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資源循環型の肉用牛生産が 飼料危機を克服できる

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資源循環型の肉用牛生産が 飼料危機を克服できる
提 言
資源循環型の肉用牛生産が
飼料危機を克服できる
北里大学獣医学部教授
萬田 富治
附属フィールドサイエンスセンター長 1.
高まる国産農畜産物への期待
う見通しをたてている。異常気象などの地球温暖
化の影響をどの程度、考慮しているのか定かでは
食品の安全・安心に係わる事件の報道が後を絶
ないが、昨年、日本の環境関係の研究機関がオー
たない。中国からの冷凍ギョーザの農薬汚染は消
ストラリアの大干ばつの原因がインド洋の海水温
費者から比較的信頼の大きかった一部の生協まで
の上昇にあることを突き止め、最近ではこの考え
が、この渦中に巻き込まれている。流通・販売業
を支持する科学者が増えている。このように地球
者が失われた信頼を回復するためには多大の時間
規模の温暖化は予想以上の早さで進行していると
と費用がかかる。農薬汚染などの検査体制が強化
見たほうが賢明かもしれない。また、世界の粗粒
され、この検査体制は国産農畜産物にも及ぶもの
穀物の需給予測が予測通りであっても、後述する
と思われる。また、これらにかかる経費をどこで
バイオエタノール原料仕向け量の増大もあり、配
負担するのか、商品価格に転嫁されるのか、国民
合飼料価格は高値安定で推移することが見込まれ
的な論議を呼ぶことが予想される。これらの幅広
ており、畜産経営にとって大問題である。平成20
い論議を通して農業・畜産のあり方が一層、明確
年1∼3月の配合飼料価格は前期(19年10∼12月)
になる。また、食料生産としての農業だけでなく、
に比べてみても、1トンあたり約4,100円も値上
自然環境との関わりがクローズアップされるに違
がりしている。配合飼料価格安定制度による「通
いない。農業と環境の課題は農産物価格を市場経
常補填」と「異常補填」が発動しているが、いつ
済に委ねる仕組みを変えるかもしれない。地産・
まで機能するのか、国の財政状況から見ても予断
地消やスロー運動の取り組みなど、消費者運動の
は許せない。
高まりも追い風となる。消費者の食料の購買行動
は美味しく、安心・安全な食料へと関心が高まっ
ている。生産・流通・販売サイドが連携して、こ
れらの要請に応える行動が必要である。
2.
飼料価格の見通しは
3.
バイオ燃料による飼料高騰と国産飼料の生産・利用
飼料用原料のバイオ燃料への仕向け量の増加が
飼料高騰の大きな原因となっているが、バイオ燃
料については米国内で現在生産しているトウモロ
コシと大豆のすべてをバイオ燃料化してもガソリ
穀物の国際価格について、これまでの価格変動
ン消費量の12%、ディーゼル消費量の6%にしか
とは様子が異なっていることを専門家は指摘して
すぎないとの試算もあり、石油燃料への依存は当
いる。従来は穀物の国際価格が上昇すると穀物輸
面続くと見られている。サトウキビを原料とする
出国の生産意欲を刺激し、作付け面積が増大して
ブラジル産のエタノールはトウモロコシに比べる
供給量が高まり、飼料価格が下がるという関係が
と生産コストでも優位に立っており、需要の高ま
見られた。OECD-FAOが示す世界の粗粒穀物の
りを受け、今後各国へ輸出を拡大すると見られて
需給予測は、生産量と消費量が均衡安定するとい
いる。日本でも農水省は国産バイオエタノールを
5
写真1 八雲牧場
(面積350ha、肉牛280頭)
大幅に増やす構想を発表しているが、木材や稲わ
非常に厳しい。飼料用米についても超多収・低コ
らなどを原料とするセルロース系エタノールは技
スト栽培技術の開発により、輸入トウモロコシと
術や生産コスト面で課題が多く、国際的なコスト
の価格差の縮小が必要とされている。これらの濃
競争力で劣っている。
厚飼料原料用の穀類生産に比べて、飼料作物の生
このようにバイオ燃料生産の見通しについて注
産や稲わらの活用、野草地、林地などの放牧利用
視しておく必要はあるが、国産飼料に立脚した畜
など粗飼料の生産・利用拡大を通じた飼料自給率
産に転換することこそが、畜産物の持続的生産を
向上への取り組みは大いに期待される。耕作放棄
可能にし、消費者の安心・安全の要請に応えるた
地の発生防止や解消など地域の農地保全、飼料自
めにも重要である。平成17年3月には、新たな
給率向上を通じた食料自給率の向上のほか、国民
「食料・農業・農村基本計画」が策定され、平成
的関心が高まっている不測時における食料安全保
27年度を目標年とする生産努力目標が設定され
障などの観点からも政策として取り組むべき重要
た。この基本計画に掲げられた飼料自給率や生産
な課題である。また、これらの飼料基盤の立地状
努力目標は、大家畜の粗飼料需要量をすべて国内
況やそこで生産される飼料の飼料特性、施設など
で生産し、完全自給を目指して設定されている。
の投入経費、飼養管理の容易さ、担い手の年齢等
このため、乾牧草やヘイキューブ、稲わらなどの
の労力構成から見ると、乳牛よりは肉用牛飼養の
輸入粗飼料は国産に転換し、粗飼料自給率を
普及性が高い。
100%、濃厚飼料自給率を14%に引き上げること
としている。この実現の可能性について言及した
い。まず、濃厚飼料原料用の穀類を土地・気象条
件や生産コストから見て国内で生産することは、
4.
持続可能な肉用牛生産への転換
過去の肉用牛経営は小規模な飼養頭数で副業的
に営まれていた。農産物残さや野草などを給与す
図1 肉用牛経営における自給飼料給与割合の
年次推移(TDN換算)
6
写真2 放牧でまるまる太った北里八雲牛
健康でほとんど病気がない
サレール種:フランス中部リモージュ地方で在来種を改良した
乳肉兼用種。被毛色は濃赤褐色単色。中型で体高、体重は、
雄150cm、950kg、雌134cm、580kg。(世界家畜品種辞典か
ら抜粋)
北里八雲牛(交雑種日本短角種♂×♀(サレール種♂×日本短角種♀)
ることができたから、昭和40年度の飼料自給率は
年より購入飼料の給与を中止し、夏は放牧、冬は
TDNベースで繁殖経営では92.2%、肥育経営でも
牧場産の牧草サイレージと乾草のみを給与し、購
55.1%と、非常に高かった(図1)
。このように肉
入飼料は0である。3年前より化学肥料は無施用
用牛は過去のデータから読み取れるように、自給
とし、牧場産完熟堆肥と土壌改良材を施用してい
飼料での飼養が十分可能である。しかし、最近の
る。化学肥料の無施用により牧草の生産量は減収
繁殖経営では早期離乳技術の普及、肥育経営にお
となったが、3年目頃からクローバが増え、収量
いては産肉能力の向上に伴って栄養含量の高い穀
も復調しつつある。春から秋までは放牧地分娩で
物飼料を多給することが必要となり、濃厚飼料の
親子放牧で子牛は全乳哺育され、子牛の下痢症な
利用量が増加した。この飼養方式を持続可能な自
ど重篤な疾病はほんとんどない。牛肉として出荷
給飼料主体型の飼養方式に転換する取り組みが必
する牛は日本短角種♀とフランス原産のサレール
要である(図2)。また、霜降り重視だけではな
種♂の交雑種で、牛肉は皮下脂肪が薄く、赤身肉
く、粗飼料利用能力に優れた改良や肉用牛品種の
となり、枝肉格付けが低く、霜降り和牛とは対極
普及、消費者の味覚にあった牛肉の美味しさの追
に位置している。このため、通常の流通・販売ル
求や牛肉の新たな官能評価法の開発も必要であ
ートでは低価格となり、新たな販売ルートの開発
る。
が必要とされている。
図2 慣行畜産・循環型・有機畜産の関係図
広大な牧野を利用したこの牛肉生産方式は、放
牧によって家畜自身がエサを収穫・摂取し、牛肉
に転換するという自然循環的畜産であるため、持
有機畜産
コーデックス
ガイドライン
続的生産が可能で、省エネルギー、環境保全、ア
環境・循環型
畜産
慣行畜産
JAS有機畜産
ニマルウエルフェアの面からも推奨できる生産方
式である。このような放牧を主体にした牛肉生産
を稲作との比較で考察すると次のとおりである。
「イネは水田という土壌や水に広く薄く分布する
持続可能な畜産
養分を合成により籾に栄養価の高いデンプンとし
て集積し、人々に米を提供する。牧草は地表に広
5.
自給飼料100%牛肉生産への挑戦
く薄く分布する養分を集積し、これを放牧牛が移
動しながら採食し、栄養価の高いタンパク質を牛
北里大学八雲牧場は北海道八雲町の山間地域に
肉に集積し、人々に提供する」。このような視点
位置する。350haの広大な牧場で280頭の肉用牛
から見ると、稲作と牛の放牧は、自然・資源循環
を飼育し、自給飼料100%の大規模牛肉生産の実
的農法で、植物と動物の違いはあるものの、いず
証研究に取り組んでいる(写真1∼2)。平成6
れも持続的であり、資源濃縮型農法として似通っ
7
写真3 大地に広く分散する養分を、
放牧牛が肉に集積≒稲は米に集積、両
者はいずれも資源濃縮型産業といえる
ている(写真3)。
6.
飼料自給率向上の核心技術
物生産の可能性が展望できる。
2)肉用牛の放牧技術
肉用牛の放牧は耕作放棄地の土地利用・管理方
飼料増産のためには土地集積と省力生産のため
式として、また、高齢者などの生き甲斐にも貢献
のコントラクター利用や畜産農家集団による生産
するものとして大きな期待が寄せられている。放
組織の構築が必要である。土地集積は個別農家の
牧は市民参加型の放牧まで、広範な人々の参加が
対応だけではなく、農業委員会などの支援が求め
可能であり、地域の自然・国土を保全し、多面的
られる。飼料生産を100%借地で行っている低コ
機能を発揮するという面でも評価されつつある。
スト専業経営の事例もある。集落単位で、耕作放
これらの取り組みが地域の畜産振興のほか、食育
棄地を放牧で環境保全的に利用することにより、
にまでつながり、消費者・国民からは、安全で安
子牛の省力・低コスト生産を実現し、地域全体と
心できる好感度が高い生産方式として支持されて
して肉用牛の飼養頭数を増大した事例も見られ
いる。
る。このように、飼料畑が不足する肉用牛経営で
子牛市場では乾草など子牛に粗飼料を十分に給
も、工夫により飼料自給率を向上できる。EUの
与した素牛の評価が高まっているが、肉用牛の放
農業政策は直接支払いから環境政策に大きく変化
牧は繁殖用成雌牛と後継雌牛の育成牛が中心であ
を遂げつつある。日本でも畜産の環境規制はます
り、市場出荷用の去勢雄子牛の親子放牧はほとん
ます強化され、アニマルウエルフェアも浮上する
ど普及していない。放牧畜産の普及のためには、
可能性がある。飼料増産の取り組みはこの面でも
親子放牧で哺育した放牧子牛の生産基準と認証制
重要である。
度の策定が待たれている。生産者はロゴマークを
1)田畑転換による飼料生産技術
つけて販売することができる。放牧肥育は今後の
稲発酵粗飼料(稲WCS)は耕種農家と畜産農
課題であり、ぜひ挑戦して欲しい。その実現のた
家の「耕・畜連携」の具体例としてさらに普及が
めには消費者とより密接に連携した放牧牛肉の新
期待されている。稲WCSで構築された生産組織
たな流通・販売ルートの構築が必要である。
は、稲WCSほか、稲わら収集をはじめ、飼料米、
水田裏作の飼料作物の作付拡大にまで及び、水田
基盤での本格的な飼料生産まで、発展する可能性
を秘めている。将来的には水田と畑を交互に転換
プロフィール
昭和19年生まれ。東北大学大学院博士課程修了。同大
学農学博士。専攻は畜産学・草地学。(独)畜産草地
利用する田畑輪換農法の普及が展望される。この
研究所副所長・草地研究センター長を経て、平成14年
田畑輪換農法はすでに確立しており、日本的農法
4月から現職。全国大学附属農場協議会会長。現在、
としての普及により、水田農業と畜産の有機的連
北海道八雲牧場をフィールドに「100%飼料自給型肉
携により食料自給率が向上する。また、飼料用穀
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(まんだ とみはる)
用牛生産の実証研究」に取り組んでいる。
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