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看護師のワーク・ファミリー・コンフリクト (WFC

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看護師のワーク・ファミリー・コンフリクト (WFC
The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 14, No. 1, PP 85-94, 2010
資料
看護師のワーク・ファミリー・コンフリクト (WFC)
についての文献レビュー
Literature Review of Work-Family Conflict (WFC) among Nurses
竹内朋子
Tomoko Takeuchi
Key words : nurses, literature review, work-family conflict(WFC)
キーワード : 看護師,文献レビュー,ワーク・ファミリー・コンフリクト (WFC)
Abstract
Objective : Review of previous studies examining WFC among nurses in Japan and overseas with the
following aims: 1) To clarify research issues related to WFC among Japanese nurses. 2) To gain practical
suggestions on how to reduce WFC and steps that should be taken to create a work environment enabling
nurses to work and have a family life.
Method : Sixteen papers were selected from CINAHL and Igaku Chuo Zasshi. Researchers,
publication dates, study designs, study methods, subject attributes and numbers, ways of dealing with
WFC, factors increasing WFC, outcomes due to increased WFC and other data were examined (Table 1).
Results, Discussion : 1) It was found that increased WFC among nurses leads to a wide range of
negative outcomes among both individual nurses and nursing organizations overall. 2) WFC among
nurses is a heavy occupational burden. Since this increases when there is little support, it is possible that
steps such as examining various forms of employment suitable for individual lifestyles, the establishment
of systems to eliminate overtime, and the fostering of organizational culture that supports nurses at
work and in the home, could reduce WFC. 3) It is hoped that future studies of WFC among nurses will
use broader sampling with more unified attributes and study designs with a high level of evidence, and
examine the relationship between an organizational culture that supports nurses at work and in the home
and the degree of physical and mental well-being.
要 旨
【目的】以下の2点を目的とし,看護師の WFC について検討した国内外の先行研究をレ
ビューした.1)日本の看護師の WFC に関する研究上の課題を明らかにする 2)WFC を
低減し,看護師にとって仕事と家庭生活の両立が可能な職場環境を整えるために取り組むべ
き実践上の示唆を得る.
【方法】
「CINAHL」と「医中誌」から 16 文献を抽出した.それらの研究内容を,研究者,発表年,
研究デザイン,研究方法,対象者の属性と人数,WFC の扱い方,WFC の増大に関連する要因,
WFC の増大によるアウトカム,その他得られた知見ごとにまとめた(表1).
【結果,考察】1)看護師の WFC の増大は,看護師個人だけでなく,看護組織全体にとっ
ても様々な負のアウトカムをもたらすことが明らかにされていた.2)看護師の WFC は,職
務上の負荷が大きく,サポートが少ない場合に増大するため,看護師の WFC を低減させるに
は,個人のライフスタイルに対応できる多様な就労形態を検討し,残業をなくすための体制
を整備していくこと,また,両立支援的組織文化の醸成度を高めるような活動が有用である
可能性がみとめられた.
受付日:2009 年 8 月 24 日 受理日:2009 年 12 月 22 日
東京大学大学院医学系研究科 Graduate School of Medicine,The University of Tokyo
日看管会誌 Vol. 14, No. 1, 2010
85
3)今後の看護師の WFC 研究において,幅広く,かつ属性の統一されたサンプリングや,
よりエビデンス・レベルの高い研究デザインの採用,両立支援的組織文化や心身の健康度と
の関連の検討が期待される.
Ⅰ.はじめに
な職場環境を整えるために取り組むべき実践上の示
唆を得ることを目的とした.
仕事と家庭生活の両立にまつわる概念のひとつ
に,ワーク・ファミリー・コンフリクト(work-family
conflict: WFC)がある.WFC は,「個人の仕事と
Ⅱ.方法
家庭からの役割要請が,いくつかの観点で互いに両
立しないような役割間葛藤の一形態」と定義され
1.本稿における用語の操作的定義
(Greenhaus & Beutell, 1985)
,
労働者のストレッサー
本 稿 は WFC の 操 作 的 定 義 と し て 先 に 挙 げ た
のひとつとして心理学,社会学,経営学などの領域
Greenhaus & Beutell(1985) に よ る 定 義 に 倣 い,
で広く注目されている(藤本 , 吉田 , 1999; Eby, et
WFC は「仕事のために家庭での役割を充分に果た
al., 2005).
せない」というような「仕事役割から家庭役割へ
看護師を対象にした全国調査によると(日本看護
の葛藤(work-to-family conflict)」と,「家庭での役
協会 , 2002),看護師は職場や働き方を選ぶ上で「家
割のために仕事が充分にこなせない」というよう
庭生活と両立できること」を最も重視している.専
な「家庭役割から仕事役割への葛藤(family-to-work
門職であり,なおかつヒューマンサービスの一種で
conflict)」のふたつの方向性を持つ下位概念から成
ある看護職は,職務遂行のための心身の消耗が大き
るものとする.
く,WFC の発生しやすい職業のひとつであること
が考えられる.
なお,WFC の類似概念にワーク・ライフ・バラ
ン ス(work-life balance:WLB) が あ り,「 働 く 者
現在,日本人女性の第一子出産年齢は,25 歳から
一人ひとりが,職業生活における各々の段階におい
39 歳が全体の 8 割以上を占めており(厚生労働省 ,
て仕事と仕事以外の活動(家庭,地域,学習)をさ
2007),その後の約 12 年間が育児期間として続く.
まざまに組み合わせ,バランスのとれた働き方を安
この年齢層の看護師の多くは,専門職としてのキャ
心・納得して選択していけるようにすること」と定
リアを積んだ重要な戦力であると同時に,後続する
義されている(内閣府,2010).このような労働者
スタッフを教育し,以降の看護組織を牽引する貴重
全般の「仕事と生活の調和」を表わす WLB は,家
な人材として成長している.また,医療経済の視点
庭における役割を持つ労働者の役割葛藤を表わす
からも,勤続約 10 年を経過する時点で,看護師ひ
WFC とは概念の対象とする者の属性が異なること
とりを養成する継続教育のための人的・経済的投資
から,本稿では WFC についての理解を深めるため
期間から,それらの投資回収期間へ移行するとされ
に両者を異義語として捉え,WFC のみについて言
ている(角田 , 2007).したがって,この年齢層の
及する.
看護師が仕事と家庭生活の両立の困難さ,すなわち
WFC を理由に退職または転職していくことは,看
護組織にとっては見逃すことのできない厖大な損失
86
2.文献検索、抽出方法
レビュー対象である 16 文献は以下の方法により
であり,その対策を検討する重要性は極めて大きい.
検索,抽出した.
したがって本稿は,看護師の WFC について検討
1)海外文献
した国内外の先行研究をレビューし,その動向と既
海 外 文 献 は,「CINAHL(Cumulative Index to
得の知見を把握することにより,日本の看護師の
Nursing and Allied Health Literature)」 に よ り
WFC に関する研究上の課題,ならびに WFC を低
1993 年から 2009 年の期間について検索した.キー
減し,看護師にとって仕事と家庭生活の両立が可能
ワードは「nurses and‘work-family conflict’」で,
日看管会誌 Vol. 14, No. 1, 2010
検索フィールドは「TX:All Text」とした.検索
看護師にまで絞り込んだものは 2 文献(Barnett, et
された 73 文献のうち,抄録または本文をもとに看
al. 2008: Fujimoto, et al. 2008)であった.
護師の WFC に関する研究ではないと判断した 35
文献(保健師を対象とした 9 文献,医師を対象とし
た 5 文献,介護施設のスタッフを対象とした 8 文献,
4.WFC の扱い方
WFC 全 体 を 1 次 元 と し て 扱 っ た も の は 8 文
WLB に関する 13 文献),ならびに入手できなかっ
献,work - to - family conflict と family - to - work
た 24 文献(抄録,本文共に入手困難であった海外
conflict のどちらかまたは両方を扱ったものは 8 文
の学位論文 14 文献,抄録のみ入手可能で本文は入
献だった.
手困難であった海外の学位論文 10 文献)を除外し,
最終的に 14 文献をレビュー対象とした.
2)国内文献
国内文献は,「医中誌 Web」により 1983 年から
5.WFC(work-to-family conflict、family-towork conflict)の増大に関連する要因
WFC の増大に関連する仕事の属性・特性として,
2009 年の期間について検索した.キーワードは「看
就労形態が希望に沿わない(Burke & Greenglass,
護師 and ワーク・ファミリー・コンフリクト」
とした.
1999),離職率の高い病院に勤めている(Stordeur
検索された 3 文献のうち,海外文献との重複文献を
& D’Hoore, 2006), 夜 勤 が あ る( 本 間, 中 川,
除外し,最終的に 2 文献をレビュー対象とした.
2002),労働時間が長く,不規則なシフト(Barnett,
et al., 2008), 心 身 の 健 康 度 が 不 良 で あ る こ と
3.レビュー方法(表1)
(Sveinsdóttir, et al., 2008)が挙げられていた.ま
レビュー対象として抽出した国内外の 16 文献の
た,WFC を下位概念ごとに扱った文献では,work-
研究内容を,研究者,発表年,研究デザイン,研究
to-family conflict の増大にはフルタイム勤務(Burke
方法,対象者の属性と人数,WFC の扱い方(WFC
& Greenglass, 2001), 仕 事 量 が 多 い(Burke &
全体を 1 次元として扱っている,もしくは work- to-
Greenglass, 2001),スタッフ間の衝突がある(Burke
family conflict と family-to-work conflict のどちらか
& Greenglass, 2001),仕事の要求度が高い(Simon,
または両方を扱っている),WFC の増大に関連する
et al., 2004: Yildirim & Aycan, 2008), 就 業 時 間
要因,WFC の増大によるアウトカム,その他得ら
が 不 規 則(Simon, et al., 2004: Yildirim & Aycan,
れた知見ごとにまとめた(表1).
2008),残業を強いられる(Simon, et al., 2004),3
交代シフト(Fujimoto, et al., 2008),上司からの支
援が少ない(Yildirim & Aycan, 2008),育児に関す
Ⅲ.結果
る職場からの支援が少ない(Fujimoto, et al., 2008)
こ と が 関 連 す る と 示 さ れ て い た.family-to-work
1.年代別発表文献数
2005 年までは数年おきに 1 文献ずつ,2006 年以
降には 9 文献が発表されていた.
conflict の増大に関連する仕事の属性・特性につい
て検討した文献はなかった.
ま た,WFC の 増 大 に 関 連 す る 家 庭 の 属 性・ 特
性としては,0 ~ 6 歳の子供がいる(本間,中川,
2.研究デザイン、方法
1 文献(Majomi, et al., 2003)が面接調査であるの
2002),子供の育児・教育の悩みがある(本間,中川,
2002),夫以外の家族と同居していない(本間,中
を除き,それ以外は全て質問紙調査による横断研究
川,2002),夫の育児協力に満足していない(上村ら,
であった.
2005) こ と で あ っ た.family-to-work conflict の 増
大には子供がいること(Burke & Greenglass, 2001)
3.対象者
男性,非婚者,子供を持たない者を含む看護師全
体を対象にしたものは 9 文献,女性看護師のみに限
定したものは 7 件,そのうちさらに子供を持つ女性
が関連するとされていた.家庭の属性・特性として
work-to-family conflict の増大に関連する要因につい
て検討した文献はなかった.
さらに,個人の属性・特性としては,30 歳代(本間,
日看管会誌 Vol. 14, No. 1, 2010
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表 1 文献の概要
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日看管会誌 Vol. 14, No. 1, 2010
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表 1 文献の概要(つづき)
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日看管会誌 Vol. 14, No. 1, 2010
89
中川,2002)あるいは 35 歳以上(上村ら , 2005)で
トレスの関連に相違がある(Pal & Saksvik, 2008)
あること,眠れない(上村ら , 2005),うつ症状の自
ことも明らかにされていた.
覚や焦燥感など心身の健康度が不良であること(上
村ら , 2005:Sveinsdóttir, et al., 2008:Höge, 2009)
が WFC の増大と,自身の年齢が低いこと(Burke
Ⅳ.考察
& Greenglass, 2001)が family-to-work conflict の増
大に関連するとされていた.個人の属性・特性とし
て work-to-family conflict の増大に関連する要因に
1.日本の看護師の WFC に関する研究上の課題
1)発表年からみる看護師の WFC 研究への関心
の推移
ついて検討した文献はなかった.
今回レビュー対象として抽出された文献は,2006
6.WFC(work-to-family conflict、family-towork conflict)の増大によるアウトカム
WFC が増大することにより,母子間の気持ちの
年以降に発表されたものが大半を占めていることか
ら,看護師の WFC 研究は,国際的にみて近年特に
注目され始めた研究領域であると言える.さらに,
分離が亢進(上村ら,2005),幼児への愛着が不安
日本の看護師の WFC 研究として国際誌に原著論文
定化(上村ら , 2005),心身の不快症状が増大(Höge,
として報告されているものは 1 文献(Fujimoto, et
2009)するとされていた.
al., 2008)のみであり,日本の看護師の WFC 研究
また,work-to-family conflict の増大によって,バー
はほとんど黎明期にあると言っても過言ではない.
ン・ ア ウ ト(Burke & Greenglass, 2001), 離 職 意
日本の看護師の WFC への関心が高まり始めた背
図(Simon, et al., 2004)や職業性ストレス(Pal &
景のひとつには,2006 年度診療報酬制度改定に伴う
Saksvik, 2008)の増大,職務満足度の低下(Kovber,
看護人員 7:1 制度の導入により,各病院施設におけ
et al., 2006), 生 活 の 満 足 度 の 低 下(Yildirim &
る看護師確保が激戦化し続けていることが考えられ
Aycan, 2008)につながることが明らかにされてい
る.いわゆる「看護人材確保の 3 つの R」として,
る.
新卒看護師の雇用確保(Recruitment),潜在看護師
family-to-work conflict の増大によっては,専門職
の再雇用(Return)に続き,第 3 の「R」である現
としての‘efficacy’が低下するとされていた(Burke
職看護師の定着(Retain)のための施策が重要視さ
& Greenglass, 2001).
れ始めた.この第 3 の「R」の要となるのは,看護
師が働き続けられる職場を整備することであり,そ
7.その他
WFC の 発 生 率 を 検 討 し た 文 献 で は,work-to-
る.先に挙げた意識調査の結果が示すように,看護
family conflict の 方 が family-to-work conflict よ
師の最も重視する「仕事と家庭生活の両立」を阻害
り も 現 わ れ や す く(Burke & Greenglass, 2001:
する概念としての WFC への関心は,このような背
Grzywacz, et al., 2006),51% の看護師が慢性的な
景の中で日本でも今後ますます高まりゆくものと考
work-to-family conflict を抱えている(Grzywacz, et
えられる.
al., 2006)とされていた.看護師は仕事と家庭生活
2)研究デザインについて
の均衡を保ちにくいことが質的研究を扱った文献に
レビュー対象のほぼ全文献が自記式質問紙調査
よって描写され(Majomi, et al., 2003),看護師は
による横断研究であり,画一的なデザインが踏襲
看護職以外の職業に携わる女性に比べて WFC スコ
さ れ て い る. 看 護 職 以 外 の 労 働 者 を 対 象 と し た
アが高いことも明らかになっていた(本間,中川,
Rantanen, et al.,(2008)の縦断研究では,ベースラ
2002).
インで WFC を抱えている労働者は 6 年後も WFC
また,管理職にある看護師の WFC を男女比較し
た研究では,男性管理職の方が女性管理職よりも
90
れを阻害する要素を排除していく組織的な活動であ
を抱え続けている,という結果が得られている.
看護師の WFC 研究においても,より質の高いエ
WFC が発生しやすいこと(Rozier, 1996)が,また,
ビデンスが得られるような研究デザインが求められ
異なる人種の看護師間では,WFC 増大と職業性ス
る.
日看管会誌 Vol. 14, No. 1, 2010
3)対象者について
Organization Perceptions Scale’
(Allen, 2001)など,
今回のレビュー文献では,看護師であること以外,
両立支援的組織文化測定のための尺度が開発されて
対象者の性別,婚姻状況,扶養児童の有無などが統
いる.看護師の WFC 研究においても,これら信頼性・
制されていないものが大半を占めていた.家庭にお
妥当性の検証された尺度を用いた研究や,あるいは
ける役割負担や家事・育児に関する価値観には男女
看護職の組織文化の特性に応じた新たな尺度開発な
による性差が存在し(Burke & Greenglass, 1987),
どにより,両立支援的組織文化と WFC の関連につ
日本では特に働く女性の役割負担が大きい(前田 ,
いて検討していく必要がある.
2004)との知見を踏まえると,男女を混合して分析
6)WFC(work-to-family conflict、family-to-
することは避けるべきである.また,WFC が「仕
work conflict)の増大によるアウトカムに
事と家庭における多重役割から生じる葛藤」と定義
ついて
される以上,婚姻状況や扶養児童の有無がある程度
統一されたサンプルが望ましい.
看護師以外の労働者の研究で多く用いられる変数
と同様,離職意図や職務満足が検討されているもの
また,全ての文献の対象者は,調査時点で看護職
が多かった.看護師の WFC 研究への関心につなが
に携わっている者であった.つまり,WFC を含め
る背景のひとつが,現職看護師の定着の必然性であ
た様々なストレッサーに曝されながらも,何とか就
ればこそ,これらのアウトカム変数が選択されるこ
労を継続できている者だけでなく,WFC がために
とは自然である.しかし,看護師の離職意図や職務
退職に至った者についても対象に加えていくこと
満足には抑うつや蓄積疲労など,心身の健康度が関
で,より有意義な結果が得られるものと思われる.
連していることを考えると,離職意図や職務満足に
4)WFC の扱い方について
先行する変数として,WFC と心身の健康度につい
現時点における看護師の WFC 研究では,WFC,
ても検討していく必要がある.
work-to-family conflict,family-to-work conflict の
7)その他海外研究の日本への応用について
概念が混在したままのものが多い.WFC は,work
日本国内と海外では育児をとりまく背景が大きく
-to- family conflict と family-to-work conflict という
異なるため,海外での研究知見を国内の研究に応用
2方向性をもつ下位概念の上位に位置するものであ
する際には,安易な比較や引用が適切でない場合が
り,これらの概念は明確に区別される必要がある.
ある.公的な育児支援制度や育児に関する実情,意
看護師以外の労働者を対象としたパス解析では,ふ
識は,日本,米国,スウェーデンを例にしても相当
たつの下位概念はそれぞれ異なるものであることが
に異なる(表 2).前田(2004)によると,米国で
明らかにされており(Michel & Hargis, 2008),多
は家庭と仕事の両立は基本的に労働者の自己責任あ
くの研究では両者を別個に分析している.
るいは企業の努力責任とみなされているため,政府
5)WFC(work-to-family conflict、family-to-
は介入せず,育児サービスも市場に任されている.
work conflict)の増大に関連する要因につ
優良企業に勤務する高収入層の女性ほど,企業から
いて
の手厚い支援を受け,良質のサービスを購入し,仕
レビュー文献では,看護師以外の労働者の研究で
事と育児の両立が容易になるような構造になってお
用いられている仕事の要求度や就労形態など一般的
り,働く女性の二極分化が著明である.スウェーデ
な職場特性を始め,看護職特有の勤務体制などを考
ンでは,整備された両立支援制度を利用して,育児
慮した変数も用いられていた.また,育児に対す
中も就労を継続するケースが非常に多い.これは,
る職場からの支援(Fujimoto, et al., 2008),上司か
介護や保育といった福祉分野を充実させる政策に
らの支援(Yildirim & Aycan, 2008)など,両立支
よって,この分野の公的労働の拡充が女性労働力の
援的な組織文化を構成する断片的な変数が加えら
吸収先になり,同時に両立支援制度施行のための人
れた研究も現われ始めている.両立支援的な組織文
的確保につながるという,良い循環が生じたことに
化は,看護師以外の WFC 研究においては予てより
よるとされている.
重要視されており,’Work - Family Culture Scale’
(Thompson, et al., 1999)や ’Family-Supportive
日本では社会経済の変化に伴い,性別分業制度を
前提とした雇用慣行や社会保障制度,価値観の大き
日看管会誌 Vol. 14, No. 1, 2010
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表 2 公的な育児支援制度や育児に関する実情・意識の海外比較例
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な変革を迫られているにも関わらず,情勢の変動に
日の企業にとって,経営戦略のひとつとして重要な
これらの変革が追い付いていない状況にある.また,
意義を持つようになってきており,この傾向は病院
長時間労働信奉に加え,「育児は女性の義務」との
組織にとっても例外ではない.
価値観が根強く,諸外国に比べて育児をしながら働
今回のレビュー文献においても,看護師の WFC
く女性に厳しい社会であるのも日本の特徴とされ
の増大は,職務満足度の低下や離職意図の増大,専
る.
門職としての能力の低下など,職務遂行上の様々な
日本においても遅まきながら,ようやく看護師の
負のアウトカムにつながることが明らかにされてい
WFC が注目されるようになってはきたが,日本と
た.長年慢性的な人材不足を解決できずにいる看護
海外の背景の違いを充分に踏まえた上で,国内外の
職においては,これら WFC 増大のもたらす負のア
企業での研究を参考にしながら研究結果を蓄積して
ウトカムを回避するために,企業で為されているの
いく必要がある.
と同等以上の努力をしていく必要性が示唆されてい
た.
2.日本の看護師の WFC を低減するために取り組
むべき実践上の示唆
1)WFC 低減のための取り組みの位置づけ
1990 年代から本格化した政府による様々な少子化
92
2)ライフスタイルに応じた多様な就労形態、残
業対策の重要性
今回レビューした多くの文献が,看護師の WFC
の増大に関連する要因として,不規則な就業シフト,
対策を受け,企業では従業員の仕事と育児を両立さ
夜勤,残業の強要などを挙げていた.これには「勤
せるための取り組みが進んでいる.2005 年に施行さ
務時間が雇用主によって厳格に規定され,労働者側
れた「次世代育成支援対策推進法」において,厚生
の意向は採択されにくい」(角田 , 2007),
「手当の有
労働省は,301 人以上の従業員を雇用する事業主に
無に関わらず,残業を命じられたらそれに従うのが
対して両立支援に関する行動計画書の提出を義務付
労働者の美徳」という日本の労働事情の特色(前田 ,
けており,2006 年 3 月までの届出率は 99.1%と発表
2004)が背景のひとつにあるためと思われる.看護
している.多くの企業が仕事と家庭生活の両立支援
職は,不規則な長時間勤務や突発的な残業を避ける
に積極的に取り組む目的には,政府の謳う少子化対
ことが困難な職業のひとつではあるが,近年,正規
策以外にも,短期的には優秀な人材の確保や人事労
社員の短時間勤務や時差出勤,個人の希望に沿った
務面でのコスト削減,長期的には生産性の改善や企
変則シフト,ノー残業デーの導入などに取り組む病
業イメージの向上など経営全般のメリットを得るこ
院が増えつつある(尾崎 , 2008).本稿でレビューし
とも含まれている.従業員の WFC を低減させ,仕
た文献の多くは,看護師の WFC 低減のために,個
事と家庭生活を両立させるための取り組みは,単な
人のライフスタイルに対応できる多様な就労形態を
る法令遵守という受動的な活動としてではなく,今
検討し,残業をなくすための体制を整備していくこ
日看管会誌 Vol. 14, No. 1, 2010
との有用性を支持する結果を示していた.
れる.
3)両立支援的な組織文化の重要性
Fujimoto, et al.(2008)
と Yildirim & Aycan
(2008)による研究では,育児や家庭での役割に対
する職場や上司からの支援が WFC(work-to-family
conflict)の関連要因であるとされていたが,WFC
の低減にとってこのような仕事と家庭生活の両立に
支援的な組織文化が重要であることは,看護職以外
の労働者における WFC では既に周知されている.
Thompson, et al.(1999)は,両立支援的組織文化
を「従業員の仕事と家庭の統合を組織が支持し,価
値を置く程度に関して,従業員が共有する暗黙の了
解・信念・価値」と定義し,組織での両立支援施策
が効果を生むためには,単にそれらの制度を導入す
るだけでは充分でなく,背景となる両立支援的な組
織文化の醸成度を高めることがより重要であると述
べている.これら組織文化の改革には組織のリー
ダーとなる者の果たす役割が大きく,企業では管理
職に相当する人物を対象としたセミナーなどの啓発
活動が行われている.看護職においても,WFC 低
減策のひとつとして先に挙げた就労形態や残業対策
と併せて,両立支援的組織文化の醸成度を高めるよ
うな活動が望まれる.
Ⅴ.まとめ
看 護 師 の WFC に 関 す る 国 内 外 の 16 文 献 の レ
ビューにより,今後の研究上の課題ならびに WFC
低減のための実践上の課題として以下の 3 点の示唆
を得た.
1)看護師の WFC の増大は,看護師個人だけで
なく,看護組織全体にとっても様々な負のアウトカ
ムにつながることが明らかにされていた.
2)看護師の WFC を低減させるためには,個人
のライフスタイルに対応できる多様な就労形態を検
討し,残業をなくすための体制を整備していくこと,
また,両立支援的組織文化の醸成度を高めるような
活動が有用である可能性がみとめられた.
3)今後の看護師の WFC 研究において,幅広く,
かつ属性の統一されたサンプリングや,よりエビデ
ンス・レベルの高い研究デザインの採用,両立支援
的組織文化や心身の健康度との関連の検討が期待さ
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