27 年にはイオンがオープンし、徳洲会も平成 28 年 2 月にオープンすることで、3 年以内の街開きは達成できた。 ・地主を説得するために大事なことは、軍用地料に代わるものが収入できることを地主の共通の 利益と理解してもらうことで、旧法では事業が遅れるほど、軍用地料も入らず放置されていた が、アワセの場合は 7 割が貸したいという意向があったこと、保留地を早く処分しないと組合 の借り入れ金利が増え、場合によっては保留地収入以上の金利や、保留地が売れないことで組 合が解散できない事例等を理解してもらった。 ・地主全員に同意してもらうことは難しいことで、最後の一人まで説得していくことになるが、 アワセの場合は 99.9%の同意をもらい、未同意者も代理人を通じて換地を決めている。区画整 理事業は法律的には 80%以上の同意があれば反対者がいても認可され、事業を進めることがで きる。 ・区画整理事業の手法として、公共施行やイオンが中心となって会社施行も検討したが、村には 職員の数が少なく、担当部署も 10 名程度であるため、公共施行は難しく、イオンの事情もあっ て、組合施行の業務代行方式を選択した。 ・公共施行の場合は、行政任せになり、中々物事を決定することが難しくなるが、組合施行の場 合は、早く軍用地料に代わる土地の経営はどうあるべきかなど、地主の意識も非常に真剣にな ってきた。 ・徳洲会の誘致については、現在の徳洲会が不便な場所にあり、駐車場もバラバラで何度も増築 していることから土地を探しているという情報があり、徳洲会に打診した結果、徳洲会の計画 と地主をまとめるスケジュールを一致させることを前提に誘致した。進出予定地を保留地にす るために、地主を別のところに換地しなければいけないため、地主全体の総意で申し出換地を 行った。 ・区画整理前の土地が減歩され、土地が小さくなるが、地主が貸したいという意向があり、実際 7 に貸せることが前提でそれなりの借地料が確実に入ってくることや 30 年の定期借地を設定し、 万が一撤退してもそれなりの保証をもらうような契約にしている。 ・万が一企業が撤退した場合、短冊換地では個々に利用できないため再区画整理をすることも考 えられるが、それは貸せる相手方と交渉するということであって、例えば 30 年後のことをどこ まで議論するかになる。他地区では撤退後の大規模街区に道路を入れ、自治体が買い上げたと いう事例もある。 ・新都心では本来、駅前からサンエーや市役所予定地を含む約 35ha をシビックコア地区に指定し、 各施設が 2 号施設でつながるよう民間を誘導したが、配水池やタワーマンション、水道局施設 などは公開空地で通れるように部分的にはうまくいったが、全てつなぐことはできなかった。 8 2−3 第3回勉強会 (1)実施概要 ア 開催日 平成 26 年 3 月 6 日(木) イ 勉強会のテーマ ・まちづくり講演会 ウ 参加者 会 員: 5 名(仲西委員、又吉委員、宮城(直)委員、宮城(政)委員、與座委員) 事務局: 4 名 エ 講演会テーマ テーマ: 「牧港補給地区の企業誘致のあり方」 講 師:新田 進 氏 那覇新都心株式会社 代表取締役社長 (2)講演会の内容 (那覇新都心地区の状況) ・昭和 48∼49 年に返還合意されたが、4回にわたる部分返還を経て、昭和 62 年に全面返還され た。返還合意から全面返還まで 14 年かかっている。 ・部分返還では開発しないという那覇市の意向で全面返還まで待って、那覇新都心の開発はスタ ートしたがその間地権者は耐えていた。 ・小禄金城地区は面積約 100ha で 14 年かかっており、那覇新都心地区は 214ha という倍の面積で あるが、区画整理事業自体は 13 年で完了している。新聞報道等で 27 年かかったと言われるが、 全面返還までの 14 年もプラスされている。 ・米軍住宅も約 1,200 戸あったが、すべて嘉手納飛行場へ移転している。 ・返還区域以外にも 20ha が建付地で建物が約 200 軒あり、地権者数は当初約 1,000 人だったが、 相続等であっという間に膨らみ、換地処分時には約 3,500 人になっていた。 ・筆数は平成4年の認可時点で 4,800 筆で、換地処分直前で 5,500 筆と、地権者数に比べるとそ こまでは増えていないが、分筆せずに共有地として所有していたことによる。 ・平均の所有面積は当初 1,000 ㎡でキンザーの 1,100 ㎡とあまり変わらないが、全員から2割の 先買い、その後3割の減歩がされ、所有面積は 560 ㎡となった。 ・1人当たり 2.4 筆の所有で、合筆の要望があったため、地権者全員の同意により離れた筆も集 約して合筆している。 9 ・事業費は当初 301 億円であったが、不発弾の処理や文化財が次々出てきたこと、当初は建物移 転を最小限に考えていたが方針を変更したことで移転補償費が増え、最終的に 508 億円になっ た。 ・那覇新都心地区は、日本の区画整理事業の中でも圧倒的にビルドアップが早く、換地処分から 4∼5年でほぼ現在の状況になっている。 (企業誘致に当たって重要なこと) ・企業誘致に当たって重要なことは、土地利用計画で、企業の意向を反映させていないと後で売 れなくなる。 ・跡地に何を期待し、何を目指す(コンセプト)かは時代背景によって異なるし、市町村の都市 計画の課題でも異なる。 ・面積規模と重要性に応じて視点を高め、規模が大きく、重要なものほど高い視点を持たないと 良い土地利用計画はできない。 ・コンセプトは簡単で分かりやすいネーミングにすべきで、横浜市のMM21(みなとみらい2 1)は名前だけで何をコンセプトにしているか分かる。 ・コンセプトは面積規模の小さいものから大きくなるに従い、地権者だけでなく、周辺住民、市 町村民、県民、国民と関係者を増やし、議論していかないと協力が得られない。 ・コンセプトが決まれば、可能かどうか検証するためになるべく早い時点で企業ヒアリングを行 い、施行者と地権者が作った計画が絵に描いた餅になり、企業誘致できないことにならないよ うにする。 ・那覇新都心のように全面返還まで長期間かかった場合、計画していたものが古くなっていくの で、新しい計画を何度も描くことが重要で、新しい計画ほど時代にマッチしたものになるため、 古いものは壊すべきだと思う。 ・目指す土地利用が可能なように、用途地域や地区計画は制限がかかるので、整合性を取り、最 終的にはコンセプトに合致した企業・施設を誘致しないと土地利用計画が実現しないことにな る。 (那覇新都心へ誘致した施設) ・公共施設は、県立那覇国際高校、沖縄職業総合庁舎、県立博物館・美術館、総合事務局(合同 庁舎)を誘致した。ただし、中学校の誘致も予定していたが、実現が難しく、那覇市役所も泉 崎へ新庁舎を建設している。 ・公益施設は、日銀那覇支店、沖縄振興開発金融公庫、県営住宅、市営住宅、NHKを誘致した。 ただし、メルパルクは未達成となっている。 ・民間施設は、主なもので大型スーパー(サンエー那覇メインプレイス、りうぼう、アップルタ ウン、DFS) 、中型スーパー(マックスバリュ) 、分譲住宅(大和ハウス他) 、ホテル等を誘致 した。 10 ・これらの施設は黙ってきた訳ではなく、ほとんどがURが誘致したものである。 ・県営住宅・市営住宅の誘致は地権者のビジネスとバッティングすることから、強い反対があっ たが、最終的に戸数を減らしている。 (申し出換地と土地の共同利用) ・那覇新都心では、申し出換地と土地の共同利用の導入が企業誘致のカギとなった。 ・区画整理法では「照応の原則」により、区画整理前の従前の土地と区画整理後の換地が照応し なければいけないが、地権者の申し出を基礎として換地を定める手法をとった。 ・ポテンシャルからいっても、大型商業施設の立地が可能であるが、所有面積の平均を見ても、 大規模地権者が少なく、従来の原位置換地では大街区が成立しないことで、高いポテンシャル が生かせない状況であった。 ・地権者の土地利用意向でも、自己利用が少なく、生活再建策として借地経営の道を開く必要が あり、原位置換地では地権者の土地利用意向と土地利用計画に位置的、面積的ギャップが発生 した。 ・申し出換地と共同利用の導入に際して、地権者と先進地視察を行い、良い例、悪い例を見ても らった上で、地権者間で勉強会等により必要性を討議し、地権者が施行者へ要請を行った。 ・申し出換地と共同利用を導入したことにより、 「土地利用計画の実現」 、 「市街化の促進」 、 「地権 者の生活再建の支援」 、 「小規模宅地や自己利用計画のない土地を共同利用街区へ換地すること による活用機会の創出」等のメリットがあった。 ・申し出換地には法に基づくものと基づかないものがあるが、那覇新都心が導入する時点では法 的な申し出はなかったため、地権者合意に基づいて導入した。今後の跡地では法に基づく「高 度利用推進区」制度が適しているのではないか。 (出口戦略の前提と必要性) ・牧港補給地区は那覇新都心、那覇軍港と並ぶほど拠点性が高く、それを活かすためには申し出 換地と土地の共同利用が必要ではないか。 ・郊外型の商業施設は、低層で駐車台数が年間売上を決定するため、大街区を実現しないと企業 誘致が難しい。 ・最近の商業施設はほとんど借地によるため、土地の集約で大街区にすることで借り手が存在す ることになる。そのためには、申し出により、複数の筆を幹線道路近傍に飛ばして、そこで大 街区による共同利用が必要となる。 ・注意点として、那覇新都心に立地している商業施設と商圏が重なるため、誘致に当たっては事 前にニーズを把握し、業種・業態が重ならないよう出口戦略を練ることが重要。 ・ホテルやアミューズメント施設等の誘致は、土地利用計画、施行者等の主体的取組、コンセプ トの実現如何による。 ・那覇から至近距離のため、オフィス、マンション等の需要は高いと思われるが、事前の需要把 11 握が重要。 ・貸せる(発展する) ・売れる土地利用計画にするためには、街づくりのコンセプトの明確化が必 要で、今後、嘉手納より南の 1,000ha が競合するため、コンセプトがない開発、ポテンシャル を見極めない土地利用計画では、他の跡地に負けてしまうため、地区が持っている歴史、位置、 地形、周辺都市環境により、他と差別化し、明確なコンセプトを打ち出す必要がある。 ・地区内でも「商業用地はどこにするか」ではなく「どのゾーンが商業用地のポテンシャルが高 いか」という考え方で、その土地が持っている「地の利=ポテンシャル」を読んで、複数のゾ ーンに分割して土地利用計画を立案する。 ・企業誘致における出口戦略は、①商品戦略として、場所、用途地域、大きさや形状、周辺道路 の幅員、分譲・賃貸価格等、売れる画地として適切か。②分譲活動として、企業誘致組織を早 期に立ち上げ、地権者の土地経営意向の把握等、適切な活動を行っているか。③誘致対象とし て、業界、業態、県内・県外、規模等の絞り込みを行っているか。④誘致方法として、DM、 広告等の手段の選択と仲介業者、県・市、銀行、建設会社等との連携が必要になる。 (那覇新都心における企業誘致) ・那覇新都心では第三セクターとして、UR、県・市、沖縄県内の財界が出資する企業誘致専門 の会社を地権者のための企業誘致や申し出換地の支援のために設立している。 ・誘致に当たっては、共同利用街区に進出する企業を複数募集し、その企業名を公表した上で地 権者を集め、調整した後、最終的には地権者に企業を選定してもらった。 ・地権者に選定してもらう理由は、企業の撤退責任を避けるためである。 ・企業誘致は三セクがメインで行ったが、全体のまちづくりはまちづくり協議会を立ち上げて行 っているが、地権者も参加した組織は那覇新都心が初めてである。 ・まちづくり協議会には、出資者が年間予算を出し合って、その一部を人件費に充て、那覇市が 事務局として活動していた。 ・企業誘致に関する重点施策には役割分担があったが、メインは協議会となっていた。 ・ロードサイド店舗の場合は、前面道路の条件によってプラス・マイナスがある。また、周辺に 顧客誘引型施設(TG:トラフィック・ジェネレーター)の存在があるとプラスと考える。 ・那覇新都心の商業・業務ビルの態様は、地権者が自らの土地に建物を建設し、賃貸または自己 使用する例が多数で、他にはリースバック方式、フランチャイジーなどがあり、定期借地権と 信託を使った特殊な態様もある。 ・URは平成元年に、那覇新都心で事務所を設置して以来、企業誘致担当者を配置し、4年間で 約100社の立地検討企業を誘致した。 ・国道58号沿いに高さ約15mの巨大看板を設置し、広告・宣伝を行った。 (牧港補給地区の企業誘致に当たって) ・牧港補給地区では、一般の定期借地権(借地期間:50年以上)はマンションで、事業用借地 12 権(借地期間:10年以上50年未満)は商業・業務用地で検討してはどうか。 ・誘致活動を始める前に、必要に応じてパンフレット又はリーフレット、詳細な立地環境を示す 資料等を作成しておく。 ・誘致活動はDMや広告、ホームページの立ち上げやメールマガジンの発信の他に、立地セミナ ーや視察会等のイベントを開催。県・市、銀行、ターゲットとなる業界団体や業界紙への協力 依頼が必要。 ・また、工事発注前後の建設会社への協力依頼、不動産仲介業者へのあっせん依頼も検討が必要 で、最重要事項としては企業訪問を行う。 ・広告・宣伝として、現地に立てる看板は極めて有効であるため、多くの人が通る場所に早期に 建てる。 ・マスメディアを利用した広告として、新聞、雑誌、テレビ・ラジオの他、モノレールの中吊り や屋外広告、本土向けとして、東京モノレールや機内誌も有効。 ・県庁記者クラブ等へ事業の節目ごとに記者発表することで、保留地分譲を無料で記事にしても らうことや、県のホームページ内にリンクを張らせてもらうことも有効。 ・アンケートはDMで立地意向を聞くことになるが、帝国データバンク等から名簿を入手し、産 業別大分類から約 3,000∼20,000 社程度抽出して、土地購入の場合は本社社長や立地担当者、 テナントの場合は支社長又は支店長に、立地計画の有無と担当者を知る事を目標に、なるべく 簡素にする。 ・年末・年始や株主総会等の繁忙期の発送は避け、最後は企業訪問や視察となるが、成功率は「万 が2」程度である。 ・県への協力依頼は有効で、商工労働部企業立地推進課の他、東京事務所、大阪事務所の主要な 業務に企業誘致があり、毎年企業誘致セミナー等のイベントを開催しているため、無料に近い 負担金で宣伝が可能となる。 ・今後は、国家施設やBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)/BTO(ビジネス・ トランスフォーメーション・アウトソーシング) 、情報通信産業、金融関連産業、健康・医療産 業等が企業誘致のねらい目となる。 ・大規模跡地は特に従来型の企業誘致ではなく、沖縄独自の人的ネットワーク形成を核とした沖 縄独自の産業を創出するという視点が大事。 ・商業は、近隣に那覇新都心があり、オーバーストアにならないよう配慮すべきである。 ・補助金頼みの企業誘致は曲がり角にきており、1億円以上の補助金を投じて誘致した企業のう ち、10年以内に撤退・縮小したケースが製造業を中心に増えてきている。 ・沖縄県では、海が近いことによる塩害の影響や作った製品を県内だけで消費できないことで、 本土への船による輸送代等があることから、工場系の立地は難しいが、一番の理由は土地代が 高いことである。 ・沖縄県には様々な企業立地助成策があるため、そういった制度の活用も必要。 13 (嘉手納より南の6基地の企業誘致の課題) ・今後は、 「公募」という受身的で出口戦略を明確に持たない従来型の基盤整備オンリーのやり方、 補助金や保留地処分金のみに頼った従来型の土地区画整理事業から抜け出して、グローバル世 界の中で旺盛な投資を繰り広げている海外投資資金も活用し、上物計画を事業の入り口で誘導 する方法の確立を目指すべき。 ・現行の事業のやり方、それを規定する法律等の障害の検討、事業主体とは別に世界と渡り合え る組織のあり方も検討すべき。 ・これまでの基地ごとに個別に行うのではなく、6基地すべてを串刺しにして行う、新しい組織 を検討すべき。 ・今後は、開発型不動産証券化の投資家(ファンド)として、リゾート、MICE、アウトレッ トモール等の外資系企業、政府系ファンドやオイルマネー等がねらい目ではないか。 ・県内でも、恩納村や金武町で外資系企業がリゾート開発を計画している。 ・都市型開発に外資系企業誘致を成功した事例として東京ディズニーランドがある。 ・USJも同じ規模のテーマパークを関西以外に新設する方針で、本命は沖縄と言われているが、 6基地が返還されるまで待っていられないのではないか。 (外資系企業誘致に当たっての課題) ・世界銀行の調査による「ビジネスのしやすい国ランキング」で日本は 27 位となっており、他国 に負けている大きな理由はビジネスコスト(特に地価と法人税)で、税制上の優遇措置が必要。 ・外国語によるコミュニケーション・ギャップも大きく、外国語の情報・資料が極端に少ない。 ・跡地開発の最低でも5∼6年かかり、外資はそこまで長期間待つことはしない。また、日本に 拠点がない場合、常時情報を得る手段がない。 ・日本における行政手続き、許認可等が複雑で時間がかかることから、規制緩和や特例等が必要 になる。 (外資系企業誘致組織のあり方) ・今後返還される基地は、立地特性が異なる基地で、個々に誘致を行うには荷が重く、企業の取 り合いは無意味であることから、すべてを対象にする横断的組織であるべきである。横断的に することにより、選択肢が増え、長期にわたって企業誘致活動が可能。 ・事業主体である施行者や公的機関が企業撤退のリスクを負うことを回避するため、リスクヘッ ジをかける第三セクター等による別働組織が必要。 ・各基地を抱える市町村及び県から出資金と人材派遣を仰ぐ一方で、英語でビジネスができる商 社マン、メガバンク、メーカー等の海外勤務経験者OB等を受け入れた組織構成にする。 ・組織形態としては株式会社が適しており、業務執行の決定等は取締役会で行うことになるが、 地権者を含む利害関係者等で構成するまちづくり協議会等の組織も必要。 14 <質疑応答要旨> ・中南部圏では既に商業施設がオーバーストア気味で、そこにアワセにイオンモールが開店する。 本地区の跡地利用が始まる頃には淘汰され、状況が変わっていると思うが、重要なことは、2025 年から沖縄県も人口が減少し、マーケットが縮小するため、今立地している商業施設も業態の 変更を迫られる可能性もある。 ・本地区は、素晴らしい海に面していることが圧倒的な強みで、本土の方が好きな飛行機の離発 着や、西海岸のサンセットも見られる。ただし、西海岸道路が目の前を塞ぐような形になるこ とや、以前の計画にあった物流施設が整備されるとガントリークレーンが海の景観を損なうこ とになることが危惧される。 ・那覇新都心の申し出換地や共同利用の合意形成は、平成4年の事業認可前から事務所を開設し、 認可までに地権者と何度も協議し、計画図も書き直し、申し出換地や共同利用の必要性も検討 してきた。また、文化財調査や不発弾調査も並行して行い、事業認可されれば直ちに着工でき る準備をやりながら進めてきた。 ・現在、浦添市にはホテルがないため、ディズニーホテルのようなキャラクターのあるホテルを 誘致しても良い面白いのではないか。新都心でもコンペで大型商業施設が決まった時の条件に ホテルの立地があったが、ホテル建設の前に全国チェーンのビジネスホテルが建ち始めたため 必要性がなくなった。 ・本地区のコンセプト、キーワードとして、海が見えるという景観は他の基地には負けない要素 と思う。 「太平洋」は本土にもあるが「東シナ海」という響きと西海岸のサンセット、飛行機の 離発着、慶良間列島が見えるということがキーワードではないか。 ただし、海の景観を壊さ ないように、国道側にホテルを立地し、海側は公園にすることで海の景観をみんなが共有でき る配置も大事ではないか。 15 (3)今年度の勉強会及び次年度の要望等について ・今年度の勉強会では、他の地区の状況などがわかったことで、キンザーの色々な可能性につい て考えさせられた。今後もそういった意見が必要で、せっかく若手の会として集まっているの で、今後も色々な可能性をイメージしながら、跡地利用の手法については講師を招聘してレク チャーしてもらいたい。 ・自然の資源である海に面した有利性を活かし、世界有数の施設ができる可能性があるのはキン ザーだけで、他の返還予定地も海に面していない。海に面してサンセットが見れるという魅力 を活かすことを検討していくことが大事である。 ・これまでのアンケートでは、そういった他の地区の状況、キンザーの有利性をわからないまま 回答していた。これからは若手の会も人数を増やし、地主会や市民が、ある程度理解を深めた 段階でアンケートを実施した方が良いと思う。 ・地権者が高齢化し、我々3世代目が返還後の土地利用を考えていかないといけない。もし、早 期返還が実現した場合は、そういった理解を深める時間があまりない。返還が決まって何もで きないとなるよりは、早いうちから意見を収集して、それをどう実現していくかということを ある程度やっておかないといけない。 ・数年前のアンケートは区画整理のことしかない。企業誘致やリゾートなどのイメージがないま ま回答してしまっているが、実はキンザーの可能性は無限大に秘めていて、その可能性を示し た上でのアンケートも必要である。 ・元々の地権者以外の地権者が投機目的で増えてきている。そういった方が増えると跡地利用に 関しても合意形成が難しくなる。投資目的が何割、3世代目が何割いるか現状を把握するため のアンケートも必要ではないか。 ・勉強会を開催するにしても、テーマが見えていなかったが、今回のレクチャーから今後のテー マが少し絞られてきた感じがある。他にも跡地利用に関わった方の話が聞けるのであれば、是 非聞いてみたい。 ・今回お願いした講師の方についても、必要に応じて、講演以外でも意見交換の場を設け、意見 を伺うことなど、今後も情報提供してもらいたい。 ・次年度以降も継続していくが、勉強したいテーマ等の提案があれば遠慮なく出してもらい、有 意義な勉強会にしていきたい。 16 参考資料 ●第1回勉強会資料 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 ●第2回勉強会資料 33 34 35 36 37 38 39 ●第2回勉強会資料(講演会資料) 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 ●第3回勉強会資料 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 ●第3回勉強会資料(講演会資料) 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 ●まちづくりニュース(第2号) 72