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東京ウィメンズプラザ
平成26年度
配偶者暴力(DV)防止講演会
子供は配偶者暴力(DV)に気づいています
講演①
講師
白川
子供への影響と対応
美也子さん(精神科医)
●はじめに―DVと児童虐待の基本的理解
虐待された子供たちのトラウマ(心的外傷)やPTSD(心的外傷後ストレス障害)の専門家として、DVの二
次的被害者とも言える子供への影響についてお話しします。DVと児童虐待は何らかの形で対立してくることがあ
りますので、お母さんを支えることと子供を守ることをどう整理していったらいいのか考える良い機会になると思
います。
DV(ドメスティック・バイオレンス)は、身体的暴力、精神的暴力、性暴力、経済的暴力に分類され、現実に
はそれらの暴力が複合・反復されて振るわれるため、とても深刻です。DVの本質は「権力と支配」です。その一
番酷くなったものが暴力ですので、暴力がないからDVではないと言うのは間違いです。3人に1人の女性が1度
は、10人に1人の女性が何度も暴力被害を受けていると言われており、相談件数は10万件に達し、児童虐待を上回
っています。警察の対応件数は5万件です。以上のことから、DVは公衆衛生的な大問題と言えます。
●DVの異種性
「ザDV(典型的なDV)」と「そうでないDV」に分けて考えてみます。「ザDV(典型的なDV)」とは、権力
と支配が加害者の認知行動パターンに組み込まれているものを指し、その度合いが強烈な場合、たとえ身体的暴力
がなくても被害者を精神的に追い詰めますので、やはり分離が必要だと思います。
「そうではないDV」は、権力と
支配の度合いが薄く、個人の病理や関係性がより暴力の発生に関与するものを指します。被害者が児童虐待のサバ
イバーである場合、相手方にDVの要素が薄くてもDVのような関係になることがあります。ただ、これもDV性
の濃さによって色々なパターンがあることは知っておいてください。
●DVを受けた子供の状況と症状
子供はDVに気づいています。「見せないようにしていた」と言う方は多いですが、子供に聞くと、「耳をふさい
で聞かないようにしていた」「2階で耳をそばだてていた」「兄弟同士で話し合っていた」と言います。子供は母親
の様子が違う、顔が腫れているといったことに気づき、空気を感じ取っています。その際、子供は怯えていて、D
Vや虐待のことを言ってはいけないと思ってしまうわけです。言ってはいけないけれど、自分のせいだと思いやす
いです。そのことをまず知ってください。体験のみならず、どう解釈しているかも大切です。
加害者に接していた子供の“行動の兆候”としては、友だちをいじめる、侮辱する、暴力を振るうなどして交友
関係がうまくいかない。母親との別離を異常に怖がり、動揺する。権威ある人や母親に反発・反抗する。赤ちゃん
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返りする。多動、心配、強迫観念、衝動性が高くなる。学習障害、注意力散漫で勉強ができなくなる。摂食障害に
陥り、拒食や過食になる。他にも、発育障害や睡眠障害など様々な問題が出てきます。
“感情の兆候”としては、恐れ、心配、緊張、うつ、悲しみ、自殺願望、不安感、罪悪感、自己非難、恥、怒り、
敵意、辛さなどがあります。母親や兄弟を守らなければという責任感を感じたり、不安でたまらない、母親や兄弟
が憎いと感じます。その一方で、虐待者を暴行して殺してやりたいけれど、虐待者が持つ力を同じように持ちたい
と思うこともあります。また、けんかに発展することを恐れ、普通の議論もできないということがあります。
もっと複雑な感情としては、父親の自分勝手さと虐待に対して激しい怒りと敵意を持ちながら、その力と魅力に
畏怖の念を抱き、自分もそうなりたいと思ってしまう。母親に辛く当たることに怒りを覚えながらも、一緒になっ
て母親を嘲笑したり軽蔑すれば父親に好かれるし、そうやって取り入ればうわべだけでも安心感を得られ、自尊心
を高めることができると思っています。父親の冷酷さや一緒にいてくれないことに憤りを感じながらも、自分だけ
見てほしい、優しくされたいと思っています。父親を圧倒して追い出すことを夢見ながらも、父親のことを心配し
ています。こういった本来子供が背負うべきではない様々な心配事を持つことになります。
●加害男性の心理
加害者となる父親の心理には、コントロール意識や、責任は女にあって権限は男にあるという特権意識が見受け
られます。子供が学校に行かないのは母親のせいだと言いつつ、家の権限は全部自分にあると思っています。子供
に対して「おまえの母親は本当にだめだ」と言って軽蔑心を明らかにすることは、子供に対する虐待です。また、
「お
まえの母親はこうだ」と言って母親を貶めることは、子供に対する心理操作です。離婚に当たっては、こうした巧
妙な心理操作が行われることがあります。ここで重要となるのは被害者となる女性のリーダーシップです。DVか
ら逃れるためには、自分の方向性をきちんと決めて、子供たちも含めてリーダーシップをとっていく必要があり、
支援者はその援助をすべきだと思います。
●大人が受けるトラウマ
ストレスとトラウマは違います。ストレスはその原因が解決・消滅すれば回復しますが、トラウマ記憶は冷凍保
存され、特別な記憶をつくってしまいます。例えば、本当だったら大事にされるべき夫から殴られるということが
1度でもあったとします。これはすごい体験ですので、その時の夫の怖い顔や殴られた痛みなどが影響として残っ
てしまい、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)を発症することがあります。
影響が残った状態が、無時間性・苦痛な情緒・色あせないという特徴を持つ冷凍された記憶です。
PTSD
PTSDは回復過程の障害と言われ、トラウマによるネガティブな影響の極型です。主要症状としては、以下の
4つが挙げられます。
① 再体験症状
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冷凍保存記憶がトリガー(引き金)などで融け、殴られた時の情景が「今・ここ」のことのように、何度も生々
しく思い出されます。これを「フラッシュバック」と言いますが、眠くなった時にまるでその記憶が入り込んでく
るように感じることを「侵入症状」といい、寝ている間に再体験すると「悪夢」になります。
② 回避・麻痺症状
再体験とうらはらな症状であり、苦痛を回避するため出来事を想起させるものや行為や場所を避けることを言い
ます。
“感じること”そのものを切り離し、心を麻痺させます。麻痺は、微細な感覚、ポジティブな感覚から侵され、
究極には無感情の状態になることもありますが、非常に苦痛を伴うものです。
③ 過覚醒症状
トラウマを受けた心身の状況がそのまま残存していると、寝たら殴られるという感覚に陥り眠れなくなったり、
イライラしたり、驚きやすくなったり、集中困難などが起きやすくなります。
④ 認知と気分の否定的変化
出来事に関する認知のゆがみがあったり、気分の否定的変化が出やすかったりします。自分のせいだと思うこと
が被害を受けた際の特徴です。幼少期のトラウマが多ければ多いほど自分のせいだと思う傾向にあります。子供は、
いきなり殴られたら何が直前にあったのかと考えます。自分が良い子でなかったからだ、自分のせいだと自動的に
理解してしまいます。この思考パターンが染みついてしまった子供が、大人になって1度でも暴力を受けた際には、
自分が悪いと思ってしまいます。トラウマを受けずに育ってきていれば、殴られても「ちょっと来なさいよ。なん
で殴ったの。」と言ってそこで止まるかもしれませんが、自分が悪いと思ってしまい、おどおどしたりイライラする
のが続いていくうちに、思考パターンができあがってしまいます。これを「トラウマ学習」と言い、児童虐待のサ
バイバーの方がDVに陥りやすい理由です。
複雑性PTSDとDESNOS
「複雑性PTSD」では、ネガティブな自己概念を持ち、夫は良い人だけど自分のせいで暴力を振るわざるを得
ない、愛しているから殴るのだと思ってしまいます。また、イライラしたり怒りっぽくなるので、対人関係がうま
くいかないなどの障害が出てきます。他人を信じられなくなったり、子供に手を出してしまったりもします。複雑
性PTSDの診断基準は未だなく、ようやく精神医学界も整理し始めたところです。
「DESNOS」は、極度のストレス障害です。慢性的にトラウマを受けていると、体の調子が悪くなったり、
自分に対する考え方や人格の変化、加害者に対する認識の変化が起き、感情覚醒がコントロールできなくなります。
これらDESNOSの診断基準を知っておくと良いのは、10歳以上の子供はこれに当てはめられるからです。単
にフラッシュバックが起きるのではなく、それを押さえ込んでしまうため、もっと大変な症状が出てしまいます。
●子供のトラウマの定義と特徴
子供のトラウマは次のように定義されています。
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・子供自身が危険な状態にあることを理解しているか、あるいは何らかの戦慄的なことを目撃していること
・極度の無力感を感じていること
・外傷的な記憶を知覚しているか、あるいはその記憶をどこかに貯蔵していること
子供のトラウマの特徴としては、思考の抑制、睡眠障害、過度な驚愕反射、発達性退行、漠然としたものに対す
る恐怖、回避、パニック、易刺激性、過覚醒、反復夢などがあります。
子供のトラウマは、大人より微細なことで起きてしまいます。大人は死ぬ恐怖やけがをするといったことを判断
基準にしますが、子供は、親と離れる、居場所が転々とする、ケア者が変わるといったことでもトラウマになりま
す。乳児院に行った子供は、どんな親であれ分離したことによるトラウマを持っています。乳幼児は、トラウマを
受けると、夜眠ってから3分の1くらいを過ぎた頃に夜驚症と言われるものすごい夜泣きをすることが特徴です。
子供は悪いことが起きるかもしれないと予期するようになります。また、トラウマを受けると感情や行動をうま
く処理することが難しくなります。通常であれば、子供は他者から殴られると、
「ママー」と泣いて、母親に抱っこ
して慰めてもらい、叩かれるべきではなかったんだ、泣いていいんだ、落ち着いてきた、落ち着くんだなというこ
とが分かってきます。母親が茫然自失状態の場合、子供は自分で自分を慰めることを知らないから、他者に頼るこ
ともできず、強い衝撃を抑えるために自傷行為をします。さらに、ポジティブな自己感を発達させることが難しく、
攻撃性の裏に幼い自分がいたりします。
父親の機嫌が良いか悪いかは些細な違いでしか子供には感じられません。あるDV家庭における子供は、なぜ今
日お母さんが殴られたのかという理由を探します。足音を大きく立てながら部屋の鍵を開けて入ってきて、いきな
り暴力が始まったとします。子供にとっては、どうしてそうなったのかよく分かりませんが、鍵を開ける音や足音
の変化をトリガーに認識し、
“変化すること自体”がトリガーになってしまいます。こうして子供のフラッシュバッ
クは、ほんの些細なことで起きるのです。
アタッチメント・パターン
乳児期から幼児期は、重要他者との間で、生涯にわたって影響を与えるアタッチメントパターンが決まる大切な
時期です。DVのある家庭では、直接の虐待、暴力がなくても、目撃だけでトラウマは生じますし、かつアタッチ
メントパターンに、かなり恒久的な影響を受けてしまいます。これは「解離」という形で後の病気のなりやすさと
して、生涯残ります。
状況依存性記憶
そもそも記憶は周囲の状況とセットにして入力・保存されます。子供はそれが特に強く、例えば海外留学してい
た子供が、帰国後にはすっかり英語を忘れてしまったけれども、海外に行ったら急にその場で英語が話せるように
なった、ということがあります。周囲の人が英語を話している状況において初めて自分の記憶が生きてくるのです。
情動調律
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さらに、子供は自分は存在するという中核的自己感だけを持って生まれてくるので、こういう自分が存在すると
いう自己をつくっていくために、母子間の情緒的な相互交流が必要になります。情動調律とは、親が乳児との感情
共鳴体験を自動的に他の表現系で表し、乳児とは別のパターンや行動の背後にある乳児の内的感情を反映するよう
な行動の側面を真似ることを指します。気持ちや身振り、声の抑揚を通しての交流です。情動調律によって、人は
まとまりがある自己感を得ていきます。ここで鍵となる感情は、実は体の状態です。初めて彼に告白するときも、
他人から殴られても胸がドキドキしますが、子供はそれに、「緊張とあこがれ」「恐怖」という名前を結びつけてい
きます。子供の場合は体の状態と感情がばらばらなので、状態移行が頻繁に起きてしまいます。ただ、良いことも
あり、子供のトラウマは今からでも直せます。
思春期に見られる問題行動
DVの環境下では、母親が子供の気持ちを感じることができないために、情動調律がなされないまま子供が育っ
てしまい、思春期に問題行動が見られることがよくあります。DVを受けた母親の子供が男の子の場合、まるで父
親のような振る舞いをすることがあります。これは、思春期になって、両親よりも自分は賢いかもしれない、強い
かもしれないという感覚を得ると、自律によるコントロールが外れてしまうからです。特に男の子は、父親の背を
越えて自分が父親を負かすことができた時に、幼少期に抱えたあの恐怖心は何だったのだろうと思い、それが暴力
の始まりになります。暴力が内在化された自我状態が、恐怖によって押さえ込まれていただけで、父親という恐怖
が消えた途端に自動的に動き出してしまうのです。
トラウマ学習
赤ちゃんの頃からDVがあったケースで、それは子供を使って母親を虐待するものでした。母親に車の運転をさ
せ、自分は赤ちゃんを抱いているかと思えば、窓から赤ちゃんを外に出すのです。その母親は離婚しましたが、6
か月の赤ちゃんが5分ごとに夜泣きをし、頭打ちなどの自傷行為をしました。そして、プレイセラピーを続けてP
TSDが収まっていた頃に、トラウマ学習がありました。母親に自分の体を持たせて「動くな」と言い、動くと怒
るのです。6か月しか父親を知らないのに、無意識で残っていたのです。
子供のメンタルヘルスは、実は母親のメンタルと強く関係しています。子供は父親の行動パターンをまるまる自
分の中に取り込んでしまうため、早く離れたほうが良い場合もあります。
再演
子供のトラウマの特徴として、自分が受けたトラウマを何度も無意識的に強迫的に繰り返す「再演」があります。
例えば、被災した沿岸部の子供たちが遊ぶ「津波ごっこ」がそうです。『津波が来ました、まちが流されました』
で終わりです。他の子供が同じように津波遊びをすると、
『まちがありました、津波が来ました、そこに船が来てみ
んなを助けました』となります。これは解決があるので再演ではありません。実際に津波を見て繰り返しているこ
とと、話で聞いたのをイメージしてやっていることとは違います。沿岸部の子供たちは、
『津波が来ました、まちが
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流されました』の時、表情は固まり、感情もなくフリーズしています。
そして、いじめられた子がまたいじめられる「被害から被害へ」、いじめられた子がいじめっ子になる「被害から
加害へ」も再演です。性虐待を受けた子供が援助交際をするのも再演です。継父から性的虐待を受けていたとして、
子供はその意味が分かりません。分からないから、いつでも自分でやめることができるという自律的だけれども同
様な行動を無意識に繰り返します。DVを目撃した子供が大人になってまたDVを受ける、行うことと似ています。
この再演は、強迫的に繰り返されます。関連性が意識化されていない単純な防衛機制というのは、攻撃者に同一
化していたりして、遊んでいても全然不安になりません。
本当の楽しい遊びに変えて終わらせる、といったこともできますが、これはとても専門的なことです。
●トラウマ学習理論
トラウマ学習とは、幼少期のトラウマによる一種の記憶への刷り込みです。PTSDにおける記憶の特徴として、
再演(フラッシュバックなど)、反復(攻撃者や被害者の同一化など)、置き換え(異常な性愛など)が起きます。
また、PTSDの発症が遅延している状態においては、回避型の引きこもりタイプと攻撃型の暴走族タイプに分
かれます。回避型の子は、引きこもり、鎮静系薬剤への依存で、体に症状が出たり、うつになったりします。攻撃
型の子は、危険な行動・反社会的行為をし、刺激系薬剤やアルコールに依存し、性行動過多になったりします。
●発達性トラウマ障害概念
何かの引き金があると、引き起こされて繰り返される調節障害が出てきます。それが感情面で出てくると、双極
性障害のように高調もしくは低調になってしまい、吐いてばかりの時と平気な時があるとか、ADHDのようにな
ってしまうこともあります。体質的なものもありますが、実は喘息なども呼吸筋がぎゅっと緊張して喘息が起きる
場合と大丈夫な場合があります。行動面だと、再演で援助交際が止まらない、リストカットが止まらないけれども、
しないこともあります。
自分のせい、誰のせいというのは帰属の問題で、それが歪んで障害が起きてきます。そして、こういう子供たち
は信頼してくれないので支援が大変難しくなります。子供は、家族という一番小さなヒエラルキーの中で状況依存
記憶が起き、自分を守るはずの者が守ってくれないことを学習しています。人を信用できないので、成長しても人
間関係がうまくいかず、教育、家族、仲間、法的、職業的に機能不全に陥ります。これがPTSDよりももっと大
変な問題で、子供がDVにさらされたり、虐待を受けたりすることの問題がここにあります。
発達性トラウマ障害概念は全ての症状を統一的に理解することができます。色々なレベルで症状として現れてき
ますので、トリガーを見極めて対処できるようにもなります。
●トラウマの発達的異種性
発達障害の子供が軽微なストレスで同様の状態になることがあります。発達的異種性というのは、生まれてから
前思春期の頃までに、調節障害、情緒障害、双極性障害、反抗挑戦性障害、ADHD、ソーシャルビヘイビアの障
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害、感情障害、物質依存、自分を傷つけたり死にたくなるパーソナリティ障害、乖離性障害とがどんどん発展して
いくことです。ADHDは行動がハイパーになる障害のため、見分けるのは簡単です。「一緒にお絵描きしよう」と
誘って、ゆっくりお絵描きができる子は本当のADHDではありません。しかし、過診断されがちです。チェック
リストだけではなく、行動全般を見て判断しなければいけません。ADHDの子供は、お絵描きしようと言っても、
目が回るくらいに動き回ります。
●世代間伝達の理由
トラウマ暴露があった後に適切に癒されないと、後で述べるfight、flight、freezeの「3つのF」の反応が現れ
ます。女の子はどちらかというと引きこもりや自傷行為といった内在化障害が現れ、男の子はどちらかというとA
DHDや行為障害、素行障害、反抗挑戦性障害などの外在化障害が現れやすいです。もちろん、男の子でも内在化
障害が現れる子もいますし、女の子でも外在化障害が現れる子がいます。内在化障害が現れる子は被害者になりや
すく、外在化障害が現れる子は加害者になりやすいです。大人になってトラウマ暴露を繰り返してしまうため、子
供期のトラウマにきちんと取り組むことが大事になってきます。
最初から加害者として生まれてくる人はいません。DVの加害行動が治りにくいのは、細いところにその記憶が
入っていて、その状況にならないとDVが起きないからです。例えば、いつも父親がちゃぶ台をひっくり返すこと
からDVが始まったケースで、子供への虐待はなく、子供はとても良い子に育ったとします。子供は虐待を受けて
おらず、見ていただけですから、上下関係のパターンは身についていて、上司からは気が利いて良い男だという評
価を受けます。ところが、結婚してその新居がちゃぶ台のある家だった場合、状況依存記憶の中に、ちゃぶ台があ
る空間では男と女はこう振る舞う、女がご飯をつくっていなかったら男は女を殴ってよいと学習されているために、
なぜか分からないけれど暴力を振るってしまう。世代間伝達の理由は、トラウマ学習、再演、状況依存的記憶にあ
ります。
加害者の人が職場では殴らないのは、その記憶がその場面では出てこないからです。もっと意図的な人も中には
いますが、そういうことが根本にあることを知っておいてください。
●トリガーを理解する-トラウマ後の反応「3つのF」
トリガーは身体の警戒システムで、危険を予知するために誰もが持っているものです。過去の危険な出来事から
危険信号を認識し、反応としては、fight(戦う・立ち向かう)、flight(逃げる)、freeze(固まる)のどれかにな
ります。固まるのは子供特有の反応です。これらの反応が何度も繰り返され、その子のパターンをつくっていきま
す。戦って、勝とうが負けようが、終わって落ち着いたらリラックスします。あるいは安全なところへ逃げて、リ
ラックスします。freezeは、fightに進むのか、flightに進むのか分からない病気的な反応と言えますが、何とかリ
ラックスします。リラクセーションは大事です。このように3つの反応を示す子供がいて、fightに進む子は過活動
で攻撃的・反抗的ですし、flightに進む子は家の中に引きこもって孤立しがちです。freezeに進む子は忘れっぽか
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ったりぼうっとしていて、感情をシャットダウンしています。これは境界性パーソナリティ障害や乖離性障害など
の病気です。
トラウマを受けた子供によくあるトリガーとしては、予知できないこと、突然の変化、変遷、コントロールがで
きないこと、傷ついたり、拒否されたと感じること、権威や限界に直面すること、孤立感、感覚的に圧倒されるこ
と、などが挙げられます。なかには、褒められたり、親密で平和な感じなどポジティブな体験や関係がトリガーと
なることがあります。喪失や拒否、遺棄を体験した子供は、ポジティブな関係を信じられないのです。性虐待を受
けた時に褒められたり贈り物をされた子は、褒められてもそこに隠された動機を感じてしまいます。そして、いつ
も混沌と暮らしていた子は、静かなこと自体がトリガーになってしまいます。
●危険なときの反応と覚醒
脳が周囲の状況を危険と感じたら、考えるよりも反射的に体が動きます。体の覚醒水準が上がり、知覚は変化し、
本質的ではない機能は停止します。論理や計画、衝動コントロールなどの高次の認知過程も、危険時には本質的で
ないとされてしまいます。この一連の流れは危険が本当なのか、ただそう感じられただけなのか、関係ないという
ことに注意が必要です。
虐待されていた子供の話ですが、ある校長先生が「友達の目を傘で突き刺したんです」とその子供を連れてきま
した。幸い急所は外れていました。私は、校長先生の前で「あなたがそんなことをしたのには、きっともっともな
理由があるに違いないと思うよ」とその子供に言いました。そうすると、子供は「だって、あの子が僕の目を刺そ
うとしたから」と言いました。傘を開くと、傘が広がる加速度が生じます。それが自分の目の前にきたとき、この
子は刺されると思って刺し返したのです。虐待されてきた子供があちこちで問題行動を起こす理由がここにありま
す。必ずトリガーがあって反応があります。そこを見てあげることが大変大事になってきます。
●過剰な覚醒
危険信号が去ると、脳は現在の環境を吟味し、危なくないと思えば活動を続けますが、過剰な覚醒を持ちやすく
なります。以前は考えずに反応していたから生き延びられたかもしれないけれど、その危険が去った現在では、過
剰反応してしまうようになるのです。家ではおとなしかったのに、避難したら暴れるようになったということは、
家では恐怖があったけれども、今は恐怖がないということです。恐怖はないけれども、自分自身をコントロールす
ることを知らないのです。DVを受けていた子供が、父親と一緒に暮らしていた頃はお利口だったのに、母親と2
人で暮らし始めたら急に暴れるようになったりします。母親が虐待していると法廷で証言する父親が多くいますが、
離れたからやっと暴れられるようになったということを知っておいてください。
●一般の大人ができるケア―感情反射的に聞くスキル
トラウマは、子供の“感情を理解し、感情を持ちこたえ、感情を管理する能力”に衝撃を与えます。子供は自分
が何かに混乱していることすら分からず、強烈な嫌な感情とそれをどうにかしなければならないということだけを
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感じています。この時、子供はただ反応するだけになってしまい、ストレスを身体や行為で表現しています。
言葉を使って、感情や経験を分かち合うコミュニケーションができるようになるまでには、ケアする人が自分の
言葉を使って体験を照り返してあげなければいけません。ある日、4歳の元気な女の子が帰ってきてうずくまって
います。お母さんは「おなかいたいんだ」と『痛いの痛いの飛んでけー』をしてくれました。「何か嫌なことがあっ
たんじゃないの?」
「嫌なことがあった」
「どんな嫌なこと?」
「取られた」「何を取られたの?」
「太郎君がハンカチ
取った」「太郎君がハンカチ取ったんだ」
「うん」「今朝持っていったやつ?」「うん」「大好きだったハンカチなんだ
ね」「うん」「そっか。それはすごく嫌だったね」「うん」「すごく悲しかったね」「うん、悲しかった」「明日太郎君
に言ってみたら、きっと返してくれるよ」「わかった」と言って、また遊び始めました。
ほとんどの親が、こういった波長合わせを当たり前にしています。子供が出すサインを読み取って、自分の感情
を扱ったり、苦しい状況に対応したり、よい選択ができるように助けています。行動に反応するのではなく、情動
に反応することが大事です。しかし、DVのある家庭ではお母さん自身が打ちひしがれているので、子供がしょん
ぼりしている状態に気がつかず、そのまま平行線のように進んでしまいます。このやりとりをしないと、自分が何
をされてどう思ったのかを言える子に育ちません。ですので、親の関わりが大変重要になります。
DVのある家庭では、子供同士がけんかしますし、子供が母親を攻撃してきます。その時に、少し辛抱して、
「け
んかしちゃだめ」と言うのではなく、
「今どんなふうにしてけんかになったの」と聞くと、お兄ちゃんは「こいつが
こうした」と言い、弟は「お兄ちゃんがこうした」と言う。「そうなんだ。わかった、わかった」と話をしていきま
す。その際のコミュニケーションの方法として、表情、声のトーン、会話の質、体の状態など色々なものを見るこ
とが大事です。
読み取るスキルによって、子供に何かが起きていることを知るようになったら行動する時です。問題を解決しよ
うとしたり、させようとしたりするけれども、最も大切な行動は、ただそこにいて、子供の話を聞いて、理解して、
共感して、経験を認めて、重荷を分かち合うことです。具体的には、子供の感情の全てを尊重し受け入れ、子供に
“聴いてもらっている”ことを示します。次に、子供にあなたが“聴いたこと”やその子が言っていることを話し
て、感情を名づけ、アドバイスします。
DVのある家庭で子供が育った場合、聞いてもらうという体験ができておらず、例えば支援者が相づちを打って
話を聞いていても、子供は、聞いてもらっていると分からないことがあります。ですから、あなたが言っているこ
とはこういうことね、そのときはこういう気持ちだったのねと照り返してあげる必要があります。共感や傾聴とい
う体験を子供の頃からたっぷりされて、そこで気持ちが通っていた子供と、それが足りなかった子供は分けて考え
て、対応を変えていかなければいけません。
また、リラックスは大変重要で、呼吸、リラクセーション、イメージ技法があります。
●専門的なケア
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①「EMDR」
EMDRとは、子供の目を動かしたり手をタッピングしたりして、右と左に刺激を加えることによって、適応的
情報処理を起こす治療法です。記憶と記憶の連合を促進するため、乖離障壁が消失する方向に向かいます。ただし、
フラッシュバックと普段の日常が混じってしまうので、乖離がひどい子供にいきなりEMDRをしてはいません。
乖離障壁が消失すると、トラウマから回復していきます。不適応的な情報ユニットが適応的情報ユニットにつなが
ることが回復です。リソース(資源)が大事になりますので、安全な場所や勇気、自分を好きな気持ちをたくさん
つくっていきます。体験を増やし、情報処理を適応的に管理させるというとても良い技法です。
②トラウマフォーカスト認知行動療法
当初は、性虐待を対象に開発され、子供の様々なトラウマ後の症状に対する治療のなかで、世界中で最も有効性
が高いという科学的証拠が得られている治療法です。子供だけではなく、親と子供の両方が治療を受けます。段階
的エクスポージャーと言って、出来事として話していき、それを徐々に難しい言葉に変えていき、慣れてきて話が
できるところから始めて、自分は誰からこういう被害に遭いましたと言えるところまで段階的に進めていきます。
並行してスキル形成をし、養育者が最適な環境となるなかで子供の回復が促進される優れた技法です。基本的には
心理教育とペアレンティングスキル、そしてリラクセーション、感情表現と調整、という順番で進めていきます。
③PCIT(親子相互交流療法)
東京女子医科大学女性生涯健康センターの加茂先生が中心になって日本に導入された治療法で、子供のこころや
行動の問題に対し、親子の相互交流を深め、その質を高めることによって回復へ働きかける心理療法です。5分間
の特別な遊びの時間を設定し、親に子供との接し方をコーチングすることで交流を深めていきます。
④ブレインジム
教育キネジオロジーと言って、運動することによってトラウマを癒すことができます。これは被災地でも全員が
行っていましたが、被災してからずっと揺れている気がしていたのが、揺れが止まったと言うのです。体から働き
かけるすばらしい技法です。
●最後に
私が伝えたいことは、必ず解決の道があるということです。そして子供に最も重要なことは、加害をしていない
親との良好な関係形成です。親自身も傷ついているので、親の傷つきを癒しつつ、子供との関係を促進していく支
援が大変大事になってきます。DV加害者が反省せず、加害者更生プログラムにも参加しないでいる状況で子供を
帰したら、その子供は加害者になるか、被害者になります。ですから、加害をしていない養育者をエンパワーメン
トすることが重要になります。子供は、心理教育などで事態を明確に理解するだけでも、回復の道のりを歩み始め
ます。残念ながら加害者となってしまった方は、加害者更生プログラムなどで自己理解を含めて根本的に行動改善
していくことが必ずできると思います。加害者更生プログラムに参加して自分を変えようとする方が増えているこ
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とに希望を感じています。必ずいつか子供虐待とDVがこの世の中からなくなることを夢見て、皆さんとともに歩
んでいけたらと思っています。
<参考資料>
「子どものトラウマと悲嘆の治療―トラウマ・フォーカスト認知行動療法マニュアル―」 ジュディス・A・コーエ
ン 、アンソニー・P・マナリノ 、エスター・デブリンジャー著 白川美也子、菱川 愛、冨永 良喜監訳
「DV・虐待にさらされた子どものトラウマを癒す」ランディ・バンクロフト著
「DV・虐待加害者の実態を知る」ランディ・バンクロフト著
「犯罪被害者のメンタルヘルス」小西聖子編
所収
・・・第10章
虐待被害を受けた人のメンタルヘルスと治療
・・・第11章
DV被害者のメンタルヘルスと対応
11
白川美也子、山崎知克監訳
高橋睦子、中島幸子、山口のり子監訳
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