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オンライン ISSN 1347-4448 印刷版 ISSN 1348-5504 赤門マネジメント・レビュー 10 巻 5 号 (2011 年 5 月) 〔研 究 会 報 告〕コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日1 インターネット、クラウド & ビヨンド ―システムインテグレータの View― 荒野 高志 IT ホールディングス株式会社 執行役員 事業推進本部長 E-mail: [email protected] 要約:現在、IT 産業においては、Google や Amazon の提供するクラウドコン ピューティングが大きな競争力を有しつつある。クラウドをプライベートクラウド と、パブリッククラウドに分けることによって、パブリッククラウドの領域で競争 力をもつ、Google や Amazon の有する分散並列技術の重要性について触れ、同時 に、プライベートクラウドの領域で必要となる能力に触れる。最後に、今後のクラ ウドでは、スマートフュージョンプラットフォームが重要となってくることを、い くつかの例によって説明を行う。 キーワード:IT、インターネット、クラウドコンピューティング、システムインテ グレータ 1 はじめに 本報告では、成長著しい IT 産業において大きな関心を集めるクラウドコンピューティ ングについて、IT 産業の時代の展開を振り返りながら、クラウドの特徴や、適用領域、 そして、今後の展開について検討する。今後については、スマートフュージョンという概 念を軸に考察を行う。 1 本稿は 2010 年 11 月 10 日開催のコンピュータ産業研究会での報告を秋池篤・氷熊大輝 (東京大 学大学院) が記録し、本稿掲載のために報告者の加筆訂正を経て、GBRC 編集部が整理したもの 397 ©2011 Global Business Research Center www.gbrc.jp コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図1 世の中の潮流 P. ドラッカーが言うように、われわれの世界は灌漑技術・印刷技術・蒸気機関といっ た、50 年程度の時間を必要とする変革期を経験してきた。今現在もわれわれは数百年に 一度の大変革の真只中にあり、コンピュータとネットワークが引き起こす変革期のなかに 生きている。このように時代の変革期の最終段階にいるわれわれは「目指すべき次の社会 はいかなるものか?」・「次の社会をどのようにデザインするのか?」・「その中のネットのあ り方はどのようなものであるべきなのか?」ということを考えないといけないのである。 まず、歴史を振り返るために、過去から現在、そして現在から未来に至るまでの情報通 信エリアの中の技術の潮流を以下の図 1 のように考える。 このように、技術潮流を振り返ってみると、各々の技術が融合していく状況がわかるが、 この原点はコンピュータである。ここでは、以下のように、コンピュータから、インター ネットを経て、クラウドに行く、という流れに沿って、それぞれの定義を考えてみる。 コンピュータ…モデル化されたものを仮想空間上でシミュレーションする。モデル化で きるものは何でもシミュレーションでき、自身をもモデル化することができるという 特徴がある。 である。文責は GBRC に、著作権は報告者にある。 398 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 インターネット…コンピュータアプリケーションのひとつであり、コンピュータ間の通 信手段である。 クラウド…コンピュータアプリケーションのひとつであり、インターネット上の「コン ピュータ」である。クラウドとは無数のコンピュータで構成される少数の仮想コン ピュータとも言える。 2 クラウドまでの時代の展開 インターネットの特徴が、後に検討する、クラウドやビヨンドクラウドというものに関 係していると考えられる。そのため、ここで、改めてインターネットの特徴について考え る。電話やパソコン通信などのほかの通信手段が存在した中で、なぜインターネットが選 ばれたのか。それは、インターネットが以下の五つの特徴を持っていることによるものだ と考えられる。 ①資源効率がよく低コスト ②グローバルな標準化と資源管理により、ほぼ 100%の相互接続性を維持 ③自律分散アーキテクチャにより、自由な発展を促進 ④アプリがネットから独立 ⑤オープンで、誰でも接続・利用可能 ①~③の三つの特徴があるために、スケーラブルであり安いという強みにつながり、 あっという間に全世界に普及するという結果をもたらした。また、④と⑤の二つの特徴が ビジネスモデルやビジネスプレイヤーの変化、イノベーションの誘発という結果をもたら した。また、コンピュータネットワークである点も大きな特徴である。 インターネットとイノベーションの関係について考える際には、インターネットのオー プン性、アプリがネットから独立しているということが重要になってくる (図 2 参照)。 1985 年までの通信アプリケーションは、ネット/ハードとアプリが一体化していた時 代であり、アプリケーションと呼ばれるものはすべて電話会社が作るものだと考えられて いた。しかし、1995 年からインターネットでアプリケーション・ネットワーク・デバイ スが分離し、誰もがソフト開発をできるようになり、誰もが放送局になれるようになった。 そのため、よいものが生み出されてくる確率は格段に高くなった。こういったことが多く 399 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図2 インターネットとイノベーションの関係 のイノベーションにつながってくるのである。これは電話時代のような囲い込み・非オー プン時代には起こらなかったことである。さらに、他社の成果や努力を簡単に利用し、組 み合わせて新しいイノベーションにつながっている。全然顔もしらない開発者同士が協力 してひとつのアプリケーションを作り出しているというような「共創」が起こっている。 最近の事例でいうと iPhone に代表されるスマートフォンがある。スマートフォンは、 インターネットと携帯の融合である。携帯電話はクローズドな端末であり、ユーザがアプ リを書くことが不可能だった。しかしながら、スマートフォンのアプリは、誰もが書くこ とができる。つまり、インターネットの特徴が携帯電話に入ってきたものがスマートフォ ンであると言える。これによりスマートフォンは単なる電話から、多くの人が試みるイノ ベーションのプラットフォームになった。 これが真にオープンなプラットフォームであり、クラウドになると、このようなことが 一層加速するであろう。 ここで、少しオフトピックであるが、タイムリーなこともあり、アドレス枯渇と IPv62 について紹介する。2011 年 2 月には IPv43 アドレスの世界在庫が枯渇した。このアドレ ス枯渇問題に対しては、アドレス枯渇問題への三つの対策があげられる。 2 3 Internet Protocol version 6 の略称。 Internet Protocol version 4 の略称。枯渇状況については執筆時にアップデートした。 400 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 ①IPv4 アドレスを回収・再利用する ②IPv4 アドレスを節約する ③IPv6 を導入する。 これらの対策はそれぞれ一長一短がある。①②も暫定解としては有効だが、最終的には ③IPv6 化が必須となる。枯渇対応としては、インターネット関連業界 17 団体が集まり、 「IPv4 アドレス枯渇対応タスクフォース」を 2008 年 9 月に設立し、通信事業者他の IPv6 化を促す対応を行っている。 一見、③IPv6 に変えれば問題解決するというように見えるかもしれないが、そう簡単 にはいかない。インターネット流の自律分散のやり方でばらばらな枯渇対応は相互接続性 喪失の危機を引き起こす懸念がある。枯渇後のインターネットでは、IPv6 に移らなけれ ばならない人と、IPv4 のままでいい人の二極化が生じ、枯渇前の IPv4 グローバルネット が、フラットに相互接続しているようなシンプルなものではなくなり、それぞれ IPv4 グ ローバル、IPv4 プライベート、IPv6 が混在し、それをつなぐための一種の変換装置 (ト ランスレータや Large-Scale NAT) を設置することになる (図 3 参照)。 このような状況になると、アプリケーションが正常に作動しないケースも散見される可 能性がある。このような予想される問題に対して、現在は、タスクフォースや IPv6 協議 会などの業界団体を通じて呼びかけを行っている。 一方、IPv6 に変わることによる利点もある。これまでの IPv4 に比べて IPv6 になると格 図3 枯渇前後のインターネットの状況 401 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 段に大きい量のアドレスを表現することができる。例えば、IPv4 のアドレス総量 43 億個 を 1 インチとすると、IPv6 では銀河系の半径だか直径ほどに相当するという。IPv4 のま までは世界人口に足りないほどのアドレスしか供給することはできなかったが、IPv6 は ほぼ無限と言える。後述のように、すべての「モノ」がネットにつながる時代がやってく るが、IPv6 への変化は必須である。このような意味で IPv6 への移行は単なる「量の変 化」にとどまらず、 「質の変化」につながっていく。 3 クラウドコンピューティング 図 4 のようにクラウドは、インターネットの延長線上に生じた技術である (図 4 参照)。 (1) クラウドコンピューティングとは何か 先に述べたようにクラウドコンピューティングはインターネット上の分散コンピュータ である。このクラウドコンピューティングという言葉については、Google のシュミット CEO が、初めてその言葉を使ったとされている。この言葉は、Google のビジネスモデル 図4 世の中の潮流 402 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 をそのまま体現したものということもあり、世間で広く受け入れられた。その内容として は、CPU やストレージなどのコンピューティングリソースがネットの向こうに用意され、 ユーザーは意識せずに目的が果たせるというものである。 もっとも、実態としてはそれ以前から「ネット上のコンピュータ」自体は進んでいたと 言える。インテックにおいても数十年前から、「蛇口をひねると計算資源がいくらでも得 られる」というコンピューターユーティリティを提唱し、これはクラウドコンピューティ ングと同様の発想である。また、NTT、NEC なども同様であった。特に、NTT は NGN4 というクラウドコンピューティングとほぼ同じ狙いの研究・実用化を行った。NGN はア プリケーションをネットワーク越しに提供し、そのための仕掛けとしてサービスストラタ ムという PaaS 相当の機能をアプリ開発側に提供するという構想であった。しかしながら、 NTT の NGN 構想は Google や Amazon のようなクラウド陣営に敗れた。それは、オープ ン化が不十分であったことやインフラの完成度などが大きく関係している。すでに完成し ていたインターネットというインフラを利用した Google や Amazon に対して、そのため に一からネットワークを構築しようとした NTT 陣営がコスト的に、地理面的に、利用者 数的に敗れ去ったのは当然である。 ここで NIST5 が 2009 年 7 月に公開したクラウドコンピューティングの要件をみる。ク ラウドコンピューティングは図 5 のような五つの特性を備える必要がある。オンデマン ド・セルフサービス、幅広いネットワークアクセス、リソース・プール、迅速な展開・拡 張・縮小、管理されたサービスの五つである (その概要については、図 5 参照のこと)。 クラウドコンピューティングの導入により、サービスの利用・提供の仕方に大きな変化 が生じる。ここで、アナロジーとして自動車について考えてみると、所有の形態、ユー ザー視点、提供者視点で変化が生じることがわかる (図 6 参照)。図 6 の一番左側の自家 用車という部分は、従来型である。所有の形態としては、ユーザーが所有し、現金一括払 いの売り切り型ビジネスモデルであると言える。売切りではなく、ユーザーが月次もしく は利用見合いで金銭を支払う形態もある。車で言えばカーリースあるいはレンタカーであ る。このような形態に近いのが、プライベートクラウドや企業内クラウドと呼ばれる形態 になる。実は本当に大きな変化を生じさせるものは、プライベートクラウドではなく、パ ブリッククラウドである。両者は大きく異なるモデルであると言える。 パブリッククラウドは、乗合バス/鉄道といった公共交通機関に相当する。ユーザーは、 4 Next Generation Network の略称 403 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図5 クラウドが備えるべき五つの要件 多少の不自由さはあるものの、非常に低価格なサービスを受けられる。提供側の視点も大 きく変わり、売り切りモデルから、サービスビジネスへと転換がおこる。これは利益率ビ ジネスか規模を重視したビジネスモデルへの変化になる。また、周辺ビジネスも活発化す る。インターネットが他社を巻き込んで大きく発展したのと同様、他社との連携で発展す るプラットフォームとなる。 次にクラウドコンピューティングが導入されることにより、具体的にどうメリットがあ るのか。以下いくつかの例を挙げていく。 Animoto 社6 は、2007 年 3 月に創業した企業である。画像と音楽を投稿すると、独自の アルゴリズムにより、組み合わせた動画を作成してくれるサービスを行っている。2008 年 4 月に Animato 社は、世界で 5 億人のユーザーがいると言われている Facebook の対応 にしたところ、3 日間で、ユーザー数が 10 倍に増加し、人気が爆発した。Amazon EC27 のインスタンス数も 50 から 300 へと増加した。このような急激なユーザー数やインスタ ンス数の増加には、自前のサーバーでは、おそらく対応はできなかったであろう。そのよ うな意味で、Amazon のクラウドサービスを利用していたことは非常に重要なことであっ た。 また、ニューヨーク・タイムズ社で、無料サービスを提供するために 1851–1980 年の 5 6 7 National Institute of Standards and Technologies の略称 http://animoto.com/ Amazon Elastic Compute Cloud の略称で、Amazon のクラウドサービスの名称。 404 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図6 アナロジー:利用・提供の方法の変化 間の古い記事データを 4 TB の TIFF8 フォーマットから、1.5 TB 分の PDF に変換するとい うプロジェクトを実施した。以前であれば、マシンをその作業のために調達購買し、その マシンに計算をさせるという方式をとっていた。そのような方式をとると、大量の時間と 作業終了後のマシンの利活用が問題となっていた。しかしながら、ニューヨーク・タイム ズ社は、Amazon EC2 上に、100 インスタンスを生成することで、24 時間以下という短期 間で実現することができ、かつプロジェクト終了後に余計な資産を残さずに済んだ。これ ら二つの例は、Amazon が宣伝に利用している有名な事例である。 (2) クラウドサービスはどこまで定着していくのか クラウドサービスは以前のサービスには不可能であったことを可能にするという点で、 今後拡大していくのは間違いないとしても、一方で「クラウドサービスはどこまで定着し ていくのか」という疑問が生じる。本当に全部がクラウドとなってしまうのであろうか。 8 Tagged Image File Format の略称。 405 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 それとも、一部にとどまるのであろうか。 未だ結論が出ていない問題ではあるが、仮説を以下で考察する。 筆者は技術者として、コンピューティングの世界で分散・集中の流行を何度も経験して きており、「クラウドも一時的な流行では?」という技術感も持っている。しかし、ここで はまず、ジャーナリストのニコラス・カーが、その著作である『クラウド化する世界』に おいて、電力とのアナロジーによりクラウドの将来を予測しているので簡単に紹介する。 電力はエジソンが開発した当時は直流であったため、送電距離が非常に短いものであっ た。そのため、発電所の近辺しか電力は行き渡らず、たいていの工場は遠隔地で自家発電 を行っていた。これは、今の IT の状況と類似しており、現在では、みな自前のリソース を有している。さて、エジソンの後継者のインサルが送電網に交流を適用したのち、送電 距離がのびたため、自家発電を行う必要性が薄れ、供給された電力を使用するようになっ た。以後 100 年間、この傾向は続いている。自家発電ではなく供給される電気を使う主な 理由はコストである。大発電所で大量に生産することにより圧倒的なコスト差が生じるた め、供給された電力を使用するようになったのである。このようなアナロジーを考えると、 コンピューティングリソースも、やはりまとめた方が圧倒的にコストが安いため、クラウ ドに流れていくであろうとカーは主張する。 しかしながら、よく考えてみると、現在、電気はすべてのケースで供給された電力のみ で活動しているかというとそうでもない。データセンターなどは自家発電設備をバック アップとして所有しているし、また、Google も、自ら発電所を所有している。最近では ソーラーパネルを家や建物の屋上に見かけることも多い。 とすると、コンピューティングの世界ではどのようになるのか。結論としては、クラウ ドに向くシステムと、向かないシステムが存在し、少なくとも当面はその両者がすみ分け するのではないか。 すみ分けという問題を考えるにあたって、まず、セキュリティの問題について論じる。 セキュリティは、コストや使い勝手等との兼ね合いになる。一般的にはセキュリティを高 めようと思えば思うほど、コストがかかっていく。許容できる範囲のコストとセキュリ ティのトレードオフを求める場合もある一方、どんなにコストがかかっても、リスクは負 わないという領域が存在する。たとえば、企業戦略に密着する情報や、お客様から預かっ た情報などである。また、企業網は、どれほど低コストであろうともインターネット上に 直にのせるということはない。VPN や専用線などでセキュリティを確保する必要がある。 406 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 同様に考えると、すべてがパブリッククラウド化するとは考えにくい。やはり、セキュ リティなどが重視されるような領域においては、せいぜいプライベートクラウドにとどま るであろう。単なるメンタルのバリアや、他社がどうなるかの様子見という場合も存在す るが、今後は、機密情報の範囲と適切なセキュリティレベルについて、潮流ができてくる と思われる。 クラウドがどれほど定着するかという問題の大きな分岐点になりうるもうひとつの議論 としては、要求のカスタマイズがある。セールスフォースなどの SaaS が登場することで、 ソフトウェアを開発しないようになってしまうだろうという意見もある。しかしながら、 現状の技術レベルではノンプログラミングでカスタマイズできる幅は決して広くない。実 際、日本の企業ではソフトウェアパッケージをそのまま使うのではなく、カスタマイズし たがると言われており、ある意味業務とシステムの標準化の問題ととらえることができる。 つまり、この問題はクラウドの話と言うよりは、従来からのソフトウェアパッケージ利用 における問題と類似していることがわかる。そして、パッケージソフトにそのまま業務を 合わせている企業が少ないことを省みると、少なくとも日本においては、すべてがパブ リッククラウドになるとは考えづらく、適材適所に収斂していくと思われる。つまり、差 別化したいところは、カスタマイズシステムを、標準的な業務で十分な部分はクラウドを 導入するという形になるであろう。ちなみに、米国の最近のシステム開発の動向はこの二 極化である。単純なシステム、軽いシステムは徹底的なコストダウンを図る一方、経営に 直結する IT はカスタマイズソフトも多い。例えば、ウォルマート社では高度にカスタマ イズされた IT システムが競争力をもたらしている。 また、クラウド導入にあたっては、他の機能との連携は重要である。今さら、地図表示 機能を独自に開発するのではなく、Google Maps のような外部の機能を使うことも多い。 部品やフレームワークの利用という意味では、クラウドはますます進展していくであろう。 このような点で、システム全体がクラウド上に移行していくかはともかく、実際に開発す る分量は減っていく。 以上のように考えてみると、クラウドサービスの 5 年後の適用領域については図 7 のよ うに表すことができる。 メールやブログ、ストレージなどの多くのエンドユーザーアプリは、パブリッククラウ ドになるであろう。ワープロ・表計算ソフト等については、ネット環境がなくても使用可 能なものが一部残るであろう。会計、人事、生産管理などの、大企業の基幹系/クリティ 407 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図7 クラウドサービスの当面の適用領域について カルシステムは、プライベートクラウドの領域まででとどまるであろう。それに対して、 CRM、SFA などの大企業の周辺系/非クリティカルシステムは、よりパブリッククラウ ドの方へと進んでいくであろう。また、中小企業の各種システムは、パブリッククラウド の適用領域となる可能性が高い (以上図 7 参照のこと)。ただし、この予想は当面の動向 を考察したものであり、5 年後以降については今後の技術進歩を読み切れないため、予測 は難しい。 さて、とある市場予測によれば、現在はまだ市場展開期であるという。図 8 にクラウド 主導権競争の状況を示した。仕掛けて攻めるのは専業クラウドベンダである。彼らは今の ところ、先行して優位に立っている。一方、他の陣営は、浸食されていく業務を再編して いく必要に迫られている。端末 OS 自体はブラウザで全ての処理が間に合うという意味で 次第に影響力が薄れてきており、OS ベンダにとってクラウド化は死活問題となっている。 また、クラウドの普及は無駄な CPU リソースを減少させるため、機器ベンダは、売上の 減少は避けられないであろう。通信事業者も同様に影響はさけられない。図 9 はシステム インテグレータの業務がどう浸食されていくかを示したものである。どうこれに対応して いくかについては次節で詳しく述べる。 408 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図8 図9 クラウド時代の各業種別の状況 システムインテグレータへのクラウドの影響 409 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 (3) クラウドに求められる競争力 今後のクラウド市場において、どの点が競争力において重要になるか、どの点が KSF (Key Success Factor) になるかは、パブリックかプライベートか、SaaS9/PaaS10/IaaS11 のど の点を狙うのかによって、異なるものとなる。 パブリッククラウドの場合は、公共交通機関のアナロジーを考えると、他プレイヤーを 巻き込み発展していくことで、周辺ビジネスが大きな収益源となっていくため、他者との 連携がひとつのポイントとなる。もうひとつ重要な要素は、圧倒的な規模の実現である。 これには仮想化だけではなく並列分散技術が必須である。その並列分散技術を有している かで、圧倒的なコストの差が生まれ、ひいては収益の差が生まれる。この部分が、日本の クラウドが抱えている深刻な問題を表している。なぜならば、日本のクラウドがベースと している技術は、図 10 の左側の図のように単なる仮想化技術+若干の付加機能である。 図 10 二つの実現技術に基づくクラウド 9 Software as a Service の略称。 Platform as a Service の略称。 11 Infrastructure as a Service の略称。詳しくは、付録参照。 10 410 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図 11 分散型クラウドの例 この技術では、プライベートクラウドや小規模のパブリッククラウドは実現できるが、ス ケーラブルなシステム構築は不可能である。 分散並列技術を利用した「リアルクラウドアーキテクチャ」の例が図 11 である (平井, 中川, 2011)。フロントエンドのサーバ群でうけ、バックエンドサーバ群で処理させる (図 11 参照)。このアーキテクチャの優れた点としては、ユーザー数が増加してきた際には、 フロントエンドサーバ群を増強し、処理量や容量が増加してきた際には、バックエンド サーバ群を増強するという対応がとれる点である。 Google や Amazon の行っているクラウドは、図 10 や図 11 に示すような分散並列技術を 用い、圧倒的なスケールアウトを実現している。彼らはその基本技術をプロプライエタリ な技術として外から隠ぺいすることにより、競争力の維持を図っている。一方、日本の企 業においても、分散並列クラウド技術の研究は行っているものの、Google や Amazon の 資本力や技術力には遠く及ばない。分散並列技術なしでは、パブリッククラウド事業にお いて全く太刀打ちできない。 411 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 一方で、当面はプライベートクラウドの領域にとどまるであろうと想定されている基幹 系システムやクリティカルシステムでは、どのように競争力を獲得すればいいのであろう か。 考えてみると、結局はユーザー企業の経営課題や要望をくみ取り、それを実現・運用し ていくことが IT システムの価値である。その中で、クラウドは実現手段のひとつである。 このように考えると、プライベートクラウドにおける競争力とは、システムインテグレー タとしての競争力にほかならない。このような競争力を確保するためには、お客様のニー ズをしっかり把握したうえでの提案力、最適なクラウド技術・サービスを利用するための クラウドインテグレーションサービスや、お客様のニーズにお応えするアプリケーション /サービスのラインナップの充実といったものが求められる。 システムインテグレータの有効な取組みの一例として、IT ホールディングスグループ から提供された新しいサービスを紹介する。これは、Call ノート、Call クレヨンという名 称のクラウドテレフォニーサービスで、クラウドの部品に相当するものである。 クラウドテレフォニーとはどのようなものか。消費者が例えばホットペッパーのような レストラン検索サイトでとる典型的な行動とは、パソコンで店舗を検索したのち、携帯電 話で電話をするというものである。その際何が問題となるかというと、ホットペッパーを 図 12 クラウドテレフォニーの例 412 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 提供しているリクルート側が、「サイトのページを見たのちに消費者がその電話番号にか けたのか」ということがわからないということである。Call ノートサービスではウェブサ イト側にそのコンテンツ専用の電話番号を払い出し、その番号経由で着信を受ける仕組み によって、ウェブサイトと電話の紐づけをおこなうサービスである。さらに Call クレヨ ンサービスでは、phone cookie という概念を考案し、消費者がどのページを現在見ている かをコールセンター等発信側に通知することが可能となる。例えば旅行サイトのコールセ ンターでは、顧客がみているページを確認する手間を省略し、コールセンターの効率を向 上させるとともに、成約率もあげるという効果も観測できた。この例に見られるように、 web と電話を組み合わせることで、ひとつの特徴的な部品になっている。このようなサー ビスを提供していくことが、今後、システムインテグレータの差別化のひとつとなってい く。 4 ビヨンド・クラウド これまで、クラウドコンピューティングについて述べてきたが、最後に今後のクラウド コンピューティングの発展方向の一例を考える。図 13 で示すように、クラウドコン ピューティングのさらに先には何があるか、という問いだ。 インターネット、クラウド、スマートフォンなどの延長にあるのは、コンピュータや ネットワークの一層の低廉化に起因して、今まで独立していた自動車、家電などを含めた さまざまなモノがネットにつながってくるということである。 このすべての要素が融合した領域を仮にスマートフュージョンと呼ぶこととする。モノ がつながり、オープンの考え方が取りいれられる際に、何が起こるのか。また、画像、音 声などのメディアの処理と関連をもった際に、何が起こるのか。 モノがつながるということは、単に、冷蔵庫がインターネットに接続できて、料理メ ニューが見られるというようなことだけを意味するのではない。モノはそこに存在し、使 用される際にある種の情報を「生じさせている」 。自動車は走るだけで、その道路が何 km ほどで走行できるか、ワイパーの使用状況からその地点で雨が降っているかどうかなどの 情報を提供できる。車にカメラを搭載すれば、繁華街の混雑度や、その日・その場所の服 の流行色までわかる。 コマツの KOMTRAX (コムトラックス) は、リモートメンテナンスで部品の管理が可 413 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図 13 世の中の潮流 能となるシステムである。そのシステムを使用すれば、建機の稼働状況から、経済情勢や 特定の建築業者の業績まで予測できたりする。 今までの製造業は売切り業態であったが、コマツはサービスを行っていると言える。こ れにより、顧客と常につながることができる。製造業にとって、このようなサービスモデ ルは、多くの製造業が顧客チャネルを小売業や広告代理店に握られている現状を考えると、 大きなメリットがある。また、製造業として、製品の使われ方をリアルに詳細に知ること ができる。これは、マーケティングや製品企画にも活用できる。 モノからの情報は、その他、様々な分野で有用である。上記は製品ベンダが自社製品か らの情報を生かす事例であったが、それ以外の事業者にとっても情報は価値のあるもので ある。保険業は綿密な統計モデルが収益の源泉となっているが、車からの情報を元に、個 人別の走行状況をつぶさに知ることができれば、安全運転の度合い、例えば急ブレーキ・ 急ハンドルの回数によって車の保険料率を変えるサービスも可能になるかもしれない。小 売と流通の分野では、購買者が買いたいタイミングを知ることが重要であると言われる。 車のガソリンタンクの残量や、冷蔵庫のビールの残本数などがわかれば小売のビジネスも 414 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図 14 スマートフュージョンの可能性 大きく変化することになる。 さらに言えば、製造メーカーと小売業、さらにさまざまな業界は、モノがつながること によって、関係が緊密になり、ビジネスの共同立上げからはじまって、新たな産業が生じ ることもありうる。実際、時代の流れもあるが、モノがインターネットでつながるように なってきて以来、ジャンル不明の製品が増加してきている気が筆者はしている。たとえば、 iPhone は、情報端末なのか携帯電話なのか、それともカメラか、ゲーム機なのかジャンル 不明の製品である。 スマートフュージョン時代には図 14 のように、従来、個別に縦割りで構成されていた ようなシステムから、クラウド型プラットフォームの上に個別システムが乗るようになる。 情報連携が非常に容易になるとともに、さらに各産業のシステムユーザーと Sler 以外に、 各システムのインターフェースを使用して、広く他事業者がアプリケーションを開発する ことが可能となる。若干夢物語的な例をあげると、自動車のガソリンタンクの残量が少な くなると、安いガソリンスタンドを検索・通知してくれるというアプリが提案されたり、 前述の保険業が車の運行情報を利用するアプリが開発されたり、応用の可能性は無限大で ある。 415 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 図 15 スマートフュージョンプラットフォームの一例 そのため、図 15 のように、あらゆるモノの情報を吸い上げて、アフターマーケットプ ラットフォームとして蓄積する、「スマートフュージョンプラットフォーム」の仕組みを 作りあげて、アプリ開発などを促進する必要がある。このような仕組みを作るには、製造 業などからは大きな抵抗があるかもしれないが、携帯電話などで必然的に起こった変化を 考えれば、図 15 のような仕組みは可能である。 このようなモデルは、Google が現在行っているように、インターネット上のあらゆる 情報を蓄積し、それにより、ビジネスをおこなうというモデルに似ている。しかし、今回 のスマートフュージョンプラットフォームにおいては、モノの情報をすべて蓄積するため、 さらに大きな容量が必要になるかもしれない。このようなものは、従来の SaaS、PaaS、 IaaS に加えて、INFaaS12 という、モノの情報をいかにサービスにつなげていくかという サービスの可能性をもたらす。 インターネットのアプリがネットや端末から独立して、さまざまなプレイヤーがさまざ まなアプリケーションを試みることにより想定もしなかったようなイノベーションが起 こってきたのと全く同様に、スマートフュージョン・プラットフォームでは多くの試みが なされるはずである。そこでは、個別システムではなしえなかったような、世の中を大き く変えるイノベーションが登場するであろう。 12 Information as a Service の略称。スマートフュージョンとともに筆者の造語である。 416 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 参考文献 平井日出美, 中川郁夫 (2011)「リアルクラウドソリューション―その技術的特徴と事業戦略面で の可能性」『Intec Technical Journal』11, 40–45. http://www.intec.co.jp/itj/itj11/contents/itj11_40-45.pdf 付録 図 16 SaaS・PaaS・IaaS について 417 コンピュータ産業研究会 2010 年 11 月 10 日 418 赤門マネジメント・レビュー編集委員会 編集長 副編集長 編集委員 編集担当 新宅純二郎 天野倫文 阿部誠 粕谷誠 西田麻希 桑嶋健一 清水剛 高橋伸夫 赤門マネジメント・レビュー 10 巻 5 号 2011 年 5 月 25 日発行 編集 発行 東京大学大学院経済学研究科 ABAS/AMR 編集委員会 特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター 理事長 高橋 伸夫 東京都文京区本郷 http://www.gbrc.jp 藤本隆宏